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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-11
(45)【発行日】2024-06-19
(54)【発明の名称】培養組織の製造方法、及び外用剤
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240612BHJP
   A61P 17/02 20060101ALI20240612BHJP
   A61P 1/04 20060101ALI20240612BHJP
   A61P 11/02 20060101ALI20240612BHJP
   A61P 1/02 20060101ALI20240612BHJP
   A61P 27/16 20060101ALI20240612BHJP
   A61P 15/02 20060101ALI20240612BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240612BHJP
   A61K 31/7016 20060101ALI20240612BHJP
   A61K 35/36 20150101ALN20240612BHJP
   A61K 35/33 20150101ALN20240612BHJP
   A61L 27/38 20060101ALN20240612BHJP
   A61L 27/60 20060101ALN20240612BHJP
【FI】
C12N5/071
A61P17/02
A61P1/04
A61P11/02
A61P1/02
A61P27/16
A61P15/02
A61P43/00 105
A61K31/7016
A61K35/36
A61K35/33
A61L27/38 300
A61L27/38 100
A61L27/60
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021542960
(86)(22)【出願日】2020-08-26
(86)【国際出願番号】 JP2020032153
(87)【国際公開番号】W WO2021039833
(87)【国際公開日】2021-03-04
【審査請求日】2023-04-07
(31)【優先権主張番号】P 2019156730
(32)【優先日】2019-08-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504147254
【氏名又は名称】国立大学法人愛媛大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武藤 潤
(72)【発明者】
【氏名】佐山 浩二
【審査官】藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2007/029676(WO,A1)
【文献】国際公開第2005/087286(WO,A1)
【文献】特開2010-172247(JP,A)
【文献】Arq. Bras. Oftalmol.,2018年, Vol.81, No.6,pp.505-509
【文献】Experimental Eye Research,2010年,Vol.91,pp.567-577
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
A61K 31/00
A61P 17/00
A61P 27/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
上皮組織層を有する培養組織の製造方法であって、
ケラチノサイトを、トレハロースを含有する組成物で処理された線維芽細胞と、共通の培地に接触させた状態で培養して、上皮組織層を形成させる工程を含み、
前記トレハロースを含有する組成物の、トレハロースの総含有量が、トレハロース換算量で、10mg/mL以上である、製造方法。
【請求項2】
前記線維芽細胞が、細胞支持体に包含されて真皮細胞構造体を構成し、
前記真皮細胞構造体が層状物であり、前記ケラチノサイトが前記真皮細胞構造体の層状物上に存在する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
さらに前記上皮組織層を分離する工程を含み、前記上皮組織層を有する培養組織が、培養上皮である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記トレハロースを含有する組成物の、トレハロースの総含有量が、トレハロース換算量で、10~300mg/mLである、請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記真皮細胞構造体を構成する前記線維芽細胞全数に対する、細胞周期がG2期の線維芽細胞の割合が、1~50%である、請求項2に記載の製造方法
【請求項6】
有効成分としてトレハロースを含有し、皮膚用製剤、口腔用製剤、耳科用製剤、鼻科用製剤、直腸用製剤、又は膣用製剤である、上皮創傷治療用外用剤。
【請求項7】
トレハロースの総含有量が、トレハロース換算量で、5~30質量%である、請求項に記載の外用剤。
【請求項8】
トレハロースを含有し、線維芽細胞における上皮組織層の増殖を促進させる機能の亢進に適用される組成物であって、ERK1/2活性化用、AKT活性化用、FGF2発現促進用、線維芽細胞活性化用又は線維芽細胞増殖用である、組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養組織の製造方法及びそれによって得られる培養組織、外用剤、並びに線維芽細胞の活性化等のための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
真皮組織層上に上皮組織層を有するヒトの三次元皮膚モデルは、外用組成物の研究開発において、ヒトの皮膚の構造、特に表皮と真皮とを含む部分の構造及びその環境を再現又は模倣したものとして、in vitro試験用の皮膚試料に用いられている。
【0003】
このような上皮組織層及び真皮組織層を含む三次元培養組織を得るために、線維芽細胞を埋め込んだコラーゲンマトリックス上に上皮を除去した羊膜を配置し、その上で正常ヒトケラチノサイトを分化誘導して上皮組織層を形成する手段が知られている(例えば、特許文献1、非特許文献1等)。さらに、細胞外マトリックス成分と細胞とを含む細胞培養液を循環する特定のリアクターを用いて高密度真皮様組織を作製し、次いで組換えタンパク質及び上皮細胞を用いて上皮組織層を形成する手段が知られている(例えば、特許文献2)。
【0004】
一方、人工的に培養された皮膚上皮を移植することで、火傷をはじめとする皮膚の創傷の回復を促進する治療法が既に実用化されている。また、角膜上皮細胞を培養して得られる角膜上皮のシートを移植に用いる研究が進んでいる。これらの皮膚上皮や角膜上皮等の培養上皮は、上皮細胞であるケラチノサイトを重層化及び角化するまで培養して、上皮組織層を形成することによって得られる。
【0005】
非特許文献2によれば、上皮組織層のみを得る方法として、上記の三次元培養組織から上皮組織層をディスパーゼ等で処理して剥離してシート化する手段が知られている。また、ケラチノサイトをコラーゲンゲル上で三次元的に培養する手段(例えば、特許文献3)や、ケラチノサイトをフィーダー細胞である3T3細胞と共通の培地で培養することによって、上皮組織層を得るGreen法等が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開2005/087286号公報
【文献】特開2010-172247号公報
【文献】特許2773058号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Hashimoto et al., Cell Tissue Res. 2006, 69, 326.
【文献】Inoue. et al., Organ Biology (Jpn), 2015, Vol.22, No.1, p.57-65.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、三次元培養組織上で上皮組織層を形成させる場合は、培養によってケラチノサイトが密集し接触し始めると、いわゆる接触阻害によって細胞増殖が抑えられるという問題がある。その結果、上皮組織層の面積が拡大しなくなってしまう。一方で、ケラチノサイトを効率よく増殖させるには、細胞をある程度高密度で培養する必要がある。そのため、面積の大きい培養上皮を得るには、ケラチノサイトを事前に大量に培養した後で真皮組織層上に高密度に播種しなければならない。その結果、培養上皮の作製に長期間を要する。
【0009】
さらに、特許文献1及び非特許文献1のように、支持体としてコラーゲンゲルを用いた場合は、コラーゲンゲルの収縮が起こって、上皮組織層の厚みのムラ、シワやヨレ等が生じことがある。さらに、特許文献2の方法では、真皮組織層形成のために特別な装置が必要であり、上皮組織層形成のために細胞成長因子とコラーゲン結合ドメインとを組み合わせた組換えタンパク質が必要である。
【0010】
他方、Green法のように特殊なフィーダー細胞を用いた場合は、フィーダー細胞由来の抗原等の混入の可能性がある。特に自己上皮移植用の培養上皮を得るケースでは抗原除去の手段が必要となる。また当該方法は、三次元培養組織を得る方法として用いることができない。
【0011】
そこで、本発明は、ケラチノサイト同士が接触し始めても、その増殖が阻害されるのを抑えるための、新たな手段を提供することを目的とする。
【0012】
具体的には、本発明は、上皮組織層の面積を拡大させることができる新たなin vitro培養の手段を提供することに関する。
また、具体的には、本発明は、生体の創部における上皮組織層の形成を促す新たな外用組成物を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、ケラチノサイトを、特定の化合物を含有する組成物で処理された線維芽細胞と共通の培地に接触させた状態で培養すると、ケラチノサイト同士が接触し始めても、その増殖が阻害されるのを抑えること、そして結果として上皮組織層の面積が培養により継続的に増加していくことを見出し、本発明を完成させた。
【0014】
すなわち、本発明は、以下の上皮組織層を有する培養組織の製造方法を提供する。
[1]
上皮組織層を有する培養組織の製造方法であって、
ケラチノサイトを、トレハロース又はその誘導体を含有する組成物で処理された線維芽細胞と、共通の培地に接触させた状態で培養して、上皮組織層を形成させる工程を含む、製造方法。
[2]
前記線維芽細胞が、細胞支持体に包含されて真皮細胞構造体を構成し、
前記真皮細胞構造体が層状物であり、前記ケラチノサイトが前記真皮細胞構造体の層状物上に存在する、[1]に記載の製造方法。
[3]
さらに前記上皮組織層を分離する工程を含み、前記上皮組織層を有する培養組織が、培養上皮である、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4]
前記トレハロース又はその誘導体を含有する組成物の、トレハロース及びその誘導体の総含有量が、トレハロース換算量で、10~300mg/mLである、[1]~[3]のいずれか1に記載の製造方法。
【0015】
また、本発明は、以下の培養組織を提供する。
[5]
トレハロース又はその誘導体、細胞支持体、及び線維芽細胞を含む真皮細胞構造体と共に、共通の培地に接触させた状態で培養されたケラチノサイトを含み、該ケラチノサイトに角化したケラチノサイトが含まれる、培養組織。
[6]
少なくとも線維芽細胞を含む真皮組織層を有し、線維芽細胞全数に対する、細胞周期がG2期の線維芽細胞の割合が、1~50%である、培養組織。
【0016】
さらに、本発明者らは、上記の特定の化合物が生体の創部における上皮組織層の形成を促すことを見出し、以下の外用剤の発明を完成させた。
[7]
有効成分としてトレハロース又はその誘導体を含有する、上皮創傷治療用外用剤。
[8]
トレハロース及びその誘導体の総含有量が、トレハロース換算量で、5~30質量%である、[7]に記載の外用剤。
[9]
皮膚用製剤、眼科用製剤、口腔用製剤、耳科用製剤、鼻科用製剤、直腸用製剤、又は膣用製剤である、[7]又は[8]に記載の外用剤。
【0017】
さらに、本発明は、以下のERK1/2活性化用、AKT活性化用、FGF2発現促進用、細胞活性化用又は細胞増殖用組成物を提供する。
[10]
トレハロース又はその誘導体を含有し、線維芽細胞に適用され、ERK1/2活性化用、AKT活性化用、FGF2発現促進用、細胞活性化用又は細胞増殖用である、組成物。
【発明の効果】
【0018】
本発明の培養組織の製造方法によれば、ケラチノサイト同士が接触し始めても、その増殖が阻害されるのを抑えるため、上皮組織層を培養し続けることにより、上皮組織層の面積を継続的に拡大させることができる。
その結果、ケラチノサイトを増殖させる工程を、重層化及び角化を含む上皮組織層の形成工程時に同時進行で行うことができ、また事前にケラチノサイトを増殖させる工程を省くことができるので、培養組織を得るための培養時間を大きく短縮することができる。
【0019】
本発明の外用剤は、生体の創部における上皮の形成を促進し、創傷の状態を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】培養組織の製造方法の具体的な実施形態の例を示す模式図である。(A)層状の真皮細胞構造体上にケラチノサイトが存在する例を示す模式図である。(B)ケラチノサイトが平面上に存在し、真皮細胞構造体とケラチノサイトが分離した状態で培養される例を示す模式図である。ケラチノサイトはセルカルチャーインサート上の平面に存在し、真皮細胞構造体は細胞培養ディッシュ底面で層状の真皮組織層を形成している。(C)ケラチノサイトが平面上に存在し、真皮細胞構造体とケラチノサイトが分離した状態で培養される例を示す模式図である。ケラチノサイトは細胞培養ディッシュの底面に存在する。
図2】試験例1で、トレハロースを0、10、又は100mg/mL含有する真皮組織層上でケラチノサイトを培養して得られた上皮組織層の面積を比較した写真である。
図3】試験例1で、トレハロースを0、10、又は100mg/mL含有する真皮組織層上で培養して得られた三次元培養組織の横断切片の染色像である。
図4】試験例1で、トレハロースを0、10、又は100mg/mL含有する真皮組織層上で培養して得られた三次元培養組織の横断切片のKi67染色像である。矢頭は、Ki67陽性線維芽細胞の一部を示す。なお、上皮組織層と真皮組織層の境界付近の基底層には、Ki67陽性のケラチノサイトが存在する。
図5】試験例2で、トレハロースを0又は100mg/mL含有する真皮組織層上で、コンフルエントなケラチノサイトからなる直径約1cmのシートを気液界面培養した後の、上皮組織層の面積を比較した写真である。左の写真(0mg/mLトレハロース処理)で、白い線の間の幅が、得られた上皮組織層の直径に相当する。右の写真(100mg/mLトレハロース処理)ではフィルターインサート全体に細胞がシートを形成している。
図6】試験例3-1で、トレハロースを0、10又は100mg/mL含有する培地で単層培養したヒト正常線維芽細胞の、培養後の細胞形態を表す光学顕微鏡像である。
図7】試験例3-1で、トレハロースを0、10又は100mg/mL含有する培地で単層培養したヒト正常線維芽細胞から抽出された各種タンパク質のウェスタンブロットである。p-ERK、p-AKTはそれぞれThr202/Tyr204リン酸化ERK1/2、Ser473リン酸化AKTを表す。
図8】試験例3-2で、トレハロースを0、30又は100mg/mL含有する培地で、3、24又は48時間単層培養したヒト正常線維芽細胞における、FGF2 mRNA量を比較したグラフである。縦軸はトレハロース濃度が0mg/mL(vehicle)で3時間培養したときのmRNA量を1として相対値化したmRNA量を表す。サンプル数は6、エラーバーは標準誤差を表す。
図9】試験例3-3で、種々の培地条件で24時間培養したヒト正常線維芽細胞の種々の遺伝子のmRNA量を比較したグラフである。縦軸はトレハロース処理前のヒト正常線維芽細胞(0h)のmRNA量を1として相対値化したmRNA量を表す。サンプル数は3、エラーバーは標準誤差を表す。
図10】試験例3-4で、種々の培地条件で3日間培養したヒト正常線維芽細胞の種々の遺伝子のmRNA量を比較したグラフである。縦軸はトレハロースを含有しない培地で培養したヒト正常線維芽細胞(vehicle)のmRNA量を1として相対値化したmRNA量を表す。サンプル数は3、エラーバーは標準誤差を表す。*はp<0.05、**はp<0.01、***はp<0.001、****はp<0.0001(いずれも対応のないt検定)である。
図11】試験例4で、トレハロースを0、30、又は100mg/mL含有する培地で前培養した線維芽細胞を含有する真皮組織層上で、ケラチノサイトを培養して得られた上皮組織層の面積を比較した写真である。
図12】試験例5で、対照群(Ctl1、2)及びトレハロース群(TH1、2)の移植5日後の移植部の生検試料のHE染色像である。各群の下の画像は、上の画像の黒枠内を拡大した画像である。
図13】試験例6で、マウス背部に形成した創傷の面積の変化を示す図である。(A)試験開始後日数に対する創傷面積の変化を示すグラフである。日数1の段階で創傷形成をしている。縦軸は創傷形成直後の創傷面積を100%としたときの相対値を表す。二元配置分散分析により、日数2~6の各点では創傷面積に群間の有意差が見られた(各群n=6、p<0.001)。エラーバーは標準誤差を表す。(B)代表的な創傷の変化を示す図として、トレハロース処理群及び対照群の各創部を、創傷形成から0時間後、24時間後、48時間後、及び72時間後に撮影した写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[定義]
本明細書において「真皮細胞構造体」とは、主要な細胞として線維芽細胞と、細胞支持体とを少なくとも含む構造体であって、線維芽細胞が二次元又は三次元的に存在し、その間隙に細胞支持体が含まれる構造体を表す。なお、線維芽細胞の具体例には皮膚線維芽細胞及び角膜実質細胞を含む。
真皮細胞構造体は、好ましくは皮膚、角膜等の真皮の形態に類似又は模したものである。真皮細胞構造体は、さらに組織付属器官及び又はそれを構成する細胞を含んでいてもよい。組織付属器官としては、例えば、血管、リンパ管、脂腺、汗腺、毛又は毛嚢等が挙げられる。組織付属器官を構成する細胞としては、例えば、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、免疫細胞、メラニン細胞、樹状細胞、ランゲルハンス細胞、毛胞細胞、毛乳頭細胞、皮脂腺細胞又は脂肪細胞等が挙げられる。
また、真皮細胞構造体は、生体の皮膚、角膜等の真皮そのものであってもよい。この場合、細胞支持体は細胞外マトリックスである。
【0022】
本明細書において「真皮組織層」とは、層状の真皮細胞構造体を表す。
【0023】
本明細書において「細胞支持体」とは、細胞の外の空間を充填する物であって、骨格的役割、足場を提供する機能、成長因子等の生体由来物質を保持する機能等を有する物を表す。細胞支持体は、例えば細胞外マトリックスのような生体由来物質及び三次元培養に用いられるコラーゲンゲルなどの培養支持体等を包含する。
【0024】
本明細書において「上皮細胞層」とは、主要な細胞としてケラチノサイトを含む層状物であって、重層化又は角化をしていないケラチノサイトからなる構造体を表す。上皮細胞層は、さらにケラチノサイトの幹細胞、又は、基底細胞、有棘細胞等を含んでもよい。
【0025】
本明細書において「上皮組織層」とは、主要な細胞としてケラチノサイトを含む、二次元的又は三次元的な層状物であって、重層化及び/又は角化したケラチノサイトが含まれる構造体を表す。上皮組織層は、さらにケラチノサイトの幹細胞、又は、基底細胞、有棘細胞等を含んでもよい。
【0026】
本明細書において、「三次元培養組織」とは、三次元的に細胞が存在する細胞組織であって、培養によって得られるものを表す。
【0027】
本明細書において、「培養上皮」とは、培養によって得られる上皮組織層であって、真皮組織層を実質的に含まないものを表す。
【0028】
本明細書において、「トレハロース」とは、2つのα-グルコースが1,1-グリコシド結合した二糖類であり、α,α-トレハロースとも呼ばれる。本明細書のトレハロースは無水物、二水和物等の水和物を包含する。
【0029】
本明細書において、「トレハロース誘導体」とは、トレハロースの糖質誘導体であり、分子内にα,α-トレハロース構造に1個以上の糖モノマーが縮合した糖質である。トレハロース誘導体の具体例としては、特に限定されないが、例えば、特開平7-143876号公報、特開平8-73504号公報、特許第3182679号公報、特開2000-228980号公報などに記載される、α-マルトシルα-グルコシド、α-イソマルトシルα-グルコシドなどのモノ-グルコシルα,α-トレハロース;α-マルトトリオシルα-グルコシド(別名α-マルトシルα,α-トレハロース)、α-マルトシルα-マルトシド、α-イソマルトシルα-マルトシド、α-イソマルトシルα-イソマルトシドなどのジ-グルコシルα,α-トレハロース;α-マルトテトラオシルα-グルコシド(別名α-マルトトリオシルα,α-トレハロース)、α-マルトシルα-マルトトリオシド、α-パノシルα-マルトシドなどのトリ-グルコシルα,α-トレハロース;α-マルトペンタオシルα-グルコシド(別名α-マルトテトラオシルα,α-トレハロース)、α-マルトトリオシルα-マルトトリオシド、α-パノシルα-マルトトリオシドなどのテトラ-グルコシルα,α-トレハロースなど、グルコース重合度が3~6のα,α-トレハロースの糖質誘導体が挙げられる。
トレハロース又はその誘導体の由来や製法は特に限定されず、天然物由来であっても化学合成された物であってもよいが、リポ多糖(LPS)その他の細胞毒性をもたらす物質の含有量が、細胞増殖を妨げない量以下であることが好ましい。
一実施形態では、トレハロース誘導体は、例えば代謝によってトレハロースを細胞外又は細胞内で遊離するものであり得る。
本明細書において、トレハロース換算量とは、トレハロース及びその誘導体から、水和水及びトレハロース以外の糖部分を差し引いた、トレハロース部分に相当する質量を表す。
【0030】
本明細書において、「創傷」は、対象が受ける傷害を表し、少なくとも上皮組織が損傷した状態である。創傷には、真皮の破壊も含まれる。創傷の原因としては、例えば、切創、割創、刺創、裂創、挫創、杙創、手術、火傷、又は、褥瘡若しくは血行不良による下部の組織の損傷等が挙げられる。本明細書において、創傷には、急性の創傷及び慢性の創傷の両方が含まれる。
【0031】
本明細書において「改善」とは、疾病、症状、健康状態若しくは審美的状態の治癒、好転若しくは緩和、又は、疾患、症状、健康状態若しくは審美的状態の悪化の進行の防止若しくは遅延を表す。
【0032】
本明細書において、含有量の単位「質量%」は、「g/100g」と同義である。
本明細書において、「v/v%」は、体積百分率を表し、「mL/100mL」と同義である。
【0033】
本明細書の遺伝子名の略号は、NCBIのGeneデータベース(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene)の公式シンボルで用いられる表記である。
【0034】
[培養組織の製造方法]
本発明の一実施形態である培養組織の製造方法は、ケラチノサイトを、トレハロース又はその誘導体を含有する組成物で処理された線維芽細胞と、共通の培地に接触させた状態で培養して、上皮組織層を形成させる工程を含む、ことを特徴とする。
【0035】
本発明の製造方法によって得られる培養組織は、上皮組織層を含む。そのような培養組織としては、例えば、培養上皮、上皮組織層と真皮組織層を少なくとも含む三次元培養組織、等が挙げられる。
【0036】
(トレハロース又はその誘導体を含有する組成物で処理された線維芽細胞)
本発明の培養組織の製造方法において、トレハロース又はその誘導体を含有する組成物で処理された線維芽細胞の局在の態様は、ケラチノサイトと共通の培地に接触している限りにおいて、またケラチノサイトからの上皮組織層の形成を妨げる態様でない限りにおいて、特に限定されない。例えば、後述のように、共通の培地内に例えば層状、塊状等の形態を有する真皮細胞構造体として存在してもよいし、単層の付着細胞として存在してもよい。上皮組織層及び真皮組織層を含む三次元培養組織を作製する場合には、線維芽細胞は、細胞支持体に包含されて層状の真皮細胞構造体を構成することが好ましい。
【0037】
線維芽細胞をトレハロース又はその誘導体を含有する組成物で処理する、とは、トレハロース又はその誘導体を含有する溶液、細胞支持体等の組成物に、線維芽細胞を接触させた状態で、特定の期間インキュベートすることを表す。
【0038】
処理される対象となる線維芽細胞は、特に限定されないが、正常線維芽細胞が好ましい。そのような線維芽細胞として、特に限定されないが、例えば、健常者の皮膚、角膜等、又は、創傷治療を必要とする対象の皮膚、角膜等から採取される線維芽細胞若しくはその培養細胞が挙げられる。また、真皮幹細胞、間葉系幹細胞、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)等の幹細胞から分化させて得られる線維芽細胞を用いてもよい。線維芽細胞の由来動物は、特に限定されず、哺乳動物が好ましく、ヒトがより好ましい。また、線維芽細胞の由来組織は、好ましくは皮膚又は角膜であり、より好ましくは皮膚である。
【0039】
トレハロース又はその誘導体を含有する組成物で線維芽細胞を処理する際に、上記組成物中の線維芽細胞の局在は特に制限されず、ランダムに存在していても、二次元状又は三次元状に存在しても、単一又は複数の層状に存在していてもよい。
【0040】
上記トレハロース又はその誘導体を含有する組成物の形態としては、溶液又は細胞支持体が好ましい。
溶液は、線維芽細胞の増殖を阻害するものでなければ特に限定されず、例えば、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等の等張液、各種細胞培地等が挙げられるが、好ましくは線維芽細胞用培地である。線維芽細胞用培地としては、具体的には、Dulbecco’s Modified Eagle培地(DMEM又はDME)に、ウシ胎仔血清(FCS)等の血清を添加したものが好ましい。FCSの添加量は、培地全量に対して、1~20v/v%であり、好ましくは1~10v/v%である。線維芽細胞用培地には、さらにアスコルビン酸、抗生物質、成長因子等が含まれていてもよい。
本発明の製造方法に用いられる細胞支持体は、例えば、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロン酸、フィブロネクチン、ラミニン、フィブリン、細胞外マトリックス混合物(例えば、マトリゲル(登録商標、Corning社製)等)が挙げられる。細胞支持体には、これらのいずれか1種又は2種以上を含有することが好ましく、少なくともコラーゲンを含有することがより好ましい。細胞支持体は、ゲル状、スポンジ状、網目状等の形態であり得る。細胞支持体は、線維芽細胞の培養を良好に行うことができるという点で、コラーゲンゲル又はコラーゲンスポンジが好ましく、コラーゲンゲルがより好ましい。
【0041】
上記処理の際の線維芽細胞の密度は、二次元状に存在する場合(例えば、単層培養)では、コンフルエントに達していなければ特に限定されないが、例えば、3×10~×1×10個/cm、好ましくは5×10~8×10個/cmであることが好ましい。また三次元状に存在する場合では、線維芽細胞の密度は、例えば5×10~8×10個/cm、好ましくは1×10~4×10個/cm、より好ましくは2×10~2×10個/cmである。
【0042】
上記処理に用いる組成物におけるトレハロース及びその誘導体の総含有量は、本発明の効果を顕著に奏する観点から、組成物全量に対して、トレハロース換算量で、10mg/mL以上であり、好ましくは20mg/mL以上、より好ましくは30mg/mL以上、更に好ましくは50mg/mL以上である。
上記処理に用いる組成物におけるトレハロース及びその誘導体の総含有量は、組成物全量に対して、トレハロース換算量で、300mg/mL以下であり、好ましくは200mg/mL以下、より好ましくは150mg/mL以下、更に好ましくは100mg/mL以下である。
【0043】
上記処理を行う際のインキュベーション温度は、例えば、4~42℃、好ましくは20~40℃、より好ましくは30~37℃、更に好ましくは37℃である。
【0044】
上記処理の期間は、本発明の効果を顕著に奏する観点から、例えば37℃においては、2時間以上、好ましくは5時間以上、更に好ましくは12時間以上、特に好ましくは24時間以上である。
上記処理の期間は、例えば37℃においては、10日以下、7日以下、5日以下、3日以下、2日以下であり得る。
【0045】
本発明の培養組織の製造方法において、ケラチノサイトと共通の培地で培養される線維芽細胞の密度は、例えば5×10~8×10個/cm、好ましくは1×10~4×10個/cm、より好ましくは2×10~2×10個/cmである。
【0046】
(ケラチノサイト)
本発明の培養組織の製造方法では、ケラチノサイトは、ケラチノサイトが増殖可能な平面上に存在し、上記のトレハロース又はその誘導体で処理された線維芽細胞と、共通の培地に接触した状態で培養される。
【0047】
本明細書において、共通の培地に接触した状態とは、トレハロース又はその誘導体で処理された線維芽細胞から放出される物質が培地を通じてケラチノサイトに到達可能である状態を表す。即ち、例えば線維芽細胞とケラチノサイトとの間が多孔質体で隔てられる場合でも、培地が孔を通過可能であれば、これらは共通の培地に接触しているものとみなす。
【0048】
ケラチノサイトは、上記の増殖可能な平面上に個々の細胞が離隔して存在していても、又は、例えば上皮組織層のように細胞集合体として存在してもよい。また、ケラチノサイトは上記平面の全体に存在していても、局所的に存在していてもよい。また、本発明の構成によれば、ケラチノサイトが一部に局在していても、接触阻害による上皮組織層の拡大抑制が起こらない。そのため、本発明の製造方法では、例えば、ケラチノサイトの播種の代わりに、上皮組織層を平面上に置いて培養してもよい。
【0049】
ケラチノサイトとしては、特に限定されないが、例えば、健常者又は遺伝性疾患患者の皮膚、角膜等、又は、創傷治療を必要とする対象の皮膚、角膜等から採取されるケラチノサイト若しくはその培養細胞が挙げられる。また、健常者若しくは遺伝性疾患の患者由来の表皮幹細胞、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)等の幹細胞から分化させて得られるケラチノサイトを用いてもよい。これら幹細胞の樹立から分化誘導までには、場合によって当該細胞のDNAの編集又は組換えを伴っていてもよい。
中でも本発明の培養組織の製造方法に用いられるケラチノサイトは、特に限定されないが、正常ケラチノサイトが好ましい。ケラチノサイトの由来動物は、特に限定されず、哺乳動物が好ましく、ヒトがより好ましい。また、ケラチノサイトの由来組織は、通常は線維芽細胞の由来組織と同一であり、好ましくは皮膚又は角膜であり、より好ましくは皮膚である。
【0050】
ケラチノサイトを播種する場合は、ケラチノサイトの細胞密度は、特に限定されないが、その増殖を促進する観点から、細胞培養可能な平面の全体又は一部において、例えば、2×10~3.6×10個/cm、好ましくは4.5×10~1.8×10個/cm、より好ましくは9×10~9×10個/cmとすることが好ましい。
【0051】
本発明の培養組織の製造方法に用いられる線維芽細胞及びケラチノサイトは、得られる培養組織の移植時の拒絶反応を低減する観点から、好ましくは移植を受ける対象に対して同種由来であり、より好ましくは移植を受ける対象に対して同種でかつ互いに同一の個体由来であり、更に好ましくは移植を受ける対象由来である。
【0052】
ケラチノサイトが存在する平面は、ケラチノサイトが培養時に付着及び増殖可能であり、培養によって得られる上皮組織層がシート状となるものであれば特に限定されない。このような平面を構成する物の具体例としては、例えば、真皮組織層の表面の他、細胞培養ディッシュ底面、又は、セルカルチャーインサート、フィルターメンブレン等の多孔質体、等の培養器材表面が挙げられる。
【0053】
上記平面として培養器材表面を用いる場合は、培地の供給及び後述の気液界面培養の容易性の観点から、培養器材は培地を通過させることができる多孔質体であることが好ましい。さらに、培養器材表面は、特に限定されないが、例えば、温度を変えることによってケラチノサイトが容易に平面から分離可能となるように、温度応答性ポリマーにより被覆されていることが好ましい。温度応答性ポリマーの具体例は、特に限定されないが、例えばアクリル系ポリマー又はメタクリル系ポリマーが挙げられる。より具体的には、ポリ-N-イソプロピルアクリルアミド(PNIPAAm)、ポリ-N-n-プロピルアクリルアミド、ポリ-N-n-プロピルメタクリルアミド、ポリ-N-エトキシエチルアクリルアミド、ポリ-N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、ポリ-N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド、ポリ-N,N-ジエチルアクリルアミド等が挙げられる。
【0054】
(共通の培地、培養条件、培養器材)
上記のトレハロース又はその誘導体を含有する組成物で処理された線維芽細胞及びケラチノサイトを共通の培地で培養することにより、ケラチノサイトから、まず上皮細胞層が形成され、続いて上皮組織層が形成される。
【0055】
上記の線維芽細胞及びケラチノサイトを共通の培地で培養する工程は、完全に重層化及び角化が進んだ上皮組織層が形成されるまで行うことができる。また、ケラチノサイトの角化及び重層化が起こり始める段階、即ち上皮細胞層から上皮組織層が形成され始める段階まで行った後、ケラチノサイトを含む上皮組織層部分のみを培養して重層化及び角化を促進してもよい。
【0056】
上皮細胞層形成のための培養温度は、適宜変更し得るが、例えば、4~42℃、好ましくは20~40℃、より好ましくは30~37℃である。また培養時間は、例えば、12時間~7日、好ましくは1~5日、より好ましくは2~3日、更に好ましくは2日である。
【0057】
上皮細胞層形成のための培地は、特に制限されず、細胞に応じて適宜選択でき、ケラチノサイトの増殖に用いられる培地が好ましい。ケラチノサイトの増殖に用いられる培地としては、例えば、無血清培地が挙げられる。無血清培地としては、例えば、MCDB153培地、EpiLife(登録商標)培地、これらの培地のアミノ酸組成等が改変された培地、又はDMEMとHam’s F-12培地を所定の割合で混合した培地等が挙げられる。MCDB153培地のアミノ酸組成等が改変された培地としては、日本国特許第3066624号公報の実施例2の増殖培地2(本明細書においてMCDB153 Type-II培地という)が挙げられる。本発明の製造方法に用いられる上皮細胞層形成のための培地は、好ましくはMCDB153 Type-II培地、DMEM培地、及びHam’s F-12培地を4:3:1で混合した培地である。
【0058】
上皮細胞層形成のための培地には、細胞の生育を促進する観点から、さらに、エタノールアミン、O-ホスホエタノールアミン、ヒドロコルチゾン、インスリン、アデニン、トランスフェリン、亜セレン酸、トリヨードチロニン、塩化コリン、セリン、リノール酸/BSA、塩化カルシウム、アスコルビン酸、及びプロゲステロンからなる群より選ばれる1種又は2種以上が添加されることが好ましい。
【0059】
上皮細胞層形成のための培地は、さらに、例えば、塩類、又はビタミン類等を含んでいてもよい。塩類としては、例えば、塩化カリウム、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、リン酸一水素二ナトリウム等が挙げられる。ビタミン類としては、シアノコバラミン、ニコチン酸アミド、D-パントテン酸又はその塩、塩酸ピリドキシン又は塩酸ピリドキサール、D-ビオチン、塩酸チアミン、リボフラビン、葉酸、DL-α-リポ酸、ミオ-イノシトール等が挙げられる。上皮細胞層形成のための培地は、これらの塩類及びビタミン類からなる群より選ばれる1種又は2種以上を含むことができる。
【0060】
上皮細胞層形成のための培養は、ケラチノサイトの分化誘導のための気液界面培養の準備及び取扱を容易とするために、メンブレンフィルター等の多孔質体上で行うことが好ましい。より好ましくは多孔質体を備える培養プレート、さらに好ましくはハウジング部と基底部とを備え、基底部が多孔質体である培養プレートが培養器材として用いられる。ハウジング部は、透明であることが好ましい。該培養プレートは、市販品を使用してもよい。市販品としては、例えば、トランズウェル(登録商標)等のセルカルチャーインサート等が挙げられる。培養プレート及びセルカルチャーインサートは、コラーゲン等の適切なコート剤でコートされていることが好ましい。
【0061】
培養器材のメンブレンフィルターの孔径は、培養した細胞がメンブレンフィルター上に保持可能な範囲であり、培地成分が通過可能であれば特に制限されない。例えば、孔径0.1μm~8μmであり、好ましくは0.4μm~5μmである。また、メンブレンの材質は、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート、又はポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等が挙げられる。
【0062】
本発明の培養組織の製造方法において、上皮細胞層が形成された後に、さらにケラチノサイトの重層化及び角化を促進して上皮組織層を形成させる。このようなケラチノサイトの重層化及び角化の誘導方法は、特に限定されないが、例えば、気液界面培養してケラチノサイトを分化誘導させることによって行うことができる。
【0063】
気液界面培養は、培地を角化培地に培地交換した後、ケラチノサイトの表面を空気に曝した状態でインキュベーションすることによって行う。インキュベーション温度は、例えば、4~42℃、好ましくは20~40℃、より好ましくは30~37℃である。インキュベーション時間は、例えば、1日~40日、好ましくは5日~30日、より好ましくは7日~14日である。角化培地(重層化培地)は、上記上皮細胞層の形成に用いた培地に、例えば、カルシウム、及び/又はウシ胎仔血清を添加した培地等が使用できる。中でも、角化培地としてDMEM培地とHam’s F-12培地を1:1で混合した培地が好適に用いられる。角化培地のカルシウム濃度は、例えば、約0.4~2.0mMとすることが好ましい。
【0064】
角化培地には、さらにエタノールアミン、O-ホスホエタノールアミン、ヒドロコルチゾン、インスリン、アデニン、トランスフェリン、亜セレン酸、トリヨードチロニン、塩化コリン、セリン、リノール酸/BSA、塩化カルシウム、及びアスコルビン酸からなる群より選ばれる1種又は2種以上が添加されることがより好ましい。
【0065】
(上皮組織層の分離工程)
本発明の培養組織の製造方法において、前記培養組織が培養上皮である場合、上皮組織層を分離する工程をさらに含むことが好ましい。上皮組織層の分離操作は、シート状の上皮組織層が得られる限りにおいて、特に限定されず、物理的剥離;塩化ナトリウム等の塩による処理;SDSやTriton-X100等の界面活性剤による処理;ディスパーゼ、プロテアーゼ等の酵素による処理等が挙げられる。上皮組織層の分離工程では、これらの分離操作を、1種単独又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0066】
(その他工程)
本発明の培養組織の製造方法には、トレハロース又はその誘導体を含有する組成物で処理された線維芽細胞を準備するための工程として、上記のトレハロース又はその誘導体で線維芽細胞を処理する工程をさらに含むことが好ましい。
本発明の培養組織の製造方法には、さらに真皮細胞構造体を準備する工程を含んでもよい。
【0067】
(本発明の製造方法の特徴)
従来技術では、例えば20cmの培養表皮を得るのに9×10/cm~9×10/cm個のケラチノサイトを均等に平面上に播種したうえで、増殖から重層化及び角化までの培養を通常21~35日間程度行う必要がある。
拒絶反応がない自己の細胞で培養皮膚を作製しようとすると、生体から一度に採取できるケラチノサイトの数は限られる。それ故、従来技術では、ケラチノサイトを数週間にもわたって繰り返し継代培養して増やしてからでなければ、上記の細胞密度で播種することはできなかった。
本発明の培養組織の製造方法によれば、このケラチノサイトを増殖させる工程を、重層化及び角化を含む上皮組織層の形成工程時に同時進行で行うことができる。その結果、培養組織を得るための培養時間を大きく短縮することができる。そのため、本発明の製造方法は、新たに創傷を負った患者の自己培養組織(例えば、自己培養上皮、自己培養皮膚、自己培養角膜)を迅速作製するのに適している。
【0068】
(例示的な具体的実施形態)
以下に、本発明の培養組織の製造方法の具体的実施形態の一つを示す。これらの具体的実施形態及びはあくまで例示であって、本発明の培養組織の製造方法はこれらに限定されるものではない。
【0069】
ここでは、トレハロース又はその誘導体で処理された線維芽細胞が細胞支持体に包含されて、真皮組織構造体とケラチノサイトが共通の培地で培養される実施形態を示す。
【0070】
本実施形態に用いられる真皮細胞構造体は、細胞支持体及び線維芽細胞を少なくとも含有する。真皮細胞構造体の形状は、特に限定されず、塊状、層状、粒状、不定形状等を取り得るが、中でも層状物であることが好ましい。
【0071】
線維芽細胞は、真皮細胞構造体を構成する前又は後に、トレハロース又はその誘導体で処理されていればよい。真皮細胞構造体を構成する前に処理する具体的態様としては、特に限定されないが、例えば線維芽細胞を通常の単層培養を行って増殖させる際に、培地に上記の特定濃度のトレハロース又はその誘導体を含有させて培養することが挙げられる。また、真皮細胞構造体を構成した後に処理する具体的態様としては、細胞支持体に上記の特定濃度のトレハロース又はその誘導体を含有させておき、ケラチノサイトと共通の培地で培養している間に線維芽細胞がトレハロース又はその誘導体で処理される態様が挙げられる。この場合、細胞支持体が、上記のトレハロース又はその誘導体を含有する組成物に相当する。
【0072】
真皮細胞構造体中の細胞支持体に特定濃度のトレハロース又はその誘導体を含有させる方法としては、特に限定されないが、例えば、以下の(i)~(iii)の態様が挙げられる。中でも、トレハロース又はその誘導体を均一に含有させる観点から、(i)の方法により処理されることが好ましい。
(i)トレハロース又はその誘導体を含有させた細胞支持体に、線維芽細胞を共存させる;
(ii)線維芽細胞、細胞支持体、及び、トレハロース又はその誘導体、を一度に共存させる;
(iii)細胞支持体に線維芽細胞を含有させて得られる構造体に、トレハロース又はその誘導体を含侵させる。
【0073】
細胞支持体には、細胞生育を促進するために、さらにDMEM等の培地成分、ウシ胎仔血清(FCS)等の血清、アスコルビン酸、抗生物質、成長因子等が含まれていてもよい。
【0074】
さらに、特に限定されないが、上記の真皮細胞構造体を、ケラチノサイトが存在しない条件で前培養する工程を含むことが好ましい。前培養は、例えば10v/v%FCS、DMEM、及びKMを含有する培地で行うことが好ましく、10v/v%FCS、DMEM、KM、及びアスコルビン酸を含有する培地で行うことがより好ましい。前培養に要する時間は、例えば37℃においては、1日~10日、より好ましくは3~7日、更に好ましくは5日である。
【0075】
真皮細胞構造体の前培養のための培地には、さらにトレハロース及びその誘導体からなる群より選ばれる1種以上の化合物が、トレハロース換算量で、例えば10~300mg/mL、好ましくは20~200mg/mL、より好ましくは30~150mg/mL、更に好ましくは50~100mg/mL含有されていてもよい。
【0076】
以下に、上記具体的実施形態のより具体的な実施形態を示す。
【0077】
<実施形態1>
上記実施形態の具体例の一つとして、培養器材としてセルカルチャーインサート1を備える細胞培養ディッシュ2、真皮細胞構造体として真皮細胞構造体の層状物である真皮組織層3を用い、真皮組織層上にケラチノサイト4が存在する状態で培養する実施形態を図1(A)に示す。この具体例では、真皮組織層上に上皮組織層が形成され、三次元培養組織を製造することができる。また、得られる三次元培養組織から上皮組織層又は真皮組織層を分離することにより、培養上皮又は培養真皮を得ることもできる。
上皮組織層と真皮組織層との間の結合を強化する観点から、ケラチノサイトと真皮細胞構造体の間に細胞外マトリックス成分で形成された被膜を形成させて培養することもできる。このような被膜の形成方法は、例えば特開2012-205516号に記載された方法を用いることができる。
トレハロース又はその誘導体を用いない従来の製造方法では、真皮組織層上での上皮組織層の形成中に真皮組織層の収縮が起こる。その結果、真皮組織層の外縁部における上皮組織層の剥離が起こったり、上皮組織層に厚みのムラ、シワやヨレ等が生じることがある。しかし、本実施形態の製造方法では、作用機序は不明であるが、真皮組織層の収縮が起こらず、シワやヨレがないシート状の上皮組織層が形成されるという特徴を有する。
【0078】
<実施形態2>
上記実施形態の具体例の一つとして、真皮細胞構造体から分離して上皮組織層を形成するように、平面上にケラチノサイトが存在する状態で培養する実施形態が挙げられる。細胞培養ディッシュの底面に真皮組織層5を設け、ケラチノサイトをセルカルチャーインサート上で培養する実施形態を図1(B)に示す。
このような実施形態では、上記のように上皮組織層を形成する平面を温度応答性ポリマー等で被覆することができるので、上皮組織層を分離するのに有利である。
【0079】
<実施形態3>
上記実施形態の具体例の一つとして、真皮細胞構造体から分離して上皮組織層を形成するように、平面上にケラチノサイトが存在する状態で培養する実施形態が挙げられる。細胞培養ディッシュ底面の平面上にケラチノサイト6が存在し、塊状の真皮細胞構造体7とフィルターインサートで隔てられた状態で培養される実施形態を図1(C)に示す。
【0080】
[培養上皮、上皮組織層及び真皮組織層を有する三次元培養組織、培養真皮]
本発明の一実施形態である培養上皮又は三次元培養組織は、上記の製造方法によって製造される。本発明の培養上皮又は三次元培養組織は、トレハロース又はその誘導体、細胞支持体、及び線維芽細胞を含む真皮細胞構造体と共に、共通の培地に接触させた状態で培養されたケラチノサイトを含み、該ケラチノサイトに角化したケラチノサイトが含まれる、上皮組織層を有する。
本発明の三次元培養組織は、さらに線維芽細胞を含む真皮組織層を有する。
【0081】
本発明の培養上皮又は三次元培養組織は、例えば、実際の皮膚、角膜等に近い環境で、被検物質の薬効試験、薬理試験及び安全性試験等の評価を行うことができる。また、本発明の培養上皮及び三次元培養組織は、例えば、火傷や皮膚、角膜等の創傷の治療のための創傷被覆用移植片として用いることもできる。
【0082】
本発明の一実施形態である培養真皮は、上記の[培養組織の製造方法]の項で記載した、トレハロース又はその誘導体で処理された線維芽細胞を、二次元又は三次元的に培養して得られる。本発明の培養真皮の例としては、特に限定されないが、例えば、上記の三次元培養組織から上皮組織層を除いて得られる真皮組織層が挙げられる。培養真皮として、皮膚や角膜等の真皮組織の代替物として、例えば、実際の皮膚、角膜等に近い環境で、被検物質の薬効試験、薬理試験及び安全性試験等の評価を行うことができる。また、培養真皮は、例えば、火傷や皮膚、角膜等の創傷の治療のための創傷被覆用移植片として用いることもできる。
【0083】
本発明の三次元培養組織又は培養真皮は、実施例に示されるように、血管新生を促進し、その結果創傷の治癒を促進することができる。そのため、本発明の三次元培養組織又は培養真皮は、例えば、血流障害が原因で引き起こされる皮膚疾患に特に好適に用いられる。そのような皮膚疾患としては、例えば、褥瘡性潰瘍、糖尿病性潰瘍、静脈鬱滞性潰瘍又は動脈性潰瘍が挙げられる。
【0084】
本発明の培養上皮は、好ましくは培養皮膚上皮又は培養角膜上皮であり、より好ましくは培養皮膚上皮である。
本発明の三次元培養組織は、好ましくは三次元培養皮膚又は三次元培養角膜であり、より好ましくは三次元培養皮膚である。
本発明の培養真皮は、好ましくは培養皮膚真皮又は培養角膜実質であり、より好ましくは培養皮膚真皮である。
【0085】
本発明の培養上皮、三次元培養組織及び培養真皮の由来動物は、哺乳動物であり、好ましくはヒトである。
【0086】
本発明の培養上皮及び本発明の三次元培養組織は、上皮組織層において、例えば、隣接するケラチノサイト間にタイトジャンクションが形成されていることが好ましい。上皮組織層においてタイトジャンクションが形成されていることは、例えば、経皮電気抵抗(TER)を測定することによって評価することができる。
【0087】
本発明の三次元培養組織及び本発明の培養真皮は、線維芽細胞の全数に対する、細胞周期が分裂準備期(G2期)の線維芽細胞の割合が、例えば1%以上、好ましくは5%以上、より好ましくは10%以上、更に好ましくは12%以上である。
本発明の三次元培養組織及び本発明の培養真皮は、線維芽細胞の全数に対する、細胞周期が分裂準備期(G2期)の線維芽細胞の割合が、例えば50%以下である。
細胞周期ごとの細胞の割合は、組織から常法によって細胞を分離し、DNA結合性色素(例えば、ヨウ化プロピジウム(PI)、7AAD、Hoechst3342、DAPI等)で染色後、フローサイトメトリー(FCM)によって求められる。三次元培養組織又は培養真皮にG2期の線維芽細胞が存在することは、創傷被覆用移植片等の用途において、上皮組織層の増殖を促進し真皮組織の生体親和性を高められる点で好ましい。
【0088】
本発明の三次元培養組織は、Ki67陽性である線維芽細胞を、真皮組織層の体積に対して、5×10~1×10細胞/cm、好ましくは1×10~5×10細胞/cm含有する。Ki67タンパク質は細胞増殖能マーカーとして知られる。本明細書において、Ki67陽性とは、組織切片を常法で作製し、Ki67抗体(Novocastra社製)及び二次抗体で染色して検出できることを表す。Ki67陽性の細胞が多いことは、創傷被覆用移植片等の用途において、真皮組織の生体親和性を高められる点で好ましい。
【0089】
一実施形態では、本発明の三次元培養組織又は本発明の培養真皮に含まれる線維芽細胞において、FGF2、EREG、ARG2、CCL2、IL1RN、PGF、SPP1、VEGFA、AREG及びDPTからなる群より選ばれる少なくとも1種以上のmRNA発現量が、コラーゲンゲル包埋下にて1%FCS及び1%ABAMを含有するDMEM培地で3日間培養した正常線維芽細胞におけるmRNA発現量と比較して、1.0倍以上、又は1.2倍以上である。なお、正常線維芽細胞の培養条件の詳細は、実施例に記載された条件を用いるものとする。
【0090】
本発明の三次元培養組織又は培養上皮は、哺乳動物の創傷治療に用いられる場合、好ましくは移植を受ける対象に対して同種由来であり、より好ましくは移植を受ける対象に対して同種でかつ互いに同一の個体由来であり、更に好ましくは、移植を受ける対象由来である。
【0091】
さらに、本発明の三次元培養組織又は培養上皮は、哺乳動物の創傷治療に用いられる場合、対象となる哺乳動物に対して、異種成分を実質的に含まないことが好ましく、他個体の成分を含まないことがより好ましい。ここで、異種成分又は他個体の成分を含まないとは、特に限定されないが、例えば三次元培養組織を構成する細胞に対して、異種又は他個体に由来する細胞や細胞断片、分泌タンパク質、細胞外マトリックス、血清等を含有しないことを表す。
【0092】
本発明の三次元培養組織又は培養上皮は、哺乳動物の創傷治療に用いる観点から、シート状であることが好ましい。例えば、培養皮膚上皮、三次元培養角膜、又は培養真皮の場合、シートの面積は、好ましくは50cm以上、より好ましくは100cm以上である。また、培養角膜組織又は三次元培養角膜、又は培養角膜実質の場合、シートの面積は、好ましくは1cm以上、より好ましくは1.5cm以上、更に好ましくは2cm以上である。
[外用剤]
【0093】
本発明の一実施形態である外用剤は、トレハロース又はその誘導体を有効成分として含有し、上皮創傷の治療に用いられることを特徴とする。適用される部位は、特に限定されず、皮膚、角膜、口腔、耳、鼻、直腸、膣等が挙げられるが、好ましくは皮膚又は角膜であり、より好ましくは皮膚である。
【0094】
本発明の外用剤は、トレハロース又はその誘導体を単剤として、あるいはトレハロース又はその誘導体と他の薬剤とを組み合わせた併用剤として、上記の疾患の予防、治療、又はそれら両方、の目的に用いられる。
【0095】
(有効成分:トレハロース又はその誘導体)
本発明の外用剤には、トレハロース及びトレハロース誘導体からなる群より選ばれる1種又は2種以上の化合物が含有される。
【0096】
トレハロース及びその誘導体の総含有量は、本発明の効果を顕著に奏する観点から、外用剤の全量に対して、トレハロース換算量で、例えば5質量%以上であり、好ましくは6質量%以上、より好ましくは8質量%以上、更に好ましくは10質量%以上である。
トレハロース及びその誘導体の総含有量は、外用剤の全量に対して、トレハロース換算量で、例えば、80質量%以下、好ましくは70質量%以下、より好ましくは50質量%以下であり、更に好ましくは30質量%以下である。
【0097】
トレハロース及びその誘導体の総含有量は、本発明の効果を顕著に奏する観点から、外用剤の全量に対して、5~80質量%であり、好ましくは5~30質量%、より好ましくは8~30質量%、更に好ましくは10~30質量%である。
【0098】
なお、外用剤が貼付剤である場合における外用剤の全量とは、外用剤のうち、創部に吸収され得る部分の総重量である。即ち、外用剤中の支持体、ライナー(剥離体)、テープ、布等の有効成分を含まない材料を除いた、残部の総重量である。
また、外用剤が創傷被覆材である場合における外用剤の全量とは、外用剤のうち、使用時において創部に吸収され得る部分の総重量である。即ち、外用剤中の創傷への適用時における、支持体、ライナー(剥離体)、テープ、布等の有効成分を含まない材料を除いた、残部の総重量であって、創部から創傷被覆材中に浸み込んだ滲出液、血液等の体液を含む重量である。
【0099】
(基剤又は担体)
本発明の外用剤は、有効成分である当該物質を、通常、各種の添加剤又は溶媒等の薬学的に許容される基剤又は担体と共に製剤化したうえで、全身的又は局所的に投与される。ここで、薬学的に許容される担体とは、一般的に医薬品の製剤に用いられる、有効成分以外の物質を意味する。薬学的に許容される担体は、その製剤の投与量において薬理作用を示さず、無害で、有効成分の治療効果を妨げないものが好ましい。また、薬学的に許容される担体は、有効成分及び製剤の有用性を高める、製剤化を容易にする、品質の安定化を図る、又は使用性を向上させる等の目的で用いることもできる。具体的には、薬事日報社2016年刊「医薬品添加物事典2016」(日本医薬品添加剤協会編集)等に記載されているような物質を、適宜目的に応じて選択すればよい。
【0100】
本発明の外用剤に用いられる基剤又は担体としては、特に限定されないが、例えば、油溶性の基剤又は担体として、ワセリン、精製ワセリン、パラフィン、流動パラフィン、ラノリン、精製ラノリン、炭化水素、高級アルコール類、植物油、動物油等の脂肪油;脂肪酸エステル類、プラスチベース、グリコール類、高級脂肪酸等が挙げられる。また、特に限定されないが、水溶性の基材又は担体として、マクロゴール200、マクロゴール400、マクロゴール1500、マクロゴール1540、マクロゴール4000、マクロゴール20000等のマクロゴール類(ポリエチレングリコール類);濃グリセリン、プロピレングリコール等の多価アルコール類;ポビドン、ポリビニルアルコール等の水溶性高分子等が挙げられる。さらに、本発明の外用剤に用いられる基剤又は担体としては、特に限定されないが、例えば、水溶性溶媒としてエタノール、イソプロピルアルコール、水、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール類等、油溶性溶媒としてセバシン酸ジエチル、アジピン酸ジイソプロピル、トリ(カプリル・カプリン酸)グリセリン等の液状の油等が挙げられる。本発明の外用剤にはこれらの基剤又は担体から、1種又は2種以上を適宜選択して用いることができる。
【0101】
(その他成分)
本発明の外用剤には、必要に応じて、さらに懸濁剤、増粘剤、安定化剤、湿潤剤、保存剤、乳化剤、懸濁化剤、pH調節剤等を含有してもよい。
【0102】
(剤形)
本発明の外用剤の剤型としては、例えば、皮膚用製剤(例:外用固形剤、外用液剤、スプレー剤、軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤、貼付剤、創傷被覆材等)、眼科用製剤(例:点眼剤、眼軟膏剤等)、口腔用製剤(例:口腔用錠剤、口腔用スプレー剤、口腔用半固形剤、含嗽剤等)、耳科用製剤(例:点耳剤等)、鼻科用製剤(例:点鼻剤等)、直腸用製剤(例:坐剤、直腸用半固形剤、腸注剤等)、及び膣用製剤(例:膣錠、膣用坐剤等)等が挙げられる。これらの中でも、本発明の効果を顕著に奏する観点から、好ましくは眼科用製剤又は皮膚用製剤であり、より好ましくは軟膏剤、創傷被覆材、又は点眼剤であり、更に好ましくは創傷被覆材である。これらの具体例を以下に示す。
【0103】
(剤形1:皮膚用製剤)
(1)外用固形剤
外用固形剤は、頭皮を含む皮膚又は爪に、塗布又は散布する固形の製剤であり、外用散剤等が含まれる。外用散剤とは、粉末状の外用固形剤をいう。
(2)外用液剤
外用液剤は、頭皮を含む皮膚又は爪に塗布する液状の製剤であり、リニメント剤、ローション剤等が含まれる。リニメント剤とは、皮膚にすり込んで用いる液状又は泥状の外用液剤をいう。ローション剤とは、有効成分を水性の液に溶解又は乳化もしくは微細に分散させた外用液剤をいう。
(3)スプレー剤
スプレー剤は、有効成分を霧状、粉末状、泡沫状、又はペースト状等として皮膚に噴霧する製剤であり、外用エアゾール剤、ポンプスプレー剤等が含まれる。
(4)軟膏剤
軟膏剤は、皮膚に塗布する、有効成分を基剤に溶解又は分散させた半固形の製剤であり、油脂性軟膏剤、水溶性軟膏剤等が含まれる。
(5)クリーム剤
クリーム剤は、皮膚に塗布する、水中油型又は油中水型に乳化した半固形の製剤であり、油中水型に乳化した親油性の製剤については油性クリーム剤とも呼ばれることもある。
(6)ゲル剤
ゲル剤は、皮膚に塗布するゲル状の製剤であり、水性ゲル剤、油性ゲル剤等が含まれる。
(7)貼付剤
貼付剤は、皮膚に貼付する製剤であり、テープ剤、パップ剤等が含まれる。貼付剤は、通常、高分子化合物又はこれらの混合物を基剤とし、有効成分を基剤と混和し均質として、支持体又はライナー(剥離体)に展延して成形されたものをいう。貼付剤には、必要に応じて、粘着剤や吸収促進剤等の添加剤を用いることもできる。テープ剤とは、ほとんど水を含まない基剤を用いる貼付剤をいい、プラスター剤、硬膏剤等が含まれる。テープ剤は、通常、樹脂、プラスチック、ゴム等の非水溶性の天然又は合成高分子化合物を基剤とし、有効成分をそのまま、又は有効成分に添加剤を加え、全体を均質とし、布に展延又はプラスチック製フィルム等に展延もしくは封入して成形することにより製造することができる。パップ剤とは、水を含む基剤を用いる貼付剤をいう。
(8)創傷被覆材
創傷被覆材はドレッシング材とも呼ばれ、創傷治療において創面の湿潤環境を保つために用いられる。創傷被覆材としては、例えばハイドロコロイド被覆材、ポリウレタンフォーム被覆材、アルギン酸塩被覆材等がある。使用時には、水等の溶媒を加えるか、創部からの体液が接触することによって、乾燥した有効成分等が溶液化され、創部に送達可能となる。
【0104】
(剤形2:眼科用製剤)
(1)点眼剤
点眼剤は、角膜等の眼組織に適用する、液状、又は用時溶解もしくは用時懸濁して用いる固形の無菌製剤である。
(2)眼軟膏剤
眼軟膏剤は、角膜等の眼組織に適用する半固形の無菌製剤である。
【0105】
(使用方法)
本発明の外用剤は、対象の創傷の深刻度、年齢、性別等に応じて適宜変更し得るが、例えば、1日数回(例えば、約1~5回、好ましくは1~3回)、適量(例えば、約0.05~5g)を患部に投与(塗布、点眼等)することができる。
【0106】
本発明の外用剤の塗布による10cm当たりの1回の投与量は、特に限定されないが、例えば、トレハロース換算量で、0.1mg以上、好ましくは1mg以上、より好ましくは5mg以上、更に好ましくは10mg以上、更により好ましくは100mg以上であり、5,000mg以下、好ましくは1,000mg以下、より好ましくは500mg以下である。
【0107】
本発明の外用剤の塗布による10cm当たりの1回の投与量は、特に限定されないが、例えば、トレハロース換算量で、0.1~5,000mg、好ましくは1~1,000mg、より好ましくは5~1,000mg、更に好ましくは10~500mg、更により好ましくは100~500mgである。
【0108】
[医療キット]
本発明の医療キットは、上記の外用剤を1種以上含むことを特徴とする。本発明の医療キットには、トレハロースを含有する外用剤以外の物品として、創傷治療用の縫合糸、針、ガーゼ、生体用の接着剤等を含むことが好ましい。
【0109】
[線維芽細胞のERK1/2活性化用、AKT活性化用、FGF2発現促進用、又は細胞増殖用組成物]
本発明の組成物は、トレハロース又はその誘導体を含有し、線維芽細胞のERK1/2活性化用、AKT活性化用、FGF2発現促進用、又は細胞増殖用に用いられる。
【0110】
(トレハロース又はその誘導体)
本発明の組成物には、トレハロース及びトレハロース誘導体からなる群より選ばれる1種又は2種以上の化合物が含有される。
【0111】
本発明の一実施形態である組成物は、線維芽細胞に適用され、MAPキナーゼであるERK1/2を活性化する。本明細書において、ERK1/2の活性化とは、リン酸化されたERK1/2の割合が増加することを表す。ERK1/2のリン酸化される部位は、例えば、ヒトERK1/2ではThr202及びTyr204、ラット及びマウスのERK1/2ではThr183及びTyr185である。ERK1/2の活性化によって、線維芽細胞の増殖が促進されることが知られている。
【0112】
本発明の一実施形態である組成物は、線維芽細胞に適用され、セリン/スレオニンキナーゼの一種であり、プロテインキナーゼBとも呼ばれるAKTを活性化する。本明細書において、AKTの活性化とは、Ser473がリン酸化されたAKTの割合が増加することを表す。AKTの活性化によって、AKTの活性化は線維芽細胞の遊走、細胞増殖、線維芽細胞のコラーゲンマトリックスの中での生存に関与することが知られている。
【0113】
ERK1/2及びAKTのリン酸化は、例えば、それぞれ対応するリン酸化タンパク質に特異的な抗体を用いて、ウェスタンブロット法又はELISA法によって検出、定量することができる。
【0114】
本発明の一実施形態である組成物は、線維芽細胞に適用され、線維芽細胞増殖因子であるFGF2の発現を促進するために用いられる。本明細書において、FGF2の発現促進とは、FGF2遺伝子からのmRNAの転写量が増加することを表す。なお、FGF2の発現上昇は血管新生や線維芽細胞の増殖、ヒアルロン酸の産生促進効果をもたらすことが知られている。
【0115】
本発明の一実施形態である組成物は、線維芽細胞において、EREG、ARG2、CCL2、IL1RN、PGF、SPP1、VEGFA、AREG又はDPTの発現を促進するために用いられる。これらの遺伝子の発現を促進するとは、これらの遺伝子からのmRNAの転写量が増加することを表す。
【0116】
本発明の一実施形態である組成物は、線維芽細胞に適用され、線維芽細胞増殖用、血管新生用、又はヒアルロン酸の産生促進用に用いることもできる。
【0117】
当該組成物は、線維芽細胞活性化用に用いることもできる。ここで、線維芽細胞の活性化とは、上皮組織層の増殖を促進させる線維芽細胞の機能を亢進することを表す。
【0118】
当該組成物は、上記の線維芽細胞に対する効果から導き出される用途として、皮膚のシワ、キメ、ハリ、たるみ、うるおい、コシ、弾力、及び老化からなる群より選ばれる1種又は2種以上を改善する用途にも用いることができる。
【0119】
トレハロース及びその誘導体の総含有量は、本発明の効果を顕著に奏する観点から、本発明の組成物の全量に対して、トレハロース換算量で、5質量%以上、好ましくは6質量%以上、より好ましくは8質量%以上、更に好ましくは10質量%以上である。
トレハロース及びその誘導体の総含有量は、本発明の組成物の全量に対して、例えば、80質量%以下、70質量%以下、50質量%以下であり、好ましくは30質量%以下である。
【0120】
トレハロース及びその誘導体の総含有量は、本発明の効果を顕著に奏する観点から、本発明の組成物の全量に対して、トレハロース換算量で、5~80質量%であり、好ましくは5~30質量%、より好ましくは8~30質量%、更に好ましくは10~30質量%である。
【0121】
本発明の組成物は、特に限定されないが、例えば、医薬品、医薬部外品、化粧品、食品等の形態であり得る。また、本発明の組成物は、例えば、培養用品として、コラーゲンゲル、コラーゲンスポンジ等の細胞支持体、培地、培地添加用サプリメント、血清等;研究用試薬等に用いることができる。
【0122】
本発明の組成物が医薬品、医薬部外品又は化粧品である場合、特に限定されないが、例えば、基剤又は担体、保存剤、乳化剤、着色剤、防腐剤、界面活性剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、保湿剤、紫外線吸収剤、香料、防腐防黴剤、体質顔料、着色顔料、アルコール、多価アルコール、水、油剤、増粘剤、粉体、キレート剤、酵素、動植物エキス類、pH調整剤等を含んでいてもよい。
【0123】
基剤又は担体の具体例は、上記の[外用剤]の項の基剤又は担体と同じ物を使用することができる。
【0124】
以下に、本発明の例示的な実施態様を示す。
<1>
上皮組織層を有する培養組織の製造方法であって、
ケラチノサイトを、トレハロース又はその誘導体を含有する組成物で処理された線維芽細胞と、共通の培地に接触させた状態で培養して、上皮組織層を形成させる工程を含む、製造方法。
<2>
前記線維芽細胞が、細胞支持体に包含されて真皮細胞構造体を構成し、
前記真皮細胞構造体が層状物であり、前記ケラチノサイトが前記真皮細胞構造体の層状物上に存在する、<1>に記載の製造方法。
<3>
さらに前記上皮組織層を分離する工程を含み、前記上皮組織層を有する培養組織が、培養上皮である、<1>又は<2>に記載の製造方法。
<4>
前記トレハロース又はその誘導体を含有する組成物の、トレハロース及びその誘導体の総含有量が、組成物の全量に対して、トレハロース換算量で、10mg/mL以上であって、好ましくは20mg/mL以上、より好ましくは30mg/mL以上、更に好ましくは50mg/mL以上であり、
300mg/mL以下であって、好ましくは200mg/mL以下、より好ましくは150mg/mL以下、更に好ましくは100mg/mL以下、である、<1>~<3>のいずれか1に記載の製造方法。
<5>
前記処理が線維芽細胞の二次元培養によって行われ、該培養における線維芽細胞の密度が、3×10個/cm以上であって、好ましくは5×10個/cm以上、
1×10個/cm以下であって、好ましくは8×10個/cm以下、である、<1>~<4>のいずれか1に記載の製造方法。
<6>
前記処理が線維芽細胞の三次元培養によって行われ、該培養における線維芽細胞の密度が、5×10個/cm以上であって、好ましくは1×10個/cm以上、より好ましくは2×10個/cm以上であり、
8×10個/cm以下であって、好ましくは4×10個/cm以下、より好ましくは2×10個/cm以下である、<1>~<4>のいずれか1に記載の製造方法。
<7>
前記処理が、37℃において、2時間以上であって、好ましくは5時間以上、更に好ましくは12時間以上、特に好ましくは24時間以上であり、
10日以下であって、7日以下、5日以下、3日以下、又は2日以下で行われる、<1>~<6>のいずれか1に記載の製造方法。
<8>
前記トレハロース又はその誘導体で処理された線維芽細胞の密度が、5×10個/cm以上であって、好ましくは1×10個/cm以上、より好ましくは2×10個/cm以上であり、
8×10個/cm以下であって、好ましくは4×10個/cm以下、より好ましくは2×10個/cm以下である、<1>~<7>のいずれか1に記載の製造方法。
<9>
前記ケラチノサイトが、全体又は一部において、細胞密度が、2×10個/cm以上であって、好ましくは4.5×10個/cm以上、より好ましくは9×10個/cm以上であり、
3.6×10個/cm以下であって、好ましくは1.8×10個/cm以下、より好ましくは9×10個/cm以下で存在する、<1>~<8>のいずれか1に記載の製造方法。
<10>
前記線維芽細胞と前記ケラチノサイトが、好ましくは同種由来であり、より好ましくは移植を受ける対象に対して同種でかつ互いに同一の個体由来であり、更に好ましくは移植を受ける対象由来である、<1>~<9>のいずれか1に記載の製造方法。
<11>
前記細胞支持体が、好ましくはコラーゲン、ゼラチン、ヒアルロン酸、フィブロネクチン、ラミニン、フィブリン、細胞外マトリックス混合物からなる群より選ばれる1種以上を含有し、より好ましくはコラーゲンを含有し、更に好ましくはコラーゲンゲル又はコラーゲンスポンジであり、更により好ましくはコラーゲンゲルである、<2>~<10>のいずれか1に記載の製造方法。
<12>
さらに前記真皮細胞構造体を準備する工程として以下の(i)~(iii)のいずれかの工程を含み、好ましくは(i)の工程を含む、<2>~<11>のいずれか1に記載の製造方法:(i)トレハロース又はその誘導体を含有させた細胞支持体に、線維芽細胞を共存させる;(ii)線維芽細胞、細胞支持体、及び、トレハロース又はその誘導体、を一度に共存させる;(iii)細胞支持体に線維芽細胞を含有させて得られる構造体に、トレハロース又はその誘導体を含侵させる。
<13>
前記トレハロース又はその誘導体を含有する組成物が、前記細胞支持体である、<2>~<12>のいずれか1に記載の製造方法。
【0125】
<14>
<1>~<13>のいずれか1に記載の製造方法によって製造され、好ましくは皮膚上皮又は角膜上皮であり、より好ましくはヒト皮膚上皮又はヒト角膜上皮である、培養上皮。
【0126】
<15>
<1>~<13>のいずれか1に記載の製造方法によって製造され、ケラチノサイトを含む上皮組織層及び線維芽細胞を含む真皮組織層を有し、線維芽細胞全数に対する、細胞周期がG2期の線維芽細胞の割合が、1%以上であって、好ましくは5%以上、より好ましくは10%以上、更に好ましくは12%以上であり、50%以下である、三次元培養組織。
<16>
Ki67陽性である線維芽細胞が、真皮組織層の体積に対して、5×10細胞/cm以上であって、好ましくは1×10細胞/cm以上であり、
1×10細胞/cm以下であって、好ましくは5×10細胞/cm以下である、<15>に記載の三次元培養組織。
<17>
前記三次元培養組織が、三次元培養皮膚又は三次元培養角膜であり、好ましくはヒト三次元培養皮膚又はヒト三次元培養角膜であり、より好ましくはヒト三次元培養皮膚である、<15>又は<16>に記載の三次元培養組織。
<18>
前記線維芽細胞のFGF2、EREG、ARG2、CCL2、IL1RN、PGF、SPP1、VEGFA、AREG及びDPTからなる群より選ばれる少なくとも1種以上のmRNA発現量が、コラーゲンゲル包埋下にて1%FCS及び1%ABAMを含有するDMEM培地で3日間培養した正常線維芽細胞におけるmRNA発現量と比較して、好ましくは1.0倍以上、より好ましくは1.2倍以上である、<15>~<17>のいずれか1に記載の三次元培養組織。
<19>
哺乳動物の創傷治療用であって、異種成分を含まないことが好ましく、他個体の成分を含まないことがより好ましい、<15>~<18>のいずれか1に記載の三次元培養組織。
<20>
シート状の三次元培養皮膚であって、シートの面積が、50cm以上、好ましくは100cm以上である、<15>~<19>のいずれか1に記載の三次元培養組織。
<21>
シート状の三次元培養角膜であって、シートの面積が、1cm以上、好ましくは1.5cm以上、より好ましくは2cm以上である、<15>~<19>のいずれか1に記載の三次元培養組織。
【0127】
<22>
トレハロース又はその誘導体を含有する組成物で処理された線維芽細胞を含む真皮組織層を有し、線維芽細胞全数に対する、細胞周期がG2期の線維芽細胞の割合が、1%以上であって、好ましくは5%以上、より好ましくは10%以上、更に好ましくは12%以上であり、50%以下である、培養真皮。
<23>
Ki67陽性である線維芽細胞が、真皮組織層の体積に対して、5×10細胞/cm以上であって、好ましくは1×10細胞/cm以上であり、
1×10細胞/cm以下であって、好ましくは5×10細胞/cm以下で含有する、<22>に記載の培養真皮。
<24>
前記培養真皮が、培養皮膚真皮又は培養角膜実質であり、好ましくはヒト培養皮膚真皮又はヒト培養角膜実質であり、より好ましくはヒト培養皮膚真皮である、<22>又は<23>に記載の培養真皮。
<25>
前記線維芽細胞のFGF2、EREG、ARG2、CCL2、IL1RN、PGF、SPP1、VEGFA、AREG及びDPTからなる群より選ばれる少なくとも1種以上のmRNA発現量が、コラーゲンゲル包埋下にて1%FCS及び1%ABAMを含有するDMEM培地で3日間培養した正常線維芽細胞におけるmRNA発現量と比較して、好ましくは1.0倍以上、より好ましくは1.2倍以上である、<22>~<24>のいずれか1に記載の培養真皮。
<26>
哺乳動物の創傷治療用であって、異種成分を含まないことが好ましく、他個体の成分を含まないことがより好ましい、<22>~<25>のいずれか1に記載の培養真皮。
<27>
シート状の培養皮膚真皮であって、シートの面積が、50cm以上、好ましくは100cm以上である、<22>~<26>のいずれか1に記載の培養真皮。
<28>
シート状の培養角膜実質であって、シートの面積が、1cm以上、好ましくは1.5cm以上、より好ましくは2cm以上である、<22>~<26>のいずれか1に記載の培養真皮。
【0128】
<29>
有効成分としてトレハロース又はその誘導体を含有する、上皮創傷治療用外用剤。
<30>
トレハロース及びその誘導体の総含有量が、トレハロース換算量で、5質量%以上であって、好ましくは6質量%以上、より好ましくは8質量%以上、更に好ましくは10質量%以上であり、
80質量%以下であって、好ましくは70質量%以下、より好ましくは50質量%以下、更に好ましくは30質量%以下である、<29>に記載の外用剤。
<31>
さらに基剤又は担体として、ワセリン、精製ワセリン、パラフィン、流動パラフィン、ラノリン、精製ラノリン、炭化水素、高級アルコール類、脂肪油、脂肪酸エステル類、プラスチベース、グリコール類、高級脂肪酸、マクロゴール類、濃グリセリン、プロピレングリコール、ポビドン、ポリビニルアルコール、エタノール、イソプロピルアルコール、水、ポリエチレングリコール、セバシン酸ジエチル、アジピン酸ジイソプロピル及びトリ(カプリル・カプリン酸)グリセリンからなる群より選ばれる1種又は2種以上を含有する、<29>又は<30>に記載の外用剤。
<32>
剤形が、外用固形剤、外用液剤、スプレー剤、軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤、貼付剤、創傷被覆材、点眼剤、眼軟膏剤、口腔用錠剤、口腔用スプレー剤、口腔用半固形剤、含嗽剤、点耳剤、点鼻剤、坐剤、直腸用半固形剤、腸注剤、膣錠又は膣用坐剤であり、好ましくは軟膏剤、創傷被覆材又は点眼剤であり、更に好ましくは創傷被覆材である、<29>~<31>のいずれか1に記載の外用剤。
<33>
皮膚、角膜、口腔、耳、鼻、直腸又は膣の上皮の創傷治療用であり、好ましくは皮膚又は角膜の創傷治療用であり、より好ましくは皮膚の創傷治療用である、<29>~<32>のいずれか1に記載の外用剤。
【0129】
<34>
上皮創傷の治療のため、好ましくは皮膚、角膜、口腔、耳、鼻、直腸又は膣の上皮の創傷の治療のため、より好ましくは皮膚又は角膜の上皮の創傷の治療のため、更に好ましくは皮膚の上皮の創傷の治療のために用いる、トレハロース又はその誘導体。
<35>
上記<34>において、使用濃度は、トレハロース換算量で、5質量%以上であって、好ましくは6質量%以上、より好ましくは8質量%以上、更に好ましくは10質量%以上、80質量%以下であって、好ましくは70質量%以下、より好ましくは50質量%以下、更に好ましくは30質量%以下である、トレハロース又はその誘導体。
【0130】
<36>
上皮の創傷治療方法であって、それを必要とする対象にトレハロースを有効量で投与することを含む、方法。
<37>
上記<36>において、外用剤の塗布による10cm当たりの1回の投与量は、トレハロース換算量で、0.1mg以上であって、好ましくは1mg以上、より好ましくは5mg以上、更に好ましくは10mg以上、更に好ましくは100mg以上であり、
5,000mg以下であって、好ましくは1,000mg以下、より好ましくは500mg以下である、方法。
【0131】
<38>
上皮創傷治療用外用剤を製造するための、トレハロース又はその誘導体の使用。
【0132】
<39>
皮膚上皮又は角膜上皮の創傷治療用の外用剤を製造するための、トレハロース又はその誘導体の使用。
【0133】
<40>
上記<29>~<33>のいずれか一項に記載の外用剤を含み、好ましくは、さらに創傷治療用の縫合糸、針、ガーゼ、及び生体用の接着剤からなる群より選ばれる1種以上を含む、医療キット。
【0134】
<41>
トレハロース又はその誘導体を含有し、線維芽細胞に適用され、ERK1/2活性化用、AKT活性化用、FGF2発現促進用、血管新生促進用、ヒアルロン酸産生促進用、細胞活性化用又は細胞増殖用である、組成物。
【0135】
<42>
線維芽細胞のERK1/2活性化剤、AKT活性化剤、FGF2発現促進剤、血管新生促進剤、ヒアルロン酸産生促進剤、細胞活性化剤又は細胞増殖剤の製造のための、トレハロース又はその誘導体の使用。
<43>
上記<41>又は<42>において、剤又は組成物のトレハロース又はその誘導体の総含有量は、トレハロース換算量で、5質量%以上であって、好ましくは6質量%以上、より好ましくは8質量%以上、更に好ましくは10質量%以上であり、
80質量%以下であって、好ましくは70質量%以下、より好ましくは50質量%以下、更に好ましくは30質量%以下である。
<44>
線維芽細胞に、トレハロース又はその誘導体を含有する組成物を接触させることを含む、線維芽細胞のERK1/2活性化方法、AKT活性化方法、FGF2発現促進方法、血管新生促進方法、ヒアルロン酸産生促進方法、細胞活性化方法又は細胞増殖方法。
【0136】
<45>
トレハロース又はその誘導体の、線維芽細胞におけるERK1/2活性化、AKT活性化、FGF2発現促進、血管新生促進、ヒアルロン酸産生促進、細胞活性化又は細胞増殖促進のための、使用。
【実施例
【0137】
[試験例1.トレハロース含有真皮組織構造体を用いた三次元培養皮膚の作製]
(方法)
<1.三次元培養皮膚の作製>
(1)まず、以下の表1の組成でゲル溶液Iを作製した。続いて、得られたゲル約1mLをセルカルチャーインサートであるトランズウェル-コル コラーゲンコートインサート(カタログ番号: 3492、Costar社製;ポアサイズ:3.0μm、表面積:4.67cm)に注ぎ、インキュベーターに5分以上静置した。5×10個/mLの細胞密度で正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF、Cambrex社製)を懸濁した、10v/v%FCS及び1v/v%ABAM(Antibiotics-Antimycotic solution, 100×,ThermoFisher Scientific社製)を含むDMEM 5mLを、29mLのゲル溶液Iに加えた。この細胞を含むゲル溶液約3.5mLを上記セルカルチャーインサートに加え、37℃インキュベーターに30分間静置してゲル化した。
【0138】
【表1】
【0139】
(2)次に、上記のNHDFを含むコラーゲンゲル(層状の真皮細胞構造体)を、50μg/mlアスコルビン酸、10v/v%FCS、1v/v%ABAMを含むDMEM培地を用いて5日間前培養した。次いで、コラーゲンゲル表面にMCDB培地に懸濁したヒト正常皮膚ケラチノサイトを1.28×10個/cmとなるように播種し、セルカルチャーインサートの外液及びインサート内にMCDB Type-II培地(特許第3066624号公報の増殖培地2)とEGMを等量混ぜた培地を加えて、37℃で2日間培養した。EGMの組成は表2のとおりである。
【0140】
【表2】
【0141】
(3)角化培地(CM培地)に交換し、セルカルチャーインサートの多孔質膜が角化培地の気液界面に位置するようにセルカルチャーインサートを配置した。その状態で37℃、7~14日間気液界面培養することにより分化誘導を行い、三次元培養皮膚を得た。なお、培養開始から2日ごとに培地交換を行った。CM培地の組成は表3のとおりである。
【0142】
【表3】
【0143】
<2.染色試験>
(4)得られたそれぞれの三次元培養皮膚の組織切片を、常法によりHE、EVG、HABP、K10、K5、アルシアンブルー、SMA、及びKi67染色した。Ki67染色には、Ki67抗体(Novocastra社製)及び二次抗体(Vector社製)を用いた。
【0144】
<3.フローサイトメトリー(FCM)による細胞周期ごとの細胞の割合の解析>
(5)得られた三次元培養皮膚のうち、線維芽細胞からなる真皮組織層を分離してヨウ化プロピジウム(PI)でDNA染色した。次いで、Cycle TEST PLUS DNA Reagent Kit(BD社製)を用いたFCMにより線維芽細胞の細胞周期ごとの割合を分析した。
【0145】
(結果)
得られた三次元培養皮膚を図2に示す。10mg/mLのトレハロースを、線維芽細胞を含むコラーゲンゲルに添加した場合は、トレハロースを含まない場合に比べて、形成された上皮組織層の面積が若干拡大した。さらに、100mg/mLのトレハロースを添加した場合には、上皮組織層はインサートの外縁まで広がり、さらにインサート外部まではみ出すほどに拡大した。
また、従来のトレハロースなしの条件での培養では、上皮組織層の形成に伴って、線維芽細胞を含有するコラーゲンゲルが収縮し、上皮組織層にシワやヨレが生じることがある。しかし、上記のトレハロースを添加した培養では、コラーゲンゲルの収縮が見られず、シワやヨレのないシート状の上皮組織層が得られた。
【0146】
さらに、得られたそれぞれの三次元培養皮膚の組織切片の染色像を、図3及び図4に示す。Ki67の染色像以外は、トレハロースの濃度による染色パターンの違いは見られなかった。従って、本発明の方法は、従来の方法と同等の性質のコラーゲン、弾性繊維、ヒアルロン酸、ケラチン、ムコイド、及びアクチンを有する三次元培養皮膚が得られることが分かった。
【0147】
一方、細胞分裂マーカーであるKi67の染色では、図4に示すように、トレハロースの濃度が上昇するにつれて、真皮組織層中の陽性細胞が増加することが確認された。
【0148】
FCMによる解析の結果を表4に示す。トレハロースによって、S期(DNA合成期)及びG2期(分裂準備期)の線維芽細胞の割合が大幅に増加したことがわかる。従って、トレハロースが線維芽細胞の状態を何らか変化させる結果、気液界面培養中も上皮組織層の拡大が続いたものと推測された。
【0149】
【表4】
【0150】
一方、線維芽細胞を含むコラーゲンゲルなしで、(2)の培地にトレハロースを100mg/mLを加えてケラチノサイト単独で培養した場合は、トレハロースがない場合と同様に上皮組織層の形成は見られなかった。これらの結果から、線維芽細胞を含む真皮細胞構造体とトレハロースが共存することによって、上皮組織層の拡大を促進する作用をもたらすことが示唆された。
【0151】
さらに、トレハロースの代わりにスクロース30mg/mL又はフルクトース30mg/mLを、線維芽細胞を含むコラーゲンゲルに加えて上記と同様に培養を行った場合、上皮組織層は形成されなかった。これらの糖は、ケラチノサイト又は線維芽細胞を傷害したものと考えられた。
【0152】
[試験例2.ラージスケールの三次元培養組織の作製]
(方法)
(1)10mLのゲル溶液Iを直径75mmのセルカルチャーインサートに加え、さらに線維芽細胞を(1)と同じ細胞密度で含むゲル溶液を32mL重層すること以外は、上記試験例の方法(1)に従って、トレハロースを終濃度で0又は100mg/mL含有する層状の真皮細胞構造体を調製した。
(2)得られたコラーゲンゲルに、直径1cmのリングを載せ、その内側にケラチノサイトを播種し、MCDB Type-II-EGM(1:1)培地で2日間培養した。これにより、直径約1cmのケラチノサイトのシート(上皮細胞層)がコラーゲンゲル上に形成される。
(3)ケラチノサイトがコンフルエントになったところで、リングを外し、CM培地に交換して、上記試験例1の方法(3)と同様に、気液界面培養を5日間行った。
【0153】
(結果)
気液界面培養後の上皮組織層の写真を図5に示す。トレハロースを含まないコラーゲンゲルでは、気液界面培養後の上皮組織層の面積は、コンフルエント時の面積から拡大しなかった。このように、従来技術では一旦コンフルエントに達したケラチノサイトは、より広い平面上で培養を続けても拡大しないことが知られている。一方、コンフルエントなケラチノサイトからなるシートを、100mg/mLトレハロースを含有する真皮細胞構造体上で培養した場合は、驚くべきことに、気液界面培養中にカルチャーインサートの外縁まで上皮組織層が拡大した。即ち、トレハロースを線維芽細胞と共存させた真皮細胞構造体とケラチノサイトとを共通の培地で培養すると、ケラチノサイトは、コンフルエントに達した後も増殖可能であることがわかった。また、気液界面培養による重層化・角化が起こっていても増殖速度が十分に維持されることがわかった。
【0154】
[試験例3-1.線維芽細胞に対するトレハロースの効果の検証1]
(方法)
(1)NHDFを5.5×10細胞/cmとなるように、0、10、又は100mg/mLの3通りの濃度のトレハロースを含有する10v/v%FCS及び1v/v%ABAMを含むDMEMの入った細胞培養ディッシュに播種し、24時間培養を行った。
(2)培養後の細胞の形態を光学顕微鏡で観察した。さらに細胞をPIでDNA染色して、FCMを行い、細胞周期ごとの割合を調べた。
(3)さらに、(1)で得られた線維芽細胞からRIPA buffer (1% protein inhibitor(SIGMA社製)+Phosphatase Inhibitor cocktail(SIGMA社製))を用いてタンパク質を抽出した。そして1サンプル当たり10μgのタンパク質を常法によりSDS-PAGEで分離し、PVDFメンブレンに転写後、ウェスタンブロットを行った。リン酸化ERK1/2及びリン酸化AKTの検出には、一次抗体としてPhospho-p44/p42 MAPK (Erk1/2)(Thr202/Tyr204)(D13.14.4E)XP Rabbit mAb (#4300, Cell Signaling) Phospho-Akt(Ser473) antibody (#9271, Cell Signaling社製)、二次抗体はPROMEGA社製の抗ウサギIgG抗体、抗マウスIgG抗体を用い、ECL Prime Western Blotting Detection Reagent(GE Healthcare社製)で検出し、Image Quant LAS4010 (GEヘルスケア社製)で可視化した。
【0155】
(結果)
各トレハロース濃度で単層培養した線維芽細胞の光学顕微鏡像を図6に示す。トレハロースがない場合は、細長く伸びた細胞がほぼすき間なく並んだ形態を示した。これは、通常サブコンフルエントまで培養した際に見られる細胞形態と同様であった。一方、10mg/mLのトレハロースを加えた場合は、細胞数の増加が若干抑えられ、その結果細胞間に隙間が見られた。さらに100mg/mLトレハロースを加えた場合は、さらに細胞数の増加は抑制されていたが、何らかのダメージを受けている様子は全く見られなかった。細胞形態としては、細胞突起を長く伸ばす細胞はやや少なく、紡錘状の細胞が多い傾向にあった。
【0156】
また、ウェスタンブロットの結果(図7)によれば、培地中のトレハロースの濃度が増加するほどERK1/2及びAKTのリン酸化が促進されることがわかった。また、β-アクチンの合成量もトレハロースの量に依存して増加していた。
【0157】
[試験例3-2.線維芽細胞に対するトレハロースの効果の検証2]
(方法)
(1)NHDFを5.5×10細胞/cmとなるように、0、30、100mg/mLトレハロースを含有する1%FCS及び1%ABAM含有DMEM培地の入った細胞培養ディッシュに播種し、3、24、又は48時間培養を行った。
(2)各条件の細胞を回収し、RNeasy Mini Kit(QIAGEN社製)を用いてmRNAを抽出した。mRNAからiScript cDNA Synthesis kit(B10-RAD社製)を用いてcDNAを調製した。方法はそれぞれのマニュアルに従って行った。次いで、FGF2遺伝子の定量PCR(qPCR)を行った。反応には、Fast Start Universal Probe Master (Rox)(Roche社)、StepOnePlue Real time PCR systemを用いた。プライマーセットは、表5に記載のFGF2用TaqManプローブ(ThermoFisher Scientific)を用いた。リファレンス遺伝子にはGAPDHを用いた。各条件で用いたサンプル数は3であった。
【0158】
【表5】
【0159】
(結果)
qPCRの結果を図8に示す。培養3時間後において、30mg/mL又は100mg/mLトレハロースで処理した線維芽細胞では、トレハロースなしの対照(vehicle)に比べてFGF2発現量の増加が見られた。対照では、培養から48時間経過後におけるFGF2 mRNAの発現量が、培養開始時に比べて著しく低下した。30mg/mLトレハロースで処理した場合は、48時間後のFGF2 mRNAの発現量が若干増加した。さらに、100mg/mLトレハロースで処理した場合は、24時間及び48時間後のFGF2 mRNA発現量が、対照と比べて大幅に増加しており、培養開始時と比較しても増加するという顕著な特徴を有していた。よって、FGF2遺伝子は、線維芽細胞にトレハロース処理がされたか否かを判別するためのマーカー遺伝子として用いることができる。
【0160】
以上から、トレハロース存在下で培養することによって、線維芽細胞中の遺伝子の発現が変化し、その結果、線維芽細胞が上皮組織層を増殖させる効果を向上させると推測される。
【0161】
[試験例3-3.線維芽細胞に対するトレハロースの効果の検証3]
試験例3-2と同様の方法で、NHDFを0、30、100mg/mLトレハロース、又はヒアルロン酸オリゴ糖4mer(HA4)(コスモバイオ株式会社製、商品コード11006)を含有する1%FCS及び1%ABAM含有DMEM培地で24時間培養し、細胞からRNAを回収した。また、対照として、処理前の線維芽細胞からRNAを回収した(図9の0h)。得られたサンプルについて、試験例3-2と同様の操作を行い、EREG、ARG2、CCL2、IL1RN、PGF、SPP1、VEGFA、AREG及びDPT各遺伝子のqPCRを実施した。リファレンス遺伝子にはGAPDHを用いた。
【0162】
結果を図9に示した。100mg/mLのトレハロースを含有する培地で培養した群(Treha 100)は、トレハロース不含有の培地で培養した群(vehicle)と比べて、線維芽細胞のEREG、ARG2、CCL2、IL1RN、PGF、SPP1、VEGFA、AREG及びDPTの各遺伝子のmRNA発現量が顕著に増加した。一方、ヒアルロン酸オリゴ糖で処理した群(HA oligo)は、そのような発現量の増加は観察されなかった。
【0163】
[試験例3-4.線維芽細胞に対するトレハロースの効果の検証4]
試験例1の方法(1)に従ってNHDFを含むコラーゲンゲルを作製した。得られたコラーゲンゲルを、0又は100mg/mLのトレハロース、1%FCS及び1%ABAMを含有するDMEM培地で3日間培養し、細胞からRNAを回収した。得られたサンプルについて、試験例3-2と同様の操作を行い、EREG、ARG2、CCL2、IL1RN、PGF、SPP1、VEGFA、DPT及びFGF2の各遺伝子のqPCRを実施した。リファレンス遺伝子にはGAPDHを用いた。
【0164】
結果を図10に示した。100mg/mLのトレハロースを含有する培地で培養した群(Treha 100)は、試験例3-3と同様に、トレハロース不含有培地で培養した群(vehicle)と比べて、線維芽細胞のEREG、ARG2、CCL2、IL1RN、PGF、SPP1、VEGFA、DPT及びFGF2の各遺伝子のmRNA発現量が有意に増加した。よって、これらの遺伝子は、線維芽細胞にトレハロース処理がされたか否かを判別するためのマーカー遺伝子として用いることができる。
【0165】
[試験例4.トレハロースで前処理した線維芽細胞を用いた三次元培養皮膚の作製]
(方法)
(1)NHDFを細胞密度4.0×10個/cmで10%FCS及び1%ABAM含有DMEM培地の入った細胞培養ディッシュに播種した。播種から24時間後に細胞密度4.5×10個/cmで、トレハロースを0、30、又は100mg/mL含有する1%FCS及び1%ABAM含有DMEM培地に培地交換して37℃で24時間インキュベートした。そして、トレハロースを添加しないこと以外は試験例1と同じ条件で、得られたNHDFを5.0×10個/ml含むコラーゲンゲルを作製した。
(2)試験例1の方法に従って、得られたNHDF含有コラーゲンゲルを5日間前培養した後、ヒト正常皮膚ケラチノサイトを播種し、37℃で2日間培養した。
(3)さらに、試験例1の方法に従って、CM培地を用いて37℃で7日間の気液界面培養を行った。
【0166】
(結果)
得られた三次元培養皮膚を図11に示す。コラーゲンゲル作製前に30mg/mLのトレハロースで前培養した線維芽細胞を用いた場合は、トレハロースを含まない培地で前培養した場合に比べて、三次元培養皮膚の面積が拡大した(直径でおよそ1.4倍)。そして、100mg/mLのトレハロースで前培養した線維芽細胞を用いた場合は、セルカルチャーインサート全体を覆うまで三次元培養皮膚の面積が拡大した。また、従来の培養では、重層化後にコラーゲンゲルの収縮が見られることがあるが、トレハロースで前培養を行った繊維芽細胞を用いると、コラーゲンゲルの収縮も見られなかった。この結果は、驚くべきことに、試験例1で得られた結果と極めて類似していた。従って、一旦トレハロースで処理した線維芽細胞は、その後の培養ではトレハロースが存在していなくても、ケラチノサイトの接触阻害を抑え、上皮組織層を拡大する効果を発揮することがわかった。
【0167】
[試験例5.三次元培養皮膚(皮膚シート)のin vivo移植による効果の検証]
(方法)
(1)5%イソフルレン吸入麻酔下で、6mmサイズのトレパンを用いて、BALB/cAJcl-nuヌードマウス(各群10週齢のオス・メス各1匹×2群)の背部に直径約6mmの皮膚潰瘍を作製した。
(2)本発明の製造方法で得られた皮膚シート及び従来のトレハロースを使用しない方法で作製した皮膚シートを準備した。
(3)これら2種類の皮膚シートを、それぞれの群のヌードマウスの潰瘍部に皮膚移植し、デカダームTM(3M社製)で固定した。
(4)移植5日後に移植部の皮膚生検を行った。染色はHEを用いた。
【0168】
(結果)
移植部の組織染色像を図12に示した。従来技術の製造方法で作製された皮膚シートを移植した対照群に比べて、本発明の製造方法で作製された皮膚シートを移植したトレハロース群は、有意に新生血管の数が多いことが判明した。
【0169】
[試験例6.トレハロースの皮膚創傷に対する効果のin vivo試験]
(方法)
トレハロースの皮膚創傷に対する効果を検証するために、マウスを用いたin vivo試験を行った。方法を以下に示す。
(1)15週齢のC57BL/6マウスを麻酔し、背部を広範囲に除毛した後、背部の皮膚をつまんで重ね、生検トレパンで直径6mmの創傷を作製した。
(2)創傷マウスを各6匹の2群に分け、対照群に基剤であるVanicream(Pharmaceutical specialties, INC)のみの剤100mgを、またトレハロース処理群には、10質量%トレハロース及び基剤としてのVanicreamからなる剤100mgを1日1回塗布した。
(3)創傷形成後9日までの各創傷の画像と、各創傷の面積をそれぞれ記録した。
【0170】
(結果)
結果を図13に示す。トレハロース処理群は、対照群に比べて創傷の回復が有意に早いことがわかる。トレハロース処理群では、創傷縁部からの皮膚の再生が見られ、わずか1日後から顕著に創傷面積が減少し、4日目には上皮化していた。
【0171】
以上から、トレハロースは生体の上皮創傷の改善を促進し、治療に適することがわかった。試験例1~5と合わせて考察すれば、トレハロースによって、創傷縁部の線維芽細胞の活性化及びケラチノサイトの増殖が促進され、皮膚の再生が促進されたものと推測される。
【産業上の利用可能性】
【0172】
本発明は、創傷の治療及び外用組成物の安全性評価に応用可能な人工皮膚モデル、創傷治療用の外用剤を含む。また、本発明は、トレハロースの線維芽細胞の遺伝子活性化等の用途を含む。このため、本発明は、例えば、化粧品、医療、製薬、研究用試薬、食品等の分野において有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13