(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-07
(45)【発行日】2024-06-17
(54)【発明の名称】嗅覚障害及び神経変性疾患の治療及び/又は予防剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/7008 20060101AFI20240610BHJP
A61P 27/00 20060101ALI20240610BHJP
【FI】
A61K31/7008
A61P27/00
(21)【出願番号】P 2021509559
(86)(22)【出願日】2020-03-26
(86)【国際出願番号】 JP2020013503
(87)【国際公開番号】W WO2020196694
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2022-12-19
(31)【優先権主張番号】P 2019061198
(32)【優先日】2019-03-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】510239598
【氏名又は名称】セオリアファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100142594
【氏名又は名称】阪中 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100090686
【氏名又は名称】鍬田 充生
(72)【発明者】
【氏名】長谷 忠
(72)【発明者】
【氏名】湯浅 風人
【審査官】金子 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-228592(JP,A)
【文献】Drug Delivery,1999年,6(1):23-30
【文献】J Neurochem,1988年,51(4):1190-1196
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/7008
A61P 27/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
嗅覚障害を治療及び/又は予防するための治療及び/又は予防剤であって、少なくともガングリオシドGM1誘導体を含み、このガングリオシドGM1誘導体が、下記式(1)で表される化合物又はその水和物若しくはその溶媒和物
を含み、経鼻投与剤又は点鼻剤の形態である治療及び/又は予防剤。
【化1】
(式中、R
1は水素原子又はC
1-4アルキル基、R
2はC
1-4アルキル基、フェニル基、又はフェニル-C
1-3アルキル基、R
3は水素原子又はアセチル基、R
4はヒドロキシル基又はC
1-4アシルアミノ基を示し、Xは酸素原子又は硫黄原子を示し、ステロイド骨格の破線部は単結合又は二重結合を示す)
【請求項2】
ガングリオシドGM1誘導体が、3α-[N-(5-アセトアミド-3,5-ジデオキシ-2-O-メチル-α-D-グリセロ-D-ガラクト-2-ノニュロピラノソニル)アミノ]コレスタン又はその水和物若しくは溶媒和物を含む請求項1記載の治療及び/又は予防剤。
【請求項3】
嗅覚障害が、無臭症、嗅覚低下、嗅覚脱失、嗅覚過敏症、嗅覚錯誤症、嗅盲、悪臭症から選択された少なくとも一種である請求項1
又は2記載の治療及び/又は予防剤。
【請求項4】
嗅覚障害が、気道性嗅覚障害、嗅神経性嗅覚障害、中枢性嗅覚障害から選択された少なくとも一種である請求項1~
3のいずれかに記載の治療及び/又は予防剤。
【請求項5】
気道性嗅覚障害が、副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎、鼻腔腫瘍、鼻中隔の骨折に伴う少なくとも一種であり、嗅神経性嗅覚障害が、感冒、インフルエンザに伴う嗅粘膜性嗅覚障害、薬物性嗅覚障害、外傷性傷害に伴う末梢神経性嗅覚障害から選択された少なくとも一種であり、中枢性嗅覚障害が、頭部外傷、脳腫瘍、脳出血、加齢による嗅球の傷害に伴う嗅覚障害、神経変性疾患に伴う嗅覚障害から選択された少なくとも一種である、請求項
4記載の治療及び/又は予防剤。
【請求項6】
嗅覚障害が、レビー小体病、パーキンソン病、アルツハイマー病から選択された少なくとも1つの神経変性疾患に伴う嗅覚障害である請求項1~
5のいずれかに記載の治療及び/又は予防剤。
【請求項7】
嗅覚障害を治療及び/又は予防するための
経鼻投与剤又は点鼻剤であって、請求項1又は2記載のガングリオシドGM1誘導体を含む
経鼻投与剤又は点鼻剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嗅覚障害(気道性嗅覚障害、嗅神経性嗅覚障害、中枢性嗅覚障害など)、レビー小体病、パーキンソン病、アルツハイマー病などの神経変性疾患の治療及び/又は予防に有用な治療及び/又は予防剤、並びに前記治療及び/又は予防に有用な点鼻剤に関する。
【背景技術】
【0002】
嗅覚は、嗅細胞で「ニオイ」分子を識別し、中枢神経系や自律神経系に作用し、情動効果を生じさせる。また、嗅細胞による「ニオイ」情報は、嗅球を経て嗅覚2次中枢に達し、大脳辺縁系(扁桃体や海馬、眼窩前頭野など)に伝達され、自律神経系、内分泌系、免疫系などに影響を及ぼす。そのため、嗅覚の低下は、種々の疾病の要因ともなる。例えば、ストレス、頭部の外傷(脳挫傷)などにより嗅覚が低下すること、パーキンソン病、及びアルツハイマー型認知症の初期兆候として嗅覚低下が生じること等が報告されている。
【0003】
特開2000-7569号公報(特許文献1)には、ロテプレドノール・エタボネートを含有する嗅覚障害治療剤(点鼻用懸濁剤)が記載されている。この文献には、嗅上皮再生を促進し、嗅上皮および混合性嗅覚障害に対して有用であり、失われた又は低下した嗅覚を回復できることが記載されている。特開2016-155816号公報(特許文献2)には、インスリン、インスリン類縁体及びインスリン分泌促進物質からなる群から選ばれる少なくとも1種の有効成分を含有する嗅覚障害治療剤(又は点鼻剤)が記載されている。この文献には、障害を受けた嗅上皮の修復又は再生を促進し、欠失又は低下した嗅覚を回復できることも記載されている。
【0004】
特開2008-531560号公報(特許文献3)には、抗体フラグメントに連結されたポリペプチドから構成される組成物の治療上有効な量を哺乳動物に鼻腔内投与することを含んでなる処置方法が記載され、哺乳動物の中枢神経系に前記組成物を投与することにより、アルツハイマー病、パーキンソン病およびハンチントン病などの神経性障害を処置することも記載されている。
【0005】
特開2018-508540号公報(特許文献4)には、所定のチアゾール化合物又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、前頭葉機能障害(パーキンソン病における認知障害、慢性ストレスによる認知障害、レビー小体型認知症、進行性核上性麻痺または前頭側頭型認知症などの認知障害)を治療及び/又は予防するための治療及び/又は予防剤が記載されている。この文献には、前頭葉機能障害として、認知障害(例えば、パーキンソン病における認知障害)、嗅覚障害なども記載されている。しかし、これらの特許文献1~4には、ガングリオシド又はその複合体について記載されていない。
【0006】
なお、特開平7-228592号公報(特許文献5)には、所定のシアル酸誘導体が、コリン作動性神経細胞においてコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)活性を賦活し、アルツハイマー病を含む老年痴呆症などの中枢神経系障害や、糖尿病性神経障害などの末梢神経系障害の予防や治療に有用であることも記載されている。しかし、この文献には、嗅球細胞を含め神経細胞を賦活又は活性化すること、シアル酸誘導体を経鼻投与することは記載されていない。また、投与経路によっては、副作用が生じる懸念がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2000-7569号公報(特許請求の範囲、[0008][発明の効果])
【文献】特開2016-155816号公報(特許請求の範囲、[発明の効果])
【文献】特開2008-531560号公報(特許請求の範囲)
【文献】特開2018-508540号公報(特許請求の範囲、[発明の効果])
【文献】特開平7-228592号公報(特許請求の範囲、[発明の効果])
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、嗅覚障害(気道性嗅覚障害、嗅神経性嗅覚障害、中枢性嗅覚障害など);神経変性疾患(レビー小体病、パーキンソン病、アルツハイマー病など)を治療及び/又は予防するのに有用な治療及び/又は予防剤並びに点鼻剤を提供することにある。
【0009】
本発明の他の目的は、細胞(嗅上皮細胞、嗅球細胞など)のNGF受容体であるTrkAを活性化し、前記細胞の新生及び再生を賦活又は活性化すると共に、アポトーシスを抑制して嗅覚障害(神経変性疾患に伴う嗅覚障害など)、神経変性疾患(レビー小体病、パーキンソン病、アルツハイマー病など)を治療又は予防するのに有用な治療及び/又は予防剤並びに点鼻剤を提供することにある。
【0010】
本発明のさらに他の目的は、副作用を抑制しつつ、嗅覚障害(気道性嗅覚障害、嗅神経性嗅覚障害、中枢性嗅覚障害など)及び脳神経変性疾患の治療又は予防に有用な治療及び/又は予防剤並びに点鼻剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記課題を達成するため鋭意検討した結果、嗅上皮あるいは嗅球細胞が傷害された嗅覚障害であっても、所定のガングリオシドGM1誘導体を投与すると、嗅上皮細胞あるいは嗅球細胞を修復又は再生できることを見いだした。このような知見は、嗅覚障害(気道性嗅覚障害、嗅神経性嗅覚障害、中枢性嗅覚障害など)の予防及び治療に有効であること;レビー小体型認知症、パーキンソン病、アルツハイマー型認知症などの神経性変性疾患では嗅覚が低下又は傷害されることが広く知られていることから、嗅覚の低下を伴う神経性変性疾患(レビー小体病、パーキンソン病、アルツハイマー病など)の予防及び治療に有効であることを示しており、神経成長因子(NGF)の受容体TrkAの下流に疼痛受容体(TRPV1)が存在しても、経鼻投与により、神経痛の副作用が発現するのを低減でき、嗅上皮及び嗅球組織内へガングリオシドGM1誘導体を移行できることが予想されることを示している。
【0012】
すなわち、本発明の治療及び/又は予防剤(以下、単に治療予防剤と称する場合がある)は、嗅覚障害及び神経変性疾患から選択された少なくとも一種の疾患を治療及び/又は予防する。このような治療予防剤は、少なくともガングリオシドGM1誘導体を含んでいる。
【0013】
前記ガングリオシドGM1誘導体は、下記式(1)で表される化合物又はその水和物若しくはその溶媒和物であってもよい。
【0014】
【0015】
(式中、R1は水素原子又はC1-4アルキル基、R2はC1-4アルキル基、フェニル基、又はフェニル-C1-3アルキル基、R3は水素原子又はアセチル基、R4はヒドロキシル基又はC1-4アシルアミノ基を示し、Xは酸素原子又は硫黄原子を示し、ステロイド骨格の破線部は単結合又は二重結合を示す)。
【0016】
具体的には、前記ガングリオシドGM1誘導体は、3α-[N-(5-アセトアミド-3,5-ジデオキシ-2-O-メチル-α-D-グリセロ-D-ガラクト-2-ノニュロピラノソニル)アミノ]コレスタン又はその水和物若しくは溶媒和物であってもよい。
【0017】
本発明の治療予防剤は、TrkAの活性化及び、活性型カスパーゼ-3(caspase-3)の発現抑制によって、嗅覚障害又は嗅覚疾患、及び神経変性疾患から選択された少なくとも一種の疾患を治療及び/又は予防するのに有用である。すなわち、本発明の治療予防剤は、嗅上皮及び、嗅球組織の神経細胞のTrkAを活性化することによって、嗅上皮細胞あるいは嗅細胞(嗅球細胞など)の新生及び再生を賦活又は活性化すると共に細胞のアポトーシスを抑制する。
【0018】
本発明の治療予防剤は、経口投与剤又は非経口投与剤(注射剤などの経静脈投与剤)などの形態であってもよく、経鼻投与剤(点鼻剤)の形態であってもよい。
【0019】
本発明の治療予防剤は、種々の嗅覚障害又は嗅覚疾患及び神経変性疾患から選択された少なくとも一種の疾患の予防及び/又は治療に適用できる。嗅覚障害には、例えば、無臭症、嗅覚低下症、嗅覚脱失、嗅覚過敏症、嗅覚錯誤症、嗅盲、悪臭症などの嗅覚障害が含まれる。また、嗅覚障害の病態は、気道性嗅覚障害、嗅神経性嗅覚障害、中枢性嗅覚障害の原疾患から選択された少なくとも一種であってもよい。前記気道性嗅覚障害は、例えば、副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎、鼻腔腫瘍、鼻中隔の骨折に伴う少なくとも一種であってもよく、前記嗅神経性嗅覚障害は、例えば、感冒、インフルエンザに伴う嗅粘膜性嗅覚障害、薬物性嗅覚障害、外傷性傷害に伴う末梢神経性嗅覚障害から選択された少なくとも一種であってもよい。また、前記中枢性嗅覚障害は、頭部外傷、脳腫瘍、脳出血、加齢による嗅球の傷害に伴う嗅覚障害、神経変性疾患(脳神経変性疾患など)に伴う嗅覚障害から選択された少なくとも一種であってもよい。例えば、嗅覚障害は、神経変性疾患(レビー小体病、パーキンソン病、アルツハイマー病から選択された少なくとも1つの疾患)に伴う嗅覚障害であってもよい。なお、前記嗅覚障害の疾患は、例えば、「嗅覚障害診断ガイドライン」(日鼻誌 56(4). 2017)に従って分類することができる。
【0020】
前記神経変性疾患は嗅覚傷害を伴わない疾患であってもよい。このような神経変性疾患(脳神経変性疾患など)としては、レビー小体病(レビー小体型認知症を含む)、パーキンソン病(パーキンソン症候群を含む)、アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症を含む)などから選択された少なくとも一種の疾患が例示できる。
【0021】
これらの疾患は互いに関連していてもよく、例えば、アルツハイマー型認知症と嗅覚障害(無臭症など)との双方の疾患(又は症状)を伴っていてもよい。
【0022】
なお、「ガングリオシドGM1誘導体」に関し、「誘導体」は「類似体」と同義に用いる場合があり、「誘導体」には、GM1の構造中の原子や原子団(官能基)が類似の原子又は原子団で置換した化合物(例えば、酸素原子が硫黄原子で置換した化合物、ヒドロキシル基がアルコキシ基で置換した化合物など)、1又は複数の化合物がガングリオシドGM1に結合した化合物、ガングリオシドGM1の構造の一部が変化又は変性した化合物などが含まれる。
【発明の効果】
【0023】
本発明では、ガングリオシドGM1誘導体を投与することにより、嗅上皮及び嗅球細胞や神経細胞を修復又は再生でき、嗅覚障害及び神経変性疾患(脳神経変性疾患など)から選択された少なくとも一種の疾患を治療及び/又は予防できる。特に神経成長因子(NGF)の高親和性受容体TrkAを介して、前記細胞の新生及び/又は再生を活性化し、また細胞(嗅上皮細胞、嗅球細胞など)のアポトーシスを抑制して、嗅覚障害(気道性嗅覚障害、嗅神経性嗅覚障害、中枢性嗅覚障害)から選択された少なくとも一種(例えば、脳神経変性疾患に伴う嗅覚障害など)及び/又は神経変性疾患(例えば、レビー小体病、パーキンソン病、及びアルツハイマー病などの脳神経変性疾から選択された少なくとも一種)を治療又は予防するのに有用であることが予想される。さらに、経鼻投与することにより、受容体TrkAの下流に疼痛受容体(TRPV1)が存在しても、神経痛の副作用を低減でき、嗅上皮や嗅球組織内へガングリオシドGM1誘導体を移行でき、前記嗅覚障害及び/又は神経変性疾患を有効に治療又は予防できることが予想される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1は試験例1において、2日目の暗室での滞在時間の結果を示すグラフである。
【
図2】
図2は試験例1において、4日目の暗室での滞在時間の結果を示すグラフである。
【
図3】
図3は試験例1において、8日目の暗室での滞在時間の結果を示すグラフである。
【
図4】
図4は試験例1において、2日目の明室での滞在時間の結果を示すグラフである。
【
図5】
図5は試験例1において、4日目の明室での滞在時間の結果を示すグラフである。
【
図6】
図6は試験例1において、8日目の明室での滞在時間の結果を示すグラフである。
【
図7】
図7は試験例2において、6日目の暗室での滞在時間の結果を示すグラフである。
【
図8】
図8は試験例2において、6日目の明室での滞在時間の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の治療予防剤は、活性成分又は有効成分として少なくともガングリオシドGM1誘導体を含んでいる。ガングリオシド(Ganglioside)は、シアル酸(N-アセチルノイラミン酸)が結合したスフィンゴ糖脂質の総称又はファミリーを意味し、このようなガングリオシドのうち、「ガングリオシドGM1」は、カルシウム恒常性を制御するニューロンの細胞膜を構成する主要なアシル酸糖脂質である。「ガングリオシドGM1誘導体」は、「ガングリオシドGM1」から誘導された誘導体又は類似体を意味し、「ガングリオシドGM1」の誘導体には、N-アシルノイラミン酸やデアミノノイラミン酸のカルボキシル基にステロイド骨格の3位がアミド結合したアミド体、このようなアミド体のヒドロキシル基のアルコキシ体、アシル体、エステル体などの誘導体が含まれる。そのため、「ガングリオシドGM1誘導体」は、これらの誘導体の複合体(ガングリオシドGM1と前記誘導体との組み合わせ又は混合物若しくは複合体、複数の前記誘導体の組み合わせ又は混合物若しくは複合体)、これらの誘導体と、ガングリオシドGD1a又はその類似体、ガングリオシドGD1b又はその類似体、ガングリオシドGT1b又はその類似体などから選択された少なくとも一種との組み合わせ又は混合物若しくは複合体が含まれる。
【0026】
ガングリオシドGM1誘導体としては、例えば、下記式(1)で表される化合物又はその水和物若しくはその溶媒和物が使用できる。
【0027】
【0028】
(式中、R1は水素原子又はC1-4アルキル基を表し、R2はC1-4アルキル基、フェニル基、又はフェニル-C1-3アルキル基、R3は水素原子又はアセチル基、R4はヒドロキシル基又はC1-4アシルアミノ基を示し、Xは酸素原子又は硫黄原子を示し、ステロイド骨格の破線部は単結合又は二重結合を示す)。
【0029】
なお、式(1)において、波線で示す結合線は、立体配置がα型、β型のいずれであってもよいことを示す。
【0030】
R1及びR2で表されるC1-4アルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、t-ブチル基などが例示できる。R1は水素原子又はC1-2アルキル基(メチル基など)である場合が多い。
【0031】
R2で表されるフェニル-C1-3アルキル基としては、ベンジル基、フェネチル基などが例示できる。R2は、メチル基などのC1-2アルキル基、フェニル基、又はベンジル基である場合が多い。Xは、酸素原子又は硫黄原子のいずれであってもよいが、酸素原子である場合が多い。また、R3は水素原子である場合が多い。
【0032】
R4で表されるC1-4アシルアミノ基としては、ホルミルアミノ基、アセチルアミノ基、プロピオニルアミノ基などが例示できる。好ましいR4はヒドロキシル基又はアセチルアミノ基、特にアセチルアミノ基である。
【0033】
ステロイド骨格の破線部(5,6位の破線部)は単結合又は二重結合のいずれであってもよいが、単結合である場合が多い。ステロイド骨格の3位の立体配置は、α体、β体のいずれであってもよく、通常、α体である場合が多い。
【0034】
前記式(1)で表される化合物(ガングリオシドGM1類似体)としては、例えば、前記式(1)において、(1-1)R1=H、X=O、R2=メチル基、R3=H、R4=アセチルアミノ基、ステロイド骨格の5、6位の結合(破線部)が単結合である化合物:3α-[N-(5-アセトアミド-3,5-ジデオキシ-2-O-メチル-α-D-グリセロ-D-ガラクト-2-ノニュロピラノソニル)アミノ]コレスタン、
(1-2)R1=H、X=O、R2=メチル基、R3=H、R4=アセチルアミノ基、ステロイド骨格の破線部が二重結合である化合物:3α-[N-(5-アセトアミド-3,5-ジデオキシ-2-O-メチル-α-D-グリセロ-D-ガラクト-2-ノニュロピラノソニル)アミノ]-5-コレステン、
(1-3)R1=H、X=O、R2=フェニル基,R3=H,R4=アセチルアミノ基、ステロイド骨格の破線部が単結合である化合物:3α-[N-(5-アセトアミド-3,5-ジデオキシ-2-O-フェニル-α-D-グリセロ-D-ガラクト-2-ノニュロピラノソニル)アミノ]コレスタン、
(1-4)R1=H、X=O、R2=ベンジル基,R3=H,R4=アセチルアミノ基、ステロイド骨格の破線部が単結合である化合物:3α-[N-(5-アセトアミド-3,5-ジデオキシ-2-O-ベンジル-α-D-グリセロ-D-ガラクト-2-ノニュロピラノソニル)アミノ]コレスタン、
(1-5)R1=H、X=S、R2=フェニル基,R3=H,R4=アセチルアミノ基、ステロイド骨格の破線部が単結合である化合物:3α-[N-(5-アセトアミド-3,5-ジデオキシ-2-S-フェニル-2-チオ-α-グリセロ-D-ガラクト-2-ノニュロピラノソニル)アミノ]コレスタン、
(1-6)R1=H、X=O、R2=メチル基,R3=H,R4=ヒドロキシル基、ステロイド骨格の破線部が単結合である化合物:3α-[N-(3-デオキシ-2-O-メチル-α-D-グリセロ-D-ガラクト-2-ノニュロピラノソニル)アミノ]コレスタン、
(1-7)R1=H、X=O、R2=メチル基,R3=H,R4=ヒドロキシル基、ステロイド骨格の破線部が二重結合である化合物:3α-[N-(3-デオキシ-2-O-メチル-α-D-グリセロ-D-ガラクト-2-ノニュロピラノソニル)アミノ]-5-コレステンなどが例示できる。
【0035】
式(1)で表される化合物(ガングリオシドGM1類似体又は誘導体)は、水和物又は溶媒和物(メタノール、エタノール、イソプロパノールなどのアルコールの溶媒和物)であってもよい。
【0036】
これらの化合物は単独で又は二種以上組み合わせて使用でき、ガングリオシドGM1類似体の複合体を形成してもよい。好ましい化合物は、前記化合物(1-1):3α-[N-(5-アセトアミド-3,5-ジデオキシ-2-O-メチル-α-D-グリセロ-D-ガラクト-2-ノニュロピラノソニル)アミノ]コレスタン又はその水和物若しくは溶媒和物である。
【0037】
なお、これらのガングリオシドGM1誘導体は、前記特許文献5に記載されている。そのため、ガングリオシドGM1誘導体の詳細については、製造方法も含めて前記特許文献5を参照できる。
【0038】
このようなガングリオシドGM1誘導体は、嗅覚障害(神経変性疾患に伴う嗅覚障害を含む)及び神経変性疾患から選択された少なくとも一種の疾患を治療及び/又は予防するために有用である。すなわち、神経成長因子(nerve growth factor;NGF)は、高親和性受容体(Tropomyosin receptor kinase A:TrkA)を介して、神経細胞の生存維持、神経突起の伸長促進、神経伝達物質の合成促進などの作用を示し、末梢神経系では感覚ニューロン(後根神経節の小型細胞)及び交感神経節後ニューロンに、中枢神経系では大脳皮質や海馬に投射する前脳基底部コリン作動性ニューロンに特異的に作用することが知られている。
【0039】
一方、カスパーゼ(cysteine-aspartic acid specific protease: Caspase)は、システインプロテアーゼに属し、細胞死(アポトーシス)を生じさせるシグナル伝達経路を形成する。そのため、カスパーゼが活性化すると、細胞のアポトーシスが促進される。カスパーゼの中で、アポトーシスシグナル因子のカスパーゼ-3(Caspase-3)は、アポトーシスの早期に関与する重要なプロテアーゼである。
【0040】
そのため、細胞(新生細胞など)のアポトーシスを抑制し、欠失又は低下した細胞活性を活性化又は賦活することが重要である。本発明者らは、ガングリオシドGM1誘導体が、活性型カスパーゼ-3(caspase-3)の発現を抑制し、神経細胞(嗅上皮細胞、嗅球細胞など)のアポトーシスを有効に抑制し、欠失又は低下した細胞活性を活性化又は賦活し、修復又は再生する可能性を見いだした。すなわち、ガングリオシドGM1誘導体は、嗅上皮及び嗅球組織の神経成長因子(NGF)の受容体TrkAを介して、細胞内シグナル伝達を増強又は活性化し、同時にカスパーゼ3を抑制することによって、嗅上皮及び嗅球組織の神経細胞に対して保護作用を有する。
【0041】
さらに、神経変性疾患においては、早期から嗅覚経路が傷害され、嗅覚閾値の上昇、匂いの同定障害が生じ、多くの認知機能障害患者で嗅覚低下することが知られており、神経変性疾患と嗅覚障害とが密接に関係することも知られている。例えば、アルツハイマー病の初期症状として嗅覚低下が現れ、アルツハイマー病の一つの症状として嗅覚異常(無臭症)があることが知られている。また、嗅覚が低下すると、大脳辺縁系への情報伝達も低下し、情動、感情のコントロールなどの精神活動を障害する可能性もある。そのため、嗅覚経路を維持又は増強することは、神経変性疾患の治療及び予防につながる。
【0042】
本発明では、嗅上皮及び嗅細胞(嗅球細胞)を賦活又は活性化し、NGFの生成を促進し、脳内NGF量を増大させるようである。そのため、本発明の予防治療剤は、種々の嗅覚障
害又は嗅覚疾患及び/又は神経変性疾患を治療及び/又は予防するのに適している。
【0043】
嗅覚障害又は嗅覚疾患は、例えば、無臭症、嗅覚低下症、嗅覚脱失、嗅覚過敏症、嗅覚錯誤症(刺激性異嗅症、自発性異嗅症などの異嗅症など)、嗅盲、悪臭症などの症状を伴う嗅覚障害であってもよい。また、嗅覚障害又は嗅覚疾患の病態は、気道性嗅覚障害、嗅神経性嗅覚障害(嗅粘膜性嗅覚障害、末梢神経性嗅覚障害など)、中枢性嗅覚障害などから選択された少なくとも一種であってもよい。前記気道性嗅覚障害としては、例えば、副鼻腔炎(例えば、慢性副鼻腔炎)、アレルギー性鼻炎、鼻腔腫瘍、鼻中隔などの骨折などに伴う嗅覚障害などが例示できる。前記嗅神経性嗅覚障害(嗅神経(嗅上皮神経細胞)の傷害による嗅覚障害)としては、例えば、感冒、インフルエンザなどに伴う(又は起因する)嗅粘膜性嗅覚障害(ウイルスなどによる嗅神経細胞の傷害に伴う嗅覚障害)、薬物性嗅覚障害、外傷性傷害などに伴う(又は起因する)末梢神経性嗅覚障害(嗅神経軸索の傷害により嗅神経細胞の変性脱落などに伴う嗅覚障害)などが例示できる。さらに、前記中枢性嗅覚障害(嗅球から、嗅索及び大脳前頭葉に至る嗅覚路の傷害により生じる嗅覚障害)は、例えば、頭部外傷(脳挫傷など)、脳腫瘍、脳出血、加齢などによる嗅球などの傷害に伴う(又は起因する)嗅覚障害、神経変性疾患(脳神経変性疾患など)に伴う(又は起因する)嗅覚障害などであってもよい。嗅覚障害を伴う神経変性疾患(脳神経変性疾患など)としては、例えば、レビー小体病(レビー小体型認知症を含む)、パーキンソン病(パーキンソン症候群(多系統萎縮症,進行性核上性麻痺など)を含む)、ハンチントン病、脊髄小脳変性症,進行性核上性麻痺、痙性対麻痺、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症を含む)、皮質基底核変性症、慢性ストレスによる認知障害、外傷による認知障害、前頭側頭型認知症、ギランバレー症候群、フィッシャー症候群、糖尿病、統合失調症、ミクリッツ病、ベーチェット病などから選択された少なくとも一種の疾患であってもよい。また、アルツハイマー病などの神経変性疾患は、ストレス、風邪、頭部の外傷(脳挫傷)などに起因していてもよい。なお、これらの疾患は互いに関連していてもよく、例えば、無臭症、嗅覚低下症などは神経性嗅覚障害の症状として現れてもよく、神経変性疾患(レビー小体型認知症を含むレビー小体病、パーキンソン症候群を含むパーキンソン病、アルツハイマー型認知症を含むアルツハイマー病など)と嗅覚障害(無臭症や嗅覚低下症など)との双方の疾患を伴っていてもよく、嗅覚障害は前記疾患の合併症であってもよい。さらに、これらの嗅覚障害は、認知又は記憶障害などを伴っていてもよい。
【0044】
さらに、本発明の予防治療剤は、嗅覚障害の有無に拘わらず、神経変性疾患、例えば、レビー小体病(レビー小体型認知症を含む)、パーキンソン病(パーキンソン症候群を含む)、アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症を含む)などの神経変性疾患(脳神経変性疾患など)の治療及び/又は予防にも有用であり、少なくとも神経変性疾患(脳神経変性疾患など)の進行を抑制する抑制剤としても有用である。これらの疾患は、嗅覚障害を伴っていてもよい。すなわち、神経変性疾患と嗅覚障害(中枢性嗅覚障害など)とは互いに密接に関係していることが、多数の文献に報告されており、このような報告から、傷害、欠損などにより活性が低下又は消失した嗅細胞(嗅上皮細胞、嗅球細胞など)を修復又は再生することにより、神経変性疾患を治療又は予防できることが強く示唆されている。
【0045】
なお、レビー小体病(レビー小体型認知症を含む)はパーキンソン病(パーキンソン病認知症を含む)の上記概念として位置づけることができる。すなわち、これらの疾患は、αシヌクレイン凝集物を主成分とするレビー小体関連病理を有する同一スペクトラム上の疾患であり、レビー小体病と総称することができる。レビー小体病とパーキンソン病とは、パーキンソニズム(運動症状)と認知症との出現順序の違いにより区別することができ、レビー小体病理の脳内進展様式の違いに基づく、臨床病型の違いと考えられている。
【0046】
神経変性疾患と嗅覚障害とが密接に関係していることが多数の文献に報告されている。以下にいくつかの文献について説明する。
【0047】
レビー小体病(レビー小体型認知症を含む)と嗅覚障害との関係について、「Psychogeriatrics」 2013, 13, pp128-138には、「レビー小体病の認知:初期診断の試み」と題して、レビー小体関連の症状(嗅覚障害を含む)が、レビー小体病の認知症の初期検知を可能にする臨床シグナルであることが報告され、「J Neurol Psychiatry」 2009, 80, pp667-670には、「軽度のアルツハイマー病の認知症よりも軽度なレビー小体の認知症の患者において、嗅覚傷害がより多く見いだされる」と題して、軽度アルツハイマー病型認知症と比較したとき、軽度なレビー小体認知症の患者では、嗅覚同定能力が傷害されていたことが報告されている。「JAGS (J Am Geriatr)」 2011, Vol. 59, NO. 5, pp947-948には、「アルツハイマー病とレビー小体病の認知症とでの嗅覚障害の相違」と題して、コントロール群に比較して、アルツハイマー病群及びレビー小体病群では、匂いの同定スコアが有意に低く、アルツハイマー病群よりもレビー小体病群で、匂いの同定スコアが有意に低かったことが報告されている。
【0048】
パーキンソン病と嗅覚障害との関係について、「J. Chron Dis」 1975, Vol. 28, pp. 493-497には、「パーキンソン疾患の患者での嗅覚機能」と題して、嗅覚低下とパーキンソン病症候群とが有意に関連していることが報告され、「Nat Rev Neurol」 2011, Vol.7, pp358-359には、「パーキンソン病 認知症の嗅覚感知」と題して、重度の嗅覚低下とパーキンソン病の認知機能障害とがリンクしていること、嗅覚傷害が、後で生じる認知を強く予見することが報告され、「J Neurosci」 2009, December 9, pp15410-15413には、「嗅覚傷害がパーキンソン病における脳萎縮を予見する」と題して、パーキンソン病患者において、嗅覚関連の脳領域での皮質萎縮が嗅覚疾患と特に相関していたこと、初期パーキンソン病患者の右梨状皮質及び中程度に進行した患者の右扁桃体において、嗅覚性能と灰白質容積との間には正の相関が認められたこと、パーキンソン病における嗅覚傷害が、大脳周辺縁系及びパラ大脳周辺縁系皮質の嗅覚-感受領域の萎縮と関係していること、これらの脳領域での嗅覚と関連した萎縮が、パーキンソン病の初期症状としての嗅覚傷害が過剰黒質症状と関連しているらしいという仮説と一致したこと、初期及び中程度に進行したパーキンソン病において、嗅覚傷害が、進行性皮質萎縮を明らかにするための有用なバイオマーカーであること、嗅覚機能の評価とともに体型測定が、予備的症状段階のパーキンソン病の患者の特定と関連付けられることが報告されている。
【0049】
「臨床神経学」2013, 3巻2号, pp91-97には、「重度嗅覚傷害はパーキンソン病認知症の前駆徴候である」と題して、嗅覚傷害は扁桃体や他の辺縁系をふくむ局所脳萎縮と関連していることが明らかとなったこと、今後、嗅覚テストは進行性パーキンソン病の治療において重要な役割を果たすと考えられることなどが報告されている。
【0050】
アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症を含む)と嗅覚障害との関係について、「Am J Psychiatry」 April 1985, 142, pp524-525には、「嗅覚欠損及び一次変性認知」と題して、アルツハイマー病において、嗅覚欠損(又は欠失)が、一次変性認知において初期の神経症状の1つである可能性があることが報告されている。「Neurology」 August 1988, 38, pp1228-1232には、「初期アルツハイマー病では、嗅覚感知と同定性能とが分離している」と題して、初期のアルツハイマー病における化学感知傷害は末梢ではなく中枢であることが報告され、「Nature」 Vol. 337, 23, February 1989には、「アルツハイマー病の患者での嗅覚神経細胞の病変」と題して、既に、匂いの検知及び同定の欠損が、アルツハイマーのサインであることが報告され、アルツハイマー病の患者では、検死で得られた鼻上皮組織が、形態、分布及び神経構造の免疫反応性においてユニークな病変を示すことが報告されている。さらに、「日耳鼻」1994, 97, pp51-60には、「嗅粘膜生検によるアルツハイマー病確定診断の試み」と題して、アルツハイマー病患者では嗅細胞の減少がみられ、嗅細胞の減少がアルツハイマー病では早期から嗅覚傷害が起こるという臨床所見と一致していることが報告されている。
【0051】
さらに、「神経心理学」第33巻第3号, pp167-176には、嗅覚障害が認知症性疾患に合併するという多くの報告があり、アルツハイマー病とレビー小体型認知症ではしばしば著名な嗅覚障害が早期より認めることが記載されている。
【0052】
このように、多数の文献に神経変性疾患と嗅覚障害とが密接に関係することが報告されている。一方、本発明の治療予防剤では、活性が低下した嗅細胞(嗅上皮細胞、嗅球細胞など)を修復又は再生する。そのため、本発明の予防治療剤は、少なくとも神経変性疾患(脳神経変性疾患など)の進行を抑制するのに有用であるとともに、神経変性疾患(脳神経変性疾患など)の治療及び/又は予防に有用である。
【0053】
本発明の治療予防剤(製剤又は医薬組成物)は、少なくともガングリオシドGM1誘導体を含んでいればよく、嗅覚障害及び/又は神経変性疾患の他の薬剤、例えば、嗅覚障害の治療又は予防のための医薬又は生理活性成分(例えば、インスリン、IGFなど)、神経変性疾患の治療又は予防のための医薬又は生理活性成分(例えば、レボドパ、ドパミン受容体作用薬、モノアミンオキシダーゼB阻害薬、抗コリン薬、アマンタジン塩酸塩、ノルエピネフリン系作用薬、ドネペジル塩酸塩、メマンチン塩酸塩、ガランタミン臭化水素酸塩、リバスチグミンなど)を含んでいてもよい。
【0054】
さらに、点鼻剤などの製剤には、必要により、慣用の活性成分、例えば、非ステロイド系抗炎症剤、抗アレルギー剤、抗生物質、抗菌剤、血管収縮剤などを併用してもよい。
【0055】
治療予防剤の剤形は特に制限されず、固形製剤(粉剤、散剤、粒剤(顆粒剤、細粒剤など)、丸剤、ピル、口腔内崩壊錠などの錠剤、カプセル剤(軟カプセル剤、硬カプセル剤など)、ドライシロップ剤、坐剤など)、半固形製剤(クリーム剤、軟膏剤、グミ剤など)、液剤(注射剤、シロップ剤など)であってもよく、固形製剤としての粉剤や液剤は、スプレー剤、エアゾール剤などの噴霧剤であってもよい。また、液剤は、溶液剤であってもよく懸濁剤であってもよい。
【0056】
本発明の治療予防剤は、経口投与剤(粉末剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤など)又は非経口投与剤のいずれであってもよい。非経口投与剤は、局所投与剤(軟膏剤、パップ剤などの経皮投与剤、吸入剤、経鼻投与剤、点耳投与などの経粘膜投与剤、注射剤などの経静脈投与剤、膣内投与剤、皮下投与剤など)であってもよい。
【0057】
本発明の治療予防剤は、担体と組み合わせて医薬組成物又は生理活性組成物として使用してもよい。担体は、治療予防剤の剤形、投与経路などに応じて選択でき、賦形剤、結合剤および崩壊剤から選択された少なくとも一種の担体を使用する場合が多い。
【0058】
固形製剤の前記賦形剤としては、乳糖、ブドウ糖、ショ糖、マンニトール、ソルビトール、キシリトールなどの糖類又は糖アルコール類;トウモロコシデンプンなどのデンプン;結晶セルロース(微結晶セルロースも含む);軽質無水ケイ酸などが例示できる。結合剤としては、アルファ化デンプン、部分アルファ化デンプンなどの可溶性デンプン;デキストリン、アルギン酸ナトリウムなどの多糖類;ポリビニルピロリドン(PVP)、カルボキシビニルポリマー、ポリアクリル酸系ポリマー、ポリ乳酸、ポリエチレングリコールなどの合成高分子;メチルセルロース(MC)、エチルセルロース(EC)、カルボキシメチルセルロース(CMC)ナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)などが例示できる。崩壊剤としては、カルボキシメチルスターチナトリウム、カルメロース、カルメロースナトリウム、カルメロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、クロスポビドン、低置換度ヒドロキシプロピルセルロースなどが例示できる。これらの担体は、単独で又は二種以上組み合わせて使用できる。
【0059】
なお、固形製剤には、コーティング剤、例えば、糖類、エチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ポリオキシエチレングリコール、セルロースアセテートフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、メチルメタクリレート-(メタ)アクリル酸共重合体、オイドラギット(メタクリル酸・アクリル酸共重合物)などによるコーティング(腸溶性コーティング、胃溶性コーティングなど)を施してもよい。
【0060】
半固形剤の担体又は賦形剤としては、例えば、デキストリン、ワセリン、パラフィン、スクワレン、グリセリン脂肪酸エステル(オリーブ油、トウモロコシ油、ゴマ油、サフラワー油などのグリセライド)、多価アルコール(マクロゴールなどのポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリンなど)、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル(ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油など)、ソルビタン脂肪酸エステル(ソルビタンラウリン酸エステルなどのポリソルベートなど)、ステアリルアルコール、オレイルアルコールなどの高級アルコールなどが例示できる。
【0061】
液剤の担体又は賦形剤としては、液体媒体、例えば、水(蒸留水、注射用水など)、アルコール(エチルアルコール、イソプロピルアルコールなど)、多価アルコール(エチレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリンなど)、ベンジルアルコールなどが例示できる。
【0062】
これらの担体又は賦形剤は、単独で又は二種以上組み合わせて使用できる。
【0063】
治療予防剤(製剤)は、剤形に応じて、添加剤、例えば、滑沢剤、崩壊補助剤、抗酸化剤又は酸化防止剤、安定剤、防腐剤又は保存剤、殺菌剤又は抗菌剤、帯電防止剤、矯味剤又はマスキング剤、着色剤、矯臭剤又は香料、清涼化剤、消泡剤、溶解剤、溶解補助剤、無痛化剤、pH調整剤などを含んでいてもよい。これらの添加剤は単独で又は二種以上組み合わせて使用できる。
【0064】
好ましい治療予防剤は、経粘膜投与製剤(吸入剤、点鼻剤など)、特に点鼻剤である場合が多く、経粘膜投与製剤(点鼻剤など)は、粉剤、液剤(溶液剤、懸濁液剤など)である場合が多く、水性液剤であってもよい。
【0065】
点鼻剤の添加剤としては、例えば、保存剤(パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピルなどのパラベン類;塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウム、グルコン酸クロルヘキシジンなどの逆性石ケン類;デヒドロ酢酸ナトリウム、ソルビン酸及びその塩;パラクロロメトキシフェノール、パラクロロメタクレゾールなどのフェノール類;フェネチルアルコールなど)、等張化剤(塩化ナトリウム、グリセリン、ソルビトール、マンニトールなど)、緩衝剤(ホウ酸塩、リン酸塩、酢酸塩、アミノ酸塩など)、安定化剤(亜硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メタ亜硫酸水素ナトリウムなどの酸化防止剤;エデト酸ナトリウム、クエン酸塩などのキレート剤など)、pH調整剤(塩酸、酢酸、リン酸、水酸化ナトリウムなど)、増粘剤(ソルビトール、マンニトール、ショ糖などの糖類又は糖アルコール類;メチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルメチルセルロースなどのセルロースエーテル類;ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマーなどの水溶性合成高分子など)、懸濁化剤(前記セルロースエーテル類、前記水溶性合成高分子、レシチン、界面活性剤(カチオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤、ノニオン系イオン界面活性剤、両性イオン界面活性剤)など)などが例示できる。
【0066】
これらの添加剤の使用量は、例えば、0.1~15質量%、好ましくは1~10質量%程度であってもよい。点鼻剤のpHは、例えば、pH5~8程度に調整してもよく、点鼻剤の浸透圧は、例えば、150~1140mOsm(例えば、175~1000mOsm)、好ましくは200~850mOsm(例えば、220~500mOsm)、さらに好ましくは250~300mOsm程度であってもよい。また、点鼻剤の粘度は、温度20℃において、1~5000mPa・s(例えば、1.5~1000mPa・s)、好ましくは2~500mPa・s(例えば、3~300mPa・s)程度であってもよい。
【0067】
本発明の治療予防剤において、ガングリオシドGM1誘導体の含有量は、剤形、投与形態などに応じて0.001~50質量%程度の範囲から選択でき、例えば、0.01~10質量%、好ましくは0.1~5質量%程度の範囲から選択してもよく、具体的には、点鼻剤などの液剤では、ガングリオシドGM1誘導体の含有量は、0.01~5質量%、好ましくは0.1~3質量%、さらに好ましくは0.2~1質量%(例えば、0.25~0.5質量%)程度であってもよい。
【0068】
本発明の治療予防剤(医薬組成物又は製剤)は、ヒト及び非ヒト動物、通常、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、サルなど)に対して、安全に投与できる。投与量は、剤形、投与対象の種、年齢、体重、病状、合併症の有無、投与時間、投与経路などに応じて選択できる。例えば、ヒトに対する投与量(1日用量)は、式(1)で表される化合物換算で、例えば、0.001~1000mg/日、好ましくは0.1~500mg/日程度であってもよい。投与回数は、特に制限されず、例えば、1日1回であってもよく、必要に応じて1日複数回(例えば、2~3回)であってもよい。さらに、点鼻剤などの経粘膜投与剤では、1日当たり、適当な回数、例えば、1日1回、必要に応じて1日複数回、適用部位(例えば、片側鼻孔又は両側鼻孔)に、1回当たり1~5滴(例えば、2~3滴)程度滴下して投与してもよい。また、吸入剤では、ネブライザー、スチーム吸入器などの吸入器を利用して、1日当たり1回又は複数回に亘り、所定の濃度で吸入してもよい。
【実施例】
【0069】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0070】
試験例1
マウスを一定の観察時間、明室と暗室からなる明暗ボックス内に入れて観察すると、暗所を好む本能に従って、明室よりも暗室での滞在時間が長くなる。本試験では、マウスが本能的に滞在を好む暗室に、マウスの天敵であるキツネの分泌物であるTMT(2,4,5-トリメチルチアゾール)を設置しており、その臭気によってマウスが暗室に入りにくい環境を設定した。
【0071】
すなわち、実験装置として、2つのボックス(幅200mm × 奥行200mm × 高さ300mm)を通路(幅100mm × 奥行100mm × 高さ50mm)で接続し、一方のボックスを暗室とした明暗ボックスを用いた。この明暗ボックス試験では、マウスが忌避行動(又は恐怖反応)を示す2,4,5-トリメチルチアゾール(東京化成工業(株))の原液(97%溶液)の0.4μLを、濾紙(0.5cm × 0.5cm)に浸み込ませ、暗室入口対面の壁際に配置し、嗅覚障害モデル(マウス)に対する被験薬の薬理作用を調べた。
【0072】
嗅覚障害モデルは、メチマゾールが嗅上皮細胞を破壊することを利用して、マウスにメチマゾールを投与して作製した。
【0073】
そして、メチマゾールを投与した嗅覚障害モデル(マウス)に被験薬を投与して被験薬の効果を調べた。なお、2,4,5-トリメチルチアゾールを含浸させた濾紙は、明暗ボックスでの行動観察においてマウスを入れ替える毎に交換した。試験の詳細な内容は、以下の通りである。
【0074】
[マウス]
マウス(系統:JCI:ICR,微生物学的グレード:SPF,雄,購入時6週齢)(日本クレア(株))を1週間予備飼育し、7週齢で試験に供した。
【0075】
63匹のマウスを、15匹(5匹×3)のコントロール群と、24匹(8匹×3)のメチマゾール単独投与群(メチマゾール群)と、24匹(8匹×3)のメチマゾール+被験薬群(被験薬群)とに群分けした。メチマゾール投与後、2日目、4日目及び8日目に明暗ボックスにて行動観察するため、各群をさらに3群に分けて使用した。
【0076】
[コントロール群(C群)]
コントロール群(C群)は未処置群であり、メチマゾール及び被験薬を投与していない。
【0077】
[メチマゾール投与群(M群)]
メチマゾール(富士フイルム和光純薬(株))をジメチルスルホキシドDMSO(シグマ社製)に溶解して濃度500mg/ml溶液を調製し、生理食塩液((株)大塚製薬工場)を加えて濃度5mg/mlのメチマゾール投与液を調製した。
【0078】
メチマゾール群(M群)では、1日目(Day1)に、メチマゾール投与液をポリプロピレン製ディスポーザブル注射筒(テルモ(株)製)及び26Gニードル(テルモ(株)製)を用いて体重10g当り0.1ml(50mg/kg)を腹腔内投与して、嗅覚障害モデル(嗅球嗅上皮細胞が破壊されたモデル)とした。
【0079】
[被験薬群(S群)]
被験薬として、化合物(1-1)3α-[N-(5-アセトアミド-3,5-ジデオキシ-2-O-メチル-α-D-グリセロ-D-ガラクト-2-ノニュロピラノソニル)アミノ]コレスタンを用いた。なお、化合物(1-1)は、特許文献5の実施例3に従って調製した。
【0080】
化合物(1-1)1mgをDMSO(シグマ社製)に溶解し、濃度1mg/5μlの溶液を調製し、生理食塩水((株)大塚製薬工場)を加えて濃度2mg/mlの被験薬投与液を調製した。
【0081】
被験薬群(S群)では、1日目(Day1)に上記と同様にしてメチマゾール投与液を投与し、その1時間後に上記の被験薬投与液を投与した。被験薬群ではその後も、被験薬を、2日目(Day2)から8日目(Day8)まで毎日投与した。すなわち、被験薬投与液を1回/1日、無麻酔下のマウスに、マイクロピペットを用いて投与量2μL/片鼻で両鼻に点鼻投与(経鼻投与)した。
【0082】
[投与プロトコール]
投与プロトコールを下記表1に示す。
【0083】
【0084】
表中、「-」は薬物処理なし、「IP」はメチマゾール腹腔内投与、「NP」は被験薬経鼻投与を示す。
【0085】
マウスの行動は、被験薬投与1時間経過後から10分間に亘り観察し、明所及び暗所でのマウスの滞在時間を測定した。なお、コントロール群及びメチマゾール群では、被験薬の投与に対応する1時間経過後から10分間に亘り上記と同様に滞在時間を測定した。なお、有意差検定では、F検定で等分散を確認した後、両側t検定で有意差を検定した。
【0086】
明暗ボックスの暗室での滞在時間の結果を、
図1(2日目)、
図2(4日目)、及び
図3(8日目)に示し、明室での滞在時間の結果を、
図4(2日目)、
図5(4日目)、及び
図6(8日目)に示す。
【0087】
なお、図中、「***」は1%有意(p<0.01)であり、「**」は5%有意(p<0.05)であることを示す。
【0088】
メチマゾール投与後4日目及び8日目のマウスの暗室での滞在時間を、
図2及び
図3に示した。コントロール群(C群)のマウスの暗室での滞在時間に比較して、メチマゾール群(M群)のマウスの暗室での滞在時間は有意に長くなった(p<0.05)。さらに、
図5及び
図6から明らかなように、メチマゾールを投与していないコントロール群(C群)のマウスの明室での滞在時間に比較して、メチマゾール群(M群)のマウスの明室での滞在時間は有意に短くなった(p<0.05)。
【0089】
これらの結果から、メチマゾールの投与による嗅覚障害のため、マウスのTMTの臭気に対する感受性が明らかに低下しているものと考えられる。
【0090】
一方、メチマゾール投与の1時間後に被験薬を投与し、その後連日被験薬の投与を継続した被験薬群(S群)のマウスでは、メチマゾール投与によって長くなった暗室での滞在時間が被験薬投与後4日目及び8日目において、コントロール群(C群)のレベルにまで回復した(p<0.01)。また、被験薬群(S群)では、明室での滞在時間も、被験薬の投与によって、コントロール群(C群)のレベルにまで回復した(p<0.01)。
【0091】
この結果は、メチマゾールの投与によるマウスの嗅覚低下(嗅覚障害)が被験薬の投与によって回復したことを示すものと考えられた。
【0092】
また、メチマゾール投与2日目の行動観察において、コントロール群(C群)とメチマゾール群(M群)との明暗ボックスにおける暗室・明室での滞在時間に差が認められなかった(
図1、
図4)。この結果は、メチマゾールによる嗅覚障害が充分に惹起されておらず、嗅覚機能が残っているものと考えられた。従って、被験薬群(S群)での効果も認められていない。
【0093】
試験例2
メチマゾールを投与した嗅覚障害モデル(マウス)の代わりに、アルツハイマー病の成因と考えられているアミロイドβタンパク質(1-42)(以下、アミロイドβタンパク質、アミロイドβと称する場合がある)を側脳室内に投与したアルツハイマー病モデル(マウス)を用いて、試験例1と同様の試験を行った。
【0094】
なお、アルツハイマー病の特徴的な神経学的所見としてアミロイドβ蛋白の蓄積が知られ(Glenner,G.C. & Wong,C.W. Alzheimer’s disease:initial report of the purification and characterization of a novel cerebrovascular amyloid protein.(Biochem.Biophys.Rec.Commun 120,885-890, 1984:文献I))、このアミロイドβ蛋白の蓄積がアルツハイマー病発症の原因と考えられている。また、ヒトのアルツハイマー病において、主症状の発現に先んじて又は発現の初期において、嗅覚障害が発症することが報告されている(Yong-ming Zou, Da Lu, Li-ping Liu, Hui-hong Zhang and Yu-ying Zhou Olfactory dysfunction in Alzheimer’s disease.(Neuropsychiatric Disease and Treatment 12,869-875, 2016:文献II))。さらに、アミロイドβタンパク質(1-42)をラットの側脳室内に投与すると、ラットに認知機能障害が認められること(Agnes K ,Botond P ,Zsuzsanna F ,Zsolt B ,Viktor S ,Akos H ,Klaudis N ,Gabor K ,Livia F Studies for improving a rat model of Alzheimer’s disease:icv administration of well-characterized β-amyloid 1-42 oligomers induce dysfunction in spatial memory(Molecules 22(11),2-29, 2017:文献III))、遺伝子改変アルツハイマーモデルマウス(AβPP/PS transgenic mice)で嗅覚障害が認められること(Wu N,Rao X,Gao Y,Xu F Amyloid-βdeposition and olfactory dysfunction in an Alzheimer’s disease model.(J Alzheimers Dis. 37(4),699-712,2013:文献IV))が報告されている。
【0095】
前記文献I~IVの報告に従って、アミロイドβタンパク質の蓄積がアルツハイマー病発症の原因と考えられていること、及びアルツハイマー病では嗅覚障害を伴うことが多いことを利用し、マウスの側脳室内にアミロイドβタンパク質(1-42)を投与することにより、アルツハイマー病モデルを作製した。
【0096】
そして、アミロイドβタンパク質(1-42)を投与したアルツハイマー病モデルに被験薬を経鼻投与して被験薬の効果を調べた。なお、試験例2において、2,4,5-トリメチルチアゾール(TMT)を含浸させた濾紙は、6日目の明暗ボックスでの行動観察の際に設置し、行動観察においてマウスを入れ替える毎に交換した。試験の詳細な内容は、以下の通りである。
【0097】
46匹のマウス(試験例1と同様のマウス)を、19匹のコントロール群と、17匹のアミロイドβタンパク質単独投与群(アミロイドβ群)と、10匹のアミロイドβタンパク質+被験薬群(被験薬群)とに群分けした。
【0098】
[コントロール群(C1群及びC2群)]
コントロール群(C1群及びC2群)は未処置群であり、アミロイドβタンパク質(1-42)及び被験薬を投与していない。コントロール群の19匹のうち、10匹をC1群、9匹をC2群とした。C1群は、暗室にTMTを設置していないのに対し、C2群では、行動観察時に暗室にTMTを設置している。
【0099】
[アミロイドβ群(A群)]
アミロイドβタンパク質(1-42)((株)ペプチド研究所製)をPBS(Phosphate buffered salts)(富士フイルム和光純薬(株)製)に溶解して濃度1mg/mlのアミロイドβ溶液を調製した。
【0100】
アミロイドβ群(A群)では、1日目(Day1)に、チューブを介して接続した10μlのマイクロシリンジ(テルモ(株)製)及び30Gニードル(テルモ(株)製)を用いて、アミロイドβ溶液10μlを右側脳室内に投与して、アルツハイマー病モデルとした。なお、アミロイドβ群(A群)では、行動観察時に暗室にTMTを設置している。
【0101】
[被験薬群(S群)]
被験薬として、試験例1と同様の被験薬(化合物(1-1)3α-[N-(5-アセトアミド-3,5-ジデオキシ-2-O-メチル-α-D-グリセロ-D-ガラクト-2-ノニュロピラノソニル)アミノ]コレスタン)を用いた。
【0102】
化合物(1-1)1mgをDMSO(京都和光純薬(株)製)に溶解し、濃度1mg/5μlの溶液を調製し、生理食塩水((株)大塚製薬工場)を加えて濃度2mg/mlの被験薬投与液を調製した。
【0103】
被験薬群(S群)では、1日目(Day1)に上記と同様にしてアミロイドβ溶液を投与し、その1時間後に上記の被験薬投与液を経鼻投与した。被験薬群ではその後も、被験薬を、2日目(Day2)から6日目(Day6)まで毎日投与した。すなわち、被験薬投与液を1回/1日、無麻酔下のマウスに、マイクロピペットを用いて投与量2μL/片鼻で両鼻に点鼻投与(経鼻投与)した。なお、被験薬群(S群)にも、行動観察時に暗室にTMTを設置している。
【0104】
[投与プロトコール]
投与プロトコールを下記表2に示す。
【0105】
【0106】
表中、「-」は薬物処理なし、「ICV」はアミロイドβ脳室内投与、「NP」は被験薬経鼻投与を示す。
【0107】
試験例1と同様に、マウスの行動は、被験薬投与1時間経過後から10分間に亘り観察し、明所及び暗所でのマウスの滞在時間を測定した。なお、コントロール群及びアミロイドβ群では、被験薬の投与に対応する1時間経過後から10分間に亘り上記と同様に滞在時間を測定した。なお、有意差検定では、F検定で等分散を確認した後、両側t検定で有意差を検定した。
【0108】
明暗ボックスの暗室での滞在時間の結果を
図7に、明室での滞在時間の結果を
図8に示す。
【0109】
なお、図中、「**」は1%有意(p<0.01)であり、「*」は5%有意(p<0.05)であることを示す。
【0110】
図7及び
図8から明らかなように、実験装置内にTMTを設置していない未処置のC1群において、マウスが本能的に暗室での滞在を好むことが示された。また、
図7及び
図8のC1群とC2群において、マウスがTMTの臭気を避けることが明らかとなった。
【0111】
図7に示されるように、コントロール群(C2群)のマウスの暗室での滞在時間に比較して、アミロイドβ群(A群)のマウスの暗室での滞在時間は有意に長くなった(p<0.05)。また、
図8から明らかなように、アミロイドβを投与していないコントロール群(C2群)のマウスの明室での滞在時間に比較して、アミロイドβ群(A群)のマウスの明室での滞在時間は有意に短くなった(p<0.05)。
【0112】
これらの結果から、アミロイドβタンパク質を脳室内投与することにより、マウスのTMTの臭気に対する感受性が明らかに低下している。アルツハイマー病と嗅覚障害との関係に触れている前記文献II並びに試験例2を考慮すると、アミロイドβタンパク質を脳室内投与して作製したアルツハイマー病モデル(マウス)は、嗅覚低下(嗅覚障害)を有していることが示唆される。
【0113】
一方、アミロイドβ脳室内投与の1時間後に被験薬を経鼻投与し、その後連日被験薬の投与を継続した被験薬群(S群)のマウスでは、アミロイドβ投与によって長くなった暗室での滞在時間が被験薬投与後6日目において、コントロール群(C2群)のレベルにまで回復した(p<0.05)。また、被験薬群(S群)では、明室での滞在時間も、被験薬の投与によって、コントロール群(C2群)のレベルにまで回復した(p<0.01)。
【0114】
この結果は、アミロイドβ脳室内投与したマウス(アルツハイマー病モデル)のTMTの臭気に対する感受性の低下、すなわち、嗅覚低下(嗅覚障害)が被験薬の投与によって回復したことを示すものと考えられた。
【0115】
試験例から、本発明の治療及び/又は予防剤(点鼻剤)は、嗅覚障害を治療及び/又は予防するのに有用であることがわかった。また、本発明の治療予防剤(点鼻剤)は、アルツハイマー病に伴う嗅覚障害であっても、治療及び/又は予防するのに有用であることもわかった。アルツハイマー病では、嗅覚低下(嗅覚障害)を伴うことが多数報告されており、本発明の治療予防剤(点鼻剤)は、アルツハイマー病の治療及び/又は予防に有用であることが期待される。
【0116】
ラットに抗NGF抗体を点鼻投与すると、嗅球内TrkA及びBcl-2(Bcl-2ファミリー蛋白質)の発現が低下することが報告され(Rosso P. et al., Growth Factors, 2015)、Bcl-2は、細胞内ミトコンドリアからのチトクロムC排出を抑制し、その結果、caspase-3の活性化が抑制されて抗アポトーシスに働くことも報告されている(Brunelle JK, et al., J. Cell Sci. 2009)。これらのことから、本発明では、有効成分が鼻腔から嗅上皮及び嗅球に移行し、TrkAからの細胞内シグナル伝達の増強でBcl-2を介してアポトーシスを抑制する可能性が示唆される。さらに、活性型caspase-3はアルツハイマー病型認知症でtau蛋白の切断を促し、神経変性に関連している(D’ Amelio M, et al., Trends Neurosci. 2012)。そのため、本発明の点鼻剤を含む治療予防剤は、種々の嗅覚障害及び/又は神経変性疾患の治療及び予防にも有効であることが期待される。
【産業上の利用可能性】
【0117】
本発明は、前記種々の嗅覚障害の症状(無臭症、嗅覚低下症など)及び/又は神経変性疾患の予防及び/又は治療剤として利用できる。また、副鼻腔炎(例えば、慢性副鼻腔炎)、アレルギー性鼻炎などに伴う気道性嗅覚障害、感冒などに伴う嗅神経性嗅覚障害、中枢性嗅覚障害(頭部外傷による嗅覚障害、レビー小体病(レビー小体病型認知症を含む)、パーキンソン病、アルツハイマー病(アルツハイマー病型認知症を含む)などの神経変性疾患(脳神経変性疾患など)に伴う嗅覚障害)の治療及び予防;レビー小体病(レビー小体病型認知症を含む)、パーキンソン病(パーキンソン症候群を含む)、アルツハイマー病(アルツハイマー病型認知症を含む)などの神経変性疾患(脳神経変性疾患など)の治療及び予防に利用できる。
【0118】
このような疾患の治療及び/又は予防において、例えば、前記治療及び/又は予防剤を点鼻投与(鼻孔内投与)し、嗅上皮及び嗅球に活性成分を移行させて神経細胞のアポトーシスの発現を抑制して新生細胞数を増加させることができ、前記嗅覚障害及び/又は疾患を治療及び/又は予防することができる。