(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-10
(45)【発行日】2024-06-18
(54)【発明の名称】モータの制御装置、制御方法、モータモジュールおよび電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
H02P 29/028 20160101AFI20240611BHJP
B62D 5/04 20060101ALI20240611BHJP
B62D 6/00 20060101ALI20240611BHJP
B62D 101/00 20060101ALN20240611BHJP
B62D 119/00 20060101ALN20240611BHJP
B62D 113/00 20060101ALN20240611BHJP
【FI】
H02P29/028
B62D5/04
B62D6/00
B62D101:00
B62D119:00
B62D113:00
(21)【出願番号】P 2020206252
(22)【出願日】2020-12-11
【審査請求日】2023-05-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000232302
【氏名又は名称】ニデック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101683
【氏名又は名称】奥田 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100188813
【氏名又は名称】川喜田 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100202197
【氏名又は名称】村瀬 成康
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 修司
(72)【発明者】
【氏名】石川 雅也
(72)【発明者】
【氏名】水島 裕亮
【審査官】佐藤 彰洋
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/091488(WO,A1)
【文献】特開2002-046632(JP,A)
【文献】特開2006-138436(JP,A)
【文献】特開2006-117223(JP,A)
【文献】特開2004-345596(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 29/028
B62D 5/04
B62D 6/00
B62D 101/00
B62D 119/00
B62D 113/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
n相(nは3以上の整数)の巻線を有するモータを備える電動パワーステアリング装置に用いられる、前記モータを制御するための制御装置であって、
前記n相の巻線を通電するn相通電制御、または、n-1相の巻線を通電するn-1相通電制御を行うことが可能であり、
プロセッサと、
前記プロセッサの動作を制御するプログラムを記憶するメモリと、
を備え、
前記プロセッサは、前記プログラムに従って、
切替信号に応答して、前記n相通電制御から前記n-1相通電制御に切り替えることと、
トルク指令値、モータの電気角およびモータの実電流値を獲得することと、
獲得した前記トルク指令値、モータの電気角およびモータの実電流値に基づいてプレ電流指令値を生成することと、
0から2πまでの電気角の範囲のうちの
、モータトルクが前記トルク指令値を下回る電気角であるデッドポイントの範囲において前記プレ電流指令値に
、ディザ電流を数1の数式に基づいて演算することを含むディザ制御を適用することによって
、前記プレ電流指令値および前記ディザ電流に基づいて電流指令値を生成すること
であって、ここで、θは前記電気角であり、φは位相オフセットであり、i
Dither
は前記ディザ電流であり、A
Dither
はディザ振幅であり、f
Dither
はディザ周波数である、ことと、
【数1】
前記電流指令値に基づいて前記n-1相通電制御を行うことと、
を実行する制御装置。
【請求項2】
前記プロセッサは、0から2πまでの前記電気角の範囲のうちの、前記デッドポイントの範囲以外の範囲において前記プレ電流指令値にディザ制御を適用せずに、前記プレ電流指令値を前記電流指令値として決定する、請求項1に記載の制御装置。
【請求項3】
前記デッドポイントの範囲は、π/4≦θ+φ<(3/4)π、または、(5/4)π≦θ+φ<(7/4)πの条件を満たす電気角の範囲を含
む、請求項1または2に記載の制御装置。
【請求項4】
前記プロセッサは、
前記プレ電流指令値がゼロ以上であるとき、前記プレ電流指令値から前記ディザ電流を減算して前記電流指令値を生成し、
前記プレ電流指令値がゼロ未満であるとき、前記プレ電流指令値に前記ディザ電流を加算して前記電流指令値を生成する、請求項
1に記載の制御装置。
【請求項5】
前記プロセッサは、
トーショントルクを取得することと、
操舵周波数が所定範囲内にあるときに前記トーショントルクに1次の位相補償を適用することによって位相補償トルクを生成することと、
前記位相補償トルクに基づいて前記トルク指令値を生成することと、
をさらに実行する、請求項1から
4のいずれかに記載の制御装置。
【請求項6】
前記1次の位相補償は数2の数式の伝達関数によって表され、
【数2】
ここで、sはラプラス変換子であり、f
1は前記伝達関数のゼロ点の周波数であり、f
2は前記伝達関数の極の周波数である、請求項
5に記載の制御装置。
【請求項7】
前記プロセッサは、
前記トーショントルクの時間変化量に基づいて微分補償トルクを演算し、
前記位相補償トルクおよび前記微分補償トルクに基づいて前記トルク指令値を生成する、請求項
5または6に記載の制御装置。
【請求項8】
前記プロセッサは、前記n相の巻線の中に通電できない巻線があるかどうかを監視し、
前記通電できない巻線を検出したことに応答して前記切替信号を生成し、
前記n相の巻線のうちの、通電できない巻線以外のn-1相の巻線を通電することによって前記n-1相通電制御を行う、請求項1から
7のいずれかに記載の制御装置。
【請求項9】
モータと、
請求項1から
8のいずれかに記載の制御装置と、
を備えるモータモジュール。
【請求項10】
請求項
9に記載のモータモジュールを備える電動パワーステアリング装置。
【請求項11】
n相(nは3以上の整数)の巻線を有するモータを備える電動パワーステアリング装置に用いられる、前記モータを制御するための制御方法であって、
前記n相の巻線を通電するn相通電制御、または、n-1相の巻線を通電するn-1相通電制御を前記モータに適用することが可能であり、
切替信号に応答して、前記n相通電制御から前記n-1相通電制御に切り替えることと、
トルク指令値、モータの電気角およびモータの実電流値を獲得することと、
獲得した前記トルク指令値、モータの電気角およびモータの実電流値に基づいてプレ電流指令値を生成することと、
0から2πまでの電気角の範囲のうちの
、モータトルクが前記トルク指令値を下回る電気角であるデッドポイントの範囲において前記プレ電流指令値に
、ディザ電流を数3の数式に基づいて演算することを含むディザ制御を適用することによって
、前記プレ電流指令値および前記ディザ電流に基づいて電流指令値を生成すること
であって、ここで、θは前記電気角であり、φは位相オフセットであり、i
Dither
は前記ディザ電流であり、A
Dither
はディザ振幅であり、f
Dither
はディザ周波数である、ことと、
【数3】
前記電流指令値に基づいて前記n-1相通電制御を行うことと、
を包含する制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、モータの制御装置、制御方法、モータモジュールおよび電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般の自動車は、電動モータ(以降、単に「モータ」と表記する。)およびモータの制御装置を備える電動パワーステアリング装置(EPS)を搭載している。電動パワーステアリング装置は、運転者のハンドル(またはステアリングホイール)操作を、モータを駆動することによりアシストする装置である。
【0003】
電動パワーステアリング装置に搭載されるモータまたはインバータの一部に不具合が生じた場合であってもモータ駆動を継続させて、運転者のハンドル操作をアシストする技術が開発されている。不具合の例は、モータの巻線の断線またはインバータに含まれるスイッチ素子の故障などである。そのような不具合が特定の巻線への電力供給にのみ影響を及ぼす場合、残りの正常な巻線に電力を供給し続けることによってモータ駆動を継続させることが可能となる。
【0004】
特許文献1は、通常、3相の巻線を導通する通電制御を行い、モータの巻線のいずれかの相に通電不良が生じた場合、正常な残りの2相の巻線を通電する通電制御を行うことによって、アシストを継続することが可能な電動パワーステアリング装置を開示している。この電動パワーステアリング装置において、発生するモータトルクがアシスト力目標値を下回ることによって操舵速度が減速する減速区間において、加速制御を実行することによりモータの回転角速度が上昇する。これにより、減速区間において、運転者が操舵操作に引っ掛かりを覚えることを抑制できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
モータやインバータに不具合が生じた場合において、運転者のハンドル操作のアシストを継続するときに運転者が感じる操舵感を改善することが望まれる。
【0007】
本開示の実施形態は、n相の巻線を通電する通電制御からn-1相の巻線を通電する通電制御に切り替えたときに運転者が感じる操舵フィーリングを改善することが可能なモータの制御装置、当該制御装置を備えるモータモジュール、当該モータモジュールを備える電動パワーステアリング装置、および、モータの制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の制御装置は、非限定的で例示的な実施形態において、n相(nは3以上の整数)の巻線を有するモータを備える電動パワーステアリング装置に用いられる、前記モータを制御するための制御装置であって、前記n相の巻線を通電するn相通電制御、または、n-1相の巻線を通電するn-1相通電制御を行うことが可能であり、プロセッサと、前記プロセッサの動作を制御するプログラムを記憶するメモリと、を備え、前記プロセッサは、前記プログラムに従って、切替信号に応答して、前記n相通電制御から前記n-1相通電制御に切り替えることと、トルク指令値、モータの電気角およびモータの実電流値を獲得することと、獲得した前記トルク指令値、モータの電気角およびモータの実電流値に基づいてプレ電流指令値を生成することと、0から2πまでの電気角の範囲のうちのデッドポイントの範囲において前記プレ電流指令値にディザ制御を適用することによって電流指令値を生成することと、前記電流指令値に基づいて前記n-1相通電制御を行うことと、を実行する。
【0009】
本開示のモータモジュールは、非限定的で例示的な実施形態において、モータと、上記の制御装置と、を備える。
【0010】
本開示の電動パワーステアリング装置は、非限定的で例示的な実施形態において、上記のモータモジュールを備える。
【0011】
本開示の制御方法は、非限定的で例示的な実施形態において、n相(nは3以上の整数)の巻線を有するモータを備える電動パワーステアリング装置に用いられる、前記モータを制御するための制御方法であって、前記n相の巻線を通電するn相通電制御、または、n-1相の巻線を通電するn-1相通電制御を前記モータに適用することが可能であり、切替信号に応答して、前記n相通電制御から前記n-1相通電制御に切り替えることと、トルク指令値、モータの電気角およびモータの実電流値を獲得することと、獲得した前記トルク指令値、モータの電気角およびモータの実電流値に基づいてプレ電流指令値を生成することと、0から2πまでの電気角の範囲のうちのデッドポイントの範囲において前記プレ電流指令値にディザ制御を適用することによって電流指令値を生成することと、前記電流指令値に基づいて前記n-1相通電制御を行うことと、を包含する。
【発明の効果】
【0012】
本開示の例示的な実施形態によると、n相の巻線を通電する通電制御からn-1相の巻線を通電する通電制御に切り替えたときに運転者が感じる操舵フィーリングを改善することが可能なモータの制御装置、当該制御装置を備えるモータモジュール、当該モータモジュールを備える電動パワーステアリング装置、および、モータの制御方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、本開示の実施形態に係る電動パワーステアリング装置の構成例を模式的に示す図である。
【
図2】
図2は、本開示の実施形態に係る制御装置の構成の典型例を示すブロック図である。
【
図3】
図3は、本開示の実施形態に係る制御装置のプロセッサが実行する処理の機能ブロックを例示する機能ブロック図である。
【
図4】
図4は、トルク制御部の構成例を示す機能ブロック図である。
【
図5】
図5は、電流制御部の構成例を示す機能ブロック図である。
【
図6】
図6は、電流指令値演算部の構成例を示す機能ブロック図である。
【
図7A】
図7Aは、U相失陥時における2相通電制御による相電流波形を例示するグラフである。
【
図7B】
図7Bは、U相失陥時における2相通電制御によるモータトルク波形を例示するグラフである。
【
図8】
図8は、本開示の実施形態におけるディザ電流波形の例を示すグラフである。
【
図9】
図9は、比較例におけるディザ電流波形を示すグラフである。
【
図10】
図10は、ディザ制御に用いるディザ電流波形を例示するグラフである。
【
図11】
図11は、チャタリングが発生している相電流にディザ制御を適用した後の相電流波形を例示するグラフである。
【
図12】
図12は、ディザ制御を適用しない場合の操舵角および操舵トルクの測定結果を示すグラフである。
【
図13】
図13は、ディザ制御を適用した場合の操舵角および操舵トルクの測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者等が検討した結果、特許第5029312号に開示されるような減速区間においてハンドルの操舵角を保持しようとした場合、モータ電流にチャタリングが生じてモータトルクが振動し、結果として、ハンドルに振動が発生し得ることがわかった。意図しないこの振動は、運転者が感じる操舵感を悪化させてしまう。特許第5029312号に開示された加速制御を実行したとしても、この悪化を防ぐことが困難である。
【0015】
本発明者等は、電流指令値の演算にディザ制御を適用することによって操舵感の悪化を抑制し得ることを見出し本発明に至った。
【0016】
以下、添付の図面を参照しながら、本開示の電動パワーステアリング装置に搭載されるモータの制御装置、制御方法、当該制御装置を備えるモータモジュール、および、当該モータモジュールを備える電動パワーステアリング装置の実施形態を詳細に説明する。但し、必要以上に詳細な説明は省略する場合がある。例えば、既によく知られた事項の詳細説明や実質的に同一の構成に対する重複説明を省略する場合がある。これは、以下の説明が不必要に冗長になるのを避け、当業者の理解を容易にするためである。
【0017】
以下の実施形態は、例示であり、本開示による電動パワーステアリング装置に搭載されるモータの制御装置、制御方法は、以下の実施形態に限られない。例えば、以下の実施形態で示される数値、ステップ、そのステップの順序等は、あくまでも一例であり、技術的に矛盾が生じない限りにおいて種々の改変が可能である。以下に説明する各実施形態は、あくまでも例示であり、技術的に矛盾が生じない限りにおいて種々の組み合わせが可能である。
【0018】
[1.電動パワーステアリング装置1000の構成]
図1は、本実施形態に係る電動パワーステアリング装置1000の構成例を模式的に示す図である。
【0019】
電動パワーステアリング装置1000(以降、「EPS」と表記する。)は、ステアリングシステム520、および補助トルクを生成する補助トルク機構540を有する。EPS1000は、運転者がハンドルを操作することによって発生するステアリングシステムの操舵トルクを補助する補助トルクを生成する。補助トルクにより、運転者の操作の負担が軽減される。
【0020】
ステアリングシステム520は、例えば、ハンドル521、ステアリングシャフト522、自在軸継手523A、523B、回転軸524、ラックアンドピニオン機構525、ラック軸526、左右のボールジョイント552A、552B、タイロッド527A、527B、ナックル528A、528B、および左右の操舵車輪529A、529Bを備える。
【0021】
補助トルク機構540は、例えば、操舵トルクセンサ541、舵角センサ542、自動車用電子制御ユニット(ECU)100、モータ543、減速ギア544、インバータ545およびトーションバー546を備える。操舵トルクセンサ541は、トーションバー546の捩じれ量を検出することにより、ステアリングシステム520における操舵トルクを検出する。舵角センサ542は、ハンドルの操舵角を検出する。なお、操舵トルクは、操舵トルクセンサの値ではなく、演算より導出される推定値であってもよい。操舵角は角度センサの出力値に基づいて演算することも可能である。
【0022】
ECU100は、操舵トルクセンサ541、舵角センサ542、車両に搭載された車速センサ(不図示)などによって検出される検出信号に基づいてモータ駆動信号を生成し、インバータ545に出力する。例えば、インバータ545は、直流電力を、U相、V相およびW相の擬似正弦波である三相交流電力にモータ駆動信号に従って変換し、モータ543に供給する。モータ543は、例えば表面磁石型同期モータ(SPMSM)またはスイッチトリラクタンスモータ(SRM)であり、三相交流電力の供給を受けて操舵トルクに応じた補助トルクを生成する。モータ543は、減速ギア544を介してステアリングシステム520に生成した補助トルクを伝達する。以降、ECU100を、EPSの制御装置100と記載することとする。
【0023】
制御装置100とモータとはモジュール化され、モータモジュールとして製造および販売される。モータモジュールはモータおよび制御装置100を備え、EPSに好適に利用される。または、制御装置100は、モータとは独立して、EPSを制御するための制御装置として製造および販売され得る。
【0024】
[2.制御装置100の構成例]
図2は、本実施形態に係る制御装置100の構成の典型例を示すブロック図である。制御装置100は、例えば、電源回路111と、角度センサ112と、入力回路113と、通信I/F114と、駆動回路115と、ROM116と、プロセッサ200とを備える。制御装置100は、それらの電子部品を実装したプリント配線基板(PCB)として実現され得る。
【0025】
車両に搭載された車速センサ300、操舵トルクセンサ541および舵角センサ542が、プロセッサ200に電気的に接続され、車速センサ300、操舵トルクセンサ541および舵角センサ542からプロセッサ200に、それぞれ、車速、操舵トルクおよび操舵角が送信される。
【0026】
制御装置100は、インバータ545(
図1を参照)に電気的に接続される。制御装置100は、インバータ545が有する複数のスイッチ素子(例えばMOSFET)のスイッチング動作を制御する。具体的には、制御装置100は、各スイッチ素子のスイッチング動作を制御する制御信号(以降、「ゲート制御信号」と表記する。)を生成してインバータ545に出力する。
【0027】
制御装置100は、トーショントルクなどに基づいてトルク指令値を生成し、例えばベクトル制御によってモータ543のトルクおよび回転速度を制御する。制御装置100は、ベクトル制御に限らず、他のクローズドループ制御を行い得る。回転速度は、単位時間(例えば1分間)にロータが回転する回転数(rpm)または単位時間(例えば1秒間)にロータが回転する回転数(rps)で表される。ベクトル制御は、モータに流れる電流を、トルクの発生に寄与する電流成分と、磁束の発生に寄与する電流成分とに分解し、互いに直交する各電流成分を独立に制御する方法である。
【0028】
電源回路111は、外部電源(不図示)に接続されており、回路内の各ブロックに必要なDC電圧を生成する。生成されるDC電圧は例えば3Vまたは5Vである。
【0029】
角度センサ112は、例えばレゾルバまたはホールICである。または、角度センサ112は、磁気抵抗(MR)素子を有するMRセンサとセンサマグネットとの組み合わせによっても実現される。角度センサ112は、ロータの回転角を検出してプロセッサ200に出力する。制御装置100は、角度センサ112の代わりに、モータの回転速度、加速度を検出する速度センサ、加速度センサを備え得る。
【0030】
入力回路113は、電流センサ(不図示)によって検出されたモータ電流値(以下、「実電流値」と表記する。)を受け取って、実電流値のレベルをプロセッサ200の入力レベルに必要に応じて変換し、実電流値をプロセッサ200に出力する。入力回路113の典型例は、アナログデジタル変換回路である。
【0031】
プロセッサ200は、半導体集積回路であり、中央演算処理装置(CPU)またはマイクロプロセッサとも称される。プロセッサ200は、ROM116に格納された、モータ駆動を制御するための命令群を記述したコンピュータプログラムを逐次実行し、所望の処理を実現する。プロセッサ200は、CPUを搭載したFPGA(Field Programmable Gate Array)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)またはASSP(Application Specific Standard Product)を含む用語として広く解釈される。プロセッサ200は、実電流値およびロータの回転角などに従って電流指令値を設定してPWM(Pulse Width Modulation)信号を生成し、駆動回路115に出力する。
【0032】
通信I/F114は、例えば、車載のコントロールエリアネットワーク(CAN)に準拠してデータの送受信を行うための入出力インタフェースである。
【0033】
駆動回路115は、典型的にはゲートドライバ(またはプリドライバ)である。駆動回路115は、ゲート制御信号をPWM信号に従って生成し、インバータ545が有する複数のスイッチ素子のゲートにゲート制御信号を与える。駆動対象が低電圧で駆動可能なモータであるとき、ゲートドライバは必ずしも必要とされない場合がある。その場合、ゲートドライバの機能は、プロセッサ200に実装され得る。
【0034】
ROM116は、プロセッサ200に電気的に接続される。ROM116は、例えば書き込み可能なメモリ(例えばPROM)、書き換え可能なメモリ(例えばフラッシュメモリ、EEPROM)または読み出し専用のメモリである。ROM116は、プロセッサ200にモータ駆動を制御させるための命令群を含む制御プログラムを格納している。例えば、制御プログラムはブート時にRAM(不図示)に一旦展開される。
【0035】
図3は、本開示の例示的な実施形態に係る制御装置100のプロセッサ200が実行する処理(またはタスク)の機能ブロックを例示する機能ブロック図である。本開示の例示的な実施形態におけるプロセッサ200は、トルク制御部210および電流制御部220を含む複数の機能ブロックによって実現され得る。
【0036】
操舵トルクセンサ541によって検出されたトーショントルクTtorがトルク制御部210に入力する。トルク制御部210はトーショントルクTtorに基づいてトルク指令値Trefを生成する。
【0037】
本実施形態におけるモータは、巻線同士がスター結線された3相モータである。U相、V相およびW相を流れる相電流が、それぞれ、実電流値Imとして電流センサによって検出される。実電流値Im、モータの電気角θmおよびトルク指令値Trefが電流制御部220に入力する。電流制御部220は、実電流値Im、モータの電気角θmおよびトルク指令値Trefに基づいて、U、VおよびW相についてのデューティ指令値Dutyu、Dutyv、Dutywをそれぞれ演算して、駆動回路115に出力する。なお、トルク制御部210および電流制御部220のそれぞれの機能は後で詳細に説明する。
【0038】
それぞれの機能ブロックの処理は、典型的に、ソフトウェアのモジュール単位でコンピュータプログラムに記述され、ROM116に格納される。ただし、FPGAなどを用いる場合、これらの機能ブロックの全部または一部は、ハードウェア・アクセラレータとして実装され得る。
【0039】
各機能ブロックをソフトウェア(またはファームウェア)として制御装置100に実装する場合、そのソフトウェアの実行主体は、プロセッサ200であり得る。本開示のモータの制御装置は、ある実施形態において、プロセッサ200と、プロセッサ200の動作を制御するプログラムを記憶するメモリ116とを備える。プロセッサ200は、プログラムに従って、(1)切替信号に応答して、3相通電制御から2相通電制御に切り替えることと、(2)トルク指令値、モータの電気角およびモータの実電流値を獲得することと、(3)獲得したトルク指令値、モータの電気角およびモータの実電流値に基づいてプレ電流指令値を生成することと、(4)0から2πまでの電気角の範囲のうちのデッドポイントの範囲においてプレ電流指令値にディザ制御を適用することによって電流指令値を生成することと、(5)電流指令値に基づいて2相通電制御を行うことと、を実行する。
【0040】
各機能ブロックをソフトウェアおよび/またはハードウェアとして制御装置100に実装する場合、他の一態様において、本開示のモータの制御装置100は、故障検知部224から出力される切替信号に応答して、3相通電制御から2相通電制御に切り替え、電流制御部220に含まれる電流指令値演算部221によって演算される電流指令値に基づいて2相通電制御を行う。電流指令値演算部221は、トルク指令値、モータの電気角およびモータの実電流値を獲得し、獲得したトルク指令値、モータの電気角およびモータの実電流値に基づいてプレ電流指令値を生成するプレ電流指令値演算部221aと、0から2πまでの電気角の範囲のうちのデッドポイントの範囲においてプレ電流指令値にディザ制御を適用することによって電流指令値を生成するディザ制御部221bとを含む。
【0041】
図4は、トルク制御部210の構成例を示す機能ブロック図である。
【0042】
図示される例において、トルク制御部210は、応答性位相制御部211、ベースアシスト演算部212、安定性位相補償部213、トルク微分補償部214および加算器215を含む。
【0043】
応答性位相制御部211は、運転者がハンドルを操作するときに操舵周波数が取り得る範囲内においてアシストゲインを調整し、トーションバーの剛性を補償する。本実施形態において、上記範囲の例は5Hz以下である。応答性位相制御部211はトーショントルクT
torを取得する。応答性位相制御部211は、操舵周波数が5Hz以下であるときにトーショントルクT
torに1次の位相補償を適用することによって応答性位相補償トルクT
rcを生成する。1次の位相補償は数1の数式の伝達関数によって表される。
【数1】
ここで、sはラプラス変換子であり、f
1は伝達関数のゼロ点の周波数(Hz)であり、f
2は伝達関数の極の周波数(Hz)である。ゲイン(またはループゲイン)を縦軸にとり、周波数の対数を横軸にとったグラフはゲイン線図と呼ばれる。ゲイン線図において、ゼロ点は、ゲインカーブと0dBを示す横軸との交点を意味し、極はゲインカーブの極大点を意味する。例えば、極の周波数を零点よりも大きくすることで位相進み補償を適用することができる。その周波数の間隔が大きいほど、位相進み量が多くなる。
【0044】
ベースアシスト演算部212は、入力データとして応答性位相補償トルクTrcおよび車速vを取得する。ベースアシスト演算部212は、応答性位相補償トルクTrcおよび車速vに基づいてベースアシストトルクTbaを生成する。例えば、ベースアシスト演算部212は、応答性位相補償トルクTrc、車速vと、ベースアシストトルクTbaとの対応を規定するルックアップテーブル(LUT)を有し得る。ベースアシスト演算部212は、LUTを参照して、応答性位相補償トルクTrcおよび車速vに基づいて、対応関係にあるベースアシストトルクTbaを決定することができる。さらに、ベースアシスト演算部212は、応答性位相補償トルクTrcの変動量に対するベースアシストトルクTbaの変化量の比率によって規定される傾きに基づいてベースアシストゲインkを決定することができる。
【0045】
安定性位相補償部213は、入力データとしてベースアシストトルクT
baおよびベースアシストゲインkを取得する。安定性位相補償部213は、ベースアシストトルクT
baおよびベースアシストゲインkに基づいて安定性位相補償トルクT
Scを生成する。安定性位相補償部213は、例えば、安定化補償器を用いてベースアシストトルクT
baに安定性位相補償を適用することができる。安定化補償器は、ベースアシストゲインkに応じて周波数特性が可変である2次以上の伝達関数を有し得る。2次以上の伝達関数は、応答性のパラメータωおよびダンピングのパラメータζを用いて表される。2次以上の伝達関数は、例えば数2の数式によって表すことができる。伝達関数の次数を2次とすることで伝達関数の特性にダンピングを与えることができる。ダンピングを変えることで位相特性を調整することが可能となる。
【数2】
ここで、sはラプラス変換子であり、ω
1はゼロ点の周波数であり、ω
2は極の周波数であり、ζ
1はゼロ点のダンピングであり、ζ
2は極のダンピングである。ゲイン線図において、ゼロ点は、ゲインカーブと0dBを示す横軸との交点を意味し、極はゲインカーブの極大点を意味する。極の周波数ω
2はゼロ点の周波数ω
1よりも小さい。
【0046】
トルク微分補償部214は、トーショントルクT
torの時間変化量に基づいて微分補償トルクT
dcを演算する。トルク微分補償部214は、例えば数3の数式によって表される伝達関数に基づいて微分補償トルクT
dcを演算することができる。ここでTは時定数である。
【数3】
【0047】
加算器251は、安定性位相補償トルクTScおよび安定性位相補償トルクTScに基づいてトルク指令値Trefを生成する。具体的に説明すると、加算器251は、安定性位相補償トルクTScに微分補償トルクTdcを加算してトルク指令値Trefを生成する。
【0048】
上述したトルク制御部210によれば、トルク微分補償および位相進み補償を適用することで、トーショントルクに対するモータトルクの応答性を高めることが可能となる。その結果、後述するデッドポイント後に生じ得るモータトルクの急激な出力変動が抑えられ、操舵感を向上させることができる。
【0049】
図5は、電流制御部220の構成例を示す機能ブロック図である。
図6は、電流指令値演算部221の構成例を示す機能ブロック図である。
【0050】
図示される例において、電流制御部220は、電流指令値演算部221、電圧指令値演算部222、PWM変調部223および故障検知部224を含む。電流制御部220は、例えばベクトル制御に従って、トルク指令値Trefに基づいて電圧指令値Vrefを演算する。電流制御部220は、電圧指令値Vrefを基づいてPWM信号であるデューティ指令値Dutyを生成し、駆動回路115に出力する。
【0051】
電流制御部220は、電流指令値Irefに基づいて、正常時の制御において3相の巻線を通電する3相通電制御を行い、異常時の制御において3相のうちの2相の巻線を通電する2相通電制御を行う。
【0052】
先ず、本実施形態における故障検知について説明する。
【0053】
本実施形態において、電流制御部220は、正常時の制御および異常時の制御を含む制御モードに応じてモータの巻線を通電することが可能である。例えば、正常とは、巻線の断線またはインバータに含まれるスイッチ素子のオープンまたはショート故障など不具合が生じていない状態を意味する。異常は、上記の不具合が生じている状態を意味する。
【0054】
電流制御部220は、制御モードとして正常時の制御が選択されているとき、3相の巻線を通電する3相通電制御を行い、制御モードとして異常時の制御が選択されているとき、2相の巻線を通電する2相通電制御を行うことが可能である。
【0055】
故障検知部224は、3相の巻線の中に通電できない巻線があるかどうかを監視し、巻線またはインバータに含まれるスイッチ素子の故障を検知する。故障検知の一例として、故障検知部224は、3相の相電流Iu、Iv、Iwと、3相の電流指令値Iref_u、Iref_vおよびIref_wとのそれぞれの差分に基づいて巻線またはスイッチ素子の故障を相毎に検知することが可能である。3相の相電流は、それぞれ、例えばインバータの各相のレグに含まれるシャント抵抗によって検出することができる。故障検知の他の例として、故障検知部224は、電流値を推定して故障相を特定することができる。または、故障検知部224は、スイッチ素子(典型例はMOSFET)のドレイン-ソース間の電圧Vdsを監視し、所定の閾値電圧とVdsとを比較することによって、スイッチ素子の故障を検知することができる。ただし、故障検知は、これらの手法に限られず、故障検知に関する公知の手法を広く用いることができる。
【0056】
故障検知は、モータを制御するためのECU(制御装置100)に搭載されるプロセッサ200によって行われる必要は必ずしもなく、例えば、プロセッサ200にCANによって通信可能に接続された、別のECUに搭載されるプロセッサよっても行われ得る。
【0057】
故障検知部224は、通電できない相の故障を検出したことに応答して故障検知信号FDを生成する。故障検知部224は、巻線またはスイッチ素子の故障を検知すると、故障検知信号FDを電流指令値演算部221に通知する。電流指令値演算部221は、故障検知信号FDを切替信号として受信する。例えば、故障検知信号FDがアサートされると、電流指令値演算部221は、それに応答して、制御装置100のモータ制御を3相通電制御から2相通電制御に切り替える。
【0058】
故障検知部224は、例えばインバータのU相のレグに含まれるハイサイドスイッチ素子の故障を検知すると、故障検知信号FDをアサートする。この故障をU相失陥と記載する。電流指令値演算部221は、アサートされた故障検知信号FDに応答して、3相通電制御から、3相のうちの、U相以外のV、W相の巻線を通電する2相通電制御に切り替える。同様に、故障検知部224は、例えばインバータのV相のレグに含まれるハイサイドスイッチ素子の故障を検知すると、故障検知信号FDをアサートする。この故障をV相失陥と記載する。電流指令値演算部221は、アサートされた故障検知信号FDに応答して、3相通電制御から、3相のうちの、V相以外のU、W相の巻線を通電する2相通電制御に切り替える。故障検知部224は、例えばインバータのW相のレグに含まれるハイサイドスイッチ素子の故障を検知すると、故障検知信号FDをアサートする。この故障をW相失陥と記載する。電流指令値演算部221は、アサートされた故障検知信号FDに応答して、3相通電制御から、3相のうちの、W相以外のU、V相の巻線を通電する2相通電制御に切り替える。
【0059】
図示される例において、電流指令値演算部221は、プレ電流指令値演算部221aおよびディザ制御部221bを含む。
【0060】
電流指令値演算部221は、トルク指令値Tref、モータの電気角θmおよび、3相の相電流Iu、Iv、Iwを含むモータの実電流値Imを獲得する。電流指令値演算部221は、獲得したトルク指令値Tref、モータの電気角θm、3相の相電流Iu、IvおよびIwに基づいて、3相の電流指令値Iref_u、Iref_vおよびIref_wを演算する。
【0061】
制御装置100が正常時のモータ制御を行うとき、3相モータの出力は、例えば数4の数式によって表すことができる。U、VおよびW相の相電圧は、それぞれ、数5、数6および数7の数式で表される。ここで、Tはモータトルク[Nm]であり、Pnは極対数であり、Ψ
fは鎖交磁束[wb]であり、ωはモータの電気角θ
mの角速度[rad/s]である。Ψ
fはモータの実電流値I
mとモータのリアクタンスLの積(I
m・L)で表される。ωはθ
mを時間微分することで得られる。
【数4】
【数5】
【数6】
【数7】
【0062】
本実施形態では、U、VおよびW相のうちのU相の通電に不具合が生じた場合を仮定し、VおよびW相の巻線を通電する2相通電制御を行う異常時のモータ制御の例を説明する。この2相通電制御において、各相電流は数8の数式で与えられる。i
2phaseは、U相、V相に流れる相電流であり、モータの実電流値I
mに相当する。
【数8】
【0063】
数式5から8を数式4に適用して整理すると数9の数式が得られる。さらに、数式9をi
2phaseについて整理すると数10の数式が得られる。ここでφは位相オフセット[rad]である。U相の通電に不具合が生じた場合、φ=0である。V相の通電に不具合が生じた場合、φ=π/3である。W相の通電に不具合が生じた場合、φ=-π/3である。
【数9】
【数10】
【0064】
2相通電制御においては、数式11に示されるように最大電流値制限が設定される。相電流を最大電流値に制限し、電流i2phaseをトルク指令値Trefに対するプレ電流指令値としている。より詳細には、U相のプレ電流指令値Ipref_uはゼロとする。V相のプレ電流指令値Ipref_vはi2phaseとする。W相のプレ電流指令値Ipref_wは-i2phaseとする。本明細書において、後述するディザ制御を適用する前の電流指令値をプレ電流指令値と呼び、ディザ制御を適用した後の電流指令値と区別することとする。
【0065】
プレ電流指令値演算部221aは、数11の数式に基づいてプレ電流指令値I
pref_v、I
pref_wを演算して生成する。数11の数式は、数12の数式で表されるトルク定数K
t[Nm/Arms]を用いて電流i
2phaseを表す。
【数11】
【数12】
【0066】
ディザ制御部221bは、0から2πまでの電気角の範囲のうちの、デッドポイントの範囲においてプレ電流指令値にディザ制御を適用することによって電流指令値を生成する。ディザ制御部221bは、0から2πまでの電気角の範囲のうちの、デッドポイントの範囲以外の範囲においてプレ電流指令値にディザ制御を適用せずに、プレ電流指令値を電流指令値として決定する。
【0067】
図7Aは、U相失陥時における2相通電制御による相電流波形を例示するグラフである。
図7Bは、U相失陥時における2相通電制御によるモータトルク波形を例示するグラフである。
図7Aおよび
図7Bに、それぞれ、最大電流値制限を適用した相電流およびモータトルクの波形が例示されている。
【0068】
本実施形態における3相通電制御および2相通電制御では、相電流の総和がゼロになるように相電流が制御される。2相通電制御においてU相の巻線を流れる電流は常にゼロとなるために、V相とW相とを流れる相電流の和がゼロとなる電気角が生じる。デッドポイントはこの電気角を意味する。
図7Aまたは
図7Bにおいて、デッドポイントは、π/2または(3/2)πである。
【0069】
デッドポイントの範囲は、デッドポイントおよびその前後の電気角の範囲を意味する。デッドポイントの範囲において、電流を指令してもモータに電流を流すことができないために、モータトルクがトルク指令値(または目標モータトルク)を下回る。デッドポイントの範囲は、π/4≦θ+φ<(3/4)π、または、(5/4)π≦θ+φ<(7/4)πの条件を満たす電気角の範囲を含む。本実施形態において、U相が失陥した場合、位相オフセットφはゼロである。デッドポイントの範囲は、π/4≦θ<(3/4)π、または、(5/4)π≦θ<(7/4)πの電気角の範囲に相当する。
【0070】
図7Bに例示されるように、デッドポイント付近において、モータ出力が著しく低下する。デッドポイントの範囲と、デッドポイント以外の範囲との間でモータトルクの差が大きくなってしまい、トーショントルクの変動量が大きくなる。これが、デッドポイント付近においてハンドルの操舵角を保持しようとした場合、運転者が感じる操舵感をさらに悪化させてしまう要因となり得る。
【0071】
ディザ制御部221bは、ディザ電流i
Ditherを数13の数式に基づいて演算し、プレ電流指令値I
Prefおよびディザ電流i
Ditherに基づいて電流指令値I
refを生成する。ここで、A
Ditherはディザ振幅であり、f
Ditherはディザ周波数である。ディザ電流i
Ditherは周期的な電流波形で表される。ディザ制御部221bは、デッドポイントの範囲以外の範囲では、数14の数式に示されるようにディザ電流i
Ditherにゼロを設定する。ディザ電流i
Ditherにゼロを設定することは、実質的にディザ制御を適用しないことを意味する。
【数13】
【数14】
【0072】
図8は、本実施形態におけるディザ電流波形の例を示すグラフである。
図9は、比較例におけるディザ電流波形を示すグラフである。比較例によるディザ電流は数15の数式で表される。本実施形態では、比較例によるディザ電流と比較して、ディザ電流を与える数13の数式において、(1)ディザ電流の絶対値をとる点(
図8を参照)、(2)右辺の最終項のsin関数の出力にバイアスとして「-1」を付加している点が工夫されている。これらの工夫によって、デッドポイントの範囲においてディザ制御の効果を得ることが可能となる。
【数15】
【0073】
ディザ制御部221bは、プレ電流指令値がゼロ以上であるとき、プレ電流指令値からディザ電流を減算して電流指令値を生成し、プレ電流指令値がゼロ未満であるとき、プレ電流指令値にディザ電流を加算して電流指令値を生成する。換言すると、ディザ制御部221bは、数16に示す条件が成立する場合、数17の数式に基づいて電流指令値を生成し、数16に示す条件が成立しない場合、数18の数式に基づいて電流指令値を生成する。
【数16】
【数17】
【数18】
【0074】
ディザ制御部221bは、数19の数式で与えられる、ディザ制御を適用した後の3相の電流指令値I
ref_u、I
ref_vおよびI
ref_wを出力する。なお、U相失陥時におけるU相の電流指令値I
ref_uはゼロである。
【数19】
【0075】
図10は、ディザ制御に用いるディザ電流波形を例示するグラフである。
図11は、チャタリングが発生している相電流にディザ制御を適用した後の相電流波形を例示するグラフである。
【0076】
上述したように、2相通電制御では電流制限をかけているために、比較例によるディザ電流をプレ電流指令値に適用しても、電流チャタリングの抑制が不十分となり、その結果、ディザ制御の効果が得られない課題がある。これに対し、本実施形態によるディザ電流をプレ電流指令値に適用すれば、電流チャタリングが適切に抑制され、結果として、ディザ制御の十分な効果が得られる。
【0077】
【0078】
電圧指令値演算部222は、電流指令値Iref_u、Iref_vおよびIref_wを取得する。電圧指令値演算部222は、電流指令値Iref_u、Iref_vおよびIref_wに基づいて電圧指令値Vref_u、Vref_vおよびVref_wを演算する。U相失陥時における2相通電制御において、Vref_uはゼロである。
【0079】
PWM変調部223は、電圧指令値Vref_u、Vref_vおよびVref_wを取得する。PWM変調部223は、電圧指令値Vref_u、Vref_vおよびVref_wに基づいてデューティ指令値Dutyu、DutyvおよびDutywをそれぞれ演算して駆動回路115に出力する。
【0080】
本発明者等は、プレ電流指令値にディザ制御を適用して得られる効果を、実車測定を行うことで確認した。実車測定において、2相通電制御を行い、デッドポイントの範囲で電流にチャタリングが生じているときにディザ制御の適用をオフからオンに切り替えることによってディザ制御の効果を測定した。
【0081】
実車測定の条件は以下のとおりである:
(1)トルク定数Kt:0.0452[Nm/Arms]、(2)極対数Pn:4、(3)ディザ振幅ADither:2[Nm]、(4)ディザ周波数fDither:30[Hz]、(5)モータの種類:ブラシレスモータ。ディザ振幅ADitherおよびディザ周波数fDitherは変数として設定され、EPSが搭載される車種やモータの種類によって適宜決定され得る。
【0082】
図12は、ディザ制御を適用しない場合の操舵角および操舵トルクの測定結果を示すグラフである。
図13は、ディザ制御を適用した場合の操舵角および操舵トルクの測定結果を示すグラフである。グラフにおいて、破線は操舵角[deg]を示し、実線は操舵トルク[Nm]を示す。
【0083】
ディザ制御を適用しない場合と比較して、ディザ制御を適用した場合、電流チャタリングが抑制された。その結果、ハンドルの振動も抑制され、具体的には、操舵トルクの変動量が5[Nm]程度減少することがわかった。
【0084】
本実施形態に係るモータの制御装置100によれば、モータの巻線のいずれかの相に通電不良が生じた場合において正常な相の残りの巻線を通電する通電制御を行うときに運転者が感じる操舵フィーリングを改善することが可能となる。例えば、2相通電制御を行うときに生じ得る、デッドポイント付近における電流チャタリングを抑制し、かつ、操舵トルク変動量を低減することが可能となる。これらの効果はハンドル操作の安全性の向上に寄与し得る。
【0085】
本実施形態によるモータの制御装置または制御方法は、2個のインバータを用いてモータを駆動する、いわゆるダブルインバータ駆動を行うことが可能な二重巻線モータの制御装置としても利用され得る。例えば、2個のインバータの一方におけるU相が失陥した場合、2個のインバータを利用してV相およびW相の巻線を通電する2相通電制御を継続して行うことが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本開示の実施形態は、車両に搭載されるEPSを制御するためのモータの制御装置に利用され得る。
【符号の説明】
【0087】
200:プロセッサ、210:トルク制御部、211:応答性位相補償部、212:ベースアシスト演算部、213:安定性位相補償部、214:トルク微分補償部、215:加算器、220:電流制御部、221:電流指令値演算部、221a:プレ電流指令値演算部。221b:ディザ制御部、222:電圧指令値演算部、223:PWM変調部、224:故障検知部