(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-17
(45)【発行日】2024-06-25
(54)【発明の名称】膵癌の検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20240618BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240618BHJP
【FI】
G01N33/68
C12Q1/02
(21)【出願番号】P 2020163832
(22)【出願日】2020-09-29
【審査請求日】2023-04-03
(73)【特許権者】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(73)【特許権者】
【識別番号】390023951
【氏名又は名称】極東製薬工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】江口 暁子
(72)【発明者】
【氏名】井上 宏之
(72)【発明者】
【氏名】小林 由直
(72)【発明者】
【氏名】芥 照夫
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/131192(WO,A1)
【文献】特開2013-224293(JP,A)
【文献】国際公開第2013/043132(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0010575(US,A1)
【文献】Haoyi Jin,Exosomal zinc transporter ZIP4 promotes cancer growth and is a novel diagnostic biomarker for pancreatic cancer,Cancer Science,2018年07月14日,Vol.109,Page.2946-2956
【文献】Noboru Ideno,Early Detection of Pancreatic Cancer: Role of Biomarkers in Pancreatic Fluid Samples,Diagnostics,2020年12月06日,Vol.10,Page.1056
【文献】井上 宏之,膵癌,自己免疫性膵炎症例でのEUS-FNA検体を用いた網羅的プロテオーム解析による新規バイオマーカーの探索,日本消化器がん検診学会雑誌,2020年10月,Vol.58 No.Supplement 2,Page.904 消W15-9
【文献】Subhash Thalappilly,Identification of multi-SH3 domain-containing protein interactome in pancreatic cancer: A yeast two-hybrid approach,Proteomics,2008年,Vol.8,Page.3071-3081
【文献】Sarah A. Rodriguez,NEW APPROACH TO PANCREATIC CANCER BIOMARKER SCREENING: EXTRACELLULAR VESICLE IMAGING BY HIGH RESOLUTION FLOW CYTOMETRY IN PATIENTS PRESENTING FOR DIAGNOSTIC EUS-FNA,Gastroenterology,2018年05月,Volume 154 Issue 6 Supplement 1,Page.S435 Sa1977
【文献】D. TANG,Identification of key pathways and genes changes in pancreatic cancer cells (BXPC-3) after cross-talk with primary pancreatic stellate cells using bioinformatics analysis,Neoplasma,2019年06月03日,Vol.66 No.5,Page.681-693
【文献】Etienne Buscail,CD63-GPC1-Positive Exosomes Coupled with CA19-9 Offer Good Diagnostic Potential for Resectable Pancreatic Ductal Adenocarcinoma,Translational Oncology,2019年08月07日,Vol.12 No.11,Page.1395-1403
【文献】今本 隼香,膵臓の充実性腫瘤に対する超音波内視鏡下穿刺吸引法における迅速細胞診の有用性と細胞検査士参画の意義,医学検査,2019年,Vol.68 No.2,Page.247-253
【文献】Karthik M Kodigepalli,Phospholipid Scramblase 1, an interferon-regulated gene located at 3q23, is regulated by SnoN/SkiL in ovarian cancer cells,Molecular Cancer,2013年04月26日,Vol.12,Page.32
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/68
C12Q 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
膵癌を検出
するためのデータを提示する方法であって、
(a)被検体から分離された生体試料について、下記タンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
タンパク質群:
Phospholipid scramblase 1、
IST1 homolog、
G-protein coupled receptor family C group 5 member C、
ADP-ribosylation factor 3、
Histone H4、
Histone H3.1、
Polyubiquitin-B、
Pyruvate kinase PKLR、
Lipopolysaccharide-induced tumor necrosis factor-alpha factor、
Flotillin-2、及び
Keratin type II cytoskeletal 2 epidermal、
(b)工程(a)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
並びに
(c)工程(b)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準量よりも高い場合、前記被検体は膵癌を罹患していると
判定されるデータを提示する工程
を含み、前記生体試料が、超音波内視鏡下穿刺吸引法で採取された膵臓組織に由来する細胞外小胞である、方法。
【請求項2】
膵癌を
検出するためのデータを提示する方法であって、(d)被検体から分離された生体試料について、下記タンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
タンパク質群:
ADP-ribosyl cyclase/cyclic ADP-ribose hydrolase 1、
Complement C1q subcomponent subunit B、
Complement C4-A、
B-cell receptor-associated protein 31、
Glucosidase 2 subunit beta、
Ribosome-binding protein 1、
Vesicle-trafficking protein SEC22b、
Translocon-associated protein subunit delta、
Translocon-associated protein subunit alpha、
Plasma serine protease inhibitor、
Inter-alpha-trypsin inhibitor heavy chain H4、
CD5 antigen-like、
Vitamin K-dependent protein S、
Endoplasmin、
Dolichyl-diphosphooligosaccharide--protein glycosyltransferase 48 kDa subunit、
Chymotrypsin-like elastase family member 3A、
Protein transport protein Sec61 subunit beta、
Endoplasmic reticulum resident protein 44、
Collectin-11、
Tetratricopeptide repeat protein 12
Immunoglobulin kappa variable 4-1、
Immunoglobulin heavy variable 3-15、
Immunoglobulin lambda variable 1-51、
Immunoglobulin lambda variable 7-43、
Immunoglobulin kappa variable 2-24、
Immunoglobulin lambda variable 3-27、
Immunoglobulin heavy constant mu、
Immunoglobulin heavy variable 5-51、
Immunoglobulin mu heavy chain、
Immunoglobulin lambda variable 7-46、
Immunoglobulin heavy variable 3-72、
Immunoglobulin heavy variable 3-49、
Immunoglobulin lambda variable 3-9、
Immunoglobulin lambda variable 3-19、
Immunoglobulin heavy variable 3-73、及び
Immunoglobulin lambda variable 2-18、
(e)工程(d)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
並びに
(f)工程(e)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準量よりも低い場合、前記被検体は膵癌を罹患していると
判定されるデータを提示する工程
を含み、前記生体試料が、超音波内視鏡下穿刺吸引法で採取された膵臓組織に由来する細胞外小胞である、方法。
【請求項3】
膵癌を
検出するためのデータを提示する方法であって、
(g)被検体から分離された生体試料について、下記タンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
タンパク質群:
Moesin、
Complement decay-accelerating factor、
stratifin(14-3-3 protein sigma)、
Ras-related protein Ral-B、
Ras-related protein Ral-A、
L-lactate dehydrogenase A chain、
Charged multivesicular body protein 4b、
Syntaxin-3、
Radixin、
Ras-related protein Rap-1A、
Elongation factor 2、
Dipeptidyl peptidase 4、及び
Phospholipid scramblase 1、
(h)工程(g)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
並びに
(i)工程(h)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準量よりも高い場合、前記被検体は中期~後期の膵癌を罹患していると
判定されるデータを提示する工程
を含み、前記生体試料が、超音波内視鏡下穿刺吸引法で採取された膵臓組織に由来する細胞外小胞である、方法。
【請求項4】
膵癌を
検出するためのデータを提示する方法であって、(j)被検体から分離された生体試料について、下記タンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
タンパク質群:
Prothrombin、
Calreticulin、
Complement C4-B、
von Willebrand factor、
Complement C1q subcomponent subunit C、及び
Nucleobindin-2、
(k)工程(j)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
並びに
(l)工程(k)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準量よりも低い場合、前記被検体は中期~後期の膵癌を罹患していると
判定されるデータを提示する工程
を含み、前記生体試料が、超音波内視鏡下穿刺吸引法で採取された膵臓組織に由来する細胞外小胞である、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵癌の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膵癌は悪性度の極めて高い癌の1つであり、5年生存率は5%以下である(非特許文献1)。外科的治療が唯一の根治的手段であるが、発見時には転移、浸潤により根治切除が不能であることも少なくない。治療成績向上のためには、より早期の段階で診断される必要がある。しかしながら、現状ではステージ0又はステージIの段階で膵癌が診断される割合は、両ステージ併せてもわずか2%程度である。さらに、ステージIまでの膵癌では臨床症状が出現しにくく、有症状は全体の23.9%のみであったと報告されている(非特許文献2)。
【0003】
現在の膵癌の診断においては、CA19-9、Span-1、CA50、CA242、Dupan-2、TAG-72、尿中フコース等の糖鎖抗原、CEA、POA、TPS等が、腫瘍マーカーとして用いられている。しかしながら、これらのマーカーは、感度は良いが、特異度はそれほど高くなく、偽陽性も20~30%と高い。膵癌での陽性率は進行癌を除けば一般的に低く、例えば、2cm以下の膵癌でもCA19-9の陽性率が55.6%と半数に過ぎない(非特許文献3)。さらに、ステージIまでの膵癌では腫瘍マーカーを契機に診断されたものは3.7%に過ぎない(非特許文献2)。また、糖鎖抗原を腫瘍マーカーとして診断に用いる場合には、Lewis血液型陰性例では当該抗原が産生されないため、偽陰性を示すので注意を要する(非特許文献3及び4)。
【0004】
さらに、膵癌患者の膵癌組織、膵癌培養細胞、又は末梢血を対象とした、プロテオーム解析、遺伝子発現解析等がなされ、これまでの多くの学術論文で報告されている(非特許文献5~9)。また最近、細胞外小胞(Extracellular Vesicle、以下「EV」とも称する)が、放出する細胞の状態を反映することから、肝癌等の多くの癌について、それらの病態進行メカニズムを解明すべく、研究が盛んに行なわれている(非特許文献10~12)。膵癌に関しても、株化膵癌細胞から放出されたEVについてプロテオーム解析が行なわれた結果、GPC1等の10のタンパク質が腫瘍マーカーとして同定されている(非特許文献13)。しかしながら、これら成果から見出された腫瘍マーカーにおいて、現実に膵癌の診断に有用であることが明らかになったものがほとんどない。
【0005】
このように、膵癌は自覚症状乏しく進行するため、早期の診断を可能とする腫瘍マーカーが強く求められている。しかしながら、そのような感度及び特異度の高い腫瘍マーカーを指標とする、膵癌の検出方法が未だ確立していないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Raimondi S.ら、Nat Rev Gastroenterol Hepatol.、2009年、6:699~708ページ
【文献】菅野 敦ら、膵臓、2017年、32:16~22ページ
【文献】日本膵臓学会 膵癌診療ガイドライン改訂委員会 編、膵癌 診療ガイドライン 2019年版、2019年7月20日発行、64~74ページ
【文献】Hirano K.ら、J Natl Cancer Inst.、1987年12月、79巻、6号、1261~1268ページ
【文献】Schulltz NA.ら、JAMA、2014年、311:392~404ページ
【文献】Taniuchi K.ら、PLoS One、2019年6月5日、14(6):e0217920.
【文献】Zhao C.ら、Oncol Rep.、2013年、30:276~284ページ
【文献】Honda K.ら、Sci Rep.、2015年、5:15921,
【文献】Yoneyama T.ら、PLoS One、2016年、11:eO161009,
【文献】Eguchi,A.ら、J.Hepatology、2019年、70(6):1292~1294ページ
【文献】Lapitz A.ら、Front.Immunol.、2018年、9:2270
【文献】Malhi H.、Liver Physiol.、2019年、317:G739-G749.
【文献】Yang KS.ら、Sci Transl Med.、2017年5月24日、9(391)eaal3226.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、膵癌に特異性の高い腫瘍マーカーを見出し、当該マーカー分子の発現を指標として、膵癌を検出する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記目的を達成すべく、超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS-FNA)により部分採取した血液を含む膵癌組織からEVを回収し、プロテオーム解析を行なった。そして、血液を含む非癌組織から回収されたEVについてのそれと比較し、膵癌にて発現が上昇している又は低下しており、これまでに膵癌マーカーとして報告のないタンパク質を11種又は36種同定することに成功した。
【0009】
また、膵癌組織に含まれるEVについて、経時的(ステージI~IV)にプロテオーム解析を行ない、ステージI(早期)と比較してII~IV(中~後期)において発現が上昇したタンパク質13種、及び減少したタンパク質6種を同定することに成功し、本発明を完成するに至った。本発明は、より詳しくは、以下に関する。
<1> 下記(a)~(c)の工程を含む、膵癌を検出する方法
(a)被検体から分離された生体試料について、下記タンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
タンパク質群:
Phospholipid scramblase 1、
IST1 homolog、
G-protein coupled receptor family C group 5 member C、
ADP-ribosylation factor 3、
Histone H4、
Histone H3.1、
Polyubiquitin-B、
Pyruvate kinase PKLR、
Lipopolysaccharide-induced tumor necrosis factor-alpha factor、
Flotillin-2、及び
Keratin type II cytoskeletal 2 epidermal、
(b)工程(a)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
(c)工程(b)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準量よりも高い場合、前記被検体は膵癌を罹患していると判定する工程。
<2> 下記(d)~(f)の工程を含む、膵癌を検出する方法
(d)被検体から分離された生体試料について、下記タンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
タンパク質群:
ADP-ribosyl cyclase/cyclic ADP-ribose hydrolase 1、
Complement C1q subcomponent subunit B、
Complement C4-A、
B-cell receptor-associated protein 31、
Glucosidase 2 subunit beta、
Ribosome-binding protein 1、
Vesicle-trafficking protein SEC22b、
Translocon-associated protein subunit delta、
Translocon-associated protein subunit alpha、
Plasma serine protease inhibitor、
Inter-alpha-trypsin inhibitor heavy chain H4、
CD5 antigen-like、
Vitamin K-dependent protein S、
Endoplasmin、
Dolichyl-diphosphooligosaccharide--protein glycosyltransferase 48 kDa subunit、
Chymotrypsin-like elastase family member 3A、
Protein transport protein Sec61 subunit beta、
Endoplasmic reticulum resident protein 44、
Collectin-11、
Tetratricopeptide repeat protein 12
Immunoglobulin kappa variable 4-1、
Immunoglobulin heavy variable 3-15、
Immunoglobulin lambda variable 1-51、
Immunoglobulin lambda variable 7-43、
Immunoglobulin kappa variable 2-24、
Immunoglobulin lambda variable 3-27、
Immunoglobulin heavy constant mu、
Immunoglobulin heavy variable 5-51、
Immunoglobulin mu heavy chain、
Immunoglobulin lambda variable 7-46、
Immunoglobulin heavy variable 3-72、
Immunoglobulin heavy variable 3-49、
Immunoglobulin lambda variable 3-9、
Immunoglobulin lambda variable 3-19、
Immunoglobulin heavy variable 3-73、及び
Immunoglobulin lambda variable 2-18、
(e)工程(d)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
(f)工程(e)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準量よりも低い場合、前記被検体は膵癌を罹患していると判定する工程。
<3> 下記(g)~(i)の工程を含む、膵癌を検出する方法
(g)被検体から分離された生体試料について、下記タンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
タンパク質群:
Moesin、
Complement decay-accelerating factor、
stratifin(14-3-3 protein sigma)、
Ras-related protein Ral-B、
Ras-related protein Ral-A、
L-lactate dehydrogenase A chain、
Charged multivesicular body protein 4b、
Syntaxin-3、
Radixin、
Ras-related protein Rap-1A、
Elongation factor 2、
Dipeptidyl peptidase 4、及び
Phospholipid scramblase 1、
(h)工程(g)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
(i)工程(h)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準量よりも高い場合、前記被検体は中期~後期の膵癌を罹患していると判定する工程。
<4> 下記(j)~(l)の工程を含む、膵癌を検出する方法
(j)被検体から分離された生体試料について、下記タンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
タンパク質群:
Prothrombin、
Calreticulin、
Complement C4-B、
von Willebrand factor、
Complement C1q subcomponent subunit C、及び
Nucleobindin-2、
(k)工程(j)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
(l)工程(k)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準量よりも低い場合、前記被検体は中期~後期の膵癌を罹患していると判定する工程。
<5> 前記生体試料が、血液、血清、血漿、又はそれらの細胞外小胞である、<1>~<4>のうちのいずれか一項に記載の方法。
【0010】
なお、非特許文献13においては、各種株化膵癌細胞の培養上清に含まれるEVについてプロテオーム解析をした結果、膵癌マーカーとして10分子が選択されたことが報告されている。しかしながら、このように株化癌細胞培養(in vitro)由来EVを対象として選抜された膵癌マーカーと、本発明において膵癌組織由来EV(in vivo)を対象として選抜されたそれらとは、一致していなかった。この理由は必ずしも定かではないが、本発明者らは以下のように推察する。すなわち、非特許文献13に記載の方法は、株化癌細胞の増殖最適培地に適した環境から放出されるEVのプロファイルであり、真の膵癌の病態を反映しておらず、実際の膵癌由来のそれと異なることが考えられる。実際の膵癌組織は、炎症と線維化が進行し、複雑な病理像を示しており、膵癌細胞が受けるストレスは、培養細胞とは全く異なると考えられる。そのため、細胞のストレスに応じて放出される分子がEV成分中に反映されていないと考えられる。
【0011】
また、非特許文献13に記載のEVの調製方法も、後述の実施例に示すそれと異なる。前者は、膵癌細胞の培養上清を0.22μmのフィルターを通過するサイズのベジクルを超遠心後に一度洗浄してさらに超遠心を行ないEVを回収している。この方法では、0.22μm以上の大きなEVは除去され、超遠心の強い重力により一部のEVが破壊されている可能性がある。また、EV以外のタンパク質(コンタミネーション)を除去するために、密度勾配遠心分離法等の更なる処理が必要であるが、それも行なっておらず、EV以外の夾雑分子も多く含まれる可能性がある。
【0012】
一方、後述の実施例に示したEVの回収は、サイズ排除クロマトグラフィー法で行なっており、0.22μm以上の大きなEVも回収され、かつ遠心による破壊はない。また、当該方法において、EV以外のタンパク質とEVが分離できるカラムを用いており、コンタミネーションは最小限であり高純度かつ幅広いサイズのEVの回収を実現している。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、膵癌に特異性の高いマーカータンパク質の発現を指標として、膵癌を精度高く検出することが可能となる。
【0014】
例えば、本発明により、早期の腫瘍径1cm以下の遠隔転移のない局所進行の段階で膵癌が検出されると、手術切除により5年生存率が80%以上に改善する。また、腫瘍径1cm以上の遠隔転移がない膵癌の場合、早期診断で術前治療(化学療法、放射線化学療法)と外科的な根治切除(R0)を早期に施行することにより生存期間延長の効果が期待できる。一方、遠隔転移がある膵癌でも早期診断により化学療法を早期に施すことで治療効果の改善も期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】血液を含む膵癌組織から回収されたEVにおいて、非膵癌組織のそれと比較して発現が上昇している11種のタンパク質に関し、それらの発現量を、非膵癌及び膵癌のステージ毎に示したグラフである。
【
図2】血液を含む膵癌組織から回収されたEVにおいて、ステージIと比較してII~IVにおいて発現が上昇した13種のタンパク質に関し、それらの発現量を、非膵癌及び膵癌のステージ毎に示したグラフである。
【
図3】血液を含む膵癌組織から回収されたEVにおいて、ステージIと比較してII~IVにおいて発現が減少した6種のタンパク質に関し、それらの発現量を、非膵癌及び膵癌のステージ毎に示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<膵癌の検出方法>
後述の実施例に示すとおり、血液を含む膵癌組織から回収したEVについてプロテオーム解析を行ない、血液を含む非癌組織から回収したEVについてのそれと比較した。その結果、膵癌にて発現が上昇している又は低下しており、これまでに膵癌マーカーとして報告のないタンパク質を11種又は36種同定することに、本発明者らは成功した。
【0017】
したがって、本発明は、下記のとおり、前記11種の膵癌マーカーの発現を指標とする(a)~(c)、及び前記36種の膵癌マーカーの発現を指標とする(d)~(f)の工程を、各々含む、膵癌の検出方法(第1の態様、及び第2の態様)を提供する。
【0018】
[膵癌の検出方法(第1の態様)]
下記(a)~(c)の工程を含む、膵癌を検出する方法
(a)被検体から分離された生体試料について、下記タンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
タンパク質群:
Phospholipid scramblase 1(リン脂質スクランブラーゼ1)、
IST1 homolog(IST1ホモログ)、
G-protein coupled receptor family C group 5 member C(Gタンパク質共役受容体 ファミリーC グループ5 メンバーC)、
ADP-ribosylation factor 3(ADPリボシル化因子3)、
Histone H4(ヒストンH4)、
Histone H3.1(ヒストンH3.1)、
Polyubiquitin-B(ポリユビキチン-B)、
Pyruvate kinase PKLR(ピルビン酸キナーゼ アイソザイム R/L)、
Lipopolysaccharide-induced tumor necrosis factor-alpha factor(リポ多糖誘発腫瘍壊死因子α)、
Flotillin-2(フロチリン-2)、及び
Keratin type II cytoskeletal 2 epidermal(ケラチン タイプ2 細胞骨格 2 表皮)、
(b)工程(a)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
(c)工程(b)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準量よりも高い場合、前記被検体は膵癌を罹患していると判定する工程。
【0019】
[膵癌の検出方法(第2の態様)]
下記(d)~(f)の工程を含む、膵癌を検出する方法
(d)被検体から分離された生体試料について、下記タンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
タンパク質群:
ADP-ribosyl cyclase/cyclic ADP-ribose hydrolase 1〈ADP-リボシルシクラーゼ/環状ADP-リボース加水分解酵素1)、
Complement C1q subcomponent subunit B(補体C1q サブコンポーネント サブユニットB)、
Complement C4-A(補体C4-A)、
B-cell receptor-associated protein 31(B細胞受容体関連タンパク質31)、
Glucosidase 2 subunit beta(グルコシダーゼ2 サブユニットβ)、
Ribosome-binding protein 1(リボソーム結合タンパク質1)、
Vesicle-trafficking protein SEC22b(小胞輸送タンパク質 SEC22b)、
Translocon-associated protein subunit delta(トランスロコン関連タンパク質 サブユニットδ)、
Translocon-associated protein subunit alpha(トランスロコン関連タンパク質 サブユニットα)、
Plasma serine protease inhibitor(血漿セリンプロテアーゼインヒビター)、
Inter-alpha-trypsin inhibitor heavy chain H4(インター-α-トリプシンインヒビター重鎖H4)、
CD5 antigen-like(CD5抗原様タンパク質)、
Vitamin K-dependent protein S(ビタミンK-依存性タンパク質プロテインS)、
Endoplasmin(エンドプラスミン)、
Dolichyl-diphosphooligosaccharide--protein glycosyltransferase 48 kDa subunit(ドリチル-ジホスホオリゴ糖-タンパク質グリコトランスフェラーゼ 48kDaサブユニット)、
Chymotrypsin-like elastase family member 3A(キモトリプシン様エラスターゼ ファミリーメンバー3A)、
Protein transport protein Sec61 subunit beta(タンパク質輸送タンパク質 Sec61 サブユニットβ)、
Endoplasmic reticulum resident protein 44(小胞体局在タンパク質44)、
Collectin-11(コレクチン-11)、
Tetratricopeptide repeat protein 12(テトラトリコペプチドリピートタンパク質12)、並びに
免疫グロブリン(kappa variable 4-1(κ鎖可変領域 4-1)、
heavy variable 3-15(重鎖可変領域 3-15)、
lambda variable 1-51(λ鎖可変領域 1-51)、
lambda variable 7-43(λ鎖可変領域 7-43)、
kappa variable 2-24(κ鎖可変領域 2-24)、
lambda variable 3-27(λ鎖可変領域 3-27)、
heavy constant mu(重鎖定常領域 mu)、
heavy variable 5-51(重鎖可変領域 5-51)、
mu heavy chain(mu重鎖)、
lambda variable 7-46(λ鎖可変領域 7-46)、
heavy variable 3-72(重鎖可変領域 3-72)、
heavy variable 3-49(重鎖可変領域 3-49)、
lambda variable 3-9(λ鎖可変領域 3-9)、
lambda variable 3-19(λ鎖可変領域 3-19)、
heavy variable 3-73(重鎖可変領域 3-73)、及び
lambda variable 2-18(λ鎖可変領域 2-18))、
(e)工程(e)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
(f)工程(e)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準量よりも低い場合、前記被検体は膵癌を罹患していると判定する工程。
【0020】
また、本発明者らは、血液を含む膵癌組織から回収したEVについて、経時的(ステージI~IV)にプロテオーム解析を行ない、ステージIと比較してII~IVにおいて発現が上昇したタンパク質13種、及び減少したタンパク質6種を同定することに成功した。
【0021】
したがって、本発明は、下記のとおり、前記13種の膵癌マーカーの発現を指標とする(g)~(i)、及び前記6種の膵癌マーカーの発現を指標とする(j)~(l)の工程を各々含む、膵癌の検出方法(第3の態様、及び第4の態様)も提供する。
【0022】
[膵癌の検出方法(第3の態様)]
下記(g)~(i)の工程を含む、膵癌を検出する方法
(g)被検体から分離された生体試料について、下記タンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
タンパク質群:
Moesin(モエシン)、
Complement decay-accelerating factor(補体崩壊促進因子)、
stratifin(14-3-3 protein sigma)(ストラティフィン、14-3-3シグマ)、
Ras-related protein Ral-B(Ras関連タンパク質-B、Ral-B)、
Ras-related protein Ral-A(Ras関連タンパク質-A、Ral-A)、
L-lactate dehydrogenase A chain(L-乳酸デヒドロゲナーゼA鎖)、
Charged multivesicular body protein 4b(帯電多胞体タンパク質4b)、
Syntaxin-3(シンタキシン-3)、
Radixin(ラディキシン)、
Ras-related protein Rap-1A(Ras関連タンパク質 Rap-1A)、
Elongation factor 2(伸長因子2)、
Dipeptidyl peptidase 4(ジペプチジルペプチダーゼ4)、及び
Phospholipid scramblase 1(リン脂質スクランブラーゼ1)、
(h)工程(g)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
(i)工程(h)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準量よりも高い場合、前記被検体は中期~後期の膵癌を罹患していると判定する工程。
【0023】
[膵癌の検出方法(第4の態様)]
下記(j)~(l)の工程を含む、膵癌を検出する方法
(j)被検体から分離された生体試料について、下記タンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
タンパク質群:
Prothrombin(プロトロンビン)、
Calreticulin(カルレティキュリン)、
Complement C4-B(補体C4-B)、
von Willebrand factor(フォン・ヴィレブランド因子)、
Complement C1q subcomponent subunit C(補体C1q サブコンポーネント サブユニットC)、及び
Nucleobindin-2(ヌクレオビンディン-2)、
(k)工程(j)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
(l)工程(k)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準量よりも低い場合、前記被検体は中期~後期の膵癌を罹患していると判定する工程。
【0024】
本発明において検出対象となる「膵癌」とは、膵臓組織に発生する悪性腫瘍を意味する。膵癌は、発生する組織に応じて病理学的に、浸潤性膵管癌、膵内分泌腫瘍、膵腺房細胞癌等に分類されるが、特にこれらに限定されない。
【0025】
膵癌の進行度合いを表す際、臨床現場では、癌ステージによる分類が広く用いられている。膵癌のステージ分類には、日本膵臓学会の膵癌取扱い規約に基づく分類と、国際的なUICC(国際対がん連合)分類の、2つの分類法があるが、いずれにおいても、膵癌のステージはI~IVの4段階に分かれており、ステージは、腫瘍の大きさ、隣接臓器(例えば、十二指腸、胆管、門脈系腹腔動脈、上腸間膜動脈等)への浸潤の有無、リンパ節転移の有無、遠隔転移の有無等に基づき定められる。ステージは数字が増える程、膵癌がより進行していることを表す。また、本発明において、「早期」とはステージI迄の膵癌を意味し、「中期」とはステージII,IIIの膵癌を意味し、「後期」とはステージIVの膵癌を意味する。
【0026】
なお、後述する実施例における膵癌のステージ分類は、日本膵臓学会の膵癌取扱い規約(第7版)に基づく分類に基いており、本実施形態において日本膵臓学会の膵癌取扱い規約に基づく分類とUICC分類が異なる場合には、日本膵臓学会の膵癌取扱い規約に基づく分類を優先するものとする。
【0027】
本発明において、「被検体」とは、本発明の方法によって膵癌の検査を受ける個体を示し、特に制限はなく、ヒトのみならず、非ヒト動物であってもよい。かかる被検体として、例えば脊椎動物、好ましくは哺乳動物、より好ましくは霊長類(ヒト、サル、チンパンジー、オランウータン、ゴリラ等)、有蹄類(ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ等)、げっ歯類(マウス、ラット、モルモット等)が挙げられるが、通常ヒトである。また「被検体」は、膵癌に罹患している疑いのある個体のみならず、膵癌を罹患している個体、膵癌の治療中又は治療後の個体、膵癌を再発するおそれのある個体であってもよい。
【0028】
「被検体から分離された生体試料」としては、被検体(ヒトの生体)から摘出され、その由来の生体と完全に隔離されている状態にある試料(細胞、組織、臓器、体液(血液、リンパ液、組織液、体腔液、髄液、関節液等)、消化液、喀痰、尿、便等)であればよく、好ましくは、血液(全血、血清、血漿等)、組織(膵臓組織等)が挙げられる。さらに、より侵襲性低く被検体から分離することができ、またタンパク質の調製及びその発現量の検出をより簡便に行えるという観点から、血液がより好ましく、末梢血、膵臓組織若しくは膵癌組織に含まれる血液、又は、膵臓組織若しくは膵癌組織に隣接する血液がさらに好ましく、末梢血がより好ましい。
【0029】
血液は、当業者に公知の方法で被検体から採取することができる。例えば、血液(全血)は、注射器、超音波内視鏡等を用いた採血によって採取することができる。血清は、全血から血球及び特定の血液凝固因子を除去した部分であり、例えば、全血を凝固させた後の上澄みとして得ることができる。血漿は、全血から血球を除去した部分であり、例えば、全血を凝固させない条件下で遠心分離に供した際の上澄みとして得ることができる。
【0030】
また、後述の実施例に示すとおり、本発明の膵癌マーカーは、細胞外小胞中に存在する。したがって、本発明にかかる生体試料は、血液等から更に分離された細胞外小胞であってもよい。なお、「細胞外小胞(EV)」は、細胞(特に膵癌細胞)から分泌、放出等される膜小胞である限り、特に制限されず、通常は、細胞内のタンパク質や遺伝情報(mRNA、microRNA等)を細胞外に運搬することにより、局所や全身における細胞間の情報伝達を担っている膜小胞として定義される。EVとしては、例えば、エクソソーム、微小小胞体、アポトーシス小体、エクトソーム、マイクロパーティクル、分泌マイクロベシクルが挙げられる。本発明にかかるEVのサイズとしては特に制限はないが、好ましくは10~300nmであり、より好ましくは10~500nmであり、さらに好ましくは10~1000nmである。
【0031】
EVは、血液等から、公知の方法により、精製、分離、濃縮等することができる。EVを精製、分離、濃縮等する方法としては、例えば、サイズ排除クロマトグラフィー法、フローサイトメトリー法(FACS)、超遠心法(ペレットダウン法、スクロースクッション法、密度勾配遠心法等)、免疫学的方法(イムノアフィニティー担体を用いる方法、免疫沈降法)、限外ろ過法、ゲルろ過法、ポリマー沈降法、磁気ビーズ法、フィールド・フロー分画法が挙げられる。また、EVの精製、分離、濃縮等は、市販のキット(例えば、Izon Science社製、qEVシリーズ/細胞外小胞抽出カラム;ジーエルサイエンス社製、エクソソーム精製カラム EVSecond)を用いて行うこともできる。また、これらの方法は、1種単独で採用してもよいし、2種以上を組み合わせて採用してもよい。
【0032】
また、本発明に係る生体試料は、後述のタンパク質量を検出する方法に供する際には、更にその方法に適した形態(例えば、生体試料から抽出されたタンパク質溶液、ホルマリン固定処理、アルコール固定処理、凍結処理又はパラフィン包埋処理が施された組織等)に適宜調製されていてもよい。当業者であれば、生体試料の種類及び状態等を考慮し、公知の手法を選択して調製することが可能である。
【0033】
本発明において検出対象となる「膵癌マーカー」としては、上述の工程(a)、(d)、(g)及び(j)に示した各タンパク質であり、ヒト由来であれば、後述の表2~6に示されるUniProtKBアクセッション番号によって特定されるタンパク質である。なお、各膵癌マーカーの典型的なアミノ酸配列情報は、当該アクセッション番号を基に、データベース(www.uniprot.org/)で検索することにより得ることができる。
【0034】
なお、タンパク質をコードする遺伝子のDNA配列は、その変異等により、自然界において(すなわち、非人工的に)変異しうる。したがって、本発明において検出対象となる膵癌マーカーは、前記典型的なアミノ酸配列に特定されることなく、それらアミノ酸配列の天然の変異体も含まれる。また、本発明において検出対象となる膵癌マーカーは、全長のアミノ酸配列からなるもののみならず、その部分ペプチドも含まれる。
【0035】
また、上述の工程(a)、(d)、(g)及び(j)において検出される膵癌マーカーの数は、1種のみでもよいが、2種以上の組み合わせであってもよい。より多くの膵癌マーカーを組み合わせて検出することにより、膵癌の検出をより精度高く行なうことが可能となる。例えば、工程(a)において検出される膵癌マーカーの数としては、好ましくは2種以上(例えば、3種以上、4種以上)、より好ましくは5種以上(例えば、6種以上、7種以上、8種以上、9種以上)、さらに好ましくは10種以上(例えば、11種)である。工程(d)において検出される膵癌マーカーの数としては、好ましくは2種以上(例えば、3種以上、4種以上)、より好ましくは5種以上(例えば、6種以上、7種以上、8種以上、9種以上)、さらに好ましくは10種以上、より好ましくは15種以上、さらに好ましくは20種以上、より好ましくは25種以上、さらに好ましくは30種以上より好ましくは35種以上(例えば、36種)である。工程(g)において検出される膵癌マーカーの数としては、好ましくは2種以上(例えば、3種以上、4種以上)、より好ましくは5種以上(例えば、6種以上、7種以上、8種以上、9種以上)、さらに好ましくは10種以上(例えば、11種以上、12種以上、13種)である。工程(j)において検出される膵癌マーカーの数としては、好ましくは2種以上(例えば、3種以上、4種以上)、より好ましくは5種以上(例えば、6種)である。かかる組み合わせとしては、例えば、CD55、MSN及びRALBの組み合わせが挙げられる。異なる生物学的経路において各々機能するため、これら膵癌マーカーを検出することにより、膵癌の罹患又は段階(ステージ)を多角的に捉え易くなる。
【0036】
本発明において検出する「タンパク質の量」とは、絶対量のみならず、相対量であってもよい。相対量としては、例えば、総タンパク質量に対する割合が挙げられる。また、相対量としては、検出に用いる測定方法又は測定装置に基づくタンパク質量比(所謂、任意単位(AU)で表される数値)が挙げられる。相対量としてはまた、例えば、参照タンパク質の量を基準として算出した値を用いてもよい。本発明にかかる「参照タンパク質」は、生体試料において安定して存在しており、また異なる生体試料間において、その量の差が小さいタンパク質であればよく、例えば、内在性コントロール(内部標準)タンパク質が挙げられる。
【0037】
「タンパク質量の検出」は、当業者であれば、適宜公知の手法を採用して実施することができる。かかる公知の手法としては、例えば、酵素結合免疫吸着法(ELISA法)、CLEIA(化学発光酵素免疫測定法)、ラテックス凝集法、抗体アレイ、イムノブロッティング、イムノクロマトグラフィー、イメージングサイトメトリー、フローサイトメトリー、ラジオイムノアッセイ、免疫沈降法、免疫組織化学的染色法等の抗体を用いて検出する方法(免疫学的方法)や、質量分析法が挙げられる。
【0038】
「免疫学的方法」では、各膵癌マーカーに結合する抗体が使用され、当該抗体を各々の抗体が結合する膵癌マーカーに接触させ、当該抗体の各マーカー分子への結合性を指標として、各膵癌マーカーのタンパク質量が検出される。
【0039】
「質量分析法」とは、ペプチド試料(前述の生体試料)を、イオン源を用いてイオン化し、分析部において、真空中で運動させ電磁気力を用いて、あるいは飛行時間差によりイオン化したペプチド試料を質量電荷比に応じて分離し、検出できる質量分析計を用いた測定方法のことをいい、イオン源を用いてイオン化する方法としては、EI法、CI法、FD法、FAB法、MALDI法、ESI法等の方法を適宜選択することができる。また、分析部において、イオン化したペプチド試料を分離する方法としては、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、飛行時間(TOF)型、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型等分離方法を適宜選択することができる。また、2以上の質量分析法を組み合わせたタンデム型質量分析(MS/MS)やトリプル四重極型質量分析を利用することができる。特に、トリプル四重極型質量分析計による選択反応モニタリング(SRM:Selected reaction monitoring,SRM)又は多重反応モニタリング(MRM:Multiple reaction monitoring)によって、1回の測定で多種の膵癌マーカーを同時に測定することができる。また、質量分析計は単独で用いられてもよいし、液体クロマトグラフィー(LC)や高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を組み合わせることにより、対象タンパク質を構成するペプチドを分離・精製してサンプルとすることができる。
【0040】
本発明の検出方法においては、このようにして検出されたタンパク質量と、同タンパク質の基準量とを比較する。かかる比較は、当業者であれば、上記検出方法に合った統計学的解析方法を適宜選択して行うことができる。統計学的解析方法としては、例えば、マン・ホイットニーのU検定、t検定、分散分析(ANOVA)、クラスカル・ウォリス検定、ウィルコクソン検定、オッズ比、ハザード比、フィッシャーの正確検定、受信者動作特性解析(ROC解析)、分類木と決定木解析(CART解析)が挙げられる。また、比較の際には、正規化された又は標準化かつ正規化されたデータを用いることもできる。
【0041】
比較対象となる「各タンパク質の基準量」としては特に制限はなく、当業者であれば上記検出方法及び統計学的解析方法に合わせ、それを基準とすることにより、膵癌と非癌性の膵臓(例えば、健常な膵臓)とを判別し、または膵癌の段階(早期、中期、後期等)を判断することのできる、所謂カットオフ値として設定することができる。
【0042】
膵癌と非癌性の膵臓とを判別するための基準量としては、例えば、膵癌に罹患していない個体群(例えば、健常な個体群)において検出された各膵癌マーカーのタンパク質量の中央値又は平均値が挙げられる。また、膵癌に罹患していない個体群と膵癌に罹患している個体群とにおいて、各膵癌マーカーのタンパク質量を比較することにより決定される値(例えば、膵癌に罹患していない個体群の前記タンパク質量と、膵癌に罹患している個体群の前記タンパク質量との、間の値)であってもよい。
【0043】
膵癌の段階を判断するための基準量としては、例えば、早期の膵癌に罹患している個体群と、中期の膵癌に罹患している個体群と、後期の膵癌に罹患している個体群とにおいて、各膵癌マーカーのタンパク質量を比較することにより決定される値であってもよい。また、膵癌の段階(中~後期)を判断するための基準量としては、例えば、ステージIの膵癌を罹患している個体群において検出された各膵癌マーカーのタンパク質量の中央値又は平均値が挙げられる。
【0044】
「各タンパク質の基準量よりも高い」又は「各タンパク質の基準量よりも低い」とは、当業者であれば上記統計学的解析方法に基づき適宜判断することができる。例えば、検出されたタンパク質量が対応する基準量より高く又は低く、その差が統計的に有意と認められること(例えば、P<0.05)が挙げられる。また、例えば、検出されたタンパク質量が対応する基準量の2倍以上(好ましくは、5倍以上、10倍以上)又は2倍以下(好ましくは、5倍以下、10倍以下)であることも挙げられる。
【0045】
また、膵癌の検出は、通常、医師(医師の指示を受けた者も含む)によって行われるが、上述のタンパク質量等に関するデータは、医師による治療のタイミング等の判断も含めた診断に役立つものである。よって、本発明の方法は、医師による診断のために上述のタンパク質量に関するデータを収集する方法、当該データを医師に提示する方法、上述のタンパク質量と対応する各タンパク質の基準量とを比較し分析する方法、医師による診断を補助するための方法とも表現し得る。
【0046】
以上、本発明の膵癌の検出方法の好適な実施形態について説明したが、本発明のそれは上記実施形態に限定されるものではない。
【0047】
例えば、上述の膵癌の検出方法の第3及び第4の態様においては、膵癌の段階(ステージ)に応じて、膵癌マーカーの発現が上昇又は減少している。したがって、かかる膵癌マーカー発現の増減を指標として、膵癌治療の効果を判定することができる(膵癌の治療については、後記<膵癌の治療方法>を参照のほど)。
【0048】
より具体的には、本発明に係る工程(g)に記載のタンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量が、膵癌治療前又は治療時よりも治療後の方が低い場合には、当該治療は有効であると判定することができる。一方、膵癌治療前又は治療時よりも治療後の方が高い又は同等である場合には、当該治療は効果がないと判定することができる。
【0049】
また同様に、本発明に係る工程(j)に記載のタンパク質群から選択される少なくとも1のタンパク質の量が、膵癌治療前又は治療時よりも治療後の方が高い場合には、当該治療は有効であると判定することができる。一方、膵癌治療前又は治療時よりも治療後の方が低い又は同等である場合には、当該治療は効果がないと判定することができる。
【0050】
また、上述の膵癌の検出方法の第1~第4の態様を適宜組み合わせて実施してもよい。さらには、公知の膵癌の検出方法と組み合わせて実施してもよい。
【0051】
例えば、本発明の第1の態様、第2の態様、及び公知の膵癌の検出方法から選択される少なくとも1の方法によって、膵癌罹患者と判定され、かつ、本発明の第3の態様又は第4の態様によって、中期~後期の膵癌を罹患していないと判定された場合には、この被検体は、早期の膵癌を罹患していると判定することができる。
【0052】
「公知の膵癌の検出方法」としては、特に制限はないが、画像診断法、組織検査法、血中ホルモン検査法、公知の膵癌マーカーを指標とする方法が挙げられる。「画像診断法」としては、例えば、腹部超音波検査、腹部コンピュータ断層撮影(CT)、内視鏡的逆行性膵胆管造影術(ERCP)、磁気共鳴膵胆道造影術(MRCP)、超音波内視鏡検査(EUS)が挙げられる。組織検査法としては、例えば、FNA生検、EUS-FNAが挙げられる。「血中ホルモン検査法」としては、例えば、血中におけるインスリン、ガストリン、グルカゴン、VIP等のホルモン量を測定する方法が挙げられる。「公知の膵癌マーカーを指標とする方法」においては、例えば、CA19-9、Span-1、CA50、CA242、Dupan-2、TAG-72、尿中フコース等の糖鎖抗原、CEA、POA、TPS等の発現を指標とする方法が挙げられる。
【0053】
<膵癌を検出するための薬剤>
上述の通り、本発明の検出方法においては、本発明に係る膵癌マーカー群から選択される少なくとも1のタンパク質の量を、各膵癌マーカーに結合する抗体を用いて検出することにより、膵癌を検出することができる。
【0054】
したがって、本発明は、上述の方法により、膵癌を検出するための薬剤であって、各膵癌マーカーに結合する抗体を含む薬剤を提供する。
【0055】
本発明の薬剤に含まれる「抗体」は、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよく、また、抗体の機能的断片であってもよい。「抗体」には、免疫グロブリンの全てのクラス及びサブクラスが含まれる。「ポリクローナル抗体」は、異なるエピトープに対する異なる抗体を含む抗体調製物である。また、「モノクローナル抗体」とは、実質的に均一な抗体の集団から得られる抗体(抗体断片を含む)を意味する。ポリクローナル抗体とは対照的に、モノクローナル抗体は、抗原上の単一の決定基を認識するものである。本発明において抗体の「機能的断片」とは、抗体の一部分(部分断片)であって、標的蛋白質を特異的に認識するものを意味する。具体的には、Fab、Fab’、F(ab’)2、可変領域断片(Fv)、ジスルフィド結合Fv、一本鎖Fv(scFv)、sc(Fv)2、ダイアボディー、多特異性抗体、及びこれらの重合体等が挙げられる。
【0056】
本発明にかかる抗体は、ポリクローナル抗体であれば、抗原(各膵癌マーカー、それらの部分ペプチド、またはこれらを発現する細胞等)で免疫動物を免疫し、その抗血清から、従来の手段(例えば、塩析、遠心分離、透析、カラムクロマトグラフィー等)によって、精製して取得することができる。
【0057】
また、モノクローナル抗体は、ハイブリドーマ法や組換えDNA法によって作製することができる。ハイブリドーマ法としては、代表的には、ケラーとミルスタインの方法(Kohler&Milstein,Nature,256:495(1975))が挙げられる。組換えDNA法は、上記本発明に係る抗体をコードするDNAをハイブリドーマやB細胞等からクローニングし、適当なベクターに組み込んで、これを宿主細胞(例えば哺乳類細胞株、大腸菌、酵母細胞、昆虫細胞、植物細胞等)に導入し、本発明に係る抗体を組換え抗体として産生させる手法である(例えば、P.J.Delves,Antibody Production:Essential Techniques,1997 WILEY、P.Shepherd and C.Dean Monoclonal Antibodies,2000 OXFORD UNIVERSITY PRESS、Vandamme A.M. et al.,Eur.J.Biochem.192:767-775(1990))。
【0058】
抗体は、各種免疫学的手法に用いるべく、担体に固定された形態で提供されてもよい。かかる固相担体としては、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリビニルトルエン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ナイロン、ポリメタクリレート、ラテックス、ゼラチン、アガロース、セルロース、セファロース、ガラス、金属、セラミックス又は磁性体等の材質よりなるビーズ、マイクロプレート、試験管、スティック、検査用ストリップ又は試験片等の形状の不溶性担体が挙げられる。固相化は、固相担体と抗体等とを物理的吸着法、化学的結合法、又はこれらの併用等の公知の方法を用い、適宜結合させることにより行うことができる。
【0059】
また、各種免疫学的方法における検出手法に合わせ、抗体は標識用物質で標識されていてもよい。標識用物質としては、例えば、β-D-グルコシダ―ゼ、ルシフェラーゼ、HRP等の酵素、ルミノール、ルシフェリン、ルシゲニン等の発光物質、FITC、FAM、DEAC、R6G、TexRed、Cy5等の蛍光物質、3H、14C、32P、35S、123I等の放射性同位体、ビオチン、ストレプトアビジン等の親和性物質が挙げられる。
【0060】
本発明の薬剤は、前記抗体の他、組成物として許容される他の成分を含むことができる。このような他の成分としては、例えば、薬理学上許容される担体又は希釈剤(滅菌水、生理食塩水、植物油、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤等)が挙げられる。賦形剤としては、乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、ジエチリン亜硫酸塩、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としてはアジ化ナトリウム、塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等を用いることができる。
【0061】
また、上記本発明の抗体又は薬剤の他、標識の検出に必要な基質、生体試料のタンパク質を溶解するための溶液(タンパク質溶解用試薬)、試料の希釈や洗浄に用いる緩衝液(希釈液、洗浄液)、標識の検出反応を停止するための試薬(反応停止薬)、陽性対照(例えば、各膵癌マーカー、標品)、陰性対照、本発明に係る抗体に対するアイソタイプコントロール抗体等を組み合わせることができ、膵癌を検出するためのキットとすることもできる。かかるキットとしては、例えば、本発明に係る抗体と、前記抗体に対するアイソタイプコントロール抗体、陽性対照及び陰性対照から選択される少なくとも1の物品とを含む、膵癌を検出するためのキットが挙げられる。また、標識されていない抗体を抗体標品とした場合には、当該抗体に結合する物質(例えば、二次抗体、プロテインG、プロテインA等)を標識化したものを組み合わせることができる。さらに、かかるキットには、当該キットの使用説明書を含めることができる。
【0062】
<膵癌の治療方法>
膵癌は、検出し難い癌であり、特にステージ0又はステージIの段階で検出される割合はわずか数%である。また、外科的治療が唯一の根治的手段となるが、検出時には転移、浸潤により根治切除不能であることも少なくない。そのため、上述のとおり、膵癌を検出し、またその段階を判定できる本発明の方法は、膵癌の治療を行なう上で極めて有効である。
【0063】
したがって、本発明は、本発明の方法により膵癌を検出された被検体に対して、外科的治療、膵癌治療薬の投与及び放射線治療から選択される少なくとも1の治療を施す方法を提供することもできる。
【0064】
「外科的治療」としては特に制限はなく、膵癌組織を含む組織の切除である。「放射線治療」としては特に制限はなく、体幹部定位放射線治療(SBRT)、強度変調放射線治療(IMRT)、粒子線治療が挙げられる。
【0065】
治療薬の投与方法は、治療薬の種類及びその剤型、投与される被検体の年齢、体重、性別等により異なるが、経口投与、非経口投与(例えば、静脈投与、動脈投与、局所投与)のいずれかの投与経路で投与することができる。投与量は、当業者であれば、治療薬の種類及びその剤型、投与される被検体の年齢、体重、性別、健康状態等に応じ適宜調整し得る(一般的に経口投与の場合、成人には体重1kg当たり1日0.1~100mg、好ましくは1~50mgである)。
【0066】
「膵癌の治療薬」としては、膵癌の症状の進行抑制、症状の緩和に関する作用を有する薬剤であればよく、例えば、抗癌剤が挙げられる。抗癌剤としては、特に制限はなく、例えば、5-FU、イリノテカン、オキサリプラチン、レボホリナート、ゲムシタビン、TS-1、ナブパクリタキセル、リポソーマルイリノテカン、シスプラチン、オラパリブ、エルロチニブ、ロイコボリン又はそれらの組み合わせが挙げられる。さらに、免疫療法用薬剤(免疫チェックポイント阻害薬、エフェクターT細胞、NK細胞療、樹状細胞、DCワクチン等)も、膵癌の治療薬として用い得る。
【0067】
また、本発明によれば、かかる治療薬の用法(投与対象、投与時期)が特定される。したがって、本発明は、本発明の方法により膵癌を検出された被検体に投与される、膵癌の治療薬をも提供する。
【実施例】
【0068】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、以下に示す研究は、三重大学倫理員会 研究課題名:「膵疾患における新規バイオマーカーの測定と新規治療薬の探索」(承認番号1754,承認日2017年4月6日)下で実施した。
【0069】
(実施例1) 患者からの膵癌組織の取得
膵癌患者から、超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS-FNA)によって部分採取し、血液を含む膵臓組織を回収した。解析に用いたサンプルの内訳(膵癌、膵炎組織のEV解析に用いた患者内訳)を表1に示す。患者分類は、摘出した病理組織及び血中マーカーから、日本膵臓学会の膵癌取扱い規約に基づく分類(第7版)に基づき判定した。非膵癌コントロールは、健常人の採取は不可能であるため、IgG4自己免疫性膵炎患者からEUS-FNAによって部分採取した血液を含む膵臓組織を用いた。
【0070】
【0071】
(実施例2) 細胞外小胞(EV)のプロテオーム解析
上記膵臓組織を遠心して、組織と上清に分離し、その上清からEVを回収した、膵癌由来EV数は、フローサイトメトリーにより測定し、サイズ排除クロマトグラフィー法(ISO13485取得済みのqEVカラム、Izon Science社製)により分離した。
【0072】
分離したEVは、TCA(トリクロロ酢酸)沈殿によりペレットとして回収した。ペレットは、0.1% ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)/50mM 重炭酸トリエチルアンモニウム(TEAB)に溶解し、タンパク質を回収した。
【0073】
なお、タンパク質濃度は、1解析あたり~500ngになるように調製した。また、取得した組織、及びそれらに含まれるEVは微量であるため、Stageによっては、複数患者のサンプルを混合して前記濃度になるように調整した。
【0074】
次に、前記タンパク質溶液に、終濃度0.13M ジチオスレイトール(DTT)のトリス緩衝液(250mM Tris-HCl(pH8.5)、2mM EDTA)を加え還元処理を行った。還元後のサンプルに、終濃度0.23Mのヨードアセトアミド(IAM)含有トリス緩衝液に加え、遮光下室温にて30分間アルキル化処理を行なった。
【0075】
その後、トリプシンを加え、35℃、20時間の酵素処理を行った。酵素消化後の全量を陽イオン交換カラムにて溶媒置換した後、脱塩・濃縮し、一部をナノ液体クロマトグラフィー質量分析法(nanoLC-MS/MS)に供し、ペプチド解析を行なった。なお、nanoLC-MS/MSは、ナノ/キャピラリー/マイクロフロー UHPLCシステム及び質量分析計(製品名:EASY-nLC 1200及びQ Exactive Plus、共にThermo Fisher Scientific社製)を用いた。また、ペプチド解析(プロテオミクス解析)時のn数は、表1に示すとおり、精度的観点から初期Stageを多くした。
【0076】
(実施例3) 膵癌マーカーの選択
上記にて検出されたペプチドに関し、質量分析においてnormalizedされたカウントでかつ95%信頼度があるもののみを抽出し、タンパク質同定システム(MASCOT)によりNCBIに登録された公的ヒト遺伝子データベースと照合し、同定した。ratio表示は、陰性コントロールがゼロであり、比較数値を計算できないものや数値の大きさから高発現、低発現がわかりにくくなるために、本来の数値を表示した。
【0077】
その結果、膵癌では2059個のタンパク質が同定され、非膵がんコントロールでは、1032個のタンパク質が同定された。また、両者に共通するタンパク質として988個が検出された。そして、同定したタンパク質の発現量に関し、マン・ホイットニーのU検定により、膵癌と非膵がんコントロールとの比較、及び膵癌ステージIとII~IVとの比較を行なった。
【0078】
その結果、膵癌と非膵癌群とで発現量が有意(P<0.05)に変化したタンパク質は、165個あった。傾向として、膵癌では、ムチンファミリー、ケラチンファミリー等、既知の膵癌マーカーを含む100個のタンパク質の上昇を確認した。その中で、今までに膵癌マーカーとして報告のない、膵癌で発現上昇した11種のタンパク質を表2に示し、一方、発現が減少した36個のタンパク質を、表3及び4に、非膵癌コントロール及び膵癌の各ステージにおける各タンパク質の発現量と共に、各々示す。
【0079】
【0080】
【0081】
【0082】
また、膵癌ステージIからII~IVで有意に発現量が上昇したタンパク質は、膵癌での変異が認められている知られているタンパク質を含み、13個あった。一方、発現量が減少したタンパク質は6個あった。それらを、非膵癌コントロール及び膵癌の各ステージにおける各タンパク質の発現量と共に、表5及び6に示す。
【0083】
【0084】
【産業上の利用可能性】
【0085】
以上説明したように、本発明によれば、上述の膵癌で発現上昇した11種のタンパク質、又は発現減少した36個のタンパク質の発現を指標とすることにより、膵癌を精度高く検出することが可能となる。また、上述のステージIと比較してII~IVにおいて発現が上昇したタンパク質13種、又は減少したタンパク質6種の発現を指標とすることにより、中~後期の膵癌を精度高く検出することも可能となる。したがって、本発明は、膵癌の診断方法、及びそれに用いられる薬剤の開発において有用である。