(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-10
(45)【発行日】2024-06-18
(54)【発明の名称】モータ制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 29/032 20160101AFI20240611BHJP
H02P 21/22 20160101ALI20240611BHJP
H02P 21/36 20160101ALI20240611BHJP
【FI】
H02P29/032
H02P21/22
H02P21/36
(21)【出願番号】P 2020170009
(22)【出願日】2020-10-07
【審査請求日】2023-09-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100121821
【氏名又は名称】山田 強
(74)【代理人】
【識別番号】100139480
【氏名又は名称】日野 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100125575
【氏名又は名称】松田 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100175134
【氏名又は名称】北 裕介
(72)【発明者】
【氏名】堀畑 晴美
【審査官】池田 貴俊
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-42417(JP,A)
【文献】特開2019-62589(JP,A)
【文献】特開2010-200506(JP,A)
【文献】特開2014-54064(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 29/032
H02P 21/22
H02P 21/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インバータ(30)によって永久磁石式モータ(20)の駆動制御を行うモータ制御装置(50)において、
前記永久磁石式モータを3相短絡させた場合に、前記永久磁石式モータの永久磁石について不可逆減磁が生じるか否かを判定する減磁判定部(73)と、
前記減磁判定部によって不可逆減磁が生じると判定された場合、回生時における前記永久磁石式モータの回生トルクを制限させる回生トルク制限部(74)と、
力行時において前記永久磁石の不可逆減磁が生じないと判定された場合、3相短絡の実行を許可する短絡許可部(76)と、
回生時に異常が発生した場合、又は力行時に異常が発生して前記短絡許可部により3相短絡の実行が許可された場合、3相短絡を実行させるように前記インバータに対して信号を出力する信号出力部(77)と、
を備えるモータ制御装置。
【請求項2】
前記短絡許可部は、前記永久磁石式モータのdq軸電流に基づいて3相短絡の実行後に生じる負の値である過渡d軸電流を特定し、特定された過渡d軸電流が所定値以上である場合、又は力行時における前記永久磁石式モータのトルクの絶対値が、前記回生トルク制限部により決定される回生トルク制限値の絶対値以下である場合に、前記永久磁石の不可逆減磁が生じないと判定し、3相短絡の実行を許可する請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項3】
異常時において、前記短絡許可部により3相短絡の実行が許可されなかった場合、前記永久磁石式モータへの電力供給を停止させる通電制御部(76)を備える請求項1又は2に記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記通電制御部は、異常時において、前記短絡許可部により3相短絡の実行が許可されなかった場合、前記インバータを構成する全てのスイッチング素子(Sp,Sn)をオフさせることにより、電力供給を停止させる請求項3に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記短絡許可部は、前記通電制御部により前記永久磁石式モータへの電力供給が停止された後、前記永久磁石式モータが回生状態となった場合、3相短絡の実行を許可する請求項3又は4に記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記短絡許可部は、前記通電制御部により前記永久磁石式モータへの電力供給が停止された後、一定時間経過後に、3相短絡を許可する請求項3又は4に記載のモータ制御装置。
【請求項7】
前記インバータに対して、PWM制御を実施するPWM制御部(56)を備え、
前記PWM制御部は、前記回生トルク制限部により回生トルクが制限されている場合、回生トルクが制限されていない場合に比較して、キャリア周波数を大きく設定する請求項1~6のうちいずれか1項に記載のモータ制御装置。
【請求項8】
前記永久磁石式モータのトルクを指示するトルク指示部(51)を備え、
前記トルク指示部は、前記回生トルク制限部により回生トルクが制限されている場合、トルク変動を抑制する請求項1~7のうちいずれか1項に記載のモータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、永久磁石式モータの駆動制御を行うモータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、永久磁石式モータの異常時において、永久磁石式モータの動力線を3相短絡し、停止させることにより、焼損等のトラブルを抑制するモータ制御装置が知られている(例えば特許文献1)。
【0003】
そして、この特許文献1に記載のモータ制御装置においては、磁石温度、3相短絡の際に発生する過渡的な電流値、回転数等のパラメータに基づいて、永久磁石式モータの電流の最大値を制限するようにしている。これにより、3相短絡させた場合に生じる過渡的な電流に基づく永久磁石の不可逆減磁を防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、永久磁石式モータを電気車両等の車両主機に採用する場合、特許文献1のように、永久磁石式モータの電流の最大値を常に制限すると、力行時においても駆動力(トルク)が制限されることとなる。このため、車両が、坂道など勾配のある道路を走行する際、駆動力不足により、快適に走行できない可能性がある。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、永久磁石の不可逆減磁を防止しつつ、力行時におけるトルクを確保することができるモータ制御装置を提供することを主たる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための手段は、インバータによって永久磁石式モータの駆動制御を行うモータ制御装置において、前記永久磁石式モータを3相短絡させた場合に、前記永久磁石式モータの永久磁石について不可逆減磁が生じるか否かを判定する減磁判定部と、前記減磁判定部によって不可逆減磁が生じると判定された場合、回生時における前記永久磁石式モータの回生トルクを制限させる回生トルク制限部と、力行時において前記永久磁石の不可逆減磁が生じないと判定された場合、3相短絡の実行を許可する短絡許可部と、回生時に異常が発生した場合、及び異常時において前記短絡許可部により3相短絡の実行が許可された場合、3相短絡を実行させるように前記インバータに対して信号を出力する信号出力部と、を備える。
【0008】
上記手段によれば、回生トルクを制限しているため、回生時に異常が発生し、3相短絡をさせても、永久磁石が不可逆減磁することはない。一方、力行時において不可逆減磁しないと判定されなければ、3相短絡は許可されない。このため、力行時において異常が発生しても3相短絡が実施されて、永久磁石が不可逆減磁することを防止できる。また、力行時においてはトルクを制限しないため、駆動力不足となることを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図5】定誘起電圧だ円と過渡d軸電流との関係を示す図。
【
図7】回生トルク制限処理の流れを示すフローチャート。
【
図8】3相短絡移行処理の流れを示すフローチャート。
【
図9】(a)は、別例のモータ制御装置の概略を示す構成図、(b)は、別例の短絡制御部の概略を示す構成図。
【
図10】定誘起電圧だ円とバッテリー電圧との関係性を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、モータ制御装置の実施形態を図面に基づいて説明する。モータ制御装置は、例えばハイブリッド自動車や電気自動車の主機モータ等として用いられる永久磁石式モ-タを駆動する装置である。
【0011】
図1に示すように、車両(例えば、ハイブリッド車や電気自動車)に適用される電源システム10は、永久磁石式モータとしてのモータ20と、モータ20に対して3相電流を流す電力変換器としてのインバータ30と、充放電可能な組電池40と、モータ20などの駆動制御を実行するモータ制御装置50と、を備えている。
【0012】
モータ20は、車載主機であり、図示しない駆動輪と動力伝達可能とされている。本実施形態では、モータ20として、永久磁石式同期型三相交流モータを用いている。基本的にはIPMSM(埋込永久磁石型同期モータ)を想定するがSPMSM(表面永久磁石型同期モータ)であってもよい。図示しないが、モータ20の内部には永久磁石が含まれている。
【0013】
図2に示すように、モータ20には、永久磁石の温度である磁石温度T_magを検出する温度センサ21が設けられる。本実施形態の温度センサ21は、磁石温度を検出するが、電機子巻線の温度を検出してもよい。また、モータ20とインバータ30との間の電気経路上に、モータ20の三相巻線のうち二相又は三相に流れる相電流を検出する電流センサ22が設けられている。なお、二相の電流を検出する構成では、他の一相の電流は、キルヒホッフの法則により算出される。また、モータ20には、レゾルバ等の回転角センサであり、モータ20の電気角θを検出する回転角センサ23が設けられている。
【0014】
図1に示すように、インバータ30は、相巻線の相数と同数の上下アームを有するフルブリッジ回路により構成されており、各アームに設けられた半導体スイッチング素子であるスイッチング素子Sp,Snのオンオフにより、各相巻線において通電電流が調整される。スイッチング素子Sp,Snは、例えばIGBTで構成され、低電位側から高電位側へ向かう電流を許容する還流ダイオードであるダイオードDp,Dnが並列に接続されている。
【0015】
モータ制御装置50は、CPUやメモリなどの回路素子が回路基板上に配置されることにより構成されている。このモータ制御装置50は、各種情報を取得可能に構成されている。例えば、モータ制御装置50は、電流センサ22から電流値を取得可能に構成されている。また、モータ制御装置50は、回転角センサ23から電気角θを取得可能に構成されている。また、モータ制御装置50は、各種機能を備え、取得した各種情報に基づき、各種機能を実行する。これらの機能は、モータ制御装置50が備える記憶装置(記憶用メモリ)に記憶されたプログラムが実行されることで、各種機能が実現される。
【0016】
例えば、モータ制御装置50は、モータ20における各種の検出情報や、ECUなどの上位制御装置100からの力行駆動及び発電の要求に基づいて、インバータ30における各スイッチのオンオフにより電流制御を実施する。これにより、モータ制御装置50は、組電池40からインバータ30を介してモータ20に電力を供給し、モータ20を力行駆動させる。また、モータ制御装置50は、駆動輪からの動力に基づいてモータ20を発電させ、インバータ30を介して、発電電力を変換して組電池40に供給し、組電池40を充電させる。なお、モータ制御装置50による制御については、詳しくは後述する。
【0017】
組電池40は、インバータ30を介して、モータ20に電気的に接続されている。組電池40は、例えば百V以上となる端子間電圧(バッテリー電圧Vdc)を有し、複数の電池モジュールが直列接続されて構成されている。電池モジュールは、複数の電池セルが直列接続されて構成されている。電池セルとして、例えば、リチウムイオン蓄電池や、ニッケル水素蓄電池を用いることができる。各電池セルは、電解質と複数の電極とを有する蓄電池である。
【0018】
組電池40の正極側電源端子に接続される正極側電源経路L1には、インバータ30等の電気負荷の正極側端子が接続されている。同様に、組電池40の負極側電源端子に接続される負極側電源経路L2には、インバータ30等の電気負荷の負極側端子が接続されている。
【0019】
正極側電源経路L1及び負極側電源経路L2には、それぞれリレースイッチSMR(システムメインリレースイッチ)が設けられており、リレースイッチSMRにより、通電及び通電遮断が切り替え可能に構成されている。また、正極側電源経路L1と負極側電源経路L2との間には、平滑コンデンサC1等が接続されている。
【0020】
上位制御装置100は、各種情報に基づいて、モータ制御装置50に対して力行駆動及び発電の要求を行う。各種情報には、例えば、アクセル及びブレーキの操作情報、車速、組電池40の状態などが含まれる。
【0021】
次に、モータ制御装置50について、
図2~
図3を参照して説明する。モータ制御装置50は、永久磁石の磁束位相を基準としたd軸とそれに直交するq軸とからなる直交座標系において、d軸電流を変化させながら電流制御によりモータ20を駆動させるものである。
【0022】
モータ制御装置50は、一般的な電流制御に係る構成、並びに、トルク指令値生成部51、磁石温度検出部57、回転速度演算部58、及び短絡制御部59等を備える。モータ制御装置50は、一般的な電流制御の構成として、電流指令演算部52、電流偏差算出部53、電流制御器54、三相-dq変換部55、変調器56等を備える。
【0023】
トルク指令値生成部51は、トルク指示部に相当し、上位制御装置100などから入力された指示値に基づいて、トルク指令Trq*を生成して、電流指令演算部52に出力する。
【0024】
電流指令演算部52は、トルク指令値生成部51から入力したトルク指令Trq*に基づいて、d軸電流指令Id*及びq軸電流指令Iq*を演算する。基本的にはd軸電流指令Id*は負の値であり、q軸電流指令Iq*は正の値である。
【0025】
三相-dq変換部55は、回転角センサ23から入力した電気角θに基づいて三相電流Iu、Iv、Iwをdq軸電流Id、Iqにdq変換し、電流偏差算出部53にフィードバックする。電流偏差算出部53は、dq軸電流指令Id*、Iq*と、フィードバックされたdq軸電流Id、Iqとの電流偏差ΔId、ΔIqを算出する。電流制御器24は、電流偏差ΔId、ΔIqを0に近づけるように、PI制御により、dq軸電圧指令Vd*、Vq*を演算する。
【0026】
変調器56は、dq軸電圧指令Vd*、Vq*、電気角θ、インバータ30に入力される直流電圧Vdc等に基づいてスイッチングパルス(図中「SWパルス」)信号を生成し、インバータ30に出力する。電流制御方式の場合、典型的に変調器61は、搬送波比較によるPWM制御によりスイッチングパルス信号を生成する。このため、変調器56は、PWM制御部に相当する。
【0027】
インバータ30は、変調器56から出力されるスイッチングパルス信号に従ってスイッチング素子Sp,Snが動作することで組電池40の直流電力を三相交流電力に変換し、モータ20に供給する。または、インバータ30は、変調器56から出力されるスイッチングパルス信号に従ってスイッチング素子Sp,Snが動作することでモータ20からの発電電力を変換して組電池40に供給し、組電池40を充電させる。
【0028】
磁石温度検出部57は、モータ20の永久磁石の温度である磁石温度T_magを検出又は推定する。例えば図示のようにモータ20に温度センサ21が設けられる構成では、磁石温度検出部57は、温度センサ21の検出温度と、温度センサ21から磁石までの熱勾配により磁石温度T_magを推定する。この熱勾配は、ロータ温度、ステータ温度、フレーム温度、冷却溶媒温度等の関係を考慮して設定される。或いは、磁石温度検出部57は、周囲温度から磁石温度T_magの初期温度を推定し、モータ20に通電される電流又は熱損失の積算値と熱容量とから現在の磁石温度T_magを推定してもよい。回転速度演算部58は、電気角θを時間で微分することによって回転速度ωを算出する。
【0029】
短絡制御部59は、短絡判定部60から3相短絡が要求された場合、インバータ30に対して指示を行い、3相短絡を実施させる。具体的には、上側のアームに設けられた全てのスイッチング素子Spに対してオン信号を出力することにより、又は下側のアームに設けられた全てのスイッチング素子Snに対してオン信号を出力することにより、3相短絡を実施する。上側と下側のどちらのスイッチング素子Sp,Snを利用して3相短絡を実施するかは任意に決定してもよい。
【0030】
短絡判定部60は、組電池40やインバータ30、もしくはモータ20などに異常が生じた場合、当該異常を検知して、短絡制御部59に対して3相短絡を要求する。なお、異常の検知方法は、周知のものでよい。これにより、モータ制御装置50は、異常時において、インバータ30が組電池40と電気的に切り離され、回生電力の送り先がなくなった場合に、3相短絡を実施させ、モータ20で回生電力を消費させることとなる。このため、平滑コンデンサC1や、インバータ30を構成するスイッチング素子Sp,Snの耐圧、もしくはインバータ30と並列に接続されている補機(図示せず)の耐圧を超える電圧が印加されることを防止できる。
【0031】
ところで、3相短絡を実施させた場合に生じる過渡的な電流は、負側に大きなd軸電流として流れることがあるため、永久磁石の不可逆減磁が生じる可能性がある。従来においては、モータの電流の最大値を常に制限することにより、不可逆減磁を防止していた。しかしながら、本実施形態のようにモータ20を電気車両等の車両主機に採用する場合、この方法では、力行時においても駆動力(トルク)が制限され、不都合が生じる可能性があった。すなわち、車両が、坂道など勾配のある道路を走行する際、駆動力不足により、快適に走行できない可能性があった。
【0032】
そこで、本実施形態では、以下のように、短絡制御部59を構成している。以下、
図3~
図6に基づいて詳しく説明する。
【0033】
図3に示すように、短絡制御部59は、回生トルク制限制御部71と、3相短絡移行制御部72と、を有している。回生トルク制限制御部71は、磁石温度検出部57から磁石温度T_magを入力するとともに、回転速度演算部58から回転速度ωを入力し、それらの値に基づいて、回生トルク制限値を決定、指示するものである。
【0034】
詳しく説明すると、回生トルク制限制御部71は、永久磁石の不可逆減磁を判定する減磁判定部73と、回生トルク制限値を決定し、指示する回生トルク制限部74と、を有する。減磁判定部73は、磁石温度T_mag及び回転速度ωを入力し、これらの値に基づいて、永久磁石が減磁するか否かを判定する。
【0035】
具体的には、減磁判定部73は、
図4に示すようなマップを記憶している。
図4に示すマップは、横軸が磁石温度T_magに対応し、縦軸が過渡d軸電流に対応する。過渡d軸電流は、3相短絡時において、過渡的に流れるd軸電流の最小値のことである。なお、d軸電流は負の値であるため、過渡d軸電流の極値、つまり、絶対値が最大となった時における値が、最小値となる。
【0036】
図4における破線は、永久磁石が不可逆減磁するか否かの境界を示す減磁境界線L10であり、減磁境界線L10よりも下側の領域E1は、不可逆減磁することを示す領域となっており、減磁境界線L10、及び減磁境界線L10よりも上側の領域E2は、不可逆減磁しないことを示す領域となっている。
図4における実線が、過渡d軸電流と磁石温度T_magとの関係を示す関数F1~F5をグラフ化したものである。関数F1~F5は、回転速度ωにより、変化することが分かっている。
図4に示すマップでは、
図4において上側(関数F1の側)ほど、回転速度ωの大きい場合における関数であり、下側(関数F5の側)ほど、回転速度ωの小さい場合における関係を示す。なお、
図4における関数F1~F5は例示であり、関数F1~F5の数は任意に変更してもよい。
【0037】
減磁判定部73は、
図4に示す関数F1~F5の中から、回転速度ωに対応する関数F1~F5を特定する。次に、減磁判定部73は、
図4に示すマップを参照して、特定した関数F1~F5と、取得した磁石温度T_magに基づいて、過渡d軸電流を特定する。そして、減磁判定部73は、過渡d軸電流と磁石温度T_magにより特定されるマップ上の位置が、減磁境界線L10よりも下側の領域E1に位置するか否かを判定する。
【0038】
減磁判定部73は、下側の領域E1に位置すると判定した場合には、3相短絡開始直前の動作点によっては最悪永久磁石が不可逆減磁する可能性があると判定し、減磁境界線L10上、又は上側の領域E2に位置すると判定した場合には、永久磁石が不可逆減磁しないと判定する。例えば、磁石温度T_magが「T1」であり、回転速度ωに対応して関数F1が特定された場合、これらにより特定されるマップ上の位置P1は、領域E2に存在するため、不可逆減磁しないと判定される。一方、例えば、磁石温度T_magが「T2」であり、回転速度ωに対応して関数F5が特定された場合、これらにより特定されるマップ上の位置P2は、領域E1に存在するため、不可逆減磁する可能性があると判定される。
【0039】
回生トルク制限部74は、減磁判定部73によって永久磁石が不可逆減磁する可能性があると判定された場合、永久磁石が不可逆減磁しないように、回生トルク制限値を決定する。具体的には、まず、回生トルク制限部74は、
図4に示すマップを参照して、磁石温度T_magと減磁境界線L10とから、永久磁石が不可逆減磁しない限度における過渡d軸電流を特定する。例えば、回生トルク制限部74は、入力した磁石温度T_magが「T2」である場合、磁石温度「T2」と減磁境界線L10との交点P10における過渡d軸電流を、永久磁石が不可逆減磁しない限度における過渡d軸電流として特定する。
【0040】
次に、回生トルク制限部74は、過渡d軸電流とモータ20とのトルクとの関係を示すマップを参照し、回生トルク制限値を特定し、トルク指令値生成部51に出力する。なお、過渡d軸電流とトルクは、ほぼ比例する関係にあることが分かっており、過渡d軸電流とモータ20とのトルクとの関係を示すマップは、予め作成され、記憶されている。
【0041】
トルク指令値生成部51は、回生が指示された場合、上位制御装置100などから入力された指示値に基づいて、入力された回生トルク制限値の範囲内で、トルク指令Trq*を生成するように構成されている。つまり、回生トルク制限値を最大値としてトルク指令Trq*を生成する。なお、トルク指令値生成部51は、力行が指示された場合、入力された回生トルク制限値に関係なく、上位制御装置100などから入力された指示値に基づいて、トルク指令Trq*を生成する。すなわち、トルク指令値生成部51は、力行が指示された場合、回生トルク制限値よりも大きい力行トルクを指示する場合がある。
【0042】
次に、3相短絡移行制御部72について説明する。3相短絡移行制御部72は、3相短絡が要求されたとき、三相-dq変換部55から入力したdq軸電流Id、Iqに基づいて、インバータ30に指示を行い、3相短絡を実施させるものである。
【0043】
具体的には、
図3に示すように、3相短絡移行制御部72は、回生・力行判定部75と、力行時3相短絡移行判定部76と、3相短絡信号出力部77と、を有する。回生・力行判定部75は、3相短絡が要求された場合、モータ20が現在、回生と力行のいずれの状態であるかを判定する。本実施形態では、q軸電流Iqが正の場合、力行であると判定し、q軸電流Iqが負の場合、回生であると判定する。なお、直流電流の方向が、組電池40からインバータ30に向かう場合には、力行であると判定し、反対である場合には、回生であると判定してもよい。
【0044】
力行時3相短絡移行判定部76は、回生・力行判定部75によって、力行であると判定された場合、dq軸電流Id、Iqに基づいて永久磁石が不可逆減磁するか否かを判定する。dq軸電流Id、Iqに基づく不可逆減磁の判定方法について詳しく説明する。まず、力行時3相短絡移行判定部76は、dq軸電流Id、Iqに基づいて、過渡d軸電流を特定する。ここで、過渡d軸電流を特定するための手法について説明する。
【0045】
モータ20の電流制御を行う場合、モータ20のdq座標系における電圧方程式は数式(eq1)のように示され、鎖交磁束は、数式(eq2)のように示されることが知られている。また、モータ20の電流制御において、弱め磁束制御を行う場合、誘起電圧Voを誘起電圧制限値Vom(インバータ30の定格に応じて設定される最大電圧)に保つためのdq軸電流の関係は、数式(eq3)のように示されることが知られている。なお、Vd、Vqが電機子電圧のdq軸成分[V]であり、Id、Iqが電機子電流のdq軸成分[A]であり、Raが電機子巻線抵抗であり、Ψaが永久磁石による磁束鎖交数[Wb]であり、Ld,Lqがモータ20のdq軸インダクタンス[H]である。
【数1】
【0046】
数式(eq3)に基づいて、
図5に示す定誘起電圧だ円ELを特定することができる。数式(eq3)及び
図5を参照すると、d軸電流の最小値(過渡d軸電流)は、数式(eq4)に示すとおりに求めることができる。したがって、力行時3相短絡移行判定部76は、dq軸電流Id、Iq、及び数式(eq1)~(eq4)に基づいて、過渡d軸電流を算出する。
【数2】
【0047】
力行時3相短絡移行判定部76は、過渡d軸電流を算出すると、当該過渡d軸電流と、
図4に示すマップを参照して、前述と同様に、不可逆減磁するか否かを判定する。つまり、力行時3相短絡移行判定部76は、算出した過渡d軸電流と、入力した磁石温度T_magとにより特定される位置が、減磁境界線L10の下側の領域E1であるか否かを判定することにより、不可逆減磁する可能性があるか否かを判定する。
【0048】
この判定結果が肯定の場合(不可逆減磁する可能性がある場合)、力行時3相短絡移行判定部76は、判定結果が否定となる(不可逆減磁しないと判定される)まで、待機する。なお、無負荷状態となると(回転速度ωを無限大にすると)、dq軸電流Id、Iqに基づいて特定される動作点OPは、点M(Id=-Ψa/Ld,Iq=0)に収束していくことが分かっている。つまり、定誘起電圧だ円ELが小さくなっていくことが分かっている。
【0049】
そこで、力行時3相短絡移行判定部76は、判定結果が肯定の場合、例えば、3相のすべてのアームに設けられたスイッチング素子Sp,Snに対してオフ信号を出力させ、その状態で待機するようにしている。このため、力行時3相短絡移行判定部76は、通電制御部に相当する。
【0050】
これにより、モータ20への電力供給が停止される。そして、スイッチング素子Sp,Snに並列に接続されているダイオードDp,Dnを介して電流が徐々に出力されて、もしくは熱等に変化して、
図6の破線の矢印により示されるように、動作点OPを移動させることが可能となる。動作点OPが、横軸をd軸電流Idとし、縦軸をq軸電流Iqとするグラフにおいて第2象限にある場合(
図6において左上の領域にある場合)、動作点OPは、定誘起電圧だ円ELが小さくなる方向に移動する。つまり、
図6において実線の矢印により示すように、負の値である過渡d軸電流を大きく(過渡d軸電流の絶対値を小さく)することができる。そして、過渡d軸電流が、所定値まで大きくなると、過渡d軸電流と磁石温度T_magとにより特定される位置が、減磁境界線L10上、又は減磁境界線L10の上側の領域E2となる。これにより、不可逆減磁しないと判定される(判定結果が否定となる)。
【0051】
そして、不可逆減磁するか否かの判定結果が否定の場合、つまり、不可逆減磁しないと判定された場合、力行時3相短絡移行判定部76は、3相短絡の実行を許可し、3相短絡信号出力部77にその旨を通知する。このため、力行時3相短絡移行判定部76は、短絡許可部に相当する。
【0052】
3相短絡信号出力部77は、回生・力行判定部75によって回生であると判定された場合、又は力行時3相短絡移行判定部76によって3相短絡の実施が許可された場合、3相短絡を実施させるべく、上側のアームに設けられた3相全てのスイッチング素子Sp、もしくは、下側のアームに設けられた3相全てのスイッチング素子Snに対してオン信号を出力する。これにより、インバータ30は、3相短絡を実施する。このため、3相短絡信号出力部77は、信号出力部に相当する。
【0053】
次に、回生トルク制限処理について
図7に基づいて説明する。回生トルク制限処理は、短絡制御部59の回生トルク制限制御部71により所定周期ごとに実行される。
【0054】
3相短絡移行制御処理において、回生トルク制限制御部71の減磁判定部73は、前述したように、磁石温度T_mag及び回転速度ωを入力し、これらの値に基づいて、永久磁石が不可逆減磁する可能性があるか否かを判定する(ステップS101)。そして、ステップS101の判定結果が肯定の場合、回生トルク制限制御部71の回生トルク制限部74は、前述したように、永久磁石が不可逆減磁しないような回生トルク制限値を決定し、トルク指令値生成部51に出力する(ステップS102)。そして、回生トルク制限処理を終了する。一方、ステップS101の判定結果が否定の場合、回生トルク制限処理を終了する。つまり、回生トルクを制限しないこととなる。
【0055】
次に、3相短絡移行処理について
図8に基づいて説明する。3相短絡移行処理は、3相短絡が要求された場合に、短絡制御部59の3相短絡移行制御部72により実行される。
【0056】
3相短絡移行処理が開始すると、3相短絡移行制御部72の回生・力行判定部75は、前述したように、モータ20が現在、回生と力行のいずれの状態であるかを判定する(ステップS201)。
【0057】
ステップS201において、モータ20が回生状態であると判定された場合、3相短絡移行制御部72の3相短絡信号出力部77は、3相短絡を実施させるべく、上側のアームに設けられた3相全てのスイッチング素子Sp、もしくは、下側のアームに設けられた3相全てのスイッチング素子Snに対してオン信号を出力する(ステップS202)。
【0058】
一方、ステップS201において、モータ20が力行状態であると判定された場合、3相短絡移行制御部72の力行時3相短絡移行判定部76は、先述したように、dq軸電流Id、Iqに基づいて永久磁石が不可逆減磁する可能性があるか否かを判定する(ステップS203)。不可逆減磁しないと判定した場合(ステップS203の判定結果が否定の場合)、3相短絡を実施させることを許可し、ステップS202の処理に移行する。
【0059】
一方、不可逆減磁する可能性があると判定した場合(ステップS203の判定結果が肯定の場合)には、力行時3相短絡移行判定部76は、3相短絡を実施させることを許可しない。この場合、力行時3相短絡移行判定部76は、3相のすべてのアームに設けられたスイッチング素子Sp,Snに対してオフ信号を出力させる(ステップS204)。
【0060】
そして、力行時3相短絡移行判定部76は、所定時間が経過した後、前述同様、dq軸電流Id、Iqに基づいて永久磁石が不可逆減磁する可能性があるか否かを判定する(ステップS205)。この判定結果が否定の場合(不可逆減磁しないと判定した場合)、3相短絡の実施を許可し、ステップS202に移行する。一方、判定結果が肯定の場合(不可逆減磁する可能性があると判定した場合)、3相短絡の実施を許可せずに、再びステップS205を実施する。すなわち、不可逆減磁しないと判定されるまで待機することとなる。
【0061】
上記実施形態の構成によれば、以下の効果を得ることができる。
【0062】
回生トルク制限部74は、減磁判定部73によって不可逆減磁が生じる可能性があると判定された場合、回生時におけるモータ20の回生トルクを制限させるため、回生トルク制限値を決定し、指示する。このため、回生時に異常(短絡判定部60による3相短絡要求)が発生し、3相短絡を実行させても、永久磁石が不可逆減磁することを防止できる。
【0063】
また、力行時3相短絡移行判定部76は、力行時において永久磁石の不可逆減磁が生じないと判定された場合、3相短絡の実行を許可するように構成されている。そして、3相短絡信号出力部77は、回生時に異常が発生した場合、及び異常時において力行時3相短絡移行判定部76により3相短絡の実行が許可された場合に、3相短絡を実行させるようにインバータ30に対してオン信号を出力するように構成されている。このため、力行時において不可逆減磁しないと判定されなければ、3相短絡は許可されなくなり、力行時において異常が発生しても3相短絡が実施されて、永久磁石が不可逆減磁することを防止できる。また、力行時において、トルク指令値生成部51は、トルクを制限しないため、駆動力不足となることを抑制できる。
【0064】
力行時3相短絡移行判定部76は、モータ20のdq軸電流に基づいて3相短絡の実行後に生じる負の値である過渡d軸電流を特定し、特定された過渡d軸電流が所定値以上である場合、不可逆減磁が生じないと判定し、3相短絡の実行を許可する。より詳しくは、力行時3相短絡移行判定部76は、dq軸電流Id、Iq、及び数式(eq1)~(eq4)に基づいて、過渡d軸電流を算出する。次に、力行時3相短絡移行判定部76は、算出した過渡d軸電流と、入力した磁石温度T_magとにより特定される位置が、減磁境界線L10の下側の領域E1であるか否かを判定することにより、不可逆減磁するか否かを判定する。このように、過渡d軸電流により不可逆減磁を適切に判定することができる。
【0065】
力行時3相短絡移行判定部76は、異常時(短絡判定部60による3相短絡要求時)において、3相短絡の実行が許可されなかった場合、モータ20への電力供給を停止させる。より詳しくは、力行時3相短絡移行判定部76は、3相短絡の実行が許可されなかった場合、インバータ30を構成する全てのスイッチング素子Sp,Snをオフさせることにより、電力供給を停止させる。これにより、モータ20への電力供給が停止されることからモータ20の内部電力は誘起電圧による誘起電力まで徐々に低下し(定誘起電圧だ円が小さくなり)、3相短絡時に流れる過渡d軸電流を抑制する(過渡d軸電流の絶対値を小さくする)ことができる。また、3相短絡せずに全オフとすることで、モータ20を無負荷(フリーラン)状態にできることから、3相短絡した場合に比べて負荷トルクが小さくなる分、惰性走行状態を長く維持することが可能となる。また、インバータ30を構成する全てのスイッチング素子Sp,Snがオフされるため、モータ20に接続される他の機器に対して、ノイズなどの影響を与えることを抑制できる。
【0066】
なお、インバータ30と組電池40が接続されているときに(リレースイッチSMRがオフされていないときに)、全てのスイッチング素子Sp,Snがオフされた場合、並列に接続されているダイオードDp,Dnにより全波整流される。このとき、インバータ30の出力電圧はバッテリー電圧Vdc(組電池40の端子間電圧)にクランプされるため、即座に、スイッチング素子Sp,Snの耐圧を超える電圧が印加される可能性は低い。
【0067】
力行時3相短絡移行判定部76は、モータ20への電力供給が停止された後、一定時間経過後に、再び不可逆減磁が生じる可能性があるか否かを判定し、不可逆減磁が生じないと判定された場合、3相短絡を許可する。これにより、簡単な制御で継続的に過渡d軸電流を監視し、不可逆減磁が生じないタイミングを特定することができる。
【0068】
(変形例)
上記実施形態の構成の一部を以下に示すように変更してもよい。なお、以下の変形例において、上記実施形態と同様の構成は、同じ符号を付して説明を省略している。
【0069】
・上記実施形態において、力行時3相短絡移行判定部76は、過渡d軸電流に基づいて、不可逆減磁を判定したが、他の方法で、不可逆減磁を判定してもよい。例えば、力行時3相短絡移行判定部76は、力行時におけるモータ20のトルクの絶対値が、回生トルク制限部74により決定される回生トルク制限値の絶対値以下である場合に、不可逆減磁が発生しないと判定してもよい。これにより、過渡d軸電流を特定する場合に比較して、簡単に不可逆減磁が生じるか否かを判定することができる。
【0070】
・上記実施形態において、モータ制御装置50(の力行時3相短絡移行判定部76)は、3相短絡を許可しなかった場合、すべてのスイッチング素子Sp,Snをオフさせるように制御したが、リレースイッチSMRをオフにして組電池40からモータ20への電源供給を停止させるだけでもよい。
【0071】
・上記実施形態において、力行時3相短絡移行判定部76は、3相短絡を許可しなかった場合、すべてのスイッチング素子Sp,Snをオフさせた後、一定時間経過後に、再び3相短絡を許可するか否か、すなわち、不可逆減磁が発生するか否かを判定した。この変形例として、力行時3相短絡移行判定部76は、すべてのスイッチング素子Sp,Snをオフさせた後、モータ20が回生状態となった場合、再び不可逆減磁が生じるか否かを判定し、不可逆減磁が生じないと判定された場合、3相短絡の実行を許可するように構成してもよい。すなわち、力行状態から回生状態に移行する際に、過渡d軸電流が抑制されている可能性は高い。このため、力行時3相短絡移行判定部76は、回生状態に移行したタイミングで再び不可逆減磁が生じるか否かを判定することにより、不可逆減磁が生じない状態となったか否かについて素早く判定することができる。つまり、素早く3相短絡を実施することが可能となる。
【0072】
・上記実施形態において、力行時3相短絡移行判定部76は、3相短絡を許可しなかった場合、すべてのスイッチング素子Sp,Snをオフさせた後、一定時間経過後、又はモータ20が回生状態に移行した場合に、不可逆減磁が発生するか否かを判定することなく、3相短絡を許可してもよい。制御を簡単に行うことができる。
【0073】
・上記実施形態において、変調器56は、回生トルク制限部74により回生トルクが制限されている場合、回生トルクが制限されていない場合に比較して、キャリア周波数を大きく設定するように構成してもよい。これにより、渦損を抑制して、永久磁石の磁石温度T_magを低下させることができる。結果として、不可逆減磁しにくくなり、回生トルクの制限を解除させる、もしくは回生トルク制限値(最大値)を大きくし、回生トルクを大きくすることが可能となる。
【0074】
・上記実施形態において、トルク指令値生成部51は、回生トルク制限部74により回生トルクが制限されている場合、制限されていない場合に比較して、トルク変動を抑制するように構成してもよい。これにより、トルク変動に基づく電流変動を抑制して、損失を抑制し、永久磁石の磁石温度T_magを低下させることができる。結果として、不可逆減磁しにくくなり、回生トルクの制限を解除させる、もしくは回生トルク制限値(最大値)を大きくし、回生トルクを大きくすることが可能となる。なお、電流変動を直接抑制してもよい。
【0075】
・上記実施形態において、減磁判定部73によって永久磁石が不可逆減磁すると判定された場合、永久磁石が不可逆減磁しないように、回生トルクを制限したが、最大電流を制限してもよい。具体的にはd軸電流指令制限部を設け、d軸電流指令Id*をd軸電流制限値Id_limに制限されるようにしてもよい。d軸電流制限値Id_limは、永久磁石が不可逆減磁しないようにその値が設定されるものである。
【0076】
・上記実施形態において、上側のアームのスイッチング素子Spによる3相短絡と、下側のアームのスイッチング素子Snによる3相短絡のどちらを実施するかは、設計時もしくは起動時に決定してもよい。
【0077】
また、他の実施形態として、例えば、異常発生時における素子温度の平均値が低い方のアームのスイッチング素子を選択してもよい。具体的には、
図9に示すように、各スイッチング素子Sp,Snの温度を検出する素子温度検出部31を備えて、短絡制御部59は、その素子温度検出部31から、上側のアームの各スイッチング素子Spの素子温度の平均値T_uuと、下側のアームの各スイッチング素子Snの素子温度の平均値T_luと、を入力するように構成する。そして、短絡制御部59の3相短絡信号出力部77は、平均値T_uu,T_luに基づいて、異常発生時における平均値T_uu,T_luが低い方のアームのスイッチング素子を選択し、3相短絡を実施させてもよい。
【0078】
なお、素子温度検出部31は、すべてのスイッチング素子Sp,Snの素子温度を検出してもよいが、インバータ30の構造上、一番温度が高くなりやすい傾向の相のスイッチング素子Sp,Snの素子温度だけを検出するようにしてもよい。
【0079】
また、他の実施形態として、例えば、短絡制御部59の3相短絡信号出力部77は、冷却器の上流側に配置され、熱伝達が容易な(冷却されやすい)アームのスイッチングを選択してもよい。
【0080】
・上記実施形態において、トルク指令値生成部51は、回生を指示する場合、トルク指令Trq*を負の値で指令し、力行を指示する場合、トルク指令Trq*を正の値で指令するようにしてもよい。トルク指令Trq*を負の値で指令する場合、トルク指令Trq*の絶対値が、回生トルク制限値の範囲内となるように、値を設定すればよい。なお、トルク指令Trq*の正負の符号は逆であってもよい。
【0081】
・上記実施形態において、回生トルク制限制御部71は、磁石温度T_mag、回転速度ω及び組電池のバッテリー電圧Vdcのうち、いずれかの1または2の値、もしくはすべての値に基づいて、回生トルク制限値を決定、指示してもよい。
【0082】
ここで、バッテリー電圧Vdcと、回生トルク制限値との関係性について説明する。
図10に示すように、定トルク条件下において(回生トルクが同じ(例えば、100Nm)である場合において)、定誘起電圧だ円は、バッテリー電圧Vdcが低いときほど、小さく、バッテリー電圧Vdcが高いほど、大きくなる。
図10では、定トルク条件を定トルク曲線「C100」で示す。また、バッテリー電圧Vdcが低いとき(Vdc=Vdc1)の定誘起電圧だ円を「EL11」で示し、バッテリー電圧Vdcが高いとき(Vdc=Vdc2>Vdc1)の定誘起電圧だ円を「EL12」で示す。
【0083】
このため、回生トルク制限値が同じであったとしても、つまり、定トルク条件だったとしても、バッテリー電圧Vdcが高い場合には、低い場合に比較して、過渡d軸電流が小さくなる(負側に大きくなる)可能性がある。
【0084】
つまり、
図10に示すように、定トルク条件下において、バッテリー電圧が「Vdc1」である場合、動作点OPは、定トルク曲線C100と定誘起電圧だ円EL11との交点「OP1」となる。一方、当該定トルク条件下において、バッテリー電圧が「Vdc2」である場合、動作点OPは、定トルク曲線C100と定誘起電圧だ円EL12との交点「OP2」となる。動作点OP1である場合に、3相短絡が実施されると、3相短絡時電流軌跡(実線T11で示す)のように、dq軸電流が移動する可能性がある。この場合、過渡d軸電流は、「Id1」となる可能性がある(q軸電流Iq=0)。
【0085】
同様に、動作点OP2である場合に、3相短絡が実施されると、3相短絡時電流軌跡(実線T12で示す)のように、dq軸電流が移動する可能性がある。この場合、過渡d軸電流は、「Id2」となる可能性がある(q軸電流Iq=0)。このため、回生トルク制限値が同じであったとしても、つまり、定トルク条件だったとしても、バッテリー電圧Vdcが高い場合には、低い場合に比較して、過渡d軸電流(Id2<Id1)が小さくなる可能性があるといえる。
【0086】
以上のことから、バッテリー電圧Vdcが高い場合には、低い場合に比較して、回生トルク制限値を小さくする必要がある。そこで、
図11に示すように、回生トルク制限部74は、磁石温度T_mag、回転速度ω及びバッテリー電圧Vdcを入力可能に構成する。
【0087】
そして、例えば、回生トルク制限部74は、回生トルク制限値を決定する際、入力したバッテリー電圧Vdcによってバッテリー電圧Vdc毎に設定されたマップを特定し、当該マップを参照して、磁石温度T_magや回転速度ωなどに基づく回生トルク制限値を決定してもよい。また、例えば、回生トルク制限部74は、回生トルク制限値を決定する際、入力した磁石温度T_magや回転速度ωなどに基づいてマップなどを参照して決定された値に、バッテリー電圧Vdcに比例する係数を乗算して、回生トルク制限値を決定してもよい。
【0088】
本開示に記載の制御部及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の制御部及びその手法は、一つ以上の専用ハードウエア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の制御部及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウエア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0089】
20…モータ、30…インバータ、50…モータ制御装置、73…減磁判定部、74…回生トルク制限部、76…力行時3相短絡移行判定部、77…3相短絡信号出力部。