(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-11
(45)【発行日】2024-06-19
(54)【発明の名称】合金皮膜及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 26/00 20060101AFI20240612BHJP
B22F 3/10 20060101ALI20240612BHJP
B23K 26/342 20140101ALI20240612BHJP
C23C 4/08 20160101ALI20240612BHJP
C23C 26/02 20060101ALI20240612BHJP
【FI】
C23C26/00 E
B22F3/10 E
B23K26/342
C23C4/08
C23C26/00 B
C23C26/00 N
C23C26/02
(21)【出願番号】P 2020008911
(22)【出願日】2020-01-23
【審査請求日】2022-11-04
(31)【優先権主張番号】P 2019010204
(32)【優先日】2019-01-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】800000068
【氏名又は名称】学校法人東京電機大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】五味 健二
(72)【発明者】
【氏名】八▲高▼ 隆雄
【審査官】黒木 花菜子
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-201893(JP,A)
【文献】特開平07-102348(JP,A)
【文献】特開2005-187876(JP,A)
【文献】特開昭62-067182(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-1305451(KR,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 26/00
C23C 4/08
B23K 26/342
B22F 3/10
C23C 26/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックスからなる基材の表面に、
Alを37~49原子%、Crを10原子%以上13原子%未満含み、残部がFeである原料から、金属間化合物からなる合金皮膜を形成する合金皮膜の製造方法であって、
前記金属間化合物は、Crを固溶するFeAl金属間化合物であり、
前記合金皮膜は、大気中、不活性ガス雰囲気中、又は基材上でCrを固溶するFeAl金属間化合物を生成し、前記基材の表面上で固化させることにより形成されることを特徴とする合金皮膜の製造方法。
【請求項2】
前記合金皮膜は、
前記原料を前記基材の表面に溶射することにより形成されることを特徴とする請求項
1に記載の合金皮膜の製造方法。
【請求項3】
前記合金皮膜は、
前記原料を前記基材の表面で焼結させることにより形成されることを特徴とする請求項
1に記載の合金皮膜の製造方法。
【請求項4】
前記合金皮膜は、
前記原料を前記基材の表面で溶融させることにより形成されることを特徴とする請求項
1に記載の合金皮膜の製造方法。
【請求項5】
前記合金皮膜は、
前記原料を前記基材の表面に肉盛溶接することにより形成されることを特徴とする請求項
1に記載の合金皮膜の製造方法。
【請求項6】
前記原料のペーストを前記基材の表面に塗布した後、焼結させることを特徴とする請求項
3に記載の合金皮膜の製造方法。
【請求項7】
前記原料のペーストを前記基材の表面に塗布した後、溶融させることを特徴とする請求項
4に記載の合金皮膜の製造方法。
【請求項8】
前記原料のペーストを前記基材の表面に塗布した後、肉盛溶接することを特徴とする請求項
5に記載の合金皮膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合金皮膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、基材である鋼の表面に、純AlやAl-Si合金等を付着させたり、この付着させた金属元素を加熱で拡散させたりする手法は、アルミナイジング処理として知られている。アルミナイジング処理によれば、鋼の表面にアルミニウム皮膜又はアルミニウム合金皮膜が形成されることにより、鋼単体の場合に比較して、耐食性等の特性を向上させることができる。このうち、上記加熱を800℃以上で行う高温アルミナイジング処理を行うと、靱性に富むFe-Al合金皮膜が形成される。
【0003】
Al及びFeの2種、又はAl、Cr及びFeの3種を合金化させると、Fe-Al系、又はFe-Al-Cr系の合金皮膜が得られる。例えば、特許文献1には、Crの含有量が10~13原子%のCrを固溶するFeAl金属間化合物からなる合金皮膜が開示されている。このCrを固溶するFeAl金属間化合物からなる合金皮膜は、酸、アルカリ、塩に対する耐食性が優れ、靱性及び耐摩耗性に優れる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、拡散処理は高温で長時間であるため現実性に欠ける。例えば、特許文献1では、Crの含有量が10~13原子%のCrを固溶するFeAl金属間化合物からなる合金皮膜を製造するために、鋼の表面にAl-Cr合金を溶融めっきした後、これらを1050℃で10時間加熱している。このような拡散処理は量産品の場合は生産能力を著しく下げ、橋脚のような巨大な部材においては巨大な炉を用意する必要が生じるため、いずれにしても現実的でない。また、溶融めっきは高温の溶融金属及び槽を準備せねばならず、やはり効率に欠け、巨大な部材においては現実的でない。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものである。本発明は、製造の際に溶融めっきや高温かつ長時間の加熱処理が不要な、Crを固溶するFeAl金属間化合物からなる合金皮膜、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様に係る合金皮膜は、基材の表面に形成される、金属間化合物からなる合金皮膜であって、前記金属間化合物は、Crを固溶するFeAl金属間化合物である。
【0008】
本発明の第2の態様に係る合金皮膜の製造方法は、基材の表面に、金属間化合物からなる合金皮膜を形成する合金皮膜の製造方法であって、前記金属間化合物は、Crを固溶するFeAl金属間化合物であり、前記合金皮膜は、大気中、不活性ガス雰囲気中、又は基材上でCrを固溶するFeAl金属間化合物を生成し、前記基材の表面上で固化させることにより形成される。
【発明の効果】
【0009】
本実施形態に係る合金皮膜によれば、製造の際に溶融めっきや高温かつ長時間の加熱処理が不要な、Crを固溶するFeAl金属間化合物からなる合金皮膜を提供することができる。
【0010】
本実施形態に係る合金皮膜の製造方法によれば、製造の際に溶融めっきや高温かつ長時間の加熱処理が不要な、Crを固溶するFeAl金属間化合物からなる合金皮膜を効率よく製造可能な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例で得られた溶接試料の光学写真である。
【
図2】試料No.1における、Al、Cr及びFeの原子%の、深さ方向の分布、及び硬さの深さ方向の分布を示すグラフである。
【
図3】試料No.1の短手方向(
図1の左右方向)に沿った断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【
図4】母材、溶接ビード及び試験片の形状寸法示す図である。
【
図5】ビード断面の各種分析結果をまとめた図である。
【
図6】試験片のビード層におけるXRD分析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態に係る合金皮膜、及び合金皮膜の製造方法について詳細に説明する。
【0013】
[合金皮膜]
本実施形態に係る合金皮膜は、基材の表面に形成される、金属間化合物からなる合金皮膜である。なお、上記基材と、この基材の表面に形成される合金皮膜とを備える構成は、合金皮膜基材である。
【0014】
(基材)
合金皮膜は、基材の表面に形成される。基材としては、例えば、鋼又はセラミックスが挙げられる。基材が鋼であると、合金皮膜により鋼に防錆のための表面処理がされる。また、基材がセラミックスであると合金皮膜により、金属コートされる。
【0015】
(合金皮膜)
合金皮膜は、金属間化合物からなる。金属間化合物としては、Crを固溶するFeAl金属間化合物が用いられる。金属間化合物は、好ましくは、Alを37~49原子%、Crを10原子%以上13原子%未満含み、残部がFeの金属間化合物である。金属間化合物が上記組成であると耐食性及び耐摩耗性上が高いため好ましい。なお、金属間化合物は、Feの一部が、Mg、Si、Cu、Mn、Ni及びTiからなる群より選択される1種以上の元素で置換されていてもよい。これらの元素の置換量は、金属間化合物100原子%に対し、Mg、Si、Cu、Mn、Ni及びTiからなる群より選択される1種以上の元素の合計量(置換量)が0.5原子%以下であることが好ましい。なお、金属間化合物のFeの一部がNiのみで置換される場合、Niの置換量は、金属間化合物100原子%に対し7.6原子%以下であることが好ましい。
【0016】
合金皮膜を構成する金属間化合物は、Alを好ましくは40~48原子%、より好ましくは43~47原子%含む。金属間化合物中のAlの含有量が上記範囲内にあると、合金皮膜中のFeAl金属間化合物含有率が高まり耐摩耗性が向上するため好ましい。
【0017】
上記金属間化合物は、Crを好ましくは10.5原子%以上13原子%未満、より好ましくは12原子%以上13原子%未満含む。金属間化合物中のCrの含有量が上記範囲内にあると、合金皮膜の耐食性が向上するため好ましい。
【0018】
合金皮膜の表面が平滑であるとクラックや応力集中の起点にならないため好ましい。
【0019】
(合金皮膜の効果)
本実施形態に係る合金皮膜は、耐摩耗性、耐食性が高い。本実施形態に係る合金皮膜は、これらの性質により、合金皮膜を以下に示す合金皮膜の製造方法により製造した場合に、合金組成をコントロールしやすい。
【0020】
本実施形態に係る合金皮膜は、例えば、以下に示す合金皮膜の製造方法により製造することができる。
【0021】
[合金皮膜の製造方法]
本実施形態に係る合金皮膜の製造方法は、上記本実施形態に係る合金皮膜を製造する製造方法である。具体的には、本実施形態に係る合金皮膜の製造方法は、基材の表面に、金属間化合物からなる合金皮膜を作製する合金皮膜の製造方法であって、前記金属間化合物は、Crを固溶するFeAl金属間化合物である。金属間化合物は、好ましくは、Alを37~49原子%、Crを10原子%以上13原子%未満含み、残部がFeの金属間化合物である。金属間化合物が上記組成であると耐食性,耐摩耗性が向上するため好ましい。
【0022】
本実施形態に係る合金皮膜の製造方法では、合金皮膜は、大気中、不活性ガス雰囲気中、又は基材上でCrを固溶するFeAl金属間化合物を生成し、得られた合金を前記基材の表面上で固化させることにより形成される。得られた合金を前記基材の表面上で固化させる方法としては、溶射、焼結、溶融、肉盛溶接、溶接等が用いられる。
【0023】
(溶射)
溶射は、Al、Cr及びFeを含む原料を、基材の表面に溶射する方法であり、めっきや物理的蒸着等と比較して、高速成膜や大面積施行を容易に行える利点がある。
【0024】
<基材>
溶射で用いられる基材は、実施形態に係る合金皮膜、で用いられる基材と同じである。このため、基材についての説明を省略する。
【0025】
<原料>
溶射で用いられる原料としては、Al、Cr及びFeを含む原料が用いられる。原料としては、例えば、Cr粉末、Fe粉末及びAl粉末を含む混合粉末が用いられる。この混合粉末は、上記Crを固溶するFeAl金属間化合物を生成可能な配合量でCr、Fe及びAlを含むことが好ましい。混合粉末は、Alを37~49原子%、Crを10原子%以上13原子%未満含み、残部がFeの金属間化合物を生成可能な配合量であることが好ましい。
【0026】
なお、上記混合粉末は、Mg、Si、Cu、Mn、Ni及びTiからなる群より選択される1種以上の元素の粉末を含んでいてもよい。これらの元素は、目的とする金属間化合物100原子%に対し、Mg、Si、Cu、Mn、Ni及びTiからなる群より選択される1種以上の元素の合計量が0.5原子%以下になる量で含まれることが好ましい。なお、上記混合粉末がAl、Cr及びFeに加えてNi粉末のみを含む場合、Ni粉末は、目的とする金属間化合物100原子%に対し、Niの置換量が7.6原子%以下になる量で含まれることが好ましい。
【0027】
溶射では、溶射の際に原料中のAl、Cr及びFeがCrを固溶するFeAl金属間化合物を生成し、この合金を基材の表面上で固化させることにより、合金皮膜が得られる。
【0028】
溶射の方法としては、例えば、プラズマ溶射を用いる方法が挙げられる。プラズマ溶射は、高融点の材料粉末も溶融加速することができ、溶射粒子の飛行速度も速く、良好な膜質が得られるため好ましい。なお、Alの比重は、FeやCrの半分程度である。原料として、Al粉末、Fe粉末及びCr粉末の混合粉末を用いて溶射する場合、溶射装置の振動により、混合粉末中の金属粉末が分離せず均一な混合が維持されるように溶射する。
【0029】
(焼結)
焼結は、Al、Cr及びFeを含む原料を用い、Crを固溶するFeAl金属間化合物を基材の表面に焼結する方法であり、溶融めっきや高温拡散等と比較して、大面積の施工を容易に行える施工方法である。
【0030】
<基材>
焼結で用いられる基材としては、上記溶射で用いられる基材と同様のものが用いられる。
【0031】
<原料>
焼結で用いられる原料としては、上記溶射で用いられる原料と同様のものが用いられる。具体的には、原料としては、例えば、Cr粉末、Fe粉末及びAl粉末を含む混合粉末が用いられる。この混合粉末は、上記Crを固溶するFeAl金属間化合物を生成可能な配合量でCr、Fe及びAlを含むことが好ましい。混合粉末は、Alを37~49原子%、Crを10原子%以上13原子%未満含み、残部がFeの金属間化合物を生成可能な配合量であることが好ましい。
【0032】
なお、上記混合粉末は、Mg、Si、Cu、Mn、Ni及びTiからなる群より選択される1種以上の元素の粉末を含んでいてもよい。これらの元素は、目的とする金属間化合物100原子%に対し、Mg、Si、Cu、Mn、Ni及びTiからなる群より選択される1種以上の元素の合計量が0.5原子%以下になる量で含まれることが好ましい。なお、上記混合粉末がAl、Cr及びFeに加えてNi粉末のみを含む場合、Ni粉末は、目的とする金属間化合物100原子%に対し、Niの置換量が7.6原子%以下になる量で含まれることが好ましい。
【0033】
上記混合粉末は、例えば、金属3Dプリンタと同様の原理を用い、混合粉末を基材上に供給することにより焼結させることができる。
【0034】
なお、金属3Dプリンタを用いない場合は、原料として、上記混合粉末とグリセリン等とを混合したペーストを用いることが好ましい。原料としてペーストを用いる場合、ペーストを基材上に塗布してから、例えば、レーザ焼結することにより焼結させることができる。
【0035】
焼結では、焼結の際に原料中のAl、Cr及びFeがCrを固溶するFeAl金属間化合物を生成し、この合金を基材の表面上で固化させることにより、合金皮膜が得られる。
【0036】
焼結の方法としては、例えば、レーザ焼結が用いられる。レーザ焼結は、レーザのパワー密度の詳細な調整ができるため好ましい。
【0037】
なお、Alの比重は、FeやCrの半分程度である。原料として、Al粉末、Fe粉末及びCr粉末の混合粉末を用いて焼結する場合、焼結装置等の振動により、混合粉末中の金属粉末が分離せず均一な混合が維持されるように焼結することが好ましい。混合粉末中の金属粉末が分離せず均一な混合が維持されるように焼結するための原料としては、上記混合粉末とグリセリン等とを混合したペーストを用いることが好ましい。
【0038】
すなわち、Al、Cr及びFeを含む原料のペーストを基材の表面に塗布した後、焼結させることが好ましい。このペーストを塗布した後、焼結させる方法によれば、混合粉末中の粉末の比重差により、供給時や機械運転時に粉末が分離することを防止することができる。
【0039】
(溶融)
溶融は、Al、Cr及びFeを含む原料を用い、Crを固溶するFeAl金属間化合物を基材の表面に溶融する方法であり、溶融めっきや高温拡散等に比較して大面積の施工を容易に行える施工方法である。
【0040】
<基材>
溶融で用いられる基材としては、上記溶射で用いられる基材と同様のものが用いられる。
【0041】
<原料>
溶融で用いられる原料としては、上記溶射で用いられる原料と同様のものが用いられる。具体的には、原料としては、例えば、Cr粉末、Fe粉末及びAl粉末を含む混合粉末が用いられる。この混合粉末は、上記Crを固溶するFeAl金属間化合物を生成可能な配合量でCr、Fe及びAlを含むことが好ましい。混合粉末は、Alを37~49原子%、Crを10原子%以上13原子%未満含み、残部がFeの金属間化合物を生成可能な配合量であることが好ましい。
【0042】
なお、上記混合粉末は、Mg、Si、Cu、Mn、Ni及びTiからなる群より選択される1種以上の元素の粉末を含んでいてもよい。これらの元素は、目的とする金属間化合物100原子%に対し、Mg、Si、Cu、Mn、Ni及びTiからなる群より選択される1種以上の元素の合計量が0.5原子%以下になる量で含まれることが好ましい。なお、上記混合粉末がAl、Cr及びFeに加えてNi粉末のみを含む場合、Ni粉末は、目的とする金属間化合物100原子%に対し、Niの置換量が7.6原子%以下になる量で含まれることが好ましい。
【0043】
上記混合粉末は、例えば、金属3Dプリンタと同様の原理を用い、混合粉末を基材上に供給することにより溶融させることができる。
【0044】
なお、金属3Dプリンタを用いない場合は、原料として、上記混合粉末とグリセリン等とを混合したペーストを用いることが好ましい。原料としてペーストを用いる場合、ペーストを基材上に塗布してから、例えば、レーザ溶融することにより溶融させることができる。
【0045】
溶融では、溶融の際に原料中のAl、Cr及びFeがCrを固溶するFeAl金属間化合物を生成し、この合金を基材の表面上で固化させることにより、合金皮膜が得られる。
【0046】
溶融の方法としては、例えば、レーザ溶融が用いられる。レーザ溶融は、レーザのパワー密度の詳細な調整ができるため好ましい。
【0047】
なお、Alの比重は、FeやCrの半分程度である。原料として、Al粉末、Fe粉末及びCr粉末の混合粉末を用いて溶融する場合、溶融装置等の振動により、混合粉末中の金属粉末が分離せず均一な混合が維持されるように溶融することが好ましい。混合粉末中の金属粉末が分離せず均一な混合が維持されるように溶融するための原料としては、上記混合粉末とグリセリン等とを混合したペーストを用いることが好ましい。
【0048】
すなわち、Al、Cr及びFeを含む原料のペーストを基材の表面に塗布した後、溶融させることが好ましい。このペーストを塗布した後、溶融させる方法によれば、混合粉末中の粉末の比重差により、供給時や機械運転時に粉末が分離することを防止することができる。
【0049】
(肉盛溶接)
肉盛溶接は、Al、Cr及びFeを含む原料を用い、Crを固溶するFeAl金属間化合物を基材の表面に肉盛溶接する方法であり、溶融めっきや高温拡散などと比較して、大面積施行を容易に行える利点がある。
【0050】
<基材>
肉盛溶接で用いられる基材としては、上記溶射で用いられる基材と同様のものが用いられる。
【0051】
<原料>
肉盛溶接で用いられる原料としては、上記溶射で用いられる原料と同様のものが用いられる。具体的には、原料としては、例えば、Cr粉末、Fe粉末及びAl粉末を含む混合粉末が用いられる。この混合粉末は、上記Crを固溶するFeAl金属間化合物を生成可能な配合量でCr、Fe及びAlを含むことが好ましい。混合粉末は、Alを37~49原子%、Crを10原子%以上13原子%未満含み、残部がFeの金属間化合物を生成可能な配合量であることが好ましい。
【0052】
なお、上記混合粉末は、Mg、Si、Cu、Mn、Ni及びTiからなる群より選択される1種以上の元素の粉末を含んでいてもよい。これらの元素は、目的とする金属間化合物100原子%に対し、Mg、Si、Cu、Mn、Ni及びTiからなる群より選択される1種以上の元素の合計量が0.5原子%以下になる量で含まれることが好ましい。なお、上記混合粉末がAl、Cr及びFeに加えてNi粉末のみを含む場合、Ni粉末は、目的とする金属間化合物100原子%に対し、Niの置換量が7.6原子%以下になる量で含まれることが好ましい。
【0053】
上記混合粉末は、例えば、上記混合粉末を基材上に供給することにより肉盛溶接させることができる。
【0054】
なお、上記混合粉末を基材上に供給する肉盛溶接装置を用いない場合は、原料として、上記混合粉末とグリセリン等とを混合しペーストを用いることが好ましい。原料としてペーストを用いる場合、ペーストを基材上に塗布してから、例えば、レーザ肉盛溶接することにより肉盛溶接させることができる。
【0055】
肉盛溶接では、肉盛溶接の際に原料中のAl、Cr及びFeがCrを固溶するFeAl金属間化合物を生成し、この合金を基材の表面上で固化させることにより、合金皮膜が得られる。
【0056】
肉盛溶接の方法としては、例えば、レーザ肉盛溶接が用いられる。レーザ肉盛溶接は、レーザのパワー密度の詳細な調整ができるため好ましい。肉盛溶接の具体的な条件としては、例えば、レーザのパワー密度93.3~103.3W/mm2、レーザ送り速度0.01m/s以上、粉体供給量6.1~8.3g/sが挙げられる。
【0057】
なお、Alの比重は、FeやCrの半分程度である。原料として、Al粉末、Fe粉末及びCr粉末の混合粉末を用いて肉盛溶接する場合、肉盛溶接装置等の振動により、混合粉末中の金属粉末が分離せず均一な混合が維持されるように肉盛溶接することが好ましい。混合粉末中の金属粉末が分離せず均一な混合が維持されるように肉盛溶接するための原料としては、上記混合粉末とグリセリン等とを混合したペーストを用いることが好ましい。
【0058】
すなわち、Al、Cr及びFeを含む原料のペーストを基材の表面に塗布した後、肉盛溶接させることが好ましい。このペーストを塗布した後、肉盛溶接させる方法によれば、混合粉末中の粉末の比重差により、供給時や機械運転時に粉末が分離することを防止することができる。
【0059】
(合金皮膜の製造方法の効果)
本実施形態に係る合金皮膜の製造方法では、大気中、不活性ガス雰囲気中、又は基材上でCrを固溶するFeAl金属間化合物を生成し、この合金を基材の表面上で固化させることにより、Crを固溶するFeAl金属間化合物からなる合金皮膜を形成する。このため、本実施形態に係る合金皮膜の製造方法によれば、製造の際に溶融めっきや高温かつ長時間の加熱処理が不要であり、容易かつ迅速にCrを固溶するFeAl金属間化合物からなる合金皮膜を製造することができる。
【実施例】
【0060】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0061】
[実施例1]
43原子%Fe、45原子%Al、12原子%Crの混合粉末を、クロムモリブデン鋼(SCM440)上にレーザ肉盛溶接した。この際、レーザ出力密度は79.5~103.3W/mm
2の範囲で変えた。レーザ出力密度を上記範囲内で変えて得られた溶接試料を、
図1に試料No.1~No.9として示す。なお、試料No.1は、レーザ出力密度103.3W/mm
2の溶接試料である。試料No.1はその短手方向(
図1の左右方向)に沿った断面の表面が弧状になるように、クロムモリブデン鋼の表面に肉盛されている。
【0062】
試料No.1につき、エネルギー分散型X線分析(EDS)装置を用いて試料中のAl、Cr及びFeの含有率を測定した。結果を
図2に示す。
図2は、試料No.1における、Al、Cr及びFeの原子%の、深さ方向の分布、及び硬さの深さ方向の分布を示すグラフである。横軸は溶接ビード表面からの深さを示す。左縦軸はエネルギー分散型X線分析(EDS)装置で測定した試料の元素の原子%を示す。
図2中、Al、Cr、Feの含有率を、それぞれ●、□及び△プロットとして示す。右縦軸はマイクロビッカース硬度計で測定した試料の硬さを示す。
図2中、試料の硬さを◆プロットとして示す。
【0063】
図2より、試料No.1では、肉盛溶接試料の溶接表面から500μmの硬度が概ね400~500HVでありCrを固溶するFeAlの硬度に一致していることが分かった。また、試料No.1の構成原子の比率は、Crを固溶するFeAlの構成原子の比率に合致していることが分かった。
【0064】
図3は、試料No.1の短手方向(
図1の左右方向)に沿った断面の走査型電子顕微鏡写真である。
図3の左側にある弧状部は、
図1に示される肉盛された試料No.1の表面である。なお、
図3中に示す破線は、
図2に示した、Al、Cr及びFeの原子%の、深さ方向の分布の測定位置を示す。
【0065】
図3より、試料No.1は、
図3の左側から、溶接ビード層(第一層)、溶接によって熱影響を受けた第二層、及び基材(第三層)の三層構造になっていることが分かった。また、溶接ビード層は、
図2の結果と対比したところ、Crを固溶するFeAlになっていることが分かった。なお、肉盛溶接の場合、条件を誤ると第一層が割れることが多いが、試料No.1では第一層は割れておらず健全な皮膜が形成されていることが分かった。これは、
図2の結果より、第一層が、靭性に優れるFeリッチなFeAl(Cr)になっているためと考えられる。
【0066】
[実施例2]
(試験片及び実験方法)
図4は、母材、溶接ビード及び試験片の形状寸法示す図である。
図4左上に示す10×50×100mmの板材が母材であるSCM440鋼である。レーザの出力密度や粉体供給量を変えつつ、
図4左上に示す様に、10mm間隔で母材上に溶接ビードを形成するように肉盛溶接を行った。レーザ出力を1.5kW、送り速度を1cm/sに固定し、レーザスポット直径を4.300から4.900mmまで、粉体供給量は6.1及び8.1g/sと変化させ、9種類のビードを母材上に形成した。レーザスポット直径を変化させたのは、それによって単位面積当たりのレーザ光強度(以降 レーザ出力密度)を変化させるためである。
図4左上に示したような9本のビード形成後、ビード断面の硬さ試験、顕微鏡(以降 SEM)観察、エネルギー分散型X線分析(Energy dispersive X-ray spectroscopy:以降EDS分析)及びX線回折(X-ray diffraction:以降XRD)分析を行う。そのため、
図4下部に示す4×5×10mm形状の試験片を、各ビードの中央から放電加工により切り出した。
図4下部のハッチングで示すビードの断面を各種分析に供するために、
図4下部に示した試験片をエポキシ樹脂で包埋した。そして放電加工による加工変質層を除去するためにハッチング部を含む試験片表面を40μmサンディングし、各種分析に適すようポリッシュ仕上げを行った。硬さ試験はマイクロビッカース硬さ試験機を用い、作用荷重を0.245N、荷重勾配を0.04N/s、荷重保持時間を30秒で行った。
【0067】
(実験結果及び考察)
<クラックの有無、硬さ試験及びEDS分析結果>
9試験片の内、ビードの元素組成がFe(43at%):Al(45at%):Cr(12at%)に近しかった、レーザ出力密度103.3W/mm
2、粉体供給量6.1g/sについて考察する。
図5は、ビード断面の各種分析結果をまとめた図である。
図5下部には試験片中のSEM画像の取得位置を示している。
図5中部のビード断面のSEM画像より、ビードにクラックが発生していない様子が見て取れる。画像の左端はビード表面である。画像を水平に走る破線は、その線に沿ってEDS分析及び硬さ試験を行ったことを示し、
図4上部のグラフはそれらをまとめたものである。左縦軸はビッカース硬さを、右縦軸はFe、Al、Crそれぞれの原子百分率を、横軸は溶接ビード表面からの深さを示す。◇プロットは左縦軸に対応し、ビッカース硬さを示す。●、■及び▲の各プロットは右縦軸に対応し、それぞれFe、Al、Crの原子百分率を示す。グラフ中のハッチングは左縦軸に対応し、FeAl金属間化合物のビッカース硬さの文献値(八高隆雄,佐々木朋裕,小林重昭:鉄と鋼:Vol.89、No.11(2003)、1178-1182)を示す。EDS分析は、ビード表面から2000μmの深さまでほぼ100μm間隔で行った。硬さ試験は、ビード表面から1600μmの深さまでほぼ25μm間隔で行った。
本実験の目的は鋼の表面改質であるから、皮膜の表面について考察する。
図5に示すように、ビード表面から250μmの深さにおけるEDS分析の結果の算術平均値は、Fe、Al、Crがそれぞれ54at%、39at%、6.8at%であった。当初の目標であったFe(43at%):Al(45at%):Cr(12at%)に概ね近しい組成となり、ビード層はCrを含有するFeAl金属間化合物であると推定された。一方、表面から250μmにおける、硬さを示す◇プロットのほぼすべては、
図5のHV
0.245が300~約640のハッチング領域中に入っている。これはビード層がFeAl金属間化合物であるとする先の推定を裏付けるものである。
【0068】
<XRD分析>
図6は、試験片のビード層におけるXRD分析結果を示す図である。既知のデータ(Natl.Bur.Stand.Monogr.25、20(1981)、5)と照合して、各ピークにミラー指数を表示した。横軸はX線の回折角、縦軸は回折強度を示す。
図6のX線回折パターンには4つのピークが見られる。2θ=44°、64°、81°付近のピークはそれぞれFeAl金属間化合物のそれである。X線回折パターンのデータブックであるStandard X-ray Diffraction Powder Patternsに依れば、FeAl金属間化合物のピークはもちろんこれだけではないが、先の3ピークが十分強度の強い主要なピークである。以上の事実は、ビード層がFeAl金属間化合物であるとする先の推定を裏付けるものである。なお、2θ=79°付近のピークは、試料ホルダーの回折ピークを検出しているため、無視した。
2θ=38°付近に示した破線は、FeとAlそれぞれの粉体を1:1の重量比で混合し、混合粉体のままXRD分析した際に得られる、最も高強度のピークである(I.Shishkovsky、F.Missemer、N.Kakovkina and I.Smurov:Crystals、3(2013),517)。このピークはFeとAlの混合粉体中のAlによるピークである(I.Shishkovsky、F.Missemer、N.Kakovkina and I.Smurov:Crystals、3(2013),517)。このピークは実施例2の試験片から全く検出されなかった。これは、肉盛溶接時に供給されたFe、Al、Crそれぞれの粉体のうち、Al粉体の100%が、ある化合物の生成にその全量が使用されたことを意味している。すなわち、
図5のグラフにおける、ビード層のAl元素のパーセンテージはAl単体のそれでなく、何らかの化合物中のAl比率であることを意味している。この事実は、ビード層がFeAl金属間化合物であるとする先の推定を否定しないものである。
【0069】
以上、本発明を実施例によって説明したが、本発明はこれらに限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内で種々の変形が可能である。