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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-06
(45)【発行日】2024-06-14
(54)【発明の名称】ラクチド複合体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07D 319/12 20060101AFI20240607BHJP
   C07D 213/66 20060101ALI20240607BHJP
   C07C 59/245 20060101ALI20240607BHJP
【FI】
C07D319/12
C07D213/66
C07C59/245
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023167741
(22)【出願日】2023-09-28
【審査請求日】2023-10-04
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】509199074
【氏名又は名称】株式会社ラマシックス
(74)【代理人】
【識別番号】110000958
【氏名又は名称】弁理士法人インテクト国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100120237
【弁理士】
【氏名又は名称】石橋 良規
(74)【代理人】
【識別番号】100152098
【弁理士】
【氏名又は名称】林 剛史
(72)【発明者】
【氏名】曽根 久雄
(72)【発明者】
【氏名】吉澤 典子
(72)【発明者】
【氏名】番場 規雄
【審査官】阿久津 江梨子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2004/0014991(US,A1)
【文献】Progress in Polymer Science,2016年,Vol. 56,pp. 64-115
【文献】Macromolecules,2018年,Vol. 51,pp. 689-696
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D
C07C
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクチド複合体の製造方法であって、
乳酸の環状二量体であるラクチドを使用し、
溶融した前記ラクチドと、低分子物質との混合物を加熱し、前記ラクチドを開環させることなく、溶融した前記ラクチドと、前記低分子物質とを反応させる反応工程を含み、
前記溶融したラクチドが、L-ラクチド、D-ラクチド、及びDL-ラクチドの何れかのラクチドを溶融させたものであり、
前記低分子物質の分子量が2000以下であり、
前記反応工程において前記混合物を撹拌する、
ラクチド複合体の製造方法。
【請求項2】
前記混合物が、固体のラクチドを溶融させ、溶融したラクチドに前記低分子物質を添加して得たものである、請求項1に記載のラクチド複合体の製造方法。
【請求項3】
前記加熱を80℃以上180℃以下で行う、請求項1又は2に記載のラクチド複合体の製造方法。
【請求項4】
前記反応工程を5mmHg以上300mmHg以下の減圧環境下で行う、請求項1又は2に記載のラクチド複合体の製造方法。
【請求項5】
前記低分子物質が、C=O結合、P=O結合、N=O結合、N-H結合、及びS=O結合の何れかを有する、請求項1又は2に記載のラクチド複合体の製造方法。
【請求項6】
前記混合物における前記溶融したラクチドのモル数が、前記低分子物質のモル数の5倍以上500倍以下である、請求項1又は2に記載のラクチド複合体の製造方法。
【請求項7】
前記反応工程の後に、未反応のラクチド、及び未反応の低分子物質を水系溶媒で除去する除去工程を含む、請求項1又は2に記載のラクチド複合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラクチド複合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳酸の二量体であるラクチドは、生分解性ポリマーの合成原料として利用されている。特に、ラクチドを開環重合して得られるポリ乳酸は、石油由来の従来のプラスチックに置き換わる材料として広く利用されている。特許文献1には、ラクチド類等の環状エステルとアルキルアルミニウム化合物とを混合し、開環重合触媒により環状エステルを開環重合させたポリエステルの製造方法が開示されている。特許文献2には、ラクチドの開環重合によって得られる数平均分子量が10万以上のポリ乳酸が開示されている。特許文献3には、ラクチドと環状エステル化合物のランダム共重合、又は交互共重合により形成され、L-ラクチド、及びD-ラクチドを有する生分解性ブロック共重合体が開示されている。現在のところ、ラクチドの用途は、上記のような生分解性ポリマーの合成原料としての用途に限定されており、その使用に際しては、ラクチドの開環重合が前提となっている。特許文献1~3に開示がされているように、ラクチドの開環重合には、各種の開環重合触媒、例えば、有機リチウム系、有機カリウム系、有機亜鉛系、有機マグネシウム系、有機スズ系、有機カルシウム系、有機チタン系、アミン系の開環重合触媒や、開環重合開始剤、例えば、各種アルコール等が使用されている。これら触媒等は、ラクチドを開環させるにあたり必要な成分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2016/117473号
【文献】特開2015-30814号公報
【文献】特開2014-47317号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、ラクチドを使用した新規なラクチド複合体の製造方法の提供を主たる課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明のラクチド複合体の製造方法は、乳酸の環状二量体であるラクチドを使用し、溶融した前記ラクチドと、低分子物質との混合物を加熱し、前記ラクチドを開環させることなく、溶融した前記ラクチドと、前記低分子物質とを反応させる反応工程を含み、前記溶融したラクチドが、L-ラクチド、D-ラクチド、及びDL-ラクチドの何れかのラクチドを溶融させたものであり、前記低分子物質の分子量が2000以下であり、前記反応工程において前記混合物を撹拌する。
一実施形態のラクチド複合体の製造方法は、溶融したラクチドと、低分子物質との混合物を加熱し、前記ラクチドを開環させることなく、前記溶融したラクチドと前記低分子物質を反応させる反応工程を含む。
【0006】
上記の製造方法は、以下の(1)~(9)の何れか1つ、又は複数を満たすことが好ましい。
(1)前記混合物が、固体のラクチドを溶融させ、溶融したラクチドに前記低分子物質を添加して得たものである。
(2)前記加熱を80℃以上180℃以下で行う。
(3)前記反応工程を5mmHg以上300mmHg以下の減圧環境下で行う。
(4)前記反応工程において前記混合物を撹拌する。
(5)前記溶融したラクチドが、L-ラクチド、D-ラクチド、及びDL-ラクチドの何れかのラクチドを溶融させたものである。
(6)前記低分子物質の分子量が2000以下である。
(7)前記低分子物質が、C=O結合、P=O結合、N=O結合、N-H結合、及びS=O結合の何れかを有する。
(8)前記混合物における前記溶融したラクチドのモル数が、前記低分子物質のモル数の5倍以上500倍以下である。
(9)前記反応工程の後に、未反応のラクチド、及び未反応の低分子物質を水系溶媒で除去する除去工程を含む。
【発明の効果】
【0007】
本発明の製造方法は、ラクチドを使用して新規のラクチド複合体を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】ラクチドのIRスペクトルである。
図2】乳酸ポリマーのIRスペクトルである。
図3】実施例1で得られたラクチド複合体のIRスペクトルである。
図4】実施例2で得られたラクチド複合体のIRスペクトルである。
図5】ラクチドのマススペクトルである。
図6】(a)、(b)は乳酸ポリマーのマススペクトルである。
図7】(a)、(b)は実施例1で得られたラクチド複合体のマススペクトルである。
図8】(a)、(b)は実施例2で得られたラクチド複合体のマススペクトルである。
図9】ラクチド複合体の製造装置の一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<<ラクチド複合体の製造方法>>
以下、本発明の一実施形態のラクチド複合体の製造方法(以下、一実施形態の製造方法と言う)について説明する。一実施形態の製造方法は、溶融したラクチドと、低分子物質との混合物を加熱し、ラクチドを開環させることなく、溶融したラクチドと、低分子物質とを反応させる反応工程を含む。一実施形態の製造方法によれば、新規のラクチド複合体を製造できる。
【0010】
一実施形態の製造方法で製造されたラクチド複合体の構造について現在のところ必ずしも明らかではないが、後述するIRスペクトル、及びマススペクトルによる測定結果から、製造されたラクチド複合体は、ラクチド分子の複数個が、低分子物質を介して相互作用しつつ、多重結合したものであると推察される。
【0011】
(ラクチド)
一実施形態の製造方法で使用するラクチドに限定はなく、従来公知のラクチドを適宜選択して使用できる。本開示におけるラクチドは、乳酸の環状二量体を意味する。
一例としてのラクチドは、L-ラクチド、D-ラクチド、及びDL-ラクチドの何れかである。L-ラクチドの融点は94℃~96℃程度である。D-ラクチドの融点は95℃~98℃程度である。DL-ラクチドの融点は116℃~124℃程度である。
一実施形態の製造方法で使用するラクチドは、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0012】
(低分子物質)
一実施形態の製造方法で使用する低分子物質に限定はなく、製造されるラクチド複合体の用途に応じて適宜選択できる。一実施形態の製造方法で使用する低分子物質は、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0013】
低分子物質の分子量に限定はなく、一例としての低分子物質の分子量は2000以下である。一例としての低分子物質の分子量は10以上である。他の一例としての低分子物質の分子量は1500以下である。他の一例としての低分子物質の分子量は100以上である。本開示における分子量は数平均分子量(Mn)を意味する。低分子物質の分子量は、2000より大きくてもよい。また、0より大きければよく10未満でもよい。
【0014】
一例としての低分子物質は、生理活性物質である。生理活性物質としては、ビタミン類、アミノ酸、ヒドロキシ酸、ステロイドホルモン、及びアミノ酸誘導体ホルモン等を例示できる。
このような生理活性物質としては、レチノール、チアミン、チアミンリン酸、リボフラビン、ナイアシン、パントテン酸、パンテテイン、ピリドキサール、ピリドキサールリン酸、ピリドキサミン、ピリドキシン、ビオチン、葉酸、テトラヒドロ葉酸、シアノコバラミン、メチルコバラミン、ヒドロキソコバラミン、アスコルビン酸、アスコルビン酸リン酸ナトリウム、アスコルビン酸リン酸マグネシウム、エルゴカルシフェロール、コレカルシフェロール、トコフェロール、トコトリエノール、サリチル酸、サリチル酸カルシウム、クエン酸、クエン酸ナトリウム、グルタミン、グルタミン酸、グルタミン酸ナトリウム、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、リンゴ酸、クエン酸、コルチゾール、アンドロゲン、アドレナリン、ドーパミン、アセチルコリン及びチロキシン等を例示できる。
【0015】
一例としての低分子物質は、試薬、合成原料、医薬品、農薬、化粧品、食品、機能性食品、食品添加物、及び飼料等の分野で使用される低分子物質である。
【0016】
使用する低分子物質は、水溶性の低分子物質でもよく、非水溶性、又は難水溶性の低分子物質でもよい。なお、一実施形態の製造方法は、水溶性の低分子物質を使用しつつも、非水溶性、又は難水溶性のラクチド複合体を製造できる。したがって、水溶性ではあるものの、非水溶性、又は難水溶性としての使用を所望する低分子物質を好適に使用できる。
本開示における水溶性の低分子物質とは、低分子物質0.1gを水100mlに溶解させることができ、且つ3時間経過後に、低分子物質の析出が確認できないものを意味する。
【0017】
一例としての低分子物質は、C=O結合(又はC=O基)、P=O結合(又はP=O基)、N=O結合(又はN=O基)、N-H結合(又は、N-H基)、及びS=O結合(又はS=O基)の何れかを有する。これらの結合の何れかを有する低分子物質は、ラクチドとの反応性が良好である。
低分子物質の熱分解温度は、ラクチドの融点より高くてもよく、低くてもよく、同じでもよい。
一例としての低分子物質の熱分解温度はラクチドの融点よりも高く、反応工程において低分子物質の熱分解温度よりも低い温度で、溶融したラクチドと低分子物質との混合物を加熱する。低分子物質の熱分解温度よりも同じ、又は高い温度で、溶融したラクチドと低分子物質との混合物を加熱してもよい。
低分子物質は固体のものを使用してもよく、適当な溶媒に溶解、又は分散したものを使用してもよい。
【0018】
図9は、一実施形態の製造方法に使用できる製造装置10の一例である。図示する形態の製造装置10は反応容器1、空冷管2、真空度計3、水冷却管4、温度計5、撹拌手段(撹拌棒)6、加熱手段7、及び捕集容器8を備える。一例としての製造装置は減圧手段を有する。一例としての捕集容器8は、加熱により昇華し得るラクチドを捕集する。
【0019】
一実施形態の製造方法は、反応容器1に固体のラクチド(結晶のラクチドでもよい)を投入し、低分子物質の投入前に固体のラクチドを溶融させる。この形態は、製造されるラクチド複合体の収率を高くできる。ラクチドの溶融は、反応容器1をラクチドの融点よりも高い温度で加熱することで実現できる。反応容器1の加熱は各種の加熱手段を適宜選択して行えばよい。加熱手段としては、マントルヒータ等の各種ヒータを例示できる。一例としての反応容器1の加熱は、油浴とヒータを組合せて行う。次いで、溶融したラクチドに低分子物質を添加する。これにより、溶融したラクチドと、低分子物質との混合物を得る。低分子物質の添加は、溶融したラクチドを撹拌しながら行うことが好ましい。この形態は、製造されるラクチド複合体の収率をより高くできる。
一例としての混合物は、固体のラクチドと低分子物質を混合し、その後、固体のラクチドを溶融して得たものである。
以下、混合物という場合、溶融したラクチドと、低分子物質との混合物を意味する。
【0020】
混合物の総質量に対する溶融したラクチド、及び低分子物質の配合量に限定はないが、溶融したラクチドのモル数が、低分子物質のモル数の5倍以上500倍以下となるように配合することが好ましい。このような配合によれば、溶融したラクチドと低分子物質を十分に反応させることができ、製造されるラクチド複合体の収率をより高くできる。
【0021】
使用する低分子物質は、低分子物質0.1gを水100mlに溶解した水溶液のpHが4以上9以下となるものが好ましい。このような低分子物質を使用することで、製造されるラクチド複合体の収率をより高くできる。低分子物質0.1gを水100mlに溶解した水溶液のpHが4以上9以下となるように、低分子物質の官能基に酸を付加してもよい。これら酸としては、塩酸、遊離炭酸、リン酸、硝酸、及び硫酸等を例示できる。また、これら酸の水素原子を金属イオンと置換した金属塩としてもよい。金属イオンとしては、ナトリウムイオン、カリウムイオン、及びカルシウムイオン等を例示できる。また、低分子物質は、エステル結合や、エーテル結合等を有する誘導体でもよい。
【0022】
<反応工程>
反応工程は、溶融したラクチドと、低分子物質との混合物を加熱して、ラクチドを開環させることなく、溶融したラクチドと低分子物質を反応させる工程である。本工程を経ることで、ラクチドと低分子物質が反応したラクチド複合体を製造できる。
【0023】
一実施形態の製造方法では、ラクチドを開環させることなく、溶融したラクチドと、低分子物質とを反応させている。ラクチドを開環させることなく、溶融したラクチドと、低分子物質とを反応させる方法に限定はないが、ラクチドを開環、或いは開環重合させることができる従来公知の各種の手段を使用しなければよい。例えば、各種の開環重合触媒や、開環重合開始剤等を使用せずに、混合物を加熱すればよい。溶融したラクチドと反応させる低分子物質としては、ラクチドを開環させることができる機能を有しないものを選択すればよい。一例としての製造方法は、ラクチドを開環させることができる成分を使用しない。
【0024】
一実施形態の製造方法で使用されるラクチドは水で分解されやすい性質を有するものの、製造されたラクチド複合体は水で分解されず、非水溶性、又は難水溶性となる。
ラクチド複合体が非水溶性、又は難水溶性となるメカニズムは現在のところ明らかではないが、ラクチド複合体が、ラクチド由来、及び低分子物質由来の成分を有しつつも、非水溶性、又は難水溶性であることは後述する実施例の結果からも明らかとなっている。
【0025】
反応工程における加熱は、混合物を撹拌しながら行うことが好ましい。この形態は、製造されるラクチド複合体の収率をより高くできる。
図示する形態では、反応容器1内の混合物を撹拌棒6で撹拌しているが、これ以外の手段で撹拌してもよい。他の撹拌手段としてはマグネチックスターラー等を例示できる。
混合物の撹拌速度は、50rpm以上が好ましく、150rpm以上500rpm以下がより好ましい。
【0026】
反応工程における加熱温度に限定はないが、180℃以下が好ましい。この形態は、製造されたラクチド複合体を容易に粉末状とできる。
加熱温度の下限について限定はなく、反応時にラクチドが溶融した状態を維持できればよい。反応工程における混合物の加熱は、ラクチドの融点以上で行ってもよく、溶融したラクチドと低分子物質の混合で凝固点降下が生ずる場合、ラクチドの融点未満で加熱してもよい。一例としての混合物の加熱温度は80℃以上180℃以下である。
図示する形態では、接触式の温度計で混合物の温度を測定しているが、非接触式の温度計で混合物の温度を測定してもよい。
【0027】
加熱時間について限定はなく、使用する低分子物質に応じて適宜決定すればよい。一実施形態の製造方法は、混合物を上記の加熱温度において、0.5時間以上8時間以下加熱する。
【0028】
反応工程は、常圧環境下で行ってもよく、減圧環境下で行ってもよい。好ましい形態の反応工程は、減圧環境下で反応工程を行う。
より好ましい形態の反応工程は、5mmHg以上300mmHg以下の減圧環境下で反応工程を行う。この形態は、製造されるラクチド複合体の収率をより高くできる。また、加熱により一部昇華し得るラクチドを捕集容器8で捕集するときの損失を抑制できる。
図示する形態では、減圧手段で反応容器1内を減圧している。減圧手段としては、真空ポンプ、及びアスピレーター等を例示できる。これ以外の手段で反応容器1内を減圧してもよい。
【0029】
<除去工程>
一実施形態の製造方法は、反応工程後、未反応のラクチド、及び未反応の低分子物質を除去する除去工程を含んでもよい。
【0030】
一例としての除去工程は、反応工程後に、反応容器1に水系溶媒を加える。水系溶媒としては水、及びアルコール等を例示できる。
ラクチドは水に分解しやすい性質を有するため、一実施形態の製造方法において、水溶性の低分子物質を使用した場合、当該ラクチド、及び低分子物質を水系溶媒に溶解できる。
一方で、製造されたラクチド複合体は、非水溶性、又は難水溶性のため、水系溶媒に溶解されず、反応容器1内において、沈殿物、又は浮遊物として存在する。したがって、未反応のラクチド、及び未反応の低分子物質を溶解した水系溶媒を反応容器1から排出することで、未反応のラクチド、及び未反応の低分子物質を除去できる。
つまり、水系溶媒1による未反応のラクチド、及び未反応の低分子物質の除去は、一実施形態の製造方法における任意の工程である。なお、製造されたラクチド複合体は、水系溶媒1の添加の前後において性状変化しない。
【0031】
除去工程は、反応工程後、製造されたラクチド複合体の温度が100℃以下となった後に行うことが好ましい。
【0032】
一例としての除去工程は、反応工程後、製造されたラクチド複合体、未反応のラクチド、及び未反応の低分子物質(以下、これらを総称して集合物と言う)が存在する反応容器1内に、使用したラクチドの量の1~5倍程度のアルコールを加え、集合物を含む集合体液とする。アルコールとしては、メチルアルコール、及びエチルアルコール等を例示できる。
集合体液を反応容器1から取り出し、当該集合体液を、集合体液の10倍以上の水に撹拌下徐々に加え24時間以上撹拌を行う。
水を3~4時間ごとに入れ替えて、未反応のラクチド、及び未反応の低分子物質を除去できる。
【0033】
他の一例としての除去工程は、上記と同様にして得られた集合体液を、透析チューブ等に封入し、流水で5日以上透析して、未反応のラクチド、及び未反応の低分子物質を除去する。透析チューブとしては、セルロースチューブ等を例示できる。
【0034】
<精製工程>
一実施形態の製造方法は、反応工程後に、製造されたラクチド複合体を精製する精製工程を含んでもよい。
【0035】
一例としての精製工程は、沈殿物、又は浮遊物として得られるラクチド複合体を、ろ過、又は遠心分離し、各種の乾燥手段で乾燥してラクチド複合体を精製する。乾燥手段としては、加熱乾燥、凍結乾燥、及び噴霧乾燥等を例示できる。
精製された一例としてのラクチド複合体は、粉末状、油状、ガラス質状である。
【実施例
【0036】
次に実施例を例に挙げてラクチド複合体の製造方法を説明する。
【0037】
(実施例1)
反応容器にD-ラクチド300gを投入し、反応容器を116℃で加熱してD-ラクチドを溶融させた。反応容器の加熱を維持しつつ、溶融したD-ラクチドを300rpmで撹拌しながら、粉末の塩酸ピリドキシン35.5gを2分かけて徐々に加え、D-ラクチドと、塩酸ピリドキシンとの混合物を得た。
反応容器内を30mmHgに減圧し、混合物を250rpmで撹拌しながら、反応容器の加熱温度を135℃~145℃に制御した状態で4時間加熱し、D-ラクチドと塩酸ピリドキシンとを反応させた。
反応終了後、15分間室温に放置し、その後、反応容器内に加温メタノール500mlを加えて懸濁液を得た。懸濁液を透析チューブに入れ、水を300ml加えて10日間透析した。
遠心分離機を用いて、遠心分離(1000rpm×30min)し沈殿物を捕集した。この沈殿物を凍結乾燥して実施例1のラクチド複合体を得た。実施例1のラクチド複合体は、D-ラクチドと塩酸ピリドキシンとの複合体である。
得られたラクチド複合体の質量は、179.42gであった。
【0038】
(実施例2)
反応容器にD-ラクチド300gを投入し、反応容器を122℃で加熱してD-ラクチドを溶融させた。反応容器の加熱を維持しつつ、溶融したD-ラクチドを300rpmで撹拌しながら、粉末のL-リンゴ酸ナトリウム20.1gを2分かけて徐々に加え、D-ラクチドとL-リンゴ酸ナトリウムとの混合物を得た。
反応容器内を30mmHgに減圧し、混合物を250rpmで撹拌しながら、反応容器の加熱温度を130℃~140℃に制御した状態で4時間加熱し、D-ラクチドとL-リンゴ酸ナトリウムとを反応させた。
反応終了後、15分間室温に放置し、その後、反応容器内に加温メチルアルコ―ル500mlを加えて懸濁液を得た。懸濁液を透析チューブに入れ、水を300ml加えて10日間透析した。
遠心分離機を用いて、遠心分離(1000rpm×30min)し沈殿物を捕集した。この沈殿物を凍結乾燥して実施例2のラクチド複合体を得た。実施例2のラクチド複合体は、D-ラクチドとL-リンゴ酸ナトリウムとの複合体である。
得られたラクチド複合体の質量は、167.1gであった。
【0039】
(IRスペクトルの測定)
下記測定条件1にて、ラクチド、乳酸ポリマー、及び実施例2のラクチド複合体のIRスペクトルを測定し、下記測定条件2にて、実施例1のラクチド複合体のIRスペクトルを測定した。測定結果を図1図4に示す。なお、図1は、ラクチドのIRスペクトルであり、図2は、乳酸ポリマーのIRスペクトルであり、図3は、実施例1で得られたラクチド複合体のIRスペクトルであり、図4は、実施例2で得られたラクチド複合体のIRスペクトルである。
【0040】
(測定条件1)
試験方法:赤外線分光分析(FT-IR)
前処理:KBr錠剤法(冷凍保存の試料を常温に戻した後、乳鉢で粉砕しKBr錠剤を成形し供試した)
測定方法:透過法
測定範囲:4000cm-1~400cm-1
分解能:4cm-1
積算回数:40回
使用装置:Nicolet8700FT-IR(Thermo Fisher Scientific製)
【0041】
(測定条件2)
試験方法:赤外線分光分析(FT-IR)
測定方法:ATR法(ATR結晶 ZnSe)
測定範囲:4000cm-1~650cm-1
分解能:4cm-1
積算回数:40回
使用装置:Nicolet8700FT-IR(Thermo Fisher Scientific製)
【0042】
(マススペクトルの測定)
ラクチド、乳酸ポリマー、実施例1のラクチド複合体、及び実施例2のラクチド複合体に溶媒を加えて溶解後、下記測定条件3にて、マススペクトルの測定を行った。なお、ラクチドの溶解に使用した溶媒はジメチルスルホキシドであり、乳酸ポリマー、及び実施例2のラクチド複合体の溶解に使用した溶媒はアセトンであり、実施例1のラクチド複合体の溶解に使用した溶媒はメタノールである。
マススペクトルの測定結果を図5図8に示す。なお、図5は、ラクチドのマススペクトルであり、図6(a)、図6(b)は乳酸ポリマーのマススペクトルであり、図7(a)、図7(b)は実施例1で得られたラクチド複合体のマススペクトルであり、図8(a)、図8(b)は実施例2で得られたラクチド複合体のFDマススペクトルである。
【0043】
(測定条件3)
試験方法:FD/MS
装置:JMS-T200GC型質量分析計(日本電子製)
イオン化法:FD(+)
対向電極:-10kV
エミッター:カーボン
測定走査範囲:m/z25~2000
【0044】
図1に示すように、ラクチドのIRスペクトルの特異吸収帯は、1770cm-1、1270cm-1、及び1097cm-1であるのに対し、図2に示すように、乳酸ポリマーのIRスペクトルの特異吸収帯は、1758cm-1、1186cm-1、及び1086cm-1であり、両者の特異吸収帯は明確に異なっている。ここで、実施例1、及び実施例2のラクチド複合体が、ラクチドが開環した乳酸ポリマー、遊離状態にあるラクチド、又はラクチドの単純吸着物であるとするならば、実施例1、及び実施例2のラクチド複合体のIRスペクトルの特異吸収帯は、ラクチド、又は乳酸ポリマーの特異吸収帯と完全に一致するはずである。ここで、図3図4に示すように、実施例1のラクチド複合体のIRスペクトルの特異吸収帯は、1747cm-1、1183cm-1、及び1085cm-1であり、実施例2のラクチド複合体のIRスペクトルの特異吸収帯は、1759cm-1、1187cm-1、及び1092cm-1であり、その特異吸収帯は、明らかに、ラクチドや、乳酸ポリマーの特異吸収帯とは異なっている。なお、これらの吸収帯は、ラクチド複合体と低分子化合物の差スペクトルにおいても確認している。これらの測定結果から、実施例1、及び実施例2のラクチド複合体が、ラクチドの開環した乳酸ポリマー、遊離状態にあるラクチド、及びラクチドの単純吸着物ではないことは明らかである。
【0045】
また、図5に示すように、ラクチドのマススペクトルの特異フラグメントは39であるのに対し、図6(a)、(b)に示すように、乳酸ポリマーのマススペクトルの特異フラグメントは43であり、両者の特異フラグメントは明確に異なっている。ここで、図7(a)、(b)に示すように、低分子化合物として、マススペクトル測定が可能な塩酸ピリドキシンを使用した実施例1のラクチド複合体では、特異フラグメント45、及び山型フラグメント集合体が300~1300に確認できる。この山型フラグメント集合体には、ラクチドの分子量144に相当する144間隔の多数フラグメントを確認できる。一方で、実施例1のラクチド複合体においては、ラクチドの特異フラグメント39、及び乳酸ポリマーの特異フラグメント43は確認できない。
【0046】
また、図8(a)、(b)に示すように、低分子物質として、マススペクトル測定が不可能な金属塩含有のL-リンゴ酸ナトリウムを使用した実施例2のラクチド複合体では、ラクチドの特異フラグメント39、乳酸ポリマーの特異フラグメント43、及び実施例1のラクチド複合体と同じ特異フラグメント45の全てが確認できる。なお、実施例2のラクチド複合体のマススペクトル測定では、その測定環境(高温、高真空)により、D-ラクチドとL-リンゴ酸ナトリウムとの複合体が分離分解して多重結合したラクチドが遊離し、高温、高真空条件で再反応することで、ラクチド、多重結合ラクチド、及び乳酸ポリマーと同じ特異フラグメントが混合しているものと推察する。ここで、実施例2のラクチド複合体が、ラクチドが開環重合したものであるとすれば、乳酸ポリマーの特異フラグメント43のみが測定されるか、または、L-リンゴ酸ナトリウムは金属塩のために測定できないものと推察する。
【0047】
上記IRスペクトル、及びマススペクトルの測定結果より、実施例1のラクチド複合体、及び実施例2のラクチド複合体が、ラクチドの環状構造を維持したまま低分子物質と反応したものであることが明らかとなった。
【0048】
(参考例1)
反応容器にD-ラクチド225.12gを投入し、反応容器を120℃で加熱してD-ラクチドを溶融させた。反応容器の加熱を維持しつつ、溶融したD-ラクチドを250rpmで撹拌しながら、粉末のサリチル酸ナトリウム14.9gを2分かけて徐々に加え、D-ラクチドとサリチル酸ナトリウムの混合物を得た。
反応容器内を30mmHgに減圧し、混合物を250rpmで撹拌しながら、反応容器の加熱温度を125℃~135℃に制御した状態で4時間加熱し、D-ラクチドとサリチル酸ナトリウムを反応させた。
反応終了後、15分間室温に放置し、その後、反応容器内にメチルアルコ―ル600mlを加えて懸濁液を得た。懸濁液を透析チューブに入れ、水を600ml加えて7日間透析した。
遠心分離機を用いて、遠心分離(500rpm×30min)することで、ラクチド複合体である沈殿物を捕集できた。
【0049】
(参考例2)
D-ラクチド22.5gとサリチル酸ナトリウム1.5gを乳鉢に投入し、十分に粉砕混和して、D-ラクチドとサリチル酸ナトリウムの粉末混合物を得た。
この粉末混合物をビーカーに入れ、室温、及び30mmHgの減圧環境下で、デシケータ内に4時間静置した。その後、粉末混合物にメチルアルコール50mlを加えた溶液を得た。溶液を透析チューブに入れ、水50mlを加えて、7日間透析した。
透析チューブ内に浮遊物は確認できなかった。
透析チューブ内の溶液をフラスコに入れ、水を減圧除去した。
フラスコ内に残留物は確認できなかった。
【0050】
参考例1、参考例2の結果から、ラクチドを溶融させず、また、ラクチドと低分子物質との混合物を加熱しない場合には、ラクチド複合体を製造できないことが明らかである。
【符号の説明】
【0051】
1・・・反応容器
2・・・空冷管
3・・・真空度計
4・・・水冷却管
5・・・温度計
6・・・撹拌手段
7・・・加熱手段
8・・・捕集容器
10・・・ラクチド製造装置
【要約】
【課題】ラクチド複合体の製造方法を提供すること。
【解決手段】乳酸の環状二量体であるラクチドを使用し、溶融したラクチドと、低分子物質との混合物を加熱し、ラクチドを開環させることなく、溶融したラクチドと、低分子物質とを反応させてラクチド複合体を製造する。
【選択図】図7
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9