(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-13
(45)【発行日】2024-06-21
(54)【発明の名称】イオン移動度分析装置およびイオン移動度分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/622 20210101AFI20240614BHJP
【FI】
G01N27/622
(21)【出願番号】P 2020120416
(22)【出願日】2020-07-14
【審査請求日】2023-05-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000250421
【氏名又は名称】理研計器株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100112689
【氏名又は名称】佐原 雅史
(74)【代理人】
【識別番号】100128934
【氏名又は名称】横田 一樹
(72)【発明者】
【氏名】西出 龍弘
(72)【発明者】
【氏名】石崎 温史
(72)【発明者】
【氏名】座間 洋子
(72)【発明者】
【氏名】杉山 浩昭
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2008/0179515(US,A1)
【文献】特表2015-514978(JP,A)
【文献】特表2017-519991(JP,A)
【文献】特開2020-204520(JP,A)
【文献】特表2014-532960(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60-27/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料成分由来のイオンを生成させるイオン化手段と、
前記イオン化手段で生成されたイオンを移動度に応じて分離するために所定の移動方向に移動させる分離手段と、
前記イオン化手段及び前記分離手段において前記移動方向に沿って所定距離離れて配置され、該移動方向に電位勾配を生じるように電圧を印加可能な複数の電極と、
前記イオン化手段と前記分離手段との間に配置されるゲート電極と、
前記分離手段の端部に配置された検知手段と、
を有し、
前記複数の電極のうち一つの電極は前記ゲート電極と前記移動方向の上流側において隣り合う電極(以下、「上流側電極」という。)であり、
前記複数の電極のうち一つの電極は前記ゲート電極と前記移動方向の下流側において隣り合う電極(以下、「下流側電極」という。)であり、
前記上流側電極には第一の電位の一定電圧が印加され、
前記下流側電極には前記第一の電位より低い第二の電位の一定電圧が印加され、
前記ゲート電極
は、イオン
の透過
状態となる第1ゲート電圧
と、イオンの遮断状態となる第2ゲート電圧
とに切り替えて印加
可能に構成され、
イオンの非測定期間では全期間において、前記検知手段に全てのイオンが到達するように前記ゲート電極に前記第1ゲート電圧を印加し、
イオンの測定期間は前記ゲート電極に印加される電圧を前記第1ゲート電圧から前記第2ゲート電圧に切り替えることで開始され、
前記測定期間では前記検知手段は前記ゲート電極に前記第2ゲート電圧が印加された後に到達する全てのイオンを測定する、
ことを特徴とするイオン移動度分析装置。
【請求項2】
前記
第2ゲート
電圧は、イオン
の透過
電圧および前記上流側電極の電圧よりも高電位である、
ことを特徴とする請求項1に記載のイオン移動度分析装置。
【請求項3】
前記検知手段に到達するイオンが無くなった場合に、前記ゲート電極
に前記第1ゲート電圧を印加する、
ことを特徴とする請求項
1に記載のイオン移動度分析装置。
【請求項4】
前記検知手段は、複数種のイオンを
検知可能であり、
前記ゲート電極
に前記第2ゲート電圧が印加されてから前記複数種のイオンが前記検知手段に到達するまでの、それぞれのイオンの到達時間の差分と、信号出力の差分とから、それぞれのイオンの移動速度と、信号強度を検知する、
ことを特徴とする請求項
3に記載のイオン移動度分析装置。
【請求項5】
所定方向に電位勾配が生じる領域内に試料成分由来のイオンを移動させ、
イオンの移動度に応じて分離して検知するイオン移動度分析方法であって、
イオンの移動方向において、ゲート電極の上流側で隣り合う電極(以下、「上流側電極」という。)に第一の電位の一定電圧を印加するステップと、
前記移動方向において、前記ゲート電極の下流側で隣り合う電極(以下、「下流側電極」という。)に前記第一の電位より低い第二の電位の一定電圧を印加するステップと、
イオンの非測定期間の全期間において、前記ゲート電極にイオンを透過状態とする第1ゲート電圧を印加し検知手段に全イオンを到達させるステップと、
イオンの測定に際し、前記ゲート電極に印加される電圧を、前記第1ゲート電圧からイオンを遮断状態とする第2ゲート電圧に切り替えるステップと、
前記検知手段
が、前記ゲート電極に前記第2ゲート電圧が印加された後に到達する全て
のイオン
を測定する
ステップと、
を有する、
ことを特徴
とするイオン移動度分析
方法。
【請求項6】
イオン
の測定に際し、イオンの透過電圧および前記上流側電極の電圧よりも高電位の前記第2ゲート電圧を印加する、
ことを特徴とする請求項5に記載のイオン移動度分析
方法。
【請求項7】
前記検知手段に到達するイオンが無くなった場合に、前記ゲート電極に前記第1ゲート電圧を印加するステップを有する、
ことを特徴とする請求項
5に記載のイオン移動度分析
方法。
【請求項8】
前記ゲート電極に前記第2ゲート電圧を印加し、複数種のイオンの透過が遮断された後に前記複数種のイオンが前記検知手段に到達するまでの、それぞれのイオンの到達時間の差分と、信号出力の差分とから、それぞれのイオンの移動速度と、信号強度を検知する、
ことを特徴とする請求項
5に記載のイオン移動度分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン移動度分析装置およびイオン移動度分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、試料分子から生成した分子イオンを電場の作用により媒質気体(又は液体)中で移動させるとき、該イオンは電場の強さやその分子の大きさなどで決まる移動度に比例した速度で移動する。イオン移動度分光測定法(IMS:Ion Mobility Spectrometry)は、試料分子の分析のためにこの移動度を利用した測定法であり、これを利用した分析装置(イオン移動度分析装置、またはイオン移動度分光計)が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
図13は、従来の構成を示す図であり、同図(A)は一般的なイオン移動度分析装置300の概略構成図であり、同図(B)はパルス電圧V´の印加によるイオンの透過状態を示す概要図である。従来のイオン移動度分析装置300では、イオン化部301及び分離部302に配置されている多数の円環状の電極303にそれぞれ印加されている直流電圧により、分離部302中にはイオン進行方向に下り電位勾配を示す電場(イオンを加速する電場)が形成される。イオン化部301及び分離部302の間にはゲート電極(シャッターゲート)304が設けられる。
【0004】
同図(B)に示すように、ゲート電極304はパルス電圧V´によりイオンを透過可能な状態と透過を遮断する状態に変化する。ゲート電極304を通過して分離部302中に導入されたイオンは、分離部302の下り電位勾配に沿って進み、検知部305で検知される。また、分離部302中にはイオンの進行方向とは逆方向の拡散ガスの流れが形成されており、イオンはこの拡散ガスに衝突しつつ移動する。この移動の過程で、イオンはその大きさ等に応じて分離され、異なる大きさのイオンは時間差を有して検知器に到達する。検知部305ではイオンの移動時間(ドリフト時間)を横軸としたスペクトルを検知する。当該スペクトルのピーク強度およびピーク幅はパルス電圧のパルス幅に依存する。スペクトルのピーク幅の広狭は、イオン移動度分光測定の分解能に大きく関わる。すなわち、分解能はゲート電極304に印加されるパルス電圧のパルス幅に大きく依存する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の装置では、ゲート電極304に印加するパルス電圧のパルス幅の設定が困難であった。具体的には、イオン移動度分光測定の分解能を向上させるためには、ゲート電極304におけるパルス電圧V´のパルス幅をできるだけ狭くする必要があるが、パルス幅が狭い(ゲート電極304の開放時間が短い)とイオンが通過する時間が短くなるため、検知されるイオンの量が減少する。一方、イオンが通過する時間を稼ぐためにパルス幅を広くすると分解能が低下する。
【0007】
また、パルス幅はイオンのサイズや質量によって最適値が異なる。具体的に、検出されるスペクトルのピーク強度はパルス電圧のパルス幅に依存して増加するが、最適なパルス幅を超えると、ピーク強度は変化せずにピーク幅が広くなり分解能が低下する。この最適なパルス幅はスペクトルのピークが出現する位置によって異なる。詳細には、移動時間が遅い位置にピークが出現するスペクトルは、移動時間が速い位置にピークが出現するスペクトルよりも最適なパルス幅が広くなる。
【0008】
つまり、特に複数種のイオンを同時に測定しようとした場合、移動時間が速い位置にピークが出現するスペクトルに最適となるようにパルス幅を設定すると、移動時間が遅い位置にピークが出現するスペクトルのピーク強度が低下し、移動時間が遅い位置にピークが出現するスペクトルに最適となるようにパルス幅を設定すると、移動時間が速い位置にピークが出現するスペクトルのピーク幅が広がり、分解能が低下する問題がある。
【0009】
またパルス幅を広く設定することでその立下りの位置が後続のスペクトルの位置にかかってしまう場合もあり、そうなると電圧変化によるノイズが測定に影響を与えてしまう。
【0010】
このように、イオン移動度が広範囲に及ぶ多種類のイオンを同時に、且つ正確に検知することは困難であった。
【0011】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされ、複数種のイオンを同時に測定する場合であっても、分解能や検出強度の低下を防ぎ、高精度の測定が可能なイオン移動度分析装置およびイオン移動度分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、試料成分由来のイオンを生成させるイオン化手段と、前記イオン化手段で生成されたイオンを移動度に応じて分離するために所定の移動方向に移動させる分離手段と、前記イオン化手段及び前記分離手段において前記移動方向に沿って所定距離離れて配置され、該移動方向に電位勾配を生じるように電圧を印加可能な複数の電極と、前記イオン化手段と前記分離手段との間に配置されるゲート電極と、前記分離手段の端部に配置された検知手段と、を有し、前記複数の電極のうち一つの電極は前記ゲート電極と前記移動方向の上流側において隣り合う電極(以下、「上流側電極」という。)であり、前記複数の電極のうち一つの電極は前記ゲート電極と前記移動方向の下流側において隣り合う電極(以下、「下流側電極」という。)であり、前記上流側電極には第一の電位の一定電圧が印加され、前記下流側電極には前記第一の電位より低い第二の電位の一定電圧が印加され、前記ゲート電極は、イオンの透過状態となる第1ゲート電圧と、イオンの遮断状態となる第2ゲート電圧とに切り替えて印加可能に構成され、イオンの非測定期間では全期間において、前記ゲート電極に前記第1ゲート電圧を印加し、前記検知手段に全てのイオンを到達させ、イオンの測定期間は前記ゲート電極に印加される電圧を第1ゲート電圧から前記第2ゲート電圧に切り替えることで開始され、前記測定期間では前記検知手段は前記ゲート電極に前記第2ゲート電圧が印加された後に到達する全てのイオンを測定する、
ことを特徴とするイオン移動度分析装置に係るものである。
【0016】
また、本発明は、所定方向に電位勾配が生じる領域内に試料成分由来のイオンを移動させ、イオンの移動度に応じて分離して検知するイオン移動度分析方法であって、イオンの移動方向において、ゲート電極の上流側で隣り合う電極(以下、「上流側電極」という。)に第一の電位の一定電圧を印加するステップと、前記移動方向において、前記ゲート電極の下流側で隣り合う電極(以下、「下流側電極」という。)に前記第一の電位より低い第二の電位の一定電圧を印加するステップと、イオンの非測定期間の全期間において、前記ゲート電極にイオンを透過状態とする第1ゲート電圧を印加し検知手段に全イオンを到達させるステップと、イオンの測定に際し、前記ゲート電極に印加される電圧を、前記第1ゲート電圧からイオンを遮断状態とする第2ゲート電圧に切り替えるステップと、前記検知手段が、前記ゲート電極に前記第2ゲート電圧が印加された後に到達する全てのイオンを測定するステップと、を有する、ことを特徴とするイオン移動度分析方法に係るものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、複数種のイオンを同時に測定する場合であっても、分解能や検出強度の低下を防ぎ、高精度の測定が可能なイオン移動度分析装置およびイオン移動度分析方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施形態にかかるイオン移動度分析装置を示す概要図である。
【
図2】本発明の第1実施形態にかかるイオン移動度分析装置の主要部の回路構成を示す概要図である。
【
図3】本発明の第1実施形態にかかるイオン移動度分析装置における制御の一例を示す概要図であり、(A)~(C)がイオンの移動の状態と電位勾配の状態を模式的に示す図であり、(D)~(F)が印加電圧の波形である。
【
図4】本発明の第1実施形態にかかるイオン移動度分析装置における制御の一例を示す概要図であり、(A)~(C)がイオンの移動の状態と電位勾配の状態を模式的に示す図であり、(D)~(F)が印加電圧の波形であり、(G)が検知結果の一例を示す図である。
【
図5】本発明の第1実施形態にかかるイオン移動度分析装置を説明する概念図である。
【
図6】本発明の第1実施形態にかかるイオン移動度分析装置の主要部の回路構成の変形例を示す概要図である。
【
図7】本発明の第2実施形態にかかるイオン移動度分析装置の主要部の回路構成を示す概要図である。
【
図8】本発明の第2実施形態にかかるイオン移動度分析装置における制御の一例を示す概要図であり、(A)~(C)がイオンの移動の状態と電位勾配の状態を模式的に示す図であり、(D)~(F)が印加電圧の波形である。
【
図9】本発明の第2実施形態にかかるイオン移動度分析装置における制御の一例を示す概要図であり、(A)、(B)がイオンの移動の状態と電位勾配の状態を模式的に示す図であり、(C)、(D)が印加電圧の波形である。
【
図10】本発明の第2実施形態にかかるイオン移動度分析装置を説明する概念図である。
【
図11】本発明の実施形態における検知部の検知方法を説明する概要図である。
【
図12】本発明の実施形態における検知部の検知方法を説明する概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<第1実施形態>
以下、本発明の実施の形態について添付図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態のイオン移動度分析装置10の構成の一例を示す概略図である。
図1(A)に示すように、イオン移動度分析装置10は例えば、イオン化手段(イオン化部)11と、分離手段(分離部)13と、円環状の枠体を有する複数の電極15と、ゲート電極17と、検知手段(検知部)19と、制御手段(制御部)21と、電源23と、スイッチ用電源35と、分圧手段25などを有する。
【0020】
イオン移動度分析装置10は、例えば、分離手段13においてイオン移動度に応じて分離されたイオンを直接、検知手段19に導入して検知するイオン移動度分光計である。しかしこれに限らず、イオン移動度に応じて分離されたイオンを質量分離手段に導入して質量電荷比に応じてさらに分離して検知するイオン移動度分光測定-質量分析装置であってもよい。
【0021】
本実施形態のイオン移動度分析装置10は、例えば、可搬型(ハンディタイプ、携帯型)の装置であり、例えば、不図示の筐体(ハウジング)内にイオン化部11、分離部13、検知部19と、電極15、ゲート電極17、制御部21、電源23、スイッチ用電源35、分圧手段25などが一体的に収容される。
【0022】
イオン化部11、分離部13および検知部19は、例えば、イオン移動度分析装置10の一の方向(図示の長手方向)に沿ってこの順で並ぶように配置される。イオン移動度分析装置10は、可搬型であって単独で所定の分析処理が可能に構成されており、図示は省略するがこれ以外に既知の可搬型のイオン移動度分析装置と同様、出力手段(表示手段を含む)、入力手段(操作手段を含む)、外気を取り込み、除湿(乾燥)してドリフトガスとして分離部13に供給する除湿手段などを有する。
【0023】
イオン化部11は、試料成分由来のイオンを生成させる。ここでは一例として、不図示のポンプにより試料ガスが供給され、その内部で試料ガスの成分をイオン化する領域である。イオン化の手法としては、一例として、コロナ放電、誘電体バリア放電など放電を利用して直接的または間接的にイオン化する方法(APCI:atmospheric pressure chemical ionization)法)が挙げられるが、この手法に限らない。
【0024】
分離部13は、イオン化部11で生成されたイオンを移動度に応じて分離するために所定の移動方向に移動させる領域であり、ドリフト部(領域)ともいう。分離部13は、検知部19側の端部(出口端)側から入口端側に向かって一定流速でドリフトガス(バッファガス)の流れが形成され、該ガスによって分離部13のガス圧は略大気圧(又は数百Pa程度の低真空状態)に維持される。
【0025】
イオン化部11から分離部13に亘って、矢印で示す一の方向Tにおいて所定距離離れて複数の電極15が配置される。複数の電極15には、イオン化部11から検知部19に向かって電位勾配を生じるようにそれぞれ異なる電圧を印加可能に構成される。この電位勾配に沿って、イオン化部11で生成されたイオンがイオン移動度に応じて加速されて分離部13を移動し、検知部19に到達する。すなわち、一の方向Tとはイオンの移動方向Tであり、電場Eの方向である。
【0026】
ゲート電極17は、イオン化部11と分離部13との間に配置される。より詳細には、複数の電極15のうちの、一組の電極15A、15Bの間に設けられる。一方の電極15Aは、ゲート電極17と移動方向Tの上流側において隣り合う電極であり、以下、上流側電極15Aという。また、他方の電極15Bは、ゲート電極17と移動方向Tの下流側において隣り合う電極であり、以下、下流側電極15Bという。上流側電極15A、ゲート電極17および下流側電極15Bは、等間隔で互いに離間して配置される。
【0027】
検知部19は、分離部13の出口端の外側に配置され、イオン移動度に応じて分離されて到達する各種イオンを検知する。そして到達するイオン毎に単位時間当たりの量を測定(算出、積算)する。
【0028】
制御部21は、詳細な図示および説明は省略するが、イオン移動度分析装置10の全体の既知の動作を統括的に制御する。また、本実施形態ではゲート電極17に所定のタイミングでパルス電圧を印加し、上流側電極15Aおよび下流側電極15Bを含む複数の電極15のそれぞれに、移動方向Tに沿って電位勾配を生じるように一定電圧を印加する。
【0029】
より詳細には、制御部21は、上流側電極15Aに第一の電位の一定電圧(以下、「上流側電圧V1」という。)を印加し、下流側電極15Bには第一の電位より低い第二の電位の一定電圧(以下、「下流側電圧V2」という。)を印加する。そして、イオンの検出に際し、ゲート電極17の状態を第一の状態から第二の状態に切り替えるとともに、検出終了まで第二の状態を維持するように制御する。第一の状態とは、ゲート電極17にイオンを透過可能な電圧(以下、「イオン透過電圧VT」という。)以下の電位の電圧(以下、「第1ゲート電圧GV1」という。)を印加する状態であり、第二の状態とは、ゲート電極17に第一の電位より高い電位の電圧(以下、「第2ゲート電圧GV2」という。)を印加する状態である。第一の状態と第二の状態の切替は、パルス電圧の印加によって切替手段(後述)を動作させて行う。パルス電圧がL(Low)の場合、ゲート電極17には第1ゲート電圧GV1が印加され、パルス電圧がH(High)になると、ゲート電極17には第2ゲート高電圧GV2が印加される。
【0030】
ここで、複数の電極15はそれぞれ、円環状の枠体を有し、その内側が開放されている。この開放部分が移動方向Tに揃って並ぶことで物理的にトンネル状の空間が形成される。これに対し、ゲート電極17は、複数の電極15と同様の円環状の枠体を有するがその内部にイオンの移動を規制可能なパターンを有する規制部Mが形成された電極である。一例として、規制部Mは一枚の金属板にメッシュまたはスリット(平行な複数の線状開口)を形成したものである。
【0031】
本実施形態のイオン移動度分析装置10は、ゲート電極17の印加電圧の切替により、上流側電極15Aからゲート電極17に向かって上昇、等価、または下降の電位勾配(電位障壁)が形成され、ゲート電極17から下流側電極15Bに向かって上昇、等価、または下降する電位勾配(電位障壁)が形成されるように構成されている。
【0032】
なお、同図(B)に示すように、下流側電極15Bについても円環状の枠体を有し、その内部にゲート電極17と同様の規制部Mが設けられた電極であってもよい。この場合、下流側電極15Bは他のゲート電極15Bとなり、その構成は、ゲート電極17と同様となる。一例として、他のゲート電極15B規制部Mは、一枚の金属板にメッシュまたはスリットを形成したものである。また、ゲート電極17と他のゲート電極15Bの規制部Mのパターンは同じであってもよいし、異なってもよい。具体的には、両電極17、15Bのそれぞれの規制部Mのパターンは、メッシュ同士、メッシュとスリット、スリット同士などの組み合わせから選択でき、スリット同士の組み合わせの場合は、スリットの方向が異なり(例えば互いに90度の方向にスリットが入り)両者を合わせてメッシュ状になるように規制部Mを配置してもよいし、スリットの方向が同じ方向に揃うように規制部Mを配置してもよい。
【0033】
つまり、本実施形態のイオン移動度分析装置10は、イオンの移動方向Tに所定距離で離間された上流側のゲート電極(第1ゲート電極)17と、下流側の他のゲート電極(第2ゲート電極)15Bを有する。そして、第1ゲート電極17の印加電圧の切替により、上流側電極15Aから第1ゲート電極17に向かって上昇、等価または下降の電位勾配(電位障壁)が形成され、第1ゲート電極17から第2ゲート電極15Bに向かって上昇、等価または下降する電位勾配(電位障壁)が形成されるように構成されている。以下の説明では、同図(B)に示す構造の場合を例に説明する。
【0034】
図2は、イオン移動度分析装置10の制御部21において、主に複数の電極15とゲート電極17に電圧を印加する制御を行う部分を抜き出して示す回路概要図である。なお電圧値や抵抗値は一例である。
【0035】
第1実施形態では、第一の状態におけるゲート電極(第1ゲート電極)17の電位は、イオンを透過可能な電位よりも低電位(例えば、GND電位)であり、下流側電極(第2ゲート電極)15Bの電位よりも低電位である。第二の状態におけるゲート電極17の電位は、イオンを透過可能な電位よりも高電位であり、上流側電極15Aの電位よりも高電位である。そしてパルス電圧が「L(Low)」の場合は、第一の状態であり、パルス電圧が「H(High)」に切り替わると第二の状態に切り替わる。つまり、パルス電圧が「L」の第一の状態ではゲート電極17に、イオン透過電圧および下流側電極15Bの電圧より低い第1ゲート電圧GV1(例えば、GND)が印加され、第二の状態ではゲート電極17に、イオン透過電圧および上流側電極15Aの電圧より高い第2ゲート電圧GV2(例えば、3.0V)が印加される。そして、パルス電圧が「L」から「H」に切り替わる期間(第一の状態から第二の状態に切り替える期間)においてゲート電極17の電位は、イオンを透過可能な電位を通過する。つまり、第一の状態から第二の状態に切り替える期間の途中にゲート電極17はイオン透過電圧となる期間が発生する。イオン透過電圧は、この例では1.5kvとする。
【0036】
図2を参照して、制御部21からパルス発生回路31に供給される制御信号に基づいて、パルス発生回路31は所定のパルス電圧(パルス信号)を所定の周期で発生する。パルス電圧は、切替手段(スイッチ回路)32のゲート端子に入力される。一例としてスイッチ回路32は、出力端子をスイッチ用電源35(例えば、3kVの電源)に接続する単一のスイッチ素子である。
【0037】
分圧手段25は、抵抗値の異なる直列抵抗アレイであり、イオンが移動方向Tに進行するように電場Eが形成される電圧を各電極15および第1ゲート電極17に印加する。
【0038】
一例として、分圧手段25は、各電極15の一端にそれぞれ抵抗を接続し、3kVの電源23を分圧して上流(図示上方)から下流(図示下方)に電場Eが形成されるように、各電極15に異なる電圧を印加する。この場合例えば、上流側電極15Aには1.8kVの定電圧、下流側電極(第2ゲート電極)15Bには1.2kVの定電圧が印加される。
【0039】
第1ゲート電極17は、スイッチ回路32と接続し、GNDおよび3kvの電圧が選択的に印加される。すなわち、スイッチ回路32はパルス電圧が「H」の場合、第1ゲート電極17をスイッチ用電源35に接続し、パルス電圧が「L」の場合、スイッチ用電源35から切り離す。これにより、第1ゲート電極17はゲート抵抗36(例えば、3MΩ)を介して接地される。すなわち、パルス電圧が「L」の場合には第1ゲート電圧GV1としてGND電位となり(第一の状態)、パルス電圧が「H」の場合、第1ゲート電極17には第2ゲート電圧GV2として3kvが印加される(第二の状態)。また、パルス電圧が「H」から「L」に切り替わると、第1ゲート電極17は、ゲート抵抗36を介してゆっくりと放電する。
【0040】
電極15の上流側には、一対の針電極27が配置される。一方の針電極27は針電極用電源28(例えば、6kV)に接続し、他方の針電極27は抵抗を介して接地され、一対の針電極27の先端でコロナ放電が発生するように構成される。分離部13の電場Eを移動したイオンの量は、下流端部において検出され、増幅器33とA/D変換回路34を介して、検知部19において移動時間(ドリフト時間)を横軸とした検出強度を示すスペクトルとして検出される。
【0041】
図3および
図4は、制御部21による第1ゲート電圧17の制御の一例を示す概要図である。
図3(A)~
図3(C)および
図4(A)~
図4(C)が二種のイオンA,Bの移動の状態を模式的に示す概要図であり、
図3(D)~
図3(F)および
図4(D)~
図4(F)がそれぞれ各図(A)~各図(C)に対応する、第1ゲート電極17の電圧波形を示す概要図である。また、
図4(G)は、検知部19で得られるスペクトルの概要図である。
図3および
図4において、上流側電極15Aの電位は電圧V1(例えば、1.8kV)、第2ゲート電極(下流側電極)15Bの電位は電圧V2(例えば、1.2kv)、第1ゲート電極17の電位は、第1ゲート電圧GV1(例えば、GND)と第2ゲート電圧GV2(例えば、3kV)の間を変位する。また、イオン透過電圧は電圧VT(例えば、1.5kV)である。
【0042】
図3(A)、同図(D)は、第1ゲート電極17が第一の状態にあるタイミングを示している。制御部21は、イオン検知(測定)に先立ち、スイッチ回路32に「L」のパルス電圧(パルス信号)を印加する。例えば、測定開始時には第1ゲート電極17を第一の状態とする。これによりスイッチ回路32は第1ゲート電極17とスイッチ用電源35の接続を遮断する。これにより、第1ゲート電極17はゲート抵抗36(例えば、3MΩ)を介して接地され、その電位は第1ゲート電圧GV1(GND)に達する。つまり、スイッチ回路32に「L」のパルス電圧(パルス信号)が印加されると、第1ゲート電極17には、第1ゲート電圧GV1が印加される(第一の状態となる)。第1ゲート電圧GV1は、イオン透過電圧(例えば、1.5kv)より低く、下流側電極(第2ゲート電極)15Bより低い電位の電圧であり、第一の状態(例えば、同図(D)のタイミングt1)では、上流側電極15Aから第1ゲート電極17に向かって下降する電位勾配となる一方、第1ゲート電極17から第2ゲート電極15Bに向かっては上昇する電位勾配となる。これにより、同図(A)に示すようにイオンの透過が実質的に遮断される(遮断状態となる)。
【0043】
図3(B)、同図(E)は第1ゲート電極17が第一の状態から第二の状態に遷移するタイミングを示している。制御部21は、イオン検出を開始する際、スイッチ回路32に「H」のパルス電圧(パルス信号)を印加する(同図(E)のタイミングt2)。これにより、スイッチ回路32は第1ゲート電極17とスイッチ用電源35を接続する。第1ゲート電極17には、イオン透過電圧(例えば、1.5kv)より高い電位の電圧である第2ゲート電圧GV2(3kv)が印加される。つまり、第二の状態においてもイオンの透過が実質的に遮断される(遮断状態となる)のであるが、第二の状態に遷移する途中、すなわち第1ゲート電圧GV1から第2ゲート電圧GV2に電位が上昇する期間(パルス電圧の立ち上がりの期間)の一部において、第1ゲート電極17はイオン透過電圧となる期間が発生する。
【0044】
より詳細には、同図(E)に示すように、第1ゲート電極17の電圧が第2ゲート電極15Bの電圧V2を超えてから、上流側電極15Aの電圧V1に達するまでの期間(タイミングt2からタイミングt3の期間)においては、上流側電極15Aから第1ゲート電極17を経て第2ゲート電極15Bに向かって下降する電位勾配が生じ、さらに、そのうちの一部期間において、第1ゲート電極17はイオン透過電圧となる期間が発生する。この期間に、イオンは同図(B)に示すように第1ゲート電極17および第2ゲート電極15Bを透過して、分離部13に移動する。
【0045】
図3(C)、同図(F)は、引き続き第1ゲート電極17が第二の状態に遷移する途中のタイミング(例えば、同図(F)のタイミングt4)を示している。第1ゲート電極17の電圧がイオン透過電圧を超え上流側電極15Aの電圧V1も超えると、上流側電極15Aから第1ゲート電極17に向かって上昇する電位勾配が生じる一方、第1ゲート電極17から第2ゲート電極15Bに向かっては下降する電位勾配が生じる。このタイミングで、イオン化部から第1ゲート電極17に向かうイオンの移動が遮断される。また、第1ゲート電極17を超えたイオンは、第2ゲート電極15Bを通過して分離部13に向かって押し出される。
【0046】
タイミングt5は、第1ゲート電極17が第二の状態となったタイミングである。既に述べているように第二の状態では第1ゲート電極17には第2ゲート電圧GV2(3kV)が印加される。このように、つまり、本実施形態では、第1ゲート電極17の電圧がイオン透過電圧VTを超え上流側電極15Aの電圧V1も超えたタイミングt4以降、再び遮断状態となる。
【0047】
第1ゲート電極17の電位がイオン透過電圧VTを超えて以降はそれよりも高電位、さらには上流側電極15Aの電圧V1よりも高電位の状態が測定終了まで維持される。このため、第1ゲート電極17を通過したイオンは全て分離部13に押し出すことができる。また第1ゲート電極17の電位が上流側電極15Aの電位よりも高電位となることで、イオン化部11から新たにイオンが流入することを防ぐことができる。
【0048】
図4(A)、同図(D)は、検知部19にイオンAが到達したタイミング(タイミングt6)を示し、
図4(B)、同図(E)は、検知部19にイオンBが到達したタイミング(タイミングt7)を示している。この結果、検知部19では
図4(G)に示すようなスペクトルが得られる。
【0049】
図4(C)、同図(F)は全てのイオンの検知(測定)が終了したタイミング(タイミングt8)を示している。このように、制御部21は、全てのイオンについての測定終了のタイミング(
図4(F)に示すタイミングt8)までパルス電圧が「H」の状態(第二の状態)を維持する。
【0050】
制御部21は、検知(測定)終了後(タイミングt8以降)は、再びスイッチ回路32に「L」のパルス電圧(パルス信号)を印加し、スイッチ回路32の切替(スイッチ用電源35との切断)により電圧を降下させて第1ゲート電極17に第1ゲート電圧GV1(GND)を印加し(第一の状態とし)、次回の測定に備える(
図3(A)、同図(D)参照)。
【0051】
このように本実施形態では、第1ゲート電極17の状態を、イオン透過電圧VTおよび下流側電極15Bよりも低電位の第1ゲート電圧GV1を印加する第一の状態と、イオン透過電圧VTおよび上流側電極15Aの電圧V1よりも高電位の第2ゲート電圧GV2を印加する第二の状態とに切り替える。そしてイオン検知(測定)の準備段階において第一の状態とし、第一の状態から第二の状態に遷移する途中、具体的には、スイッチ回路32における有限の切替動作の期間(例えば、数um~数百um)のうち一部期間において第1ゲート電極17の電位がイオン透過電圧VTに達する(通過する)ことを利用して、当該一部期間にイオンを透過させる。第二の状態に遷移後(上流側電極15Aの電圧V1を超えた以降)は、再びイオンの遮断状態となるが、当該第二の状態は測定終了まで維持される。そして測定終了後(次回の測定開始前まで)に第1ゲート電極17の状態を再び第一の状態に切り替える。
【0052】
本実施形態によれば、
図3(B),同図(E)に示すように第1ゲート電極17の電位が変化する途中のイオン透過電圧VTとなる所定期間(以下、「透過時間」という。)でイオンを透過させた後に、
図4(C),同図(F)に示すように、測定対象の全てのイオンの測定終了のタイミング(タイミングt8)まで、第1ゲート電極17の電位がイオン透過電圧VT、および上流側電極15Aの電圧V1よりも高電位となる第二の状態を維持する。このため、例えば、第1ゲート電極17の電位がイオン透過電圧VTを超えて遮断状態となった場合であっても、第1ゲート電極17と第2ゲート電極15Bの間に滞留するイオンは分離部13に押し出すことができる。つまり、遮断状態となった後においては、第1ゲート電極17を超えたイオンが上流側への引き戻されることはなく、全て分離部13側に押し出すことができる。また、第1ゲート電極17の電位が上流側電極15Aの電位よりも高電位となることで、イオン化部11から新たにイオンが流入することを防ぐことができる。
【0053】
図5は、イオン移動度分析装置10について説明する図であり、第1ゲート電極17および第2ゲート電極15B付近の一部の構成と、装置内の電場(ポテンシャル)Eの状態を併記した概念図である。電場Eは電位の高低を概念的に示したものであり、図示の上方が高電位、図示の下方が低電位であることを示している。同図(A)~同図(C)は、上述した第1実施形態の方法によって第1ゲート電極17を制御する場合の一例を示し、同図(A)、同図(B)および同図(D)は第1実施形態との比較例として、従来の方法、すなわち所定のパルス幅のパルス電圧により第1ゲート電極17の制御を行う場合の一例を示す。
【0054】
同図(A)~同図(C)を参照して、本実施形態では第1ゲート電極17の電圧を、イオン透過電圧VTおよび第2ゲート電極(下流側電極)15Bの電圧V2のいずれよりも低い電位の第1のゲート電圧GV1(例えば、GND)から(同図(A))、上流側電極15Aの電圧V1より高い電位の第2ゲート電VG2に切り替え(同図(C))、その切り替え(遷移)の途中にイオン透過電圧VTを通過させる(同図(B))。
【0055】
同図(A)は第一の状態(遮断状態)を示す。第一の状態では各電極15においては電場Eは上流(図示左方)から下流(図示右方)に向かって下降する電位勾配となるが、第1ゲート電極17付近では、第2ゲート電極15Bの電位(ここでは電圧V2)より低い電位に落ち込んでいる。つまり遮断状態では、イオンA、イオンBのいずれも第1ゲート電極17によってそれらの移動が遮断され、その上流側に滞留している。
【0056】
そして第1ゲート電極17を第二の状態に切り替える途中で、第1ゲート電極17の電位がイオン透過電圧VTと同等になると、電場E全体が上流から下流に向かって下降する電位勾配となり、遮断されていたイオンA、イオンBがそれぞれの移動速度で移動を開始し第1ゲート電極17を通過する(同図(B))。
【0057】
そして第1ゲート電極VG1から第2ゲート電極VG2に切り替える(遷移させる)時間(立ち上がり時間)が経過し、第二の状態になると、同図(C)に示すように第1ゲート電極17は、イオン透過電圧VTおよび上流側電極15Aの電圧V1のいずれよりも高電位の電圧(第2ゲート電圧GV2、例えば3kV)となり、電場Eには第1ゲート電極17付近に高い電位障壁が発生する。そしてこの第二の状態は測定終了まで維持される。これにより第1ゲート電極17を通過し、第2ゲート電極15Bに未到達のイオン(例えばイオンB)が存在したとしても、測定終了までに第2ゲート電極15Bを透過させて全てのイオンを分離部13に押し出すことができる。第1実施形態では第一の状態も第二の状態も遮断状態であるが、同図(A)に示すように第一の状態は、第1ゲート電極17付近に、その周囲(上流側電極15Aおよび下流側電極15B付近)よりも低い電位の電位障壁が生じる遮断状態であり、同図(C)に示すように第二の状態は、第1ゲート電極17付近に、その周囲(上流側電極15Aおよび下流側電極15B付近)よりも高い電位の電位障壁が生じる遮断状態である。
【0058】
イオン移動度分析装置10は、それぞれに、検知部19における分解能およびピーク強度が最適になるようなイオンの測定量(最適測定量)が想定されており、ひいては第1ゲート電極17および第2ゲート電極15Bのイオンの透過量にも最適値が想定されている。本実施形態の場合、測定対象のイオン(イオンA,B)は、第1ゲート電極17を通過しさえすれば、その後第1ゲート電極17が遮断状態となった場合にそれより下流のイオンを高い電位障壁によって分離部13に押し出すことができ(同図(C))、検知部19での測定が可能となる。
【0059】
イオン量(透過量)は、イオン濃度、イオンの移動速度および移動(透過)時間の積で決まる。ここでは一例として時間に着目した最適値で説明すると、本実施形態ではイオンA,イオンBのいずれも最適な(必要十分な)透過量で第1ゲート電極17を透過するように、第1ゲート電極17の開放期間の最適値(例えば、50μsなど)が決定される。具体的には、例えば第1ゲート電極17に接続する抵抗の抵抗値を適宜選択するなどにより、第1ゲート電極VG1から第2ゲート電極VG2に切り替え(遷移させる)時間(立ち上がり時間)を制御して、開放期間が最適値(例えば、50μsなど)になるよう設定される。第1ゲート電極17の上流側で遮断され、滞留していたイオン(同図(A))は第1ゲート電極17の開放により一斉にこれを透過する(同図(B))。そしてこの最適値の期間、第1ゲート電極17の開放が維持される。設定される開放期間(最適値)は第1ゲート電極17の立ち上がり途中の僅かな期間であるが、イオンA,イオンBは測定前に第1ゲート電極17の上流側に滞留しており、開放直後は移動速度に大差はなく第1ゲート電極17を通過する。つまり、移動速度によらず、開放期間の最適値を特定の値(一意の値)に設定することができる。したがって、イオンA、イオンBの複数種のイオンを測定する場合であっても、これらの移動速度によらず、それぞれについて測定に最適な(必要十分な)分解能と強度を得ることができる。
【0060】
これに対し、比較例の場合、第1ゲート電極17は例えば、第2ゲート電極15Bより低電位の第1ゲート電圧VG1と、イオン透過電圧VTとの間で切り替るよう、第1ゲート電極17に印加される所定のパルス幅のパルス電圧を繰り返し入力することで制御される。具体的にはパルス電圧が「L」の場合は第1ゲート電圧GV1が印加されて遮断状態となり(同図(A))、パルス電圧が「H」の場合はイオン透過電圧VTが印加されて透過状態となり、再びパルス電圧が「L」になると遮断状態に戻る(同図(D))。そして、同図(D)の状態では第1ゲート電極17の電位が第2ゲート電極15Bの電位より低くなるため、両者の間に存在しているイオン(例えば、移動速度の遅いイオンB)は分離部13に移動できず、第1ゲート電極17側に引き戻されてしまう。このようなイオンの引き戻しが生じると、少なくとも一部(ある種の)イオンについては検知部19で想定されたイオン量が到達せず、強度が低下する問題となる。つまり比較例の場合、第1ゲート電極17を開放状態とした後に、イオンが第1ゲート電極17を透過するだけでなく第2ゲート電極15Bを透過するまでの期間、当該第1ゲート電極17を開放状態にするようパルス幅を設定する必要がある。つまり第1ゲート電極17の開放時間の最適値が上記と同様50μsであったとしても、実際には各イオンが第2ゲート電極15Bから排出されるまでは第1ゲート電極17を遮断できず、開放時間(パルス幅)の最適値は、それぞれのイオン毎の移動速度(第1ゲート電極17の開放から第2ゲート電極15Bに到達するまでの時間)によって異なってしまう。このため、複数種のイオンを同時に測定する場合にその調整(パルス幅の調整)が大変困難となり、一部のイオンについては分解能や強度の低下を甘受せざるを得ず、誤差が大きくなる問題がある。
【0061】
本実施形態によれば、イオンの移動速度によらず、装置の能力に応じて最適な分解能と強度が得られるイオン量を検知部19に到達させることができる。つまり比較例に示すようなパルス幅によって調整する方法と比較して、分解能と検知される強度の低下を回避できる。また、検知されるイオンの量、および同時に検知可能なイオンの種類を増加させることができ、正確な検知が可能となる。
【0062】
また、パルス電圧を「H」にした後は測定終了までその状態を維持する(1回の測定中に複数回のパルス電圧の印加を行わない)ため、従来問題となっていたパルス電圧の立下りにおけるノイズの影響を受けることがなくなる。また、立下りの速度も考慮しなくてよいため、単一のスイッチ素子からなるスイッチ回路32での切替制御が可能となる。具体的には、従来では、測定に影響を与えるため、パルス電圧が速い立下りとなる回路が必要となり、回路構成も複雑であった。しかしながら本実施形態によれば、パルス電圧の切替において立下りの速度を考慮する必要がない。つまり
図2に示すように、パルス電圧が「H」から「L」に切り替わった場合に、第1ゲート電極17は、ゲート抵抗36を介してゆっくりと放電する構成であっても、測定に影響を与えることがないため、回路構成を簡素化でき、ひいては装置の抵抗スト化が実現できる。
【0063】
また、下流側電極15Bについて、規制部Mを有する構造(第2ゲート電極)とすることで、遮断状態においてイオンを確実に遮断することができる。しかしながら、下流側電極15Bは、他の電極15と同様、円環状の枠体のみの構成であっても、透過状態および送出状態における機能(動作)は上述の実施形態と同様であり、同様の効果が得らえる。
【0064】
図6は、第1実施形態の回路構成(
図2)の他の例を示す図である。スイッチ回路32は、単一のスイッチ素子からなる構成に限らず、2個のスイッチ素子32A,32Bからなるスイッチ回路32でもよい。スイッチ素子32Aは、第1ゲート電極17を高電圧電源(3kV)23Aに接続/遮断する素子であり、スイッチ素子32Bは、第1ゲート電極17を低電圧電源(1.0kV)23Bに接続/遮断する素子である。なお、この例では、高電圧電源23Aは、分圧手段の電源23Aと共用している。
【0065】
スイッチ回路32にパルス電圧「L」が印加されると、スイッチ回路32においてスイッチ素子32Aが、第1ゲート電極17を高電圧電源23Aから遮断するとともに、スイッチ素子32Bが、第1ゲート電極17を低電圧電源23Bに接続する。また、スイッチ回路32にパルス電圧「H」が印加されると、スイッチ回路32においてスイッチ素子32Aが、第1ゲート電極17を高電圧電源23Aに接続するとともに、スイッチ素子32Bが、第1ゲート電極17を低電圧電源23Bから遮断する。
【0066】
このように、第1実施形態によれば、イオンの測定前はゲート電極(第1ゲート電極)17をイオン透過電圧VTよりも低い電圧に維持することで、イオン化部11からゲート電極17に向かって下降する電位勾配によってこれらの間にイオンを存在させることができる。つまりイオン化部11とゲート電極17との間が枯渇領域となることを回避し、ゲート電極17の上流側(ごく近傍)にイオンを滞留させることができる。これにより、ゲート電極17の開放時には(速度の異なる)イオンを一斉に移動開始させることができる。一方、イオンの測定中はゲート電極17の電圧をイオン透過電圧VTからそれより高い電圧まで遷移させて高い電圧の状態を維持する。これによりゲート電極17を透過したイオンは、上流側に引き戻されることなく、分離部13に押し出されて移動する。またこの制御において、下流側電極(第2ゲート電極)15Bは定電圧が印加されている。つまりゲート電極(第1ゲート電極)17のみの制御で実現できるため、単一のスイッチ回路32で構成でき、回路構成の簡素化、制御の簡素化、ひいては装置の低コスト化が実現する。
【0067】
<第2実施形態>
図7から
図12を参照して本発明の第2実施形態について説明する。
図7は、イオン移動度分析装置10の制御部21において、主に複数の電極15とゲート電極17に電圧を印加する制御を行う部分を抜き出して示す回路概要図である。なお電圧値や抵抗値は一例である。
【0068】
第2実施形態では、第一の状態におけるゲート電極17の電位は、上流側電極15Aの電位と下流側電極15Bの電位の間の電位であるが、イオンを透過可能な電位とするものである。第二の状態におけるゲート電極17の電位は、第1実施形態と同様、イオンを透過可能な電位よりも高電位である。そしてパルス電圧が「L(Low)」の場合は、第一の状態であり、パルス電圧が「H(High)」に切り替わると第二の状態に切り替わる。つまり、パルス電圧が「L」の第一の状態ではゲート電極17に、イオン透過電圧VTである第1ゲート電圧GV1が印加され、第二の状態ではゲート電極17に、イオン透過電圧VTより高い第2ゲート電圧GV2が印加される。イオン透過電圧は、この例では1.5kvとする。
【0069】
第二実施形態ではパルス電圧が「L」の場合には常時、イオンの透過状態となり、パルス電圧が「L」から「H」に切り替わるとイオンが遮断状態となる。
【0070】
図7を参照して、第2実施形態の場合、例えば、2個のスイッチ素子32A,32Bからなるスイッチ回路32を有し、スイッチ素子32Aは、第1ゲート電極17を高電圧電源(3kV)23Aに接続/遮断する素子であり、スイッチ素子32Bは、第1ゲート電極17を低電圧電源(1.5kV)23Bに接続/遮断する素子である。なお、この例では、高電圧電源23Aは、分圧手段の電源23Aと共用している。
【0071】
スイッチ回路32にパルス電圧「L」が印加されると、スイッチ回路32においてスイッチ素子32Aが、第1ゲート電極17を高電圧電源23Aから遮断するとともに、スイッチ素子32Bが、第1ゲート電極17を低電圧電源23Bに接続する。また、スイッチ回路32にパルス電圧「H」が印加されると、スイッチ回路32においてスイッチ素子32Aが、第1ゲート電極17を高電圧電源23Aに接続するとともに、スイッチ素子32Bが、第1ゲート電極17を低電圧電源23Bから遮断する。
【0072】
つまり、第1ゲート電極17には、スイッチ回路32により、1.5kvおよび3kvの電圧が選択的に印加される。つまり、パルス電圧が「L」の場合、第1ゲート電極17には第1ゲート電圧GV1として1.5kvが印加され(第一の状態)、パルス電圧が「H」の場合、第1ゲート電極17には第2ゲート電圧GV2として3kvが印加される(第二の状態)。
【0073】
図8および
図9は、制御部21による第1ゲート電圧17の制御の一例を示す概要図である。
図8(A)~
図8(C)および
図9(A)、同図(B)が二種のイオンA,Bの移動の状態を模式的に示す概要図であり、
図8(D)~
図8(F)が同図(A)~同図(C)に、
図9(C),同図(D)が同図(A),同図(B)に対応する、第1ゲート電極17の電圧波形を示す概要図である。
図8および
図9において、上流側電極15Aの電位は電圧V1(例えば、1.8kV)、第2ゲート電極(下流側電極)15Bの電位は電圧V2(例えば、1.2kv)、第1ゲート電極17の電位は、第1ゲート電圧GV1(例えば、1.5kV)と第2ゲート電圧GV2(例えば、3kV)である。また、イオン透過電圧は電圧VT(例えば、1.5kV)である。
【0074】
図8(A)、同図(D)は、第1ゲート電極17が第一の状態にあるタイミング(例えば、同図(D)のタイミングt11)を示している。制御部21は、イオン検知(測定)に先立ち、スイッチ回路32に「L」のパルス電圧(パルス信号)を印加する。例えば、測定開始時には第1ゲート電極17を第一の状態とする。
これによりスイッチ回路32は第1ゲート電極17と高電圧電源23Aの接続を遮断し、第1ゲート電極17と低電圧電源23Bとを接続する。これによりゲート電極17の電位は、第1ゲート電圧GV1(1.5kv)に達する。つまり、スイッチ回路32に「L」のパルス電圧(パルス信号)が印加されると、第1ゲート電極17には、第1ゲート電圧GV1が印加される(第一の状態となる)。第1ゲート電圧GV1は、イオン透過電圧(例えば、1.5kv)と同等の電位の電圧である。つまり第2実施形態では、第一の状態は同図(A)に示すようにイオンの透過状態であり、第一の状態の期間中(第一の状態の全期間において)、イオンは同図(B)に示すように第1ゲート電極17および第2ゲート電極15Bを透過して、分離部13に移動する。また検知部19には定常的に全イオン(イオンA、イオンB)が到達している。
【0075】
図8(B)、同図(E)は第1ゲート電極17が第一の状態から第二の状態に遷移するタイミングを示している。制御部21は、イオン検出を開始する際、スイッチ回路32に「H」のパルス電圧(パルス信号)を印加する(同図(E)のタイミングt12)。これにより、スイッチ回路32は第1ゲート電極17と低電圧電源23Bの接続を遮断し、第1ゲート電極17と高電圧電源23Aとを接続する。第1ゲート電極17には、イオン透過電圧(例えば、1.5kv)より高い電位の電圧である第2ゲート電圧GV2(3kv)が印加される。つまり、第二の状態はイオンの遮断状態である。検知部19は、このタイミングt12から全イオンの検知(測定)を開始する。
【0076】
第1ゲート電極17と第2ゲート電極15Bの間には、常時(第一の状態であっても第二の状態であっても)第1ゲート電極17から第2ゲート電極15Bに向かって下降する電位勾配が生じている。また、第1ゲート電極17の電位がイオン透過電圧VTを超えて以降はそれよりも高電位、さらには上流側電極15Aの電圧V1よりも高電位の状態が測定終了まで維持される。このため、第1ゲート電極17を通過したイオンは全て分離部13に押し出すことができる。また第1ゲート電極17の電位が上流側電極15Aの電位よりも高電位となることで、イオン化部11から新たにイオンが流入することを防ぐことができる。
【0077】
図8(C)、同図(F)は、第1ゲート電極17が第二の状態に遷移した後の状態を示す。このタイミングは、イオンAの移動が終了したタイミング(例えば、同図(F)のタイミングt13)を示している。なお、説明の便宜上同図(C)の検知部19付近にイオンAを図示している。
【0078】
検知部19は、第二の状態に切り替わるタイミングt12(
図8(B))で検知(測定)を開始し、イオンの到達がなくなるまで測定を継続する。つまりイオンA,Bに移動速度の差がある場合、測定開始直後は、イオンA,Bが検知されるが、移動速度が速いイオンAが先にその移動を終了し(同図(F)のタイミングt13)、その後は移動速度が遅いイオンBのみが検知される。
【0079】
図9(A)、同図(C)は、イオンBの移動が終了するタイミングを示し、
図9(B),同図(D)は全てのイオンの移動が終了した後の状態を示している。
図8(C)以降単独で検知されていたイオンBは、同図(C)に示すタイミングt14でその移動を終了し(説明の便宜上同図(A)の検知部19付近にイオンBを図示している。)、同図(D)に示すタイミングt15において全てのイオンの移動が終了する(検知部19に到達するイオンが無くなる)と測定が終了する。
【0080】
制御部21は、検知(測定)終了後(タイミングt15以降)は、再びスイッチ回路32に「L」のパルス電圧(パルス信号)を印加し、スイッチ回路32の切替(高電圧電源23Aとの切断、および低電圧電源23Bとの接続)により第1ゲート電極17に第1ゲート電圧GV1(1.5kv)を印加し(第一の状態とし)、次回の測定に備える(
図8(A)、同図(D)参照)。
【0081】
このように第2実施形態では、第1ゲート電極17の状態を、イオン透過電圧VTと同等の電位となる第1ゲート電圧GV1を印加する第一の状態(透過状態)からイオン透過電圧VT、および上流側電極15Aの電圧V1よりも高電位となる第2ゲート電圧GV2を印加する第二の状態(遮断状態)に切り替える。そして当該第二の状態は測定終了まで維持される。測定終了とは、測定開始(第二の状態への切替タイミング)から十分時間が経過し、検知部19においていずれのイオンも検出されなくなった状態である。そして測定終了後(次回の測定開始前まで)に第1ゲート電極17の状態を再び第一の状態に切り替える。
【0082】
検知部19は、第一の状態(透過状態)から第二の状態(遮断状態)に切り替えたタイミング(
図8(E)に示すタイミングt12)を開始時点とし、当該開始時点から十分時間が経過し、いずれのイオンも検出されない状態となるまで(例えば、
図9(D)に示すタイミングt15)、イオンの測定(検知)を継続する。つまり
図8(B)に示すように、第1ゲート電極17を遮断後に、当該第1ゲート電極17より下流に存在するすべてのイオンが移動し(
図8(C),
図9(C))、最も移動速度が遅いイオン(ここではイオンB)が全て移動した状態(
図9(B))で、測定を終了する。そして測定終了までの時間によって、イオンの移動速度とその量(強度)を検出する。
【0083】
図10は、第2実施形態のイオン移動度分析装置10について説明する図であり、第1ゲート電極17および第2ゲート電極15B付近の一部の構成と、装置内の電場(ポテンシャル)Eの状態を併記した概念図である。電場Eは電位の高低を概念的に示したものであり、図示の上方が高電位、図示の下方が低電位であることを示している。
【0084】
第2実施形態では、同図(A)に示す第一の状態において第1ゲート電極17の電位は、イオン透過電圧VTと同等の電圧(第1ゲート電圧GV1)であり、電場Eは全体として上流(図示左方)から下流(図示右方)に向かって下降する電位勾配となる。つまり、測定対象の全てのイオンは分離部13をそれぞれの移動速度で移動しており、いずれも検知部19に到達している。
【0085】
そして、第二の状態において第1ゲート電極17の電位を上流側電極15Aの電圧V1より高い電位の第2ゲート電VG2に切り替えると、電場Eには第1ゲート電極17付近にその周囲(上流側電極15A,下流側電極15B付近)の電位より高い電位障壁が発生する。そしてこの状態(第二の状態)は測定終了まで維持される。第1ゲート電極17ではイオンの透過が遮断されるが、それより下流では下降する電位勾配により全てのイオンが移動を継続し、検知部19に順次到達する(同図(B))。
【0086】
検知部19では測定開始時からイオンが到達している。第2実施形態では、第1ゲート電極17を遮断状態にしたタイミングで検知部19の検知(測定)を開始し、その後全てのイオンが検知されなくなるまで、検知(測定)を継続する。第1ゲート電極17の下流においては、移動速度が速いイオンほど検知部19へイオンが到達しなくなるまでの時間が短く、移動速度が遅いイオンほど検知部19へイオンが到達しなくなるまでの時間が長くなる(同図(C))。
【0087】
このように第2実施形態の測定方法は、分離部13を水路、イオンを水路に流れる水に例えて説明すると、一定の長さの水路(分離部13)に常時、水(イオン)を流している状態(透過状態)で、水路の入り口(第1ゲート電極17)で水をせき止めたタイミング(
図8(E)に示すタイミングt12)をスタートとして、出口(検知部19)から水が出てこなくなるまでに掛かる時間を測定すると、水の流れる速度がわかる、といえる。また合わせて入り口をせき止めてから水がなくなるまでの流量を検出する、と言える。
【0088】
図11は、第2実施形態の場合の検知部19におけるイオンの検知方法の一例を具体的に示す概要図である。同図(A)は、イオンAとイオンBの信号出力[V]を縦軸とし、到達時間[ms]を横軸として測定結果を示す一例であり、同図(B)は同図(A)の信号出力を時間微分し、微分値を縦軸に示した概要図であり、同図(C)は、同図(A)において単位時間毎に検出された信号出力[V]とその回数の関係を示すヒストグラムである。なお、同図(B)および同図(C)の詳細は
図12を参照して後述するが、同図(C)は同図(A)に対応するよう、グラフを回転させて表示している。また同図(D)は、第1ゲート電極17の状態(第一の状態(透過状態)と第二の状態(遮断状態))を示すタイミングチャートである。
図11(A)、同図(B)、同図(C)におけるタイミングt12が、第1ゲート電極17が第一の状態(透過状態)から第二の状態(遮断状態)に切り替わるタイミングである。なお、各図における数値は、一例である。また、同図の例では測定対象中のイオンはイオンA,イオンBの2種であり、イオンAは、イオンBより移動速度が速いイオンであるとする。
【0089】
本実施形態では、定常的にイオンを分離部13に移動させ、第1ゲート電極17を遮断状態とした後から、分離部13を移動する全てのイオンが無くなる(透過を完了する)まで、全てのイオンを継続的に測定(積算)する。すなわち、同図(A)に示すように、タイミングt12において第1ゲート電極17の電圧を第1ゲート電圧GV1から第2ゲート電圧GV2に切り替え、検知部19において測定を開始すると、或る第一の期間(一例として、到達時間6ms~17ms付近まで)は、それまで定常的に分離部13を移動していた全てのイオン(イオンA,イオンB)が並列的に検知部19において検知される(
図8(B),
図8(C)参照)。つまり、第一の期間中の信号出力(第一の信号出力;例えば約0.7V)は、イオンAの信号強度とイオンBの信号強度が合算された値である。なお、タイミングt12(到達時間5ms~6ms付近)は、パルス電圧の切替ノイズである。
【0090】
そして移動速度が速いイオンAが分離部13を移動し終わる(第一の期間が終了する)と、或る第二の期間(一例として、到達時間17ms~22ms付近まで)では、分離部13にはイオンBのみが存在し、検知部19においてはイオンBのみが検出される(
図8(C)、
図9(A)参照)。つまり、第一の期間が終了すると、信号出力が低下し(第二の信号出力となり)、その第二の期間中の信号出力(第二の信号出力;例えば約0.5V)は、イオンBのみの信号強度を示す値となる。
【0091】
移動速度が遅いイオンBも分離部13を移動し終わった(第二の期間が終了した)あとの或る第三の期間(一例として、到達時間22ms以降)では、信号出力がさらに低下し(第三の信号出力となり)、全てのイオンの測定が終了する。
【0092】
なお、実際の測定では、含まれるイオンの数も不明である場合が多いため、測定の終了は、例えば、信号出力が所定の値まで低下し、その期間が所定時間続いた場合に、分離部13の全ての移動が完了したと判断する。
【0093】
なお、
図11(A)においては、一例として2種のイオンを測定する場合を示しており、第三の信号出力によってイオンの測定終了を検出している。しかし、検知(測定)するイオンの種類が多い場合には、信号出力の段階がさらに増加する(第四の信号出力、第五の信号出力…が存在する)場合がある。全てのイオンの測定終了は、予め、イオン源を切るなどして測定した、イオンの無供給状態における信号出力に基づき決定する。実際の測定時には、測定対象の移動速度は計算、実験で予想できるため、検知に十分な時間をとって一定時間(例えば、数十ミリ秒など)で測定終了とする。
【0094】
同図(A)に示す結果から、イオンAの到達時間は、約11(=16-5)ms、信号強度は、約0.2(=0.7-0.5)Vと測定される。また、イオンBの到達時間は、約5(=22-17)ms、信号強度は、約0.4(=0.5-0.1)Vと測定される。
このように、複数のイオンの到達時間の差分と、信号出力の差分とから、それぞれのイオンの移動速度と、その量(信号強度)を検知することができる。
【0095】
図11(A)に示す測定値に基づき、検知結果を同図(B)に示すように微分スペクトルとして取得してもよい。詳細は、
図12(A)を参照して説明する。
【0096】
図12(A)は、
図11(A)の結果から信号出力の時間微分(微分強度)を求めて平滑化処理を行い、到達時間[s]を横軸に、信号出力[V]と微分強度を縦軸にプロットして信号強度と微分強度を重ね合わせた2軸グラフである。なお、理想的にはパルス波形で1本の線で表されるような離散的なスペクトルになるが、実際にはイオンが移動中に拡散するため(他の要因もあり)ガウス分布様のピークとなる。
【0097】
このように信号出力の時間微分を求めることで、イオンA、イオンBのそれぞれについて、到達時間における信号強度(微分強度)をスペクトルとして得ることができる。
【0098】
また、
図11(A)に示す測定値に基づき、検知結果を
図11(C)に示すようにヒストグラムとして取得してもよい。詳細は、
図12(B)を参照して説明する。
【0099】
図12(B)は、
図11(A)の結果から、横軸に所定時間毎(例えば、0.4μs毎)に測定された信号出力[V]、縦軸にその回数をとり、各信号出力の度数を示したヒストグラムである。そして、
図12(B)のグラフの信号出力が、
図11(A)の信号出力と対応するように
図12(B)を回転させ(縦軸と横軸を入れ替えて)表示したグラフが
図11(C)であり、これに基づき、イオンAの信号強度とイオンBの信号強度を求めることができる。また、
図11(C)に示すヒストグラムのピーク電圧の間の電圧(例えば0.4Vおよび0.6V)を
図11(A)のチャートが横切る点を求めることで、それぞれのイオンの到達時間(例えば、イオンBで約22ms(0.4Vの場合)、イオンAで約17ms(0.6Vの場合)など)を求めることができる。
【0100】
このように第2実施形態によれば、定常的に全てのイオンを分離部13に移動させ(第一の状態、透過状態)、ゲート電極(第1ゲート電極17)を遮断(第二の状態、遮断状態)としてから、分離部13の全てのイオンが移動を完了するまで(検知部19に到達するイオンが無くなるまで)の期間、当該遮断状態を維持し、その期間の全てのイオンを継続的に測定する。また遮断状態では、第1ゲート電極17の電位がイオン透過電圧VT、および上流側電極15Aの電圧V1よりも高電位に維持する。このため、例えば、第1ゲート電極17の電位がイオン透過電圧VTを超えて遮断状態となった場合であっても、第1ゲート電極17と第2ゲート電極15Bの間に滞留するイオンは分離部13に押し出すことができる。つまり、第1ゲート電極17を超えたイオンについては上流側への引き戻しはなく、全て分離部13側に押し出すことができる。また、第1ゲート電極17の電位が上流側電極15Aの電位よりも高電位となることで、イオン化部11から新たにイオンが流入することを防ぐことができる。
【0101】
また、イオンの透過時間を従来よりも大幅に長くすることができ、イオン透過量を増加させることができる。またパルス電圧は測定終了まで「H」の状態が継続するため、第1実施形態と同様に、ピーク幅が広がることによる分解能の低下を回避できる。また、パルス電圧の立下りによる問題を回避できる。すなわち、分解能を落とすことなく、検知されるイオンの量、および同時に検知可能なイオンの種類を増加させることができ、正確な検知が可能となる。
【0102】
本実施形態の回路構成は一例であり、上述の構成に限らない。第1実施形態の場合、第1ゲート電極17の電圧を、イオン透過電圧VTおよび下流側電極15Bのいずれよりも低い電位の第1ゲート電圧GV1と上流側電極15Aの電位より高い第2ゲート電圧GV2に切り替え可能な構成であればよい。
【0103】
また、第2実施形態の場合、第1ゲート電極17の電圧を、イオン透過電圧VTと同等の電位の第1ゲート電圧GV1と上流側電極15Aの電位より高い第2ゲート電圧GV2に切り替え可能な構成であればよい。例えば、
図2と同様にスイッチ回路32は、1個のスイッチ素子から構成されてもよく、その場合、電流の逆流による電圧降下を防止するダイオードを設けるとよい。
【0104】
また、上述した本実施形態では、ゲート電極(第1ゲート電極)17は、一枚の金属板にメッシュまたはスリットを形成した規制部Mを有し、上流側電極15A、第1ゲート電極17および下流側電極(第2ゲート電極)15Bは、等間隔で互いに離間して配置する場合を例示した。
【0105】
しかしこれに限らず、ゲート電極(第1ゲート電極)17は、複数(例えば二枚)の金属板にそれぞれメッシュまたはスリットを形成した規制部Mを有し、当該複数の規制部M(複数の金属板)を他の電極15との間隔よりも近接させて配置した構成としてもよい。複数の規制部Mのパターンは同じであってもよいし、異なってもよい。具体的には、ゲート電極(第1ゲート電極)17を構成する2枚の規制部Mのパターンは、メッシュ同士、メッシュとスリット、スリット同士などの組み合わせから選択でき、スリット同士の組み合わせの場合は、スリットの方向が異なり(例えば互いに90度の方向にスリットが入り)両者を合わせてメッシュ状になるように規制部Mを配置してもよいし、スリットの方向が同じ方向に揃うように規制部Mを配置してもよい。また、二枚の第1ゲート電極17のスリットの方向が同一方向に揃えるように規制部Mを配置するとともに、両者が同一平面または同一平面とみなせるほど距離を近接させて配置し、Bradbury-Nielsenシャッター構造にしてもよい。
【0106】
さらにまた、第1ゲート電極17と第2ゲート電極(下流側電極)15Bの距離を、他の電極15の距離よりも近接させて配置してもよい。また、絶縁体(例えば絶縁シート)などを両者の間に挟み、第1ゲート電極17と第2ゲート電極(下流側電極)15Bを一体的に構成してもよい。この場合の第2ゲート電極15Bは、上述の実施形態と同様に円環状の電極であってもよいし、規制部Mを有する電極であってもよい。規制部Mのパターンは上記と同様である。また、この場合の第1ゲート電極17は1枚の金属板(規制部Mを有する)から構成されてもよいし、複数の金属版(それぞれ規制部Mを有する)から構成されてもよい。規制部Mのパターンは上記と同様である。さらにこの場合、第2ゲート電極15Bの下流側は、他の電極(円環状の電極)15の一つが設けられる。第2ゲート電極15Bと下流の他の電極15の距離は、他の電極15同士間の距離と同等である。また、第2ゲート電極15Bの下流の電極は規制部Mを有する電極としてもよい。
【0107】
以上、上述の実施形態では、可搬型のイオン移動度分析装置10を例に説明したが、可搬型でなくてもよい。
【0108】
尚、本発明は、上記した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0109】
10 イオン移動度分析装置
11 イオン化手段(イオン化部)
13 分離手段(分離部)
15A 上流側電極
15B 下流側電極(第2ゲート電極)
17 ゲート電極(第1ゲート電極)
19 検知手段(検知部)
21 制御手段(制御部)
23 電源
25 分圧手段
27 針電極
28 針電極用電源
31 パルス発生回路
32 切替手段(スイッチ回路)
32A スイッチ素子
32A,32B スイッチ素子
33 増幅器
35 スイッチ用電源
36 ゲート抵抗