IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ポーラ化成工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-間葉系幹細胞の培養方法 図1
  • 特許-間葉系幹細胞の培養方法 図2
  • 特許-間葉系幹細胞の培養方法 図3
  • 特許-間葉系幹細胞の培養方法 図4
  • 特許-間葉系幹細胞の培養方法 図5
  • 特許-間葉系幹細胞の培養方法 図6
  • 特許-間葉系幹細胞の培養方法 図7
  • 特許-間葉系幹細胞の培養方法 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-05
(45)【発行日】2024-06-13
(54)【発明の名称】間葉系幹細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0775 20100101AFI20240606BHJP
   C12N 5/077 20100101ALI20240606BHJP
【FI】
C12N5/0775
C12N5/077
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2024504541
(86)(22)【出願日】2023-12-26
(86)【国際出願番号】 JP2023046567
【審査請求日】2024-02-28
(31)【優先権主張番号】P 2023025297
(32)【優先日】2023-02-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和5年6月7日の電気通信回線を通じたInternational Society for Stem Cell Research(ISSCR)2023の学会要旨公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和5年6月16日ボストン・コンベンション&エキシビション・センターにおいて開催されたInternational Society for Stem Cell Research(ISSCR)2023で公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和5年6月22日の電気通信回線を通じた第75回日本細胞生物学会の学会要旨公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和5年6月29日奈良県コンベンションセンターにおいて開催された第75回日本細胞生物学会で公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和5年10月28日の電気通信回線を通じた2023 International Conference of Developmental Biology,Stem Cells and Regenerative Medicineの学会要旨公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和5年11月3日台湾の成功大学国際会議場において開催された2023 International Conference of Developmental Biology,Stem Cells and Regenerative Medicineで公開
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000113470
【氏名又は名称】ポーラ化成工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004163
【氏名又は名称】弁理士法人みなとみらい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久下 貴之
(72)【発明者】
【氏名】吉澤 美沙
(72)【発明者】
【氏名】岩永 知幸
【審査官】吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/009246(WO,A1)
【文献】特表2005-528916(JP,A)
【文献】国際公開第2014/200068(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抜去によって取得された、真皮毛根鞘組織で覆われた毛球を含む毛を、培養液中で培養する培養工程を含み、
前記培養工程は、新鮮な培地を補充しながら、前記毛を6日間以上静置培養することを含む、間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項2】
前記間葉系幹細胞が、前記毛球由来である、請求項1に記載の培養方法。
【請求項3】
前記培養工程は、前記毛から増殖した細胞について継代を繰り返すことを含む、請求項1に記載の培養方法。
【請求項4】
前記培養工程前に、得られた前記毛を、培養前に消毒液に1分未満の間接触させる工程を含む、請求項1に記載の培養方法。
【請求項5】
前記培養工程前に、1ウェル当たり1本の前記毛を培養器へ播種する工程を含む、請求項1に記載の培養方法。
【請求項6】
前記培養工程前に、前記毛における細胞外マトリックスの構成成分を分解する分解工程を含まない、請求項1に記載の培養方法。
【請求項7】
前記分解工程が、前記毛をコラゲナーゼで処理する工程である、請求項に記載の培養方法。
【請求項8】
前記培養工程において、前記間葉系幹細胞を付着培養する、請求項1に記載の培養方法。
【請求項9】
前記付着培養は、ラミニン又はその断片でコートされた培養面上で行われ、前記ラミニン及びラミニン断片はインテグリン結合部位を有する、請求項に記載の培養方法。
【請求項10】
前記培養液はL-アスコルビン酸、セレン、トランスフェリン、及びインスリンを含む、請求項1に記載の培養方法。
【請求項11】
前記培養液は、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)及び/又は上皮成長因子(EGF)を含む、請求項10に記載の培養方法。
【請求項12】
請求項1~11の何れか一項に記載の培養方法を含む、間葉系幹細胞の製造方法。
【請求項13】
請求項1~11の何れか一項に記載の培養方法により、間葉系幹細胞を含む細胞集団を得る工程と、
前記間葉系幹細胞を含む細胞集団を、分化誘導培地で培養し、骨芽細胞、脂肪細胞、及び軟骨細胞から選ばれる1種又は2種以上の分化細胞を含む細胞集団を得る工程と、
を含む、分化細胞の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、間葉系幹細胞の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell;MSC)は、間葉系間質細胞(Mesenchymal stromal cells)とも呼ばれ、骨髄、脂肪組織や、胎盤、臍帯、卵膜、毛包等に存在する体性幹細胞の一種である。間葉系幹細胞は、骨、軟骨、脂肪細胞への分化能を有する多能性細胞であり、かつ癌化のリスクが低いことから、人工多能性幹細胞に代わる細胞医療・再生医療等のソースとして、研究が進められている。
【0003】
間葉系幹細胞は、一般的に、侵襲的方法により組織から取得される。例えば、骨髄MSC(BM-MSC)は大腿骨穿刺によって腸骨稜から取得され、脂肪MSC(AD-MSC)は、脂肪吸引と脂肪切除によって皮下脂肪から取得される。毛包の間葉系幹細胞である毛乳頭細胞は、切除された皮膚組織から取得される。
【0004】
また、非侵襲的方法により取得したサンプルを用いて、間葉系幹細胞を分離培養することもできる。例えば、特許文献1には、抜去した毛から毛球部を切除し、得られたバルジ領域の毛をトランズウェル膜上で培養することで、間葉系幹細胞を分離培養する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開2021/009246号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記先行技術のあるところ、本発明は、抜去した毛から間葉系幹細胞を簡便に培養する、新規な技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する本発明は、抜去によって取得された、真皮毛根鞘組織で覆われた毛球を含む毛を、培養液中で培養する培養工程を含む、間葉系幹細胞の培養方法である。
本発明によれば、抜去した毛の毛球部分を用いることで、間葉系幹細胞を取得することができる。また、非侵襲的方法である抜毛により容易に培養サンプルを取得することができるため、サンプル取得時のドナー個体の負担を軽減することができる。
【0008】
本発明の好ましい形態では、前記間葉系幹細胞が、前記毛球由来である。
毛球付近から間葉系幹細胞を増殖させることで、効率よく間葉系幹細胞を取得することができる。
【0009】
本発明の好ましい形態では、前記培養工程は、培地の全量交換を行わず新鮮な培地を補充しながら、前記毛を静置培養する静置培養工程を含む。
上記静置培養工程を含むことで、毛からの間葉系幹細胞の増殖を促進することができる。
【0010】
本発明の好ましい形態では、前記静置培養工程の培養期間は、前記静置培養の開始から6日間以上である。
静置培養の期間を上記範囲とすることで、静置培養後の間葉系幹細胞の増殖を促進することができる。
【0011】
本発明の好ましい形態では、前記培養工程前に、得られた前記毛を、培養前に消毒液に1分未満の間接触させる工程を含む。
上記工程とすることにより、サンプルの毛の培養器材への接着性が改善され、毛の毛球付近から間葉系幹細胞を効率よく取得することができる。
【0012】
本発明の好ましい形態では、前記培養工程前に、1ウェル当たり1本の前記毛を培養器へ播種する工程を含む。
上記工程を含む本発明は、1本の毛から十分な量の間葉系幹細胞を増殖させることができる。
【0013】
本発明の好ましい形態では、前記培養工程前に、前記毛における細胞外マトリックスの構成成分を分解する分解工程を含まない。
上記分解工程を含まない形態とすることで、細胞へのダメージを軽減させることができ、毛の毛球付近から効率よく間葉系幹細胞を取得することができる。さらに、上記分解工程を含む従来法よりも、サンプル処理の手間が省け、工程を簡素化することができる。
【0014】
本発明の好ましい形態では、前記分解工程が、前記毛をコラゲナーゼで処理する工程である。
培養工程前にコラゲナーゼ処理を行わないことで、毛の毛球付近から効率よく間葉系幹細胞を取得することができ、さらに工程を簡素化することができる。
【0015】
本発明の好ましい形態では、前記培養工程において、前記間葉系幹細胞を付着培養する。
【0016】
本発明の好ましい形態では、前記付着培養は、ラミニン又はその断片でコートされた培養面上で行われる。
上記形態とすることにより、間葉系幹細胞を効率よく増殖させることができる。
【0017】
本発明の好ましい形態では、前記培養液はL-アスコルビン酸、セレン、トランスフェリン、及びインスリンを含む。
上記培養液を用いることで、間葉系幹細胞を効率よく増殖させることができる。
【0018】
本発明の好ましい形態では、前記培養液は、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)及び/又は上皮成長因子(EGF)を含む。
上記培養液を用いることで、間葉系幹細胞を効率よく増殖させることができる。
【0019】
また、本発明は、上記の間葉系幹細胞の培養方法を含む、間葉系幹細胞の製造方法に関する。
また、本発明は、上記の間葉系幹細胞の培養方法により取得された、間葉系幹細胞にも関する。本発明の好ましい形態では、前記間葉系幹細胞が、骨芽細胞、脂肪細胞、及び軟骨細胞から選ばれる1種又は2種以上の細胞への分化能を有する。
【0020】
また、本発明は、上記の間葉細胞の培養方法により、間葉系幹細胞を含む細胞集団を得る工程と、前記間葉系幹細胞を含む細胞集団を、分化誘導培地で培養し、骨芽細胞、脂肪細胞、及び軟骨細胞から選ばれる1種又は2種以上の分化細胞を含む細胞集団を得る工程を含む、分化細胞の製造方法に関する。
また、上記の分化細胞の製造方法により製造された、分化細胞にも関する。
【0021】
また、上記課題を解決するための本発明は、以下の通りである。
[1]抜去によって取得された、真皮毛根鞘組織で覆われた毛球を含む毛を、培養液中で培養する培養工程を含む、間葉系幹細胞の培養方法。
[2]前記間葉系幹細胞が、前記毛球由来である、[1]に記載の培養方法。
[3]前記培養工程は、培地の全量交換を行わず新鮮な培地を補充しながら、前記毛を静置培養する静置培養工程を含む、[1]又は[2]に記載の培養方法。
[4]前記静置培養工程の培養期間は、前記静置培養の開始から6日間以上である、[3]に記載の培養方法。
[5]前記培養工程前に、得られた前記毛を、培養前に消毒液に1分未満の間接触させる工程を含む、[1]~[4]の何れか一つに記載の培養方法。
[6]前記培養工程前に、1ウェル当たり1本の前記毛を培養器へ播種する工程を含む、[1]~[5]の何れか一つに記載の培養方法。
[7]前記培養工程前に、前記毛における細胞外マトリックスの構成成分を分解する分解工程を含まない、[1]~[6]の何れか一つに記載の培養方法。
[8]前記分解工程が、前記毛をコラゲナーゼで処理する工程である、[7]に記載の培養方法。
[9]前記培養工程において、前記間葉系幹細胞を付着培養する、[1]~[8]の何れか一つに記載の培養方法。
[10]前記付着培養は、ラミニン又はその断片でコートされた培養面上で行われる、[9]に記載の培養方法。
[11]前記培養液はL-アスコルビン酸、セレン、トランスフェリン、及びインスリンを含む、[1]~[10]に記載の何れか一つに記載の培養方法。
[12]前記培養液は、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)及び/又は上皮成長因子(EGF)を含む、[1]~[11]の何れか一つに記載の培養方法。
[13][1]~[12]の何れか一つに記載の培養方法を含む、間葉系幹細胞の製造方法。
[14][1]~[12]の何れか一つに記載の培養方法により取得された、間葉系幹細胞。
[15]前記間葉系幹細胞が、骨芽細胞、脂肪細胞、及び軟骨細胞から選ばれる1種又は2種以上の細胞への分化能を有する、[14]に記載の間葉系幹細胞。
[16][1]~[12]の何れか一つに記載の培養方法により、間葉系幹細胞を含む細胞集団を得る工程と、
前記間葉系幹細胞を含む細胞集団を、分化誘導培地で培養し、骨芽細胞、脂肪細胞、及び軟骨細胞から選ばれる1種又は2種以上の分化細胞を含む細胞集団を得る工程と、
を含む、分化細胞の製造方法。
[17][16]に記載の製造方法により製造された、分化細胞。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、任意の個体から取得された毛から、効率よく間葉系幹細胞を取得することができる。さらに、当該間葉系幹細胞を用いて、脂肪細胞等の分化細胞を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の一実施形態にかかる、間葉系幹細胞の培養方法の工程を説明するための工程図である。
図2】実施例1における、抜去した毛の毛球付近から増殖した間葉系幹細胞の様子を示す、明視野写真である。
図3】実施例1における、抜去した毛に付着した外毛根鞘付近から増殖したケラチノサイトの様子を示す、明視野写真である。
図4】実施例2における、実施例1で培養した毛由来間葉系幹細胞(DS-MSC)、並びに脂肪組織由来間葉系幹細胞(AD-MSC)、骨髄由来間葉系幹細胞(BM-MSC)、及び臍帯由来間葉系幹細胞(UC-MSC)を骨芽細胞誘導培地で培養後、アリザリンレッド染色を行った結果を示す、明視野写真である。「+」は分化誘導培地で培養したことを示し、「-」は未分化維持培地で培養したことを示す。
図5】実施例2における、実施例1で培養した毛由来間葉系幹細胞(DS-MSC)、並びに脂肪組織由来間葉系幹細胞(AD-MSC)、骨髄由来間葉系幹細胞(BM-MSC)、及び臍帯由来間葉系幹細胞(UC-MSC)を脂肪細胞誘導培地で培養後、オイルレッド染色を行った結果を示す、明視野写真である。「+」は分化誘導培地で培養したことを示し、「-」は未分化維持培地で培養したことを示す。
図6】実施例2における、実施例1で培養した毛由来間葉系幹細胞(DS-MSC)、及び骨髄由来間葉系幹細胞(BM-MSC)を軟骨細胞誘導培地で培養後、ハウスキーピング遺伝子であるGAPDHの発現量に対する軟骨細胞マーカー遺伝子(SOX9)の相対発現量を解析した結果を示すグラフである。分化誘導培地で培養した細胞を「+」、未分化維持培地で培養した細胞を「-」で示し、未分化維持培地で培養した細胞の発現量を基準(1)とした。
図7】実施例2における、実施例1で培養した毛由来間葉系幹細胞(DS-MSC)、及び骨髄由来間葉系幹細胞(BM-MSC)を軟骨細胞誘導培地で培養後、ハウスキーピング遺伝子であるGAPDHの発現量に対する軟骨細胞マーカー遺伝子(ACAN)の相対発現量を解析した結果を示すグラフである。分化誘導培地で培養した細胞を「+」、未分化維持培地で培養した細胞を「-」で示し、未分化維持培地で培養した細胞の発現量を基準(1)とした。
図8】実施例3における、実施例1で培養した毛由来間葉系幹細胞(DS-MSC)の間葉系幹細胞陽性マーカー(CD105、CD73、又はCD90)を蛍光活性化セルソーティング(FACS)により分析した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
<間葉系幹細胞の培養方法>
続いて、本発明の間葉系幹細胞の培養方法の好ましい一実施形態について、図1を参照し説明する。
なお、本発明は、本実施形態に限定されるものではなく、適宜設計変更が可能である。
【0025】
図1にかかる方法は、任意の個体から真皮毛根鞘組織で覆われた毛球を含む毛を取得する取得工程S1、得られた毛を消毒する消毒工程S2、及び、毛を培養する培養工程S3を含む。
【0026】
ここで、本発明における「毛球(hair bulb)」は、皮膚において毛の内部深層部に位置する、毛の膨らんだ部分のことをいう。毛球の中央部には、毛乳頭(dermal papilla)が存在する。当該毛乳頭を構成する毛乳頭細胞は、間葉系幹細胞の一種として知られる。
【0027】
また、本発明における「真皮毛根鞘(Dermal Sheath:DS)組織」とは、毛包の最外層を包む一層又は数層の真皮性の組織であり、上皮性の外毛根鞘を取り囲むように構成される組織のことをいう。真皮毛根鞘は、毛球部の最下端において毛乳頭と接続している。
【0028】
以下、本発明にかかる取得工程S1、消毒工程S2、及び培養工程S3について、各工程の詳細を説明する。
【0029】
(1)取得工程S1
本発明で用いる毛は、任意の個体、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、サル、ウシ、ブタ、ラット、イヌ等)から抜去によって取得されたものである。本発明では、毛は、ヒトから取得することが好ましい。
抜去により取得することで、毛球部分に真皮毛根鞘組織が付着したサンプルを取得することができる。そして、非侵襲的方法により入手可能な毛を利用するため、ドナー個体からサンプルを採取する際の負担を軽減することができる。
【0030】
毛を取得するための組織を採取する個体(具体的には、哺乳動物個体)は特に制限されない。例えば、ドナー個体の化粧品効果、薬剤感受性や副作用の有無等を評価するためのスクリーニング用の細胞のソースとして間葉系幹細胞を使用する場合には、ドナー本人またはドナーと薬剤感受性等と相関する遺伝子多型が同一である他人から毛を取得することが好ましい。
また、患者への移植等へ用いる場合には、患者等のドナー本人またはドナーとHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から毛を取得することが好ましい。これにより、拒絶反応のリスクが回避されるため、取得した間葉系幹細胞を再生医療用途に好適に利用できる。
ここでHLAの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤などの使用により、得られた間葉系幹細胞をドナー個体に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にHLAの型が一致していることをいう。例えば、HLA(例えばHLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座)が同一である場合などが挙げられる。
【0031】
本発明で抜去する毛の本数は、少なくとも1本以上であればよく、好ましくは2本以上、より好ましくは5本以上である。具体的には、1~10本の毛を用いることが好ましい。そして、ドナー個体から採取した毛の下部を切り出し、真皮毛根鞘組織で覆われた毛球部を取得する。取得する毛球を含む毛の長さは0.3~5mmであることが好ましい。
【0032】
また、本発明では、毛の外毛根鞘が付着した領域を切除し、毛球部のみを取得する工程を含んでもよい。
当該工程を含むことで、毛球付近から増殖する間葉系幹細胞のみを効率よく取得することが可能となる。
【0033】
なお、ドナー個体から毛を取得する取得工程S1を含む形態を例示したが、本発明では予め抜去により取得された毛を、任意で以下の消毒工程S2に付した後、培養工程S3を実施する形態とすることも好ましい。
【0034】
(2)消毒工程S2
消毒工程S2では、培養工程S3前に、取得された毛を消毒液に接触させる。消毒液に接触させる方法は特に限定されず、毛を消毒液に浸漬させることが好ましく挙げられる。
消毒液へ接触させる時間は、好ましくは1分未満であり、より好ましくは30秒未満であり、さらに好ましくは10秒未満であり、特に好ましくは5秒未満である。
消毒液に接触させる時間を上記範囲内とすることで、毛へのダメージを軽減し、毛の培養器材への接着性を改善することにより、間葉系幹細胞を効率よく増殖させることができる。
【0035】
本発明で使用する消毒液は、抗生物質を添加した溶液であることが好ましい。好ましい抗生物質としては、細胞壁合成阻害薬、タンパク質合成阻害薬、細胞膜機能阻害薬から選ばれる1種又は2種以上である。より好ましくは、細胞壁合成阻害薬、タンパク質合成阻害薬及び細胞膜機能阻害薬の各々から1種以上の抗生物質を選択する。
【0036】
細胞壁合成阻害薬としては、βラクタム系抗生物質が好ましく挙げられる。βラクタム系の細胞壁合成阻害薬としては、ペニシリン、アンピシリン、カルベニシリンナトリウム等が例示でき、本発明ではペニシリンを用いることが好ましい。
タンパク質合成阻害薬としては、アミノグリコシド系抗生物質が好ましく挙げられる。
アミノグリコシド系のタンパク質合成阻害薬としては、カナマイシン、ゲンタマイシン、ストレプトマイシン、ネオマイシン、ハイグロマイシン、トブラマイシン等が例示でき、本発明ではストレプトマイシンを用いることが好ましい。
細胞膜機能阻害薬としては、ポリエン系抗生物質が好ましく挙げられる。ポリエン系の細胞膜機能阻害薬としては、アムホテリシンB、ナイスタチン、ナタマイシン等が例示でき、本発明では特にアムホテリシンBを用いることが好ましい。
本発明にかかる消毒液は、抗生物質としてペニシリン、ストレプトマイシン及びアムホテリシンBを含む溶液であることが好ましい。
【0037】
(3)培養工程S3
培養工程S3では、消毒工程S2を実施した後、取得された毛を培養液中で培養する。
これにより、毛の毛球部から間葉系幹細胞を取得する。
【0038】
毛の培養に使用する培養液は、間葉系幹細胞の培養に使用する公知の培地を用いることができ、例えば、DMEM培地、DMEM/F12培地、Essential 8、AmnioMAXTM C-100、StemPro MSC SFM等が好適に挙げられる。
【0039】
また、培養工程S3で使用する培養液は、L-アスコルビン酸、セレン、トランスフェリン、及びインスリンを含む培地であることが好ましい。このような培地としては、Essential 8が挙げられる。Essential 8培地は、DMEM/F12培地に、添加剤として、L-アスコルビン酸、セレン、インスリン、NaHCO、トランスフェリン、bFGF、及び、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質(TGFβ1またはNodal)を含む。
このような培養液を用いることで、間葉系幹細胞を効率よく増殖させることができる。
【0040】
培養工程S3で使用する培養液は、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)及び/又は上皮成長因子(EGF)を含むことが好ましい。
上記因子を含むことで、細胞の分化を抑制しつつ、効率よく間葉系幹細胞を取得することができる。また、特に塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含むことで、増殖した間葉系幹細胞の接着性を向上させることができる。
好ましい形態では、第1培養液は、Essential 8に、5~15ng/mL、より好ましくは10ng/mLのbFGFと、5~15ng/mL、より好ましくは10ng/mLのEGFを添加した培地とすることができる。
【0041】
培養工程S3で使用する培養液は、血清を含む形態であることも好ましい。血清としては、動物由来の血清であれば特に限定されないが、好ましくは哺乳動物由来の血清であり、具体的にはウシ胎仔血清、ヒト血清等が好ましく挙げられる。
【0042】
また、培養工程S3で使用する培養液は、カルシウム濃度が0.2mM以上であることが好ましく、0.5mM以上であることがより好ましく、0.8mM以上であることが好ましく、1.0mM以上であることがより好ましい。
培養工程S3で使用する培養液は、カルシウム濃度が4.0mM以下とすることができ、3.5mM以下とすることができ、3.0mM以下とすることができる。
培養工程S3で使用する培養液のカルシウム濃度は、具体的には、好ましくは0.2~4mM、より好ましくは0.5~3.5mMであり、さらに好ましくは1.0~3.5mMである。
上記カルシウム濃度の培地を用いることで、間葉系幹細胞以外の細胞、例えばケラチノサイトの増殖を抑制することができる。
【0043】
毛の培養は、細胞が接着可能な培養器を用いて、付着培養とすることが好ましい。
付着培養を行う際に用いられる培養器は、培養スケール、培養条件及び培養期間に応じて適宜適切な培養器を選択することができる。細胞接着性の培養器としては、培養器の表面が細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理された培養器が挙げられ、具体的には表面加工された培養器や、内部がコーティング剤でコートされた培養器が挙げられる。
【0044】
本発明では、毛の培養は、コーティング剤でコートされた培養器を用いることが好ましい。
コーティング剤としては、ラミニン、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン、ビトロネクチン(Vitronectin)、シンセマックス(コーニング社)、マトリゲル等の細胞外基質等や、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等が挙げられる。本発明では、細胞外基質を用いることが好ましく、ラミニン又はその断片を用いることが好ましい。
【0045】
用いるラミニンとしては、ラミニンα5β1γ1(ラミニン511)、ラミニンα5β2γ1(ラミニン521)、ラミニンα4β1γ1(ラミニン411)、ラミニンα2β1γ1(ラミニン211)、これらのラミニン断片を好適に挙げることができ、ラミニン511又はラミニン521を用いることがより好ましい。このようなラミニン及びラミニン断片は、組換え体を用いることもできる。
【0046】
上記のラミニン又はラミニン断片は、インテグリン結合部位を有することが好ましい。
また、ラミニン断片は、ヘテロ3量体を形成していることがより好ましい。
ラミニン又はラミニン断片が結合するインテグリンの種類は、インテグリンα6β1、インテグリンα6β4、インテグリンα3β1、インテグリンα7β1であることが好ましく、インテグリンα6β1であることがより好ましい。インテグリンα6β1と結合するラミニン又はラミニン断片を用いることで、間葉系幹細胞の増殖を促進させることができる。
これらのインテグリンと結合活性を有するラミニン断片としては、ラミニン511、ラミニン521、ラミニン411およびラミニン211から選択される少なくとも1種由来のラミニン断片が好ましく例示でき、ラミニン511又はラミニン521由来のラミニン断片であることがより好ましく、ラミニン511由来のラミニン断片であることがより好ましい。このようなラミニン断片としては、ラミニンをエラスターゼにて消化して得られるE8フラグメントや、E8フラグメントの組み換え体が好ましく挙げられる。
本発明では、ラミニン511E8を用いることがより好ましい。ラミニン511E8としては、iMatrix-511(株式会社ニッピ製)等の市販品を用いることができる。
【0047】
また、培養器の具体的な形態としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、培養皿(ディッシュ)、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、マイクロキャリア、ビーズ、スタックプレート、スピナーフラスコ又はローラーボトルが挙げられる。
使用する培養器は、細胞培養用の12wellプレート又は24wellプレートであることが好ましく、24wellプレートであることがより好ましい。
【0048】
プレートに播種する毛は、1wellあたり1本ずつとすることが好ましい。
本発明によれば、充分量の間葉系幹細胞を1本の毛(1サンプル)から効率よく増殖させることができる。そのため、1wellに複数の毛を播種する必要がなく、既存の特許文献1の方法よりも少量の毛を用意すれば十分であるといった利点を有する。
【0049】
播種時の培養液の量は、切り出した毛の組織全体が浸り、かつ液面が当該組織全体の上部1mm以下となる量であることが好ましい。播種時の培地を上記量とすることで、毛をプレートへ接着させることができる。
【0050】
培養工程S3では、培地の補充及び全量交換を行うことで、間葉系幹細胞を増殖させる。ここで、培養工程S3では、初めに、取得した毛を静置培養することが好ましい。以下、毛を静置培養する静置培養工程S31について、詳述する。
【0051】
静置培養工程S31では、播種した毛を、培地の全量交換を行わずに新鮮な培地を補充しながら静置培養することが好ましい。補充する培地の回数は好ましくは1~4回、より好ましくは2~3回、さらに好ましくは3回である。
【0052】
静置培養工程S31において補充する培地の量は、切り出した毛の全体が浸り、かつ液面が当該毛の全体の上部2mm以下、より好ましくは1.5mm以下となる量であることが好ましい。
また、補充する培地の量は、毛の播種時の0.5~3倍であることが好ましく、1~3倍であることがより好ましく、1~2倍であることがさらに好ましい。培地の補充回数を3回以上とする場合、1~2回目の培地の補充量よりも3回目以降の培地の補充量を多くすることが好ましい。かかる場合、3回目以降の培地の補充量は、1~2回目の培地の補充量の好ましくは1.2~3倍、より好ましくは1.5~2.5倍、さらに好ましくは2~2.5倍である。また、2回目以降の培地の補充量は、切り出した毛の組織全体が浸り、かつ液面が当該組織全体の上部1~2mm、より好ましくは1~1.5mmとなる量であることが好ましい。
【0053】
静置培養工程S31の具体的な形態として、補充する培地の回数は3回であり、毛の播種後20~24時間の間と100~120時間の間にそれぞれ1回、播種時と等量(1倍)の培地を補充し、毛の播種後140~170時間の間に1回、播種時の2倍の培地を補充する形態が好ましく例示できる。
【0054】
静置培養工程S31の培養期間は、好ましくは4日間以上、より好ましくは6日間以上、さらに好ましくは8日間以上である。なお、静置培養工程S31の総培養期間とは、毛を播種した日から培地の全量交換を行う前までの期間をいう。
【0055】
このような静置培養工程S31を実施することで、毛球部からの間葉系幹細胞の増殖を促進することができる。
【0056】
また、培養工程S3では、静置培養工程S31を実施後、細胞の増殖レベルに応じて、上記の条件で培地の補充及び/又は全量交換を実施することが好ましい。
培地の補充及び/又は全量交換は、増殖した細胞が50~80%コンフルエントとなるまで継続することが好ましい。静置培養工程S31後の培地の補充及び交換による培養期間は、7~28日間であることが好ましく、14~21日間であることがより好ましい。
【0057】
また、培養工程S3では、毛から増殖した細胞の展開領域において細胞が過密になる前に継代することが好ましい。例えば、24ウェルプレート(ウェル底直径15~16mm)で培養を行う場合には、毛から増殖した細胞が50~80%コンフルエントとなった段階で、継代を行い、さらに細胞を培養するステップを含むことが好ましい。
継代に使用する培養液は、DMEM培地、DMEM/F12培地、Essential 8、AmnioMAXTM C-100(Gibco)、StemPro MSC SFM(Gibco)、StemFit For MSC(味の素)等の培養液を適宜使用することができ、本発明ではEssential 8又はStemFit For MSCが好適に使用できる。また、継代に使用する培養液は、L-アスコルビン酸、セレン、トランスフェリン、及びインスリンを含む培養液であることが好ましい。また、継代に使用する培養液は、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)及び/又は上皮成長因子(EGF)を含むことが好ましい。
【0058】
また、継代に使用する培養液は、カルシウム濃度が0.2mM以上であることが好ましく、0.5mM以上であることがより好ましく、0.8mM以上であることが好ましく、1.0mM以上であることがより好ましい。
継代に使用する培養液のカルシウム濃度は、具体的には、好ましくは0.2~4mM、より好ましくは0.5~3.5mMであり、さらに好ましくは1.0~3.5mMである。
外毛根鞘が付着した毛をそのまま培養した場合、カルシウム濃度が上記範囲内である培養液を用いて継代を繰り返すことで、増殖したケラチノサイト様細胞が消滅するため、間葉系幹細胞を分離培養することができる。
【0059】
また、本発明は、培養工程S3前に、毛における細胞外マトリックスの構成成分を分解する分解工程を含まないことが好ましい。
従来の方法では、特許文献1に示すように、毛から間葉系幹細胞等を培養する際、サンプルに付着したコラーゲン線維等の細胞外マトリックスを分解し、目的細胞の増殖を促進させることが一般的である。一方、本発明は、毛球付近から間葉系幹細胞を増殖させることで、細胞外マトリックスの分解を行わずに、間葉系幹細胞を取得することが可能となる。これにより、本発明によれば、従来法よりもサンプル処理の手間が省けるとともに、少ないサンプルから効率よく間葉系幹細胞を取得することができる。
【0060】
本発明では、培養工程S3前に、毛をコラゲナーゼ処理する工程を含まない形態がより好ましい。コラゲナーゼ処理によるコラーゲンの分解を行わないことで、サンプルのダメージを最小限とし、毛球付近から間葉系幹細胞を効率よく増殖させることができる。
また、本発明では、培養工程S3前に、毛をコラゲナーゼ及び/又はディスパーゼで処理する工程を含まない形態とすることもできる。
【0061】
そして、本発明によれば、ドナー個体から取得した1本の毛から、十分な量の間葉系幹細胞を取得することができる。すなわち、特許文献1に示す毛を用いた従来の培養方法と比して、少ないサンプル数で間葉系幹細胞を効率よく増殖させることが可能である。そのため、ドナー個体から毛を取得する負担を軽減することができるとともに、必要量の間葉系幹細胞を取得するまでに要する時間を短縮することが可能となる。
【0062】
また、本発明は、上記間葉系幹細胞の培養方法を含む、間葉系幹細胞の製造方法でもある。そして、上記間葉系幹細胞の培養方法により取得された、間葉系幹細胞にも関する。
【0063】
本発明にかかる間葉系幹細胞は、好ましくは、CD105、CD73、CD90、及びCD44から選ばれる1以上、より好ましくは2以上、さらに好ましくは3以上の、間葉系幹細胞マーカーが陽性であることが好ましい。
さらに、上記間葉系幹細胞マーカーが陽性であり、かつ、間葉系幹細胞で発現が認められない分子の発現が陰性であることが好ましい。間葉系幹細胞で発現が認められない分子としては、CD45、CD34、CD14、CD11b、CD79a、CD19及びHLA-DR等が挙げられる。
【0064】
また、本発明にかかる間葉系幹細胞は、中胚葉系細胞への分化能を有する。本発明にかかる間葉系幹細胞が分化する中胚葉系細胞としては、骨芽細胞、脂肪細胞、軟骨細胞、骨細胞、心筋細胞、腱細胞、歯髄細胞、象牙芽細胞等が挙げられ、好ましくは、骨芽細胞、脂肪細胞及び軟骨細胞等が挙げられる。
本発明により取得される間葉系幹細胞は、骨芽細胞、脂肪細胞、及び軟骨細胞から選ばれる1種又は2種以上の細胞への分化能を有することが好ましく、骨芽細胞、脂肪細胞、及び軟骨細胞への分化能を有することがより好ましい。
【0065】
本発明により取得された間葉系幹細胞は、医薬原料やスクリーニング材料等、種々の方法で利用することができる。例えば、既存の分化誘導法を利用して、間葉系幹細胞から骨細胞、脂肪細胞等の細胞を製造することができる。また、分化させた細胞を用いて、医薬候補化合物の薬効や毒性のin vitroスクリーニングを行うこともできる。
さらに、ドナー個体の毛から間葉系幹細胞を培養し、得られた間葉系幹細胞を、毛包組織を含む皮膚組織に分化させることで、当該皮膚組織等を医薬品・化粧品等の有効性の確認に利用することができる。
【0066】
<分化細胞の製造方法>
また、本発明は、上記の本発明の間葉系幹細胞の培養方法により、間葉系幹細胞を含む細胞集団を得る工程と、前記間葉系幹細胞を含む細胞集団を、分化誘導培地で培養し、骨芽細胞、脂肪細胞、及び軟骨細胞から選ばれる1種又は2種以上の分化細胞を含む細胞集団を得る工程と、を含む、分化細胞の製造方法にも関する。
【0067】
好ましい形態では、本発明は、前記分化誘導培地が骨芽細胞誘導培地であり、前記分化細胞が骨芽細胞である、骨芽細胞の製造方法である。
別の好ましい形態では、本発明は、前記分化誘導培地が脂肪細胞誘導培地であり、前記分化細胞が脂肪細胞である、脂肪細胞の製造方法である。
さらに別の好ましい形態では、本発明は、前記分化誘導培地が軟骨細胞誘導培地であり、前記分化細胞が軟骨細胞である、軟骨細胞の製造方法である。
【0068】
本発明にかかる骨芽細胞は、成熟した骨芽細胞の他、骨前駆細胞、前骨芽細胞等の未熟な骨芽細胞も含む。
骨芽細胞の分化は、アリザリンレッド染色によって確認することができる。アリザリンレッドにより、骨分化や石灰化した細胞に沈着したカルシウムを染色することで、骨芽細胞の検出が可能となる。また、アルカリフォスファターゼ(ALP)染色によっても確認することができる。
【0069】
本発明にかかる脂肪細胞は、褐色脂肪細胞、白色細胞、ベージュ脂肪細胞、及びこれらの前駆体を含む。
脂肪細胞への分化は、オイルレッド染色によって確認することができる。オイルレッドは無極性・脂溶性のアゾ色素の一種であり、脂肪細胞に触れると細胞内脂質の溶媒に溶け込み脂肪滴を染色することが可能である。
また、細胞のトリグリセリドの測定により、脂肪細胞への分化を確認することもできる。
【0070】
本発明にかかる軟骨細胞は、コラーゲン等の軟骨を構成する細胞外マトリックスを産生する細胞、及びこれらの前駆体を含む。
軟骨細胞への分化は、アルシアンブルー染色によって確認することができる。アルシアンブルーは酸性粘液多糖類のカルボキシル基・硫酸基とイオン結合し、軟骨細胞に含まれるコンドロイチン硫酸やヒアルロン酸などの酸性ムコ多糖類を染色することが可能である。
また、SOX9、ACAN等の軟骨細胞マーカーの発現を確認することで、軟骨細胞への分化を確認することができる。
【0071】
中胚葉系細胞の分化誘導は、既存の手法によって行うことができる。例えば、公知の基礎培地に各種分化誘導剤を適宜添加した培地を用いて誘導することができる。基礎培地としては、例えばDMEM培地等が挙げられる。
【0072】
骨芽細胞への分化誘導培地には、アスコルビン酸、アスコルビン酸-2-リン酸、β-グリセロリン酸、デキサメタゾン、骨形成に関与するタンパク質(例えば、骨形成因子(Bone morphogenic Protein;BMP)-2、BMP-4、インスリン様成長因子(Insulin-like growth factor;IGF)-1、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、TGF(Transforming Growth Factor)-β1、PTH(parathyroid hormone)、Wnts等)から選ばれる1種又は2種以上の成分を含むことが好ましい。
【0073】
脂肪細胞への分化誘導培地には、インスリン、デキサメタゾン、3-イソブチル-1-メチルキサンシン(IBMX)から選択される1種又は2種以上の成分が含まれることが好ましい。
【0074】
軟骨細胞への分化誘導培地には、BMP-2、BMP-6、TGF-β3、デキサメタゾン、アスコルビン酸、L-アスコルビン酸2-リン酸、デキサメタゾン、インスリン、インスリン様成長因子(IGF)、L-プロリン、ピルビン酸塩から選ばれる1種又は2種以上の成分が含まれることが好ましい。
【0075】
本発明の分化細胞の製造方法により、骨芽細胞、脂肪細胞、又は軟骨細胞等の所定の細胞に分化した細胞を得ることができる。すなわち、本発明は、上記の分化細胞の製造方法により製造された分化細胞(細胞集団を含む)の形態とすることができる。また、取得する細胞は、細胞塊であってもよい。
【0076】
得られた細胞は、各種組織(骨組織、軟骨組織、脂肪組織等)へとさらに分化させることができ、再生医療のための材料として好適に使用することができる。
【実施例
【0077】
以下、実施例を参照して本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は、以下の実施例に限定されない。
【0078】
<実施例1> 間葉系幹細胞の培養
(1)使用試薬等
(a)Antibiotic Mix
247mlのHBSSを滅菌容器に移し、2.5mlのペニシリン-ストレプトマイシン混合溶液(終濃度100U/mlペニシリン、100mg/mlストレプトマイシン)、250μLのAmphotericin B solution(終濃度250ng/ml)を加えた。
(b)間葉系幹細胞培養用培地(DS-MSC培地)
Essential 8 Flex培地(Gibco、Supplement添加済み)45mLを50mL容量チューブに移しとり、0.5mlのペニシリン-ストレプトマイシン混合溶液(終濃度100U/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシン)、5mLのFBSを加えた。その後、bFGF(リプロセル)及びEGF(上皮細胞成長因子(EGF)、ヒト、富士フイルム和光純薬)を、終濃度がそれぞれ10ng/mLとなるように加えた。
(c)iMatrixコーティング
DPBS(-/-)1mLに対してiMatrix-511(ニッピ)5μLを加えた希釈液を、細胞培養用の24wellプレートの底面に300μL/well加え、37℃のインキュベーターで30分以上静置した。その後、希釈液を除去して使用した。
【0079】
(2)間葉系幹細胞の培養
対象者(ヒト)の毛髪を引き抜き、直ぐにAntibiotic Mixに一瞬浸した。次いで、毛球が真皮毛根鞘組織で覆われているものを選択し、毛球部及び外毛根鞘が付着した部分を含むように毛を切り出した。取得した毛を、150μLのDS-MSC培地を加えたiMatrixでコーティングした24wellプレートへ、1本ずつ播種した。
【0080】
播種後1日後及び5日後にDS-MSC培地を150μL補充し、さらに播種後7日後にDS-MSC培地を300μL補充した。その後、細胞の増殖レベルに応じ、DS-MSC培地の補充及び交換を継続した。
【0081】
細胞が50~80%コンフルエントとなるまで増殖したら、以下の手順で継代を行った。
すなわち、TrypLESelectを0.2mL加えて37℃インキュベーターで静置し、ピペッティングで細胞を剥離させた。その後、1.5mLチューブに細胞を回収し、遠心後、上清を除去してDS-MSC培地1mLで懸濁し、細胞数をカウントした。そして、細胞をiMatrixでコーティングした6wellプレートに5万/wellとなるよう細胞をDS-MSC培地で播種した。
【0082】
細胞の播種後、37℃のインキュベーターで培養した。播種翌日から、StemFit for Mesenchymal Stem Cell(味の素、以下、StemFit for MSCともいう)の補充及び全量交換を行い、間葉系幹細胞(真皮毛根鞘(DS)を含む毛由来間葉系幹細胞;DS-MSC)を増殖させた。
【0083】
(4)結果
図2は、24wellプレートへの播種7日後における、毛球付近から伸長した細胞の状態を示す。図2に示す通り、毛球付近から、間葉系幹細胞様の細胞が多数増殖していることが確認された。
また、図3は、24wellプレートへの播種6日後における、毛に付着した外毛根鞘付近から伸長した細胞の状態を示す。図3に示す通り、毛に付着した外毛根鞘付近から伸長した細胞は、間葉系幹細胞様の形態を示さず、ケラチノサイト様の形態を示した。
【0084】
また、上記(2)における継代を、毛球付近から増殖した細胞と毛に付着した外毛根鞘付近から増殖した細胞を混合して行ったところ、外毛根鞘付近から増殖したケラチノサイト様の細胞は死滅し、間葉系幹細胞様の細胞のみが増殖していた。
【0085】
以上より、実施例1にかかる本発明の培養方法によれば、真皮毛根鞘組織で覆われた毛球を含む毛から、間葉系幹細胞を培養できることが明らかとなった。そして、毛に付着した外毛根鞘付近からケラチノサイト様細胞が増殖したが、継代を続けることで間葉系幹細胞のみが増殖した。これにより、本発明の培養方法によれば、外毛根鞘を含む領域を切除せずとも、間葉系幹細胞を分離培養できるといえる。
【0086】
<実施例2> 骨芽細胞、脂肪細胞、軟骨細胞への分化誘導
実施例1で培養した毛由来間葉系幹細胞(DS-MSC)について、3回目の継代から2日後に、以下の手順で骨芽細胞、脂肪細胞、軟骨細胞への分化誘導を実施した。
【0087】
(1)骨芽細胞・脂肪細胞の分化誘導
24wellプレートにおいて、細胞が80~90%コンフルエントになったことを確認して骨芽細胞、脂肪細胞それぞれの分化誘導専用培地で培地交換を行った。具体的には、骨芽細胞の誘導にMSC Osteogenic Differentiation Medium(Promo Cell)を使用し、脂肪細胞の誘導にMSC Adipogenic Differentiation Medium(Promo Cell)を使用した。
【0088】
分化誘導培地又は未分化維持培地(StemFit for MSC)で2週間培地交換した後、骨芽細胞はアリザリンレッド染色、脂肪細胞はオイルレッド染色を行った。アリザリンレッド染色は、Alizarin Red S 染色キット(バイオ未来工房)により、既存のプロトコルに従って行った。オイルレッド染色は、Oil Red O 染色キット(バイオ未来工房)により、精製水で60%に希釈したOR染色液を用いて行った。
【0089】
また、コントロールとして、市販の脂肪組織由来間葉系幹細胞(AD-MSC、タカラバイオ、C-12977、Lot: 458Z017.2)、骨髄由来間葉系幹細胞(BM-MSC、タカラバイオ、C-12974、Lot: 479Z025)、臍帯由来間葉系幹細胞(UC-MSC、タカラバイオ、C-12971、Lot: 458Z025.1)を、DS-MSCと同様に分化誘導培地又はStemFit for MSCで培養し、細胞染色を行った。
次いで、染色後の細胞の様子を、光学顕微鏡を用いて観察した。アリザリンレッド染色の結果を図4に、オイルレッド染色の結果を図5に示す。
【0090】
(2)軟骨細胞の分化誘導
24wellプレートにおいて、細胞が80~90%コンフルエントになったことを確認後、軟骨細胞の分化誘導専用培地(MSC Chondrogenic Differentiation Medium(Promo Cell))で培地交換を行った。分化誘導培地で3週間培地交換した後、細胞からtotal RNAを抽出し、逆転写を行ってcDNAを合成した。得られたcDNAを用いて、軟骨細胞マーカー遺伝子(SOX9、ACAN)と、ハウスキーピング遺伝子であるGAPDHとの発現量を測定し、GAPDHの発現量に対する各軟骨細胞マーカー遺伝子の相対発現量を定量PCR法により解析した。なお、陽性コントロールとしてBM-MSCについてもマーカー遺伝子の発現解析を行った。各遺伝子発現量を示すグラフを、図6及び7に示す。
【0091】
(3)結果
図4に示す通り、分化誘導培地を用いて培養したDS-MSC、AD-MSC、BM-MSC、及びUC-MSCは、全て、アリザリンレッドによる染色が見られた。この結果から、上記間葉系幹細胞は、骨芽細胞に分化したといえる。なお、MSCの由来の違いにより、染色された細胞の割合に差が見られた。
【0092】
また、図5に示す通り、分化誘導培地を用いて培養したDS-MSC、AD-MSC、BM-MSC、及びUC-MSCは、全て、オイルレッドによる染色が見られた。この結果から、上記間葉系幹細胞は、脂肪細胞に分化したといえる。なお、MSCの由来の違いにより、染色された細胞の割合に差が見られた。
【0093】
そして、図6及び7に示す通り、分化誘導培地を用いて培養したBM-MSCは、未分化維持培地を用いて培養した場合と比してSOX9及びACANの発現量が上昇した。また、分化誘導培地を用いて培養を用いて培養したDS-MSCも、未分化維持培地を用いて培養した場合と比してSOX9及びACANの発現量が上昇した。
したがって、本発明にかかるDS-MSCは、軟骨細胞に分化していることが確認された。
【0094】
以上より、本発明にかかるDS-MSCは、骨芽細胞、脂肪細胞、軟骨細胞への分化能を有することが示された。
【0095】
<実施例3>間葉系幹細胞マーカーの確認
実施例1で培養した毛由来間葉系幹細胞(DS-MSC)について、以下の手順で蛍光活性化セルソーティング(fluorescence-activated cell sorting;FACS)を実施した。
3回の継代を経たDS-MSCをT75フラスコで培養して増殖させ、遠心分離により細胞を回収した。得られたペレットをDPBSに懸濁し、1.0×10cells/mLとなるように細胞を1.5mlチューブに分注し、遠心分離によりペレットを得た。取得したペレットに2%FBS/DPBSを100μL加えて懸濁し、以下に示す抗体を添加した。
【0096】
[抗体]
(A)Isotype controlCD73(PE Mouse IgG1 Isotype Ctrl (FC)(ソニー)):1μL+ Isotype controlCD105(Alexa Fluor 488 Mouse IgG1 Isotype Ctrl(ソニー)):1μL
(B)Isotype controlCD90(Brilliant Violet 605 Mouse IgG1 Isotype Ctrl(ソニー)):2μL
(C)CD73(PE Mouse Anti-Human CD73(BD Biosciences)):5μL+CD105(Alexa Fluor 488 anti-human CD105(ソニー)):0.5μL
(D)CD90(Brilliant Violet 605 anti-human CD90(Thy1)(ソニー)):2μL
【0097】
抗体と細胞を混合し、遮光して氷上で30分静置した。遠心分離により細胞を回収し、2%FBS/PBSを500μL加えて懸濁してペレットを溶解した。CELL SORTER SH800S(ソニー)を用いて得られたサンプルのFACSを実施し、Isotype controlと目的サンプルの蛍光を比較した。
【0098】
図8に示す通り、CD105、CD73、及びCD90の何れについても、目的サンプルにおいてIsotype controlよりも強い蛍光が確認された。一方、同様の手順で陰性マーカー(CD45,CD34,CD14,CD11b,CD79a,CD19及びHLA DR)の発現を確認したところ、何れも蛍光が確認されなかった。
以上より、実施例1において得られた細胞は、間葉系幹細胞の陽性マーカーを発現し、陰性マーカーを発現しないものであることが示された。
【0099】
以上の結果から、実施例1にかかる本発明によれば、抜去した毛から効率よく間葉系幹細胞を培養することができることが明らかとなった。さらに、本発明により得られた真皮毛根鞘を含む毛由来の間葉系幹細胞は、一般的に間葉系幹細胞が分化可能と言われる、骨芽細胞、脂肪細胞及び軟骨細胞への分化能を有することが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明は、間葉系幹細胞を用いた医薬製剤の開発等に応用することができる。
【符号の説明】
【0101】
S1 取得工程
S2 消毒工程
S3 培養工程
S31 静置培養工程
【要約】
本発明は、抜去した毛から間葉系幹細胞を簡便に培養する、新規な技術を提供することを課題とする。
上記課題を解決するための本発明は、抜去によって取得された、真皮毛根鞘組織で覆われた毛球を含む毛を、培養液中で培養する培養工程を含む、間葉系幹細胞の培養方法である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8