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特許7499589イースト発酵ベーカリー食品用組成物、イースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地、及びイースト発酵ベーカリー食品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-06
(45)【発行日】2024-06-14
(54)【発明の名称】イースト発酵ベーカリー食品用組成物、イースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地、及びイースト発酵ベーカリー食品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A21D 2/26 20060101AFI20240607BHJP
   A21D 13/02 20060101ALI20240607BHJP
   A21D 6/00 20060101ALI20240607BHJP
   A21D 2/34 20060101ALI20240607BHJP
   A21D 13/16 20170101ALN20240607BHJP
【FI】
A21D2/26
A21D13/02
A21D6/00
A21D2/34
A21D13/16
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020052060
(22)【出願日】2020-03-24
(65)【公開番号】P2020162593
(43)【公開日】2020-10-08
【審査請求日】2023-02-28
(31)【優先権主張番号】P 2019066943
(32)【優先日】2019-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000227489
【氏名又は名称】日東富士製粉株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】高瀬 雅幸
(72)【発明者】
【氏名】金澤 泰斗
(72)【発明者】
【氏名】高柳 雅義
(72)【発明者】
【氏名】大島 秀男
【審査官】高山 敏充
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-118138(JP,A)
【文献】特開2016-028554(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A21D
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
小麦全粒粉と、バイタルグルテンと、還元処理バイタルグルテンとを含有し、前記小麦全粒紛の含有量は、穀粉及び澱粉の合計質量あたり70質量%以上である、イースト発酵ベーカリー食品用組成物であって、前記小麦全粒粉のマルトース価が220~320の範囲内である、該イースト発酵ベーカリー食品用組成物
【請求項2】
前記小麦全粒粉が石臼挽きで得られた小麦全粒粉である、請求項1に記載のイースト発酵ベーカリー食品用組成物。
【請求項3】
前記小麦全粒粉の含有量は、穀粉及び澱粉の合計質量あたり100質量%である、請求項1又は2に記載のイースト発酵ベーカリー食品用組成物。
【請求項4】
前記穀粉及び澱粉の合計100質量部に対して、前記バイタルグルテンを1~8質量部、前記還元処理バイタルグルテンを1~8質量含有する、請求項1~のいずれか1項に記載のイースト発酵ベーカリー食品用組成物。
【請求項5】
請求項1~のいずれか1項に記載のイースト発酵ベーカリー食品用組成物を用いてベーカリー生地を調製し、前記生地をイースト発酵させ、成形し、焼成する、イースト発酵ベーカリー食品の製造方法。
【請求項6】
小麦全粒粉と、バイタルグルテンと、還元処理バイタルグルテンと、イーストとを含有し、前記小麦全粒紛の含有量は、穀粉及び澱粉の合計質量あたり70質量%以上である、イースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地であって、前記小麦全粒粉のマルトース価が220~320の範囲内である、該イースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地
【請求項7】
前記小麦全粒粉が石臼挽きで得られた小麦全粒粉である、請求項に記載のイースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地。
【請求項8】
前記小麦全粒粉の含有量は、穀粉及び澱粉の合計質量あたり100質量%である、請求項6又は7に記載のイースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地。
【請求項9】
前記穀粉及び澱粉の合計100質量部に対して、前記バイタルグルテンを1~8質量部、前記還元処理バイタルグルテンを1~8質量含有する、請求項のいずれか1項に記載のイースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地。
【請求項10】
更に含蜜糖を含有する、請求項のいずれか1項に記載のイースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地。
【請求項11】
前記穀粉及び澱粉の合計100質量部に対して、前記含糖蜜を3~30質量部含有する、請求項10に記載のイースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地。
【請求項12】
更にはちみつを含有する、請求項11のいずれか1項に記載のイースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地。
【請求項13】
前記穀粉及び澱粉の合計100質量部に対して、前記はちみつを2~20質量部含有する、請求項12に記載のイースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地。
【請求項14】
請求項13のいずれか1項に記載のイースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地をイースト発酵させ、成形し、焼成する、イースト発酵ベーカリー食品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小麦全粒粉を使用したパンなどのべーカリー製品に好適に用いられるべーカリー製品用組成物、べーカリー製品の冷凍生地、並びにこれらを用いたべーカリー製品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的なパンの主原料である小麦粉は、小麦より外皮(ふすま)と、胚芽とを除去した後、胚乳部分を粉砕して製造される。小麦粉の外皮(ふすま)や胚芽などの残渣(ふすま成分)は、小麦の胚乳部分に比べて、食物繊維、ミネラル、ビタミン等を豊富に含んでいる。よって、ふすま成分や、小麦の外皮、胚乳、胚芽の全てを粉砕して得られる全粒粉を、小麦粉の代わりに使用することにより、パンなどのべーカリー製品の栄養価を高めることが可能であり、主食となるパンなどのべーカリー製品において、小麦粉の代わりに全粒粉を使用した製品の需要は高い。
【0003】
しかし全粒粉を使用したべーカリー製品、特にパンを製造するにあたっては、全粒粉の配合量が多く小麦粉の配合量が少ないほど、小麦蛋白に由来するグルテンの形成が抑えられるので、生地の成す骨格形成が不良となり、生地にボリュームが出ないという問題があった。また、生地の取り扱い性に劣るという問題もあった。更に得られるベーカリー製品の食感も、ボソボソとしたものになってしまい、ソフトな食感が得にくいという問題があった。実際にこれまで、全粒粉が100%で小麦粉を添加しない生地でパンを製造することは実際的でないと考えられていた。
【0004】
特許文献1(特開2011-229497号公報)には、小麦粉以外の穀粉、及び小麦粉からなる混合粉;パン用酵母;及び混合適量の水の混合物を発酵させ、得られた自然発酵物に対し、小麦粉、及び混合適量の水を更に加えて混合し、発酵させることによるパン用発酵種の製造方法が開示されている(特許文献1の請求項1)。そして特許文献1には、穀粉又は穀粒が小麦全粒粉であること(特許文献1の請求項2)、生地の調製時に用いる添加剤の一例としてバイタルグルテン(特許文献1の段落0040)が記載されている。
【0005】
更に特許文献2(特開昭60-118138号公報)には、速成で且つ家庭で高品質の全小麦粉パンを簡単にできる全小麦粉パンミックスが開示されている。そのような全小麦粉パンミックスは、a.石臼びきの微粒状全粒粉、b.ミックスの重量を基準にして重量で約2ないし約10%のバイタルグルテン、c.ミックスの重量を基準にて重量で約2ないし約3.5%のスクロース、d.ミックスの重量を基準にして重量で約2ないし約3.5%のデキストロース、を含有し、デキストロースとスクロースの比が約0.57ないし約1.75である速成全小麦ベーキングミックスであることが記載されている(特許文献2の請求項1)。
【0006】
更に特許文献3(特開2008-148601号公報)には、ふすま成分の多い小麦粉を使用して、風味と食感が優れたパン類を製造するための小麦粉が開示されている。そのような小麦粉として、硬質小麦を臼式製粉した、粒径125μm以上200μm未満の粒度画分を25質量%以上80質量%以下含む、灰分1.0質量%以下のパン用小麦粉が記載されている(特許文献3の請求項1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2011-229497号公報
【文献】特開昭60-118138号広報
【文献】特開2008-148601号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
小麦全粒粉を主として用いたベーカリー製品において、小麦粉の配合量が少ないことに付随する問題は、小麦由来のグルテンを添加することなどによって、ある程度は解消した(特に特許文献2)。しかしながら、本発明者らが検討したところ、バイタルグルテンだけでは弾力が強すぎかえって生地の伸展性が悪く、ちぎれやすくなり、機械加工性に劣るという問題が生じた。また、生地を焼成して得られたベーカリー製品の食味や食感を改良する効果に乏しいという問題があった。
【0009】
したがって、本発明の目的は、小麦全粒粉を主体としたベーカリー製品において、小麦粉の配合量が少なかったり、小麦粉が配合されなかったりすることに付随する、生地の機械加工性の悪さや、製造されたベーカリー製品の食味や食感の悪さを解消することができる、ベーカリー製品用組成物、ベーカリー製品用の冷凍生地、及びベーカリー製品の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明の第1は、小麦全粒粉と、バイタルグルテンと、還元処理バイタルグルテンとを含有し、前記小麦全粒紛の含有量は、穀粉及び澱粉の合計質量あたり70質量%以上である、イースト発酵ベーカリー食品用組成物を提供するものである。
【0011】
本発明のイースト発酵ベーカリー食品用組成物においては、前記小麦全粒粉が石臼挽きで得られた小麦全粒粉であることが好ましい。
【0012】
また、上記組成物において、前記小麦全粒粉のマルトース価が220~320の範囲内であることが好ましい。
【0013】
また、上記組成物において、前記小麦全粒粉の含有量は、穀粉及び澱粉の合計質量あたり100質量%であることが好ましい。
【0014】
また、上記組成物において、前記穀粉及び澱粉の合計100質量部に対して、前記バイタルグルテンを1~8質量部、前記還元処理バイタルグルテンを1~8質量含有することが好ましい。
【0015】
一方、本発明の第2は、上記イースト発酵ベーカリー食品用組成物を用いてベーカリー生地を調製し、前記生地をイースト発酵させ、成形し、焼成する、イースト発酵ベーカリー食品の製造方法を提供するものである。
【0016】
更に、本発明の第3は、小麦全粒粉と、バイタルグルテンと、還元処理バイタルグルテンと、イーストとを含有し、前記小麦全粒紛の含有量は、穀粉及び澱粉の合計質量あたり70質量%以上である、イースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地を提供するものである。
【0017】
本発明のイースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地においては、前記小麦全粒粉が石臼挽きで得られた小麦全粒粉であることが好ましい。
【0018】
また、上記冷凍生地において、前記小麦全粒粉のマルトース価が220~320の範囲内であることが好ましい。
【0019】
また、上記冷凍生地において、前記小麦全粒粉の含有量は、穀粉及び澱粉の合計質量あたり100質量%であることが好ましい。
【0020】
また、上記冷凍生地において、前記穀粉及び澱粉の合計100質量部に対して、前記バイタルグルテンを1~8質量部、前記還元処理バイタルグルテンを1~8質量含有することが好ましい。
【0021】
また、上記冷凍生地において、該冷凍生地は、更に含蜜糖を含有することが好ましい。
【0022】
また、上記冷凍生地において、該冷凍生地は、前記穀粉及び澱粉の合計100質量部に対して、前記含糖蜜を3~30質量部含有することが好ましい。
【0023】
また、上記冷凍生地において、該冷凍生地は、更にはちみつを含有することが好ましい。
【0024】
また、上記冷凍生地において、該冷凍生地は、前記穀粉及び澱粉の合計100質量部に対して、前記はちみつを2~20質量部含有することが好ましい。
【0025】
更に、また、本発明の第4は、上記イースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地をイースト発酵させ、成形し、焼成する、イースト発酵ベーカリー食品の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、バイタルグルテンと還元処理バイタルグルテンの2種類のグルテンを組み合わせて用いることによって、小麦全粒粉を70%以上含有する場合であっても、生地の弾力が強すぎずに伸展性が向上し、ちぎれにくく、機械加工性を向上させることができる。また、生地にボリュームが出る。更に、生地を焼成して得られたベーカリー製品の食味や食感も向上する。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明のイースト発酵ベーカリー食品用組成物は、小麦全粒粉と、バイタルグルテンと、還元処理バイタルグルテンとを含み、穀粉及び澱粉の合計質量に対して、小麦全粒粉を70質量%以上含有する、イースト発酵ベーカリー食品用の組成物である。
【0028】
本発明においては、穀粉及び澱粉の合計質量に対して、小麦全粒粉を70質量%以上使用する。これにより本発明のイースト発酵ベーカリー食品用組成物を用いて、ふすま成分などの栄養素が豊富なイースト発酵ベーカリー食品を調製することができる。穀粉及び澱粉の合計質量に対する小麦全粒粉の含有量が70質量%未満では、パンなどのべーカリー製品の栄養価を高める効果が乏しくなる。小麦全粒粉の含有量は、穀粉及び澱粉の合計質量に対して、70質量%以上が好ましく、100質量%がより好ましい。
【0029】
本発明で使用する小麦全粒粉は、石臼挽きで得られたものであることが好ましい。石臼挽きで得られた全粒粉はその粒度分布が広くなり、パン等のイースト発酵ベーカリー食品の製造の作業性は良くなる。また石臼挽きで得られた全粒粉は手作業で丁寧に作製されたものであり、消費者に好まれるものである。小麦を石臼挽きするための装置としては、例えば、石臼製粉機や、マスコロイダー等を用いることができる。
【0030】
なお、「石臼挽きで得られた」という記載は方法的な表現であるが、小麦全粒粉は、粉砕方法によってその性状が異なり、例えば、石臼挽きされたものと、衝撃粉砕法で粉砕されたものとは、粒度分布や、後述するマルトース価などの物性が異なってくる。しかし、その違いを分析して物性値として表現することは、様々な実験を行って分析結果を比較検討する必要があり、多大な労力と時間と費用とが必要となるため、おおよそ実際的ではない。
【0031】
ただし、本発明で使用する小麦全粒粉は、石臼挽きで得られたものに限定されるものではなく、例えば衝撃粉砕法による衝撃粉砕全粒粉も本発明において使用することができる。
【0032】
これまでの本分野の技術常識においては、穀粉及び澱粉の合計質量に対して小麦全粒粉が70質量%以上となると、ボリュームの不足や伸展性の不足により、通常の方法でパンを製造することは困難であった。しかし本発明は、バイタルグルテンと還元処理バイタルグルテンを併せて使用することにより、小麦全粒粉が70質量%以上、特に小麦全粒粉が100質量%の場合においてもそのような技術的課題を克服し、消費者に好まれるパン等のイースト発酵ベーカリー食品の製造を可能とするものである。
【0033】
本発明において用いられるバイタルグルテンは、小麦粉と水とを混捏したとき、その生地中に小麦蛋白質のチオール基のS-S結合の形成をともなって発達する、パンなどのイースト発酵ベーカリー食品の組織の骨格を形成する成分をいう。詳細には、小麦蛋白質であるグリアジンとグルテニンとの複合体を主な構成成分とし、その総蛋白含有量が、典型的には60~95質量%であり、より典型的には65~90質量%であり、更により典型的には70~85質量%である小麦蛋白質含有物である。バイタルグルテンは、通常、粉体状製品として市場に流通しており、その粉体状製品を水等に戻したときには、生地様の伸展性や弾力性を呈する。
【0034】
バイタルグルテンは、小麦粉と水とを混捏した生地から澱粉等の水溶性成分を洗い流して、その残留物を回収すること等により得ることができる。例えば、「エマソフトM-1000」(商品名、理研ビタミン株式会社製)、「AグルG」(商品名、グリコ栄養食品株式会社製)等が市販されているので、これらのものを用いてもよい。
【0035】
本発明において用いられる還元処理バイタルグルテンは、上記グルテンが還元処理されることにより、小麦蛋白質のチオール基のS-S結合が形成されにくく、水等で戻したときの生地様の性質が、バイタルグルテンとは異なる性質となるようにした改質グルテンをいう。詳細には、グルテンを調製する過程で、もしくはその調製の後に、乾燥物換算で、グルテン100質量部に対して還元剤を好ましくは0.005~0.5質量部、より好ましくは0.01~0.3質量部、更により好ましくは0.02~0.1質量部配合することによって得られる改質グルテンをいう。還元剤は、グルテンを調製した後、もしくは予め調製されたグルテンに添加してもよいが、グルテンを調製する際に、小麦粉と水とを混捏する過程で添加することがより好ましい。これにより、グルテンと還元剤が複合体を形成するので、グルテンに対する還元剤の作用が維持されやすい。
【0036】
還元剤としては、ピロ亜硫酸ナトリウム、グルタチオン、システイン、などが挙げられる。特に、還元作用が強いことから、ピロ亜硫酸ナトリウムが好ましい。
【0037】
バイタルグルテンと、還元処理バイタルグルテンの含有量は、特に限定されないが、穀粉及び澱粉の合計100質量部に対して、バイタルグルテンが好ましくは1~8質量部、より好ましくは2~5質量部であり、還元処理バイタルグルテンが好ましくは1~8質量部、より好ましくは2~5質量部であり、バイタルグルテンと還元処理バイタルグルテンの質量比が好ましくは1:0.5~2、より好ましくは1:0.75~1.5とするのがよい。バイタルグルテンと、還元処理バイタルグルテンの含有量を上記の範囲にすることによって、得られるイースト発酵ベーカリー食品のボリュームや食感を良好にすることができる。
【0038】
本発明において使用する小麦全粒粉のマルトース価は、220から320であることが好ましく、250から300であることがより好ましい。損傷した澱粉中にはアミラーゼにより分解されたマルトースが存在しており、マルトース価は小麦粉中のアミラーゼによって、小麦粉の澱粉がどれだけ分解されるかを表す指標となる。すなわちマルトース価が高いことは小麦粉中の損傷澱粉の割合が高いことを意味し、マルトース価が低いことは損傷澱粉の割合が低いことを意味する。本発明においてマルトース価は、AACC(American Association of Cereal Chemists)の公定法(22-15)により測定することができる。マルトース価が上記の範囲にあることによって、生地のべたつき、ハンドリングを良好にし、得られるイースト発酵ベーカリー食品のボリュームや食感を良好にすることができる。
【0039】
本発明のイースト発酵ベーカリー食品用組成物は、パン等の製造に通常用いられる他の原料、例えば、食塩、油脂、脱脂粉乳等の乳原料、全卵粉末等の卵原料、砂糖等の糖類、アセスルファムカリウム、ネオテーム、スクラロース、エリスリトール、還元パラチノース等の低カロリー甘味料、ベーキングパウダー等の膨張剤、ジェランガム、キサンタンガム、グアーガム等の増粘剤、グリセリン脂肪酸エステル、ステアロイル乳酸ナトリウム、ステアロイル乳酸カルシウム等の乳化剤、麦麹、酵素、α加工澱粉等の生地改良剤、ビタミン、ミネラル、カルシウム等の栄養強化剤、ドライイースト、イーストフード、pH調整剤、保存料、風味料などを適宜含むことができる。
【0040】
本発明が適用されるイースト発酵ベーカリー食品は、特に限定されるものではないが、例えば、食パン、ロールパン、菓子パン、ハンバーガーバンズ、デニッシュペストリー、ドーナツ、速製パン(マフィン、アメリカンビスケット等)、ピザ等のパン類等が挙げられる。即ち本発明におけるイースト発酵ベーカリー食品とは、生地をイースト発酵させて焼成して作られる食品であって、例えば、上記で述べたようなパン類等を意味するものである。本発明のイースト発酵ベーカリー食品用組成物は、特に好適には食パンに適用することができる。
【0041】
本発明のイースト発酵ベーカリー食品用組成物は、水を加えればそのままイースト発酵ベーカリー食品の生地を成すように構成されていてもよく、食塩、砂糖、油脂、全卵、膨張剤、イーストなどのイースト発酵ベーカリー食品の原料が適宜添加されて、イースト発酵ベーカリー食品の生地を成すように構成されていてもよい。
【0042】
一方、本発明は、別の観点からは、上記したような小麦全粒粉とバイタルグルテンと還元処理バイタルグルテンとの組合せに、更にイーストを配合してなる冷凍生地を提供するものである。この冷凍生地は、解凍後、イースト発酵、成形、焼成して、イースト発酵ベーカリー食品を得るためのものである。穀粉及び澱粉の合計質量あたりの小麦全粒粉の含有量や、バイタルグルテンと還元処理バイタルグルテンの含有量やそれらの配合比等、好ましい態様については、上述したイースト発酵ベーカリー食品用組成物の場合と同様である。また、生地中に配合する他の素材についても、上述したイースト発酵ベーカリー食品用組成物の場合と同様、特に制限なく、本発明による作用効果を損ねない限り任意である。
【0043】
なお、本発明により提供される冷凍生地においては、特には、更に含糖蜜を含有することが好ましい。含糖蜜を含有することにより、全粒粉に起因する雑味(えぐみ)を軽減することができる。また、得られるイースト発酵ベーカリー食品のパサつきを抑える効果が期待できる。含糖蜜としては、例えば、黒糖、加工黒砂糖、赤糖、きび糖(素焚糖など)が挙げられる。含糖蜜の含有量は、穀粉及び澱粉の合計100質量部に対して、3~30質量部が好ましく、5~20質量部が更により好ましい。
【0044】
また、本発明により提供される冷凍生地においては、特には、更にはちみつを含有することが好ましい。はちみつを含有することにより、全粒粉に起因する雑味(えぐみ)を軽減することができる。また、得られるイースト発酵ベーカリー食品のパサつきを抑える効果が期待できる。はちみつの含有量は、穀粉及び澱粉の合計100質量部に対して、2~20質量部が好ましく、5~15質量部が更により好ましい。
【0045】
本発明は、他の観点からは、上記に説明したイースト発酵ベーカリー食品用組成物、もしくはイースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地を用いて、イースト発酵ベーカリー食品の製造方法を提供するものである。この製造方法では、上記イースト発酵ベーカリー食品用組成物を用いて生地を調製し、もしくは上記イースト発酵ベーカリー食品用の冷凍生地を解凍したうえ、その他は各種のイースト発酵ベーカリー食品の製造において使用される通常の方法、具体的には、例えば、ミキシング(捏ね)、分割、成形、ホイロ(最終発酵)、熱調理工程等を含む方法によって、イースト発酵ベーカリー食品を製造することができる。更には、例えば、ストレート法、中種法、液種法等のいずれかの方法によって、イースト発酵ベーカリー食品を製造することができる。
【実施例
【0046】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
<試験例1>
(配合組成)
下記表1の組成の小麦粉組成物を用いて角食パンを製造した。表1中、バイタルグルテンとしては小麦由来の粉末状バイタルグルテンを用い、還元処理バイタルグルテンとしては、小麦由来のバイタルグルテンをピロ亜硫酸ナトリウムで還元処理したものを用いた。
【0048】
【表1】
【0049】
(角食パンの製造方法)
表1に示す中種の配合で各原料を、低速で3分間、中低速で2分間混合し、4時間発酵させた。更に表1に示す本捏の配合で各原料の本捏を行った。すなわち油脂(マーガリン)以外の成分を低速で3分間と中低速で3分間混合した後、油脂を添加し、更に低速で2分間、中低速で3分間、中高速で1分間混合した。練り上げたパン生地に20分間のフロアタイムをとり、次いでパン生地を230gに分量し、ベンチタイムを20分間とった。次いでパン生地をモルダーに入れて成形を行い、38℃、湿度80%、60分の条件でホイロを行い、190℃で33分間焼成した。
【0050】
(評価)
こうして得られたそれぞれの角食パンについて、生地のべたつきとハンドリング、及び製造されたパンのボリューム、食感と香り・味について、10人のパネラーによる相対評価基準で、不良(1点)から良好(10点)までの10段階で点数を付けた。そして、10人のパネラーの平均点の小数点以下を四捨五入して評価点とした。
【0051】
・生地のべたつき:生地のべたつきが強いものに低い点数を、生地のべたつきが弱いものに高い点数をつけた。
・生地のハンドリング:生地の伸展性と弾力性のバランスが悪いものに低い点数を、生地の伸展性と弾力性のバランスが良いものに高い点数をつけた。
・ボリューム:生地にボリュームが出ないものに低い点数を、生地にボリュームが出るものに高い点数をつけた。
・食感:ざらつきがあり、モソモソとした食感が強いものに低い点数を、ざらつきがなく、しっとりとした食感が強いものに高い点数をつけた。
・香り、味:エグ味が強く、甘みが弱いものに低い点数を、エグ味が弱く、甘みが強いものに高い点数をつけた。
【0052】
この結果を表2に示す。
【0053】
【表2】
【0054】
その結果、全粒粉として石臼挽全粒粉を使用し、グルテンとしてバイタルグルテンと還元処理バイタルグルテンを併用した実施例3では、生地のべたつきが少なく、生地のハンドリング、すなわち生地調製時の作業性が良好であった。更に、製造したパンのボリューム、食感、及び香り・味についても良好であった。実施例3の評価の合計値は49という高い値であった。
【0055】
全粒粉として衝撃粉砕全粒粉を使用し、実施例3と同様にバイタルグルテンと還元処理バイタルグルテンを併用した実施例1、2では、生地のべたつき、生地のハンドリング、調製したパンのボリューム、食感、及び香り・味のいずれの指標も、実施例3には及ばなかったものの、十分にパンの製造を行うことが可能であり、製造されたパンの食感と風味・味も良好であった。評価の合計値は実施例1が40、実施例2が43であった。
【0056】
グルテンとしてバイタルグルテンのみを使用した比較例1では、得られた生地はブリブリとしており伸展性が悪く、生地のハンドリングが悪かった。グルテンの作用により生地の弾力性が強くなりすぎたものと思われる。調製したパンはモソモソとしており、食感も悪かった。評価の合計値は29であった。
【0057】
グルテンとして還元処理バイタルグルテンのみを使用した比較例2では生地がべたつき、ハンドリングも悪かった。バイタルグルテンを添加していないために弾力性が不足しているものと思われる。調製したパンはボソボソとした食感であり、パンらしい香ばしい味がでなかった。評価の合計値は20であった。
【0058】
衝撃式全粒粉のみを含有し、グルテンを含有しない比較例3は、全てにおいて評価が劣っており、評価の合計値は15であった。
【0059】
衝撃式全粒粉と強力粉とを含有し、グルテンを含有しない比較例4は、実施例1~3と比べると、生地のべたつき、ハンドリングが劣り、食感や香り・味も劣っていて、評価の合計値は29であった。
【0060】
これらの結果から、バイタルグルテンと還元処理バイタルグルテンを併用することにより、全粒粉のみを使用した場合、すなわち小麦粉を使用しない場合でも食味の良いパンを製造することができることが判った。一方バイタルグルテンと還元処理バイタルグルテンのいずれか一方のみでは、作業性が悪く、製造されたパンの品質も劣っていた。全粒粉としては石臼挽全粒粉を使用することにより、衝撃式全粒粉を用いた場合よりも良い結果が得られた。石臼ひきの全粒粉は粒度分布が広いために作業性が良くなったと思われる。
【0061】
<試験例2>
石臼挽全粒粉のマルトース価が、パンの製造性及び製造されたパンの品質に及ぼす影響を検討した。既に述べたようにマルトース価は、小麦粉中のアミラーゼによって、小麦粉の澱粉がどれだけ分解されるかを表す指標であり、マルトース価が高いことは小麦粉中の損傷澱粉の割合が高いことを意味し、マルトース価が低いことは損傷澱粉の割合が低いことを意味する。本発明において、マルトース価は、AACC(American Association of Cereal Chemists)の公定法(22-15)により測定した。
【0062】
表3に示す種々のマルトース価を有する石臼挽全粒粉を用いて、試験例1の実施例3と同様な配合及び製造方法で角食パンを製造し、官能評価を行った(実施例3~7)。
実施例3は上記試験例1で述べた実施例3と同じである。実施例4~7において、全粒粉のマルトース価が異なることを除いては、試験例1で述べた実施例3と同様の配合を用い、同様の製造方法で角食パンを製造した。官能評価も試験例1と同様に行った。石臼挽全粒粉のマルトース価と官能評価の結果を表3に示す。
【0063】
【表3】
【0064】
実施例3はマルトース価が280であり、官能評価の合計値が49と最も良好な値を示した。実施例4と実施例5の全粒粉はマルトース価が220と320であるが、官能評価の合計値はそれぞれ45と48であり、実施例3と同様に良好な結果を示した。実施例6と実施例7はマルトース価が380と200であるが、官能評価の合計値はそれぞれ41と39であり、実施例3~5と比較して劣った結果となった。
【0065】
この結果より石臼挽全粒粉のマルトース価は高すぎても低すぎても良好な角食パンを製造することはできず、220から320の範囲であることが好ましいことが判った。
【0066】
[製造例1]
表4に示す配合で全粒粉レーズンロールを製造した。
具体的には、マーガリン以外の原料を合わせて合計8分間のミキシングを行い、マーガリンを加えて、更に合計7分間のミキシングを行って、最後にラムレーズンを加えて、合計1分間のミキシングを行って、その後、温度25℃にて捏ね上げた。得られた生地は55gずつに丸めて分割して、-40℃にて急速冷凍後、-18℃で保管した。
【0067】
上記のようにして得られた冷凍生地を、室温にもどして生地温度が18℃になるまで自然解凍し、再丸めの成形を施して、38℃、湿度80%、60分の条件でホイロを行い、上火220℃/下火190℃で8分間焼成した。
【0068】
【表4】
【0069】
その結果、生地には適度な進展性があり、べたつかずに、ハンドリング性が良好であった。また、得られたレーズンロールは、ボリュームがあり、しっとりとしていて、全粒粉の雑味が感じられずに、レーズンと良くマッチしたパンであった。
【0070】
[製造例2]
表5に示す配合で全粒粉ちぎりパンを製造した。
具体的には、マーガリン以外の原料を合わせて合計7分間のミキシングを行い、マーガリンを加えて、更に合計8分間のミキシングを行って、その後、温度25℃にて捏ね上げた。得られた生地は40gずつに丸めて分割して、-40℃で40分間おいて冷凍後、-18℃で保管した。
【0071】
上記のようにして得られた冷凍生地を、室温にもどして生地温度が18℃になるまで自然解凍し、再丸めの成形を施して石臼型形状への成形のための5号缶に入れて成形し、38℃、湿度80%、50分の条件でホイロを行い、上火200℃/下火190℃で15分間焼成した。
【0072】
【表5】
【0073】
その結果、生地には適度な進展性があり、べたつかずに、ハンドリング性が良好であった。また、得られたちぎりパンは、ボリュームがあり、ソフトでしっとりとしていて、全粒粉特有の雑味がないパンであった。
【0074】
[製造例3]
表6に示す配合で全粒粉フレ-キーを製造した。
具体的には、マーガリン以外の原料を合わせて合計7分間のミキシングを行い、マーガリンを加えて、更に合計8分間のミキシングを行って、その後、温度25℃にて捏ね上げた。得られた生地は1000gに分量し、ベンチタイムを20分間とった。
【0075】
シートマーガリン150gを包み、3×3に折り込み、厚さ2.2cmのシート状にした。これを-40℃で40分間おいて冷凍後、-18℃で保管した。
【0076】
上記のようにして得られた冷凍生地を、室温にもどして生地温度が18℃になるまで自然解凍し、幅3.5cm×長さ14cm(生地重量100g)の長方形にカットし、これを5枚ずつ重ねて、14cm×20cmの長方形の型の中央に立てて入れ、30℃、湿度70%、40分の条件でホイロを行い、上火200℃/下火200℃で17分間焼成した。
【0077】
【表6】
【0078】
その結果、生地には適度な進展性があり、べたつかずに、ハンドリング性が良好であった。また、得られたフレ-キーは、ボリュームがあり、サクみと口溶けが良好で、全粒粉の雑味がない製品であった。