(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-17
(45)【発行日】2024-06-25
(54)【発明の名称】抗ヘルペスウイルス剤
(51)【国際特許分類】
A61K 36/05 20060101AFI20240618BHJP
A61K 31/7072 20060101ALI20240618BHJP
A61K 31/7032 20060101ALI20240618BHJP
A61P 31/22 20060101ALI20240618BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240618BHJP
【FI】
A61K36/05
A61K31/7072
A61K31/7032
A61P31/22
A61P43/00 121
(21)【出願番号】P 2020533477
(86)(22)【出願日】2019-07-25
(86)【国際出願番号】 JP2019029309
(87)【国際公開番号】W WO2020026953
(87)【国際公開日】2020-02-06
【審査請求日】2022-07-08
(31)【優先権主張番号】P 2018143051
(32)【優先日】2018-07-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【微生物の受託番号】IPOD FERM BP-22254
【微生物の受託番号】IPOD FERM BP-10485
(73)【特許権者】
【識別番号】524131442
【氏名又は名称】株式会社KJバイオ
(73)【特許権者】
【識別番号】500433225
【氏名又は名称】学校法人中部大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】浅野 真菜
(72)【発明者】
【氏名】久野 斉
(72)【発明者】
【氏名】渥美 欣也
(72)【発明者】
【氏名】林 京子
(72)【発明者】
【氏名】河原 敏男
(72)【発明者】
【氏名】小松 さと子
【審査官】川合 理恵
(56)【参考文献】
【文献】特表2001-505908(JP,A)
【文献】特開2014-027929(JP,A)
【文献】特開2005-247757(JP,A)
【文献】特開平04-049242(JP,A)
【文献】国際公開第2014/192940(WO,A1)
【文献】特開2007-126383(JP,A)
【文献】特開2015-015918(JP,A)
【文献】特表2010-529012(JP,A)
【文献】CHIRASUWAN, N. et al,Anti HSV-1 activity of sulphoquinovosyl diacylglycerol isolated from Spirulina platensis,ScienceAsia,2009年,Vol. 35, No. 2,137-141
【文献】JANWITAYANUCHIT, W. et al.,Synthesis and anti-herpes simplex viral activity of monoglycosyl diglycerides,Phytochemistry,2003年,Vol.64, No.7,1253-1264
【文献】HERNANDEZ-CORONA, A. et al.,Antiviral activity of Spirulina maxima against herpes simplex virus type 2,Antiviral Research,2002年,Vol. 56, No. 3,279-285
【文献】DE JULIAN-ORTIZ, J. V. et al.,Virtual Combinatorial Syntheses and Computational Screening of Ner Potential Anti-Herpes Compounds,Journal of Medicinal Chemistry,1999年,Vol. 42, No. 17,3308-3314
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
A23L
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物とチミジンとを有効成分として含む抗ヘルペスウイルス剤の製造方法であって、
前記製造方法は、コッコミクサ
sp. KJ株又はその変異株を抽出し、前記モノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物を得、該モノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物とチミジンとを混合して配合剤とする工程を有し、
前記モノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物が、前記コッコミクサ sp. KJ株又はその変異株のエタノール抽出物をクロマトグラフィー精製し、モノガラクトシルジアシルグリセロールの含有量を高めたものであり、
前記モノガラクトシルジアシルグリセロールが、以下の(1)~(6)からなる群より選択される、一以上のモノガラクトシルジアシルグリセロールである、抗ヘルペスウイルス剤の製造方法:
(1)構成脂肪酸がC16:3とC18:3のモノガラクトシルジアシルグリセロール;
(2)構成脂肪酸がC16:2とC18:3のモノガラクトシルジアシルグリセロール;
(3)構成脂肪酸がC18:3とC18:3のモノガラクトシルジアシルグリセロール;
(4)構成脂肪酸がC16:2とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロール;
(5)構成脂肪酸がC18:3とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロール;及び
(6)構成脂肪酸がC16:1とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロール。
【請求項2】
前記モノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物中のモノガラクトシルジアシルグリセロール含有量が70%(w/v)~99%(w/v)である、請求項
1に記載の抗ヘルペスウイルス剤の製造方法。
【請求項3】
標的のヘルペスウイルスが単純ヘルペスウイルス1型又は単純ヘルペスウイルス2型である、請求項1又は2に記載の抗ヘルペスウイルス剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗ヘルペスウイルス剤に関する。詳細には、微細藻類由来の物質を用いた抗ヘルペスウイルス剤及びその用途等に関する。本出願は、2018年7月31日に出願された日本国特許出願第2018-143051号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
ヘルペスウイルスは二本鎖DNAをゲノムとして有するDNAウイルスである。ヘルペスウイルスはαヘルペスウイルス亜科、βヘルペスウイルス亜科及びγヘルペスウイルス亜科に分類される。αヘルペスウイルス亜科に属する単純ヘルペスウイルス(HSV)はヒトに様々な疾患を引き起こす。HSV感染症の代表的なものとして、単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)が病原体の口唇ヘルペス、単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2)が病原体の性器ヘルペスが挙げられる。ヘルペスウイルスの特徴は、初感染後、潜伏感染(体内に持続感染)することであり、種々の原因(紫外線、発熱、種々のストレス、月経、免疫抑制など)によって再活性化し、再び局所に病態を引き起こす(回帰発症)。ヘルペスウイルス感染に対する根本的な治療法はなく、ヘルペスウイルスに感染した個体は局所での病態/症状を繰り返し経験することになる。
【0003】
ヘルペスウイルス感染に対する治療には核酸アナログやDNA合成阻害剤等(例えば、アシクロビル、バラシクロビル)が用いられるが(例えば非特許文献1、2を参照)、十分に治療効果が得られない症例も多く、新たな治療戦略の確立が切望されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】John M. Douglas et al., N Engl J Med 1984; 310:1551-1556.
【文献】Lisa G. Kaplowitz et al., JAMA. 1991;265(6):747-751.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
以上の背景の下で本願発明は、ヘルペスウイルス感染症の治療又は予防に有効な新たな手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、コッコミクサ属(Coccomyxa)微細藻類の抽出物(モノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物)にヘルペスウイルス感染症の発症抑制効果、及びウイルス増殖抑制効果が認められた。また、その効果がチミジンの併用によって飛躍的に増強されること(相乗効果の発揮)が判明した。また、抽出物のみならず、コッコミクサ属微細藻類の乾燥粉末(藻体)にも同種の効果が認められ、抽出物の場合と同様に、その効果はチミジンの併用によって著しく増強された。一方、更なる検討によって、抽出物中の有効成分であるモノガラクトシルジアシルグリセロールの構造が明らかになった。また、当該抽出物の利用価値が極めて高いことを裏付ける更なる知見が得られた。
【0007】
一方、クロレラ・ブルガリス、ナンノクロロプシス・オキュラータ、アルスロスピラ・プラテンシス(スピルリナ)及びユーグレナ・グラシリス由来のモノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物にも、コッコミクサ属微細藻類由来のモノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物と同様の効果を期待できることが明らかとなった。
主として上記の成果及び考察に基づき、以下の発明が提供される。
[1]単細胞藻類由来物質を有効成分として含む抗ヘルペスウイルス剤。
[2]前記単細胞藻類がコッコミクサ属、クロレラ属、ナンノクロロプシス属、アルスロスピラ属又はミドリムシ属に属する微細藻類である、[1]に記載の抗ヘルペスウイルス剤。
[3]前記単細胞藻類がコッコミクサ属に属する微細藻類である、[1]に記載の抗ヘルペスウイルス剤。
[4]前記微細藻類がコッコミクサ sp. KJ株又はその変異株、或いはコッコミクサ sp. MBIC11204株又はその変異株である、[3]に記載の抗ヘルペスウイルス剤。
[5]前記有効成分が、前記単細胞藻類のモノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物である、[1]~[4]のいずれか一項に記載の抗ヘルペスウイルス剤。
[6]主成分がモノガラクトシルジアシルグリセロールである、[5]に記載の抗ヘルペスウイルス剤。
[7]前記モノガラクトシルジアシルグリセロールが、以下の(1)~(6)からなる群より選択される、一以上のモノガラクトシルジアシルグリセロールである、[6]に記載の抗ヘルペスウイルス剤:
(1)構成脂肪酸がC16:3とC18:3のモノガラクトシルジアシルグリセロール;
(2)構成脂肪酸がC16:2とC18:3のモノガラクトシルジアシルグリセロール;
(3)構成脂肪酸がC18:3とC18:3のモノガラクトシルジアシルグリセロール;
(4)構成脂肪酸がC16:2とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロール;
(5)構成脂肪酸がC18:3とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロール;及び
(6)構成脂肪酸がC16:1とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロール。
[8]前記有効成分が、前記単細胞藻類のエタノール抽出物をクロマトグラフィー精製し、モノガラクトシルジアシルグリセロールの含有量を高めたものである、[5]~[7]のいずれか一項に記載の抗ヘルペスウイルス剤。
[9]前記有効成分中のモノガラクトシルジアシルグリセロール含有量が70%(w/v)~99%(w/v)である、[5]~[8]のいずれか一項に記載の抗ヘルペスウイルス剤。
[10]前記有効成分が藻体である、[1]~[4]のいずれか一項に記載の抗ヘルペスウイルス剤。
[11]前記有効成分が藻体の乾燥粉末である、[1]~[4]のいずれか一項に記載の抗ヘルペスウイルス剤。
[12]以下の(1)~(6)からなる群より選択される、一以上のモノガラクトシルジアシルグリセロールが有効成分の抗ヘルペスウイルス剤:
(1)構成脂肪酸がC16:3とC18:3のモノガラクトシルジアシルグリセロール;
(2)構成脂肪酸がC16:2とC18:3のモノガラクトシルジアシルグリセロール;
(3)構成脂肪酸がC18:3とC18:3のモノガラクトシルジアシルグリセロール;
(4)構成脂肪酸がC16:2とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロール;
(5)構成脂肪酸がC18:3とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロール;及び
(6)構成脂肪酸がC16:1とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロール。
[13]チミジンが併用されることを特徴とする、[1]~[12]のいずれか一項に記載の抗ヘルペスウイルス剤。
[14]前記有効成分とチミジンを含有する配合剤である、[13]に記載の抗ヘルペスウイルス剤。
[15]標的のヘルペスウイルスが単純ヘルペスウイルス1型又は単純ヘルペスウイルス2型である、[1]~[14]のいずれか一項に記載の抗ヘルペスウイルス剤。
[16][1]~[15]のいずれか一項に記載の抗ヘルペスウイルス剤を含む組成物。
[17]ヘルペスウイルス感染症に対する医薬である、[16]に記載の組成物。
[18]食品又は餌である、[16]に記載の組成物。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】HSV-2感染(性器ヘルペス)実験の結果。単独投与の場合の発症経過を比較した。試験区#1:コントロール(蒸留水)、試験区#2:ACV(アシクロビル) (1 mg/day)、試験区#3:MGDG調製物 (0.1 mg/day)、試験区#4:MGDG調製物 (1 mg/day)、試験区#5:チミジン (1 mg/day)、試験区#6:チミジン (5 mg/day)、試験区#7:チミジン (20 mg/day)。
【
図2】HSV-2感染(性器ヘルペス)実験の結果。MGDG調製物(0.1mg投与)とチミジンを併用した場合の発症経過を比較した。試験区#1:コントロール(蒸留水)、試験区#2:ACV(アシクロビル) (1 mg/day)、試験区#3:MGDG調製物 (0.1 mg/day)、試験区#8:MGDG調製物 (0.1 mg/day)+チミジン (1 mg/day)、試験区#9:MGDG調製物 (0.1 mg/day)+チミジン (5 mg/day)、試験区#10:MGDG調製物(0.1 mg/day)+チミジン (20 mg/day)。
【
図3】HSV-2感染(性器ヘルペス)実験の結果。MGDG調製物(1mg投与)とチミジンを併用した場合の発症経過を比較した。試験区#1:コントロール(蒸留水)、試験区#2:ACV(アシクロビル) (1 mg/day)、試験区#4:MGDG調製物 (1 mg/day)、試験区#11:MGDG調製物 (1 mg/day)+チミジン (1 mg/day)、試験区#12:MGDG調製物 (1 mg/day)+チミジン (5 mg/day)、試験区#13:MGDG調製物 (1 mg/day)+チミジン (20 mg/day)。
【
図4】HSV-2感染(性器ヘルペス)実験の結果。藻体(乾燥粉末)の単独投与又は藻体とチミジンを併用した場合の発症経過を比較した。試験区#1:コントロール(蒸留水)、試験区#2:ACV(アシクロビル) (1 mg/day)、試験区#14:藻体 (20 mg/day)、試験区#15:藻体 (20 mg/day)+チミジン (1 mg/day)、試験区#16:藻体 (20 mg/day)+チミジン (5 mg/day)、試験区#17:藻体 (20 mg/day)+チミジン (20 mg/day)。
【
図5】HSV-2感染(性器ヘルペス)実験の結果。生存率、発症例を比較した。
【
図6】HSV-2感染(性器ヘルペス)実験の結果。感染3日後のウイルス量を比較した。*p< 0.05 vs. コントロール
【
図7】HSV-1感染(皮膚ヘルペス)実験の結果。局所投与(塗布)の場合の発症経過を比較した。試験区#19:コントロール(PBS)(塗布)、試験区#20:5% ACV(塗布)、試験区#21:5% MGDG調製物(塗布)、試験区#22:5% チミジン(塗布)、試験区#23:5% MGDG調製物+5% チミジン(塗布)。
【
図8】HSV-1感染(皮膚ヘルペス)実験の結果。経口投与の場合の発症経過を比較した。試験区#24:コントロール(蒸留水)、試験区#25:ACV (1 mg/day)、試験区#26:MGDG調製物 (1 mg/day)、試験区#27:チミジン (20 mg/day)、試験区#28:ACV (1 mg/day)+MGDG調製物 (1 mg/day)。
【
図9】HSV-1感染(皮膚ヘルペス)実験の結果。生存率、発症例を比較した。
【
図10】MGDG調製物とチミジンとの相互作用の検討。チミジンのHSV-2増殖阻害作用がMGDG調製物によって増強されることを示すIsobologram。
【
図11】MGDG調製物とチミジンとの相互作用の検討。MGDG調製物の抗HSV-2作用がチミジンによって増強されることを示すIsobologram。
【
図12】コッコミクサ sp. KJ株の藻体(乾燥粉末)を用いたHSV-2感染(性器ヘルペス)実験の結果。藻体(乾燥粉末)の単独投与又は藻体とチミジンを併用した場合の発症経過を比較した。試験区#1:コントロール(蒸留水)、試験区#2:ACV (1 mg/day)、試験区#3:藻体(乾燥粉末)(5 mg/day)、試験区#4:藻体(乾燥粉末)(5 mg/day)+チミジン(0.5 mg/day)、試験区#5:藻体(乾燥粉末)(10 mg/day)。
【
図13】コッコミクサ sp. KJ株の藻体(乾燥粉末)を用いたHSV-2感染(性器ヘルペス)実験の結果。感染3日後のウイルス量を比較した。*p<0.05, **p<0.01 vs. コントロール
【
図14】クロレラ属微細藻類の培養に使用する培地の例(C培地)とナンノクロロプシス属微細藻類の培養に使用する培地の例(ESM培地)。
【
図15】アルスロスピラ属微細藻類の培養に使用する培地の例(MA培地)とミドリムシ属藻類の培養に使用する培地の例(HUT培地)。
【
図16】口唇ヘルペスに対する効果(患者1:45歳女性)。MGDG調製物を配合したクリームを患部に毎日3回塗布し、経過を観察した。
【
図17】口唇ヘルペスに対する効果(患者2:25歳男性)。MGDG調製物を配合したクリームを患部に毎日塗布し、経過を観察した。
【
図18】MGDG調製物の含有成分(MGDG1)の分析結果(GC/FIDのクロマトグラム)。
【
図19】MGDG調製物の含有成分(MGDG2)の分析結果(GC/FIDのクロマトグラム)。
【
図20】MGDG調製物の含有成分(MGDG3)の分析結果(GC/FIDのクロマトグラム)。
【
図21】MGDG調製物の含有成分(MGDG4)の分析結果(GC/FIDのクロマトグラム)。
【
図22】MGDG調製物の含有成分(MGDG5)の分析結果(GC/FIDのクロマトグラム)。
【
図23】各MGDG画分(MGDG1~MGDG5)の殺ウイルス活性。インフルエンザウイルス、単純ヘルペスウイルス2型、ネコカリシウイルス及びポリオウイルスに対するMGDG1~MGDG5及びMGDG調製物(Mix品)の殺ウイルス活性を比較した。
【
図24】各種生物(コッコミクサ sp. KJ株、クロレラ・ブルガリス、ナンノクロロプシス・オキュラータ、アルスロスピラ・プラテンシス(スピルリナ))のMGDG調製物のHPLCクロマトグラム。MGDG-1からMGDG-5はKJ株MGDG調製物由来のピークであり、これらと同構造と推定されるピークを*で示す。
【
図25】各種生物(コッコミクサ sp. KJ株、ユーグレナ・グラシリス(いのちのユーグレナ、バイオザイム)、ホウレンソウ)のMGDG調製物のHPLCクロマトグラム。MGDG-1からMGDG-5はKJ株MGDG調製物由来のピークであり、これらと同構造と推定されるピークを*で示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
1.用語、作用
抗ヘルペスウイルス剤とは、ヘルペスウイルスを標的とした抗ウイルス剤である。後述の実施例に示す通り、本発明の抗ヘルペスウイルス剤には、ヘルペスウイルス感染症に対する治療的又は予防的効果を期待できる。理論に拘泥するわけではないが、後述の実施例に示した実験の結果に鑑みれば、本発明の抗ヘルペスウイルス剤は、ヘルペスウイルスの増殖抑制を介してその効果を発揮するといえる。上記の通り、ヘルペスウイルスは、3種類のヘルペスウイルス亜科(αヘルペスウイルス亜科、βヘルペスウイルス亜科、γヘルペスウイルス亜科)に分類される。αヘルペスウイルス亜科には単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)、単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2)、水痘・帯状疱疹ウイルス(HHV-3)が属し、βヘルペスウイルス亜科にはサイトメガロウイルス(HHV-5)、ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)、ヒトヘルペスウイルス7(HHV-7)が属し、γヘルペスウイルス亜科にはエプスタイン・バール・ウイルス(HHV-4)、ヒトヘルペスウイルス8(HHV-8、別名:カポジ肉腫関連ヘルペスウイルス(KSHV))が属する。本発明の抗ヘルペスウイルス剤の特に好適な標的は単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)又は単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2)である。
【0010】
2.抗ヘルペスウイルス剤の有効成分
本発明の抗ヘルペスウイルス剤は単細胞藻類由来物質を有効成分とする。抗ヘルペスウイルス活性が認められる限り、単細胞藻類(トレボウクシア藻綱、真正眼点藻綱、藍藻綱、ユーグレナ藻綱等)は特に限定されない。好ましい単細胞藻類として、コッコミクサ属(Coccomyxa)微細藻類(具体例はコッコミクサ sp.KJ株)、クロレラ属(Chlorella)微細藻類(具体例はクロレラ・ブルガリス)、ナンノクロロプシス属(Nannochloropsis)微細藻類(具体例はナンノクロロプシス・オキュラータ)、アルスロスピラ属(Arthrospira)微細藻類(具体例はアルスロスピラ・プラテンシス(スピルリナ))又はミドリムシ属(Euglena)微細藻類(具体例はユーグレナ・グラシリス)を挙げることができる。この中でも、コッコミクサ属微細藻類は特に好ましい。コッコミクサ属微細藻類は特に限定されないが、好ましい例として、コッコミクサ sp. KJ株又はその変異株、或いはコッコミクサ sp. MBIC11204株又はその変異株を挙げることができる。コッコミクサ sp. KJ株(KJデンソー)は、2013年6月4日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 特許生物寄託センター(NITE-IPOD)(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に受託番号FERM P-22254として寄託され、2015年6月2日付でプタベスト条約の規定下で受託番号FERM BP-22254として国際寄託に移管されている。一方、コッコミクサ sp. MBIC11204株(N1)は、2006年1月18日付で独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(IPOD)(現在の独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 特許生物寄託センター(NITE-IPOD) 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に、受託番号FERM BP-10485として国際寄託されている。コッコミクサ sp. MBIC11204株(N1)は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター(NBRC) NBRCカルチャーコレクションにも、2016年6月14日付でNBRC番号 NBRC 112354として寄託されている。
【0011】
コッコミクサ sp. KJ株の変異株及びコッコミクサ sp. MBIC11204株の変異株は、紫外線、X線、γ線などの照射、変異原処理、重ビーム照射、遺伝子操作(外来遺伝子の導入、遺伝子破壊、ゲノム編集による遺伝子改変等)等によって得ることができる。抗ヘルペスウイルス活性を示すモノガラクトシルジアシルグリセロールを産生する変異株が得られる限りにおいて、変異株の取得方法、特性等は特に限定されない。
【0012】
コッコミクサ属微細藻類の培養方法は特に限定されない。コッコミクサ属微細藻類を培養するための培地としては、微細藻類の培養に通常使用されているものでよく、例えば、各種栄養塩、微量金属塩、ビタミン等を含む公知の淡水産微細藻類用の培地、海産微細藻類用の培地のいずれも使用可能である。培地としては、例えば、AF6培地が挙げられる。AF6培地の組成(100mlあたり)は以下のとおりである。
NaNO3 14mg
NH4NO3 2.2mg
MgSO4・7H2O 3mg
KH2PO4 1mg
K2HPO4 0.5mg
CaCl2・2H2O 1mg
CaCO3 1mg
Fe-citrate 0.2mg
Citric acid 0.2mg
Biotin 0.2μg
Thiamine HCl 1μg
Vitamin B6 0.1μg
Vitamin B12 0.1μg
Trace metals 0.5mL
Distilled water 99.5mL
【0013】
栄養塩としては、例えば、NaNO3、KNO3、NH4Cl、尿素などの窒素源、K2HPO4、KH2PO4、グリセロリン酸ナトリウムなどのリン源が挙げられる。また、微量金属としては、鉄、マグネシウム、マンガン、カルシウム、亜鉛等が挙げられ、ビタミンとしてはビタミンB1、ビタミンB12等が挙げられる。
【0014】
培養方法は、通気条件で二酸化炭素の供給とともに攪拌を行えばよい。その際、蛍光灯で12時間の光照射、12時間の暗条件などの明暗サイクルをつけた光照射、又は、連続光照射して培養する。培養条件も、コッコミクサ属微細藻類の増殖に悪影響を与えない範囲内であれば特に制限はされないが、例えば培養液のpHは3~9とし、培養温度は10~35℃にする。
【0015】
尚、コッコミクサ sp. KJ株の培養方法に関しては、特開2015-15918、WO 2015/190116 A1、Satoh, A. et al., Characterization of the Lipid Accumulation in a New Microalgal Species, Pseudochoricystis ellipsoidea (Trebouxiophyceae) J. Jpn. Inst. Energy (2010) 89:909-913.等が参考になる。同様に、コッコミクサ sp. MBIC11204株の培養方法に関しては、WO 2006/109588等が参考になる。
【0016】
有効成分として、単細胞藻類(特に好ましくはコッコミクサ属に属する微細藻類)のモノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物(第1態様)、或いは藻体又はその乾燥粉末(第2態様)が用いられる。以下、各態様について説明する。尚、通常は、モノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物、或いは藻体又はその乾燥粉末のいずれかが有効成分となるが、これら両者を有効成分として用いることを妨げるものではない。
【0017】
(1)モノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物
本発明の一態様では、有効成分として、「単細胞藻類(特に好ましくはコッコミクサ属に属する微細藻類)のモノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物」を用いる。抽出方法は、モノガラクトシルジアシルグリセロールを含有する抽出物が得られる限り、特に限定されない。抽出方法として例えばエタノール抽出を採用することができる。好ましくは、エタノール抽出後に精製し、モノガラクトシルジアシルグリセロールの含有量を高めたものを「単細胞藻類(特に好ましくはコッコミクサ属に属する微細藻類)のモノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物」として用いる。精製方法の例として、シリカゲル、アルミナ等の充填剤を用いたカラムクロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、濃縮等を例示することができる。
【0018】
抽出に先立ち、回収した藻体を乾燥処理及び又は破砕処理に供してもよい。言い換えれば、乾燥した藻体、乾燥且つ破砕された藻体(典型的には乾燥粉末)、又は破砕された藻体を調製し、これを用いて抽出操作を行うことにしてもよい。単細胞藻類が予め加工処理されたもの(例えば、乾燥した藻体、その粉末/粉体、或いは錠剤(賦形剤等が含まれていても良い)等)を入手し、抽出操作に供することにしてもよい。例えば、クロレラ・ブルガリス、ナンノクロロプシス・オキュラータ、アルスロスピラ・プラテンシス(スピルリナ)、ユーグレナ・グラシリス等についてはその加工品が市販されている。
【0019】
有効成分中のモノガラクトシルジアシルグリセロールの含有量は、抽出物が抗ヘルペスウイルス活性を示す限り特に限定されず、例えば70%(w/v)~99%(w/v)、好ましくは80%(w/v)~99%(w/v)、更に好ましくは90%(w/v)~99%(w/v)より一層好ましくは95%(w/v)~99%(w/v)(具体例として96%(w/v)、97%(w/v)、98%(w/v))である。原則、モノガラクトシルジアシルグリセロールの含有量が高い程、強い抗ヘルペスウイルス活性を期待できる。「モノガラクトシルジアシルグリセロール」とは、グリセロ糖脂質の一つであり、植物の葉緑体チラコイド膜の構成成分として知られる。モノガラクトシルジアシルグリセロールはガラクトースがグリセロールにβ結合した骨格を有する。
【0020】
好ましくは、本発明の抗ヘルペスウイルス剤ではモノガラクトシルジアシルグリセロールが主成分となる。本発明の抗ヘルペスウイルス剤が含有し得るモノガラクトシルジアシルグリセロールの例を挙げると、(1)構成脂肪酸がC16:3とC18:3のモノガラクトシルジアシルグリセロール、(2)構成脂肪酸がC16:2とC18:3のモノガラクトシルジアシルグリセロール、(3)構成脂肪酸がC18:3とC18:3のモノガラクトシルジアシルグリセロール、(4)構成脂肪酸がC16:2とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロール、(5)構成脂肪酸がC18:3とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロール及び(6)構成脂肪酸がC16:1とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロールである。これらのモノガラクトシルジアシルグリセロールは、抗ヘルペスウイルス剤を示すコッコミクサ属微細藻類抽出物が含有するものとして同定された(詳細は後述の実施例の欄に示した「8.MGDG調製物中の成分の同定2」)。後述の実施例の欄に示した「7.MGDG調製物中の成分の同定1」の解析結果も考慮すれば、上記の(1)の構成脂肪酸C18:3は好ましくはC18:3(n-3)であり、上記(3)の構成脂肪酸C18:3の少なくとも片方は好ましくはC18:3(n-3)であり、上記(4)の構成脂肪酸C18:2は好ましくはC18:2(n-6)であり、上記(5)の構成脂肪酸C18:3は好ましくはC18:3(n-3)、同C18:2は好ましくはC18:2(n-6)である。特定のモノガラクトシルジアシルグリセロールを単独で含有することを除外するものではないが、通常、本発明の抗ヘルペスウイルス剤には、構造の異なる2種類以上のモノガラクトシルジアシルグリセロールが含有され、その場合の組合せ、含有比率などは特に限定されない。本発明の抗ヘルペスウイルス剤は、好ましくは上記(1)~(6)の中の二つ以上、更に好ましくは上記(1)~(6)の中の三つ以上、更に更に好ましくは上記(1)~(6)の中の四つ以上、一層好ましくは上記(1)~(6)の中の五つ以上、より一層好ましくは上記(1)~(6)の全て、を含有する。後述の実施例に示す通り、(5)のモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG5)には特に高い活性が認められた。そこで、特に好ましい態様の抗ヘルペスウイルス剤には、(5)のモノガラクトシルジアシルグリセロールが単独又は(1)、(2)~(4)及び(6)の中の一つ以上との組合せで含有されることになる。
【0021】
抗ヘルペスウイルス活性を示すコッコミクサ属微細藻類抽出物の主要な含有成分として同定されたモノガラクトシルジアシルグリセロールはそれ自体に抗ヘルペスウイルス活性を期待できる。そこで本発明の一態様では、上記(1)~(6)からなる群より選択される、一以上のモノガラクトシルジアシルグリセロールが有効成分の抗ヘルペスウイルス剤が提供される。2種類以上のモノガラクトシルジアシルグリセロールを有効成分とする場合の組合せ、含有比率等は特に限定されない。この態様においても、好ましくは上記(1)~(6)の中の二つ以上、更に好ましくは上記(1)~(6)の中の三つ以上、更に更に好ましくは上記(1)~(6)の中の四つ以上、一層好ましくは上記(1)~(6)の中の五つ以上、より一層好ましくは上記(1)~(6)の全て、を含有する。上記の通り、(5)のモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG5)には特に高い活性が認められた。そこで、特に好ましい態様では、(5)のモノガラクトシルジアシルグリセロールが有効成分の少なくとも一つとなる。
【0022】
ここで、各種脂肪酸(脂肪酸の例を以下に示す)を構成脂肪酸として含むモノガラクトシルジアシルグリセロールが存在する。本発明の教示を考慮すれば、公知のモノガラクトシルジアシルグリセロールを含め、モノガラクトシルジアシルグリセロールが一般に抗ヘルペスウイルス活性を発揮し得ることを合理的に期待できる。
<脂肪酸の例>
C12:0, C13:0, C14:0, C14:1, C14:2, C15:0, C15:1, C16:0, C16:1, C16:4, C17:0, C17:1, C18:0, C18:1, C18:4, C19:0, C19:1, C20:0, C20:1, C20:2, C20:3, C20:4, C20:5, C22:0, C22:5, C24:0
【0023】
(2)藻体又はその乾燥粉末
この態様では、藻体からの抽出物ではなく、藻体又はその乾燥粉末を有効成分として用いる。乾燥粉末は、回収した藻体を乾燥処理と破砕(粉砕)処理に供することによって調製することができる。乾燥処理としては例えば、ドラムドライ、スプレードライ、凍結乾燥等を採用することができる。破砕処理には、ビーズ式破砕装置、ホモジナイザー、フレンチプレス、ミキサー/ブレンダー、微粉砕機等を利用することができる。乾燥処理と破砕処理の順序は問わない。また、乾燥及び破砕の機能を備えた装置を利用し、乾燥処理と破砕処理を同時に行うことにしてもよい。
【0024】
乾燥粉末の粒子径は特に限定されない。例えば、平均粒子径が0.2μm~2mm、好ましくは0.4μm~400μmの乾燥粉末にする。
【0025】
3.チミジンの併用
本発明の一態様では上記有効成分(コッコミクサ属に属する微細藻類のモノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物、藻体、藻体の乾燥粉末)にチミジンが併用される。言い換えれば、この態様の抗ヘルペスウイルス剤は、コッコミクサ属に属する微細藻類のモノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物、藻体又は藻体の乾燥粉末とチミジンを有効成分とする。チミジンを併用することにより相乗効果が発揮され、抗ヘルペスウイルス活性の高い(即ち、ヘルペスウイルス感染症に対する治療効果/予防効果が増強された)抗ヘルペスウイルス剤となる。チミジン(CAS番号 50-89-5)はDNAヌクレオシドの一つであり、デオキシリボースがピリミジン塩基のチミンに接続した構造を有する。
【0026】
併用するチミジンの量は特に限定されないが、上記有効成分としてコッコミクサ属に属する微細藻類のモノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物を使用する場合には、当該有効成分とチミジンの量が重量比で、例えば1:1~1:500、好ましくは1:10~1:200となるようにする。一方、上記有効成分としてコッコミクサ属に属する微細藻類の藻体又はその乾燥粉末を使用する場合には、当該有効成分とチミジンの量が重量比で(但し、藻体の場合は乾燥重量とする)、例えば100:1~1:10、好ましくは20:1~1:1となるようにする。
【0027】
典型的には、上記有効成分とチミジンを混合した配合剤として、この態様の抗ヘルペスウイルス剤が提供されることになる。但し、上記有効成分を含有する第1構成要素とチミジンを含有する第2構成要素とからなるキットの形態でこの態様の抗ヘルペスウイルス剤を提供することもできる。この場合、第1構成要素と第2構成要素は同時に使用されることになる。ここでの同時は、厳密な同時性を要求するものではなく、適用対象において第1構成要素の有効成分(コッコミクサ属に属する微細藻類のモノガラクトシルジアシルグリセロール含有抽出物、藻体、藻体の乾燥粉末)と第2構成要素の有効成分(チミジン)が共存する状態が形成され、チミジンを併用することによる相乗効果が発揮される限りにおいて、「同時」の条件を満たす。例えば、本発明の抗ヘルペスウイルス剤を用いて医薬を構成した場合には、治療又は予防の対象(典型的にはヒト)に対して、例えば、両要素を混合した後に投与したり、片方の投与後、速やかに他方を投与したりすればよい。また、チミジンを併用することによる効果が得られる限りにおいて、片方の投与後、所定の時間差で他方を投与することにしてもよい。この場合、時間差を可及的に短く設定することが好ましく、例えば片方の投与後1時間以内(好ましくは30分以内)に他方を投与する。
【0028】
4.抗ヘルペスウイルス剤の用途・使用方法
本発明の抗ヘルペスウイルス剤は、典型的には、それを含む組成物として、ヘルペスウイルスの感染対策に用いることができる。ここでの組成物の例は医薬、食品、餌である。
【0029】
後述の実施例に裏付けられるように、好ましくは、HSV-1による感染症(口唇ヘルペス、ヘルペス口内炎、角膜ヘルペス、単純ヘルペス脳炎等)又はHSV-2による感染症(陰部(性器)ヘルペス、新生児ヘルペス、脊髄炎等)に対する医薬等に、本発明の抗ヘルペスウイルス剤の利用が図られる。
【0030】
本発明の医薬はヘルペスウイルス感染症に対して治療的効果又は予防的効果(これら二つの効果をまとめて「医薬効果」と呼ぶ)を発揮し得る。ここでの医薬効果には、(1)ヘルペスウイルス感染症の発症の阻止、抑制又は遅延、(2)ヘルペルウイルス感染症に特徴的な症状又は随伴症状の緩和(軽症化)、(3)ヘルペルウイルス感染症に特徴的な症状又は随伴症状の悪化の阻止、抑制又は遅延、等が含まれる。尚、治療的効果と予防的効果は一部において重複する概念であることから、明確に区別して捉えることは困難な場合があり、またそうすることの実益は少ない。
【0031】
医薬の製剤化は常法に従って行うことができる。製剤化する場合には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を含有させることができる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。無痛化剤としてはベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトール等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等を用いることができる。
【0032】
製剤化する場合の剤形も特に限定されない。剤形の例は錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤、外用剤(軟膏剤、クリーム剤、ローション剤、液剤、ゲル剤、パップ剤、プラスター剤、テープ剤、エアゾール剤等)、及び座剤である。医薬はその剤形に応じて経口投与又は非経口投与(患部への局所注入、静脈内、動脈内、皮下、皮内、筋肉内、又は腹腔内注射、経皮、経鼻、経粘膜など)によって対象に適用される。また、全身的な投与と局所的な投与も対象により適応される。これらの投与経路は互いに排他的なものではなく、任意に選択される二つ以上を併用することもできる。
【0033】
本発明の医薬には、期待される効果を得るために必要な量(即ち治療又は予防上有効量)の有効成分が含有される。本発明の医薬中の有効成分量は一般に剤形によって異なるが、所望の投与量を達成できるように有効成分量を例えば約0.1重量%~約99重量%の範囲内で設定する。
【0034】
本発明の医薬の投与量は、期待される効果が得られるように設定される。治療又は予防上有効な投与量の設定においては一般に症状、患者の年齢、性別、及び体重などが考慮される。当業者であればこれらの事項を考慮して適当な投与量を設定することが可能である。投与量の例を示すと、成人(体重約60kg)を対象として一日当たりの有効成分量が1 mg~20 mg、好ましくは2 mg~10 mgとなるよう投与量を設定することができる。投与スケジュールとしては例えば一日一回~数回、二日に一回、或いは三日に一回などを採用できる。投与スケジュールの作成においては、患者の状態や有効成分の効果持続時間などを考慮することができる。
【0035】
以上の記述から明らかな通り本願は、ヘルペスウイルス感染症に罹患した対象又は罹患するおそれのある対象に対して、本発明の抗ヘルペスウイルス剤を含む医薬を、治療又は予防上有効量投与することを特徴とする、ヘルペスウイルス感染症を治療又は予防する方法も提供する。治療又は予防の対象は典型的にはヒトであるが、ヒト以外の哺乳動物(例えばサル、ウシ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ウサギ、等)、鳥類(ニワトリ、ウズラ、七面鳥、ガチョウ、アヒル、ダチョウ、カモ、インコ、文鳥等)等に適用することにしてもよい。
【0036】
上記の通り、本発明の抗ヘルペスウイルス剤の利用形態の一つとして、本発明の抗ヘルペスウイルス剤を含む食品又は餌が挙げられる。本発明の食品の例として一般食品(穀類、野菜、食肉、各種加工食品、菓子・デザート類、牛乳、清涼飲料水、果汁飲料、珈琲飲料、野菜汁飲料、アルコール飲料等)、栄養補助食品(サプリメント、栄養ドリンク等)、食品添加物、愛玩動物用食品、愛玩動物用栄養補助食品を挙げることができる。栄養補助食品又は食品添加物の場合、粉末、顆粒末、タブレット、ペースト、液体等の形状で提供することができる。食品組成物の形態で提供することによって、本発明の有効成分を日常的に摂取したり、継続的に摂取したりすることが容易となる。
【0037】
本発明の餌の例は、飼料(例えば家畜、家禽などの餌)、ペットフードである。
【0038】
本発明の食品又は餌には、治療的又は予防的効果が期待できる量の有効成分が含有されることが好ましい。添加量は、それが使用される対象となる者の状態、年齢、性別、体重などを考慮して定めることができる。
【実施例】
【0039】
1.コッコミクサ属微細藻類の乾燥粉末(藻体)と抽出物の調製、及び抽出物の精製
1-1.コッコミクサ sp. KJ株
既報の方法に準じてコッコミクサ sp. KJ株を培養した。具体的には、AF6培地にコッコミクサ sp. KJ株を植藻した後、2%CO2(v/v)を通気し、光(300μmol/m2/s)を照射しながら室温(25℃)で48時間培養した。培養液から遠心分離により藻体を回収した。回収した藻体をドラムドライヤで乾燥させるとともに微粉砕機で粉砕し、粉末状とした(藻体の乾燥粉末)。次に、100gの乾燥粉末に対して1 lのエタノールを添加して分散させ、暗所で3日間静置した。静置後、ろ過して、1次ろ液と残渣とに分離した。この残渣に上記と同様に1 lのエタノールを添加して分散させ、3日間静置した後、再度ろ過して2次ろ液と残渣とに分離した。このろ過操作をもう一度繰り返し、3次ろ液と残渣とを得た。
【0040】
1次ろ液、2次ろ液、及び3次ろ液を混合し、エバポレーターでエタノールを留去し、減圧乾燥してエタノール抽出物DEとした。次に、DEをDIAION HP-20(三菱化学(株)製、3.5 x 57 cm)カラムクロマトグラフィーに供した。H2O、50%エタノール (EtOH)、EtOH及びアセトンで順次溶出し、各溶出フラクションを室温で減圧乾燥した(DE1, 400.9 mg; DE2, 310.3 mg; DE3, 2.25 g; DE4, 4.86 g)。アセトンフラクション(DE4)をシリカゲルカラム(3 x 42 cm)クロマトグラフィーに供した。ヘキサン、ヘキサン-酢酸エチル (AcOEt) (1:1)、AcOHt、AcOHt-アセトン (1:1)、アセトン及びメタノール (MeOH)で順次溶出し、各溶出フラクション、DE4A (55.4 mg)、DE4B (2.0 g)、DE4C (89.0 mg)、DE4D (1.01 g)、DE4E (95.5 mg)及びDE4F (177.1 mg)を得た。次に、DE4Dを、AcOEt-アセトンを溶媒系としたシリカゲルカラム(1.5 x 35 cm)クロマトグラフィーに供し、3フラクション、DE4D1 (49.9 mg)、DE4D2 (705.1 mg)及びDE4D3 (16.2 mg)を得た。続いて、DE4D2をシリカゲルカラム(1.5 x 35 cm)クロマトグラフィーに供し、CHCl3-MeOH-H20 (10:1:0.1)で溶出することでDE4D2A (15.6 mg)とDE4D2B (686.5 mg)を得た。この内、DE4D2Bを、クロロホルム (CHCl3)-MeOH (3:1)を溶媒系としたLH-20カラム(シグマアルドリッチ社製)クロマトグラフィーに供し、DE4D2Bl (11.6 mg)とDE4D2B2 (652.3 mg)を得た。DE4D2B2をシリカゲルカラム(2 x 50 cm)クロマトグラフィーに供し、CHCl3、CHCl3-MeOH (20:1)及びCHCl3-MeOH-H20(10:3:1)で溶出することで4フラクション、DE4D2B2A (4.8 mg)、DE4D2B2B (3.5 mg)、DE4D2B2C (25.1 mg)及びDE4D2B2D (620.5 mg)を得た。最後に、CHCl3-MeOH-酢酸 (AcOH)-H20 (80:9:12:2)で展開した分取液体クロマトグラフィー(PLC)でDE4D2B2Dを精製し、MGDG調製物 (578.9 mg)とした。
【0041】
1-2.コッコミクサ sp. MBIC11204株
1-1.の方法・操作に準じて、コッコミクサ sp. MBIC11204株から藻体の乾燥粉末及びMGDG調製物を得た。
【0042】
2.HSV-2感染(性器ヘルペス)及びHSV-1感染(皮膚ヘルペス)実験(コッコミクサ sp. MBIC11204株のMGDG調製物及び藻体の効果)
コッコミクサ sp. MBIC11204株のMGDG調製物及び藻体(乾燥粉末)について、HSV-2感染症及びHSV-1感染症に対する有効性を評価した。チミジンとの併用時の有効性の変化も検討した。
【0043】
<方法>
ウイルス株はHSV-2 (UW268株)とHSV-1 (HAY株)を用いた。
(A)HSV-2感染による性器ヘルペスの治療実験
(1)BALB/cマウス(6週齢、メス)にmedroxyprogesterone 17-acetate (3 mg/mouse) を、ウイルス接種6日前および1日前に皮下注射する。
(2)以下の試験区を設け、ウイルス接種3日前から7日後までの間、1日2回(9時と18時)サンプルを経口投与する。
試験区#1:コントロール(蒸留水)
試験区#2:ACV(アシクロビル) (1 mg/day)
試験区#3:MGDG調製物 (0.1 mg/day)
試験区#4:MGDG調製物 (1 mg/day)
試験区#5:チミジン (1 mg/day)
試験区#6:チミジン (5 mg/day)
試験区#7:チミジン (20 mg/day)
試験区#8:MGDG調製物 (0.1 mg/day)+チミジン (1 mg/day)
試験区#9:MGDG調製物 (0.1 mg/day)+チミジン (5 mg/day)
試験区#10:MGDG調製物(0.1 mg/day)+チミジン (20 mg/day)
試験区#11:MGDG調製物 (1 mg/day)+チミジン (1 mg/day)
試験区#12:MGDG調製物 (1 mg/day)+チミジン (5 mg/day)
試験区#13:MGDG調製物 (1 mg/day)+チミジン (20 mg/day)
試験区#14:藻体 (20 mg/day)
試験区#15:藻体 (20 mg/day)+チミジン (1 mg/day)
試験区#16:藻体 (20 mg/day)+チミジン (5 mg/day)
試験区#17:藻体 (20 mg/day)+チミジン (20 mg/day)
(3)HSV-2 (1 x 103 PFU/20 μl/mouse) を局所接種する。
(4)3日後に、冷PBS(100 μl)で局所洗浄し、そのウイルス量をプラークアッセイによって測定する。
(5)14日間にわたって、ヘルペス症状の発症程度(lesion score)と死亡例を記録する。
【0044】
(B)HSV-1感染による皮膚ヘルペスの治療実験
(1)麻酔下でBALB/cマウス(6週齢、メス)の左側腹を除毛する(バリカン+除毛クリーム)。
(2)以下の試験区を設け、塗布群(#19~#22)ではウイルス接種1日前から14日後までの間、経口投与群(#23~#27)ではウイルス接種3日前から7日後までの間、1日2回(9時と18時)サンプルを投与する。(塗布群では、除毛部分に綿棒で塗布するが、その時の1回の塗布量はエマルジョンとして約50~60 mg/mouseである)。
試験区#19:コントロール(PBS)(塗布)
試験区#20:5% ACV(塗布)
試験区#21:5% MGDG調製物(塗布)
試験区#22:5% チミジン(塗布)
試験区#23:5% MGDG調製物+5% チミジン(塗布)
試験区#24:コントロール(蒸留水)
試験区#25:ACV (1 mg/day)
試験区#26:MGDG調製物 (1 mg/day)
試験区#27:チミジン (20 mg/day)
試験区#28:チミジン (20 mg/day)+MGDG調製物 (1 mg/day)
(3)HSV-1 (2 x 105 PFU/50μl/mouse) をマイクロシリンジで除毛部分に注射する。
(4)14日間にわたってヘルペス症状(帯状に出現する)の発症程度(lesion score)と死亡例を記録する。
【0045】
<結果・考察>
(A)HSV-2性器ヘルペスモデル
(1)発症経過及び生存率(
図1~5)
単独投与のMGDG調製物は0.1 mg及び1 mg/day投与群(#3、#4)で発症を顕著に抑制し(
図1)、死亡例もなかった(
図5)。チミジンは用量依存的に発症及び死亡率を抑制し、特に20 mg/day投与群(#7)では顕著な治療効果がみられた(
図1、5)。
【0046】
MGDG調製物 (0.1 mg, 1 mg/day)とチミジンとを併用すると、それぞれの単独投与時に比べて、発症は完全に抑制され(
図2、3)、死亡例もみられなかった(
図5)。
【0047】
乾燥粉末20 mg/dayの単独投与時(#14)には、有意の発症抑制はみられず(
図4)、5匹中2匹の死亡例もあった(
図5)。しかし、チミジンと併用した場合(#15-17)、発症及び死亡は顕著に抑制された(
図4、5)。
【0048】
(2)ウイルス増殖抑制効果(
図6)
全般的に、単独投与でも併用投与でも高い効果がみられ、特に併用(#8~#13、#15~#17)の効果は顕著であった。
【0049】
単独投与のMGDG調製物は、ウイルス接種量が低いほど強いウイルス増殖抑制効果を示し、0.1 mg/dayでも十分な効果が得られた。これに対してチミジン(1 mg, 5 mg)の場合には、ウイルス接種量の違いによる効果の差はみられず、20 mg/day投与群で顕著な抑制効果がみられた。MGDG調製物とチミジンの併用では、低接種量の場合に顕著な併用効果が現れ、MGDG調製物 0.1 mg + チミジン 1 mg/dayの少量の投与時にも著効が認められた。
【0050】
乾燥粉末は単独投与の場合、MGDG調製物よりも効果は低いものの、ウイルス増殖を抑制した。また、ウイルス接種量を少なくすると、チミジンとの併用時に著しい増殖抑制効果がみられた。
【0051】
(B)HSV-1皮膚ヘルペスモデル
局所投与(塗布)(
図7、9)の場合、MGDG調製物(#21)、チミジン(#22)の単独投与時に比べて、両者の併用時(#23)の方が、発症経過や生存率の点で優れていた。
【0052】
経口投与(
図8、9)の場合、コントロール(#24)に比べて、MGDG調製物(#26)は有意に発症を抑制したが、チミジン(#27)には有意の発症抑制効果がみられなかった。両者の併用時(#28)には、ACV(#25)に匹敵する発症抑制効果がみられ、死亡例もなかった。
【0053】
3.MGDG調製物の抗HSV-2活性及びチミジンとの相互作用(In vitro実験)
コッコミクサ sp. MBIC11204株のMGDG調製物について、チミジンとの併用時の抗HSV-2活性増強効果を検討した。
【0054】
<方法>
(1)Vero細胞を48ウェルプレートに培養する。
(2)翌日、HSV-2(UW268株)を0.1 PFU/cellで感染させる(室温、1時間)。
(3)PBSで2回洗浄後、MGDG調製物(0~20μg/ml)とチミジン(0~2μg/ml)をそれぞれ添加した培地を加え、培養する。
(4)24時間後にプレートを回収し、凍結融解処理(-80℃で凍結させた後、室温に戻す)を3回行う。
(5)35mm培養皿に単層状に培養したVero細胞を用いてプラークアッセイを行う。
(6)それぞれのプラーク数からIC50値を算出し、さらに下記の計算式に基づいてIsobologramを作成する。
【0055】
[
図10に示すIsobologramの計算式]
x軸:チミジンの濃度/MGDG調製物非存在下でのチミジンのIC
50 (1.2μg/ml)
y軸:一定濃度のチミジン存在下でのMGDG調製物のIC
50/チミジン非存在下でのMGDG調製物のIC
50(12 μg/ml)
【0056】
[
図11に示すIsobologramの計算式]
x軸:MGDG調製物の濃度/MGDG調製物非存在下でのチミジンのIC
50 (12μg/ml)
y軸:一定濃度のMGDG調製物存在下でのチミジンのIC
50/MGDG調製物非存在下でのMGDG調製物のIC
50(1.2μg/ml)
【0057】
<結果・考察>
各IC
50値は2回の測定の平均値から算出した。MGDG調製物のIC
50値は12μg/mlであり、チミジンのIC
50は1.2μg/mlであった(表1)。
【表1】
【0058】
両者の併用による活性の変動を調べたところ、チミジンのHSV-2増殖阻害作用がMGDG調製物によって増強され(
図10)、また、MGDG調製物の抗HSV-2作用がチミジンによって増強され(
図11)、両物質間の相乗効果が確認された。
【0059】
4.HSV-2感染(性器ヘルペス)実験(コッコミクサ sp. KJ株の効果)
コッコミクサ sp. KJ株について、コッコミクサ sp. MBIC11204株と同様にHSV-2感染症に対して有効であることを検証した。また、チミジン(0.5 mg/day)との併用時の有効性の変化を検討した。
【0060】
<方法>
(1)BALB/cマウス(6週齢、メス)にmedroxyprogesterone 17-acetate (3 mg/mouse) を、ウイルス接種6日前及び1日前に皮下注射する。
(2)以下の試験区を設け、ウイルス接種3日前から7日後までの間、1日2回(9時と18時)サンプルを経口投与する。
試験区#1:コントロール(蒸留水)
試験区#2:ACV (1 mg/day)
試験区#3:藻体(乾燥粉末)(5 mg/day)
試験区#4:藻体(乾燥粉末)(5 mg/day)+チミジン(0.5 mg/day)
試験区#5:藻体(乾燥粉末)(10 mg/day)
(3)HSV-2(UW268株) (1 x 103 PFU/20μl/mouse) を局所接種する。
(4)3日後に、冷PBS(100μl)で局所洗浄し、そのウイルス量をプラークアッセイによって測定する。
(5)14日間にわたって、ヘルペス症状の発症程度(lesion score)と死亡例を記録する。
【0061】
<結果・考察>
KJ株藻体の単独投与は、低用量(5 mg又は10 mg/day)であるものの発症(
図12)と死亡を抑制し、ウイルス量(
図13)も有意に低下させた。両用量間には著しい差はみられなかった。一方、KJ株藻体にチミジンを併用すると、単独投与時に比べてヘルペス治療効果が向上した。
【0062】
5.クロレラ・ブルガリス、ナンノクロロプシス・オキュラータ、アルスロスピラ・プラテンシス(スピルリナ)及びユーグレナ・グラシリスのMGDGの調製
クロレラ・ブルガリス、ナンノクロロプシス・オキュラータ、アルスロスピラ・プラテンシス(スピルリナ)及びユーグレナ・グラシリスからMGDGを抽出する。各藻類の培養は、各々に適した培地(例えば、クロレラ・ブルガリスであれば、
図14に示すC培地、ナンノクロロプシス・オキュラータであれば、
図14に示すESM培地、アルスロスピラ・プラテンシス(スピルリナ)であれば、
図15に示すMA培地、ユーグレナ・グラシリスであれば、
図15に示すHUT培地)を用い、常法で行えばよい(上記コッコミクサ sp. KJ株と同様の培養条件を採用してもよい)。培養液から遠心分離により回収した藻体をドラムドライヤで乾燥させるとともに微粉砕機で粉砕することにより、各藻体の乾燥粉末を得ることができる。乾燥粉末からコッコミクサ sp. KJ株の場合と同様の抽出操作によって、各藻類のMGDG調製物を得ることができる。但し、今回の検討では、各藻類の加工品(クロレラ・ブルガリスは「クロレラ・ブルガリス乾燥粉末」(株式会社葵製茶)、ナンノクロロプシス・オキュラータは「ナンノクロロプシス・オキュラータ凍結品」(マリンテック株式会社)、アルスロスピラ・プラテンシス(スピルリナ)は「スピルリナパウダー」(DICライフテック株式会社)、ユーグレナ・グラシリスは「いのちのユーグレナ極み」(シックスセンスラボ株式会社)とバイオザイム(ユーグレナ)を購入し、MGDGの抽出に供した(抽出操作はコッコミクサ sp. KJ株の場合と同様)。得られた各MGDG調製物を以下の検討に用いる。市販のホウレンソウ(Spinacia oleracea)からも、凍結乾燥後に微粉砕機で粉砕し、MGDGを抽出することによってMGDG調製物を得た。
【0063】
6.口唇ヘルペスに対する効果
MGDG調製物の口唇ヘルペスに対する効果を検証した。
<方法>
(1)ハンドクリーム(moina、デンソー製) 30gを準備する。
(2)オリーブ油((株)J-オイルミルズ社製)0.610gにコッコミクサ sp. KJ株MGDG調製物を0.165g加え、混練し溶解させる(MGDG溶解物)。
(3)(1)で用意したハンドクリームに対し、均一になるよう混錬しながらMGDG溶解物を少量ずつ加え、全てを加え終えたものを塗布用サンプルとする。
(4)口唇ヘルペス発症した患者(以下の2名の患者を被験者とした)の患部に対し、毎日(1~3回)適量を塗り込み、患部の様子を経時的に観察する。
患者1:45歳女性;口唇ヘルペスの発症経験(複数回)あり。普段はビダラビンを有効成分とする市販薬アラセナS(佐藤製薬株式会社)を使用して治療し、治癒までに2~3週間を要する。
患者2:25歳男性;口唇ヘルペスの発症経験(複数回)あり。普段は薬を使用せず(自然に治癒するのを待つ)、2~3週後には目立たない程度に回復する。
【0064】
<結果・考察>
観察結果を
図16(患者1)と
図17(患者2)に示す。患者1では塗布3日目には明らかな改善を認め、塗布5日目には完治に近い状態になった(
図16)。また、患者2の場合、塗布2日目から治療効果が認められ、塗布8日目にはほぼ完治した。このように、口唇ヘルペスに対してMGDG調製物は優れた治療効果を発揮した。特筆すべきは、市販薬を凌駕するともいえる驚くべき治療効果が示されたこと(患者1)である。
【0065】
7.MGDG調製物中の成分の同定1
HPLC分析により、コッコミクサ sp. KJ株のMGDG調製物には5種類のMGDG(MGDG1、MGDG2、MGDG3、MGDG4、MGDG5と呼称する)が含まれていると推定された。これらのMGDGの構造を明らかにすべく、ガスクロマトグラフィー(GC/FID)を利用して脂肪酸組成を分析した。分析にはBPX90カラム(長さ100m×内径0.25mm、膜厚0.25μm)を使用し、水素をキャリアガスとした。同定用標準試料にはFAME Standard(F.A.M.E. Mix, C4-C24, SUPELCO社製)とMGDG(MGDG plant, Avanti社製)を用いた。
【0066】
各サンプル(MGDG1、MGDG2、MGDG3、MGDG4、MGDG5)のクロマトグラムを
図18~22に示す。ここで、C6:0については、一般的な脂質の脂肪酸組成は近接した炭素数(偶数)の脂肪酸も合わせて含まれていることが通常であるところ、今回の分析ではそれらがほとんど検出されなかったため、同ピークは脂肪酸ではない可能性が高いと考えられた。また、Unknown1とUnknown2は、これらのピークの保持時間に検出される脂肪酸は一般的な脂質では想定し難いため、脂肪酸以外の成分である可能性が高いと考えられた。一方、保持時間から、Unknown3及びUnknown4はそれぞれC16:2及びC18:2(n-6以外)と推定された。
【0067】
分析の結果を以下の表2、表3に示す。表2は、各サンプルの脂肪酸組成比を面積百分率法で示したものである。表3はC6:0と不明成分1、2(Unknown1, 2)を除外して算出した結果をまとめたものである。尚、MGDG3については、二つの成分の面積比が3:1と極端に偏っている。これは、脂肪酸残基の組み合わせが、(C18:2(n-6以外)とC18:2(n-6以外))と(C18:2(n-6以外)とC18:3 n3)である2種のMGDGがおよそ1:1の割合で混合していると解釈できる。
【表2】
「-」は不検出を表す。
【表3】
「-」は不検出を表す。
【0068】
以上の通り、MGDG調製物には、(1)構成脂肪酸がC16:3とC18:3(n-3)のモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG1)、(2)構成脂肪酸がC16:2とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG2)、(3)構成脂肪酸がC18:2とC18:3(n-3)のモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG3)、(4)構成脂肪酸がC18:2とC18:2のモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG3)、(5)構成脂肪酸がC16:2とC18:2(n-6)のモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG4)、及び(6)構成脂肪酸がC18:2(n-6)とC18:3(n-3)のモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG5)が含有されていることが明らかとなった。
【0069】
8.MGDG調製物中の成分の同定2
トリプル四重極LC/MSシステムを用い、コッコミクサ sp. KJ株MGDG調製物に含まれるMGDGの構造を更に詳細に調べた。
<解析条件>
装置名:トリプル四重極LC/MSシステム
LCカラム:YMC Triant C-18(長さ100mm×内径2.1mm、粒子径1.9μm)
移動相:メタノール、アセトニトリル、水、酢酸アンモニウム
イオン源:ESI
測定モード:MS2 scan、Product ion scan
【0070】
<結果>
分取液体クロマトグラフィー(PLC)で検出した5種のMGDGに加え(7.MGDG調製物中の成分の同定1の欄を参照))、トリプル四重極LC/MS解析により、新たに6個目のMGDGを検出した。これらのMGDG(6個のピーク)について、MS scanとProduct ion scanの結果から、各MGDG(ピーク1:MGDG1、ピーク2:MGDG2、ピーク3:MGDG3、ピーク4:MGDG4、ピーク5:MGDG5、ピーク6:MGDG6)を構成する2つの脂肪酸側鎖を同定することができた。各MGDGの脂肪酸側鎖を以下の表に示す。
【表4】
【0071】
9.各MGDG画分の殺ウイルス活性
MGDG調製物を構成する各MGDG(MGDG1~MGDG5)の殺ウイルス活性を比較した。
<方法>
(1)コッコミクサ sp. KJ株由来のMGDG調製物をHPLCに供し、各ピークを分取することで5種のMGDG精製物(MGDG1、MGDG2、MGDG3、MGDG4、MGDG5)を得た。また、分取前のMGDG調製物(MGDG1~MGDG5を含有する)をMix品として準備した。
(2)各ウイルス液(2×10
5 PFU/ml)に対し、終濃度50μg/mlとなるように各サンプルを混合し、37℃にて60分間静置した。使用したウイルス及び宿主細胞を表5に示す。
【表5】
(3)(2)の混合液をウシ胎児血清不含MEM培地で希釈後、プラークアッセイ用培地を重層し、37℃で2~3日間培養した。
(4)プラークの出現を確認後、ニュートラルレッド液で細胞を固定・染色し、顕微鏡下でプラーク数を測定した。サンプルを添加しなかった場合のウイルスの出現数を基準(100%)とし、各サンプルのウイルス残存率を算出した。ウイルス残存率から各サンプルの殺ウイルス性能を評価した。
【0072】
<結果・考察>
標的のウイルスによって活性の違いはあるものの、MGDG調製物(Mix品)及びMGDG1~MGDG5の全てについて殺ウイルス(不活化)活性が認められた(
図23)。インフルエンザウイルスと単純ヘルペスウイルス2型に対して、MGDG5はMGDG調製物(Mix品)と比較した有意な不活化効果を示した。エンベロープを持たないネコカリシウイルス及びポリオウイルスでは他のサンプルよりも有意に高い活性を示すものはなかった。以上の結果は、MGDG調製物及びそれを構成する各MGDGに殺ウイルス活性があることを裏付けるとともに、MGDG5がインフルエンザウイルスや単純ヘルペスウイルス2型等、エンベロープを持つウイルスに対して特に高い殺ウイルス活性を発揮することを示す。
【0073】
10.各種MGDG調製物の成分比較
コッコミクサ sp. KJ株MGDG調製物、クロレラ・ブルガリスMGDG調製物、ナンノクロロプシス・オキュラータMGDG調製物、アルスロスピラ・プラテンシス(スピルリナ)MGDG調製物、ユーグレナ・グラシリスMGDG調製物及びホウレンソウMGDG調製物を逆相HPLCで分析し、含有成分(MGDG)を比較した。
<HPLC分析条件>
装置名:Alliance2695
カラム:YMC-Actus Triart C18
移動相:メタノール、水、アセトニトリル混合溶液
検出波長:205nm
【0074】
HPLCの測定結果(クロマトグラム)を
図24及び
図25に示す。クロマトグラムの縦軸は、各サンプルにおけるピーク最大値が1となるように規格化している。
・KJ株のMGDG調製物には、少なくとも5本のピークが検出された。一方、KJ株以外の各生物のMGDG調製物にも、KJ株のMGDG調製物と保持時間が一致するか、または非常に近いピークが少なくとも1本検出された。保持時間が一致するピークについてはKJ株由来のMGDGと同じ化学構造を有すると推定される。
・KJ株MGDG調製物由来の5本のピークにはHSV-2、IFV及びFCVに対する殺ウイルス活性が認められている(9.の実験、
図23)。上記の通り、KJ株以外の各生物のMGDG調製物には、KJ株MGDG調製物由来の5本のピークに対応するピークが少なくとも1本認められるため、同様に殺ウイルス活性を有すると推察される。即ち、これらのMGDG調製物にもKJ株MGDG調製物と同様の効果を期待できる。尚、KJ株MGDG調製物の5番目のピークはHSV-2、IFVに対し、高い殺ウイルス活性を持つことがわかっている(
図23)。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の抗ヘルペスウイルス剤は単細胞藻類(好ましくは微細藻類)由来の物質を有効成分とするものであり、既存の抗ヘルペスウイルス剤とは異なる作用機序による抗ヘルペスウイルス活性を発揮し得る。従って、既存の抗ヘルペスウイルス剤との併用にも適し、新たな治療戦略を提供する。一方、本発明の抗ヘルペスウイルス剤には、その有効成分が単細胞藻類(好ましくは微細藻類)の藻体であるが故に高い安全性も期待できる。
【0076】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。