IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社島津製作所の特許一覧

<>
  • 特許-X線分析用信号処理装置 図1
  • 特許-X線分析用信号処理装置 図2
  • 特許-X線分析用信号処理装置 図3
  • 特許-X線分析用信号処理装置 図4
  • 特許-X線分析用信号処理装置 図5
  • 特許-X線分析用信号処理装置 図6
  • 特許-X線分析用信号処理装置 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-10
(45)【発行日】2024-06-18
(54)【発明の名称】X線分析用信号処理装置
(51)【国際特許分類】
   G01T 1/17 20060101AFI20240611BHJP
   G01T 1/36 20060101ALI20240611BHJP
   G01N 23/223 20060101ALI20240611BHJP
【FI】
G01T1/17 F
G01T1/17 H
G01T1/36 D
G01N23/223
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2022578025
(86)(22)【出願日】2021-07-29
(86)【国際出願番号】 JP2021028104
(87)【国際公開番号】W WO2022162976
(87)【国際公開日】2022-08-04
【審査請求日】2023-06-22
(31)【優先権主張番号】P 2021010814
(32)【優先日】2021-01-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110003993
【氏名又は名称】弁理士法人野口新生特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 佑多
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-021957(JP,A)
【文献】特開2019-066243(JP,A)
【文献】特開2005-121392(JP,A)
【文献】特開2000-227479(JP,A)
【文献】特開平10-221455(JP,A)
【文献】米国特許第04658216(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01T 1/00-1/16
G01T 1/167-7/12
G01N 23/223
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線検出器で検出された複数の階段波信号を微分波信号に変換する微分回路と、
前記微分波信号を台形波信号又は三角波信号に変換するデジタルフィルタと、
前記台形波信号又は三角波信号におけるピーク部分から抽出した波高値を弁別して計数するピーク検出部とを備えるX線分析用信号処理装置であって、
前記ピーク検出部は前記台形波信号又は三角波信号における立ち上がり側斜辺の信号と比較する立ち上がり閾値Tu、および、立ち下がり側斜辺の信号と比較する立ち下がり閾値TdがTu>Tdの関係となるようにして設定され、
前記ピーク検出部は、前記立ち上がり閾値Tuに基づいて、前記変換された台形波信号又は三角波信号のなかから計数する台形波信号又は三角波信号を選別するとともに、
前記立ち下がり閾値Tdに基づいて、当該台形波信号又は三角波信号のピーク部分の検出を終了することを特徴とするX線分析用信号処理装置。
【請求項2】
前記立ち上がり閾値Tuと前記立ち下がり閾値Tdとの比が2:1~4:1の範囲である請求項1に記載のX線分析用信号処理装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線分析用信号処理装置に関し、特に微分波を波形変換する波形変換デジタルフィルタを搭載したX線分析用信号処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光X線分析装置は、固体試料や粉体試料や液体試料に励起X線(一次X線)を照射し、照射した一次X線により励起されて放出される蛍光X線を分光器で検出することによって、その試料に含まれる元素の定性や定量分析を行うものである。このような蛍光X線分析装置としては、波長分散型蛍光X線分析装置とエネルギー分散型蛍光X線分析装置とがある。
【0003】
波長分散型蛍光X線分析装置は、分光結晶とスリットとを組み合わせたX線分光器により特定波長の蛍光X線を選別した上で検出器により検出する構成を有する。一方、エネルギー分散型蛍光X線分析装置は、こうした波長選別を行わずに蛍光X線を直接半導体検出器等で検出し、その後に出力信号を波長λ(すなわちX線エネルギーE)毎に分離する処理を行う構成を有する(例えば、特許文献1、2参照)。よって、蛍光X線スペクトルを作成する場合、波長分散型蛍光X線分析装置では波長走査を行う必要があるのに対し、エネルギー分散型蛍光X線分析装置では多数の波長の情報が同時に得られるため、短時間で蛍光X線スペクトルを取得できるという特徴を有する。
【0004】
図3は、従来の一般的なエネルギー分散型蛍光X線分析装置の構成を示す概略構成図である。エネルギー分散型蛍光X線分析装置101は、一次X線を試料Sに出射するX線管球10と、蛍光X線強度Iを検出するエネルギー分散型分光器30(検出器ともいう)と、プリアンプ41と、コンデンサCや抵抗Rからなる微分回路42と、A/D変換器43と、波形変換デジタルフィルタ61とピーク検出部62とヒストグラムメモリ63とからなるFPGA(Field-programmable gate array)160と呼ばれるX線分析用信号処理
装置と、X線管球10やエネルギー分散型分光器30やFPGA160等を制御するCPU150とを備える。
【0005】
X線管球10は、ターゲットに高電圧を印加するとともに、フィラメントに低電圧を印加することで、フィラメントから放射された熱電子をターゲットの端面に衝突させ、これによりターゲットの端面で発生した一次X線を出射するようになっている。
【0006】
エネルギー分散型分光器30は、例えば、筐体の内部に蛍光X線強度Iを検出する検出素子(リチウムドリフト型Si半導体検出器)が配置されている。エネルギー分散型分光器30からの出力信号は、プリアンプ41で増幅される。この出力信号は、階段波状であり、階段波の各1段が蛍光X線をそれぞれ検出していることを示し、各段の高さ(波高)が波長λ、すなわちX線エネルギーEを表している。
【0007】
プリアンプ41で増幅された出力信号は、微分回路42に送られ、微分回路42は、階段波を、下記式(1)で示す微分波に変換する。このように階段波から微分波に変換することで、ダイナミックレンジが広くとれ、高分解能を達成できるようになる。
y=exp(-nT/τ)=a ・・・(1)
ただし、τはRC時定数、Tはサンプリング周期、nはサンプル数、aは時定数(exp(-T/τ))である。
【0008】
A/D変換器43は、アナログ信号として入力される微分波を、微分波デジタル信号に変換し、FPGA160の波形変換デジタルフィルタ61に入力する。
波形変換デジタルフィルタ61は、入力された微分波デジタル信号を、図4に示すように、下記式(2)で示す伝達関数を用いて台形波デジタル信号に変換する。このように微分波デジタル信号を台形波デジタル信号に変換することで、ピークの波高値(ピークトップ値)を正確に算出できるようになる。
【0009】
【数1】
【0010】
ただし、上記の式において、Mは台形波トップ時間(上辺部分の時間)、Nは台形波立ち上がり/立ち下り時間である。
【0011】
図5は、波形変換デジタルフィルタ61に入力する微分波デジタル信号と、波形変換デジタルフィルタ61で波形変換されて出力される台形波デジタル信号とを模式的に示した波形図である。検出器30により不規則な時間間隔で大小さまざまな階段波信号が検出されると、微分回路42、A/D変換器43を経て、波形変換デジタルフィルタ61に大小さまざまな微分波デジタル信号が不規則な時間間隔で次々と入力し、それに応じた波高値を有する台形波デジタル信号が生成される。検出器30による計数率が低くて入力する微分波デジタル信号間の時間間隔が長い(密度が低い)ときは、台形波デジタル信号はそれぞれ分離して発生するが、計数率が高く入力する微分波デジタル信号間の時間間隔が短くなる(密度が高い)と、台形波デジタル信号の立ち下がり側の斜辺部分で重なり(パイルアップと称する)が生じた台形波デジタル信号が発生するようになる。
【0012】
ピーク検出部62は、台形波デジタル信号のピークを検出してピークの波高値(ピークトップ値)を取得し、1つのピークを検出する毎に、ピークトップ値に応じたX線エネルギーEの計数値をインクリメントして、ヒストグラムメモリ63に格納する。
【0013】
そして、格納されたデータをCPU150に送出することで、CPU150は、横軸を蛍光X線エネルギーE、縦軸をカウント数から求めた元素の含有量(強度)とした波高分布図(エネルギースペクトルヒストグラム)を作成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開2015-21957号公報
【文献】特開2020-51900号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述したエネルギー分散型蛍光X線分析装置101では、ピーク検出部62で台形波デジタル信号のピークとなる上辺(上底)を検出し、上辺に含まれる一点(例えば立ち上がり側の斜辺から上辺への屈曲点である上辺開始点)、あるいは上辺に含まれる複数点の平均値を求めて、これをピークトップ値(波高値)として抽出する。
しかしながら、小さなノイズ変動までを台形波デジタル信号のピークと認識して誤ってカウントしてしまうと、正確なエネルギースペクトルの取得が困難になる。
【0016】
そこで、ノイズの影響を除去するために、出願人らは、ピーク検出部62でピーク検出用の閾値Tを設定し、台形波デジタル信号の立ち上がり側斜辺部分の変動幅(増加幅)、立ち下がり側斜辺部分での波高の変動幅(減少幅)が閾値T以上の大きさで変動した台形波デジタル信号である場合に、1つのカウントすべき台形波デジタル信号として認識し、上辺部分からそのピークトップ値を抽出し、ピークトップ値に応じたX線エネルギーEの計数値をインクリメントして、ヒストグラムメモリ63に格納するようにしている。
【0017】
具体的には、ピーク検出部62に入力された台形波デジタル信号(例えば図5参照)に対し、信号が増加する立ち上がり側斜辺の信号変化が閾値Tを超えると、1つ目のカウントすべき台形波デジタル信号として認識し、これに続く信号変化が平坦な上辺部分をピークとして検出してピークトップ値を抽出する。さらに、上辺(ピークトップ値)から信号が減少する立ち下がり側の斜辺の信号変化を検出して、上辺(ピークトップ値)からの変動幅(減少幅)が閾値Tを超えると、その時点で1つ目の台形波デジタル信号は終了したと認識して、2つ目の台形波の信号の立ち上がり側の信号変化を検出する処理を始める。
【0018】
すなわち、立ち下がりの信号変化における減少幅が閾値Tを超えた時点で1つ目の台形
波デジタル信号の不感時間(デッドタイム)が終了したものとして、後続の台形波デジタル信号の検出が開始されることになる。
なお「不感時間」は、検出器30が1つ目の信号を受け取ってから2つ目の信号を受け
取れるようになるまで回復に要する時間であるが、台形波デジタル信号で見たときは、検出器30の不感時間の終了時点が、立ち下がり側斜辺での信号の減少幅が閾値Tを超えた時点に対応することになる。
そしてピーク検出部62で設定する閾値Tを大きく設定すると1つ目の信号の不感時間
の終了時点が遅れることになり、後続の信号が計測できない時間(不感時間)が増加することになる。
【0019】
ここで、波高分布図(エネルギースペクトルヒストグラム)の一例として、黄銅のサンプルを実測したときの波高分布図を図6に示す。図中の各スペクトルA~Dは、閾値Tの値を、以下に示すように変化させたときのスペクトル分布である(スペクトルEについては後述する)。
スペクトルA: ピーク検出用閾値T≒160eV
スペクトルB: ピーク検出用閾値T≒320eV
スペクトルC: ピーク検出用閾値T≒400eV
スペクトルD: ピーク検出用閾値T≒480eV
【0020】
各スペクトルには10KeV近くにX線の大きなピークが存在する。そしてスペクトルAでは10KeV~14Kevあたりに大きなバックグランドが生じており、スペクトルBでは10KeV~12KeVあたりに中程度のバックグランドが生じており、スペクトルCでは10KeV~11KeVあたりに小さいバックグランドが生じている。
一方、スペクトルDではバックグランドがほとんど生じていない。
【0021】
すなわち、ピーク検出用の閾値Tが小さい設定ではバックグランドが高くなり、閾値T
が大きい設定ではバックグランドは低くなっている。
このピーク検出閾値Tが小さい設定でバックグランドが高くなる理由について分析した
ところ、先の台形波デジタル信号に、後の台形波デジタル信号が重なってパイルアップした台形波デジタル信号を、X線エネルギーEの信号としてカウントしたことが影響していることが判明した。
【0022】
図7はパイルアップした台形波デジタル信号を説明する模式図である。横軸は時間軸であり、縦軸は波形変換デジタルフィルタ61から出力される台形波デジタル信号の波高値、すなわちX線エネルギーEに相当する値である。
先の台形波デジタル信号U1(振幅S1)と、後の台形波デジタル信号U2(振幅S2
)との入射間隔が短くて波形が重なると(パイルアップすると)、後の台形波デジタル信号U2には先の台形波デジタル信号U1の立ち下がり側斜辺部分の影響を受けて本来の振幅(波高)S2ではなく、少し大きい振幅(波高)S2’の台形波デジタル信号として読み取られることがあり、本来の台形波デジタル信号U2の波高値よりも大きい波高値(X線エネルギー)としてカウントされることになる。
【0023】
したがって、パイルアップした台形波デジタル信号U2を、ヒストグラムメモリ63で
の計測の際にカウントすることにより、エネルギースペクトル中には、本来は信号のないX線エネルギー範囲に、パイルアップした台形波デジタル信号U2がカウントされてバックグランド信号となって出現していると考えられる。
【0024】
ここで再び図6の波高分布図を参照すると、スペクトルDではバックグランドがほとんど生じていないことから、ピーク検出部62でのピーク検出用閾値Tをバックグランドが生じない程度に大きい値に設定すれば、パイルアップした台形波デジタル信号U2の影響を抑えることができる。すなわち、図7においてパイルアップの影響を受けて「a」で示した波高幅を有する台形波がカウントされないようにピーク検出用閾値Tを設定することでバックグランドは抑えることができる。
【0025】
しかしながら、ピーク検出用閾値Tを大きく設定すると、上述したように、不感時間の終了時点が遅れることになり、後続の台形波デジタル信号を計測できない不感時間が増加することになり、より多くのX線を計測することが困難になる。
【0026】
そこで、本発明は、パイルアップした信号によるバックグランドが増加する影響を抑えることができるとともに、X線計測ができない不感時間が長くなることも抑えたX線分析用信号処理装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0027】
上記課題を解決するためになされた本発明のX線分析用信号処理装置は、X線検出器で検出された複数の階段波信号を微分波信号に変換する微分回路と、前記微分波信号を台形波信号又は三角波信号に変換するデジタルフィルタと、前記台形波信号又は三角波信号におけるピーク部分から抽出した波高値を弁別して計数するピーク検出部とを備えるX線分析用信号処理装置であって、
前記ピーク検出部は前記台形波信号又は三角波信号における立ち上がり側斜辺の信号と比較する立ち上がり閾値Tu、および、立ち下がり側斜辺の信号と比較する立ち下がり閾値TdがTu>Tdの関係となるようにして設定され、前記ピーク検出部は、前記立ち上がり閾値Tuに基づいて、前記変換された台形波信号又は三角波信号のなかから計数する台形波信号又は三角波信号を選別するとともに、前記立ち下がり閾値Tdに基づいて、当該台形波信号又は三角波信号のピーク部分の検出を終了するようにしている。
ここで、前記立ち上がり閾値Tuと前記立ち下がり閾値Tdとの比は2:1~4:1の範囲とするのが好ましい。
【発明の効果】
【0028】
本発明では、台形波(特に明記しないかぎり、以下の説明では「三角波」も含めて「台形波」と称する)における、立ち上がり側斜辺部分での信号の変動幅(増加幅)と比較する立ち上がり閾値Tuと、立ち下がり側斜辺部分での信号の変動幅(減少幅)と比較する立ち下がり閾値Tdとを別々に設け、立ち上がり閾値Tuが立ち下がり閾値Tdよりも大きくなるように設定する。
これにより、ピーク検出部は立ち上がり側斜辺部分では信号(波高)の増加幅に対し、大きい方の閾値である立ち上がり閾値Tuと比較することで信号としてカウントされるべき台形波であるかが判断され、立ち上がり閾値Tu以上の信号(波高)を有する台形波の場合はそのピーク部分を検出して、ピーク部分から抽出した波高値を弁別して計数する。
ピーク部分が検出された台形波(計数された台形波)は、ピーク後の立ち下がり側斜辺部分では信号(波高)の減少幅に対し、小さい方の閾値である立ち下がり閾値Tdと比較することで、信号の減少幅が立ち下がり閾値Td以上減少したときにその台形波のピークが過ぎたと認識し、当該台形波に対するピーク検出を終える。
【0029】
この立ち下がり閾値Tdは立ち上がり閾値Tuよりも小さく設定しているので、立ち上がり閾値Tuと立ち下がり閾値Tdとを同じ閾値Tとした場合よりも早々にピーク超えを検出できるので、不感時間を短くすることができ、後続のX線の検出を早めることが可能になる。
立ち上がり閾値Tuについては、バックグランドが消える程度に(図6のスペクトルD
参照)大きめに設定することができる。
よって、本発明によればパイルアップした台形波デジタル信号をカウントしないように
立ち上がり閾値Tuを設定してバックグランドを消すことができるとともに、立ち下がり閾値Tdを小さく設定して不感時間を短くし、より多くのX線計測を計測することができるようになる。
【0030】
上記発明において、立ち上がり閾値Tuと立ち下がり閾値Tdとの比が2:1~4:1の範囲とするのが好ましい。
台形波デジタル信号の振幅(波高)が大きいほど立ち上がり時間、立ち下がりが長くなるので、測定対象のX線エネルギー範囲に応じて、波高が大きい範囲は比率を大きく、波高が小さい範囲は比率を小さく設定することで測定範囲に応じたバランスのよい調整が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明の一実施例であるX線分析用信号処理装置を用いたエネルギー分散型蛍光X線分析装置を示す概略構成図である。
図2】台形波と立ち上がり閾値Tuと立ち下がり閾値Tdとの関係について説明する模式図である。
図3】従来のエネルギー分散型蛍光X線分析装置を示す概略構成図である。
図4】微分波と台形波との関係について説明する図である。
図5】デジタルフィルタに入力する微分波デジタル信号と、波形変換されて出力される台形波デジタル信号とを模式的に示した波形図である。
図6】黄銅のサンプルを実測したときの波高分布図(エネルギースペクトルヒストグラム)である。
図7】パイルアップした台形波デジタル信号を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明する。なお、本発明は、以下に説明するような実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の態様が含まれることはいうまでもない。
【0033】
図1は、本発明の一実施形態であるX線分析用信号処理装置を用いたエネルギー分散型蛍光X線分析装置の概略構成を示す図である。
エネルギー分散型蛍光X線分析装置1は、X線管球10と、エネルギー分散型分光器(検出器)30と、プリアンプ41と、微分回路42と、A/D変換器43と、波形変換デジタルフィルタ61、ピーク検出部72、ヒストグラムメモリ63からなるFPGA60(X線分析用信号処理装置)と、X線管球10やエネルギー分散型分光器30やFPGA60等を制御するCPU150とを備える。
【0034】
なお、エネルギー分散型蛍光X線分析装置1において、図3を用いて説明した従来のエネルギー分散型蛍光X線分析装置101と同じ構成である部分については同符号を付してある。すなわち従来装置のFPGA160をFPGA60に変更した点、より詳細には、FPGA160のピーク検出部62を、FPGA60のピーク検出部72に変更した点が異なり、それ以外については基本的に同じ構成を採用している。よって同符号で示した構成部分については重複を避けるため説明の一部を省略するとともに、変更部分について以下で詳細に説明する。
【0035】
さて、本発明にかかるエネルギー分散型蛍光X線分析装置1のピーク検出部72では、立ち上がり閾値Tuと立ち下がり閾値Tdとの2つの閾値を設けている点が、閾値について記載されていない従来装置のピーク検出部62と異なる点である。
【0036】
ピーク検出部72では、立ち上がり閾値Tu、立ち下がり閾値Tdに基づいて、ノイズ除去の他に、パイルアップした台形波によって生じるバックグランドの除去を行い、さらに不感時間の短縮を行うので、これらについて説明する。
【0037】
図2は、波形変換デジタルフィルタ61からピーク検出部72に入力される台形波デジ
タル信号Hと、立ち上がり閾値Tu、立ち下がり閾値Tdとの関係を説明する模式図であり、(a)はTu>Tdとなるように閾値を設けている場合で、(b)は比較するためにTu=Tdとなるように閾値を設けている場合である。
【0038】
入力される台形波デジタル信号Hは、立ち上がり側斜辺Huの部分と、上辺Hfの部分(ピーク部分)と、立ち下がり側斜辺Hdの部分とで構成され、最大高さとなる上辺Hfとベースライン(下辺)Hbとの差が台形波デジタル信号の振幅(波高値)である。
【0039】
立ち上がり閾値Tuは、台形波Hの立ち上がり側斜辺Huの部分(波高が増大する部分)で比較される閾値である。1つ目の台形波Hが入力されると、ピーク検出部72はベースラインHbからの立ち上がり側斜辺Huの変動幅(増加幅)が立ち上がり閾値Tu以上になったことを検出すると、その時点でノイズとして除去する信号のピークではなく、カウントすべき台形波のピークであると認識する。
【0040】
そして、さらに続く立ち上がり側斜辺Hu上の各点での波高の変化に基づいて、立ち上がり側斜辺Huから上辺Hfへの屈曲点である上辺開始点H1を検出し、さらに最大高さである上辺Hfを検出してピーク部分であることを認識するとともに、その波高値(ピークトップ値)を抽出する。なお、抽出する波高値は、上辺開始点H1の波高値であっても、上辺の他の点の波高値であっても、上辺の複数点の波高値の平均値であってもよい。
【0041】
ピーク検出部72は、さらに波高の変化に基づいて、上辺Hfから立ち下がり側斜辺Hdへの屈曲点である上辺終了点H2を検出し、さらに波高の変化に基づいて、台形波Hの立ち下がり斜辺Hd上の各点であることを検出する。
【0042】
立ち下がり閾値Tdは、台形波Hの立ち下がり斜辺Hdの部分(波高が減少する部分)で比較される閾値である。ピーク検出部72は上辺Huからの立ち下がり側斜辺Hdの変動幅(減少幅)が立ち下がり閾値Td以上になったことを検出すると、その時点で台形波Hのピークが過ぎたことを認識し、この台形波Hについてのピーク検出を終了する。すなわち台形波Hの開始時点DTsから始まった1つ目の台形波の不感時間DTの終了時点DTeとする。
【0043】
これ以後は、後続の台形波の立ち上がり側斜辺Huを検出する処理を始める。すなわち、ピーク検出部72は、波高の変化に基づいて、立ち下がり側斜辺Hdから(ベースラインHbに到達する前であっても)波高が増加する立ち上がり側斜辺Huへの屈曲点の発生状態を検出する。そして波高の変化に基づいて、立ち上がり側斜辺Huへの屈曲点を検出し、さらに立ち上がり側斜辺に変わったことを検出すると、屈曲点の波高をベースの高さとして、1つ目の台形波が入力されたときと同様に、立ち上がり閾値Tuと変動幅(増加幅)との比較により、ノイズとして除去する信号か、カウントすべき台形波のピークの始まりかを認識する。
なお、既述のように、(図7において「a」で示した波高の)パイルアップした台形波が除去可能な値を選択して、立ち上がり閾値Tuとして設定しておくことで(例えば図6のスペクトルDでの閾値)バックグランドを抑えることができる。
【0044】
一方、不感時間の終了時点DTeは、立ち下がり閾値Tdを小さく設定することにより早めることができる。図2では立ち上がり閾値Tuを、バックグランドを抑えることができる程度の値にして、さらにTu>TdとなるようにTdを設定した場合と、Tu=TdとなるようにTdを設定した場合とで比較した例を示しているが、Tu>Tdの場合の方が明らかに不感時間の終了時点DTeが早められており、これにより、台形波Hの波高が立ち上がり始める不感時間開始時点DTsから不感時間終了時点DTeまでの不感時間DTが短縮されている。
【0045】
したがって、立ち上がり閾値Tuをパイルアップした台形波がカウントされない程度の値に設定し、立ち下がり閾値TdをTuより小さく設定することで、バックグランドの影響を除去するとともに、不感時間DTを短縮することができるようになり、より多くのX線を計測できることになる。
【0046】
ここで再び図6を参照する。図中、スペクトルA~Dではピーク検出用閾値Tを、立ち上がり閾値Tu、および、立ち下がり閾値Tdで同じ値(Tu=Td=160eV~480eV)にして設定した。
これに対し、スペクトルEではTu>Tdとなるように、以下の値で設定した。
スペクトルE: 立ち上がり閾値Tu≒480eV
立ち下がり閾値Td≒160eV
【0047】
具体的にはバックグランドを最も減らすことができているスペクトルDを参考にして、立ち上がり閾値Tuを480eVに設定し、Tu:Tdの比率が3:1となるようにTdを180eVに設定した。
【0048】
その結果、スペクトルEでは、スペクトルD(Tu=Td=480eV)と同様に、パイルアップの影響を抑えることができ、バックグランドが生じないようにすることができることが確認された。
しかも、スペクトルEの不感時間についても別途測定した結果、スペクトルDの不感時間と比べて8~16ナノ秒減少したことが確認できた。
【0049】
なお、図6での測定対象物質は黄銅であり、10~20eVの範囲でエネルギースペクトルを測定したが、測定対象物質によっては0~40eVの範囲、あるいはそれ以上で測定したい場合もあれば、0~10eVの小さいエネルギー範囲で測定したい場合もある。TuとTdの比率は測定しようとするエネルギー範囲に応じて適した値に設定するのが好ましい。具体的には、立ち上がり時間、立ち下がり時間は、波高(X線エネルギー)が大きいと長くなるので、不感時間を効率よく短縮するために、概ね、高いエネルギー範囲の測定ではTu:Tdが4:1程度、低いエネルギー範囲の測定ではTu:Tdが2:1程度となるように設定すればバックグランドの減少と不感時間の短縮との2つの効果をバランスよく達成できることが確認できた。
【0050】
以上、台形波デジタル信号に変換する場合について説明したが、三角波デジタル信号に変換する場合であっても本発明を同様に適用することができる。その他、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更できることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、蛍光X線分析装置等のX線分析用信号処理装置に利用することができる。
【符号の説明】
【0052】
10 X線管球
30 エネルギー分散型分光器(検出器)
42 微分回路
43 A/D変換器
60 FPGA(X線分析用信号処理装置)
61 波形変換デジタルフィルタ
62 ピーク検出部
63 ヒストグラムメモリ
Tu 立ち上がり閾値
Td 立ち下がり閾値
H 台形波
Hu 立ち上がり側斜辺
Hf 上辺(ピーク部分)
Hd 立ち下がり側斜辺
DT 不感時間
DTe 不感時間終了時点
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7