(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-14
(45)【発行日】2024-06-24
(54)【発明の名称】眼科装置
(51)【国際特許分類】
A61B 3/10 20060101AFI20240617BHJP
G01N 21/3554 20140101ALI20240617BHJP
【FI】
A61B3/10
G01N21/3554
(21)【出願番号】P 2020135321
(22)【出願日】2020-08-07
【審査請求日】2023-07-07
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000135184
【氏名又は名称】株式会社ニデック
(74)【代理人】
【識別番号】100166785
【氏名又は名称】大川 智也
(72)【発明者】
【氏名】松浦 祐司
(72)【発明者】
【氏名】大嶽 太知
(72)【発明者】
【氏名】足立 宗之
【審査官】佐々木 創太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-049255(JP,A)
【文献】米国特許第05297554(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 3/00- 3/18
G01N 21/00-21/01
21/17-21/61
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水による吸収損失量が極大値を示す赤外波長に対応する測定用波長と、水による吸収損失量が前記測定用波長よりも小さくなる赤外波長である参照用波長とを含む測定光を出射する光源と、
前記光源によって出射された測定光を被検眼の眼球表面に照射する照射光学系と、
前記眼球表面からの前記測定光の反射光を導光し、受光器に受光させる受光光学系と、
制御部と、
を備え、
前記受光光学系の受光光軸が、前記眼球表面による前記測定光の正反射方向に対して傾いており、
前記制御部は、正反射光および拡散反射光を含む前記眼球表面からの前記測定光の反射光のうち、前記受光器によって受光された前記拡散反射光の前記測定用波長と前記参照用波長の強度に基づいて、前記被検眼の眼球表面の水分量に関する水分量情報を取得することを特徴とする眼科装置。
【請求項2】
請求項
1に記載の眼科装置であって、
前記眼球表面に入射する前記測定光の入射光軸と、前記眼球表面の交点を基準点とし、
前記基準点を通る前記眼球表面の法線に対して垂直な平面を基準平面とし、
前記基準平面に対する、前記測定光の前記入射光軸の角度をφ
iとし、
前記基準点からの前記測定光の広がり角をθ
iとし、
前記基準平面に対する、前記受光光学系の受光光軸の角度をφ
0とし、
前記受光光学系による前記反射光の受光角をθ
0とした場合に、
φ
i+θ
i+θ
0<φ≦π-(φ
i+θ
i+θ
0)
が成り立つことを特徴とする眼科装置。
【請求項3】
請求項1
または2に記載の眼科装置であって、
前記照射光学系は、前記眼球表面に向けて照射する前記測定光を平行光とするコリメータレンズを備えることを特徴とする眼科装置。
【請求項4】
請求項1から
3のいずれかに記載の眼科装置であって、
前記受光器は、光を波長毎に分光して波長毎の強度を検出する分光器であることを特徴とする眼科装置。
【請求項5】
請求項1から
3のいずれかに記載の眼科装置であって、
前記受光光学系は、
前記測定光の反射光の光路を、前記測定用波長の光路と前記参照用波長の光路を含む複数の光路に分岐させる光路分岐部材を備え、
前記受光器は、前記測定用波長の光路と前記参照用波長の各々に設けられることを特徴とする眼科装置。
【請求項6】
請求項1から
5のいずれかに記載の眼科装置であって、
前記制御部は、前記拡散反射光の前記測定用波長の強度と前記参照用波長の強度の差、または比に基づいて、前記水分量情報を取得することを特徴とする眼科装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、光を用いて眼球表面の水分量に関する情報を取得する眼科装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、慢性的な眼の不快感および視機能異常等を伴うドライアイの患者数が増回傾向にある。従来、被検眼がドライアイであるか否かを診断する方法として、瞬き直後から涙液層が破壊されるまでの時間を測定する方法、および、濾紙を瞼に挟んで涙の分泌量を測定する方法(シルマー検査)等が採用されてきた。しかし、これらの従来の方法では、定量的な結果を得ることが難しい。さらに、シルマー検査では濾紙を眼に直接接触させる必要があるため、患者の負担が大きい。
【0003】
ここで、特許文献1では、被検眼の角膜内部に生じる角膜浮腫の診断のために、光を用いて非接触で被検眼を検査する手法が試みられている。詳細には、特許文献1の検査装置は、水分測定赤外光と参照赤外光を切り換えて角膜に照射し、各々の光の反射光の強度に基づいて、角膜浮腫の診断に役立つ情報を取得する。光の照射光軸と、角膜反射光が導かれる受光光軸は、被検眼の視線方向に延び、且つ同軸である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本願発明の発明者は、光の照射光軸と、反射光の受光光軸と、光を反射する組織表面の角度の関係によっては、組織の水分量に関する情報を適切に取得できない場合があるという知見を新たに得た。眼球表面の水分量に関する情報を、光軸等の角度に関わらず、より高い精度で光を用いて取得する技術が望まれる。
【0006】
本開示の典型的な目的は、眼球表面の水分量に関する情報を、より高い精度で光を用いて取得することが可能な眼科装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示における典型的な実施形態が提供する眼科装置は、水による吸収損失量が極大値を示す赤外波長に対応する測定用波長と、水による吸収損失量が前記測定用波長よりも小さくなる赤外波長である参照用波長とを含む測定光を出射する光源と、前記光源によって出射された測定光を被検眼の眼球表面に照射する照射光学系と、前記眼球表面からの前記測定光の反射光を導光し、受光器に受光させる受光光学系と、制御部と、を備え、前記受光光学系の受光光軸が、前記眼球表面による前記測定光の正反射方向に対して傾いており、前記制御部は、正反射光および拡散反射光を含む前記眼球表面からの前記測定光の反射光のうち、前記受光器によって受光された前記拡散反射光の前記測定用波長と前記参照用波長の強度に基づいて、前記被検眼の眼球表面の水分量に関する水分量情報を取得する。
【0008】
本開示に係る眼科装置によると、眼球表面の水分量に関する情報が、より高い精度で光を用いて取得される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本実施形態の眼科装置1の概略構成を示す図である。
【
図2】水およびヘモグロビンの吸収スペクトルを示すグラフである。
【
図3】正反射方向SDに対する受光光軸RAの角度を異なる角度に設定して測定した、生体ファントムの吸収損失スペクトルを示すグラフである。
【
図4】入射光、反射光、および受光光学系の角度の関係を説明するための説明図である。
【
図5】含水率が互いに異なる複数の生体ファントムの吸収損失スペクトルの測定結果を示すグラフである。
【
図6】含水率が互いに異なる複数の生体ファントムの、測定用波長における吸収損失量と参照用波長における吸収損失量の差を示すグラフである。
【
図7】人工涙液滴下後0分後、4分後、8分後における摘出豚眼の正規化吸収スペクトルの測定結果を示すグラフである。
【
図8】変容例の眼科装置における照射光学系30および受光光学系40の概略構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<概要>
本開示で例示する眼科装置は、光源、照射光学系、受光光学系、および制御部を備える。光源は、測定用波長と参照用波長を共に含む測定光を出射する。測定用波長とは、水による吸収損失量が極大値を示す赤外波長に対応する波長(例えば、極大値を示す波長との差が閾値以下となる範囲内の波長)である。参照用波長とは、水による吸収損失量が測定用波長よりも小さくなる赤外波長(つまり、測定用波長に比べて水の影響が小さい赤外波長)である。照射光学系は、光源によって出射された測定光を被検眼の眼球表面に照射する。受光光学系は、眼球表面からの測定光の反射光を導光し、受光器に受光させる。制御部は、正反射光および拡散反射光を含む眼球表面からの測定光の反射光のうち、受光器によって受光された拡散反射光の測定用波長と参照用波長の強度に基づいて、被検眼の眼球表面の水分量に関する水分量情報を取得する。
【0011】
本願発明の発明者は、組織からの拡散反射光が正反射光に埋もれてしまうと、組織の水分量に関する情報を適切に取得し難いという知見を新たに得た。この知見に基づいて、本開示に係る眼科装置は、正反射光および拡散反射光を含む反射光のうち、拡散反射光の測定用波長と参照用波長の強度に基づいて、眼球表面の水分量に関する水分量情報を取得する。従って、本開示に係る眼科装置によると、眼球表面の水分量情報が、非接触且つより高い精度で取得される。なお、「眼球表面」の用語は、眼球組織の厳密な表面のみを示す用語ではなく、眼球の表面近傍の組織および水等を含む物質を示す。
【0012】
受光光学系の受光光軸が、眼球表面による測定光の正反射方向に対して傾いていてもよい。この場合、眼球表面によって反射された測定光の正反射光が、受光器によって受光され難くなる。その結果、眼球表面からの拡散反射光が、受光器によって適切に受光される。よって、眼球表面の水分量情報が、より高い精度で取得される。なお、受光光学系の受光光軸とは、受光光学系から眼球表面に向けて直線状に延びる光軸である。
【0013】
眼球表面に入射する測定光の入射光軸と、眼球表面の交点を、基準点とする。基準点を通る眼球表面の法線に対して垂直な平面を、基準平面とする。基準平面に対する測定光の入射光軸の角度をφiとする。基準点からの測定光の広がり角をθiとする。基準平面に対する受光光学系の受光光軸の角度をφ0とする。受光光学系による反射光の受光角をθ0とする。この条件下において、φi+θi+θ0<φ≦π-(φi+θi+θ0)が成り立ってもよい。この場合、眼球表面によって反射された測定光の正反射光が、受光器によってさらに受光され難くなる。その結果、眼球表面からの拡散反射光が、受光器によって適切に受光される。
【0014】
ただし、受光光学系の受光光軸が延びる方向は、眼球表面による測定光の正反射方向と一致していてもよい。この場合、眼科装置は、眼球の一部(例えば角膜頂点等)からの正反射光と、その他の部位からの拡散反射光を、二次元撮影素子で共に受光しつつ、正反射光の受光信号を除外して水分量情報を取得してもよい。
【0015】
照射光学系は、眼球表面に向けて照射する測定光を平行光とするコリメータレンズを備えていてもよい。この場合、照射光学系の先端と眼球表面の間の距離(所謂ワーキングディスタンス)を、コリメータレンズを用いない場合に比べて大きくすることができる。また、前述した条件式におけるθiの値が小さくなるので、受光光学系の配置の自由度も向上する。
【0016】
なお、受光光学系における眼球表面側の端部には、測定光の反射光を光ファイバに導光するレンズが設けられていてもよい。この場合、照射光学系の先端と眼球表面の間の距離を大きくした状態で、拡散反射光が適切に受光器によって受光される。
【0017】
受光器は、光を波長毎に分光して波長毎の強度を検出する分光器であってもよい。この場合、眼科装置は、測定用波長の強度と参照用波長の強度を、分光器によって同時に検出することができる。つまり、眼科装置は、測定用波長の強度と参照用波長の強度を異なるタイミングで検出する必要が無い。仮に、測定用波長の強度の検出タイミングと、参照用波長の強度の検出タイミングが異なる場合には、各々のタイミングの間に、眼球表面からの水分の蒸発、または、眼球表面への水分の追加等が生じて、水分量情報の精度が低下する可能性がある。これに対し、測定用波長の強度と参照用波長の強度が、分光器によって同時に検出されることで、より高い精度で水分量情報が取得される。
【0018】
受光光学系は、測定光の反射光の光路を、測定用波長の光路と参照用波長の光路を含む複数の光路に分岐させる光路分岐部材(例えばダイクロイックミラー等)を備えてもよい。受光器は、測定用波長の光路と参照用波長の各々に設けられてもよい。この場合、前述した分光器を使用する場合と同様に、眼科装置は、測定用波長の強度と参照用波長の強度を、複数の受光器によって同時に検出することができる。従って、より高い精度で水分量情報が取得される。また、受光器として使用可能なデバイスの種類が増加する。よって、例えば、比較的安価な受光器(例えばフォトダイオード等)によって反射光を検出することも可能である。
【0019】
なお、光源の数は1つであってもよい。この場合、光源が出射する測定光の波長域には、測定用波長と参照用波長が共に含まれる。また、測定用波長を含む測定光を出射する光源と、参照用波長を含む測定光を出射する光源が、別々に設けられていてもよい。この場合、2つの測定光の光軸を同軸とする光路合成部材(例えばダイクロイックミラー等)が使用されてもよい。
【0020】
制御部は、拡散反射光の測定用波長の強度と参照用波長の強度の差、または比に基づいて、水分量情報を取得してもよい。参照用波長は、測定用波長に比べて水に吸収され難いので、水による影響を受けにくい。従って、測定用波長の強度と参照用波長の強度の差、または比に基づいて、水分量情報が取得されることで、眼球表面の水分量が高い精度で定量化される。
【0021】
<実施形態>
(装置構成)
以下、本開示における典型的な実施形態の1つについて、図面を参照して説明する。まず、
図1を参照して、本実施形態の眼科装置1の概略構成について説明する。本実施形態の眼科装置1は、光源2、照射光学系3、受光光学系4、受光器5、および制御部6を備える。
【0022】
光源2は、測定用波長と参照用波長を含む測定光を出射する。測定用波長は、水による吸収損失量が極大値を示す赤外波長に対応する波長である。参照用波長は、水による吸収損失量が測定用波長よりも小さくなる赤外波長(つまり、測定用波長に比べて、測定光の照射部位における水の量の影響が小さい赤外波長)である。本実施形態では、光源2としてハロゲンランプが使用される。ただし、ハロゲンランプ以外の光源を使用することも可能である(詳細は後述する)。
【0023】
照射光学系3は、光源2によって出射された測定光を、被検眼Eの眼球表面に照射する。受光光学系4は、眼球表面からの測定光の反射光を導光し、受光器5に受光させる。本実施形態の照射光学系3および受光光学系4の各々には、光ファイバ(一例として、ステップインデクスマルチモードファイバ)が使用されている。詳細には、光ファイバである照射光学系4の出射端には、眼球表面に向けて照射される測定光を平行光とするコリメータレンズ13が設けられている。また、光ファイバである受光光学系4における眼球表面側の端部には、測定光の反射光を光ファイバに導光するレンズ14が設けられている。照射光学系3と受光光学系4の配置の詳細については後述する。
【0024】
受光器5は、受光光学系4によって導光された眼底表面からの反射光を受光する。本実施形態の受光器5は、光を波長毎に分光して波長毎の強度を検出する分光器(例えば、ファイバ入力型分光器)であり、眼底表面からの反射光のパワースペクトルを検出する。従って、本実施形態の眼科装置1は、測定用波長の強度と参照用波長の強度を異なるタイミングで検出する必要が無い。よって、測定用波長の強度の検出タイミングと、参照用波長の強度の検出タイミングが異なる場合に比べて、より高い精度で水分量情報が取得される。
【0025】
制御部6は、眼科装置1の制御を司るコントローラ(例えばCPU等)と、プログラムおよびデータ等を記憶することが可能な記憶装置を備える。制御部6は、受光器5によって検出された眼底表面からの反射光の強度に基づいて、眼底表面の水分量に関する情報(以下、「水分量情報」という)を取得する。
【0026】
(測定光の波長)
図2を参照して、測定用波長と参照用波長について説明する。本実施形態では、制御部6は、受光器5によって受光された眼球表面からの反射光の、測定用波長と参照用波長の強度の差または比に基づいて、眼球表面の水分量情報を取得する。前述したように、測定用波長は、水による吸収損失量が極大値を示す赤外波長に対応する波長である。参照用波長は、水による吸収損失量が測定用波長よりも小さくなる赤外波長である。参照用波長は、測定用波長に比べて水に吸収され難いので、水による影響を受けにくい。従って、測定用波長の強度と参照用波長の強度の差または比に基づいて、水分量情報が取得されることで、眼球表面の水分量が高い精度で定量化される。
【0027】
図2は、水およびヘモグロビンの吸収スペクトルを示すグラフであり、横軸に波長、縦軸に吸収係数を表している。水およびヘモグロビンは、共に生体組織の主な成分である。本実施形態では、ヘモグロビンによる測定光の吸収の影響を抑制するために、ヘモグロビンの吸収係数が小さくなる波長700nm以上の赤外領域(詳細には近赤外領域)が、測定用波長および参照用波長として使用される。
【0028】
図2に示すように、波長700nm以上の赤外領域では、波長約1450nm、および波長約1900nmにおいて、水による吸収係数(つまり吸収損失量)が極大値(ピーク)となる。極大値に対応する波長(極大値近傍の波長)を測定用波長とすることで、測定用波長の光を吸収する水分の量が効果的に測定される。極大値に対応する波長は、例えば、水による吸収係数が極大値を示す波長との差が閾値以下となる範囲内の波長であってもよい。
【0029】
なお、光の波長が長い程、眼球表面からの光の透過距離は短くなる。例えば、波長が1450nmの光は、角膜表面から約1000μmの深さまで透過する。波長が1900nmの光は、角膜表面から約200μmの深さまで透過する。一例として、本実施形態の測定用波長は1450nmに設定されている。しかし、測定用波長は、眼科装置1の用途等に応じて変更されてもよい。例えば、角膜の表面により近い部位の水分量情報を取得する場合、測定用波長は約1900nmに設定されてもよい。また、複数の測定用波長(例えば、約1450nmおよび約1900nm)が設定されてもよい。
【0030】
参照用波長は、水による吸収損失量が測定用波長よりも小さくなる赤外波長に設定される。
図2に示すように、水による吸収係数は、約940nmおよび約1270nm等で小さい値となる。従って、本実施形態の参照用波長は、一例として1270nmに設定されている。ただし、参照用波長は他の値(例えば940nm等)に変更されてもよい。
【0031】
(正反射光が受光される際の影響)
図3を参照して、眼球表面による測定光の正反射光が受光器5によって受光される際の影響について説明する。本願発明の発明者は、測定光の正反射光が受光される際の影響を調査するための試験を行った。詳細には、発明者は、眼球表面の組織を模した生体ファントムとして、水とゼラチンの混合ジェル(厚さ約3cm)を作成した。生体ファントムの含水率は、90%に調整した。
【0032】
次いで、発明者は、測定光の正反射方向SDに対する受光光学系4の受光光軸RAの角度を変化させながら、作成した生体ファントムに関する吸収損失スペクトルを複数回測定した。
図1に示すように、測定光が照射される面の法線をNとすると、測定光の光軸IAと法線Nが成す入射角は、測定光の正反射方向SDと法線Nが成す反射角と等しくなる。発明者は、測定光の正反射方向SDに対する受光光学系4の受光光軸RAの角度θを、0度、20度、40度、60度、および80度に設定し、各々の角度における生体ファントムの吸収損失スペクトルを測定した。なお、吸収損失スペクトルは、照射光学系3から測定光を生体ファントムに照射し、受光器5に反射光を受光させることで測定される。今回の試験では、
図1に示す例とは異なり、照射光学系3の光ファイバと受光光学系4の光ファイバを束ねてファイバ束を作成した。この場合、測定光の光軸IAと受光光学系4の受光光軸RAは同軸となる。また、照射光学系3のコリメータレンズ13と、受光光学系4のレンズ14は省略し、ファイバ束の先端と生体ファントムの間の距離を2mmに統一した。測定結果を
図3に示す。
図3では、横軸が波長、縦軸が吸収損失量を示す。また、
図3のグラフでは、正反射方向SDに対する受光光軸RAの角度θの代わりに、測定光の光軸IAと法線Nが成す入射角が示されている。測定光の光軸IAと受光光学系4の受光光軸RAは同軸となっているため、
図3のグラフ上の角度を2倍にした角度が、正反射方向SDに対する受光光軸RAの角度θとなる。
【0033】
図3に示すように、角度θを0度に設定した際には、波長1450nm付近の水の吸収ピークは表れなかった。これは、生体ファントムの表面からの強力な正反射光が、拡散反射光と共に受光器5によって受光されているため、拡散反射光の強度が正反射光の強度に埋もれてしまい、波長1450nm付近の光を吸収する水分の量の情報が測定結果に表れないためであると考えられる。
【0034】
これに対し、角度θを20度(
図3における入射角10度)に設定すると、0度の場合に比べて波長1450nm付近の水の吸収ピークは僅かに表れたが、水分量を示す情報としては未だ不十分である。これは、角度θの大きさが小さいため、正反射光の一部が受光器5によって検出されたことが原因と考えられる。角度θを40度(
図3における入射角20度)、60度(
図3における入射角30度)、および80度(
図3における入射角40度)にすると、いずれの場合にも、波長1450nm付近に水の吸収ピークが明確に表れた。これは、強力な正反射光の多くが受光光学系4に入射しなかったため(つまり、受光器5によって受光された反射光のほとんどが拡散反射光であったため)と考えられる。
【0035】
図3の結果から、正反射光および拡散反射光を含む組織からの反射光のうち、拡散反射光の測定用波長に、組織の水分量の影響が表れることが分かる。また、組織表面による測定光の正反射方向SDに対して、受光光学系4の受光光軸RAを適切に傾けることで、正反射光が受光器5によって受光され難くなり、より高い精度で水分量情報が取得されることが分かる。さらに、
図3に示す試験の条件下では、正反射方向SDに対する受光光学系4の受光光軸RAの角度θは、40度以上とすることが望ましいことが分かる(より望ましくは40度~80度)。
【0036】
(測定光の方向に対する受光光軸の角度の条件)
図4を参照して、測定光の方向に対する受光光軸の角度の条件について説明する。
図4に示すように、眼球表面に入射する測定光の入射光軸IAと、眼球表面の交点を、基準点Cとする。基準点Cを通る眼球表面の法線Nに対して垂直な平面を、基準平面Pとする。基準平面Pに対する、測定光の入射光軸IAの角度を、φ
iとする。基準点Cからの測定光の広がり角を、θ
iとする。基準平面Pに対する、受光光学系4の受光光軸RAの角度を、φ
0とする。受光光学系4による反射光の受光角を、θ
0とする。この場合、以下の(式1)の条件を成立させることで、正反射光が受光器5によって受光され難くなり、より高い精度で水分量情報が取得される。
φ
i+θ
i+θ
0<φ≦π-(φ
i+θ
i+θ
0)・・・・・(式1)
【0037】
(水分量の定量分析)
図5および
図6を参照して、生体ファントム中における水分量の定量分析の結果について説明する。この試験では、発明者は、含水率のみが互いに異なる3つの生体ファントムを作成した。生体ファントムは、前述したように、水とゼラチンの混合ジェル(厚さ約3cm)である。3つの生体ファントムの各々の含水率は、70%、80%、90%である。次いで、発明者は、眼科装置1における正反射方向SDと受光光軸RAの角度θを60度に設定したうえで、各々の生体ファントムの吸収損失スペクトルを測定した。測定結果を
図5に示す。
図5では、横軸が波長、縦軸が吸収損失量を示す。
【0038】
図5の結果から、生体ファントムの含水率の増大に伴い、波長1450nm付近の吸収損失量が増加していることが確認できる。つまり、測定用波長を約1450nmに設定することで、水分量情報を適切に取得できると考えられる。また、約940nmおよび約1270nmの波長では、含水率の変化は吸収損失量にほぼ影響しないことが確認できる。つまり、参照用波長を約940nmまたは約1270nmに設定することで、水分量が高い精度で定量化されると考えられる。
【0039】
次いで、発明者は、前述の方法と同様の方法で、含水率のみが互いに異なる6つの生体ファントムを作成した。6つの生体ファントムの含水率は、70%、75%、80%、85%、90%、95%である。発明者は、眼科装置1における正反射方向SDと受光光軸RAの角度θを60度に設定したうえで、各々の生体ファントムの吸収損失スペクトルを測定した。さらに、発明者は、各々の生体ファントムの吸収損失スペクトルから、測定用波長(本実施形態では1450nm)における吸収損失量と、参照用波長(本実施形態では1270nm)における吸収損失量の損失差を算出した。
図6は、各々の生体ファントムについて算出された損失差をプロットしたグラフであり、横軸が生体ファントムの含水量、縦軸が損失差を示す。
【0040】
図6に示すように、生体ファントムの含水率と吸収損失差の間には、良好な線形性があることが確認できる。従って、拡散反射光の測定用波長の強度と参照用波長の強度の差に基づいて、組織の水分量情報を取得することで、水分量の定量分析が可能であることが分かる。
【0041】
(豚眼試験)
図7を参照して、摘出豚眼における眼球表面水分の測定試験の結果について説明する。発明者は、眼科装置1における正反射方向SDと受光光軸RAの角度θを60度に設定したうえで、豚眼の強膜表面に人工涙液を滴下し、強膜表面の正規化吸収スペクトルを4分毎に測定した。
図7は、波長1450nm近傍における正規化吸収スペクトルの拡大グラフであり、横軸が波長、縦軸が正規化吸収スペクトルを示す。
【0042】
図7に示すように、吸収ピークは、時間経過に伴って僅かに減少している。これは、豚眼の粘膜が空気中にさらされて乾燥することによる水分量の減少に起因していると考えられる。
図6に示す結果から、眼科装置1によって眼の粘膜の水分量情報を適切に取得できることが分かる。
【0043】
(変容例)
上記実施形態で開示された技術は一例に過ぎない。よって、上記実施形態で例示された技術を変更することも可能である。例えば、眼科装置の光学系の構成を変更することも可能である。
【0044】
図8を参照して、変容例の眼科装置における照射光学系30および受光光学系40の概略構成について説明する。
図8に示す眼科装置の照射光学系30および受光光学系40には、光ファイバの代わりにレンズが使用されている。詳細には、照射光学系30は、光源2A,2Bから出射された測定光を被検眼Eの眼球表面に集光するレンズ31を備える。また、受光光学系40は、眼球表面からの測定光の反射光を受光器5A,5Bに導光するレンズ41を備える。
【0045】
図8に示す眼科装置では、測定用波長を含む測定光を出射する光源2Aと、参照用波長を含む測定光を出射する光源2Bが、別々に設けられている。光源2A,2Bには、例えばLED等を使用できる。また、照射光学系30は、光源2Aから出射される測定光の光軸と、光源2Bから出射される測定光の光軸を同軸とする光路合成部材(本実施形態ではダイクロイックミラー)33を備える。本変容例の光路合成部材33は、光源2Aから出射される測定光の少なくとも一部を透過させ、且つ、光源2Bから出射される測定光の少なくとも一部を反射させることで、2つの測定光の光軸を同軸とする。その結果、測定用波長を含む測定光と、参照用波長を含む測定光が、共に光軸IAに沿って適切に眼球表面に照射される。
【0046】
図8に示す眼科装置の受光光学系40は、光路分岐部材(本実施形態ではダイクロイックミラー)43を備える。光路分岐部材43は、眼球表面によって反射された測定光の光路を、測定用波長の光路と参照用波長の光路に分岐させる。本変容例の光路分岐部材43は、測定用波長の光の少なくとも一部を透過させ、且つ、参照用波長の光の少なくとも一部を反射させることで、光路を分岐させる。分岐された2つの光路のうち、測定用波長の光の光路上には、受光器5Aが設けられている。また、分岐された参照用波長の光の光路上には、受光器5Bが設けられている。本変容例では、受光器5A,5Bとしてフォトダイオードが使用されている。その結果、受光器のコストが低下している。
【0047】
図8に示す変容例でも、上記実施形態と同様に、測定用波長の強度と参照用波長の強度が、複数の受光器5A,5Bによって同時に検出される。従って、より高い精度で水分量情報が取得される。
【0048】
また、
図8に示す変容例でも、上記実施形態と同様に、組織表面による測定光の正反射方向SDに対して、受光光学系40の受光光軸RAが傾いている。その結果、正反射光が受光器5A,5Bによって受光され難くなり、より高い精度で水分量情報が取得される。さらに、正反射方向SDに対する受光光学系40の受光光軸RAの角度θは、40度以上(
図8では60度)に設定されている。
【符号の説明】
【0049】
1 眼科装置
13 コリメータレンズ
2,2A,2B 光源
3,30 照射光学系
4,40 受光光学系
5,5A,5B 受光器
6 制御部
33 光路合成部材
43 光路分岐部材