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特許7499621二相ステンレス鋼板および二相ステンレス鋼板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-06
(45)【発行日】2024-06-14
(54)【発明の名称】二相ステンレス鋼板および二相ステンレス鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240607BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240607BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240607BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240607BHJP
【FI】
C22C38/00 302H
C21D9/46 Z
C22C38/58
C22C38/60
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020107574
(22)【出願日】2020-06-23
(65)【公開番号】P2022003157
(43)【公開日】2022-01-11
【審査請求日】2023-02-24
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】西村 基
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/017258(WO,A1)
【文献】特開2018-016824(JP,A)
【文献】特開2019-178417(JP,A)
【文献】国際公開第2016/152622(WO,A1)
【文献】特開2003-147489(JP,A)
【文献】特開2013-204151(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C21D 9/46
C22C 38/58
C22C 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト相とフェライト相を含有する二相ステンレス鋼板であって、
質量%で、
C:0.08%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:4.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:1.50~8.00%、
Cr:20.50~28.00%、
Mo:5.00%以下、
Cu:0.05~1.50%、および、
N:0.080~0.320%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
圧延方向に平行な断面において、周囲に1μm以上の厚みを有するフェライト相が配された複数のオーステナイト相であって、圧延方向の長さに対する板厚方向の長さの比が0.1以上である複数のオーステナイト相の合計面積が前記圧延方向に平行な断面の面積に対して1.0%以上である、二相ステンレス鋼板。
【請求項2】
フェライト相とオーステナイト相の合計面積に対する前記フェライト相の面積の割合が、55%以上70%以下である、請求項1に記載の二相ステンレス鋼板。
【請求項3】
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.75%以下、
Mn:2.00~4.00%、
P:0.040%以下、
S:0.020%以下、
Ni:1.50~2.50%、
Cr:20.50~21.50%、
Mo:0.60%以下、
Cu:0.50~1.50%、および、
N:0.150~0.200%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなる、請求項1または2に記載の二相ステンレス鋼板。
【請求項4】
Feの一部に変えて、質量%で、
Al:0.003~0.050%、
Nb:0.005~0.20%、
Ti:0.005~0.20%、
Co:0.005~0.25%、
V:0.005~0.15%、
Sn:0.005~0.20%、
Sb:0.005~0.20%、
Ga:0.001~0.050%、
Zr:0.005~0.50%、
Ta:0.005~0.100%、および、
B:0.0002~0.0050%、
からなる群から選択される1種以上を含有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の二相ステンレス鋼板。
【請求項5】
請求項1に記載の二相ステンレス鋼板の製造方法であって、
質量%で、
C:0.08%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:4.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:1.50~6.80%、
Cr:20.50~28.00%、
Mo:5.00%以下、
Cu:0.05~1.50%、
W:0.005~1.00%、および
N:0.080~0.320%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなるステンレス素材に熱間圧延を施し、680℃以上の温度で巻き取る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程後の前記ステンレス素材を1050℃以上の温度で、30~60秒保持する熱処理を行う熱処理工程を有する、二相ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記ステンレス素材が、Feの一部に変えて、質量%で、
Al:0.003~0.050%、
Nb:0.005~0.20%、
Ti:0.005~0.20%、
Co:0.005~0.25%、
V:0.005~0.15%、
Sn:0.005~0.20%、
Sb:0.005~0.20%、
Ga:0.001~0.050%、
Zr:0.005~0.50%、
Ta:0.005~0.100%、および、
B:0.0002~0.0050%、
からなる群から選択される1種以上を含有する、請求項5に記載の二相ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二相ステンレス鋼板および二相ステンレス鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼板は、優れた耐食性を有することから幅広い用途に使用されている。ステンレス鋼板の製造過程では、その利便性から、せん断加工によるステンレス鋼板の切り出し、打ち抜きが行われる場合が多い。
【0003】
ステンレス鋼板のせん断加工面の表面状態は、形状によって、せん断面、破断面、ダレに分類される。これらは切断ままでは平滑ではなく、表面が荒れた状態では耐食性が劣化することがある。そのため、加工面の耐食性を向上させるための技術の開発が進められている。
【0004】
例えば、特許文献1には、質量%で、C:0.02%以下、Si:0.05~0.8%、Mn:0.05~1.0%、P:0.04%以下、Al:0.1%以下、Cr:20~24%、Cu:0.3~0.8%、Ni:0.05~6.0%およびN:0.02%以下を含み、かつS:0.001~0.1%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、さらにフェライト相の平均結晶粒径が5~25μmの範囲で、かつ鋼中に0.05~1μmの粒径のMnSが1cm当たり50~400個存在することを特徴とするせん断端面の耐食性に優れるフェライト系ステンレス鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2010-138470号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方で、フェライト相(α相)とオーステナイト相(γ相)とからなる二相ステンレス鋼板は、フェライト系ステンレス鋼板とは化学成分が大きく異なり、また、フェライト系ステンレス鋼板よりも強度が高い。そのため、特許文献1に記載の技術では、より高強度が求められる用途に対しては強度が不十分な場合がある。
【0007】
二相ステンレス鋼板のせん断加工面が腐食環境に曝される場合、研磨等によりせん断面、破断面を除去し平滑とするか、耐食性向上のため合金成分の多い高価な鋼種を適用して耐食性を向上させる必要があるが、これらを行うことにより、製造コストが増大する。
【0008】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、製造コストを抑制可能な二相ステンレス鋼板および二相ステンレス鋼板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、二相ステンレス鋼板のせん断加工面を研磨にて平滑にする際に、圧延方向の端部のせん断加工面と、板幅方向の端部のせん断加工面とで、その性状が互いに異なり、平滑化のし易さに違いがあることを見出した。本発明者らは、二相ステンレス鋼板のせん断加工性について種々の検討を行ったところ、一般の二相ステンレス鋼板の圧延方向断面と、板幅方向断面とでは、ミクロ組織が異なることを見出した。そして、本発明者らは、ミクロ組織を制御することで、圧延方向の端部のせん断加工面と板幅方向の端部のせん断加工面とを均一化し、これらに対する平滑化処理を同じプロセスで行うことができるという知見を得、本発明をするに至った。
【0010】
上記知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
[1]
オーステナイト相とフェライト相を含有する二相ステンレス鋼板であって、
質量%で、
C:0.08%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:4.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:1.50~8.00%、
Cr:20.50~28.00%、
Mo:5.00%以下、
Cu:0.05~1.50%、および、
N:0.080~0.320%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
圧延方向に平行な断面において、周囲に1μm以上の厚みを有するフェライト相が配された複数のオーステナイト相であって、圧延方向の長さに対する板厚方向の長さの比が0.1以上である複数のオーステナイト相の合計面積が前記圧延方向に平行な断面の面積に対して1.0%以上である、二相ステンレス鋼板。
[2]
フェライト相とオーステナイト相の合計面積に対する前記フェライト相の面積の割合が、55%以上70%以下である、[1]に記載の二相ステンレス鋼板。
[3]
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.75%以下、
Mn:2.00~4.00%、
P:0.040%以下、
S:0.020%以下、
Ni:1.50~2.50%、
Cr:20.50~21.50%、
Mo:0.60%以下、
Cu:0.50~1.50%、および、
N:0.150~0.200%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなる、[1]または[2]に記載の二相ステンレス鋼板。
[4]
Feの一部に変えて、質量%で、
Al:0.003~0.050%、
Nb:0.005~0.20%、
Ti:0.005~0.20%、
Co:0.005~0.25%、
V:0.005~0.15%、
Sn:0.005~0.20%、
Sb:0.005~0.20%、
Ga:0.001~0.050%、
Zr:0.005~0.50%、
Ta:0.005~0.100%、および、
B:0.0002~0.0050%、
からなる群から選択される1種以上を含有する、[1]~[3]のいずれか1項に記載の二相ステンレス鋼板。
[5]
前記[1]に記載の二相ステンレス鋼板の製造方法であって、
質量%で、
C:0.08%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:4.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:1.50~6.80%、
Cr:20.50~28.00%、
Mo:5.00%以下、
Cu:0.05~1.50%、
W:0.005~1.00%、および
N:0.080~0.320%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなるステンレス素材に熱間圧延を施し、680℃
以上の温度で巻き取る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程後の前記ステンレス素材を1050℃以上の温度で、30~60秒保持する熱処理を行う熱処理工程と、を有する、二相ステンレス鋼板の製造方法。
[6]
前記ステンレス素材が、Feの一部に変えて、質量%で、
Al:0.003~0.050%、
Nb:0.005~0.20%、
Ti:0.005~0.20%、
Co:0.005~0.25%、
V:0.005~0.15%、
Sn:0.005~0.20%、
Sb:0.005~0.20%、
Ga:0.001~0.050%、
Zr:0.005~0.50%、
Ta:0.005~0.10%、および、
B:0.0002~0.0050%、
からなる群から選択される1種以上を含有する、[5]に記載の二相ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したように、本発明によれば、製造コストを抑制可能な二相ステンレス鋼板および二相ステンレス鋼板の製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】一般の二相ステンレス鋼板のせん断打ち抜き加工後の供試材の模式図である。
図2】一般の二相ステンレス鋼板の圧延方向端部のせん断加工面および板幅方向端部のせん断加工面のSEM(Scaning Electron Microscope)像である。
図3】一般の二相ステンレス鋼板の圧延方向加工面における破断面および板幅方向加工面における破断面のSEM像である。
図4】一般の二相ステンレス鋼板の圧延方向の断面のミクロ組織および圧延方向に垂直な方向(板幅方向)の断面のミクロ組織の光学顕微鏡像である。
図5】一般の二相ステンレス鋼板の圧延方向加工面における破断面近傍の圧延方向断面および板幅方向加工面における破断面近傍の板幅方向断面のSEM像である。
図6】一般の二相ステンレス鋼板の圧延方向断面のクラックおよび板幅方向のクラックを示すSEM像である。
図7】本発明の一実施形態に係る二相ステンレス鋼板の圧延方向断面の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<二相ステンレス鋼板>
本実施形態に係る二相ステンレス鋼板は、オーステナイト相とフェライト相を含有する二相ステンレス鋼板であって、質量%で、C:0.08%以下、Si:1.00%以下、Mn:4.00%以下、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Ni:1.50~8.00%、Cr:20.50~28.00%、Mo:5.00%以下、Cu:0.05~1.50%、および、N:0.080~0.320%、を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、圧延方向に平行な断面において、周囲に1μm以上の厚みを有するフェライト相が配された複数のオーステナイト相であって、圧延方向の長さに対する板厚方向の長さの比が0.1以上である複数のオーステナイト相の合計面積が前記圧延方向に平行な断面の面積に対して1.0%以上である。以下に、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板について詳細に説明する。
【0014】
[化学成分]
まず、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の化学成分について説明する。なお、成分を示す%は質量%を意味する。
【0015】
C:0.08%以下
C含有量が0.08%を超えると、Cr炭化物析出により耐食性が低下する。したがってC含有量は少ない方が望ましいが、0.08%以下までは許容できるため、これを上限とする。耐食性改善の観点から、好ましいC含有量の上限は0.030%であり、より好ましくは、0.025%である。C含有量の下限は特に限定しないが、コストの観点から0.001%であることが好ましく、より好ましくは0.007%である。
【0016】
Si:1.00%以下
Siは、脱酸剤、脱硫剤として作用する。Si含有量が1.00%を超えて含有されると靭性が低下するので、Si含有量は1.00%以下とする。Si含有量の上限は、好ましくは、0.65%である。Siが脱酸剤、脱硫剤として十分に作用するには、Si含有量の下限は0.05%であることが好ましい。Si含有量のより好ましい下限は、0.30%である。
【0017】
Mn:4.00%以下
Mnは、比較的安価な元素でありながら、ステンレス鋼板中のオーステナイト相の量を増加させ、さらに窒素の固溶度を上げることで、Cr窒化物の析出を抑制する効果がある。一方で、過剰に含有すると耐食性劣化の原因となるため、上限を4.00%とする。Mn含有量の上限は、好ましくは、2.50%である。Mn含有量の下限は、好ましくは、0.85%であり、より好ましくは、2.00%である。
【0018】
P:0.040%以下
Pは、ステンレス鋼板中に不可避的に含有される元素であるが、熱間加工性を劣化させるため、P含有量は0.040%以下とする。P含有量は、好ましくは、0.035%以下である。下限は特に限定しないが、コストの観点から0.005%以上とすることが好ましい。
【0019】
S:0.030%以下
SはPと同様にステンレス鋼板中に不可避的に含有される元素であるが、熱間加工性、靭性、耐食性を劣化させるため、S含有量の上限は0.030%とする。S含有量の上限は、好ましくは0.020%である。S含有量の下限は特に限定しないが、コストの観点から0.0001%とすることが好ましい。より好ましいS量の下限は0.0005%である。
【0020】
Ni:1.50~8.00%
Niは、ステンレス鋼板の耐すきま腐食性を向上させる元素である。すきま腐食は、すきま内部のpHが低下し不働態皮膜が維持できなくなることにより発生する腐食である。Niは、低pH環境でのステンレス鋼板の溶解を抑制する。Ni含有量が過少の場合、耐すきま腐食性向上が得られない。このため、Ni含有量は、1.50%以上である。Ni含有量の下限は、好ましくは、2.00%である。一方で、Ni含有量が過剰であると、コストが大きくなるだけでなく、オーステナイト相過多となり熱間加工性が低下する。このため、Ni含有量は、8.00%以下である。Ni含有量の上限は、好ましくは、6.80%であり、より好ましくは、2.50%である。
【0021】
Cr:20.50~28.00%
Crはステンレス鋼板の耐食性を向上させる元素である。耐食性の観点から、Cr含有量は20.50%以上である。Cr含有量は、好ましくは、21.00%である。一方、Crはフェライト相を増加させる元素であり、ステンレス鋼板がCrを過剰に含有するとフェライト相が過多となり、靭性が劣化する。このためCr含有量の上限は28.00%とする。Cr含有量の上限は、好ましくは、24.50%であり、より好ましくは、21.50%である。
【0022】
Mo:5.00%以下
MoはCrを超える高い耐食性向上効果を有するが、非常に高価な元素であり、Mo含有量が過剰であると、製造コストが増大する。また、Mo含有量が過剰であるとステンレス鋼板の硬質化を招き加工性が劣化する。このため、Mo量の上限は5.00%とする。Mo含有量の上限は、好ましくは、2.95%であり、より好ましくは、0.60%である。Moが有する耐食性向上効果は、Mo含有量が0.01%未満では、その添加効果に乏しいため、Mo含有量は、0.01%以上とする。Mo含有量の下限は、好ましくは、0.05%が好ましく、より好ましくは0.20%である。
【0023】
Cu:0.05~1.50%
Cuは、Niと同様に低pH環境でのステンレス鋼板の溶解を抑制する元素である。ただし、ステンレス鋼板がCuを過剰に含有する場合、熱間加工性が著しく損なわれるため、Cu含有量の上限は1.50%とする。Cu含有量の上限は、好ましくは、1.40%である。一方、上記効果は、Cu含有量が0.50%未満ではあまり期待できない。したがって、Cu含有量の下限を0.50%とする。Cu含有量の下限は、好ましくは、0.60%であり、より好ましくは0.70%である。
【0024】
N:0.080~0.320%
Nは耐食性を著しく高め、オーステナイト相量を高める元素である。この効果を得るためには、N含有量の下限は、0.080%である。N含有量の下限は、好ましくは、0.150%であり、より好ましくは、0.155%である。一方、N含有量が0.320%を超えると鋼中に窒化物を形成して耐食性や靭性を低下させるため、N含有量の上限を0.320%とする。N含有量の上限は、好ましくは、0.200%である。
【0025】
以上、本発明の二相ステンレス鋼板の基本成分について説明したが、本発明ではその他にも以下に述べる元素を適宜含有させることが好ましい。
【0026】
Al:0.003~0.050%
Alは強力な脱酸作用を持つ元素である。Alによる脱酸作用には、Al含有量は、0.003%以上であることが好ましい。Al含有量の下限は、より好ましくは、0.005%である。一方、AlはNとともに窒化物を形成しやすく、窒化物が形成されると靭性が大きく低下する。そのため、Al含有量の上限は0.050%であることが好ましい。Al含有量の上限は、より好ましくは、0.040%である。
【0027】
Nb:0.005~0.20%
NbはC、Nを固定してCr炭化物析出による耐食性低下を防ぎ、耐食性を向上させる元素である。Nb含有量が0.005%以上であれば、その効果が発現するため、Nb含有量の下限は、0.005%であることが好ましい。一方、Nb含有量が0.20%を超えると、固溶強化によりα相が硬質化し加工性を低下させる場合があるため、Nb含有量の上限は、0.20%であることが好ましい。
【0028】
Ti:0.005~0.20%
TiはC、Nを固定してCr炭化物析出による鋭敏化を防ぎ、耐食性を向上させる元素である。Ti含有量が0.005%以上であれば、その効果が発現するため、Ti含有量の下限は、0.005%であることが好ましい。一方、Ti含有量が0.20%を超えると、フェライト相の硬質化を招き、靱性を低下させ、さらにTi系析出物により表面粗さの低下を招く場合があるため、Ti含有量の上限は、0.20%であることが好ましい。
【0029】
Co:0.005~0.25%
CoはCr炭化物の析出を抑制し、耐食性の低下を抑制する。Co含有量が0.005%以上であれば、Coが上記効果を奏するため、Co含有量の下限は、0.005%であることが好ましい。一方、Coは稀少な元素であり高価であるため、Co含有量の上限は、0.25%であることが好ましい。
【0030】
V:0.005~0.15%
Vは強力な炭化物生成元素である。このため、高温域で炭化物を形成しやすいVが含有されると、Cr炭化物の析出が抑制され、耐食性低下を抑制できる。V含有量が0.005%以上であれば、Vが上記効果を奏するため、V含有量の下限は、0.005%であることが好ましい。一方、V含有量が多いと硬質化を招くため、V含有量の上限は、0.15%であることが好ましい。
【0031】
Sn:0.005~0.20%、Sb:0.005~0.20%
SnおよびSbは耐食性を向上させる元素であるが、フェライト相の固溶強化元素でもある。このため、Sn、Sbのそれぞれの含有量の上限は、それぞれ0.20%であることが好ましい。Sn、Sbのそれぞれの含有量の下限は、より好ましくは0.030%である。SnまたはSbのいずれかの含有量が0.005%以上の場合、耐食性を向上させる効果が発揮されるため、Sn、Sbのそれぞれの含有量は、好ましくは、0.005%以上である。Sn、Sbのそれぞれの含有量の上限は、より好ましくは0.10%である。
【0032】
Ga:0.001~0.050%
Gaは耐食性向上に寄与する元素である。Ga含有量が0.001%以上であれば、耐食性向上効果が発現するため、Ga含有量は、0.001%以上であることが好ましい。一方、Ga含有量が0.050%超では、耐食性向上効果が飽和し、コスト増につながるのみである。そのため、Ga含有量の上限は、好ましくは、0.050%である。
【0033】
Zr:0.005~0.50%
Zrは耐食性向上に寄与する元素である。Zr含有量が0.005%以上であれば、耐食性向上効果が発現するため、これを下限とする。Zr含有量が0.50%超では、効果が飽和するため、その上限は、好ましくは、0.50%である。
【0034】
Ta:0.005~0.100%
Taは介在物の改質により耐食性を向上させる元素である。Ta含有量が0.005%以上であれば、上記効果が発揮される。そのため、Ta含有量の下限は、0.005%であることが好ましい。一方、Ta含有量が0.100%超では、常温での延性の低下や靭性の低下を招く場合がある。このため、Ta含有量の上限は、好ましくは、0.100%である。Ta含有量の上限は、より好ましくは、0.050%である。
【0035】
B:0.0002~0.0050%
Bは二次加工脆化や熱間加工性劣化を抑制する効果を奏する元素である。また、Bは、耐食性には影響を与えない元素である。B含有量が0.0002%以上であれば、Bが上記効果を奏するため、B含有量は、0.0002%以上であることが好ましい。一方、B含有量が0.0050%を超えると、かえって熱間加工性が劣化する場合があるので、B含有量の上限は、0.0050%とすることが好ましい。B含有量の上限は、より好ましくは0.0020%である。
【0036】
O:0.0070%以下
Oは不純物として存在し、鋼中に過剰に存在すると酸化物を生成し、靭性を低下させる。このため、O含有量の上限は、0.0070%であることが好ましい。O含有量の上限は、より好ましくは、0.0050%である。O含有量の下限は特に限定しないが、コストの観点から0.0005%とすることが好ましい。
【0037】
本発明の二相ステンレス鋼板では、上述した元素以外の残部は、Feおよび不純物であるが、上述した各元素以外の他の元素も、本実施形態の効果を損なわない範囲で含有させることが出来る。
【0038】
本実施形態に係る二相ステンレス鋼板は、上記の化学成分を有するが、C:0.030%以下、Si:0.75%以下、Mn:2.00~4.00%、P:0.040%以下、S:0.020%以下、Ni:1.50~2.50%、Cr:20.50~21.50%、Mo:0.60%以下、Cu:0.50~1.50%、および、N:0.150~0.200%、を含有し、残部がFeおよび不純物であることがさらに好ましい。二相ステンレス鋼板が当該化学成分を有することで、凹凸を有するせん断加工ままの二相ステンレス鋼板であっても耐腐食性に優れたものとなる。
【0039】
[ミクロ組織]
まず、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板のミクロ組織の説明に先立ち、図を参照して、一般の二相ステンレス鋼板について説明する。図1は、一般の二相ステンレス鋼板のせん断打ち抜き加工後の供試材の模式図である。図2は、一般の二相ステンレス鋼板の圧延方向端部のせん断加工面および板幅方向端部のせん断加工面のSEM(Scaning Electron Microscope)像である。図3は、一般の二相ステンレス鋼板の圧延方向加工面における破断面および板幅方向加工面における破断面のSEM像である。
【0040】
本発明者らは、一般の二相ステンレス鋼板に対して図1に示すようなせん断打ち抜き加工試験を実施してせん断加工面の観察を行った。詳細には、板厚が3.5mmtの供試材を、せん断クリアランスを9%としてせん断打ち抜き後の二相ステンレス鋼板のサイズを40mmφとする打ち抜き加工を行い、せん断加工面のSEM観察を行った。供試材の化学成分を表1に示し、引張特性を表1に示す。なお、表1に示した元素以外は、Feおよび不純物である。
【0041】
【表1】
【0042】
図2に示すように、圧延方向の端部のせん断加工面(以下では、圧延方向の端部のせん断加工面を、単に、圧延方向加工面と呼称する。)と板幅方向の端部のせん断加工面(以下では、板幅方向の端部のせん断加工面を、単に、板幅方向加工面と呼称する。)とを比較すると、板幅方向加工面における破断面の割合が圧延方向加工面における破断面の割合よりも高くなった。さらに、図3に示すように、破断面においては、圧延方向加工面における破断面と比較して、板幅方向加工面における破断面では大きなディンプル(凹凸)が観察された。
【0043】
図4は、一般の二相ステンレス鋼板の圧延方向の断面のミクロ組織および圧延方向に垂直な方向(板幅方向)の断面のミクロ組織の光学顕微鏡像である。図4に示す各光学顕微鏡像において、明るく表された部分がオーステナイト相(γ相)であり、暗く表された部分がフェライト相(α相)である。なお、以下では、圧延方向の断面を、単に圧延方向断面と呼称し、圧延方向に垂直な断面を板幅方向断面と呼称する。
【0044】
図4に示すように、圧延方向断面では、オーステナイト相が圧延方向に延びており、オーステナイト相とフェライト相とが略層状の組織となっている。一方、板幅方向断面では、圧延方向断面と異なり、オーステナイト相が比較的点在した組織となっている。
【0045】
本発明者らは、さらに、圧延方向加工面における破断面近傍のミクロ組織と板幅方向加工面における破断面近傍のミクロ組織を詳細に観察した。図5は、圧延方向加工面における破断面近傍の圧延方向断面および板幅方向加工面における破断面近傍の板幅方向断面のSEM像である。図6は、圧延方向断面のクラックおよび板幅方向のクラックを示すSEM像である。
【0046】
圧延方向断面のフェライト相およびオーステナイト相は、図5(A)に示すように、略一方向に延びている。二相ステンレス鋼板のクラックは、オーステナイト相より軟質なフェライト相で進展しやすいため、図6(A)に示すように、圧延方向断面に観察されるクラックは、一方向に延びるフェライト相に沿って存在することが多い。圧延方向断面では、より硬質なオーステナイト相が板厚方向へのクラック進展の障壁となり、圧延方向加工面において破断が生じにくくなっていると考えられる。その結果、圧延方向加工面における破断面の割合が小さくなっていると考えられる。
【0047】
一方、板幅方向断面のオーステナイト相は、図5(B)に示すように、圧延方向断面のオーステナイト相に比べて厚く、不連続になっており、フェライト相は、多方向に分岐して延び、板厚方向にも分岐している。板幅方向断面に観察されるクラックは、例えば、図6(B)に示すように多方向に分岐して延びるフェライト相に沿って存在していることが多い。板幅方向断面では、板厚方向に分岐したフェライト相およびフェライト相とオーステナイト相の界面に沿ってクラックが進展することができる。そのため、せん断加工をした際にクラックが板厚方向に進展しやすく、破断が生じやすくなっていると考えられる。その結果、板幅方向加工面における破断面の割合が大きくなっていると考えられる。
【0048】
また、圧延方向断面では、オーステナイト相が略一様に薄い(オーステナイト相の板厚方向の長さが短く、均一である)ため、フェライト相からオーステナイト相に進展するクラックは、直線的である。そのため、オーステナイト相で生じる段差が小さくなり、破断面の凹凸が小さくなっていると考えられる。一方、板幅方向断面では、クラックは、板厚方向に分岐したフェライト相に向かって進展するため、破断面の凹凸が大きくなっていると考えられる。
【0049】
上記のとおり、一般の二相ステンレス鋼板では、圧延方向加工面と板幅方向加工面の性状が大きく異なるため、せん断加工面の平滑化処理それぞれ異なる条件で行う必要が生じる。そのため、一般の二相ステンレス鋼板では、せん断加工品の製造工数が増加し、製造コストが増大する。
以上から、図4(A)および(B)の組織を同等にすることで、均一な破面性状を得ることができると考えられ、ひいては製造コストを抑制可能となると考えられる。
【0050】
続いて、図7を参照して、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板のミクロ組織を説明する。図7は、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の圧延方向断面の模式図である。
【0051】
本実施形態に係る二相ステンレス鋼板は、一般の二相ステンレス鋼板と比較して、圧延方向断面と板幅方向断面の性状がより均一なものである。詳細には、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板は、図7に示すように、圧延方向に平行な断面において、周囲に1μm以上の厚みを有するフェライト相αが配され、かつアスペクト比(板厚方向の長さb/圧延方向の長さa)が0.1以上であるオーステナイト相γを複数有し、複数の当該オーステナイト相γの合計面積が前記圧延方向に平行な断面の面積に対して1.0%以上である。なお、以下では、周囲に1μm以上の厚みを有するフェライト相αが配され、かつアスペクト比b/aが0.1以上であるオーステナイト相γを「分断されたオーステナイト相」と呼称する。
【0052】
圧延方向加工面において、周囲に1μm未満の厚みのフェライト相が存在するオーステナイト相では、フェライト相の厚みが小さいため、クラックが当該フェライト相に進展しづらくなる結果、板厚方向に進展しづらくなる。そのため、圧延方向加工面と板幅方向加工面とで、その性状が異なるものとなる。その結果、せん断加工後の二相ステンレス鋼板について、平滑化処理を圧延方向加工面と板幅方向加工面とで異なる条件にする必要が生じ、製造コストが増加する。よって、オーステナイト相の周囲に配されたフェライト相は、1μm以上である。オーステナイト相の周囲に配されたフェライト相は、好ましくは、2μm以上である。当該フェライト相が2μm以上であれば、そのクラックがより進展しやすくなる。
【0053】
分断されたオーステナイト相の合計面積は、前記圧延方向に平行な断面の面積に対して1.0%以上である。後述する製造方法における熱処理を行うことで、圧延方向断面において分断されたオーステナイト相が生成される。下記熱処理では、ステンレス素材が均一に加熱されるため、分断されたオーステナイト相は、板厚方向にほぼ均一に生成される。そのため、分断されたオーステナイト相の面積率が1.0%以上であれば、フェライト相が網目状に存在し、クラックは、網目状のフェライト相のうち、板厚方向に分岐したフェライト相に沿って進展する。これにより、圧延方向加工面と板幅方向加工面との性状が均一化される。その結果、せん断加工後の平滑化処理を圧延方向加工面と板幅方向加工面とで同一の条件で行うことが可能となり、製造コストが低減される。分断されたオーステナイト相の面積率は、好ましくは、1.2%以上であり、より好ましくは、1.3%以上である。
【0054】
分断されたオーステナイト相の確認およびその面積率は、以下の方法で測定する。すなわち、倍率を500倍とし、圧延方向断面の板厚方向中央部において3視野光学顕微鏡像を取得する。取得された光学顕微鏡像から分断されたオーステナイト相を特定し、分断されたオーステナイト相の長径および短径を測定する。(長径)×(短径)をその分断されたオーステナイト相の面積とし、視野中に存在する分断されたオーステナイト相の合計面積を算出する。光学顕微鏡像として取得された領域の面積に対する分断されたオーステナイト相の合計面積を一視野の分断されたオーステナイト相の面積率とする。取得された3視野の光学顕微鏡像について上記を行い、それぞれの光学顕微鏡像で求めた分断されたオーステナイト相の面積率からその平均値を求め、分断されたオーステナイト相の面積率とする。
【0055】
光学顕微鏡による観察箇所は、圧延方向断面の板厚方向中央部である。詳細には、二相ステンレス鋼板の板厚をtとしたとき、当該二相ステンレス鋼板の表面から板厚方向にt/2の位置を観察する。
【0056】
本実施形態に係る二相ステンレス鋼板は、フェライト相とオーステナイト相の合計面積に対するフェライト相の面積の割合(フェライト相率)が55%以上であることが好ましい。フェライト相とオーステナイト相の合計面積に対するフェライト相の面積の割合が55%以上であれば、分断されたオーステナイト相が形成されやすく、亀裂の進展を促進する効果を奏する。当該割合の上限は、70%であることが好ましい。フェライト相とオーステナイト相の合計面積に対するフェライト相の面積の割合が70%以下であれば、フェライト相とオーステナイト相との界面が多く形成され、き裂の進展を促進するという効果を奏する。
【0057】
アスペクト比およびフェライト相率は、上述した光学顕微鏡像を用いて算出すればよい。
【0058】
ここまで、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板を説明した。本実施形態に係る二相ステンレス鋼板は、圧延方向断面において分断されたオーステナイト相を有しているため、せん断加工した際に、この分断されたオーステナイト相の周囲のフェライト相にクラックが進展しやすく、様々な方向にクラックが進展しやすい。そのため、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の圧延方向加工面の性状は、板幅方向加工面の性状と似たものとなる。その結果、後工程において、せん断加工後の平滑化処理を圧延方向加工面と板幅方向加工面とで同一の条件で行うことが可能となり、製造コストが低減される。
【0059】
<二相ステンレス鋼板の製造方法>
続いて、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の製造方法を説明する。本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の製造方法は、上述した化学成分を有するステンレス素材に熱間圧延を施し、680℃以上の温度で巻き取る熱間圧延工程と、熱間圧延工程後の前記ステンレス素材を1050℃以上の温度で、30~60秒保持する熱処理を行う熱処理工程を有する。
【0060】
[熱間圧延工程]
本工程では、上述した化学成分を有するステンレス素材に熱間圧延を施し、680℃以上の温度で巻き取る。熱間圧延に供するステンレス素材としては、例えば、連続鋳造により得られたステンレス鋼片等を用いればよい。
【0061】
熱間圧延前にステンレス素材を1150~1250℃に加熱することが好ましい。加熱温度が1150℃未満であると、熱間加工圧延中に耳割れが生じる場合がある。一方、加熱温度が1250℃超であると、加熱炉内で鋼片が変形したり、熱延時に疵が生じやすくなるという問題が生じる場合がある。
【0062】
上記加熱後、ステンレス素材を熱間圧延する。圧下率は、50%以下であることが好ましい。圧下率が50%より大きいと、圧延方向毎の組織形状の差異が助長され、圧延方向によらず均一な破面性状を得られない場合がある。
【0063】
熱間圧延は、複数パス行ってもよく、複数パス行う場合は、1パス当たりの圧下率は50%以下とする。
【0064】
圧延後のステンレス素材の巻取り温度は680℃以上である。フェライト相とオーステナイト相では、フェライト相の方が先に回復、再結晶が起こる。ステンレス素材の巻取り温度を高くすることで、巻取り時にフェライト相の回復が起こり、また、フェライト相の一部で再結晶が起こる。巻取り温度が680℃未満であると、フェライト相の回復が十分でなく、フェライト相およびオーステナイト相の双方を次工程の熱処理工程で回復、再結晶させる必要がある。その場合、熱処理工程でオーステナイト相を成長させて分断されたオーステナイト相を形成させるために、長時間の熱処理が必要となり、生産性が低下する。よって、巻き取り温度は680℃以上とする。一方、巻き取り温度の上限は、750℃であることが好ましい。巻取り温度が750℃を超えると、フェライト相の成長を招き、破断面率の著しい増加を招く恐れがある。
【0065】
[熱処理工程]
本工程では、熱間圧延工程後のステンレス素材を1050℃以上の温度で、30~60秒保持する熱処理を行う。
【0066】
熱処理温度は1050℃以上である。熱処理温度が1050℃未満であると、オーステナイト相の分断および球状化が不十分となる。よって、熱処理温度は1050℃以上である。一方、熱処理温度の上限は、1200℃であることが好ましい。熱処理温度が1200℃を超えると、フェライト相の成長を招き、破断面率の著しい増加を招く恐れがある。
【0067】
熱処理時間は、30~60秒である。熱処理時間が30秒未満であると、オーステナイト相の成長が不十分であり、分断されたオーステナイト相が形成されないため、好ましくない。一方、熱処理時間が60秒超であると、生産性が低下し、製造コストが増加するため好ましくない。よって、熱処理時間の上限は、60秒である。
【0068】
上記の製造方法で得られた二相ステンレス鋼板は、必要に応じて、さらに冷間圧延、熱処理、または酸洗を行ってもよい。これらの工程については特に制限されず、条件は適宜選択すれば良い。
【0069】
以上、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の製造方法について説明した。上記により、分断されたオーステナイト相が生成される。また、上記により、圧延方向に延びたオーステナイト相の板厚方向の長さが局所的に短くなったネック部分も生じる。また、破断の起点となるクラックの発生部分付近に分断されたフェライト相が存在しない場合でも、オーステナイト相に板厚方向の長さが局所的に短いネック部分に亀裂が進展しやすい。そのため、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の圧延方向加工面の性状は、板幅方向加工面の性状と似たものとなる。その結果、後工程において、せん断加工後の平滑化処理を圧延方向加工面と板幅方向加工面とで同一の条件で行うことが可能となり、製造コストが低減される。
【実施例
【0070】
以下に、実施例を示しながら、本発明の実施形態について、具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、本発明のあくまでも一例であって、本発明が、下記の例に限定されるものではない。
【0071】
(実施例1)
表2、3に示す化学成分を有するステンレス素材に対し、表4に示す条件で熱間圧延工程および熱処理工程を実施して、板厚が3.5mmtの試料を作製した。
【0072】
【表2】
【0073】
【表3】
【0074】
【表4】
【0075】
上記工程を経て得られた試料について、せん断クリアランスを9%として打ち抜き後の試料サイズを40mmφとする打ち抜き加工試験を行った。
【0076】
試料の圧延方向断面のミクロ組織を光学顕微鏡観察し、分断されたオーステナイト相の確認およびその面積率の算出を以下の方法で行った。すなわち、倍率を500倍とし、圧延方向断面の板厚方向中央部(二相ステンレス鋼板の板厚をtとしたとき、当該二相ステンレス鋼板の表面から板厚方向にt/2の位置)において3視野光学顕微鏡像を取得した。取得された光学顕微鏡像から分断されたオーステナイト相を特定し、分断されたオーステナイト相の長径および短径を測定する。(長径)×(短径)をその分断されたオーステナイト相の面積とし、視野中に存在する分断されたオーステナイト相の合計面積を算出した。光学顕微鏡像として取得された領域の面積に対する分断されたオーステナイト相の合計面積を一視野の分断されたオーステナイト相の面積率とし、取得された3視野の光学顕微鏡像について上記を行い、それぞれの光学顕微鏡像で求めた分断されたオーステナイト相の面積率からその平均値を求め、分断されたオーステナイト相の面積率とした。また、分断されたオーステナイト相の密度、フェライト相の面積率についても、上記光学顕微鏡像から算出した。
【0077】
せん断加工性の評価は、以下の方法で行った。圧延方向加工面における破断面の面積率に対する板幅方向加工面における破断面の面積率(圧延方向破断面積率/板幅方向破断面積率=破断面比)が0.85以上1.15未満であれば、後工程の平滑化処理を圧延方向加工面と板幅方向加工面とを同一の条件で行うことができる。なお、0.85未満では、圧延方向の破断面積率が不十分である。また、1.15以上では、圧延方向の破断面積率が過大である。いずれの場合も方向の均一化処理はされているとは言えず、後工程の煩雑化を招く。そのため、圧延方向加工面における破断面の面積率に対する板幅方向加工面における破断面の面積率が0.85以上1.15未満である場合をせん断加工性が良好であると評価した。評価結果を表5に示す。表5中、「面積率」は、圧延方向に平行な断面において、周囲に1μm以上の厚みを有するフェライト相が配された複数のオーステナイト相であって、圧延方向の長さに対する板厚方向の長さの比が0.1以上である複数のオーステナイト相の合計面積(分断されたオーステナイト相の面積率)である。
【0078】
【表5】
【0079】
得られた各鋼板の化学組成は、それぞれのステンレス鋼の素材の化学組成と実質的に同一であった。また、表2~5に示すように、本発明に係る二相ステンレス鋼板は、せん断加工性が良好であることが分かった。
【0080】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7