(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-14
(45)【発行日】2024-06-24
(54)【発明の名称】面発光レーザ素子及び面発光レーザ素子の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01S 5/183 20060101AFI20240617BHJP
H01S 5/343 20060101ALI20240617BHJP
【FI】
H01S5/183
H01S5/343 610
(21)【出願番号】P 2019226780
(22)【出願日】2019-12-16
【審査請求日】2022-11-02
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「高輝度・高効率次世代レーザー技術開発/次々世代加工に向けた新規光源・要素技術開発/フォトニック結晶レーザーの短パルス化・短波長化」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002303
【氏名又は名称】スタンレー電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】野田 進
(72)【発明者】
【氏名】小泉 朋朗
(72)【発明者】
【氏名】江本 渓
【審査官】百瀬 正之
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-114663(JP,A)
【文献】国際公開第2011/013363(WO,A1)
【文献】特開2008-010539(JP,A)
【文献】特開2007-234835(JP,A)
【文献】特開2007-067182(JP,A)
【文献】国際公開第2019/235535(WO,A1)
【文献】特開2013-135001(JP,A)
【文献】特開2013-135013(JP,A)
【文献】国際公開第2019/124312(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0053879(US,A1)
【文献】YOSHIMOTO Susumu, et al.,GaN Photonic-Crystal Surface-Emitting Laser Operating at Blue-Violet Wavelengths,Laser and Electro-Optics Society (LEOS) 2008,2008年11月,21st Annual Meeting of the IEEE
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 5/00-5/50
H01L 33/00-33/64
H01L 21/302
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
MOVPE法によりGaN系半導体からなる面発光レーザ素子を製造する製造方法であって、
(a)基板上に{0001}面を成長面とする第1導電型の第1のクラッド層を成長する工程と、
(b)前記第1のクラッド層上に前記第1導電型のガイド層を成長する工程と、
(c)前記ガイド層の表面に、エッチングにより前記ガイド層に平行な面内において2次元的な周期性を有して配されたホールを形成する工程と、
(d)塩素系ガス及びアルゴンガスを用いたICP-RIE(Inductive Coupled Plasma - Reactive Ion Etching)により前記ガイド層をエッチングする工程と、
(e)窒素源を含むガスを供給し、III族原料ガスを供給すること無くマストランスポートを行った後、III族原料ガスの供給による成長を行って、前記ホールの開口部を塞ぐ第1の埋込層を形成してフォトニック結晶層を形成する工程と、
(f)前記第1の埋込層上に、活性層と、前記第1導電型の反対導電型である第2導電型の第2のクラッド層とをこの順で成長する工程と、を有し、
前記(d)工程は、前記ICP-RIEにおける、引き込み電圧、及び塩素系ガス及びアルゴンガスの比率と、前記フォトニック結晶層に埋め込まれた空孔の径分布との関係について既に取得されたデータを参照して、前記データに基づいて前記引き込み電圧、及び前記塩素系ガス及びアルゴンガスの比率を前記ICP-RIEに適用する工程を含む製造方法。
【請求項2】
前記工程(d)において、前記空孔の径分布が、各々の標準偏差(σ)が1nm以下であって各々の3σ範囲が互いに重ならないように分離した2つの単峰分布のみからなる双峰性分布であり、空孔平均径が大なる単峰分布の空孔が全空孔中に占める割合が80%以上であるように
、前記引き込み電圧、及び前記塩素系ガス及びアルゴンガスの比率が選択されている請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記工程(d)において、前記ガイド層内の前記空孔の径分布には、複数の分離した単峰分布が生じ、前記単峰分布のう
ち空孔平均径が最も大きな単峰分布の空孔
が全空孔中に占める割合が85%以上であるように、前記引き込み電圧、及び前記塩素系ガス及びアルゴンガスの比率が選択されている請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記工程(d)において、前記空孔の径分布が、標準偏差(σ)が1nm以下である単峰分布が1つのみであり、前記単峰分布の空孔が全空孔中に占める割合が95%以上であるように
、前記引き込み電圧、及び前記塩素系ガス及びアルゴンガスの比率が選択されている請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
前記工程(e)において、III族原料ガスを供給すること無く前記基板を850℃~950℃の温度範囲内の温度に昇温して前記マストランスポートを行い、前記ガイド層の表面に{10-11}ファセットを選択的に成長させつつ前記ホールの開口部を塞ぐ前記第1の埋込層を形成する請求項
1に記載の製造方法。
【請求項6】
前記ガイド層はGaN層であり、
前記工程(e)において、前記開口部を塞ぐ前記第1の埋込層を形成の後に、Inを組成に含む第2の埋込層を形成する請求項1ないし5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記第2の埋込層はInGaN層であり、In組成は1~4%の範囲内である請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
GaN系半導体からなる面発光レーザ素子であって、
第1導電型の第1のクラッド層と、
前記第1のクラッド層上に形成され、層に平行な面内において2次元的な周期性を有して配された空孔を有するフォトニック結晶層と、前記フォトニック結晶層上に形成されて前記空孔を閉塞する第1の埋込層と、を有する第1のガイド層と、
前記第1の埋込層上に結晶成長された第2の埋込層と、
前記第2の埋込層上に形成された活性層と、
前記活性層上に形成された、前記第1導電型と反対導電型の第2導電型の第2のクラッド層と、を有し、
前記フォトニック結晶層の前記空孔の径分布は、各々の標準偏差(σ)が1nm以下であって各々の3σ範囲が互いに重ならないように互いに分離した2つの単峰分布からなる双峰性分布であり、空孔平均径が大なる単峰分布の空孔が全空孔中に占める割合が80%以上である面発光レーザ素子。
【請求項9】
前記空孔平均径が大なる単峰分布の空孔が全空孔中に占める割合が95%以上である請求項8に記載の面発光レーザ素子。
【請求項10】
前記空孔の径分布が、標準偏差(σ)が1nm以下である単峰分布が1つのみであり、前記単峰分布の空孔が全空孔中に占める割合が95%以上である請求項8に記載の面発光レーザ素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、面発光レーザ素子及びその製造方法、特にフォトニック結晶面発光レーザ素子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、フォトニック結晶(PC:Photonic-Crystal)を用いた、フォトニック結晶面発光レーザ(Photonic-Crystal Surface-Emitting Laser)の開発が進められており、例えば、特許文献1には、融着貼り付けを行なわずに製造することを目的とした半導体レーザ素子について開示されている。また、特許文献2には、フォトニック結晶の微細構造をGaN系半導体に作製する製造法が開示されている。
【0003】
また、非特許文献1には、GaN系半導体の空孔PC構造の製造プロセス及びフォトニック結晶面発光レーザ(PC-SEL)の製造プロセスについて開示されている。
【0004】
非特許文献2には、減圧成長により横方向成長の速度を高め、フォトニック結晶を作製することが開示されている。また、非特許文献3には、フォトニック結晶レーザの面内回折効果と閾値利得差について開示され、非特許文献4には、正方格子フォトニック結晶レーザの三次元結合波モデルについて開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5082447号公報
【文献】特許第4818464号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Hideki Matsubara al et al.: Science Vol. 319, pp. 445-447 (25 Jan 2008)
【文献】H. Miyake et al. : Jpn. J. Appl. Phys. Vol.38(1999) pp.L1000-L1002
【文献】田中他、2016年秋季応用物理学会予稿集15p-B4-20
【文献】Y. Lian et al.:Phys. Rev.B Vol.84(2011)195119
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
フォトニック結晶面発光レーザにおいて、フォトニック結晶層を形成するためには、表面に形成した空孔を再成長により埋め込む必要がある。従来技術においては、埋め込まれる空孔サイズ、形状にばらつきが発生するという問題があった。例えば、非特許文献1に記載のように、空孔の底部に成長阻止のためのSiO2を堆積した方法では、空孔底面のSiO2被覆サイズの不均一が空孔サイズの不均一の原因となる。
【0008】
フォトニック結晶面発光レーザにおいて、フォトニック結晶を構成する空孔のサイズに不均一が生じると、局所的に屈折率分布の周期性が乱れるため、光の散乱が発生し光損失となる。すなわち、フォトニック結晶面発光レーザにおいて共振器損失の増大につながり、発振閾値電流密度が著しく増加してしまうという問題があった。
【0009】
本発明は上記した点に鑑みてなされたものであり、空孔サイズが極めて高い均一性を有するフォトニック結晶を備えたフォトニック結晶面発光レーザ及びその製造方法を提供することを目的としている。
【0010】
また、フォトニック結晶層を構成する空孔のサイズ、形状バラツキを抑制するし、フォトニック結晶層における散乱損失を小さくすることができ、従って、低閾値電流密度で発振動作することができるフォトニック結晶面発光レーザ及びその製造方法を提供することを目的としている。
【0011】
また、フォトニック結晶層上に成長された活性層の品質及び結晶性が高く、低閾値電流密度で発振動作することができるフォトニック結晶面発光レーザ及びその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の1実施態様による面発光レーザ素子の製造方法は、MOVPE法によりGaN系半導体からなる面発光レーザ素子を製造する製造方法であって、
(a)基板上に{0001}面を成長面とする第1導電型の第1のクラッド層を成長する工程と、
(b)前記第1のクラッド層上に前記第1導電型のガイド層を成長する工程と、
(c)前記ガイド層の表面に、エッチングにより前記ガイド層に平行な面内において2次元的な周期性を有して配されたホールを形成する工程と、
(d)塩素系ガス及びアルゴンガスを用いたICP-RIE(Inductive Coupled Plasma - Reactive Ion Etching)により前記ガイド層をエッチングする工程と、
(e)窒素源を含むガスを供給し、III族原料ガスを供給すること無くマストランスポートを行った後、III族原料ガスの供給による成長を行って、前記ホールの開口部を塞ぐ第1の埋込層を形成してフォトニック結晶層を形成する工程と、
(f)前記第1の埋込層上に、活性層と、前記第1導電型の反対導電型である第2導電型の第2のクラッド層とをこの順で成長する工程と、を有し、
前記(d)工程は、前記ICP-RIEにおける、引き込み電圧、及び塩素系ガス及びアルゴンガスの比率と、前記フォトニック結晶層に埋め込まれた空孔の径分布との関係について既に取得されたデータを参照して、前記データに基づいて前記引き込み電圧、及び前記塩素系ガス及びアルゴンガスの比率を前記ICP-RIEに適用する工程を含む。
【0013】
本発明の他の実施態様による面発光レーザ素子は、GaN系半導体からなる面発光レーザ素子であって、
第1導電型の第1のクラッド層と、
前記第1のクラッド層上に形成され、層に平行な面内において2次元的な周期性を有して配された空孔を有するフォトニック結晶層と、前記フォトニック結晶層上に形成されて前記空孔を閉塞する第1の埋込層と、を有する第1のガイド層と、
前記第1の埋込層上に結晶成長された第2の埋込層と、
前記第2の埋込層上に形成された活性層と、
前記活性層上に形成された、前記第1導電型と反対導電型の第2導電型の第2のクラッド層と、を有し、
前記フォトニック結晶層の前記空孔の径分布は、各々の標準偏差(σ)が1nm以下であって各々の3σ範囲が互いに重ならないように互いに分離した2つの単峰分布からなる双峰性分布であり、空孔平均径が大なる単峰分布の空孔が全空孔中に占める割合が80%以上である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1A】フォトニック結晶レーザ(PCSEL)10の構造の一例を模式的に示す断面図である。
【
図1B】
図1Aのフォトニック結晶層14P及びフォトニック結晶層14P中に配列された空孔(キャビティ)14Kを模式的に示す拡大断面図である。
【
図2A】フォトニック結晶レーザ(PCSEL)10の上面を模式的に示す平面図である。
【
図2B】フォトニック結晶層14Pのn-ガイド層14に平行な面(
図1B、A-A断面)における断面を模式的に示す断面図である。
【
図2C】フォトニック結晶レーザ(PCSEL)10の底面を模式的に示す平面図である。
【
図3A】実施例1の洗浄工程(S3c)後のGaN表面のSEM像である。
【
図3B】実施例1の洗浄工程(S3c)後のホールCHの断面SEM像である。
【
図5A】埋込層14Bを形成後の空孔(キャビティ)14Kを示す断面SEM像である。
【
図5B】
図5Aの断面SEM像において破線で囲んだ部分を拡大して模式的に示す図である。
【
図5C】大空孔14K1及び小空孔14K2の模式的な上面図である。
【
図5D】埋込層形成工程(S3d)のシーケンスを示すグラフである。
【
図6】埋込層形成工程(S3d)後、フォトニック結晶層14P中に2次元配列された空孔14Kの空孔径サイズの分布を示す図である。
【
図7】フォトニック結晶層14P内の空孔が
図6に示す2種類のサイズの空孔の分布を有する場合に、大空孔14K1の割合に対する散乱損失を算出した結果を示す図である。
【
図8】大空孔及び小空孔の分離した単峰分布の発生メカニズムを説明するための、空孔断面を示す断面SEM像である。
【
図9A】実施例2のTMAHによる洗浄工程後のn-GaN層表面部分の断面SEM像である。
【
図9B】TMAHによる洗浄後のn-GaN層表面のSEM像である。
【
図9C】TMAH洗浄前(破線)及びTMAH洗浄後(実線)のホールCHの上面を模式的に示す図である。
【
図10】ホールCHの径DCH(対角線の長さ)の分布を示す図である。
【
図11A】埋込層形成の後のn-GaN層表面部分の断面SEM像である。
【
図11B】TMAH洗浄前(破線)及びTMAH洗浄後(破線)のホールCHの上面を模式的に示す図である。
【
図11C】空孔14Kの分布を示すヒストグラムである。
【
図12A】KOHによる洗浄後の、n-GaN層表面部分の断面SEM像である。
【
図12B】KOHによる洗浄後の、n-GaN層表面のSEM像である。
【
図12C】KOH洗浄後のホールCHの径DCHの分布を示す図である。
【
図13】実施例3の基板の昇温シーケンス、原料供給を説明する図である。
【
図14】実施例3の埋込層14Bを形成後の空孔の分布を示す図である。
【
図15B】フォトニック結晶層(PC層)14Pの部分拡大断面SEM像である。
【
図16A】PCSEL10の電流密度と光出力の関係を示す図である。
【
図16B】PCSEL10の発振波長を示す図である。
【
図17】実施例4のPCSEL素子30の構造(第2のPCSEL構造)の一例を模式的に示す断面図である。
【
図18A】第1の埋込層14Bの表面モフォロジを示すAFM像である。
【
図19A】実施例4のPCSEL30の電流密度と光出力の関係を示す図である。
【
図19B】実施例4のPCSEL30の発振スペクトルを示す図である。
【
図20A】In組成に対する1次元光結合係数κ
1Dを示す図である。
【
図20B】In組成に対する2次元光結合係数κ
2Dを示す図である。
【
図21A】In組成に対する活性層の光閉じ込め係数Γactを示す図である。
【
図21B】In組成に対するフォトニック結晶層の光閉じ込め係数Γpcを示す図である。
【
図22】In組成に対する共振器損失α0を示す図である。
【
図23】閾値利得GsのInGaN層のIn組成依存性を示す図である。
【
図24】空孔充填率FFに対する1次元光結合係数κ
1Dを示す図である。
【
図25】空孔充填率FFに対する2次元光結合係数κ
2Dを示す図である。
【
図26】フォトニック結晶レーザ(PCSEL)40の構造の一例を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下においては、本発明の好適な実施形態について説明するが、これらを適宜改変し、組合せてもよい。また、以下の説明及び添付図面において、実質的に同一又は等価な部分には同一の参照符を付して説明する。
[フォトニック結晶面発光レーザの構造]
フォトニック結晶面発光レーザ(以下、PCSELとも称する。)は、発光素子を構成する半導体発光構造層(n-ガイド層、発光層、p-ガイド層)と平行方向に共振器層を有し、当該共振器層に直交する方向にコヒーレントな光を放射する素子である。
【0016】
一方、半導体発光構造層を挟む一対の共振器ミラー(ブラッグ反射鏡)を有する分布ブラッグ反射型(Distributed Bragg Reflector:DBR )レーザが知られているが、フォトニック結晶面発光レーザ(PCSEL)は、以下の点でDBRレーザとは異なっている。すなわち、フォトニック結晶面発光レーザ(PCSEL)では、フォトニック結晶層に平行な面内を伝搬する光波はフォトニック結晶の回折効果により回折され2次元的な共振モードを形成するとともに、当該平行面に垂直な方向にも回折される。すなわち、共振方向(PC層に平行な面内)に対して、光取り出し方向が垂直方向である。
【0017】
図1Aは、フォトニック結晶レーザ(PCSEL)10の構造(第1のPCSEL構造)の一例を模式的に示す断面図である。
図1Aに示すように、半導体構造層11が基板12上に形成されている。また、半導体構造層11は、六方晶系の窒化物半導体からなる。半導体構造層11は、例えば、GaN系半導体からなる。
【0018】
より詳細には、基板12上に半導体構造層11、すなわちn-クラッド層(第1導電型の第1のクラッド層)13、n-ガイド層(第1のガイド層)14、活性層15、p-ガイド層(第2のガイド層)16、電子障壁層(EBL:Electron Blocking Layer)17、p-クラッド層(第2導電型の第2のクラッド層)18、p-コンタクト層19がこの順で形成されている。なお、第1導電型がn型、第1導電型の反対導電型である第2導電型がp型の場合について説明するが、第1導電型及び第2導電型がそれぞれp型、n型であってもよい。
【0019】
n-ガイド層14は、下ガイド層14A、フォトニック結晶層(空孔層、またはPC層)14P及び埋込層14Bからなる。
【0020】
なお、本明細書において、「n-」、「p-」は「n側」、「p側」を意味するものであって、必ずしもn型、p型を有することを意味するものではない。例えば、n-ガイド層は活性層よりもn側に設けられたガイド層を意味し、アンドープ層(又はi層)であってもよい。
【0021】
また、n-クラッド層13は単一層ではなく複数の層から構成されていてもよく、その場合、全ての層がn層(nドープ層)である必要はなく、アンドープ層(i層)を含んでいてもよい。ガイド層16、p-クラッド層18についても同様である。また、上記した全ての半導体層を設ける必要はなく、n型半導体層、p型半導体層、及びこれらの層に挟まれた活性層(発光層)を有する構成であればよい。
【0022】
また、基板12の裏面にはn電極(カソード)20Aが形成され、p-コンタクト層19上(上面)にはp電極(アノード)20Bが形成されている。半導体構造層11の側面及び基板12の上部の側面は、SiO2などの絶縁膜21で被覆されている。また、p電極20Bの上面の縁部を覆うように、p電極20Bの側面及びpコンタクト層19の表面には絶縁膜21が被覆されている。
【0023】
フォトニック結晶層(PC層)14Pから直接放出された光(直接放出光Ld)と、フォトニック結晶層14Pから放出されp電極20Bによって反射された光(反射放出光Lr)とが基板12の裏面の光放出領域20Lから外部に放出される。
【0024】
図1Bは、
図1Aのフォトニック結晶層14P及びフォトニック結晶層14P中に配列された空孔(キャビティ)14Kを模式的に示す拡大断面図である。空孔14Kは、結晶成長面(半導体層成長面)、すなわちn-ガイド層14に平行な面(図中、A-A断面)において、例えば正方格子状に周期PCを有して、それぞれ正方格子点位置に2次元配列されてn-ガイド層14内に埋め込まれて形成されている。なお、空孔14Kの配列は正方格子状に限らず、三角格子状、六角格子状等の周期的な2次元配列であればよい。
【0025】
図2Aは、フォトニック結晶レーザ(PCSEL)10の上面を模式的に示す平面図、
図2Bは、フォトニック結晶層(PC層)14Pのn-ガイド層14に平行な面(
図1B、A-A断面)における断面を模式的に示す断面図、
図2Cは、フォトニック結晶レーザ(PCSEL)10の底面を模式的に示す平面図である。
【0026】
図2Bに示すように、フォトニック結晶層14Pにおいて空孔(キャビティ)14Kは、矩形の空孔形成領域14R内に周期的に配列されて設けられている。
図2Cに示すように、n電極(カソード)20Aは、フォトニック結晶層14Pに対して垂直方向から見たときに空孔形成領域14Rに重ならないように空孔形成領域14Rの外側に環状の電極として設けられている。n電極20Aの内側の領域が光放出領域20Lである。また、n電極20Aに電気的に接続され、外部からの給電用のワイヤを接続するボンディングパッド20Cを備えている。
【実施例1】
【0027】
1.フォトニック結晶レーザ(PCSEL)10の作製工程
以下に、PCSEL素子10の作製工程について詳細に説明する。結晶成長方法としてMOVPE(Metalorganic Vapor Phase Epitaxy)法を用い、常圧(大気圧)成長により成長基板12上に半導体構造層11を成長した。なお、以下に説明する工程でSnはステップnを意味する。
【0028】
また、下記に示す層厚、キャリア濃度、3族(III族)及び5族(V族)原料等、温度等は、特に指定しない限り、例示に過ぎない。
[S1:基板準備工程]
主面が、Ga原子が最表面に配列した{0001}面である+c面のGaN単結晶を用意した。主面はジャストでも、例えば、m軸方向に1°程度までオフセットした基板でも良い。例えば、m軸方向に1°程度までオフセットした基板は、広範な成長条件下にて鏡面成長を得ることができる。
【0029】
主面と対向する光放出領域20Lが設けられた基板面(裏面)は、N原子が最表面に配列した(000-1)面である「-c」面である。-c面は酸化等に対して耐性があるので光取り出し面として適している。
【0030】
本実施例では、GaN基板12として、n型GaN単結晶を用いた。n型GaN基板12nは、電極とのコンタクト層の機能を有している。
[S2:n-クラッド層形成工程]
+c面GaN基板12上に、n-クラッド層13としてAl組成が4%のn型AlGaN層を2μmの層厚で成長した。AlGaN層は1100℃に加熱されたGaN基板へ、3族原子の供給源としてトリメチルガリウム(TMG)及びトリメチルアルミニウム(TMA)を供給することにより成長した。
【0031】
キャリアのドーピングはシラン(SiH4)を上記原料と同時に供給することで行った。このときの、室温でのキャリア濃度は凡そ1×1018cm-3であった。
[S3a:下ガイド層+空孔準備層の形成工程]
続いて、TMGを供給し、n-ガイド層14としてn型GaNを250nmの層厚で成長した。キャリアのドーピングは、AlGaN層と同様にシラン(SiH4)を同時に供給した。この時のキャリア濃度は凡そ1×1018cm-3であった。この成長層は、下ガイド層14Aに加えてフォトニック結晶層14Pを形成するための準備層である。
【0032】
なお、以下においては、説明の簡便さ及び理解の容易さのため、このような成長層が形成された基板12(成長層付き基板)を、単に基板と称する場合がある。
[S3b:空孔(ホール)形成工程]
上記準備層を形成後、基板をMOVPE装置のチャンバより取り出し、成長層表面に微細な空孔(ホール)を形成した。洗浄により清浄表面を得た後、シリコン窒化膜(SiNx)をプラズマCVDを用いて成膜した。この上に電子線描画用レジストをスピンコートで塗布し、電子描画装置に入れて2次元周期構造のパターニングを行った。
【0033】
ここでは、直径が100nm の円形状のドットを周期PC=164nmで正方格子状にレジストの面内で2次元配列したパターニングを行った。パターニングしたレジストを現像後、ICP-RIE(Inductive Coupled Plasma - Reactive Ion Etching)装置によってSiNx膜を選択的にドライエッチングした。これにより周期164nmで正方格子状に配列された円柱状の開口がSiNx膜を貫通するように形成された。
【0034】
なお、周期(空孔間隔)PCは、発光波長(λ)を410nm、GaNの屈折率(n)を2.5とし、PC=λ/n=164nmとして算出した。
【0035】
続いて、レジストを除去し、パターニングしたSiN
x膜をハードマスクとしてGaN表面に空孔を形成した。ICP-RIE装置にて塩素系ガス及びアルゴンガスを用いてGaNをドライエッチングすることにより、GaN表面部に円柱状の空孔又は孔部(ホール)CHを形成した。なお、本工程において、GaN表面部に掘られた空孔をフォトニック結晶層14Pにおける空孔(キャビティ)と区別するため、以下において「孔部(ホール)」と称する。
[S3c:洗浄工程]
ホールCHを形成した基板は、脱脂洗浄を行った後、バッファードフッ酸(HF)にてSiN
x膜を除去した。このときのGaN表面のSEM(Scanning Electron Microscope)像を
図3Aに、また、当該表面部に形成されたホールCHの断面SEM像を
図3Bに示す。
【0036】
図3Aの表面SEM像に示すように、正方格子状に、すなわち正方格子点上に2次元的に、ホールCH間の間隔(周期)PCが164nmで配列された複数のホールCHが形成された。ホールCHは上面で開口する孔部又は穴であり、略円柱形状を有していた。また、
図3Bの断面SEM像に示すように、GaN層に形成されたホールCHの深さは約170nmであった。
【0037】
図4に、ホールCHの直径の度数分布図を示す。ホールCHの直径は約84-90nmに分布していた。当該分布を正規分布(図中、破線で示す)でフィッティングすると平均値(Ave)が86.6nm、標準偏差(σ)が0.92nmであった。
[S3d:埋込層形成工程]
この基板を、再度MOVPE装置のリアクタ内に導入し、NH
3を供給して1100℃まで昇温後、TMG及びNH
3を供給してホールCHを閉塞し、埋込層14Bを形成した。このように形成された空孔(キャビティ)14Kを
図5Aの断面SEM像に示す。
【0038】
このとき、大小2種類のサイズの空孔(キャビティ)14K1,14K2が形成された(なお、以下において、空孔14K1,14K2を区別しない場合には、空孔14Kとして説明する。)。
図5Bは、
図5Aの断面SEM像において破線で囲んだ部分を拡大して模式的に示す図であり、大きな空孔14K1及び小さな空孔14K2について示している。また、
図5Cは、当該大空孔14K1及び当該小空孔14K2の模式的な上面図である。
【0039】
図5Dは、埋込層形成工程(S3d)のシーケンスを示すグラフである。MOVPE装置内において、III族原料(TMG)を供給すること無く、窒素源としてNH
3を供給しながら昇温し、基板を室温(RT)から1100℃まで加熱し、マストランスポートによってホールCHの開口部にネック形成(ネッキング)をした(
図5D、時刻t1~t2)。なお、雰囲気ガスとして窒素(N
2)を供給した。また、時刻t2においてIII族原料(TMG)を供給し、結晶成長によりホールCHを閉塞しつつ埋込層14Bを形成した。
【0040】
ここでホールCHの閉塞には、c軸方向の結晶成長が支配的な成長モード(縦方向成長モード)を採用した。これは、空孔(キャビティ)を残しホールCHの開口部を閉塞するためである。例えば、TMG及びNH3以外の水素と窒素からなる雰囲気ガスの窒素割合を高くすることで、c軸方向の結晶成長を支配的にできる。一方、m軸方向の結晶成長が支配的な成長(ラテラルオーバーグロース)を採用すると、ホールCHの内部まで埋設されて空孔が消失、又は空孔の大きさが縮小して埋込後の空孔(キャビティ)の均一性が低下するからである。
【0041】
図5B,
図5Cに示すように、当該大空孔14K1及び当該小空孔14K2は、内側面が{10-10}ファセットからなり、それぞれ孔径DK1,DK2が略60nm,40nm、深さHK1,HK2が略120nm,80nmの六角柱構造の空孔(キャビティ)であった。また、空孔14K1及び14K2の活性層15側の面(上面)には(000-1)面が、基板12側の底部は{1-102}ファセットが現れた。また、n-ガイド層14の上部には、大空孔14K1の上面がなす平面からn-ガイド層14の表面に至る埋込層14Bが形成された。
[S4:発光層形成工程]
続いて発光層である活性層15として、多重井戸(MQW)層を成長した。MQWのバリア層及び井戸層はそれぞれGaN及びInGaNであった。バリア層の成長は、基板を820℃まで降温後、3族原子の供給源としてトリエチルガリウム(TEG)を、窒素源としてNH
3を供給して行った。また、井戸層の成長はバリア層と同じ温度にて、3族原子の供給源としてTEG及びトリメチルインジウム(TMI)を、窒素源としてNH
3を供給して行った。本実施例における活性層からのPL(Photoluminescence)発光の中心波長は412nmであった。
[S5:p-ガイド層形成工程]
活性層の成長後、基板を1050℃に昇温し、p-ガイド層16としてGaNを110nmの層厚で成長した。p-ガイド層16はドーパントをドープせずに、TMG、NH
3を供給して成長した。
[S6:電子障壁層形成工程]
p-ガイド層16の成長後、基板温度を1050℃で維持したまま、電子障壁層(EBL)17を成長した。EBL17の成長は、3族原子源としてTMG及びTMAを、窒素源としてNH
3を供給して行った。またp-ドーパントとしてCp2Mgを供給した。以上により、Al組成が18%、層厚が15nmのEBL17を形成した。
[S7:p-クラッド層形成工程]
電子障壁層(EBL)17の成長後、基板温度を1050℃で維持したまま、p-クラッド層18を成長した。p-クラッド層18は、3族原子源としてTMG及びTMAを、窒素源としてNH
3を供給して成長を行った。またp-ドーパントとしてCp2Mgを供給した。以上により、Al組成が6%、層厚が600nmのp-クラッド層18を形成した。なお、成長後のN
2雰囲気中で850℃、10分間のアクチベーションをしたときの、p-クラッド層(p-AlGaN)18のキャリア濃度は2×10
17 cm
-3であった。
[S8:p-コンタクト層形成工程]
p-クラッド層18を成長後、基板温度を1050℃で維持したままp-コンタクト層19を成長した。p-コンタクト層19の成長は、3族原子源としてTMGを、窒素源としてNH
3を供給して行った。またドーパントとしてCp2Mgを供給した。
[S9:電極形成工程]
エピタキシャル成長層の形成が完了した成長層付き基板を研磨装置で所定の厚さまで薄くする。その後、p-コンタクト層19側に素子分離溝以外が覆われたマスクを形成し、n-クラッド層13又は基板12が露出するまでエッチングした。その後、マスクを除去して素子分離溝を形成した。
[S10:電極形成工程]
(アノード電極形成)
エピタキシャル成長基板12の表面にp電極20Bとしてパラジウム(Pd)膜及び金(Au)膜を電子ビーム蒸着法によりこの順に成膜した。成膜した電極金属膜をフォトリソグラフィを用いて200×200μm
2にパターニングし、p電極20Bを形成した。
(カソード電極形成)
続いて、基板12の裏面にTi、Auを順に電子ビーム蒸着法により成膜してn電極20Aを形成した。
[S11:保護膜形成工程]
電極形成を終了した基板下面を支持基板に貼り付け、アノード電極を覆うマスクを形成する。その後、スパッタリングにて素子の上面と側面に保護膜であるSiO
2膜を形成した。
[S12:個片化工程]
最後に、基板分離溝の中央線に沿ってレーザースクライブして、個片化したPCSEL素子(以下、PCSEL素子又は単にPCSELと称する)10を得た。
2.空孔サイズ及び散乱損失
[空孔サイズ]
図6に、埋込層形成工程(S3d)後において、フォトニック結晶層14P中に2次元配列されて形成された空孔(キャビティ)14Kの空孔径サイズの度数分布を示す。上記したように、空孔(キャビティ)14Kは、{10-10}面であるm面に囲まれた六角柱状を有するが、本明細書において、空孔14Kの空孔径サイズは、当該六角形に外接する円の直径を指す(
図5Cを参照)。
【0042】
図6に示すように、空孔14Kの空孔径の分布は、標準偏差(σ)が1nm以下である大空孔(第1の空孔)14K1及び小空孔(第2の空孔)14K2の分布を2つのみ有し、当該2つの分布は離散又は分離していた。
【0043】
本明細書において、分布全体の中で互いに分離した分布のそれぞれを単峰分布と称する。例えば、分布全体が双峰性分布の場合、2つの峰の各々の分布を単峰分布と称する。また、本明細書において、「分離」した単峰分布とは、標準偏差をσとしたとき、各々の3σ範囲(±3σ)が互いに重ならないように、空孔径の分布全体の中で分離した複数の単峰分布をいう。また、単峰分布は、正規分布でフィッティングしたとき、3σ範囲内の累積度数が全体の2%以上の分布であることが好適である。
【0044】
より詳細には、大空孔(第1の空孔)14K1の径DK1は54~64nm、高さ又は深さ(HK1)は120nmであり、大空孔14K1の単峰分布(第1の単峰分布)を正規分布(図中、破線で示す)でフィッティングすると平均径(AV1)が60.1nm、標準偏差(σl)が1.04nmであった。また、小空孔(第2の空孔)14K2の径DK2は40~42nm、高さ又は深さ(HK2)は80nmであり、小空孔14K2の単峰分布(第2の単峰分布)を正規分布(図中、破線で示す)でフィッティングすると平均径(AV2)が40.4nm、標準偏差(σ2)が0.56nmであった。また、大空孔14K1の度数分布(ND)は全体の80%以上の比率であった。なお、空孔サイズは「S3d:埋込層形成工程」後と「S8:pコンタクト層形成工程」後で同じであった。
【0045】
図4に示すように、埋め込み前の孔部(ホール)CHの分布は、標準偏差(σb)が1nm以下の1つの分布からなっていたが、
図6に示すように、埋め込まれて形成された空孔14Kの分布は、大空孔14K1の単峰分布SD1の標準偏差(σ1)が1.04nmであり、小空孔14K2の単峰分布SD2の標準偏差(σ2)が0.56nmであり、σb>σ2、σb≒σl の関係であった。
【0046】
空孔14K1,14K2の各単峰分布の標準偏差(σ1,σ2)は、埋め込み前のホールCHの径の標準偏差(σb)で決まる。すなわち、埋込層14Bを形成後の空孔径の標準偏差(σ1,σ2)は、ホールCHの形成精度に依存する。
【0047】
本実施例の各空孔径の単峰分布SD1,SD2の標準偏差(σ1,σ2)は1nm以下である。この値は、空孔14Kが形成されたGaN層における共振波長(=空気中の波長/屈折率=410/2.5)164nmに対して1/100以下であり、光の散乱損失になるものではない。
【0048】
次に、空孔層14Pの空孔の周期PCと空孔面積の関係について説明する。
【0049】
空孔層14Pの平面と直交した方向から見た空孔面積を空孔の周期PCの2乗で割った値の百分率を空孔充填率FF(フィリングファクタ)と言い、FFと結合波理論により求めた1次元結合係数κ
1Dとの関係を
図24に、2次元結合係数κ
2Dとの関係を
図25に示す。
【0050】
フォトニック結晶レーザにおいて、共振器長が200μm程度である場合における1次元結合係数κ
1Dは、FFが1%~数%まで増加し、それ以上で減少する(
図24)。また2次元結合係数κ
2Dは、FFの増加に従い増加する(
図25)。
【0051】
以上の関係からFFは、1次元結合係数κ1Dが1%の値を下回らない300cm-1以上が好ましく、2次元結合係数κ2Dが大きい値を有する5%~16%の間が好適な範囲となる。
【0052】
本実施例の小空孔14K2のFFは3.9%(=1060nm
2/26896nm
2)であり、大空孔14K1のFFは8.7%(=2364nm
2/26896nm
2)であるので、大空孔14K1が支配的であることが望ましい。なお、後述するように、本明細書において「支配的」であるとは、当該空孔が全空孔中に占める割合が95%以上であることを言う。
[空孔と活性層の距離]
図5Bに示すように、活性層15から小空孔14K2の頂部を含む面への距離(S2)は、活性層15から大空孔14K1の頂部を含む面への距離(S1)よりも大きい。また大空孔14K1及び小空孔14K2の成長用基板側の底部を含む面は、発光層から同一の距離にあった。
【0053】
活性層15から空孔14Kまでの距離が近いほど、活性層15で発生した光とフォトニック結晶層14Pのフォトニックバンドの相互作用が強くなるので発振効率を向上できる。従って、活性層15からの距離が近い空孔(大空孔14K1)が支配的であるほど発振効率を向上できる。また成長用基板12側の空孔底部が同一面にあることで、空孔層内での光散乱損失を低減でき発振効率を向上できる。
[大小の空孔と散乱損失]
フォトニック結晶面発光レーザのフォトニック結晶層(空孔層)14Pの空孔が
図6に示すように2種類のサイズの分離した分布(すなわち、分離した2つの単峰分布)の空孔からなる場合、結合波理論によって散乱損失を見積もることができる。
【0054】
図7は、PCSEL構造素子のフォトニック結晶層14P内の空孔が
図6に示す2種類のサイズの空孔の単峰分布を有する場合に、大空孔14K1の割合に対する散乱損失を算出した結果を示している。ランダム関数を用いて、大小の2つのサイズの空孔の混在配置パターンを作成し、空孔が周期的に2次元配列していることを仮定し計算を行った。この結果から、少なくともフォトニック結晶層14Pを構成する空孔のサイズを2種類にすることで、光の散乱損失は大きくとも15cm
-1程度までに抑えることができることが分かった。
【0055】
すなわち、空孔径の標準偏差(σ)が1nmより大きい場合、また空孔径の単峰分布が多数(3つ以上)ある場合、光の散乱損失は複合的に増大する。これに対して、空孔径の標準偏差(σ)が1nm以下である単峰分布が2つ以下の場合、光の散乱損失の極大値は決まる。また、一方の空孔が支配的になれば、光の散乱損失は低減される。また、空孔径が大きいほど空孔充填率が高くなり、フォトニック結晶層14Pの面内における共振効果が大きくなって、高次モードが抑制されて単一モードで発振し易くなる。
【0056】
図7から分かるように、特に、フォトニック結晶層14P内の空孔が2種類のサイズの空孔(14K1,14K2)の単峰分布を有する場合、一方のサイズの空孔が全空孔中に占める割合が80%以上であるとき、光の散乱損失は大きく低減される。
【0057】
特に、空孔14Kの径分布が、標準偏差(σ)が1nm以下である互いに分離した単峰分布を2つのみ有し、空孔平均径が大なる単峰分布の空孔が全空孔中に占める割合が95%以上であることが好ましい。具体的には散乱損失を2cm-1に低減できる。
【0058】
なお、本明細書において、一方のサイズの空孔(例えば、14K1)の数は、当該単峰分布(SD1)の標準偏差をσとしたとき、当該単峰分布(SD1)の3σ範囲(±3σ)内に含まれる空孔の数をいう。
【0059】
さらに、空孔径の標準偏差(σ)が1nm以下である単峰分布が3つ以上の場合であっても、そのうち累積度数(単峰分布の度数の合計)の大きな順から2つの単峰分布の空孔の合計が全空孔中に占める割合が95%以上であり、最大の空孔平均径を有する単峰分布の空孔数が全空孔中に占める割合が85%以上であるとき、光の散乱損失は大きく低減されることが分かった。
[大空孔及び小空孔の分離した分布の発生メカニズム]
大空孔及び小空孔の双峰性分布(分離した単峰分布からなる分布)がなぜ発生するかについて、そのメカニズムについて検討を行った。
図8は、埋込層形成温度の1100℃まで昇温(昇温速度:100℃/min)した直後(埋込層成長直前)の空孔断面を示すSEM像である。この状態においては、1100℃まで昇温したホールCHの開口部ではマストランスポートが発生し、熱的に安定なファセット面が形成されるためである。この段階において開口部が広いホールCHと、狭いホールCHの2種類が形成されている。また、開口が広いホールCHはネック径も広く、これに対して開口が狭いホールCHはネック径も狭い。
【0060】
この状態で埋込層の結晶成長が開始されると、原料ガスより供給されたGa原子により、上記のファセット面に沿って成長が進む。このとき開口部が狭いホールCHはより速い時間で閉塞されるため、開口が狭いホールCH内部にはGa原子は僅かしか入らない。一方、開口部が広いホールCHは閉塞されるのに時間を要するため、開口が広いホールCH内部には多くのGa原子が供給されることになり空孔(キャビティ)14Kが細くなる。よって、開口が広いホールCHが小空孔14K2になり、開口が狭いホールCHが大空孔14K1になる。
【0061】
この原因は、ステップS3b(空孔形成工程)の段階で全てのホールCH周辺に等しく導入されたエッチングダメージ領域によるものである。
【0062】
エッチングダメージ領域の結晶は、昇温区間t1~t2(マストランスポート区間)において、一部のホールCHで再配列を起こす。具体的に言えば、再配列を起こしたホールCHは開口が広いホールCHとなり、再配列を起こさなかったホールCHは開口が狭いホールCHとなるので2極化する。
【0063】
ここで、ダメージ領域の結晶の再配列は、成長温度(区間t2以降、成長区間)が高いほど発生割合が高く(温度1100℃)、成長温度が低いほど発生割合は抑制される。さらに再配列臨界温度以下(900℃程度以下)では発生しなくなる(実施例3にて詳細は説明する)。
[小空孔の大きさ調整]
空孔形成工程(ステップ:S3b)で説明したように、ICP-RIE装置にて塩素系ガス及びアルゴンガスを用いてGaNをドライエッチングすることにより、GaN表面に円柱状のホールを形成し、当該ホールCHを閉塞し(S3d:埋込層形成工程)、空孔14Kを形成した。
【0064】
上記した大空孔及び小空孔の分離した分布の発生メカニズムに基づいて、当該分離分布を調整できることが分かった。より詳細には、ICP-RIE装置によりドライエッチングを行う際の、装置のバイアス電圧(引き込み電圧)及び塩素系ガス及びアルゴンガスの比率を調整することによって小空孔14K2の空孔径を調整できることが分かった。
【0065】
従って、ICP-RIEにおける、引き込み電圧、及び塩素系ガス及びアルゴンガスの比率と、フォトニック結晶層14P内に埋め込まれた空孔14Kの径の分布との関係についてのデータを予め取得しておく。そして当該分布についてのデータに基づいて、所望の大空孔及び小空孔の分離分布が得られる引き込み電圧、及び塩素系ガス及びアルゴンガスの比率を選択し、空孔形成工程(ステップ:S3b)のICP-RIEプロセスに適用することによって、小空孔14K2の大きさを調整できる。
[変形例]
上記したフォトニック結晶レーザ(PCSEL)10の変形例であるフォトニック結晶レーザ(PCSEL)40の構造を
図26に示す。すなわち、フォトニック結晶レーザ(PCSEL)10においては、フォトニック結晶層(PC層)を活性層15よりも基板12側に配置した場合()について説明したが、活性層15をフォトニック結晶層よりも基板12側に配置してもよい。
【0066】
より具体的には、n-ガイド層(第1のガイド層)14上に活性層15が形成され、活性層15上のp-ガイド層(第2のガイド層)16中にフォトニック結晶層が形成されている。
【0067】
すなわち、p-ガイド層16は下ガイド層16A、フォトニック結晶層(空孔層またはPC層)16P及び埋込層16Bからなる。そして、p-ガイド層16上に電子障壁層(EBL層)17、p-クラッド層18、p-コンタクト層19がこの順で形成されている。
【0068】
なお、各半導体層が、単一層ではなく複数の層から構成されていてもよく、その場合、全ての層がドープ層である必要はなく、アンドープ層(i層)を含んでいてもよい点は上記したPCSEL10の場合と同様である。また、上記した全ての半導体層を設ける必要はない点も上記したPCSEL10の場合と同様である。
【0069】
フォトニック結晶層(PC層)16Pから直接放出された光(直接放出光Ld)と、フォトニック結晶層16Pから放出されp電極20Bによって反射された光(反射放出光Lr)とがフォトニック結晶層16Pから放出された光Ld、Lrを透光する基板12の裏面の光放出領域20L(
図2Cを参照)から外部に放出される。
[フォトニック結晶レーザ(PCSEL)40の作製工程]
PCSEL40の作製工程は、PCSEL10の場合と同様である。ただし、PCSEL40の作製工程においては、ステップS3a(下ガイド層+空孔準備層の形成工程)においてはステップS3b(ホール形成工程)、ステップS3c(洗浄工程)、ステップS3d(埋込層形成工)の3つのステップは実施しない。代わりにPCSEL40の作製工程においては、この3つステップS3a、S3c、S3dをS5(p-ガイド層形成工程)の後に続けて実施する。
【実施例2】
【0070】
空孔の分離分布の他の調整方法について、以下に詳細に説明する。なお、上記した実施例1と異なる点について説明する。
【0071】
具体的には、上記ステップS3c(洗浄工程)において、SiNx膜を除去後、水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)を1%程度含む半導体洗浄液(フルウチ化学:SemicoClean23)に10分間浸漬し、その後水洗した。
【0072】
TMAHによる洗浄後のn-GaN層表面部分の断面SEM像及び当該表面のSEM像をそれぞれ
図9A及び
図9Bに示す。なお、
図9Aは、
図9Bに示すW-W線に沿った断面であり、各SEM像の右上に部分拡大SEM像を示している。また、
図9Cは、TMAH洗浄前(破線)及びTMAH洗浄後(実線)のホールCHの上面を模式的に示す図である。
【0073】
また、
図10に、ホールCHの径DCH(対角線の長さ)の分布を示す。TMAH洗浄後のホールCHは、{10-10}面に囲まれた六角柱状を有し、径DCH=86~90nm、深さが170nmであった。また、単一の分布を示し、平均径が87.9nm、標準偏差(σ)0.85nmであった。
【0074】
TMAH洗浄を行った後、ステップS3d(埋込層形成工程)を実施した。なお、埋込層形成は、実施例1の場合と同じ方法により行った。埋め込み層形成の後のn-GaN層表面部分の断面SEM像を
図11Aに示す。
図11Bは、TMAH洗浄前(破線)及びTMAH洗浄後(破線)のホールCHの上面を模式的に示す図である。また、
図11Cは、空孔14Kの分布を示すヒストグラムである。
【0075】
図11Bに示すように、TMAH洗浄後に埋め込まれた後の空孔、すなわちフォトニック結晶層14P中に形成された空孔14Kは、{10-10}面であるm面に囲まれた六角柱状の大空孔14K1であり、
図11A及び
図11Cに示すように、径DK1が52~58nm、深さが120nmであり、平均径(AV1)が55.3nm、標準偏差(σ1)が0.90nmの単一の分布を有していた。すなわち、標準偏差が1nm以下である単峰分布は1つのみ(すなわち、単峰性分布)であった。
【0076】
なお、本明細書において、説明及び理解の容易さのため、フォトニック結晶層14P中に形成された空孔14Kの空孔径が単峰性分布である場合、単一分布の空孔又は単一サイズの空孔という。
【0077】
空孔14K1の標準偏差(σ1)は、埋め込み前のホールCHの標準偏差0.85nmに対して0.90nmであり、空孔14K1の標準偏差(σ1)は埋め込み前のホールCHの標準偏差で決まることが分かった。また、空孔充填率FFは(3×31/2/8×DK2)/PC2=1986nm2/26896nm2=7.4%であり、5%~16%の好ましい範囲内であった。
【0078】
また、フォトニック結晶層14P中に形成された空孔14Kが単一サイズの空孔14K1であるため、活性層15と空孔14Kの頂面を含む平面との距離及び活性層15と空孔14Kの基板側の頂部を含む面との距離はともに一定となり、活性層15で発生した光と空孔層のフォトニックバンドの相互作用を強くでき高い共振効果を得ることができる。
【0079】
以上、TMAH水溶液を用いた場合について説明したが、TMAH水溶液の代わりに水酸化カリウム(KOH)水溶液を用いてもよい。
図12A及び
図12Bは、KOHによる洗浄後の、n-GaN層表面部分の断面SEM像及び当該表面のSEM像である。KOH水溶液も、GaN結晶の{0001}面及び{10-10}面に対して選択エッチング性を有している。
【0080】
TMAH水溶液の場合と同様に、KOH洗浄後のホールCHは、{10-10}面に囲まれた六角柱状を有し、径DCH=84~90nm、深さが170nmであった。また、
図12Cに示すように、単一の分布(単峰性分布)を示し、平均径が87.0nm、標準偏差(σ)が0.90nmであった。
【0081】
KOH洗浄後の埋め込まれた後の空孔もm面に囲まれた六角柱状の大空孔14K1であり、標準偏差(σ1)が1.0nm以下の単一分布の空孔14K1を有するフォトニック結晶層14Pが得られる。
【0082】
特に、フォトニック結晶層14P内に形成された空孔の径分布が、標準偏差(σ)が1nm以下である単峰分布を1つのみ有し、前記単峰分布の空孔が全空孔中に占める割合が95%以上であることが好ましい。
【0083】
以上で述べたように、GaN結晶の{0001}面及び{10-10}面に対してエッチング選択性のある塩基性の洗浄溶液(エッチャント)ならば、TMAH(etramethylammonium hydroxide)以外に、TEAH(tetraethylammonium hydroxide)、EDTA(ethylenediaminetetraacetic )などの有機塩基を用いることができる。また、KOH(potassium hydroxide)以外のLiOH(lithium hydroxide)、NaOH(sodium hydroxide)などのアルカリ金属の水酸化物でも良い。
【0084】
上記した洗浄溶液によって選択性エッチングを行うことでダメージ層が除去され、昇温直後の空孔には1種類のファセット面のみが形成される。
【0085】
本実施例において、埋込層成長前にホールCHの側面は{10-10}面であるm面からなるファセットであるので、埋め込み層形成時の昇温過程において空孔表面原子の再配列が起きないため、広い開口と狭い開口の形成が抑制されるため、埋込層形成後に形成される空孔は単一の大きさとなる。
【実施例3】
【0086】
実施例3は、ステップS3d(埋め込み層形成工程)における基板の昇温温度が900℃である点で、上記実施例と異なる。より詳細には、
図13のシーケンスに示すように、本実施例3では、埋め込み層形成工程(S3d)において、III族原料ガスを供給すること無く、NH
3を供給しつつ基板を室温(RT)から900℃(時刻t1~t2)まで昇温し(昇温速度:100℃/min)、時刻t2においてIII族原料(TMG)をさらに供給し、ホールCHを埋め込む埋込層14Bを形成した。
【0087】
エッチングダメージ領域の結晶の再配列は、時刻t2における温度が950℃以下では再配列臨界温度以下となるので、t1~t2の昇温中においては開口の狭いホールCH(ネッキング部)のみが形成される。そして時刻t2以後においてIII族原料(TMG)の供給による結晶成長にて、ホール開口部は閉塞する。
【0088】
従って、埋込層14Bを形成後の空孔は、表面エネルギーが小さくなるようなダングリングボンド密度の小さなファセット面、すなわち{10-10}面に囲まれた六角柱状を有する空孔14K1であり、
図14に示すように、空孔径は単一の分布(すなわち、単峰分布)を呈した。具体的には、空孔14K1の径DK1が62~68nm、深さが100nmであり、平均径(AV1)が65.1nm、標準偏差(σ1)が0.91nmの単一の分布を有していた。
【0089】
本実施例においては、空孔径が単峰分布の空孔14Kが形成される。既に説明したように、大空孔及び小空孔の分離した複数の単峰分布が発生するメカニズムは、ホールCH周辺に導入されたエッチングダメージ領域の結晶の再配列が発生するためである。
【0090】
本実施例においては、埋込層の成長温度を900℃まで低温化することで、空孔形成工程(ステップS3b)により形成された円柱状のホールCHの開口周囲のエッチングダメージ領域の結晶再配列を抑制したからである。形成されるファセット面は、この低い温度において{10-11}面からなる六角形に再配列した結晶面が支配的となることによる。
【0091】
空孔径の分布が単一(均一)であるフォトニック結晶層を得る上で、この埋め込み層形成工程における成長温度は、800℃~1000℃であることが好ましいが、850℃~950℃であることがさらに好ましい。
【0092】
なお、実施例1と同様に、空孔径の標準偏差は、埋め込み前の空孔径の標準偏差(σb)で決まる。具体的には空孔14K1の径の標準偏差(σl)は1nm以下であった。 また、共振波長に対する空孔径比は、0.40(=65.1/164)であり、0.3~0.6の好ましい範囲内であった。また、空孔径DK1は実施例1~実施例3の内で最大(65nm)となる。
【0093】
なお、実施例2の洗浄溶液(選択性エッチャント)によってダメージ層を除去する工程を併用しても良い。
[PCSEL素子の発光特性]
実施例3により埋込層14Bを形成した後、ステップS4~S12の工程を実施し、PCSEL10を得た。
図15A及び
図15Bは、それぞれPCSEL10の断面SEM像及びフォトニック結晶層(PC層)14Pの拡大断面SEM像である。
【0094】
図15Aに示すように、フォトニック結晶層(PC層)14Pが形成されたn-ガイド層14上に、順に活性層15、p-ガイド層16、EBL17、p-クラッド層18、p-コンタクト層19からなる半導体層11A(
図15A参照)が形成されている。
【0095】
また、
図15Bに示すように、フォトニック結晶層(PC層)14Pの空孔14K1は、深さ(高さ)HK1が約100nm、空孔径DK1が約65nmであった。
(1)空孔と発光層の距離
実施例2と同様に、空孔14K1の径は単一の分布(単峰性分布)を呈し、その均一性は非常に高いから、フォトニック結晶層14P内の空孔14K1の上側頂部は同一面内にあり、また基板側頂部も同一面内にあるから、これらの面のいずれも活性層15から一定の距離であり、従って、高い共振効果を得ることができる。
(2)電流密度と光出力の関係
PCSEL10の電流密度と光出力(ピーク値)の関係(I-L特性)を
図16Aに、発振波長を
図16Bに示す。
【0096】
PCSEL10は、パルス幅100ns、パルス周期1kHzのパルス電流駆動で、閾値電流密度Jthが5.5 kA/cm2(電流I=2.2A)で単峰性の強いレーザ発振を行うことが確認された。また、そのときの発振波長λは412nmであり設計値通りであった。
【0097】
なお、この閾値電流密度Jthは、非特許文献1の閾値電流密度67kA/cm2と比較して大きく低減されている。すなわち、フォトニック結晶層14Pの空孔サイズの不均一性に起因する光の散乱損失(αscat )が大きく低減されていることが確認された。
(3)発振閾値の見積り
分布帰還型(DFB:Distributed Feedback)レーザやフォトニック結晶レーザなどの周期構造を光共振器とするレーザは、結合波理論により共振器の光損失(α0)を見積もることができる。この方法で実施例3のPCSEL10の光損失を見積もると7.52cm-1であった。また、実施例3における内部損失(αi)は、クラッド層構造をファブリペロー型半導体レーザと同様とすると、およそ20cm-1程度である。以上から実施例3の全損失は27.5cm-1である。
【0098】
ここで、レーザ発振するためには利得条件を満たす必要があり、全損失を利得が上回る必要がある。すなわち、閾値利得(Gs)と、活性層の光閉じ込め係数(Γact)をとすると下記の(式1)を満たす必要がある。
【0099】
実施例3の構造からΓactを見積もると3.21%であり、(式1)を満たす閾値利得(Gs)は857.3cm-1となる。
【0100】
Γact・Gs=α0+αi ・・・・・・(式1)
Γact:活性層の光閉じ込め係数
Gs:閾値利得
α0:結合波理論により求めた共振器の光損失
αi:内部損失(吸収損失)
次に、非特許文献1の構造を例として、その閾値利得を見積もる。2次元結合波理論より共振器での光損失(α0 )を見積もると99.7cm-1 と見積もられた。内部損失(αi )を同様に20cm-1 とすると全損失は119.7cm-1 となる。ここで、活性層の光閉じ込め係数(Γact )は1.96%であることから、非特許文献1の構造での閾値利得は6111.4cm-1となる。利得が電流に対して比例関係にあるとして、閾値電流密度を求めると39kA/cm2となる。この値は、実際の閾値電流密度67kA/cm2よりも低い。
【0101】
これは、前述のとおり、フォトニック結晶内の空孔のサイズばらつきに起因した光の散乱による損失が、共振器の光損失(α0)に上乗せされるためであると考えられる。
【0102】
非特許文献1において上乗せされた散乱損失(αscat )を求めると、閾値電流密度67kA/cm
2で発振する場合の閾値利得(Gs)は10443.8cm
-1となることから、散乱損失(αscat )は83.9cm
-1(=(10443.8-6111.4)×0.0196)となる。この値は
図7に示す散乱損失に比べ、非常に大きな値であり、少なくとも2種類のサイズの空孔からなるフォトニック結晶層にすることで、大きく閾値電流密度を低減することが可能であることがわかる。
【実施例4】
【0103】
図17は、本実施例4のフォトニック結晶レーザ(PCSEL)素子30の構造(第2のPCSEL構造)の一例を模式的に示す断面図である。
【0104】
PCSEL素子30は、
図1A、
図1B、
図2A-2Cに示したPCSEL素子10に類似の構成を有するが、以下においてはPCSEL10との相違点について説明する。
【0105】
本実施例においては、n-ガイド層14と活性層15との間に第2の埋込層25が設けられている点でPCSEL10と相違する。なお、説明の明確さのため、上記実施例における埋込層14B(n-ガイド層14の最上層)を第1の埋込層14Bと称する場合がある。
(1)PCSEL30の作製工程
以下においてはPCSEL10の作製工程との相違点について説明する。上記したステップS1からS3bまでは実施例1と同様に実施した。
[S3c:洗浄工程(選択エッチング工程)]
実施例2と同様のステップS3c(洗浄工程:選択エッチング工程)を実施した。具体的には、SiN
x膜を除去した後、孔部(ホール)CHを形成した基板を水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)を1%程度含む半導体洗浄液に10分間浸漬し、その後水洗した。
[S3d:埋込層(第1の埋込層)形成工程]
実施例3と同様のステップS3dを実施した。具体的には、
図13のシーケンスに示すように、III族原料ガスを供給すること無く、NH
3を供給しつつ基板を室温(RT)から900℃(時刻t1~t2)まで昇温し、時刻t2においてIII族原料(TMG)の供給を開始し、ホールCHを埋め込む第1の埋込層14Bを形成した。
【0106】
これにより単一の空孔径分布の空孔14K1で構成されるフォトニック結晶層を得られた。また、フォトニック結晶層14P内に形成された空孔径の分布の標準偏差(σ)は1nm以下であった。
【0107】
なお、本実施例では、実施例2と同様のステップS3c(選択エッチング工程)及び実施例3と同様のステップS3d(埋込層形成工程)を行うので、これらを単独で実施する場合よりも更に空孔サイズの均一性の高いフォトニック結晶層14Pが得られる。
[S3e:第2の埋込層形成工程]
本実施例においては、ステップS3d(第1の埋込層形成工程)に続けて、第2の埋込層25を形成した。
【0108】
より詳細には、第1の埋込層14B、すなわちフォトニック結晶層14Pを形成した後、基板温度を820℃まで降温し、III族原子の供給源としてトリエチルガリウム(TEG)及びトリメチルインジウム(TMI)を、窒素源としてNH3を供給し、第2の埋込層25を形成した。第2の埋込層25のIn組成は2%であり、層厚は50nmであった。
【0109】
ステップS3e(第2の埋込層形成工程)の後、上記した実施例と同様に、S4(発光層形成工程)ないしS12(個片化工程)を実施し、PCSEL素子30を得た。
【0110】
なお、第2の埋込層25の屈折率はフォトニック結晶層14Pの母材(上記実施例の場合、GaN)の屈折率よりも大きく、活性層15の平均屈折率よりも小さいことが好ましい。
(2)第2の埋込層25による活性層の品質向上
図18Aは、第1の埋込層14Bの表面モフォロジを示す原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)の像であり、
図18Bは、
図18AのA-A線に沿った断面の表面粗さを示すグラフであり、
図18Cは、
図18AのB-B線に沿った断面の表面粗さを示すグラフである。第1の埋込層14Bの表面はGaN(0001)面から構成され、周期PC(=164nm)と同程度の幅でバンチングしたステップ・テラス構造となっていることが確認された。
【0111】
また、
図18Aに示すように、第1の埋込層14Bの表面には、空孔14Kに対応した表面位置に、空孔14Kの周期で正方格子状にピットPTが現れていることが確認された。つまり、空孔14Kに対して結晶方位[0001]上にピットPTが現れており、本実施形態では、第1の埋め込み層14Aを上面視した場合に、ピットPTは、空孔14Kに重なる位置に現れていることが確認された。
【0112】
つまり、孔部(ホール)を閉塞し結晶内部に埋め込むことで結晶不連続性が発生したことに起因してピットPTが発生する。換言すれば、第1の埋込層14Bの表面には空孔14Kに由来した又は起因したピットPTが現れている。なお、結晶のオフ角が大きい場合には、第1の埋め込み層14Bを上面視した場合に、ピットPTは、空孔14K上に正確に重ならない場合もあり得るが、空孔14Kに対して結晶方位[0001]上に現れる。
【0113】
なお、第1の埋込層14Bの形成においては、第1の埋込層14Bの表面にピットPTが完全に2次元配列した規則的な配列状態を呈している必要は無い。第1の埋込層14Bの表面に一部のピットPTが残存している表面状態であるように、供給原料ガスより供給されたGa及びNによって第1の埋込層14Bが形成されていればよい。
【0114】
また、第1の埋め込み層14Bは、GaNに限らない。第1の埋め込み層14Bとして、他の結晶、例えば3元結晶、4元結晶のGaN系半導体結晶層を形成してもよく、n-クラッド層13より屈折率が高いことが好ましい。例えば、n-クラッド層13よりAl組成の低いAlGaN、InGaNなどを用いることができる。
【0115】
このような第1の埋込層14Bの表面に活性層を成長すると、十分な結晶品質の活性層を得ることができない。その結果、内部量子効率が低下し、十分な利得を得ることができず、閾値電流密度が増加する。
【0116】
低閾値電流密度でPCSEL素子を発振させるためには、埋込層上に活性層を成長する前に、周期的に並ぶ浅いピットPTを平坦化する必要がある。ここで、埋込層形成後においても、
図18A~
図18Cに示すように、周期的なピットPTが残ることに鑑みると、埋込層と同種材料であるGaNを用いて平坦化を試みたとしても、活性層とフォトニック結晶層との光結合を得るのに十分に薄い膜厚で表面を平坦化することは困難であると考えられる。
【0117】
そこで、第1の埋込層14Bの表面の平坦化に際して、In(インジウム)を添加することを試みた。GaN膜成長においてTMIはサーファクタントとして働くことが知られている。したがって、浅いピットを平坦化する際に、TMIを添加することで表面マイグレーションが強められて、十分に薄い膜厚で表面が平坦化できるものと考えられる。
【0118】
図18B及び
図18Cに示すように、ピットPTの深さは2nm程度であるため、第1の埋込層14B上に成長する第2の埋込層25は2nm以上である必要がある。また、活性層15で発生した光がフォトニック結晶層14Pを伝搬する光と十分に結合するためには、活性層15とフォトニック結晶層14Pとの距離を200nm程度以下にすること好ましい。このため、第2の埋込層25の厚さは200nm以下であることが好ましい。また、本実施例においては第1の埋込層14Bの層厚は100nm程度であった。したがって、第2の埋込層25の層厚はさらに好ましくは100nm以下であることが好ましい。
(3)PCSEL30の発振特性
本実施例のPCSEL30の電流密度と光出力(ピーク値)の関係(I-L特性)を
図19Aに、発振スペクトルを
図19Bに示す。
【0119】
電流密度は、パルス幅100ns、パルス周期1kHzのパルス電流駆動で、閾値電流密度Jthが2.5 kA/cm2(電流I=1.0A)で単峰性の強いレーザ発振を行うことが確認された。また、そのときの発振波長λは412nmであり設計値通りであった。
【0120】
なお、この閾値電流密度J
thは、非特許文献1の閾値電流密度67kA/cm
2と比較して大きく低減されている。すなわち、フォトニック結晶層14Pの空孔サイズの不均一性に起因する光の散乱損失(α
scat )が大きく低減されていることに加え、活性層の品質、結晶性の向上が大きく寄与することが確認された。
(4)第2の埋込層25のIn組成
図20A及び
図20Bに、それぞれIn組成に対する1次元光結合係数κ
1D及び2次元光結合係数κ
2Dを示す。1次元光結合係数κ
1Dは、±180°方向に回折する光の結合係数、2次元光結合係数κ
2Dは、±90°方向に回折する光の結合係数である。また、
図21A及び
図21Bに、それぞれIn組成に対する活性層の光閉じ込め係数Γact及びフォトニック結晶層の光閉じ込め係数Γpcを示す。また、
図22は、In組成に対する共振器損失α0を示している。なお、これらの図においては、活性層のIn組成を8%、第2の埋込層25であるInGaN層の層厚を50nmとして計算した。また、
図23は、閾値利得GsのInGaN層のIn組成依存性を示している。なお、内部損失αiを13cm
-1として計算した。
【0121】
Inを添加すると、表面マイグレーションを強められるため平坦化に際してIn組成は高いほど良いと言える。しかしながら、第2の埋込層25のIn組成が高くなると、
図20A及び
図20Bに示すように光結合係数κ
1D、κ
2Dが低下し共振効果が弱くなる。これは、
図21A及び
図21Bに示すように、第2の埋込層25を導入することで、伝搬光は活性層により多く存在するようになり、フォトニック結晶層に存在する光の割合が低下するためである。
【0122】
この結果、In組成の上昇とともに共振器損失も
図22に示すように大きくなる。ここで、レーザ発振するためには、上記した利得条件(式1)を満たす必要があり、全損失を利得が上回る必要がある。本実施例において内部損失は13cm
-1程度であるため、これより閾値利得Gsを見積もると、第2の埋込層25のIn組成に対して
図23に示すように変化する。
【0123】
図23に示すように、第2の埋込層25のIn組成が5%以上になると、第2の埋込層25がない場合よりも閾値利得Gsが大きくなるため好ましくない。したがって、第2の埋込層25のIn組成は5%(活性層のIn組成の5/8)以下であることが好ましい。
【0124】
また、
図23を参照すると、閾値利得Gsは第2の埋込層25のIn組成が1~4%のときに、第2の埋込層25がないときと比べ小さくなる。したがって、第2の埋込層25のIn組成は1~4%であることがさらに好ましい。
【0125】
また、埋込層25は単一層ではなく複数の層から構成されていてもよく、例えばGaNとInGaNより構成される超格子構造などであってもよい。このとき、埋込層25の平均In組成は上述の通り5%(活性層のIn組成の5/8)以下であることが好ましく、1~4%であることがさらに好ましい。
3.第2の埋込層25による閾値電流密度の低減
図23を参照すると、第2の埋込層25を導入することで閾値利得Gsが低減することが分かる。本実施例においては第2の埋込層25のIn組成は2%であり、閾値利得Gsは690cm
-1となる。これは第2の埋込層25を有していない上記実施例3のPCSEL10(
図1A)の728cm
-1よりも小さい。しかし、この値から見積もられる発振閾値電流密度の変化は、PCSEL10の約95%になる程度である。したがって、PCSEL10の5.5kA/cm
2から本実施例によって得られた2.5kA/cm
2への閾値電流密度の低減は、閾値利得Gsが低下したことではなく、前述の浅いピットPTをInを添加して埋め込んだ効果によるものであると言える。
【0126】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、上記実施例は種々組み合わせて実施することができる。例えば、上記実施例4では、選択エッチング工程(S3c)及び低温(900℃)でのマストランスポート、供給原料ガスの供給による結晶成長(S3d:埋込層(第1の埋込層)形成工程)を行った場合について説明したが、これらの工程の何れか1つのみを行ってもよい。同様に、PCSEL10,30を製造する際に、実施例1~3の製造工程を適宜組み合わせて実施してもよい。
【0127】
本実施例によれば、フォトニック結晶層を構成する空孔のサイズ、形状バラツキが抑制され、従って、低閾値電流密度で発振動作することができるフォトニック結晶レーザ(PCSEL)素子を及びその製造方法を提供することができる。
【0128】
また、フォトニック結晶層上に成長された活性層の品質及び結晶性が高く、極めて低閾値電流密度で発振動作することができるフォトニック結晶面発光レーザ及びその製造方法を提供することができる。
【0129】
以上、詳細に説明したように、空孔サイズが極めて高い均一性を有するフォトニック結晶を備えたフォトニック結晶面発光レーザ及びその製造方法が提供される。
【0130】
また、フォトニック結晶層を構成する空孔のサイズ、形状バラツキを抑制及び制御することができ、低閾値電流密度で発振動作することができるフォトニック結晶面発光レーザ及びその製造方法を提供することができる。
【0131】
また、フォトニック結晶層上に成長された活性層の品質及び結晶性が高く、低閾値電流密度で発振動作することができる高性能なフォトニック結晶面発光レーザ及びその製造方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0132】
10,30,40:PCSEL素子、11:半導体構造層、12:基板、13:第1のクラッド層、14:第1のガイド層、14A:下ガイド層、14P:フォトニック結晶層(PC層)、14B:第1の埋込層、15:活性層、16:第2のガイド層、17;電子障壁層、18:第2のクラッド層、19:コンタクト層、20A:第1の電極、20B:第2の電極、20L:光放出領域、25:第2の埋込層、