(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-07
(45)【発行日】2024-06-17
(54)【発明の名称】細胞含有医薬組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 35/15 20150101AFI20240610BHJP
A61K 9/10 20060101ALI20240610BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20240610BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20240610BHJP
【FI】
A61K35/15
A61K9/10
A61P29/00
A61P37/06
(21)【出願番号】P 2021541368
(86)(22)【出願日】2019-08-19
(86)【国際出願番号】 JP2019032322
(87)【国際公開番号】W WO2021033247
(87)【国際公開日】2021-02-25
【審査請求日】2022-08-18
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年8月20日 http://dx.doi.org/10.1101/396101 を通じて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年11月28日 https://doi.org/10.1371/journal.pone.0203244 を通じて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】318005955
【氏名又は名称】セルアクシア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】浅原 孝之
(72)【発明者】
【氏名】サルベコフ、アマンケルディ エー.
(72)【発明者】
【氏名】関 誠
【審査官】長谷川 茜
(56)【参考文献】
【文献】特許第6372782(JP,B2)
【文献】CHENG Z. et al.,Bone marrow-derived innate macrophages attenuate oxazolone-induced colitis.,Cellular Immunology,2017年,Vol.311,p.46-53
【文献】MASUDA H. et al.,J. Am. Heart Assoc.,2014年,Vol.3,e000743
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00-35/768
C12N 5/00- 5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
M2マクロファージが富化された細胞集団と医薬上許容され得る担体とを含有する血管内に直接細胞懸濁液を投与する為の医薬組成物であって、M2マクロファージの富化が、体液由来の単核球を、無血清培地中、培地交換及び継代もせずに培養することによって為され
、全身投与された場合に障害/炎症部位に集積することを特徴とする、医薬組成物
、ここで該M2マクロファージが富化された細胞集団は、該細胞集団におけるM2マクロファージの割合が7%以上、M1マクロファージの割合が10%未満であり、さらに抗炎症性のTh2細胞及び/又は制御性T細胞を含む。
【請求項2】
細胞集団が下記特徴を有する、請求項
1に記載の医薬組成物
:
全身投与された場合に肺にトラップされ
にくく、単核球由来である。
【請求項3】
炎症性疾患の予防及び/又は治療用である、請求項1
又は2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
炎症性疾患が自己免疫疾患によるものである、請求項
3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
体液由来の単核球を、無血清培地中、培地交換及び継代もせずに培養することによってM2マクロファージが富化された細胞集団を得る工程、及び
得られた細胞集団と医薬上許容され得る担体とを混合する工程
を含む、血管内に直接細胞懸濁液を投与する為の医薬組成物を製造する方法であって、
該M2マクロファージが富化された細胞集団が、該細胞集団中のM2マクロファージの割合が7%以上、M1マクロファージの割合が10%未満であり、さらに抗炎症性のTh2細胞及び/又は制御性T細胞を含む細胞集団である、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、病変部位に集積する細胞集団を含有する組成物に関する。より詳細には、M2マクロファージが富化された細胞集団を含有し、全身投与により抗炎症効果を発揮する細胞含有医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞を患者に移植することによって、機能や形態の異常を補完し、病気を治療する再生医療技術が着目されている。免疫抑制作用や抗炎症作用を持つ細胞として知られている間葉系幹細胞(MSC)は、全身投与すると肺や肝臓、脾臓に細胞が集積するため、全身投与しても障害部位にリクルートされない(特許文献1、非特許文献1)。また、生体から単離されたMSCは、遊走能を失った細胞が混在する場合、培養によって遊走能を失う場合がある。
これらの問題を解決した細胞としてMUSE細胞(特許文献2、非特許文献2)やREC細胞(特許文献3、非特許文献3)が知られているが、MUSE細胞やREC細胞はMSCから特定のマーカーを持つ細胞を分離することによって得るため、MSCからのソーティング、増殖培養という複雑な工程を経る必要がある。
【0003】
一方、再生に関与する細胞(血管内皮前駆細胞(EPC)、抗炎症性マクロファージ、T細胞)を増加させる為の培養技術が虚血性疾患に対する幹細胞治療として提唱されている(特許文献4、非特許文献4、5)。該培養技術では、ナイーブな末梢血の炎症性細胞となり得る細胞(単球とタイプ1マクロファージ、M1)が、抗炎症性の性質を持つ細胞(タイプ2マクロファージ、M2)にコンバートされ、細胞障害性T細胞とナチュラルキラー(NK)細胞の減少により免疫抑制性のヘルパーT細胞のサブセットである制御性T細胞が増加し、広範な組織の再生に寄与する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】WO2016/161462
【文献】WO2014/027684
【文献】WO2016/017795
【文献】WO2014/051154
【非特許文献】
【0005】
【文献】Fischer UM, et al., Stem Cells Dev.2009; 18(5):683-92.
【文献】Morikawa S., J. Exp. Med. 2009; 206(11):2483-2496.
【文献】Mabuti Y., et al., Stem cell Reports. 2013; 1:152-165
【文献】Masuda H., et al., Stem cells Translational Medicine. 2012; 1:160-171
【文献】Masuda H., et al., Journal of the American Heart Association. 2014; e3
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、全身投与した際に肺にトラップされず、障害部位に遊走される細胞に富んだ細胞集団と医薬上許容し得る担体とを含む医薬組成物、特に抗炎症用医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題に鑑み、鋭意研究を重ね、体液由来の単核球を、無血清培養下で培地交換も継代もせず培養することによって得られた細胞集団がM2マクロファージに富み、肺にトラップされにくく、また障害部位に集積する能力を有することを見出した。かかる細胞集団の幾つかの特性に関する知見を得て、本発明を完成するに至った。即ち、本発明は以下の通りである。
[1]M2マクロファージが富化された細胞集団と医薬上許容され得る担体とを含有する、医薬組成物。
[2]細胞集団におけるM2マクロファージの割合が7%以上である、上記[1]記載の医薬組成物。
[3]細胞集団におけるM1マクロファージの割合が10%未満である、上記[1]又は[2]記載の医薬組成物。
[4]M2マクロファージの富化が、体液由来の単核球を、無血清培地中、培地交換及び継代もせずに培養することによって為されることを特徴とする、上記[1]~[3]のいずれかに記載の医薬組成物。
[5]全身投与用である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の医薬組成物。
[6]細胞集団が下記特徴を有する、上記[1]~[5]のいずれかに記載の医薬組成物:
(1)全身投与された場合に肺にトラップされない、
(2)障害/炎症部位に集積する、及び
(3)単核球由来である。
[7]炎症性疾患の予防及び/又は治療用である、上記[1]~[6]のいずれかに記載の医薬組成物。
[8]炎症性疾患が自己免疫疾患によるものである、上記[7]記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明の医薬組成物は、M2マクロファージが富化された細胞集団を含有し、全身投与された場合に肺にトラップされず、障害/炎症部位に集積する。従って、本発明の医薬組成物は、治療に十分な数の抗炎症作用を有する細胞を、標的となる炎症又は組織損傷部位に移行させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の細胞集団のフローサイトメトリー解析の結果を示す図である。培養前のラットPBMC細胞懸濁液(Rat Fresh PBMC)、E培養後のラットPBMC細胞懸濁液(Rat E conditioned PBMC)について調べた。リンパ球サイズの細胞(A)、単球サイズの細胞(B)、マクロファージサイズの細胞集団(C)を全生存細胞画分からゲートした。
【
図2】E培養後の細胞集団(M2リッチMNC)ではM2マクロファージが富化されていることを示したグラフである。PBMC細胞懸濁液(PBMC)中の多くが炎症性の単球/マクロファージ(左側:CD68陽性の細胞、右側:CD11b陽性/CD11c陽性/CD163陰性の細胞)であることを示した(A)。E培養後、M2マクロファージの割合が急激に増加した(B)(各群でn=6)。統計的有意差の検出にはMann-Whitney testを用いた。結果は平均±標準偏差で示した。
【
図3】フローサイトメトリー解析の結果を示す図である。
【
図4】PBMCとM2リッチMNCにおけるTリンパ球の存在割合を示したグラフである(各群でn=6)。統計的有意差の検出にはMann-Whitney testを用いた。結果は平均±標準偏差で示した。
【
図5】PBMCとM2リッチMNCにおけるCD8陽性である細胞障害性T細胞の割合を示したグラフである(各群でn=6)。統計的有意差の検出にはMann-Whitney testを用いた。結果は平均±標準偏差で示した。
【
図6】M2リッチMNCが心筋梗塞組織に生着したことを示す図である。A)梗塞部位周囲に取り込まれたeGFP陽性のM2リッチMNCを免疫組織化学的に追跡した代表的な染色画像である。B)梗塞部位では、組織に生着したeGFP陽性の細胞数の顕著な増加が観察された。しかしながら、C)PBMC投与群では観察されなかった。ほとんどのeGFP陽性PBMCは脾臓(D)及び肺組織(E)でトラップされていた。スケールバー:20μm(A)と40μm(B)。統計的有意差の検出にはMann-Whitney testを用いた。結果は平均±標準偏差で示した。
【
図7】心筋梗塞から28日後のM2リッチMNC投与群、PBMC投与群、コントロール群、Sham-operated群でのラット心組織のピクロシリウスレッド染色の代表的な染色図を示す(A、D)。B及びCは、M2リッチMNC投与群では左心室の梗塞部位の面積と心室壁の厚さが保たれていたのに対して、PBMC投与群とコントロール群では室壁の薄化と共に梗塞部位の面積が広がっていたことを示す。Eは間質性線維症の割合を示す。統計的有意差は2-way ANOVAとポストホックTurkey's他群比較テストで行った。結果は平均±標準偏差で示した。
【
図8】M2リッチMNCが梗塞部位において血管新生と動脈新生を促進したことを示す図である。境界領域と梗塞部位を含む6つのランダムに得られた20倍で撮影された部位で平均の血管形成を評価した。A)M2リッチMNC群では、統計的に機能的な微小血管の密度が増加し、B)1平方ミリメートルあたりのαSMAで染色された小動脈が観察されたが、PBMC投与群とコントロール群では密度の増加も小動脈の形成も観察されなかった。C)免疫組織化学から、E培養条件ではeGFPを発現したCD31陽性細胞は、ホストの組織の中で管の長さを伸長させた。D)共焦点顕微鏡画像のZ軸方向への3次元再構築で得られた、M2リッチMNC投与群とPBMC投与群、コントロール群の梗塞部位でのIsolectin B4とαSMAの代表的な染色画像。E)心筋梗塞誘発6日後の梗塞部位組織における、angpt1、angpt2、及びpecam1といった血管新生に係る遺伝子の相対的な発現(全ての値は対数表示)。スケールバー:20μm。統計的有意差はクラスカル-ウォリスとポストホックDunn's他群比較テストで行った。結果は平均±標準偏差で示した。
【
図9】M2リッチMNC投与群(細胞投与群1)及び無処置群(無処置群1、無処置群2)の唾液腺標本の連続切片についてHE染色を行い、画像解析ソフトを利用して、唾液腺組織におけるリンパ球浸潤部分の面積を測定して比較した結果を示すグラフである。結果は平均±標準偏差で示した。(細胞投与群1:n=3、無処置群1:n=5、無処置群2:n=5)。
【
図10】E培養後の細胞集団(M2リッチMNC)ではM2マクロファージが富化されていることを示したグラフである。実験は6回実施(実験1~6)し、いずれの場合もE培養により、M2マクロファージの割合が増加した。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、全身投与した際に肺にトラップされず、障害/炎症部位に遊走され、集積する細胞集団(以下、本発明の細胞集団とも称する)と医薬上許容し得る担体とを含む医薬組成物(以下、本発明の医薬組成物とも称する)を提供する。
本発明の細胞集団は、体液由来の単核球を、無血清培養下で培地交換も継代もせず培養することによって得られる、M2マクロファージが富化された細胞集団である。従って、本発明の細胞集団は単核球由来である。体液としては、末梢血、骨髄液及び臍帯血が例示される。単核球とは、末梢血、骨髄または臍帯血等に含まれる白血球のうち、円形に近い核を有するもの、もしくは白血球のうち顆粒球を除いたものをいう。動物から体液(末梢血、骨髄または臍帯血)を採取し、それを例えば密度勾配遠心法に付して該画分を抽出することにより単核球画分が得られる。密度勾配遠心法としては、単核球画分が形成されれば特に限定されないがヒトの場合はHistopaque-1077、ラットおよびマウスの場合はHistopaque-1083 (Sigma-Aldrich)などが用いられる。
【0011】
本発明の細胞集団が由来する動物種は、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、イヌ、ネコ、サル、ウサギ、ウシ、ウマ、ブタなどが挙げられる。好ましくはヒトである。細胞が由来する個体の年齢は特に限定されず、成人であっても小児であっても胎児であってもよい。
【0012】
本発明における単核球の培養は、単核球を含有する細胞懸濁液をサイトカイン等の因子を添加した培地中で実施される。細胞懸濁液としてはまた、単核球を含有する体液自体(例えば、骨髄液、臍帯血、末梢血)を用いることもできる。単核球の培養条件は特に限定されず、通常当分野で実施される条件で実施することができる。例えば、各種因子を添加した、以下の培養条件が挙げられる。
【0013】
幹細胞因子(Stem cell factor;SCF;S)、インターロイキン6(Interleukin-6;IL-6;I)、FMS様チロシンキナーゼ3リガンド(FMS-like tyrosine kinase 3 ligand;FLT-3L;F)、トロンボポエチン(Thrombopoietin;TPO;T)及び血管内皮細胞増殖因子(Vascular endopoietin;VEGF;V)より選択される1又は2以上の因子、好ましくは3以上の因子、より好ましくは4以上の因子の存在下での培養。
【0014】
本発明で用いられるSCFは、248個のアミノ酸からなる分子量約30,000の糖タンパク質である。選択的スプライシングにより可溶型と膜結合型が存在するが、本発明で用いるSCFはEPC等の培養に有用である限りいずれのタイプのSCFでもよい。好ましくは可溶型である。SCFの由来等は特に限定されないが、安定した供給が見込まれる組換え体が好ましく、特に好ましくはヒト組換え体である。商業的に入手可能なものが知られている。無血清培地中のSCFの濃度は、用いるSCFの種類によっても異なり、単核球の培養に有用である限り特に限定されないが、例えば10~1000ng/mLである。
【0015】
本発明で用いられるIL-6は、B細胞の抗体産生細胞への最終分化を誘導する因子として単離された分子量21万の糖タンパク質であり、免疫応答、造血系や神経系細胞の増殖分化、急性期反応等に関与することが知られている。本発明で用いるIL-6は適宜選択されるが、単核球の培養に用いる場合には、ヒトIL-6が好ましく、安定した供給が見込まれる組換え体が特に好ましい。商業的に入手可能なものが知られている。無血清培地中のIL-6の濃度は、用いるIL-6の種類によっても異なり、単核球の培養に有用である限り特に限定されないが、例えば1~500ng/mLである。
【0016】
本発明で用いられるFLT-3Lは、初期造血制御において重要な役目を担う受容体型チロシンキナーゼのリガンドとして知られている。いくつかの選択的スプライシングによる産物が知られているが、造血系幹細胞の増殖を刺激するという報告がある。本発明で用いるFLT-3Lは、単球等の培養に有用である限り、いずれのタイプのFLT-3Lであってもよい。商業的に入手可能なものが知られている。無血清培地中のFLT-3Lの濃度は、用いるFLT-3Lの種類によっても異なり、単核球の培養に有用である限り特に限定されないが、例えば10~1000ng/mLである。
【0017】
本発明で用いられるTPOは、造血系サイトカインの一種であり、造血幹細胞から巨核球が作られる過程に特異的に作用し、巨核球の産生を促進することが知られている。本発明で用いるTPOの由来等は特に限定されないが、安定した供給が見込まれる組換え体が好ましく、特に好ましくはヒト組換え体である。商業的に入手可能なものが知られている。無血清培地中のTPOの濃度は、用いるTPOの種類によっても異なり、単核球の培養に有用である限り特に限定されないが、例えば1~500ng/mLである。
【0018】
本発明で用いられ得るVEGFは、血管内皮前駆細胞(EPC)に特異的に作用する増殖因子であり、主に血管周囲の細胞で産生されることが知られている。EPCは単核球画分中に存在する。選択的スプライシングによってサイズの異なる数種のVEGFタンパク質が産生され、いずれのタイプのVEGFでもよい。好ましくはVEGF165である。VEGFの由来等は特に限定されないが、安定した供給が見込まれる組換え体が好ましく、特に好ましくはヒト組換え体である。商業的に入手可能なものが知られている。無血清培地中のVEGFの濃度は、用いるVEGFの種類によっても異なり、単核球の培養に有用である限り特に限定されないが、例えば5~500ng/mLである。
【0019】
具体的には、以下の因子の組合せの存在下での培養が挙げられる。
S、I、F、T、V;
SI、SF、ST、SV、IF、IT、IV、FT、FV、TV;
SIF、SIT、SIV、SFT、SFV、STV、IFT、IFV、ITV、FTV;
SIFT、SITV、SIFV、SFTV、IFTV;
SIFTV。
【0020】
好ましくは、以下の因子の組合せの存在下での培養が挙げられる。
SIF、SIT、SIV、SFT、SFV、STV、IFT、IFV、ITV、FTV。
【0021】
より好ましくは、以下の因子の組合せの存在下での培養が挙げられる。
SIFT、SITV、SIFV、SFTV、IFTV。
【0022】
単核球の培地中の濃度は、培養によりM2マクロファージが富化された細胞集団が得られる限り特に限定されないが、例えば約0.5~10×106細胞/mL、より好ましくは約1~7×106細胞/mL、最も好ましくは約3~6×106細胞/mLである。
【0023】
本発明で用いられる培地とは、当該分野で通常用いられている培地を利用することができ、例えば単核球の培養用培地として知られている無血清培地を用いることができ、又無血清培地であることが好ましい。無血清培地として用いられる基礎培地としては、例えば、RPMI、DMEM、MEM、IMDM等が挙げられる。
【0024】
本発明の培地に添加される各種因子はまた、単核球が由来する動物と同種の動物に由来する因子で統一することが好ましい。このように単核球及び各種因子の由来を統一することで、同種異系移植等の同種移植に好適な細胞培養物が得られる。また、細胞移植が意図される個体由来の単核球を用いることで、同種同系移植に好適な細胞培養物を得ることも可能である。
【0025】
本発明の細胞集団とは抗炎症性マクロファージが富化されている限りその態様は特に限定されないが、M2マクロファージが富化された細胞集団であることが好ましい。例えば、本発明の細胞集団は、単核球を上述した因子を含有する無血清培地で培養することによって得ることができる。ここで、抗炎症性マクロファージが富化された細胞集団とは、上述した因子を含有する無血清培地で培養する前の単核球全体におけるそれぞれの比率に比べて、培養後の細胞群全体における各細胞の比率が、2倍以上、好ましくは4倍以上、より好ましくは5倍以上に増加することをいう。本発明の細胞集団は、培養前のもとの単核球に比べて抗炎症性マクロファージの比率が著しく高くなっているため、炎症を効果的に抑えることができる。
【0026】
培地中、単核球を培養することによって、M2マクロファージが富化される。該培養は好ましくは無血清培地中で実施され、より好ましくは培地交換も継代もせずに培養する。単核球の培養期間は、所望する程度にM2マクロファージが富化されれば特に限定されないが、例えば、5%CO2雰囲気下、37℃で3日間以上培養する。培地交換や継代をしないことが好ましいので、通常8日間以下、より好ましくは7日間以下である。
【0027】
本発明の細胞集団に含まれる抗炎症性マクロファージとは、抗炎症性で組織修復に寄与するマクロファージである。好ましくはM2マクロファージであり、より好ましくはCD206陽性もしくはCD163陽性のM2マクロファージである。これらのM2マクロファージのマーカーは動物種によって異なる。また市販されているフローサイトメトリー用の蛍光ラベル抗体に制限がある。したがって、ヒトM2マクロファージのマーカーとしてCD206陽性もしくはCD163陽性が利用され、マウスM2マクロファージのマーカーとしてGalactin-3陽性、もしくはCD206陽性などが利用され、ラットM2マクロファージではCD163陽性が使用されることが多い。
本発明の細胞集団は、当該細胞集団中の抗炎症性マクロファージの割合が、上記単核球の培養前の細胞集団に比べ通常2倍以上、好ましくは4倍以上、より好ましくは5倍以上に増加している。抗炎症性マクロファージがM2マクロファージである場合、上記単核球の培養により富化されたM2マクロファージの割合はヒトの場合、上記のM2マクロファージマーカーで解析した場合、ドナーによって個人差があるものの総じて培養前は2%以下であるのに対して、培養後は培養前に比して単核球全体の割合として大幅に増加する。倍数については分母となる培養前のPBMCにおけるM2マクロファージが1%未満のことが多く、その場合でもE培養後の単核球中のM2マクロファージが10%以上になることが多いため、倍率では10倍から100倍にも富化される。結果として、例えばヒトの場合、培養後の細胞集団におけるM2マクロファージの割合は5%以上、多くの場合7%以上、8%以上、9%以上、通常は10%以上になることが多く、多い時は20%以上に富化される。これらのことから、本発明の細胞集団は、全単核球に対し7%以上、8%以上、9%以上、好ましくは10%程度、特に好ましくは15%、いっそう好ましくは20%以上のM2マクロファージを含む。培養後の細胞集団は、さらにM2マクロファージの割合を高める為、所望により濃縮してもよい。M2マクロファージの割合が低いと十分な抗炎症性効果が得られない。
【0028】
抗炎症性マクロファージの増幅は例えば、対象とする動物種によって適宜選択されるが、ヒトの場合、CD206(Cluster of DifferentiationはCDを意味する)及び/又はCD163を;マウスの場合、Galactin-3及び/又はCD206を;ラットの場合、CD163を、それ(それら)に親和性を有する抗体により標識し、フローサイトメトリー解析により計測できる。
【0029】
本発明の細胞群においては、抗炎症性マクロファージの含有量が高まる一方で、炎症性マクロファージ(例、M1マクロファージ)の含有量が低下している。本発明の細胞集団は、当該細胞集団中の炎症性マクロファージの割合が、上記単核球の培養前の細胞集団に比べ1/2以下と大幅に減少し、通常は1/4倍以下、好ましくは1/8以下に減少している。炎症性マクロファージがM1マクロファージである場合、上記単核球の培養により減少したM1マクロファージの割合は、培養後の全単核球に対し10%未満、5%未満、好ましくは3%未満、より好ましくは2%未満であり得る。M1マクロファージの割合が多いとM2マクロファージの割合が相対的に低くなり、十分な抗炎症性効果が得られない。
【0030】
炎症性マクロファージの減少は、例えばヒトの場合、CCR2(C-C chemokine receptor 2)を、それに親和性を有する抗体により標識し、フローサイトメータ解析により計測できる。
【0031】
あるいは、本発明の細胞集団は、さらに抗炎症性のTh2細胞や、制御性T細胞を含み得る。したがって本発明の細胞集団は、抗炎症性マクロファージに加えて、さらに抗炎症性のTh2細胞や制御性T細胞が富化した細胞集団でもあり得る。
【0032】
本発明の細胞集団に含まれる細胞は、適宜単離及び/又は精製できる。例えばヒトの場合は、抗炎症性マクロファージの表面マーカーとしてCD206やCD163、Galactin-3が公知であるので、これらの細胞表面マーカーに対して親和性を有する物質(例えば、抗体)を用いて細胞分離法に付すことで、所望の細胞が分離できる。このような細胞分離法としては、例えば、磁気細胞分離法(MACS)、蛍光細胞分離法(FACS)が挙げられる。表面マーカーとしてヒトの場合CD206やCD163が、マウスの場合Galactin-3やCD206が、ラットの場合CD163が公知である。
【0033】
本発明の細胞集団は、抗炎症性マクロファージが富化されている為、抗炎症作用を発揮することができる。特に後述の実施例で示されるように、本発明の細胞集団は、全身投与された場合に肺にトラップされることなく、障害/炎症部位に集積することができる。本発明における全身投与とは、血管内に直接細胞懸濁液を投与(例、静脈内投与)することによって細胞懸濁液が全身循環することをいう。
尚、肺への移行/トラップが観察される場合であっても、障害/炎症部位への集積に影響が出ない程度であれば、実質的に「肺にトラップされない」として本発明に包含される。
【0034】
本発明の細胞集団は、該細胞集団と医薬上許容され得る担体とを含有する医薬組成物として提供され得る。該細胞集団には抗炎症性マクロファージが多く含まれていることから抗炎症作用を提供することができ、従って、本発明は炎症性疾患の予防及び/又は治療用の医薬組成物として提供され得る。
炎症性疾患としては、炎症を伴う疾患であればいずれであってもよく、例えば、アレルギー関連疾患、呼吸器関連疾患、虚血性疾患、糖尿病性関連疾患、骨・軟骨の炎症性疾患炎、脳神経関連疾患、消化管の炎症性疾患、自己免疫疾患のうち炎症を伴うものをいう。具体的には、各種の自己免疫疾患(関節リウマチ(RA)、SLE、強皮症、多発性筋炎、シェーグレン症候群、ANCA関連性血管炎、ベーチェット病、川崎病、混合性クリオグロブリン血症、多発性硬化症、ギランバレー症候群、筋無力症、1型糖尿病、バセドウ病、橋本病、アジソン病、IPEX、APS type-II、自己免疫性心筋炎、間質性肺炎、気管支喘息、自己免疫性肝炎、原発性胆汁性肝硬変、クローン病、潰瘍性大腸炎、乾癬、アトピー性皮膚炎、溶血性貧血、自己免疫性甲状腺炎、特発性若年性関節炎の多関節炎型等)が挙げられる。
【0035】
本発明の医薬組成物は、通常、有効成分である本発明の細胞集団と医薬上許容され得る担体とを混合して製することができる。具体的には本発明の細胞集団が液状の担体に懸濁されている態様が例示される。液状の担体はヒトに注入可能な液体であればいずれであってもよく、例えば、リン酸緩衝液や生理食塩水あるいは培地等も利用可能である。また液状の担体にはアルブミンなど細胞の生存に好ましい化合物が含まれてもよい。好ましくはアルブミンを含む化合物として患者由来の血清が挙げられる。
本発明の医薬組成物は、有効成分として、上記本発明のM2リッチMNCを含有し、該M2リッチMNCには治療有効量のM2マクロファージが含まれる。治療有効量とは、本発明の医薬組成物を被験体に投与した場合に、該医薬組成物を投与していない被験体と比較して前記のような疾患に対して治療効果を得ることができるM2マクロファージの量である。具体的な治療有効量としては、投与方法、使用目的および被験体の年齢、体重、症状等によって適宜設定することができる。
【実施例】
【0036】
以下実施例を示して本発明をさらに詳しく説明するが、実施例は本発明の説明のために記載するものであり、本発明を何ら限定するものではない。
全ての実験は、国および研究機関の倫理委員会の承認を得ている。国立研究評議会の実験動物取扱指針に基づいて、東海大学医学部の動物実験委員会からも承認を得ている。
1.PBMC(ラット)の単離と培養
全部で120匹のラットを使用した。麻酔下ラットの腹部大動脈から10mLシリンジに装着したヘパリン化(500IU)翼状針を用いて末梢血を採取し、Histopaque(ナカライテスク、京都、日本)を用いた密度勾配遠心法により末梢血単核球(PBMC)を単離した。培養に用いる無血清培地は、stemlineTM II (Sigma-Aldrich)を用い、既知の方法(非特許文献5)に準じて調製した(以下、Effective培地、略してE培地とも称する)。1ウェル当たり2x106細胞/2mL E培地の条件下、単離したPBMCを5日間培養した(以下、当該培養をEffective培養、略してE培養とも称する)。
培養後の細胞集団はM2マクロファージが富化された単核球由来の細胞集団である(以下、M2リッチMNCとも称する)。
【0037】
2.フローサイトメトリー解析
フローサイトメトリー解析は下記の通りに行った。
2mM EDTA/0.2%BSA/PBSバッファーに、4x105個のPBMCとM2リッチMNCを別々に懸濁した45μLの細胞懸濁液を、予め標識抗体を等量に分注した4つのチューブに入れ30分間4℃で培養した後、1mLの2mM EDTA/0.2%BSA/PBSバッファーで2回洗浄した。500μLの固定バッファー(BioLegend)で室温20分間固定した直後に、細胞をFACSバッファーで2回洗浄した。その後、細胞膜透過用バッファー(BioLegend)を、細胞を含んだチューブに入れ室温で15分間培養し、抗CD68-FITC(BIO-RAD)を用いて染色し、FACSバッファーで2回洗浄した。データはFACS Verse(BD Biosciences)で取得し、FlowJoTMソフトウェアバージョン10.2(Tomy Digital Biology)を用いて解析した。使用した全てのモノクローナル蛍光標識抗体の詳細を表1に示す。
【0038】
【0039】
3.ラット心筋梗塞誘発方法と細胞移植実験
体重150-200gの6-10週齢ルイスラット(雄)(Charles River, 日本)を使用した。細胞標識実験には、日本ナショナルバイオリソースプロジェクト(ラット)より入手したLew-CAG-eGFPトランスジェニックラット(雄)を使用した。動物を2-4%のセボフルラン(丸石製薬、日本)で麻酔し、十分な麻酔後、口内より14ゲージ静脈カテーテルを挿管し、げっ歯類用ベンチレーターで毎分10mL/kg 60回ベンチレーションを行った(UGO Basile S.R.I.,イタリア)。
簡潔には、左胸を開胸した後、左前下行枝(LAD)動脈を既報(Iwasaki H. et al., Circulation, 2006; 113:1311-1325)に記載の方法でMonoplane 6-0 suture (Ethicon Inc.,アメリカ)を用いて縫合した。縫合部から離れた心臓壁前部の白化と拍動障害により心筋梗塞を確認した。胸部筋を4-0ナイロンで縫合し、皮膚は3-0シルクで縫合し閉胸した。心筋梗塞誘発3日後に、M2リッチMNC(1x105個細胞)を投与した群(M2リッチMNC投与群)とPBMC(1x105個)を投与した群(PBMC投与群)に分けた。コントロール群にはRPMI培地液(GIBCO)を、尾静脈から24ゲージのangiocathether(テルモ)を用いて投与した。投与した細胞を追跡するため、Lew-CAG-eGFPトランスジェニックラットを用いた。
【0040】
4.心エコー
ラットの心エコー(EchoCG)は、2.0%のセボフルラン麻酔下で、記録計を搭載したALOKA ProSound SSD4000モデルを使用して行った。本研究では、全てのラットにベースラインの経胸壁エコードップラーを行い、心筋梗塞後に生存したラットを1、2、3、4週間の期間経過を行った。乳頭筋レベルでの左心室(LV)の2次元短軸図の取得方法は常法に従った(Anzai A. et al., Circulation, 2012; 125:1234-1245)。次式から、駆出分画率 EF=(EDV-ESV)/EDVx100%と、内径短縮率FS=((LVIDd-LVIDs)/LVIDd)x100%を計算した(Iwasaki H. et al., Circulation, 2006; 113:1311-1325; Anzai A. et al., Circulation, 2012; 125:1234-1245)。心臓カテーテルにはmicrotip catheter (Miller Instruments Inc., Houston, USA)を用いた。
【0041】
5.M2リッチMNC(マウス)の調製
実施例6で使用するシェーグレン症候群の病態モデル動物と遺伝的バックグラウンドがほぼ同じマウス(Cb6F1/Slc)を用いてマウス由来のM2リッチMNCを調製した。既知の方法(非特許文献5)及び上記「1.PBMC(ラット)の単離と培養」に準じて、マウスからPBMCを単離し、単離したPBMCをE培養してM2マクロファージが富化された単核球由来の細胞集団である「M2リッチMNC(マウス)を得た。
【0042】
6.M2リッチMNC(ヒト)の調製
ヒト末梢血を用いてM2リッチMNCを調製した。既知の方法(非特許文献5)及び上記「1.PBMC(ラット)の単離と培養」に準じて、ヒト末梢血からPBMCを単離し、単離したPBMCをE培養し、M2マクロファージが富化された単核球由来の細胞集団である「M2リッチMNC(ヒト)を得た。
【0043】
7.ヘマトキシリン・エオジン(HE染色)
市販のヘマトキシリン溶液及びエオジン溶液を用いて、マウスの唾液腺標本の連続切片を染色した。
【0044】
8.RT-qPCR解析
細胞及び組織から全RNAを単離し、High Capacity cDNA Reverse Transcription kit (Applied Biosystems)を用いてcDNAに逆転写した。cDNA混合物をミリQ水(Millipore Corporation, Billerica, MA)で希釈し、SYBR green master mix (Applied Biosystems)を製造元のマニュアルに従って添加した。各遺伝子に特異的なプライマーを用い相対的mRNA発現を既報に従って測定した(Bustin SA, et al., Clinical chemistry. 2009; 55 (4):611-22.)。
【0045】
9.統計解析
全ての値は平均±標準偏差で示した。2群間の比較にはMann-Whitney U testとKruskal Wallis test、3群間のノンパラメトリックな比較にはDunn's multiple comparison testを用いた。他群間の比較で、異なる時系列間の値の比較には、2-way ANOVAとポストホックTurkey's testを用いた。全ての統計解析は、GraphPad Prism 7.1(GraphPad Prism Software Inc., San Diego, CA, USA)を用いた。P<0.05を統計的有意差とした。
【0046】
実施例1:M2リッチMNCの遺伝子発現プロファイル
ラットPBMCまたはM2リッチMNCの散布図を示す。それぞれリンパ球サイズの細胞(A)、単球サイズの細胞(B)、マクロファージサイズの細胞集団(C)を全生存細胞画分からゲートした(
図1)。炎症性の性質を示す単核球/マクロファージタイプ1(M1マクロファージ:M1φ)は、全生存細胞画分中でCD68陽性、あるいはCD169陰性かつCD11b/c共陽性の細胞として同定した。抗炎症性かつマクロファージタイプ2(M2マクロファージ:M2φ)は、全生存細胞画分中CD163陽性かつCD11b/c共陰性の細胞として同定した。
解析の結果、培養前のPBMC細胞懸濁液ではM1φの割合が多い一方、M2リッチMNCでは有意にM1φの割合が減少していた(CD68陽性細胞の比率:20±1.85% vs 5.5±1.3%,CD163陰性かつCD11b/c共陽性の細胞比率:17±2.01% vs 1.25±0.16%)(
図2A)。それに対して、M2リッチMNCではPBMCに比べて、抗炎症性かつM2φの割合が大幅に増加した(CD163陽性かつCD11b/c共陰性細胞の比率:0.06±0.03% vs 13±1.5%;P<0.007)。(
図2B、
図3)。このデータは、E培養後のPBMCは、マクロファージが古典的なM1φからM2φへコンバートした可能性、および約3%の細胞はM1φとM2φの中間ステージにあることを示唆している。
ラットM1φで特異的に発現するマーカーとしてCD38が、ラットM2φ特異的なマーカーとして
erg2や
arg1が知られている。RT-qPCR解析によりM2リッチMNCではPBMCに比べて、M2φのマーカーである
arg1及び
erg2の発現量が増加していたが、M1φのマーカーである
CD38及び
il1bの発現量は低下していた。炎症に関わる遺伝子の発現は、M2リッチMNCでは、例えば
ang1、
ang2、
vegfbの発現が大幅に上昇していた。
Tリンパ球のサブセット、特に細胞障害性T細胞のマーカーであるCD8陽性細胞の割合は、CD3陽性細胞全体の中で、10%から2.3%(P<0.0087)へと減少した(
図4、
図5)。免疫抑制性のT細胞サブセットマーカーであるfoxp3遺伝子の発現は、M2リッチMNCではPBMCと比較して4倍増加していた。
以上のことから、フローサイトメトリーとRT-qPCRのデータは、E培養したPBMCでは、組織機能の再生能を有する抗炎症性細胞(M2φ)と抗炎症性遺伝子(
arg1,
erg2)の発現、血管形成性細胞(CD34陽性細胞、M2φ)と血管新生遺伝子(
Angpt1,
Angpt2,
Vegfb)の発現、および抗炎症性細胞の割合を、細胞障害性T細胞の減少と免疫抑制性遺伝子の発現(
Foxp3)を増加させることで増加させることを示した。
【0047】
実施例2:心臓虚血部位と、他臓器におけるM2リッチMNCの追跡
PBMCとM2リッチMNCをLew-CAG-eGFPラットから単離し、心筋梗塞誘発3日後に、1x10
5個の細胞を尾静脈から投与した。細胞投与4週間後に、免疫組織化学的に投与細胞のトレーシング実験を行った。組織解析では、M2リッチMNC投与群では、eGFP陽性細胞は虚血部と虚血部周囲の組織で観察されたが(
図6A、B)、PBMC投与群では観察されなかった(
図6C)。さらに、多くのeGFP陽性細胞は、PBMC投与群ではM2リッチMNC投与群に比べ、柔組織である脾臓や肺でトラップされていた(
図6D、E)。
【0048】
実施例3:M2リッチMNCのLVパフォーマンスとLV再構築への効果
手術前と術後28日目にラットの体重測定を行った。手術後4週目では、M2リッチMNC投与群の体重は306.4±5.9gと、PBMC投与群(277.6±6.1g,P<0.0001)、およびコントロール(283.3±8.3g,P<0.002)に比べて増加した。Sham-operated群(281.5±7.9g,P<0.01)と比べても、M2リッチMNC投与群の体重は増えていた。連続心エコー(EchoCG)測定を、M2リッチMNC投与群(n=9)、PBMC投与群(n=11)、コントロール群(n=9)、およびSham-operated群(n=5)で行った。心筋梗塞誘発2週目から28日後まで、M2リッチMNC投与群の内径短縮率(FS)は増加した(45.5±4.6%)のに対し、PBMC投与群(30.87±6.38%,P<0.0001)、およびコントロール群(32.15±7.74%,P<0.0008)ではFSの増加は観察されなかった。虚血部位体積と左室収縮機能(LVSDs)を含めたEchoCG指標は、M2リッチMNC投与群では(94.4±3.7μlと0.35±0.03cm)と上昇したが、PBMC投与群では(63.6±6.07μl,P<0.004と0.49±0.03cm,P<0.0002)、コントロール群では(71.1±2.0μl,P<0.03と 0.46±0.03cm,P<0.005)と、LV機能数値は悪化した。2Dドップラーモード解析では、僧帽弁のマイルド、あるいは中程度の機能不全がPBMC投与群とコントロール群で観察されたのに対し、M2リッチMNC投与群では、僧帽弁の機能不全は観察されなかった。
興味深いことに、この結果はシリウスレッド染色でも同様の結果が得られた。PBMC投与群とコントロール群のLV anterior-lateral側とposterior-lateral側の乳頭筋は、心筋梗塞後損傷していた(
図7A)。さらなる組織解析では、過剰な炎症反応により、PBMC投与群とコントロール群の虚血障害部位は広がっており心壁も薄くなっていた一方、M2リッチMNC投与群では保たれており、LVの再構成と心壁の肥厚がM2リッチMNC投与群では促進したことを示している(
図7A~C)。間質間のコラーゲン断片化はPBMC投与群で有意に増加しており、コントロール群においても、統計的にM2リッチMNC投与群との有意差はないものの、組織の線維化が高かった(
図7D、E)。
【0049】
実施例4:M2リッチMNCによる梗塞後に両側「機能的バイパス」の形成
ラットM2リッチMNCの腹腔内投与4週間後、「機能的バイパス」が観察された。これは、LAD縫合部から離れた部位において、動脈血がバイパスされる現象で、PBMC投与群やコントロール群においてはこのバイパスは観察されず、LV動脈瘤と周囲の組織(胸腺と胸壁前部)への酷い癒着が見られ、心臓の拍動を妨げていた。この現象が血管のバイパスかどうか確認するため、瞬間的に凍結した心組織のスライスをイソレクチンB4とaSMAで染色した。共焦点顕微鏡の3次元立体再構築画像の解析から、aSMAによる血管の染色は、虚血部位において数が多く、広い血管内径の値を示し、虚血部位は胸壁由来の小動脈(恐らく肋間動脈と内胸動脈)により囲まれていた。
【0050】
実施例5:ラット心筋梗塞における血管新生にM2リッチMNCが与える影響
図8Aで、微小血管密度(MVD)をイソレクチンB4-FITC染色で調べた。MVDはPBMC投与群(260±35.7/mm
2,P<0.0001)とコントロール群(298±45.5/mm
2,P<0.0001)に比べ、M2リッチMNC投与群において有意に高かった(558±44.4/mm
2)。機能している血管の形成を調べるため、虚血部位における1平方ミリメートルあたりの小動脈密度を計算したところ、M2リッチMNC投与群ではPBMC投与群(5.714±2.9/mm
2,P<0.03)、およびコントロール群(4.67±2.4/mm
2,P<0.01)に比べて高かった(
図8B)。
共焦点顕微鏡を用いた3次元立体画像の再構築から、MVD値はM2リッチMNC投与群ではPBMC投与群とコントロール群に比べて上昇していた(
図8C)。投与されたM2リッチMNCがホストの心臓で血管内皮細胞に分化出来るかどうかを調べるため、Lew-CAG-eGFPトランスジェニックラットを用いて免疫組織化学的解析を行った。結果は、投与されたeGFPで標識されたM2リッチMNCは、血管内皮細胞のマーカーであるCD31を発現しており、さらに、M2リッチMNC投与群では1平方ミリメートルあたりのMVDも上昇していたが、PBMC投与群ではそのような結果は示さなかった(
図8D)。RT-qPCRによる解析から、血管新生に関わる
angpt1、
angpt2及び
pecam1といった遺伝子の発現は、細胞投与3日後で、M2リッチMNC投与群ではコントロール群に比べてそれぞれ3倍、9倍、5倍上昇していたのに対して、PBMC投与群ではコントロールに比べてそれら遺伝子の発現は2倍、1倍、2倍低下していた(
図8E)。
【0051】
実施例6:シェーグレン症候群自然発症マウスにおける唾液腺病態(リンパ球浸潤)の進行におけるM2リッチMNCが与える影響
病態モデルマウスを用いて、M2リッチMNCが肺などにトラップされずに、効率的に炎症部位に到達して薬効を発揮できることを確認した。
病態モデル動物としては、シェーグレン症候群自然発症マウス(日本SLC、NOD)を用いた。このマウスはシェーグレン症候群様の唾液腺障害を自然発症的に起こすことが知られている。唾液腺障害発症後(8週齢以降)にM2リッチMNC(マウス)を尾静脈内投与し、唾液腺分泌障害を起こす20週齢の時点で唾液腺組織の病理解析を実施した。M2リッチMNCを投与した細胞投与群1匹(細胞投与群1)、無処置群2匹(無処置群1、2)それぞれから唾液腺組織を回収し、病理組織学的観察から「リンパ球浸潤領域」を特定した。
面積測定値を標準化させるため、一つの唾液腺から連続切片を作成し、それぞれ画像解析ソフト(NIH ImageJ)を用いてHE染色した複数の切片(3枚から6枚)の1切片あたりの唾液腺組織面積を算出し、平均値と標準偏差(SD)を算出した。また、リンパ球浸潤領域は、画像解析ソフトで全て同じ倍率で拡大し、切片間の面積を相対比較できるようにした。
1切片あたりの唾液腺組織の面積は、97,492~139,148ピクセルで細胞投与群及び無処置群間で有意な差はなかった。
一方、1切片あたりのリンパ球浸潤部の面積には、細胞投与群と無処置群で顕著な差が確認された(
図9)。
細胞投与群は、無処置群に比べてリンパ球浸潤部の面積が小さいことが確認された。
以上の結果より、ラットのみならず、マウスにおいても、全身投与したM2リッチMNCが肺などにトラップされることなく炎症局所において抗炎症作用を発揮し、組織の機能再生に寄与したことが確認された。
【0052】
実施例7:ヒトPBMCのE培養によるM2マクロファージの富化
既知の方法(非特許文献
5)及び上記「1.PBMC(ラット)の単離と培養」に準じて、ヒト末梢血由来PBMCの単離及び単離されたPBMCのE培養を実施した。E培養の期間は5~8日間であり、実験によって、培養開始後5日目、6日目、7日目、8日目で細胞を回収した(それぞれday5, day6, day7, day8と表記した)。
単核球/マクロファージの特異マーカーであるCD11bが陽性であり、かつ炎症性の性質を示す単核球/マクロファージタイプ1(M1マクロファージ)は、全生存細胞画分中でCD11bとCCR2の両陽性細胞として同定した。抗炎症性の性質を示すマクロファージタイプ2(M2マクロファージ)は、全生存細胞画分中でCD11bとCD206の両陽性細胞として同定した。
実験は6回それぞれ独立に実施した。うち実験1、実験3、実験6がドナー1、実験2と実験4がドナー2、実験4がドナー3から採血した末梢血を用いてPBMCを単離しE培養した(同じドナー由来のPBMCの採血日は異なっている)。
解析の結果、表2及び
図10に示す。
【0053】
【0054】
表2及び
図10からも明らかなように、異なるドナーにおいていずれも培養前のPBMCにはM2マクロファージがほとんど検出されないが、M1マクロファージはPBMC細胞全体の10-30%とM2マクロファージに比して多く存在する。一方、E培養5日目以降は総じてM2マクロファージが大幅に富化(単核球全体の7%以上、多くは9%以上)され、M1マクロファージが大幅に減少(単核球全体のおよそ5%以下、多くは3%以下)する。この傾向は培養5日目より6日目、7日目の方が顕著であった。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の医薬組成物は、M2マクロファージが富化された細胞集団を含有し、全身投与された場合に肺にトラップされず、障害/炎症部位に集積する。従って、本発明の医薬組成物は、治療に有効となる数の抗炎症作用を有する細胞を標的となる炎症又は組織損傷部位に移行させることができる。