(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-07
(45)【発行日】2024-06-17
(54)【発明の名称】制御パラメータ決定方法
(51)【国際特許分類】
F16C 32/04 20060101AFI20240610BHJP
B23B 19/02 20060101ALI20240610BHJP
B23Q 17/00 20060101ALI20240610BHJP
B23Q 11/00 20060101ALN20240610BHJP
【FI】
F16C32/04 A
B23B19/02 B
B23Q17/00 A
B23Q11/00 A
(21)【出願番号】P 2020097347
(22)【出願日】2020-06-04
【審査請求日】2023-05-26
(73)【特許権者】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【氏名又は名称】末富 孝典
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100146916
【氏名又は名称】廣石 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】近藤 英二
【審査官】角田 貴章
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-089142(JP,A)
【文献】特開2004-132537(JP,A)
【文献】国際公開第2013/100099(WO,A1)
【文献】実開平03-120301(JP,U)
【文献】特開2019-095951(JP,A)
【文献】特開昭52-060492(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 1/00-25/06
B23Q 11/00-13/00
17/00-23/00
F16C 32/00-32/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端部が工作機械の主軸の先端部に連結され、かつ他端部で工具を保持する工具ホルダと、前記工具ホルダよりも透磁率が大きい強磁性体よりなり、前記工具ホルダの外面に装着された磁性装着体とを有する工具ホルダ構造体と、
間隙を介して前記磁性装着体とラジアル方向に対面する対面位置に支持されるコアと、前記コアに巻き付けられたコイルとを有し、前記コイルに電流が供給されることにより、前記磁性装着体をラジアル方向に引き付ける引力を生成する電磁石と、
前記工作機械の、前記主軸をラジアル方向に支持する基部に固定され、前記コアを前記対面位置に支持する支持部材と、
前記工具ホルダ構造体又は前記工具のラジアル方向の変位の検出結果を用いて、前記コイルに供給する電圧又は電流をフィードバック制御する制御装置と、
を備える磁気軸受けユニットの、前記フィードバック制御に用いられる制御パラメータを決定する制御パラメータ決定方法であって、
(A)前記工具ホルダ構造体の、前記主軸に対するラジアル方向への変位のしにくさを表す第1物理係数と、前記工具の、前記工具ホルダ構造体に対するラジアル方向への変位のしにくさを表す第2物理係数とを、実測により求めるステップと、
(B)前記主軸の前記先端部の端面から前記磁性装着体の位置までのスラスト方向の長さをL
1、前記磁性装着体の位置から前記工具の先端までのスラスト方向の長さをL
2としたとき、前記工具ホルダ構造体及び前記工具を、長さL
1の第1振り子に長さL
2の第2振り子が連結された二重振り子としてモデル化した場合の、前記第1物理係数及び前記第2物理係数を含む前記二重振り子の運動方程式を用いて、前記コイルに供給する電圧又は電流と、前記工具ホルダ構造体又は前記工具のラジアル方向の変位との関係を表し、かつL
1及びL
2に依存する制御対象伝達関数を特定するステップと、
(C)前記制御パラメータを含む調整部伝達関数であって、前記フィードバック制御を表す閉ループを前記制御対象伝達関数と共に構成する調整部伝達関数の前記制御パラメータを、前記制御対象伝達関数を用いて決定するステップと、
を含む、制御パラメータ決定方法。
【請求項2】
前記調整部伝達関数が、比例要素と微分要素とを含み、
前記制御パラメータには、前記比例要素及び前記微分要素のゲインが含まれる、
請求項
1に記載の制御パラメータ決定方法。
【請求項3】
前記制御対象伝達関数が、前記閉ループにおける前向き要素を構成し、
前記調整部伝達関数が、前記閉ループにおけるフィードバック要素を構成する、
請求項
1又は
2に記載の制御パラメータ決定方法。
【請求項4】
前記制御対象伝達関数が、前記コイルに供給する電圧又は電流と、前記工具ホルダ構造体のラジアル方向の変位との関係を表し、
前記ステップ(B)では、
前記コイルに供給する電圧又は電流と、前記工具のラジアル方向の変位との関係を表し、前記工具のラジアル方向の変位を観測するために用いられる観測用伝達関数を、前記運動方程式を用いてさらに特定する、
請求項
1から
3のいずれか1項に記載の制御パラメータ決定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械に付設される磁気軸受けユニットで行われる制御を実現するための制御パラメータ決定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に開示されるように、工具のびびり振動、工具の撓み等に起因する加工誤差を抑えるために、工作機械に付設される磁気軸受けが知られている。
【0003】
この磁気軸受けは、工作機械の主軸に装着される磁性部材と、その磁性部材と対面する位置に配置される電磁石と、その電磁石に供給される電流を、主軸のラジアル方向の変位に応じてフィードバック制御する制御装置とを備える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記磁気軸受けを備えない既存の工作機械において、主軸が磁性部材を装着できる程に筐体から露出していない場合は、主軸の、筐体に収まっている部分に、磁性部材を装着する必要がある。この場合、筐体を開ける作業が必要となる。また、筐体内の狭いスペースに磁性部材及び電磁石を設置する作業に手間を要する。そこで、既存の工作機械に簡単に付設できる磁気軸受けユニットが望まれる。
【0006】
また、上記フィードバック制御を行う制御装置を設計するには、磁性部材のラジアル方向の変位の動特性を表す制御対象伝達関数を予め同定しておく必要がある。本願発明者の研究によれば、従来の設計手法では、制御対象伝達関数を充分正確に同定できていないため、上記フィードバック制御に用いられる制御パラメータを最適な値に設定すること、ひいては、加工精度のさらなる向上を図ることついて、改善の余地があることが分かった。
【0007】
本発明の目的は、磁気軸受けユニットが付設される工作機械の加工精度の向上が図られる制御パラメータ決定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る制御パラメータ決定方法は、
一端部が工作機械の主軸の先端部に連結され、かつ他端部で工具を保持する工具ホルダと、前記工具ホルダよりも透磁率が大きい強磁性体よりなり、前記工具ホルダの外面に装着された磁性装着体とを有する工具ホルダ構造体と、
間隙を介して前記磁性装着体とラジアル方向に対面する対面位置に支持されるコアと、前記コアに巻き付けられたコイルとを有し、前記コイルに電流が供給されることにより、前記磁性装着体をラジアル方向に引き付ける引力を生成する電磁石と、
前記工作機械の、前記主軸をラジアル方向に支持する基部に固定され、前記コアを前記対面位置に支持する支持部材と、
前記工具ホルダ構造体又は前記工具のラジアル方向の変位の検出結果を用いて、前記コイルに供給する電圧又は電流をフィードバック制御する制御装置と、
を備える磁気軸受けユニットの、前記フィードバック制御に用いられる制御パラメータを決定する制御パラメータ決定方法であって、
(A)前記工具ホルダ構造体の、前記主軸に対するラジアル方向への変位のしにくさを表す第1物理係数と、前記工具の、前記工具ホルダ構造体に対するラジアル方向への変位のしにくさを表す第2物理係数とを、実測により求めるステップと、
(B)前記主軸の前記先端部の端面から前記磁性装着体の位置までのスラスト方向の長さをL1、前記磁性装着体の位置から前記工具の先端までのスラスト方向の長さをL2としたとき、前記工具ホルダ構造体及び前記工具を、長さL1の第1振り子に長さL2の第2振り子が連結された二重振り子としてモデル化した場合の、前記第1物理係数及び前記第2物理係数を含む前記二重振り子の運動方程式を用いて、前記コイルに供給する電圧又は電流と、前記工具ホルダ構造体又は前記工具のラジアル方向の変位との関係を表し、かつL1及びL2に依存する制御対象伝達関数を特定するステップと、
(C)前記制御パラメータを含む調整部伝達関数であって、前記フィードバック制御を表す閉ループを前記制御対象伝達関数と共に構成する調整部伝達関数の前記制御パラメータを、前記制御対象伝達関数を用いて決定するステップと、
を含む。
【0012】
前記調整部伝達関数が、比例要素と微分要素とを含み、
前記制御パラメータには、前記比例要素及び前記微分要素のゲインが含まれてもよい。
【0013】
前記制御対象伝達関数が、前記閉ループにおける前向き要素を構成し、
前記調整部伝達関数が、前記閉ループにおけるフィードバック要素を構成してもよい。
【0014】
前記制御対象伝達関数が、前記コイルに供給する電圧又は電流と、前記工具ホルダ構造体のラジアル方向の変位との関係を表し、
前記ステップ(B)では、
前記コイルに供給する電圧又は電流と、前記工具のラジアル方向の変位との関係を表し、前記工具のラジアル方向の変位を観測するために用いられる観測用伝達関数を、前記運動方程式を用いてさらに特定してもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る制御パラメータ決定方法によれば、工具及び工具ホルダ構造体を二重振り子としてモデル化した場合の運動方程式を用いることにより、制御対象伝達関数を従来よりも正確に同定できる。従って、制御対象伝達関数を用いて、調整部伝達関数に含まれる制御パラメータを従来よりも適切な値に設定できる。この結果、工作機械の加工精度の向上が図られる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】実施形態1に係る磁気軸受けユニットの構成を示す概念図。
【
図3】
図1のIII-III線の位置における断面図。
【
図4】実施形態2に係るX軸方向用制御装置の構成を示す概念図。
【
図5】実施形態3に係る制御パラメータ決定方法のフローチャート。
【
図6】実施形態3に係る工具ホルダ構造体のインパルス応答を示すグラフ。
【
図7】実施形態3に係る二重振り子の構成を示す概念図。
【
図8】実施形態3に係る制御対象伝達関数の周波数特性を示すボード線図。
【
図9】実施形態3に係る観測用伝達関数の周波数特性を示すボード線図。
【
図10】実施形態3に係るフィードバック制御を表すブロック線図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[実施形態1]
図1に示すように、本実施形態に係る磁気軸受けユニット100は、工作機械200に付設される。そこでまず、工作機械200の構成を説明する。工作機械200は、工具CTに回転トルクを伝える主軸(spindle)210と、主軸210を支持する主軸ヘッド(spindle head)220とを備える。
【0019】
以下、本明細書において“ラジアル方向”とは、主軸210の長さ方向に直角な方向を指し、“スラスト方向”とは、主軸210の長さ方向を指す。また、以下の説明の容易化のために、Z軸がスラスト方向に平行なXYZ直交座標系を定義する。
【0020】
主軸ヘッド220は、ラジアル軸受けとしてのベアリング230を介して、主軸210をラジアル方向に支持する基部の一例である。なお、主軸ヘッド220は、図示せぬスラスト軸受けを介して、主軸210をスラスト方向にも支持している。
【0021】
また、工作機械200は、加工対象物WPを保持するテーブル240も備える。テーブル240は、加工対象物WPを、主軸ヘッド220に対してX軸方向及びY軸方向に移動させることができる。主軸ヘッド220は、テーブル240に対してZ軸方向に移動可能である。
【0022】
次に、磁気軸受けユニット100の構成を説明する。磁気軸受けユニット100は、工具CTを保持する工具ホルダ構造体10を備える。
【0023】
工具ホルダ構造体10は、スラスト方向に延在する工具ホルダ11を有する。工具ホルダ11のスラスト方向の一端部11aは、主軸210の先端部211を構成する第1のチャックに、着脱可能に連結される。一方、工具ホルダ11のスラスト方向の他端部11bは、工具CTを着脱可能に保持する第2のチャックを構成している。つまり、工具ホルダ11は、他端部11bで工具CTを保持する。なお、工具ホルダ11には、市販のものを用いることができる。
【0024】
工具ホルダ11及び工具CTにラジアル方向の外力が作用していない中立状態においては、主軸210、工具ホルダ11、及び工具CTが、ラジアル方向に延びる共通の仮想中心線VL上に位置する。そして、主軸210の仮想中心線VLまわりのトルクが、工具ホルダ11を介して工具CTに伝達される。
【0025】
工具CTは、仮想中心線VLまわりに回転されることにより加工対象物WPを切削する切削工具、具体的には、エンドミルである。
【0026】
また、工具ホルダ構造体10は、工具ホルダ11の外面に装着された磁性装着体12を有する。磁性装着体12は、工具ホルダ11よりも透磁率が大きく、かつ工具ホルダ11よりも小さな残留磁化を示す強磁性体、具体的には、ケイ素鋼よりなる。
【0027】
磁性装着体12は、仮想中心線VLまわりの周方向に工具ホルダ11を取り囲む中空円筒状に形成されており、工具ホルダ11の外周面に密接している。磁性装着体12の、工具ホルダ11への装着の方法としては、キュリー温度未満の温度で加熱された状態の磁性装着体12に工具ホルダ11を嵌め込む焼き嵌めを用いてもよい。
【0028】
また、磁気軸受けユニット100は、磁性装着体12と磁気的に結合する電磁石20を備える。電磁石20は、間隙GPを介して磁性装着体12とラジアル方向に対面する位置(以下、対面位置という。)に支持されるコア21と、コア21に巻き付けられたコイル22とを有する。コイル22に電流が供給されることにより、磁性装着体12をラジアル方向の外方に引き付ける磁気的な引力をコア21が生成する。
【0029】
また、磁気軸受けユニット100は、工具ホルダ11に取り付けられたリング13を備える。リング13は、スラスト方向に磁性装着体12と並んで配置されている。具体的には、リング13は、スラスト方向に関して磁性装着体12よりも工具CTに近い位置において、工具ホルダ11の外周面に装着されている。リング13の外周面は、上記中立状態においてZ軸方向に平行である。
【0030】
また、磁気軸受けユニット100は、工具ホルダ11に取り付けられたカバー30を備える。カバー30は、スラスト方向に関して上述した間隙GPよりも工具CTに近い位置において、工具ホルダ11の外周面からラジアル方向の外方に、鍔状に張り出している。具体的には、カバー30は、スラスト方向に関して磁性装着体12及びリング13よりも工具CTに近い位置において、スラスト方向に関しリング13よりも外方に、鍔状に張り出している。このため、カバー30は、工具CTによって加工対象物WPが切削されることにより生じた切削屑の、間隙GPへの進入を阻止する役割を果たす。
【0031】
また、磁気軸受けユニット100は、工作機械200の主軸ヘッド220に固定される支持部材40を備える。支持部材40は、ボルト、溶接等の固定手段を用いて、主軸ヘッド220の、テーブル240に面する端面に取り付けられる。
【0032】
支持部材40は、主軸ヘッド220に固定された状態で、上述した対面位置にコア21を支持する。支持部材40は、仮想中心線VLまわりの周方向に工具ホルダ構造体10を取り囲む中空円筒状に形成されており、磁性装着体12に面する内面にコア21を保持している。
【0033】
図2に示すように、コア21には、磁性装着体12を介して互いにX軸方向に対向する位置に配置された第1コア21Xa及び第2コア21Xbと、磁性装着体12を介して互いにY軸方向に対向する位置に配置された第3コア21Ya及び第4コア21Ybとが含まれる。
【0034】
コイル22には、第1コア21Xaに巻き付けられた第1コイル22Xaと、第2コア21Xbに巻き付けられた第2コイル22Xbと、第3コア21Yaに巻き付けられた第3コイル22Yaと、第4コア21Ybに巻き付けられた第4コイル22Ybとが含まれる。
【0035】
電磁石20には、第1コア21Xaと第1コイル22Xaとで構成された第1電磁石20Xa、第2コア21Xbと第2コイル22Xbとで構成された第2電磁石20Xb、第3コア21Yaと第3コイル22Yaとで構成された第3電磁石20Ya、及び第4コア21Ybと第4コイル22Ybとで構成された第4電磁石20Ybが含まれる。
【0036】
なお、後の説明のために、第2電磁石20Xbから第1電磁石20Xaに向かう方向をX軸プラス方向、その反対向きをX軸マイナス方向と定義する。また、第4電磁石20Ybから第3電磁石20Yaに向かう方向をY軸プラス方向、その反対向きをY軸マイナス方向と定義する。
【0037】
図1に戻り、説明を続ける。磁気軸受けユニット100は、リング13の位置において工具ホルダ構造体10のラジアル方向の変位を検出する変位センサ50と、変位センサ50の検出結果を用いて、電磁石20によって生成される磁気的な引力を制御する制御装置60とをさらに備える。
【0038】
変位センサ50は、スラスト方向に関して電磁石20とカバー30との間の位置において、支持部材40の内面に取り付けられている。制御装置60は、支持部材40の外面、又は工作機械200、特に主軸ヘッド220に取り付けることができる。
【0039】
図3に示すように、変位センサ50には、工具ホルダ構造体10の、上記中立状態における位置(以下、中立位置という。)NPからのラジアル方向の変位のX軸方向成分(以下、X軸方向変位という。)ΔXを検出するX軸方向用変位センサ50Xと、その変位のY軸方向成分(以下、Y軸方向変位という。)ΔYを検出するY軸方向用変位センサ50Yとが含まれる。
【0040】
また、制御装置60には、X軸方向用変位センサ50Xの検出結果が入力されるX軸方向用制御装置60Xと、Y軸方向用変位センサ50Yの検出結果が入力されるY軸方向用制御装置60Yとが含まれる。
【0041】
X軸方向用制御装置60Xは、X軸方向用変位センサ50Xの検出結果を用いて、工具ホルダ構造体10のX軸方向変位ΔXが目標値に収束するように、
図2に示した第1コイル22Xa又は第2コイル22Xbに供給する電流をフィードバック制御する。
【0042】
具体的には、第1コイル22Xaに電流を供給すると、工具ホルダ構造体10に、磁性装着体12が第1電磁石20Xaに引き付けられる向き、即ちX軸プラス方向の引力FXを付与できる。また、第2コイル22Xbに電流を供給すると、工具ホルダ構造体10に、磁性装着体12が第2電磁石20Xbに引き付けられる向き、即ちX軸マイナス方向の引力FXを付与できる。いずれの場合も引力FXの大きさは、第1コイル22Xa、第2コイル22Xbに供給する電流の大きさで調整できる。
【0043】
そこで、X軸方向用制御装置60Xは、X軸方向変位ΔXが目標値に収束するように、引力FXの向きの、X軸プラス方向とX軸マイナス方向との間での切り換え、及び引力FXの大きさの調整を行う。
【0044】
一方、Y軸方向用制御装置60Yは、Y軸方向用変位センサ50Yの検出結果を用いて、工具ホルダ構造体10のY軸方向変位ΔYが目標値に収束するように、
図2に示した第3コイル22Ya又は第4コイル22Ybに供給する電流をフィードバック制御する。
【0045】
具体的には、第3コイル22Yaに電流を供給すると、工具ホルダ構造体10に、磁性装着体12が第3電磁石20Yaに引き付けられる向き、即ちY軸プラス方向の引力FYを付与できる。また、第4コイル22Ybに電流を供給すると、工具ホルダ構造体10に、磁性装着体12が第4電磁石20Ybに引き付けられる向き、即ちY軸マイナス方向の引力FYを付与できる。いずれの場合も引力FYの大きさは、第3コイル22Ya、第4コイル22Ybに供給する電流の大きさで調整できる。
【0046】
そこで、Y軸方向用制御装置60Yは、Y軸方向変位ΔYが目標値に収束するように、引力FYの向きの、Y軸プラス方向とY軸マイナス方向との間での切り換え、及び引力FYの大きさの調整を行う。
【0047】
Y軸方向用制御装置60Yによる制御は、X軸方向用制御装置60Xによる制御と同時に並行して行われる。それゆえ、工具ホルダ構造体10には、引力FXと引力FYとの合力Fが作用する。これにより、工具ホルダ構造体10の、XY仮想平面内における任意のラジアル方向の変位が目標値に近づけられる。
【0048】
従って、例えば目標値をゼロにすれば、工作機械200による加工中において、工具CT及び工具ホルダ構造体10の任意のラジアル方向のびびり振動、切削抵抗又は熱膨張に起因する工具CT及び工具ホルダ構造体10の任意のラジアル方向への撓み等が抑えられる。このため、工具CTによる加工対象物WPの加工の精度を向上できる。
【0049】
また、従来は、仕上げ加工に用いる比較的細長い工具CTを、仕上げ加工よりも切り込み深さが深い荒加工に用いると、びびり振動、撓み等が生じやすいので、荒加工には専ら太い工具CTが用いられていた。本実施形態によれば、細長い工具CTを荒加工に用いた場合であっても、びびり振動、撓み等が抑えられるので、細長い工具CTを、仕上げ加工のみならず荒加工にも適用できる。従って、荒加工から仕上げ加工への移行時に工具CTの取り換えが不要となるため、加工の能率を向上できる。
【0050】
次に、磁気軸受けユニット100の、工作機械200への付設の手順を述べる。
【0051】
まず、電磁石20及び変位センサ50が予め取り付けられた状態の支持部材40を、主軸ヘッド220に固定する。これにより、支持部材40と主軸ヘッド220とを一体の剛体とみなすことができる程に両部材が機械的に結合する。支持部材40の主軸ヘッド220への固定には、ボルト、溶接等の固定手段を用いる。必要に応じて、支持部材40と主軸ヘッド220とを結合させる結合具、具体的にはブラケットを用いてもよい。
【0052】
次に、工具ホルダ構造体10を、支持部材40に挿通させて、主軸210の先端部211に連結させる。なお、支持部材40の、テーブル240に面する端部は、カバー30が取り付けられた状態の工具ホルダ構造体10をスラスト方向に抜き差しできる程度に広く開放されている。その後、工具CTを工具ホルダ構造体10に取り付ける。
【0053】
なお、工具ホルダ構造体10を主軸210に連結させた後、X軸方向用変位センサ50XとY軸方向用変位センサ50Yとをゼロ点調整できる。即ち、上記中立状態で、X軸方向用変位センサ50Xの検出値を、工具ホルダ構造体10のX軸方向の変位がゼロであることを表すX軸方向用基準値として設定でき、かつY軸方向用変位センサ50Yの検出値を、工具ホルダ構造体10のY軸方向の変位がゼロであることを表すY軸方向用基準値として設定できる。
【0054】
以上説明したように、磁気軸受けユニット100は、支持部材40を工作機械200の主軸ヘッド220に固定し、かつ工具ホルダ構造体10を工作機械200の主軸210の先端部211に連結することにより、既存の工作機械200に簡単に付設できる。また、工具ホルダ構造体10は、市販の工具ホルダ11に、磁性装着体12、リング13、及びカバー30を取り付けることで容易に実現できる。
【0055】
[実施形態2]
上記実施形態1に係る構成に対し、上記フィードバック制御を実現するために制御装置60が時々刻々調整する状態変数を、加工の状態を観測するための観測用データとして用いてもよい。以下、その具体例を述べる。
【0056】
まず、上記状態変数の具体例を示すために、X軸方向用制御装置60Xの構成を述べる。なお、Y軸方向用制御装置60Yの構成は、X軸方向用制御装置60Xの構成と同様であるため、Y軸方向用制御装置60Yの構成については説明を省略する。
【0057】
図4に示すように、X軸方向用制御装置60Xは、X軸方向用変位センサ50Xの検出結果であるX軸方向変位ΔXを増幅するセンサ用アンプ61と、センサ用アンプ61によって増幅されたX軸方向変位ΔXが入力される制御部62とを有する。
【0058】
制御部62は、センサ用アンプ61の出力を用いて、第1コイル22Xa又は第2コイル22Xbに供給すべき電流の大きさを表す電流指令値を算出し、算出した電流指令値を表す電流指令値信号を出力する。
【0059】
なお、制御部62は、電流指令値を算出するために、X軸方向変位ΔXを表す物理量を第1コイル22Xa又は第2コイル22Xbに供給する電流又は電圧を表す物理量に変換する調整部伝達関数Gc(s)を用いる。このため、制御部62は、調整部伝達関数Gc(s)を表す調整部伝達関数情報TF1を記憶している。
【0060】
既述のとおり、X軸方向変位ΔXが工具ホルダ構造体10のX軸プラス方向の変位を表す場合は、第2コイル22Xbに電流を供給すべきであり、X軸方向変位ΔXが工具ホルダ構造体10のX軸マイナス方向の変位を表す場合には、第1コイル22Xaに電流を供給すべきである。
【0061】
制御部62が算出する電流指令値は、それがプラスの場合は、第1コイル22Xaに供給すべき電流の大きさを表し、それがマイナスの場合には、第2コイル22Xbに供給すべき電流の大きさを表す。
【0062】
また、X軸方向用制御装置60Xは、電流指令値に応じた大きさの電流を第1コイル22Xaに供給する第1コイル用アンプ64と、電流指令値に応じた大きさの電流を第2コイル22Xbに供給する第2コイル用アンプ65と、制御部62が出力した電流指令信号の出力先を、第1コイル用アンプ64と第2コイル用アンプ65との間で択一的に切り換えるスイッチ部63とを有する。
【0063】
スイッチ部63は、電流指令値がプラスの場合は、第1コイル用アンプ64に電流指令信号を出力し、電流指令値がマイナスの場合には、第2コイル用アンプ65に電流指令信号を出力する。
【0064】
次に、上述した観測用データを生成するための構成について説明する。
【0065】
本実施形態に係るX軸方向用制御装置60Xは、工具CTによる加工の状態を観測するための観測用データODとして、工具CTのラジアル方向の変位を表す時系列データを生成する観測用データ生成部66を有する。
【0066】
観測用データ生成部66は、制御部62が時々刻々調整する上記状態変数としての、第1コイル用アンプ64及び第2コイル用アンプ65の出力を用いて、観測用データODを生成する。
【0067】
制御部62がフィードバック制御を行っている最中、第1コイル用アンプ64及び第2コイル用アンプ65の出力の大きさは、工具CTのラジアル方向の変位に依存する。このため、第1コイル用アンプ64及び第2コイル用アンプ65の出力によって、工具CTのラジアル方向の変位を表す時系列データを生成できる。
【0068】
具体的には、観測用データ生成部66は、制御部62によって制御された第1コイル用アンプ64及び第2コイル用アンプ65の出力を、工具CTのラジアル方向の変位に換算することにより、観測用データODを生成する。
【0069】
観測用データ生成部66は、上記換算を行うために、第1コイル22Xa及び第2コイル22Xbに供給する電圧若しくは電流と、工具CTのラジアル方向の変位との関係を表す観測用伝達関数G2(s)を用いる。このため、観測用データ生成部66は、観測用伝達関数G2(s)を表す観測用伝達関数情報TF2を記憶している。
【0070】
また、観測用データ生成部66は、生成した観測用データODを外部のモニタ装置MTに出力する。これにより、モニタ装置MTにおいて、工具CTのラジアル方向の変位の時間変化をリアルタイムに観測することができる。
【0071】
図3に示したように、変位センサ50は、工具CTの変位ではなく、工具ホルダ構造体10の変位を計測する。それにも関わらず、以上説明したように観測用データ生成部66が観測用データODを生成するので、工具CTのラジアル方向の変位を把握できる。
【0072】
[実施形態3]
図4に示した制御部62を具体的に実現するには、調整部伝達関数情報TF1が表す調整部伝達関数G
c(s)を定める必要がある。また、観測用データ生成部66を具体的に実現するには、観測用伝達関数情報TF2が表す観測用伝達関数G
2(s)を定める必要がある。そこで、以下では、調整部伝達関数G
c(s)及び観測用伝達関数G
2(s)に含まれる制御パラメータを決定する制御パラメータ決定方法について述べる。
【0073】
図5に、本実施形態に係る制御パラメータ決定方法の手順を示す。以下、
図5に沿って説明する。
【0074】
(A1)工具ホルダ構造体10の変位のしにくさを表す第1物理係数の測定(ステップS1)
まず、工具ホルダ構造体10の、主軸210に対するラジアル方向への変位のしにくさを表す第1物理係数として、工具ホルダ構造体10の等価集中質量m1、等価減衰係数C1、及び等価ばね定数K1を実測により求める。
【0075】
図7を参照し、工具ホルダ構造体10の等価集中質量m
1、等価減衰係数C
1、及び等価ばね定数K
1の物理的意味を説明する。
図7に示すように、工具ホルダ構造体10を、主軸210を表す天面90に吊り下げられた第1振り子70としてモデル化する。
【0076】
第1振り子70は、上端が天面90に回動可能に支持された腕71と、腕71の下端に固定された質点72と、腕71のラジアル方向の揺動を妨げる態様で腕71と天面90との間に介在するばね73及びダッシュポット74とよりなる。ばね73とダッシュポット74は、並列に接続されている。
【0077】
工具ホルダ構造体10の等価集中質量m1、等価減衰係数C1、及び等価ばね定数K1とは、上述のように工具ホルダ構造体10を第1振り子70としてモデル化した場合の、第1振り子70の揺れにくさを表す定数である。即ち、等価集中質量m1とは、質点72の質量を表す。等価ばね定数K1とは、ばね73のバネ定数を表す。等価減衰係数C1とは、ダッシュポット74の減衰係数を表す。
【0078】
次に、等価ばね定数K1の測定方法を説明する。等価ばね定数K1は、一端部11aを主軸又は万力に保持させた状態の工具ホルダ構造体10の磁性装着体12の位置に、既知の大きさのラジアル荷重を付加し、それに伴う磁性装着体12の位置のラジアル方向の変位を実測することで求まる。即ち、ラジアル荷重と変位との間には比例関係が成立し、その比例係数が等価ばね定数K1である。
【0079】
次に、等価集中質量m1及び等価減衰係数C1の測定方法を説明する。等価集中質量m1及び等価減衰係数C1の測定には、工具ホルダ構造体10のインパルス応答を用いる。工具ホルダ構造体10のインパルス応答は、一端部11aを主軸又は万力に保持させた状態の工具ホルダ構造体10の磁性装着体12の位置にラジアル方向の撃力をハンマーで与え、それに伴う磁性装着体12の位置のラジアル方向の変位を実測することで得られる。
【0080】
図6に、そのインパルス応答をフーリエ変換したパワースペクトル波形を示す。このようなパワースペクトル波形が、実測により求まる。まず、パワースペクトル波形のピーク位置によって固有周波数f
nが特定される。
【0081】
すると、関係式、2πfn=(K1/m1)0.5に、既知のfn及びK1を代入することで、等価集中質量m1が求まる。
【0082】
次に、等価減衰係数C
1を求めるために、減衰比ζ
1を求める。減衰比ζ
1は、
図6に示すように、パワースペクトル波形の、ピークから3dB下がった点の周波数幅、又は半値幅をΔfとしたとき、関係式ζ
1=Δf/(2f
n)により求まる。
【0083】
すると、関係式、ζ1=C1/{2・(m1・K1)0.5}に、既知のζ1、m1、及びK1を代入することで、等価減衰係数C1が求まる。
【0084】
(A2)工具CTの変位のしにくさを表す第2物理係数の測定(ステップS2)
次に、工具CTの、工具ホルダ構造体10に対するラジアル方向への変位のしにくさを表す第2物理係数として、工具CTの等価集中質量m2、等価減衰係数C2、及び等価ばね定数K2を実測により求める。
【0085】
図7を参照し、工具CTの等価集中質量m
2、等価減衰係数C
2、及び等価ばね定数K
2の物理的意味を説明する。
図7に示すように、工具CTを第2振り子80としてモデル化する。第2振り子80は、第1振り子70の質点72に吊り下げられている。つまり、第2振り子80は第1振り子70と共に二重振り子DPを構成している。
【0086】
第2振り子80は、上端が質点72に回動可能に支持された腕81と、腕81の下端に固定された質点82と、腕81のラジアル方向の揺動を妨げる態様で腕81と腕71との間に介在するばね83及びダッシュポット84とよりなる。ばね83とダッシュポット84は、並列に接続されている。
【0087】
工具CTの等価集中質量m2、等価減衰係数C2、及び等価ばね定数K2とは、上述のように工具CTを第2振り子80としてモデル化した場合の、第2振り子80の揺れにくさを表す定数である。即ち、等価集中質量m2とは、質点82の質量を表す。等価ばね定数K2とは、ばね83のバネ定数を表す。等価減衰係数C2とは、ダッシュポット84の減衰係数を表す。
【0088】
工具CTの等価集中質量m2、等価減衰係数C2、及び等価ばね定数K2の具体的な測定方法は、工具ホルダ構造体10の等価集中質量m1、等価減衰係数C1、及び等価ばね定数K1の測定方法と同様であるため、詳細な説明は省略する。
【0089】
等価ばね定数K2は、工具ホルダ構造体10に保持される後端を万力に保持させた状態の工具CTの先端に、既知の大きさのラジアル荷重を付加し、それに伴う先端のラジアル方向の変位を実測することで求まる。
【0090】
等価集中質量m2及び等価減衰係数C2の測定には、工具CTのインパルス応答を用いる。工具CTのインパルス応答は、後端を万力に保持させた状態の工具CTの先端に、ラジアル方向の撃力をハンマーで与え、それに伴う先端のラジアル方向の変位を実測することで得られる。
【0091】
(B1)二重振り子DPの運動方程式の特定(ステップS3)
図7に示すように、第1振り子70の腕71の長さをL
1とする。L
1は、主軸210の先端部211の、テーブル240に面する端面から、磁性装着体12の重心の位置までのスラスト方向の長さを表す。L
1は実測により特定される。
【0092】
また、第2振り子80の腕81の長さをL2とする。L2は、磁性装着体12の重心の位置から工具CTの先端までのスラスト方向の長さを表す。L2も実測により特定される。
【0093】
以上により、工具ホルダ構造体10及び工具CTをモデル化した二重振り子DPを特徴付けるパラメータL1、K1、C1、m1、L2、K2、C2、及びm2の値が具体的に求まった。従って、これらのパラメータを含む、二重振り子DPの運動方程式を特定できる。
【0094】
質点72に作用するX軸方向の力を変数f1で表す。変数f1は、第1電磁石20Xa又は第2電磁石20Xbが、磁性装着体12を引き付ける引力FXを意味する。また、質点72の、仮想中心線VLからのX軸方向の変位を変数x1で表す。変数x1は、工具ホルダ構造体10のX軸方向の変位を意味する。
【0095】
また、質点82に作用するX軸方向の力を変数f2で表す。変数f2は、工具CTに作用する切削抵抗の、X軸方向成分を表す。また、質点82の、仮想中心線VLからのX軸方向の変位を変数x2で表す。変数x2は、工具CTのX軸方向の変位を意味する。
【0096】
なお、変数f1、x1、f2、x2は、正負の符号を有する。X軸プラス方向を正、X軸マイナス方向を負とする。また、表式の簡潔化のため、腕71と腕81との長さの比を表すパラメータとして、κ≡L2/L1を定義する。L1とL2が既知であるから、κも既知である。以上を踏まえ、二重振り子DPの運動方程式は、次のように書ける。
【0097】
【0098】
なお、上記運動方程式(1)は、次のように状態方程式として書き直すことができる。
【0099】
【0100】
(B2)コイル22の支配方程式の特定(ステップS4)
本実施形態では、調整部伝達関数及び観測用伝達関数として、制御対象(controlled object)である工具ホルダ構造体10及び工具CTの変位特性のみならず、操作部(actuator)である第1電磁石20Xa及び第2電磁石20Xbの動作特性も含む伝達関数を特定する。
【0101】
そのために、第1電磁石20Xa及び第2電磁石20Xbを構成する第1コイル22Xa及び第2コイル22Xbの各々の動作を表す支配方程式を特定する。
【0102】
第1コイル22Xaの支配方程式と、第2コイル22Xbの支配方程式とは同じであるため、以下では、第1コイル22Xaの支配方程式を述べる。第1コイル22Xaの支配方程式は次のように書ける。
【0103】
【0104】
ここで、変数iは、第1コイル22Xaに流れる電流を表す。第2コイル22Xbに流れる電流も変数iで表される。変数eは、第1コイル用アンプ64が第1コイル22Xaに印加する電圧を表す。第2コイル用アンプ65が第2コイル22Xbに印加する電圧も変数eで表される。
【0105】
パラメータLCは、第1コイル22Xaのインダクタンスである。第2コイル22Xbのインダクタンスも、第1コイル22Xaのインダクタンスと等しい。パラメータRCは、第1コイル22Xaの抵抗成分の大きさである。第2コイル22Xbの抵抗成分の大きさも、第1コイル22Xaの抵抗成分の大きさと等しい。
【0106】
支配方程式(3)の左辺の第3項は、磁性装着体12のX軸方向の変位に伴って第1コイル22Xaに生じる誘導起電力を表す。パラメータKeは、逆起電力係数と呼ばれる比例定数である。第2コイル22Xbに生じる誘導起電力も、支配方程式(3)の左辺の第3項と同じ形で表される。
【0107】
以上説明したパラメータLC、RC、及びKeは、公知の手法により実測で特定される。これにより、支配方程式(3)が変数i、e、及びx1を除いて、具体的に特定される。
【0108】
次に、変数iを状態ベクトルの要素とすることにより上記状態方程式(2)から変数f1にかかる項を見かけ上消去するために、変数iと変数f1との関係式を定める。次のように、X軸方向の力f1は、第1コイル22Xaに流れる電流iに比例すると、近似的にみなすことができる。
【0109】
【0110】
パラメータKfは、電磁力係数と呼ばれる比例定数であり、公知の手法により実測で特定される。
【0111】
(B3)合成系の状態方程式の定式化(ステップS5)
次に、第1コイル22Xaと二重振り子DPとよりなる合成系の状態方程式を定式化する。上式(2)に示す状態ベクトルzに電流iを新たに含めると、上式(3)及び(4)を用いて、合成系の状態方程式が次のように定式化される。
【0112】
【0113】
(B4)制御対象伝達関数の特定(ステップS6)
次に、上述した合成系の状態方程式(5)を用いて、第1コイル22Xa又は第2コイルXbに供給する電圧eと、工具ホルダ構造体10のX軸方向の変位x1との関係を表す制御対象伝達関数G1(s)を特定する。
【0114】
そのために、状態方程式(5)において、電圧eを入力、変位x1を出力と捉える。従って、出力方程式は、次のとおりである。
【0115】
【0116】
切削抵抗f2が無視できる場合の合成系の応答特性を調べるために、f2をゼロとおいて状態方程式(5)をラプラス変換すると、次式を得る。
【0117】
【0118】
但し、初期条件としてz(0)=0と置く。なお、これは状態方程式(5)に示す状態ベクトルのすべての要素のt=0における値をゼロと置くことを意味する。
【0119】
そして、出力方程式(6)をラプラス変換したものを式(7)に代入することにより、次のように、制御対象伝達関数G1(s)が特定される。
【0120】
【0121】
但し、Iは5×5の単位行列である。また、これまで説明したとおり、式(8)の最右辺に示す行列C1、A、及びB1の各々のすべての要素は既知である。以上で、行列C1、A、及びB1の要素、特にL1及びL2に依存する制御対象伝達関数G1(s)が具体的に特定された。
【0122】
図8は、制御対象伝達関数G
1(s)の周波数特性を表すボード線図である。
図8には、制御対象伝達関数G
1(s)から求めた周波数特性を示す値である同定値以外に、実際に第1コイル22Xa及び第2コイル22Xb並びに工具ホルダ構造体10の周波数応答を計測した値である実測値も示している。同定値が実測値とよく近似しており、制御対象伝達関数G
1(s)の特定方法の妥当性、特に
図7に示した物理モデルの妥当性が確認された。
【0123】
なお、後述するように、以上のようにして特定した制御対象伝達関数G1(s)は、既述の調整部伝達関数Gc(s)に含まれる制御パラメータを決定するために用いられる。
【0124】
(B5)観測用伝達関数の特定(ステップS7)
図4に示した観測用伝達関数情報TF2が表す観測用伝達関数G
2(s)も、上述した合成系の状態方程式(5)を用いて特定することができる。観測用伝達関数G
2(s)は、第1コイル22Xa又は第2コイル22Xbに供給する電圧eを、工具CTのX軸方向の変位x
1に変換する。従って、出力方程式は、次のとおりとなる。
【0125】
【0126】
出力方程式(9)をラプラス変換したものを上式(7)に代入することにより、次のように、観測用伝達関数G2(s)が特定される。
【0127】
【0128】
以上で、行列C1、A、及びB1の要素、特にL1及びL2に依存する観測用伝達関数G2(s)が具体的に特定された。
【0129】
図9は、観測用伝達関数G
2(s)の周波数特性を表すボード線図である。
図9には、観測用伝達関数G
2(s)から求めた周波数特性を示す値である同定値以外に、実際に第1コイル22Xa及び第2コイル22Xb並びに工具ホルダ構造体10及び工具CTの周波数応答を計測した値である実測値も示している。同定値が実測値とよく近似しており、観測用伝達関数G
2(s)の特定方法の妥当性、特に
図7に示した物理モデルの妥当性が確認された。
【0130】
なお、以上のようにして特定された観測用伝達関数G
2は、
図4に示した観測用伝達関数情報TF2として、観測用データ生成部66のメモリに書き込まれる。
【0131】
(C)調整部伝達関数G
c(s)に含まれる制御パラメータの決定(ステップS8)
図4に示した調整部伝達関数情報TF1が表す調整部伝達関数G
c(s)を、上式(8)として特定した制御対象伝達関数G
1(s)を用いて特定する。以下、G
1(s)とG
c(s)との関係を明示するために、ブロック線図を用いて説明する。
【0132】
図10に、制御部62が行うフィードバック制御を表すブロック線
図300を示す。このブロック線
図300は、X軸方向用変位センサ50Xの機能を表す第1伝達要素310と、第1伝達要素310の後段に配置され、センサ用アンプ61の機能を表す第2伝達要素320とを有する。第1伝達要素310はゲインHで表され、第2伝達要素320はゲインK
Sで表される。ゲインH及びK
Sの値は、既知である。
【0133】
また、ブロック線
図300は、第1コイル用アンプ64又は第2コイル用アンプ65の機能を表す第3伝達要素330と、第3伝達要素330の後段に配置され、第1電磁石20Xa又は第2電磁石20Xbと工具ホルダ構造体10との動特性を表す第4伝達要素340とを有する。
【0134】
第3伝達要素330及び第4伝達要素340は、フィードバック制御を表す閉ループにおける前向き要素を構成している。
【0135】
第3伝達要素330はゲインKiで表される。ゲインKiの値は、既知である。また、第4伝達要素340が、上述した制御対象伝達関数G1(s)として記述される。従って、制御対象伝達関数G1(s)も既知である。
【0136】
また、ブロック線
図300は、第2伝達要素320の後段に配置され、センサ用アンプ61の出力を第1コイル22Xa又は第2コイル22Xbに供給すべき電圧に変換する機能を表す第5伝達要素350と、第1コイル22Xa又は第2コイル22Xbに供給すべき電圧の目標値を定める機能を表す第6伝達要素360と、第6伝達要素360の出力から第5伝達要素350の出力を減じ、減じた結果を第3伝達要素330に出力する加え合わせ点370とを有する。
【0137】
第1伝達要素310、第2伝達要素320、及び第5伝達要素350は、フィードバック制御を表す閉ループにおけるフィードバック要素を構成している。
【0138】
第5伝達要素350、第6伝達要素360、及び加え合わせ点370は、
図4に示した制御部62の機能を表す。即ち、制御部62は、第5伝達要素350を実現する調整部62aと、第6伝達要素360を実現する目標値設定部62bと、加え合わせ点370を実現する比較部62cとを有する。
【0139】
調整部62aの機能を表す第5伝達要素350が、上述した調整部伝達関数Gc(s)として記述される。調整部伝達関数Gc(s)は、一例として、次式のように、比例要素KPと、微分要素KDsとからなるものと仮定する。
【0140】
【0141】
いま、比例ゲインKPと微分ゲインKDは、未知数である。これらゲインKP及びKDを上述した制御パラメータとして決定する。
【0142】
そのために、コンピュータを用いて、
図10に示すブロック線
図300を構成した状態で、ゲインK
P及びK
Dの値をチューニングしながら、望ましい制御特性が得られるように、ゲインK
P及びK
Dの値を決定する。その決定手法としては、限界感度法を用いることができる。その具体的手法自体は公知であるため、説明を省略する。
【0143】
従来は、第4伝達要素340を記述する制御対象伝達関数G1(s)を正確に同定することができていなかった。このため、たとえ限界感度法を用いたとしても、制御パラメータとしてのゲインKP及びKDを最適な値に設定すること、ひいては、加工精度のさらなる向上を図ることが困難であった。
【0144】
これに対し、本実施形態によれば、既述のように、工具CT及び工具ホルダ構造体10を二重振り子DPとしてモデル化した場合の運動方程式(1)を用いることにより、制御対象伝達関数G
1(s)を従来よりも正確に同定できる。なお、同定の正確さは、
図8に示したとおりである。
【0145】
このため、正確に同定された制御対象伝達関数G1(s)を用いて、調整部伝達関数Gc(s)のゲインKP及びKDを従来よりも適切な値に設定できる。そして、この結果、工作機械200の加工精度の向上が図られる。
【0146】
なお、
図10には、上述の観測用伝達関数G
2(s)で記述される第7伝達要素380も付記した。第7伝達要素380は、第3伝達要素330の後段において、第4伝達要素340と並列に配置される。第7伝達要素380は、
図4に示した観測用データ生成部66によって実現される。
【0147】
本実施形態によれば、既述のように、運動方程式(1)を用いることにより、観測用伝達関数G
2(s)を従来よりも正確に同定できる。同定の正確さは、
図9に示したとおりである。このため、観測用データ生成部66によれば、正確に同定された観測用達関数G
2(s)を用いて、工具CTの変位を従来よりも正確に観測できる。
【0148】
以上、X軸方向用制御装置60Xを実現するための具体的手法を述べた。Y軸方向用制御装置60YもX軸方向用制御装置60Xと同様にして実現できることは、当業者に理解できるであろう。
【0149】
以上、実施形態1-3について説明した。以下に述べる変形も可能である。
【0150】
図1には、変位センサ50を示したが、変位センサ50は、磁気軸受けユニット100において必須ではない。工作機械200が、工具ホルダ構造体10のラジアル方向の変位と等価とみなせる物理量、具体的には、主軸210のラジアル方向の変位を検出する機能、又は工具CTのラジアル方向の変位を検出する機能を元々備える場合もある。その場合、制御装置60は、それらの検出結果を工作機械200から取得し、取得した検出結果を用いてフィードバック制御を行ってもよい。
【0151】
図4の説明においては、観測用データ生成部66が、観測用伝達関数G
2(s)を用いて観測用データODを生成すると述べた。しかし、観測用データ生成部66は、観測用伝達関数G
2(s)に代えて、これと等価な関数、具体的には、観測用伝達関数を逆ラプラス変換した時間関数、その時間関数をフーリエ変換した周波数伝達関数等を用いて、観測用データODを生成してもよい。
【0152】
上式(4)には、X軸方向の力f
1が、第1コイル22Xaに流れる電流iに比例する近似式を例示した。この近似式をより妥当なものとするため、
図4に示した第1コイル用アンプ64及び第2コイル用アンプ65の各々が、制御部62によって出力される電流指令値と、工具ホルダ構造体10のラジアル方向の変位との間の線形性を高める補正を行ってもよい。具体的には、第1コイル用アンプ64及び第2コイル用アンプ65の各々は、スイッチ部63から得た電流指令値に応じた電流値に、予め定められたバイアス電流値を足し算又は引き算する機能を備えてもよい。
【0153】
上式(11)には、調整部62aがPD制御を行う場合の調整部伝達関数Gc(s)を例示した。調整部伝達関数Gc(s)は、必ずしも比例要素及び微分要素よりなる必要はなく、比例要素、微分要素、及び積分要素から選択される少なくとも1つの要素よりなるものであってもよい。
【0154】
制御パラメータの概念は、比例要素のゲイン及び微分要素のゲインに限られない。制御パラメータとして、微分要素の微分時間、積分要素のゲイン、積分要素の積分時間等を決定してもよい。また、制御パラメータを決定する手法は、限界感度法に限られない。1/4減衰法、Ziegler and Nicholsの調整則、高橋の調整則、Hazebroek and Waerdenの調整則、Wolfeの調整則、北森の方法等を用いてもよい。
【符号の説明】
【0155】
10…工具ホルダ構造体、
11…工具ホルダ、
11a…一端部、
11b…他端部、
12…磁性装着体、
13…リング、
20…電磁石、
20Xa…第1電磁石、
20Xb…第2電磁石、
20Ya…第3電磁石、
20Yb…第4電磁石、
21…コア、
21Xa…第1コア、
21Xb…第2コア、
21Ya…第3コア、
21Yb…第4コア、
22…コイル、
22Xa…第1コイル、
22Xb…第2コイル、
22Ya…第3コイル、
22Yb…第4コイル、
30…カバー、
40…支持部材、
50…変位センサ、
50X…X軸方向用変位センサ、
50Y…Y軸方向用変位センサ、
60…制御装置、
60X…X軸方向用制御装置、
60Y…Y軸方向用制御装置、
61…センサ用アンプ、
62…制御部、
62a…調整部、
62b…目標値設定部、
62c…比較部、
63…スイッチ部、
64…第1コイル用アンプ、
65…第2コイル用アンプ、
66…観測用データ生成部、
70…第1振り子、
71…腕、
72…質点、
73…ばね、
74…ダッシュポット、
80…第2振り子、
81…腕、
82…質点、
83…ばね、
84…ダッシュポット、
90…天面、
100…磁気軸受けユニット、
200…工作機械、
210…主軸、
211…先端部、
220…主軸ヘッド(基部)、
230…ベアリング、
240…テーブル、
300…ブロック線図、
310…第1伝達要素、
320…第2伝達要素、
330…第3伝達要素、
340…第4伝達要素、
350…第5伝達要素、
360…第6伝達要素、
370…加え合わせ点、
380…第7伝達要素、
CT…工具、
DP…二重振り子、
GP…間隙、
MT…モニタ装置、
NP…中立位置、
OD…観測用データ、
TF1…調整部伝達関数情報、
TF2…観測用伝達関数情報、
VL…仮想中心線、
WP…加工対象物。