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特許7505006疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れたガスシールドアーク溶接用ワイヤと溶接部材、並びにその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-14
(45)【発行日】2024-06-24
(54)【発明の名称】疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れたガスシールドアーク溶接用ワイヤと溶接部材、並びにその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20240617BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240617BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20240617BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240617BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20240617BHJP
【FI】
B23K35/30 320A
C22C38/00 301B
C22C38/38
C22C38/58
B23K9/173 Z
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2022543498
(86)(22)【出願日】2021-12-20
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2023-10-27
(86)【国際出願番号】 KR2021019365
(87)【国際公開番号】W WO2023042974
(87)【国際公開日】2023-03-23
【審査請求日】2022-08-17
(31)【優先権主張番号】10-2021-0123734
(32)【優先日】2021-09-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコホールディングス インコーポレーティッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ベ,ギュ-ヨル
【審査官】川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-220431(JP,A)
【文献】特開平08-108281(JP,A)
【文献】特開2006-110581(JP,A)
【文献】国際公開第2021/125280(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2017-0068531(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/00-35/40
C22C 38/00-38/60
B23K 9/173
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、C:0.06~0.16%、Si:0.001~0.2%、Mn:1.6~1.9%、Cr:1.2~6.0%、Mo:0.4~0.65%、P:0.015%以下(0%は除く)、S:0.01%以下(0%は除く)、Al:0.20%以下(0%は除く)、残部がFe及びその他の不可避不純物からなり、
下記式1の値が300~500であることを特徴とするガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
[式1]732-202×C+216×Si-85×Mn-37×Ni-47×Cr-39×Mo
(但し、前記[式1]において、各元素の含有量は重量%である。)
【請求項2】
前記ワイヤは、重量%で、Ni:0.40%以下及びCu:0.50%以下のうち1種以上をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【請求項3】
前記ワイヤは、ソリッドワイヤであることを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【請求項4】
母材及び溶接部を含む溶接部材であって、
前記溶接部は、
重量%で、C:0.05~0.16%、Si:0.001~1.0%、Mn:1.4~2.5%、Cr:0.4~5.0%、Mo:0.1~1.5%、P:0.015%以下(0%は除く)、S:0.01%以下(0%は除く)、Al:0.20%以下(0%は除く)、残部がFe及びその他の不可避不純物からなり、
ベイナイト、針状フェライトと、粒状フェライト、マルテンサイト及び残留オーステナイトのうち1つ以上を含む微細組織を有し、
前記微細組織は、平均有効結晶粒径が10μm以下であり、全結晶粒界に対する結晶粒間の方位差角度(misorientation angle)が55°以上である高硬角の結晶粒界の割合が40%以上であり、
下記式2で表されるRの値が10.5~18.5であることを特徴とする疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れた溶接部材。
[式2]R=(K/G)×(Q/T)
(但し、前記[式2]において、Kは溶接部内の全結晶粒界に対する結晶粒間の方位差角度が55°以上である結晶粒界の割合(%)、Gは溶接部の平均有効結晶粒径(μm)、Tは母材の厚さ(mm)、及びQは溶接入熱量(kJ/cm)を意味し、前記Qは下記[式3]で定義される。)
[式3]Q=(I×E)×0.048/υ
(但し、前記[式3]において、Iは溶接電流(A)、Eは溶接電圧(V)、及びυは溶接速度(cm/min)を意味する。)
【請求項5】
前記溶接部は、重量%で、Ni:0.40%以下及びCu:0.50%以下のうち1種以上をさらに含むことを特徴とする請求項4に記載の疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れた溶接部材。
【請求項6】
前記溶接部は、疲労強度が140MPa以上であることを特徴とする請求項4に記載の疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れた溶接部材。
【請求項7】
前記溶接部は、溶接ビードの端部から母材と垂直な方向に5mm以内の領域の圧縮残留応力が90MPa以上であることを特徴とする請求項4に記載の疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れた溶接部材。
【請求項8】
前記母材は、重量%で、C:0.05~0.13%、Si:0.2~2.0%、Mn:1.3~3.0%、Cr:0.01~2.0%、Mo:0.01~2.0%、Al:0.01~0.1%、P:0.001~0.05%、S:0.001~0.05%、残部がFe及びその他の不可避不純物からなることを特徴とする請求項4に記載の疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れた溶接部材。
【請求項9】
前記母材は、0.8~4.0mmの厚さを有することを特徴とする請求項4に記載の疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れた溶接部材。
【請求項10】
2枚以上の母材を用意した後、溶接ワイヤを用いてガスシールドアーク溶接する溶接部材の製造方法であって、
前記溶接ワイヤは、重量%で、C:0.06~0.16%、Si:0.001~0.2%、Mn:1.6~1.9%、Cr:1.2~6.0%、Mo:0.4~0.65%、P:0.015%以下(0%は除く)、S:0.01%以下(0%は除く)、Al:0.20%以下(0%は除く)、残部がFe及びその他の不可避不純物からなり、下記式1の値が300~500であり、
前記ガスシールドアーク溶接時に、下記式4の値が1.2~1.6となるようにすることを特徴とする疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れた溶接部材の製造方法。
[式1]732-202×C+216×Si-85×Mn-37×Ni-47×Cr-39×Mo
(但し、前記[式1]において、各元素の含有量は重量%である。)
[式4]Q/T
(但し、前記[式4]において、Tは母材の厚さ(mm)及びQは溶接入熱量(kJ/cm)を意味し、前記Qは下記[式3]で定義される。)
[式3]Q=(I×E)×0.048/υ
(但し、前記[式3]において、Iは溶接電流(A)、Eは溶接電圧(V)、及びυは溶接速度(cm/min)を意味する。)
【請求項11】
前記母材は、重量%で、C:0.05~0.13%、Si:0.2~2.0%、Mn:1.3~3.0%、Cr:0.01~2.0%、Mo:0.01~2.0%、Al:0.01~0.1%、P:0.001~0.05%、S:0.001~0.05%、残部がFe及びその他の不可避不純物からなることを特徴とする請求項10に記載の疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れた溶接部材の製造方法。
【請求項12】
前記母材は、0.8~4.0mmの厚さを有することを特徴とする請求項10に記載の疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れた溶接部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れたガスシールドアーク溶接用ワイヤと溶接部材、並びにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車分野は、地球温暖化問題などの環境保護に伴う燃費規制政策により、車体及び部品類の軽量化技術の研究が大きな課題として浮上している。自動車の走行性能に重要なシャーシ部品類もこのような基調によって軽量化のための高強度鋼材の適用が必要な実情である。部品の軽量化を達成するためには、素材の高強度化が必須であり、繰り返し疲労荷重が加わる環境における高強度鋼材で製作された部品の耐久性能の保証が重要な要素といえる。自動車シャーシ部品の組み立て時、強度確保のために、主に用いられるアーク溶接の場合、溶接ワイヤの溶着によって部品間の重ね継ぎ目溶接が行われるため、継ぎ手の幾何学的形状の付与が不可避である。これは、繰り返し疲労応力集中部(ノッチ効果)として作用して破断起点となり、結果的に部品の耐久性能の低下を招くため、高強度鋼材適用の利点が失われるという限界を有する。溶接部の疲労特性は主に応力集中部であるビード端部の角度(トウ角)を低減することが何よりも重要であり、溶接入熱による熱影響部(HAZ)の軟化とは直接的な相関性がないものと報告されている。
【0003】
特許文献1によると、板厚さが5mm以下及び引張強度が780MPa以上である鋼材を用いて製造されたアーク溶接部の疲労特性向上のために、溶接ビードのトウ部、すなわち、熱影響部(HAZ)の温度区間の位置別の材質制御に対する概念を提示したが(例えば、表面0.1mm深さにおける最小硬さの位置が溶融線から0.3mm以上離れる必要がある)、溶接材料の特性向上を介して溶接金属の強度を改善し、溶接部の応力特性を制御する技術は提示できないという限界を有していた。
【0004】
特許文献2は、溶接ビードの端部をチッパー(打撃ピン)で連続的に打撃して塑性変形領域を形成することで、圧縮応力付与により疲労特性向上が可能であることを示し、特許文献3は、自動車用シャーシ部品であるサブフレームとブラケットとの間のアーク溶接ビードのトウ角を低減するために、溶接後のプラズマ熱源による溶接ビードの端部の再溶融処理方法を提案した。しかしながら、提案された方法は溶接後に工程が追加されて、部品製造時の工程費用が増加するという問題がある。
【0005】
一方、通常、引張強度950MPa級以上の薄鋼板の場合、シャーシ部品の製作のためのアーク溶接後の引張残留応力による変形が発生して、組立性が悪くなるだけでなく、溶接部の引張残留応力が溶接部の疲労特性を低下させるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-220431号公報
【文献】特開2014-014831号公報
【文献】特開2014-004609号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的とするところは、溶接部に優れた疲労抵抗特性及び残留応力による変形に対する抵抗性を付与することができるガスシールドアーク溶接用ワイヤを提供することである。
【0008】
本発明の他の目的は、疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れた溶接部材、並びにその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れたガスシールドアーク溶接用ワイヤは、重量%で、C:0.06~0.16%、Si:0.001~0.2%、Mn:1.6~1.9%、Cr:1.2~6.0%、Mo:0.4~0.65%、P:0.015%以下(0%は除く)、S:0.01%以下(0%は除く)、Al:0.20%以下(0%は除く)、残部がFe及びその他の不可避不純物からなり、下記式1の値が300~500であることを特徴とする。

[式1]732-202×C+216×Si-85×Mn-37×Ni-47×Cr-39×Mo
(但し、上記[式1]において、各元素の含有量は重量%である。)
【0010】
本発明の疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れた溶接部材は、母材及び溶接部を含む溶接部材であって、前記溶接部は、重量%で、C:0.05~0.16%、Si:0.001~1.0%、Mn:1.4~2.5%、Cr:0.4~5.0%、Mo:0.1~1.5%、P:0.015%以下(0%は除く)、S:0.01%以下(0%は除く)、Al:0.20%以下(0%は除く)、残部がFe及びその他の不可避不純物からなり、ベイナイト、針状フェライトと、粒状フェライト、マルテンサイト及び残留オーステナイトのうち1つ以上を含む微細組織を有し、前記微細組織は、平均有効結晶粒径が10μm以下であり、全結晶粒界に対する結晶粒間の方位差角度(misorientation angle)が55°以上である高硬角の結晶粒界の割合が40%以上であり、下記式2で表されるRの値が10.5~18.5であることを特徴とする。
[式2]R=(K/G)×(Q/T)
(但し、前記[式2]において、Kは溶接部内の全結晶粒界に対する結晶粒間の方位差角度が55°以上である結晶粒界の割合(%)、Gは溶接部の平均有効結晶粒径(μm)、Tは母材の厚さ(mm)、及びQは溶接入熱量(kJ/cm)を意味し、前記Qは下記[式3]で定義される。)
[式3]Q=(I×E)×0.048/υ
(但し、前記[式3]において、Iは溶接電流(A)、Eは溶接電圧(V)、及びυは溶接速度(cm/min)を意味する。)
【0011】
本発明の疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れた溶接部材の製造方法は、2枚以上の母材を用意した後、溶接ワイヤを用いてガスシールドアーク溶接する溶接部材の製造方法として、前記溶接ワイヤは、重量%で、C:0.06~0.16%、Si:0.001~0.2%、Mn:1.6~1.9%、Cr:1.2~6.0%、Mo:0.4~0.65%、P:0.015%以下(0%は除く)、S:0.01%以下(0%は除く)、Al:0.20%以下(0%は除く)を含み、残部がFe及びその他の不可避不純物からなり、下記式1の値が300~500であり、前記ガスシールドアーク溶接時に、下記式4の値が1.2~1.6となるようにすることを特徴とする。
[式1]732-202×C+216×Si-85×Mn-37×Ni-47×Cr-39×Mo
(但し、前記[式1]において、各元素の含有量は重量%である。)
[式4]Q/T
(但し、前記[式4]において、Tは母材の厚さ(mm)、及びQは溶接入熱量(kJ/cm)を意味する。)
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、溶接部に優れた疲労抵抗特性及び残留応力による変形に対する抵抗性を付与することができるガスシールドアーク溶接用ワイヤを提供することができる。
【0013】
また、本発明は、疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れた溶接部材、並びにその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の一実施例による発明例1をEBSDで観察したIQ(Image Quality)及びIPF(Inverse Pole Figure)写真である。
図2】本発明の一実施例による発明例1の結晶粒間の方位差角度による結晶粒界の割合に対するグラフである。
図3】本発明の一実施例による発明例2をEBSDで観察したIQ(Image Quality)及びIPF(Inverse Pole Figure)写真である。
図4】本発明の一実施例による発明例2の結晶粒間の方位差角度による結晶粒界の割合に対するグラフである。
図5】本発明の一実施例による発明例3をEBSDで観察したIQ(Image Quality)及びIPF(Inverse Pole Figure)写真である。
図6】本発明の一実施例による発明例3の結晶粒間の方位差角度による結晶粒界の割合に対するグラフである。
図7】本発明の一実施例による発明例4をEBSDで観察したIQ(Image Quality)及びIPF(Inverse Pole Figure)写真である。
図8】本発明の一実施例による発明例4の結晶粒間の方位差角度による結晶粒界の割合に対するグラフである。
図9】本発明の一実施例による比較例1をEBSDで観察したIQ(Image Quality)及びIPF(Inverse Pole Figure)写真である。
図10】本発明の一実施例による比較例1の結晶粒間の方位差角度による結晶粒界の割合に対するグラフである。
図11】本発明の一実施例による比較例2をEBSDで観察したIQ(Image Quality)及びIPF(Inverse Pole Figure)写真である。
図12】本発明の一実施例による比較例2の結晶粒間の方位差角度による結晶粒界の割合に対するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態によるガスシールドアーク溶接用ワイヤについて説明する。下記に説明される合金組成の含有量は、重量%である。
【0016】
C:0.06~0.16%
Cは、アークを安定化して容積を微粒化する作用に有利であり、硬化能確保にも有利な元素である。Cの含有量が0.06%未満であると容積が粗大化して、アークが不安定になり、スパッタ発生量が多くなるだけでなく、溶接金属の十分な強度確保が難しくなるという欠点があり、0.16%を超過すると、溶融金属の粘性が低くなって、ビード形状が不良になるだけでなく、溶接金属を過度に硬化させて靭性が低下するという欠点がある。Cの含有量の下限は、0.062%であることがより好ましく、0.065%であることがさらに好ましく、0.07%であることが最も好ましい。Cの含有量の上限は、0.12%であることがより好ましく、0.10%であることがさらに好ましく、0.09%であることが最も好ましい。
【0017】
Si:0.001~0.2%
Siは、アーク溶接時における溶融金属の脱酸を促進する元素(脱酸元素)としてブローホールの発生抑制に有利な元素である。Siの含有量が0.001%未満であると、脱酸効果が不足となってブローホールが発生し易くなるという欠点があり、0.2%を超過すると、非導電性スラグが多く発生して溶接部の塗装不良を起こし、過度の脱酸による溶接部の表面活性化が不足となって溶融金属の溶入性が低下するという欠点がある。Siの含有量の下限は、0.01%であることがより好ましく、0.02%であることがさらに好ましく、0.04%であることが最も好ましい。Siの含有量の上限は、0.15%であることがより好ましく、0.10%であることがさらに好ましく、0.08%であることが最も好ましい。
【0018】
Mn:1.6~1.9%
Mnは脱酸元素であり、アーク溶接時に溶融金属の脱酸を促進してブローホール発生の抑制に有利な元素である。Mnの含有量が1.6%未満であると、脱酸硬化が不足となってブローホールの発生が起こり易くなるという欠点があり、1.9%を超過すると、溶融金属の粘性が過度に高くなって、溶接速度が速い場合に、溶接部位に適切に溶融金属が流入することができず、ハンピング(humping)ビードが形成されるにつれて、ビード形状の不良が発生し易くなるという欠点がある。Mnの含有量の下限は、1.65%であることがより好ましく、1.7%であることがさらに好ましく、1.75%であることが最も好ましい。Mnの含有量の上限は、1.87%であることがより好ましく、1.85%であることがさらに好ましく、1.8%であることが最も好ましい。
【0019】
Cr:1.2~6.0%
Crはフェライト安定化元素であり、溶接金属の強度を向上させる硬化能確保に有利な元素である。Crの含有量が1.2%未満であると、溶接金属の十分な強度確保が難しいという欠点があり、6.0%を超過すると、場合によっては溶接金属の脆性が不要に増加して、十分な靭性を確保することが困難であるという欠点がある。Crの含有量の下限は、1.25%であることがより好ましく、1.30%であることがさらに好ましく、1.35%であることが最も好ましい。Crの含有量の上限は、5.8%であることがより好ましく、5.5%であることがさらに好ましく、5.2%であることが最も好ましい。
【0020】
Mo:0.4~0.65%
Moはフェライト安定化元素であり、溶接金属の強度を向上させる硬化能確保に有利な元素である。Moの含有量が0.4%未満であると、溶接金属の十分な強度確保が難しいという欠点があり、0.65%を超過すると、場合によっては溶接金属の靭性が低下するという欠点がある。Moの含有量の下限は、0.42%であることがより好ましく、0.44%であることがさらに好ましく、0.46%であることが最も好ましい。Moの含有量の上限は、0.62%であることがより好ましく、0.60%であることがさらに好ましく、0.58%であることが最も好ましい。
【0021】
P:0.015%以下(0%は除く)
Pは一般的に鋼内に不可避不純物として混入する元素であり、アーク溶接用ソリッドワイヤ内にも通常の不純物として含まれる元素である。Pの含有量が0.015%を超過すると、溶接金属の高温割れが顕著になるという欠点がある。Pの含有量は0.014%以下であることがより好ましく、0.012%以下であることがさらに好ましく、0.01%以下であることが最も好ましい。
【0022】
S:0.01%以下(0%は除く)
Sは一般的に鋼内に不可避不純物として混入する元素であり、アーク溶接用ソリッドワイヤ内にも通常の不純物として含まれる元素である。Sの含有量が0.01%を超過すると、場合によっては溶接金属の靭性が悪化し、溶接時の溶融金属の表面張力が不足するため、高速下進溶接(垂直溶接時に上から下の方向に溶接)時に重力によって溶融部が過度に流れ落ちて、溶接ビードの形状が不良となるという欠点がある。Sの含有量は、0.008%以下であることがより好ましく、0.006%以下であることがさらに好ましく、0.005%以下であることが最も好ましい。
【0023】
Al:0.20%以下(0%は除く)
Alは脱酸元素として微量でもアーク溶接時の溶融金属の脱酸を促進することで、溶接金属の強度を向上させることができる元素である。Alの含有量が0.20%を超過すると、Al系酸化物の生成が増加して、場合によっては溶接金属の強度及び靭性が低下し、非導電性酸化物による溶接部の電着塗装不良が敏感になるという欠点がある。Alの含有量は、0.15%以下であることがより好ましく、0.12%以下であることがさらに好ましく、0.10%以下であることが最も好ましい。
【0024】
この他に、本発明の残りの成分は鉄(Fe)である。但し、通常の製造過程では、原料または周囲環境から意図されない不純物が不可避に混入する可能性があるため、これを排除することはできない。不純物は、通常の技術者であれば誰でも分かることであるため、本発明ではその全ての内容を特に言及しない。
【0025】
本発明のワイヤは、上述の合金組成以外に、Ni:0.40%以下及びCu:0.50%以下のうち1種以上をさらに含むことができる。
【0026】
Ni:0.40%以下
Niは溶接金属の強度及び靭性を向上させることができる元素である。但し、Niの含有量が0.40%を超過すると、割れに敏感になるという欠点がある。Niの含有量は0.30%以下であることがより好ましく、0.20%以下であることがさらに好ましく、0.10%以下であることが最も好ましい。
【0027】
Cu:0.50%以下
Cuは一般的にワイヤをなす鋼中の不純物として0.02%程度含有される場合が通常であるが、アーク溶接用ソリッドワイヤの場合、主にワイヤ表面に実施される銅めっきに起因してその含有量が決定されることができる。Cuはワイヤの送給性及び通電性を安定化させることができる元素である。但し、Cuの含有量が0.50%を超過すると、溶接金属の割れ感受性が高くなるという欠点がある。Cuの含有量は0.45%以下であることがより好ましく、0.40%以下であることがさらに好ましく、0.30%以下であることが最も好ましい。
【0028】
一方、本発明のワイヤは、上述した合金組成を満たすとともに、下記式1の値が300~500であることが好ましい。下記式1は、針状フェライトを含む下部ベイナイト変態を活用して溶接金属部の微細組織を針状フェライトとベイナイトが互いに複雑な形で絡み合っている(interlocked)緻密な構造になるようにし、低温変態開始温度を下げて変態膨張を介して発生する溶接部圧縮残留応力で溶融池の凝固時に発生する収縮引張応力を相殺するか、更なる圧縮応力を付加するためのものである。下記式1の値が300未満であると、硬化能が増加しすぎて低温変態組織が過度に発達することで、溶接金属の靭性が不足になり、低温変態開始温度が低すぎて残留オーステナイトの分率が増加すると同時に、変態膨張効果が劣るという欠点がある。一方、500を超過すると、逆に上述した針状フェライトを含む下部ベイナイト変態効果が十分に得られず、溶接金属の微細組織を緻密にすることができないだけでなく、低温変態開始温度が上昇して、溶接部の引張残留応力を相殺する効果が顕著に劣るという欠点がある。下記式1の値の下限は312であることがより好ましく、315であることがさらに好ましく、318であることが最も好ましい。下記式1の値の上限は498であることがより好ましく、496であることがさらに好ましく、494であることが最も好ましい。
[式1]732-202×C+216×Si-85×Mn-37×Ni-47×Cr-39×Mo
(但し、上記[式1]において、各元素の含有量は重量%である。)
【0029】
本発明では、ワイヤの形態や種類について特に限定しないが、例えば、本発明のワイヤは、ソリッドワイヤ、メタルコアード及びフラックスコアードワイヤのうち1つであることができる。
【0030】
以下、本発明の溶接部材について説明する。本発明の溶接部材は、母材及び溶接部を含む。以下、上記溶接部の合金組成について、先に説明する。下記説明される合金組成の含有量は重量%である。
【0031】
C:0.05~0.16%
Cは、溶接金属が凝固過程で高温のオーステナイト上で連続冷却によって無拡散変態を介した針状型フェライト、ベイナイト及びマルテンサイト変態が開始される温度を下げることができる主要元素である。Cの含有量が0.05%未満であると硬化能が減少して、溶接金属の十分な強度確保が難しくなるだけでなく、上述した原理によって低温変態開始温度が十分に低くならず、冷却過程で低温変態膨張効果に伴う溶接部の引張残留応力相殺効果が顕著に劣り、結晶粒間の方位角差異が大きい高硬角の結晶粒界構造が形成されないという欠点がある。一方、Cの含有量が0.16%を超えると溶融金属の粘性が低くなって、ビード形状が不良になるだけでなく、溶接金属を過度に硬化させて靭性が低下し、低温変態開始温度が過度に低くなって、溶接部の引張残留応力が最大に達する常温付近の温度で低温変態による圧縮応力を確保できず、最終溶接金属組織に未変態相である残留オーステナイト相が増加することがある。Cの含有量の下限は、0.052%であることがより好ましく、0.055%であることがさらに好ましく、0.58%であることが最も好ましい。Cの含有量の上限は、0.12%であることがより好ましく、0.1%であることがさらに好ましく、0.09%であることが最も好ましい。
【0032】
Si:0.001~1.0%
Siは、アーク溶接時における溶融金属の脱酸を促進する元素(脱酸元素)としてブローホールの発生抑制に有利であり、低温変態開始温度を上昇させる元素である。Siの含有量が0.001%未満であると、脱酸効果が不足となってブローホールが発生しやすくなるという欠点があり、低温変態開始温度が過度に低くなり、溶接部の引張残留応力を相殺する効果が劣る可能性がある。一方、Siの含有量が1.0%を超過すると、非導電性スラグが多く発生して、溶接部の塗装不良を引き起こし、過度の脱酸により溶接部の表面活性化が不足して溶融金属の溶入性が低下する可能性があるだけでなく、低温変態開始温度が上昇して、低温変態による十分な圧縮応力効果が得られないという欠点がある。Siの含有量の下限は、0.01%であることがより好ましく、0.02%であることがさらに好ましく、0.04%であることが最も好ましい。Siの含有量の上限は、0.85%であることがより好ましく、0.75%であることがさらに好ましく、0.65%であることが最も好ましい。
【0033】
Mn:1.4~2.5%
Mnは脱酸元素であり、アーク溶接時に溶融金属の脱酸を促進してブローホール発生抑制に有利であり、Cのように低温変態開始温度を減少させる元素である。Mnの含有量が1.4%未満であると、脱酸効果が不足してブローホールの発生が起こり易くなり、低温変態開始温度が上昇して、低温変態による十分な圧縮応力効果が得られないという欠点がある。一方、2.5%を超過すると、溶融金属の粘性が過度に高くなって、溶接速度が速い場合に溶接部位に適切に溶融金属が流入できず、ハンピング(humping)ビードが形成されるにつれて、ビード形状不良が発生しやすくなり、低温変態開始温度が低くなりすぎて、溶接部の引張残留応力を相殺する効果が劣るという欠点がある。Mnの含有量の下限は、1.45%であることがより好ましく、1.50%であることがさらに好ましく、1.55%であることが最も好ましい。Mnの含有量の上限は、2.47%であることがより好ましく、2.45%であることがさらに好ましく、2.43%であることが最も好ましい。
【0034】
Cr:0.4~5.0%
Crはフェライト安定化元素であり、低温変態開始温度を下げ、溶接金属の硬化能確保に伴う強度向上に有利な元素である。Crの含有量が0.4%未満であると、溶接金属の高硬角の結晶粒界の割合が減少し、低温変態に伴う圧縮応力効果が十分に得られ難いだけでなく、溶接金属の十分な強度の確保が困難である可能性がある。一方、Crの含有量が5.0%を超過すると、場合によっては溶接金属の脆性が不要に増加して十分な靭性を確保することが困難であり、低温変態開始温度が低すぎて溶接部の圧縮応力が十分に確保できないことがある。Crの含有量の下限は0.44%であることがより好ましく、0.47%であることがさらに好ましく、0.50%であることが最も好ましい。Crの含有量の上限は4.8%であることがより好ましく、4.5%であることがさらに好ましく、4.2%であることが最も好ましい。
【0035】
Mo:0.1~1.5%
Moはフェライト安定化元素であり、低温変態開始温度を下げ、溶接金属の硬化能確保に伴う強度向上に有利な元素である。Moの含有量が0.1%未満である場合、溶接金属の高硬角の結晶粒界の割合が減少し、低温変態に伴う圧縮応力効果が十分に得られ難いだけでなく、溶接金属の十分な強度の確保が困難である可能性がある。一方、Moの含有量が1.5%を超過すると、場合によっては溶接金属の靭性が低下し、低温変態開始温度が低すぎて溶接部の圧縮応力が十分に確保できないことがある。Moの含有量の下限は、0.16%であることがより好ましく、0.18%であることがさらに好ましく、0.2%であることが最も好ましい。Moの含有量の上限は1.48%であることがより好ましく、1.46%であることがさらに好ましく、1.44%であることが最も好ましい。
【0036】
P:0.015%以下(0%は除く)
Pは一般的に不可避不純物として混入する元素である。Pの含有量が0.015%を超過すると、溶接金属の高温割れが顕著になるという欠点がある。Pの含有量は0.014%以下であることがより好ましく、0.012%以下であることがさらに好ましく、0.01%以下であることが最も好ましい。
【0037】
S:0.01%以下(0%は除く)
Sは一般的に不可避不純物として混入する元素である。Sの含有量が0.01%を超過すると、場合によっては溶接金属の靭性が悪化し、溶接時の溶融金属の表面張力が不足して、高速下進溶接(垂直溶接時に上から下の方向に溶接)時に重力によって溶融部が過度に流れ落ちて、溶接ビードの形状が不良となるという欠点がある。Sの含有量は、0.008%以下であることがより好ましく、0.006%以下であることがさらに好ましく、0.005%以下であることが最も好ましい。
【0038】
Al:0.20%以下(0%は除く)
Alは脱酸元素として微量でもアーク溶接時の溶融金属の脱酸を促進することで、溶接金属の強度を向上させることができる元素である。Alの含有量が0.20%を超過すると、Al系酸化物の生成が増加して、場合によっては溶接金属の強度及び靭性が低下し、非導電性酸化物による溶接部の電着塗装不良が敏感になるという欠点がある。Alの含有量は、0.15%以下であることがより好ましく、0.12%以下であることがさらに好ましく、0.10%以下であることが最も好ましい。
【0039】
この他に、本発明の残りの成分は鉄(Fe)である。但し、通常の製造過程では、原料または周囲環境から意図されない不純物が不可避に混入する可能性があるため、これを排除することはできない。上記不純物は、通常の技術者であれば誰でも分かることであるため、本発明ではその全ての内容を特に言及しない。
【0040】
本発明の溶接部材は、上述した合金組成の他に、Ni:0.40%以下及びCu:0.50%以下のうち1種以上をさらに含むことができる。
【0041】
Ni:0.40%以下
Niは溶接金属の強度及び靭性を向上させることができる元素である。但し、Niの含有量が0.40%を超過すると、割れに敏感になるという欠点がある。Niの含有量は0.30%以下であることがより好ましく、0.20%以下であることがさらに好ましく、0.10%以下であることが最も好ましい。
【0042】
Cu:0.50%以下
Cuは溶接金属の強度向上に有効な元素である。但し、Cuの含有量が0.50%を超過すると、溶接金属の割れ感受性が高くなるという欠点がある。Cuの含有量は0.45%以下であることがより好ましく、0.40%以下であることがさらに好ましく、0.30%以下であることが最も好ましい。一方、強度向上効果を十分に得るためには、溶接金属中にCuを0.01%以上含有させることができる。
【0043】
一方、本発明の溶接部材の溶接部は、ベイナイト、針状フェライトと、粒状フェライト、マルテンサイト及び残留オーステナイトのうち1つ以上を含む微細組織を有することが好ましい。本発明では、特に上述したように式1の値を適切に制御することで、溶接後の冷却過程で発生する旧オーステナイト結晶粒内での針状フェライトを含む下部ベイナイト変態を活用して溶接金属部の微細組織を針状フェライトとベイナイトが互いに複雑な形に絡み合っている(interlocked)緻密な構造、すなわち、結晶粒間の方位角が高硬角を有する構造になるようにし、低温変態開始温度を下げて低温変態膨張を介して発生する溶接部圧縮残留応力で溶融池の凝固時に発生する収縮引張応力を相殺するか、追加の圧縮応力を付加することができる効果が得られる。
【0044】
このとき、溶接部の微細組織は、平均有効結晶粒径が10μm以下であることが好ましい。このように平均有効結晶粒径を微細に制御することで、比較的優れた溶接金属の強度及び靭性を確保することができる効果が得られる。平均有効結晶粒径が10μmを超過する場合には、上述したように溶接金属の十分な強度及び靭性を同時に確保することが困難であるという欠点がある。平均有効結晶粒径は7μm以下であることがより好ましく、5μm以下であることがさらに好ましく、4μm以下であることが最も好ましい。一方、平均有効結晶粒は、単位面積当たりの結晶粒数から換算された結晶粒の平均サイズとして定義することができる。
【0045】
また、溶接部の微細組織は、全結晶粒界に対する結晶粒間の方位差角度が55°以上である高硬角の結晶粒界の割合が40%以上であることが好ましい。上述のように高硬角の結晶粒界の割合を制御することで、非常に緻密かつ複雑な微細組織の形成によって、溶接金属の十分な強度及び靭性を同時に確保するとともに、特に引張強度950MPa級以上の薄鋼板溶接部の引張残留応力を十分に相殺することができる低温変態膨張効果が得られる。但し、高硬角の結晶粒界の割合が40%未満である場合には、上述した特性が不足するという欠点がある。高硬角の結晶粒界の割合は、44%以上であることがより好ましく、47%以上であることがさらに好ましく、50%以上であることが最も好ましい。
【0046】
さらに、溶接部は、下記式2で表されるRの値が10.5~18.5であることが好ましい。下記式2は、上述した式1の効果によって実現された結晶粒間の方位差角度は増加し、これをなす有効結晶粒は細粒化して、より緻密かつ複雑な構造の微細組織が形成されるようにするためのものである。下記式2の値が10.5未満であると、溶接金属の強度及び靭性が十分に確保できないという欠点があり、18.5を超過すると、溶接金属の脆性が高すぎて割れに敏感になるという欠点がある。下記式2の値の下限は、10.6であることがより好ましく、10.8であることがさらに好ましく、11であることが最も好ましい。下記式2の値の上限は、18.4であることがより好ましく、18.2であることがさらに好ましく、18であることが最も好ましい。一方、下記式2で結晶粒間の方位差角度は、結晶粒をなす一連の格子配列を1つの結晶粒とみなし、このときに各結晶粒界がなす角度と定義することができる。
[式2]R=(K/G)×(Q/T)
但し、上記[式2]において、Kは溶接部内の全結晶粒界に対する結晶粒間の方位差角度が55°以上である結晶粒界の割合(%)、Gは溶接部の平均有効結晶粒径(μm)、Tは母材の厚さ(mm)、及びQは溶接入熱量(kJ/cm)を意味し、上記Qは下記[式3]で定義される。
[式3]Q=(I×E)×0.048/υ
但し、上記[式3]において、Iは溶接電流(A)、Eは溶接電圧(V)、及びυは溶接速度(cm/min)を意味する。
【0047】
上述のように提供される本発明の溶接部は、疲労強度が140MPa以上であることができる。また、溶接部は、溶接ビードの端部から母材と垂直な方向に5mm以内の領域の圧縮残留応力が90MPa以上であることができる。一方、残留応力の種類としては、引張残留応力及び圧縮残留応力があるが、引張残留応力の場合には、特に溶接部の疲労抵抗特性を悪くする問題を起こすことがある。これによって、本発明では、溶接部に適正レベルの圧縮残留応力が付与されるようにする。このように、本発明の溶接部材は、疲労抵抗特性及び溶接部の残留応力による変形に対する抵抗性に優れて、自動車用部品などへの適用時に、製品の耐久寿命及び組立性を効果的に向上させることができる。
【0048】
一方、本発明では、母材の合金組成について特に限定しない。但し、一例として、母材は、重量%で、C:0.05~0.13%、Si:0.2~2.0%、Mn:1.3~3.0%、Cr:0.01~2.0%、Mo:0.01~2.0%、Al:0.01~0.1%、P:0.001~0.05%、S:0.001~0.05%、残部がFe及びその他の不可避不純物からなる。また、母材は、Ti:0.01~0.2%及びNb:0.01~0.1%のうち1種以上をさらに含むことができる。また、母材は0.8~4.0mmの厚さを有することができる。
【0049】
また、本発明では溶接部材の製造方法について特に限定しない。但し、本発明の溶接部材を製造するための有利な方法のうち1つを以下のように説明する。
【0050】
まず、2枚以上の母材を用意した後、溶接ワイヤを用いてガスシールドアーク溶接して溶接部材を製造するにおいて、溶接ワイヤは、上述した合金組成及び式1の値を満たすことが好ましい。さらに、母材も上述した合金組成を有することができる。また、ガスシールドアーク溶接時に、下記式4の値が1.2~1.6となるようにすることが好ましい。下記式4の値が1.2未満である場合には、溶接金属及び粗大化結晶粒の熱影響部(Coarse Grained Heat Affected Zone)の硬化能が過度に増加して強度及び靭性が不足するという欠点があり、1.6を超過する場合には、溶接金属の強度不足及び溶接熱影響部の強度低下が過度になりすぎるだけでなく、溶接部にバックビード及び溶落ちが発生しやすくなって、不良になってしまうという欠点がある。下記式4の値の下限は、1.24であることがより好ましく、1.26であることがさらに好ましく、1.28であることが最も好ましい。下記式1の値の上限は、1.58であることがより好ましく、1.56であることがさらに好ましく、1.54であることが最も好ましい。
[式4]Q/T
(但し、上記[式4]において、Tは母材の厚さ(mm)及びQは溶接入熱量(kJ/cm)を意味する。)
【実施例
【0051】
以下、実施例を通じて本発明をより詳細に説明する。但し、下記実施例は本発明をより詳細に説明するためのもので、本発明の権利範囲を限定するものではない。
【0052】
(実施例)
下記表1に記載された合金組成を有し、下記表4に記載された厚さを有する引張強度980MPaの鋼板を2枚用意した後、下記表2に記載された合金組成を有するソリッドワイヤを用いて、下記表4に記載された溶接入熱量を付与しながらガスシールドアーク溶接して、下記表3に記載された合金組成を有する溶接部を有する溶接部材を製造した。このように製造された溶接部材に対して溶接部の微細組織、疲労強度、及び残留応力を測定した後、その結果を下記表4~6に示した。
【0053】
微細組織は、溶接部から試験片を採取した後、断面組織を微細研磨してナイタル(Nital)溶液でエッチングしてから、光学顕微鏡で観察した。また、EBSD(Electron Backscattered Diffraction)を用いてKikuchiパターンを分析し、結晶粒界及び結晶粒の方位情報を視覚化したIQ(Image Quality)及びIPF(Inverse Pole Figure)Mapを得た。この後、上述した光学顕微鏡で観察した微細組織写真とともにEBSDのIQ及びIPF Mapを参考にして結晶粒を区分した後、単位面積当たりの結晶粒数から換算した結晶粒の平均サイズを算出する方法で平均有効結晶粒径を測定した。
【0054】
溶接部内の全結晶粒界に対する結晶粒間の方位差角度が55°以上である高硬角の結晶粒界の割合は、上述したEBSD分析方法によって結晶粒をなす一連の格子配列を一つの結晶粒とみなし、このとき、各結晶粒界がなす角度を測定した後、これから結晶粒間の方位差角度の全体分布のうち、55°以上の方位差角度を有する結晶粒界の割合を抽出する方法で測定した。
【0055】
疲労強度は、溶接部材の溶接部から試験片を採取した後、疲労試験を行って疲労寿命が2×10Cyclesを満たす最大荷重と定義した。疲労試験は、各荷重に対する引張-引張高周期疲労試験を用いて疲労寿命(Cycles)を測定した。この時、最小荷重及び最大荷重の比は0.1であり、繰り返し荷重周波数は15Hzとし、また、荷重(kN)を各試験片の幅と厚さに応じた面積で割って換算した強度(MPa)に該当する疲労寿命を導出した。 このとき、最小荷重は、上述した一定荷重印加周波数を有する繰り返し荷重の最小値を意味し、最大荷重は繰り返し荷重の最大値を意味する。
【0056】
残留応力は、溶接ビードの端部から母材と垂直な方向に5mm以内の領域について、X線回折原理を活用して結晶粒を構成する格子間の距離変化を測定して付加されている応力変化量を測定する方法で計算した。この時、X線はCrチューブで電圧30kV及び電流6.7mAの出力で発生させた。一方、残留応力の値が負(-)である場合には圧縮残留応力、正(+)である場合には引張残留応力と判断した。また、ビード開始部は溶接が開始して形成される溶接ビード、ビード終端部は溶接が仕上げられて形成される溶接ビード、ビード中心部はビード開始部とビード終端部の中間に位置する溶接ビードを意味する。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
【表3】
【0060】
【表4】
【0061】
【表5】
【0062】
【表6】
【0063】
図1は、発明例1をEBSDで観察したIQ(Image Quality)及びIPF(Inverse Pole Figure)写真であり、図2は、発明例1の結晶粒間の方位差角度による結晶粒界の割合に対するグラフである。
【0064】
図3は、発明例2をEBSDで観察したIQ(Image Quality)及びIPF(Inverse Pole Figure)写真であり、図4は、発明例2の結晶粒間の方位差角度による結晶粒界の割合に対するグラフである。
【0065】
図5は、発明例3をEBSDで観察したIQ(Image Quality)及びIPF(Inverse Pole Figure)写真であり、図6は、発明例3の結晶粒間の方位差角度による結晶粒界の割合に対するグラフである。
【0066】
図7は、発明例4をEBSDで観察したIQ(Image Quality)及びIPF(Inverse Pole Figure)写真であり、図8は、発明例4の結晶粒間の方位差角度による結晶粒界の割合に対するグラフである。
【0067】
図9は、比較例1をEBSDで観察したIQ(Image Quality)及びIPF(Inverse Pole Figure)写真であり、図10は、比較例1の結晶粒間の方位差角度による結晶粒界の割合に対するグラフである。
【0068】
図11は、比較例2をEBSDで観察したIQ(Image Quality)及びIPF(Inverse Pole Figure)写真であり、図12は、比較例2の結晶粒間の方位差角度による結晶粒界の割合に対するグラフである。
【0069】
上記表1~6及び図1~12に示すとおり、発明例1~4の場合には、本発明が提案する条件を満たすことによって、優れた疲労強度及び圧縮残留応力を確保していることが分かる。一方、比較例1~3の場合には、本発明が提案する条件を満たしていないことによって、疲労強度が低いだけでなく、引張残留応力が存在するか、または低いレベルの圧縮強度を有していることが分かる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12