(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-11
(45)【発行日】2024-06-19
(54)【発明の名称】摺動部材、および摺動部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
F16C 33/12 20060101AFI20240612BHJP
F16C 33/14 20060101ALI20240612BHJP
B22D 13/02 20060101ALI20240612BHJP
B22D 21/00 20060101ALI20240612BHJP
C22C 9/02 20060101ALI20240612BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20240612BHJP
B22D 19/00 20060101ALI20240612BHJP
B22D 19/16 20060101ALI20240612BHJP
【FI】
F16C33/12 A
F16C33/14 Z
B22D13/02 501A
B22D21/00 B
C22C9/02
C22C9/00
B22D19/00 M
B22D19/16 B
(21)【出願番号】P 2022056212
(22)【出願日】2022-03-30
【審査請求日】2022-12-19
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000567
【氏名又は名称】弁理士法人サトー
(72)【発明者】
【氏名】森川 峻志
(72)【発明者】
【氏名】中井 雅博
【審査官】鈴木 貴晴
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-052352(JP,A)
【文献】特開2014-196763(JP,A)
【文献】特開2021-17937(JP,A)
【文献】特開2012-207277(JP,A)
【文献】特開2007-270205(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/12
F16C 17/00
-17/26
F16C 33/00
-33/28
C22C 1/08
-1/10
C22C 9/00
C22F 1/08
B22D 19/00
C22C 47/00
-49/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
Cuを主成分としてBiを含み、前記基材と反対側に摺動面を形成する合金層と、
を備える摺動部材であって、
前記合金層は、
前記基材側の界面から前記摺動面側へ厚さの30%の領域に設定されている第一領域と、
前記摺動面から前記基材側へ厚さの10%の領域に設定されている第二領域と、を有し、
前記第二領域に含まれるBi相は、前記第一領域に含まれるBi相と比較して、任意の観察断面における断面積が大きなものが多く分布している
とともに、
前記第一領域に分散するBi相は、任意の観察断面における断面積が250μm
2
以上のものが個数割合で6%以下であり、
前記第二領域に分散するBi相は、任意の観察断面における断面積が250μm
2
以上のものが個数割合で10%以上である、
摺動部材。
【請求項2】
基材の一方の面側にCuを主成分としてBiを含む合金層を鋳造する鋳造工程と、
前記鋳造工程において前記基材を、前記基材の他方の面側から冷却材で冷却し、前記合金層を一方向に凝固させる冷却工程と、
前記冷却工程の後、前記基材に前記合金層が形成された摺動部材を、650~800℃で1時間以上保持する熱処理工程と、を含み、
前記冷却工程は、
前記基材の1cm
3
あたりに提供する冷却材の流量を0.47リットル/min以下に設定する第一冷却段階と、
前記第一冷却段階の開始から予め設定された設定時間が経過すると、前記冷却材の供給量を前記第一冷却段階よりも低減する第二冷却段階と、
を含むことにより、前記合金層の厚さ方向で前記合金層に含まれるBi相の大きさおよび数を制御する、
摺動部材の製造方法。
【請求項3】
前記鋳造工程は、筒状の前記基材を、軸を中心に回転しつつ前記合金層を前記基材の内周面に形成する遠心鋳造である、請求項2記載の摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本実施形態は、摺動部材、および摺動部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Cu系の合金層を有する摺動部材において、合金層にBiを添加することが知られている。合金層に添加されたBiは、合金層においてマトリクスよりも軟らかい軟質相を形成する。これにより、Cu系の合金層を有する摺動部材は、なじみ性の向上および耐焼付性の向上が図られている。
近年、エンジンの高出力化、およびエンジンの小型化にともなう軸受面積の減少などにより、摺動部材に加わる負荷は増大している。そのため、摺動部材は、より高い耐焼付性が求められている。摺動部材の耐焼付性の向上には、合金層に添加するBiの量を増やすことが好ましい(特許文献1、2)。
【0003】
しかしながら、合金層に含まれるBiが増加すると、耐疲労性が低下するという問題がある。そのため、単に合金層に添加するBiの量を増すだけでは、摺動部材のさらなる耐焼付性の向上は困難となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-53349号公報
【文献】特開2018-145505号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、合金層に添加するBiを制御して、耐疲労性の低下を招くことなく、耐焼付性のさらなる向上を図る摺動部材、および摺動部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
一実施形態による摺動部材は、基材と、Cuを主成分としてBiを含み、前記基材と反対側に摺動面を形成する合金層と、を備える。前記合金層は、第一領域および第二領域を有する。第一領域は、前記基材側の界面から前記摺動面側へ厚さの30%の領域に設定されている。第二領域は、前記摺動面から前記基材側へ厚さの10%の領域に設定されている。前記第二領域に含まれるBi相は、前記第一領域に含まれるBi相と比較して、任意の観察断面における断面積が大きなものが多く分布している。
【0007】
このように、摺動面に近い第二領域に含まれるBi相は、基材に近い第一領域に含まれるBi相と比較して断面積が大きなものが多く分布している。摺動部材と相手材との摺動によって合金層の温度が上昇すると、合金層に含まれているBi相は合金層のマトリクスから溶出する。特に、摺動面に近い第二領域に分布するBi相は、合金層のマトリクスから溶出し、摺動部材と相手材との間に層状に広がる。このBiは軟質の金属であることから、合金層と相手材との間に存在する層状のBiは合金層と相手材との局所的な接触を緩和する。その結果、摺動相と相手材とは、摺動時における焼付が低減される。一方、合金層の第一領域では、Bi相は主に微細化されたものとなる。合金層のマトリクスに分布するBi相は、微細になるほど、合金層の内部におけるクラックの進展を妨げる。そのため、合金層は、基材に近い第一領域においてクラックの進展が抑えられる。これにより、クラックの進展にともなう合金層と基材との剥離が低減され、耐疲労性の向上が図られる。したがって、合金層に添加するBiを制御することにより、耐疲労性の低下を招くことなく、耐焼付性のさらなる向上を図ることができる。
【0008】
一実施形態の摺動部材では、前記第一領域に分散するBi相は、任意の観察断面における断面積が250μm2以上のものが個数割合で6%以下であり、前記第二領域に分散するBi相は、任意の観察断面における断面積が250μm2以上のものが個数割合で10%以上であることが好ましい。
【0009】
また、一実施形態の摺動部材の製造方法は、鋳造工程および冷却工程を含む。鋳造工程は、基材の一方の面側にCuを主成分としてBiを含む合金層を鋳造する。冷却工程は、前記鋳造工程において前記基材を、前記基材の他方の面側から冷却材で冷却し、前記合金層を一方向に凝固させる。冷却工程では、開始から予め設定された設定時間が経過すると、前記冷却材の供給量を低減することにより、前記合金層の厚さ方向で前記合金層に含まれるBi相の大きさおよび数を制御する。
【0010】
これにより、一実施形態による摺動部材の製造方法では、合金層において基材に近い第一領域と摺動面に近い第二領域とでBi相の大きさおよび数が制御される。したがって、合金層に添加するBiを制御することができ、耐疲労性の低下を招くことなく、耐焼付性のさらなる向上を図ることができる。
【0011】
一実施形態の摺動部材の製造法では、前記冷却工程の後、前記基材に前記合金層が形成された摺動部材を、650~800℃で1時間以上保持する熱処理工程をさらに含む、ことが好ましい。
また、一実施形態による摺動部材の製造方法では、前記鋳造工程は、筒状の前記基材を、軸を中心に回転しつつ前記合金層を前記基材の内周面に形成する遠心鋳造である、ことが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】一実施形態による摺動部材の構造を示す模式図
【
図2】一実施形態による摺動部材の構造を示す模式図
【
図3】一実施形態による摺動部材の観察断面における合金層の組織の構造を示す模式的な断面図
【
図4】一実施形態による摺動部材において相手材との摺動時の状態を示す模式図
【
図5】比較例の摺動部材において合金層を進展するクラックを示す模式図
【
図6】一実施形態による摺動部材の製造方法を示す模式図
【
図7】一実施形態による摺動部材の実施例および比較例の検証結果を示す概略図
【
図8】一実施形態による摺動部材の実施例の検証結果を示す概略図
【
図9】一実施形態による摺動部材の実施例および比較例の検証結果を示す概略図
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、一実施形態による摺動部材について図面に基づいて説明する。
図1に示すように摺動部材10は、基材11および合金層12を備えている。合金層12は、基材11の一方の面側である界面13に鋳造することにより、基材11に設けられる。摺動部材10は、合金層12の表面が摺動面14となる。この場合、合金層12は、基材11の界面13に直接鋳造することが好ましい。
【0014】
基材11は、いわゆる裏金層であり、Fe基またはCu基の材料で形成されている。Fe基の基材11の場合、例えば亜共析鋼、共析鋼、過共析鋼、鋳鉄、高速度鋼、工具鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼などを用いることができる。また、Cu基の基材11の場合、例えば純銅、リン青銅、黄銅、クロム銅、ベリリウム銅、コルソン合金などを用いることができる。基材11は、厚さを1.0~25.0mm程度に設定することが好ましい。
【0015】
合金層12は、Cuを主成分とし、Biを含んでいる。また、合金層12は、Snを5~15質量%程度、含んでいてもよい。合金層12は、Snを含むことにより、耐疲労性の向上を図ることができる。Snは、合金層12に含まれる割合が5質量%以下であると、耐疲労性の向上への寄与が小さくなる。一方、Snは、合金層12に含まれる割合が15質量%を超えると、合金層12の主成分であるCuとSnによるCu-Sn化合物が析出しやすくなる。そのため、Snが過大になると、基材11と合金層12との間の接着力の低下を招く。
【0016】
合金層12は、添加元素として、Al、Zn、Mn、Si、Ni、Fe、P、Zr、Ti、Mgのうちから1種または2種以上含んでいてもよい。これらの添加元素は、合金層12における含有量が5質量%以下であることが好ましい。Al、Zn、Mn、Si、Ni、P、Zr、Ti、Mgは、固溶の強化に寄与する。Mn、Si、Ni、Fe、P、Zr、Ti、Mgは、化合物の析出に寄与する。また、合金層12は、上記の添加元素に加えて、Mo2Cまたはグラファイトのいずれか一方または両方を含んでいてもよい。Mo2Cまたはグラファイトは、合金層12に含まれる割合が総量で10体積%以下であることが好ましい。
【0017】
摺動部材10は、これらの基材11および合金層12に加えて、
図2に示すようにオーバレイ層15を備えていてもよい。オーバレイ層15は、合金層12の表面、つまり基材11と反対側の面に合金層12に重ねて形成される。オーバレイ層15は、例えばSnやBiなどの軟質の金属を用いることが好ましい。また、オーバレイ層15は、例えば固体潤滑剤を分散した樹脂などを用いてもよい。摺動部材10は、オーバレイ層15があるとき、このオーバレイ層15の最表面が相手材と摺動する摺動面14となる。
【0018】
合金層12は、
図3に示すように厚さ方向へ第一領域A1および第二領域A2を有している。
図3に示す実施形態の場合、第一領域A1は、合金層12の厚さ方向において、基材11との界面13から摺動面14側へ厚さの30%の領域に設定されている。第二領域A2は、合金層12の厚さ方向において、摺動面14から基材11側へ厚さの10%の領域に設定されている。合金層12は、マトリクス21に分散するBi相22を有している。Bi相22は、この第一領域A1と第二領域A2とで任意の観察断面Dにおける断面積に違いがある。具体的には、第二領域A2に含まれるBi相は、第一領域A1に含まれるBi相よりも大きいものが多い。なお、観察断面Dは、
図1に示すように合金層12を厚さ方向に切断した任意の断面に設定した任意の領域である。なお、基材11と合金層12との間に中間層を設ける場合、第一領域A1は、合金層12の基材11側の界面、つまり合金層12の中間層との界面から摺動面14側へ厚さの30%の領域に設定される。
【0019】
合金層12は、
図3に示すように任意の観察断面Dにおいて様々な断面積のBi相22を含んでいる。ここで、任意の観察断面Dにおける断面積が250μm
2以上のBi相22は、「特定Bi相」とする。本実施形態の場合、基材11に近い第一領域A1に分散する「特定Bi相」は、その観察断面Dにおける個数割合で6%以下である。一方、摺動面14に近い第二領域A2に分散する「特定Bi相」は、その観察断面Dにおける個数割合で10%以上である。このように、断面積が大きな「特定Bi相」は、基材11に近い第一領域A1よりも摺動面14に近い第二領域A2により多く含まれている。換言すると、本実施形態では、合金層12に含まれるBi相22は、基材11に近い側では断面積が小さなものが多く、摺動面14に近い側では断面積が大きなものが多く分布している。なお、合金層12に含まれるBi相22は、その断面積の上限を10,000μm
2程度とすることが好ましい。すなわち、「特定Bi相」の断面積は、250~10,000μm
2であることが好ましい。また、第一領域A1に含まれるBi相22は、その平均面積が10~80μm
2の範囲にあることが好ましい。一方、第二領域A2に含まれるBi相22は、その平均面積が120~450μm
2の範囲にあることが好ましい。そして、第二領域A2におけるBi相22の平均面積は、第一領域A1におけるBi相22の平均面積の2倍以上であることが好ましい。このように、摺動面14に近い第一領域A1に含まれるBi相22は、基材11との界面13に近い第二領域A2に含まれるBi相22よりも、面積の平均値が大きくなっている。
【0020】
合金層12は、Cu系合金の組織であるマトリクス21にBi相22が分散した構造を有している。この合金層12に含まれるBi相22は、
図4に示すように摺動部材10が相手材31と摺動するとき、焼付の低減に寄与する。具体的には、摺動部材10と相手材31とが摺動するとき、相手材31と接する合金層12、特に摺動面14は温度が上昇する。摺動によって合金層12の温度が上昇すると、合金層12に含まれているBi相22は合金層12のマトリクス21から溶出する。特に、摺動面14に面しているBi相22は、合金層12のマトリクス21から溶出する。溶出したBiは、摺動部材10と相手材31とが摺動する摺動面14に層状に広がる。このBiは、軟質の金属であることから、合金層12と相手材31との間に存在することにより、これらの局所的な接触を緩和する。その結果、摺動部材10は、相手材31との摺動時における焼付が溶出したBiによって低減される。
【0021】
このように、合金層12に含まれるBi相22は、焼付の低減に寄与する。このとき、焼付の低減に寄与するBiは、合金層12に分散するBi相22のうち摺動面14に近い位置に存在するものが主である。そのため、摺動面14に近い領域に分散するBi相22を大きくすることにより、摺動部材10は耐焼付性の向上が図られる。本実施形態では、合金層12は、この摺動面14に近い第二領域A2において、断面積が250μm2以上の「特定Bi相」を多く含んでいる。そのため、摺動部材10と相手材31とが接する摺動面14には、マトリクス21に含まれる大きな「特定Bi相」を供給源として十分なBiが供給される。特に、摺動面14から厚さ方向へ10%を第二領域A2として設定することにより、第二領域A2に含まれる「特定Bi相」は、摺動面14に確実かつすみやかに供給される。
【0022】
一方、軟質の金属であるBiで形成されているBi相22は、Cu系合金のマトリクス21よりもやわらかく、強度が低い。そのため、摺動面14の近傍でクラック33が生じると、
図5に示すようにマトリクス21とBi相22との境界に沿ってクラック33が進展しやすくなる。このとき、摺動面14の近傍で生じたクラック33が合金層12を経由して進展し、基材11と合金層12との界面13に達すると、合金層12は基材11から剥離し、疲労破壊に至るおそれがある。このような合金層12の剥離は、摺動部材10の耐疲労性の低下を招く。
【0023】
Bi相22が大きくなるほど、マトリクス21とBi相22との境界が長くなるとともに、この境界が連続しやすくなる。そのため、マトリクス21に生じたクラック33は、マトリクス21とBi相22との境界を経由してより深い基材11側へ進展しやすくなる。その結果、摺動面14の近傍で生じたクラック33は、基材11側へ進展しやすくなる。このような理由から、耐疲労性を向上するためには、Bi相22を微細化し、クラック33の進展を抑えることが重要である。そこで、本実施形態では、
図3に示すように合金層12は、この基材11との界面13に近い第一領域A1において、断面積が250μm
2以上の「特定Bi相」を少なく含んでいる。特に、合金層12において基材11との界面13から厚さ方向へ摺動面14側の30%を第一領域A1として設定し、この第一領域A1に含まれる「特定Bi相」の数は少なくしている。これにより、第一領域A1に含まれるBi相22は、主に微細化されたものとなる。そのため、合金層12の内部、特に基材11に近い第一領域A1ではクラック33の進展が抑えられる。その結果、合金層12の剥離が低減され、摺動部材10は耐疲労性が向上する。
【0024】
以上のように、本実施形態では、合金層12に含まれるBi相22は、合金層12の厚さ方向で大きさおよび数が異なっている。すなわち、本実施形態の場合、合金層12は、第二領域A2において、断面積の大きな「特定Bi相」を第一領域A1と比較して多く含んでいる。そのため、摺動面14には、この「特定Bi相」から十分なBiが供給され、相手材31との摺動時における焼付の低減が図られる。一方、合金層12は、第一領域A1において、断面積の大きな「特定Bi相」を第二領域A2と比較して少なく含んでおり、第一領域A1におけるBi相22の微細化が図られている。そのため、合金層12の摺動面14付近で生じたクラック33は、第一領域A1において進展が抑えられる。その結果、合金層12は基材11からの剥離が低減され、摺動部材10の耐疲労性の向上が図られる。したがって、合金層12に含まれるBi相の大きさと数を制御することにより、耐疲労性の低下を招くことなく、耐焼付性のさらなる向上を図ることができる。
【0025】
本実施形態では、合金層12に含まれるBiの含有量は、5~25質量%であることが好ましい。Biは、合金層12における含有量が5質量%以上であれば耐焼付性の向上に寄与する。一方、Biは、柔軟であることから、合金層12における含有量が過大になると耐疲労性に影響を及ぼす。そこで、合金層12に含まれるBiの含有量は、25%質量以下であることが好ましい。また、合金層12の厚さは、0.1~5.0mm程度に設定することが好ましい。
【0026】
また、合金層12の第一領域A1に含まれる「特定Bi相」は、観察断面Dにおける個数割合が1~6%であることが好ましい。第一領域A1における「特定Bi相」の個数割合が1%未満になると、合金層12の全体におけるBiの含有量が5質量%未満となりやすく、合金層12の耐焼付性の向上に寄与しない。一方、第一領域A1における「特定Bi相」の個数割合が6%より大きくなると、合金層12におけるBiの含有量が30質量%より大きくなりやすく、高価なBiの使用量が増大する。また、合金層12の第二領域A2に含まれる「特定Bi相」は、観察断面Dにおける個数割合が10~30%であることが好ましい。第二領域A2における「特定Bi相」の個数割合が10%未満になると、摺動面14に供給されるBiが不十分となり、合金層12の耐焼付性の向上に寄与しない。一方、第二領域A2における「特定Bi相」の個数割合が30%より大きくなると、合金層12の全体におけるBiの含有量が30質量%より大きくなり、高価なBiの使用量が増大する。
【0027】
次に、上記の構成による摺動部材10の製造方法について説明する。
まず、基材11が用意される。本実施形態の場合、基材11は、
図6に示すように円筒状に形成されている。用意された基材11は、合金層12となる合金を鋳造する鋳造工程が実施される。合金層12となるBiを含むCu系の合金は、溶融状態で供給され、基材11に重ねて鋳造される。本実施形態のように円筒状の基材11を用いる場合、合金層12となる合金の鋳造は円筒状の基材11の内周面に遠心鋳造によって実施される。なお、基材11は、合金層12となる合金を鋳造する前に、例えば酸化膜除去剤などを用いて、基材11の表面に形成されている酸化膜を除去することが好ましい。この場合、基材11は、例えば酸化膜除去剤に浸すことにより、酸化膜が除去される。除去剤は、合金層1の形成時に、除去した酸化膜とともに合金層12の最表面に浮き上がり、酸化膜とともに凝固する。凝固物を取り除くことにより、基材11の表面の酸化膜は合金層12の形成後に容易に除去される。
【0028】
この鋳造工程と同時に、基材11は、冷却材41によって冷却される冷却工程が実施される。具体的には、基材11は、合金層12が形成される界面13と反対側から冷却材41によって冷却される。本実施形態のように円筒状の基材11を用いる場合、冷却は円筒状の基材11の外周面42に冷却材41を提供することにより実施される。冷却材41は、例えば水や油などの液体、または空気などの気体である。冷却材41は、例えばドライアイスなどの固体であってもよい。基材11は、これらの冷却材41を、例えば吹き付けたり衝突させたりすることにより、形成される合金層12と反対側の外周面42から冷却される。これにより、基材11に形成される合金層12は、基材11の外周面42側から一方向に凝固する。
【0029】
この冷却工程は、開始から予め設定された設定時間が経過すると、冷却材41の供給量が低減される。具体的には、冷却工程は、第一冷却段階と、第二冷却段階とを含んでいる。第一冷却段階は、冷却材41の供給量が大きく、形成される合金層12が急速に冷却される。第二冷却段階は、冷却材41の供給量が小さく、形成される合金層12が徐々に冷却される。冷却工程は、連続的な鋳造工程と同時に並行して実施され、冷却材41の供給量の差によって第一冷却段階から第二冷却段階へ連続的に移行する。すなわち、冷却工程は、鋳造工程とともに第一冷却段階が開始され、予め設定した所定期間が経過した後、冷却材41の供給量を低減することにより、第二冷却段階に移行する。一例として、第一冷却段階は、例えば基材11の1cm3あたりに提供する水の量を0.05~0.5リットル/minに設定し、5~40秒間で実施される。そして、この第一冷却段階が終了した後に実施される第二冷却段階は、例えば基材11の1cm3あたりに提供する水の量を0.05リットル/min以下として、10秒以上で実施される。これら第一冷却段階および第二冷却段階における具体的な数値は、あくまでも例示であり、用いる基材11の寸法、合金層12の種類などに応じて任意に変更することができる。
【0030】
第一冷却段階で鋳造される合金を急速に冷却することにより、基材11に近い合金層12の第一領域A1は鋳造された合金が急速に凝固する。そのため、合金層12の第一領域A1に含まれるBi相22の成長が阻害され、合金層12に含まれるBi相22は微細化される。一方、合金の鋳造の途中で冷却材41の供給量を変更し、第二冷却段階へ移行することにより、基材11から遠い合金層12の第二領域A2は鋳造された合金が比較的緩やかに凝固する。そのため、合金層12の第二領域A2に含まれるBi相22の成長が促され、合金層12に含まれるBi相22は大きくなる。
【0031】
このように、本実施形態の製造方法では、冷却工程において形成される合金層12の冷却を変更することにより、基材11に近い側に微細なBi相22を含む第一領域A1を形成するとともに、摺動面14に近い側に大きなBi相22を含む第二領域A2を形成している。
【0032】
さらに、本実施形態では、冷却工程の後に熱処理工程を含んでいる。熱処理工程は、基材11の鋳造によって合金層12が形成された後に実施される。基材11に合金層12が形成された摺動部材10は、650~800℃で熱処理が施される。この熱処理工程において、合金層12に含まれるBi相22はさらなる成長が促される。特に、第二領域A2に含まれている大きなBi相は、熱処理によってさらに成長し、断面積の増大が図られる。この熱処理における温度は、650℃以上に設定することによりBi相22の成長を促すことができるとともに、800℃以下に設定することにより投入エネルギーの軽減を図ることができる。したがって、熱処理は、650~800℃で実施することが好ましい。
【0033】
以上の手順により、合金層12の厚さ方向でBi相22の断面積が制御された摺動部材10を製造することができる。なお、上記の実施形態では、円筒状の基材11に遠心鋳造で合金層12を形成する例について説明した。しかし、例えば円弧状や平板状の基材11に合金層12となる合金を鋳造する構成としてもよい。この場合も、上記の実施形態と同様に、基材11の一方の界面13側には合金層12が形成されるとともに、他方の端面は冷却材41によって冷却することができる。なお、基材11と合金層12との間に中間層を設ける場合、合金層12は予め中間層が形成された基材11に鋳造される。
【0034】
(実施例)
次に、本実施形態の実施例について、
図7~
図9を用いて比較例と比較しながら検証する。
実施例および比較例では、基材11は、内径が80mm、軸方向の全長が120mm、厚さが5mmの円筒状とした。合金層12は、基材11の内周側にCu系の合金を遠心鋳造により形成した。合金層12の厚さは、5mmとした。冷却工程における冷却材41は水を用いた。冷却材41となる水は、実際の流量および提供時間を
図7~
図9に示している。この水の流量は、基材11の1cm
3あたりに供給する量に換算すると次の通りである。5リットル/minは0.034リットル/minであり、7.5リットル/minは0.050リットル/minであり、25リットル/minは0.168リットル/minであり、30リットル/minは0.202リットル/minであり、50リットル/minは0.336リットル/minであり、70リットル/minは0.470リットル/minであり、100リットル/minは0.672リットル/minである。
【0035】
合金層12に含まれる「特定Bi相」の断面積および個数割合は、画像解析によって測定した。具体的には、顕微鏡で合金層12における観察断面の断面画像を取得し、取得した断面画像は合金層12のマトリクス21とBi相22とに二値化した。画像解析ソフトウェアを用いて、断面画像に含まれるBi相22の断面積を測定した。第一領域A1および第二領域A2に含まれる「特定Bi相」の個数割合は、測定したBi相22の断面積から算出した。実施例における「特定Bi相」の断面積および個数割合は、得られた摺動部材10の軸方向の両端部付近および中心付近の3箇所で観察し、その平均値を用いた。
【0036】
摺動部材10は、耐焼付性および耐疲労性を評価した。耐焼付性は、摺動部材10から作製した試料に荷重を加えつつ相手材31となるシャフトを回転し、試料に焼付が生じた際の面圧を測定することにより評価した。試料は、上記の条件で形成した摺動部材10から軸方向の長さを20mmに切り出した試験用のブシュを用いた。耐疲労性は、試料に荷重を加えつつ相手材31となるシャフトを回転し、疲労しない最大の面圧を耐疲労強度として測定することにより評価した。試料は、上記の条件で形成した摺動部材10から軸方向の長さを30mmに切り出した試験用のブシュを用いた。
【0037】
図7に示す実施例2、4~8および比較例1~7は、合金層12に含まれるBiおよびSnの含有量が同一である。これら実施例2、4~8および比較例1~7は、冷却工程における第一冷却段階および第二冷却段階の条件、ならびに熱処理工程の条件を変更している。また、実施例1、3は、合金層12に含まれるBiの含有量を変化させている。これら実施例1~8は本実施形態の冷却工程および熱処理工程の条件を充足し、比較例1~7は本実施形態の冷却工程および熱処理工程の条件を充足していない。
【0038】
比較例1、2によると、冷却水量が過大となると、第二領域における「特定Bi相」の個数割合が第一領域A1と同等になることを示している。すなわち、冷却水量が過大となると、合金層12の全体でBi相22が微細化される。そのため、摺動面14に供給されるBiが減少し、耐焼付性が低下することがわかる。また、比較例3は、冷却水量が不十分となると、第一領域A1における「特定Bi相」の個数割合が第二領域A2と同等になることを示している。すなわち、冷却水量が不十分となると、合金層12の全体でBi相が大きくなる。そのため、合金層12におけるクラック33の進展が抑えられず、耐疲労性が低下することがわかる。熱処理を実施していない比較例4、熱処理の温度が不足している比較例5、および熱処理の時間が不足している比較例6は、いずれも「特定Bi相」の生成が阻害され、耐焼付性が低下することを示している。比較例7は、本実施形態の冷却工程および熱処理工程の条件のいずれも充足していない。この比較例7では、第一領域A1および第二領域A2ともに「特定Bi相」が本実施形態を充足せず、耐焼付性および耐疲労性の双方が低下することを示している。
【0039】
図8に示す実施例2、実施例9~19は、合金層12における各種の添加元素の影響を示している。実施例9は、合金層にSnを含んでいない。これにより、合金層12にSnを含む実施例2は、耐疲労性に優れることがわかる。実施例12~17は、合金層12にAl、Zn、Mn、Si、Ni、Fe、P、Zr、Ti、Mgのうちの1種または2種以上を5質量%以下含んでいる。これらの添加元素は、合金層12のマトリクス21における固溶の強化、または化合物の析出などにより、耐疲労性の向上に寄与している。実施例18は合金層12に固体潤滑剤としてMo
2Cを含み、実施例19は合金層12に固体潤滑剤としてグラファイト含んでいる。これら合金層12に固体潤滑剤を含む実施例18および実施例19は、耐焼付性の向上が見られた。
【0040】
図9は、実施例2を基準として、冷却工程の影響を示している。比較例8は、実施例2と比較して冷却工程の第一冷却段階における冷却がやや過剰となっている。そのため、比較例8では、「特定Bi相」は、合金層12の厚さ方向で摺動面14から5%程度の範囲での存在にとどまっていた。そのため、第二領域A2に含まれる「特定Bi相」が減少し、摺動面14へのBiの供給が不十分となった。その結果、比較例8は、実施例2と比較して耐焼付性が低下した。また、比較例9は、実施例2と比較して冷却工程の第一冷却段階における冷却がやや不足している。そのため、比較例9では、微細なBi相は、合金層12の厚さ方向で基材11側の界面13から14%程度の範囲での存在にとどまっていた。そのため、第一領域A1に含まれる微細なBi相が不足し、合金層12におけるクラック33の進展の低減が不十分となった。その結果、比較例9は、実施例2と比較して耐疲労性が低下した。
【0041】
以上説明した本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の実施形態に適用可能である。
【符号の説明】
【0042】
図面中、10は摺動部材、11は基材、12は合金層、13は界面、14は摺動面、22はBi相、A1は第一領域、A2は第二領域を示す。