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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-12
(45)【発行日】2024-06-20
(54)【発明の名称】レジオネラ属菌鑑別用発色培地
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/04 20060101AFI20240613BHJP
   C12N 1/20 20060101ALI20240613BHJP
【FI】
C12Q1/04
C12N1/20 A
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2020002424
(22)【出願日】2020-01-09
(65)【公開番号】P2021108573
(43)【公開日】2021-08-02
【審査請求日】2023-01-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000120456
【氏名又は名称】栄研化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小松 理
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-050751(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0046976(US,A1)
【文献】特開2006-280219(JP,A)
【文献】国際公開第2019/124904(WO,A1)
【文献】特開2019-058088(JP,A)
【文献】特開2021-090403(JP,A)
【文献】特表2010-525803(JP,A)
【文献】日本細菌学雑誌,1995年,vol.50, no.3,p.745-764
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Aldol 515 phosphate、酵母エキス、α-ケトグルタル酸カリウム、ACES(緩衝剤)、活性炭またはβ-シクロデキストリン、可溶性ピロリン酸鉄、抗菌薬、抗真菌剤、および寒天を含有し、
前記抗菌薬が、グリシン、ポリミキシンB、セファマンドール、バンコマイシン、セファロチン、およびコリスチンからなる群から選択される少なくとも1種であり、
前記抗真菌剤が、アニソマイシン、シクロヘキシミド、およびアムホテリシンBからなる群から選択される少なくとも1種である、
レジオネラ属菌の鑑別用発色培地。
【請求項2】
Aldol 515 phosphateの含有量が0.01g/L以上である請求項1に記載の培地。
【請求項3】
前記抗菌薬がグリシン、ポリミキシンB、およびバンコマイシンであり、前記抗真菌剤がアムホテリシンBである、請求項1または2に記載のレジオネラ属菌の鑑別用発色培地。
【請求項4】
Aldol 515 phosphateを含有する、BMPAα寒天培地、WYOα寒天培地、PAV寒天培地、CCVC寒天培地、またはMWY寒天培地である、請求項1または2に記載のレジオネラ属菌の鑑別用発色培地。
【請求項5】
培地1Lあたり、酵母エキス10g、α‐ケトグルタル酸カリウム1g、ACES(緩衝剤)10g、グリシン3g、活性炭2g、可溶性ピロリン酸鉄0.2g、バンコマイシン1~5mg、ポリミキシンB5,000~100,000unit、アムホテリシンB20~80mgおよび寒天15~18gを含有する請求項1~3のうちのいずれか一項に記載のレジオネラ属菌の鑑別用発色培地。
【請求項6】
培地1Lあたり、酵母エキス10g、α‐ケトグルタル酸カリウム1g、ACES(緩衝剤)10g、グリシン3g、β-シクロデキストリン1.0~25.0g、可溶性ピロリン酸鉄0.2g、バンコマイシン1~5mg、ポリミキシンB5,000~100,000unit、アムホテリシンB20~80mgおよび寒天15~18gを含有する請求項1~3のうちのいずれか一項に記載のレジオネラ属菌の鑑別用発色培地。
【請求項7】
前記レジオネラ属菌が、Legionella pneumophila、Legionella anisa、Legionella erythra、Legionella feeleii、Legionella fraseri、およびLegionella longbeachaeからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1~6のうちのいずれか一項に記載のレジオネラ属菌の鑑別用発色培地。
【請求項8】
Aldol 515 phosphate、酵母エキス、α-ケトグルタル酸カリウム、ACES(緩衝剤)、活性炭またはβ-シクロデキストリン、可溶性ピロリン酸鉄、抗菌薬、抗真菌剤、および寒天を含有し、
前記抗菌薬が、グリシン、ポリミキシンB、セファマンドール、バンコマイシン、セファロチン、およびコリスチンからなる群から選択される少なくとも1種であり、
前記抗真菌剤が、アニソマイシン、シクロヘキシミド、およびアムホテリシンBからなる群から選択される少なくとも1種であるレジオネラ属菌鑑別用発色培地でレジオネラ属菌を培養する工程を含む、
レジオネラ属菌の鑑別方法。
【請求項9】
前記培地におけるAldol 515 phosphateの含有量が0.01g/L以上である請求項に記載の鑑別方法。
【請求項10】
前記培地における前記抗菌薬がグリシン、ポリミキシンB、およびバンコマイシンであり、前記抗真菌剤がアムホテリシンBである、請求項8または9に記載の鑑別方法。
【請求項11】
前記培地が、Aldol 515 phosphateを含有する、BMPAα寒天培地、WYOα寒天培地、PAV寒天培地、CCVC寒天培地、またはMWY寒天培地である、請求項8または9に記載の鑑別方法。
【請求項12】
前記培地が、培地1Lあたり、酵母エキス10g、α‐ケトグルタル酸カリウム1g、ACES(緩衝剤)10g、グリシン3g、活性炭2g、可溶性ピロリン酸鉄0.2g、バンコマイシン1~5mg、ポリミキシンB5,000~100,000unit、アムホテリシンB20~80mgおよび寒天15~18gを含有する培地である、請求項8~10のうちのいずれか一項に記載の鑑別方法。
【請求項13】
前記培地が、培地1Lあたり、酵母エキス10g、α‐ケトグルタル酸カリウム1g、ACES(緩衝剤)10g、グリシン3g、β-シクロデキストリン1.0~25.0g、可溶性ピロリン酸鉄0.2g、バンコマイシン1~5mg、ポリミキシンB5,000~100,000unit、アムホテリシンB20~80mgおよび寒天15g~18を含有する培地である、請求項8~10のうちのいずれか一項に記載の鑑別方法。
【請求項14】
前記レジオネラ属菌が、Legionella pneumophila、Legionella anisa、Legionella erythra、Legionella feeleii、Legionella fraseri、およびLegionella longbeachaeからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項8~13のうちのいずれか一項に記載の鑑別方法。
【請求項15】
前記培養の期間が2日間である、請求項8~14のうちのいずれか一項に記載の鑑別方法。
【請求項16】
請求項1~7のうちのいずれか一項に記載のレジオネラ属菌の鑑別用発色培地でレジオネラ属菌を培養する工程を含む、レジオネラ属菌の発色方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境検体あるいは臨床検体からレジオネラ症の原因菌であるレジオネラ属菌(Legionella spp.)を迅速に鑑別するためのレジオネラ属菌鑑別用発色培地に関する。
【背景技術】
【0002】
レジオネラ属菌は、劇症型肺炎と一過性のポンティアック熱レジオネラ症の二つの病型に分類されるレジオネラ症の原因菌である。
【0003】
レジオネラ属菌は、本来、土壌や淡水等の環境中に生息する環境細菌であるが、クーリングタワー等の空気調和設備、噴水等の水景施設、公衆浴場の給湯設備やシャワーヘッド、ジャグジー、加湿器等の人工環境水においても発育し、エアロゾルを介した気道感染により肺炎を引き起こすことが知られている。高齢者、新生児や免疫不全の患者等がレジオネラ症のリスクグループとされており、特に免疫不全患者では肺炎の劇症化と多臓器不全の併発の可能性が高い。
【0004】
臨床検査や環境検査において、レジオネラ属菌の分離は、主要な検査法の一つであるが、レジオネラ属菌の発育条件は一般の細菌に比較して極めて厳しく、レジオネラ属菌用の培養培地として種々の培地が考案されているものの、発育至適pH は6.90±0.05、培養温度は36±1℃、酸素が十分存在する環境において初代分離に3日以上を要する。このため、分離培養の結果が患者発生時の原因(起炎菌)の特定や治療方針の決定に反映されにくいが、疫学的観点からは依然として重要である。
【0005】
また、微生物検査の分野においては、人、資源、時間面でのコスト低減が厳しく要求されており、検出対象の細菌の選択分離培養と鑑別培養を同時に行うことのできる選択鑑別培地(又は選択分離鑑別培地ともいう)が求められる傾向が強まっており、レジオネラ属菌においても多分に漏れない。
【0006】
レジオネラ属菌用の培養培地としては、CYE寒天培地、BCYE寒天培地、BCYEα寒天培地等の非選択培地、GVPC寒天培地、WYOα寒天培地、PAV寒天培地、CCVC寒天培地等のレジオネラ属菌の選択分離培地(或は単に選択培地、又は、分離培地ともいう)が挙げられるほか、選択分離と同時に、pH指示薬、発色基質、蛍光基質等の添加剤を利用して検出対象である細菌の生化学的性状を指標として鑑別までを行う選択鑑別培地が挙げられる。
【0007】
これまでに知られている選択鑑別培地としては、pH指示薬を利用したMWY寒天培地がある(非特許文献1)。pH指示薬を利用した鑑別の機構は、検出対象の細菌(菌種)の糖の資化能を利用したpH指示薬の変化によるコロニー色の呈色、すなわち発色であるが、元来、レジオネラ属菌には糖の資化能はない。MWY寒天培地においては、レジオネラ属菌に僅かに認められるアミノ酸分解能を利用してpH指示薬を呈色させているのであるが、その発色の程度は非常に弱く、十分な時間(通常3~5日)培養を行ってもコロニー色の視認性が低いことが難点であった。
【0008】
また、MWY寒天培地では、Legionella pneumophila、L.bosemanii、L.micdadeiの3菌種を鑑別するのみであるが、レジオネラ属菌には多数の菌種が知られており、レジオネラ属菌は潜在的に病原性があると考えられていることから、先の3菌種の鑑別だけでは不十分と言わざるを得ない。
【0009】
他方、発色基質を利用したコロニーの発色による標的細菌の鑑別方法では、細菌の持つ酵素の作用(酵素活性)を利用して発色基質を加水分解することで遊離される発色団化合物および/ または蛍光発色団化合物が発色および/または蛍光を呈すること、すなわち呈色反応(発色反応ともいう)の原理を用いており、この呈色反応がコロニー色として現れることで、標的細菌コロニーの目視による視認性を高めたり、装置による簡易かつ高感度な測定を可能にしたりする。また、呈色反応は、生化学、免疫学、分子生物学、微生物学など幅広い分野においても、酵素活性検出指標として応用されている。特に微生物学分野では、酵素活性を測定することにより微生物を検出または識別する方法に応用されており、コロニー所見の鑑別において検査者の熟練を要さず、煩雑な微生物確認試験を省略できることから、簡易で迅速な方法として汎用されている。
【0010】
例えば、特許文献1 には、発色基質である5-ブロモ-6-クロロ-3-インドキシルホスフェートを培地に含有させ、スタフィロコッカス・アウレウス( Staphylococcus aureus、以下、黄色ブドウ球菌という。) のホスファターゼ活性を検出する方法が記載されている。
【0011】
また、特許文献2 には、5-ブロモ-4-クロロ-3-インドキシル-β-グルコシドを培地に含有させてエンテロコッカス(Enterococcus)属細菌のβ- グルコシダーゼ活性を検出する方法、特許文献3 には、5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-N-アセチル-β-D-グルコサミニドを培地に含有させてカンジダ・アルビカンス(Candida albicans)のN-アセチル-β-D-グルコサミニダーゼ活性を検出する方法が記載されている。
【0012】
さらに特許文献4 には、5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリルホスファチジルミオイノシトールを培地に含有させてリステリア・モノサイトジェネス(Listeria monocytogenes) およびリステリア・イヴァノヴィ(Listeria ivanovii) のホスファチジルイノシトール特異的ホスホリパーゼC活性を検出する方法が記載されている。
【0013】
しかし、レジオネラ属菌のコロニーを発色しうる適当な発色基質はこれまで見いだされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特表2002-537852号公報
【文献】特表2004-528856号公報
【文献】特表2001-514902号公報
【文献】特表2001-510054号公報
【非特許文献】
【0015】
【文献】病原体検出マニュアル 4類感染症 レジオネラ症 2011年10月版
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明の目的は、短い培養期間で、Legionella pneumophilaおよびその他のレジオネラ属菌のコロニー色を明瞭に発色させ、レジオネラ属菌の鑑別性に優れたレジオネラ属菌の鑑別用発色培地を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、前記目的を達成するために鋭意検討を行った結果、レジオネラ属菌用培養培地において、発色基質としてAldol 515 phosphateを用いることで、培養2日目からレジオネラ属菌を特異的且つ明瞭に発色させることができることを見出し、本発明を完成した。
【0018】
すなわち、本発明の構成は、以下の[1]から[8]の通りである。
[1]Aldol 515 phosphateを含有することを特徴とするレジオネラ属菌の鑑別用発色培地。
[2]Aldol 515 phosphateの含有量が0.01g/L以上である[1]に記載の培地。
[3]培地1Lあたり、酵母エキス10g 、α‐ケトグルタル酸カリウム1g 、ACES(緩衝剤)10g、グリシン3g、活性炭2g、可溶性ピロリン酸鉄0.2g、バンコマイシン1~5mg、ポリミキシンB5,000~100,000unit、アムホテリシンB20~80mgおよび寒天15~18gを含有する[1]または[2]に記載のレジオネラ属菌の鑑別用発色培地。
[4]培地1Lあたり、酵母エキス10g、α‐ケトグルタル酸カリウム1g、ACES(緩衝剤)10g、グリシン3g、β-シクロデキストリン1.0~25.0g、可溶性ピロリン酸鉄0.2g、バンコマイシン1~5mg、ポリミキシンB5,000~100,000unit、アムホテリシンB20~80mgおよび寒天15~18gを含有する[1]または[2]に記載のレジオネラ属菌の鑑別用発色培地。
[5]Aldol 515 phosphateを含むレジオネラ属菌鑑別用発色培地を用いるレジオネラ属菌の鑑別方法。
[6]Aldol 515 phosphateの含有量が0.01g/L以上である[5]に記載の鑑別方法。
[7]培地1 L あたり、酵母エキス10g 、α‐ケトグルタル酸カリウム1g 、ACES(緩衝剤)10g、グリシン3g、活性炭2g、可溶性ピロリン酸鉄0.2g、バンコマイシン1~5mg、ポリミキシンB5,000~100,000unit、アムホテリシンB20~80mgおよび寒天15~18gを含有する培地を用いる[5]または[6]に記載の鑑別方法。
[8]培地1 L あたり、酵母エキス10g 、α‐ケトグルタル酸カリウム1g 、ACES(緩衝剤)10g、グリシン3g、β-シクロデキストリン1.0~25.0g、可溶性ピロリン酸鉄0.2g、バンコマイシン1~5mg、ポリミキシンB5,000~100,000unit、アムホテリシンB20~80mgおよび寒天15~18gを含有する培地を用いる[5]または[6]に記載の鑑別方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、レジオネラ属菌用の培養培地において、Aldol 515 phosphateを用いることで、培養2日目から、Legionella pneumophilaおよびその他のレジオネラ属菌のコロニー色を明瞭に発色させ、レジオネラ属菌の鑑別性に優れたレジオネラ属菌の鑑別用発色培地が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
「Aldol 515 phosphate」は、1-(2-(4-ジメチルアミノベンゾイル)フェニル)-1H-インドール-3-イルリン酸(CAS No.1630940-46-3)であり、Biosynth社製Aldol 515 phosphateのナトリウム塩として入手可能である。
【0021】
Aldol 515 phosphateは、黄色ブドウ球菌や偏性嫌気性菌の発色基質としての使用が推奨されているが、これまでにレジオネラ属菌の鑑別培地に用いられた例はない。
【0022】
レジオネラ属菌鑑別用発色培地におけるコロニー発色に適したAldol 515 phosphateの濃度は、0.01g/L以上、好ましくは0.02g/以上、より好ましくは0.05g/L以上である。
また、Aldol 515 phosphateは、その濃度 0.4g/Lまでは、レジオネラ属菌の発育への影響、すなわち、発育阻害が認められず、レジオネラ属菌のコロニーを明瞭に発色させることができる。
【0023】
更に、Aldol 515 phosphateを含むレジオネラ属菌用の鑑別培地では、培養2日目からレジオネラ属菌のコロニーに明瞭な発色がみられ、また、2日以上培養を続けても、レジオネラ属菌のコロニーの発色に変化はみられず、安定的に明瞭な発色がみられる。
【0024】
Aldol 515 phosphateを含むレジオネラ属菌用の鑑別培地における発色は、実体顕微鏡によるコロニー観察、すなわち斜光法によるレジオネラ属菌のカットグラス様あるいはモザイク様とも呼ばれる特徴的外観構造の観察を妨げない。
【0025】
本発明の鑑別培地によれば、従来は、斜光法によるレジオネラ属菌の特徴的外観構造の観察のみを指標としていたところに、明瞭な発色という指標が加わることで、培地上に発育したコロニーがレジオネラ属菌であるか否かについて、より確度の高い結果が得られる。
【0026】
本発明の鑑別培地のベースとして使用可能なレジオネラ属菌用の培養培地としては、CYE寒天培地、BCYE寒天培地、BCYEα寒天培地等の非選択培地、GVP寒天培地、WYOα寒天培地等のレジオネラ属菌の選択分離培地(或は単に選択培地、又は、分離培地ともいう)が挙げられるが、レジオネラの培養を目的とする寒天培地であれば、特に限定されず、本明細書においては、特に断りの無い限り、レジオネラ属菌用の培養培地は、非選択培地と選択分離培地を含む。その他、MWY寒天培地等のpH指示薬を用いるレジオネラ属菌用の鑑別培地において、pH指示薬の代わりに、或いは、pH指示薬と共にAldol 515 phosphateを用いることができる。つまり、本発明の鑑別培地は、選択分離培養と鑑別培養を同時に行う選択鑑別培地であってもよく、鑑別培養のみを行う鑑別培地であってもよい。
また、非選択培地、選択培地を問わず、レジオネラ属菌用の培養培地において、活性炭を用いる場合(黒色培地)、活性炭の代わりにβ-シクロデキストリンを含む場合(無色透明培地)、いずれの場合においても、レジオネラ属菌のコロニーを明瞭に発色させることができる。
【0027】
例えば、現在、レジオネラ属菌用の非選択培地のうち、レジオネラ属菌の生育能に最も優れた培地として知られているのがBCYEα寒天培地であり、BCYEα寒天培地は、その組成成分として、酵母エキス、α‐ケトグルタル酸カリウム、ACES(緩衝剤)、グリシン、活性炭、可溶性ピロリン酸鉄、および寒天を含有する。また、レジオネラ属菌の培養検査においてよく用いられている各種の選択培地(BMPAα寒天培地、GVPC寒天培地、WYO寒天培地、WYOα寒天培地、PAV寒天培地、CCVC寒天培地、MWY寒天培地)は、いずれもBCYEα寒天培地の組成成分をベースにして、それぞれ種々の抗菌薬と抗真菌剤を含有しており、抗菌薬としては、ポリミキシンB、セファマンドール、バンコマイシン、セファロチン、コリスチン、抗真菌剤としては、アニソマイシン、シクロヘキシミド、アムホテリシンBが、それぞれの選択培地において所定の組合せと所定の濃度で用いられている。本発明の鑑別培地のベースに用いるレジオネラ属菌培養用の培地として、これらの非選択培地や選択培地をベースとする非選択培地の組成成分のまま、選択培地それぞれの抗菌薬および抗真菌剤の組合せと濃度で用いることもできるが、ベースとする非選択培地の各種組成成分の濃度や、選択培地に添加する抗菌薬および抗真菌剤の組合せと濃度を変えた改良培地を用いることもできる。
【0028】
本発明の実施の形態の一例として、例えば、培地1Lあたり、酵母エキス10g、α‐ケトグルタル酸カリウム1g、ACES(緩衝剤)10g、グリシン3g、活性炭2g、可溶性ピロリン酸鉄0.2g、バンコマイシン1~5mg、ポリミキシンB5,000~100,000unit、アムホテリシンB20~80mgおよび寒天15~18gを含有する請求項1または2に記載のレジオネラ属菌の鑑別用発色培地が挙げられる。
【0029】
また、別の例としては、例えば、培地1Lあたり、酵母エキス10g、α‐ケトグルタル酸カリウム1g、ACES(緩衝剤)10g、グリシン3g、β-シクロデキストリン1.0~25.0g、可溶性ピロリン酸鉄0.2g、バンコマイシン1~5mg、ポリミキシンB5,000~100,000unit、アムホテリシンB20~80mgおよび寒天15~18gを含有する請求項1または2に記載のレジオネラ属菌の鑑別用発色培地が挙げられる。
【0030】
本発明は、上述したAldol 515 phosphateを含むレジオネラ属菌鑑別用発色培地とともに、当該レジオネラ属菌鑑別用発色培地を用いてレジオネラ属菌を鑑別する方法を提供する。
【0031】
本発明の鑑別培地において培養の対象となる微生物は、鑑別培地に生育し得るLegionella属菌であるL.pneumophila、L.bozemanii、L.longbeachae、L.micdadei、L.gormanii、L.feeleii、L.jordanis、L.cincinnatiensis、L.oakridgensis、L.cincinnatiensis、L.anisa、L.parisiensis等が具体例として挙げられるが、特にこれらに限定されない。
【実施例
【0032】
以下に本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は、実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0033】
レジオネラ属菌を発色させる化合物の検討
レジオネラ属菌を発色させる各種発色基質を検索するための実験を行った。
【0034】
(1)培地の調製
表1に示す改良WYOα培地(活性炭の代わりにβ-シクロデキストリン(表中β-CD)を8g/Lで含むWYOα培地)の組成に、細菌の持つ種々の酵素活性を利用してコロニーを発色させる発色基質として知られる各種化合物をX-galactopyranoside、X-glucopyranoside、magenta galactopyranoside(Magenta-Gal、Red-Gal、5-Bromo-6-chloro-3-indoyl β-D-galactopyranosideに同じ)、Salmon phosphate(6-Chloro-3-indoxyl phosphateに同じ)、X-phosphate、ONPC(2-Nitrophenyl-β-D-galactopyranosideに同じ)、 Aldol 515 phosphate、Aldol 514 inositol phosphate、Aldol 470 choline phosphate、TTC(2,3,5-Triphenyltetrazolium chlorideに同じ)をそれぞれ添加した培地を調製した。これら各種化合物の培地への添加量については、TTCを除く9種類の化合物は0.1g/Lとなるように調製し、TTCのみ0.03g/Lとなるように調製した。また、対照としていずれの発色基質も含まない培地を調製した。
具体的には、表1(A)の各培地成分を精製水990mLに溶解し、121℃で15分間高圧蒸気滅菌した後、55℃の温水浴槽中にて保温し、これに表1(B)の成分であるピロリン酸鉄、バンコマイシン、ポリミキシンB、各種の発色基質は精製水で溶解し、アムホテリシンBは1N NaOH溶液で溶解し、それぞれの濾過滅菌済み溶液を調製して(対照用の培地の場合は、滅菌水を用いた)2mLずつ添加し、よく攪拌した後、各培地をシャーレに20mLずつ分注し、放冷して固化させた。
【0035】
【表1】
【0036】
(2)実験方法
試験菌としてLegionella pneumophila 5菌株(社内保存株、菌株番号:EKN3677、EKN3678、EKN3679、EKN3680、EKN3682)およびLegionella fraseri 1菌株(社内保存株、菌株番号:EKN3681)を用いた。
それぞれの菌株をBCYEα培地に接種し、37℃、2日間培養した菌体を生理食塩水に懸濁し、McFarland No.1の菌懸濁液を調製した。この菌懸濁液1白金耳を各培地に画線塗抹接種し、37℃、2日間培養した。
【0037】
(3)結果
表2に示すように、対照用改良WYOα培地、Salmon phosphateおよびX-phosphate以外の発色基質を含む改良WYOα培地では、試験菌6菌株すべてが発育し、これらのうち、Aldol 515 phosphateおよびTTCを含む改良WYOα培地において、試験菌コロニーの発色(赤色)が観察された。Aldol 515 phosphateでは、コロニーが密集している部分(以下、ローン部分)および単独コロニーにおいて発色が観察され、TTCではローン部分においてのみで発色が確認された。
【0038】
【表2】
【実施例2】
【0039】
Aldol 515 phosphate添加量の検討
発色基質としてAldol 515 phosphate添加量の検討する実験を行った。
【0040】
(1)培地の調製
表1に示す改良WYOα培地の組成にAldol 515 phosphateを0.01、0.02、0.03、0.04、0.05、0.06、0.07、0.08、0.10、0.15、0.20、0.40g/Lで含む培地を調製した。また、対照としてAldol 515 phosphateを含まない改良WYOα培地とWYOα培地(組成は表1を参照)をそれぞれ調製した。
【0041】
(2)実験方法
実施例1と同じ試験菌株を用い、実施例1と同様にそれぞれの菌株の菌懸濁液を調製し、各培地に接種し、37℃、5日間培養した。
【0042】
(3)結果
表3に示すように、対照用改良WYOα培地およびWYOα培地、発色基質Aldol 515 phosphateを各種濃度で含む改良WYOα培地のすべての培地において、試験菌6菌株すべてが発育した。培養2日目で、対照用改良WYOα培地およびWYOα培地では試験菌6菌株すべてにおいて発色は観察されず、Aldol 515 phosphateを含む改良WYOα培地では試験菌6菌株すべてでAldol 515 phosphate 0.01g/Lで淡桃色、0.02g/Lから0.04g/Lで桃色、0.05g/Lから4.00g/Lで赤色の発色が観察された。また、これらの発色は、2日以上培養を継続しても、発色の程度が培養時間の経過により濃くなるが、変色はみられなかった。
【0043】
【表3】
【実施例3】
【0044】
異なる培地におけるAldol 515 phosphateによるレジオネラ属菌の発色の検討
従来用いられているレジオネラ属菌用培地として、活性炭を含むWYOα培地においてAldol 515 phosphateを発色基質としてレジオネラ属菌を発色できるか検討する実験を行った。
【0045】
(1)培地の調製
表1に示すWYOα培地および改良WYOα培地の組成にAldol 515 phosphateを0.05g/Lで含む培地をそれぞれ調製した。また、対照としてAldol 515 phosphateを含まない培地もWYOα培地および改良WYOα培地のそれぞれで調製した。
【0046】
(2)実験方法
実施例1と同じ試験菌株を用い、実施例1と同様にそれぞれの菌株の菌懸濁液を調製し、各培地に接種し、37℃、2日間培養した。
【0047】
(3)結果
表4に示すように、WYOα培地および改良WYOα培地に対する発色基質Aldol 515 phosphate添加の有無にかかわらず、すべての培地において、試験菌6菌株はすべて発育した。Aldol 515 phosphateを含まないWYOα培地および改良WYOα培地ではすべての試験菌株において発色は観察されず、Aldol 515 phosphateを含むWYOα培地および改良WYOα培地ではすべての試験菌株において赤色の発色が観察された。
【0048】
【表4】
【実施例4】
【0049】
L.pneumophila以外のレジオネラ属菌の発色の確認
実施例1から3までで用いた試験菌株とは異なるレジオネラ属菌種、菌株についてAldol 515 phosphateを発色基質として発色できるかを確認する実験を行った。
【0050】
(1)培地の調製
表1に示す改良WYOα培地の組成にAldol 515 phosphateを0.05g/Lで含む培地を調製した。
【0051】
(2)実験方法
試験菌として、Legionella anisa(社内保存株、菌株番号:EKN5282)、Legionella erythra(社内保存株、菌株番号:EKN5887)、Legionella feeleii(社内保存株、菌株番号:EKN5831)、Legionella fraseri(社内保存株、菌株番号:EKN3683)、Legionella longbeachae(社内保存株、菌株番号:EKN3689)の5菌株を用いた。実施例1と同様にそれぞれの菌株の菌懸濁液を調製し、培地に接種し、37℃、2日間培養した。
【0052】
(3)結果
表5に示すように、発色基質Aldol 515 phosphateを含む改良WYOα培地で、試験菌5菌株すべてが発育し、赤色の発色が観察された。
【0053】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、培養2日目からレジオネラ属菌のコロニーを明瞭に発色させるレジオネラ属菌の鑑別用発色培地を提供できる。レジオネラ症の原因菌を迅速に検出することができるため、臨床検査においては治療方針、浴槽水や温泉水、或いは冷却水等の環境水検査においては各種設備の清掃・消毒等の対応方針の早期決定を可能にする