IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金ステンレス株式会社の特許一覧

特許7504672ステンレス鋼線とその製造方法、及び、ばね部品
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-14
(45)【発行日】2024-06-24
(54)【発明の名称】ステンレス鋼線とその製造方法、及び、ばね部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240617BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240617BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240617BHJP
   C21D 8/06 20060101ALI20240617BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C22C38/60
C21D8/06 B
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020102468
(22)【出願日】2020-06-12
(65)【公開番号】P2021195589
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2023-02-13
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】山先 祥太
(72)【発明者】
【氏名】高野 光司
(72)【発明者】
【氏名】石川 利浩
(72)【発明者】
【氏名】天藤 雅之
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-133137(JP,A)
【文献】特開2003-226940(JP,A)
【文献】特開2004-197205(JP,A)
【文献】特開昭54-089916(JP,A)
【文献】特開2009-293077(JP,A)
【文献】特開2007-224366(JP,A)
【文献】特開2005-029823(JP,A)
【文献】特開2000-239804(JP,A)
【文献】特開平11-012695(JP,A)
【文献】特開2008-184643(JP,A)
【文献】特開2007-023373(JP,A)
【文献】特開2011-208269(JP,A)
【文献】特開2011-026650(JP,A)
【文献】特開2009-052120(JP,A)
【文献】特開2007-002319(JP,A)
【文献】特開2002-069586(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110499455(CN,A)
【文献】特開平08-337845(JP,A)
【文献】特開2001-353516(JP,A)
【文献】特開2014-189833(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.01~0.20%、
Si:0.1~4.0%、
Mn:0.1~4.0%、
Ni:8.0~15.0%、
Cr:12.0~25.0%、
Mo:0.1~4.0%、
N :0.10~0.30%、
Cu:0~4.0%、
V :0~2.5%、
B :0~0.012%、
Al:0~2.0%、
W :0~2.5%、
Ga:0~0.0500%、
Co:0~2.5%、
Sn:0~2.5%、
Ti:0~1.0%、
Nb:0~2.5%、
Ta:0~2.5%、
Ca:0~0.012%、
Mg:0~0.012%、
Zr:0~0.012%、
REM:0~0.05%、
残部がFeおよび不純物からなり、
下記式(a)で示されるA値が-200~-100であり、
加工誘起マルテンサイト相が10.0vol.%未満である金属組織とオーステナイト相を含有する金属組織を有し、
鋼線のオーステナイト相の転位密度が0.5×1015/m以上であり、
鋼線の表層から200μmの位置におけるオーステナイト相の圧延方向の結晶方位RD//<111>分率が0.90以下である、
ステンレス鋼線。
ただし、圧延方向の結晶方位RD//<111>分率とは、<111>方位と圧延方向との角度差が20°以下である結晶の面積比率を意味する。
A値=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-29Ni-13.7Cr-18.5Mo … (a)
但し、式(a)中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有量(質量%)を意味する。また、式(a)中の元素の含有量が0%である場合は、該当記号箇所には「0」を代入して算出する。
【請求項2】
更に質量%で、
Cu:0.01~4.0%、
V :0.001~2.5%、
B :0.001~0.012%、
Al:0.001~2.0%、
W :0.05~2.5%、
Ga:0.0004~0.0500%、
Co:0.05~2.5%、
Sn:0.01~2.5%、
Ti:0.01~1.0%、
Nb:0.01~2.5%、
Ta:0.01~2.5%、
Ca:0.0002~0.012%、
Mg:0.0002~0.012%、
Zr:0.0002~0.012%および
REM:0.0002~0.05%から選択される一種以上を含有する、
請求項1に記載のステンレス鋼線。
【請求項3】
引張強さが1300MPa以上である、
請求項1または請求項2に記載のステンレス鋼線。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の成分組成及びA値を有する線材を伸線加工して請求項1から請求項3までのいずれか一項に記載のステンレス鋼線を製造する方法であって、
前記伸線加工を、総伸線減面率:50~95%、伸線温度:30~300℃、最終パスの伸線減面率:0.5~25%、最終の一つ前のパスの伸線減面率:0.5~25%、最終パスのダイス半角:6~14deg、最終の一つ前のパスのダイス半角:6~14degの条件で行う、ステンレス鋼線の製造方法。
【請求項5】
請求項1から請求項3までのいずれか一項に記載のステンレス鋼線を用いたばね部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼線とその製造方法、及び、ばね部品、ならびにステンレス鋼線用の線材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、コイルばねに代表されるような、高強度ステンレス製品は、SUS304、SUS316を代表とするオーステナイト系ステンレス鋼線材、鋼線を素材として加工・成型され製造されてきた。しかしながら、上記のようなオーステナイト系ステンレス鋼線材から加工、製造されたステンレス製品の耐熱性や耐応力腐食割れ性は精密部品に十分対応できず、用途の制限を受ける欠点があった。
【0003】
上記課題に対して、N添加による強化を利用する技術が検討されている(例えば、特許文献1~4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2005-29823号公報
【文献】特許第4080321号公報
【文献】特許3975019号公報
【文献】特開2003-226940号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の発明は、耐食性に優れた高強度ステンレス鋼の提供を、特許文献2、3の発明は、耐熱へたり性に優れた高強度ステンレス鋼線の提供を、特許文献4の発明は疲労特性に優れた高強度ステンレス鋼線の提供を目的としている。
【0006】
しかし、上記の特許文献1~4の発明では、耐熱性や耐応力腐食割れ性を両立するステンレス鋼線の提供は検討されていない。
【0007】
本発明の課題は、耐熱性と耐応力腐食割れ性に優れる高強度のステンレス鋼線とその製造方法、及び、ばね部品、ならびにステンレス鋼線用の線材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、ステンレス鋼線のN添加量と加工誘起α‘マルテンサイト量、オーステナイト相の転位密度、鋼線の表層から200μm位置におけるオーステナイト相の圧延方向の結晶方位RD//<111>分率に着目して検討を重ねた。
【0009】
そして、本発明者らは、NおよびMoを複合添加したオーステナイト系ステンレス鋼線について、加工誘起マルテンサイト相が10.0vol.%未満である金属組織を有し、鋼線のオーステナイト相の転位密度が0.5×1015/m以上であり、鋼線の表層から200μmの位置におけるオーステナイト相の圧延方向の結晶方位RD//<111>分率が0.90以下である場合に、優れた耐熱性と耐応力腐食割れ性が得られることを見出した。本発明者らは、これらの金属組織の鋼線を得るための伸線加工条件についての検討をした結果、総減面率、伸線温度、最終パスの伸線減面率、最終の一つ前のパスの伸線減面率、最終パスのダイス半角、最終の一つ前のパスのダイス半角を適切に管理することが特に重要であることを見出した。
【0010】
本発明の要旨は下記のとおりである。
[1]質量%で、C:0.01~0.20%、Si:0.1~4.0%、Mn:0.1~4.0%、Ni:8.0~15.0%、Cr:12.0~25.0%、Mo:0.1~4.0%、N:0.10~0.30%、Cu:0~4.0%、V:0~2.5%、B:0~0.012%、Al:0~2.0%、W:0~2.5%、Ga:0~0.0500%、Co:0~2.5%、Sn:0~2.5%、Ti:0~1.0%、Nb:0~2.5%、Ta:0~2.5%、Ca:0~0.012%、Mg:0~0.012%、Zr:0~0.012%、REM:0~0.05%、残部がFeおよび不純物からなり、
下記式(a)で示されるA値が-200~-100であり、
加工誘起マルテンサイト相が10.0vol.%未満である金属組織とオーステナイト相を含有する金属組織を有し、
鋼線のオーステナイト相の転位密度が0.5×1015/m以上であり、
鋼線の表層から200μmの位置におけるオーステナイト相の圧延方向の結晶方位RD//<111>分率が0.90以下である、ステンレス鋼線。
ただし、圧延方向の結晶方位RD//<111>分率とは、<111>方位と圧延方向との角度差が20°以下である結晶の面積比率を意味する。
A値=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-29Ni-13.7Cr-18.5Mo … (a)
但し、式(a)中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有量(質量%)を意味する。また、式(a)中の元素の含有量が0%である場合は、該当記号箇所には「0」を代入して算出する。
[2]更に質量%で、Cu:0.01~4.0%、V:0.001~2.5%、B:0.001~0.012%、Al:0.001~2.0%、W:0.05~2.5%、Ga:0.0004~0.0500%、Co:0.05~2.5%、Sn:0.01~2.5%、Ti:0.01~1.0%、Nb:0.01~2.5%、Ta:0.01~2.5%、Ca:0.0002~0.012%、Mg:0.0002~0.012%、Zr:0.0002~0.012%およびREM:0.0002~0.05%から選択される一種以上を含有する、[1]に記載のステンレス鋼線。
[3]引張強さが1300MPa以上である、[1]または[2]に記載のステンレス鋼線。
【0011】
[4][1]または[2]に記載の成分組成及びA値を有する線材を伸線加工して[1]から[3]までの何れかの一つに記載のステンレス鋼線を製造する方法であって、
前記伸線加工を、総伸線減面率:50~95%、伸線温度:30~300℃、最終パスの伸線減面率:0.5~25%、最終の一つ前のパスの伸線減面率:0.5~25%、最終パスのダイス半角:6~14deg、最終の一つ前のパスのダイス半角:6~14degの条件で行う、ステンレス鋼線の製造方法。
【0012】
[5][1]から[3]までの何れかの一つに記載のステンレス鋼線を用いたばね部品。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ばね用などの耐熱性と耐応力腐食割れ性に優れる高強度ステンレス鋼線を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明において、鋼片を熱間圧延によって線状の材料としたものを線材という。さらに、前記線材を冷間で伸線加工して形成した線状の材料を鋼線という。
【0016】
1.ステンレス鋼線及びステンレス鋼線用線材の化学組成
先ず、ステンレス鋼線及びステンレス鋼線用の線材の化学組成について説明する。なお、以下の説明における(%)は特に断りがない限り、質量(%)である。
【0017】
C :0.01~0.20%
Cは、高強度と優れた耐熱性を得るために、0.01%以上含有させる。しかしながら、Cを過剰に含有させると、粒界炭化物が過剰に生成し、耐SCC特性を低下させるため、C含有量は0.20%以下とする。好ましい下限は0.03%であり、更に好ましい下限は0.05%である。好ましい上限は0.15%であり、更に好ましい上限は0.08%である。
【0018】
Si:0.1~4.0%
Siは、伸線加工後に高強度を得るために、0.1%以上含有させる。また、Siは耐SCC特性および耐熱性を高める元素である。しかしながら、Siを過剰に含有させると、σ相などの金属間化合物が生成し、耐SCC特性を低下させるため、その含有量を4.0%以下にする。好ましくは0.3~2.0%であり、更に好ましくは0.7~1.5%である。
【0019】
Mn:0.1~4.0%
Mnは、高価なNiの代替元素として有効であり、伸線加工後の高強度、耐熱性の向上に有効な元素である。このため、Mnは0.1%以上含有させる。しかしながら、Mnを過剰に含有させると、孔食が発生しやすくなり、耐SCC特性が劣化するため、その含有量を4.0%以下に限定する。好ましくは0.5~2.5%であり、更に好ましくは1.0~2.0%である。
【0020】
Ni:8.0~15.0%
Niは、耐SCC特性と耐熱性を高める元素であり、8.0%以上含有させる。しかしながら、過剰に含有させると、伸線加工による加工硬化が抑制され、強度を下げ、耐熱性と耐SCC特性が低くなるため、その含有量を15.0%以下にする。好ましくは、8.0~12.0%であり、更に好ましくは9.0~10.5%である。
【0021】
Cr:12.0~25.0%
Crは、耐食性を高め、耐SCC特性を高め、耐熱性も向上させる元素であるため、12.0%以上含有させる。しかしながら、Crを過剰に含有させると、σ相などの金属間化合物が生成し、耐SCC特性を低下させるため、その含有量を25.0%以下にする。好ましくは17.0~20.0%であり、更に好ましくは18.0~19.5%である。
【0022】
Mo:0.1~4.0%
Moは、耐食性を高め、耐SCC特性を高め、耐熱性も向上させる元素であるため、0.1%以上含有させる。しかしながら、σ相などの金属間化合物が生成し、耐SCC特性を低下させるため、上限を4.0%以下にする。好ましくは0.5~2.5%であり、更に好ましくは0.5~1.0%である。
【0023】
N :0.10~0.30%
Nは、伸線加工後に強度を高め、時効熱処理を施すことで、NクラスタやI-S対、固溶Nなどが可動転位を固着させる、優れた耐熱性および耐SCC特性を示すため、0.10%以上含有させる。しかしながら、Nを過剰に含有させると、転位組織がプラナー化し、応力集中起点となり、耐SCC特性を低下させるため、N量を0.30%以下とする。好ましくは0.15~0.30%であり、更に好ましくは0.15~0.25%である。
【0024】
本発明のステンレス鋼線及びステンレス鋼線用線材の化学組成は更に、下記に示す選択元素を含有することとしても良い。
【0025】
Cu:0~4.00%
Cuは、耐食性を高める元素のため含有させてもよい。しかしながら、Cuを過剰に含有させると、熱間加工性が劣化することに加え、強度と耐熱性が低下するため、その含有量を4.00%以下とする。Cuの好ましい下限値は0.01%である。好ましくは、0.05~2.0%であり、更に好ましくは0.10~1.0%以下である。
【0026】
V :0~2.5%
Vは、炭窒化物を形成して結晶粒径を微細にして、線材、鋼線の強度と耐熱性、耐SCC特性を改善するため、含有させてもよい。しかしながら、Vを過剰に含有させると、粗大介在物が生成し、耐SCC特性が低下するため、含有させる場合の上限を2.5%とする。好ましい範囲は1.0%以下であり、更に好ましい範囲は0.5%以下である。前記効果を発現させるためには、V量を0.001%以上とするのが好ましい。
【0027】
B :0~0.012%
Bは、粒界強度を向上させて、線材、鋼線の強度と耐熱性、耐SCC特性を向上させるのに有効であるため、含有させてもよい。しかしながら、Bを過剰に含有させると、粗大なボライド生成により、耐SCC特性および耐熱性が低下するため、含有させる場合の上限を0.012%とする。好ましくは0.005%以下である。前記効果を発現させるためには、B量を0.001%以上とするのが好ましい。
【0028】
Al:0~2.0%
Alは、脱酸を促進して介在物清浄度レベルを向上させるため、含有させてもよい。しかしながら、Alを過剰に含有させると、その効果は飽和し、材料自体の強度と耐熱性、耐SCC特性が劣化するため、含有させる場合の上限を2.0%とする。好ましくは1.0%以下であり、更に好ましくは0.3%以下である。前記効果を発現させるには、Al量を0.001%以上とするのが好ましい。
【0029】
W :0~2.5%
Wは、耐食性を向上させるのに有効な元素であるため、含有させてもよい。しかしながら、Wを過剰に含有させると、その効果は飽和し、逆に耐熱性と耐SCC特性が劣化するおそれがある。そのため、含有させる場合の上限を2.5%とする。より好ましくは、2.0%以下であり、更に好ましくは1.5%以下である。前記効果を発現させるには、W量を0.05%以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.10%以上である。
【0030】
Ga:0~0.0500%
Gaは、耐食性を向上させるのに有効な元素であるため、含有させてもよい。しかしながら、Gaを過剰に含有させると、熱間加工性を低下させる。そのため、含有させる場合の上限を、0.0500%とする。前記効果を発現させるには、Ga量を0.0004%以上とすることが好ましい。
【0031】
Co:0~2.5%
Coは、鋼線の強度と耐熱性、耐SCC特性を向上させる効果を有するため、含有させてもよい。しかしながら、Coを過剰に含有させると、その効果は飽和し、逆に耐熱性と耐SCC特性が劣化するおそれがある。そのため、含有させる場合の上限を2.5%とする。より好ましくは、1.0%以下であり、更に好ましくは0.8%以下である。前記効果を発現させるには、Co量を0.05%以上とすることが好ましく、0.10%以上含有させることがより好ましい。
【0032】
Sn:0~2.5%
Snは、耐食性を向上させるのに有効な元素であるため、含有させてもよい。しかしながら、Snを過剰に含有させると、その効果は飽和し、逆に耐熱性と耐SCC特性が劣化するおそれがある。そのため、含有させる場合の上限を2.5%とする。より好ましくは、1.0%以下であり、更に好ましくは0.2%以下である。前記効果を発現させるには、Sn量を0.01%以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.05%以上である。
【0033】
Ti:0~1.0%
Nb:0~2.5%
Ta:0~2.5%
Ti、Nb、Taは、炭窒化物を形成して結晶粒径を微細にして、鋼線の強度と耐熱性、耐SCC特性を改善するため、含有させてもよい。しかしながら、これら各元素を過剰に含有させると、粗大介在物が生成し、耐SCC特性が低下するおそれがある。そのため、含有させる場合の上限を、Tiは1.0%、Nbは2.5%、Taは2.5%とする。Tiは、0.7%以下とするのが好ましく、0.5%以下とするのがより好ましい。Nbは、1.5%以下とするのが好ましく、0.9%以下とするのがより好ましい。Taは、1.5%以下とするのが好ましく、0.9%以下とするのがより好ましい。前記効果を発現させるには、Tiは0.01%以上、Nbは0.01%以上、Taは0.01%以上含有させるのが好ましい。Tiは、0.03%以上とするのが好ましく、0.05%以上とするのがより好ましい。Nbは、0.04%以上とするのが好ましく、0.08%以上とするのがより好ましい。Taは、0.04%以上とするのが好ましく、0.08%以上とするのがより好ましい。
【0034】
Ca:0~0.012%
Mg:0~0.012%
Zr:0~0.012%
REM:0~0.05%
Ca、Mg、Zr、REMは、脱酸のため、必要に応じて、含有させてもよい。しかしながら、粗大介在物が生成して鋼線の耐SCC特性が低下するおそれがある。そのため、含有させる場合の上限は、Caは0.012%、Mgは0.012%、Zrは0.012%、REMは0.05%とする。Caは、0.010%以下とするのが好ましく、0.005%以下とするのがより好ましい。Mgは、0.010%以下とするのが好ましく、0.005%以下とするのがより好ましい。Zrは、0.010%以下とするのが好ましく、0.005%以下とするのがより好ましい。REMは、0.005%以下とするのが好ましい。前記効果を発現させるには、Caは0.0002%以上、Mgは0.0002%以上、Zrは0.0002%以上、REMは0.0002%以上含有させるのが好ましい。Caは、0.0004%以上とするのが好ましく、0.001%以上とするのがより好ましい。Mgは、0.0004%以上とするのが好ましく、0.001%以上とするのがより好ましい。Zrは、0.0004%以上とするのが好ましく、0.001%以上とするのがより好ましい。REMは、0.0004%以上とするのが好ましく、0.001%以上とするのがより好ましい。
【0035】
ステンレス鋼線及びステンレス鋼線用の線材の化学組成は、上記の各元素を含有し、残部は、Fe及び不純物からなる。不純物のうち、代表的な不可避的不純物としては、O、S、Pなどが挙げられ、通常、鉄鋼の製造プロセスで不可避的不純物として0.0001~0.1%の範囲で混入する。
【0036】
以上説明した各元素の他にも、本発明の効果を損なわない範囲で含有していても良い。その他の成分について本発明では特に規定するものではないが、一般的な不純物元素でありZn、Bi、Pb、Se、Sb、H等は可能な限り低減することが好ましい。これらの元素は、本発明の課題を解決する限度において、その含有割合が制御され、Zn≦100ppm、Bi≦100ppm、Pb≦100ppm、Se≦100ppm、Sb≦500ppm、H≦100ppmの1種以上を含有していても良い。
【0037】
A値:-200~-100
A値は、伸線加工後の加工誘起マルテンサイトの体積分率と成分の関係をそれぞれ調査して得られた指標であり、強度と耐熱性、耐SCC特性を安定的に確保するために制御する必要がある。
A値は、下記式(a)より求められる値であり、オーステナイト相中のこの値が-100を上回ると、加工誘起マルテンサイト相が生成し、耐熱性と耐SCC特性を劣位にする。一方、A値が-200を下回る場合、過剰に合金元素を添加することになるため、合金コストが高くなり、工業製品として好ましくない。そのため、A値を-200以上、-100以下に限定する。好ましくは-200~-130であり、更に好ましくは-200~-150である。
A値=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-29Ni-13.7Cr-18.5Mo … (a)
但し、式(a)中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有量(質量%)を意味する。また、式(a)中の元素の含有量が0%である場合は、該当記号箇所には「0」を代入して算出する。
【0038】
2.ステンレス鋼線の品質
加工誘起マルテンサイト相:10.0vol.%未満
鋼線の加工誘起マルテンサイト相(以下「加工誘起α’」ともいう。)の体積分率について、10.0vol.%以上では、残留応力を高めるため、耐SCC特性を劣化させ、また、高温でオーステナイト中の元素に比べ拡散を容易にさせるため、耐熱性を低下させる。そのため、本発明の鋼線の加工誘起α’分率は10vol.%未満にする。好ましくは、5.0vol.%未満であり、更に好ましくは3.0vol.%未満である。
【0039】
オーステナイト相の転位密度:0.5×1015/m以上
オーステナイト相の転位密度を高めると、転位同士が相互作用することで、強度および耐熱性、耐SCC特性を向上させるため、その下限を0.5×1015/m以上とする。好ましくは1.0×1015/m以上、更に好ましくは3.0×1015/m以上である。転位密度の上限は定める必要がないが、高すぎると加工性が劣化するおそれがあるので、転位密度は50×1015/m以下とするのが好ましい。
【0040】
鋼線の表層から200μm位置におけるオーステナイト相のRD//<111>分率:0.90以下
本発明で、圧延方向の結晶方位であるRD//<111>分率とは、<111>方位と圧延方向との角度差が20°以下である結晶の面積比率を意味する。
鋼線の表層から200μm位置におけるオーステナイト相の圧延方向の方位RD//<111>分率を小さくすると、耐熱性と耐SCC特性が向上する。これは、圧縮コイルばねのような鋼線へ捻り応力が付与される場合、鋼線表層へ最大せん断応力が加わるため、鋼線表層の組織制御が重要になる。RD//<111>へ配向すると、捻り応力によるせん断面およびオーステナイト(FCC)のすべり面が一致し、転位が容易に移動するため、耐熱性と耐SCC特性が劣化する。本発明では、鋼線の表層から200μm位置におけるオーステナイト相のRD//<111>分率:0.90以下で前記効果を発現する。そのため、上限値を0.90とする。好ましくは0.80以下であり、更に好ましくは0.70以下である。なお、RD//<111>分率が0.30を下回ると、鋼線の縦弾性係数が小さくなり、鋼線軸方向の引張に対する設計応力が小さくなるため、下限値を0.30とする。
【0041】
引張強さ:1300MPa以上
鋼線の引張強さが1300MPa未満の場合、強度が低下するため、本発明の効果が十分には発現しない。そのため、好ましくは引張強さの下限を1300MPa以上とする。より好ましくは1600MPa以上であり、更に好ましくは1900MPa以上である。
【0042】
本実施形態に係る鋼線は、上述の化学組成を有し、A値が-200~-100を満足することに加え、さらに、加工誘起α’の体積分率が10vol.%未満となり、オーステナイト相の転位密度が0.5×1015/m以上となり、鋼線の表層から200μm位置におけるオーステナイト相のRD//<111>分率が0.90以下である。その結果として、耐熱性と耐SCC特性に優れた高強度ステンレス鋼線となる。そのうえ、引張強さが1300MPa以上となる。本発明の鋼線は、せん断塑性ひずみが0.50%以下であって耐熱性が良好であり、SCC破断時間が1.0hr以上であって耐応力腐食割れ性が良好となる。
【0043】
せん断塑性ひずみ:0.50%以下
上述のように、せん断塑性ひずみが0.50%以下であれば耐熱性が改善されるため、本発明の効果が発現する。そのため、上限を0.50%とする。好ましくは0.40%以下であり、更に好ましくは0.35%以下である。
【0044】
SCC破断時間:1.0hr以上
上述のように、SCC破断時間が1.0hr以上の場合、耐SCC特性が良好となるため、本発明の効果が発現する。そのため、下限を1.0hrとする。好ましくは10.0hr以上であり、更に好ましくは24.0hr以上である。
【0045】
3.ステンレス鋼線の製造方法
次に、本実施形態に係る高強度ステンレス鋼線および線材の製造方法について説明する。なお、本発明の高強度ステンレス鋼線および線材の製造方法は、以下に記載した条件に限るものではないことはもちろんである。
【0046】
上記成分組成を有する鋼を溶製し、所定の径を有する鋳片に鋳造したのち、鋳片に対し熱間の線材圧延を行う。その後は、必要に応じて適宜、溶体化処理、酸洗を行い線材とする。
【0047】
本実施形態に係るステンレス鋼線は、上述の線材を冷間で伸線加工することにより得られる。具体的には、伸線加工前の所定の材料を下記の条件で伸線加工してステンレス鋼線を製造する。伸線加工前の所定の材料とは、熱間圧延後の上述の線材または、当該線材について予備伸線加工を行った鋼線に中間ストランド焼鈍を行った材料をいう。
【0048】
総減面率:50~95%
伸線加工における総減面率は、オーステナイトの加工硬化を促進させ、オーステナイト相の転位密度を増大して高強度化するために、50%以上とする。一方、総減面率が大きくなりすぎると、加工誘起α’量とRD//<111>分率が増加しすぎて、耐熱性と耐SCC特性が劣化するので、総減面率の上限は95%とする。好ましくは60~95%であり、更に好ましくは65~90%である。ここで総減面率とは、前記予備伸線加工と中間ストランド焼鈍を行う場合には、中間ストランド焼鈍後の伸線加工における総減面率を意味する。
【0049】
伸線温度:30~300℃
伸線加工における伸線温度は、オーステナイトの加工硬化や集合組織形成へ寄与する。高温伸線加工ではオーステナイト相の積層欠陥エネルギーが大きくなるため、RD//<111>以外の方位が発達してRD//<111>分率が低下し、耐熱性と耐SCC特性を向上させる。そのため伸線温度は30℃以上とする。一方、伸線温度が高くなりすぎると、加工硬化が抑制されてRD//<111>分率が増大し、強度が低下し、逆に耐熱性と耐SCC特性が劣化するので、伸線温度の上限は300℃とする。好ましくは30~200℃であり、更に好ましくは50~150℃である。
【0050】
最終パスの伸線減面率:0.5~25%
伸線加工における最終パスの伸線減面率は、鋼線表層の集合組織形成へ寄与する。最終パスの伸線減面率を低くすることにより、表層のみにせん断変形が加わり、RD//<111>以外の方位の配向が進展する結果RD//<111>の分率が減少するので、耐熱性と耐SCC特性を向上させることができる。この効果は最終パスの伸線減面率25%以下で発現する。そのため、最終パスの伸線減面率の上限値を25%とする。一方、最終パスの伸線減面率を小さくするほど耐熱性と耐SCC特性を向上させるRD//<111>以外の方位の分率を高くすることができるが、小さくなりすぎると、表層と中心の残留応力差に起因し、伸線時の断線が懸念されるため、最終パスの伸線減面率の下限値は0.5%とする。好ましくは0.5~15%であり、更に好ましくは0.5~5%である。
【0051】
最終の1つ前のパスの伸線減面率:0.5~25%
前述の最終パスの伸線減面率に加え、伸線加工における最終の1つ前のパスの伸線減面率を制御すると、鋼線表層の集合組織形成を更に先鋭化させる。最終の1つ前のパスの伸線減面率を低くすると、表層のみにせん断変形が加わり、RD//<111>以外の方位の配向が進展する結果RD//<111>の分率が減少するので、耐熱性と耐SCC特性を向上させることができる。この効果は当該伸線減面率25%以下で発現する。そのため、最終の1つ前のパスの伸線減面率の上限値は25%とする。一方、最終の1つ前のパスの伸線減面率を小さくするほど耐熱性と耐SCC特性を向上させるRD//<111>以外の方位の分率を高くすることができるが、小さくなりすぎると、表層と中心の残留応力差に起因し、伸線時の断線が懸念されるため、最終の1つ前のパスの伸線減面率の下限値は0.5%とする。好ましくは0.5~15%であり、更に好ましくは0.5~5%である。
【0052】
最終パスのダイス半角:6~14deg
伸線加工における最終パスのダイス半角は、鋼線表層の集合組織形成へ寄与し、最終パスのダイス半角を大きくすると、表層のみにせん断変形が加わり、RD//<111>以外の方位が配向し、耐熱性と耐SCC特性を向上させるため、最終パスのダイス半角は6deg以上とする。一方、最終パスのダイス半角が大きくなりすぎると、表層と中心の残留応力差に起因し、伸線時の断線が懸念されるため、最終パスのダイス半角の上限は14degとする。好ましくは6~12degであり、更に好ましくは7~10degである。
【0053】
最終の1つ前のパスのダイス半角:6~14deg
前述の最終パスのダイス半角に加え、伸線加工における最終の1つ前のパスのダイス半角を制御すると、鋼線表層の集合組織形成を更に先鋭化させる。最終の1つ前のパスのダイス半角を大きくすると、表層のみにせん断変形が加わり、RD//<111>以外の方位が配向し、耐熱性と耐SCC特性を向上させるため、最終の1つ前のパスのダイス半角は6deg以上とする。一方、最終の1つ前のパスのダイス半角が大きくなりすぎると、表層と中心の残留応力差に起因し、伸線時の断線が懸念されるため、最終の1つ前のパスのダイス半角の上限は14degとする。好ましくは6~12degであり、更に好ましくは7~10degである。
【0054】
以上の製造方法により、本実施形態に係る耐熱性と耐SCC特性に優れる高強度ステンレス鋼線を得ることができる。
【0055】
4.バネ部品
本発明のステンレス鋼線を用いたばね部品は、優れた耐熱性と耐SCC特性を有するので、精密部品に十分対応できる。ばね部品として、自動車用ばねや産業機械用ばね、家電用ばね等に適用することができる。
【0056】
5.ステンレス鋼線用の線材
本発明のステンレス鋼線用の線材は、前述の化学組成を有し、A値が-200~-100を満足するものとなる。そのため、当該線材を用いてステンレス鋼線を製造した場合に、当該ステンレス鋼線は、加工誘起マルテンサイト相の体積分率が10.0vol.%未満となり、耐熱性と耐SCC特性に優れた高強度ステンレス鋼線を得やすくなる。
【実施例
【0057】
以下に本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0058】
表1に実施例の鋼の化学組成(鋼種A~AT)、式(a)のA値を示す。なお、表1中の下線は本発明範囲から外れているものを示す。
【0059】
【表1】
【0060】
これらの化学組成の鋼は、ステンレス鋼の安価溶製プロセスであるAOD溶製を想定し、100kgの真空溶解炉にて溶解し、φ180mmの鋳片に鋳造した。得られた鋳片を1100℃で200分の加熱後、φ5.5mmまで熱間の線材圧延(減面率:99.9%)を行い、1050℃で熱間圧延を終了した。その直後に連続して、溶体化処理として1050℃で3分のインライン熱処理を実施して水冷し、酸洗を行い線材とした。その後、φ4.0mmまで冷間で伸線加工を施した。得られたφ4.0mmのステンレス鋼線に、1050℃で3分の中間ストランド焼鈍を施し、引き続きφ2.0mmまで冷間で伸線加工を施し、高強度ステンレス鋼線とした。また、その際の総減面率は75%、伸線温度は50℃、最終パスの伸線減面率は3.3%、最終の1つ前のパスの伸線減面率は1.0%、最終パスのダイス半角は7.5deg、最終の1つ前のパスのダイス半角は7.2degとした。
【0061】
そして、上記方法により製造した鋼線について、下記の方法に従って、加工誘起マルテンサイト分率(加工誘起α’分率)、オーステナイトの転位密度、鋼線の表層から200μm位置におけるオーステナイト相のRD//<111>分率、引張強さ、せん断塑性ひずみ、SCC破断時間を評価し、それぞれ表2において「α’量(vol.%)」、「γの転位密度(×1015/m)」、「表層200μmのγのRD//<111>分率」、「引張強さ(MPa)」、「せん断塑性ひずみ(%)」、「SCC破断時間(hr)」の欄に記載した。
【0062】
[加工誘起マルテンサイト分率(加工誘起α’分率)]
鋼線の加工誘起α’分率は、「鋼線」と「鋼線を1050℃×3分の熱処理した材料」を直流磁束計にて1.0×10Oeの磁場を付与した時の飽和磁化値を測定し、以下の式(B)にて求めた。飽和磁化値の測定には、直流磁化特性試験装置(メトロン技研(株)製)を用いた。
加工誘起α’分率(vol.%)={(σ-σ1050)/σ(bcc)}×100 ・・・ (B)
ここで、σは製品の飽和磁化値(T)、σ1050は製品を1050℃×3分の熱処理した材料の飽和磁化値(T)、σ(bcc)はγが100%マルテンサイト(α’)変態した時の飽和磁化値(下記式(C)で表される計算値)を示す。下記式(C)中のCreqは下記式(D)で表される。式(D)中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有量(質量%)を意味する。
σ(bcc)=2.14-0.030×Creq ・・・ (C)
Creq=Cr+1.8×Si+Mo+0.5×Ni+0.9×Mn+3.6(C+N)+1.25×P+2.91×S ・・・ (D)
【0063】
[オーステナイト相の転位密度]
鋼線のオーステナイト相の転位密度は、X線ラインプロファイル解析で測定した。鋼線のL断面(鋼線圧延方向の断面(縦断面))において、X線回折にてCuKα線を用いて測定を行い、(111)、(200)、(220)(311)の半価幅を測定し、得られた半価幅を以下の式(E)(modified Williamson-Hall式)へ代入する。
ΔK=0.9/D+((πMρ)/2)1/2・K・C1/2+O(KC) ・・・(E)
なお、式(E)において、Dは結晶子サイズ(nm)、ρは転位密度(m-2),bはバーガースベクトルの大きさ(nm)、Mは転位密度ρと転位の相互作用距離Re(nm)に関する定数であり,Cは転位の平均コントラスト因子である。また、KおよびΔKは、下記の通りである。
K=2sinθ/λ、
ΔK=2βcosθ/λ
上記式において、β、θおよびλは、それぞれ各回折線の半値幅(rad)、ブラッグ反射角(rad)およびX線波長(CuKα=0.15405nm)である。
【0064】
ここで、式(E)の両辺を2乗し,高次項であるO(KC)を無視し,α=(0.9/D)、γ=πMρ/2とすると、式(F)が得られる。
[(ΔK)-α]/K=γC ・・・(F)
【0065】
上記式において、
C=Ch00(1-qH)・・・(G)
である。そして、qは転位の種類とその割合を含むパラメータであり、
H(=(h+h+k)/(h+k+l)・・・(H)
は回折線(hkl)の指数h,k,lの関数である。
h00=C h00+S(C h00-C h00)・・・(I)
であり、C h00,C h00は100%刃状転位,らせん転位の場合のコントラストファクターであり、弾性定数から求められる定数である。上記のq値を下記のように決定し、以下の関係式(J)から、オーステナイトのらせん転位分率Sを算出することができる。
S=(q-q)/(q-q)・・・式(J)
上記式において、qとqはそれぞれ100%刃状転位、らせん転位の場合のq値であり、弾性定数から決まる定数である。
【0066】
q値の決定には式(F)と式(G)を用いる。X軸とY軸の変数をそれぞれHと(ΔK-α)/Kとし、Hに対して直線性が最適となるαを決定し、前記の一次関数での傾きと切片からq=-傾き/切片としてq値を求める。式(J)からS値を求め、式(G)からC値を求める。
次に各回折面のプロファイルをフーリエ変換し、式(K)のmodifieid Warren-Averbachの式の関係を得る。Lはフーリエ長である。
【数1】
各フーリエ長さのlnA(L)とKCの関係を二次関数近似し、式(K)の一次項の傾きY(L)と置くと、式(L)の関係が得られる。
【数2】
Y(L)/LとlnLの関係の傾き(=πbρ/2)から転位密度を算出する。
【0067】
[鋼線の表層から200μm位置におけるオーステナイト相のRD//<111>分率]
RD//<111>分率は、鋼材のL断面において、鋼線の表層から200μm位置において、200×200μmの視野を5視野測定した。そして、観察視野における各結晶粒の結晶方位を、FE-SEM/EBSD(JSM-700F/日本電子(株)製)を用いて解析する。圧延方向をRDとし、RD方向における結晶面の解析を行い、<111>の方位成分をクリアランス20°以内の部分のみ表示させ、RD//<111>分率を測定した。
【0068】
[引張強さ]
鋼線の引張強さは、JIS Z 2241の引張試験での引張強さにて評価した。
【0069】
[せん断塑性ひずみ]
鋼線のせん断塑性ひずみは、鋼線の捻り応力緩和試験にて評価した。前記鋼線に500℃×1hrの時効熱処理を施した供試材を用いて評価した。捻り応力緩和試験は、鋼線の線径dを2.0mm、チャック間距離Lを100mmとし、初期せん断応力が500MPaとなるように、捻り角度を保持し、500℃×24hrの熱処理前後の捻り角度変化Δθを測定し、せん断塑性ひずみγ=DΔθ/(2L)を求めた。せん断塑性ひずみ:0.50%以下を合格とした。
【0070】
[SCC破断時間]
鋼線のSCC破断時間は、圧縮コイルばねによるSCC試験にて評価した。前記鋼線をコイル平均径20.0mm、有効巻数:7巻、総巻数:9巻、自由高さ、45.0mmのコイルばねへ加工し、500℃×1hrの時効熱処理を施した供試材を用いて評価した。SCC試験では、コイルばねを200MPaの応力で締付け、JIS G 0576の試験溶液を用いて破断時間を評価した。破断時間:1.0hr以上を合格とした。
【0071】
その評価結果を表2に示す。
【0072】
【表2】
【0073】
表2に示すとおり、本発明例1~33の鋼線において、加工誘起α’分率は10vol.%未満であり、引張強さは1300MPa以上であり、転位密度は0.5×1015/m以上であり、鋼線の表層から200μm位置におけるオーステナイト相のRD//<111>分率は0.90以下であった。また、本発明例1~33のせん断塑性ひずみは0.50%以下であり、SCC破断時間は1.0hr以上であった。一方、比較例34~46の鋼線は、引張強さ、および、耐熱性、耐SCC特性のいずれかの性能が目標未達であった。
【0074】
次に、製造条件の影響について調査した。
【0075】
表1に示す鋼種Mを用いて、中間ストランド焼鈍までの工程については上記と同様の方法で作製した、種々の径を有するステンレス鋼線を製造し、中間ストランド焼鈍を行って伸線前の鋼線とした。当該準備した鋼線を用い、表3に示す伸線加工条件で伸線することにより、φ2.0mmの鋼線を作製した。いずれの例においても鋼線の最終線径がφ2.0mmとなるように、伸線加工に供する中間ストランド焼鈍後の鋼線径および最終パス前の鋼線径を調整した。そして、得られた鋼線について、前記と同様の方法で、加工誘起マルテンサイト(α’)の体積率、転位密度、鋼線の表層から200μm位置におけるオーステナイト相のRD//<111>分率、引張強さおよびせん断塑性ひずみ、SCC破断時間を測定し、評価した。評価結果を表3に示す。
【0076】
【表3】
【0077】
試験No.47~64に示す本発明例の鋼線は、いずれも加工誘起α’分率は10vol.%未満であり、引張強さは1300MPa以上であり、転位密度は0.5×1015/m以上であり、鋼線の表層から200μm位置におけるオーステナイト相のRD//<111>分率は0.90以下であった。また、本発明例47~64のせん断塑性ひずみは0.50%以下であり、SCC破断時間は1.0hr以上であった。一方、比較例65~76の鋼線のうち、比較例69、71、74、76については、伸線中に断線が生じたため、鋼線の品質評価は行わなかった。比較例65~76の鋼線のうち、その他の条件については、引張強さ、および、耐熱性、耐SCC特性のいずれかの性能が劣化していた。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明によれば、耐熱性と耐SCC特性に優れる高強度ステンレス鋼線を提供することができるので、産業上極めて有用である。このステンレス鋼線をばね部品などに適用することで、耐熱性と耐SCC特性に優れるばね部品などを提供することができる。なお、ばね部品とは、自動車用ばねや産業機械用ばね、家電用ばね等を意味する。