(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-17
(45)【発行日】2024-06-25
(54)【発明の名称】方向性結合器
(51)【国際特許分類】
H01P 5/16 20060101AFI20240618BHJP
H01P 5/18 20060101ALI20240618BHJP
【FI】
H01P5/16 C
H01P5/18 J
(21)【出願番号】P 2022578074
(86)(22)【出願日】2021-11-22
(86)【国際出願番号】 JP2021042769
(87)【国際公開番号】W WO2022163090
(87)【国際公開日】2022-08-04
【審査請求日】2023-02-13
(31)【優先権主張番号】P 2021013087
(32)【優先日】2021-01-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田丸 育生
【審査官】岸田 伸太郎
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-503278(JP,A)
【文献】特開2014-036345(JP,A)
【文献】特開2015-154373(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01P 5/16
H01P 5/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力信号を4分配して出力する方向性結合器であって、
多層構造を有する誘電体基板と、
前記入力信号を受ける入力端子と、
第1~第4出力端子と、
前記入力端子に接続され、前記入力信号を2分配して第1端子および第2端子に出力する第1カプラと、
前記第1端子からの信号を2分配して、前記第1出力端子および前記第2出力端子に出力する第2カプラと、
前記第2端子からの信号を2分配して、前記第3出力端子および前記第4出力端子に出力する第3カプラと、
前記第1端子と前記第2カプラとの間に接続され、前記第1端子からの信号の位相を進める第1位相器と、
前記第2端子と前記第3カプラとの間に接続され、前記第2端子からの信号の位相を遅らせる第2位相器と
を備え、
前記第1位相器から出力される信号と前記第2位相器から出力される信号の位相差は180°±10°であ
り、
前記第1カプラは、前記誘電体基板の第1部分に配置されており、
前記第2カプラは、前記誘電体基板の積層方向において、前記第1部分と異なる第2部分に配置されており、
前記第3カプラは、前記誘電体基板の積層方向において、前記第1部分と異なる第3部分に配置されており、
前記第1位相器は、前記第1部分と前記第2部分との間に位置する第4部分に配置されており、
前記第2位相器は、前記第1部分と前記第3部分との間に位置する第5部分に配置されている、方向性結合器。
【請求項2】
前記第1出力端子から出力される信号の位相を0°とした場合、
前記第2出力端子から出力される信号の位相は90°±10°であり、
前記第3出力端子から出力される信号の位相は180°±10°であり、
前記第4出力端子から出力される信号の位相は270°±10°である、請求項1に記載の方向性結合器。
【請求項3】
前記第1位相器はハイパスフィルタであり、
前記第2位相器はローパスフィルタである、請求項1または2に記載の方向性結合器。
【請求項4】
前記第1位相器および前記第2位相器の各々は、T型構造またはπ型構造のLCフィルタとして構成されている、請求項3に記載の方向性結合器。
【請求項5】
前記第2部分および前記第3部分は、前記誘電体基板の積層方向の同じ位置に配置されている、請求項
1~4のいずれか1項に記載の方向性結合器。
【請求項6】
前記誘電体基板において、前記第1部分と前記第4部分との間の層、前記第1部分と前記第5部分との間の層、前記第2部分と前記第4部分との間の層、および、前記第3部分と前記第5部分との間の層には、接地電極が配置される、請求項
1~5のいずれか1項に記載の方向性結合器。
【請求項7】
前記第1位相器は、キャパシタおよびインダクタを含むLCフィルタであり、
前記第4部分において前記第1位相器のキャパシタが設けられる部分の前記誘電体基板の誘電率は、前記第1部分、前記第2部分および前記第3部分の前記誘電体基板の誘電率よりも大きい、請求項
1~6のいずれか1項に記載の方向性結合器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は方向性結合器に関し、より特定的には、4分配カプラにおける出力信号間の位相を安定化する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
特開平10-145103号公報(特許文献1)には、入力信号を、位相が90°ずれた4つの信号として出力する4相位相変換器(方向性結合器)が開示されている。
【0003】
上記の特許文献1に開示された4相位相変換器においては、入力端子に接続された2線式の90度カプラと、当該90度カプラの2つの出力にそれぞれ接続された2つの180度バランとにより構成されている。特許文献1に開示された4相位相変換器では、4つの出力端子からは、位相が90度ずれた4つの出力信号が出力される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
高周波信号を送受信する通信装置においては、複数の放射素子を含むアレイアンテナが用いられる場合がある。そのような通信装置においては、1つの信号を複数の放射素子に分配するために、上記のような方向性結合器が用いられる場合がある。
【0006】
通信装置においては、広帯域化および低損失化に対するニーズが高く、それに伴って、低損失で、かつ、広い周波数帯域にわたって出力信号間における安定した位相差を実現できる方向性結合器が望まれている。
【0007】
本開示は、このような課題を解決するためのなされたものであって、その目的は、低損失で、かつ、広い周波数帯域にわたって出力信号間における安定した位相差を実現できる4分配型の方向性結合器を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示に係る方向性結合器は、入力端子で受けた入力信号を4分配して第1~第4出力端子に出力する。方向性結合器は、第1~第3カプラと、第1および第2位相器とを備える。第1カプラは、入力端子に接続され、入力信号を2分配して第1端子および第2端子に出力する。第2カプラは、第1端子からの信号を2分配して、第1出力端子および第2出力端子に出力する。第3カプラは、第2端子からの信号を2分配して、第3出力端子および第4出力端子に出力する。第1位相器は、第1端子と第2カプラとの間に接続され、第1端子からの信号の位相を進める。第2位相器は、第2端子と第3カプラとの間に接続され、第2端子からの信号の位相を遅らせる。第1位相器から出力される信号と第2位相器から出力される信号との位相差は180°±10°である。
【発明の効果】
【0009】
本開示による方向性結合器においては、入力端子に接続される第1カプラの一方の出力信号が第1位相器を介して第2カプラに提供され、他方の出力信号が第2位相器を介して第3カプラに提供される構成を有している。そして、2つの位相器は、出力信号間の位相差が180°±10°となるように設計されている。このように、位相器を中間に配置する構成とすることによって、第2カプラおよび第3カプラに入力される信号間の位相差における周波数特性を所望の範囲内に調整することができる。したがって、4分配型の方向性結合器において、低損失で、かつ、広い周波数帯域にわたって出力信号間の位相差を安定化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施の形態に係る方向性結合器の回路図である。
【
図3】
図1の方向性結合器の特性を説明するための図である。
【
図4】位相器の周波数特性を説明するための図である。
【
図6A】
図5の方向性結合器における各要素の配置例を示す図である。
【
図6B】変形例の方向性結合器における各要素の配置例を示す図である。
【
図7】
図5の方向性結合器の積層構造の一例を示す分解斜視図である。
【
図8】平面配置型の方向性結合器の第1例を示す図である。
【
図9】平面配置型の方向性結合器の第2例を示す図である。
【
図10】平面配置型の方向性結合器の第3例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0012】
[方向性結合器の構成]
図1は、実施の形態に係る方向性結合器100の回路図である。
図1を参照して、方向性結合器100は、カプラCP1,CP2,CP3と、位相器PH1,PH2とを含む。方向性結合器100は、入力端子TIで受けた信号を4分配して、出力端子TO1~TO4から出力する。位相器PH1は、カプラCP1とカプラCP2との間に接続されている。また、位相器PH2は、カプラCP1とカプラCP3との間に接続されている。
【0013】
カプラCP1~CP3の各々は、平行に配置された2つの線路を有し、入力信号を2つに分岐して出力する2線式カプラである。通過対象とする高周波信号の波長をλとした場合、各カプラの線路はλ/4の電気長を有する。各カプラにおいては、一方の線路に信号が流れると、電磁界結合により他方の線路に信号が誘起される。
【0014】
カプラCP1は、平行に配置された第1線路CL1および第2線路CL2を含む。カプラCP1において、第1線路CL1の一方端は入力端子TIに接続され、他方端は出力側の第2端子に接続される。第1線路CL1の第2端子T2側に対向する第2線路CL2の端部は終端端子TEに接続される。第1線路CL1の入力端子TI側に対向する第2線路CL2の端部は第1端子T1に接続される。終端端子TEのインピーダンスは、50Ωの特性インピーダンスに設定されている。カプラCP1の第1端子T1は、位相器PH1に接続される。
【0015】
位相器PH1は、キャパシタC1,C2およびインダクタL1を含むLCフィルタである。キャパシタC1,C2は、カプラCP1とカプラCP2との間に直列に接続されている。インダクタL1は、キャパシタC1とキャパシタC2との間の接続ノードと、接地電位との間に接続されている。すなわち、位相器PH1は、いわゆるT型のハイパスフィルタを構成する。したがって、位相器PH1の出力信号は、位相器PH1の入力信号に対して位相が進んだ信号となる。
【0016】
カプラCP2は、平行に配置された第3線路CL3および第4線路CL4を含む。第3線路CL3は、一方端が位相器PH1に接続され、他方端が出力端子TO1に接続される。第3線路CL3の位相器PH1側に対向する第4線路CL4の端部は、出力端子TO2に接続される。第3線路CL3の出力端子TO1側に対向する第4線路CL4の端部は、終端端子TEに接続される。
【0017】
位相器PH2は、キャパシタC11,C12およびインダクタL11を含むLCフィルタである。キャパシタC11は、インダクタL11のカプラCP1側の端部と接地電位との間に接続されている。また、キャパシタC12は、インダクタL11のカプラCP3側の端部と接地電位との間に接続されている。すなわち、位相器PH2は、いわゆるπ型のローパスフィルタを構成する。したがって、位相器PH2の出力信号は、位相器PH2の入力信号に対して位相が遅れた信号となる。実施の形態の方向性結合器100においては、位相器PH1が位相器PH2に対して位相が90°進むように調整されている。
【0018】
カプラCP3は、平行に配置された第5線路CL5および第6線路CL6を含む。第5線路CL5は、一方端が位相器PH2に接続され、他方端が出力端子TO3に接続される。第5線路CL5の位相器PH2側に対向する第6線路CL6の端部は、出力端子TO4に接続される。第5線路CL5の出力端子TO3側に対向する第6線路CL6の端部は、終端端子TEに接続される。
【0019】
なお、位相器PH1,PH2は、位相器PH1の位相が位相器PH2の位相よりも90°進み側とできれば、上記の構成には限られない。たとえば、位相器PH1は、
図2(A)に示されるような、キャパシタC3の両端に、一方端が接地されたインダクタL2,L3がそれぞれ接続された、いわゆるπ型のハイパスフィルタとして構成されてもよい。また、位相器PH2は、
図2(B)に示されるような、直列接続されたインダクタL12,L13の接続ノードに、一方端が接地されたキャパシタC13が接続された、いわゆるT型のローパスフィルタとして構成されてもよい。
【0020】
このような回路に構成された方向性結合器100において、入力端子TIに高周波信号が供給されると、第1線路CL1には入力端子TIから第2端子T2に向かって電流が流れる。上述のように、第1線路CL1に信号が流れると、電磁界結合により第2線路CL2に信号が誘起される。
【0021】
このとき、第2線路CL2において、第1線路CL1の第2端子T2側の端部が終端端子TEに接続されており、かつ、各線路の電気長がλ/4であるため、第1端子T1から出力される第2線路CL2に誘起された信号は、第2端子T2から出力される信号に対して位相が90°進んだ信号となる。同様に、カプラCP2においても、出力端子TO2から出力される信号は、出力端子TO1から出力される信号に対して位相が90°進む。カプラCP3においても、出力端子TO4から出力される信号は、出力端子TO3から出力される信号に対して位相が90°進む。
【0022】
ここで、位相器PH1,PH2が設けられない構成の場合、カプラCP2においては、出力端子TO1から出力される信号の位相を0°とすると、出力端子TO2からは+90°の位相の信号が出力される。一方、カプラCP3には、カプラCP1によって、カプラCP2に入力される信号よりも位相が90°遅れた信号が入力されるため、出力端子TO3からは出力端子TO1に対して-90°(すなわち、+270°)の位相の信号が出力され、出力端子TO4からは0°の位相の信号が出力される。すなわち、出力端子TO1から出力される信号と、出力端子TO4から出力される信号とが同位相となってしまう。そうすると、たとえば、各出力端子に個別に放射素子が接続されたアンテナにおいては、出力端子TO1に接続された放射素子からの電波と、出力端子TO4に接続された放射素子からの電波との干渉が生じる可能性がある。
【0023】
一方、実施の形態の方向性結合器100においては、位相器PH2に対して位相器PH1の位相が90°進むように調整されるため、トータルとして、位相器PH1から出力される信号の位相は、位相器PH2から出力される信号の位相に対してほぼ180°進むことになる。そうすると、出力端子TO1から出力される信号の位相を0°とすると、出力端子TO2からは+90°の位相の信号が出力される。一方、カプラCP3においては、出力端子TO3からは-180°(すなわち、+180°)の位相の信号が出力され、出力端子TO4からは-90°(すなわち、+270°)の位相の信号が出力される。このように、方向性結合器100においては、出力端子TO1~TO4から、90°ずつ位相がずれた信号が出力される。したがって、各出力端子に個別に放射素子が接続されたアンテナにおける、放射素子間の電波の干渉を抑制することができる。なお、位相器PH1から出力される信号と、位相器PH2から出力される信号との位相差は、ちょうど180°でなくともよく、たとえば180°±10°の範囲内であれば許容される。また、各出力端子TO1~TO4から出力される信号の位相差についても、±10°の範囲内であれば許容される。
【0024】
方向性結合器は、高周波信号を送受信する通信装置において、1つの信号を複数の経路に分配する場合に用いられる。このような通信装置においては、従来から広帯域化および低損失化に対するニーズが高く、特に近年の5G(第5世代通信規格)の普及に伴って顕著になりつつある。
【0025】
方向性結合器においては、一般的に出力信号に周波数特性が存在し、周波数が変化するとそれに伴って入力信号に対する位相が変化し得る。このとき、各出力間における位相の周波数特性が異なると、出力信号間における位相差が変化し、ゲインあるいは損失について所望の特性が得られない可能性がある。
【0026】
本実施の形態の方向性結合器においては、上述のように、4分配型の方向性結合器において、入力側のカプラと、出力側の2つのカプラとの間にそれぞれ個別に位相器が設けられている。この位相器によって、出力側の2つのカプラの入力信号間の位相差を適切に調整することができる。したがって、所望の通過帯域における出力信号間の位相差を安定化することができる。
【0027】
[方向性結合器の特性]
図3は、
図1で示した方向性結合器100の特性を説明するための図である。
図3においては、左図には、全出力端子から出力される信号の入力信号に対する全損失が示されており、中央図には、各出力端子についての個別の挿入損失が示されている。また、
図3の右図には、各出力端子から出力される信号の位相が示されている。
【0028】
なお、
図3の各グラフにおいて、横軸には周波数が示されている。図中のF1からF2の間の周波数帯域は、所望の通過帯域BW1を示している。また、挿入損失(中央図)および位相(右図)においては、実線LN11,LN21が出力端子TO1を示し、破線LN12,LN22が出力端子TO4を示し、一点鎖線LN13,LN23が出力端子TO3を示し、二点鎖線LN14,LN24が出力端子TO2を示している。
【0029】
図3を参照して、まず全損失(左図)について見ると、通過帯域BW1の範囲内においては約1.0~1.2dB程度の損失となっており(実線LN1)、通過帯域BW1の全域にわたって、低損失でほぼフラットな特性となっていることがわかる。
【0030】
各出力端子の挿入損失(中央図)については、各出力とも通過帯域BW1の範囲内においては6~8dBの損失となっており、通過帯域BW1の全域にわたって各出力の出力レベルが同程度となっている。各出力の位相(右図)については、通過帯域BW1内において、各出力とも周波数が増加するにつれて位相が遅れ方向に変化している。しかしながら、各出力の変化の傾きはほぼ同程度であり、各出力間の位相差については、周波数によらずほぼ一定となっている。
【0031】
すなわち、方向性結合器100においては、所望の通過帯域にわたって、低損失で、かつ、各出力間の位相差がほぼ一定となる特性となっている。
【0032】
図4は、位相器PH1および位相器PH2の周波数特性を説明するための図である。
図4において、実線LN31は位相器PH1の出力信号の位相を示し、破線LN32は位相器
PH2の出力信号の位相を示している。また、実線LN30は、位相器PH1と位相器PH2の出力信号の位相差を示している。
【0033】
図4を参照して、通過帯域BW1においては、位相器PH1,PH2の各々の位相は、周波数が増加するにつれて遅れ方向に変化している。しかしながら、位相器PH1,PH2の位相差については、通過帯域BW1の全域にわたって、ほぼ90°で一定となっている。このように、位相器PH1,PH2の位相差が、所望の通過帯域の範囲でほぼ90°となるように位相器を設計することによって、低損失で、かつ、所望の通過帯域において各出力信号間の位相差を安定化することができる。
【0034】
[方向性結合器の詳細構造]
次に、
図5~
図10を用いて、方向性結合器の詳細構造について説明する。
図5~
図7においては、方向性結合器を構成する各要素が基板に立体的に配置された例について説明する。
図8~
図10については、各要素が基板に平面的に配置された例について説明する。
【0035】
(立体配置例)
図5は、方向性結合器100の外観斜視図である。
図5を参照して、方向性結合器100は、直方体または略直方体の形状を有する多層構造の誘電体基板110を備えている。誘電体基板110は、
図7で後述するように、複数の誘電体層LY1~LY21が所定の方向に沿って積み上げられて形成されている。誘電体基板110において、複数の誘電体層LY1~LY21が積み上げられている方向を積層方向とする。誘電体基板110の各誘電体層は、たとえば低温同時焼成セラミックス(LTCC:Low Temperature Co-fired Ceramics)などのセラミック、あるいは樹脂により形成されている。誘電体基板110の内部において、各誘電体層に設けられた複数の電極、および、誘電体層間に設けられた複数のビアによって、カプラCP1~CP3および位相器PH1,PH2を構成するためのインダクタおよびキャパシタが構成される。なお、本明細書において「ビア」とは、異なる誘電体層に設けられた電極を接続するために、誘電体層中に設けられる導体を示す。ビアは、たとえば、導電ペースト、めっき、および/または金属ピンなどによって形成される。
【0036】
なお、以降の説明においては、誘電体基板110の積層方向を「Z軸方向」とし、Z軸方向に垂直であって誘電体基板110の長辺に沿った方向を「X軸方向」とし、誘電体基板110の短辺に沿った方向を「Y軸方向」とする。また、以下では、各図におけるZ軸の正方向を上側、負方向を下側と称する場合がある。
【0037】
誘電体基板110の上面111には、基板の方向を特定するための方向性マークDMが配置されている。また、誘電体基板110には、上面111から、誘電体基板110の側面を通って下面112に至る、略C字形状の複数の外部電極が配置されている。複数の外部電極には、入力端子TI、出力端子TO1~TO4、終端端子TE、および接地端子GNDが含まれる。誘電体基板110は、各外部電極における下面112の部分において、はんだ等の接続部材を用いて、図示しない実装基板に電気的に接続される。
【0038】
図6Aは、
図5で示した方向性結合器100における各要素の概略の配置例を示す図である。また、
図6Bは、変形例の方向性結合器100Aに対応する配置例を示す図である。
【0039】
図6Aの実施の形態の方向性結合器100においては、入力側のカプラCP1は、誘電体基板110の上面111側の第1部分RG1に配置されている。出力側のカプラCP2,CP3は、誘電体基板110の下面112側の第2部分RG2および第3部分RG3にそれぞれ配置されている。位相器PH1は、誘電体基板110の積層方向(Z軸方向)において、カプラCP1とカプラCP2との間の第4部分RG4に配置されている。また、位相器PH2は、誘電体基板110の積層方向において、カプラCP1とカプラCP3との間の第5部分RG5に配置されている。位相器PH1が配置される第4部分RG4は、位相器PH2が配置される第5部分RG5と同じ層であってもよいし、異なる層であってもよい。
【0040】
図6Bの変形例の方向性結合器100Aは、方向性結合器100と逆の配置にされている。すなわち、入力側のカプラCP1は、誘電体基板110の下面112側の第1部分RG1Aに配置されている。出力側のカプラCP2,CP3は、誘電体基板110の上面111側の第2部分RG2Aおよび第3部分RG3Aにそれぞれ配置されている。位相器PH1は、誘電体基板110の積層方向において、カプラCP1とカプラCP2との間の第4部分RG4Aに配置されている。また、位相器PH2は、誘電体基板110の積層方向において、カプラCP1とカプラCP3との間の第5部分RG5Aに配置されている。
【0041】
方向性結合器100,100Aのいずれにおいても、方向性結合器を構成するカプラおよび位相器がZ軸方向に積層されるように配置されているため、Z軸方向の寸法はやや厚くなるものの、Z軸方向から平面視した場合の面積が小さくなる。そのため、
図8~
図10で後述する平面配置の場合に比べて、実装基板上における占有面積が小さくなる。したがって、方向性結合器を含む回路を小型化することができる。
【0042】
図7は、
図5の方向性結合器100の積層構造の一例を示す分解斜視図である。上述のように、誘電体基板110は、複数の誘電体層LY1~LY21がZ軸方向に積層された構造を有している。
【0043】
誘電体基板110の上面111(誘電体層LY1)には、基板の方向を特定するための方向性マークDMが配置されている。誘電体層LY1の短辺には接地端子GNDが配置されており、長辺には入力端子TI、出力端子TO1~TO4および終端端子TEが配置されている。
図5で示したように、各電極は、誘電体基板110の側面を経由して下面112(誘電体層LY21)まで延伸している。
【0044】
概略的には、誘電体層LY3~誘電体層LY6の部分(第1部分RG1)でカプラCP1が構成され、誘電体層LY17~誘電体層LY20の部分でカプラCP2,CP3(第2部分RG2,第3部分RG3)が構成される。位相器PH1,PH2は、誘電体層LY8~誘電体層LY15(第4部分RG4,第5部分RG5)に設けられている。なお、誘電体層LY2、誘電体層LY7、誘電体層LY16および誘電体層LY21には、接地端子GNDに接続された平板電極GP1,GP2,GP3,GP4がそれぞれ配置されている。言い換えれば、第1部分RG1と第4部分RG4,第5部分RG5との間に平板電極GP2が配置されており、第2部分RG2,第3部分RG3と第4部分RG4,第5部分RG5との間に平板電極GP3が配置されている。
【0045】
平板電極GP1,GP4は、上面111および下面112にそれぞれ近接して配置されており、機器外部からの電磁波の影響を低減するための。シールドとして機能する。平板電極GP2は、カプラCP1と位相器PH1,PH2との間の層に配置されている。平板電極GP2は、カプラCP1と各位相器との間の電磁界結合を抑制する。平板電極GP3は、カプラCP2と位相器PH1との間、および、カプラCP3と位相器PH2との間の電磁界結合を抑制する。
【0046】
入力端子TIは、誘電体層LY3に配置された、直線状の配線電極LP1に接続される。配線電極LP1は、誘電体層LY3の中央付近においてビアV1に接続されており、当該ビアV1によって誘電体層LY4に配置された配線電極LP2の一方端に接続される。配線電極LP2はコイル形状を有している。配線電極LP2の他方端は、ビアV2を介して誘電体層LY6に配置された直線状の配線電極LP3の一方端に接続される。配線電極LP2は、
図1におけるカプラCP1の第1線路CL1に対応する。
【0047】
誘電体層LY5には、コイル形状を有する配線電極LP11が配置されている。配線電極LP11の一方端は、ビアV10および誘電体層LY6に配置された配線電極LP10を介して、誘電体基板110の側面に延伸する終端端子TEに接続される。配線電極LP11の他方端は、ビアV11を介して、誘電体層LY6に配置された配線電極LP12に接続される。配線電極LP11は、カプラCP1の第2線路CL2に対応する。
【0048】
配線電極LP11は、誘電体層LY4に配置された配線電極LP2と対向している。配線電極LP2,LP11は、対向する部分の巻回方向が同じ方向になるように配置されている。配線電極LP2および配線電極LP11は、互いに電磁界結合することができる。
【0049】
配線電極LP12の他方端は、ビアV12を介して、誘電体層LY9に配置されたキャパシタ電極CA11に接続されている。キャパシタ電極CA11は、Z軸方向から平面視した場合に、誘電体層LY10に配置されたキャパシタ電極CA12と少なくとも一部が重なるように配置されている。キャパシタ電極CA11およびキャパシタ電極CA12によって、
図1の位相器PH1におけるキャパシタC1が構成される。
【0050】
キャパシタ電極CA12は、ビアV13を介して、誘電体層LY12に配置された配線電極LP13の一方端に接続される。配線電極LP13は、コイル形状を有している。配線電極LP13の他方端は、ビアV15を介して、誘電体層LY14に配置された配線電極LP14の一方端に接続される。配線電極LP14は、コイル形状を有している。配線電極LP14の他方端は、ビアV16を介して、誘電体層LY16に配置された平板電極GP3の一方端に接続される。配線電極LP13,LP14およびビアV13,V15,V16によって、位相器PH1のインダクタL1が構成される。
【0051】
また、キャパシタ電極CA12は、Z軸方向から平面視した場合に、誘電体層LY11に配置されたキャパシタ電極CA13とも少なくとも一部が重なるように配置されている。キャパシタ電極CA12およびキャパシタ電極CA13によって、位相器PH1におけるキャパシタC2が構成される。
【0052】
キャパシタ電極CA13は、ビアV14に接続されている。ビアV14は、誘電体層LY17でオフセットして、誘電体層LY18に配置された配線電極LP40の一方端に接続される。配線電極LP40は、コイル形状を有している。配線電極LP40の他方端は、ビアV40を介して、誘電体層LY17に配置された配線電極LP41に接続される。配線電極LP41は、誘電体基板110の側面に延伸する出力端子TO1に接続される。配線電極LP40は、
図1におけるカプラCP2の第3線路CL3に対応する。
【0053】
誘電体層LY19には、配線電極LP40に対向し、コイル形状を有する配線電極LP50が配置されている。配線電極LP50の一方端は、誘電体基板110の側面に延伸する出力端子TO2に接続される。配線電極LP50の他方端は、ビアV50および誘電体層LY20に配置された配線電極LP51を介して、誘電体基板110の側面に延伸する終端端子TEに接続される。配線電極LP50は、カプラCP2の第4線路CL4に対応する。
【0054】
また、配線電極LP3の他方端は、ビアV3に接続されており、当該ビアV3を介して、誘電体層LY8のキャパシタ電極CA1、および、誘電体層LY12に配置された配線電極LP4の一方端に接続される。キャパシタ電極CA1は、Z軸方向から平面視した場合に、誘電体層LY7に配置された平板電極GP2と少なくとも一部が重なるように配置されている。キャパシタ電極CA1および平板電極GP2によって、
図1の位相器PH2におけるキャパシタC11が構成される。
【0055】
配線電極LP4は、コイル形状を有している。配線電極LP4の他方端は、ビアV4を介して、誘電体層LY13に配置された配線電極LP5の一方端に接続される。配線電極LP5は、コイル形状を有している。配線電極LP5の他方端は、ビアV5を介して、誘電体層LY14に配置された配線電極LP6の一方端に接続される。配線電極LP6は、略L字形状を有している。配線電極LP6の他方端は、ビアV6を介して、誘電体層LY15に配置されたキャパシタ電極CA2に接続されている。配線電極LP4~LP6およびビアV3~V6によって、位相器PH2におけるインダクタL11が構成される。
【0056】
キャパシタ電極CA2は、Z軸方向から平面視した場合に、誘電体層LY16に配置された平板電極GP3と少なくとも一部が重なるように配置されている。キャパシタ電極CA2と平板電極GP3とによって、位相器PH2におけるキャパシタC12が構成される。
【0057】
また、ビアV6は、誘電体層LY17でオフセットして、誘電体層LY18に配置された配線電極LP20の一方端にも接続される。配線電極LP20は、コイル形状を有している。配線電極LP20の他方端は、ビアV20を介して、誘電体層LY17に配置された配線電極LP21に接続される。配線電極LP21は、誘電体基板110の側面に延伸する出力端子TO3に接続される。配線電極LP20は、
図1におけるカプラCP3の第5線路CL5に対応する。
【0058】
誘電体層LY19には、配線電極LP20に対向し、コイル形状を有する配線電極LP30が配置されている。配線電極LP30の一方端は、誘電体基板110の側面に延伸する出力端子TO4に接続される。配線電極LP30の他方端は、ビアV30および誘電体層LY20に配置された配線電極LP31を介して、誘電体基板110の側面に延伸する終端端子TEに接続される。配線電極LP30は、カプラCP3の第6線路CL6に対応する。
【0059】
以上のような構成によって、
図1で示した実施の形態の方向性結合器100が実現される。
【0060】
なお、ハイパスフィルタとして構成される位相器PH1に含まれるキャパシタC1,C2については、その特性上、比較的大きな容量が必要となる。しかしながら、容量を増加させるためにキャパシタ電極の面積を大きくすると、接地用の平板電極との間における寄生容量が大きくなってしまうため、インピーダンスが低下してかえって特性が劣化してしまう可能性がある。また、この寄生容量を低減するためにキャパシタ電極と平板電極との間の間隔を大きくすると、誘電体基板の厚み方向の寸法が大きくなり、小型化を阻害する要因になり得る。
【0061】
そこで、実施の形態の方向性結合器100においては、位相器PH1のキャパシタC1,C2のキャパシタ電極CA11~CA13が配置される誘電体層LY9~誘電体層LY11(第4部分RG4)の誘電率ε2を、それ以外の誘電体層(第1部分RG1,第2部分RG2,第3部分RG3)の誘電率ε1よりも大きくしている(ε1<ε2)。このような誘電率とすることによって、すべての誘電体層の誘電率をε1とした場合に比べて、より小さい電極面積で、位相器PH1に含まれるキャパシタの所望の容量を実現することができる。電極面積が小さくなると、キャパシタ電極と接地用の平板電極との間の寄生容量が小さくなり、さらに、キャパシタ電極と平板電極との間の間隔が小さくなる。したがって、特性低下の抑制および小型化を実現することが可能となる。
【0062】
(平面配置例)
次に、方向性結合器を構成する各要素が基板に平面的に配置された、平面配置型の方向性結合器について説明する。
図8~
図10においては、誘電体基板を法線方向(Z軸方向)から見た場合の平面図が示されている。なお、
図8~
図10においては、カプラCP1~CP3および位相器PH1,PH2の詳細な構成については省略されており、誘電体基板上における各要素の概略的な配置のみが示されている。
図8~
図10における各誘電体層は、単層構造であってもよいし、多層構造であってもよい。
【0063】
平面配置型の方向性結合器においては、
図6(A),
図6(B)で説明した立体配置型の方向性結合器に比べると実装面積は大きくなるが、Z軸方向の寸法、すなわち誘電体基板の厚みを薄くすることができる。そのため、低背化が要求される場合には適している。
【0064】
(第1例)
図8は、平面配置型の方向性結合器の第1例を示す図である。第1例の方向性結合器100Bは、入力側のカプラCP1から出力側のカプラCP2,CP3に向かう信号経路が同方向である構成の例である。
【0065】
図8を参照して、方向性結合器100Bにおいて、カプラCP1、位相器PH1およびカプラCP2は、矩形形状の誘電体基板110B上においてX軸の正方向DR1(第1方向)に並んで配置されている。言い換えれば、位相器PH1は、X軸方向に沿って、カプラCP1とカプラCP2との間に配置されている。
【0066】
また、方向性結合器100Bにおいては、カプラCP1、位相器PH2およびカプラCP3についても、誘電体基板110B上において第1方向に並んで配置されている。言い換えれば、位相器PH2は、X軸方向に沿って、カプラCP1とカプラCP3との間に配置されている。
【0067】
(第2例)
図9は、平面配置型の方向性結合器の第2例を示す図である。第2例の方向性結合器100Cは、入力側のカプラCP1から出力側のカプラCP2,CP3に向かう信号経路が異なる方向である構成の例である。
【0068】
図9を参照して、方向性結合器100Cおいて、カプラCP1、位相器PH1およびカプラCP2は、第1例の方向性結合器100Bと同様に、矩形形状の誘電体基板110CにおいてX軸の正方向DR1(第1方向)に並んで配置されている。
【0069】
一方、カプラCP1、位相器PH2およびカプラCP3については、誘電体基板110C上において第1方向とは逆方向、すなわちX軸の負方向DR2(第2方向)に並んで配置されている。
【0070】
方向性結合器100Cの配置においては、第1例の方向性結合器100Bと比べて、誘電体基板の短辺の寸法を短くすることができる。このような配置は、実装基板上において細長い領域に方向性結合器を配置することが必要な場合に好適である。また、方向性結合器100Cにおいては、カプラCP1からカプラCP2を介して出力される第1信号経路と、カプラCP1からカプラCP3を介して出力される第2信号経路とが、誘電体基板110C上で隣接していない。そのため、第1信号経路と第2信号経路との間の結合が抑制され、アイソレーションが高くなる。
【0071】
(第3例)
図10は、平面配置型の方向性結合器の第3例を示す図である。第3例の方向性結合器100Dは、入力側のカプラCP1から出力側のカプラCP2,CP3に向かう信号経路が異なる方向である構成の他の例である。
【0072】
図10を参照して、方向性結合器100Dおいては、誘電体基板110Dが略L字形状を有している。方向性結合器100Dおいては、カプラCP1、位相器PH1およびカプラCP2は、第1例の方向性結合器100Bと同様に、
略L字形状の誘電体基板110DにおいてX軸の正方向DR1(第1方向)に並んで配置されている。
【0073】
一方、カプラCP1、位相器PH2およびカプラCP3については、誘電体基板110D上において第1方向とは直交する方向、すなわちY軸の正方向DR2A(第2方向)に並んで配置されている。
【0074】
方向性結合器100Dのような配置は、実装基板上において方向性結合器を配置することが可能な領域が、L字形状を有している場合に好適である。また、方向性結合器100Dにおいても、カプラCP1からカプラCP2を介して出力される第1信号経路と、カプラCP1からカプラCP3を介して出力される第2信号経路とが、誘電体基板110D上で隣接していないため、第1信号経路と第2信号経路との間の結合が抑制され、アイソレーションが高くなる。
【0075】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0076】
100,100A~100D 方向性結合器、110,110B~110D 誘電体基板、111 上面、112 下面、BW1 通過帯域、C1~C3,C11~C13 キャパシタ、CA1,CA2,CA11~CA13 キャパシタ電極、CL1~CL6 線路、CP1~CP3 カプラ、DM 方向性マーク、GND 接地端子、GP1~GP4 平板電極、L1~L3,L11~L13 インダクタ、LP1~LP6,LP10,LP11~LP14,LP20,LP21,LP30,LP31,LP40,LP41,LP50,LP51 配線電極、LY1~LY21 誘電体層、PH1,PH2 位相器、T1 第1端子、T2 第2端子、TE 終端端子、TI 入力端子、TO1~TO4 出力端子、V1~V6,V10~V16,V20,V30,V40,V50 ビア。