(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-17
(45)【発行日】2024-06-25
(54)【発明の名称】イオン液体及びイオン液体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 233/89 20060101AFI20240618BHJP
C07C 231/02 20060101ALI20240618BHJP
C07C 311/48 20060101ALI20240618BHJP
H01M 10/0569 20100101ALN20240618BHJP
【FI】
C07C233/89 CSP
C07C231/02
C07C311/48
H01M10/0569
(21)【出願番号】P 2020042345
(22)【出願日】2020-03-11
【審査請求日】2023-02-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】弁理士法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】細川 洋一
(72)【発明者】
【氏名】吉川 信明
(72)【発明者】
【氏名】志賀 亨
【審査官】前田 憲彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-106909(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0306439(US,A1)
【文献】特開2012-055167(JP,A)
【文献】Green Chemistry,2006年,8(7),P.599-602
【文献】Canadian Journal of Chemistry,1962年,40,P.2362-2368
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 233/
C07C 231/
C07C 311/
H01M 10/
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)~(8)のうち1以上である、イオン液体。
【化1】
【請求項2】
分子量が450以上700以下の範囲である、請求項
1に記載のイオン液体。
【請求項3】
請求項1に記載のイオン液体の製造方法であって、
式(9)~(13)の前記酸ハロゲン化物と、式(14)~(16)の前記アミンと、式(17)~(18)のアニオンを含む前記パーフルオロアルキルスルホンイミド化合物とを有機溶媒中
、10℃以下で冷却撹拌したのち、室温で30分以上24時間以下の範囲で撹拌して反応させる反応工程と、
前記有機溶媒を除去し水を加えて遊離した油状物を回収する回収工程と、
を含むイオン液体の製造方法。
【化2】
【化3】
【化4】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書では、イオン液体及びイオン液体の製造方法を開示する。
【背景技術】
【0002】
従来、アセチルアンモニウム塩の様なアシルアンモニウム塩は、3級アミンと酸ハロゲン化物との反応により迅速に生成することが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。
しかしながら、このアセチルアンモニウム塩は、化学的に不安定なため、空気中の水分で分解してしまう問題があった。その後の研究により、テトラフルオロボレート(BF4
-)やテトラフェニルボレート(BPh4
-)など、嵩高いアニオンを持つ場合には、アルキル基を持つ酸ハロゲン化物RCOClあるいは芳香環を持つ酸ハロゲン化物ArCOClのどちらでもアシルアンモニウムと嵩高いアニオンとの安定なイオン結晶固体が得られることが報告されている(例えば、非特許文献2参照)。また、近年、アセチルクロライド(CH3COCl)が3級アミンによって脱HClすることにより、ケテン類(C=C=O)が生成する副反応が起きることが示唆されている(例えば、非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Can. J. Chem., 1962, 40, 2362-2368
【文献】J. Org. Chem., 1992, 57, 5136-5139
【文献】J. Am. Chem. Soc., 2019, 141, 5369-5380
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上述の非特許文献1の化合物は、加水分解しやすいため、このアニオンを用いたイオン液体などは、従来の構想になかった。また、非特許文献2の化合物は、嵩高い芳香環を持つアニオンを用いることで、アニオン分子の作る隙間によってC=O基を保護することが可能であり、アシルアンモニウム塩を安定化合物として得ることができたが、結晶性が高いため液体にはならなかった。
【0005】
本開示は、このような課題に鑑みなされたものであり、新規なイオン液体及びイオン液体の製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した目的を達成するために鋭意研究したところ、本発明者らは、嵩高い官能基をアニオン側に導入してアシル基を保護するのではなく、アシル基を有するアンモニウムカチオン側において、芳香環、長鎖、分岐アルキル基の様な嵩高い官能基を導入するものとすると、疎水性を付与して電子的、立体的に安定化を図ることができることを見いだし、本開示を完成するに至った。
【0007】
即ち、本明細書で開示するイオン液体は、
炭素数2以上の直鎖状、分岐鎖状及び置換基を有してもよい芳香環のうちいずれかである官能基R1を含む1つのアシル基と、分岐鎖を有してもよい炭素数2以上8以下の複数のアルキル基とが結合されたアンモニウムカチオン(但し前記R1が芳香環であるときにはトリイソアミルアミンカチオン)と、
炭素数3以下のフルオロアルキル基を有するパーフルオロアルキルスルホンイミドアニオンと、
を有するものである。
【0008】
本開示のイオン液体の製造方法は、
炭素数2以上の直鎖状、分岐鎖状及び置換基を有してもよい芳香環のうちいずれかである官能基R1を含むアシル基を有する酸ハロゲン化物と、分岐鎖を有してもよい炭素数2以上8以下の複数のアルキル基が結合されたアミン(但し前記R1が芳香環であるときにはトリイソアミルアミン)と、炭素数3以下のフルオロアルキル基を有するパーフルオロアルキルスルホンイミド化合物とを有機溶媒中で反応させる反応工程と、
前記有機溶媒を除去し水を加えて遊離した油状物を回収する回収工程と、
を含むものである。
【発明の効果】
【0009】
本開示は、アシル基を有する新規なイオン液体及びイオン液体の製造方法を提供することができる。この理由は、以下のように推察される。例えば、従来、アシルアンモニウムからなるイオン液体及びその合成方法の報告はなかった。これは、アシル基のC=Oと窒素との原子間の結合が弱く、カチオンとして不安定でカルボン酸とアミンの混合物の方が安定で、水の攻撃による加水分解が速やかに進行するためであった。一方、アニオン側に嵩高い官能基を導入して、化学的安定性を図ることが示唆されたが、結晶性が高すぎて液体にはならなかった。そこで、アシルアンモニウムの方に芳香環、長鎖、分岐アルキル基の様な嵩高い官能基を導入することで、疎水性を付与して電子的、立体的にも安定化でき加水分解反応を抑制することを考えた。長鎖、分岐アルキル基の導入は、分子内及び分子間相互作用を増加し、カチオン及びイオン対としての安定性が向上するとともに結晶性が低下して液体になりやすくなると期待される。また、アシル基にオルソ置換芳香環を導入すれば、同様にC=O炭素の保護により加水分解が抑制されると期待され、3級アミン由来のアルキル基とのCH-π相互作用によりカチオンとしての安定化向上にも寄与すると考えられる。また、非特許文献3によれば、酸ハロゲン化物のC=O基の隣のα炭素を起点として脱HCl反応が副反応として進行するため、それを阻害できれば反応はよりスムーズに進行すると考えられる。このα位での分岐構造やオルソ置換芳香環など嵩高い官能基の導入は、立体障害やα水素除去による副反応の抑制が期待される。このような観点から、カチオン側の構造制御により、化学的に安定であり、室温において液体である、アシルアンモニウムを有する新規なイオン液体を提供することができるものと推察される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図7】計算から求めたアシルアンモニウムの最適化構造。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(イオン液体)
本開示のイオン液体は、アンモニウムカチオンと、パーフルオロアルキルスルホンイミドアニオン(SIアニオンとも称する)と、を有する。アンモニウムカチオンは、炭素数2以上の直鎖状、分岐鎖状及び置換基を有してもよい芳香環のうちいずれかである官能基R1を含む1つのアシル基と、分岐鎖を有してもよい炭素数2以上8以下の複数のアルキル基とが結合されたものである。SIアニオンは、炭素数3以下のフルオロアルキル基を有するものである。このイオン液体は、式(1)で表されるものとしてもよい。但し、式(1)において、R1はアシル基が有する、上記炭素数2以上の直鎖状、分岐鎖状及び置換基を有してもよい芳香環のうちいずれかである官能基であり、R2~R4は、それぞれ同じであっても異なってもよく、上記分岐鎖を有してもよい炭素数2以上8以下のアルキル基である。R1とR2~R4とは同じであってもよいが、異なることが好ましい。また、R2~R4は、それぞれ異なるものとしてもよいが、同じであることが好ましい。
【0012】
【0013】
アンモニウムカチオンにおいて、アシル基が有する官能基R1は、イオン液体の収率の観点からは、芳香環を有するか直鎖状であることが好ましい。また、官能基R1は、炭素数が2以上12以下の範囲であることが好ましく、4以上8以下の範囲がより好ましく、6以上7以下の範囲としてもよい。この官能基R1は、例えば、式(2)~(6)のうち1以上であるものとしてもよい。式(3)の官能基R1において、置換基であるCF3基は、オルト位、メタ位及びパラ位のいずれでもよいが、アシル基のC=Oの保護の観点からは、オルト位であることが好ましい。
【0014】
【0015】
アンモニウムカチオンにおいて、分岐鎖を有してもよい炭素数2以上8以下の複数のアルキル基(R2~R4)は、例えば、炭素数2以上6以下が好ましく、炭素数3以上5以下としてもよい。このアルキル基(R2~R4)としては、例えば、式(7)~(9)の構造を有するものとしてもよい。即ち、アンモニウムカチオンは、トリエチルアミン(TEA)、トリブチルアミン(TBA)及びトリイソアミルアミン(TIAA)の構造を有することが好ましい。また、このイオン液体において、官能基R1が式(2)のフェニル基のように芳香環であるとき、アルキル基は、式(9)の構造(トリイソアミルアミンカチオン:TIAA)を有することが、安定な液体とする上で好ましい。
【0016】
【0017】
SIアニオンは、炭素数3以下のフルオロアルキル基を有するものであり、例えば、ビス(フルオロスルホニル)イミドアニオン(FSI)や、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドアニオン(TFSI)、ビス(ペンタフルオロエタンスルホニル)イミドアニオン(PFSI)などが挙げられ、このうち、TFSIやPFSIが好ましい。SIアニオンは、炭素数が4以上のフルオロアルキル基を有するもの、例えば、ビス(ノナフルオロブタンスルホニル)イミドなどでは、固体となるなど好ましくない。
【0018】
このイオン液体は、例えば、式(10)~(17)のいずれかの構造を有するものとしてもよい。但し、式中のSIアニオンは、TFSIアニオン及びPFSIアニオンのうち1以上である。
【0019】
【0020】
このイオン液体は、分子量が450以上700以下の範囲であることが好ましい。例えば、分子量が450以上では、過度の結晶化を避け固体化を抑制でき好ましく、あるいは分解を抑制しやすい構造とすることができる。また、分子量が700以下では、水素結合や疎水性相互作用による凝集作用などをより抑制することができ、液化しやすく好ましい。このイオン液体の分子量は、500以上が好ましく、550以上としてもよい。また、この分子量は、650以下が好ましく、600以下としてもよい。
【0021】
(イオン液体の製造方法)
本開示のイオン液体の製造方法は、反応工程と、回収工程とを含むものとしてもよい。このイオン液体の製造方法は、上述したイオン液体の製造方法である。官能基R1、アルキル基R2~R4、及びSIアニオンは、上述した構造のいずれかを適宜用いることができる。
【0022】
(反応工程)
反応工程では、炭素数2以上の直鎖状、分岐鎖状及び置換基を有してもよい芳香環のうちいずれかである官能基R1を含むアシル基を有する酸ハロゲン化物と、分岐鎖を有してもよい炭素数2以上8以下の複数のアルキル基が結合されたアミン(但し官能基R1が芳香環であるときにはトリイソアミルアミン)と、炭素数3以下のフルオロアルキル基を有するパーフルオロアルキルスルホンイミド化合物とを有機溶媒中で反応させる。この反応工程では、式(18)に示すスキームで処理を行うことができる。式中Xはハロゲン、Aはアルカリ金属である。ハロゲンXとしては、例えば、塩素、臭素、ヨウ素などが挙げられ、このうち塩素が好ましい。アルカリ金属Aとしては、リチウム、ナトリウム及びカリウムなどが挙げられ、このうちリチウムが好ましい。用いる有機溶媒は、例えば、極性非プロトン性の溶媒が挙げられ、水に可溶な溶媒が好ましく、アセトニトリル(ACN)や、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジクロロメタン、クロロホルムなどが挙げられ、このうちアセトニトリルが好ましい。この有機溶媒は、脱水処理したものを用いることが好ましい。また、この工程では、原料を有機溶媒へ入れる際に、10℃以下に冷却して撹拌することが好ましい。この工程は、グローブボックス内など外気を遮断した状態で行うものとしてもよい。この工程では、冷却撹拌したのち、室温で30分以上24時間以下の範囲で撹拌するものとしてもよい。
【0023】
【0024】
この工程で用いる酸ハロゲン化物において、官能基R1は、イオン液体の収率の観点からは芳香環を有するか直鎖状であることが好ましい。また、官能基R1は、炭素数が2以上12以下の範囲であることが好ましく、4以上8以下の範囲がより好ましく、6以上7以下の範囲としてもよい。この酸ハロゲン化物は、例えば、式(19)~(23)のうち1以上であるものとしてもよい。また、この工程では、液体を得る観点からは、酸ハロゲン化物として、式(24)を用いないことが好ましい。
【0025】
【0026】
この工程で用いるアミンは、炭素数2以上8以下のアルキル基(R2~R4)を有するが、それぞれ同じであっても異なってもよいが、それぞれ同じであることが好ましい。このアルキル基は、例えば、炭素数2以上6以下が好ましく、炭素数3以上5以下としてもよい。このアミンは、例えば、式(25)~(27)に示す、トリエチルアミン(TEA)、トリブチルアミン(TBA)及びトリイソアミルアミン(TIAA)のうち1以上としてもよい。このアミンの炭素鎖の長さや分岐の有無などは、官能基R1とのバランスに応じて選択することが好ましい。
【0027】
【0028】
この工程で用いるパーフルオロアルキルスルホンイミド化合物は、上記炭素数3以下のフルオロアルキル基を有するSIアニオンと対カチオンとを含む化合物としてもよい。SIアニオンとしては、式(28)~(29)のTFSIアニオン、PFSIアニオンなどが挙げられる。対カチオンは、アルカリ金属イオンが好ましく、例えば、リチウムイオン、ナトリウムイオン及びカリウムイオンが挙げられ、このうちリチウムイオンが好ましい。また、SIアニオンとしては、液体を得る観点からは、式(30)のNFSIアニオンは好ましくない。
【0029】
【0030】
(回収工程)
回収工程では、有機溶媒を除去し水を加えて遊離した油状物を回収する処理を行う。有機溶媒の除去は、例えば、加熱乾留で行うものとしてもよい。この工程では、有機溶媒を除去したのち、遊離した油状物を水洗することが好ましい。また、水洗後に乾燥することが好ましい。乾燥処理は、例えば、室温で1時間以上1週間以下の範囲で真空乾燥するものとしてもよい。乾燥温度や、乾燥時間は、得られるイオン液体の性状に合わせて適宜設定すればよい。このように、原料を混合して撹拌するという簡便な処理によって、本開示のイオン液体を製造することができる。
【0031】
以上、詳述した本実施形態では、アシル基を有する新規なイオン液体及びイオン液体の製造方法を提供することができる。本開示では、アニオン側ではなく、カチオン側に
アシル基のN-C=O結合を保護する構造を導入することによって、従来加水分解しやすいアシルアンモニウムの構造を安定化することができ、新規なイオン液体を提供することができる。
【0032】
なお、本開示は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本開示の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【実施例】
【0033】
以下には、本開示のイオン液体を具体的に作製した例を実験例として説明する。実験例1~11が本開示の実施例に相当し、実験例12~16が比較例に相当する。
【0034】
(イオン液体の作製)
酸塩化物1mmolとLiSI(リチウムパーフルオロアルキルスルホンイミド)1mmolとをグローブボックス中で秤量し、脱水アセトニトリル5mLに溶解し、0℃で3級アミン1mmolを添加して1時間撹拌した。更に室温で1~12時間撹拌した。溶媒除去後、5mLの超純水を加えて遊離した油状物を更に3回水洗浄した後に回収し、室温で3日~1週間真空乾燥することで生成物を得た。生成物はNMRスペクトルにより確認した。試薬及び単離収率を表1にまとめた。
【0035】
(試薬)
<酸塩化物>
AC:塩化アセチル
BC:塩化ベンゾイル
CF3BC:o-トリフルオロメチルベンゾイルクロライド
PVC:PropylvalerylChloride
EHC:EthylhexylChloride
IBC:IsobutylChloride
VC:ValerylChloride
MesC:MesitylChloride
<カルボン酸>
PVA:PropylvalerylCarboxylicAcid
EHC:EthylhexylCarboxylicAcid
<アミン>
TEA:トリエチルアミン(アルドリッチ製)
TBA:トリブチルアミン
TIAA:トリイソアミルアミン
<SI:パーフルオロアルキルスルホンイミド(リチウム塩)>
LiTFSI:リチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(キシダ化学)
LiPFSI:リチウムビス(ペンタフルオロエタンスルホニル)イミド
LiNFSI:リチウムビス(ノナフルオロブタンスルホニル)イミド
BuNEt3・TFSI:(ブチルトリエチルアンモニウム)(東京化成工業製)
<溶媒>
ACN:アセトニトリル(和光純薬製)
【0036】
(実験例1~11)
酸塩化物としてBC、アミンとしてTIAA、SIとしてLiTFSIを用いて作製したものを実験例1の試料とした。酸塩化物としてCF3BC、アミンとしてTIAA、SIとしてLiTFSIを用いて作製したものを実験例2の試料とした。酸塩化物としてVC、アミンとしてTEA、SIとしてLiTFSIを用いて作製したものを実験例3の試料とした。酸塩化物としてVC、アミンとしてTEA、SIとしてLiPFSIを用いて作製したものを実験例4の試料とした。酸塩化物としてPVC、アミンとしてTEA、SIとしてLiTFSIを用いて作製したものを実験例5の試料とした。酸塩化物としてPVC、アミンとしてTEA、SIとしてLiPFSIを用いて作製したものを実験例6の試料とした。酸塩化物としてPVC、アミンとしてTBA、SIとしてLiTFSIを用いて作製したものを実験例7の試料とした。酸塩化物としてPVC、アミンとしてTBA、SIとしてLiPFSIを用いて作製したものを実験例8の試料とした。酸塩化物としてPVC、アミンとしてTIAA、SIとしてLiTFSIを用いて作製したものを実験例9の試料とした。酸塩化物としてEHC、アミンとしてTBA、SIとしてLiTFSIを用いて作製したものを実験例10の試料とした。酸塩化物としてEHC、アミンとしてTIAA、SIとしてLiTFSIを用いて作製したものを実験例11の試料とした。
【0037】
(実験例12~16)
酸塩化物としてAC、アミンとしてTEA、SIとしてLiTFSIを用いて作製したものを実験例12の試料とした。酸塩化物としてBC、アミンとしてTEA、SIとしてLiTFSIを用いて作製したものを実験例13の試料とした。酸塩化物としてBC、アミンとしてTBA、SIとしてLiTFSIを用いて作製したものを実験例14の試料とした。酸塩化物としてTsC、アミンとしてTIAA、SIとしてLiNFSIを用いて作製したものを実験例15の試料とした。酸塩化物としてVC、アミンとしてTEA、SIとしてLiNFSIを用いて作製したものを実験例16の試料とした。
【0038】
(NMR測定)
実験例1~16のNMR測定を実行した。NMR測定は、核磁気共鳴測定装置(JEOL社製ECA500)を用い、400MHzにて1Hの分析を行った。実験例12は、溶媒をD2Oとし、実験例1、3、10、13、14は、溶媒をACN-d3とした。
【0039】
(結果及び考察)
図1は、実験例12の
1H-NMRスペクトルである。
図2は、実験例13の
1H-NMRスペクトルである。
図3は、実験例14の
1H-NMRスペクトルである。
図4は、実験例1の
1H-NMRスペクトルである。
図5は、実験例3の
1H-NMRスペクトルである。
図6は、実験例10の
1H-NMRスペクトルである。また、実験例1~16の原料である酸塩化物、アミン、SI、単離収率(質量%)、分子量(MW)をまとめて表1に示した。
【0040】
【0041】
従来技術の塩化アセチル(AC,CH
3COCl)とトリエチルアミン(TEA)にリチウムトリフルオロスルホニルイミド(Li[N(SO
2CF
3)
2]:LiTFSI)を用いた実験例12では、溶媒除去後に水添、水洗浄すると水溶液となり非水溶性成分は回収できなかった。
図1に示すように、溶液の
1HNMRスペクトルは酢酸(AA)、TEA及びLiTFSIの混合物のピークパターンと類似していることから、加水分解してAAと元のTEAになったと考えられた。また、塩化ベンゾイル(BC)とTEAを用いた実験例13では、油状物が遊離、回収されたが、
図2に示すように、真空乾燥後のNMRではBC由来のピークに対してTEA由来のピークの積分値が予測の約1/30と非常に小さかった。実験例12とは異なりα水素を持たないため、脱HClの副反応は起きないが、BC由来ピークは高磁場シフトしていることから、加水分解して安息香酸とTEAとなり、低沸点のTEAは真空乾燥によりほとんど除去されて、安息香酸が主成分として回収されたものと推察された。更に、BCにTBAを用いた実験例14では、真空乾燥後に固体が得られ、
図3に示すように、その
1H-NMRスペクトルは、BC由来のピークに対してTBA由来のピークの積分値が予測通りであることから、アシルアンモニウムが得られたと推察された。これは実験例13と異なり、アミンのアルキル基を長くすることで疎水性向上やN-C=O間結合の電子供与性に加え、アシル基の芳香環とのCH-n相互作用によってカチオンの安定性が増加して加水分解が抑制されたと推察された。また、実験例15のように、分子量が1000近傍の試料では、生成物は固体であった。実験例14では、低分子量による結晶性、実験例15では、対称性の高いメシチル基を有することで結晶性が高いことに加え、高分子量領域での水素結合や疎水性相互作用による凝集作用により、固体として得られたものと推察された。実験例16では、実験例14,15の間の分子量で低結晶性と予想されるバレルクロライド(VC)、TEA、LiNSFIを用いたが、固体が得られた。
【0042】
一方、表1の実験例1~11に示すように芳香環、分岐や長鎖アルキル基のような疎水性の高い官能基を導入した場合、水添加後に油状物が遊離し、イオン液体が回収された。実験例1の塩化ベンゾイルとTIAAとを用いた場合、TBAを用いた実験例14と異なり、TIAAのような長鎖アミンを用いることで結晶性が低下したため、液体で得られたものと推察された(
図4参照)。実験例2のように、α位にトルフルオロメチル基を導入したo-トリフルオロメチルベンゾイルクロライド(CF3BC)の場合もイオン液体が得られた。これは、対称性が低く、結晶性が更に低下することや、フッ素原子の疎水性によるものと推察された。また、実験例3、4のように、アシル基に長鎖アルキル基を持つVCを用いた場合も、高収率でイオン液体が単離された。
図5に示すように、実験例3では、C=O基を持たない一般的なイオン液体で、長鎖アルキルアンモニウムTFSIであるアミルトリエチルアンモニウムTFSIと類似のNMRスペクトルが得られた。これはアミンのアルキル基を長くすることで疎水性向上やN-CO間結合への電子供与性に加え、アシル基の分岐・長鎖アルキル基との自己会合によりカチオンの安定性が増加して加水分解が抑制されたためと考えられる。また、アニオンをNFSIとすると、固体であったことから、炭素数が3以下のアルキルなど低分子量アニオンとすれば、分子間相互作用が弱くなり、液体になるものと推察された。また、実験例5~11のように、アシル基にPVCやEHCのような分岐、長鎖アルキル基を有するアシル基をアミンに導入しても、
図6に示すようにイオン液体を得られたが、収率は低かった。実験例3、4のような直鎖アルキル基に比して、分岐、長鎖アルキル基ではα水素が引き抜かれやすく、副反応が起きやすいためであると推察された。
【0043】
実験例12~16のアシルアンモニウム塩は、加水分解するか、もしくは固体であったが、実験例1~11はいずれも液体であり、組成にかかわらず分子量は450~700の範囲内にあり、分子量も液体として存在する重要な因子であると推察された。これは、分子量が450未満では、結晶化あるいは分解しやすい構造が多く、一方、700を超えると水素結合や疎水性相互作用による凝集作用によって、アモルファス固体になりやすい構造が多くなるためと推察された。
【0044】
このように、アシル基やアミンに芳香環や分岐、長鎖アルキル基のような嵩高い官能基を導入することにより、疎水性向上や他の長鎖アルキル部との分子内及び分子間相互作用により、カチオンの安定性が増加し、更にC=Oカルボニル基の炭素周りを立体的に保護することで、加水分解が抑制されたものと推察された。そこで、従来のアセチルトリエチルアンモニウムイオンと実験例1~11のアシル基を有するアンモニウムイオンのシミュレーションによる最適化構造を検討した。シミュレーションは、アシルアンモニウムの構造をChemDrawPro Ver.15で作画し、Chem3Dにコピーペーストし、MM2計算を行い初期構造とした。更にMOPACを以下のパラメータで実行した。他のパラメータは、デフォルトの設定をそのまま使用した。
Type:Minimize(Energy/Geometry)、
Method:PM7
【0045】
図7は、計算から求めたアシルアンモニウムの最適化構造の一例である。
図7に示すように、C=O基平面の上下の空間は、実験例2や実験例10の方がCF
3基や炭化水素に覆われてC=Oカルボニル炭素が保護されており、OHイオンによる攻撃を受けにくくなっていることが予想された。
【0046】
以上のように、カチオンの構造制御によって、アシルアンモニウムとSIイオンからなる、加水分解しない新規イオン液体を得ることができた。この新規イオン液体によれば、例えば、リチウムイオン電池内でアシル基のサポートによるリチウムイオン伝導性の向上や、電極での被膜形成によるサイクル安定性の向上などが期待される。
【0047】
なお、本開示は上述した実施例に何ら限定されることはなく、本開示の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本開示は、二次電池の技術分野に利用可能である。