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  • 特許-抗PCSK9抗体を含む安定製剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-10
(45)【発行日】2024-06-18
(54)【発明の名称】抗PCSK9抗体を含む安定製剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 39/395 20060101AFI20240611BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20240611BHJP
   A61K 47/18 20170101ALI20240611BHJP
   A61K 47/22 20060101ALI20240611BHJP
   A61K 47/26 20060101ALI20240611BHJP
   A61P 3/06 20060101ALI20240611BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240611BHJP
   C07K 16/40 20060101ALI20240611BHJP
【FI】
A61K39/395 P ZNA
A61K9/08
A61K47/18
A61K47/22
A61K47/26
A61P3/06
A61P43/00 111
C07K16/40
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021523466
(86)(22)【出願日】2019-10-30
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-03-25
(86)【国際出願番号】 CN2019114233
(87)【国際公開番号】W WO2020088492
(87)【国際公開日】2020-05-07
【審査請求日】2022-10-14
(31)【優先権主張番号】201811283440.7
(32)【優先日】2018-10-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】320000850
【氏名又は名称】上海君▲実▼生物医▲薬▼科技股▲分▼有限公司
【氏名又は名称原語表記】SHANGHAI JUNSHI BIOSCIENCES CO., LTD.
【住所又は居所原語表記】Floor 13, Building 2, Nos. 36 and 58, Haiqu Road, Pilot Free Trade Zone, Shanghai 201210 CHINA
(73)【特許権者】
【識別番号】519301559
【氏名又は名称】▲蘇▼州君盟生物医▲薬▼科技有限公司
(74)【代理人】
【識別番号】110001070
【氏名又は名称】弁理士法人エスエス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲劉▼洪川
(72)【発明者】
【氏名】▲劉▼沛想
(72)【発明者】
【氏名】▲張▼静
(72)【発明者】
【氏名】丁申皓
(72)【発明者】
【氏名】▲張▼梅
(72)【発明者】
【氏名】▲呉▼▲純▼
(72)【発明者】
【氏名】▲馮▼▲輝▼
(72)【発明者】
【氏名】武海
【審査官】春田 由香
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/088782(WO,A1)
【文献】特表2014-525915(JP,A)
【文献】Jorgensen, L. et al.,Recent trends in stabilising peptides and proteins in pharmaceutical formulation - considerations in the choice of excipients,Expert Opinion on Drug Delivery,2009年,Vol.6, No.11,p.1219-1230,doi:10.1517/17425240903199143
【文献】Shire, S. J.,4 - Formulation of proteins and monoclonal antibodies (mAbs),Monoclonal Antibodies,Woodhead Publishing,2015年,p.93-120,https://doi.org/10.1016/B978-0-08-100296-4.00004-X.,ISBN 9780081002964
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/00-39/44
A61K 9/00- 9/72
A61K 47/00-47/69
C07K 16/00-16/46
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)緩衝液と、
(b)安定剤と、
(c)アミノ酸配列SEQ ID NO:1を有するHCDR1と、
アミノ酸配列SEQ ID NO:2を有するHCDR2と、
アミノ酸配列SEQ ID NO:3を有するHCDR3と、
アミノ酸配列SEQ ID NO:4を有するLCDR1と、
アミノ酸配列SEQ ID NO:5を有するLCDR2と、
アミノ酸配列SEQ ID NO:6を有するLCDR3と、を含む、ヒトPCSK9と特異的に結合する抗体又はその抗原結合フラグメントと、
を含み、pH値が5.5~6.5である、安定的な抗体製剤であって、
前記緩衝液はヒスチジン緩衝液であり、前記緩衝液の濃度は15~25mMであって、
前記安定剤はアルギニン若しくはその塩であって、前記アルギニン若しくはその塩の濃度が50~200mMである、又は、前記安定剤はアルギニンの塩とマンニトールの組合せであって、前記製剤における前記アルギニン塩の濃度が50~150mMであり、前記マンニトールの濃度が50~200mMであり、2種類の前記安定剤の総濃度が50mM~250mMの範囲内であって、
濃度0.01%~0.05%(w/v)のポリソルベート20をさらに含む、抗体製剤であって、
前記抗体又はその抗原結合フラグメントはアミノ酸配列SEQ ID NO:9を有する重鎖(HC)と、アミノ酸配列SEQ ID NO:10を有する軽鎖(LC)と、を含むこと、を特徴とする抗体製剤
【請求項2】
前記ヒスチジン緩衝液はL‐ヒスチジンとL‐ヒスチジン一塩酸塩により調製されたこと、を特徴とする請求項1に記載の抗体製剤。
【請求項3】
前記ヒスチジン緩衝液は1~10mMのヒスチジンと10~20mMのヒスチジン塩を含むこと、を特徴とする請求項1に記載の抗体製剤。
【請求項4】
前記ヒスチジンと前記ヒスチジン塩のモル比が1:1~1:4の範囲内であること、を特徴とする請求項3に記載の抗体製剤。
【請求項5】
前記安定剤は130mM~160mMのアルギニン塩であること、を特徴とする請求項1に記載の抗体製剤。
【請求項6】
前記抗体又はその抗原結合フラグメントはアミノ酸配列SEQ ID NO:7を有する重鎖可変領域(VH)と、アミノ酸配列SEQ ID NO:8を有する軽鎖可変領域(VL)と、を含むこと、を特徴とする請求項1に記載の抗体製剤。
【請求項7】
(a)20mMの前記ヒスチジン緩衝液と、
(b)100mM~200mMのアルギニン塩と、
(c)0.02%ポリソルベート20と、
(d)100mg/mL~200mg/mLの前記ヒトPCSK9と特異的に結合する抗体又は抗原結合フラグメントと、
を含むこと、を特徴とする請求項1に記載の抗体製剤。
【請求項8】
前記製剤における前記アルギニン塩の濃度が130mM~160mMであること、を特徴とする請求項に記載の抗体製剤。
【請求項9】
前記抗体製剤は、
(A) (1)100mg/mL~200mg/mLの前記抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)pH値が5.5~6.5である、10~50mMの前記ヒスチジン緩衝液と、(3)50mM~200mMのアルギニン塩と、(4)0.01%~0.05%のポリソルベート20と、或いは
(B) (1)150±10mg/mLの前記抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)pH値が5.5~6.5である、20mMの前記ヒスチジン緩衝液と、(3)60±5mM、130±5mM又は160±5mMのアルギニン塩と、(4)0.01%~0.05%のポリソルベート20と、或いは
(C) (1)アミノ酸配列SEQ ID NO:7を有する重鎖可変領域(VH)と、アミノ酸配列SEQ ID NO:8を有する軽鎖可変領域(VL)と、を含む、150±10mg/mLの前記抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)pH値が5.5~6.5である、20mMのヒスチジン緩衝液と、(3)160±5mMのアルギニンと、(4)0.02%のポリソルベート20と、或いは
(D) (1)アミノ酸配列がSEQ ID NO:9である重鎖と、アミノ酸配列がSEQ ID NO:10である軽鎖と、を含む、全長抗体である、150±10mg/mLの前記抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)pH値が5.5~6.5である、20mMのヒスチジン緩衝液と、(3)160±5mMのアルギニンと、(4)0.02%のポリソルベート20と、或いは
(E) (1)150mg/mlの前記抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)20mMのヒスチジン緩衝液と、(3)160mMのアルギニン塩酸と、(4)0.02%のポリソルベート20と、或いは
(F) (1)150mg/mlの前記抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)20mMのヒスチジン緩衝液と、(3)120mMのアルギニン塩酸および60mMのマンニトールと、(4)0.02%のポリソルベート20と、或いは
(G) (1)150mg/mlの前記抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)20mMのヒスチジン緩衝液と、(3)60mMのアルギニン塩酸および160mMのマンニトールと、(4)0.02%のポリソルベート20と、
(H) (1)150mg/mlの前記抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)20mMのヒスチジン緩衝液と、(3)130mM~160mMのアルギニン塩酸と、(4)0.02%のポリソルベート20と、
を含む抗体製剤から選ばれること、を特徴とする請求項1に記載の抗体製剤。
【請求項10】
請求項1~の何れか1項に記載の抗体製剤を含む送達装置。
【請求項11】
請求項1~の何れか1項に記載の抗体製剤を含む薬剤充填済み注射器。
【請求項12】
請求項1~の何れか1項に記載の抗体製剤の、任意のPCSK9活性に関連する疾患の治療、予防又は改善のための医薬品の製造における使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は治療性抗体製剤分野に関する。特に、本発明はヒトプロタンパク質転換酵素サブチリシン9(PCSK9)と特異的に結合するヒト化抗体を含む医薬製剤分野に関する。
【背景技術】
【0002】
プロタンパク質転換酵素サブチリシン9(PCSK9)はプロタンパク質転換酵素であり、肝臓細胞表面の低密度リポタンパク質(LDL)受容体の分解を促進することで血漿中のLDLコレステロールの含有量を増加させる効果を有し、その発現上昇がヒト血中脂質異常及び心血管関連疾患と密接に関連している。
特許文献1には数種類の抗PCSK9抗体がPCSK9生理活性を拮抗することで血中LDL濃度を明らかに低下させることが開示されており、高コレステロール血症などの関連疾患の治療分野において重要な将来性を示している。治療性抗PCSK9抗体は、全てのタンパク質治療剤と同様に、製造又は保存において、例えば、凝集、変性、架橋、脱アミド化、異性化、酸化、及び剪断などの物理的及び化学的不安定性の影響を受けている(非特許文献1)。そのため、抗体の物理的及び化学的性質を安定的に保持することができる抗体製剤の開発は大きな課題である。
通常、高コレステロール血症などの関連疾患が慢性疾患であるため、患者が病院外又は自分で投与できる利便性を提供することは非常に重要である。通常、タンパク質治療剤が胃腸以外の経路だけで投与できるが、皮下注射(SC)又は筋肉注射(IM)の投与経路は治療コストの低下、及び投与期間における患者と医療従事者の利便性の改善を図ることができる。また、SC又はIM注射剤に必要とされる小体積(一般的に0.5~2mL)に関して、その他の製剤の課題が提示された。治療レベルを図るために、一般的に100mg~1gのタンパク質/剤の高濃度抗体製剤で投与する必要があるためである。ところが、高度に濃縮されたタンパク質製剤は、通常、タンパク質の凝集、沈殿、及び粘度を増加させることから、加工、製造、及び保存期間においてデメリットが発生する。粘度増加により製剤の投与に、例えば、疼痛、灼熱症状、及び薬物送達装置選定の制限などの悪い影響が与えられる(非特許文献2)
そのため、本分野において、特に患者の疼痛を軽減させる低粘度且つ高濃度タンパク質製剤を必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2017/088782号
【非特許文献】
【0004】
【文献】Wang et al.,J. Pharm. Sci. 96 :1‐26,2007(Wangなど、「製薬科学雑誌」、第96巻第1‐26ページ、2007年))
【文献】Shire et al.,J. Pharm. Sci. 93:1390‐1402,2004(Shireなど、「製薬科学雑誌」、第93巻第1390‐1402ページ、2004年)。
【発明の概要】
【0005】
本発明はヒトプロタンパク質転換酵素サブチリシン9(PCSK9)と特異的に結合するヒト化抗体を含む医薬製剤を提供する。
一方、本発明は、(1)緩衝液と、(2)安定剤と、(3)抗PCSK9抗体又は抗原結合フラグメントと、を含む安定的な抗体製剤を提供する。
好ましい一実施形態として、前記安定的な抗体製剤は、非イオン性界面活性剤をさらに含んでもよい。
【0006】
一実施形態において、前記緩衝液はヒスチジン緩衝液である。一実施形態において、当該ヒスチジン緩衝液はL‐ヒスチジン、及びL‐ヒスチジン一塩酸塩により調製される。
一実施形態において、当該ヒスチジン緩衝液の濃度は約20nMである。
【0007】
一実施形態において、前記安定剤はアルギニン又はその塩、ソルビトール、マンニトール又はショ糖から選ばれる1種類又は複数種類を含む。一実施形態において、前記安定剤はアルギニン塩である。一実施形態において、アルギニン又はその塩の濃度は約50mM~約200mMである。具体的な一実施形態において、アルギニン又はその塩の濃度は約60mM、130mM、160mM又は165mMである。
【0008】
一実施形態において、前記抗体又は抗原結合フラグメントは、アミノ酸配列SEQ ID NO:1を有するHCDR1と、アミノ酸配列SEQ ID NO:2を有するHCDR2と、アミノ酸配列SEQ ID NO:3を有するHCDR3と、アミノ酸配列SEQ ID NO:4を有するLCDR1と、アミノ酸配列SEQ ID NO:5を有するLCDR2と、アミノ酸配列SEQ ID NO:6を有するLCDR3と、を含む。具体的な一実施形態において、前記抗体又は抗原結合フラグメントは、アミノ酸配列SEQ ID NO:7を有する重鎖可変領域(VH)と、アミノ酸配列SEQ ID NO:8を有する軽鎖可変領域(VL)と、を含む。具体的な一実施形態において、前記抗体又は抗原結合フラグメントは、アミノ酸配列SEQ ID NO:9を有する重鎖(HC)と、アミノ酸配列SEQ ID NO:10を有する軽鎖(LC)と、を含む。一実施形態において、前記抗体又は抗原結合フラグメントの濃度は約100mg/mL~約200mg/mLである。具体的な一実施形態において、前記抗体又は抗原結合フラグメントの濃度は約150mg/mLである。
【0009】
一実施形態において、本発明に係る抗体製剤は、濃度約0.01%~約0.05%のポリソルベート20又はポリソルベート80を含む。具体的な一実施形態において、本発明に係る抗体製剤は、濃度約0.02%のポリソルベート20を含む。
【0010】
一実施形態において、本発明に係る抗体製剤は、(1)約20mMのヒスチジンで調製された緩衝液と、(2)約50mM~約200mMのアルギニン又はその塩の安定剤と、(3)アミノ酸配列SEQ ID NO:1を有するHCDR1と、アミノ酸配列SEQ ID NO:2を有するHCDR2と、アミノ酸配列SEQ ID NO:3を有するHCDR3と、アミノ酸配列SEQ ID NO:4を有するLCDR1と、アミノ酸配列SEQ ID NO:5を有するLCDR2と、アミノ酸配列SEQ ID NO:6を有するLCDR3と、を含む、約100mg/mL~約200mg/mLの抗PCSK9抗体又はその抗原結合フラグメントと、(4)約0.02%のポリソルベート20と、を含む。
【0011】
一実施形態において、本発明に係る抗体製剤は、40℃で28日間保存した後に、少なくとも94%の抗体が天然立体配座を有する。
一実施形態において、本発明に係る抗体製剤は、40℃で28日間保存した後に、少なくとも45%の抗体が主要帯電バリアントを有する。
一実施形態において、本発明に係る抗体製剤は、2~8℃で12ヶ月保存した後に、少なくとも98%の抗体が天然立体配座を有する。
一実施形態において、本発明に係る抗体製剤は、2~8℃で12ヶ月保存した後に、少なくとも87%の抗体が主要帯電バリアントを有する。
【0012】
一方、本発明は、本発明に係る何れか1種の抗体製剤を含む送達装置を提供する。
一方、本発明は、本発明に係る何れか1種の抗体製剤を含む薬剤充填済み注射器を提供する。
一方、本発明は、本発明に係る何れか1種の抗体製剤を含む送達装置又は薬剤充填済み注射器を用いて、任意のPCSK9活性に関連する疾患又は障害を治療、予防及び改善するための方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、細胞とLDLとの結合及び細胞へのLDL摂取に対する、JS002を含む製剤による抑制を示すものである。
図2図2は、JS002を用いて皮下注射で繰り返し投与して、78日間観察した、高脂血症アカゲザルLDL‐Cへの影響を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、抗PCSK9抗体又はその抗原結合部分の安定的な水性液体薬物製剤が、本技術分野における周知の製剤と比べて、改善された性質を有すること、を特徴とする。本発明に係る高濃度製剤は、高安定性と低粘度を有する、という予想外の特徴を持っている。
【0015】
本発明は具体的な方法、試薬、化合物、組成物又は生体系に限らず、当然、上記に対して変化を行うことができる。本願で使用される用語は、具体的な実施形態を説明するためのものに過ぎず、限定を加えるためのものではない。別途で明確な説明がない限り、本明細書及び添付の請求項で使用される「1つ」、「1種類」及び「当該」の単数表現は複数の意味を含む。従って、例えば、「1種類のポリペプチド」は、2種類以上のポリペプチドなどの組合せを含む。
【0016】
本願で使用される「約」は、測定可能な数値(例えば、数量、持続時間など)を表す場合、開示された方法に適用できるように、±20%又は±10%のような具体的な数値を除く変化、例えば、±5%、±1%、±0.1%などを含むものとする。
【0017】
別途で定義しない限り、本願で使用される全ての技術と科学用語は当業者の一般的な理解と同じ意味を有する。本願で開示された方法及び材料と類似又は同様の如何なるものは本発明の実践に適用できるが、本願には好ましい材料及び方法が説明された。本発明の請求項を説明及び請求する際に、下記の用語を使用する。
【0018】
「治療活性抗体」又は「治療性抗体」とは、治療目的に利用される、即ち、受検者障害の治療に利用される抗体である。ただし、治療性タンパク質が治療目的に利用できるが、インビトロ研究にも利用できることから、本発明は治療用途に限定しない。
【0019】
用語「薬物製剤」又は「製剤」とは、活性成分の生理活性を有効にする形態が採用されるとともに、当該製剤の投与を受ける受検者に対して許容されない毒性があるその他の成分を含まない製品である。当該製剤は滅菌されたものである。
【0020】
用語「液体製剤」とは、液体状態である製剤であり、再懸濁される凍結乾燥製剤ではない。本発明に係る液体製剤は安定的に保存できるとともに、その安定性が凍結乾燥(又はその他の状態変換方法、例えば、噴霧乾燥)によるものではない。
【0021】
用語「水性液体製剤」とは、水を溶媒とする液体製剤である。一実施形態において、水性液体製剤とは、凍結乾燥、噴霧乾燥及び/又は冷凍を必要とせず、安定性(例えば、科学的及び/又は物理的安定性及び/又は生理活性)が維持できる製剤である。
【0022】
用語「賦形剤」とは、必要な特性(例えば、コンシステンシー、高安定性)の提供、及び/又は浸透圧の調製のために製剤に添加できる試薬である。一般的に使われる賦形剤の実例は、糖類、ポリオール、アミノ酸、界面活性剤、及びポリマーを含むが、これらに限定されない。
【0023】
本明細書において、用語「pH値が約5.5~約6.5である緩衝剤」とは、その酸/塩基共役成分により当該試薬を含む溶液のpH値変化が抑制される試薬である。本発明に係る製剤に使用される緩衝液は、pH値が約5.5~約6.5範囲内、又は約5.5~約6.0範囲内であってもよい。一実施形態において、pH値が約6.0である。
【0024】
本明細書において、pH値を当該範囲内に制御する「緩衝剤」の実例は、酢酸塩(例えば、酢酸ナトリウム)、コハク酸塩(例えば、コハク酸ナトリウム)、グルコン酸、ヒスチジン及び/又はその塩、メチオニン、クエン酸塩、リン酸塩、クエン酸塩/リン酸塩、イミダゾール、これらの組合せ、及びその他の有機酸緩衝剤を含む。一実施形態において、緩衝剤はタンパク質ではない。一実施形態において、当該緩衝剤はヒスチジン及び/又はその塩であり、L‐ヒスチジン及び/又はその塩が好ましい。通常、製剤における緩衝剤の濃度は5~100mMの範囲内であってもよく、或いは、約5mM、10mM、15mM、20mM、25mM、30mM、35mM、40mM、45mM、50mM、55mM、60mM、65mM、70mM、75mM、80mM、85mM、90mM、95mM、100mM、又は、例えば、10~30mM又は15~25mMなど、上記何れか2つの数値を基数とする範囲内である。一実施形態において、緩衝剤の濃度は約20mMである。
【0025】
「ヒスチジン緩衝剤」はヒスチジン及び/又はその塩の緩衝剤を含む。ヒスチジンの塩はヒスチジン塩酸塩、ヒスチジン酢酸塩、ヒスチジンリン酸塩、及びヒスチジン硫酸塩の1種類又は複数種類である。本発明の一実施形態において、ヒスチジン緩衝剤は、1~10mMのL‐ヒスチジンと10~20mMのL‐ヒスチジン一塩酸塩により調製されたヒスチジン緩衝剤である。一実施形態において、ヒスチジン製剤は、4.5mMのL‐ヒスチジンと15.5mMのL‐ヒスチジン一塩酸塩により調製された、pH値6.0のヒスチジン緩衝剤である。一実施形態において、ヒスチジン製剤は、9.5mMのL‐ヒスチジンと10.5mMのL‐ヒスチジン一塩酸塩により調製された、pH値5.5のヒスチジン緩衝剤である。一実施形態において、ヒスチジン緩衝液は、ヒスチジンとヒスチジン塩酸塩によりモル比1:1~1:4で調製される。
【0026】
本明細書で使用される用語「界面活性剤」は、一般的に、例えば、抗体凝集の低減又は製剤における粒子状物質形成の最小化を図るために、抗体が空気/溶液界面の張力、溶液/表面の張力の影響を受けないようにすることで、タンパク質を保護する試薬である。例示された界面活性剤は、例えば、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル(例えば、ポリソルベート20、ポリソルベート80)、ポリエチレン‐ポリプロピレン共重合体、ポリエチレン‐ポリプロピレングリコール、ポリオキシエチレン‐ステアリン酸エステル、ポリオキシエチレンモノラウリルエーテルなどのポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル(Triton‐X)、ポリオキシエチレン‐ポリプロピレンオキシド共重合体(プルロニック(登録商標)、Pluronic)、ラウリル硫酸ナトリウム(SDS)などの、非イオン性界面活性剤を含むが、これらに限定されない。一実施形態において、当該非イオン性界面活性剤はポリソルベート20である。一実施形態において、ポリソルベート20の濃度は約0~0.1%(w/v)である。一実施形態において、ポリソルベート20の濃度は約0.02%(w/v)である。一実施形態において、当該非イオン性界面活性剤はポリソルベート80である。一実施形態において、ポリソルベート80の濃度は約0~0.1%(w/v)である。一実施形態において、ポリソルベート80の濃度は約0.02%(w/v)である。
【0027】
本明細書で使用される用語「安定剤」は抗体及びその他のタンパク質の凝集を低減させる。例示された安定剤は、ヒト血清アルブミン(hsa)、ウシ血清アルブミン(bsa)、α‐カゼイン、グロブリン、α‐ラクトアルブミン、LDH、リゾチーム、ミオグロビン、オボアルブミン、Rnase Aを含むが、これらに限定されない。安定剤は、例えば、アルギニン、グリシン、アラニン(α‐アラニン、β‐アラニン)、ベタイン、ロイシン、リジン、グルタミン酸、アスパラギン酸、プロリン、4‐ヒドロキシプロリン、サルコシン、γ‐アミノ酪酸(GABA)、オパイン(opines)(アラノピン、オクトピン、ストロンビン(strombine))、トリメチルアミンのN‐酸化物(TMAO)などの、アミノ酸、その代謝産物、及びその塩、例えばその塩酸塩、をさらに含む。安定剤は、例えば、NaCl、KCl、MgCl2、CaCl2、ショ糖、マンニトール、ソルビトールなどの、糖、ポリオール、及びその代謝産物などをさらに含む。一実施形態において、当該安定剤はマンニトールである。一実施形態において、当該安定剤はショ糖である。一実施形態において、当該安定剤はソルビトールである。一実施形態において、当該安定剤はアミノ酸又はその塩である。一実施形態において、当該アミノ酸はアルギニン又はアルギニン塩酸である。一実施形態において、アルギニン又はアルギニン塩酸の濃度は約20~200mMである。一実施形態において、アルギニン又はアルギニン塩酸の濃度は約50~200mMである。一実施形態において、アルギニン又はアルギニン塩酸の濃度は約60mM、130mM、160mM又は165mMである。
【0028】
本明細書で使用される用語「粘度」は「動粘度」又は「絶対粘度」であってもよい。「動粘度」とは、流体が重力の影響で発生した流動抵抗を測定するための指標である。「絶対粘度」とは、粘性係数や粘性率とも呼ばれ、動粘度と流体密度の積(絶対粘度=動粘度×密度)である。動粘度のディメンションはL2/Tである。ただし、Lは長さで、Tは時間である。通常、動粘度はセンチストークス(cSt)で表す。動粘度の国際単位系単位はmm2/sであり、即ちlcStである。絶対粘度はセンチポアズ(cP)で表す。絶対粘度の国際単位系単位はミリパスカル秒(mPa・s)である。1cP = 1mPa・sである。
【0029】
本発明に係る液体型製剤について、本明細書で使用される用語「低レベル粘度」とは約15センチポアズ(cP)より低い絶対粘度である。例えば、標準粘度測定技術で測定する場合、当該製剤の絶対粘度が約15cP、約14cP、約13cP、約12cP、約11cP、約10cP、約9cP、約8cP、又はさらに低い粘度であれば、本発明に係る液体型製剤は「低粘度」と見なされる。本発明に係る液体型製剤について、本明細書で使用される用語「中レベル粘度」とは約35cP~約15cPの絶対粘度である。例えば、標準粘度測定技術で測定する場合、当該製剤の絶対粘度が約34cP、約33cP、約32cP、約31cP、約30cP、約29cP、約28cP、約27cP、約26cP、約25cP、約24cP、約23cP、約22cP、約21cP、約20cP、約19cP、約18cP、約17cP、約16cP、又は約15cPであれば、本発明に係る液体型製剤は「中粘度」と見なされる。本発明に係る液体型医薬製剤の一部の実施形態において、低レベルから中レベルの粘度を示している。本発明の一実施形態において、濃度約100~200mMの抗体と、60~165mMのアルギニン又はその塩と、を一緒に調製することで、低粘度の液体型製剤を得ることが、意外的に発見された。一実施形態において、アルギニン又はその塩により、例えば、ショ糖、ソルビトール、マンニトールなどのその他の張化剤を含む製剤の粘度を明らかに低下させることが、さらに発見された。
【0030】
「等張」とは、当該製剤がヒト血液とほぼ同じ浸透圧を有することである。等張製剤は一般的に約250~350mOsmの浸透圧を有する。蒸気圧式又は氷点降下方式の浸透圧計で等張性を測定する。
【0031】
「安定的な」製剤とは、製造期間及び/又は保存期間において含まれる抗体の物理的安定性及び/又は化学的安定性及び/又は生理活性が基本的に保持される製剤である。たとえ、一定の期間で保存した後、含まれる抗体の化学構造又は生理機能が100%保持できなくても、医薬製剤も安定的である。一定の期間で保存した後、抗体構造又は機能が約90%、約95%、約96%、約97%、約98%又は約99%保持できるのであれば、「安定的」と見なされる場合がある。タンパク質安定性を測定するための各解析技術が本技術分野において獲得できるものであり、「ペプチド及びタンパク質の薬物送達」(Peptide and Protein Drug Delivery)247‐301,Vincent Lee編集長,Marcel Dekker,Inc.,New York,N.Y.,Pubs.(1991),及びJones,A.(1993)Adv.Drug Delivery Rev.10:29‐90に記載されている(両者を参考として引用)。
【0032】
製剤は、一定の温度及び期間で保存した後、その中に残された天然抗体のパーセンテージを測定すること(及びその他の方法)により、その安定性を測定することができる。その他の方法以外に、天然抗体のパーセンテージはサイズ排除クロマトグラフィー(例えば、サイズ排除高速液体クロマトグラフィー[SE‐HPLC])により測定できるが、「天然」とは凝集されていない、及び分解されていないことである。一実施形態において、タンパク質の安定性は、分解された(例えば、断片化)及び/又は凝集されたタンパク質を低いパーセンテージで有する溶液における、タンパク質単体のパーセントにより決まられる。一実施形態において、製剤は、室温、約25~30℃又は40℃で、少なくとも2週間、少なくとも28日間、少なくとも1ヶ月、少なくとも2ヶ月、少なくとも3ヶ月、少なくとも4ヶ月、少なくとも5ヶ月、少なくとも6ヶ月、少なくとも7ヶ月、少なくとも8ヶ月、少なくとも9ヶ月、少なくとも10ヶ月、少なくとも11ヶ月、少なくとも12ヶ月、少なくとも18ヶ月、少なくとも24ヶ月、又はさらに長期間で、多くとも約6%、5%、4%、3%、2%、1%、0.5%、又は0.1%を超えない範囲で凝集された抗体を、安定的に保存できる。
【0033】
イオン交換期間における、抗体の主要留分(「主要荷電形態」)よりやや酸性である留分の中で遷移する抗体(「酸性形態」)のパーセンテージを測定すること(及その他の方法)により、安定性を測定することができるが、安定性は酸性形態抗体のパーセンテージに反比例する。その他の方法以外に、「酸性化」抗体のパーセンテージは、イオン交換クロマトグラフィー(例えば、カチオン交換高速液体クロマトグラフィー[CEX‐HPLC])により測定できる。一実施形態において、許容可能な安定性とは、当該製剤を一定の温度及び期間で保存した後、測定された酸性形態の抗体が多くとも約49%、45%、40%、35%、30%、25%、20%、15%、10%、5%、4%、3%、2%、1%、0.5%、又は0.1%を超えないことである。安定性を測定する前に保存された一定の期間は、少なくとも2週間、少なくとも28日間、少なくとも1ヶ月、少なくとも2ヶ月、少なくとも3ヶ月、少なくとも4ヶ月、少なくとも5ヶ月、少なくとも6ヶ月、少なくとも7ヶ月、少なくとも8ヶ月、少なくとも9ヶ月、少なくとも10ヶ月、少なくとも11ヶ月、少なくとも12ヶ月、少なくとも18ヶ月、少なくとも24ヶ月、又はさらに長期間である。安定性を評価する際に、医薬製剤を保存できる一定の温度は、約‐80℃~約45℃範囲内の温度であり、例えば、約‐80℃、約‐30℃、約‐20℃、約0℃、約2~8℃、約5℃、約25℃、又は約40℃である。
【0034】
抗体に対して色及び/又は清澄度の肉眼観察、又はUV光散乱又は穴径排除クロマトグラフィーによる測定を行った場合、例えば、凝集、沈殿及び/又は変性の痕跡が基本的に現れなければ、前記抗体は当該薬物製剤において「その物理的安定性が保持される」。凝集とは、単独の分子又は複合物が共有結合又は非共有結合により結合して凝集体を形成する過程である。凝集は見える沈殿物が形成されるまで行ってもよい。
【0035】
製剤の例えば、物理的安定性などの安定性は、サンプルの表面消衰係数(吸光度又は光学濃度)の測定など、本技術分野における周知の方法により評価する。この消衰係数の測定は製剤の濁度と関わる。製剤の濁度の一部は溶液に溶解されるタンパク質の固有性質によるものであり、通常、比濁法により測定され、比濁法の濁度単位(NTU)で表す。
【0036】
例えば、溶液における1種類又は複数種類の成分の濃度(例えば、タンパク質及び/又は塩の濃度)に応じて変化する濁度レベルは、製剤の「混濁」又は「混濁外観」とも呼ばれる。濁度レベルは既知濁度の懸濁液の検量線を参考にして算出される。医薬組成物の濁度レベルを測定するための対比用標準品は「欧州薬局方」基準に従ってもよい(「欧州薬局方」(European Pharmacopoeia)、第四版、「欧州薬品品質委員会指令」(Directorate for the Quality of Medicine of the Council of Europe)(EDQM)、Strasbourg、France)。「欧州薬局方」基準によれば、清澄溶液は「欧州薬局方」基準に基づく約3の対比用懸濁液より低い又は同じ濁度を有する溶液と定義される。比濁法による濁度測定は、結合が発生しない又は非理想効果の場合におけるレイリー散乱を測定することができるが、レイリー散乱が一般的に濃度に従って直線的に変化する。物理的安定性を評価するためのその他の方法は本技術分野において周知である。
【0037】
抗体は所定タイミングにおける化学的安定性で下記に定義されるその生理活性が依然として保持されるのであれば、前記抗体は薬物製剤において「その化学的安定性が保持される」。例えば、抗体の化学的変化を測定又は定量的にすることで化学的安定性を評価する。サイズ変化(例えば、短く切断)を含む化学的変化は、例えば、穴径排除クロマトグラフィー、SDS‐PAGE及び/又はマトリックス補助レーザー脱離イオン化法/飛行時間型質量分析計(MALDI/TOF MS)により評価する。電荷変化(例えば、脱アミド又は酸化の結果として発生)を含むその他の化学的変化は、例えば、イオン交換クロマトグラフィーにより評価する。
【0038】
薬物製剤における抗体がその予期目的に対して生理活性を有するのであれば、前記抗体は薬物製剤において「その生理活性が保持される」。例えば、製剤を例えば、5℃、25℃、45℃などの温度及び一定の期間(例えば、1~12ヶ月)で保存した後、当該製剤に含まれる抗PCSK9抗体とPCSK9と結合する親和力が保存前の前記抗体の結合親和力の少なくとも90%、95%又はそれ以上であれば、本発明に係る製剤は安定的である。結合親和力は例えばELISA又はプラズマ共鳴技術により測定される。
【0039】
本発明の実施形態において、薬理学の観点から、抗体の「治療有効量」又は「有効量」とは、抗体で有効的に治療できる障害についてその症状の予防、治療又は軽減に対して有効である量である。
【0040】
用語「受検者」又は「患者」とは哺乳類動物の生体を含む。受検者/患者の実例は、ヒト、及び、例えば、ヒト以外の霊長類、イヌ、乳牛、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、マウス、ウサギ、ラット、及びヒト以外の遺伝子組換え動物などのヒト以外の哺乳類動物を含む。本発明の特定の実施形態において、受検者はヒトである。
【0041】
(抗PCSK9抗体)
本発明に係る製剤は、ヒトPCSK9と特異的に結合する抗体又はその抗原結合フラグメントを含む。本明細書で使用される用語「PCSK9」はヒトプロタンパク質転換酵素であり、サブチリシン族を分泌するプロテアーゼK亜族に属される。既存文献では、PCSK9による低密度リポタンパク質粒子受容体との結合及びその分解の促進により、血漿LDLレベルが上昇される。
【0042】
本明細書で使用される用語「抗体」は完全な抗体分子及びその抗原結合フラグメントを含む。本明細書で使用される用語抗体の「抗原結合部分」又は「抗原結合フラグメント」(或いはその略称「抗体部分」又は「抗体フラグメント」)とは、ヒトPCSK9又はそのエピトープと特異的に結合する能力が保持されている、抗体における1つ又は複数のフラグメントである。
【0043】
本明細書で使用される用語「全長抗体」とは4本のペプチド鎖を含む免疫グロブリン分子であり、2本の重(H)鎖(全長の場合は約50~70kDa)と2本の軽(L)鎖(全長の場合は約25kDa)はジスルフィド結合によりお互いに連結される。各重鎖は、重鎖可変領域(本明細書においてVHと略される)と重鎖定常領域(本明細書においてCHと略される)からなる。重鎖定常領域は、CH1、CH2及びCH3の3つのドメインからなる。各軽鎖は軽鎖可変領域(本明細書においてVLと略される)と軽鎖定常領域からなる。軽鎖定常領域は、1つのドメインCLからなる。VH領域とVL領域は、高可変性を有する相補性決定領域(CDR)と、その間に保存されるフレームワーク領域(FR)と呼ばれる領域と、さらに細かく区分される。各VH領域又はVL領域は、FR1、CDR1、FR2、CDR2、FR3、CDR3、FR4の順でアミノ基末端からカルボキシル基末端まで配列された3つのCDR及び4つのFRからなる。重鎖と軽鎖の可変領域は抗原と相互作用する結合ドメインを含む。抗体の定常領域は、免疫グロブリンが宿主組織又は因子(免疫系の各細胞(例えば、エフェクター細胞)と代表的な補体系の第一成分(C1q)を含む)に対する結合を仲介することができる。
【0044】
本明細書で使用される用語「CDR」とは抗体可変配列における相補性決定領域である。各重鎖と軽鎖の可変領域に3つのCDRが存在するが、各重鎖と軽鎖の可変領域に対して、HCDR1、HCDR2及びHCDR3、又はLCDR1、LCDR2及びLCDR3と名づけられた。これらのCDRは系によってそれぞれの正確な境界が定義された。Kabat(同上)により説明された系は、抗体の任意の可変領域に適用できる明確な残基番号系が提供されただけでなく、3つのCDRの正確な残基境界が定義された。これらのCDRはKabat CDRとも呼ばれる。Kabat CDRのある部分がアミノ酸配列レベルに関して明らかな多様性を示しているが、ほぼ同じペプチド骨格構造を持っていること(Chothiaなど、(1987)Mol. Biol. 196:901‐917;Chothiaなど、(1989)Nature 342:877‐883)は、Chothiaなどにより発見された。Kabat CDRと重なるCDRのその他の境界はPadlan(1995)FASEB J. 9:133‐139及びMacCalIum(1996) J. Mol. Biol. 262(5):732‐45により説明された。さらに、その他のCDRの境界の定義は本明細書で説明された何れか系に厳重に従わない可能性があるが、予測又は実験により特定の残基、残基組合わせ又はCDR全体が抗原結合に対して明確な影響を与えていないことが発見されたことから、当該その他のCDRの境界が短縮又は延長されたにも関わらず、依然としてKabat CDRと重なる。本明細書で使用される方法は、一部の実施形態においてKabat又はChothiaにより定義されたCDRを使用したにも関わらず、これらの何れか系により定義されたCDRを使用してもよい。
【0045】
本発明に係る抗PCSK9抗体又はその抗原結合フラグメントは、国際公開第2017/088782号に説明された何れか1種類の抗PCSK9抗体を含む。一実施形態において、本発明に係る方法及び組成物で使用される抗体は抗体JS002由来の6つのCDRを含む。
【0046】
本明細書に係る「抗原結合フラグメント」は抗体のフラグメント又は誘導体を含むが、通常、親抗体の抗原結合領域又は可変領域(例えば、1種類又は複数種類のCDR)の少なくとも1つのフラグメントを含み、親抗体の少なくとも一部の結合特異性を保持している。抗原結合フラグメントの実例は、Fab、Fab'、F(ab')2、及びFvフラグメント、二重抗体、線形抗体、sc‐Fvなどの一本鎖抗体分子、抗体フラグメントから形成されるナノ抗体(nanobody)、及び多重特異性抗体を含むが、これらに限定されない。抗原結合活性がモル濃度で示される場合、結合フラグメント又は誘導体は、通常、その抗原結合活性の少なくとも10%を保持する。結合フラグメント又は誘導体が親抗体の抗原結合親和力の少なくとも20%、50%、70%、80%、90%、95%、100%又はより高い親和力を保持することは好ましい。抗体の抗原結合フラグメントは、その生理活性を明らかに変えない保存又は非保存アミノ酸置換(抗体の「保存バリアント」又は「機能性保存バリアント」をいう)を含むことが期待される。
【0047】
一実施形態において、本発明に係る抗PCSK9抗体又はその抗原結合フラグメントは、アミノ酸配列SEQ ID NO:1を有するHCDR1と、アミノ酸配列SEQ ID NO:2を有するHCDR2と、アミノ酸配列SEQ ID NO:3を有するHCDR3と、アミノ酸配列SEQ ID NO:4を有するLCDR1と、アミノ酸配列SEQ ID NO:5を有するLCDR2と、アミノ酸配列SEQ ID NO:6を有するLCDR3と、を含む。
【0048】
一実施形態において、本発明に係る抗PCSK9抗体又は抗原結合フラグメントは、アミノ酸配列SEQ ID NO:7を有する重鎖可変領域(VH)と、アミノ酸配列SEQ ID NO:8を有する軽鎖可変領域(VL)と、を含む。
【0049】
本明細書の実施例で使用される非限定的、代表的な抗体は「JS002」と呼ばれ、ヒトPCSK9と特異的に結合するヒト化完全抗体であり、アミノ酸配列がSEQ ID NO:9である重鎖と、アミノ酸配列がSEQ ID NO:10である軽鎖と、を含む。
【0050】
(医薬製剤)
本発明に係る製剤は高濃度の活性抗体を含む、高安定性、低粘度の液体性製剤である。特に、本発明において、アルギニン塩を含む製剤の粘度が張化剤を含む調製液より明らかに低いことは発見された。また、調製液に含まれるアルギニン塩により張化剤を含む調製液が明らかに低下される。
【0051】
本発明に係る製剤は、ヒトPCSK9と特異的に結合する抗体又はその抗原結合フラグメント、緩衝液、及び安定剤を含む。本発明に係る製剤のpH値が5.5~6.5の範囲内であることが好ましい。
【0052】
本発明に係る製剤において、抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントは、通常、100mg/mL~約200mg/mLの範囲である。一実施形態において、本発明に係る製剤は150±10mg/mLの抗PCSK9の抗体又は抗原結合フラグメントを含む。好ましい実施形態において、本発明に係る製剤に含まれる抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントは、アミノ酸配列SEQ ID NO:1を有するHCDR1と、アミノ酸配列SEQ ID NO:2を有するHCDR2と、アミノ酸配列SEQ ID NO:3を有するHCDR3と、アミノ酸配列SEQ ID NO:4を有するLCDR1と、アミノ酸配列SEQ ID NO:5を有するLCDR2と、アミノ酸配列SEQ ID NO:6を有するLCDR3と、を含む。前記抗体又は抗原結合フラグメントは、アミノ酸配列SEQ ID NO:7を有する重鎖可変領域(VH)と、アミノ酸配列SEQ ID NO:8を有する軽鎖可変領域(VL)と、含むことが更に好ましい。前記抗体又は抗原結合フラグメントは、アミノ酸配列SEQ ID NO:9を有する重鎖(HC)と、アミノ酸配列SEQ ID NO:10を有する軽鎖(LC)と、を含むことが更に好ましい。
【0053】
本発明に係る製剤において、緩衝液は酢酸塩緩衝液又はヒスチジン緩衝液であってもよく、ヒスチジン緩衝液が好ましい。緩衝液のpH値は5.5~6.0の範囲であることが好ましい。本発明に係るヒスチジン緩衝液はヒスチジンと本明細書に係るヒスチジンの塩を含むことが好ましい。通常、本発明で使用されるヒスチジン緩衝液は、1~10mMのヒスチジンと10~20mMのヒスチジン塩(例えば、一塩酸塩)を含む。ヒスチジン緩衝液において、ヒスチジンとヒスチジンの塩のモル比が1:1~1:4の範囲内であることが好ましい。本発明に係る製剤において、緩衝液の濃度は10~50mMであってもよく、15~25mMが好ましく、例えば、20mMである。
【0054】
本発明に係る製剤において、安定剤はアルギニン又はその塩、ソルビトール、マンニトールとショ糖の1種類又は複数種類から選ばれ、アルギニン塩が好ましい。例示されたアルギニン塩はアルギニン塩酸を含む。薬学的に安定剤として適用されるその他のアルギニン塩も本発明に使用されてもよい。通常、本発明に係る製剤に含まれる安定剤の濃度は50mM~300mMの範囲内であってもよいが、例えば、50~200mM、130~200mM又は160~250mMである。単独でアルギニン塩を使用する場合、その製剤における濃度は50~200mMであってもよいが、例えば、130~200mMの範囲内である。一実施形態において、安定剤はアルギニン塩とマンニトール又はソルビトールの混合物である。アルギニン塩とマンニトール又はソルビトールの組合せを使用する場合、製剤におけるアルギニン塩の濃度は50~150mMの範囲内であってもよく、マンニトール又はソルビトールの濃度は50~200mMの範囲内であってもよいが、2種類の安定剤の総濃度は50mM~300mMであってもよく、例えば、50mM~250mMの範囲内である。
【0055】
一実施形態において、本発明に係る製剤は、(1)抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)pH値が約5.5~6.5であるヒスチジン緩衝液と、(3)アルギニン塩と、を含む。
【0056】
本発明の一実施形態において、本発明に係る製剤は本明細書に係る非イオン性界面活性剤をさらに含む。通常、非イオン性界面活性剤を含む場合、その製剤における濃度は0.1%(w/v)を超えないが、例えば、0.01~0.05%(w/v)である。好ましい非イオン性界面活性剤はポリソルベート20及び/又はポリソルベート80を含むが、特に好ましい濃度は約0.02%である。
【0057】
一実施形態において、本発明に係る製剤は、(1)約100mg/mL~約200mg/mLの抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)pH値が約5.5~6.5である、約10~50mMのヒスチジン緩衝液と、(3)約50mM~約200mMのアルギニン塩と、(4)約0%~約0.1%の非イオン性界面活性剤と、を含む。
【0058】
一実施形態において、本発明に係る製剤は、(1)約150±10mg/mLの抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)pH値が約5.5~6.5である、約20mMのヒスチジン緩衝液と、(3)約60±5mM、130±5mM又は160±5mMのアルギニン塩と、(4)約0%~約0.1%の非イオン性界面活性剤と、を含む。
【0059】
一実施形態において、本発明に係る製剤は、(1)約150±10mg/mLの抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)pH値が約5.5~6.5である、約20mMのヒスチジン緩衝液と、(3)約160±5mMのアルギニン塩と、(4)約0.02%のポリソルベート20と、を含む。
【0060】
一実施形態において、本発明に係る製剤は、(1)アミノ酸配列SEQ ID NO:1を有するHCDR1と、アミノ酸配列SEQ ID NO:2を有するHCDR2と、アミノ酸配列SEQ ID NO:3を有するHCDR3と、アミノ酸配列SEQ ID NO:4を有するLCDR1と、アミノ酸配列SEQ ID NO:5を有するLCDR2と、アミノ酸配列SEQ ID NO:6を有するLCDR3と、を含む、約150±10mg/mLの抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)pH値が約5.5~6.5である、約20mMのヒスチジン緩衝液と、(3)約160±5mMのアルギニンと、(4)約0.02%のポリソルベート20と、を含む。
【0061】
一実施形態において、本発明に係る製剤は、pH値が5.5~6.5であり、(1)アミノ酸配列SEQ ID NO:7を有する重鎖可変領域(VH)と、アミノ酸配列SEQ ID NO:8を有する軽鎖可変領域(VL)と、を含む、約150±10mg/mLの抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)pH値が約5.5~6.5である、約20mMのヒスチジン緩衝液と、(3)約160±5mMのアルギニンと、(4)約0.02%のポリソルベート20と、を含む。
【0062】
一実施形態において、本発明に係る製剤は、(1)アミノ酸配列がSEQ ID NO:9である重鎖と、アミノ酸配列がSEQ ID NO:10である軽鎖と、を含む、全長抗体である、約150±10mg/mLの抗PCSK9の抗体又はその抗原結合フラグメントと、(2)pH値が約5.5~6.5である、約20mMのヒスチジン緩衝液と、(3)約160±5mMのアルギニンと、(4)約0.02%のポリソルベート20と、を含む。
【0063】
(薬物製剤の容器及び投与方法)
本発明に係る薬物製剤は、薬物及びその他の医薬組成物の保存に適用できる任意の容器に保存されてもよい。例えば、本発明に係る薬物製剤は、小瓶、バイアル、注射器、カートリッジ、又は瓶などの、一定の体積を持つ、密封される殺菌済みのプラスチック製又はガラス製容器に保存される。各種類の小瓶は本発明に係る製剤の保存に使用されてもよいが、例えば、透明及び不透明(例えば、琥珀色)のガラス製又はプラスチック性小瓶を含む。同様に、各種類の注射器を用いて、本発明に係る薬物製剤を収納及び/又は投与することができる。
【0064】
薬物製剤は、例えば、注射(例えば、皮下、静脈、筋肉、腹膜など)、又は経皮、粘膜、鼻、呼吸道及び/又は口腔などの胃腸以外の経路で患者に投与される。複数種類の繰返し使用可能な注射ペン及び/又は自動注射器の送達装置で皮下経路により本発明に係る薬物製剤を投与する。本発明に係る医薬組成物の皮下投与に使用される使い捨て注射ペン及び/又は自動注射器送達装置の実例は、幾つかの例として、SOLOSTARTM注射ペン(sanofi‐aventis)、FLEXPENTM(Novo Nordisk)、KWIKPENTM(Eli Lilly)、SURECLICKTM自動注射器(Amgen,Thousand Oaks,CA)、PENLETTM(Haselmeier,Stuttgart,ドイツ)、EPIPEN(Dey,L.P.)、及びHUMIRATM注射ペン(Abbott Labs,Abbott Park,IL)を含むが、これらに限定されない。
【0065】
微量輸液装置が本発明に係る製剤の送達に使用される用途は本明細書に含まれる。本明細書で使用される用語「微量輸液装置」は、長時間(例えば、約10、15、20、25、30分間又はさらに長い時間)で大用量(例えば、約2.5mL又はさらに多い容量)の治療製剤を緩やかに投与するための皮下送達装置である。例えば、U.S.6,629,949、US6,659,982とMeehanなど、J.Controlled Release 46:107‐116(1996)を参考にする。微量輸液装置は特に、高濃度(例えば、約100、125、150、175、200mg/ML又はさらに高い濃度)及び/又は粘着溶液に含まれる大用量の治療たんぱく質の送達に使用される。
【0066】
(医薬製剤の治療用途)
その他の用途以外に、本発明に係る医薬製剤は、PCSK9により仲介される疾患又は障害を含む、何れかのPCSK9活性に関連する疾患又は障害の治療、予防又は改善に使用される。本発明に係る医薬製剤により治療又は予防される代表的、非限定的な疾患及び障害は各種類の血中脂質異常症を含むが、例えば、高コレステロール血症、家族性高コレステロール血症、1 3/4脂血症、家族性1 3/4脂血症、異常III型リポタンパク血症、家族性異常III型リポタンパク血症、1 3/4トリグリセリド血症、及び家族性高トリグリセリド血症である。
本発明は本発明に係る何れかのPCSK9活性に関連する疾患又は障害の治療、予防及び改善に使用される薬剤の調製における本発明に係る抗体製剤の適用を含む。本発明に係る何れかのPCSK9活性に関連する疾患又は障害の治療、予防又は改善に使用される本明細書に係る抗体製剤をさらに含む。
【0067】
以下では、実施形態を利用して本発明の詳細を説明するが、本発明の範囲を限定するものではない。本明細書は既に本発明について詳細に説明し、その具体的実施例形態も開示するが、当業者にとって、本発明の要旨を逸脱しない範囲で本発明の具体的実施形態に対して様々な変化及び改善を行うことが明らかである。
【実施例
【0068】
実施例1:緩衝液系及びpH値の選定試験
液体型抗体製剤において、緩衝液系及びpH値が抗体の安定性に大きな影響を与えており、特別な物理的及び化学的性質を有する抗体はそれぞれ最適な緩衝液の種類及びpH値を持っている。最適な緩衝液系及びpH値を選定することで、臨床適用に適用できるように本発明に開示された抗PCSK9抗体が最適な安定性を持つようにする。
【0069】
本研究は約150mg/mL濃度のJS002を対象とし、130mMのアルギニン塩酸を添加物として実施したものである。透析バッグで透析と液交換を行い、JS002たんぱく質を対応する処方に置き、サンプルを密封された遠心管に入れて緩衝液を選定する。酢酸ナトリウム緩衝液及びヒスチジン緩衝液(ヒスチジンとヒスチジン塩酸のモル比が1:1)の2種類を選定して、pH値を5.0~6.0に調製する(例えば、表1に示される)。サンプルを40℃/RH環境に置き、それぞれ2週目及び4週目に取り出して分析と測定を行った。たんぱく質分解の主要経路は凝集物、分解製品及び帯電バリアントの形成である。サイズ排除クロマトグラフィー(SEC‐HPLC)により天然形態(たんぱく質単体)と凝集形態のJS002のパーセンテージが測定され、カチオン交換クロマトグラフィー(CEX‐HPLC)により酸性と塩基性形態のmAbのパーセンテージが測定される。試験開始(0W)、静置2週間(2W)及び静置4週間(4W)のSEC‐HPLC単体含有量及びCEX‐HPLC主ピーク含有量を使って直線当てはめを行い、下降傾斜度(%/週間)を計算し、JS002抗体安定性への各緩衝液系及び各pH値による影響を考察した。結果は表2に示される。
【0070】
【表1】
【0071】
【表2】
【0072】
表2に示されるように、SEC‐HPLC実験により測定されたところ、抗体がpH値5.5~6.0範囲内の製剤において比較的に安定的に保持することができるが、高温40℃で4週間静置後、サンプル単体含有量が94%以上であり、単体純度の下降傾斜度が1.5%/週間以下であり、サンプルの主要電荷が45%以上であり、主要電荷の下降傾斜度が10%/週間以下である。緩衝系がヒスチジン緩衝液であり、pH値が6.0(処方番号3)である場合、高温40℃で4週間静置後、サンプルの単体純度が最も高く(約97%)、単体純度の下降傾斜度が僅か0.57%/週間である。上記の結果によれば、pH値5.5~6.0の20mMヒスチジン緩衝剤を液体型JS002製剤の開発に使用する。
【0073】
実施例2:安定剤の選定試験
抗体安定性と粘度への各賦形剤による影響をさらに研究するために、ショ糖、アルギニン塩酸、ソルビトール又はマンニトールの1種類又はその組合せの製剤を使って対比試験を実施した。即ち、上記各賦形剤又はその組合せを、約150mg/mL JS002が含まれる20mMヒスチジン緩衝液(pH値5.5又は6.0)にそれぞれ入れるが、具体的な処方情報が表3に示される。各処方製剤を分注してから40℃で静置し、それぞれ2週目及び4週目で取り出して、抗体の安定性及び調製液の粘度の分析と測定を行った。分子排除高速液体クロマトグラフィー(SEC‐HPLC)によりJS002単体含有量の変化が測定され、弱カチオン高速液体クロマトグラフィー(CEX‐HPLC)によりJS002電荷主ピーク含有量が測定され、さらに4週目で標準方法により製剤の粘度が測定される。表4に示されるように、処方にショ糖、アルギニン塩酸、ソルビトール又はマンニトールの1種類又はその組合せが含まれる場合、抗体が比較的に強い熱安定性を有し、即ち、製剤が高温40℃で4週間静置された後、サンプル単体含有量が98%以上であり、主要電荷が51%以上占める。
【0074】
特に、各データを総合的に分析したところ、アルギニン塩しか含まない製剤の場合、抗体の安定性が最も強く、粘度が最も低い。具体的に、高温40℃で4週間静置後、アルギニン塩しか含まない製剤群は、(1)抗体構造の安定性について、抗体単体純度の下降傾斜度が0.1%/週間と最も低く、最も高いショ糖群の約25~30%であり、抗体の単体純度が98.8%と高く、抗体安定性へのショ糖、ソルビトール又はマンニトールによる影響がある程度で改善された;(2)抗体電荷の安定性について、抗体主要電荷の下降傾斜度が6.25%/週間と最も低く、主要電荷が61.2%と高い;(3)製剤の粘度について、アルギニンしか含まない製剤の粘度が5cP(表5)より低く、その他の各群処方より明らかに低く、特にショ糖が含まれる製剤群の約20~25%しかない。また、アルギニン塩により、ショ糖、ソルビトール又はマンニトールが含まれる製剤の粘度が明らかに改善され、約50%低下される。
【0075】
高濃度の抗体溶液では、一般的に抗体の凝集、沈殿などがさらに簡単に発生されることから、抗体安定性が低下されるが、溶液粘度の増加によって注射(特に皮下又は筋肉注射)投与が難しくなる。上記の実験によれば、液体製剤において、アルギニン塩により、抗体JS002の安定性が確保されるだけでなく、液体粘度も明らかに低下されることは、発見された。特に、緩衝液がヒスチジン緩衝液(pH値5.5又は6.0)であり、アルギニン塩という1種類の安定剤しか含まない場合、抗体安定性及び溶液の粘度効果が最適である。
【0076】
【表3】
【0077】
【表4】
【0078】
【表5】
【0079】
実施例3:界面活性剤の選定試験
液体製剤に添加される界面活性剤は、一般的に、例えば、抗体凝集の低減又は製剤における粒子状物質形成の最小化を図るために、抗体が保存中に空気/溶液界面の張力、溶液/表面の張力の影響を受けないようにすることで、タンパク質を保護するための試薬であり、抗体の物理的及び化学的性質の安定に繋げる。20mMヒスチジン緩衝液(pH値6.0)、130mMアルギニン塩酸と150mg/mlのJS002が含まれる製剤に、異なる濃度(0~0.5%)のポリソルベート20又はポリソルベート80をそれぞれ入れて、40℃で2週間静置後、分析と測定を行った。表6に示されるように、SEC‐HPLC単体含有量とCEX‐HPLC主ピーク含有量の測定結果によれば、異なる濃度(0~0.5%)のポリソルベート20又はポリソルベート80が含まれる製剤において、抗体JS002の熱安定性は明らかな変化がなく、高安定性を保持している。
【0080】
【表6】
【0081】
実施例4:製剤長時間安定性の検討
通常、治療性抗体が含まれる液体薬物製品が2~8℃の条件で保存されるため、製剤が長時間保存において高安定性を保持することは、非常に重要である。上記の選定結果に基づき、4つの処方で製剤の長時間安定性について検討が行われた。
表7に示される4つの処方製剤を調製して透明な小瓶にそれぞれ保存し、2~8℃の条件で数ヶ月静置した後、各サンプルに対して分析と測定を行った。(a)肉眼観察による外観;(b)光遮蔽法により測定される不溶性微粒子(OD405nm);(c)pH値;(d)CE‐SDS法により測定される抗体の分子量;(d)SEC‐HPLCにより測定される抗体単体(品質標準:≧97.0%)、ポリマー(品質標準:≦3.0%)、又はフラグメントの含有量(品質標準:≦1.0%);(e)CEX‐HPLCにより測定される抗体の主要電荷(品質標準:≧70.0%)、酸性電荷(品質標準:≦30.0%)、又は塩基性電荷の含有量(品質標準:≦15.0%);(f)ELISA法により測定される抗体の結合活性(品質標準:対比品の70%~130%);及び、(g)抗体の生物活性(HepG2細胞へのLDL摂取実験、品質標準:対比品の70%~130%)などの、パラメータにより、安定性を評価した。表8に示されるように、4種類の製剤処方を2~8℃の条件で1~12ヶ月保存する間に、非常に良好な安定性を有する。
【0082】
【表7】
【0083】
【表8-1】
【0084】
【表8-2】
【0085】
実施例5:高濃度抗PCSK9抗体の室温保存安定性
通常、治療性抗体が含まれる液体薬物製品が2~8℃で保存期間満了まで保存される。従って、患者が薬品の購入から使用までの期間において薬品を冷蔵する必要がある。提示された投与計画によるが、患者自身で薬物を投与する場合、患者による保存期間が数週間まで延びる可能性がある。そのため、冷蔵条件で保存する必要がない薬物は、家庭介護製品として、患者利便性の明らかな向上、及び薬物品質への間違った保存条件による影響の低下を示していることから、クレーム比率の低減及び温度偏差に対する監視の免除を実現した。
表9に示されるように、本発明に開示された製剤(処方番号:20)はタンパク質分解に対して更なる高安定性を有し、25℃で測定される分解動力学パラメータが6ヶ月保存の要求を満たした。
【0086】
【表9-1】
【0087】
【表9-2】
【0088】
実施例6:ForteBio親和力測定(生物発光干渉法)
ForteBio親和力は既存の方法により測定される。簡単に言えば、4mg JS002(処方番号:29)とEvolocumab(140mg/ml/本、AMGENにより購入、ロット番号:1063135)を取り、それぞれ10KD限外濾過デバイスでリン酸塩緩衝液により100倍液交換を行ってから、280nmの吸収値でたんぱく質含有量を測定し、濃度を2mg/mLに調整した。ビチオンを取って室温まで平衡させ、2mgSulfo‐NHS‐Biotinを量って300μL超純水に入れ、10mMのビチオン母液を調製した。2mg/mL JS002とEvolocumabをそれぞれ1mL取って新しいEP管に入れ、たんぱく質:ビチオン=1:6で8μLのビチオン母液を入れ、均一に混ぜ、室温で1~2時間反応させた。ビチオンの反応が終了してから、10KD限外濾過デバイスでリン酸塩緩衝液により100倍液交換を行ってから、280nmの吸収値でたんぱく質含有量を測定し、濃度を1~2mg/mL範囲内に調整した。ビチオン化されたたんぱく質を1管あたり0.1mLで分注し、‐80℃で保存し、1回以内で凍結融解させた。ビチオン化されたJS002とEvolocumab抗体(5μg/mL)をストレプトアビジン(SA)バイオプローブに結合し、実験緩衝液(0.1%BSA、0.02%Tween‐20及び1×PBS)を300秒間平衡させてから、JS002プレートとEvolocumabプレートのそれぞれに異なる濃度まで希釈されたPCSK9を順に注入し、300秒間結合して、解離時間を1800秒間とした。計算式=koff/konにより親和力定数が計算された。
【0089】
試験結果が表10に示される。Fortebio結果によれば、JS002は同じターゲットの薬物EvolocumabよりPCSK9との結合親和力が明らかに優れる。
【0090】
【表10】
【0091】
実施例7:JS002細胞生物活性の検討(HepG2細胞へのLDL摂取法)
本実験は、JS002(処方番号:29)による、ヒトPCSK9‐D347Yに暴露されたHepG2細胞へのLDL摂取状況を細胞レベルから評価して、市販される同じターゲットの薬物Evolocumab(140mg/ml/本、AMGENにより購入、ロット番号:1063135)と比較した。簡単に言えば、ヒト肝臓癌細胞系(HepG2)細胞(ATCC、ロット番号:62591368)を2.0×104個/ウェルの密度で播種し(80μL/ウェル)、37℃、7%CO2で一晩培養した。JS002抗体とEvolocumabをそれぞれ濃度勾配希釈し(開始濃度20μg/mL、2倍で濃度勾配希釈)、10μLの抗体希釈液を取ってHepG2細胞に入れ、30分間インキュベートした。それと同時に、抗原を1μg/mLまで希釈し、10μLの抗原希釈液を取ってHepG2細胞に入れ、抗原、抗体と細胞を同時に4~6時間インキュベートした。蛍光標識が加えられたLDL(3μg/mL)と細胞を同時に16~18時間インキュベートしてから、マイクロプレートリーダにより細胞内へ摂取された蛍光量を測定した。
【0092】
図1に示される実験結果によれば、JS002が細胞表面のヒトPCSK9‐D347Yと結合することで、JS002とLDLRとの結合が抑制され、LDLRとLDLとの結合及びLDLRへのLDL摂取が増加された。さらに、JS002(EC50=92.68ng/mL)はEvolocumab(EC50=151.1ng/mL)よりLDLエンドサイトーシスの促進効果が明らかに優れた。
【0093】
実施例8:高脂血症アカゲザルに対するJS002血中脂質低下効果の検討
本試験に選ばれた19匹高脂血症アカゲザル(LDL≧l.3mmol/L)は、アトルバスタチンカルシウム群(1~4週目1.2mg/kgで投与、5~8週目2.4mg/kgで投与、4匹)と、JS002高用量群(12mg/kg、5匹)と、JS002低用量群(4mg/kg、5匹)と、プラセボ群(5匹)と、計4群に分けられた。アトルバスタチンカルシウム群は、経口投与で56日間連続的に投与し、溶出期間が21日間である。JS002高用量群とJS002低用量群は、4週間で1回、計2回投与し、78日間連続的に観察した。投与期間及び溶出期間で主要治療効果の分析指標(LDL‐C、TC、HDL‐C、ApoAL、ApoB、TG)、副次治療効果の指標(体重)、及び安全性指標(血液生化学、血液一般検査指標、臨床観察)の変化を定期的に観察した。上記指標を総合的に考えて、高脂血症アカゲザルに対するJS002(処方番号:20)の血中脂質低下効果について分析と評価を行った。
【0094】
実験結果は図2に示される。本試験において、プラセボ群の血中脂質レベルが安定であり、陽性対照であるアトルバスタチンカルシウム群の薬効結果が臨床文献の報告と類似することから、実験系が安定で信頼性があることは証明された。
本実験系において、供試品JS002高用量群12mg/kg(臨床計画用量420mg/70kgヒト、4週間で1回、皮下注射計2回、に相当)は、高脂血症アカゲザルLDL‐Cに対して非常に明らかな低下効果を有し、ベースラインと比べれば、LDL‐C投与後、D2‐D71低下レベルが40%~70%に維持される。JS002低用量群4mg/kg(臨床計画用量140mg/70kgヒト、4週間で1回、皮下注射計2回、に相当)は、ベースラインと比べれば、LDL‐C投与後、D2‐D57低下レベルが20%~70%に維持され、D57‐D78の薬効が明らかに低下し、リバウンドが現れた。JS002高用量群はJS002低用量群より、効果の強度及び持続時間が優れた(図2)。全体の投与期間において、TG、FPG、ApoAlとHDL‐Cは明らかな変化を示さず、各安全性指標は投与に関連する変化を示していない。
【0095】
実施例9:カニクイザルによる薬物動態学の検討
試験により健康なカニクイザルに異なる用量のJS002(処方番号:20)を1回又は複数回で投与した後の薬物動態学の性質を観察した。カニクイザル実験の群れ分けと投与状況は表11に示される。A、B、C、D群は1回投与であり、投与量がそれぞれ2mg/kg、10mg/kg、50mg/kgと10mg/kgであり、A、BとC群の投与方式は皮下注射であり、D群の投与方式は静脈注射である。E群は連続投与であり、投与量が10mg/kgであり、週に1回投与で、連続的に4回投与した。
【0096】
【表11】
注:
1.sc:皮下注射。
2.iv:静脈注射。
3.QW:週に1回。
【0097】
サンプリングした後、血清サンプルを調製し、方法論で検証された酵素結合免疫吸着分析法により定量的に測定した。結果が表12に示される。
【0098】
【表12】
注:NAは未測定を示す。
【0099】
結果によれば、カニクイザルに異なる用量(2、10、50mg/kg)の供試薬物JS002を皮下注射で1回投与した後、血清薬物の暴露レベルが用量の増加に応じて増加し、非線形性薬物動態学の特徴を示している。JS002排出相の半減期t1/2が56~74時間であり、336時間内の有効半減期が50~139時間である。
カニクイザルに10mg/kgの受検薬物JS002を皮下注射で1回投与した後、生物学的利用率が89.15%である。
カニクイザルに10mg/kg(週に1回、連続的に4回)のJS002を皮下注射で連続的に複数回投与した後、生体内における薬物の暴露量が当該用量で1回投与した群より明らかに高く、薬物が生体内に明らかに蓄積した。
【0100】
実施例10:カニクイザル免疫毒性と免疫原性の検討
本試験はカニクイザルに受検薬物JS002(処方番号:20)を皮下注射で投与する4週間繰返投与毒性試験と共に考察した。CFDAによるGLP制度の要求に基づき、組換えヒト化抗PCSK9モノクローナル抗体の注射液による免疫毒性と免疫原性を評価した。本実験は、賦形剤対照群(0mg/kg)、低用量群(30mg/kg)、中用量群(100mg/kg)、高用量群(300mg/kg)などの4つの用量群を設けて、1群につき動物10匹、雌雄それぞれ半数である。週に1回投与で、4週間連続的に投与し、回復期を4週間とする。検討の用量範囲内で、カニクイザルに賦形剤及び異なる用量(30、100、300mg/kg)の受検薬物JS002を皮下注射で複数回投与した後、全個体の異なるタイミングの血液サンプルは抗薬物抗体が測定されず、各群のサンプル陽性率と個体陽性率が共に0.0%である。結果によれば、異なる用量(30、100、300mg/kg)の受検薬物JS002を皮下注射で複数回投与した後、そのカニクイザル生体内における免疫原性が比較的に低い。各群の動物腎臓組織に対して免疫複合体の測定を行ったところ、免疫複合体の沈積が現れてない。その他の免疫関連指標によれば、各群動物の白血球絶対数と分類数、免疫グロブリンレベルとAIG比、リンパ器官/組織の肉眼解剖学観察、胸腺や脾臓の臓器重量/係数などは投与に関連する異常変化が見られず、リンパ球亜群の分布は投与に関連する規律的な変化が見られていない。それと同時に、組織病理学の測定は正常に示されている。
図1
図2
【配列表】
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