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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-10
(45)【発行日】2024-06-18
(54)【発明の名称】皮革の製造方法及び皮革前駆体
(51)【国際特許分類】
   C14C 1/00 20060101AFI20240611BHJP
【FI】
C14C1/00
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023145525
(22)【出願日】2023-09-07
【審査請求日】2023-09-07
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】523342517
【氏名又は名称】エス アール レザー ピーティーイー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100213436
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 直俊
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 和重
(72)【発明者】
【氏名】エディ プルノモ
【審査官】伊藤 寿美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2007/129862(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2020/0024674(US,A1)
【文献】特表2013-524771(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2021/0300994(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C14C 1/00-99/00
C14B 1/00-99/00
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩漬け処理されていない生皮をサッカロミセス属の酵母を含む処理液に浸す浸漬工程と、
前記処理液に前記生皮を浸して発酵させる第一発酵工程と
前記酵母を含むスターターを調製する工程と、を含み、
前記スターターを調製する工程では、5g以上10g以下の前記酵母と、5g以上10g以下の糖と、30ml以上70ml以下の、40℃以上60℃以下の温水と、を密閉状態で15分以上20分以下発酵させて前記スターターを調製し、
前記処理液は、
前記生皮の重量の50%以上100%以下の重量の水と、
前記生皮の重量の3%以上30%以下の重量の糖と、
前記スターターと、を含み、
前記第一発酵工程では、
気温が15℃以上40℃以下で、相対湿度が30%以上80%以下の雰囲気下で、
12時間以上の時間、前記処理液に前記生皮を浸した状態で保持して発酵させて第一前駆体を得る皮革の製造方法。
【請求項2】
前記第一発酵工程では、72時間以内の時間、前記処理液に前記生皮を浸した状態で保持する請求項1に記載の皮革の製造方法。
【請求項3】
記第一前駆体を搾って脱水する脱水工程と、
前記脱水工程後の前記第一前駆体の表面に、前記処理液に含まれる糖とは別の糖を付着させる糖添加工程と、
前記糖添加工程後の前記第一前駆体を発酵させる第二発酵工程と、を含む請求項1又は2に記載の皮革の製造方法。
【請求項4】
前記糖添加工程では、前記生皮の重量の10%以上30%以下の重量の糖を前記第一前駆体の表面に付着させる請求項に記載の皮革の製造方法。
【請求項5】
前記第二発酵工程で前記第一前駆体を発酵させて得た第二前駆体を脱毛する脱毛工程を更に含み、
前記脱毛工程では、前記第二前駆体に、前記生皮の重量に対して、
0.3%以上1.0%以下の重量の水酸化カリウム又は水酸化ナトリウムと、
0.8%以上2.0%以下の重量の硫化ナトリウムと、
を加えて撹拌する請求項に記載の皮革の製造方法。
【請求項6】
前記脱毛工程後に行う脱硫工程を更に含み、
前記脱硫工程では、前記第二前駆体に、前記生皮の重量に対して、0.8%以上2.0%以下の重量の酸化剤を加えて撹拌する請求項に記載の皮革の製造方法
【請求項7】
前記第二発酵工程では、
気温が20℃以上40℃以下で、相対湿度が30%以上70%以下の雰囲気下で、
1日以上50日以内の期間、前記第一前駆体を発酵させる請求項4に記載の皮革の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、皮革の製造方法及び皮革前駆体に関する。
【背景技術】
【0002】
皮革は、生皮を洗浄し、脂肪や毛を取り除き、さらに鞣し処理を行って製造される。生皮が皮革に加工される過程では、生皮の採取地から加工工場への輸送が行われる場合がある。加工工場への輸送にあたっては、生皮の腐敗などの変質や劣化を防止すべく、食塩などを用いた塩漬けなどの防腐処理が施される。また、皮革への加工工程にあっては、防腐処理された生皮である原皮(皮革前駆体)から食塩を取り除く水漬け(Soaking)や、原皮から毛や不要たんぱく質を取り除く石灰漬け(Liming)のような加工処理が行われる。これら加工処理では、大量の食塩や石灰を含む排水が生じ、大きな環境負荷となっている。
【0003】
特許文献1には、食塩を用いた生皮の保存方法に関し、生皮の保存に要する食塩が大量であり、保管建屋や皮なめし工場から出される廃液が、溶解性食塩によって相当に汚染されているという問題点が指摘されている。また、廃液中の食塩は多額の費用を掛けないで除去することが難しいこと、国によっては、使用済食塩が有害廃棄物と認定されていることを指摘している。また、食塩に対して耐性のあるバクテリアによって原皮が駄目になってしまうことや、生皮の短期保存に必要な食塩の量が長期保存に必要な量とほとんど変わらないことも指摘している。
【0004】
特許文献2には、皮革製造方法においては、皮を消石灰と水と共に攪拌することによって、脱毛や、皮の線維をほぐすといった処理が行われるが、皮から脱離した毛等を含む消石灰を主成分とするスラッジが大量に発生してしまい、アルカリ性汚泥として廃棄しなければならないという問題が指摘されている。特許文献2では、この問題に関し、消石灰を主成分とするスラッジの発生量を削減することができる皮革製造方法と及びそれに用いる消石灰が開示されている。この皮革製造方法では、消石灰を用いて動物の原皮を処理する工程を含み、この原皮から皮革を製造する場合に、消石灰の比表面積を所定範囲としている。特許文献2では、この皮革製造方法における脱毛工程の一例として、豚の塩蔵皮5枚に対して、水漬け、裏打ちの処理を行い、塩や肉片等を完全に取り除いた後に脱毛する脱毛工程の一例を開示している。この脱毛工程では、裏打ち後の皮(合計重量23.5kg)と、水(裏打ち後の皮に対して200%)と、消石灰(裏打ち後の皮に対して2%、0.47kg)と、ステンレスドラムに入れて回転攪拌し、攪拌しながら、硫化ナトリウム(2%)、非イオン性界面活性剤(0.3%)を順に加え、その後、一晩中攪拌している。また、特許文献2では、脱毛工程後の再石灰漬け工程の一例を開示している。この再石灰漬け工程では、脱毛時と同様のドラムに、銀面側の皮(合計重量18.8kg)と、水(皮に対して200%)、消石灰(皮に対して1%、0.188kg)を入れて攪拌し、さらに非イオン性界面活性剤(0.3%)を加え、その後2昼夜攪拌している。
【0005】
特許文献3には、焼成したベーカリー製品を保存する方法が開示されている。この方法では、生地を焼成する工程の後に、生発酵種および/または生酵母を含む溶液を焼成したベーカリー製品の表面上に適用する工程を含む。この方法における酵母の一例として、サッカロミセスセレビシエ株が挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭62-600号公報
【文献】特開2000-45000号公報
【文献】特表2023-504068号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来技術における皮革の製造方法では、生皮の保存のために大量の食塩が使用され、これが大きな環境負荷となっていた。また生皮を比較に加工する中間の工程において、石灰が大量に使用され、石灰を大量に含む廃液が大きな環境負荷となっていた。そのため、環境負荷の少ない皮革の製造方法及び皮革前駆体の提供が望まれる。
【0008】
本開示は、かかる実状に鑑みて為されたものであって、その目的は、環境負荷の少ない皮革の製造方法及び皮革前駆体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するための本開示に係る皮革の製造方法は、
糖及びサッカロミセス属の酵母を含む処理液に生皮を浸す浸漬工程と、
前記処理液に前記生皮を浸して発酵させる第一発酵工程と、を含む。
【0010】
上記目的を達成するための本開示に係る皮革前駆体は、
糖と、サッカロミセス属の酵母と、生皮と、を含む。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、環境負荷の少ない皮革の製造方法及び皮革前駆体を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の実施形態に係る皮革の製造方法及び皮革前駆体について説明する。まず、本実施形態に係る皮革の製造方法及び皮革前駆体の概要を説明する。
【0013】
本実施形態に係る皮革の製造方法は、糖及びサッカロミセス属の酵母を含む処理液に生皮を浸す浸漬工程と、この処理液に生皮を浸して発酵させる第一発酵工程と、を含む。
【0014】
本実施形態に係る皮革前駆体は、糖と、サッカロミセス属の酵母と、生皮と、を含む。
【0015】
本実施形態に係る皮革の製造方法によれば、環境負荷の少なくして、皮革前駆体及び皮革を製造することができる。
【0016】
以下、本実施形態に係る皮革の製造方法及び皮革前駆体について詳述する。
【0017】
本実施形態に係る皮革の製造方法は、一例として、上記の浸漬工程及び第一発酵工程に加えて、更に、発酵工程で生皮を発酵させて得た第一前駆体を脱水する脱水工程と、脱水工程後の第一前駆体の表面に糖を付着させる糖添加工程と、糖添加工程後の第一前駆体を発酵させる第二発酵工程と、第二発酵工程で第一前駆体を発酵させて得た第二前駆体を脱毛する脱毛工程と、脱毛工程後に行う脱硫工程と、を含み得る。
【0018】
本実施形態に係る皮革前駆体との概念には、上記の各工程における、第一前駆体と、脱毛工程前の第二前駆体と、を含む。
【0019】
本実施形態において、生皮は、牛、水牛、豚、イノシシ、ヤギ、羊、トカゲ、ヘビ、ワニ、魚のような動物から採取された皮であってよい。生皮は、例えば上記動物を食肉加工するために屠殺した際の残渣として採取したものであってよい。生皮には、ある程度の肉の付着、残留が許容される。生皮のおもて面(体表面側、獣毛面)には獣毛が残留していてよい。生皮は、初期洗浄されたのち、後述する浸漬工程に供される。
【0020】
初期洗浄では、皮に付着した汚れを落とし、脚や尾などの不要な部分を切り落とし、フレッシング機などを用いて肉や脂肪を取り除く。初期洗浄では、初期汚染あるいは急速な腐敗を防止するため、殺菌剤が使用される場合がある。
【0021】
浸漬工程は、処理液に生皮を浸す工程である。処理液は、糖及びサッカロミセス属の酵母を含んでいる。処理液の分散媒又は溶媒は水でよい。
【0022】
サッカロミセス属の酵母の一例は、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)である。サッカロミセス・セレビシエは、いわゆる、パン酵母、もち米酵母、キャッサバ酵母に含まれるものであってもよい。
【0023】
処理液に用いるサッカロミセス属の酵母は、複数の由来の酵母の混合物であってもよい。例えば、サッカロミセス・セレビシエを含むパン酵母10重量部に対してもち米酵母、キャッサバ酵母のような他のサッカロミセス・セレビシエを含む酵母を1重量部から5重量部、好ましくは3重量部の割合で混合し、これを処理液に用いるサッカロミセス属の酵母の混合物として用いてよい。
【0024】
酵母は、後述する第一発酵工程及び第二発酵工程における発酵菌となる。酵母は、後述する糖を代謝してアルコール発酵する。
【0025】
糖は、上述の酵母がアルコール発酵可能なものであればよい。本実施形態において好適な糖の一例は、ブドウ糖、果糖、ショ糖である。糖は、純粋なものある必要は無く、糖蜜、ジャワ糖果糖、パーム糖果糖、タピオカ糖、グラニュー糖といったものでもよい。
【0026】
処理液は、糖を含む水とスターターとを混合して調製したものであってよい。スターターとは、予め、酵母を少量の糖及び水に加えて予備発酵させたものである。
【0027】
生皮の処理液への浸漬、すなわち、浸漬工程は、例えば以下のようにして行ってよい。
【0028】
まず、初期洗浄後の、生皮の重量を測定する。次に、10分から15分程度、石鹸又はアンチバクテリア(殺菌作用のある洗浄剤)及びソーダ灰(炭酸ナトリウム)を含む前処理液(pH8から9程度)に浸す前処理を行う。
【0029】
上記の前処理とは別に、スターターを調製する。スターターは、5g程度の酵母と10g程度の糖とを、30mlから70ml、好ましくは40mlから60ml程度の温水(例えば、40℃から60℃)を仕込んだ容器に投入し、当該容器を密閉した状態で15分から20分、もしくは容器内の液体が泡立つまで発酵させた調製することができる。
【0030】
そして、生皮と同等の重量の水、具体的には、生皮の重量の50%以上100%以下の重量の水(常温、例えば、25℃)を量り取り、この水に、生皮の重量の3%以上30%以下の重量の糖を投入して溶解させて糖溶液とする。糖は、例えば、グラニュー糖を用いる。更に、上述のスターターを全量、この糖溶液に投入し、処理液とする。処理液は、スターターの投入後、撹拌しておくことが好ましい。処理液を調製する際の糖の量は、好ましくは生皮の重量の5%以上である。
【0031】
上記のように調製した処理液に、前処理後の生皮を浸す。生皮の処理液への浸漬は、回転するドラム中で行ってよい。ドラムは、例えば、回転軸が水平で、直径が2mから4m程度の円筒形状のものであってよい。ドラムの回転数の一例は、毎分5回転から30回転、好ましくは毎分6回転から10回転である。
【0032】
第一発酵工程は、処理液に浸した生皮を発酵させる、一度目の工程である。第一発酵工程では、処理液に生皮を浸した状態で保持する。これにより、生皮に処理液が浸透するとともに、生皮中で酵母が増殖し、発酵が進行する。生皮中では、発酵により、エタノールが生ずる。すなわち、第一前駆体は、糖と、サッカロミセス属の酵母とを含む生皮である。第一前駆体は、発酵状態により、エタノールも含み得る。
【0033】
第一発酵工程では、2時間以上72時間以内の時間、好ましくは3時間以上6時間以内の時間、更に好ましくは4時間以上5時間以内の時間、処理液に生皮を浸した状態で保持するとよい。本実施形態では、第一発酵工程を経た生皮を第一前駆体と称している。2時間以上処理液に生皮を浸した状態で保持することで、生皮に処理液が十分に浸透し、発酵が進行しやすい状態となる。処理液に生皮を浸した状態で12時間以上保持すれば、生皮中で十分に発酵が進行した状態となる。
【0034】
第一発酵工程を行う室内や倉庫内などの空間の雰囲気は、気温が15℃以上40℃以下で、相対湿度は30%以上80%以下であればよい。雰囲気は、好ましくは、気温が15℃以上30℃以下で、相対湿度が30%以上80%以下、更に好ましくは、気温が20℃以上30℃以下で、相対湿度が60%以下である。である。
【0035】
第一前駆体は、酵母が糖を代謝して精製したエタノールと、増殖した酵母とにより、腐敗を進行させる雑菌(以下、単に雑菌と称する)が繁殖しにくい状態となる。すなわち、第一前駆体は、食塩を用いずとも、腐敗の進行が抑制されたものとなっている。以下では、腐敗の進行が抑制されていることを、防腐されている、などと称する場合がある。また、腐敗の進行を抑制することを防腐する、などと称する場合がある。
【0036】
第一前駆体は、上記のように腐敗の進行が抑制されているため、例えば生皮を工場間で輸送する際の数日から一週間程度の保存に耐えうるものとなっている。第一前駆体の製造にあたっては、上記のように食塩を要しない。このため、第一前駆体の製造過程において、大量の塩分を含む排水が生じることが無い。
【0037】
本実施形態では、第一前駆体を更に第二発酵工程に供してよい。第二発酵工程では、第一前駆体を更に発酵させる工程である。
【0038】
第二発酵工程を行うためには、酵母が代謝する糖を追加供給することが好ましい。本実施形態では、第一前駆体の表面に糖を付着させる糖添加工程を行った後、第一前駆体を第二発酵工程に供してよい。第一前駆体の表面への糖の付着は、糖の粒子(粉末や顆粒)を第一前駆体の表面にまぶしたり塗布したりすることにより行ってよい。また、第一前駆体の表面への糖の付着は、糖を高濃度で溶解させたシュガーペーストを第一前駆体の表面に塗布して行ってもよい。シュガーペーストを用いる場合は、ペーストにおける糖の濃度は、40重量%以上であることが好ましく、更に好ましくは50重量%以上である。
【0039】
第二発酵工程で用いることができる糖は、第一発酵工程において処理液に用いることができる糖として例示列挙したものと同じである。
【0040】
第一前駆体の表面への糖の付着は、少なくとも皮のおもて面(表皮、獣毛面)又は裏面(真皮)のどちらか片面に行えばよい。第一前駆体の表面への糖の付着は、裏面に行うことが好ましい。
【0041】
糖添加工程では、糖と共に、抗菌剤を添加してもよい。抗菌剤を添加する場合は、糖の重量に対して0.3重量%以上1重量%以下添加すれば足りる。抗菌剤の一例は、p-クレゾールである。
【0042】
本実施形態では、第二発酵工程に先立って、第一前駆体を脱水する脱水工程を行うとよい。脱水工程での第一前駆体の脱水は、例えばサミング機やプレス機で行ってよい。脱水工程により第一前駆体の水分をある程度搾り取っておくことで、第一前駆体の表面への糖の付着を行いやすくすることができる。また、脱水工程により、雑菌の繁殖を抑制することができる。また、脱水してから糖を第一前駆体へ付着させることで、第一前駆体の自由水を減少せしめ、雑菌の繁殖を抑制することができる。すなわち、脱水工程により、より良く防腐することができる。
【0043】
糖添加工程では、生皮の重量の10%以上30%以下、好ましくは20%以上25%以下の重量の糖を第一前駆体の表面に付着させるとよい。この比率で糖を第一前駆体に加えると、第一前駆体の表面への糖の付着を行いやすく、且つ、雑菌の繁殖抑制に効果的であり、また、第二発酵工程での発酵を促進してより良く防腐することができる。
【0044】
第二発酵工程では、上記のようにして糖を付着させた第一前駆体を発酵させる。第二発酵工程における発酵は、乾燥した、又は、常湿の空間内で行ってよい。第二発酵工程は、例えば固定された工場や倉庫内で行ってもよいし、トラックや列車、船舶や飛行機などの貨物のコンテナのような輸送用容器を兼ねた倉庫内で行ってもよい。
【0045】
第二発酵工程を行う室内や倉庫内などの空間の雰囲気は、乾燥気味であることが好ましく、具体的には、相対湿度が30%以上70%以下であるとよい。雰囲気の湿度は、好ましくは40%以上60%以下である。第二発酵工程を行う空間の気温は、例えば20℃から40℃であってよい。雰囲気の気温は、好ましくは、20℃以上30℃以下である。
【0046】
第二発酵工程を行う期間は、1日以上50日以下が好ましく、より好ましくは3日以上30日以下である。
【0047】
第二発酵工程では、第一前駆体における、糖を付着させた面同士を重ね合わせて折りたたんで保管するとよい。具体的には例えば、糖を付着させた面同士を重ね合わせて二つ折りにし、さらにこれを折り畳んで四つ折り状態としてよい。折り畳んだ第一前駆体は、積み重ねて保管してよい。糖を付着させた面同士を重ね合わせて折り畳むことで、第一前駆体に付着させた糖の、第一前駆体の表面からの脱落を防止し、防腐効果の低下を抑制することができる。
【0048】
第二発酵工程では、生皮中での発酵、すなわち、生皮中酵母の繁殖と、酵母の代謝によるエタノールの精製とが進行する。本実施形態では、第一前駆体の表面へ糖が付着されて、第二発酵工程における発酵が開始された以降の生皮を、第二前駆体と称している。すなわち、第二前駆体は、第一前駆体と同様に、糖と、サッカロミセス属の酵母とを含む生皮である。第二前駆体は、発酵状態により、エタノールも含み得る。
【0049】
第二発酵工程にある第二前駆体は、糖の添加により自由水が少なくなる効果、酵母の繁殖による効果及び発酵により生じたエタノールの効果のうちの少なくとも一つ以上の効果により、食塩を用いずとも、極めて良く防腐されたものとなる。
【0050】
第二前駆体は、上記のように極めて良く防腐されていることから、第二前駆体は、例えば1日以上50日以下の長期間の保存や、生皮生産国から生皮を皮革に加工する使用国への輸出入のような長期間の輸送に適している。第二前駆体の製造にあたっては、上記のように食塩を要しない。このため、第二前駆体の製造過程において、大量の塩分を含む排水が生じることが無い。
【0051】
第二発酵工程では、生皮が獣毛を有するものである場合、第二前駆体の獣毛が脱落しやすくなる効果も生ずる。一部の獣毛は、第二発酵工程において、発酵の進行とともに脱落する。これらにより、後述する脱毛工程が容易なものとなる。
【0052】
脱毛工程は、第二前駆体を脱毛する工程である。脱毛工程では、第二前駆体に、生皮の重量に対して、0.3%以上1.0%以下の重量の水酸化カリウム又は水酸化ナトリウムと、0.8%以上2.0%以下の重量の硫化ナトリウムと、を加えて撹拌する。水酸化カリウム又は水酸化ナトリウムの添加量は、好ましくは、生皮の重量に対して、0.6%以上0.9%以下である。脱毛工程では、好ましくは水酸化ナトリウムを用いるとよい。硫化ナトリウムの添加量は、好ましくは、生皮の重量に対して、0.8%以上1.50%以下である。
【0053】
脱毛工程における撹拌は、浸漬工程と同様に、回転するドラム中で行ってよい。ドラムの回転数は、毎分5回転から12回転、好ましくは毎分5回転から9回転、更に好ましくは毎分7回転から8回転である。撹拌時間は、15分程度で足りる。撹拌時間は、通常、10分以上15分以下である。このような脱毛工程により、獣毛が完全に皮(第二前駆体)から分離される。
【0054】
本実施形態における脱毛工程では、従来技術のように、大量の水や、大量の石灰(消石灰、水酸化カルシウム)を使用しない。本実施形態における脱毛工程では、石灰の使用を要せず、従来技術における、いわゆる石灰漬け(Liming)の工程が不要である。すなわち、本実施形態における、脱毛工程は、従来技術のように大量の石灰のスラッジを排出することが無く、環境負荷が小さい。ままた、本実施形態における脱毛工程は硫化ナトリウムの使用量も少ない。
【0055】
脱硫工程は、脱毛工程後の第二前駆体から硫黄分(硫黄基)を除去する工程である。脱硫工程では、第二前駆体に、生皮の重量に対して、0.8%以上2.0%以下の重量の酸化剤を加えて撹拌する。これにより、硫化ナトリウムなどを除去する。撹拌は、浸漬工程と同様に、回転するドラム中で行ってよい。ドラムの回転数は、例えば毎分5回転から12回転である。
【0056】
脱硫工程で使用可能な酸化剤の一例は、HS、Na、NaCO又はHなどの過酸化物である。
【0057】
脱硫工程は、例えば30分以上60分程度行う。脱硫工程は、通常は45分程度行えば足りる。脱硫工程は、時間管理しなくても、第二前駆体から硫化水素ガスの匂いが消えるまで、又は、第二前駆体から染み出る液体の色が薄茶色になるまで行えば足りる。
【0058】
脱硫工程後は、弱酸である酢酸、クエン酸、蟻酸の混合物を用いて、第前駆体から水酸化カリウムや水酸化ナトリウムを除去する、いわゆる、脱アルカリ工程を行う。この工程では、必要に応じて硫酸水素ナトリウムのような漂白剤を併用してもよい。脱アルカリ工程は、前工程に引き続いてドラム中で行ってよい。
【0059】
脱アルカリ工程後は、鞣し処理、染色処理などを行って、第前駆体を皮革に仕上げることができる。
【0060】
以上のようにして、生皮の保存に大量の食塩を用いたり、脱毛のために大量の石灰や水を用いたりする必要のない、環境負荷の少ない皮革の製造方法及び皮革前駆体を提供することができる。
【実施例
【0061】
(実施例1)
生皮として牛の生皮を用意した。まず、生皮の、初期洗浄、重量測定及び石鹸及びソーダ灰による前処理を行った。以下では、単に生皮の重量と記載した場合、初期洗浄後に測定した生皮の重量の事である。とその後、生皮と等量の重量の水(25℃)と、グラニュー糖(生皮の重量に対して5%、10%、15%及び20%の)とを、それぞれ容器内に投入した。
【0062】
上記と並行して、スターターを調製した。スターターは、10gの酵母(サッカロミセス・セレビシエ)と5gの糖と50mlの温水(50℃)を別の容器に投入し、密閉状態で20分間発酵させて調製した。
【0063】
調製後のスターターを、生皮等を投入した容器にそれぞれ加え、容器内を撹拌し、蓋をして室温で保存し、4サンプルの発酵を開始した。なお、室温は、概ね25℃から35℃で、相対湿度は40%から70%であった。以後、所定の時間経過ごとに生皮の状態を確認した。
【0064】
1日経過後、毛の脱落は目視観察できなかった。生皮をつまんだり指先でこすったりしても、毛の脱落は生じなかった。
【0065】
2日経過後、毛の脱落状態は1日目と変わりなかった。1日目と比べて臭いに変化があった。糖の処方量の異なる4サンプルとも同様に変化していた。
【0066】
3日経過後、糖の処方量が5%、10%及び15%のサンプルで、腹部などの毛の薄い部分で獣毛の脱落(以下、脱毛と称する)が観察された。
【0067】
4日経過後、糖の処方量の異なる4サンプルのいずれについても、毛の薄い部分についてまんべんなく脱毛が観察された。
【0068】
5日経過後、4サンプルのいずれについても、毛の薄い部分について毛の均一な脱毛された。
【0069】
6日経過後、4サンプルのいずれについても、80%程度の毛が容易に脱毛可能な状態となっていた。
【0070】
4週間経過後、硫化水素ガス臭、アンモニア臭がし始めた。また、ケラチンや球状タンパク質の分解を示す臭いもし始めた。アルコール臭も増加した。
【0071】
7週間経過後、4サンプルのいずれについても毛の完全な脱毛が観察された。しかし、皮の引き裂き強度の低下も見られた。
【0072】
以上のように、処理液中で発酵した生皮、すなわち、第一前駆体は7週間未満の防腐及び保存が可能であった。また、所定の日数(例えば3日)の発酵が行われた後は、脱毛促進の効果が認められた。
【0073】
(実施例2)
実施例1と同様にして4サンプルの発酵を開始し、12時間経過後、生皮をプレス機で絞り、脱水した。絞り率は40%とした。なお、絞り率とは、脱水する直前の水分を含む生皮の重量を100%とした場合の、脱水された水の重量の割合(%)である。
【0074】
脱水後の各サンプルの生皮の裏側面に、生皮の重量に対して20%の重量の糖(ショ糖)を均一にまぶした。糖をまぶした各サンプルは、糖をまぶした面同士を重ねて二つ折りに折り畳んだのち、さらに四つ折りにして積み重ね、乾燥した室内(倉庫内)で保存した。なお、室内の室温は、概ね20℃から30℃で、相対湿度は40%から60%であった。以後、所定の時間経過ごとに生皮の状態を確認した。
【0075】
1日経過後、毛の脱落は目視観察できなかった。生皮をつまんだり指先でこすったりしても、毛の脱落は生じなかった。
【0076】
2日経過後、毛の脱落状態は1日目と変わりなかった。1日目と比べて臭いに変化があった。糖の処方量の異なる4サンプルとも同様に変化していた。
【0077】
3日経過後、糖の処方量が5%、10%及び15%のサンプルで、腹部などの毛の薄い部分で獣毛の脱落(以下、脱毛と称する)が観察された。
【0078】
4日経過後、糖の処方量の異なる4サンプルのいずれについても、毛の薄い部分についてまんべんなく脱毛が観察された。
【0079】
5日経過後、4サンプルのいずれについても、毛の薄い部分について毛の均一な脱毛された。
【0080】
6日経過後、4サンプルのいずれについても、80%程度の毛が容易に抜け落ち、95%程度の毛が容易に脱毛可能な状態となっていた。
【0081】
4週間経過後、硫化水素ガス臭、アンモニア臭がし始めた。また、ケラチンや球状タンパク質の分解を示す臭いもし始めた。アルコール臭も増加した。
【0082】
7週間経過後、4サンプルのいずれについても皮の劣化を目視確認できなかった。引き裂き強度の低下がみられず、皮の劣化も目視観察できなかったことから、生皮のタンパク質劣化が進行していないと判断された。
【0083】
12週経過後、7週間経過後との相違は確認できなかった。
【0084】
以上のように、処理液から取り出した後も、発酵は継続し、脱毛促進の効果が得られた。また、糖をまぶした後の生皮、すなわち、第二前駆体は、少なくとも12週間の防腐及び保存が可能であった。
【0085】
実施例2に係る各サンプルは、実施例1の各サンプルと比べて、7週間経過後に皮の引き裂き強度の低下がみられなかった。これは、処理液中で長時間生皮を保存した場合、発酵が過剰に進行し、酢酸などの酸が生じて処理液が酸性に傾いたためであると考えられる。これにより、実施例1のサンプルでは、酸によるたんぱく質の分解(加水分解)が生じて引き裂き強度が低下したものと考えられる。より長期間の生皮の保存には、所定期間で第一発酵工程を終え、第二発酵工程に移行し、第二前駆体の状態での保存がより好ましいとわかった。
【0086】
このように、特に第二前駆体の状態では、常温で、少なくとも12週間の間、外見や物性(引き裂き強度)を劣化させることなく、良好な保存が可能であることがわかった。
【0087】
また、以上のようにして保存(第一発酵工程又は第一発酵工程及び第二発酵工程で処理)された生皮は、保存時に脱毛が促進されていることがわかった。そのため、第一発酵工程や第二発酵工程以後の脱毛処理で従来技術のよう石灰漬け(Liming)の工程が不要となり、環境負荷の少ないものとなっている。
【0088】
以上のようにして、環境負荷の少ない皮革の製造方法及び皮革前駆体を提供することができる。
【0089】
〔別実施形態〕
(1)上記実施形態では、第二前駆体を脱毛する脱毛工程について説明した。しかし、脱毛工程は、第二前駆体を脱毛する場合に限られない。脱毛工程は、第一前駆体の場合であっても同様に行える。
【0090】
なお、本明細書において開示された実施形態は例示であって、本開示の実施形態はこれに限定されず、本開示の目的を逸脱しない範囲内で適宜改変することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本開示は、皮革の製造方法及び皮革前駆体に適用できる。
【要約】
【課題】環境負荷の少ない皮革の製造方法及び皮革前駆体を提供する。
【解決手段】皮革の製造方法は、糖及びサッカロミセス属の酵母を含む処理液に生皮を浸す浸漬工程と、処理液に前記生皮を浸して発酵させる第一発酵工程と、を含む。
【選択図】なし