(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-11
(45)【発行日】2024-06-19
(54)【発明の名称】内視鏡および内視鏡の製造方法
(51)【国際特許分類】
A61B 1/008 20060101AFI20240612BHJP
【FI】
A61B1/008 512
(21)【出願番号】P 2021123409
(22)【出願日】2021-07-28
【審査請求日】2023-11-13
(73)【特許権者】
【識別番号】304050923
【氏名又は名称】オリンパスメディカルシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100207789
【氏名又は名称】石田 良平
(72)【発明者】
【氏名】近藤 晴崇
(72)【発明者】
【氏名】山形 和広
【審査官】▲高▼木 尚哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-177813(JP,A)
【文献】特開2010-125257(JP,A)
【文献】特開2014-000209(JP,A)
【文献】特開2016-116807(JP,A)
【文献】特開2001-037706(JP,A)
【文献】実開昭51-158982(JP,U)
【文献】実開昭48-002522(JP,U)
【文献】米国特許出願公開第2018/0003202(US,A1)
【文献】中国実用新案第211554372(CN,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 1/00-1/32
F16G 1/00-17/00
G01N 21/84-21/958
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
湾曲操作される湾曲部を有し、少なくとも一部が被検体に挿入される細長い挿入部と、
前記挿入部の基端側に設けられ、前記湾曲部を湾曲操作する操作部と、
前記挿入部に挿通され、先端側が前記湾曲部に連結され、基端側が前記操作部に連結され、前記湾曲部を湾曲させる力を前記湾曲部に伝達するワイヤーロープと、
前記ワイヤーロープの先端側及び基端側の連結部のうち少なくとも一方に用いられる連結部材と、を有し、
前記連結部材は、前記ワイヤーロープの外表面にカシメにより固定され、前記ワイヤーロープと前記連結部材との間にはシリコーン層が介在している内視鏡。
【請求項2】
前記ワイヤーロープには、ワイヤー軸方向の引張力が付与されている、請求項1に記載の内視鏡。
【請求項3】
湾曲操作される湾曲部を有し、少なくとも一部が被検体に挿入される細長い挿入部と、
前記挿入部の基端側に設けられ、前記湾曲部を湾曲操作する操作部と、
先端側が前記湾曲部に連結され、基端側が前記操作部に連結され、前記湾曲部を湾曲させる力を前記湾曲部に伝達する、前記挿入部を挿通するワイヤーロープと、
前記ワイヤーロープの先端側及び基端側の連結部のうち少なくとも一方に用いられる連結部材と、を有する内視鏡の製造方法であって、
前記ワイヤーロープの外表面にシリコーン層を形成する工程と、
前記ワイヤーロープの外表面に、前記シリコーン層を形成した領域の少なくとも一部を覆うように前記連結部材を配置する工程と、
前記連結部材を外部から押圧して、前記連結部材を前記ワイヤーロープにカシメにより固定する工程と、
前記シリコーン層のシリコーンを変性させる工程と、
を有する内視鏡の製造方法。
【請求項4】
前記シリコーンを変性させる工程において、前記ワイヤーロープに前記連結部材をカシメによって固定した後に、前記ワイヤーロープをワイヤー軸方向に引っ張る、請求項3に記載の内視鏡の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内視鏡および内視鏡の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療機器として、挿入部と操作部を有する内視鏡が知られている。挿入部は湾曲操作される湾曲部を有し、少なくとも一部が被検体に挿入される細長い部位である。操作部は挿入部の基端側にあり、湾曲部を湾曲操作する。挿入部にはワイヤーが挿通され、ワイヤーは先端側が湾曲部に連結され、基端側が操作部に連結され、湾曲部を湾曲させる力を操作部から湾曲部に伝達する。以下ワイヤーをその機能から湾曲ワイヤーやワイヤーロープと称呼する場合がある。
【0003】
このような内視鏡等のワイヤーを備えた機器では、湾曲ワイヤーの先端は、湾曲部の節輪組の最先端を構成する先端節輪等に固定され、湾曲ワイヤーの基端は挿入部の基端側に位置する操作部内に設けられた湾曲操作装置に固定されている(例えば、特許文献1参照)。そして、操作者は、湾曲操作装置を操作することによって湾曲ワイヤーが牽引、弛緩されて湾曲部が湾曲する。
【0004】
湾曲ワイヤーを他の部材に固定する方法としてはカシメが知られている。例えば、特許文献1には、ワイヤーの一端にカシメ部を有する端子金具をカシメて固定する構造であって、ワイヤーの一端に拡径部を設けることで端子金具の位置がずれることを防止する構成について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のようなワイヤーが使用される内視鏡では、内視鏡のワイヤーとカシメ部材の固定強度、すなわち最大引張り力量を大きくすることが好ましい。ところが、カシメを行う際の押圧力(カシメ荷重)を大きくすると、カシメ部材やワイヤーに変形が生じることから、内視鏡の細径化を阻害するおそれがあり、その点で改善の余地があった。
【0007】
本発明は、上記のような問題に鑑みてなされたものであり、小さなカシメ荷重で従来と同等の最大引張強度を有するカシメを実現でき、ワイヤーの変形を抑制できる内視鏡および内視鏡の製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明は内視鏡以外にも広く一般に、ワイヤーロープに部品をカシメる技術としても理解できる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明に係る内視鏡は、湾曲操作される湾曲部を有し、少なくとも一部が被検体に挿入される細長い挿入部と、前記挿入部の基端側に設けられ、前記湾曲部を湾曲操作する操作部と、前記挿入部に挿通され、先端側が前記湾曲部に連結され、基端側が前記操作部に連結され、前記湾曲部を湾曲させる力を前記湾曲部に伝達するワイヤーロープと、前記ワイヤーロープの先端側及び基端側の連結部のうち少なくとも一方に用いられる連結部材と、を有し、前記連結部材は、前記ワイヤーロープの外表面にカシメにより固定され、前記ワイヤーロープと前記連結部材との間にはシリコーン層が介在している。
また、本発明に係るワイヤーロープは、ワイヤーロープ本体と、前記ワイヤーロープ本体の外表面にカシメにより固定された部材と、前記ワイヤーロープ本体と前記部材との間に介在するシリコーン層と、を有する。
【0009】
上記内視鏡においては、前記ワイヤーロープには、ワイヤー軸方向の引張力が付与されていることが好ましい。
【0010】
また、本発明に係るよる内視鏡の製造方法は、湾曲操作される湾曲部を有し、少なくとも一部が被検体に挿入される細長い挿入部と、前記挿入部の基端側に設けられ、前記湾曲部を湾曲操作する操作部と、先端側が前記湾曲部に連結され、基端側が前記操作部に連結され、前記湾曲部を湾曲させる力を前記湾曲部に伝達する、前記挿入部を挿通するワイヤーロープと、前記ワイヤーロープの先端側及び基端側の連結部のうち少なくとも一方に用いられる連結部材と、を有する内視鏡の製造方法であって、前記ワイヤーロープの外表面にシリコーン層を形成する工程と、前記ワイヤーロープの外表面に、前記シリコーン層を形成した領域の少なくとも一部を覆うように前記連結部材を配置する工程と、前記連結部材を外部から押圧して、前記連結部材を前記ワイヤーロープにカシメにより固定する工程と、前記シリコーン層のシリコーンを変性させる工程と、を有する。
また、本発明に係るワイヤーロープの製造法は、部材がカシメにより外表面に固定されたワイヤーロープを製造する方法であり、ワイヤーロープ本体の外周にシリコーン層を形成する工程と、前記ワイヤーロープ本体の外側に、前記シリコーン層を形成した領域の少なくとも一部を覆う態様で、前記部材を位置付ける工程と、前記部材を外部から押圧して、前記ワイヤーロープ本体にカシメ固定する工程と、前記シリコーン層のシリコーンを変性させる工程と、を有する。
【0011】
上記内視鏡の製造方法においては、前記シリコーンを変性させる工程として、前記ワイヤーロープに前記連結部材をカシメによって固定した後に、前記ワイヤーロープをワイヤー軸方向に引っ張ることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の内視鏡および内視鏡の製造方法によれば、小さなカシメ荷重で従来と同等の最大引張強度を有するカシメを実現できるので、ワイヤーロープに過大なカシメ荷重をかける必要がない。このためワイヤーロープの変形を抑制でき、内視鏡の細径化に資する効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施形態の内視鏡の一例を示す模式的な斜視図である。
【
図2】ワイヤーに固定されたカシメ部材の構成を示す側面図である。
【
図3】
図2に示すカシメ部材をカシメた状態を示す側面図である。
【
図5】実施例による引張試験の条件を示す図であって、変位と試験力との関係を示すグラフである。
【
図7】実施例による単線ワイヤーによる引張強度を示すグラフである。
【
図8】実施例によるカシメ部材の写真を示す図である。
【
図9】実施例によるカシメ部材の写真を示す図である。
【
図10】実施例によるカシメ部材の写真を示す図である。
【
図11】実施例によるカシメ部材の写真を示す図である。
【
図12】実施例によるシリコーンの材料分析結果を示すグラフである。
【
図13】一般的なシリコーンの材料分析結果を示すグラフである。
【
図14】実施例によるシリコーンの材料分析結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下では、本発明の実施形態の内視鏡および内視鏡の製造方法について図面を参照して説明する。
図1は、本発明の実施形態の医療機器である内視鏡の構成例を示す模式的な斜視図である。
図2は、ワイヤーに挿入配置されたカシメ部材の構成を示す側面図である。
図3は、
図2に示すカシメ部材をカシメた状態を示す側面図である。
各図面は模式図のため、形状および寸法は誇張されている(以下の図面も同じ)。
【0015】
[内視鏡の全体構成]
図1に示す本実施形態の内視鏡1は、医療機器の一例である。
本実施形態の内視鏡1(医療機器)は、挿入部101と、操作部105と、を備えている。挿入部101は、可撓性を有する管状の部材から形成され、患者の体内に挿入される。挿入部101は、挿入方向の先端側から順に、先端部104、湾曲部103、および可撓管部102を有する。挿入部101の内部には、処置具を挿通するチャンネルチューブが長手方向に設けられている。
【0016】
先端部104は、円柱状の外形を有し、内視鏡1の最先端部に配置されている。先端部104は、撮像素子と、撮像光学系と、を内部に含んでいる。先端部104の先端には、撮像窓および照明窓が設けられている。さらに、先端部104の先端には、チャンネルチューブの内部と連通する開口部104aが形成されている。
【0017】
湾曲部103は、湾曲可能な管状の部位であり、先端部104の基端側に連結されて先端部104の向きを変更する。湾曲部103は、例えば複数の節輪を含む。節輪は、円環状であり、隣の節輪に回動可能に連結されている。湾曲部103において、節輪の内部には、ワイヤー10が進退自在に挿通されている。さらに湾曲部103の内部には、例えば、電気配線、ライトガイド、チャンネルチューブなどの部材が収容されている。電気配線は、先端部104の撮像素子に接続されている。ライトガイドは、照明窓の近くまで延ばされている。
【0018】
チャンネルチューブは、図示略の処置具を挿通する処置具チャンネルを構成する長尺の管状部材である。チャンネルチューブの遠位端は、開口部104aと接続されている。
電気配線、ライトガイド、チャンネルチューブは、後述する可撓管部102の内部に挿通され、後述する操作部105まで延びている。
【0019】
可撓管部102は、湾曲部103と、後述する操作部105と、を繋ぐ管状部分である。 可撓管部102は、例えば、図示略の蛇管および外皮を備える。蛇管は、金属あるいは樹脂製の帯状部材が螺旋状に巻かれた部材である。外皮は、可撓管部102の最外部に配置されている。外皮は、蛇管の外周を覆うチューブである。外皮は、可撓性を有する樹脂材料で形成される。
【0020】
特に図示しないが、可撓管部102の内部には、少なくとも2系統のワイヤー10(ワイヤーロープ)が配置されている。ワイヤー10は、コイルシースに挿通され、湾曲部103から基端側に延出されている。
可撓管部102の内部には、湾曲部103と同様、上述の電気配線、ライトガイド、チャンネルチューブなどの部材が挿通されている。
【0021】
操作部105は、術者が内視鏡1の操作を行う装置部分である。操作部105を通して行う操作としては、例えば、湾曲部103の湾曲量を変更する目的で、ワイヤー10を牽引する操作が挙げられる。操作者が操作部105を操作することによって、ワイヤー10が牽引、弛緩されて、湾曲部103が上方向或いは下方向に湾曲するようになっている。操作部105は、術者が把持する操作部本体と、操作部本体上に設けられた各種の操作部材と、を備える。例えば、各種の操作部材は、操作ノブ、操作スイッチなどであってもよい。例えば操作部材が操作ノブの場合は、操作部本体に対して回動自在に設けられている。操作部105の遠位端には、処置具挿入部106が設けられている。
処置具挿入部106は、処置具を挿入する挿入口106aが開口している。挿入口106aには、チャンネルチューブの近位端が接続されている。
【0022】
[ワイヤーのカシメ構造]
ワイヤー10は、挿入部101に挿通されている。ワイヤー10は、先端側が湾曲部103に対して第1連結部10Aでカシメ部材2(連結部材)を介して連結され、基端側が操作部105に対してカシメ部材2(連結部材)を介して第2連結部10Bで連結されている。これにより、ワイヤー10は、湾曲部103を湾曲させる力を湾曲部103に伝達する。ワイヤー10は、金属製の複数の金属線材からなる撚り線ワイヤーが採用されている。
【0023】
ワイヤー10は、例えば直径0.6mm程度の円形断面を有する。ワイヤー10の直径は、上記のコイルシースに挿通可能な大きさであればとくに限定されない。ワイヤー10は、外力が作用しない自然状態では、ほぼ直線である。ワイヤー10は、コイルシースよりも長く設定されている。
【0024】
ワイヤー10は、例えば50N以上の弾性限界応力を有し、1.0%以上の弾性限界伸びと、3.0%以下の破断伸びと、を有することが好ましい。
【0025】
ワイヤー10の材料の例としては、ステンレス鋼、ニッケルチタニウム合金、コバルトクロム合金などが挙げられる。ワイヤー10の外表面には、耐食性、摺動性などを改善する目的で、適宜の金属材料による被覆が施されていてもよい。耐食性が良好であり、上述の特性値が得られやすい点では、ワイヤー10の材料として、ステンレス鋼が特に好ましい。
【0026】
例えば、ワイヤー10がステンレス鋼で形成される場合、クロム(Cr)を16%以上かつニッケル(Ni)を6%以上含有することがより好ましい。例えば、ワイヤー本体1Aに使用するステンレス鋼は、SUS301、SUS304、およびSUS631からなる群から選ばれた少なくとも1つのステンレス鋼からなることがより好ましい。
【0027】
図2及び
図3に示すように、ワイヤー10の第1連結部10A及び第2連結部10Bに用いられるカシメ部材2(連結部材)は、ワイヤー10の外表面10aに嵌合する部分を押圧によってカシメ加工されて塑性変形される。これにより、カシメ部材2は、ワイヤー10の第1連結部10Aと第2連結部10Bで
図1に示す湾曲部103又は操作部105に対して一体的に固定される。カシメ部材2は、ワイヤー10の外径とほぼ一致する内径を有する円筒状の部材である。
カシメ部材2の材質としては、例えば、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮等の延性金属材料が用いられる。
【0028】
ワイヤー10とカシメ部材2との間には、シリコーン3が塗布されたシリコーン層が介在している。
シリコーン3は、シリコーンオイルが好ましい。シリコーン3の塗布量、塗布厚としては、とくに限定されることはないが、少なくとも縒り線のワイヤー10の外表面10aに十分に付着する状態となる量とされる。シリコーン3は、ワイヤー10の内側に染み込むように塗布されるようにしてもよい。
また、シリコーン3としては、発生する熱に耐える耐熱性を有するものが採用される。
【0029】
シリコーン3の塗布領域Rは、カシメ部材2におけるワイヤー軸方向の両側に張り出す程度の範囲に設定されて、取り付けられたカシメ部材2の両側に露出している部分があるが、これに限定されることはない。例えば、カシメ部材2とワイヤー軸方向で同じ長さの範囲であってもよいし、短い長さの範囲であってもかまわない。
【0030】
シリコーン3の材料の例として、一般的に重合したポリシロキサンに側鎖と端部がメチル基のシリコーンオイルが挙げられる。シリコーン3は、とくに濡れ性(表面張力)が高く、留まりが良好な材料になるようにポリシロキサンの側鎖や端部が変性されていても良い。
【0031】
ここで、本実施形態では、シリコーンの変性とは、シリコーンの製造過程における分子構造自体の成分を示す第1の変性とは別に、シリコーン3に対してワイヤー10に引張などの外的な作用が加えられた際に生じる第2の変性がある。シリコーンの第2の変性とは、シリコーンに対するワイヤーの引張、シリコーンに対する加熱および加圧等の外的な作用によってシリコーンに由来する結晶物(固形物)が表面に析出すること、或いは引張、加熱、および加圧等の外的な作用によってシリコーン自体の性状が変化することを意味する。例えば、カシメる時の加圧やワイヤー10の引張のみではなく、引っ張る際のワイヤー10の金属線材同士の摩擦によって生じる熱や加圧力が関係している場合もシリコーンの変性として定義する。以下の説明では、第2の変性のことを、単に変性という。
【0032】
ワイヤー10にカシメ部材2を固定する方法について説明する。
図2に示すように、先ず、ワイヤー10におけるカシメ部材2で固定される塗布領域Rに予めシリコーン3が塗布され、そのシリコーン3が塗布された位置にカシメ部材2を挿通し、
図3に示すように、カシメ部材2を外方から押圧して変形させる(押圧工程)。このときの押圧は、不図示の押圧手段が使用される。これにより、カシメ部材2は、固定手段に押圧されて変形し、ワイヤー10における撚り線の最外部にある素線がカシメ部材2の内面2aに食い込んだ状態となる。
図3の矢印P1は、押圧工程でカシメ部材2に作用する押圧力を示している。
【0033】
次に、カシメ部材2を不図示の固定手段により固定し、ワイヤー10をワイヤー軸方向に引張力を付与する(引張工程)。この引張工程は、例えば内視鏡1の製造時に行われるワイヤー引張試験時に行われる。
図3の矢印P2は、引張工程でワイヤー10に作用する引張力を示している。
ワイヤー10の引張手段の例としては、操作部105の所望の操作で湾曲部103が所望の湾曲になる試験が挙げられる。とくに、操作部105による引張手段は、最大湾曲角まで湾曲させるほど強い引張であるため、特に好適である。
【0034】
これにより、カシメ部材2の内側に挿通される撚り線のワイヤー10は、カシメ部材2における内側に凸となるように食い込んだ部分をガイドにして捻じれが生じ、摩擦熱が発生する。シリコーン3には、ワイヤー10の摩擦熱により変性した結晶物(固形物)が形成される。この固形物が生じることによって、ワイヤー10の外表面10aとカシメ部材2の内面2aとの間に摩擦力を生じさせて最大引張力量を増大させることができる。
【0035】
次に、このような構成の内視鏡および内視鏡の製造方法の作用について、図面に基づいて説明する。
本実施形態では、
図2及び
図3に示すように、カシメ部材2がワイヤー10の外表面10aにカシメにより固定され、ワイヤー10とカシメ部材2との間にはシリコーン3からなるシリコーン層が介在し、ワイヤー10にはワイヤー軸方向の引張力が付与された構成とすることで、カシメ部材2の最大引張り力量を大きくすることができる。
【0036】
そして、本実施形態では、内視鏡1の製造時において、ワイヤー10が挿通されたカシメ部材2をカシメによる押圧工程を行った後に、例えば製造時の慣らし運転などでワイヤー10にワイヤー軸方向の引張力P2が付与される。このとき、例えばシリコーン3由来の結晶物が生じた状態となり、所望の最大引張り力量が得られた状態で製造されることになる。
【0037】
つまり、シリコーン3をワイヤー10に塗布することにより、ワイヤー10に引張力P2を付与することで、シリコーン3に含まれる結晶物が縒り線からなるワイヤー10の複数の金属線材同士がねじりにより摩擦力を高められる。これにより最大引張り力量を大きく向上させることができる。
【0038】
これにより、本実施形態の内視鏡1では、小さな荷重による押圧力でカシメを行うことが可能になり、カシメ部材2やワイヤー10の変形が抑えられる。そのため、本実施形態のように内視鏡1に適用する場合には、内視鏡1の細径化に有利となる。
【0039】
以上に述べたように、本実施形態の内視鏡1および内視鏡1の製造方法によれば、小さなカシメ荷重で従来と同等の最大引張強度を有するカシメを実現できるので、ワイヤー10に過大なカシメ荷重をかける必要がない。このためワイヤー10の変形を抑制でき、内視鏡の細径化に資する効果を奏する。
【0040】
(実施例)
次に、第1実施例における、上述した実施形態に対応する塗布剤であるシリコーンをワイヤーに塗布した実施例1、2について、シリコーン以外の比較例1~3とともに説明する。
図4及び
図6に、各実施例、比較例の評価結果を示す。
【0041】
実施例1、2で使用する塗布剤の材質は、シリコーンオイルA、Bが用いられた。比較例1、2で使用する塗布剤の材質は、シリコーン以外の塗布剤を用いた潤滑油が用いられた。比較例3は、潤滑剤の塗布が無いケースとした。
【0042】
[実施例]
実施例1のシリコーンオイルAは、第1の変性であるポリシロキサンの側鎖の一部が変性されたシリコーンオイルであり、この変性が表面自由エネルギー(表面張力)が高く濡れ性が良い、留まりが良好な材料が用いられた。
【0043】
実施例2のシリコーンオイルBは、ポリシロキサンの側鎖、端部がメチル基であるシリコーンオイルが用いられた。
実施例1、2では、それぞれ9個の供試サンプルを用いた。
【0044】
[比較例]
比較例1の材料は、例えば四フッ化エチレン樹脂等を含んだフッ素系潤滑剤を用いた。
比較例2の材料は、例えば精製鉱物油等を含んだ化学鉱物潤滑剤を用いた。
実施例3、4では、それぞれ3個の供試サンプルを用いた。また比較例3では、6個の供試サンプルを用いた。
【0045】
[評価方法]
以下に、実施例1、2および比較例1~3における評価方法について、具体的に説明する。
図4に示すように、実施例1、2および比較例1~3のそれぞれにおいて、複数の金属線材からなる縒り線のワイヤーに塗布剤を塗布(比較例3は塗布剤なし)した供試サンプルに対して、ワイヤーに軸方向の引張力を付与して最大引張り力量(N)を測定し、シリコーンオイルの有意性を評価した。引張り試験では、ロードセルを用いて最大引張り力量を測定した。
【0046】
図5は、ワイヤーを引っ張る引張試験の条件を示す一例であり、実施例1のシリコーンオイルAのうち8つの供試サンプルにおいて、ワイヤーの変位(mm)と引張荷重(試験力(N))との関係を示している。
図5に示すように、引張による長さ100mmのワイヤーの変位が略2.5mmで、試験力が概ね300~350Nで引張試験が実施された。
【0047】
また、
図6に示すように、実施例1、2、及び比較例3において、カシメ部材にワイヤーを挿通させてカシメ荷重を付与したときのカシメ荷重(N)と引張強度(N)の関係を求めて評価が行われた。そして、実施例1のシリコーンオイルA、実施例2のシリコーンオイルB、及び比較例3の潤滑剤なしのそれぞれのケースにおいて、カシメ部材に対してワイヤーが切れた場合(図中の「切れ」)と、カシメ部材からワイヤー抜けが生じた場合(図中の「ヌケ」)との状態を確認した。
【0048】
なお、
図7に示すように、実施例1、2及び比較例1、3のそれぞれにおいて、単線ワイヤーを用いた各3個の供試サンプルに対してワイヤーに軸方向の引張力を付与して最大引張り力量(N)を測定し、縒り線ワイヤーと単線ワイヤーとを比較して評価を行った。
【0049】
また、
図8及び
図9に示すように、シリコーンを塗布した実施例1、2と、シリコーン等の塗布剤を塗布していない比較例3において、カシメを行う押圧工程と引張工程とを行った後のカシメ部材の内面の状態を目視により確認した。また、
図10及び
図11に示すように、シリコーンを塗布した実施例1、2と、シリコーン等の塗布剤を塗布していない比較例3において、カシメを行う押圧工程のみを行った後のカシメ部材の内面の状態を目視により確認した。
【0050】
[評価結果]
図4に示すように、実施例1、2は、比較例3の塗布剤なしの場合に比べて最大引張り力量(N)が大きくなった。実施例1のシリコーンオイルAによる最大引張り力量は、9個の供試サンプルの平均値で260.1Nとなり、比較例の6個の供試サンプルの平均値148.9Nに比べて100N以上大きくなった。実施例2のシリコーンオイルBによる最大引張り力量は、9個の供試サンプルの平均値で190.6Nとなり、比較例の6個の供試サンプルの平均値148.9Nに比べて40N以上大きくなった。
【0051】
一方、比較例1、2の最大引張り力量は、比較例1のフッ素系潤滑剤で3個の供試サンプルの平均値が144.8Nであり、比較例2の化学鉱物潤滑剤で3個の供試サンプルの平均値が154.0Nであり、比較例1、2の6個の供試サンプルの平均値148.9Nに比べて大きくなることが認められず、有意差が得られないことがわかった。
【0052】
図6に示すように、比較例3の潤滑剤なしの場合には、カシメ荷重が2500Nから上昇し、3500Nを超えたカシメ荷重で、カシメ荷重を上げてもカシメ荷重は変化しなくなる。すなわち、カシメ荷重が略3500Nにすることで、ワイヤーが切れるくらいにカシメ部材で固定される。そのため、比較例3のように潤滑剤を塗布しないワイヤーの場合には、カシメ荷重3500Nでカシメていた。
【0053】
シリコーンオイルAを塗布する実施例1では、略2500Nのカシメ荷重のときに引張強度が略300Nに達して「切れ」が生じる程度の引張強度まで上昇する。シリコーンオイルBを塗布する実施例2では、カシメ荷重が略2700Nにおいてワイヤーに「切れ」が生じる350Nを超える引張強度となる。すなわち、実施例1、2の結果より、シリコーンオイルをワイヤーに塗布した場合には、概ねカシメ荷重が3000Nあれば従来(潤滑剤なし)と同等の引張強度が得られることが確認できる。とくに、実施例2で使用したシリコーンオイルBの場合には、2700N以上のカシメ荷重でワイヤーをカシメることでワイヤーが切れる程度の大きな引張強度が得られる。
このように、実施例1、2のようにシリコーンオイルをワイヤーに塗布することにより、従来、3500Nのカシメ荷重でワイヤーをカシメていたものを、2500N程度のより小さなカシメ荷重で十分な引張強度(最大引張り力量)でカシメによる固定を行うことができる。そのため、ワイヤーの変形やカシメ部材の変形を小さく抑えることが可能となることから、内視鏡の細径化に有利であることが確認できた。
【0054】
次に、
図7に示すように、単線ワイヤーを使用した場合には、実施例1、2のシリコーンオイルA、Bおよび比較例1のフッ素系潤滑剤ともに、塗布剤なしの比較例3に比べてほとんど変化がなく、大きくなることが認められず、有意差が得られないことがわかった。具体的に最大引張り力量(N)の平均値は、実施例1で97.7N、実施例1で90.5N、比較例1で83.7N、そして比較例3(塗布剤なし)で99.0Nとなった。
【0055】
このことから、単線ワイヤーでは最大引張り力量を向上させる効果が得られず、縒り線のワイヤーで効果が得られるものと考えられる。すなわち、ワイヤーに引張力を付与する引張工程における引張が縒り線の引張り方向にアンカー効果による引っ掛かりを生じ、強い抵抗力による作用がシリコーンを変性させて、この変性が摩擦力となり引張強度を大きくするものと考察できる。そのため、ワイヤーの縒り方向の傾きが大きいほど、引張り方向の抵抗力が強くなり、最大引張り力量を大きくできると考えられる。なお、単線ワイヤーであっても、例えば外表面が縒り線のように螺旋状の凹凸が形成された単線ワイヤーの場合には、上述したような縒り線と同等の効果が得られるものと考えられる。
【0056】
図8は、実施例1、2のシリコーンオイルA、Bを塗布したワイヤーを円筒状のカシメ部材に挿通させてカシメによる押圧工程と引張工程とを行った後のカシメ部材の内面の状態を示している。
図9は、比較例3の塗布剤なしのワイヤーを円筒状のカシメ部材に挿通させてカシメによる押圧工程と引張工程とを行った後のカシメ部材の内面の状態を示している。
【0057】
図8に示す実施例1、2では、カシメ部材の内面に黒い結晶物(
図8に示す符号K)が付着し、カシメ部材の内面に粗さが確認できた。一方、
図9に示す比較例3では、カシメ部材の内面に実施例1、2のような黒い結晶物の付着は確認されず、カシメ部材の内面は鏡面状であることが確認できた。
【0058】
図10は、実施例1、2のシリコーンオイルA、Bを塗布したワイヤーを円筒状のカシメ部材に挿通させてカシメによる押圧工程のみを行った後のカシメ部材の内面の状態を示している。
図11は、比較例3の塗布剤なしのワイヤーを円筒状のカシメ部材に挿通させてカシメによる押圧工程のみを行った後のカシメ部材の内面の状態を示している。
【0059】
図10に示す実施例1、2と
図11に示す比較例3とは、カシメ部材の内面に差異がないことが確認された。すなわち、この結果から、カシメによる押圧工程のみでは、シリコーンの影響はなく、ワイヤーの最大引張り力量を向上させるという有意性が得られないものと考えられる。
【0060】
図12~
図14は、実施例1、2で用いたようなシリコーンオイルにおいて、FT-IR(フーリエ変換赤外分光)とEDX(エネルギー分散型X線分析)とを行った材料分析結果を示している。
図12は、材料中の異物(上述した
図8に示す黒い結晶物に相当)のFT-IRチャートを示している。
図13は、シリコーンのFT-IRチャートを示している。
図14は、シリコーンのケイ素Si、酸素O、炭素C等に含まれる異物のEDXチャートを示している。
図12に示す結晶物のチャートと、
図13に示すシリコーンのチャートとを比較すると、それぞれのチャートのピーク値が概ね一致している。
【0061】
この結果から、ケイ素Siに多く異物(結晶物)が含まれることが確認でき、上述した
図8の引張工程後に確認したカシメ部材の内面に付着する黒い結晶物がシリコーン由来のものであるものと推定することができる。
【0062】
以上、本発明の好ましい実施形態を、各実施例とともに説明したが、本発明はこれらの実施形態、各実施例に限定されることはない。本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。
また、本発明は前述した説明によって限定されることはなく、添付の請求の範囲によってのみ限定される。
【0063】
例えば、上記実施形態の説明では、上述したワイヤー10の固定構造を備える湾曲部は、医療用の内視鏡に限らず、湾曲部を有する付硬性鏡、工業用内視鏡等に用いるようにしてもよい。
【0064】
また、本実施形態では、ワイヤー10がワイヤー軸方向の引張力が付与されているが、引張力が付与されることに限定されることはない。
【0065】
また、ワイヤー10におけるシリコーン3の塗布領域Rは、カシメ部材2とワイヤー10との間の少なくとも一部であればよく、必ずしもカシメ部材2とワイヤー10との間の全領域にシリコーン3が塗布されることに限定されることはない。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、内視鏡および内視鏡の製造方法に利用できる。
【符号の説明】
【0067】
1 内視鏡
2 カシメ部材(連結部材)
2a 内面
3 シリコーン
10 ワイヤー(ワイヤーロープ)
10a 外表面