(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-17
(45)【発行日】2024-06-25
(54)【発明の名称】車両の走行制御装置
(51)【国際特許分類】
B60W 30/10 20060101AFI20240618BHJP
B60W 30/16 20200101ALI20240618BHJP
B60W 50/14 20200101ALI20240618BHJP
G08G 1/16 20060101ALI20240618BHJP
【FI】
B60W30/10
B60W30/16
B60W50/14
G08G1/16 C
G08G1/16 E
(21)【出願番号】P 2020160058
(22)【出願日】2020-09-24
【審査請求日】2023-07-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100170379
【氏名又は名称】徳本 浩一
(74)【代理人】
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 勝彦
【審査官】津田 真吾
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-132045(JP,A)
【文献】国際公開第2017/017793(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 30/00
B60W 60/00
G08G 1/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
自車線と隣接車線および前記各車線上の他車を認識する周囲認識機能と自車運動状態を取得する機能を含む環境状態推定部と、
前記環境状態推定部に取得される情報に基づいて目標経路を生成する経路生成部と、
前記目標経路に自車を追従させるべく速度制御および操舵制御を行う車両制御部と、
を備えた車両の走行制御装置であって、
自車線に先行他車がいない場合は設定車速を維持し、先行他車がいる場合は設定車間距離を維持して車線内自動走行を行う機能と、
隣接車線の第1の所定領域に他車がいない場合に当該隣接車線への自動車線変更を行う機能と、
前記車線内自動走行を行う機能および/または前記自動車線変更を行う機能の作動中にシステム運行設計領域を逸脱した場合に、前記各機能の縮退制御を行う機能と、
を有するものにおいて、
前記環境状態推定部に取得される情報に基づいて、自車走路前方における前記システム運行設計領域の逸脱が予測される場合に、前記自動車線変更の可否判定の基準として、前記第1の所定領域より広い第2の所定領域が設定されるように構成されていることを特徴とする車両の走行制御装置。
【請求項2】
前記各機能の縮退制御を行う機能は、前記システム運行設計領域を逸脱した場合に、前記各機能の停止と操作引継要求を運転者に通知する機能を含み、前記通知から所定の遷移時間経過後に手動走行に移行するように構成されていることを特徴とする請求項1記載の車両の走行制御装置。
【請求項3】
前記第2の所定領域は、前記システム運行設計領域の逸脱が予測された時から、前記システム運行設計領域の逸脱の可能性が消失する時、または、前記システム運行設計領域の逸脱が予測された後に前記システム運行設計領域を逸脱した場合は、前記システム運行設計領域内に復帰した時まで維持され、前記システム運行設計領域の逸脱の可能性が消失した時、または、前記システム運行設計領域内に復帰した時に、前記自動車線変更の可否判定の基準として、前記第1の所定領域が設定されるように構成されていることを特徴とする請求項1または2記載の車両の走行制御装置。
【請求項4】
前記システム運行設計領域逸脱の予測は、前記環境状態推定部に取得される車両状態、
自車走路前方における他車の割込みや急制動を含む交通環境、
自車走路前方における路面変化を含む環境条件、
自車走路前方における車線区分線の消失、
自車走路前方における車線数の減少、または、地図情報と測位手段により前記環境状態推定部に取得される
自車走路前方における車線合流区間、
自車走路前方における車線分流区間を含む道路条件が、システム運行設計領域から逸脱
すると予測されたことをもって判断されることを特徴とする請求項1~
3の何れか一項記載の車両の走行制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の走行制御装置に関し、さらに詳しくは、部分的自動車線変更システムにおけるオーバーライド機能に関する。
【背景技術】
【0002】
運転者の負担軽減、安全運転支援を目的とした種々の技術、例えば、「車線内部分的自動走行システム(Partially Automated in-lane Driving System:PADS)」や「部分的自動車線変更システム(Partially Automated Lane Change System:PALS)」の実用化や国際規格化が進められている。
【0003】
このような部分的自動車線変更システム(PALS)には、設計者の意図により、自動車線変更を実行可能な条件、運行設計領域(Operational Design Domain:ODD)が定められており、システムの作動中に、車両の走行条件がODDを逸脱した場合、自動車線変更機能停止予告と操作引継要求が運転者に通知され、数秒経過後にACCおよび自動操舵の縮退制御が開始される。
【0004】
例えば、本発明者による特許文献1には、システム運行設計領域逸脱時に、自動車線変更機能を停止させる操作介入の判定基準となるオーバーライド閾値を、システム運行設計領域内にある正常時よりも大きい値に変更することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1によれば、自動車線変更中のODD逸脱による機能停止予告および操作引継通知に慌てた運転者が、過度の操作介入を行った場合にもオーバーライドが回避され、過度の操作介入に起因する加減速や車線逸脱等を防止できる利点がある。
【0007】
しかしながら、特許文献1は、自動車線変更中のODD逸脱を想定しており、例えば、自動車線変更開始前にODD逸脱が予測されるようなケースは想定していない。このようなケースでは、自動車線変更の可否を判定する隣接車線の所定領域に他車が存在せず、自動車線変更を開始できても、その後の走行環境の変化により(たとえODD内であったとしても)、他車との接近など交通流への影響が懸念される。
【0008】
本発明は、上記のような実状に鑑みてなされたものであり、その目的は、ODD逸脱が予測されるような状況での自動車線変更による交通流への影響を低減することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明は、
自車線と隣接車線および前記各車線上の他車を認識する周囲認識機能と自車運動状態を取得する機能を含む環境状態推定部と、
前記環境状態推定部に取得される情報に基づいて目標経路を生成する経路生成部と、
前記目標経路に自車を追従させるべく速度制御および操舵制御を行う車両制御部と、
を備えた車両の走行制御装置であって、
自車線に先行他車がいない場合は設定車速を維持し、先行他車がいる場合は設定車間距離を維持して車線内自動走行を行う機能と、
隣接車線の第1の所定領域に他車がいない場合に当該隣接車線への自動車線変更を行う機能と、
前記車線内自動走行を行う機能および/または前記自動車線変更を行う機能の作動中にシステム運行設計領域を逸脱した場合に、前記各機能の縮退制御を行う機能と、
を有するものにおいて、
前記環境状態推定部に取得される情報に基づいて、自車走路前方における前記システム運行設計領域の逸脱が予測される場合に、前記自動車線変更の可否判定の基準として、前記第1の所定領域より広い第2の所定領域が設定されるように構成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る車両の走行制御装置によれば、システム運行設計領域の逸脱が予測される場合に、自動車線変更の可否判定の基準として、通常時の第1の所定領域より広い第2の所定領域が設定されることにより、第1の所定領域からは外れているものの、それより広い第2の所定領域に他車が存在するような臨界的条件下では、自動車線変更が開始されず、車線内走行が維持されるので、その後に走行環境が変化しても、他車との接近など、自動車線変更による交通流への影響を低減するうえで有利である。
【0011】
一方、第2の所定領域に他車が存在しないような非臨界的条件下では、その後に走行環境が変化しても、隣接車線を走行する他車との接近が生じる可能性は低く、むしろ、自動車線変更を開始して、先行他車との設定車間距離での追従走行を離脱する方が、交通流への影響を低減でき、このような自動車線変更の機会喪失回避が見込める。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】車両の走行制御システムを示す概略図である。
【
図2】車両の外界センサ群を示す概略的な平面図である。
【
図3】車両の走行制御システムを示すブロック図である。
【
図4】ODD逸脱が予測される場合の制御を示すフローチャートである。
【
図5】(a)通常時およびODD逸脱が予測される場合の自動車線変更可否判定基準、(b)ODD逸脱が予測される場合の臨界的条件下での自動車線変更における課題、および、(c)ODD逸脱が予測される場合の臨界的条件下での自動車線変更防止制御を例示する概略平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1において、本発明に係る走行制御システムを備えた車両1は、エンジンや車体など一般的な自動車の構成要素に加え、従来運転者が行っていた認知・判断・操作を車両側で行うために、車両周囲環境を検知する外界センサ21、車両情報を検知する内界センサ22、速度制御および操舵制御のためのコントローラ/アクチュエータ群、車間距離制御のためのACCコントローラ14、車線維持支援制御のためのLKAコントローラ15、および、それらを統括して経路追従制御を行い、車線内部分的自動走行(PADS)や自動車線変更(PALS)を実施するための自動運転コントローラ10を備えている。
【0014】
速度制御および操舵制御のためのコントローラ/アクチュエータ群は、操舵制御のためのEPS(電動パワーステアリング)コントローラ31、加減速度制御のためのエンジンコントローラ32、ESP/ABSコントローラ33を含む。ESP(登録商標;エレクトロニックスタビリティプログラム)はABS(アンチロックブレーキシステム)を包括してスタビリティコントロールシステム(車両挙動安定化制御システム)を構成する。
【0015】
外界センサ21は、自車線および隣接車線を画定する道路上の区分線、自車周辺にある他車両や障害物、人物などの存在と相対距離を画像データや点群データとして自動運転コントローラ10に入力するための複数の検知手段からなる。
【0016】
例えば、
図2に示すように、車両1は、前方検知手段211,212としてミリ波レーダ(211)およびカメラ(212)、前側方検知手段213および後側方検知手段214としてLIDAR(レーザ画像検出/測距)、後方検知手段215としてカメラ(バックカメラ)を備え、自車両周囲360度をカバーし、それぞれ自車前後左右方向所定距離内の車両や障害物等の位置と距離、区分線位置を検知できるようにしている。
【0017】
内界センサ22は、車速センサ、ヨーレートセンサ、加速度センサなど、車両の運動状態を表す物理量を計測する複数の検知手段からなり、
図3に示すように、それぞれの測定値は、自動運転コントローラ10、ACCコントローラ14、LKAコントローラ15、および、EPSコントローラ31に入力される。
【0018】
自動運転コントローラ10は、環境状態推定部11、経路生成部12、および、車両制御部13を含み、以下に記載されるような機能を実施するためのコンピュータ、すなわち、プログラム及びデータを記憶したROM、演算処理を行うCPU、前記プログラム及びデータを読出し、動的データや演算処理結果を記憶するRAM、および、入出力インターフェースなどで構成されている。
【0019】
環境状態推定部11は、GPS等の測位手段24による自車位置情報と地図情報とのマッチングにより自車の絶対位置を取得し、外界センサ21に取得される画像データや点群データなどの外界データに基づいて自車線および隣接車線の区分線位置、他車位置および速度を推定する。また、内界センサ22に計測される内界データより自車の運動状態を取得する。
【0020】
経路生成部12は、環境状態推定部11で推定された自車位置から到達目標までの目標経路を生成する。また、地図情報23を参照し、環境状態推定部11で推定された隣接車線の区分線位置、他車位置および速度、自車の運動状態に基づいて、車線変更における自車位置から到達目標地点までの目標経路を生成する。
【0021】
車両制御部13は、経路生成部12で生成された目標経路に基づいて目標車速および目標舵角を算出し、定速走行または車間距離維持・追従走行のための速度指令をACCコントローラ14に送信し、経路追従のための操舵角指令をLKAコントローラ15経由でEPSコントローラ31に送信する。
【0022】
なお、車速は、EPSコントローラ31およびACCコントローラ14にも入力される。車速により操舵トルクが変わるため、EPSコントローラ31は、車速毎の操舵角-操舵トルクマップを参照して操舵機構41にトルク指令を送信する。エンジンコントローラ32、ESP/ABSコントローラ33、EPSコントローラ31により、エンジン42、ブレーキ43、操舵機構41を制御することで、車両1の縦方向および横方向の運動が制御される。
【0023】
(車線内部分的自動走行システムの概要)
次に、高速道路(多車線道路)での走行を想定して、車線内部分的自動走行システム(PADS)の概要を説明する。
【0024】
車線内部分的自動走行(PADS走行)は、自動運転コントローラ10とともにACCSを構成するACCコントローラ14およびLKASを構成するLKAコントローラ15が共に作動している状態で実行可能となる。
【0025】
車線内部分的自動走行システム作動と同時に、自動運転コントローラ10(経路生成部12)は、外界センサ21を通じて環境状態推定部11に取得される外界情報(車線、自車位置、自車走行車線および隣接車線を走行中の他車位置、速度)、および、内界センサ22に取得される内界情報(車速、ヨーレート、加速度)に基づいて、単一車線内目標経路および目標車速を生成する。
【0026】
自動運転コントローラ10(車両制御部13)は、自車位置と自車の運動特性、すなわち、車速Vで走行中に操舵機構41に操舵トルクTが与えられた時に生じる前輪舵角δによって、車両運動により生じるヨーレートγと横加速度(d2y/dt2)の関係から、Δt秒後の車両の速度・姿勢・横変位を推定し、Δt秒後に横変位がytとなるような操舵角指令をLKAコントローラ15経由でEPSコントローラ31に与え、Δt秒後に速度Vtとなるような速度指令をACCコントローラ14に与える。
【0027】
ACCコントローラ14、LKAコントローラ15、EPSコントローラ31、エンジンコントローラ32、および、ESP/ABSコントローラ33は、自動操舵とは無関係に独立して作動するが、車線内部分的自動走行機能(PADS)および後述する部分的自動車線変更システム(PALS)の作動中は、自動運転コントローラ10からの指令入力でも作動可能になっている。
【0028】
ACCコントローラ14からの減速指令を受けたESP/ABSコントローラ33は、アクチュエータに油圧指令を出し、ブレーキ43の制動力を制御することで車速を制御する。また、ACCコントローラ14からの加減速指令を受けたエンジンコントローラ32は、アクチュエータ出力(スロットル開度)を制御することで、エンジン42にトルク指令を与え、駆動力を制御することで車速を制御する。
【0029】
ACC機能(ACCS)は、外界センサ21を構成する前方検知手段211としてのミリ波レーダ、ACCコントローラ14、エンジンコントローラ32、ESP/ABSコントローラ33等のハードウエアとソフトウエアの組合せで機能する。
【0030】
すなわち、先行車がいない場合は、設定車速(ACCセット速度)を目標車速として定速走行し、先行車に追いついた場合(先行車速度がACCセット速度以下の場合)には、先行車速度に合わせて、設定されたタイムギャップ(車間時間=車間距離/自車速)に応じた車間距離を維持しながら先行車に追従走行する。
【0031】
LKA機能(LKAS)は、外界センサ21(カメラ212,215)に取得される画像データに基づき、自動運転コントローラ10の環境状態推定部11で車線区分線と自車位置を検知し、車線中央を走行できるように、LKAコントローラ15およびEPSコントローラ31により操舵制御を行う。
【0032】
すなわち、LKAコントローラ15からの操舵角指令を受けたEPSコントローラ31は、車速-操舵角-操舵トルクのマップを参照して、アクチュエータ(EPSモータ)にトルク指令を出し、操舵機構41が目標とする前輪舵角を与える。
【0033】
車線内部分的自動走行機能(PADS)は、以上述べたようなACCコントローラ14による縦方向制御(速度制御、車間距離制御)とLKAコントローラ15による横方向制御(操舵制御、車線維持走行制御)を組み合わせることにより実施される。
【0034】
(部分的自動車線変更システムの概要)
次に、高速道路(多車線道路)で車線内部分的自動走行(PADS走行)している状態からの自動車線変更を想定して、部分的自動車線変更システム(PALS)の概要を説明する。
【0035】
部分的自動車線変更システム(PALS)は、システムの判断により、あるいは、運転者の指示または承認によって、システムが自動的に車線変更(レーンチェンジ)を行うものであり、自動運転コントローラ10による縦方向制御(速度制御、車間距離制御)と横方向制御(自動操舵による目標経路追従制御)を組み合わせることにより実施される。
【0036】
部分的自動車線変更システム作動と同時に、自動運転コントローラ10(経路生成部12)は、外界センサ21を通じて環境状態推定部11に取得される外界情報(自車線および隣接車線の車線区分線、自車線および隣接車線を走行中の他車位置、速度)、および、内界センサ22に取得される内界情報(車速、ヨーレート、加速度)に基づいて、現在走行中の車線から隣接車線に車線変更するための目標経路を常時生成している。
【0037】
この自動車線変更目標経路は、現在走行中の車線から車線変更して隣接車線中央を走行する状態に至る経路であり、隣接車線を走行する他車両については、それぞれの未来位置および速度の予測がなされ、自車速度に応じて設定される隣接車線の前方所定領域ZF、後方所定領域ZR、および、側方所定領域ZL内に、他車両が存在しないと判断され状況下で、システムの判断により自動操舵による自動車線変更を実行する。
【0038】
上記システム判断は、例えば、車線内部分的自動走行(PADS走行)により、設定車速(ACCセット速度)を目標車速として定速走行していて、ACCセット速度以下で走行している先行車に追いついた場合に、(i)先行車速度が所定の下限速度(例えばACCセット速度の90%)以上であれば、設定車間時間を維持して先行車追従走行を継続し、(ii)先行車速度が下限速度未満でありかつ隣接車線の所定領域(ZF,ZR,ZL)に他車両が存在しなければ、自動車線変更に移行する等、環境状態推定部11による周囲環境認識結果と設定条件に基づく判断である。
【0039】
なお、上記条件(ii)成立時にシステム判断のみで自動車線変更を開始する代わりに、上記条件(ii)成立時に、システムが車線変更準備完了状態であることをHMI装置により運転者に通知し、所定時間内に運転者による目標隣接車線と同方向のウインカ操作が検出された場合に、自動車線変更を開始するように構成することもできる。
【0040】
(自動車線変更可否判定基準)
前方所定領域ZF、後方所定領域ZRは、自車前方および後方で他車との間に確保されるべき車間距離、すなわち、前方所定距離XF、後方所定距離XRに対応しており、それぞれ、下式のように求められる。
【0041】
前方所定距離(XF)=最小車間距離(S)+車頭時間(TH)×自車速(V)
但し、最小車間距離(S)=自車速(V)×車間時間(TG)
車頭時間(TH)=車頭距離(DH)/V=TTC×ΔV/V
TTC=ΔV/自車最大減速度(Dmax)
ΔV=V-Vf、Vfは前方車速
【0042】
後方所定距離(XR)=車頭時間(TH)×後方車速(Vr)
但し、車頭時間(TH)=車頭距離(DH)/V=TTC×ΔV/V
TTC=ΔV/後方車最大減速度(Dr)
ΔV=Vr-V、Vrは後方車速
【0043】
上記から明らかなように、前方所定距離(XF)、後方所定距離(XR)は、自車両、前方車両、後方車両のそれぞれの車速V,VF,Vrにより変動するため、それぞれについて、自車速(V)・相対速度(ΔV)毎の計算値を格納したルックアップテープルが用意され、参照処理によって対応する値が適用されるようになっている。
【0044】
前方所定領域ZFは、縦方向:前方所定距離XF×横方向:走行中の車線幅+隣接車線幅で画定される領域であり、後方所定領域ZRは、縦方向:後方所定距離XR×横方向:走行中の車線幅+隣接車線幅で画定される領域である。また、側方所定領域ZLは、縦方向:車長×横方向:隣接車線幅で画定される領域である。
【0045】
(ODD逸脱検出および監視)
以上述べたような車線内部分的自動走行システム(PADS)および部分的自動車線変更システム(PALS)には、設計者の意図により、車線内部分的自動走行および自動車線変更を実行可能な条件、システム運行設計領域(Operational Design Domain:ODD)が規定されている。運行設計領域(ODD)には以下のようなものがある。
【0046】
・道路条件:高速道路(片側2車線以上、車線区分線が破線、本線、曲率300R以上)、一般道(片側3車線以上、車線区分線が破線、車線幅3.25m以上、直線)、
・地理条件:都市部・山間部以外(ジオフェンス)
・環境条件:天候(晴天・曇天・無風)、時間帯(夜間制限)
・交通環境;他車の動向(割込み、急制動)、交通規則(速度制限、車線変更禁止)
・車両状態:車速(車速制限内)、縦・横加減速度(加減速度制限内)、その他のシステム限界内、システム障害無し、
・運転者状態:運転者異常無し、運転者誤操作無し、などである。
【0047】
上記のうち、後述するODD逸脱予測も考慮して、特に監視すべき条件としては、降雨、降雪、突風、横風のように急変する環境条件や路面変化(ウェット、積雪)があり、これらは前方検知手段212を構成するカメラの画像解析(例えば、降雨や降雪は路面の画像解析、横風は吹流しの画像解析)などから検出可能であり、交通規制や道路条件変化は、測位手段24に取得される位置情報と地図情報23に基づいて検出可能である。なお、路面変化や道路横勾配によってESP(車両挙動安定化制御システム/横滑り防止装置)が作動した場合などもODD逸脱と判断される。
【0048】
(ODD逸脱時における縮退制御モードへの移行)
車線内部分的自動走行システム(PADS)の作動中や、部分的自動車線変更システム(PALS)の作動中において、環境状態推定部11は、外界センサ21を通じて取得される外界情報、内界センサ22に取得される車両情報、地図情報23、および、測位手段24に取得される位置情報に基づいて、車両の走行状態や道路条件、地理条件、環境条件、他車両の動向などの交通条件が、ODDの範囲内に維持されているか否かを監視しており、ODD逸脱が検出された場合には、システムから運転者に運転操作の権限が委譲され、車線内部分的自動走行や自動車線変更から手動走行に移行する。
【0049】
例えば、部分的自動車線変更システム(PALS)の作動中に、突風の発生などによりODD逸脱と判定された場合、自動車線変更機能(ACCおよび自動操舵機能)の縮退制御モードに移行し、運転者にACCおよび自動操舵機能停止と操作引継要求(テークオーバーリクエスト)が通知され、所定の遷移時間を経て、自動車線変更機能が停止される。
【0050】
ACC縮退制御は、エンジンコントローラ32に入力する加減速指令値(車速指令)を所定の傾きをもって0km/h/sまで徐々に低下させるとともに、ESPコントローラに入力する減速指令値を所定の傾きをもって0m/s2まで徐々に低下させる。また、自動操舵縮退制御は、EPSコントローラに入力する操舵トルク指令値(操舵角指令)を所定の傾きをもって0Nmまで徐々に低下させる。
【0051】
(ODD逸脱予測)
環境状態推定部11によるODD逸脱判定は、一部の条件については、自車の現在走行位置におけるODD逸脱だけでなく、自車の未来の走行位置、すなわち自車の走路前方におけるODD逸脱可能性を予測し、判定することも含む。
【0052】
例えば、外界センサ21により自車走路前方の遠景領域にODD逸脱(環境変化や路面変化、交通規制など)が検知される場合や、測位手段24に取得される位置情報と地図情報23に基づいて自車走路前方にODD逸脱(例えば道路曲率300R以上など)が検知される場合などがこれに該当する。
【0053】
さらに、先述したようなODDの範囲内にあるものの、ODD限界に近い状態値以上の臨界領域を設定し、このような臨界領域にあるような場合に、ODD逸脱が予測されるものと判定することも含む。例えば、道路曲率がODD限界値の90%以上であるような場合や、複数の条件、例えば、環境変化と路面変化が同時に検出されるような場合などがこれに該当する。
【0054】
ところで、上記のように自動車線変更システム(PALS)の作動中にODD逸脱が予測される場合に縮退制御モードに移行しても、あるいは、ODD逸脱と判定された場合でも縮退制御モードの遷移期間中は、隣接車線の所定領域(ZF,ZR,ZL)に他車両が存在しなければ、自動車線変更に移行できる。
【0055】
このような状況で自動車線変更を開始した場合、その後の走行環境の変化により(たとえODD内であったとしても)、他車との接近など、交通流への影響が懸念されることは既に述べた通りである。
【0056】
(ODD逸脱が予測される場合の自動車線変更可否判定基準変更)
そこで、本発明に係る自動運転コントローラ10では、自動車線変更システム(PALS)の作動中にODD逸脱が予測される場合(またはODD逸脱と判定された場合)に、自動車線変更の可否判定基準を、通常時の所定領域(ZF,ZR,ZL)よりも広い第2の所定領域(ZF',ZR',ZL)に設定する自動車線変更制限機能を備えている。
【0057】
ODD逸脱が予測される場合(またはODD逸脱と判定された場合)の車線変更可否判定に適用される第2の所定領域(前方所定距離XF'、後方所定距離XR')は、先述した通常時の所定領域(前方所定距離XF、後方所定距離XR)に対して、例えば、以下のように設定される。
【0058】
前方所定距離(XF')=拡張車間距離(Sex)+車頭時間(TH)×自車速(V)
但し、拡張車間距離(Sex)=自車速(V)×拡張車間時間(TG')
TG'=kf ×TG、 kf =1.4~2.0
【0059】
後方所定距離(XR')=拡張車頭時間(TH')×後方車速(Vr)
但し、拡張車頭時間(TH')=拡張車頭距離(DH')/V=TTC'×ΔV/V
TTC'=kr ×ΔV/後方車最大減速度(Dr)、 kr =1.4~2.0
【0060】
係数(kf ,kr)は拡張率であり、前方と後方で異なる値が設定されてもよいし、逸脱が予測されるODD条件の種類や予測の強度に応じて異なる値が設定されてもよい。
【0061】
上記のように、車線変更可否判定に適用される所定領域が拡張されることにより、ODD逸脱が予測される場合(またはODD逸脱と判定された場合)に、通常時の所定領域(ZF,ZR,ZL)内ではないものの、それに近接した第2の所定領域(ZF',ZR')内に他車が存在するような臨界的条件下では、自動車線変更が開始されず、車線内走行が維持されるので、その後に走行環境が変化しても、他車との接近など、自動車線変更による交通流への影響を回避することができる。
【0062】
一方、自動車線変更機能が完全に制限されるわけではないため、ODD逸脱が予測される場合(またはODD逸脱と判定された場合)に、第2の所定領域(ZF',ZR')内に他車が存在しないような非臨界的条件下では、自動車線変更が許容されており、自動車線変更が実行されることで、自車線における先行他車の追従走行を離脱することができ、その後に走行環境が変化した場合にも、先行他車との接近など、交通流への影響を低減することができる。
【0063】
(PALS走行中におけるODD逸脱予測時の制御フロー)
次に、車線内部分的自動走行システム(PADS)および部分的自動車線変更システム(PALS)の作動中に、ODD逸脱が予測された場合における制御フローについて、
図4を参照しながら説明する。
【0064】
(1)PALS走行
部分的自動車線変更システム(PALS)の作動中は、車線内部分的自動走行システムによる先行車との設定車間時間での追従走行中に、隣接車線の所定領域(ZF,ZR,ZL)内に他車両が存在しない場合には、システム判断または運転者のウインカ操作により、当該隣接車線への自動車線変更を実行可能である(ステップ100)。
【0065】
(2)ODD逸脱判定
一方、部分的自動車線変更システム(PALS)の作動中は、外界センサ21を通じて取得される外界情報、内界センサ22に取得される車両情報、地図情報23、および、測位手段24に取得される位置情報に基づいて、車両の走行状態や道路条件、地理条件、環境条件、他車両の動向などの交通条件が、ODDの範囲内に維持されているか否かが環境状態推定部11により監視される(ステップ101)。
【0066】
(3)ODD逸脱フラグ
ステップ101において、走路前方におけるODD逸脱が検知されるか、または、現在位置における何れかの条件がODD臨界領域にあることが検知された場合は、ODD逸脱が予測される場合、すなわち、ODD逸脱の可能性ありと判定され、ODD逸脱フラグが立てられる(ステップ102)。
【0067】
(4)PALS機能停止予告・権限委譲通知
ODD逸脱フラグと同時に、ヘッドアップディスプレイやメーターパネル内の表示や音声によって、ODD逸脱事象発生と自動車線変更機能停止、操舵および制駆動操作の引継が運転者に通知され、操作引継までの遷移時間(例えば、ODD逸脱予測時:10秒、ODD逸脱時:4秒)の計時が開始される(ステップ103)。
【0068】
(5)車線変更可否判定基準変更
ODD逸脱フラグと同時に、自動車線変更の可否判定基準として、通常時の所定領域(ZF,ZR,ZL)よりも広い第2の所定領域(ZF',ZR',ZL)が設定される(ステップ104)。
【0069】
(6)PALS機能縮退制御開始
自動操舵縮退制御は、EPSコントローラに入力する操舵トルク指令値を所定の傾きをもって0Nmまで徐々に低下させ、ACC縮退制御は、エンジンコントローラ32に入力する加減速指令値(車速指令)を所定の傾きで0km/h/sまで徐々に低下させるとともに、ESPコントローラ33に入力する減速指令値を所定の傾きで0m/s2まで低下させる(ステップ105)。
【0070】
(7)遷移時間経過~PALS機能停止
権限委譲までの遷移時間(ODD逸脱予測時:10秒、ODD逸脱時:4秒)が経過したか否かが判定され(ステップ106)、遷移時間が経過した時点で、PALS機能(ACC・自動操舵機能)が停止され(ステップ107)、運転者に操作が引き継がれ、手動走行に移行する(ステップ108)。
【0071】
(作用と効果)
以上詳述したように、本発明に係る車両の走行制御装置は、自動車線変更システム(PALS)の作動中にODD逸脱が予測される場合に、自動車線変更の可否判定基準を、通常時の所定領域(ZF,ZR)よりも広い第2の所定領域(ZF',ZR')に設定するので、以下に例示するような各場合における効果が期待できる。
【0072】
例えば、
図5(a)に示すように、PALS走行中の車両1が、自車線52の前方の先行他車2に追い付き、ACC設定車間時間を維持して追従走行しており、右側の隣接車線53の前方に先行他車3、後方に後続他車4があるものの、先行他車3は前方所定領域ZFよりも前方、後続他車4は後方所定領域ZRよりも後方にある場合を想定する。
【0073】
このような状況において、車両1の前方の遠景領域にODD逸脱事象、例えば吹き流しの角度により所定以上の横方向の強風が検出され、ODD逸脱が予測される、またはODD逸脱と判定され、PALS機能の縮退制御に移行したとしても、遷移期間中は縮退制御の範囲内で自動車線変更が可能であるため、通常時の所定領域(ZF,ZR)であれば、運転者のウインカ操作により、隣接車線53への自動車線変更LCが実行され、
図5(b)に示すように、ODD逸脱事象により急減速した先行他車3に接近する、あるいは、後続他車4に接近するなど、交通流の混乱を招く虞があった。
【0074】
これに対して、本発明に係る走行制御装置では、ODD逸脱が予測される、またはODD逸脱と判定された時点で、自動車線変更の可否判定基準が、通常時の所定領域(ZF,ZR)より広い第2の所定領域(ZF',ZR')に設定されるので、
図5(a)に示すように、通常時の所定領域(ZF,ZR)外ではあるものの、第2の所定領域(ZF',ZR')内に先行他車3または後続他車4があるような臨界的条件下では、自動車線変更が開始されない。そのため、
図5(c)に示すように、車両1は自車線52での車線内走行が維持され、ODD逸脱事象により急減速した先行他車3との接近や、後続他車4との接近など、交通流への影響を回避できる。
【0075】
一方、
図5(a)において、先行他車3が前方所定領域ZF'より前方にあり、後続他車4が後方所定領域ZR'より後方にあるような非臨界的条件下では、自動車線変更が許容されるが、ODD逸脱事象により先行他車3が急減速しても、過度に接近するような事態は生じず、自動車線変更の機会が必要以上に制限されることがない。
【0076】
なお、上記実施形態では、ODD逸脱時にACC機能と自動操舵機能の両方が縮退制御に移行する場合を示したが、自動操舵機能のみが縮退制御に移行するようにしてもよい。
【0077】
また、上記実施形態では、車両1の前方の遠景領域にODD逸脱事象が検出されることでODD逸脱が予測される、またはODD逸脱と判定され、縮退制御に移行し、遷移時間を経てPALS機能が停止される場合について述べたが、車両1の走行環境がODD内にあるものの、ODD限界に近い臨界領域にあることでODD逸脱が予測されるような場合には、自動車線変更可否判定基準のみが第2の所定領域(ZF',ZR')に設定された状態でPALS走行を継続し、ODD逸脱判定された時点で縮退制御に移行するように構成することもできる。
【0078】
その場合、第2の所定領域(ZF',ZR')は、ODD逸脱が予測された時から、ODD逸脱の可能性が消失する時まで、または、ODD逸脱が予測された後にODD逸脱した場合は、ODD内に復帰した時まで維持され、その後、通常の所定領域(ZF,ZR)に設定されるようにしてもよい。また、この場合にも、ODD逸脱可能性消失やODD内復帰は、前記同様にHMI装置により運転者に通知されることが好ましい。
【0079】
以上、本発明のいくつかの実施形態について述べたが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内においてさらに各種の変形および変更が可能であることを付言する。
【符号の説明】
【0080】
10 自動運転コントローラ
11 環境状態推定部
12 経路生成部
13 車両制御部
14 ACCコントローラ
15 LKAコントローラ
21 外界センサ
22 内界センサ
31 EPSコントローラ
32 エンジンコントローラ
33 ESP/ABSコントローラ
34 手動操舵(ハンドル)
41 操舵機構
42 エンジン
43 ブレーキ