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特許7501758燃料電池セパレータ用前駆体シートおよび燃料電池セパレータ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-10
(45)【発行日】2024-06-18
(54)【発明の名称】燃料電池セパレータ用前駆体シートおよび燃料電池セパレータ
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/0226 20160101AFI20240611BHJP
   H01M 8/0213 20160101ALI20240611BHJP
   H01M 8/0221 20160101ALI20240611BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20240611BHJP
【FI】
H01M8/0226
H01M8/0213
H01M8/0221
H01M8/10 101
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023140012
(22)【出願日】2023-08-30
【審査請求日】2023-09-05
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】309012122
【氏名又は名称】日清紡ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002240
【氏名又は名称】弁理士法人英明国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】荒木 孝将
(72)【発明者】
【氏名】大慶 岳洋
(72)【発明者】
【氏名】川邉 優依
(72)【発明者】
【氏名】川住 詠美
(72)【発明者】
【氏名】安田 光介
【審査官】上野 文城
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-009647(JP,A)
【文献】特開2020-145014(JP,A)
【文献】特開2023-091104(JP,A)
【文献】国際公開第2016/159352(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/0226
H01M 8/0213
H01M 8/0221
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒鉛粒子、粒子状または繊維状の非水溶性樹脂、および水溶性樹脂を含み、
前記水溶性樹脂が、融点もしくはガラス転移点が100℃以上の熱可塑性樹脂、または熱硬化性樹脂であり、
前記熱可塑性樹脂が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフェニレンサルファイド、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリアミド、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトン、液晶ポリマー、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリフェニルサルフォン、ポリエーテルイミドおよびポリスルフォン、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ABS樹脂、ポリシクロオレフィン、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネート、ポリスチレンおよびポリフェニレンオキシド、並びにこれらの誘導体から選ばれる1種または2種以上であり、
前記熱硬化性樹脂が、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、フラン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、ジアリルフタレート樹脂、ビスマレイミド樹脂、ポリカルボジイミド樹脂、シリコーン樹脂、ビニルエステル樹脂およびベンゾオキサジン樹脂から選ばれる1種または2種以上であり、
前記水溶性樹脂が、25℃の水に少なくとも1質量%の濃度で完全に溶解する樹脂であって、アクリル樹脂、ポリビニル樹脂、ポリエーテル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアリルアミン樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、フェノキシ樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、アルキド樹脂、ホルムアルデヒド樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂および多糖類から選ばれる1種または2種以上の水性樹脂であり、
前記水溶性樹脂の含有量が、前記黒鉛粒子100質量部に対して0.8~18.0質量部であり、
前記粒子状または繊維状の非水溶性樹脂の含有量が、前記黒鉛粒子100質量部に対して19.0~63.0質量部であることを特徴とする燃料電池セパレータ用前駆体シート。
【請求項2】
前記水溶性樹脂の含有量が、前記黒鉛粒子100質量部に対して1.0~16.0質量部である請求項1記載の燃料電池セパレータ用前駆体シート。
【請求項3】
前記粒子状または繊維状の非水溶性樹脂の含有量が、前記黒鉛粒子100質量部に対して20.0~60.0質量部である請求項1記載の燃料電池セパレータ用前駆体シート。
【請求項4】
前記黒鉛粒子および前記粒子状または繊維状の非水溶性樹脂が、前記水溶性樹脂により固定された構造を有する請求項1記載の燃料電池セパレータ用前駆体シート。
【請求項5】
炭素繊維を含む請求項1記載の燃料電池セパレータ用前駆体シート。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項記載の燃料電池セパレータ用前駆体シートを成形してなる燃料電池セパレータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池セパレータ用前駆体シートおよび燃料電池セパレータに関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池セパレータは、各単位セルに導電性を持たせる役割、並びに単位セルに供給される燃料および空気(酸素)の通路を確保するとともに、それらの分離境界壁としての役割を果たすものである。
一般に、燃料電池セパレータに要求される特性として、ガス(水素および酸素)不透過性、導電性、機械的強度、耐久性(耐熱、耐水、耐酸性)、薄肉軽量、賦形性等が挙げられる。
【0003】
このような燃料電池セパレータの製法として、従来、シート状のセパレータ前駆体を加熱圧縮成形する方法が知られている。
例えば、特許文献1には、導電性の基材シートと、所定の嵩密度および体積抵抗率(導電性)を有する第1の黒鉛粒子を含む緻密層と、所定の嵩密度および体積抵抗率を有する第2の黒鉛粒子を含む導電層とを備え、緻密層および導電層が樹脂を含む燃料電池セパレータ用前駆体シートを圧縮成形して得られた燃料電池セパレータが開示されている。
特許文献2には、導電性フィラーと高分子材料とを含有するスタンパブルシートを、燃料電池セパレータ形状が彫り込まれた一対の金型が付設された成形機で熱成形して得られた燃料電池セパレータが開示されている。
【0004】
このように、これまでシート状前駆体を用いるセパレータ製造技術は多数あるものの、シート状前駆体を水性溶媒により(スラリー化して)容易に再利用する手段は従来知られていない。
例えば、特許文献1では、上記導電層が、バインダである水溶性樹脂、黒鉛および樹脂を含む導電層形成用組成物を用いて作製できることが開示されているが、溶剤に溶解した非水溶性樹脂液を含浸させているため、非水溶性樹脂液が黒鉛の周りにコーティングされ黒鉛が溶着するため、水性溶媒による再溶解や再スラリー化して再利用することは困難である。
また、特許文献2においても、導電性フィラーと高分子材料とを含む懸濁液から紙抄法により製造したスタンパブルシートが用いられているが、シート化する際に、高温乾燥した後プレスにより押し固めており、高分子粒子同士および高分子材料と導電性フィラーが溶着するため、水性溶媒による再溶解や再スラリー化して再利用することは困難である。
さらに、いずれの文献においてもシート状前駆体の再利用については何ら言及されていない。
しかも、従来のシート状前駆体から得られるセパレータは、表面の黒鉛粒子間および黒鉛粒子表面に非水溶性樹脂による絶縁層が形成されやすいため導電性が悪く、導電性を高めるため樹脂添加量を少なくする必要があり、ガス不透過性との両立が困難だった。
【0005】
また、特許文献3には、炭素材料と、水溶性樹脂バインダと、水分散性樹脂微粒子バインダと、水性液状媒体とを含有する燃料電池用コート層付集電板に使用するコーティング用組成物が開示され、特許文献4には、炭素材料と、水溶性樹脂バインダと、水分散性樹脂微粒子バインダと、水性液状媒体とを含有する、燃料電池用コート層付セパレータに用いるコーティング組成物が開示されている。
しかし、特許文献3および4の組成物は、集電板またはセパレータの表面をコートするためのコーティング組成物であって、燃料電池セパレータ用前駆体シートではない。さらに、上記コーティング組成物は、シート状に成形してセパレータ前駆体として用いられるものではないのみならず、塗布乾燥後には耐水性塗膜を形成するため、水性溶媒へ再溶解や再スラリー化して再利用することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第7056796号公報
【文献】特開2006-269313号公報
【文献】特開2016-183325号公報
【文献】特開2016-81717号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、水性溶媒へ再スラリー化可能であるため、不良品や加工時に発生する端材を再利用できるとともに、良好な強度を有し、かつ、導電性およびガス不透過性の高いセパレータを与える燃料電池用前駆体シートおよび燃料電池セパレータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、黒鉛粒子、粒子状または繊維状の非水溶性樹脂および水溶性樹脂を所定割合で含む燃料電池セパレータ用前駆体シートが、水性溶媒へ再スラリー化可能であるため、不良品や加工時に発生する端材を容易に再利用できるとともに、良好な強度を有し、かつ、導電性およびガス不透過性の高いセパレータを与えることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、
1. 黒鉛粒子、粒子状または繊維状の非水溶性樹脂、および水溶性樹脂を含み、
前記水溶性樹脂の含有量が、前記黒鉛粒子100質量部に対して0.8~18.0質量部であり、
前記粒子状または繊維状の非水溶性樹脂の含有量が、前記黒鉛粒子100質量部に対して19.0~63.0質量部であることを特徴とする燃料電池セパレータ用前駆体シート、
2. 前記水溶性樹脂の含有量が、前記黒鉛粒子100質量部に対して1.0~16.0質量部である1の燃料電池セパレータ用前駆体シート、
3. 前記粒子状または繊維状の非水溶性樹脂の含有量が、前記黒鉛粒子100質量部に対して20.0~60.0質量部である1の燃料電池セパレータ用前駆体シート、
4. 前記黒鉛粒子および前記粒子状または繊維状の非水溶性樹脂が、前記水溶性樹脂により固定された構造を有する1の燃料電池セパレータ用前駆体シート、
5. 炭素繊維を含む1の燃料電池セパレータ用前駆体シート、
6. 1~5のいずれかの燃料電池セパレータ用前駆体シートを成形してなる燃料電池セパレータ
を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の燃料電池セパレータ用前駆体シートは、良好な強度を有するとともに、水性溶媒で再スラリー化することができ、製造時の不良品や、加工時の端材を再スラリー化して再びシート状に加工し直すことができるため、製造時のロスを削減することができる。
また、本発明の燃料電池セパレータ用前駆体シートを用いて得られた燃料電池セパレータは、導電性およびガス不透過性に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明についてさらに詳しく説明する。
本発明に係る燃料電池セパレータ用前駆体シート(以下、「前駆体シート」と略記する。)は、黒鉛粒子、粒子状または繊維状の非水溶性樹脂、および水溶性樹脂を含み、水溶性樹脂の含有量が、黒鉛粒子100質量部に対して0.8~18.0質量部であり、粒子状または繊維状の非水溶性樹脂の含有量が、黒鉛粒子100質量部に対して19.0~63.0質量部であることを特徴とする。
【0012】
[1]黒鉛粒子
本発明の前駆体シートを構成する黒鉛粒子は、特に限定されるものではなく、天然黒鉛、人造黒鉛のいずれを用いてもよい。
人造黒鉛粒子としては、従来、燃料電池用セパレータに用いられるものから適宜選択して用いることができる。その具体例としては、針状コークスを焼成した人造黒鉛、塊状コークスを焼成した人造黒鉛等が挙げられる。
一方、天然黒鉛粒子としても、従来、燃料電池用セパレータに用いられるものから適宜選択して用いることができる。その具体例としては、塊状天然黒鉛、鱗片状天然黒鉛等が挙げられる。
なお、これらの黒鉛粒子は、単独で用いても2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0013】
黒鉛粒子の形状は、特に限定されるものではないが、導電性の観点から球状または鱗片状が好ましい。
黒鉛粒子の平均粒径に特に制限はないが、導電性を高めることを考慮すると、5~200μmが好ましく、10~200μmがより好ましく、10~100μmがより一層好ましく、10~50μmがさらに好ましい。なお、本発明において平均粒径とは、レーザー回折法による粒度分布測定におけるメジアン径(d50)である(以下、同様)。
【0014】
[2]粒子状または繊維状の非水溶性樹脂
粒子状または繊維状の非水溶性樹脂は、粒子状または繊維状であり、かつ、水に溶解しない樹脂であれば特に限定されるものではなく、熱可塑性樹脂でも熱硬化性樹脂でもよい。
熱可塑性樹脂としては、前駆体シートを作製する際の乾燥時に粒子状または繊維状を保持可能な耐熱性を有するという点から、融点またはガラス転移点が100℃以上の樹脂が好ましい。
その具体例としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフェニレンサルファイド、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリアミド、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトン、液晶ポリマー、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリフェニルサルフォン、ポリエーテルイミドおよびポリスルフォン、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ABS樹脂、ポリシクロオレフィンおよびポリエーテルスルホン、並びにこれらの誘導体のうち融点が100℃以上であるものや、ポリカーボネート、ポリスチレンおよびポリフェニレンオキシド、並びにこれらの誘導体のうちガラス転移点が100℃以上であるもの等が挙げられ、これらは単独で用いても、2種以上組み合わせて用いてもよい。なお、融点またはガラス転移点の上限は特に限定されないが、前駆体シートおよび燃料電池セパレータの生産性の点から、300℃以下が好ましい。
【0015】
熱硬化性樹脂としては、従来、カーボンセパレータ等のバインダ樹脂として汎用されているものから適宜選択することができる。
その具体例としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、フラン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、ジアリルフタレート樹脂、ビスマレイミド樹脂、ポリカルボジイミド樹脂、シリコーン樹脂、ビニルエステル樹脂、ベンゾオキサジン樹脂等が挙げられ、これらは単独で用いても、2種以上組み合わせて用いてもよい。これらの中でも、耐熱性および機械的強度に優れていることから、エポキシ樹脂やフェノール樹脂が好ましい。
これらの非水溶性樹脂は市販品として入手できる。
【0016】
非水溶性樹脂の粒子形状は特に限定されるものではなく、球状、鱗片状、塊状、箔状、板状、針状、無定形等任意であるが、粒子の充填性という点から球状が好ましい。
非水溶性樹脂の平均粒径も特に限定されるものではないが、粒子の充填性を高めるとともに、得られる燃料電池セパレータの低抵抗化という点から、1~150μmが好ましい。
【0017】
本発明の前駆体シートにおいて、粒子状または繊維状の非水溶性樹脂の含有量は、黒鉛粒子100質量部に対して19.0~63.0質量部であるが、得られる燃料電池セパレータの強度、ガス不透過性および導電性をより良好にすることを考慮すると、黒鉛粒子100質量部に対して20.0~60.0質量部が好ましく、21.0~59.0質量部がより好ましく、25.0~38.0質量部がより一層好ましい。
【0018】
[3]水溶性樹脂
水溶性樹脂は、黒鉛粒子と粒子状または繊維状の非水溶性樹脂を均一に分散させてシート化する観点から、分散性、増粘性、接着性を有することが好ましい。本発明における「水溶性」とは、25℃の水に少なくとも1質量%の濃度で完全に溶解することを意味する。
水溶性樹脂の具体例としては、アクリル樹脂、ポリビニル樹脂、ポリエーテル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアリルアミン樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、フェノキシ樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、アルキド樹脂、ホルムアルデヒド樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂、カルボキシメチルセルロース等の多糖類等の水性樹脂等が挙げられ、これらは単独で用いても、2種以上併用してもよい。これらの中でも、特に少ない添加量で黒鉛粒子と粒子状または繊維状の非水溶性樹脂を均一に分散しシート化する観点から、アクリル樹脂、ポリビニル樹脂、ポリエーテル樹脂、カルボキシメチルセルロース等の多糖類が好ましい。
これらの水溶性樹脂は市販品として入手できる。
【0019】
本発明の前駆体シートにおいて、水溶性樹脂の含有量は、黒鉛粒子100質量部に対して0.8~18.0質量部であるが、前駆体シート作製用のスラリーの分散性、前駆体シートの強度および再スラリー化のし易さ、得られる燃料電池セパレータの導電性等をより良好にすることを考慮すると、黒鉛粒子100質量部に対して1.0~16.0質量部が好ましく、2.0~16.0質量部がより好ましく、2.0~15.5質量部がさらに好ましい。
【0020】
[4]その他の成分
本発明の前駆体シートは、前述した成分以外に、燃料電池セパレータに通常使用されるその他の成分を含んでもよい。
その他の成分としては、ステアリン酸系ワックス、アマイド系ワックス、モンタン酸系ワックス、カルナバワックス、ポリエチレンワックス等の内部離型剤、カーボンブラック等の導電助剤、炭素繊維等の補強材等が挙げられる。特に、前駆体シートおよびセパレータの強度をさらに向上させる観点から、炭素繊維を含むことが好ましい。
その他の成分の含有量は、前駆体シートの再スラリー化をより良好にする観点から、黒鉛粒子100質量部に対して0.1~10質量部が好ましく、0.1~5質量部がより好ましく、0.1~3質量部がより一層好ましい。
【0021】
[5]前駆体シートの製造法
本発明の前駆体シートは、例えば、黒鉛粒子、粒子状または繊維状の非水溶性樹脂、水溶性樹脂を含む組成物を水中で分散させて調製した前駆体シート作製用スラリーを、塗布や注型によりシート状に成形した後に水を乾燥除去して得ることができる。このように、黒鉛と粒子状または繊維状の非水溶性樹脂を湿式混練により均一分散してシート化することで、加熱圧縮成形時の樹脂未充填による空隙発生を抑制でき、ガス不透過性のより高いセパレータを得ることができる。
【0022】
塗布法により前駆体シートを作製する手法としては、例えば、スラリーをPETフィルム等の樹脂フィルムに塗布し、乾燥した後、樹脂フィルムから剥離する手法が挙げられる。塗布法としては、特に限定されるものではなく、スピンコート法、ディップ法、フローコート法、インクジェット法、ジェットディスペンサー法、スプレー法、バーコート法、グラビアコート法、ロールコート法、転写印刷法、刷毛塗り、ブレードコート法、エアーナイフコート法、ダイコート法、スクリーン印刷法等の公知の方法から適宜選択すればよい。
【0023】
注型により前駆体シートを作製する手法としては、例えば、スラリーを箱状の型に流し込み、乾燥した後、型から取り出す手法が挙げられる。この時あらかじめセパレータの凹凸を反映した形状の型を用いれば、塗布法では困難な部分的に厚みの異なる前駆体シートを作製することもできる。型の素材としては特に限定されるものではなく、離型処理した金属型や、シリコーン、フッ素樹脂などのプラスチック型等の公知の素材から適宜選択すればよい。
【0024】
スラリーの乾燥温度は、粒子状または繊維状の非水溶性樹脂の融点またはガラス転移点以下であれば特に限定されるものではないが、100℃以下が好ましく、室温から100℃がより好ましく、50~100℃がより一層好ましい。
前駆体シートの厚みは、燃料電池セパレータを作製できる限り特に制限はないが、100μmから1mmが好ましく、200~800μmがより好ましい。
【0025】
本発明の前駆体シートは、水溶性樹脂により黒鉛粒子と粒子状または繊維状の非水溶性樹脂をシート化したもので、その形態は特に限定されるものではないが、少なくともその一部が、黒鉛粒子と粒子状または繊維状の非水溶性樹脂が水溶性樹脂により固定された構造であることが好ましい。
【0026】
本発明の前駆体シートは、乾燥した水溶性樹脂によって保形され、シート形状で取り扱える強度を有する一方、水に触れると水溶性樹脂が再溶解し、容易にスラリー化することができるという特徴を有している。
また、スラリーから水を乾燥除去するだけでシート化できるため、従来のように単純な平板形状だけでなく厚みの異なる凹凸形状を有する前駆体シートとすることも容易である。
【0027】
[5]燃料電池セパレータ
本発明の前駆体シートを、加熱して成形することで、燃料電池セパレータを製造することができる。
成形方法としては、特に限定されないが、圧縮成形が好ましい。
圧縮成形時の温度は、粒子状または繊維状の非水溶性樹脂の融点またはガラス転移点を超える温度であれば特に限定されないが、型温度150~250℃が好ましい。
また、成形圧力は1~100MPaが好ましく、1~60MPaがより好ましい。
圧縮成形時間は、特に限定されるものではなく、3秒から1時間程度で適宜設定することができる。
【0028】
本発明の前駆体シートを加熱圧縮成形することで、粒子状または繊維状の非水溶性樹脂を溶融させて空隙を埋め、黒鉛粒子を結合させつつ所望の形状のセパレータが得られる。本発明の前駆体シートでは、粒子状または繊維状の非水溶性樹脂を用いているため、従来のようにあらかじめ黒鉛粒子が非水溶性樹脂により被覆されておらず、圧縮成形時にセパレータ表面に樹脂層が形成されることを抑制できるため、接触抵抗や貫通抵抗が低くなり導電性に優れ、加えて樹脂の含有量を高めることができるためガス不透過性の高いセパレータを得ることができる。
特に、セパレータ表面の樹脂層形成が抑制されるため、導電性向上のための樹脂層除去工程が不要となり、黒鉛粒子の表面露出率向上により微細な凹凸が形成されることでガスケット等の接着性が向上し、さらに加熱圧縮成形時の離型性が向上するという利点がある。
【0029】
一般的に固体高分子型燃料電池は、固体高分子膜を挟む一対の電極と、これらの電極を挟んでガス供給排出用流路を形成する一対のセパレータとから構成される単位セルが多数併設されてなるものであるが、これら複数個のセパレータの一部または全部として本発明の燃料電池セパレータを用いることができる。
【実施例
【0030】
以下、実施例および比較例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0031】
[1]前駆体シートの作製
[実施例1-1]
固形分比率として、鱗片状黒鉛(粒径20μm、以下同様)100質量部、水溶性樹脂であるポリアクリル酸(分子量15万、固形分濃度25質量%水溶液、以下同様)7.1質量部、粒子状の非水溶性樹脂である粒子状フェノール樹脂(粒径25μm、分子量1万、以下同様)35.7質量部、および溶媒である水を混合し、最終固形分濃度50質量%の前駆体シート作製用スラリーを調製した。
このスラリーを、バーコーターを用いて離型処理されたPETフィルムに塗布し、80℃の送風乾燥機内で乾燥させ、乾燥後にPETフィルムから剥離して前駆体シートを得た。得られた前駆体シートの厚みは480μmであった。
【0032】
[実施例1-2]
粒子状の非水溶性樹脂を粒子状フェノール樹脂から粉末状ポリプロピレン(粒径15μm)に変更した以外は、実施例1-1と同様にして厚み480μmの前駆体シートを得た。
【0033】
[実施例1-3]
ポリアクリル酸の使用量を1.4質量部に、粒子状フェノール樹脂の使用量を33.8質量部に変更した以外は、実施例1-1と同様にして厚み480μmの前駆体シートを得た。
【0034】
[実施例1-4]
ポリアクリル酸の使用量を15.4質量部に、粒子状フェノール樹脂の使用量を38.5質量部に変更した以外は、実施例1-1と同様にして厚み480μmの前駆体シートを得た。
【0035】
[実施例1-5]
ポリアクリル酸の使用量を6.4質量部に、粒子状フェノール樹脂の使用量を21.8質量部に変更した以外は、実施例1-1と同様にして厚み480μmの前駆体シートを得た。
【0036】
[実施例1-6]
ポリアクリル酸の使用量を8.3質量部に、粒子状フェノール樹脂の使用量を58.3質量部に変更した以外は、実施例1-1と同様にして厚み480μmの前駆体シートを得た。
【0037】
[実施例1-7]
ポリアクリル酸の使用量を7.2質量部に、粒子状フェノール樹脂の使用量を36.1質量部に変更し、さらに炭素繊維(φ7μm、繊維長6mm)1質量部を配合した以外は、実施例1-1と同様にして厚み480μmの前駆体シートを得た。
【0038】
[実施例1-8]
実施例1-1で得られた前駆体シートと水を混合し、最終固形分濃度50質量%の前駆体シート作製用スラリーを再調製し、このスラリーを用いた以外は、実施例1-1と同様にして厚み480μmの前駆体シートを得た。
【0039】
[比較例1-1]
粒子状フェノール樹脂の使用量を33.3質量部に変更し、ポリアクリル酸を配合しない以外は、実施例1-1と同様にしてスラリーを調製したが、前駆体シートを得ることはできなかった。
【0040】
[比較例1-2]
固形分比率として、鱗片状黒鉛100質量部、ポリアクリル酸7.1質量部、および水を混合し、最終固形分濃度50質量%のスラリーを調製した。
このスラリーを、バーコーターを用いて離型処理されたPETフィルムに塗布し、80℃の送風乾燥機内で乾燥させ、乾燥後にPETフィルムから剥離してシートを得た。粒子状フェノール樹脂を50質量%溶液となるようアセトン溶液に溶解し、先に作製したシートに塗布・含浸させ、粒子状フェノール樹脂に由来する粒子状ではないフェノール樹脂5.7質量部を含む前駆体シート得た。得られた前駆体シートの厚みは480μmであった。
【0041】
[比較例1-3]
ポリアクリル酸の使用量を0.7質量部に変更した以外は、実施例1-1と同様にして厚み480μmの前駆体シートを得た。
【0042】
[比較例1-4]
ポリアクリル酸の使用量を19質量部に、粒子状フェノール樹脂の使用量を39.7質量部に変更した以外は、実施例1-1と同様にして厚み480μmの前駆体シートを得た。
【0043】
[比較例1-5]
ポリアクリル酸の使用量を6.3質量部に、粒子状フェノール樹脂の使用量を18.8質量部に変更した以外は、実施例1-1と同様にして厚み480μmの前駆体シートを得た。
【0044】
[比較例1-6]
ポリアクリル酸の使用量を8.6質量部に、粒子状フェノール樹脂の使用量を63.8質量部に変更した以外は、実施例1-1と同様にして厚み480μmの前駆体シートを得た。
【0045】
上記各実施例および比較例のまとめを表1に示す。
【0046】
【表1】
【0047】
上記実施例1-1~1-8および比較例1-1~1-6について、調製したスラリーの分散性、得られた前駆体シートの強度、および前駆体シートの再スラリー化について、下記手法により評価した。結果を表2に示す。
〔スラリーの分散性〕
PETフィルム塗布時におけるスジ、欠陥の有無を目視にて確認し、任意の6点の厚みを測定し、下記基準により評価した。
◎:スジ、欠陥が無く、得られた前駆体シートの厚みバラツキが3%未満
〇:スジ、欠陥が無く、得られた前駆体シートの厚みバラツキが3%以上5%未満
△:スジ、欠陥により凹凸が見られ、得られた前駆体シートの厚みバラツキが5%以上
×:明らかなスジ、欠陥があり前駆体シートが得られない
〔前駆体シートの強度〕
前駆体シートの引張強度は、オートグラフ((株)島津製作所製)を使用し、チャック間距離340mm、試料幅40mm、引張速度100mm/分の条件により破断する強度を測定した。
◎:20N/40mm以上
〇:15N/40mm以上20N/40mm未満
△:10N/40mm以上15N/40mm未満
×:10N/40mm未満
〔再スラリー化〕
前駆体シート片30gを水30mLに加えて撹拌して再スラリー化し、PETフィルム塗布時におけるスジ、欠陥の有無を目視にて確認し上記スラリーの分散性と同様の基準で評価した。
◎:スジ、欠陥が無く、得られた前駆体シートの厚みバラツキが3%未満
〇:スジ、欠陥が無く、得られた前駆体シートの厚みバラツキが3%以上5%未満
△:スジ、欠陥により凹凸が見られ、得られた前駆体シートの厚みバラツキが5%以上
×:明らかなスジ、欠陥があり前駆体シートが得られない
【0048】
【表2】
【0049】
[2]燃料電池セパレータの作製
[実施例2-1]
実施例1-1で得られた前駆体シートを、平面形状の金型を用いて180℃、60MPaで5分間圧縮成形して燃料電池セパレータを得た。平面形状で成形したセパレータの厚みは250μmであった。
【0050】
[実施例2-2]
実施例1-2で得られた前駆体シートを、180℃で10分間加熱した後、平面形状の金型を用いて60MPaで圧縮しながら20分間冷却し燃料電池セパレータを得た。平面形状で成形したセパレータの厚みは250μmであった。
【0051】
[実施例2-3~2-8、比較例2-1~2-6]
実施例1-3~1-8、比較例1-1~1-6で作製した前駆体シートに変更した以外は、実施例2-1と同様にして燃料電池セパレータを得た。
【0052】
得られた燃料電池セパレータについて、下記手法にてガス不透過性および導電性を測定し、下記基準により評価した。結果を表3に示す。
〔ガス不透過性〕
平板のセパレータを成形し、JIS K7126-1:2006(プラスチック及びシート-ガス透過度試験方法-第1部:差圧法)に準拠し、水素ガス透過係数(単位:cm3・cm/(cm2・sec・cmHg))を測定し、下記基準にて評価した。なお、試験の種類はガスクロマトグラフ法であり、条件は23℃、高圧側の試験ガス(水素ガス)は150.3kPaで測定した。
◎:水素ガス透過係数が1.0×10-10cm3・cm/(cm2・sec・cmHg)未満
〇:水素ガス透過係数が1.0×10-103・cm/(cm2・sec・cmHg)以上1.0×10-9cm3・cm/(cm2・sec・cmHg)未満
△:水素ガス透過係数が1.0×10-9cm3・cm/(cm2・sec・cmHg)以上1.0×10-8cm3・cm/(cm2・sec・cmHg)未満
×:水素ガス透過係数が1.0×10-8cm3・cm/(cm2・sec・cmHg)以上
〔導電性〕
平板のセパレータを成形し、1辺が2cmの金メッキ銅電極で挟みこみ、2.5MPaで10秒間加圧後、1.0MPaまで降圧し、金メッキ銅電極間に1A/cm2の定電流を通電した際の電極間電圧を測定した。得られた電極間電圧を抵抗に換算してこれをセパレータの貫通抵抗(単位:mΩ・cm2)とし、下記基準にて導電性を評価した。
◎:貫通抵抗が8mΩ・cm2未満
○:貫通抵抗が8mΩ・cm2以上10mΩ・cm2未満
△:貫通抵抗が10mΩ・cm2以上15mΩ・cm2未満
×:貫通抵抗が15mΩ・cm2以上の場合
【0053】
【表3】
【0054】
表2,3に示されるように、各実施例の前駆体シートは、強度が良好で、かつ、再スラリー化が可能であり、ガス不透過性および導電性を両立し得るセパレータを与えることがわかる。
一方、比較例1-1で水溶性樹脂としてのポリアクリル酸を含まないスラリーは分散性が悪く、前駆体シートが得られなかった。
比較例1-2で得られた粒子状フェノール樹脂を含まない(アセトン溶解後のフェノール樹脂を含む)前駆体シートは再スラリー化できず、これから得られたセパレータは導電性に劣ることがわかる。
比較例1-3で得られたポリアクリル酸の含有量が本発明の範囲よりも少ない前駆体シートは強度が低く、これから得られたセパレータは性能が不十分であることがわかる。
比較例1-4で得られたポリアクリル酸の含有量が本発明の範囲よりも多い前駆体シートから得られたセパレータは導電性に劣ることがわかる。
比較例1-5で得られた粒子状フェノール樹脂の含有量が本発明の範囲よりも少ない前駆体シートから得られたセパレータはガス不透過性に劣ることがわかる。
比較例1-6で得られた粒子状フェノール樹脂の含有量が本発明の範囲よりも多い前駆体シートから得られたセパレータは導電性に劣ることがわかる。
【要約】
【課題】 水性溶媒へ再スラリー化可能であるため、不良品や加工時に発生する端材を再利用できるとともに、良好な強度を有し、かつ、体積抵抗率が低くガス不透過性の高いセパレータを与える燃料電池用前駆体シートを提供すること。
【解決手段】 黒鉛粒子、粒子状または繊維状の非水溶性樹脂、および水溶性樹脂を含み、前記水溶性樹脂の含有量が、前記黒鉛粒子100質量部に対して0.8~18.0質量部であり、前記粒子状または繊維状の非水溶性樹脂の含有量が、前記黒鉛粒子100質量部に対して19.0~63.0質量部であることを特徴とする燃料電池セパレータ用前駆体シート。
【選択図】 なし