(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-06
(45)【発行日】2024-06-14
(54)【発明の名称】蛋白質の構造変化の評価方法、評価装置および評価プログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 21/19 20060101AFI20240607BHJP
G01N 21/64 20060101ALI20240607BHJP
【FI】
G01N21/19
G01N21/64 Z
(21)【出願番号】P 2020104065
(22)【出願日】2020-06-16
【審査請求日】2023-05-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000232689
【氏名又は名称】日本分光株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092901
【氏名又は名称】岩橋 祐司
(74)【代理人】
【識別番号】100188260
【氏名又は名称】加藤 愼二
(72)【発明者】
【氏名】堀口 靖夫
(72)【発明者】
【氏名】赤尾 賢一
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 仁子
(72)【発明者】
【氏名】早川 広志
【審査官】小野寺 麻美子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭53-042790(JP,A)
【文献】特開2010-248266(JP,A)
【文献】特表2008-512349(JP,A)
【文献】特表2006-507481(JP,A)
【文献】米国特許第4162851(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/958
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛋白質試料に対する外部刺激を経時的に変化させる手順と、
前記外部刺激の変化中の複数のタイミングにおいて蛍光スペクトル測定およびCDスペクトル測定を実行する手順と、
蛍光スペクトルの測定波長をX軸とし、CDスペクトルの測定波長をY軸として、測定された蛍光スペクトルおよびCDスペクトルの各々の経時的変化についての二次元相関スペクトル
である同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルを演算する手順と、
前記
同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルを画像データとして表示手段に表示する手順と、
前記
同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルに現れる正または負のピークに基づいて、蛋白質試料の二次構造および三次構造の変化
の相関を評価する手順と、
を含むことを特徴とする蛋白質の構造変化の評価方法。
【請求項2】
請求項1記載の蛋白質の構造変化の評価方法において、
前記外部刺激としては、温度、pH、圧力、電場、磁場、光、応力、蛋白濃度、バッファーの種類、バッファー濃度のいずれかであることを特徴とする蛋白質の構造変化の評価方法。
【請求項3】
請求項1または2記載の蛋白質の構造変化の評価方法において、前記蛋白質試料の二次構造および三次構造の変化の相関を表1のように評価することを特徴とする蛋白質の構造変化の評価方法。
[表1]
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同時相関Φ 異時相関Ψ λ1とλ2の交差ピークにおける各スペクトル変化
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
正 ほぼゼロ 蛍光とCDの変化は同方向で同時に起こる
正 正 蛍光とCDの変化は同方向で蛍光はCDより先に起こる
正 負 蛍光とCDの変化は同方向で蛍光はCDより後に起こる
負 ほぼゼロ 蛍光とCDの変化は異方向で同時に起こる
負 正 蛍光とCDの変化は異方向で蛍光はCDより後に起こる
負 負 蛍光とCDの変化は異方向で蛍光はCDより先に起こる
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
λ1:蛋白質の三次構造の変化に反応する蛍光スペクトルの波長
λ2:蛋白質の二次構造の変化に反応するCDスペクトルの波長
【請求項4】
請求項1
から3のいずれかに記載の蛋白質の構造変化の評価方法において、
複数の蛋白質試料について、試料毎に前記二次元相関スペクトルを画像データとして取得し、これらの画像データに対して、画像用の主成分分析を実行することを特徴とする蛋白質の構造変化の評価方法。
【請求項5】
蛋白質試料に対する外部刺激を経時的に変化させながら、当該外部刺激の変化中の複数のタイミングにおいて測定された蛍光スペクトルおよびCDスペクトルをデータとして受信する受信手段と、
蛍光スペクトルの測定波長をX軸とし、CDスペクトルの測定波長をY軸として、前記蛍光スペクトルおよび前記CDスペクトルの各々のデータの経時的変化についての二次元相関スペクトル
である同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルを演算する演算手段と、
前記
同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルを画像データとして表示手段に表示させる表示指令手段と、
前記
同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルに現れる正または負のピークに基づいて、蛋白質試料の二次構造および三次構造の変化
の相関を評価する評価手段と、
を備えることを特徴とする蛋白質の構造変化の評価装置。
【請求項6】
蛋白質試料に対する外部刺激を経時的に変化させながら、当該外部刺激の変化中の複数のタイミングにおいて測定された蛍光スペクトルおよびCDスペクトルをデータとして受信する受信手段と、
蛍光スペクトルの測定波長をX軸とし、CDスペクトルの測定波長をY軸として、測定された前記蛍光スペクトルおよび前記CDスペクトルの各々の経時的変化についての二次元相関スペクトル
である同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルを演算する演算手段と、
前記
同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルを画像データとして表示手段に表示させる表示指令手段と、
前記
同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルに現れる正または負のピークに基づいて、蛋白質試料の二次構造および三次構造の変化
の相関を評価する評価手段と、してコンピュータを機能させることを特徴とする蛋白質の構造変化の評価プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は蛋白質の構造変化の評価方法に関し、蛋白質の産業利用分野に属する。
【背景技術】
【0002】
円二色性スペクトルや蛍光スペクトルは、蛋白質の高次構造の変化を鋭敏に反映することが知られており、バイオ医薬品をはじめとする蛋白質の産業利用分野において、これらの測定が蛋白質の構造変化を評価する手法として重要な役割を担っている。
【0003】
蛋白質の構造は、大きく一次、二次、三次構造、四次構造に区分され、
一次構造は、蛋白質のアミノ酸配列を指し、
二次構造は、蛋白質一次構造の部分的な立体構造(αヘリックスやβシート)を指し、
三次構造は、蛋白質二次構造が空間的にまとまってできた蛋白質1分子がとる立体構造(コンフォメーション)を指し、
四次構造は、複数のポリペプチド鎖が集まって複合蛋白質を形成している状態を指す、
とされている。以下、CDスペクトルや蛍光スペクトルを用いて蛋白質の高次構造の変化を評価する既存の手法(文献1から3)について説明する。
【0004】
<円二色性測定>
文献1は、ポリ-L-グルタミン酸のCDスペクトルの測定例である。ポリ-L-グルタミン酸は、水溶液中でのpHの変化に伴って、その二次構造が「αヘリックス-ランダムコイル転移」することが知られている。文献1の
図3(ポリペプチドのCD)を見ると、pH4.3及びpH11におけるポリ-L-グルタミン酸のCDスペクトルが400~200nmの波長範囲で表示されている。
【0005】
文献1のCDスペクトルによると、pH4.3において、225nm付近に負のコットン効果が表れ、そのピークの大きさがαヘリックス含量の目安とされている。また、200nm以下の短波長領域に、強い正のコットン効果が表れている。一方、pH11の方は、ポリ-L-グルタミン酸がランダムコイルの状態で存在するため、上記のコットン効果が著しく変化している。
【0006】
このように、CDスペクトル中の特定の波長域のCD強度の変化に基づいて、蛋白質の二次構造の変化を推定できることが説明されている。
【0007】
<蛍光測定>
蛍光測定は、蛋白質の三次構造の変化を評価する方法として用いることができる。例えば、蛋白質分子に内在する芳香族アミノ酸(トリプトファン、チロシン、フェニルアラニン)を蛍光プローブとすることが多い。
【0008】
文献2には、このようなアミノ酸由来の蛍光スペクトルに基づいて、pHや圧力などの物理パラメータを変化させた際の蛋白質の立体構造の変性過程を評価する手法が紹介されている。文献2の
図1(左)は、卵白アレルゲン蛋白質のpH条件を「4→10.4→12」の順に変えて測定した蛍光スペクトルを示している。この図では、蛍光スペクトルのピーク波長が304nm(チロシン由来の蛍光)から340nm(チロシネート由来の蛍光)へとシフトしている。このことから、塩基性側へのpH変化に伴って、チロシンの側鎖OH基からH+が解離し、チロシネートの濃度が上がった、と評価している。
【0009】
また、文献2の
図1(右)は、卵白アレルゲン蛋白質の圧力条件を「50気圧から7000気圧まで段階的に加圧」して測定した蛍光スペクトルを示している。圧力変化に伴って、蛍光スペクトルの波長304nmの蛍光強度(チロシン由来)が大幅に減少し、同時に波長340nmの蛍光強度(チロシネート由来)が増加している。このことから、加圧に伴う三次構造の転移が生じて、チロシンを含む構造状態の割合が減少し、チロシネートを含む構造状態の割合が増加したものと、評価している。
【0010】
<CDと蛍光>
文献3は、リゾチームの立体構造とリゾチーム内のトリプトファン残基の微環境が温度変化に伴ってどのように変化するかを、CDスペクトル及び蛍光スペクトルに基づいて評価した例である。この手法は、リゾチーム(鶏卵白)の水溶液(0.05mg/ml)を試料にして、5mmセルにてCDスペクトルを、10mmセルにて蛍光スペクトルを、20℃から90℃までの5℃間隔の温度インターバルで、それぞれのCDスペクトルを測定している。
【0011】
文献3の
図1は、190~260nmの波長範囲のCDスペクトルの温度変化測定の結果である。測定条件は、走査速度100nm/min、レスポンス2sec、バンド幅1nm、データ間隔0.1nm、積算2回としている。文献3の
図2は、波長220nmのCD強度の温度変化測定の結果である。
【0012】
文献3の
図4は、300~400nmの波長範囲の蛍光スペクトルの温度変化測定の結果である。測定条件は、励起波長280nm、励起光バンド幅2nm、データ間隔1nm、レスポンス1secとしている。文献3の
図5は、波長339nmの蛍光強度と波長349nmの蛍光強度との比をとって、温度変化に伴うその比の変化を示している。
【0013】
文献3の
図1のCDスペクトルによれば、200nm以下の波長領域に見られたピークの強度が、温度上昇に伴って、大幅に減少しており、20℃において波長207.7nmにあった負のピークが、90℃では波長202.8nmまで短波長側にシフトしている。このことから、文献3では、温度上昇によってリゾチームのαヘリックス構造が解けて、ランダムコイル構造に変化したものと評価している。そして、文献3の
図2のαヘリックス構造に由来する波長220nmのCD強度の変化から、70~80℃の温度域で急激な減少が認められ、変性温度が73.9℃とされている。
【0014】
また、文献3の
図4の蛍光スペクトルによれば、20℃において波長339nmにあった蛍光ピーク(吸収極大)が、温度上昇に伴って長波長側へシフトし、90℃では波長348nmに生じている。一般に、蛋白質の蛍光をモニターすることにより、トリプトファン残基の置かれた微環境についての知見が得られる。トリプトファン残基の蛍光ピークは、その周辺環境の極性に敏感に反応し、例えば、トリプトファン残基が蛋白質の内部に埋まった状態(非極性の環境)では、330nm付近にピークを示す。立体構造が変化して、トリプトファン残基が蛋白質の表面で水に接触した状態(極性の高い環境)になると、ピークが350nm付近までシフトすると言われている。そのため、文献3では、
図4の蛍光スペクトルの変化から、リゾチームの熱変性によって蛋白質内部に埋まっていたトリプトファン残差が蛋白質表面に現れた、と評価している。
【0015】
さらに、文献3の
図5では、
図2と同様に、70~75℃の温度域でピーク比がもっとも大きく変化していることから、リゾチームの二次構造(αヘリックスの構造)の変化も、三次構造(トリプトファン残差を含む立体構造)の変化も、同じ温度域で生じていると評価している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0016】
【文献】末永,“円二色性分散計(日本分光J-820)”,7頁,[online],熊本大学薬学部附属創薬研究センター機器分析施設,[平成31年6月19日検索],インターネット<URL:http://iac.kuma-u.jp/equipment/details/pdf/23.pdf>
【文献】前野,“高圧蛍光実験からタンパク質の隠れた構造を探る”,
図1,[online],日本生物物理学会,[平成31年6月19日検索],インターネット<URL:https://www.biophys.jp/highschool/D-16.html>
【文献】“J-820+FMO-427Lを用いたリゾチームの温度変化測定”,
図1-5,[online],日本分光株式会社,[平成31年6月19日検索],インターネット<URL:https://www.jasco.co.jp/jpn/technique/200-CD-0005.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
特許文献1から3に示される通り、従来の評価方法では、CD測定や蛍光測定によってそれぞれのスペクトルを観察し、特定の波長域でのスペクトル形状の変化に着目することで、蛋白質の高次構造がどのように変化したかどうかを評価している。しかしながら、蛋白質全体の中で異なる構造変化(二次と三次構造の各々の変化など)が相対的にどのようなタイミングで生じているのかや、蛋白質全体が何ら構造変化していないことなどを評価するには、個々のスペクトルデータの観察だけでは不十分であり、専門的な知識や多くの経験に基づく判断が必要になってしまう。
【0018】
発明者らは、蛋白質全体の中で異なる構造変化が相対的にどのようなタイミングで生じているのか、蛋白質全体が何ら構造変化を起こしていないこと等を、簡易に評価できる手法があれば、バイオ医薬品をはじめとする蛋白質の産業利用分野の発展に非常に役立つのでは、と考えた。
【0019】
本発明の目的は、外部刺激が変化した際に生じる蛋白質の複数の構造変化を簡易に評価することができる評価方法、評価装置および評価プログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
すなわち、本発明に係る蛋白質の構造変化の評価方法は、
蛋白質試料に対する外部刺激を経時的に変化させる手順と、
前記外部刺激の変化中の複数のタイミングにおいて蛍光スペクトル測定およびCDスペクトル測定を実行する手順と、
蛍光スペクトルの測定波長をX軸とし、CDスペクトルの測定波長をY軸として、測定された蛍光スペクトルおよびCDスペクトルの各々の経時的変化についての二次元相関スペクトルである同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルを演算する手順と、
前記同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルを画像データとして表示手段に表示する手順と、
前記同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルに現れる正または負のピークに基づいて、蛋白質試料の二次構造および三次構造の変化の相関を評価する手順と、を含むことを特徴とする。
【0021】
前記蛍光スペクトル測定では、蛋白質の三次構造の変化に反応する波長域が少なくとも含まれるように測定波長範囲を設定し、CDスペクトル測定では、蛋白質の二次構造の変化に反応する波長域が少なくとも含まれるように測定波長範囲を設定するとよい。
【0022】
蛋白質への外部刺激としては、温度、pH、圧力、電場、磁場、光、応力、蛋白濃度、バッファーの種類、バッファー濃度のいずれかであることが好ましい。また、蛋白質試料の二次構造および三次構造の変化の相関を次表のように評価することが好ましい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同時相関Φ 異時相関Ψ λ1とλ2の交差ピークにおける各スペクトル変化
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
正 ほぼゼロ 蛍光とCDの変化は同方向で同時に起こる
正 正 蛍光とCDの変化は同方向で蛍光はCDより先に起こる
正 負 蛍光とCDの変化は同方向で蛍光はCDより後に起こる
負 ほぼゼロ 蛍光とCDの変化は異方向で同時に起こる
負 正 蛍光とCDの変化は異方向で蛍光はCDより後に起こる
負 負 蛍光とCDの変化は異方向で蛍光はCDより先に起こる
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
λ1:蛋白質の三次構造の変化に反応する蛍光スペクトルの波長
λ2:蛋白質の二次構造の変化に反応するCDスペクトルの波長
【0023】
さらに、複数の蛋白質試料について、試料毎に前記二次元相関スペクトルを画像データとして取得し、これらの画像データに対して、画像用の主成分分析を実行することが好ましい。複数の蛋白質試料を、主成分にもとづいてグループ分けすることができる。
【0024】
次に、本発明に係る蛋白質の構造変化の評価装置は、
蛋白質試料に対する外部刺激を経時的に変化させながら、当該外部刺激の変化中の複数のタイミングにおいて測定された蛍光スペクトルおよびCDスペクトルをデータとして受信する受信手段と、
蛍光スペクトルの測定波長をX軸とし、CDスペクトルの測定波長をY軸として、前記蛍光スペクトルおよび前記CDスペクトルの各々のデータの経時的変化についての二次元相関スペクトルである同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルを演算する演算手段と、
前記同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルを画像データとして表示手段に表示させる表示指令手段と、
前記同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルに現れる正または負のピークに基づいて、蛋白質試料の二次構造および三次構造の変化の相関を評価する評価手段と、を備えることを特徴とする。
【0025】
また、本発明に係る蛋白質の構造変化の評価プログラムは、
蛋白質試料に対する外部刺激を経時的に変化させながら、当該外部刺激の変化中の複数のタイミングにおいて測定された蛍光スペクトルおよびCDスペクトルをデータとして受信する受信手段と、
蛍光スペクトルの測定波長をX軸とし、CDスペクトルの測定波長をY軸として、測定された前記蛍光スペクトルおよび前記CDスペクトルの各々の経時的変化についての二次元相関スペクトルである同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルを演算する演算手段と、
前記同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルを画像データとして表示手段に表示させる表示指令手段と、
前記同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルに現れる正または負のピークに基づいて、蛋白質試料の二次構造および三次構造の変化の相関を評価する評価手段と、してコンピュータを機能させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
蛋白質の安定性評価(製造工程の評価を含む)においては、外部刺激の経時的変化に対する蛋白質の動的な構造変化、例えば、蛋白質の二次構造変化および三次構造変化についてのタイムラグを適切に把握できれば、より信頼性のある評価が可能になると言える。本発明では、外部刺激の変化を伴う蛋白質の蛍光スペクトル測定およびCDスペクトル測定によって得られたそれぞれのスペクトルデータから二次元相関スペクトルを演算し、それを例えば二次元画像データとしてモニターなどに表示する。
【0027】
二次元相関スペクトルの算出方法自体は、公知の算出方法を用いる。本発明では、二次元相関スペクトルの算出方法を使って、蛍光スペクトルのある波長(λ1)の蛍光強度の変化状態と、CDスペクトルのある波長(λ2)のCD強度の変化状態と、の相関をとる。二次元マップ状にすべての又は選択された所定の波長(λ1,λ2)の組合せについて、上記の相関をとる。二次元相関スペクトルは、その相関結果を、X軸に蛍光スペクトルの波長をとり、Y軸にCDスペクトルの波長をとった二次元マトリックス状に表現させたものである。通常、二次元相関スペクトルは、同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトルがセットで算出される。
【0028】
ユーザーは、その二次元相関スペクトル(同時相関スペクトルおよび異時相関スペクトル)の画像データを観察することにより、その二次元相関スペクトルに表れた正または負のピークに基づいて、蛋白質に同時に生じる構造変化やタイムラグのある複数の構造変化を視覚的にかつ網羅的に把握することができる。言い換えると、蛋白質の複合的な構造変化を一目で把握して評価できるようになった。このような評価方法は、蛋白質の産業利用分野における研究・製造・品質管理などの現場に極めて有用な分析法として貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】第一実施形態に係る蛋白質の評価装置の機能ブロック図である。
【
図2】前記評価装置とCD/蛍光測定機からなるシステムの全体構成図である。
【
図3】前記CD/蛍光測定機の試料部の一例を示す図である。
【
図4】蛋白質の構造変化を評価する手順を示すフローチャートである。
【
図5】表示装置に表示された二次元相関スペクトルの一例であり、(A)は同時相関スペクトルを示し、(B)は異時相関スペクトルを示す図である。
【
図6】第二実施形態に係る複数の蛋白質試料のグルーピングの手法の説明図であり、(A)は複数の試料についての二次元相関スペクトル画像を示し、(B)は画像の主成分分析に基づいて試料を分類した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
第一実施形態
図1は、本発明の一実施形態に係る評価装置の機能ブロック図であり、この評価装置を用いて蛋白質の構造変化を評価する。本実施形態では、評価装置10は、コンピュータで構成され、コンピュータが記憶媒体に記憶された評価プログラムを読み取って実行することにより、例えば、データ受信部12、データ保持部14、補正部16、演算部18、表示指令部20、及び、評価部22などとして機能する。
【0031】
データ受信部12は、外部から蛋白質試料の蛍光スペクトルデータおよびCDスペクトルデータを受信する。データ保持部14は、メモリー等からなり、スペクトルデータを保持する。補正部16は、二次元相関スペクトルデータの演算が適切に実行されるようにデータ保持部14から読み取ったスペクトルデータを補正する。演算部18は、蛍光スペクトルデータおよびCDスペクトルデータに基づいて二次元相関スペクトルデータを演算する。表示指令部20は、二次元相関スペクトルデータをデータ保持部14に保持させるとともに、当該二次元相関スペクトルデータを表示装置(液晶ディスプレイ等)24に画像表示させる。また、表示指令部20は、適宜、蛍光スペクトルデータおよびCDスペクトルデータを表示装置24に画像表示させてもよい。
【0032】
評価部22は、二次元相関スペクトルデータに表れている蛋白質試料の構造変化の評価情報を、文字または図形を使って表示装置24に表示させる。
【0033】
表示装置24には、その評価情報が、二次元相関スペクトルデータ、蛍光スペクトルデータ又はCDスペクトルデータと共に表示される。或いは、これらのスペクトルデータとは独立して表示される。表示装置24には、少なくとも二次元相関スペクトルデータを二次元画像データとして表示可能な公知の手段を採用できる。ここで、表示装置24は、評価装置10と一体でも、又は別体でもよい。
【0034】
図2は、評価装置10とCD/蛍光測定機30からなるシステムの全体構成図である。CD/蛍光測定機30の構成を
図2を用いて簡単に説明する。CD/蛍光測定機30は、蛋白質試料を測定対象として、外部刺激を経時的に変化させた際の、その変化中の複数のタイミングにおいて、CDスペクトルデータおよび蛍光スペクトルデータを繰り返し測定する装置であり、
図2に示すように、光源ランプ31、分光器32、偏光変調子(PEM)33、試料部34、CD用の光検出器35、蛍光用の分光器36、蛍光用の光検出器37、及び、両光検出器35,37からの信号を処理する信号処理部38を備える。信号処理部38では、測定機の動作条件の設定および測定条件の設定も行われる。信号処理部38は、設定された条件に従って、PEM33の駆動制御、各分光器32,36の波長走査制御、試料部34の温調制御やセル交換制御などを実行する。
【0035】
光源ランプ31、分光器32、PEM33の順で構成された照射光学系によって、PEM33の変調周波数fで偏光状態が周期的に変化する単波長光が形成されるとともに、分光器32の選択波長が所定の波長範囲内で変更される。本実施形態では、選択波長毎に、PEM33の変調周波数で決まる周期で左/右に交替する円偏光が形成され、試料部34を照射する。
【0036】
図3は、試料部34に配置される温調セルホルダー39および試料セル40の平面図である。温調セルホルダー39は、例えば、ペルチェ素子などの温度制御素子を内蔵した水冷式のセルホルダーであり、セルホルダー内の試料セル40の温度を調整し、また、温度を経時的に変化させることができる。試料セル40は、例えば、断面が矩形である内部空間を有したミクロ石英セルである。試料セル40は、蛋白質試料の状態(通常は、液体等の媒質と蛋白質との混合状態)に応じて、蛋白質試料をセル内部に保持する構成や、蛋白質試料を連続的に流す構成から適宜選択される。
【0037】
PEM33からの単波長光は、試料セル40の一方の窓板から入射し、内部の蛋白質試料を通過して、他方の窓板から出射した後、CD用の光検出器35にて検出される。
【0038】
<CDスペクトルの測定>
左右に交替する円偏光状態の単波長光が、蛋白質試料に含まれる円二色性の部位を透過すると、透過光の左円偏光の吸光度と右円偏光の吸光度とに差が生じる。この差は、光検出器35からの光強度信号に交流成分として表れる。信号処理部38は、PEM3の変調周波数fの参照信号を使って、光強度信号から交流成分を検知し、CD強度信号を得る。また、分光器32を駆動させて単波長光の波長を走査すると、波長に応じたCD強度信号が得られ、これによって信号処理部38はCDスペクトルデータを取得することができる。
図3に、蛋白質試料のCDスペクトルデータの模式図を示す。
【0039】
試料セル40は、さらに上記の一対の窓板に直角である第三の窓板を有する。
【0040】
<蛍光スペクトルの測定>
図2のシステム構成であれば、蛍光測定において、試料部の前段の分光器32が励起光の波長を固定し、蛋白質試料からの蛍光を後段の分光器36が波長を走査することによって、蛍光スペクトルデータ(励起光波長一定)を測定することができる。また、前段の分光器32が励起光の波長を走査し、後段の分光器36が蛋白質試料から発する蛍光から一定波長の成分を選択することによって、蛍光スペクトルデータ(蛍光波長一定)を測定することもできる。
【0041】
どちらの蛍光スペクトルデータを用いてもよい。ここでは、前者の場合について説明する。PEM33からの単波長光(励起光)の波長が一定、例えば280nmの状態で、その単波長光が蛋白質試料に含まれる蛍光の部位(例えば蛍光プローブ)を励起すると、蛋白質試料は蛍光を発する。その蛍光は、試料セル40の第三の窓板から出射して、蛍光用の分光器36に入って波長毎の蛍光に分散された後、光検出器37で検出される。蛍光用の分光器36を駆動させて選択波長を走査することによって、信号処理部38は、光検出器37から選択波長毎の蛍光強度信号を得て、蛍光スペクトルデータを取得することができる。
図3に、蛋白質試料の蛍光スペクトルデータの模式図を示す。
【0042】
なお、蛍光スペクトル測定中、PEM33を変調駆動させたままでも、変調駆動を停止させてもよい。
【0043】
従来、独立したCD測定機と分光蛍光測定機を使って個別にスペクトル測定する場合や、1台のCD測定機であっても、その試料部にCD用セルと蛍光用セルを独立に配置してスペクトル測定する場合などでは、2つの試料セル内の蛋白質試料の外部刺激(特に、温度)の経時的な変化を同期させることが極めて難しかった。
【0044】
本実施形態では、
図3の構成の試料部34を採用することで、同一の試料セル内の蛋白質試料からCDスペクトルと蛍光スペクトルの両方が測定される。つまり、1つの試料セル40によって、それぞれのスペクトルを同時に測定することができるため、2つの試料セルでの測定時のような外部刺激の「ずれ」を排除することができる。加えて、1回の測定で2つのスペクトルデータが得られるので、測定に必要な試料量を少なくすることができる。
【0045】
図4のフローチャートは、
図2のシステム構成を用いた蛋白質の構造変化の評価手順(S1~S8)を示す。
【0046】
手順S1では、CD/蛍光測定機30の動作条件を設定する。例えば、蛍光測定では、蛋白質の三次構造の変化に反応する波長域が少なくとも含まれるように測定波長範囲を設定する。CD測定では、蛋白質の二次構造の変化に反応する波長域が少なくとも含まれるように測定波長範囲を設定する。
【0047】
手順S2では、蛋白質試料に対する外部刺激の経時的変化の条件を設定する。外部刺激として、蛋白質の温度、pH、圧力、電場、磁場、光、応力、蛋白濃度、バッファーの種類、バッファー濃度などの物理パラメータから選択可能である。本実施形態では、一例として、温調セルホルダー39を用いて、試料セル40の蛋白質試料の温度を20℃から90℃まで経時的に変化させる条件に設定する。
【0048】
手順S3では、温調セルホルダー39を上記の条件で駆動させて、外部刺激の経時的変化を発生させる。そして、蛋白質試料の温度を20℃から90℃まで経時的に変化させつつ、例えば5℃間隔の温度インターバルで、蛍光スペクトルとCDスペクトルの両方を繰り返し測定する。5℃間隔の各温度において、信号処理部38は、各光検出器35,37からの強度信号を処理し、CDスペクトルデータおよび蛍光スペクトルデータを得て、これらのデータを評価装置10に出力する。手順S3までの実行の結果、20℃、25℃、・・・、90℃の各温度で、蛍光スペクトルおよびCDスペクトルが同時に得られる。
【0049】
手順S4からS8までは、コンピュータ(評価装置10)によるスペクトルデータ処理の流れを示し、手順S3まで完了した後、続けて処理を開始してもよい。或いは、外部刺激の経時的変化を共通条件にして、別のCD測定機で測定したCDスペクトルデータと、別の分光蛍光測定機で測定した蛍光スペクトルデータとをデータ保持部14に保存しておき、ユーザーの必要に応じて、コンピュータがこれらのスペクトルデータに対して評価プログラムを実行するようにしてもよい。
【0050】
ここでは、手順S3に続く一連の動作として、手順S4からS8までを説明する。まず、コンピュータは、信号処理部38からの各々のスペクトルデータを受信し、メモリーなどのデータ保持部14に保持する(手順S4)。ここで、コンピュータは、二次元相関スペクトルデータの適切な演算のために、データ保持部14から読み取った各スペクトルデータに対して事前に補正を加えることができる(手順S5)。
【0051】
<スペクトルデータの補正内容>
蛍光スペクトルデータに対しては、励起光の高次光カット処理、ダーク補正、スペクトル補正を適宜実行する。また、CDスペクトルデータに対しては、ベースライン補正、滴定測定のときの濃度補正を適時実行する。
【0052】
次に、コンピュータは、蛍光スペクトルデータの測定波長をX軸とし、CDスペクトルの測定波長をY軸として、蛍光スペクトルデータの変化およびCDスペクトルデータの変化についての二次元相関スペクトルデータを演算する(手順S6)。
【0053】
<二次元相関スペクトルの演算>
二次元相関スペクトルは、スペクトルの経時的な変化(「動的スペクトル」とも呼ばれる。)を解析する手法として知られている。一般的な動的スペクトルデータから単に二次元相関スペクトルを演算するだけであれば、市販のソフトウェアを用いることができる。
【0054】
ここで、スペクトルデータの波長をλとして、動的蛍光スペクトルを(1)で表し、動的CDスペクトルを(2)で表す。
【0055】
【0056】
任意の波長λ1,λ2で、一定の相関時間τを置いて動的蛍光スペクトル(3)と動的CDスペクトル(4)が測定されるならば、次式(5)の相互相関関数「X(τ)」を求めることができる。
【0057】
【0058】
【0059】
この相関関数「X(τ)」は、当該相関関数を複素数で表した際の実数部に相当する同時相関強度Φと、虚数部に相当する異時相関強度Ψとを用いて表現することもできる。同時相関強度Φと異時相関強度Ψは、2つの独立した波長λ1,λ2によって決定される二次元スペクトルである。
【0060】
コンピュータは、最も基本的な二次元相関スペクトルである、同時相関スペクトルと異時相関スペクトルを演算し(手順S6)、演算した二次元相関スペクトルを液晶ディスプレイ等の表示手段に表示させる(手順S7)。
【0061】
図5(A),(B)は、モニター等に表示される同時相関スペクトルΦ(λ1,λ2)と異時相関スペクトルΨ(λ1,λ2)の一例をそれぞれ模式的に示したものである。各々の相関スペクトルのピークを、その高さに応じた色の変化によって表現しているが、等高線での表示や三次元立体表示にしてもよい。
【0062】
最後に、コンピュータは、二次元相関スペクトルに現れた正または負の交差ピークに基づいて、蛋白質試料の二次構造および三次構造の変化を評価する(手順S9)。
【0063】
ここで、蛋白質試料の構造変化の評価について簡単に説明する。
【0064】
図5(A)の同時相関スペクトルΦ(λ1,λ2)には、蛍光の波長λ11(330nm付近)とCDの波長λ21(200nm付近)との交点に正の交差ピークP11が生じている。つまり、蛍光の波長λ11とCDの波長λ21の各強度が正の方向に同時相関している。
【0065】
正の方向の同時相関(交差ピークP11)は、蛍光信号およびCD信号がいずれも減少(又は増加)する場合であり、それぞれのスペクトル強度の変化の方向性が同じであると言える。そして、330nm付近における蛍光データからはトリプトファン由来の三次構造変化が読み取られ、200-230nmにおけるCDデータからはαヘリックスの二次構造変化が読み取られる。この例では、蛋白質の二次構造(例えばαヘリックスの構造)と三次構造(例えば蛍光プローブを含んだ立体構造)がどちらも崩壊している、或いは、二次構造と三次構造がどちらも生成していることの根拠となり得る。
【0066】
なお、同時相関スペクトルに負の交差ピークが生じていて、蛍光スペクトルおよびCDスペクトルの各強度が負の方向に同時相関(反相関とも呼ぶ。)している場合は、蛍光信号およびCD信号の一方が減少し、同時に他方が増加する場合であり、例えば、蛋白質の二次構造と三次構造のうちの一方には変化がないが、他方には崩壊または生成といった変化が起きているということの根拠になり得る。
【0067】
このように、同時相関スペクトルにおける交差ピークの存在は、外部刺激の経時的変化に対する蛋白質の二次構造の変化と三次構造の変化との相互作用の可能性を示すものとして、重要な意味をもたらす。
【0068】
一方、
図5(B)の異時相関スペクトルΨ(λ1,λ2)にも、蛍光の波長λ12(330nm付近)とCDの波長λ21(200nm付近)との交点に正の交差ピークP21が生じている。つまり、蛍光の波長λ12とCDの波長λ21の各強度が正の方向に異時相関している。
【0069】
図5(A),(B)のように、ある波長の組合せ(λ1,λ2)において、正の方向の同時相関(交差ピークP11)と正の方向の異時相関(交差ピークP21)とが生じる場合は、蛍光およびCDの変化の方向性が同じで、蛍光強度の変化が先に生じ、CD強度の変化が遅れて生じることになる。例えば、蛋白質の三次構造の変化が先に進み、これに遅れて二次構造の変化が始まることの根拠となり得る。
【0070】
なお、正の方向の同時相関と負の方向の異時相関とが生じる場合は、蛍光およびCDの変化の方向性が同じであるが、CD強度の変化が先に生じ、蛍光強度の変化が遅れて生じることになる。例えば、蛋白質の二次構造の変化が先に進み、これに遅れて三次構造の変化が始まることの根拠となり得る。
【0071】
つまり、蛋白質への外部刺激の経時的変化に対して、先に、蛍光の330nm付近の強度変化(三次構造の変化)が生じ、その後に、CDの200nm付近の強度変化(二次構造の変化)が生じる、という、それぞれの構造変化のタイムラグを把握することができる。外部刺激の経時的変化に対する蛋白質の二次構造、三次構造がそれぞれどのような順序で変化するのかを知ることができ、蛋白質の熱安定性評価が容易になった。
【0072】
また、異時相関スペクトルにおいて交差ピークが現れていない波長の組合せは、信号強度の変化が同期している、つまり、構造変化の速さが同じであるか、又は、両方とも構造変化が生じていないことを示している。
【0073】
コンピュータの評価部72による評価内容の表示例を
図5(A),(B)に示す。その他、表形式での表示や、文章での表示でもよい。
【0074】
次表に、二次元相関スペクトル(Φ、Ψ)の読み取り方の一例を示す。λ1は蛍光スペクトルの波長、λ2はCDスペクトルの波長を示す。表1に基づけば、
図5の二次元相関スペクトル画像を読み取れば、同じ温度変化状況において、蛋白質試料は、αヘリックスの二次構造変化(CDの変化)よりも、トリプトファン由来の三次構造変化(蛍光の変化)が先に生じたことが分かる。表1に基づく評価内容を
図5の二次元相関スペクトルの画像に表示してもよい。
【0075】
[表1]
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同時相関Φ 異時相関Ψ λ1とλ2の交差ピークにおける各スペクトル変化
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
正 ほぼゼロ 蛍光とCDの変化は同方向で同時に起こる
正 正 蛍光とCDの変化は同方向で蛍光はCDより先に起こる
正 負 蛍光とCDの変化は同方向で蛍光はCDより後に起こる
負 ほぼゼロ 蛍光とCDの変化は異方向で同時に起こる
負 正 蛍光とCDの変化は異方向で蛍光はCDより後に起こる
負 負 蛍光とCDの変化は異方向で蛍光はCDより先に起こる
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【0076】
抗体医薬開発などの分野では、蛋白質の温度変化依存の構造変化を適切に把握することが、製品開発、製造工程の確立および品質管理の上で、重要な事項になっている。本実施形態では、蛋白質の二次構造と三次構造の変化をモニタリングして、蛋白質の構造変化の評価が簡易になったため、蛋白質に付与される機能部位の効果の確認や変異の有無の把握をする上での重要な情報が容易に得られるようになった。昨今の目的部位をデザインするという抗体医薬分野での幅広い活用が期待される。
【0077】
第二実施形態
図6は、複数の蛋白質試料の二次元相関スペクトルデータを画像として、コンピュータが画像用の主成分分析を実行することを示した図である。本実施形態では、第一実施形態のシステム(
図2)を用いており、
図3の温調セルホルダー39として、6連温調セルチェンジャー(水冷ペルチェ素子内蔵)を用いることで、6検体のスペクトル測定を同時に実行、または順次実行できるように構成されている。また、評価装置10が画像用の主成分分析を実行する。
【0078】
例えば、バイオ医薬品の開発段階で、ネイティブの蛋白質からなる1検体と、何らかの機能基がそれぞれ異なる条件で付与された5検体とを用いて、蛋白質に機能基を付与したことによる影響の有無を確認するケースについて説明する。
【0079】
まず、温度変化条件の下、本実施形態のシステムを用いて、これら6検体の蛍光スペクトルデータおよびCDスペクトルデータを取得し、6セットの二次元相関スペクトルデータを得る(
図6(A))。そして、これら6セットの二次元相関スペクトル(同時相関スペクトル,異時相関スペクトル)を画像データとして、これらの画像の主成分分析を実行する。この画像分析には、市販の画像用の主成分分析ソフトウェアを用いることができる。
【0080】
画像についての主成分分析の結果、6検体をグループ分けすることができる。
図6(B)は、画像データの第1主成分(PC1)と画像データの第2主成分(PC2)を用いた例である。例えば、ネイティブの蛋白質の異時相関スペクトル画像に対する、他の検体の異時相関スペクトル画像の一致性/不一致性の結果から、6検体をグルーピングすることができる。異時相関スペクトル画像について、同じグループに属することになった検体を、さらに、同時相関スペクトル画像の主成分分析結果に基づいて、細かくグループ分けすることもできる。
【0081】
図6(B)の例では、グループ1にはネイティブの検体(No.1)を含む複数の検体が含まれている。これらの検体は、ネイティブとの一致性が高く、蛋白質の構造変化が起こっていないことを示す判断の根拠に使える。
【0082】
なお、温度変化条件のケースでは、
図3のような試料セルを用いて、2種類のスペクトル測定を同時に行うことで、2種類のスペクトル測定の実行時に蛋白質試料の温度条件を一致させることができるというメリットがある。しかし、蛍光測定およびCD測定を別々に実行する場合でも、それぞれの蛋白質試料の温度変化を一致させることが可能であれば、2種類のスペクトルの同時測定は必須にはならない。
【0083】
CD測定機と蛍光測定機を用いて、2種類のスペクトルを測定する場合にも、本発明の評価手法を適用できる。
【符号の説明】
【0084】
10 評価装置(コンピュータ)
12 データ受信部(受信手段)
18 演算部(二次元相関スペクトルの演算手段)
20 表示指令部(表示指令手段)
22 評価部(蛋白質試料の構造変化を評価する評価手段)
24 表示装置(表示手段)
30 CD/蛍光測定機
34 試料部
38 信号処理部
39 温調セルホルダー(6連温調セルチェンジャー)
40 試料セル