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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-10
(45)【発行日】2024-06-18
(54)【発明の名称】検体中の注目成分の測定または同定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20240611BHJP
   H01J 49/04 20060101ALI20240611BHJP
   H01J 49/16 20060101ALI20240611BHJP
【FI】
G01N27/62 G
H01J49/04 450
H01J49/16 500
【請求項の数】 19
(21)【出願番号】P 2022560497
(86)(22)【出願日】2021-04-03
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2023-05-17
(86)【国際出願番号】 JP2021014418
(87)【国際公開番号】W WO2021201295
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2022-12-06
(31)【優先権主張番号】63/004,703
(32)【優先日】2020-04-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】522390504
【氏名又は名称】ジェーピー サイエンティフィック リミテッド
【氏名又は名称原語表記】JP SCIENTIFIC LIMITED
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100179969
【弁理士】
【氏名又は名称】駒井 慎二
(72)【発明者】
【氏名】パウリシン、ビー、ヤヌス
(72)【発明者】
【氏名】シルクマラ、ミラン
(72)【発明者】
【氏名】シン、ヴァルーン
(72)【発明者】
【氏名】荒尾 洋平
(72)【発明者】
【氏名】藤戸 由佳
(72)【発明者】
【氏名】西村 雅之
(72)【発明者】
【氏名】小倉 泰郎
【審査官】赤木 貴則
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/188282(WO,A1)
【文献】特表2012-525687(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0255261(US,A1)
【文献】国際公開第2010/047399(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第104134606(CN,A)
【文献】DENG, Jiewei ,Biocompatible Surface-Coated Probe for in Vivo, in Situ, and Microscale Lipidomics of Small Biological Organisms and Cells Using Mass Spectrometry,analytical chemistry,2018年,Volume 90,Pages 6936-6944,DOI: 10.1021/acs.analchem.8b01218
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
H01J 49/04
H01J 49/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プローブエレクトロスプレーイオン化質量分析法により、検体中の目的成分を同定する方法であり、前記方法は、(1)検体にプローブを浸漬することにより、検体から目的成分を吸着させるための抽出相に目的成分を吸着させ、前記プローブの少なくとも一部が抽出相でコーティングされていること、(2)前記検体から前記プローブを取り外すこと、(3)前記抽出相に溶媒を付着させること、(4)前記抽出相から前記プローブに付着した溶媒に目的の成分を脱離すること、(5)電離源上で前記プローブに電圧を印加することにより前記プローブに付着した前記溶媒中に脱着した目的成分を大気圧でエレクトロスプレーし、前記プローブからエアロゾル化しイオン化した液滴を噴霧すること、および(6)前記エアロゾル化しイオン化した液滴中に存在する目的の低分子成分を同定すること、
を含み、
前記溶媒を付着させるステップは、プローブを溶媒に浸漬し、プローブを溶媒から除去することによって、溶媒を抽出相に付着させることを含む。
【請求項2】
溶媒を付着させるステップが、抽出相に溶媒を噴霧することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
付着させるステップを繰り返すことにより、抽出相およびプローブの少なくとも一方に付着している溶媒中に、目的成分を溶出させる、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
付着させるステップの前に、抽出相およびプローブを洗浄するステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
洗浄するステップが、抽出相およびプローブの少なくとも一方を、水性溶媒、有機溶媒およびそれらの混合物からなる群より選択される少なくとも1つで洗浄することを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
洗浄するステップは、大きな分子量の干渉を除去するために、プローブを水で洗浄することを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
洗浄するステップは、スプレーを介して抽出相およびプローブを洗浄することを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項8】
溶媒が、水性溶媒、有機溶媒およびそれらの混合物からなる群から選択される少なくとも1つをさらに含むことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
溶媒に基づく水溶液の存在率が30から70重量%である、請求項に記載の方法。
【請求項10】
溶媒が有機溶媒からなることを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項11】
有機溶媒がアルコールであることを特徴とする、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
アルコールがイソプロパノールである、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
溶媒がさらに酸性化合物を含むことを特徴とする、請求項8に記載の方法。
【請求項14】
エレクトロスプレーイングするステップの後に、プローブを溶媒に浸すことをさらに含み、エレクトロスプレーイングするステップと浸すステップは繰り返される、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
抽出相が、置換または非置換のポリ(ジメチルシロキサン)、ポリアクリレート、ポリ(エチレングリコール)、ポリ(ジビニルベンゼン)またはポリピロールからなることを特徴とする、請求項1による方法。
【請求項16】
抽出相が置換または非置換のポリ(ジビニルベンゼン)からなることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項17】
検体が生体系である、請求項1に記載の方法。
【請求項18】
被検体中の目的成分を同定するための質量分析装置であって、該質量分析装置は、以下の構成を有することを特徴とする質量分析装置。
検体から目的成分を吸着するための抽出相で少なくとも部分的にコーティングされた導電性プローブ、
中に溶剤を入れておく容器ユニット、
前記プロ-ブに電圧を印加する電圧発生部と、
上下方向に延びて配置された前記導電性プローブと、前記導電性プローブの下方に配置された容器ユニットとの少なくとも一方を上下方向に移動させて、前記導電性プローブを容器ユニット内の溶剤に浸漬させるとともに、前記導電性プローブを溶剤ユニットから取り出す変位装置と、
前記変位装置により溶媒を前記導電性プローブに付着させ、抽出相に吸着した抽出対象成分を前記導電性プローブに付着した溶媒に脱着させた後、電圧発生部により前記導電性プローブに電圧を印加し、エレクトロスプレー現象を利用して大気圧下で前記導電性プローブに付着した溶媒に脱着した抽出対象成分をイオン化する。
【請求項19】
前記抽出相および前記プローブの少なくとも一方を洗浄する噴霧手段をさらに備える、請求項18に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連アプリケーションへのクロスリファレンス
本出願は、その全体が参照により本明細書に組み込まれる2020年4月3日に出願された米国仮出願第63/004、703号からの優先権を主張する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0002】
(1)固相マイクロ抽出プローブエレクトロスプレーイオン化の開発と応用、2020年12月21日発行。
(2)少量の生体流体中の乱用薬物のスクリーニングと定量化のための固相マイクロ抽出 プローブエレクトロスプレーイオン化装置、2021年3月18日発行。
【0003】
本発明は、質量分析による検体物質の分析方法およびその方法に用いる質量分析装置に関する。より具体的には、本発明は、プローブエレクトロスプレーイオン化法を用いた質量分析により検体中の目的成分を同定する方法、およびプローブエレクトロスプレーイオン化法を採用したイオン源を含む質量分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0004】
質量分析装置において試料中の目的成分をイオン化する手法として、従来から様々な方法が提案され、実用化されている。例えば、大気中でイオン化を行うイオン化法としては、エレクトロスプレーイオン化法(ESI法)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(大気圧MALDI法)が知られている。
【0005】
生体試料のように複雑なマトリックスを持つ試料では、試料中の目的成分を前処理なしにイオン化すると、目的成分をイオン化する際にマトリックスによって信号強度のイオンサプレッションやエンハンスが起こる。その結果、検体中の目的成分の存在や濃度を正確に測定することができない。
【0006】
このため、イオン化法としてESI法を採用する場合、通常は質量分析の前に、例えば液体クロマトグラフィー(LC)、ガスクロマトグラフィー(GC)、ICPなどで目的成分をマトリックスから分離している。
イオン化法として大気圧MALDI法を採用する場合、生体試料などの検体を所定の温度まで冷却して乾燥させた後、検体の表面に特定のマトリックスを塗布して、目的成分のイオン化効率を向上させるような前処理を行うことが一般的である。
【0007】
このように、イオン化法として一般的に用いられるESI法や大気圧MALDI法では、目的成分を精度良く検出し、その濃度等を測定するために、マトリックス成分を分離する工程(目的成分の抽出)や目的成分のイオン化効率を高めるための前処理が必要である。その結果、分析時間が長くなり、分析者が行う手順も複雑になる。
【0008】
また、アミノグリコシド系抗菌剤やカテコラミンのような高極性化合物は、分子間相互作用により高沸点となる。このような高極性化合物は、GC-MSによる測定が困難であり、主にLC-MSやLC-MS/MSによる測定が行われている。しかし、高極性化合物は、一般的に移動相として用いられる有機溶媒に溶解せず、逆相クロマトグラフィーで保持することが困難である。このため、高極性化合物を分析する場合は、高極性化合物が溶出する水系移動相を用いた親水性相互作用クロマトグラフィーを行うことが必要である。しかし、親水性相互作用クロマトグラフィーでは、カラム調整、平衡化、移動相pH調整などの分析条件の設定が煩雑であり、分析者の負担が大きい。
【発明の概要】
【0009】
本発明は、前記のような課題を解決するためになされたものである。本発明の主な目的は、LC/MSやGC/MSではほとんど測定されない高極性化合物などの検体中の目的成分を、ESI法や大気圧MALDI法などの一般的なイオン化法に必要な分離工程や前処理工程を行わずに、高い定量精度で同定する方法を提供することにある。さらに、本発明の他の主な目的は、この分析方法を実施するように構成された分析装置を提供することである。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の対象成分の特定方法に関するものである。
プローブエレクトロスプレーイオン化質量分析法により、検体中の目的成分を同定する方法であり、前記方法は、
(1)検体にプローブを浸漬することにより、検体から目的成分を吸着させるための抽出相に目的成分を吸着させ、前記プローブの少なくとも一部が抽出相でコーティングされていること。
(2)前記試料から前記プローブを取り外すこと。
(3)前記抽出相に溶媒を付着させること。
(4)前記抽出相から前記プローブに付着した溶媒に目的の成分を脱着すること。
(5)電離源上で前記プローブに電圧を印加することにより前記プローブに付着した前記溶媒中に脱着した目的成分を大気圧でエレクトロスプレーし、前記プローブからエアロゾル化しイオン化した液滴を噴霧すること。および
(6)前記エアロゾル化しイオン化した液滴中に存在する目的の低分子成分を同定すること。
を含む。
【0011】
さらに、本発明は、以下の対象部品特定装置に関するものである。
検体中の目的成分を同定するための質量分析装置であって、
前記質量分析装置は、
試料から目的成分を吸着するための抽出相で少なくとも部分的にコーティングされた導電性プローブ、
中に溶剤を入れておく容器ユニット、
前記プローブに電圧を印加する電圧発生部、
前記プローブを前記容器ユニット内の溶剤に浸漬させるとともに、前記プローブを前記溶剤ユニットから取り出すために、上下方向に延びて配置された前記プローブと、前記プロ-ブの下方に配置された前記容器ユニットとの少なくとも一方を上下方向に移動させる変位装置、
前記変位部により溶媒を前記プローブに付着させた後、前記抽出相に吸着した抽出対象成分を前記プローブに付着した溶媒に脱着させ、前記電圧発生部により前記プローブに電圧を印加してエレクトロスプレー現象を利用し、大気圧下で前記プローブに付着した前記溶媒に脱着した抽出対象成分をイオン化すること、
を含む。
検体中の目的成分を同定するための質量分析装置であって、
前記質量分析装置は、
試料から目的成分を吸着するための抽出相で少なくとも部分的にコーティングされた導電性プローブ、
溶媒をプローブに噴霧する噴霧手段、
前記プローブに電圧を印加する電圧発生部、
溶媒は噴霧手段により前記プローブに付着させた後、抽出相に吸着した存在する抽出対象成分を前記プローブに付着した溶媒に脱着させ、前記電圧発生部により前記プローブに電圧を印加し、エレクトロスプレー現象を利用して大気圧下でプローブに付着した溶媒に脱着した抽出対象成分をイオン化させること、
を含む。
【0012】
本発明の方法によれば、ESI法やMALDI法とは異なり、ある程度の時間を要する分離工程や分析者の行う手順を煩雑にする前処理を行うことなく、検体中の目的成分の検出や濃度測定を行うことができる。その結果、分析時間を短縮することができ、分析者の負担を大幅に軽減することができる。
さらに、適切な抽出相を選択することで、検体中の目的成分、例えば、従来のGC/MSやLC/MSではほとんど測定できない高極性化合物を高濃度で抽出し、目的成分の分析を高い定量精度で行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明の方法に使用されるプローブの概略図であり、プローブは少なくとも部分的に抽出相で被覆されている。
図2図2は、抽出相の少なくとも一部がコーティングされたプローブに、目的の成分を付着させたときの模式図である。
図3図3は、前記方法と従来のPESI法を用いて同一条件下で血漿を分析した比較結果である。
図4図4は、例2の乱用薬物の抽出時間プロファイルを示す図である。
図5図5は、正規化面積カウントを用いた例2の実験結果を示す図である。
図6図6は、例2のSPME-PESI-MS/MSとPESI-MS/MSのエレクトロスプレーパターンの相違を示す図である。
図7図7は、例2のLC-MS/MSによる少量血漿試料からの乱用薬物の抽出時間プロファイルを示す図である。
図8図8は、例2の8種類の乱用薬物についての検量線を示す図である。
図9図9は、例2のLC/MS/MS実験から構築されたPBSおよび血漿のFTPを示す図である。
図10図10は、SPME-PESI-MS/MSにより、スパイクされたPBSをジアゼパムで抽出し構築した検量線を示す。
図11図11は、例4で使用したアミノグリコシドを示す。
図12図12は、例4における試料pHを変化させた場合の効果を示したものである。
図13図13は、例4のマトリックス改質調査の結果を示す図である。
図14図14は、例4のアミノグリコシド抽出を強化するための水の拡張マトリックスモディフィケ-ションを示す図である。
図15図15は、例4における最適な脱着溶媒の結果を示す図である。
図16図16は、例4において、洗浄工程後にアミノグリコシドがコーティング上に残存するかどうかを確認するために行った調査の結果を示す図である。
図17図17は、例5におけるSPME-PESI-MS/MSを用いた乱用薬物の検量線を示す図である。
図18図18は、例5における8種類の乱用薬物についての検量線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の例示的な実施形態の方法は、検体中の目的成分を抽出する固相マイクロ抽出(SPME)技術を適用したPESI法により、目的成分を同定する方法である。より具体的には、本発明の方法は、PESI法用プローブが抽出相ポリマーでコーティングされている状態で分析を行う方法である。
【0015】
目的成分を含む検体としては、例えば、尿、血液、組織片などの生体試料、野菜や果物などの食品、各種工業製品などが挙げられるが、これらに限定されない。さらに、目的成分としては、組織片に含まれる細菌やウイルスなどの病原体、食品に含まれる栄養成分や残留農薬成分、工業製品に含まれる各種添加物や揮発性物質などが挙げられる。対象成分は、PESI法によりイオン化される物質であれば、特に限定されるものではない。
【0016】
従来のESI法や大気圧MALDI法では、レーザー光のビ-ム径を数10μm以下にすることは原理的に困難である。また、アブレーションが広範囲にわたるため、50μm程度の空間分解能が限界である。そのため、1μm以下の分解能を得ることは非常に困難である。近年、分解能を向上させる方法として、前記のESIを利用したイオン化法としてプローブエレクトロスプレーイオン化法(PESI)が開発されている(例えば、WO2010/047399、特開2014-44110、日本国特許第4862167号)。
この方法は、前記WO2010/047399に記載されているように、導電性プローブの先端を、目的成分を含む試料に接触させて試料を補足し、試料補足後、プローブ先端部に溶媒を供給しながらエレクトロスプレー実施用高電圧をかけ、プローブ先端部で試料中の分子をイオン化させる方法である。この方法は、最近注目されている。
【0017】
本発明の例示的な実施形態の識別方法は、プローブを被検体に浸漬して被検体から目的成分を吸着させる抽出相に目的成分を吸着させる工程を含み、プローブは少なくとも一部が抽出相で被覆されている(以下、ステップ(1)とする)。
【0018】
被検体内に浸漬されるプローブ1は、図1に示すように、例えば、少なくとも一部が抽出相2で被覆されている。プローブの先端端から1から4mmの部分がコーティングされていてもよく、より好ましくは、プローブの先端から2mm程度の部分がコーティングされていてもよい。さらに、コーティングとしての抽出相の厚さは、2から50μmの範囲であってもよく、より好ましくは約3から10μmの範囲であり、さらに好ましくは約6.5μmである。
【0019】
前記プローブを被覆するための抽出相ポリマーとしては、例えば、ポリアクリロニトリル、ポリピロール、ポリ(ジメチルシロキサン)、ポリアクリレート、ポリ(エチレングリコール)、ポリ(ジビニルベンゼン)、ポリピロール、フッ化炭素、炭素ナノチューブ、黒鉛質窒化炭素、窒化ほう素、金属有機フレームワーク、多孔性芳香族骨格等が挙げられる。
これらのポリマーは、使用目的に応じて、置換されていてもよいし、置換されていなくてもよい。これらのポリマーのうち、置換または無置換のポリ(ジビニルベンゼン)がより好ましい。しかし、抽出相ポリマーはこれに限定されるものではなく、吸着性粒子のマトリックス適合性コーティングバインダーとして抽出相への高分子の吸着を防止するように設計されたものである。そして、抽出相ポリマーは、プローブに付着する溶媒に対する耐性に基づいて設計されてもよい。そして、抽出相はポリマーに限らず、フルオロカーボン、カーボンナノチューブ、グラファイトカーボンナイトライド、ボロンナイトライド、有機金属骨格、多孔性芳香族骨格であっても良い。
【0020】
あるいは、抽出相ポリマーは、ポリマーと固相マイクロ抽出(以下、「SPME」と称することがある)に用いる粒子との混合物であってもよい。SPMEを用いる場合、粒子径は、後述するエレクトロスプレーイングを考慮すると、5μm以下が好ましく、より好ましくは0.5μmから3μmの範囲、さらに好ましくは1μmである。SPMEに用いる粒子はこれに限定されるものではなく、抽出相には、標的分子を吸着するポリマーや、固体細孔を有するポリマー、非標的成分を吸着しないサイズの固相マイクロ抽出(SPME)粒子を用いることも可能である。非標的成分の例としては、標的成分よりも粒径の大きい高分子成分が挙げられる。
【0021】
抽出相ポリマーの乾燥温度は、使用する抽出相ポリマーにもよるが、使用する抽出相ポリマーが十分に固化するような温度であり、例えば、80℃から100℃である。さらに、乾燥時間も、使用する抽出相ポリマーが十分に固化するような時間であればよく、例えば、10秒から30秒程度である。
【0022】
抽出相ポリマーを含む懸濁液にプローブ先端部領域を浸漬するステップ、懸濁液からプローブを取り出すステップ、プローブに付着した抽出相ポリマーを乾燥するステップをこの順に、プローブを被覆する抽出相の厚さが所望の厚さに達するまで繰り返す。このようにして、所望の厚みを有する抽出相で被覆されたプローブを製造することができる。なお、抽出相の厚みは、前述のとおりである。
【0023】
前記抽出相は、選択的空洞であるバイオアフィニティ剤をさらに含んでもよい。バイオアフィニティ剤は、選択的キャビティ、分子認識部位、分子インプリントポリマーおよび固定化抗体からなる群から選択されることが好ましい。
【0024】
前記の方法で作製し、抽出相を塗布したプローブを検体中に浸漬することで、検体中の目的成分を抽出相に吸着させることができる。
次に、プローブを被検体から引き抜くステップ(以下、ステップ(2)とする)により、図2に示すように、抽出相に目的成分3が吸着される。
【0025】
その後、抽出相に溶媒を付着させるステップ(以下、ステップ(3)とする)により、プローブ上の抽出相に溶媒を付着させる。溶媒をプローブおよび/または抽出相に導入する方法としては、プローブを溶媒に浸漬し、溶媒からプローブを取り出す方法がある。また、溶媒をプローブおよび/または抽出相に導入する方法としては、溶媒をプローブおよび/または抽出相に噴霧する方法がある。特に極性化合物の場合、プローブを溶媒に浸すと溶媒への分析対象物の脱離が起こる可能性があるので、溶媒をプローブ、または抽出相に吹き付けることで、溶媒への浸漬と溶媒への分析対象物の脱離を避けることができる。
【0026】
抽出相から溶媒に目的成分を脱離させるステップ(以下、ステップ(4)とする)により、前記ステップ(3)によりプローブに付着した溶媒は、抽出相に吸着した目的成分を抽出する。このステップにより、抽出相に吸着した目的成分は、プローブに吸着した溶媒に移動する。
【0027】
前記ステップ(4)は、必ずしもステップ(3)の後でなくてもよく、ステップ(3)と同時であってもよい。また、必要に応じて、ステップ(3)を繰り返してもよい。ステップ(3)を繰り返す場合、ステップ(4)は、最初のステップ(3)と同時でも、繰り返しの途中でも、ステップ(3)の繰り返しの終了後でもよい。
【0028】
前記ステップ(3)で用いる溶媒は、目的とする成分に応じて選択する。通常、溶媒としては、水、または炭素数5から8程度のアルカン、炭素数1から8程度のアルコール、炭素数4から10程度のエーテル、炭素数3から10程度のケトン、炭素数2から6程度のカルボン酸、炭素数3から8程度のエステル等の有機溶媒、トルエン、キシレン等の芳香族化合物が例示される。有機溶媒としては、例えば、アセトニトリル、エタノール、メタノール、プロパノール、イソプロパノールなどが挙げられる。酸の場合、有機溶媒としては、例えば、蟻酸、酢酸などが挙げられる。ただし、有機溶媒は、これらの物質に限定されない。有機溶媒は、一般的なLC/MSで移動相として用いられる有機溶媒であってもよいし、そのような移動相に酸を添加したものであってもよい。
有機溶媒は、水を含んでいてもよく、例えば、30から70質量%の水を含む有機溶媒が挙げられる。
【0029】
取り扱い性の観点から、前記のうち好ましい溶媒は、水、炭素数約5から8のアルカン、炭素数約1から8のアルコール、炭素数約4から10のエーテル、または炭素数約2から6のカルボン酸であり、炭素数約2から6のアルコールまたは炭素数約2から4のカルボン酸がより好ましい溶媒である。揮発性の観点からは、エタノール、プロパノール、またはイソプロパノールがより好ましい。
【0030】
前記ステップ(4)によりプローブに付着した溶媒中に移動した抽出相に付着した目的成分に対して、大気圧下のイオン化源上でプローブに付着した溶媒中に脱離した目的成分をプローブに電圧を印加してプローブからエアゾール状にイオン化した液滴を噴霧するエレクトロスプレーを行う(以下、ステップ(5)する)。ステップ(5)でイオン化された目的成分を含む液滴を同定する(以下、ステップ(6)とする)。イオン化された目的成分を含む液滴は、例えば、質量分析装置により同定される。同定は、定性のみでもよいし、定性と定量の両方を含んでもよい。
【0031】
前記プローブは、前記ステップ(5)の後、再度、前記溶媒に浸漬し、ステップ(5)を行ってもよい。すなわち、ステップ(5)により、プローブに付着した溶媒中に脱離した目的成分のエレクトロスプレーを一旦行った後、プローブの抽出相に残っている目的成分を溶媒中に溶出させるようにプローブを溶媒中に浸漬し、再度ステップ(5)を行う。このようにすることで、ステップ(6)での同定を効率よく、かつ良好な精度で行うことができる。
【0032】
本発明の例示的実施形態に係る分析方法および/またはプローブは、前記ステップ(1)から(6)に加えて、ステップ(1)の後に、分析精度を向上させるために、検体に含まれる目的成分以外の不純物や異物を洗浄する観点から、抽出相および/またはプローブを水溶液、有機溶剤およびそれらの混合物からなる群より選択される少なくとも一つで洗浄するステップ(以下「洗浄ステップ」と記載する場合がある)を含んでもよい。洗浄工程に用いる水系溶媒および有機系溶媒は、前記した溶媒と同様である。そして、洗浄するステップは、プローブの表面に付着した分子量の大きな干渉物を除去するために、プローブを水中で洗浄することを含む。脂肪分の多いマトリックスや脂肪分を多く含むサンプル(例:牛乳、アボカド)の場合は、アセトン-水混合溶媒を使用することができる。また、洗浄には、スプレーによる抽出相、またはプローブの洗浄を含む。洗浄は、前記の方法に限定されるものではなく、洗浄の方法、洗浄時間(通常1秒以下)は、妨害物質の除去、プローブや抽出相から分析対象物質を脱離させないことを考慮して最適化することができる。
【0033】
本発明の例示的な実施形態の解析方法は、前記ステップ(1)から(6)を含む。通常、ステップ(1)から(6)は、この順序で行われる。ただし、検体中の目的成分の量を考慮し、分析結果を見ながら、ステップ(1)から(6)を繰り返してもよい。(1)から(6)を繰り返す場合、分析結果が蓄積されるため、分析精度が向上し、より少ない試料量で正確な分析が可能となる。
【0034】
本発明の例示的な実施形態の識別方法は、以下の装置によって実施される。
検体中の目的成分を同定するための質量分析装置であり、
前記質量分析装置は、
試料から目的成分を吸着するための抽出相で少なくとも部分的にコーティングされた導電性プローブ、
中に溶剤を入れておく容器ユニット、
前記プローブに電圧を印加する電圧発生部、
上下方向に延びて配置された前記プローブと、前記プローブの下方に配置された前記容器ユニットとの少なくとも一方を上下方向に移動させて、前記プローブを前記容器ユニット内の溶剤に浸漬させるとともに、前記プローブを前記溶剤ユニットから取り出す変位装置、
を有し、
前記変位部により前記溶媒を前記プローブに付着させ、前記抽出相に吸着した抽出対象成分を前記プローブに付着した前記溶媒に脱着させた後、電圧発生部により前記プローブに電圧を印加し、エレクトロスプレー現象を利用して大気圧下で前記プローブに付着した溶媒に脱着した抽出対象成分をイオン化する。
前記装置は、本発明の例示的な実施形態の識別方法の好ましい態様の1つを実施するものであり、プローブへの溶媒の導入および/または抽出相は、プローブを溶媒に浸漬することによって行われ、前記ステップ(3)においてプローブを溶媒から除去するために行われるものである。
【0035】
また、本発明の例示的な実施形態の識別方法は、以下の装置によって実施される。
被検体中の目的成分を同定するための質量分析装置であって、
前記質量分析装置は、
試料から目的成分を吸着するための抽出相で少なくとも部分的にコーティングされた導電性プローブ、
前記プローブに霧状の溶媒を供給するように構成されたインジェクター、
前記プローブに電圧を印加する電圧発生部、
を有し、
前記プローブに前記溶媒を付着させ、前記抽出相に吸着した抽出対象成分を前記プローブに付着した前記溶媒に脱離させた後、前記電圧発生部により前記プローブに電圧を印加し、エレクトロスプレー現象を利用して大気圧下で前記プローブに付着した前記溶媒に脱離した抽出対象成分をイオン化する。
前記装置は、前記ステップ(3)において、プロ-ブおよび/または抽出相への溶媒の導入が、プローブへの溶媒の噴霧によって行われる、本発明の識別方法の他の好ましい実施態様を実施するものである。
【0036】
以上のように、導電性プローブは、抽出相が部分的に塗布されたプローブであり、被検体中の目的成分を抽出するものである。抽出相は前記の通りであり、製造方法も前記の通りである。
【0037】
容器ユニットは内部に前記溶媒を保持し、前記プローブおよび/または抽出相へ溶媒の吸着を実行するために、前記プローブは溶媒をプローブに吸着させる目的で容器ユニット内に挿入される。
【0038】
電圧発生部は、プローブに電圧を印加するように構成された装置であり、前記ステップ(5)において、エレクトロスプレーイングを実行する。電圧発生部により、目的成分を含む液滴がイオン化される。
【0039】
変位装置は、前記したように、プローブおよび/または抽出相に溶媒を導入するためにプローブに溶媒を吸着させ、抽出相に吸着された目的成分を溶媒中に抽出する際に使用するものである。変位部は、上下方向(図1の矢印の方向)に延びて配置されたプローブまたはプローブの下方に配置された容器ユニットの少なくとも一方を上下方向に移動させるものである。
なお、変位装置は、プローブと容器ユニットの両方を移動させてもよい。プローブまたは容器ユニットの少なくとも一方を移動させることにより、プローブを容器内の溶媒に浸漬させることができ、プローブを容器内の溶媒から引き抜くことができる。
一方、プローブに霧状の溶媒を供給するように構成されたインジェクターは、ステップ(3)でプローブおよび/または抽出相に溶媒を導入する。
【0040】
前記構成により、電圧発生部は、前記ステップ(3)を経てプローブに付着した溶媒に抽出された目的成分に大気圧下で電圧を印加し、エレクトロスプレー現象により目的成分をイオン化させる。イオン化された液滴は、質量分析装置によって同定される。使用する質量分析装置は、タンデム型であってもよい。
【0041】
前記構成の質量分析装置を用いれば、ESI法やMALDI法とは異なり、ある程度の時間を要する分離工程や分析者にとって煩雑な前処理を行うことなく、検体中の目的成分の検出や濃度測定を好適に行うことができる。また、検体中の目的成分、例えば一般的なGC/MSやLC/MSでは測定が困難な高極性化合物についても、高い定量精度で分析することが可能である。
【0042】
次に、本発明の例示的な実施形態について、例を参照しながら詳細に説明するが、本発明の範囲はかかる例によって限定されるものではない。
【0043】
[例1]
<プローブの塗布方式>
プローブの塗布時に使用するスラリーの調整方法は以下の通りである。
ポリアクリロニトリル(PAN)のジメチルホルムアミド(DMF)中7%(重量/体積)混合物を調整し、これをコーティングバインダーとする。続いて、親水性-親油性バランス粒子(HLB)(粒径:1μm)9.2%、コーティングバインダー(PAN)87.9%、グリセロール2.8%の組成を有するスラリーを調製した。負に帯電したポリアクリロニトリルは、高分子(タンパク質など)の結合を最小限に抑え、低分子である目的成分の抽出相への選択的な透過を可能にする。
【0044】
前記スラリーに用いるHLB粒子は、以下の方法で調整した。
ジビニルベンゼンとN-ビニルピロリドンモノマーを用いてHLB粒子を調製した。最終粒子に存在する官能基の量を元素分析で測定したところ、合成方法と意図する用途に応じて、1グラムあたり200から700mの範囲の表面積を持つケトン基を持つN-ビニルピロリドンが20から25%存在することがわかった。PESI用途では、表面積200m/g、N-ビニルピロリドン20%のHLB粒子を使用した。所望の粒子径を有するHLB粒子を形成する方法としては、例えば、膜分離、遠心分離、超音波分離などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0045】
さらに、プローブについては、前記の方法で調整したスラリーを塗布する前工程において、以下のようにエッチングを行った。
PESIプローブを希釈したHCl(7.4%)に浸し、ウォーターバスソニケーターの上に15分間放置した。次に、プローブを水に浸し、ウォーターバスソニケーターの上に20分間置いた。続いて、プローブをMeOHに浸し、ウォーターバスソニケーターに20分間置いた。その直後、プローブを熱で乾燥させた。
【0046】
エッチングされたプローブに調整スラリーを塗布する際の具体的な手順は以下の通りである。
1)PESIプローブの先端が塗工液の表面にわずかに触れるように位置決めする。ディップコーターモーター(Thorlabs Inc.(MTS50/M-Z8E、50mm))を使用し、PESIプローブの位置がコーティングスラリーの表面にわずかに触れるように調整する。プローブの先端が塗布スラリー表面にわずかに触れているかどうかは、2つの電極間の回路が完成するとノイズが発生するセンサーを取り付けた2つの電極で確認した。電極はワニ口クリップで、片方のクリップをPESIプローブに、もう片方のクリップを治療用針に取り付けてスラリーに浸漬した。
2)PESIプローブを1、2、4mmのいずれかに浸漬し、以下のパラメータを設定した。
速度=2.4mm/s、加速度=1.5mm/s、jog Step=0.5mm
3)プローブを一旦前記の規定距離まで下降させた後、直ちにコーティングスラリーの上方18mmまで上昇させた。PESIプローブの上昇に使用したパラメータは、PESIプローブの浸漬に使用したパラメータと同じである。
4)PESIプローブをコーティングスラリーから上昇させた後、直ちに90℃のオーブンに20秒間放置した。
5)所望のコーティング厚さ(この場合、プローブのコーティング部分の直径はおよそ150μm(コーティング厚さ≒6.5μm))を満たすまで前記ステップ2から4を繰り返した(通常、所望のコーティング厚さとそのコーティング厚さを得るために必要なコーティング回数は一定である)。
【0047】
次に、本開発による解析方法のステップの一例について説明する。
<解析条件>
1.試料の種類
検体の種類:血漿(乱用薬物(以下、DoAと略す)
対象成分ブプレノルフィン、コデイン、ジアゼパム、フェンタニル、ロラゼパム、ノルジアゼパム、オキサゼパム、プロプラノロール
2.解析ステップとパラメータ
1)試料を抽出相ポリマーに吸着させるステップ(ステップ(1))
サンプル30μL、18±2°Cに設定
吸着時間:60分
2)プローブに溶媒を付着させるステップ(ステップ(2)、(3))
溶媒の構成:イソプロパノールと水(1:1の割合)および0.1%ギ酸
プローブが溶媒に付着する回数:73
プローブストップ位置(プローブストップ初期位置からの距離):-44mm
溶媒位置(プローブ初期停止位置からの距離):-46mm
試料を抽出相に付着させる時間:50/MS
プローブ駆動速度:250mm/s
プローブドライブの加速度:1G
サイクル:12.04Hz
3.プローブへの電圧印加ステップ(ステップ(6))。
プローブに印加される電圧の大きさ:2.3kV
イオン化の繰り返しの回数:73
イオン化時間(プローブに電圧を印加する時間):200/MS
イオン化位置(プローブ初期停止位置からの距離):-37mm
溶媒位置(プローブ初期停止位置からの距離):-46mm
プローブ駆動速度:250mm/s
プローブドライブの加速度:0.63G
サイクル:2.48Hz
【0048】
4.質量分析
質量分析計:タンデム質量分析計
定量的な測定方法:多重反応モニタリング(MRM)
MRMパラメータ
表1:質量分析計のパラメータ
表2:その他の質量分析パラメータ
【0049】
【表1】
【0050】
【表2】
【0051】
分析は、例えば以下のようなステップで行った。
1.血漿濃度が1、5、10、25、50、75および100ng/mLの試料を試料容器に添加した。
2.これらのサンプル容器には、さらに10ng/mLの内部標準物質が添加した。
3.これらの試料容器に入れた試料を4℃の冷蔵庫で1日保管し、血漿蛋白を適宜結合させた。
4.これらの試料容器に入った試料を冷蔵庫から取り出し、室温に温度調整を行った。
5.洗浄液(体積比でメタノール(以下、「MeOH」という)/アセトニトリル(以下、「ACN」という)/イソプロパノール(以下、「IPA」という)=2/1/1)で15分間洗浄した後、前記方法でコーティングしたプローブをコンディショニング液(体積比でMeOH/HO=1/1)で15分間インキュベートした。
6.各試料容器にプローブを挿入し、室温で1時間放置することで、プローブを覆う抽出相(HLB粒子)に試料物質が吸着された。
7.抽出相領域を含むプローブをHOで約3秒間洗浄した。
8.IPA/HO=1/1(体積比)+0.1質量%のギ酸を添加した溶媒10μLを容器内に収容し、質量分析計の溶媒位置に配置した。その後、プローブをプローブ停止位置から溶媒位置へ移動させ、溶媒をプローブに付着させた。50ms経過後、プローブをプローブ停止位置まで移動させた。このような処理を73回繰り返し、所望の量の溶媒をプローブに付着させることができた。
9.抽出相に付着した各試料物質がプローブに付着した溶媒から脱離した後、プローブに2.3kVの電圧を200ms印加し、溶媒中に溶出した各試料物質をイオン化した。その後、プローブを溶媒の位置に移動させ、プローブに溶媒を付着させた。その後、プローブを溶媒の位置に移動し、溶媒をプローブに付着させ、再びイオン化位置に移動し、電圧を印加した。このようにして、各血漿試料をイオン化した。このような処理を73回繰り返した。
10.質量分析計により、前記表1および表2に記載のパラメータにより、2.48Hzの周期で質量分析を行った。
【0052】
<分析結果>
1から100ng/mLの範囲となるように検体物質を添加した30μLの血漿を抽出し、補正した標準曲線を作製した。フェンタニルおよびノルジアゼパムの定量限界(LLOQ)は1ng/mLであった。また、ブプレノルフィン、コデイン、ロラゼパム、ジアゼパムおよびプロプラノロールのLLOQは5ng/mL、オキサゼパムのLLOQは10ng/mLであった。
QC値のロラゼパム30ng/mL以外の化合物では、日内精度は80から120%の範囲であった。QCレベルのロラゼパム30ng/mLの日内精度は122%であった。
さらに、すべての化合物の日内精度が15%未満であり、QCレベルのロラゼパム(16%)とQCレベルのオキサゼパム(27%)の90ng/mL以外の化合物の日内精度は15%未満であった.
【0053】
図3は、前記の方法と従来のPESI法を用いて同一条件下で血漿を分析した比較結果である。
従来のPESI法は、以下のステップで実施した。
1.血漿30μLにMeOH270μLを加え、ボルテックスする。
2.卓上型遠心分離機を用い、14、000rpmで10分間遠心分離する。
3.上清を取り、水とギ酸で希釈し、50%MeOHと0.1%ギ酸にする。
4.DPiMS-8060のソースにプローブを入れ、その後サンプルプレートに10μLのサンプルを入れた。
また、前記方法における分析対象物のピーク面積の計上は、従来のPESI法の約500倍である。このことから、前記方法は、従来のPESI法よりもさらに測定感度が向上していることが推察される。
【0054】
前記の方法により、例えば、ある程度の時間を要する分離工程や、分析者にとって煩雑な工程を要する前処理を行うことなく、検体中の目的成分の検出や濃度測定が行われる。その結果、分析時間を短縮することができ、分析者の負担を大幅に改善することができる。
さらに、高極性化合物など検体中の目的成分に対して、適切な抽出相ポリマーを選択することで、高い定量精度で分析することができる。
さらに、抽出相がコーティングされたプローブを製造し、前記のPESIに用いるので、前記の方法を好適に実施することができる。
【0055】
[例2]
例2では、高分子材料でコーティングされた市販のPESIプローブとDPiMS-8060インターフェースを用いたSPME-PESI-MS/MSの適用を行った。プローブの開発は、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)中の乱用薬物を用いて試験され、その後、少量の血漿中の乱用薬物を検出するためのものが開発された。
【0056】
LC-MSグレードのアセトニトリル(ACN)、イソプロパノール(IPA)、メタノール(MeOH)および水(HO)を使用した。FA、塩化ナトリウム、塩化カリウム、リン酸カリウム一塩基、リン酸ナトリウム二塩基、塩酸、HPLCグレードのMeOHはSigma Aldrich(Oakville、ON、Canada)から購入した。次の化学物質は、特に1.3μm HLB粒子の合成のためにSigma Aldrich(Oakville、ON、Canada)から購入した。ジビニルベンゼン、N-ビニルピロリドン、および2、2-アゾビス(イソブチロニトリル)、分析標準物質とその重水素化アナログはCerilliant Corporation(RoundRock、TX、USA)から購入した。ブプレノルフィン、コデイン、ジアゼパム、フェンタニル、ロラゼパム、ノルジアゼパム、プロプラノロール、ブプレノルフィン-d、コデイン-d、ジアゼパム-d、フェンタニル-d、ロラゼパム-d、ノルジアゼパム-d、プロプラノロール-d、標準物質の重水素化アナログは、該当する場合、IS補正に使用した。ただし、オキサゼパムは例外で、ノルジアゼパム-dが内標準物質として使用された。抗凝固剤としてKEDTAを使用した凍結、プールされた性別、非フィルターのヒト血漿は、Bioreclamation IVT(Westbury、NY、USA)から購入した。
【0057】
メタノール標準液は、以下の表2.1に示す分析物のマスタースタンダードから調製し、PBSまたは血漿のサンプルに最大1%の有機標準液のみがスパイクされるような濃度で調製した。これは、コーティングされたプローブと試料の間の平衡定数に測定上影響を与えるマトリックスの変化を防ぐためである。
【0058】
PESIプローブのディップコーティングには、Thorlabs Inc.(Newton、MA、USA)製のモーター付き自作ステージ(MTS50/M-Z8E、50mm)を使用した。
【0059】
LC-MS/MS実験は、Shimadzu LC-30AD 液体クロマトグラフィーシステム付きのShimadzu LCMS 8060 トリプル四重極質量分析計を使用して実施した。
LC-MS/MS実験で分析物を定量するために使用した選択した反応モニタリング遷移の詳細情報は、表2.1に記載した。
LC-MS/MS法に関するその他の実験条件は、表2.2および表2.3に記載した。
オートサンプラーは4°Cに保温され、PBSまたは血漿抽出試料をそれぞれ3μLまたは6μL注入するために使用した。分離には、Phenomenex社(Torrance、CA、USA)から直接購入したPhenomenex Kinetex PFPカラム(2.1×100mm、1.7μm粒子サイズ)を使用した。カラムオーブンは35°Cに保温し、流速は300μL/minで使用した。移動相Aは水、移動相BはMeOH/ACN(v/v、7/3)で、両移動相とも0.1%のギ酸を含んでいた。グラジエントは10%Bで1.0分、7.0分まで100%Bに直線的に傾斜させ、9.0分まで100%Bで保持した。9.2分に10%Bに戻し、11.0分まで再平衡化した。
【0060】
【表2.1】
【0061】
【表2.2】
【0062】
【表2.3】
【0063】
SPME-PESI-MS/MS実験は、Shimadzu DPiMS-8060インターフェース(京都、日本)と、Shimadzu LCMS 8060(京都、日本)トリプル四重極質量分析計を用いて実施した。装置の詳細および最適化されたDPiMS-8060インターフェースとMS/MSパラメータは、表2.1、表2.4、および表2.5に記載した。サンプル位置での停留時間は50ms、イオン化位置での停留時間は200msであった。プローブがイオン化位置にあるとき、2.3kVのインターフェース電圧を印加した。1試料あたりの総取得時間は0.56分とした。
【0064】
【表2.4】
【0065】
【表2.5】
【0066】
ポリアクリロニトリル(PAN)のジメチルホルムアミド(DMF)中7%(重量/体積)溶液を調製し、これをコーティングバインダーとした。次に、1.3μmHLB粒子9.2%、コーティングバインダー87.9%、グリセロ-ル2.8%の組成のスラリーを調製した。PESIプローブを希塩酸(7.4%)中で15分間超音波処理し、エッチングした。その後、水中で20分間超音波処理を行い、さらにLCグレードのMeOHで20分間超音波処理を行った。エッチングされたプローブは、125°Cの対流式オーブン中で乾燥され、エッチングと同じ日にコーティングされた。エッチングされたPESIプローブは、自社製のステージを使用してHLB-PANスラリーをディップコーティングした。プローブの先端は2mmの長さでコーティングされ、90°Cの対流式オーブンで乾燥させた。このコーティング工程は、コーティングの厚みが6.5μmになるまで繰り返された。コーティングされたPSEIプローブを抽出に使用する前に、MeOH/ACN/IPA(v/v/v 2/1/1)混合液で15分間洗浄し、次にMeOH/HO(v/v 1/1)で15分間コンディショニングした。
【0067】
例2で行ったすべての実験では、サンプルとして10ng mL-1の標準物質をスパイクしたPBSの300μLの一部溶液を使用した。抽出と脱離の間に、プローブをHOで3秒間洗浄し、空気乾燥させた。また、すべての実験で、その後のLC-MS/MS分析のための脱着液として50μLのMeOH/ACN(v/v 4/1)を使用した。抽出と脱着はすべて静置し、室温で行った。
【0068】
PBS中のコーティングされたPESIプローブのETPは、以下の抽出時間で3回行った。10分、30分、60分、90分、120分。抽出の後、HOで3秒間洗浄し、30分間脱着した。
【0069】
PBS中のコーティングされたPESIプローブの脱着時間プロファイル(DTP)は、最適な抽出時間を用いて抽出することで構築された。その後、以下の脱着時間帯で3回テストした。10分、30分、45分、60分、75分。その後、2回目の脱着を1回目の直後に新しい脱着溶媒で75分間実施した。2回目の脱着は、分析物のキャリーオーバーを評価するために使用された。
【0070】
プローブ内再現性は、最適化された抽出・脱離条件を用いて、コーティングされたPESIプローブの抽出と脱離を5サイクル行うことで試験した。プローブ間再現性は、プローブ内再現性試験で得られたプローブを抽出と脱着サイクルでグループ化することにより求めた。
【0071】
例2では、サンプルとして10ngmL-1の標準品をスパイクした300μLPBSを用いて、室温で90分間の静置抽出を行った。抽出後、HOで3秒間洗浄し、コーティングされたPESIプローブを空気乾燥させた。
【0072】
SPME-PESI-MS/MSの脱着液は、乾燥抽出したプローブをDPiMS-8060のインターフェースに設置し、脱着液10μLをサンプルプレートに塗布することで最適化した。最後に、SPME-PESI-MS/MSを行った。テストした脱着溶液は、水と0.1%ギ酸を含む有機溶媒の比率を変化させた。使用した有機溶媒はACN、IPAおよびMeOHである。
【0073】
SPME-PESI-MS/MSによるコーティングPESIプローブの枯渇をテストするために、コーティングPESIプローブの抽出、洗浄、乾燥後に、以下の3つの異なるシナリオを使用した。
1)コーティングされたPESIプローブは、LC-MS/MS分析のために50μLMeOH/ACN(v/v 4/1)に30分間静置脱着された。
2)コーティングされたPESIプローブは、最適化された脱着溶媒10μLを使用してSPME-PESI-MS/MSに用いた。その後、コーティングしたPESIプローブを50μL MeOH/ACN(v/v 4/1)に30分間静置脱着して、LC-MS/MS分析を行った。
3)コーティングされたPESIプローブは、最適な脱着溶媒を使用してSPME-PESI-MS/MSに2回連続で使用された。その後、50μL MeOH/ACN(v/v 4/1)に30分間静置脱着し、LC-MS/MS分析を行った。
【0074】
血漿に分析物をスパイクした全ての試料は、血漿と十分に結合させるため、4℃の冷蔵庫で一晩培養した。
【0075】
コーティングされたPESIプローブの抽出時間プロファイルは、10ngmL-1の標準物質をスパイクした30μL血漿の一部溶液を用いて、以下の時点の静的抽出を実施した。10分、30分、45分、60分、75分および90分。抽出後、3秒間洗浄し、50μL MeOH/ACN(v/v 4/1)で30分間静置脱着し、LC-MS/MS分析を行った。
【0076】
SPME-PESI-MS/MSを用いて、血漿30μLを10ngmL-1の内部標準物質で抽出し、以下の濃度の標準物質で検量線を得た。1、5、10、25、50、75、100ngmL-1。精度と正確性は、以下の濃度の標準物質を血漿に添加した3種類のQCレベルで測定された。3、30および90ngmL-1。キャリブレーションレベルおよびQCレベルごとに5つの複製を使用した。
【0077】
最初の主要な目的は、PESIプローブのコーティングの再現性を調査することであった。プローブ内外の再現性を調べる前に、FTPとDTPを実施し、十分なシグナルが得られることと、分析物のキャリーオーバーが最小限に抑えられることを確認した。最初のFTPでは、攪拌を試みたが、再現性が低かったため、静的抽出と脱離を行った。これは、コーティングされたPESIプローブがサンプルや脱離溶媒に接触するのを制御できないためと考えられる。10ngmL-1の標準物質を添加したPBSから、10~120分の範囲で静置抽出を行い、FTPを測定した。
FTPは図4に示されており、この結果に基づいて、化合物が平衡に達していないにもかかわらず、最適な抽出時間として90分が選択された。90分の静置抽出は、高感度を達成しつつ、プローブ間およびプローブ内の再現性を実用的な時間枠で実現するために、連続5回の抽出と脱着サイクルを完了できる最適な時間として使用された。DTPは、スパイクされたPBSを90分間静置抽出した後、以下の時間帯、10分、30分、45分、60分および75分に脱離することにより測定した。分析物のキャリーオーバーを評価するために、2回目の静的脱離を行った。脱着時間プロファイル実験の結果、すべての分析物が10分で定量的に脱着されることがわかった。しかし、キャリーオーバー試験では、プロプラノロールとブプレノルフィンがそれぞれ5.0%と5.3%と比較的高いキャリーオーバー率を示した以外は、すべての化合物が3.5%以下のキャリーオーバー率であることが示された。したがって、すべての化合物のキャリーオーバーが3.2%以下となる、30分の脱着時間が最適な脱着時間であると判断された。
図4は、PBS中の乱用薬物の抽出時間プロファイルである。(A)ブプレノルフィン、(B)コデイン、(C)ジアゼパム、(D)フェンタニル、(E)ロラゼパム、(F)ノルディアゼパム、(G)オキサゼパム、および(H)プロプラノロールが含まれている。300μL PBS(標準物質10ngmL-1をスパイク、N=3)に対して、以下の時点、10分、30分、60分、90分および120分の抽出を静的に実施した。脱着は、50μLのMeOH/ACN(4/1 v/v)を用いて60分間静置して行った。分析は、LC-MS/MSで行った。
【0078】
プローブ内再現性は、抽出時間90分、脱着時間30分で、連続5回の抽出と脱着サイクルで実施した。プローブ内再現性は、コーティングされたプローブの安定性とプローブの再利用性を観察するために使用された。表2.6に示すように、プローブ内再現性は良好であった。プローブ内再現性の良さは、相対標準偏差(RSD)が10%以下の場合が34件、10~15%の場合が4件、15~20%の場合が2件であったことから実証された。プローブ間再現性は、プローブ内再現性の結果を抽出と脱着サイクルでグループ化することにより求めた。プローブ間再現性の結果は、表2.7に示すように、エッチングおよびコーティングプロセスの良好な再現性を示している。良好なプローブ間再現性は、RSDが10%以下の場合が26件、10~15%の場合が11件、15~20%の場合が6件、RSDが21%の場合が1件であることで示された。類似装置であるSPMEミニチップと比較した場合、プローブ間およびプローブ内の再現性は、当該文献値と同等またはそれ以下であった。Vasiljevicらは、200ngmL-1のジアゼパム、ノルジアゼパム、オキサゼパムおよびロラゼパムを用いて、5回の抽出と脱着サイクルのRSDを評価し、SPMEミニチップのチップ内再現性を評価した。SPME-miniチップでは、前記化合物の2.1RSD20回のうち、10%以下だったのは7回だけであった。一方、コーティングされたPESIプローブでは、化合物のRSDは20個中18個が10%以下であった。SPMEミニチップのチップ間再現性テストでは、ジアゼパム、ロラゼパム、ノルジアゼパムおよびオキサゼパム間の最小RSDは18%であったが、コーティングされたPESIプローブでは、前記化合物のRSDは16%と最も高い値であった。
【0079】
【表2.6】
【0080】
【表2.7】
【0081】
前記のFTPによるSPME-PESI-MS/MSの抽出条件を最適化した上で、SPME-PESI-MS/MSの脱着溶媒を最適化した。以下、ACN/H2O(v/v 9/1)、ACN/H2O(v/v 7/3)、ACN/H2O(v/v 1/1)、IPA/H2O(v/v 9/1)、IPA/H2O(v/v 7/3)、IPA/H2O(v/v 3/2)、IPA/H2O(v/v 1/1)、IPA/H2O(v/v 2/3)、MeOH/H2O(v/v 9/1)、MeOH/H2O(v/v 7/3)、およびMeOH/H2O(v/v 1/1)の脱着溶媒をテストした。前記のすべての溶媒には、改質剤として0.1%FAを添加した。
図5は、これらの実験の結果を正規化した面積カウントを用いて示している。面積カウントは、特定の化合物のすべての脱離溶媒の面積カウントを、最も高い平均面積カウントを与えた脱離溶媒で割ることによって正規化された。ACN/HO(v/v 9/1)、ACN/HO(v/v 7/3)、ACN/HO(v/v 1/1)、およびIPA/HO(v/v 9/1)のデータは図5に含まれていない。
これらのデータポイントは、これらの脱着溶媒を使用した場合のスプレーイベントの発生に一貫性がないため、除外された。脱着溶媒IPA/HO(v/v1/1)+0.1%FAは、8種類の化合物すべてで最高の面積カウントを得たため、最適な脱着溶媒として選択された。
CBSのようなSPMEベースのアンビエント質量分析技術とは異なり、使用される有機溶媒はMeOHと比較してIPAであった。ピックアンドスプレー方式でコーティングされたPESIプローブに適用される脱着溶媒の量は、脱着溶媒の表面張力と粘性に大きく影響される。表面張力と粘度の増加は、PESIプローブ表面に吸着保持される試料の量の増加と正の相関がある。また、脱着溶媒は、SPMEPESIプローブのコーティングを十分に濡らし、コーティングから脱着溶媒への分析物の移行を十分に行えるものでなければならない。
【0082】
図6には、SPME-PESI-MS/MSとPESI-MS/MSのエレクトロスプレーパターンの違いを示したものである。コーティングされていないPESIプローブの場合、シグナルの高さはほぼ一定である(図6C)。サンプルプレートにスパイクされた分析物をサンプリングしたときのコーティングされたPESIプローブのシグナル高さは、コーティングされていないPESIプローブと同様に、9秒台までシグナル高さの増加を示し、その後、シグナル高さは一定である(図6B)。SPME-PESI-MS/MSの実行中、スパイクされたPBSを抽出すると、シグナルの高さが減少する(図6A)。図6のAにおけるこの減少の仮説は、コーティングされたPESIプローブ上に抽出された分析物の著しい枯渇がSPME-PESI-MS/MS中に起こったというものである。
【0083】
図6は、フェンタニル(m/z 337.2)の選択イオンモニタリングによるピーク高さを示している。
(A)コーティングされたPESIプローブは、10ngmL-1フェンタニルをスパイクした300μLのPBSを90分間静的抽出し、その後、HOで3秒間洗浄した。次に、コーティングされたプローブは、SPME-PESI-MS/MSによってPESIサンプルプレートに適用された10μLのIPA/HO(1/1v/v)+0.1%FAを用いて脱離した。
(B)コーティングされたPESIプローブは、PESI-MS/MSにおいて10μLのIPA/HO(1/1 v/v)+0.10ngmL-1フェンタニルをサンプルプレートに適用した1%のFAをスパイク;および(C)10μLのIPA/HO(1/1 v/v)+10ngmL-1フェンタニルをスパイクした0.1%のFAをサンプルプレートに塗布しPESI-MS/MSに未改造PESIプローブが使用された。
【0084】
抽出したコーティングPESIプローブがSPME-PESI-MS/MSで著しく脱着されるかどうかというこの仮説を、スパイクしたPBSサンプルの抽出と、LC-MS/MSのための直接脱着、SPME-PESI-MS/MS1回の実行とLC-MS/MSでの脱着、SPME-PESI-MS/MS2回連続実行とLC-MS/MSでの脱着という3種類のシナリオのいずれかによってテストした。この実験の結果は、表2.8で脱離率として示されている。
脱離率は、SPME-MS/MS実験を行わずにLC-MS/MSのために直接脱着したコーティングされたプローブによって与えられた面積カウントに対する相対値で表される(式1)。1回のSPME-PESI-MS/MS実行で、与えられた化合物の少なくとも45%の脱離が確認された。興味深いことに、2回の連続したSPME-PESI-MS/MS実行は、1回のSPME-PESI-MS/MS実験と比較して、より大きな脱離率を示さない。脱離率は比較的似ている。1回のSPME-PESI-MS/MS実験を通して、シグナルの高さが急激に減少しているのは、実験の進行に伴いコーティング上の分析物が減少したためであると思われる。これは、表2.9にも示されており、2回目の連続したSPME-PESI-MS/MSランにおける面積カウントの減少が、式2によって計算された最初のSPME-PESI-MS/MSランの面積カウントに対して表されている。すべての分析対象物は、2回目のSPME-PESI-MS/MSランで面積カウントが少なくとも77%減少していることがわかる。このことは、1回コーティングされたPESIプローブは、SPME-PESI-MS/MSおよびそれに続くLC-MS/MSによるスクリーニングおよび確認分析に用いることができないことを意味している。
【0085】
【表2.8】
【式1】
【0086】
【0087】
【表2.9】
【式2】
【0088】
【0089】
図6のAで示したSPME-PESI-MS/MSの信号の形状は、1回のピックおよびスプレーでは分析物の完全な脱着ができないためである。コーティングから脱着溶媒への分析物の脱着は分配プロセスであり、平衡状態において以下の式が適用される。
【式3】
【0090】
【式4】
【0091】
【0092】
式3から、コーティングされたPESIプローブから脱着する分析物の割合、Elu、は、コーティング体積、Vf、が一定のコーティングPESIプローブを使用した場合、脱離溶媒体積、Ve、によって大きく規定される。この式から、LC-MS/MS分析では、コーティング体積に比べて脱離溶媒の体積が比較的大きいため、ほぼすべての分析対象物が脱離溶媒に脱着されることになる。SPME-PESI-MS/MSの場合、1回のピックアンドスプレーで脱着されるのはごく一部の成分のみである(式4)。SPME-PESI-MS/MSで吸着した脱離溶媒の量は、おそらくPESI-MS/MSで吸着したサンプルの量と同じ範囲であり、PLレンジである。このことは、コーティングされたPESIプローブの各ピック&スプレーが、SPME-PESI-MS/MSでの連続使用とその後のLC-MS/MSランでのシグナルの両方について観察可能なシグナルを有することを説明する。SPME-PESI-MS/MSのためのわずか数回のピックアンドスプレーサイクルにおけるピーク面積およびピ-ク高さの減少は、式4で記述されるように、ピックアンドスプレーサイクル間でピックした脱離量が一定であれば、コーティングされたPESIプローブ上に残る分析物のモルに関連づけることができる。その後の脱着は、コーティングされたPESIプローブに残留する分析物のモル数が少なくなるため、脱離溶媒中の分析物濃度、Ce、も減少することになる。
【0093】
次に、SPME-PESI-MS/MSを少量の血漿中の乱用薬物の定量に適用した。血漿を使用する目的は、複雑なマトリックスから分析物を定量することである。マトリックスの成分は分析物と結合し、たとえ適量の抽出であってもイオンサプレッションを引き起こす可能性がある。30μLのスパイク血漿のFTPを実施したところ、ほとんどの化合物がこの時点で平衡に達したため、図7に示すように最適時間60分以内に結果が得られた。
図7は、少量の(A)ブプレノルフィン、(B)コデイン、(C)ジアゼパム、(D)フェンタニル、(E)ロラゼパム、(F)ノルジアゼパム、(G)オキサゼパムおよび(H)プロプラノロールの血漿サンプルからの乱用薬物のLC-MS/MSによる抽出時間プロファイルを示したものである。
【0094】
その後、1レベルあたり5反復の7種類の検量線が構築された。構築された検量線は、1/xの係数で重み付けされた。表2.10に最良適合直線の係数を、表2.11に必要なその他の数値を示す。
図8は8種類の乱用薬物の検量線である。日内および日間の精度および正確さは、低、中、高(3、30、90ngmL-1)の3つのレベルを用いて、各レベルに5回繰り返し測定して評価した。
図8は、血漿の少量サンプル、(A)ブプレノルフィン、(B)コデイン、(C)ジアゼパム、(D)フェンタニル、(E)ロラゼパム、(F)ノルジアゼパム、(G)オキサゼパムおよび(H)プロプラノロール、から乱用薬物を抽出し、SPME-PESI-MS/MSで分析した検量線である。検量線は直線性を示し、Rはすべて0.9800以上、Rは0.9900以上を示す検量線が6本あった。乱用薬物のLOQは、S/N比が10以上の最も低い検量点を決定することで算出した。ノルジアゼパムとフェンタニルのLOQは1ngmL-1であった。ブプレノルフィン、コデイン、ジアゼパム、ロラゼパム、プロプラノロールのLOQは5ngmL-1であった。オキサゼパムのLOQは10ngmL-1であった。それぞれのLOQを超える濃度では、すべての化合物で日内予測値が15%未満であった。
日間精度はそれぞれ16%および27%であった中濃度のロラゼパムと高濃度のオキサゼパムを除き、すべての化合物で15%以下であった。また、LOQ以上の濃度では、中程度のロラゼパムが122%であった以外は、すべての化合物で80~120%の精度が得られた。
【0095】
【表2.10】
【0096】
【表2.11】
【0097】
例2では、最初の調査として、どの脱離溶媒が最良のシグナルを与えるか、またこれらに影響を与える要因を検討した。第2の調査は、SPME-PESI-MS/MSが抽出されたプロ-ブを枯渇させることを証明し、イオンクロマトグラムが減衰曲線の形状に類似する理由を探究することであった。3つ目の調査は、SPME-PESI-MS/MSを使用して検量線を作成できるかどうかを証明することであった。
その後、SPME-PESI-MS/MSは、前処理工程を追加することなく少量の血漿から乱用薬物を分析することに使用できた。R値で測定した直線性は、8種類の乱用薬物のうち6種類で0.9900を超え、残りの2種類では0.9800を超えるR値が観察された。フェンタニルおよびノルジアゼパムのLOQは1ngmL-1であり、ブプレノルフィン、コデイン、ジアゼパム、ロラゼパムおよびプロプラノロールのLOQは5ngmL-1であり、オキサゼパムのLOQは10ngmL-1であった。
【0098】
[例3]
SPME-PESI-MS/MSにより、遊離濃度またはPPBが得られる。この技術を使用する根拠は2つある。第一の理由は、例えばCBSのような他のSPMEベースのAI/MS技術では、薬物とマトリックスの間の均衡を乱すような、より大きな抽出相を使用するためである。ほとんどのSPMEベースのAIMS技術では、ごくわずかな量の治療薬を抽出するために必要なサンプル量(回収率1%未満)は、一般に臨床例では実用的でない。SPME-PESI-MS/MSの場合、コーティングは比較的小さいため、これまでの研究結果によれば、サンプルから標的薬剤が枯渇する可能性は低くなる。次に、ナノESIエミッターを使用して小さなSPMEファイバーを直接/MSに結合させることは、目詰まりの可能性がある。一方、SPME-PESI-MS/MSは目詰まりの心配がない。AIMSによるPPBの測定は、本論文の執筆中であり、まだ論文として報告されていない。
【0099】
LC-MSグレードのACN、IPA、MeOH、HOはFisher Scientific(Bartlesville、OK、USA)から直接購入した。FA、塩化ナトリウム、塩化カリウム、リン酸カリウム一塩基、リン酸ナトリウム二塩基、塩酸、HPLCグレードのMeOHはSigma Aldrich(Oakville、ON、Canada)から購入した。次の化学物質は、特に1.3μmHLB粒子の合成のためにSigma Aldrich(Oakville、ON、Canada)から購入した、ジビニルベンゼン、N-ビニルピロリドン、および2、2-アゾビス(イソブチロニトリル)である。ジアゼパムおよびジアゼパム-dは、Cerilliant Corporation(RoundRock、TX、USA)から購入した。抗凝固剤としてKEDTAを用いた凍結プール性、非濾過ヒト血漿は、Bioreclamation IVT(Westbury、NY、USA)から購入した。
【0100】
ジアゼパムおよびジアゼパム-dの原液からメタノ-ル系の作業標準液を調製した。血漿およびPBSサンプルは、有機ワーキングスタンダードを1%以上添加しないようにスパイクした。これは、コーティングされたプローブとサンプル間の平衡定数または分析対象物の血漿タンパク質結合のいずれにも測定上影響を与える可能性のあるマトリックスの変化が生じないようにするためである。ワーキングスタンダードは-80°Cで保管した。すべての血漿検体に分析物を添加した後、血漿と十分に結合させるために4°Cで最低12時間培養した。
【0101】
PESIプローブのディップコーティングには、Thorlabs Inc.(Newton、MA、USA)製のモーター付き内製ステージ(MTS50/M-Z8E、50mm)を使用した。静置抽出の際に温度を37°Cに維持する場合は、VWR Thermal Shake Touchベンチトップ攪拌機を使用した。抽出前に、血漿またはPBSを37°Cに加温し、ベンチトップ型攪拌機で攪拌しない状態で30分放置した。
【0102】
例3のLC-MS/MSの装置および方法は、例2と同様である。唯一の変更は、ジアゼパムおよびジアゼパム-dのトランジションのみを使用したことである。PESIプローブのコーティング手順については、前記の例2を参照されたい。
【0103】
PBSまたは血漿中のコーティングされたPESIプローブのFTPは、10ngmL-1のジアゼパムをスパイクした1.5mLの一部溶液を37°Cに保持し、以下の時点の静置抽出を3回行い測定した。10分、30分、45分、60分、75分および90分。抽出後、プローブをHOで3秒間洗浄し、50μLのMeOH/ACN(v/v 4/1)で30分間静的脱着した。その後、抽出物をLC-MS/MSで分析した。PPBは、以下の式で算出した。
【式5】
【0104】
【0105】
1.5mLのPBSに濃度、0.05、0.1、0.25、1、5、10および25ngmL-1のジアゼパムを添加し、37°Cで60分間の静置抽出を行い、IS補正と1/xの重み付けをした検量線を作成した(N=5)。25ngmL-1のジアゼパムを添加した1.5mLの血漿(N=5)も前記抽出条件で分析した。抽出後、HOで3秒間洗浄した後、風乾した。乾燥したプローブは、10μLのIPA/HO(v/v 1/1)+0.1%FAを用いてSPME-PESI-MS/MSに使用された。PBS抽出物から構築した検量線を用いて、式5により血漿試料からのジアゼパムの遊離濃度を算出した。
【0106】
SPME-PESI-MS/MSによる実験を開始する前に、コーティングされたPESIプローブによるヒト血漿中のジアゼパムのPPB測定能力をLC-MS/MSによって評価した。図9に示すように、LC-MS/MS実験からPBSと血漿のFTPが構築された。図9のAから、37°CにおけるPBSからのジアゼパムの静置抽出の平衡時間は約60分であった。図9のBから、37°Cにおける血漿からのジアゼパムの静置抽出の平衡時間は約30分であった。PBSおよび血漿からのジアゼパムの回収率は、装置検量線を用いて算出した60分時点のコーティングPESIプローブによる抽出量ngを、サンプルに添加したジアゼパムのngで割ることにより算出した。60分後のPBSおよび血漿からのジアゼパムの回収率は、それぞれ0.90%および0.015%であった。これは、サンプルの枯渇を防ぐために推奨される回収限界の1%を下回っている。サンプルからの分析対象物の枯渇は、マトリックス中の分析対象物の遊離濃度と結合濃度の間の「真の」平衡状態を変化させる可能性がある。これは、新しい平衡が実際の遊離濃度とPPBを反映しないため、最終的にPPBの不正確な決定につながる。LC-MS/MS分析で得られたジアゼパムのPPBは、時点60分、75分、90分においてそれぞれ98.4±0.5%、98.2±0.2%、98.4±0.2%であった。これは、機器校正から算出した抽出ジアゼパム濃度を用いて、式3により算出したものである。文献値と比較すると、ヒト血漿中のPPBは97~99%と報告されており、ほぼ一致している。
このことから、コーティングされたPESIプローブによるPPB測定が可能であることがLC-MS/MSにより確認された。したがって、SPME-PESI-MS/MSによるPPB実験が可能である。
【0107】
スパイクしたPBSをジアゼパムで抽出し、SPME-PESI-MS/MSで作成した検量線(図10)を用いて、同じ抽出時間で先の例2で算出したPPB98.4±0.5%と同程度の99.3±0.2%を算出した。検量線は、R0.9947、RSD<14%に基づく高い直線性を有していた。PPBの算出に使用した血漿とPBSからのジアゼパムの濃度は、図10からの線形回帰を用いて算出した。SPME-PESI-MS/MSによるジアゼパムのPPB算出値は、文献値97~99%の範囲内であった。
【0108】
SPME-PESI-MS/MSとLC-MS/MSで生成されたPPB値はそれぞれ99.3±0.2%と98.4±0.5%であり、報告文献値との一致度は97~99%である。したがってSPME-PESI-MS/MSはPPBを正確に算出し、ジアゼパムの遊離濃度を決定する有効なツールであることが証明された。したがって、SPME-PESI-MS/MSは、PPBを正確に算出し、ジアゼパムの遊離濃度を決定するための有効なツールであることが実証された。LC-MS/MS法と比較して、遊離濃度を決定でき、スループットが高く、ワークフロー時間が短いAIMSワークフローを実施できることは、総濃度の決定に依存する現在の治療薬モニタリング手法に代わる魅力的な選択肢となる。
【0109】
[例4]
例4では、タンパク質合成を阻害する広域抗生物質の一種であるアミノグリコシドを用いて、プローブのテストを行った。アミノグリコシドは一般に、図11に示すように、少なくとも2つのアミノ糖をグリコシド結合を介してアミノシクリトール環で連結していることが特徴である。これらの化合物は非常に親水性が高く、水溶性も高いため、最初に臨床的に使用された抗生物質の一つである。
しかし、蝸牛毒性、腎毒性、耳毒性、前庭毒性を有することから、毒性の低い抗生物質へと処方がシフトしていった。しかし、近年、多剤耐性菌の増加やアミノグリコシド系抗生物質の用法・用量に関する理解から、臨床での処方が増加する傾向にある。アミノグリコシド系抗菌薬は、臨床で使用される際には毒性副作用の軽減に役立つ一方、家畜用の動物用医薬品として広く使用されている。動物用医薬品は、現代の農業において、感染症の治療や感染予防のために使用されている。アミノグリコシドは動物用医薬品として誤用された場合、食品中に残留していることがある。このような残留レベルにもかかわらず、アミノ配糖体の毒性は人体へのリスクを有している可能性がある。アミノ配糖体の動物用医薬品としての誤用を規制するため、各国は理事会指令96/23/ECなどの規制のような、各国はこれらの化合物の使用を規制している。
【0110】
アミノ配糖体は代謝されない物質であるため、生物はその相当量を環境中に排泄している。病院や製薬会社からの排出、下水処理場での不完全な除去などの別の源もあり、農業や養殖業での広範囲な乱用など、環境中に相当量のアミノグリコシドを放出されている。水生環境、特に飲料水中に存在することは潜在的なリスクであると考えられている。様々な種類の水試料の品質の確保を確実とするために、水環境および排水中のアミノ配糖体の存在をモニタリングすることが重要視されている。水環境、特に排水中のアミノ配糖体の残存量をモニタリングすることで、アミノ配糖体の使用状況や細菌のアミノ配糖体耐性の上昇をよりよく理解することができる。一方、アミノ配糖体は親水性で水溶性のため、水環境中のモニタリングは困難な仕事である。臨床検体、食品、水の3分野すべてにおいて、アミノグリコシドの検出、モニタリングおよび定量が、目的に応じた分析法の開発を促している。
【0111】
アミノグリコシド系化合物の分析法は、その特性の組み合わせから、定性および定量的なモニタリングを行うことが困難である。発色団や蛍光団がないため、誘導体化処理を行わないとUVや蛍光のような検出器の使用が困難である。アミノ配糖体が持つ複数のアミノ基とヒドロキシル基は、高い親水性の原因となり、多座配糖体法への組み込みを難しくしている。
このことは、Desmarchelierらによって発表された一連の論文で強調されており、アミノグリコシドの定量には、他の動物用医薬品とは全く異なるサンプル調製と適切なスクリーニングのためのLCメソッドが必要であることが示されている。複数のアミノグリコシドをLC-MSで測定する場合、分離にはイオンペアリングまたは親水性相互作用液体クロマトグラフ(HILIC)を使用する傾向がある。
イオンペア試薬の欠点は、LC-MSからの除去が困難であること、通常揮発しないこと、イオンサプレッションを引き起こすこと、イオン源を封じ込めることなどが挙げられる。HILICカラムの欠点は、特にアミノグリコシドの適切な分離のためには、FAに加えて高濃度の塩が必要とされる双性イオンカラムの使用に起因する。このような欠点には、塩の沈殿につながる高濃度の塩の使用、アミノグリコシドの溶解度を低下させる高い有機溶媒比率、および長い平衡化時間などがある。
アミノ配糖体分析の場合、イオンペアリングとHILICの両方の欠点は、全体としてLC-MSシステムのメンテナンスの増加と操作可能な時間の減少につながる。これらの問題を克服するために、AIMSはアミノグリコシドの存在を判定するためのスクリーニングツールとして使用することができる。
クロマトグラフィーを使用せず、ワークフロー時間が短いため、高濃度の塩やイオンペア試薬を使用せず、LC-MSを用いたスクリーニング法よりも経済的な方法である。適切な感度を得るために、サンプル前処理として分析対象物の予備濃縮と抽出が行われる。
【0112】
例4では、水中のアミノグリコシドを定性的にスクリーニングするために、SPME-PESI-MS/MSを開発した。SPME技術によるアミノグリコシドの検出は、まばらである。アミノグリコシドは親水性であるため、特殊なコーティングが必要である。本研究では、PESIプローブのコーティングに窒素リッチな有機ポリマーを用い、水中のアミノグリコシドのスクリーニングのために様々なパラメータを最適化した。
【0113】
LC-MSグレードの化学物質はFischer Scientific(Bartlesville、OK、USA)から購入した。Acetone、ACN、IPA、MeOH、HO、試薬グレードのジメチルスフォキシド(DMSO)はSigma Aldrich(Oakville、ON、Canada)から購入した。酢酸、FA、塩酸、LCグレードMeOH、N、N-ジイソプロピルエチルアミン、第二リン酸カリウム、第一リン酸カリウム、酢酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、および水酸化ナトリウムはSigma Aldrich(Oakville、ON、Canada)から購入した。PESIプローブおよびサンプルプレートは、株式会社島津製作所(京都、日本)より寄贈された。
【0114】
以下の固体標準物質は、Sigma Aldrich(Oakville、ON、Canada)から直接購入した。アミカシン、アプラマイシン硫酸塩、ジヒドロストレプトマイシン硫酸塩、ハイグロマイシンB、ゲンタマイシン硫酸塩、カナマイシンA硫酸、シソマイシン硫酸、スペクトロマイシン硫酸、ストレプトマイシン硫酸、およびトブラマイシン、固体標準物質の単体マスターストックは、遊離塩基濃度が2mgmL-1となるように水に溶解して作製した。マスターストックは-20°Cで保存した。このマスタ-ストックを連続的に希釈し、100μgmL-1のアミノグリコシドのワーキングストックを作製した。なお、アミノグリコシドを含む標準品および試料は、ガラスとの吸着によるアミノグリコシドの損失を防ぐため、すべてポリプロピレン製の容器に保管した。
【0115】
酢酸緩衝液は、酢酸ナトリウム1.8gと酢酸4.6mLを500mLのHOで混合して調製した。酢酸バッファーのpHは、所望のpHに達するまで酢酸を追加で滴下してpH4に調整した。リン酸カリウム緩衝液(pH=6)は、2.4gの第二リン酸カリウムと11.8gの第一リン酸カリウムを500mLのHO中で混合することによって調製された。このリン酸カリウム緩衝液(pH=6)に、1.0M水酸化ナトリウムを前記pHになるまで滴下してpHを6に調整した。リン酸カリウム緩衝液(pH=7)は、500mLのHOに、二塩基性リン酸カリウム9.4gおよび一塩基性リン酸カリウム6.3gを混合することにより調製した。このリン酸カリウム緩衝液(pH=7)に、1.0M水酸化ナトリウムを当該pHになるまで滴下してpHを7に調整した。リン酸カリウム緩衝液(pH=8)は、リン酸二カリウム16.3gとリン酸一カリウム0.89gを500mLのHO中で混合することにより調製した。このリン酸カリウム緩衝液(pH=8)に、1.0M水酸化ナトリウムを前記pHになるまで滴下してpHを8まで調整した。炭酸ナトリウム緩衝液は、炭酸水素ナトリウム3.9gと炭酸ナトリウム5.7gを500mLのHOに混ぜて調製した。炭酸ナトリウムバッファーは、1.0M水酸化ナトリウムを前記pHに達するまで滴下してpH10に調整した。
【0116】
例4のSPME-PESI-MS/MSの装置および方法は、例2と同様である。唯一の変更は、表2.1の代わりに、以下のMS変換表4.1を使用したことである。
【0117】
【表4.1】
【0118】
また、PESIプローブのコーティング手順については、例2を参照のこと。例2で詳細に説明した方法から2つの変更を行った。第一に、合成した1.3μmHLB粒子の代わりに、窒素リッチポリマー材料を使用した。第二に、コーティング工程は、6.5μmのコーティング厚さと2mmの長さの代わりに、11.5μmの半径と3mmの長さを持つコーティング厚さが達成されるまで繰り返された。
【0119】
すべてのスクリーニング条件の最適化において、修正後の最終サンプル750μLを3回の90分の静置抽出に使用した。抽出後、プローブは室温で乾燥させた。SPME-PESI-MS/MSは、pH調整とマトリックス修飾実験のために、10μLのIPA/HO(v/v、1/1)+0.1%FAを脱着溶媒として使用した。水試料のpHは、ギ酸またはN、N-ジイソプロピルエチルアミンと同様に、緩衝塩を用いてpH4、6、7、8および10に調整した。pHを変更した水試料中のアミノグリコシドの濃度は、300ngmL-1であった。マトリックス修飾実験では、最初に、水にアミノグリコシドを300ngmL-1含むようにスパイクした。スパイクされた水は、アセトン、ACN、DMSO、IPA、MeOHなどの有機溶媒と混合され、最終サンプルはスパイクされた水と溶媒を体積比で50/50の割合で含むようにした。さらに、300ngmL-1のアミノグリコシドを添加した水試料を、DMSO、IPA、MeOHと異なる容量比(1/3、1/1、3/1)で添加し、マトリックス改質実験を行った。
【0120】
脱着溶媒の最適化実験では、IPAをスパイク水に、最終的なサンプルが3/1 IPA/spiked water(v/v)となるように修飾した。抽出後、異なる組成のIPA/HO((v/v、4/1)、(v/v、7/3)、(v/v、3/2)、(v/v、1/1)全て0.1%FA含有)をコーティングしたPESIプローブから分析物を脱離する脱離溶媒としてテストした。
【0121】
洗浄の検討では、脱着溶媒の最適化と同じマトリックス変更を行い、水を水洗溶媒として使用した。洗浄は抽出後すぐに3秒間行った。脱着には、SPME-PESI-MS/MS分析用に最適化された脱着溶媒を使用した。
【0122】
抽出試料のpHはSPMEメソッド開発において、特に水系試料から抽出する場合に重要なファクターとなる。その理由は、SPMEプロセス中に未分離または中性の分析物のみが抽出されるからである。したがって、コーティングされたプローブの抽出効率が最も高いpHは、中性のアミノグリコシドの割合を最も多く確保し、結果として最も高い感度を得ることができる。アミノグリコシドを添加した水性試料のpHは4から10の範囲で調整した。
【0123】
0.2M酢酸緩衝液(pH=4)、0.2Mリン酸カリウム緩衝液(pH=6)、0.2Mリン酸カリウム緩衝液(pH=7)、0.2Mリン酸カリウム緩衝液(pH=8)および0.2M炭酸ナトリウム緩衝液(pH=10)を用いて、pH調整実験を行った。これらの緩衝液にアミノグリコシドを300ngmL-1でスパイクした。90分の抽出の後、シグナルが得られなかったため、結果は含まれていない。この結果は、緩衝液からアミノグリコシドが抽出されなかったことを意味すると思われる。この原因は、緩衝液の金属イオンがアミノ配糖体のアミノ基や水酸基とキレートを形成しているためと考えられる。そのため、抽出相と相互作用するアミノグリコシドの活性官能基が阻害され、分析対象物が抽出されず、その結果、分析対象物の反応も見られないと考えられる。前記の実験と関連文献は、異なる塩濃度の添加は、水性媒体中のアミノグリコシドの抽出効率にとって有害であると結論付けており、これは文献と一致する。従って、塩の効果を確認するための実験は行わなかった。
【0124】
無機緩衝塩はアミノグリコシドの抽出に有害であることが証明されているので、試料のpHを所望のレベルに調整するために、有機酸または塩基を用いてさらなるpH実験を実施した。スパイクした水性試料のpHは、FAまたはN、N-ジイソプロピルエチルアミンを適宜用いて4、6、7、8および10に調整した。調整したpH値で90分間静置抽出を行ったところ、アミノグリコシド類で有意な反応が得られた。このことから、pH最適化実験の失敗で使用した緩衝液の無機塩による有害な影響が確認された。
図12は、試料のpHを変化させた場合の結果を、個々の化合物に対して最も高い応答を示した条件で規格化し、表したものである。その結果、すべてのアミノグリコシド化合物の応答は、pH4からpH6まで増加し、その後、pH7と8でアプラマイシンを除いて応答がわずかに増加することが示された。pH7から8付近では、ほとんどのアミノグリコシドがそのアミノ基のPKa値に近いかそれ以上である。従って、それぞれの中性種の個体数は多くなる。2つの顕著な例外は、ジヒドロストレプトマイシンとストレプトマイシンである。これら2つのアミノグリコシドは、pHをさらにpH10まで上げると、5倍になった。一方、他のアミノグリコシドはすべて、pH8から10に移行すると反応が鈍くなる。これは、水酸基が脱プロトン化し、中性種が減少したためと考えられる。ジヒドロストレプトマイシンおよびストレプトマイシンのアミノ基のPKa値は、他のアミノグリコシドに比べ高い傾向にある。ジヒドロストレプトマイシンおよびストレプトマイシンを除くすべてのアミノグリコシドの適切な抽出となるために、反応に基づいて、6から8の間のpH範囲が許容可能である。残念ながら、ジヒドロストレプトマイシンとストレプトマイシンのpHを最適化すると、他のすべてのアミノグリコシドの反応が劇的に低下するため、これは受け入れられない。
【0125】
pH実験の結果から、水性試料からすべてのアミノグリコシドに対する適切な感度を得るためには、pH調整だけでは不十分であることが示唆された。アミノグリコシドに対する反応を高めるためには、追加のパラメ-タが必要である。そこで、抽出効率を上げるために50%ACNで試料を修飾したWangらに基づき、有機修飾剤を導入してスパイクされた水性マトリックスを修飾した。
【0126】
水系マトリックスでは、水の極性および溶媒和効果はアミノグリコシドの全体的な抽出効率にマイナスの影響を与えることになる。そこで、これら2つの要因の影響を同時に調べ、これらの影響を克服するために、異なる水混和性有機溶媒を修飾剤として使用した。等量のアセトン、ACN、IPA、MeOHおよびDMSOを、300ngmL-1のアミノグリコシドを添加した等量の水と混合した。これらの水修飾マトリックスの抽出効率は、修飾されていないスパイク水マトリックスと比較した。その結果を図13に示す。最終濃度が150ngmL-1であるにもかかわらず、修飾水マトリックスは、最終濃度が300ngmL-1である非修飾水マトリックスと同等以上の応答を示す傾向がある。
【0127】
図13は、(A)ACN&MeOH、(B)IPA&MeOH、(C)アセトン&DMSO、(D)アセトン&MeOHのマトリックス修飾を調べたものである。図13の(A)から明らかなように、いずれも極性溶媒であるACNとMeOHは、対象となるすべての分析物に対して、装置応答を著しく増大させた。これは、両有機修飾剤が水性試料の極性と溶媒和効果を低下させ(HOの極性は10.2)、最終的に抽出効率を高めたことに起因していると考えられる。ある程度、MeOHは修飾剤としてACNよりも良い反応を示す。アミノグリコシド濃度が150ngmL-1のMeOH修飾サンプルの反応は、アミノグリコシド濃度が300ngmL-1の未修飾水性マトリックスと同等である。このことは、MeOHが水の極性を下げるか、プロトン性溶媒であるMeOHが水素結合によって分析対象物と水分子の間の溶媒和のかごを壊す能力を持つことによって、抽出効率が向上していることを示している。
【0128】
極性と溶媒和の影響をより厳密に調べるために、別のプロトン性溶媒であるIPAを修飾剤の候補として評価した。図13の(B)では、IPAとMeOHを修飾剤として使用した場合の反応を比較した。IPAとMeOHの極性指数はそれぞれ3.9と5.1である。IPAを修飾剤とした場合、MeOHと比較して分析対象物の応答が増大する。プロトン性溶媒であるため、どちらの修飾剤も溶媒和カゴを壊す能力は似ているが、IPAの極性が低いとアミノグリコシドのマトリックスへの親和性が低くなる。その結果、IPAで修飾した試料の方が高い抽出効率を示した。
【0129】
修飾剤の役割をさらに理解するために、アセトンとDMSOのような非プロトン溶媒を用いた。両溶媒は構造的に似ているが、主な違いはDMSOの硫黄がアセトンの炭素に置換されていることで、極性が異なっている。DMSOの極性指数は7.2、アセトンの極性指数は5.1である。図13の(C)の分析対象物の反応は、DMSOを修飾剤に用いた場合、アセトンに比べて全般的に大きく増加することがわかった。DMSOは、極性指数からすると、アセトンと同じ程度に試料の極性を下げることはできない。その代わり、DMSOは水素結合の切断や溶媒和/水和球の溶媒としてよく知られている。この結果は、DMSOが抽出効率を高めるのは、極性を下げるのではなく、主に水和球を壊すためである可能性を示している。
【0130】
以上の実験結果から、水からのアミノグリコシドの抽出には、極性と溶媒和/水和の両方が大きく影響することが示唆された。このことは、図13の(D)でアセトンやMeOHを修飾剤として使用した場合の分析物の反応を比較することでさらに証明された。どちらの溶媒も極性指数は5.1である。しかし、MeOHで修飾した試料は、極性を下げる効果は同じであるにもかかわらず、アセトンで修飾した試料よりも高い応答を示す傾向がある。
【0131】
以上の結果と考察から、溶媒和と極性の両方が影響因子であり、水性試料からのアミノグリコシドの抽出に同時に影響を与えていることが明らかとなった。したがって、適切なマトリックス修飾剤を選択することは、アッセイの性能を向上させるために非常に重要である。SPME-PESI/MS/MSによるアミノグリコシドのスクリーニングに最適な修飾剤の組成を得るために、さらなる最適化を行った。これらの実験では、スパイク水サンプルの修飾に使用するDMSO、IPA、およびMeOHの異なる割合の反応および、スパイク水サンプルに対する修飾溶媒の割合が水からのアミノグリコシドの抽出にどのようにプラスまたはマイナスに影響するかをより理解する検討を行った。
【0132】
図14は、(A)アミカシン、(B)アプラマイシン、(C)ジヒドロストレプトマイシン、(D)ハイグロマイシンB、(E)ゲンタマイシンC1、(F)ゲンタマイシンC1A、(G)ゲンタマイシンC2、(H)カナマイシンA、(I)シソマイシン、(J)スペクトノマイシン、(K)ストレプトマイシンおよび(L)トブラマイシンについての、アミノグリコシド抽出を促進するための、水の拡張マトリックス修飾を示します。図14から、有機修飾剤の量もアミノグリコシドの抽出に大きな影響を与えることがわかる。有機修飾剤の量が増えるにつれて、分析対象物の応答が大きくなる傾向がある。水試料を3当量の有機溶媒で修飾した場合、修飾していない水試料(300ngmL-1)と比較して、分析対象物の濃度が1/4であるにもかかわらず、分析対象物の応答が高くなる傾向がある。図14の結果に基づいて、極性の低下とアミノグリコシド周りの溶媒和球の破壊を考慮し、他の有機溶媒よりもIPAが適切な修飾剤として選択された。3当量のIPAを修飾剤として使用すると、この決定に大きく影響したアミノ配糖体の反応が最も低いジヒドロストレプトマイシン、ストレプトマイシン、およびスペクトリノマイシンで最良の結果が得られた。DMSOは、MSシステムと互換性がなく、高沸点溶媒であるため、SPME-PESI-MS/MSに使用する前に長い乾燥時間がかかるため、排除した。
【0133】
SPME-PESI-MS/MSでは、コーティングからの分析対象物の最適な脱着、ピッキングプロセスによるサンプルプレートからコーティングされたPESIプローブへの脱着溶媒の量、ESIプロセスとの相性などのバランスを考慮した脱着溶媒の最適化が重要な要素となる。
【0134】
図15の結果から、最適な脱着溶媒はIPA/HO(v/v3/2)+0.1%FAと決定した。この脱着溶媒は、特に低い反応を示す傾向があったアミノグリコシド類では全体的に最も良い反応を示した。抽出マトリックスがIPA/HO(v/v3/1)で構成されていることから、FAは脱着に極めて重要な役割を担っていることがわかる。脱着のメカニズムは、アミノグリコシドのアミノ基をプロトン化し、コーティングと分析対象物の間の相互作用を破壊する酸性の脱着溶媒に依存する。
【0135】
SPME-PESI-MS/MSによって与えられる脱着イオン化反応の洗浄の影響を、洗浄溶媒として水を用いて検討した。この調査は、アミノグリコシドが水洗工程後にコーティングに残留するかどうかを確認するためにこの検討を行った。その結果を図16に示す。この結果から、水洗いを行った場合、水洗いを行わない場合と比較して、信号の大きな減少は見られないことがわかった。このことから、コーティングされたPESIプローブのコーティングにアミノ配糖体が強く結合していることが確認された。
【0136】
本研究では、SPME-PESI-MS/MSを用いたアミノグリコシドの抽出と脱着条件の違いなどの定性的なスクリーニングパラメータを検討した。その結果、pH6-8、無塩、有機修飾剤としてのIPAの添加が最適な反応を与えることが判明した。また、最適な脱着溶媒はIPA/HO(v/v3/2)+0.1%FAであることが判明した。これらのパラメータに基づき、水中にスパイクされた12種類のアミノグリコシドをスクリーニングすることができた。
【0137】
[例5]
例5では、LC-MSグレードのアセトニトリル(ACN)、イソプロパノール(IPA)、メタノール(MeOH)はFischer Scientific(カナダ、ミシサ-ガ)から、ギ酸(FA)、塩化ナトリウム、塩化カリウム、リン酸一水素カリウム、リン酸二水素ナトリウム、塩酸、HPLCグレードのMeOHはSigma Aldrichから、それぞれ購入した。また、1.3μmの親水性-親油性粒子(HLB)の合成のために、ジビニルベンゼン、N-ビニルピロリドン、2、2-アゾビス(イソブチロニトリル)を購入した。以下の分析標準物質およびその重水素化類似体をCerilliant Corporation(RoundRock、TX、USA)から購入した。ブプレノルフィン、コデイン、ジアゼパム、フェンタニル、ロラゼパム、ノルジアゼパム、オキサゼパム、プロプラノロール、ブプレノルフィン-d、コデイン-d、ジアゼパム-d、フェンタニル-d、ロラゼパム-d、ノルジアゼパム-d、およびプロプラノロール-d。重水素化された類似化合物は、必要に応じて内部標準の補正に使用した。唯一の例外はオキサゼパムで、ノルジアゼパム-d5は必要に応じて使用された。抗凝固剤としてKEDTAを使用した凍結プ-ル性非濾過ヒト血漿をBioreclamation IVT(Westbury、NY、USA)から購入した。PESIプローブとサンプルプレートは、株式会社島津製作所(京都、日本)から寄贈された。
【0138】
HLB合成とPBS調製を行った。PESIプローブのディップコートには、Thorlabs Inc.(Newton、MA、USA)製のモーター付き自作ステージ(MTS50/M-Z8E、50mm)を使用した。LC-MS/MS実験はShimadzu LCMS 8060(京都、日本)トリプル四重極質量分析計で行い、液体クロマトグラフィーにはShimadzu LC-30ADポンプ(京都、日本)と、分離にはPhenomenex Kinetex PFPカラム(2.1×100mm、粒子径1.7μm)(Torrance、CA、USA)を用いた。LC-MS/MSおよびSPME-PESI-MS/MS実験に使用した分析対象物およびトランジションに関する情報は、表S1に記載されている。LC-MS/MSの実験条件に関する詳細な情報は、表S2および表S3に記載されている。SPME-PESI-MS/MS実験は、DPiMS-8060インターフェース(京都、日本)を有するShimadzu LCMS 8060(京都、日本)トリプル四重極質量分析計で実施された。SPME-MS/MS実験条件に関するさらなる情報は、表S4および表S5で見ることができる。
【0139】
LC-MS/MS実験は、Shimadzu LC-30ADポンプ(京都、日本)およびShimadzu LCMS 8060(京都、日本)トリプル四重極質量分析計を使用して実施された。装置に関する詳細な情報、最適化されたLCおよびMS/MSパラメ-タは、以下の表S1からS3に記載されている。
【0140】
【表S1】
【0141】
【表S2】
【0142】
【表S3】
【0143】
【表S4】
【0144】
【表S5】
【0145】
同じプローブを用いて二連続のSPME-PESI-MS/MS実験間でのシグナルの減少。静置状態で300μLのPBS(標準液の10ng/mLでスパイク)から90分間抽出したSPME-PESIプローブを用い、10μLのIPA/HO(1/1 v/v)+0.1%FAの一部溶液を用いて二連続のSPME-PESI-MS/MSを行った。
【0146】
【表S6】
【0147】
オートサンプラーは4°Cに保温され、PBSまたは血漿抽出試料がそれぞれ3μLまたは6μL注入されるようプログラムされていた。分離にはPhenomenex社(Torrance、CA、USA)のKinetex PFPカラム(2.1×100mm、粒子径1.7μm)を使用した。カラムオーブン温度は35°C、流速は300μL/minとした。移動相Aは水、移動相BはMeOH/ACN(v/v、7/3)で、両相とも0.1%ギ酸を含んでいる。グラジエントは10%Bで1.0分、その後7.0分まで直線的に100%Bまで上昇させ、9.0分まで保持した。その後、9.2分で10%Bに戻し、11.0分まで再平衡化させた。
【0148】
SPME-PESI-MS/MS実験は、Shimadzu DPiMS-8060interface(京都、日本)およびShimadzu LCMS 8060 mass spectrometer(京都、日本)を用いて実施した。装置に関する詳細情報、最適化されたDPiMS-8060インターフェースとMS/MSパラメータは表S1、S4、S5に記載されている。サンプル位置での停留時間は50ms、イオン化位置での停留時間は200msであった。プローブがイオン化位置にあるとき、2.3kVのインターフェース電圧が印加された。
【0149】
7%(重量/体積)のポリアクリロニトリル(PAN)をジメチルホルムアミド(DMF)と混合し、コーティングバインダーを作製した。次に、1.3μmHLB粒子9.2重量%、コーティングバインダー87.9重量%、グリセロール2.8重量%からなるスラリーを調製した。このPESIプローブを希塩酸(7.4%)中で15分間超音波処理した後、PESIプローブを希塩酸(7.4%)中で15分間超音波処理し、エッチングした。その後、水中で20分、MeOH中でさらに20分超音波処理した。超音波処理後、エッチングされたプローブをオーブンで乾燥させ、自社製のステージを用いて1μmのHLB/PANスラリーを2mmの長さまでディップコーティングした。ディップコーティング後、プローブは90°CのGCオーブンで乾燥させた。
このディップコーティングプロセスはプローブのエッチングと同日に行われ、コーティング厚さの半径が6.5μmになるまで繰り返された。したがって、本実験で使用したSPME-PESIプローブのコーティングは、長さ2mm、厚さ6.5μmであった。抽出を行う前に、SPME-PESIプローブをMeOH/ACN/IPA(v/v/v 2/1/1)の混合溶媒で15分間洗浄し、MeOH/HO(v/v 1/1)の混合溶媒で15分間コンディショニングを行った。
【0150】
10、30、60、90、120分で静置抽出された標準物質10ngmL-1を添加した300μLPBSの一部溶液を使用して、SPME-PESIプローブ用の抽出時間プロファイルを構築した。抽出の後、3秒間の洗浄と50μLMeOH/ACN(v/v 4/1)での30分間の静的脱着が行われた。
【0151】
90分で静置抽出した10ng/mLの標準物質を添加した300μLPBSの一部溶液を使用して、SPME-PESIプローブの脱着時間プロファイルを構築し、HOで3秒間洗浄し、50μL MeOH/ACN(v/v 4/1)で10、30、45、60および75分に静置脱着させた。最初の脱着後のSPME-PESIプローブ上の分析物のキャリーオーバーを評価するために、すぐに別の50μLMeOH/ACN(v/v 4/1)で75分間2度目の脱着を行った。
【0152】
プローブ内再現性は、10ngmL-1の標準物質を添加した300μLのPBSの一部溶液を用いて、抽出と脱着を5サイクル行うことを試験した。プローブ間再現性は、プローブ内再現性試験で得られたプローブを抽出と脱離のサイクルに基づいてグループ化することによって決定された。
【0153】
SPME-PESI-MS/MS試験で使用した脱着液は、10ngmL-1の標準液をスパイクした300μL PBSの一部溶液を90分間抽出し、その後HOで3秒間洗浄して最適化したものである。洗浄後、SPME-PESIプローブをDPiMS-8060のインターフェースに設置し、10μLの脱着溶液をサンプルプレートに塗布した。最後に、SPME-PESI-MS/MSランを実施した。テストした脱着液は、水と0.1%ギ酸を含む有機溶媒の比率を変化させた。これらの最適化試験で使用された有機溶媒は、ACN、IPA、およびMeOHである。
【0154】
分析物を添加した血漿サンプルは、分析物と血漿が十分に結合するように、4°Cの冷蔵庫で一晩インキュベートした。10、30、45、60、75、90分で静置抽出した標準物質10ngmL-1を添加した30μL血漿の一部溶液を使用して、SPME-PESIプローブ用の抽出時間プロファイルを構築した。抽出後、3秒間洗浄し、50μL MeOH/ACN(v/v 4/1)で30分間静置脱着し、LC-MS/MS分析を行った。
【0155】
SPME-PESI-MS/MSを用いて血漿30μLを抽出し、10ngmL-1の内部標準物質と1、5、10、25、50、75、100ngmL-1の濃度の標準物質を用いて検量線を構築した。精度と正確性は、3、30、および90ngmL-1の濃度の標準物質を添加した血漿からなる3種類のQCレベルを使用して測定された。各キャリブレーションおよびQCレベルに5つの複製が使用された。
【0156】
10ngmL-1の標準物質を添加したPBSから、10から120分の範囲で静置抽出を行い、抽出時間プロファイルを決定した(図4)。その結果、90分が最適抽出時間であることがわかった。この時点では化合物は平衡に達しなかったが、90分の抽出時間により高感度が得られ、プローブ間およびプローブ内の再現性を評価するために、連続5サイクルの抽出と脱離を完了させることができるようになった。攪拌の使用は抽出時間の短縮につながるが、実験の複雑さを増すため、この作業では考慮されなかった。脱着時間プロファイルは、スパイクしたPBSを90分間静置抽出し、その後10、30、45、60、75分間脱着することで決定された。その後、分析物のキャリーオーバーを評価するために、2回目の静的脱着工程を実施した。脱着時間プロファイル実験の結果、すべての分析物が10分で定量的に脱着された。しかし、キャリーオーバー試験では、プロプラノロールとブプレノルフィンがそれぞれ5.0と5.3%と比較的高いキャリーオーバー率を示した以外は、すべての化合物が3.5%以下のキャリーオーバー率であることが示された。したがって、この時点ですべての化合物のキャリーオーバーが3.2%以下であったことから、30分を最適な脱着時間として選択した。
【0157】
プローブ内の再現性は、プローブの安定性と再利用性を評価するために、抽出時間90分、脱着時間30分の抽出と脱着サイクルを連続5回行うことで測定した。その結果、RSDが10%以下のものが34件、10~15%のものが4件、15~20%のものが2件と、プローブ内の再現性は良好であった(表5.1)。
表5.1では、2mm厚のPESIプローブのプローブ内再現性を、5種類のプローブを用いて5回の抽出と脱着サイクルを行うことで測定している。抽出は300μLのPBS(表S1の10ngmL-1の標準物質をスパイク)で90分間行い、脱着は50μLのMeOH/ACN(1/1 v/v)で30分間実施した。プローブ内再現性は、同一プローブのクロマトグラムから得られた面積カウント間のRSDで評価した。
プローブ間再現性は、プローブ内再現性試験中の各抽出-脱離サイクルの各プローブの結果を比較することにより決定した。プローブ間再現性の結果、RSDが10%以下のものが26件、10~15%のものが11件、15~20%のものが6件、21%のものが1件となり、エッチングおよびコーティング工程での再現性が高いことがわかった(表5.2)。
表5.2では、表1の生データから得られた2mmコーティングPESIプローブのプローブ間再現性を示している。生データは、プローブごとではなく、抽出-脱着サイクルごとにグループ化した。抽出は300μLのPBS(表S1の10ngmL-1の標準物質でスパイク)で90分間行い、脱着は50μLのMeOH/ACN(1/1 v/v)で30分間行われた。プローブ間の再現性は、同じ抽出と脱着サイクルのクロマトグラムから得られた面積カウント間のRSDで評価した。
【0158】
【表5.1】
【0159】
【表5.2】
【0160】
注目すべきは、SPME-PESIプローブのチップ内およびチップ間再現性の結果が、文献に見られるSPMEミニチップの値と同等かそれ以下であったことである。例えば、Vasiljevicらは、200ngmL-1のジアゼパム、ノルジアゼパム、オキサゼパム、ロラゼパムを用いて5回の抽出と脱着サイクルのRSDを評価し、SPMEミニチップのチップ内における再現性を評価した。その結果、これらの化合物のRSDは20回中7回のみ10%であった。一方、SPME-PESIプローブでは、これらの化合物のRSDは20回中18回が10%以下であった。チップ間再現性に関しては、diazePam、lorazePam、NordiazePamおよびoxazePamのRSDはSPMEminiチップで18%、SPME-PESIプローブで16%と最も高い値を示した.
【0161】
SPME-PESI-MS/MSの最適な抽出条件が明らかになったので、次に脱着溶媒を最適化する必要があった。このため、ACN/HO(v/v 9/1)、ACN/HO(v/v 7/3)、ACN/HO(v/v 1/1)、IPA/HO(v/v 9/1)、IPA/HO(v/v 7/3)、IPA/HO(v/v 3/2).IPA/HO(v/v 1/1)、IPA/HO(v/v 2/3)、MeOH/HO(v/v 9/1)、MeOH/HO(v/v 7/3)、MeOH/HO(v/v 1/1)の脱着液をテストした。なお、前記の溶媒には、いずれも改質剤として0.1%FAが添加されている。
図5は、これらの実験の結果を、ある化合物の全脱離溶媒の面積カウントを、最も高い平均面積カウントを得た脱離溶媒で割った規格化面積カウントで示したものである。図5には、ACN/HO(v/v 9/1)、ACN/HO(v/v 7/3)、ACN/HO(v/v 1/1)、IPA/HO(v/v 9/1)のデータは、これらの脱離溶剤を用いた場合のスプレーイベントの発生に一貫性がないため、含まれていない。
IPA/HO(v/v 1/1)+0.1%FAは、8種類の化合物の中で最も高い面積カウントが得られるため、最適な脱着溶媒として選択された。CBSなどの他のSPMEベースのアンビエント質量分析技術とは異なり、提案するSPME-PESI-MS/MS法では、有機溶媒としてMeOHではなくIPAを使用している。ピックアンドスプレーを繰り返す方法でSPME-PESIプローブ上に塗布する脱着溶媒の量は、脱着溶媒の表面張力と粘度に大きく影響されるが、溶媒は通常、低PL容量である。吉村らの研究では、表面張力や粘度の上昇と、PESIプローブ表面に吸着保持される試料量の増加との間に正の相関があることを発見した。また、SPME-PESIプローブのコーティングから脱着溶媒への十分な分析対象物の移動を可能にするために、脱着溶媒はコーティングを十分に濡らすことができなければならない。
【0162】
図6は、SPME-PESIとコーティングなしPESIのエレクトロスプレーパターンの違いを示している。図6のCに示すように、スパイクしたIPA/HO混合物の濃度が実験中比較的一定であったため、コーティングされていないPESIプローブのシグナル高さはほぼ一定であった。一方、コーティングされたPESIプローブを用いて、サンプルプレートに分注しスパイクされたIPA/HO混合物をピックアンドスプレーすると、0.5ミリオンレベルまでシグナル高さが増加し、その後は一定となった(図6のB)。この最初のシグナル高さの増加は、スパイクされたIPA/HO混合液から繰り返し抽出されることによるコーティング中の分析対象物の濃度レベルの上昇に関連している。一方、図6のAにおけるシグナルの高さは、スパイクしたPBSから抽出した分析物を含むコーティングされたPESIプローブのもので、図5のBとCにおける最大のシグナル高さよりも10倍以上高く始まり、その後ランを通して減少している。図6のBとCのスパイクされたサンプル溶媒は、図6のAに相当する抽出時に干渉物(すなわち塩)が除去されているため、干渉物を持っていないことを強調する必要がある。この減少は、1回のSPME-PESI-MS/MS実験中に、コーティングされたプローブ上に抽出された分析対象物が著しく脱離した結果であると仮定した。この仮説を検証するため、スパイクしたPBSサンプルから、LC-MS/MS用にプローブを直接脱着するか、SPME-PESI-MS/MS実験にプロ-ブを使用した後にLC-MS/MS用に脱着するか、2つの条件のいずれかで抽出を実施した。
表5.3は、この実験の結果を枯渇率で表したものである。表5.3では、SPME-PESI-MS/MS実験中にSPME-PESIプローブによって失われた分析物の割合を決定するために、LC-MS/MSによるSPME-PESI-MS/MS脱着実験が実施された。SPME-PESIプローブを用いて、300μLのPBSから90分間静的条件下で抽出を行い(10ng/mLの標準物質を添加)、続いて50μLのMeOH/ACN(4/1 v/v)に30分間静的脱離を行った。この抽出ステップを同じプローブセットで繰り返し、10μLのIPA/H2O(1/1 v/v)+0.1%FAを用いてSPME-PESI-MS/MSを行った。その後、プローブは新鮮な脱着液で再度静置脱着した。
【0163】
脱着率は、LC-MS/MSのために直接脱着されたコーティングされたプローブによって与えられた面積カウントとの相対値で表される。1回のSPME-PESI-MS/MSラン(60ピック)で、所定の化合物の少なくとも45%の脱離が認められた。1回のSPME-PESI-MS/MSランでシグナルの高さが急激に低下するのは、ランの進行に伴いコーティング中の分析対象物の濃度が低下するためであると思われる。この現象は、2回目のSPME-PESI-MS/MSランにおける面積カウントの減少を、1回目のSPME-PESI-MS/MSランにおける面積カウントに対して表した表S6に示されている。見てわかるように、すべての分析物の面積カウントは、2回目のSPME-PESI-MS/MSランで少なくとも77%減少している。PL量が少ないことを考慮すると、この場合の濃縮係数を規定する溶媒/抽出相係数が高いため、脱着液は分析物の濃度が高いことになる。このことは、SPME-PESI-MS/MSによるスクリーニングとLC-MS/MSによる確認分析に、この実験で使用したSPME-PESIプローブのいずれかを適用することができないことも示唆している。
【0164】
SPME-PESI-MS/MSの信号形状は、1回のピックアンドスプレーでは分析物の完全な脱着ができないことを明確に示している(図6A)。
【0165】
次に、少量の血漿中の乱用薬物の定量にSPME-PESI-MS/MSを適用した。血漿を選択したのは、マトリックス成分が分析対象物と結合し、イオンサプレッションを引き起こす可能性のある複雑なマトリックス中の分析対象物を定量するSPME-PESIの能力を実証するためであった。30μLのスパイク血漿の抽出時間プロファイルは、すべての分析物について約60分の平衡化時間を使用して作成された(図17)。
図17は、SPME-PESI-MS/MSを用いた乱用薬物の検量線である。30μLの血漿からの抽出は、静的条件下で60分間行われた。1、5、10、25、50、75、100ngmL-1のスパイク濃度で補正した検量線を作成した(N=5)。LLOQ以下の濃度はプロットされなかった。その結果、抽出時間として最も感度が高くなる60分を選択した。続いて、7種類の検量線と1種類の検量線につき5レプリケートからなる検量線が作成された。構築された検量線は、1/xの係数で重み付けされた。
表5.4にベストフィットの直線の係数を、表5.5にその他のメリットの数値を示す。表5.5では、低濃度には3ng/mLの標準液を、中濃度には30ng/Lの標準液を、高濃度には90ngmL-1の標準液をそれぞれ添加した。すべての3つのレベルには10ng/mLの内部標準物質も添加された。各レベルは5回複製され、日間評価では1日5回、3日間複製されたものが使用された。精度および正確さの評価には、内部標準によって補正されたデータを使用した。
図18は、8種類の乱用薬物の検量線である。日内および日間の精度および確度は、低、中、高(3、30、90ngmL-1)の3段階で評価し、各段階とも5回繰り返し測定した。図18は、SPME-PESI-MS/MSを用いた乱用薬物の検量線を示している。30μLの血漿から60分間の静置抽出を行った。1、5、10、25、50、75、100ngmL-1のスパイク濃度で補正した検量線を作成した(N=5)。LLOQ以下の濃度はプロットされなかった。
【0166】
検量線は直線性を示し、Rはすべての曲線で0.98以上、6本の曲線で0.99以上であった。ノルジアゼパムとフェンタニルの定量限界(LOQ)は1ngmL-1、ブプレノルフィン、コデイン、ジアゼパム、ロラゼパム、プロプラノロールのLOQは5ngmL-1、オキサゼパムのLOQは10ngmL-1であった。日内精度は、それぞれのLOQを超える濃度のすべての化合物で15%以下であった。同様に日間精度は、ロラゼパムの中間レベルとオキサゼパムの高濃度を除いて、すべての化合物で15%以下であり、それぞれ16%および27%であった。また、LOQ以上の濃度では、122%であった中程度のロラゼパムを除き、すべての化合物で日内精度が80~120%であった。同様に日間精度も、LOQ以上の濃度では、中間のロラゼパムを除いて80~120%であり、147%であった。図6のAとBの最大信号を比較すると、同じレベルでスパイクした噴霧脱離溶媒と比較して、SPME-PESIはフェンタニルに対して10以上の増強係数を得ていることがわかる。強調すべきは、SPME-PESI実験の脱着溶媒は、抽出手順中に除去されるため、干渉を持たないということである。PESIで干渉を除去するという同じ目標を達成するためには、適切なサンプル調製ステップが必要であり、これは手順に追加のステップを追加することになる。
【0167】
【表5.3】
【0168】
【表5.4】
【0169】
【表5.5】
【0170】
SPME-PESIは、最小限の侵襲性が要求される臨床アプリケーションや、極めて少量のサンプルしか収集できないアプリケーションに最適なツールである。また、SPME-PESIは小型であるため、従来の試料調製技術では標的分析物が希釈されてしまい、結果が不十分であるようなアプリケーション(例えば、in-situ分析、植物や動物の単一細胞分析など)において、試料量が限られ、前濃縮ができない場合に最適なツールである。さらに、SPME-PESI-MS/MSは抽出したサンプルを迅速に測定できるため、マルチウェルパラレル抽出を用いた出生前ハイスループット・スクリーニングなどの分野でも魅力的な技術となり得る。さらに、SPME-PESIプローブの寸法が小さいため、少量のサンプルからの非消耗性抽出が可能になり、分析物の遊離濃度および結合定数を不可逆的結合の場合にも決定できる可能性がある。コーティングの体積が小さい(厚さ約6.5ミクロン)ため、抽出相/サンプルマトリックス分布定数(Kfs)に対応するマイクロ抽出濃度が最大に近くなる。さらに、実質的な枯渇が起こらない場合、微量のPL容量の脱着溶媒を適用することで、コーティング/脱着溶媒分配定数(Kfe)に達する可能性のあるさらなる濃縮を可能にすることができる。したがって、全体の濃縮係数はKsf*Kfe.となり、少量の試料と抽出相しか存在しないにもかかわらず、非常に高い測定感度を実現することができる。
【0171】
特徴の特定の組み合わせが特許請求の範囲および/または明細書に開示されているとしても、これらの組み合わせは、可能な実施形態の開示を制限することを意図していない。実際、これらの特徴の多くは、特許請求の範囲に具体的に記載されていない方法および/または本明細書に開示されていない方法で組み合わされることができる。以下に記載される各従属請求項は、1つの請求項にのみ直接依存し得るが、可能な実施形態の開示は、請求項セット内の他のすべての請求項との組み合わせで各従属請求項を含む。

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