(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-06
(45)【発行日】2024-06-14
(54)【発明の名称】眼鏡レンズの製造方法
(51)【国際特許分類】
G02C 7/02 20060101AFI20240607BHJP
G02C 7/00 20060101ALI20240607BHJP
G02B 1/14 20150101ALI20240607BHJP
G02B 1/16 20150101ALI20240607BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20240607BHJP
G02B 1/115 20150101ALI20240607BHJP
【FI】
G02C7/02
G02C7/00
G02B1/14
G02B1/16
B32B9/00 A
G02B1/115
(21)【出願番号】P 2018247619
(22)【出願日】2018-12-28
【審査請求日】2021-11-12
(73)【特許権者】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(74)【代理人】
【識別番号】100113343
【氏名又は名称】大塚 武史
(72)【発明者】
【氏名】野村 琢美
【審査官】池田 博一
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-230107(JP,A)
【文献】特表2009-500645(JP,A)
【文献】特開2010-101918(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0278989(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02C 7/02
G02C 7/00
G02B 1/14
G02B 1/16
B32B 9/00
G02B 1/115
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
眼鏡レンズの製造方法であって、
前記眼鏡レンズは、
レンズ基材の表面上に3nm以上15nm以下の膜厚の塗膜を有し、
前記塗膜と前記レンズ基材との間に反射防止膜を更に有し、
前記反射防止膜は、低屈折率層の1層以上と高屈折率層の1層以上と含む多層構造を有し、
前記低屈折率層の材質は二酸化珪素であり、
前記高屈折率層の材質は酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化ジルコニウム、酸化イットリウムおよび酸化アルミニウムからなる群から選ばれる1種以上の金属酸化物であり、
前記塗膜を、酸化タングステン粒子、酸化スズ粒子、及び銀粒子を含有する塗布液を用いて形成することを含み、
前記塗布液は、酸化タングステン粒子の含有量が0.25重量%~0.80重量%の範囲であり、酸化スズ粒子の含有量が0.10重量%~0.35重量%の範囲であり、銀粒子の含有量が0.025重量%~0.10重量%の範囲である、眼鏡レンズの製造方法。
【請求項2】
眼鏡レンズの製造方法であって、
前記眼鏡レンズは、10nm以上30nm以下の膜厚の塗膜を有し、
前記塗膜を、酸化タングステン粒子、酸化スズ粒子、及び銀粒子を含有する塗布液を用いて形成することを含み、
前記塗布液は、酸化タングステン粒子の含有量が0.25重量%~0.80重量%の範囲であり、酸化スズ粒子の含有量が0.10重量%~0.35重量%の範囲であり、銀粒子の含有量が0.025重量%~0.10重量%の範囲である、眼鏡レンズの製造方法。
【請求項3】
前記眼鏡レンズは、
レンズ基材の表面上に前記塗膜を有し、
前記塗膜と前記レンズ基材との間に反射防止膜を更に有し、
前記反射防止膜は、低屈折率層の1層以上と高屈折率層の1層以上と含む多層構造を有し、
前記低屈折率層の材質は二酸化珪素であり、かつ
前記高屈折率層の材質は酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化ジルコニウム、酸化イットリウムおよび酸化アルミニウムからなる群から選ばれる1種以上の金属酸化物である、請求項2に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項4】
前記酸化タングステン粒子、前記酸化スズ粒子、及び前記銀粒子は、いずれも粒径が前記塗膜の膜厚よりも小さい粒子である、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項5】
前記酸化タングステン粒子、前記酸化スズ粒子、及び前記銀粒子は、いずれも粒径が2nm以上5nm以下である、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項6】
前記塗膜は、酸化ケイ素を主成分とするバインダー成分を含有する、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項7】
前記塗膜は、さらにモリブデン粒子を含有する、請求項1乃至6のいずれか一項に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レンズ表面に抗菌性能および帯電防止性能を有している眼鏡レンズに関するものである。
【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズは、レンズ基材の表面を覆う様々な層を備えている。例えば、レンズ基材に対して傷が入ることを防止するためのハードコート層、レンズ表面での光反射を防止するための反射防止層、またレンズの水ヤケを防止するための撥水層や、レンズの曇りを防止するための防曇層等である。さらには、レンズ表面に抗菌性能を持たせ、特に医療現場等のクリーンな環境で働くユーザーに好適な眼鏡レンズや、レンズ表面に帯電防止性能を持たせ、埃等の付着を防げる眼鏡レンズも知られている。
【0003】
特許文献1には、特定の重合性化合物と主として銀イオンでイオン置換したゼオライトを含有する抗菌性表面コート剤が開示されている。
また、特許文献2には、レンズ表面に酸化タングステンまたは酸化タングステンの複合材の微粒子を具備し、高い防曇性能や、抗菌・除菌性能などの光触媒性能を有する眼鏡が開示されている。
また、特許文献3には、レンズ等の基材表面に、低屈折率誘電体層及び高屈折率誘電体層を含む誘電体多層膜を備え、この誘電体多層膜の最外層には金属イオン担持ゼオライト(抗菌材)を含む誘電体層を配置し、反射防止等の光学機能を有しながら、抗菌性を呈する光学製品(カメラ、眼鏡等)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平9-327622号公報
【文献】特開2010-101918号公報
【文献】特開2018-159860号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、抗菌性能を持たせているレンズは従来から存在しているが、抗菌性能を十分に発揮させるためには、抗菌材を含む層の膜厚を例えば50nm~100nm程度と厚くする必要がある。これでは、眼鏡レンズの反射防止膜上に塗膜すると、干渉縞が発生してしまい、光学特性が劣化するため、新たに反射防止膜設計が必要となり、既存設計の反射防止膜上には適用することはできない。上記特許文献3では、反射防止等の光学機能を有するとされているが、誘電体多層膜の膜設計がかなり複雑になる。
【0006】
また、抗菌性能だけでなく、帯電防止性能を同時に持たせる場合には、例えばITO(酸化インジウムスズ)等の導電性材料を含む層をレンズ表面に新たに設ける必要がある。すなわち、抗菌性能と帯電防止性能を同時に得るためには、従来はそれぞれの膜を形成しており、レンズ表面の良好な光学特性が得られ難いという問題があった。
【0007】
そこで、本発明は、このような従来の問題に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、レンズ表面の同一膜で高い抗菌性能および帯電防止性能が同時に得られる眼鏡レンズを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意検討した結果、本発明を完成させた。すなわち、本発明は以下の構成を有する。
(構成1)
レンズ基材の表面上に、酸化タングステン粒子、酸化スズ粒子、及び銀粒子を含有する塗膜を有することを特徴とする眼鏡レンズ。
【0009】
(構成2)
前記酸化タングステン粒子、前記酸化スズ粒子、及び前記銀粒子は、いずれも粒径が前記塗膜の膜厚よりも小さい粒子であることを特徴とする構成1に記載の眼鏡レンズ。
【0010】
(構成3)
前記塗膜の膜厚は、3nm以上30nm以下であることを特徴とする構成1又は2に記載の眼鏡レンズ。
【0011】
(構成4)
前記酸化タングステン粒子、前記酸化スズ粒子、及び前記銀粒子は、いずれも粒径が2nm以上5nm以下であることを特徴とする構成1乃至3のいずれか一項に記載の眼鏡レンズ。
【0012】
(構成5)
前記塗膜は、酸化ケイ素を主成分とするバインダー成分を含有することを特徴とする構成1乃至4のいずれか一項に記載の眼鏡レンズ。
【0013】
(構成6)
前記塗膜は、さらにモリブデンを含有することを特徴とする構成1乃至5のいずれか一項に記載の眼鏡レンズ。
【0014】
(構成7)
前記眼鏡レンズは、前記塗膜の下層に反射防止膜を有することを特徴とする構成1乃至6のいずれか一項に記載の眼鏡レンズ。
【発明の効果】
【0015】
本発明の眼鏡レンズによれば、レンズ基材の表面上に、酸化タングステン粒子、酸化スズ粒子、及び銀粒子を含有する塗膜を有することにより、レンズ表面の高い抗菌性能および帯電防止性能を同一膜(上記塗膜)で得ることができる。また、上記塗膜の膜厚が30nm以下の薄膜でも高い抗菌性能および帯電防止性能を同時に得ることができる。そのため、レンズ表面の光学特性を劣化させることもなく良好である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の眼鏡レンズの一実施の形態の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しながら詳述する。
【0018】
図1は、本発明の眼鏡レンズの一実施の形態の断面図である。
<眼鏡レンズの構成>
本実施の形態の眼鏡レンズ1は、眼鏡用レンズ基材上に、レンズ表面を傷等から保護するためのハードコート膜およびレンズ表面での光反射を防止するための反射防止膜等を形成したものである。
【0019】
図1を参照して具体的に説明すると、本実施の形態の眼鏡レンズ1は、レンズ基材11の一方の表面11a(例えば物体側表面)上に、ハードコート膜12を有し、その上に反射防止膜13を有している。この反射防止膜13は、低屈折率層13Lと高屈折率層13Hの交互積層膜である。また、本実施の形態では、この反射防止膜13上に、酸化タングステン粒子、酸化スズ粒子、及び銀粒子を含有する塗膜14を有している。この塗膜14の構成の詳細については後述する。
以下、上記レンズ基材11、ハードコート12および反射防止膜13についてそれぞれ順に説明する。
【0020】
<レンズ基材>
本実施の形態におけるレンズ基材11は、第一主面(物体側表面)、第二主面(眼球側表面)、及びコバ面(縁部)を有する。
レンズ基材11の材質としては、プラスチックであっても、無機ガラスであってもよいが、通常プラスチックレンズとして使用される種々の基材を用いることができる。レンズ基材は、レンズ形成鋳型内にレンズモノマーを注入して、硬化処理を施すことによって製造することができる。
【0021】
レンズモノマーとしては、特に限定されず、プラスチックレンズの製造に通常使用される各種のモノマーを用いることができる。例えば、分子中にベンゼン環、ナフタレン環、エステル結合、カーボネート結合、ウレタン結合を有するものなどが使用できる。また、硫黄、ハロゲン元素を含む化合物も使用でき、特に核ハロゲン置換芳香環を有する化合物も使用できる。上記官能基を有する単量体を1種または2種以上用いることによりレンズモノマーを製造できる。例えば、スチレン、ジビニルベンゼン、フェニル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、ナフチル(メタ)アクリレート、メチル(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート、ジアリル(イソ)フタレート、ジベンジルイタコネート、ジベンジルフマレート、クロロスチレン、核ハロゲン置換スチレン、核ハロゲン置換フェニル(メタ)アクリレート、核ハロゲン置換ベンジル(メタ)アクリレート、テトラブロモビスフェノールA誘導体の(ジ)(メタ)アクリレート、テトラブロモビスフェノールA誘導体のジアリルカーボネート、ジオルトクロロベンジルイタコネート、ジオルトクロロベンジルフマレート、ジエチレングリコールビス(オルトクロロベンジル)フマレート、(ジ)エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、グリシジルメタクリレート、キシリレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネートなどの多官能イソシアネートの反応物、核ハロゲン置換フェノール誘導体のモノヒドロキシアクリレートと多官能イソシアネートの反応物、核ハロゲン置換ビフェニル誘導体のモノヒドロキシアクリレートと多官能イソシアネートの反応物、キシレンジイソシアネートと多官能メルカプタンの反応物、グリシジルメタクリレートと多官能メタクリレートの反応物等、およびこれらの混合物が挙げられる。レンズ基材の材質は、例えば、ポリチオウレタン樹脂、ポリウレタン樹脂等のポリウレタン系材料、ポリスルフィド樹脂等のエピチオ系材料、ポリカーボネート系材料、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート系材料等が好ましく挙げられる。
【0022】
レンズ基材11としては、通常無色のものが使用されるが、透明性を損なわない範囲で着色したものを使用することができる。
レンズ基材11の屈折率は、例えば、1.50以上1.74以下である。
レンズ基材11として、フィニッシュレンズ、セミフィニッシュレンズのいずれであってもよい。
【0023】
レンズ基材11の表面形状は特に限定されず、平面、凸面、凹面等のいずれであってもよい。
【0024】
本実施の形態の眼鏡レンズ1は、単焦点レンズ、多焦点レンズ、累進屈折力レンズ等のいずれであってもよい。累進屈折力レンズについては、通常、近用部領域(近用部)及び累進部領域(中間領域)が下方領域に含まれ、遠用部領域(遠用部)が上方領域に含まれる。
【0025】
<ハードコート膜>
上記ハードコート膜12は、プラスチックレンズに耐擦傷性を付与することができる。
ハードコート膜12の形成方法としては、硬化性組成物を、スピンコート法等により、レンズ基材11の表面に塗布し、塗膜を硬化せる方法が一般的である。硬化処理は、硬化性組成物の種類に応じて、加熱、光照射等により行われる。
【0026】
このような硬化性組成物としては、例えば、紫外線の照射によりシラノール基を生成するシリコーン化合物とシラノール基と縮合反応するハロゲン原子やアミノ基等の反応基を有するオルガノポリシロキサンとを主成分とする光硬化性シリコーン組成物、アクリル系紫外線硬化型モノマー組成物、SiO2、TiO2などの無機微粒子を、ビニル基、アリル基、アクリル基またはメタクリル基などの重合性基とメトキシ基などの加水分解性基とを有するシラン化合物やシランカップリング剤中に分散させた無機微粒子含有熱硬化性組成物などが好ましく挙げられる。ハードコート膜12は、レンズ基材11の材質に応じて組成が選択される。なお、ハードコート膜12の屈折率は、例えば、1.45以上1.74以下である。
【0027】
<反射防止膜>
上記反射防止膜13は、通常、屈折率の異なる層を積層させた多層構造を有し、干渉作用によって光の反射を防止する膜である。反射防止膜13の材質としては、例えば、SiO2、SiO、ZrO2、TiO2、TiO、Ti2O3、Ti2O5、Nb2O5、Al2O3、Ta2O5、CeO2、MgO、Y2O3、SnO2、MgF2、WO3などの無機物が挙げられ、これらを単独または2種以上を併用して用いることができる。
【0028】
このような反射防止膜13は、一例として低屈折率層13Lと高屈折率層13Hとを多層積層してなる多層構造が挙げられる。低屈折率層13Lの屈折率は、波長500~550nmで例えば、1.35~1.80である。高屈折率層13Hの屈折率は、波長500~550nmで例えば、1.90~2.60である。
【0029】
低屈折率層13Lは、例えば、屈折率1.43~1.47程度の二酸化珪素(SiO2)からなる。また、高屈折率層13Hは、低屈折率層13Lよりも高い屈折率を有する材料からなり、例えば、酸化ニオブ(Nb2O5)、酸化タンタル(Ta2O5)、酸化ジルコニウム(ZrO2)、酸化イットリウム(Y2O3)、酸化アルミニウム(Al2O3)等の金属酸化物を、適宜の割合で用いて構成される。
【0030】
反射防止膜13の材質が上記のような金属酸化物等の無機物である場合、その成膜方法としては、例えば、真空蒸着、イオンプレーティング法、スパッタリング法、CVD法、飽和溶液中での化学反応により析出させる方法などを採用することができる。
【0031】
次に、本発明における特徴的な構成である酸化タングステン粒子、酸化スズ粒子、及び銀粒子を含有する塗膜について詳述する。
上記したように、本実施の形態の眼鏡レンズ1は、レンズ基材11の表面上に、酸化タングステン粒子、酸化スズ粒子、及び銀粒子を含有する塗膜14を有することを特徴としている。
【0032】
上記酸化タングステン(W2O3、WO2、WO3)粒子は、紫外光および可視光領域の光照射により抗菌性能を発揮する光触媒として知られており、レンズ基材11表面上にこの酸化タングステン粒子を含有する塗膜14を有することにより、レンズ表面に抗菌性能を持たせることができる。
【0033】
また、上記酸化スズ(SnO2)粒子は導電性材料であり、上記塗膜14にこの酸化スズを含有することにより、レンズ表面に帯電防止性能を持たせることができる。
また、上記銀(Ag)粒子を上記塗膜14に含有させることにより、紫外光および可視光領域での抗菌性能を向上させることができる。
【0034】
上記酸化タングステン粒子の含有量は特に制約はされないが、良好な抗菌性能を得る観点からは、上記塗膜14形成用の塗布液中での含有量が、0.25重量%~0.80重量%の範囲であることが好ましい。特に好ましくは、0.50重量%~0.80重量%の範囲である。
【0035】
また、上記酸化スズ粒子の含有量は特に制約はされないが、良好な帯電防止性能を得る観点からは、上記塗膜14形成用の塗布液中での含有量が、0.10重量%~0.35重量%の範囲であることが好ましい。特に好ましくは、0.20重量%~0.35重量%の範囲である。
【0036】
また、上記銀粒子の含有量についても特に制約はされないが、抗菌性能向上の観点からは、上記塗膜14形成用の塗布液中での含有量が、0.025重量%~0.10重量%の範囲であることが好ましい。特に好ましくは、0.05重量%~0.10重量%の範囲である。
【0037】
上記酸化タングステン粒子、上記酸化スズ粒子、及び上記銀粒子は、いずれも粒径が上記塗膜14の膜厚よりも小さい粒子であることが好ましい。上記塗膜14の膜厚よりも粒径の大きい粒子が含まれると、上記塗膜14の表面に突起ができてレンズ表面の光学性能を劣化させるからである。
【0038】
上記酸化タングステン粒子、上記酸化スズ粒子、及び上記銀粒子を含有する上記塗膜14の膜厚は、薄膜化の観点から、3nm以上30nm以下の範囲であることが好ましい。特に好ましくは、10nm以上15nm以下の範囲である。本発明では、上記酸化タングステン粒子と上記銀粒子を併用することにより、上記塗膜14の膜厚が例えば30nm以下の薄膜でも高い抗菌性能を得ることができる。すなわち、抗菌性能を発揮させる上記塗膜14の膜厚を薄くすることができ、そのため、レンズ表面の光学特性を劣化させることもない。本発明は、このように抗菌性能を発揮させる上記塗膜14の膜厚を30nm以下の薄膜とした場合に特に有効である。
【0039】
上記したように、上記酸化タングステン粒子、上記酸化スズ粒子、及び上記銀粒子は、いずれも粒径が上記塗膜14の膜厚よりも小さい粒子であることが好ましいが、上記塗膜14の膜厚を上記の3nm以上30nm以下の薄膜とする場合を考慮すると、上記酸化タングステン粒子、上記酸化スズ粒子、及び上記銀粒子は、いずれも粒径が2nm以上5nm以下であることが好ましい。
【0040】
また、本実施の形態では、上記塗膜14は、さらに酸化ケイ素(SiO2)を主成分とするバインダー成分を含有することが好ましい。この酸化ケイ素を主成分とするバインダー成分を含有させることにより、上記塗膜14の密着性を向上させることができる。
【0041】
この酸化ケイ素を主成分とするバインダー成分の含有量が多い方が効果はあるが、含有量が多すぎると上記塗膜14の白濁の原因となる。したがって、このバインダー成分の含有量は、上記塗膜14形成用の塗布液に対して、例えば0.6~1.0重量%の範囲であることが好ましい。
【0042】
また、本実施の形態では、上記塗膜14は、さらにモリブデン(Mo)を含有することが好ましい。このモリブデンを含有することにより、導電性が向上するため、上記塗膜14による帯電防止性能をより向上させることができる。
モリブデンの含有量は、上記塗膜14形成用の塗布液に対して、例えば0.05重量%~0.1重量%の範囲であることが好ましい。
なお、上記酸化ケイ素粒子、及び上記モリブデン粒子についても、いずれも粒径が上記塗膜14の膜厚よりも小さい粒子であることが好ましく、上記塗膜14の膜厚を上記の3nm以上30nm以下の薄膜とする場合を考慮すると、上記酸化ケイ素粒子、及び上記モリブデン粒子は、いずれも粒径が2nm以上5nm以下であることが好ましい。
【0043】
上記塗膜14の形成方法としては、例えば、ディップ塗布法を用いることができる。具体的には、上記酸化タングステン粒子、上記酸化スズ粒子及び上記銀粒子を含有し、好ましくはさらに、上記バインダー成分(SiO2)及びモリブデン、必要に応じて界面活性剤などの添加剤等を含有する塗布液中にレンズを一定時間(例えば10秒~30秒程度)浸漬させた後、引き上げて乾燥させることにより、レンズ表面に上記塗膜14を成膜する。上記塗布液の溶媒は例えば水が使用される。このとき、液温、浸漬時間、引き上げ速度、乾燥条件(温度、時間)等は適宜調節する。また、これらの塗布条件を適宜調節することにより、上記塗膜14の塗布膜厚を調整することが可能である。
【0044】
図1に示すように、本実施の形態の眼鏡レンズ1では、上記塗膜14の下層に反射防止膜13を有している。本実施の形態によれば、抗菌性能および帯電防止性能を発揮させる上記塗膜14の膜厚を例えば30nm以下に薄くすることができるので、反射防止膜13による反射防止性能に影響を及ぼさず、そのため、既存設計の反射防止膜上に容易に適用することが可能である。
【0045】
なお、
図1の実施の形態では、レンズ基材11の一方の表面11a(例えば物体側表面)上に上記塗膜14を有する態様を図示しているが、本発明はこれに限定されず、レンズ基材11の第一主面(物体側表面)だけでなく、もう一方の第二主面(眼球側表面)上にも上記塗膜14を有する態様も好ましい。
【0046】
以上説明したように、本実施の形態の眼鏡レンズによれば、レンズ基材の表面上に、酸化タングステン粒子、酸化スズ粒子、及び銀粒子を含有する塗膜を有することにより、レンズ表面の高い抗菌性能および帯電防止性能を同一膜(上記塗膜14)で得ることができる。また、上記塗膜の膜厚が例えば30nm以下の薄膜でも高い抗菌性能および帯電防止性能を同時に得ることができ、そのため、レンズ表面の光学特性を劣化(干渉縞の発生など)させることもない。本実施の形態の眼鏡レンズは、抗菌性能および帯電防錆性能を発揮させる上記塗膜14の膜厚を例えば30nm以下の薄膜とした場合に特に有効である。そして、抗菌性能および帯電防止性能を発揮させる上記塗膜14の膜厚を例えば30nm以下に薄くすることができるので、反射防止膜13による反射防止性能に影響を及ぼさず、そのため、既存設計の反射防止膜上に容易に適用することが可能である。
【0047】
また、本実施の形態では、上記塗膜14は、さらに酸化ケイ素を主成分とするバインダー成分を含有することにより、上記塗膜14の密着性を向上させることができる。
【0048】
また、本実施の形態では、上記塗膜14は、さらにモリブデンを含有することにより、導電性が向上するため、上記塗膜14による帯電防止性能をより向上させることができる。
【実施例】
【0049】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
(実施例1)
眼鏡レンズ用モノマー(三井化学株式会社製、商品名「MR8」)により製造した眼鏡用レンズ基材の一方の表面(凸面)の全面に、無機酸化物粒子とケイ素化合物を含むハードコート液をスピンコーティングによって塗布し、100℃、60分加熱硬化することで、厚さ3μmの単層のハードコート膜を形成した。
【0050】
次に、上記ハードコート膜を形成した眼鏡レンズを蒸着装置に入れ、上記ハードコート膜上の全面に、真空蒸着法により、SiO2-ZrO2-SiO2層を交互に積層した反射防止膜を形成した。
【0051】
(塗膜形成用塗布液の調製)
溶媒の水中に、酸化タングステン粒子(粒径5nm)0.5重量%、酸化スズ粒子(粒径5nm)0.2重量%、銀粒子(粒径5nm)0.05重量%、二酸化ケイ素粒子(粒径5nm)0.65重量%、モリブデン粒子(粒径5nm)0.06重量%を含有する塗膜形成用塗布液Aを調製した。
【0052】
(塗膜の形成)
上記のようにして調製した塗布液A中に、上記反射防止膜までを形成した眼鏡レンズを一定時間浸漬させた後、引き上げて、80℃、1時間で熱風乾燥させた。なお、塗布液の液温は室温(25℃)、浸漬時間は30秒、引き上げ速度は1mm/秒とした。こうして、眼鏡レンズの両面(凸面と凹面)にそれぞれ膜厚15nmの塗膜を形成した。
以上のようにして、実施例1の眼鏡レンズを作製した。
【0053】
(実施例2)
実施例1で使用した上記塗布液A中の二酸化ケイ素粒子を含まないこと以外は同様にして調製した塗布液Bを用いて、眼鏡レンズの両面(凸面と凹面)にそれぞれ膜厚15nmの塗膜を形成した。このこと以外は実施例1と同様にして、実施例2の眼鏡レンズを作製した。
【0054】
(実施例3)
実施例1で使用した上記塗布液A中のモリブデン粒子を含まないこと以外は同様にして調製した塗布液Cを用いて、眼鏡レンズの両面(凸面と凹面)にそれぞれ膜厚15nmの塗膜を形成した。このこと以外は実施例1と同様にして、実施例3の眼鏡レンズを作製した。
【0055】
(比較例1)
溶媒の水中に、酸化タングステン粒子(粒径5nm)0.5重量%、酸化スズ粒子(粒径5nm)0.2重量%、二酸化ケイ素粒子(粒径5nm)0.65重量%、モリブデン粒子(粒径5nm)0.06重量%を含有する塗膜形成用塗布液Dを調製した。
銀粒子を含まない上記塗布液Dを用いて、塗布条件を調節し、眼鏡レンズの両面(凸面と凹面)にそれぞれ膜厚50nmの塗膜を形成した。このこと以外は実施例1と同様にして、比較例1の眼鏡レンズを作製した。
【0056】
以上のようにして得られた実施例1~3および比較例1の各眼鏡レンズに対して、以下の評価試験を行った。その結果を纏めて下記の表1に示した。
【0057】
[抗菌性能]
JIS Z 2801:2012に従って抗菌性能の評価を行った。なお、レンズ表面に上記塗膜を形成していない眼鏡レンズを参照用サンプルとした。
50mm×50mmの試験片(上記実施例および比較例の眼鏡レンズと上記参照用サンプル)を滅菌済みシャーレに入れた後、1.0×105個~4.0×105個の試験菌(黄色ブドウ球菌または大腸菌)を含む菌液0.4mLを試料の中央部に滴下し、40mm×40mmに切断したポリエチレンフィルムで被覆する。このシャーレを相対湿度90%以上で24時間培養後の1cm2あたりの生菌数を測定し、以下の抗菌活性値を算出する。
抗菌活性値=Ut-At≧2.0
Ut:無加工試験片(参照用サンプル)の24時間培養後の1cm2あたりの生菌数の対数値の平均値
At:抗菌加工試験片(実施例および比較例サンプル)の24時間培養後の1cm2あたりの生菌数の対数値の平均値
抗菌性能の判定基準は以下のとおりとした。
◎:抗菌活性値が4.0以上
○:抗菌活性値が2.5以上4.0未満
△:抗菌活性値が2.0以上2.5未満
×:抗菌活性値が2.0未満
【0058】
[帯電防止性能]
三菱ケミカルアナリテリック社製 ハイレスタUP MCP-HT450型を使用して、レンズ表面の表面抵抗値を測定した。
帯電防止性能の判定基準は以下のとおりとした。
◎:表面抵抗値が5.0×109Ω/□未満
○:表面抵抗値が5.0×109Ω/□以上5.0×1010Ω/□未満
△:表面抵抗値が5.0×1010Ω/□以上1.0×1011Ω/□未満
×:表面抵抗値が1.0×1011Ω/□以上
【0059】
[塗膜密着性]
眼鏡レンズの表面に形成した塗膜をアセトンで拭いて、塗膜の膜剥がれの有無を観察した。判定基準は以下のとおりとした。
○:膜剥がれはなく、密着性良好
△:若干膜剥がれが見られるが実用上問題なし
×:膜剥がれ発生
【0060】
【0061】
[評価結果]
上記表1の結果からわかるように、実施例1~3の眼鏡レンズはいずれもレンズ表面の高い抗菌性能および帯電防止性能を同一膜(上記塗膜)で得ることができる。また、上記塗膜の膜厚が例えば30nm以下(上記実施例では15nm)の薄膜でも高い抗菌性能および帯電防止性能を同時に得ることができる。
これに対し、上記塗膜中に酸化タングステン粒子を含有するが銀粒子を含有しない比較例1の眼鏡レンズでは、上記塗膜の膜厚を50nmと厚くしないと、少なくとも黄色ブドウ球菌に対する抗菌性能は得られない。そして、このように上記塗膜の膜厚を厚くしても大腸菌に対する抗菌性能は得られない。
【0062】
(実施例4)
実施例1で使用した上記塗布液A(ただし、酸化タングステン粒子、酸化スズ粒子、銀粒子、二酸化ケイ素粒子、及びモリブデン粒子の粒径はいずれも2nmのものを使用したこと以外は同様に調製)を用いて、塗布条件を調節し、眼鏡レンズの両面(凸面と凹面)にそれぞれ膜厚3nmの塗膜を形成した。このこと以外は実施例1と同様にして、実施例4の眼鏡レンズを作製した。
【0063】
(実施例5)
実施例1で使用した上記塗布液A(ただし、酸化タングステン粒子、酸化スズ粒子、銀粒子、二酸化ケイ素粒子、及びモリブデン粒子の粒径はいずれも3nmのものを使用したこと以外は同様に調製)を用いて、塗布条件を調節し、眼鏡レンズの両面(凸面と凹面)にそれぞれ膜厚5nmの塗膜を形成した。このこと以外は実施例1と同様にして、実施例5の眼鏡レンズを作製した。
【0064】
(実施例6)
実施例1で使用した上記塗布液Aを用いて、塗布条件を調節し、眼鏡レンズの両面(凸面と凹面)にそれぞれ膜厚10nmの塗膜を形成した。このこと以外は実施例1と同様にして、実施例6の眼鏡レンズを作製した。
【0065】
(実施例7)
実施例1で使用した上記塗布液Aを用いて、塗布条件を調節し、眼鏡レンズの両面(凸面と凹面)にそれぞれ膜厚20nmの塗膜を形成した。このこと以外は実施例1と同様にして、実施例7の眼鏡レンズを作製した。
【0066】
(実施例8)
実施例1で使用した上記塗布液Aを用いて、塗布条件を調節し、眼鏡レンズの両面(凸面と凹面)にそれぞれ膜厚25nmの塗膜を形成した。このこと以外は実施例1と同様にして、実施例8の眼鏡レンズを作製した。
【0067】
(実施例9)
実施例1で使用した上記塗布液Aを用いて、塗布条件を調節し、眼鏡レンズの両面(凸面と凹面)にそれぞれ膜厚30nmの塗膜を形成した。このこと以外は実施例1と同様にして、実施例9の眼鏡レンズを作製した。
【0068】
以上のようにして得られた実施例4~9の各眼鏡レンズに対して、上記の抗菌性能および帯電防止性能の評価試験を行った。試験方法および判定基準は上記と同様である。また、以下の光学性能についても評価を行った。その結果を纏めて下記の表2に示した。なお、上記塗膜の膜厚が15nmの場合については上記実施例1の眼鏡レンズを適用した。
【0069】
[光学性能]
可視光のもとで各眼鏡レンズ表面を目視観察して、干渉縞の発生の有無を評価した。判定基準は以下のとおりとした。
○:干渉縞の発生は全く認められなかった。
△:干渉縞の発生が若干認められたが、実用上問題のないレベルである。
×:実用上問題のあるレベルの干渉縞の発生が認められた。
【0070】
【0071】
[評価結果]
上記表2の結果からわかるように、実施例1、4~9の眼鏡レンズはいずれもレンズ表面の高い抗菌性能および帯電防止性能を同一膜(上記塗膜)で得ることができる。上記塗膜の膜厚については、抗菌性能および帯電防止性能の点では、特に10nm~30nmの範囲が好ましく、光学性能の点では、特に3nm~15nmの範囲が好ましい。光学性能、抗菌性能および帯電防止性能をトータルで評価すると、上記塗膜の膜厚は、特に10nm~15nmの範囲が好ましい。
なお、前記の比較例1の眼鏡レンズについても光学性能を評価したところ、抗菌性能を発揮するのに必要な塗膜の膜厚が厚いために、光学性能の評価は×であった。
【符号の説明】
【0072】
1 眼鏡レンズ
11 レンズ基材
12 ハードコート膜
13 反射防止膜
13H 高屈折率層
13L 低屈折率層
14 塗膜