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特許7500496電動機駆動制御装置および該方法ならびに電動機駆動制御システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-07
(45)【発行日】2024-06-17
(54)【発明の名称】電動機駆動制御装置および該方法ならびに電動機駆動制御システム
(51)【国際特許分類】
   H02P 27/06 20060101AFI20240610BHJP
   H02P 21/05 20060101ALI20240610BHJP
   H02P 21/14 20160101ALI20240610BHJP
【FI】
H02P27/06
H02P21/05
H02P21/14
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021086214
(22)【出願日】2021-05-21
(65)【公開番号】P2022179011
(43)【公開日】2022-12-02
【審査請求日】2023-09-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100111453
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 智
(72)【発明者】
【氏名】河合 宏明
【審査官】谿花 正由輝
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-201545(JP,A)
【文献】特開2019-193467(JP,A)
【文献】特開平06-113581(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0204725(US,A1)
【文献】特開2010-101296(JP,A)
【文献】特開平09-256897(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 27/06
H02P 21/05
H02P 21/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インバータ回路の出力で駆動される電動機を制御する電動機駆動制御装置であって、
前記インバータ回路で出力可能な時系列な電圧パターンを、互いに異なるように複数、生成する電圧パターン生成部と、
前記電圧パターン生成部で生成された複数の時系列な電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な電圧パターンを時系列な平滑電圧パターンとして平滑化する平滑化部と、
前記平滑化部で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な平滑電圧パターンが前記電動機に入力された場合における前記電動機の制御目標に関する所定の物理量の値を予測値として予測する予測部と、
前記平滑化部で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、前記予測部で予測された前記予測値を用いて、評価値を算出し、算出された各評価値の中で最も高い評価の評価値に対応する時系列な平滑電圧パターンを、前記平滑化部で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンの中から選択する電圧パターン選択部と、
前記電圧パターン選択部で選択された時系列な平滑電圧パターンに基づいて、前記インバータ回路を制御するインバータ制御部と、を備え、
前記平滑化部は、前記電動機が定常状態の場合、前記電動機が過渡状態の場合と比べて前記平滑化の度合いを表す平滑度を大きく設定し、前記過渡状態の場合、前記定常状態の場合と比べて前記平滑度を小さく設定する、
電動機駆動制御装置。
【請求項2】
前記平滑化部は、前記所定の物理量を目標値にするために次の制御周期で必要となる電圧と前記電圧パターン選択部で選択された、現在の制御周期での時系列な平滑電圧パターンの電圧との偏差を計算し、前記偏差が大きくなるにしたがって前記次の制御周期での前記平滑度を小さく設定し、前記偏差が小さくなるにしたがって前記次の制御周期での前記平滑度を大きく設定する、
請求項1に記載の電動機駆動制御装置。
【請求項3】
インバータ回路の出力で駆動される電動機を制御する電動機駆動制御方法であって、
前記インバータ回路で出力可能な時系列な電圧パターンを、互いに異なるように複数、生成する電圧パターン生成工程と、
前記電圧パターン生成工程で生成された複数の時系列な電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な電圧パターンを時系列な平滑電圧パターンとして平滑化する平滑化工程と、
前記平滑化工程で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な平滑電圧パターンが前記電動機に入力された場合における前記電動機の制御目標に関する所定の物理量の値を予測値として予測する予測工程と、
前記平滑化工程で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、前記予測工程で予測された前記予測値を用いて、評価値を算出し、算出された各評価値の中で最も高い評価の評価値に対応する時系列な平滑電圧パターンを、前記平滑化工程で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンの中から選択する電圧パターン選択工程と、
前記電圧パターン選択工程で選択された時系列な平滑電圧パターンに基づいて、前記インバータ回路を制御するインバータ制御工程と、を備え、
前記平滑化工程は、前記電動機が定常状態の場合、前記電動機が過渡状態の場合と比べて前記平滑化の度合いを表す平滑度を大きく設定し、前記過渡状態の場合、前記定常状態の場合と比べて前記平滑度を小さく設定する、
電動機駆動制御方法。
【請求項4】
電動機と、
前記電動機を駆動するインバータ回路と、
前記インバータ回路を制御することで前記電動機を制御する電動機駆動制御部とを備 え、
前記電動機駆動制御部は、請求項1または2に記載の電動機駆動制御装置である、
電動機駆動制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機の駆動を制御する電動機駆動制御装置および電動機駆動制御方法に関する。そして、本発明は、前記電動機駆動制御装置を備える電動機駆動制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
電動機の駆動制御には、例えばPI制御を用いたフィードバック制御が用いられることが多い。その速度制御では、目標速度に対する応答性は、電動機が用いられた製品の性能に影響するため、その高さが要求される。前記フィードバック制御では、フィードバックゲインを大きく設定することで、応答性を向上できるが、いわゆるオーバーシュートやハンチングが生じてしまう虞がある。
【0003】
このため、従来の前記フィードバック制御に較べて高い応答性を実現できることから、モデル予測制御(model predictive control、MPC)が電動機の駆動制御に提案されている(例えば、特許文献1参照)。このモデル予測制御では、制御周期ごとに次の一連の処理が繰り返し実行されることで電動機が駆動制御される。前記一連の処理において、まず、電動機のモデルを用いることで複数の候補入力電圧ごとに、電動機における将来の挙動が予測される。次に、各予測結果(電動機の各挙動)が評価され、最も目標に近い予測結果が選択され、この選択された予測結果を与える候補入力電圧で電動機が駆動制御される。このようなモデル予測制御では、予測結果を基に最適化した候補入力電圧を決定できることから、従来の前記フィードバック制御を超える高い応答性が期待できる。
【0004】
電動機の駆動制御で大きな電流脈動が発生すると、電動機の損失、出力トルクの脈動、機械的な振動および騒音を引き起こしてしまうので、電流脈動は小さいことが望まれる。そこで、電流脈動を抑制するために、インバータ回路で出力可能な時系列な電圧パターンを平滑化する処理をモデル予測制御の中に組み込んだ電動機の駆動制御が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2008-228419号公報
【文献】特開2019-201545号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者は、上記平滑化する処理をモデル予測制御の中に組み込んだ電動機の駆動制御において、電流脈流を小さくするために、平滑化の度合いを表す平滑度を大きくすると、電動機が過渡状態の場合、応答性(制御目標値への追従性)が悪くなることを見出した。
【0007】
本発明は、上述の事情に鑑みて為された発明であり、その目的は、モデル予測制御を用いた電動機の駆動制御において、電流脈動の抑制と応答性の向上を図ることができる電動機駆動制御装置および電動機駆動制御方法ならびに前記電動機駆動制御装置を備える電動機駆動制御システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、種々検討した結果、上記目的は、以下の本発明により達成されることを見出した。すなわち、本発明の第1局面に係る電動機駆動制御装置は、インバータ回路の出力で駆動される電動機を制御する電動機駆動制御装置であって、前記インバータ回路で出力可能な時系列な電圧パターンを、互いに異なるように複数、生成する電圧パターン生成部と、前記電圧パターン生成部で生成された複数の時系列な電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な電圧パターンを時系列な平滑電圧パターンとして平滑化する平滑化部と、前記平滑化部で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な平滑電圧パターンが前記電動機に入力された場合における前記電動機の制御目標に関する所定の物理量の値を予測値として予測する予測部と、前記平滑化部で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、前記予測部で予測された前記予測値を用いて、評価値を算出し、算出された各評価値の中で最も高い評価の評価値に対応する時系列な平滑電圧パターンを、前記平滑化部で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンの中から選択する電圧パターン選択部と、前記電圧パターン選択部で選択された時系列な平滑電圧パターンに基づいて、前記インバータ回路を制御するインバータ制御部と、を備え、前記平滑化部は、前記電動機が定常状態の場合、前記電動機が過渡状態の場合と比べて前記平滑化の度合いを表す平滑度を大きく設定し、前記過渡状態の場合、前記定常状態の場合と比べて前記平滑度を小さく設定する。
【0009】
所定の物理量とは、例えば、電動機の回転速度や駆動電流である。電動機の過渡状態とは、電動機がある定常状態(例えば、電流の目標値がある一定値、電流や速度の時間あたりの変化量が小さい)から別の定常状態(例えば、電流の目標値が別の一定値、電流や速度の時間あたりの変化量が小さい)に変化するまでの状態である。「電流や速度の時間あたりの変化量が小さい」としたのは、制御目標値が一定の場合でも、負荷の変動によって電動機の電流や速度等が変化している場合を、過度状態とするためである。平滑化部は、電動機が定常状態の場合、電流脈動の抑制を優先するために、電動機が過渡状態の場合と比べて平滑度を大きく設定し、過渡状態の場合、応答性を優先するために、定常状態の場合と比べて平滑度を小さく設定する。したがって、本発明の第1局面に係る電動機駆動制御装置によれば、定常状態の場合、電流脈動を抑制でき、過渡状態の場合、応答性を良くすることができる。
【0010】
上記構成において、前記平滑化部は、前記所定の物理量を目標値にするために次の制御周期で必要となる電圧と前記電圧パターン選択部で選択された、現在の制御周期での時系列な平滑電圧パターンの電圧との偏差を計算し、前記偏差が大きくなるにしたがって前記次の制御周期での前記平滑度を小さく設定し、前記偏差が小さくなるにしたがって前記次の制御周期での前記平滑度を大きく設定する。
【0011】
この構成は、平滑度の設定の仕方の例であり、過渡状態の場合、上記偏差が大きくなり、定常状態の場合、上記偏差が小さくなる(上記偏差がゼロまたは略ゼロになる)点に着目し、平滑度を設定する。
【0012】
本発明の第2局面に係る電動機駆動制御方法は、インバータ回路の出力で駆動される電動機を制御する電動機駆動制御方法であって、前記インバータ回路で出力可能な時系列な電圧パターンを、互いに異なるように複数、生成する電圧パターン生成工程と、前記電圧パターン生成工程で生成された複数の時系列な電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な電圧パターンを時系列な平滑電圧パターンとして平滑化する平滑化工程と、前記平滑化工程で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な平滑電圧パターンが前記電動機に入力された場合における前記電動機の制御目標に関する所定の物理量の値を予測値として予測する予測工程と、前記平滑化工程で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、前記予測工程で予測された前記予測値を用いて、評価値を算出し、算出された各評価値の中で最も高い評価の評価値に対応する時系列な平滑電圧パターンを、前記平滑化工程で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンの中から選択する電圧パターン選択工程と、前記電圧パターン選択工程で選択された時系列な平滑電圧パターンに基づいて、前記インバータ回路を制御するインバータ制御工程と、を備え、前記平滑化工程は、前記電動機が定常状態の場合、前記電動機が過渡状態の場合と比べて前記平滑化の度合いを表す平滑度を大きく設定し、前記過渡状態の場合、前記定常状態の場合と比べて前記平滑度を小さく設定する。
【0013】
本発明の第2局面に係る電動機駆動制御方法は、本発明の第1局面に係る電動機駆動制御装置を方法の観点から規定しており、本発明の第1局面に係る電動機駆動制御装置と同様の作用効果を有する。
【0014】
本発明の第3局面に係る電動機駆動制御システムは、電動機と、前記電動機を駆動するインバータ回路と、前記インバータ回路を制御することで前記電動機を制御する電動機駆動制御部とを備え、前記電動機駆動制御部は、請求項1または2に記載の電動機駆動制御装置である。
【0015】
本発明の第3局面に係る電動機駆動制御システムは、本発明の第1局面に係る電動機駆動制御装置をシステムの観点から規定しており、本発明の第1局面に係る電動機駆動制御装置と同様の作用効果を有する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、モデル予測制御を用いた電動機の駆動制御において、電流脈動の抑制と応答性の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本実施形態における電動機駆動制御システムの構成を示すブロック図である。
図2】本実施形態の電動機駆動制御システムにおけるモデル予測制御部の構成を示すブロック図である。
図3】本実施形態の電動機駆動制御システムにおけるインバータ回路の構成を示す回路図である。
図4】インバータ回路で出力可能な電圧を示すベクトル図である。
図5】インバータ回路で出力可能な時系列な電圧パターンの一例を説明するための図である。
図6】インバータ回路で出力可能な時系列な電圧パターンの他の例を説明するための図である。
図7】平滑度の決定方法を示すフローチャートである。
図8】本実施形態の電動機駆動制御システムにおける動作を示すフローチャートである。
図9】本実施形態における電動機駆動制御システムによる速度制御のシミュレーション結果を示すグラフである。
図10】第1比較例による速度制御のシミュレーション結果を示すグラフである。
図11】第2比較例による速度制御のシミュレーション結果を示すグラフである。
図12】本実施形態における電動機駆動制御システムによる速度制御のシミュレーションを実行したときの平滑度の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照して、本発明の1または複数の実施形態が説明される。しかしながら、発明の範囲は、開示された実施形態に限定されない。なお、各図において同一の符号を付した構成は、同一の構成であることを示し、適宜、その説明を省略する。実施形態における電動機駆動制御システムは、電動機を、制御しつつ、駆動するシステムであり、インバータ回路の出力で駆動される電動機を制御する電動機駆動制御装置を備える。本実施形態では、電動機駆動制御システムは、モデル予測制御を用いたベクトル制御によって、電動機を、制御しつつ、駆動する。以下、このような電動機駆動システムについて、より具体的に説明する。
【0019】
図1は、本実施形態における電動機駆動制御システムSの構成を示すブロック図である。図2は、電動機駆動制御システムSにおけるモデル予測制御部MCの構成を示すブロック図である。図3は、電動機駆動制御システムSにおけるインバータ回路IVの構成を示す回路図である。図4は、インバータ回路IVで出力可能な電圧を示すベクトル図である。図5は、インバータ回路IVで出力可能な時系列な電圧パターンの一例を説明するための図である。図6は、インバータ回路IVで出力可能な時系列な電圧パターンの他の例を説明するための図である。
【0020】
本実施形態における電動機駆動制御システムSは、例えば、図1に示すように、電動機Mと、インバータ回路IVと、PWM変調器PWと、2相3相変換部CV1と、モデル予測制御部MCと、3相2相変換部CV2と、回転速度処理部RSCと、電流測定部CSと、回転角度測定部VSとを備える。電動機駆動制御システムSから電動機Mを除いた構成が電動機駆動制御装置Dとなる。
【0021】
電動機Mは、インバータ回路IVに接続され、インバータ回路IVの交流出力で駆動される電動機である。例えば、電動機Mは、インバータ回路IVから出力されるU相、V相およびW相の三相交流電力で駆動される同期電動機、より具体的には、本実施形態では表面磁石型永久磁石式同期電動機(surface mounted permanent magnet synchronous motor、PMSM)である。なお、電動機Mは、これに限定されるものではなく、例えば、誘導電動機(induction motor、IM)やSRモータ(Switched Reluctance motor、SRM)等の他の種類であっても良い。
【0022】
PWM変調器PWは、変更可能なパルス幅で矩形波を出力する回路であり、インバータ回路IVは、直流電力を交流電力に変換する回路であり、本実施形態では、PWM変調器PWおよびインバータ回路IVにより、三相交流電力で電動機を駆動する、いわゆる3相PWMインバータモータドライバが構成される。これらPWM変調器PWおよびインバータ回路IVは、2相3相変換部CV1を介してモデル予測制御部MCに接続され、モデル予測制御部MCの制御に従って、直流電源Vdc(図3)からの直流電力を、所定の周波数の交流電力へ変換する。より具体的には、PWM変調器PWは、モデル予測制御部MCの制御に従った周波数およびパルス幅の矩形波を後述の制御信号(IV制御信号)としてインバータ回路IVへ出力する回路である。インバータ回路IVは、PWM変調器PWに接続され、PWM変調器PWからのIV制御信号に従って、直流電源Vdcの直流電力を、所定の周波数の交流電力へ変換する回路である。
【0023】
インバータ回路IVは、例えば、図3に示すように、直列に接続された2個のスイッチング素子Trを1組として、互いに並列に接続された3組Tr1、Tr4;Tr2、Tr5;Tr3、Tr6を備える。より具体的には、インバータ回路IVは、6個の第1ないし第6スイッチングTr1~Tr6を備える。これら第1ないし第6スイッチング素子Tr1~Tr6は、例えば絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT)等の、オンオフするスイッチ機能を持つ電力用半導体素子である。
【0024】
第1ないし第3スイッチング素子Tr1~Tr3の各一方端子(例えば各コレクタ端子)は、それぞれ、直流電源Vdcの一方端子に接続される。第1スイッチング素子Tr1の他方端子(例えばエミッタ端子)は、第4スイッチング素子Tr4の一方端子(例えば各コレクタ端子)に接続される。第2スイッチング素子Tr2の他方端子(例えばエミッタ端子)は、第5スイッチング素子Tr5の一方端子(例えば各コレクタ端子)に接続される。第3スイッチング素子Tr3の他方端子(例えばエミッタ端子)は、第6スイッチング素子Tr6の一方端子(例えば各コレクタ端子)に接続される。これら第4ないし第6スイッチング素子Tr4~Tr6の各他方端子(例えば各エミッタ端子)は、それぞれ、直流電源Vdcの他方端子に接続される。
【0025】
これら第1ないし第6スイッチング素子Tr1~Tr6における、スイッチング素子TrをオンオフするためのIV制御信号が入力される各制御端子(例えばゲート端子)は、PWM変調器PWに接続される。これら第1ないし第6スイッチング素子Tr1~Tr6それぞれにおいて、その一方端子と他方端子との各間それぞれには、他方端子にアノード端子を接続した各ダイオードD1~D6が接続される。そして、第1スイッチング素子Tr1と第4スイッチング素子Tr4とを接続する第1接続点は、例えばU相の交流電流を出力し、電動機MのU相を接続する入力端子に接続される。第2スイッチング素子Tr2と第5スイッチング素子Tr5とを接続する第2接続点は、例えばV相の交流電流を出力し、電動機MのV相を接続する入力端子に接続される。第3スイッチング素子Tr3と第6スイッチング素子Tr6とを接続する第3接続点は、例えばW相の交流電流を出力し、電動機MのW相を接続する入力端子に接続される。
【0026】
このような構成では、インバータ回路IVは、いわゆる2レベル3相インバータ回路であり、各組の一方のスイッチング素子Tr1、Tr2、Tr3と他方のスイッチング素子Tr4、Tr5、Tr6とは、互いに逆のスイッチング態様(一方がオンの場合には他方がオフで、一方がオフの場合には他方がオンである態様)となるように、PWM変調器PWからのIV制御信号に従って制御され、直流電源Vdcの直流電力を変換してU相、V相およびW相の3相の交流電流を電動機Mへ出力する。
【0027】
電流測定部CSは、3相2相変換部CV2に接続され、インバータ回路IVから電動機Mへ流れる電流、本実施形態では、U相電流、V相電流およびW相電流それぞれを測定し、その各測定結果を3相2相変換部CV2へ出力する装置である。電流測定部CSは、例えば交流電流計を備えて構成される。
【0028】
回転角度測定部VSは、2相3相変換部CV1、3相2相変換部CV2および回転速度処理部RSCそれぞれに接続され、電動機Mにおける磁極位置を角度で測定し、その測定結果(回転角度、電気角(=機械角/電動機Mの極対数))を2相3相変換部CV1、3相2相変換部CV2および回転速度処理部RSCそれぞれに出力する装置である。回転角度測定部VSは、例えば、ロータリエンコーダ(パルスジェネレータ)や、ホールIC等を備えて構成される。なお、センサレスの場合には、回転角度測定部VSは、電動機Mのモデルを用いて電流および電圧から電動機Mの回転角度を求めても良い。
【0029】
2相3相変換部CV1は、モデル予測制御部MCに接続され、回転角度測定部VSから入力された測定結果(回転角度θ)およびモデル予測制御部MCで後述のように求められた平滑電圧パターンに基づく目標電圧v 、v から、この目標電圧v 、v に対応する目標のU相電流、V相電流およびW相電流をインバータ回路IVから出力するようにPWM変調器PWを制御するための制御信号(PWM制御信号)を求め、このPWM制御信号をPWM変調器PWへ出力するものである。
【0030】
3相2相変換部CV2は、モデル予測制御部MCに接続され、電流測定部CSから入力された測定結果(U相電流、V相電流およびW相電流)および回転角度測定部VSから入力された測定結果(回転角度θ)から、いわゆるクラーク(Clarke)変換およびパーク(Park)変換によって、励磁電流(d軸電流)iおよびトルク分電流(q軸電流)iを求め、この求めたd軸電流iおよびq軸電流iをモデル予測制御部MCへ出力するものである。なお、モデル予測制御部MCには、電動機Mを駆動させる目標電流(d軸目標電流i 、q軸目標電流i )が外部から入力される。
【0031】
回転速度処理部RSCは、モデル予測制御部MCに接続され、回転角度測定部VSから入力された測定結果(回転角度θ)から、電動機Mの回転速度ωを求め、この求めた回転速度ωをモデル予測制御部MCへ出力するものである。例えば、回転角度測定部VSで測定された回転角度θ(回転角度位置)を時間微分して電動機Mの極対数pの逆数を乗じることによって回転速度ωが求められる。
【0032】
モデル予測制御部MCは、モデル予測制御を用いたベクトル制御によって、電動機MをPWM変調器PWおよびインバータ回路IVを介して駆動制御するものである。モデル予測制御部MCは、より具体的には、例えば、図2に示すように、制御部11と、電圧パターン生成部12と、平滑化部13と、予測部14と、電圧パターン選択部15と、PWMインバータ制御部16とを備える。
【0033】
制御部11は、電動機駆動制御システムSの各部を当該各部の機能に応じて制御し、電動機駆動制御システムS全体の制御を司るものである。
【0034】
電圧パターン生成部12は、インバータ回路IVで出力可能な時系列な電圧パターンを、互いに異なるように複数、生成するものである。すなわち、電圧パターン生成部12は、インバータ回路IVで出力可能な時系列な電圧パターンを、互いに異なるように複数、生成する電圧パターン生成処理を実施する。インバータ回路IVは、本実施形態では、上述のように、2レベル3相インバータであるので、第1ないし第6スイッチング素子Tr1~Tr6のスイッチング態様に応じて、図4に示すように、2=8通りの電圧ベクトルを出力できる。
【0035】
なお、電圧ベクトルVは、第1ないし第3スイッチング素子Tr1~Tr3がオフであって第4ないし第6スイッチング素子Tr4~Tr6がオンであり、電動機Mに給電されない場合(V=(0、0、0))である。電圧ベクトルVは、第1ないし第3スイッチング素子Tr1~Tr3がオンであって第4ないし第6スイッチング素子Tr4~Tr6がオフであり、電動機Mに給電されない場合(V=(0、0、0))である。
【0036】
時系列な電圧パターンは、予測する制御周期数である予測ホライズン、および、制御入力である電圧を可変とする制御周期数である制御ホライズンによって決定される。このため、モデル予測制御部MCには、予め予測ホライズンの数値および制御ホライズンの数値が、モデル予測制御の仕様等に応じて適宜に予め設定され、電圧パターン生成部12は、インバータ回路IVで出力可能な電圧(上述では8通り)、予測ホライズンの数値および制御ホライズンの数値に応じて互いに異なる複数の時系列な電圧パターンを生成する。
【0037】
図5には、一例として、予測ホライズンNが2であり、制御ホライズンNが1である場合のインバータ回路IVで出力可能な全ての時系列な電圧パターンが樹形図で図示されている。図5では、現在のN番目の制御における電圧に対し、予測ホライズンNが2であるので、次の(N+1)番目の制御における電圧と、さらに次の(N+2)番目の制御における電圧とが予測され、制御ホライズンNが1であるので、インバータ回路IVで出力可能な全ての時系列な電圧パターンは、現在のN番目の制御における電圧から、次の(N+1)番目の制御では、8通りの電圧V~Vに分岐し、さらに次の(N+2)番目の制御では、各電圧V~Vから、それぞれ当該電圧V~Vに維持された8組の時系列な電圧パターンである。
【0038】
図6には、他の例として、予測ホライズンNが1であり、制御ホライズンNが1である場合のインバータ回路IVで出力可能な全ての時系列な電圧パターンが樹形図で図示されている。図6では、現在のN番目の制御における電圧に対し、予測ホライズンNが1であるので、次の(N+1)番目の制御における電圧が予測され、制御ホライズンNが1であるので、インバータ回路IVで出力可能な全ての時系列な電圧パターンは、現在のN番目の制御における電圧から、次の(N+1)番目の制御で8通りの電圧V~Vに分岐した8組の時系列な電圧パターンである。
【0039】
なお、図示は省略されるがさらに他の一例として、予測ホライズンが2であり、制御ホライズンが2である場合、現在のN番目の制御における電圧に対し、予測ホライズンが2であるので、次の(N+1)番目の制御における電圧と、さらに次の(N+2)番目の制御における電圧とが予測され、制御ホライズンが2であるので、インバータ回路IVで出力可能な全ての時系列な電圧パターンは、(N+1)番目の制御および(N+2)番目の制御それぞれで8通りの電圧V~Vに分岐し、64組の時系列な電圧パターンである。以下、本実施形態では、図6に示す他の例が適用される場合で説明する。この例では、現在のk番目の制御において、電圧パターン生成部12で生成された8通りの、1制御周期先までのvdq(k+1)が求められる。
【0040】
平滑化部13は、電圧パターン生成部12で生成された複数の時系列な電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な電圧パターンを時系列な平滑電圧パターンとして平滑化(スムージング)するものである。すなわち、平滑化部13は、電圧パターン生成部12で生成された複数の時系列な電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な電圧パターンを時系列な平滑電圧パターンとして平滑化する平滑化処理を実施する。
【0041】
より具体的には、本実施形態では、平滑化部13は、時系列な電圧パターンをローパスフィルタでフィルタリングすることで前記時系列な電圧パターンを平滑化する。より詳しくは、モデル予測制御部MCが、予め設定された所定の制御周期ごとに繰り返し電動機Mを制御する場合、k番目の制御におけるdq軸(回転座標系)での電圧ベクトルをvdq(k)とし、その平滑化した電圧ベクトルをvdqs(k)とし、パラメータとして、平滑化の度合いを調整する平滑度をKaとする場合に、平滑化部13は、電圧パターン生成部12によって生成された時系列な電圧パターンを、次式1で平滑化する。
【0042】
式1では、k番目の制御における、平滑化した電圧ベクトルをvdqs(k)は、それまでの(k-1)番目の制御における、平滑化した電圧ベクトルvdqs(k-1)とk番目の制御における電圧ベクトルをvdq(k)とを、平滑度Kaで重み付けした重み付け平均することによって求められる。平滑度Kaは、0から1までの範囲内で予め適宜に設定される(0≦Ka≦1)。平滑度Kaが1に近づくほど、(k-1)番目の制御における、平滑化した電圧ベクトルvdqs(k-1)が重視され、k番目の制御における、平滑化した電圧ベクトルvdqs(k)中に占める、(k-1)番目の制御における、平滑化した電圧ベクトルvdqs(k-1)の割合が大きくなり、逆に、平滑度Kaが0に近づくほど、k番目の制御における電圧ベクトルvdq(k)が重視され、k番目の制御における、平滑化した電圧ベクトルvdqs(k)中に占める、k番目の制御における電圧ベクトルvdq(k)の割合が大きくなる。なお、電圧ベクトルvdq(k)は、[v(k)、v(k)]である(vdq(k)=[v(k)、v(k)])。
【0043】
【数1】
【0044】
ここで、k=1の場合における式1の右辺第1項のvdqs(0)には、前回の制御周期の制御で実際にインバータ回路IVから出力された電圧値が用いられる。
【0045】
上述の例では、現在のk番目の制御において、電圧パターン生成部12で生成された8通りの、1制御周期先までのvdq(k+1)に対し、平滑化部13によって8通りの、1制御周期先までのvdqs(k+1)が求められる。
【0046】
電動機駆動制御システムS、電動機駆動制御装置Dおよびこれに実装された電動機駆動制御方法は、平滑度Kaが調整可能に構成されている。これを実現するために、例えば、図2に破線で示すように、平滑化部13は、電圧パターン生成部12で生成された複数の時系列な電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な電圧パターンを時系列な平滑電圧パターンとして平滑化するデジタルローパスフィルタ部(DLPF部)131と、所定の平滑度Kaとなるように、DLPF131のフィルタ係数を制御するフィルタ係数制御部132と、平滑度Kaの値を決定する平滑度設定部133と、を備える。このようなDLPF131、フィルタ係数制御部132および平滑度設定部133は、例えば、後で説明するCPUに機能的に構成される。
【0047】
予測部14は、平滑化部13で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な平滑電圧パターンが電動機Mに入力された場合における前記電動機Mの制御目標に関する所定の物理量の値を予測値として予測するものである。すなわち、平滑化部13で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な平滑電圧パターンが電動機Mに入力された場合における電動機Mの制御目標に関する所定の物理量の値を予測値として予測する予測処理を実施する。より具体的には、本実施形態では、電動機Mの制御目標に関する所定の物理量は、電動機Mの駆動電流である。このため、予測部14は、d軸電圧vを用いた次式2によってd軸電流i(電動機Mを駆動させる電流)の予測値を求め、q軸電圧vを用いた次式3によってq軸電流i(電動機Mを駆動させる電流)の予測値を求める。
【0048】
【数2】
【0049】
【数3】
【0050】
ここで、i(k)は、k番目の制御におけるd軸電流であり、i(k)は、k番目の制御におけるq軸電流であり、Lは、d軸インダクタンスであり、Lは、q軸インダクタンスである。なお、本実施形態では、電動機Mが永久磁石式同期電動機であるので、L=L=Lとなる。Tは、制御周期であり、Rは、電動機Mの巻線抵抗であり、ω(k)は、k番目の制御における、測定された回転速度(実績の回転速度)であり、Ψは、電動機Mにおける永久磁石の鎖交磁束である。なお、現在、k番目の制御の場合、(k+1)、(k+2)、(k+3)、・・・は、予測値であることを表している。
【0051】
上述の例では、現在のk番目の制御において、平滑化部13で求められた8通りのvdqs(k+1)に対し、予測部14によって、8通りの1制御周期先までの[idq(k+1)が予測値として求められる。なお、電流ベクトルidq(k)は、[i(k)、i(k)]である(idq(k)=[i(k)、i(k)])。
【0052】
電圧パターン選択部15は、平滑化部13で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、予測部14で予測された予測値を用いて、評価値を算出し、算出された各評価値の中で最も高い評価の評価値に対応する時系列な平滑電圧パターンを、平滑化部13で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンの中から選択する。すなわち、電圧パターン選択部15は、平滑化部13で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、予測部14で予測された予測値を用いて、評価値を算出し、算出された各評価値の中で最も高い評価の評価値に対応する時系列な平滑電圧パターンを、平滑化部13で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンの中から選択する電圧パターン選択処理を実施する。
【0053】
より具体的には、電圧パターン選択部15は、平滑化部13で平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、予測部14で予測された電動機Mの電流予測値idq(k+1)を、例えば次式4の評価式gに用いることによって、前記時系列な平滑電圧パターンを定量的に評価し(評価値を算出)、前記複数の時系列な平滑電圧パターンの中から、最も高い評価の電流予測値idq(k+1)に対応する時系列な平滑電圧パターンを選択する。式4の評価式gでは、評価値が小さいほど、評価が高い。したがって、前記複数の時系列な平滑電圧パターンの中から、最も小さい評価値を与える電流予測値idq(k+1)に対応する時系列な平滑電圧パターンが最適な時系列な平滑電圧パターンとして選択される。
【0054】
【数4】
【0055】
電流制御では、q軸電流の目標値に対する偏差を最小にすることが重要となることから、q軸電流の目標値に対する偏差を第1項とし、永久磁石式同期電動機の場合、無駄な給電を防止するために、トルクの発生に寄与しないd軸電流iを0に保持することが重要であることから、この電流偏差を第2項とし、これら第1項および第2項を係数a、bで線形結合することで構成されている。したがって、第1項と第2項とにおける相対的な重要度に応じて係数a、bが予め適宜に決定される。
【0056】
PWMインバータ制御部16は、電圧パターン選択部15で選択された時系列な平滑電圧パターンに基づいて、インバータ回路IVを制御するものである。すなわち、PWMインバータ制御部16は、電圧パターン選択部15で選択された時系列な平滑電圧パターンに基づいて、インバータ回路IVを制御するPWMインバータ制御処理を実施する。より具体的には、本実施形態では、PWMインバータ制御部16は、現在、k番目の制御である場合に、電圧パターン選択部15で選択された時系列な平滑電圧パターンにおける次回の(k+1)番目の制御でのd軸電圧vds(k+1)およびq軸電圧vqs(k+1)それぞれをd軸目標電圧v およびq軸目標電圧v それぞれとして、この目標電圧v 、v に対応する目標のU相電流、V相電流およびW相電流をインバータ回路IVから出力するように、2相3相変換部CV1にPWM制御信号を生成させてこのPWM制御信号でPWM変調器PWにIV制御信号を生成させ、この生成させたIV制御信号をPWM変調器PWからインバータ回路IVへ出力させる。
【0057】
そして、制御部11は、前記電圧パターン生成処理、前記平滑化処理、前記予測処理、前記電圧パターン選択処理および前記インバータ制御処理を、電圧パターン生成部12、平滑化部13、予測部14、電圧パターン選択部15およびPWMインバータ制御部16に、所定の制御周期で繰り返し実施させる。
【0058】
このようなモデル予測制御部MC、2相3相変換部CV1、3相2相変換部CV2および回転速度処理部RSCは、CPU(Central Processing Unit)、メモリおよびその周辺回路を備えて構成されるマイクロプロセッサで構成可能であり、モデル予測制御部MCにおける制御部11、電圧パターン生成部12、平滑化部13、予測部14、電圧パターン選択部15およびPWMインバータ制御部16、2相3相変換部CV1、3相2相変換部CV2、ならびに、回転速度処理部RSCは、所定のプログラムの実行により、前記CPUに機能的に構成される。
【0059】
平滑度設定部133(平滑化部13)は、電動機Mが定常状態の場合、電動機Mが過渡状態の場合と比べて平滑化の度合いを表す平滑度Kaを大きく設定し、過渡状態の場合、定常状態の場合と比べて平滑度Kaを小さく設定する。詳しく説明すると、電動機Mが過渡状態の場合、d軸目標電流i (d軸電流iの目標値)およびq軸目標電流i (q軸電流iの目標値)は、変化する。これに対して、電動機Mが定常状態の場合、d軸目標電流i およびq軸目標電流i は、変化しない、または、ほとんど変化しない。平滑度設定部133は、下記式5と式6を用いて、d軸電流i、q軸電流iがそれぞれ次の制御周期でd軸目標電流i 、q軸目標電流i に到達するために必要となる次の制御周期のd軸電圧、q軸電圧を算出する。
【0060】
【数5】
【0061】
【数6】
【0062】
ここで、v (k+1)は、次の制御周期(k+1番目の制御)でd軸電流iをd軸目標電流i (k+1)に到達するために必要となる次の制御周期のd軸電圧を示す。v (k+1)は、次の制御周期(k+1番目の制御)でq軸電流iをq軸目標電流i (k+1)に到達するために必要となる次の制御周期のq軸電圧を示す。v (k+1)、v (k+1)は、それぞれ、平滑化されていない。i(k)、i(k)、ω(k)は、それぞれ、現在の制御周期(k番目の制御)でのd軸電流、q軸電流、測定された回転速度を示す。上述したように、Lは、d軸インダクタンスであり、Lは、q軸インダクタンスであり、Tは、制御周期であり、Ψは、電動機Mにおける永久磁石の鎖交磁束である。
【0063】
図1に示すように、モデル予測制御部MCは、電圧パターン選択部15で選択された、次の制御周期(k+1番目の制御)で用いる平滑化したd軸電圧vds(k+1)、q軸電圧vqs(k+1)をそれぞれd軸目標電圧v 、q軸目標電圧v として出力する。電圧の平滑効果を大きくするために、平滑度Kaが大きく設定され、この結果、d軸目標電圧v がv (k+1)を下回り、または、q軸目標電圧v がv (k+1)を下回ると、d軸目標電流i 、q軸目標電流i に到達するための応答性が低下する。そこで、平滑度設定部133は、図7に示すフローチャートに従って、平滑度Kaを決定する。これによれば、d軸目標電圧v をv (k+1)と同じにし、かつ、q軸目標電圧v をv (k+1)より大きくし、または、d軸目標電圧v をv (k+1)より大きくし、かつ、q軸目標電圧v をv (k+1)と同じにすることができる。但し、例外がある。
【0064】
平滑度設定部133は、式5を用いてv (k+1)を算出し、式6を用いてv (k+1)を算出する(S1)。平滑度設定部133は、処理S1で算出したv (k+1)と現在の制御周期(k番目の制御)で用いられている平滑化したd軸電圧vds(k)との電圧偏差Δvdを算出し、処理S1で算出したv (k+1)と現在の制御周期(k番目の制御)で用いられている平滑化したq軸電圧vqs(k)との電圧偏差Δvqを算出する(S2)。d軸電圧vds(k)はd軸目標電圧v であり、q軸電圧vqs(k)はq軸目標電圧v である。
【0065】
平滑度設定部133は、d軸電圧平滑度Kadを、下記式を用いて逆算する(S3)。
Kad=(-Δv/v_max)+Kamax
_maxは、インバータIVの最大出力電圧でのd軸電圧の絶対値である。Kamaxは、平滑度Kaの最大値であり、ユーザが設定することができる。電動機Mが定常状態の場合、電圧偏差(Δv)が0または略0になるので、Kadは、Kmaxまたは略Kmaxとなる。電動機Mが過渡状態の場合、電圧偏差(Δv)が大きくなるので、Kadは、Kmaxより小さくなる。
【0066】
平滑度設定部133は、処理S3で算出したKadが0より小さいか否かを判断する(S4)。電圧偏差Δvdが大きくなり、Kadがゼロより小さくなることがある。これは、v (k+1)がインバータIVの最大出力電圧より大きいことであり、平滑度Kaがゼロでも、d軸目標電圧v はv (k+1)にできず、v (k+1)より小さくなる。
【0067】
平滑度設定部133は、Kadがゼロより小さいとき(S4でYes)、Kadをゼロとする(S5)。この場合、上記例外となり、d軸目標電圧v は、v (k+1)にできず、v (k+1)より小さくなる。
【0068】
平滑度設定部133は、q軸電圧平滑度Kaqを、下記式を用いて逆算する(S6)。
Kaq=(-Δv/v_max)+Kamax
_maxは、インバータIVの最大出力電圧でのq軸電圧の絶対値である。電動機Mが定常状態の場合、電圧偏差(Δv)が0または略0になるので、Kaqは、Kmaxまたは略Kmaxとなる。電動機Mが過渡状態の場合、電圧偏差(Δv)が大きくなるので、Kaqは、Kmaxより小さくなる。
【0069】
平滑度設定部133は、処理S6で算出したKaqが0より小さいか否かを判断する(S7)。電圧偏差Δvqが大きくなり、Kaqがゼロより小さくなることがある。これは、v (k+1)がインバータIVの最大出力電圧より大きいことであり、平滑度Kaがゼロでも、q軸目標電圧v はv (k+1)にできず、v (k+1)より小さくなる。
【0070】
平滑度設定部133は、Kaqがゼロより小さいとき(S7でYes)、Kaqをゼロとする(S8)。この場合、上記例外となり、q軸目標電圧v は、v (k+1)にできず、v (k+1)より小さくなる。
【0071】
平滑度設定部133は、KadがKaq以上か否かを判断する(S9)。平滑度設定部133は、KadがKaq以上と判断したとき(S9でYes)、平滑度KaをKaqに設定し(S10)、KadがKaqより小さいと判断したとき(S9でNo)、平滑度KaをKadに設定する(S11)。要するに、Kad、Kaqのうち、小さい方が平滑度Kaにされる。
【0072】
以上説明したように、図7に示すフローチャートによれば、平滑度設定部133(平滑化部13)は、所定の物理量(駆動電流)を目標値にするために次の制御周期で必要となる電圧(v (k+1)、(v (k+1))と電圧パターン選択部15で選択された、現在の制御周期での時系列な平滑電圧パターンの電圧(vds(k)、vdq(k))との偏差(Δv、Δv)を計算し、偏差が大きくなるにしたがって次の制御周期での平滑度Kaを小さく設定し、偏差が小さくなるにしたがって次の制御周期での平滑度Kaを大きく設定する。
【0073】
次に、本実施形態の電動機駆動制御システムSの動作について説明する。図8は、この動作を示すフローチャートである。本実施形態の電動機駆動制御システムSでは、電源が投入されると、必要な各部の初期化を実行し、その稼働を始める。そして、例えば、プログラムの実行によって、前記CPUには、モデル予測制御部MC、2相3相変換部CV1、3相2相変換部CV2および回転速度処理部RSCが機能的に構成され、モデル予測制御部MCには、制御部11、電圧パターン生成部12、平滑化部13、予測部14、電圧パターン選択部15およびPWMインバータ制御部16が機能的に構成される。
【0074】
そして、図8に示す処理S21~処理S28の各処理が、電動機Mの駆動が停止されるまで、制御部11によって所定の制御周期ごとに繰り返し実行される。
【0075】
図8において、まず、今回(k番目)において、電流測定部CSによって測定された各相の巻線電流の値が取得され、回転角度測定部VSによって測定された回転角度θの値が取得される(S21)。電流測定部CSは、この取得した各相の巻線電流の値を、3相2相変換部CV2へ出力し、回転角度測定部VSは、この取得した回転角度θの値を、2相3相変換部CV1、3相2相変換部CV2および回転速度処理部RSCそれぞれへ出力する。
【0076】
続いて、3相2相変換部CV2は、処理S21で取得された各相の巻線電流の値および回転角度θの値から、d軸電流iおよびq軸電流iを求め、この求めたd軸電流iおよびq軸電流iをモデル予測制御部MCへ出力し、回転速度処理部RSCは、処理S21で取得された各相の巻線電流の値および回転角度θの値から、回転速度ωを求め、この求めた回転速度ωを、モデル予測制御部MCへ出力する(S22)。
【0077】
続いて、モデル予測制御部MCは、電圧パターン生成部12によって、予め設定された予測ホライズンの値および制御ホライズンの値に応じて、インバータ回路IVで出力可能な時系列な電圧パターンを、互いに異なるように複数、生成する(S23、電圧パターン生成処理)。
【0078】
続いて、平滑度設定部133は、処理S22で求められたd軸電流id、q軸電流iおよび回転速度ωを用いて、平滑度Kaを決定する(S24、平滑度決定処理)。
【0079】
続いて、モデル予測制御部MCは、平滑化部13によって、処理S23で電圧パターン生成部12によって生成された複数の時系列な電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な電圧パターンを時系列な平滑電圧パターンとして平滑化する(S25、平滑化処理)。この平滑化において、処理S24で決定された平滑度Kaが用いられる。
【0080】
続いて、モデル予測制御部MCは、予測部14によって、処理S25で平滑化部13によって平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、当該時系列な平滑電圧パターンが電動機Mに入力された場合における前記電動機Mの制御目標に関する所定の物理量の値を予測値として予測する(S26、予測処理)。より具体的には、本実施形態では、予測部14は、式2によってd軸電流iの予測値i(k+1)を求め、式3によってq軸電流iの予測値i(k+1)を求める。
【0081】
続いて、モデル予測制御部MCは、電圧パターン選択部15によって、処理S25で平滑化部13によって平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンそれぞれについて、処理S26で予測部14によって予測された予測値および式4を用いて、評価値gを算出し、算出された各評価値gの中で最も高い評価の評価値gに対応する時系列な平滑電圧パターンを、処理S25で平滑化部13によって平滑化された複数の時系列な平滑電圧パターンの中から選択する(S27、電圧パターン選択処理)。
【0082】
続いて、モデル予測制御部MCは、PWMインバータ制御部16によって、処理S27で電圧パターン選択部15によって選択された時系列な平滑電圧パターンに基づいて、PWM変調器PWおよびインバータ回路IVを制御して電動機Mを駆動する(S28、PWMインバータ制御処理)。
【0083】
このように電動機Mが、制御目標の目標値となるd軸目標電流i 、q軸目標電流i となるように、モデル予測制御で制御され、駆動される。
【0084】
シミュレーション(数値実験)によって、本実施形態における電動機駆動制御システムS、電動機駆動制御装置およびこれに実装された電動機駆動制御方法の効果が検証された。図9は、本実施形態における電動機駆動制御システムSによる速度制御のシミュレーション結果を示し、図10は、第1比較例による速度制御のシミュレーション結果を示し、図11は、第2比較例による速度制御のシミュレーション結果を示す。図9図11の各横軸は、経過時間であり、各縦軸は、q軸電流iである。図9図11において、点線は、目標値(参照値、reference)を示し、実線は、測定値(measured)を示す。
【0085】
第1比較例は、フィードバック制御で速度制御を実行しており、第2比較例は、平滑度Kaが固定されている以外、本実施形態と同様のモデル予測制御で速度制御を実行した。
【0086】
図9に示すように、本実施形態では、q軸電流iが目標値付近に収束するために要する時間が約0.8単位時間であり、図10に示すように、第1比較例では、q軸電流iが目標値付近に収束するために要する時間が約1.3単位時間である。従って、本実施形態は第1比較例よりも、目標値への追従性(応答性)が良いことが分かる。
【0087】
図9に示すように、本実施形態では、q軸電流iの脈動が比較的小さく、図11に示すように、第2比較例では、q軸電流iの脈動が比較的大きい。従って、本実施形態は第2比較例よりも、電流脈動を小さくできることが分かる。
【0088】
図12は、本実施形態における電動機駆動制御システムSによる速度制御のシミュレーションを実行したときの平滑度Kaの変化を示すグラフである。図12の横軸は、経過時間であり、縦軸は、平滑度Kaである。Kamaxは、ユーザが予め設定した平滑度Kaの最大値である。電動機Mが定常状態の場合(目標値が一定)、平滑度KaはKamax付近に設定されるので、q軸電流iの脈動を小さくできる。電動機Mが過渡状態の場合(目標値が変化)、平滑度Kaはゼロ付近に設定されるので、q軸電流iの目標値への追従性(応答性)を良くできる。
【符号の説明】
【0089】
S 電動機駆動制御システム
D 電動機駆動制御装置
M 電動機
MC モデル予測制御部
IV インバータ回路
PM PWM変調器
CS 電流測定部
VS 回転角度測定部
CV1 2相3相変換部
CV2 3相2相変換部
RSC 回転速度処理部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12