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特許7502740剪断処理による微細藻類の外被破壊法及び外被破壊システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-11
(45)【発行日】2024-06-19
(54)【発明の名称】剪断処理による微細藻類の外被破壊法及び外被破壊システム
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/12 20060101AFI20240612BHJP
   C12M 1/33 20060101ALI20240612BHJP
   C12P 23/00 20060101ALI20240612BHJP
【FI】
C12N1/12 Z
C12M1/33
C12P23/00
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020560292
(86)(22)【出願日】2020-07-16
(86)【国際出願番号】 JP2020027664
(87)【国際公開番号】W WO2021015089
(87)【国際公開日】2021-01-28
【審査請求日】2022-10-24
(31)【優先権主張番号】P 2019135255
(32)【優先日】2019-07-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504209655
【氏名又は名称】国立大学法人佐賀大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000168193
【氏名又は名称】株式会社ミゾタ
(74)【代理人】
【識別番号】110001759
【氏名又は名称】弁理士法人よつ葉国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100093687
【弁理士】
【氏名又は名称】富崎 元成
(74)【代理人】
【識別番号】100168468
【弁理士】
【氏名又は名称】富崎 曜
(72)【発明者】
【氏名】林 信行
(72)【発明者】
【氏名】土井 研一
(72)【発明者】
【氏名】陣内 裕子
【審査官】田名部 拓也
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-131219(JP,A)
【文献】特開2010-162499(JP,A)
【文献】特開2002-320446(JP,A)
【文献】実開昭63-082429(JP,U)
【文献】特開2016-208978(JP,A)
【文献】Niro Soavi North America GEA,High-Pressure Pumps and Homogenizers,2008年,[retrieved on 2020.09.23], Retrieved from the Internet: <URL: http://www.martagan.com/cats/niro.pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12M
C12P
C07K 1/00- 19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有用物質を産出又は含有する、乾燥や抽出、生体内での消化や堆肥化時の障壁となる外被を持った細胞を含む処理液をポンプ(2)によって圧送しながら流路が絞られた狭路(41c)を通過させて移動可能な表面に第2の溝(42d)が形成された第2面(42a)に衝突させ、次に対向して配置された移動不能な表面に前記第2の溝(42d)に嵌合可能な第1の溝(41d)が形成された第1面(41b)と移動可能な前記第2面(42a)とによって形成される面隙間(47)を通過させ、且つ
前記処理液の流れの方向を変化させながら前記面隙間(47)を通過させ、
前記処理液の流れと前記狭路(41c)、前記第1面(41b)又は第2面(42a)との間に生じる剪断力により前記細胞の外被を前記処理液中で破壊する
ことを特徴とする剪断処理による微細藻類の外被破壊法。
【請求項2】
請求項1に記載の剪断処理による微細藻類の外被破壊法において、
前記処理液が前記面隙間(47)を通過する際、前記面隙間(47)の閉じる方向に前記第2面(42a)を所定の圧力条件で加圧する
ことを特徴とする剪断処理による微細藻類の外被破壊法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の剪断処理による微細藻類の外被破壊法において、
前記処理液を往復式の前記ポンプ(2)によって圧送する
ことを特徴とする剪断処理による微細藻類の外被破壊法。
【請求項4】
請求項1から3の何れか1項に記載の剪断処理による微細藻類の外被破壊法において、
前記面隙間(47)を通過させた前記処理液を凍結乾燥させる
ことを特徴とする剪断処理による微細藻類の外被破壊法。
【請求項5】
請求項4に記載の剪断処理による微細藻類の外被破壊法において、
凍結させた前記処理液を大気圧より減圧した環境下に置いて乾燥させる
ことを特徴とする剪断処理による微細藻類の外被破壊法。
【請求項6】
有用物質を産出又は含有する、乾燥や抽出、生体内での消化や堆肥化時の障壁となる外被を持った細胞を含む処理液を貯蔵するタンク(1)と、
処理液を圧送するポンプ(2)と、
前記細胞の外被を破砕する剪断処理部(4)とを備えた剪断処理による微細藻類の外被破壊システムであって、
前記剪断処理部(4)は、圧送した処理液を移送する第1流路(41a)と、
該第1流路(41a)に交差し移動不能な第1面(41b)と、
該第1面(41b)に対向して配置され移動可能な第2面(42a)と、
該第2面(42a)を収容する第2流路(43a)とを備え、
前記第1流路(41a)には流路が絞られた狭路(41c)が移動可能な前記第2面(42a)に対向する形態で形成され、且つ
前記第1面(41b)の表面には第1の溝(41d)が形成され、且つ
前記第2面(42a)の表面には前記第1の溝(41d)に嵌合可能な第2の溝(42d)が形成されると共に、
前記処理液は、前記狭路(41c)並びに、前記第1面(41b)と前記第2面(42a)との間に形成される面隙間(47)を通過し
前記処理液の流れと前記狭路(41c)、前記第1面(41b)又は第2面(42a)との間に生じる剪断力を受け、これにより前記細胞の外被が破壊され前記有用物質を前記処理液中に漏出させる
ことを特徴とする剪断処理による微細藻類の外被破壊システム。
【請求項7】
請求項6に記載の剪断処理による微細藻類の外被破壊システムにおいて、
前記第2面(42a)を前記第1面(41b)に押し付ける方向に所定の圧力条件で加圧するアクチュエータ部(46)を備える
ことを特徴とする剪断処理による微細藻類の外被破壊システム。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の剪断処理による微細藻類の外被破壊システムにおいて、
前記剪断処理部(4)と前記タンク(1)を連結する戻り配管(6)を備える
ことを特徴とする剪断処理による微細藻類の外被破壊システム。
【請求項9】
請求項6から8の何れか1項に記載の剪断処理による微細藻類の外被破壊システムにおいて、
前記ポンプ(2)は、シリンダ(33)と、シリンダ(33)内を往復するピストン(21)と、前記シリンダ(33)と前記ピストン(21)によって形成されるヘッドスペース(32)と、前記ヘッドスペース(32)に処理液を充填するための吸込弁(23)と、前記ヘッドスペース(32)から処理液を送り出すための吐出弁(27)とを備えた往復式ポンプである
ことを特徴とする剪断処理による微細藻類の外被破壊システム。
【請求項10】
請求項6から9の何れか1項に記載の剪断処理による微細藻類の外被破壊システムにおいて、
前記面隙間(47)を通過させた前記処理液を凍結させる低温槽(10)と、
凍結させた前記処理液を乾燥させる凍結乾燥機(11)とを備える
ことを特徴とする剪断処理による微細藻類の外被破壊システム。
【請求項11】
請求項10に記載の剪断処理による微細藻類の外被破壊システムにおいて、
前記凍結乾燥機(11)は凍結させた前記処理液を大気圧より減圧した環境下で乾燥させる
ことを特徴とする剪断処理による微細藻類の外被破壊システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、剪断処理による微細藻類の外被破壊法及び外被破壊システムに関する。更に詳しくは、強固な外被(細胞壁、細胞膜、シスト膜などの藻体外被)を有する微細藻類の細胞内有用物質を短時間で効率良く且つその品質を劣化させることなく、細胞内から処理液中に漏出させることが可能な剪断処理による微細藻類の外被破壊法及び外被破壊システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
微細藻類の中には、藻体内にアスタキサンチンを産するヘマトコッカスやEPAを産するナンノクロロプシスのように有用な藻類があり、これらの藻類については培養藻体から内容物の抽出が行われている。微細藻類は一種の単細胞植物であり、細胞壁を有しているため(ユーグレナ属など一部の種類を除く)、当然ながら内容物を取り出すためには細胞壁や細胞膜などの外被を破壊しなければならない。そのために現行の多くのプロセス(乾式破砕工程)では、藻体を噴霧乾燥やドラム乾燥、通風乾燥などの方法で乾燥後、アトマイザーやディスクミル、ボールミルなどを用いて機械的に粉砕を行った後に溶媒等により抽出しているのが実状である。
【0003】
しかしながら上記のような工程を行うにあたり、以下のような問題点と効率向上のために改良すべき点がある。
(1)加熱乾燥時には、藻体は高温の空気(酸素)に触れることになり、例えばヘマトコッカスが産するアスタキサンチンのような強力な抗酸化物質は乾燥中に酸化され、純度や活性が低下してしまう。
(2)乾燥工程において、細胞壁に覆われた藻体内の水分が藻体外に出て行くためには、栄養成分等の通路であるプラスモデスムのような微細な通路を通って出て行くしかなく、外被に覆われたままの藻体の乾燥は、乾燥速度的にも投入エネルギー的にも不利である。
(3)乾燥した藻体中のアスタキサンチンやEPA等の有用な内容物を抽出するにあたっては、溶媒が細胞内容物に接して溶解できるようにするために乾燥藻体の外被を何らかの粉砕方法で破砕する必要がある。しかしながら、微細藻類は細胞の大きさが数十ミクロンと非常に微小で、その細胞壁が靱性を有するセルロース等の多糖からなるため外被を破壊するのは非常に難しい。これは、積み重なった固体粒子に機械的に力を加えても破壊のための力が均一には伝わらず、破壊作用がおよぶ範囲が限定されることによるもので、脆性が小さな微細藻の細胞の破壊では特に困難を極める(例えば、すり鉢の中でゴマを粉砕する時に全体を高速かつ均一に粉砕するのは非常に難しい)。そのため、例えばヘマトコッカスのアスタキサンチン抽出の工程においては、十分な粉砕を如何に行うかが重要な課題となっているのが実状である。
【0004】
ところで、微細藻類は上述のような有用物質の抽出原料としてのみで無く、食品素材や飼料、肥料原料としての利用や、産生するオイルの化粧品用油脂、燃料オイルとしての利用も強く期待されており、一部では実用化も進んでいる。これは微細藻類が普通の植物に比べて成長が早く、単位面積当たりの収穫量も大きく、二酸化炭素固定能が高く、年間を通して収穫が可能であり、培養槽が設置できれば農作物を生産できないような荒れ地でも栽培が可能であるなどの理由による。しかしながら、これらの場合においても藻体の外被は種々の効率を低下させる原因となっている。
【0005】
すなわち、(4)藻体を食品素材や飼料として利用する場合、難消化性の細胞壁に覆われた藻体内容物を栄養成分として利用しにくいため、外被を破壊した方が消化利用効率の向上が期待できる。飼料の場合は、特に反芻を行わない単胃動物において栄養効率の向上が期待できる。
(5)藻体を肥料化する場合、特に堆肥化においては外被が破壊されていた方が発酵速度が速くなることが期待される。
【0006】
これらの理由から、微細藻類の外被を効率よく十分に破壊することができれば、乾燥や抽出、飼・肥料化のいずれの場合においても現状を上回る高効率・高収率のプロセスの構築が可能となる。
【0007】
また、アスタキサンチン等の細胞内有用物質を抽出する工程として、アスタキサンチンを含有する天然物を有機溶媒中に懸濁させ、破砕機で破砕しながら有機溶媒中で抽出したのち、固形物を除去し、更に有機溶媒を除去することにより、アスタキサンチンを抽出する工程(湿式破砕工程)も知られている(例えば、特許文献1を参照。)。
【0008】
また、細胞壁を破壊する方法として、藻体の緩慢凍結により、細胞内液の氷結晶の成長を促し、細胞内部から外被を破壊する凍結破砕法が知られている。しかしながら、本願発明者がシスト化したヘマトコッカスを、1.0、1.5、2.0℃/minの降温速度で冷却する実験を行い、得られた処理細胞を顕微鏡で観察したところ、外被の破壊率はせいぜい50%あるいはそれ以下にとどまった。これは、細胞内液の相変化による体積上昇が外被の弾性限界内であったことを示唆している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2006-70114号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記乾式破砕工程の場合、加熱時に多大な熱エネルギーが消費される上に、酸化によって目的物質であるアスタキサンチンの品質・収率が低下するという問題がある。また、数十ミクロンといった微小固体において破砕時の機械的エネルギーは破砕対象物の一部しか伝わらず、均等かつ十分な破砕に至らないという問題もある。
【0011】
他方、上記湿式破砕工程の場合、破砕機はビーズミルを使用することが好ましいとされている。また、滞留時間としては1~30分、好ましくは2~15分であり、周速は2~30m/s、好ましくは8~12m/sであり、用いられるビーズ径は、0.2~5mm、好ましくは0.5~2mmである、という旨の記載がある(例えば、特許文献1[0026]を参照。)
【0012】
しかしながら、ビーズミルはビーズ間の衝突や剪断等のいわゆる点接触によって、対象物を破砕するものであり、上記乾式破砕工程と同様に、機械的エネルギーは破砕対象物の一部しか伝わらず、ヘマトコッカスの破砕に対してあまり効果がないものと考えられる。
【0013】
そこで、本発明は上記従来技術の問題点に鑑み成されたものであり、その目的は、乾燥や抽出、生体内での消化や堆肥化時の障壁となっている微細藻類の外被を高効率で破壊し、細胞内有用物質を短時間で効率良く且つその品質を劣化させることなく、細胞内から処理液中に漏出させることが可能な剪断処理による微細藻類の外被破壊法及び外被破壊システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するための本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊法は、有用物質を産出又は含有する細胞を含む処理液をポンプ(2)によって圧送しながら、対向して配置された移動不能な第1面(41b)と移動可能な第2面(42a)とによって形成される面隙間(47)を通過させ、且つ前記処理液の流れの方向を変化させながら前記面隙間(47)を通過させ、前記処理液の流れと前記第1面(41b)又は第2面(42a)との間に生じる剪断力により前記細胞の外被を前記処理液中で破壊することを特徴とする。
【0015】
上記構成では、ポンプ(2)によって圧送された処理液は、第1面(41b)と第2面(42a)との間に形成される狭い面隙間(47)を通過することによって、処理液の流れと狭い流路面(41b、42a)との間に生じる強い剪断力が、続けて処理液中の藻類藻体に作用することになる。同時に、処理液の流れの方向が変化する部分においては圧縮(増圧)と膨張(減圧)による処理液の圧力変動が発生する。その結果、処理液中の藻類藻体は上記剪断作用に加え圧力変動による負荷を受けることになる。
このように、本発明に係る微細藻類の外被破壊法は、処理液の流れと狭い流路面(41b、42a)との間に生じる強い剪断力によって、処理液中の藻類藻体の外被を破壊し、細胞内から処理液中に細胞内有用物質を漏出させることになる。
【0016】
本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊法の第2の特徴は、前記処理液が前記面隙間(47)を通過する前に、前記処理液を流路が絞られた狭路(41c)を通過させることである。
【0017】
上記構成では、処理液が狭路(41c)を通過することによって、処理液の流れと狭い流路面(41c)との間に生じる強い剪断力が、処理液中の藻類藻体に作用することになる。さらに、処理液の流れが狭路(41c)によって絞られるため、処理液は増速されて第2面(42a)に衝突する。この剪断力と衝突により、面隙間(47)を通過させる前に処理液中の藻類藻体の外被を弱まらせることができる。
【0018】
本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊法の第3の特徴は、前記処理液が前記面隙間(47)を通過する際、前記面隙間(47)の閉じる方向に前記第2面(42a)を所定の圧力条件で加圧することである。
【0019】
上記構成では、処理液は第2面(42a)を押し退けて(押し上げて)自身が流れる隙間を形成しながら、第1面(41b)と第2面(42a)との間の面隙間(47)を通過して行くことになる。これにより、面隙間(47)が固定されている場合に比べより強い剪断作用を処理液中の藻類藻体は受けることになる。
【0020】
本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊法の第4の特徴は、前記処理液は前記狭路(41c)及び前記面隙間(47)を通過させることである。
【0021】
上記構成では、処理液中の藻類藻体は”処理液の流れと狭い流路面との間に生じる強い剪断力”と”圧力変動による負荷”を受けることになる。
【0022】
本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊法の第5の特徴は、前記処理液を往復式の前記ポンプ(2)によって圧送することである。
【0023】
上記構成では、往復式のポンプの吐出圧力によって、処理液を狭路(41c)及び狭い面隙間(47)を通過させるために必要な流体エネルギー(ヘッド)を処理液に付与することができる。
【0024】
本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊法の第6の特徴は、前記面隙間(47)を通過させた前記処理液を凍結乾燥させることである。
【0025】
上記構成では、剪断処理によって藻体内部から処理液中に溶出した細胞内有用物質に対する酸化よる劣化を最小限に抑えながら、処理液から水分を除去することが可能となる。
【0026】
本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊法の第7の特徴は、凍結させた前記処理液を大気圧より減圧した環境下に置いて乾燥させることである。
【0027】
上記構成では、細胞内有用物質と酸素との接触を最小限に抑えながら処理液から水分を蒸発させることが可能となる。
【0028】
上記目的を達成するための本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊システムは、有用物質を産出又は含有する細胞を含む処理液を貯蔵するタンク(1)と、処理液を圧送するポンプ(2)と、前記細胞の外被を破砕する剪断処理部(4)とを備えた微細藻類の外被破壊システムであって、前記剪断処理部(4)は、圧送した処理液を移送する第1流路(41a)と、該第1流路(41a)に交差し移動不能な第1面(41b)と、該第1面(41b)に対向して配置され移動可能な第2面(42a)と、該第2面(42a)を収容する第2流路(43a)とを備え、前記第1面(41b)の表面には第1の溝(41d)が形成され、且つ前記第2面(42a)の表面には前記第1の溝(41d)に嵌合可能な第2の溝(42d)が形成されると共に、前記処理液は前記第1面(41b)と前記第2面(42a)との間に形成される面隙間(47)を通過することを特徴とする。
【0029】
上記構成では、上記第1の特徴を有する剪断処理による微細藻類の外被破壊法を好適に実施することが可能となる。
【0030】
本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊システムの第2の特徴は、前記第1流路(41a)には流路が絞られた狭路(41c)が形成されることである。
【0031】
上記構成では、上記第2の特徴を有する剪断処理による微細藻類の外被破壊法を好適に実施することが可能となる。
【0032】
本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊システムの第3の特徴は、前記第2面(42a)を前記第1面(41b)に押し付ける方向に所定の圧力条件で加圧するアクチュエータ部(46)を備えることである。
【0033】
上記構成では、上記第3の特徴を有する剪断処理による微細藻類の外被破壊法を好適に実施することが可能となる。
【0034】
本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊システムの第4の特徴は、前記剪断処理部(4)と前記タンク(1)を連結する戻り配管(6)を備えることである。
【0035】
上記構成では、上記第4の特徴を有する剪断処理による微細藻類の外被破壊法を好適に実施することが可能となる。
【0036】
本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊システムの第5の特徴は、前記ポンプ(2)はシリンダ(33)と、シリンダ(33)内を往復するピストン(21)と、前記シリンダ(33)と前記ピストン(21)によって形成されるヘッドスペース(32)と、前記ヘッドスペース(32)に処理液を充填するための吸込弁(23)と、前記ヘッドスペース(32)から処理液を送り出すための吐出弁(27)とを備えた往復式ポンプであることである。
【0037】
上記構成では、上記第5の特徴を有する剪断処理による微細藻類の外被破壊法を好適に実施することが可能となる。
【0038】
本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊システムの第6の特徴は、前記面隙間(47)を通過させた前記処理液を凍結させる低温槽(10)と、凍結させた前記処理液を乾燥させる凍結乾燥機(11)とを備えることである。
【0039】
上記構成では、上記第6の特徴を有する剪断処理による微細藻類の外被破壊法を好適に実施することが可能となる。
【0040】
本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊システムの第7の特徴は、前記凍結乾燥機(11)は凍結させた前記処理液を大気圧より減圧した環境下で乾燥させることである。
【0041】
上記構成では、上記第7の特徴を有する剪断処理による微細藻類の外被破壊法を好適に実施することが可能となる。
【発明の効果】
【0042】
本発明に係る剪断処理による微細藻類の外被破壊法及び外被破壊システムによれば、強固な外被(細胞壁や細胞膜、シスト膜など)を有する細胞から有用物質を短時間で効率良く且つその品質を劣化させることなく、細胞内から処理液中に漏出させることが可能となる。
【0043】
また、上記微細藻類の外被破壊により、藻体内容物(有用物質)は細胞内から処理液中に漏出しているため、藻体内容物(有用物質)の分離精製が容易となる。更に、剪断処理した懸濁液を、漏出した内容物と粉砕された外被を分離することなく乾燥等を行い食品素材とした場合、剪断破壊せずに乾燥した場合よりも有用成分が生体内で効率よく吸収され利用できる。同様に、剪断処理した懸濁液を、漏出した内容物と粉砕された外被を分離することなく堆肥等へ肥料化する場合、発酵効率を向上させることが可能となる。
【0044】
また、処理済み液から水分の移動障壁となっている微細藻類藻体の外被を分離・除去することにより、抽出した藻体内容物(有用物質)についての乾燥時間(乾燥速度)が短縮化(高速化)して、これにより藻体内容物(有用物質)についての乾燥エネルギーを低減化することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
図1】本発明の第1実施形態に係る湿式剪断処理システムを示す説明図である。
図2】本発明に使用されるポンプを示す要部断面説明図である。
図3】ポンプの吸い込み工程を示す説明図である。
図4】ポンプの吐出工程を示す説明図である。
図5】本発明に係る剪断処理部を示す要部断面説明図である。
図6】本発明に係る剪断処理部の狭路及び面隙間の処理液の通過による処理液中の藻類藻体に対する剪断作用を示す説明図である。
図7】本発明に係る剪断処理前のイカダモ懸濁液(処理液)を示す顕微鏡写真である。
図8】イカダモ懸濁液に対する印加圧が90MPaの圧力条件下で0.3秒間、0.5秒間それぞれ剪断処理したときの様子を示す顕微鏡写真である。
図9】イカダモ懸濁液に対する印加圧が90MPaの圧力条件下で0.7秒間、0.9秒間それぞれ剪断処理したときの様子を示す顕微鏡写真である。
図10】剪断力印加時間と遠心上清中のクロロフィル量(蛍光強度値)との関係を示すグラフである。
図11】本発明に係る剪断処理前のヘマトコッカスシスト懸濁液を示す顕微鏡写真である。
図12】ヘマトコッカスシスト懸濁液に対する印加圧が95MPaの圧力条件下で0.1秒間、0.2秒間それぞれ剪断処理したときの様子を示す顕微鏡写真である。
図13】ヘマトコッカスシスト懸濁液に対する印加圧が70MPaの圧力条件下で0.1秒間、0.2秒間、0.3秒間それぞれ剪断処理したときの様子を示す顕微鏡写真である。
図14】ヘマトコッカスシスト懸濁液に対する印加圧が50MPaの圧力条件下で0.1秒間、0.3秒間、0.4秒間それぞれ剪断処理したときの様子を示す顕微鏡写真である。
図15】本発明に係る剪断処理後30分以上静置したヘマトコッカスシスト懸濁液の様子を示す写真である。
図16】波長470nmにおける吸光度(A470)と剪断力印加時間との相関を示す説明図である。
図17】本発明の第2実施形態に係る湿式剪断処理システムを示す説明図である。
図18】本発明の湿式剪断処理システムによる湿式剪断破壊法に基づいたアスタキサンチンの抽出と、その他の破壊方法に基づいたアスタキサンチンの抽出とを示す説明図である。
図19】本発明に係る湿式剪断破壊法によるヘマトコッカスシストの剪断処理前後の破壊挙動を示す説明図である。
図20】超音波処理によるヘマトコッカスシストの破壊挙動を示す説明図である。
図21】本発明に係る湿式剪断破壊法によって得られたクロマトグラムの一例を示す説明図である。
図22図18に示される方法1~方法5によって得られたヘマトコッカス乾燥シストから得られた各アスタキサンチン抽出量を示す説明図である。
図23】シスト懸濁液を湿式剪断破壊して凍結乾燥させた試料と、シスト懸濁液をホットプレート乾燥させた試料を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0046】
以下、添付図面を参照して本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0047】
図1は、本発明の第1実施形態に係る湿式剪断処理システム100を示す説明図である。
【0048】
この湿式剪断処理システム100は、アスタキサンチンやEPA等の有用物質を含む藻体の細胞の外被(細胞壁や細胞膜、シスト膜など)を液中で破壊する剪断処理を施して、その細胞内に含まれる有用物質を液中に漏出させるための剪断処理による微細藻類の外被破壊システムである。なお、有用物質が漏出した液体は、公知の分離方法(例えば遠心分離や膜濾過)によって有用物質とそれ以外の物質に分離され、その有用物質のみが抽出されることになる。なお、以降において藻体を含む液体については、この湿式剪断処理システム100による剪断処理を受けていないものを「未処理液」と、剪断処理を受けたものを「処理済み液」としそれぞれ区別することにする。また、特に区別する必要がない場合は、単に「処理液」ということにする。
【0049】
この湿式剪断処理システム100の構成としては、未処理液または処理済み液を貯蔵するリザーブタンク1と、未処理液または処理済み液を圧送するポンプ2と、ポンプ2によって圧送された未処理液または処理済み液に対し剪断処理を行う剪断処理部4と、リザーブタンク1とポンプ2を連結する吸込配管3と、ポンプ2と剪断処理部4を連結する吐出配管5と、剪断処理部4とリザーブタンク1を連結する戻り配管6とを具備して構成される。なお、ポンプ2については処理液を高い吐出圧力で送り出すことが出来るものであればよく、処理液の送り出し方式は特に問わない。本実施形態では、ポンプ2は往復式ポンプを採用している。以下、各構成について更に説明する。
【0050】
図2は、本発明に使用されるポンプ2を示す要部断面説明図である。なお、説明の都合上、吸込弁23及び吐出弁27は閉じた状態として図示されている。ポンプ2は、ピストン21がシリンダ33内を往復運動することにより、吸込弁23を介して未処理液を吸い込み、ヘッドスペース32で未処理液を圧縮し、圧縮した未処理液を吐出弁27から後段の剪断処理部4に圧送する往復式ポンプである。
【0051】
そのための構成としては、処理液を圧縮するピストン21と、ピストン21を図上右側に付勢する第1スプリング22と、イン側連結部26からヘッドスペース32への処理液の流れのみを通過させる吸込弁23と、吸込弁23を受ける第1弁座24と、吸込弁23の移動をガイドする第1スリーブ25と、リザーブタンク1から処理液を取り込むイン側連結部26と、ヘッドスペース32からアウト側連結部31への処理液の流れのみを通過させる吐出弁27と、吐出弁27を受ける第2弁座28と、吐出弁27を閉じる側に付勢する第2スプリング29と、吐出弁27の移動をガイドする第2スリーブ30と、剪断処理部4と連通するアウト側連結部31と、ピストン21が処理液を圧縮するためのヘッドスペース32と、ピストン21が往復運動するためのシリンダ33と、回転エネルギーを並進エネルギーに変換するコンロッド34及びクランクシャフト35と、を具備して上記ポンプ2は構成されている。なお、説明の都合上、ポンプ2は単一のピストン21によって構成されているが、上記構成を複数個直列または並列に組み合わせることによりポンプ2を構成しても良い。
【0052】
ピストン21にはヘッドスペース32内の液密を保持するピストンリング21aが設けられている。また、ピストン21はコンロッド34に連結され、そのコンロッド34はクランクシャフト35に連結されている。そのクランクシャフト35は電動機(図示)に同軸に連結されている。また、その電動機はインバータ(図示せず)によって回転数を制御されるように構成されている。従って、ピストン21の単位時間当たりの振動数(周波数)は、そのインバータによって変えられるように構成されている。以下、ポンプ2の動作について説明する。
【0053】
図3は、ポンプ2の吸い込み工程を示す説明図である。ピストン21が図上右側に移動するとき、ヘッドスペース32がピストン21によって負圧になる。その結果、”イン側連結部26の圧力”>”ヘッドスペース32の圧力”となる。その結果、吸込弁23が開き、処理液がイン側連結部26からヘッドスペース32に充填されるようになる。一方、”ヘッドスペース32の圧力”<”アウト側連結部31の圧力+第2スプリング29の弾性力”となるため、吐出弁27は閉じたままである。
【0054】
図4は、ポンプ2の吐出工程を示す説明図である。ピストン21が図上左側に移動するとき、ヘッドスペース32に充填された処理液はピストン21によって圧縮される。その結果、”ヘッドスペース32の圧力”>”イン側連結部26の圧力”となる。その結果、吸込弁23が閉じるようになる。一方、”ヘッドスペース32の圧力”が”アウト側連結部31の圧力+第2スプリング29の弾性力”を超えるとき、吐出弁27が開くようになる。その結果、圧縮された処理液が吐出弁27から後段の剪断処理部4に圧送されるようになる。
【0055】
なお、吸込弁23は閉じた状態であるため、圧縮された未処理液又は処理済み液がリザーブタンク1に圧送されることはない。このように、吸込弁23は、”ヘッドスペース32の圧力”<”イン側連結部26の圧力”のとき開状態となり、吐出弁27は、”ヘッドスペース32の圧力”>”アウト側連結部31の圧力”のとき開状態となるチェック弁としてそれぞれ機能している。
【0056】
図5は、本発明に係る剪断処理部4を示す要部断面説明図である。この剪断処理部4は、ポンプ2によって圧送される処理液の流れを、狭路41c又は(第1面41bと第2面42aとの間に形成される)面隙間47を通過させることによって、処理液の流れと流路面との間に生じる剪断作用(剪断力)を処理液中に含まれる藻類藻体に対し連続して印加し、アスタキサンチンやEPA等の有用物質を産出又は含有する細胞の外被を処理液中で破壊し、その有用物質を処理液中に漏出させるための装置である。
【0057】
構成としては、ポンプ2から圧送される処理液を移送するためのバルブシート部41と、バルブシート部41から流出する処理液の流れを停止/妨げるバルブ部42と、バルブシート部41及びバルブ部42を収容するハウジング部43と、吐出配管5が接続され加圧された処理液等を取り込む入口部44と、戻り配管6が接続され処理済み液が流出する出口部45と、バルブ部42を加圧するアクチュエータ部46とを具備して構成される。以下、各構成について説明する。
【0058】
バルブシート部41は、ストレート状の第1流路41aと、フランジ状の第1面41bとから成る。バルブシート部41は、ハウジング部43の段差43cに係合した状態で入口部44によってハウジング部43に固定されている。第1流路41aの先端部は内径が縮径した先細の狭路41c(又はオリフィス)を形成している。また、第1面41bには、1又は複数の第1周溝41dが周方向に沿って同心円状に形成されている。
【0059】
バルブ部42は、円盤状(ディスクヘッド型)の第2面42aと側面42bを有する拡径先端部と、棒状のロッド部42cとから成る。ロッド部42cには第2流路43aの液密状態を保持するOリング42eが設けられている。
【0060】
第2面42aには、第1面41bに形成された第1周溝41dに嵌合可能な1又は複数の第2周溝42dが周方向に沿って同心円状に形成されている。
【0061】
また、棒状のロッド部42cは、アクチュエータ部46に接続され、軸方向(長手方向)に関し変位・加圧可能に構成されている。従って、第1面41bと第2面42aとの間に形成される面隙間47のクリアランスについては、可変に構成されている。また、第2面42aはアクチュエータ部46によって面隙間47が閉じる方向に加圧される(押し付けられる)ように構成されている。なお、アクチュエータ部36としては、電気シリンダ、空気圧シリンダ又はスプリング等を使用することが可能である。
【0062】
バルブ部42の側面42bと第2流路43aの内周面43bとの間は、上記剪断処理を受けた処理液が流れることが出来る隙間を形成している。以下、剪断処理部4における処理液中の藻類藻体に対する剪断作用について説明する。
【0063】
図6は、本発明に係る剪断処理部の狭路41c及び面隙間47の処理液の通過による処理液中の藻類藻体に対する剪断作用を示す説明図である。
図6(a)に示されるように、入口部44から流入したポンプ2によって圧送された処理液は、第1流路41aを通って、狭路41cに流入する。しかし、バルブ部42はアクチュエータ部46によって第1面41b側に加圧されているため、バルブ部42は閉じた状態である。従って、処理液はバルブ部42によって流れを止められる。
【0064】
次に図6(b)に示されるように、ポンプ2から圧送されてくる処理液によって第1流路41a内の圧力は増加する。第1流路41a内の処理液の圧力が、アクチュエータ部46による押圧に等しくなるとき、処理液がバルブ部42を図上右側に押し退けながら、第1面41bと第2面42aとの間に形成される面隙間47を流れる。その結果、処理液は狭路41cを通過する際、強い剪断力を受け、これにより藻体外被が破壊される。
【0065】
次に図6(c)に示されるように、第1面41bと第2面42aとの間に形成される面隙間47を流れる処理液は、第1周溝41d及び第2周溝42dを横切る際に流れの方向をジグザグ状に変化させられる。処理液は、流れの方向をジグザグ状に変化させられることにより、より強力な剪断作用を受けることになる。また、流れの方向が変化する部分においては圧縮と膨張による圧力変動も生じる。従って、処理液は第1面41bと第2面42aとの面隙間47を通過する際、剪断力と圧力変動による負荷を同時に受けることになる。
【0066】
第1面41bと第2面42aとの間に形成される面隙間47を通過した処理液は、内周面43bに衝突して流れの方向を90°変えて流れて出口部45から流出する。
【0067】
このように、入口部44から流入したポンプ2によって圧送された処理液は、始めバルブ部42によって流れを制止させられているが、第1流路41aの処理液の圧力がアクチュエータ部46による押圧に等しくなるとき、バルブ部42を図上右側に押し退けて、自身が流れる第1面41bと第2面42aとの間に形成される面隙間47を形成するようになる。処理液は狭路41cを通過する際、強い剪断作用を受けることになる。
【0068】
更に、処理液は第1面41bと第2面42aとの間に形成される面隙間47を通過する際に、第1周溝41d及び第2周溝42dによって流れの方向をジグザグ状に変化させられる。流れの方向が変わる場合、処理液の圧力変動も生じる。これにより処理液は強い剪断作用と圧力変動による負荷を同時に受けることになる。
【0069】
従って、処理液について剪断処理部4を通過させることにより、微粒子状の乾燥藻体の外被を機械的に破壊する従来方法に比べ、連続的に効率良く藻体外被の破壊を行うことができるようになる。
【0070】
以下に、本発明に係る湿式剪断処理システム100を使用したイカダモ(Desmodesmus SP.)についての剪断処理の一例を説明する。イカダモはデスモデスムス属を代表とする緑藻で、複数の細胞が接合した群体を形成している。外被が非常に強固であるため、イカダモの外被を効率よく破壊する方法を開発すれば、その方法により他の微細藻類の外被は容易に破壊できると言われている。
【0071】
図7は、本発明に係る剪断処理前のイカダモ懸濁液を示す顕微鏡写真である。倍率は200倍、界線は0.5mm×0.5mmである。2~4個の細胞が接合している状態が観察される。
【0072】
破砕処理は、下記濃度のイカダモ懸濁液(処理液)を、下記剪断処理条件の下で剪断処理部4に所定の剪断処理時間だけ通過させることにより行った。剪断処理時間については、剪断処理部4内の滞留時間の積算値で表した。積算値については、1回通過当たりの滞留時間に通過回数を乗じることにより算出した。なお、1回通過当たりの滞留時間については、剪断処理部4の内部体積を、イカダモ懸濁液の体積流量によって除することにより算出した。
【0073】
イカダモの藻体外被の破壊についての評価は、処理済みのイカダモ懸濁液を遠心分離(2000×g・5分)して調製した
遠心上清中のクロロフィル量を蛍光強度値で表示した。
【0074】
(イカダモ懸濁液)
・濃度:乾燥重量でおおよそ0.4g/ml
(剪断処理条件)
・イカダモ懸濁液の体積流量(ポンプ2の吐出流量):270[ml/min]
・イカダモ懸濁液に対する印加圧(バルブ部42に対する押圧):90MPa、80MPa,70MPa、60MPa
(イカダモの藻体外被の破壊についての評価):
・遠心上清中のクロロフィル量(蛍光強度値)
【0075】
図8及び図9は、イカダモ懸濁液に対する印加圧が90MPaの圧力条件下で所定時間それぞれ剪断処理したときの様子を示す顕微鏡写真である。倍率は200倍、界線は0.5mm×0.5mmである。0.3秒の剪断処理で接合していた細胞はバラバラになり、また、一部は内容物が漏出して破れた袋状の外被になっていることが分かる。剪断処理時間が長くなると外被の形態を維持した細胞が大きく減少し、0.9秒ではほとんど消失した。0.5秒以降の写真を拡大して注意深く観察すると、割れた殻状の外被が徐々に増加し、それらも剪断時間の増加で破壊されて小片になっていく様子が観察される。
【0076】
図10は、剪断力印加時間と遠心上清中のクロロフィル量(蛍光強度値)との関係を示すグラフである。縦軸は、細胞外に漏出したクロロフィル量(蛍光強度値)を表し、横軸は剪断力印加時間を表している。中実四角印■は、イカダモ懸濁液に対する印加圧が60MPaのときの剪断力印加時間と遠心上清中のクロロフィル量(蛍光強度値)を示している。中実丸印●は、イカダモ懸濁液に対する印加圧に対する印加圧が90MPaのときの剪断力印加時間と遠心上清中のクロロフィル量(蛍光強度値)を示している。中実三角印▲は、イカダモ懸濁液に対する印加圧が80MPaのときの剪断力印加時間と遠心上清中のクロロフィル量(蛍光強度値)を示している。中空丸印○は、イカダモ懸濁液に対する印加圧が70MPaのときの剪断力印加時間と遠心上清中のクロロフィル量(蛍光強度値)を示している。
【0077】
図10から、細胞が壊れていないイカダモ懸濁液(剪断処理時間ゼロ)の場合、遠心処理により藻体が全て沈殿するので、遠心上清中にはクロロフィルは存在せず、蛍光強度はほとんどゼロとなる。本発明に係る剪断処理によって、いずれの圧力条件下でも剪断力印加時間の増加と共に、蛍光強度が増加した。即ち、剪断処理時間の増加に伴い、藻体外被の破壊が進行し、クロロフィルをはじめとする細胞内容物が処理液中に漏出して遠心上清中のクロロフィル蛍光強度が増加した。その増加傾向は、全ての処理圧力でほぼ同様の傾向を示し1秒程度で最高値に達した。なお、60MPaでは蛍光強度の最高値が70MPa以上に比べ約半分に留まった。この事は、60MPaでは、外被が完全に破壊されない藻体が残っており、クロロフィルを細胞内に含んだまま遠心沈降したものと考えられた。即ち、本発明に係る湿式剪断処理システム100においては70MPa以上の印加圧で処理するのが良いことが示された。ただし、必要な印加圧は使用装置やバルブ部42の形状等で異なることは当然予想される。
【0078】
次に、本発明に係る湿式剪断処理システム100を使用したシスト化したヘマトコッカスの剪断処理の一例を説明する。緑藻類であるヘマトコッカスは、通常は緑色球状をしているが、紫外線などのストレスを受けると藻体内部に赤色のアスタキサンチンを蓄積してシスト化する。このアスタキサンチンは、強い抗酸化活性を有する機能性物質として、またその鮮やかな赤色から天然色素として付加価値が高く、健康食品やスキンケア製品原料用に商業規模で生産されている。培養されたヘマトコッカスシストは通風乾燥や噴霧乾燥、ドラムドライングなどの方法により乾燥され、乾燥藻体を機械的に粉砕後、内部のアスタキサンチンを超臨界二酸化炭素や有機溶媒で抽出しているのが従来法である。しかしながら、前述のように、加熱を伴う従来法では乾燥時に高温の酸素と接するためにアスタキサンチンの酸化劣化に繋がりやすい問題がある(アスタキサンチンは天然の抗酸化物質であり、酸素と非常に結びつきやすい)。また、乾燥した微細な藻体外被を機械的に破壊するのは難しく、特に、ヘマトコッカスシストの膜(外套)はゼラチンのような物性を示し、弾性と靱性を有していることに加えて脆性に乏しいため、更に粉砕を難しいものにしている。そのため、抽出障壁となる外被の効率的な破砕方法の開発が急務かつ重要な課題となっている。
【0079】
本発明に係る剪断処理(破砕処理)は、イカダモ懸濁液と同様に、下記濃度のヘマトコッカスシスト懸濁液(処理液)を、下記剪断処理条件の下で剪断処理部4に所定の剪断処理時間だけ通過させることにより行った。剪断処理時間については、剪断処理部4内の滞留時間の積算値で表されている。積算値については、1回通過当たりの滞留時間に通過回数を乗じることにより算出した。なお、1回通過当たりの滞留時間については、剪断処理部4の内部体積を、ヘマトコッカスシスト懸濁液の体積流量によって除することにより算出した。
【0080】
(ヘマトコッカスシスト懸濁液)
・濃度:乾燥重量でおおよそ0.4g/ml
(剪断処理条件)
・ヘマトコッカスシスト懸濁液の体積流量(ポンプ2の吐出流量):270[ml/min]
・ヘマトコッカスシスト懸濁液に対する印加圧(バルブ部42に対する押圧):95MPa、70MPa、50MPa
(ヘマトコッカスシストの藻体外被の破壊についての評価):
・吸光度法:波長470nmの吸光度
【0081】
図11は、本発明に係る剪断処理前のヘマトコッカスシスト懸濁液を示す顕微鏡写真である。図12は、ヘマトコッカスシスト懸濁液に対する印加圧が95MPaの圧力条件下で剪断処理したときの様子を示す顕微鏡写真である。図13は、ヘマトコッカスシスト懸濁液に対する印加圧が70MPaの圧力条件下で剪断処理したときの様子を示す顕微鏡写真である。図14は、ヘマトコッカスシスト懸濁液に対する印加圧が50MPaの圧力条件下で剪断処理したときの様子を示す顕微鏡写真である。なお、イカダモ懸濁液の場合と同様に、倍率は200倍、界線の寸法は0.5mm×0.5mmである。
【0082】
図12に示されるように、わずか0.1秒の剪断破壊処理で赤色のシスト細胞は消失したことが分かる。本発明に係る剪断処理(剪断破壊処理)は、剪断力、即ち、ズリの力によって細胞を破壊する、そのため外被が割れたような形態になっているのが観察される。また、流体(水)を圧力媒体として剪断力を伝えているので、力が隅々まで均等に伝わり破壊にムラがない特徴を有する。
【0083】
図13に示されるように、ヘマトコッカスシスト懸濁液に対する印加圧が70MPaの圧力条件下で0.3秒程度の剪断処理でほとんどのシストが破砕されたことが分かる。また、図14に示されるように、ヘマトコッカスシスト懸濁液に対する印加圧が50MPaの場合でも0.4秒程度の剪断処理でほとんどのシストが破砕されたことが分かる。これは、シスト化したヘマトコッカスの外被はイカダモ外被よりも弾性が強いものの靱性は弱いためである。上記図10に示されるように、イカダモの外被を破壊するには70MPa以上の印加圧力が必要で、且つ長時間の剪断処理時間が必要であったのに対し、ヘマトコッカスの外被は50MPaの印加圧力でも短時間の剪断処理で効率よく破壊することができる。
【0084】
図15は、本発明に係る剪断処理後30分以上静置したヘマトコッカスシスト懸濁液の様子を示す写真である。図15(a)は、ヘマトコッカスシスト懸濁液に対する印加圧が95MPaの圧力条件下で所定の時間だけ剪断処理したときのヘマトコッカスシスト懸濁液を示している。図15(b)は、同50MPaの圧力条件下で所定の時間だけ剪断処理したときのヘマトコッカスシスト懸濁液を示している。
【0085】
未処理のヘマトコッカスシスト懸濁液では、静置中にシストが沈殿し、上澄み液には全く着色が見られない(液面の赤い線は沈殿の反射によるもの)。一方で、剪断処理を行った液では、95MPa、50MPa両者において0.1秒という短時間の剪断処理で液が着色し、シスト内部に存在していたアスタキサンチンが上澄み中に漏出したことが分かる。この漏出挙動を定量的に表すために、剪断処理液を遠心分離(2000×g・5分)して固形分を沈殿させ、その遠心上清の470nmにおける吸光度を測定した結果を図16に示すことにする。
【0086】
図16は、波長470nmにおける吸光度(A470)と剪断力印加時間との相関を示す説明図である。波長470nmはアスタキサンチンの吸収極大波長であり、この波長における溶液の吸収強度はおおよそ溶解しているアスタキサンチン量を表している(に比例している)と考えて差し支えない。測定の結果、0.3~0.4秒程度の短時間の剪断処理でシスト内のアスタキサンチンが液中に溶出(漏出)したことが示された。即ち、シストがほぼ完全に破壊されたことが示された。この結果は、図12から図14に示される顕微鏡写真の観察結果とよく一致している。この結果から、本発明に係る剪断処理法では、イカダモのような強固な外被を有する藻類に比べて、ヘマトコッカスの外被(シスト)は、短時間、低圧力条件で十分に破壊できる事が示された。
【0087】
溶液中に漏出したアスタキサンチンは全く酸素と接触しておらず加熱も受けていないことから高品質のアスタキサンチンとして溶解していると考えられる。この後のアスタキサンチンの分離精製法としてはいくつかの選択肢が考えられ、溶媒分配などが有効と考えられる。この時、減圧濃縮等を取り入れると効率は更に向上する。凍結乾燥や減圧乾燥後の溶媒抽出も有効と考えられ、多彩な工程の構築が可能と考えられる。特に本発明に係る剪断処理及び湿式剪断処理システム100は、培養後の藻体の破砕を液体(懸濁液)の状態で行うことから、培養→連続遠心分離(懸濁液調製)→連続剪断破壊→連続遠心分離といった具合に行程を連続化できるメリットがある。
【0088】
以上の通り、本発明の第1実施形態に係る湿式剪断処理システム100によれば、処理液の流れと処理液が接する流路面(狭路41c、第1面41b、第2面42a)との間に生じる剪断力によって、処理液中の微細藻類の強固な外被(細胞壁、細胞膜、シスト膜などの藻体外被)を破壊し、これにより微細藻類の細胞内有用物質を短時間で効率良く且つその品質を劣化させることなく、細胞内から処理液中に漏出させることが可能となる。
【0089】
また、処理液が接触する流路面(狭路41c、第1面41b、第2面42a)に、処理液の流れ方向を変える周状溝を形成することにより、処理液の流れと狭路41c又は面隙間47との間に生じる剪断力(剪断作用)をより大きくすると共に、処理液の流れ方向が変わることにより生じる圧力変動による負荷を微細藻類藻体に別途作用させることが可能となる。
【0090】
また、面隙間47を閉じる方向に加圧しながら処理液を狭路41c及び面隙間47を通過させることにより、処理液の流れと狭路41c又は面隙間47との間に生じる剪断力(剪断作用)を大きくすることが可能となる。
【0091】
また、処理液を圧送するポンプ2として吐出圧を高くすることが容易な往復式ポンプを採用することにより、処理液の流れと狭路41c又は面隙間47との間に生じる剪断力(剪断作用)を大きくすることが可能となる。
【0092】
また、処理液を狭路41c及び面隙間47を通過させ、微細藻類に対する剪断力の作用時間を長く確保することにより、処理液中に含まれる微細藻類の外被(細胞壁、細胞膜、シスト膜などの藻体外被)を効率良く破壊することが可能となる。
【0093】
その結果、処理済み液から藻体内容物(細胞内有用物質)の分離精製が容易となる。更に剪断処理した懸濁液を、漏出した内容物と粉砕された外被を分離することなく乾燥等を行い食品素材とした場合、剪断破壊せずに乾燥した場合よりも有用成分が生体内で効率よく吸収され利用できる。同様に、剪断処理した懸濁液を、漏出した内容物と粉砕された外被を分離することなく
堆肥等へ肥料化する場合、発酵効率を向上させることが可能となる。
【0094】
また、処理済み液から水分の移動障壁となっている微細藻類藻体の外被を分離・除去することにより、抽出した藻体内容物(有用物質)についての乾燥時間(乾燥速度)が短縮化(高速化)して、これにより藻体内容物(有用物質)についての乾燥エネルギーを低減化することが可能となる。
【0095】
なお、図1から図16を参照しながら、本発明の第1実施形態に係る上記湿式剪断処理システム100について説明してきたが、本発明の実施形態は上記のみに限定されることはない。すなわち、本発明の技術的範囲内において種々の修正・変更を加えることができる。例えば、処理液が接触する狭路41cの内面に周溝を円状に又は螺旋状に形成しても良い。また、第1周溝41d及び第2周溝42dの形状については、同心円状の他、楕円等の閉曲線もしくは閉多角形、又は偏心した左記形状、或いは放射状であっても良い。
【0096】
また、第1流路41aについては、狭路41cを設けずにストレート管のみで構成しても良い。また、ヘマトコッカスシスト懸濁液(処理液)の剪断処理部4を通過させる回数については1回だけの場合もあり得る。
【0097】
以上、本発明の剪断処理による微細藻類の外被破壊法は、他の方法に比べ格段に優れた破壊方法である。剪断力を微細藻類外被に与える方法はいくつか考えられるが、上記実施形態で示したように、ポンプ2によって圧送される処理液に狭路41c及び閉じる方向に加圧された面隙間47を通過させることにより剪断力を微細藻類外被に与える破壊法は、非常に優れた破壊効果を示す。
【0098】
本発明の剪断処理による微細藻類の外被破壊法により、外被が強固で乾燥後の粉砕が非常に困難であると言われているイカダモにおいても容易に破砕することができたことは特筆に値する。それに加えて、本外被破壊法は、従来法のような加熱乾燥工程を経ずに外被を破壊する事から藻体内の内容物に熱履歴を与えることがなく、劣化の少ない内容物(細胞内有用物質)を得ることができる。処理液中に漏出した目的成分(細胞内有用物質)は、溶媒分配などにより分離・生成することが可能である。
【0099】
また、処理液は遠心分離や膜濾過などで処理することで、破壊されて処理液中に懸濁浮遊する外被固形分と、溶解している細胞内有用物質を容易に分離することが可能である。細胞内有用物質を含んだ溶液を噴霧乾燥や凍結乾燥による乾燥を行う場合でも、水分の移動障壁となっている外被が破壊されて含まれていないため効率の高い乾燥を行うことが可能となる。
【0100】
外被を破砕した微細藻類は、例えばその全量を乾燥して、これを食品素材や飼料として展開することも考えられる。この場合は、消化障壁である外被が破壊されているため消化吸収が向上し、栄養価や消化性、飼料効率が上昇することが期待できる。堆肥化などの肥料化に際しても速度や効率の向上が期待できる。
【0101】
(第2実施形態)
図17は、本発明の第2実施形態に係る湿式剪断処理システム200を示す説明図である。
この湿式剪断処理システム200は、上記第1実施形態に係る湿式剪断処理システム100に対し、剪断処理されたヘマトコッカスシスト懸濁液の処理液を凍結させる低温槽10と、凍結した処理液を減圧下で乾燥させる凍結乾燥機11と、処理液を剪断処理部4から低温槽10に導入する第1導入配管12と、第1導入配管12の流れをオン/オフする第1遮断弁12aと、処理液をリザーブタンク1から低温槽10に導入する第2導入配管13と、第2導入配管13の流れをオン/オフする第2遮断弁13aと、第1導入配管12及び第2導入配管13に連通した第3導入配管14と、を具備して構成されている。
【0102】
つまり、この湿式剪断処理システム200は、剪断処理されたヘマトコッカスシスト懸濁液からのアスタキサンチンの抽出率を高めるために、剪断処理されたヘマトコッカスシスト懸濁液を低温槽10と凍結乾燥機11によって凍結乾燥させている。以下にこの凍結乾燥について説明する。
【0103】
佐賀市内で採取し単離したHaematococcus lacustris dSgD-K1株をAF6培地を用いて、温度25℃、光量子束密度80μmol/m2/s、光照射時間 明:暗 = 12h : 12hで培養後、光量子束密度を300μmol/m2/sに上げた光を24時間連続的に照射して光ストレスによるシスト化を行った(この時、温度は15℃に下げて増殖を抑制した)。
得られたシストは脱イオン水への懸濁と遠心分離を繰り返して培地成分を洗い流し、再度脱イオン水に懸濁し、これを同一濃度となるように均等割して以下の図18に示される5つのパターン(1~5)の抽出試験に供試した。
【0104】
図18は、本発明に係る湿式剪断処理システム200による湿式剪断破壊法に基づいたアスタキサンチンの抽出と、その他の破壊法に基づいたアスタキサンチンの抽出とを示す説明図である。
図18に示される様に、抽出の前処理方法は大別して、上段の「粉砕後に乾燥してから抽出するパターン」(方法1~方法2)と、下段の「乾燥後に粉砕して抽出するパターン」(方法3~方法5)に分けられる。上述のように本試験では、これら5つの試験全てを同一濃度に調製したヘマトコッカスシスト懸濁液を用いて比較を行った。以下順に説明する。
【0105】
<方法1:湿式剪断破壊>
この方法1は、本発明の上記湿式剪断処理システム200を用いた湿式剪断破壊法である。なお、ホットプレート乾燥(120℃)は、凍結乾燥の効果を確認するための比較検討用であり、本発明の構成に含まれない。また、剪断処理時の印加圧は90MPaである。
【0106】
図19は、本発明に係る湿式剪断破壊法によるヘマトコッカスシストの剪断処理前後の破壊挙動を示す説明図である。図19(a)は破壊前のヘマトコッカスシストの懸濁液(以下「シスト懸濁液」という。)を示し、同(b)は剪断処理後のシスト懸濁液を示し、同(c)は同(b)のシスト懸濁液の拡大図である。なお、シスト懸濁液は、顕微鏡観察が容易となるように200倍に希釈されている。
【0107】
図19(a)に示されるように、ヘマトコッカスシストは外被に覆われたままで、外被からアスタキサンチンの溶解・溶出は何ら確認されない。
【0108】
図19(b)は、シスト懸濁液を、上記剪断処理システム200の剪断処理部4を複数回通過させた後に観察した写真である。図中に示した「剪断処理時間0.92秒」は、シスト懸濁液が剪断処理部4内に滞留した累積時間のことで、すなわち剪断力を受けた合計時間を示している。図19(b)を見て分かるように、ほとんどのシスト細胞が0.92秒という非常に短時間の剪断力によって破壊されたことがわかる。
【0109】
図19(c)は、シスト細胞の破壊の様子がわかるようにさらに拡大した写真である。図19(c)を見て分かるように、シスト内容物が細胞外に漏出して空になっていることが分かる。
【0110】
この湿式剪断破壊法においては、得られた剪断処理液を図18に示した「凍結乾燥」と「ホットプレート乾燥」の2種類の乾燥法で乾燥し、得られた乾燥物からのアスタキサンチン抽出量を測定した。なお、ホットプレート乾燥は、凍結乾燥の効果を確認するための比較検討用である。
【0111】
凍結乾燥は、ナスフラスコに入れた剪断処理液を -40℃の低温槽中で回転しながら凍結させ、凍結した剪断処理液を凍結乾燥機にて 約4Paの減圧下で2日以上乾燥することで行った。
【0112】
ホットプレート乾燥は、120℃にセットしたホットプレート(型番:アズワン ND-2A)上に剪断処理液をピペットマンで滴下し、水分が蒸発したところでスクレイパーによって掻き取り、乾燥物を得た。この時、剪断処理液を滴下してから掻き取るまでの所要時間(乾燥時間)はおおよそ1分間であった。これらの乾燥物中のアスタキサンチンを後述のHPLC法により定量分析した。この定量分析結果については図22を参照しながら後述する。
【0113】
<方法2:超音波破砕>
超音波破砕法は微生物を含め広く細胞破砕方法として用いられている従来の手法である。ここでは、プローブ式超音波破砕装置(Sonifier(登録商標) SFX 250)を用い、プラスチック容器に入れた50mLのシスト懸濁液について20kHz・250Wの条件で破砕を行った。なお、試料液(シスト懸濁液)を氷冷しながら処理を行ったが、急激な温度上昇を抑えることができず、数分おきに処理を中断して氷冷し、温度が50℃を越えないように注意した。
【0114】
図20は、超音波処理によるヘマトコッカスシストの破壊挙動を示す説明図である。図20(a)は超音波処理前のヘマトコッカスシストを示し、同(b)は超音波処理後のヘマトコッカスシストを示している。
【0115】
図20(b)に示されるように、超音波処理では、50mLのシスト懸濁液に対して15分間の処理を行っても多くの細胞が破壊されずに残っていることがわかる。この超音波処理液も上記剪断処理液と同様に120℃のホットプレート上で乾燥し、アスタキサンチン抽出用試料とした。この乾燥物中のアスタキサンチンを後述のHPLC法により定量分析した。この定量分析結果については図22を参照しながら後述する。
【0116】
方法3~方法5(図18の下段)は、乾燥を先に行い、その後に乾燥した藻体の破壊を行う従来の方法である。即ち、上述の方法1~方法2(図18の上段)が先に破砕を行ったのに対して逆の順番で処理を行ったものである。以下、参考に方法3から順に説明する。
【0117】
<方法3:ホットプレート乾燥>
方法3のホットプレート乾燥では、まず、「ヘマトコッカスシスト懸濁液をホットプレートで加熱乾燥」し、「乾燥物をガラスホモジナイザーで破砕」してアスタキサンチンの抽出を行った。
【0118】
商業規模でのアスタキサンチン製造(以下「現行法」という。)では、ドラムドライヤーなどで加熱乾燥後、ディスクミルあるいは擂潰機のような粉砕器で機械的に粉砕後溶媒抽出が行われている。したがって、ここで行った方法3が現行法に最も近い方法であり、かつ、抽出溶媒中で外被を破砕しているので、現行法以上に抽出効率が高い手法である。
【0119】
具体的には、上記方法1および2と同じように120℃に設定したホットプレート(型番:アズワン ND-2A)上にピペットマンで未処理のシスト懸濁液を滴下し、乾燥後スクレイパーで掻き取った(滴下から掻き取るまでおおよそ1分である。)。続いて得られた乾燥シスト10mgをダウンス型ガラスホモジナイザーに秤取し、少量のアセトンを加えてシスト外被を破砕した。この操作で得られた液をメスフラスコで定容後アスタキサンチン量測定試料とした。なお、ホットプレート乾燥のみ(ガラスホモジナイズを行わない)の試料についても抽出を行い、ガラスホモジナイズの効果を検証した。この定量分析結果については図22を参照しながら後述する。
【0120】
<方法4:凍結乾燥>
方法4の凍結乾燥法は、種々の乾燥法の中で乾燥原料へのダメージが最も小さな乾燥法である。特に今回の目的物質であるアスタキサンチンのような酸化を受けやすい物質に対しては最も好ましい乾燥法である。そのため、方法1においても剪断処理液の乾燥にこの凍結乾燥法を使用した。
【0121】
ここではシスト懸濁液を方法1と同じようにナスフラスコに入れ、-40℃の低温槽中で回転しながら凍結後、凍結乾燥機にて 約4Paの減圧下で2日以上乾燥した。得られた乾燥シストを方法3と同様にダウンス型ガラスホモジナイザーに秤取し、少量のアセトンを加えてシスト外被を破砕後定容してアスタキサンチン量測定試料とした。ここでも、凍結乾燥のみ(ガラスホモジナイズを行わない)の試料についても抽出を行い、ガラスホモジナイズの効果を検証した。この定量分析結果については図22を参照しながら後述する。
【0122】
<方法5:温風乾燥>
方法5の温風乾燥法は、乾燥対象物が高温の熱風にさらされるため、アスタキサンチンのような抗酸化物質が高温の酸素によって酸化劣化するリスクが大きい方法である。しかしながら、最も簡便で安価な乾燥法であることから比較する方法の一つに取り上げた。
【0123】
ここでは、90mmシャーレにシスト懸濁液約25mLを入れ、95℃の温風乾燥機(型番:EYELA WFO-400W)内で4時間乾燥した。乾燥したシストはスクレイパーで掻き取って方法3と同様にダウンス型ガラスホモジナイザーに秤取し、少量のアセトンを加えてシスト外被を破砕後定容してアスタキサンチン量測定試料とした。ここでも温風乾燥のみ(ガラスホモジナイズを行わない)の試料についても抽出を行い、ガラスホモジナイズの効果を検証した。この定量分析結果については図22を参照しながら後述する。以下に、アスタキサンチン定量分析法について説明する。
【0124】
<アスタキサンチン定量分析法>
アスタキサンチン工業会のアスタキサンチン定量試験法に準じて定量分析を行った。具体的には下記の通りである。
【0125】
抽出試験試料(乾燥試料)10mgを精秤し、50mL容メスフラスコへ移してアセトンを約20mL加えた。ただし、ガラスホモジナイズ(ダウンス型)を行った、方法3に係る試料3、方法4に係る試料4、方法5に係る試料5については、ガラスホモジナイザー内の破砕試料を少量のアセトンで洗い出し、約20mLとした。
【0126】
試料1~試料5についてさらにアセトンを20mLほど加え45kHzで5分間超音波処理した後、アセトンで50mLに定容した。この試料溶液3mLを15mL容遠沈管に分注し、0.05Mトリス塩酸緩衝液(pH7.0)を2mL加えた。37℃の恒温槽で2分間加温して平衡化させた後、3.4units/mLのコレステロールエステラーゼ溶液600μLを加えて、10分おきに泡が立たないように静かに転倒混和しながら、37℃の恒温槽で45分間静置で反応させた。反応終了後、硫酸ナトリウム十水和物約1gと石油エーテル4mLを加えた。石油エーテルはドラフト内で加えた。転倒混和を30回行った後、ボルテックスミキサーで30秒撹拌し、1200×gで3分間遠心した。上層約5mLをパスツールピペットで300mL容ナスフラスコに取り、残った下層に石油エーテルを4mL加え、同様に混合、遠心、上層の分取をもう一度行った。32℃のロータリーエバポレーターで石油エーテルを留去し、ヘキサンアセトン混液(82:18V/V)3mLを加えて溶解して、これをHPLC分析試料液とした。HPLCの分析条件は下記表1の通りである。
[表1 HPLC分析条件]
【0127】
図21は、本発明に係る湿式剪断破壊法によって得られたクロマトグラムの一例を示す説明図である。酵素処理により、エステルのピークが消え、trans体あるいは9-cisおよび13-cis体のピークが見える。
【0128】
抽出液中のアスタキサンチン量は、下記式1のアスタキサンチン工業会の推奨式に従って求めた。計算にあたっては富士フィルム和光純薬製アスタキサンチン(010-27461)を標準物質として検量線を作成して算出した。
(式1):P(total) = P(trans) + 1.2P(9-cis) + 1.6P(13-cis)
ここで、
P(trans):全トランス体アスタキサンチンピーク面積
1.2P(9-cis):9シス体アスタキサンチンピーク面積
1.6P(13-cis):13シス体アスタキサンチンピーク面積
【0129】
図22は、上記方法1~方法5によって得られたヘマトコッカス乾燥シストから得られた各アスタキサンチン抽出量を示す説明図である。数値は、乾燥シスト1gあたりのアスタキサンチン抽出量(mg)である。結論として本発明に係る上記湿式剪断処理システム200による「湿式剪断破壊法」(方法1)が最も優れた抽出効率を示し、本発明に係る湿式剪断破壊法の優位性が確認された。以下、具体的に説明する。
【0130】
本発明に係る湿式剪断破壊法(方法1)では湿式剪断破壊の後、処理液の乾燥方法として凍結乾燥とホットプレート乾燥の2種類の乾燥法を適用して抽出効率の比較を行った。まず、図22左端に示される「剪断破砕液を凍結乾燥」した場合が他のすべての方法にくらべて最大のアスタキサンチン抽出量を示した。
【0131】
他方、その右隣の「剪断破砕→ホットプレート乾燥」は剪断破砕液をホットプレートで乾燥(120℃)した場合を示している。この場合、アスタキサンチン抽出量は15.5から4.77[mg/g-乾燥シスト]に低下した。これは乾燥時にアスタキサンチンが高温の空気に触れた事による低下を示している。この事からも、アスタキサンチンのような抗酸化性が高い物質は高温の酸素と接触する処理を避けることが望ましいことが分かる。
【0132】
方法2の「超音波処理→凍結乾燥」の抽出量は6.15[mg/g-乾燥シスト]に留まった。超音波破砕法ではシストの十分な破砕が得られず、そのために温度上昇を全く伴わない凍結乾燥法を行っても低いアスタキサンチン抽出量しか得られないことを示している。
【0133】
続く方法3から方法5は現行法と同様に、乾燥→破砕→抽出という手順を踏んだ方法の比較である。「ホットプレート乾燥」を行った方法3はドラムドライヤーなどを用いて行われている商業規模の乾燥法に最も近い乾燥法である。ホットプレートで乾燥したシストをガラスホモジナイザー内で抽出溶媒と共に破砕した。この破砕法は乾燥した状態でディスクミルなどにより破砕してから抽出する方法よりも高い抽出効率が得られる。また、ここでは、乾燥のみの効果を比較するために、プレート乾燥のみを行った乾燥シストからのアスタキサンチン抽出量も測定した。
【0134】
その結果、図22の方法3に示されるように、乾燥のみでは2.12[mg/g-乾燥シスト]と最も低いアスタキサンチン抽出量であった。これは乾燥したシスト膜が藻体内への抽出溶媒の侵入の障壁となり内部のアスタキサンチンの溶解・溶出が不十分であったためと考えられた。この乾燥シストをガラスホモジナイザーで破砕しながら抽出を行うと抽出量は9.66[mg/g-乾燥シスト]まで向上した。しかしながら本発明に係る方法1の湿式剪断破壊法の15.5[mg/g-乾燥シスト]には及ばなかった。
【0135】
方法4の凍結乾燥法では、ホットプレート乾燥と同様に、破砕していない乾燥のみのシストからの抽出量は乾燥したシスト外被が抽出障壁となり2.81[mg/g-乾燥シスト]に留まった。ガラスホモジナイズによる外被破砕により7.18[mg/g-乾燥シスト]まで向上したが本発明に係る方法1の湿式剪断破壊法に比べ半量に留まった。
【0136】
方法5では温風乾燥後の乾燥シストからの抽出量が5.64[mg/g-乾燥シスト]に留まり、ガラスホモジナイズしても8.9[mg/g-乾燥シスト]に留まった。温風乾燥法は乾燥方法としては最も容易な方法であるが、乾固したシストが乾燥容器の器壁に強固に張り付き、これを剥がす作業に大きなエネルギーと手間を要した。このことからシストの乾燥法としては不向きな手法であると考えられる。
【0137】
なお、アスタキサンチン抽出量について留意しなければならないのは、図22で示した乾燥シスト1gあたりのアスタキサンチン抽出量は一般に言われている30~40mgよりも低い値となっている。これは試験試料としたヘマトコッカスシストが、実際には細胞の多くがパルメロイド細胞(未成熟シスト)であった事によるものである。モノクロではわかりにくいが図19(a)の破壊前や図20(a)の処理前の写真で見られるように半分以上の細胞が未成熟シストであった。従って、アスタキサンチン抽出量の絶対値が低かったのは原料の状態が理由であり、本発明に係る湿式剪断破壊法が劣るためではない。
【0138】
また、図23はシスト懸濁液を湿式剪断破壊して凍結乾燥させた試料と、シスト懸濁液を単にホットプレート乾燥させた試料を示す説明図である。モノクロで分かりづらいが、両者は色の鮮やかさが大きく異なる。湿式剪断破壊して凍結乾燥した試料の方が赤色を呈しているのに対し、ホットプレート乾燥した試料は茶色を呈している。
【0139】
以上の通り、本発明の湿式剪断処理システム200を用いた湿式剪断破壊法によればヘマトコッカスシストの外被を効率良く破壊することができると共に、シスト内部から漏出したアスタキサンチンを含む処理液を凍結乾燥させることにより、アスタキサンチンの酸化劣化を最小限に抑えながら乾燥シストからアスタキサンチンを効率良く抽出することができるようになる。
【0140】
(第3実施形態)
ボトリオコッカス属、特に、Botryococcus brauniiは、アルジナンと呼ばれる難分解性高分子マトリックスの中に房状の群体を形成し、細胞とマトリックスの間に燃料として利用しやすい炭化水素系オイルを大量に蓄積する。その含有量は多いものでは乾燥藻体重量の60%におよび、液体燃料生産法として非常に有望である。
【0141】
藻体内で産生された炭化水素系オイルの抽出について、現行法では種々の有機溶媒を用いて抽出を行っているが、前処理として本発明に係る上記湿式剪断破壊法を適用すれば、その強力な剪断力でマトリックスを破壊し、また、藻体細胞表面に強力に付着しているオイルを引き剥がすことでオイル成分の分離・回収が著しく容易になる。特に、剪断処理液を静置または遠心処理することで、遊離したオイルが層分離することが可能となり、これにより、その後の精製工程を容易にすることが可能となる。
【符号の説明】
【0142】
1 リザーブタンク
2 ポンプ
21 ピストン
22 第1スプリング
23 吸込弁
24 第1弁座
25 第1スリーブ
26 イン側連結部
27 吐出弁
28 第2弁座
29 第2スリング
30 第2スリーブ
31 アウト側連結部
32 ヘッドスペース
33 シリンダ
34 コンロッド
35 クランクシャフト
3 吸込配管
4 剪断処理部
41 バルブシート部
41a 第1流路
41b 第1面
41c 狭路
41d 第1周溝
42 バルブ部
42a 第2面
42b 側面
42c ロッド部
42d 第2周溝
43 ハウジング部
44 入口部
45 出口部
46 アクチュエータ部
47 面隙間
5 吐出配管
6 戻り配管
10 低温槽
11 凍結乾燥機
12 第1導入配管
12a 第1遮断弁
13 第2導入配管
13a 第2遮断弁
14 第3導入配管
100 湿式剪断処理システム(剪断処理による微細藻類の外被破壊システム)
200 湿式剪断処理システム(剪断処理による微細藻類の外被破壊システム)
図1
図2
図3
図4
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図9
図10
図11
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図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23