(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-17
(45)【発行日】2024-06-25
(54)【発明の名称】観測対象ガスの観測装置及び観測対象イオンの観測方法並びに試料ホルダ
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2251 20180101AFI20240618BHJP
G01N 23/2276 20180101ALI20240618BHJP
【FI】
G01N23/2251
G01N23/2276
(21)【出願番号】P 2022530060
(86)(22)【出願日】2021-04-28
(86)【国際出願番号】 JP2021017111
(87)【国際公開番号】W WO2021251026
(87)【国際公開日】2021-12-16
【審査請求日】2023-03-30
(31)【優先権主張番号】P 2020100461
(32)【優先日】2020-06-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「磁気冷凍材料および水素液化システムに関する研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100082876
【氏名又は名称】平山 一幸
(74)【代理人】
【氏名又は名称】柿本 恭成
(72)【発明者】
【氏名】中村 明子
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 義治
(72)【発明者】
【氏名】宮内 直弥
(72)【発明者】
【氏名】矢ヶ部 太郎
【審査官】比嘉 翔一
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-045410(JP,A)
【文献】特開2014-089799(JP,A)
【文献】実開昭57-063254(JP,U)
【文献】国際公開第2012/046775(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/226661(WO,A1)
【文献】特開2019-145255(JP,A)
【文献】特開平06-241978(JP,A)
【文献】宮内直弥他,オペランド水素顕微鏡による水素分布の観測,表面と真空(Vacuum and Surface Science),日本,2019年01月,Vol. 62, No. 1,2019,pages 27-32,https://doi.org/10.1380/vss62.27
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N23/00-G01N23/2276
G01N 1/00-G01N 1/44
H01J37/00-H01J37/36
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析室内で試料に電子線を照射して生じる二次電子を検出する走査型電子顕微鏡と、 観測対象ガスを収容するセル及び該セルの開口窓を有するとともに、該開口窓を塞いで前記試料を装着する試料搭載部を有する試料ホルダと、
前記試料ホルダを装着するための試料ステージと、 前記セルの前記観測対象ガスを前記試料の裏面に接触した状態で該試料の表面に電子線を照射し、この電子線により生じる前記観測対象ガス起因の観測対象イオンを検出する観測対象イオン検出部と、 を具備し、 前記セルには前記観測対象ガスの吸蔵材料が収容され、 前記観測対象ガスを前記セルに収容して前記試料を前記試料ホルダの前記試料搭載部に装着した状態で、前記セル全体が密封され、 前記試料ホルダは、前記開口窓とは異なる位置に、前記セル内の排気及び前記観測対象ガスの導入を行うためのポート延長管と、該ポート延長管を開閉する第1の開閉弁と、を備えており、 前記ポート延長管は、前記試料ホルダに対して着脱可能で、前記セルに前記観測対象ガスを導入した後で当該セルから取り外すように
されており、 前記試料ステージは、前記試料ホルダの回転機構及び温度コントロールと、前記観測対象イオンを集束するイオン収集機構とを備え、前記試料を加熱するように構成される、観測対象ガスの観測装置。
【請求項2】
前記試料搭載部には、前記開口窓周囲に前記試料が気密に当接可能な窓枠領域が設けられ、該窓枠領域に、前記開口窓を囲む内側のシールと、該内側のシールを囲む外側のシールと、前記内側のシールと前記外側のシールとの間を排気するための排気口と、該排気口を開閉する第2の開閉弁と、が備えられている、請求項1に記載の観測対象ガスの観測装置。
【請求項3】
前記排気口に連通して、差動排気口排気ポート延長管が前記試料ホルダに着脱可能に配設される、請求項2に記載の観測対象ガスの観測装置。
【請求項4】
前記試料ホルダは、前記分析室外に取り出せるように
前記試料ステージに装着される、請求項1に記載の観測対象ガスの観測装置。
【請求項5】
前記試料ステージは、前記分析室から出し入れ可能に該分析室の内部に設置される、請求項
1に記載の観測対象ガスの観測装置。
【請求項6】
請求項1乃至
5の何れかに記載の観測対象ガスの観測装置を用いて観測対象イオンを計測する方法であって、 前記試料を前記開口窓を塞いで前記試料搭載部に装着し、 前記観測対象ガスを前記セルに収容し、 前記セル全体を密封したまま前記試料ホルダ全体を前記分析室内に配置し、 観測対象ガスを前記試料の裏面に接触させた状態で、該試料の表面に照射された電子線により生じる前記観測対象ガス起因の観測対象イオンを検出する、観測対象イオンの観測方法。
【請求項7】
前記分析室内で前記試料ホルダを精密に変位させて前記観測対象イオンを検出する、請求項
6に記載の観測対象イオンの観測方法。
【請求項8】
前記セルに前記観測対象ガスの吸蔵材料と前記観測対象ガスとを収容する、請求項
6に記載の観測対象イオンの観測方法。
【請求項9】
前記開口窓周囲の窓枠領域に前記試料を密着させて前記開口窓を塞いだ状態で前記試料搭載部に前記試料を装着し、 前記開口窓とは異なる位置で前記セル内の排気及び前記観測対象ガスの導入を行い、 前記セル全体を密封した後、前記試料ホルダ全体を前記分析室内に配置する、請求項
6に記載の観測対象イオンの観測方法。
【請求項10】
請求項1乃至5の何れかに記載の観測対象ガスの観測装置に用いる試料ホルダであって、 電子線を照射して生じる二次電子を検出する走査型電子顕微鏡の分析室内に収容されるホルダ本体と、 前記ホルダ本体内に設けられて観測対象ガスを収容するセルと、 試料を装着する試料搭載部と、 前記試料搭載部に設けられた前記セルの開口窓と、を有し、 前記セルには前記観測対象ガスの吸蔵材料が収容され、 前記開口窓を塞いで前記試料を前記試料搭載部に装着することで、前記試料の裏面に前記観測対象ガスを接触させた状態で前記セルを密封するようにし、 さらに、前記開口窓とは異なる位置に、前記セル内の排気及び前記観測対象ガスの導入を行うためのポート延長管と、該ポート延長管を開閉する開閉弁と、が備えられ、 前記ポート延長管が、前記試料ホルダに対して着脱可能であり、且つ、前記セルに前記観測対象ガスを導入した後で当該セルから取り外されるようにした、試料ホルダ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体試料から湧出した水素等の観測対象ガスを電子顕微鏡の電子線で励起し、固体試料の表面から脱離してきた観測対象ガス起因の観測対象イオンの固体試料表面における存在領域を画像化することが可能な観測対象ガスの観測装置及び観測対象イオンの観測方法並びに試料ホルダに関する。
【背景技術】
【0002】
電子衝撃脱離法(Electron StimulatedDesorption、以下、ESD法と略称する。)は
電子の照射により固体の試料に吸着した原子をイオン化し、脱離させることで固体の表面分析を行う方法であり、表面分析分野における公知の手法である。ESD法を用いると、実時間で固体試料から脱離した水素などの観測対象ガスを直接観察することが可能になる(非特許文献1及び非特許文献2参照)。
【0003】
観測対象ガスを水素に例をとった場合、ESD法を用いることで、固体試料の表面に滞在する水素の位置情報を可視化することは可能であるが、水素が脱離しきってしまうと測定が続けられなくなるため、鉄鋼内などに微量に存在する水素の湧きだし量測定には適さない。
【0004】
本発明者等により、試料裏面側から試料に水素を導入することで試料内を拡散しつつ表面側に透過(湧出)する水素の原子をESD法で取得する際、水素イオンの収率効果の高い収集機構と水素イオンを選択的に透過させるイオンエネルギー分解部等からなる水素透過拡散経路観測装置及びそれを用いて試料を透過する水素イオンを計測する方法が、開発された(特許文献1,2参照)。
【0005】
上記の水素透過位置検出装置は、試料から湧出した水素を電子顕微鏡の走査電子で励起し、脱離させて画像化する装置であり、オペランド水素顕微鏡の一類型である。オペランド水素顕微鏡とは、材料に水素を透過させ、その放出部分を二次元の画像として取得する観測装置である。
【0006】
特許文献1,2に記載したような従来のオペランド水素顕微鏡による透過水素の可視化方法では、試料を例えば試料ホルダに支持して隔膜として真空の分析室内に配置し、水素配管から試料の裏面側に水素を供給しながら、非破壊かつ実時間で試料を透過する水素などを観測することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-187457号公報
【文献】特開2019-145255号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】板倉明子、村瀬義治、土佐正弘、鈴木真司、高木祥示、後藤哲二、「水素放出に及ぼすステンレス鋼の表面加工の効果」J. Vac. Soc. Jpn.,Vol.57,No.1,pp.23-26,2014
【文献】宮内直弥、鈴木真司、高木祥示、後藤哲二、村瀬義治、板倉明子、「ステンレス表面上の透過水素分布の観察」J. Vac. Soc. Jpn.,Vol.58,No.10,pp.31-35,2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、特許文献1、2に開示された水素透過位置検出装置には、試料の裏面側に水素等の観測対象ガスを供給するためにガス供給部が設けられている。試料は試料ホルダに隔膜として支持され、その表面側が超高真空状態の分析室内に配置された状態で、裏面側に観測対象ガスが供給される。そのため、水素ガス供給部は外部の供給源から供給される観測対象ガスを、分析室内の試料ホルダに支持された試料の背面側に供給しなければならない。そのためには観測対象ガスが分析室内へ移動するのを確実に阻止できるよう導入ラインを設けて試料ホルダに接続することが必要となる。
【0010】
上記装置では、観測対象ガスの導入ラインにより、観測の際の試料ホルダと試料ホルダに支持された試料とを分析室内で独立して動かすことができず、観測のオペレーションが著しく阻害され、例えば試料を回転させて観測することができない。また、例えば顕微構造解析等で計測手段を複数組み合わせることもできず、試料内の観測対象ガスの拡散係数等を始めとする、各種の観測対象ガスの挙動を研究するための更なる能力の向上が望まれていた。
【0011】
そこで本発明では、金属材料や半導体材料などの固体試料(以下では単に試料という)を一体的に装着した試料ホルダを分析室内で独立して動かすことができ、観測におけるオペレーションの制約を低減して各種の観測対象ガスの挙動を探究するためのパフォーマンスを向上し得る観測対象ガスの観測装置及び観測対象イオンの観測方法を提供することを目的とし、そのような観測対象ガスの観測装置に好適に使用できる試料ホルダを提供することを他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するための本発明の観測対象ガスの観測装置は、分析室内で試料に電子線を照射して生じる二次電子を検出する走査型電子顕微鏡と、観測対象ガスを収容するセル及びセルの開口窓を有するとともに、開口窓を塞ぐ状態で試料を装着する試料搭載部を有する試料ホルダと、試料ホルダを装着するための試料ステージと、セルの観測対象ガスを試料の裏面に接触した状態で試料の表面に電子線を照射しこの電子線により生じる観測対象ガス起因の観測対象イオンを検出する観測対象イオン検出部と、を具備し、セルには観測対象ガスの吸蔵材料が収容され、観測対象ガスをセルに収容して試料を試料ホルダの試料搭載部に装着した状態で、セル全体が密封されるようになっており、さらに試料ホルダは、開口窓とは異なる位置に、前記セル内の排気及び前記観測対象ガスの導入を行うためのポート延長管と、該ポート延長管を開閉する第1の開閉弁と、を備えており、ポート延長管は、試料ホルダに対して着脱可能であってセルに観測対象ガスを導入した後で当該セルから取り外されようにされており、試料ステージは、試料ホルダの回転機構及び温度コントロールと、観測対象イオンを集束するイオン収集機構とを備え、試料を加熱するように構成されることを特徴とする。 本発明の観測対象ガスの観測装置は、好ましくは、試料搭載部には、開口窓周囲に試料が気密に当接可能な窓枠領域が設けられ、窓枠領域には、開口窓を囲む内側のシールと、内側のシールを囲む外側のシールと、内側のシールと外側のシールとの間を排気するための排気口と、排気口を開閉する第2の開閉弁と、が備えられる。排気口に連通して、差動排気口排気ポート延長管が試料ホルダに着脱可能に配設されてもよい。 試料ホルダは、分析室外に取り出し可能に試料ステージに装着されてもよい。試料ステージは、分析室から出し入れ可能に該分析室の内部に設置されてもよい。
【0013】
上記目的を達成するための本発明の観測対象イオンの観測方法は、上記の観測対象ガスの観測装置を用いて観測対象イオンを計測する際、試料を開口窓を塞いで試料搭載部に装着し、観測対象ガスをセルに収容し、セル全体を密封したままで、試料ホルダ全体を分析室内に配置し、観測対象ガスを試料の裏面に接触させた状態で、試料の表面に照射された電子線により生じる観測対象ガス起因の観測対象イオンを検出するように構成される。
本発明の観測対象イオンの観測方法は、分析室内で試料ホルダを精密に変位させて観測対象イオンを検出するのがよい。セルには観測対象ガスの吸蔵材料と観測対象ガスとを収容するのがよい。さらに、開口窓周囲の窓枠領域に試料を密着させて開口窓を塞いだ状態で試料搭載部に試料を装着し、開口窓とは異なる位置でセル内の排気及び観測対象ガスの導入を行い、セル全体を密封した後、試料ホルダ全体を分析室内に配置するのがよい。
【0014】
上記目的を達成するための本発明の試料ホルダは、上記の何れかに記載の観測対象ガスの観測装置に用いる試料ホルダであって、電子線を照射して生じる二次電子を検出する走査型電子顕微鏡の分析室内に収容されるホルダ本体と、ホルダ本体内に設けられて観測対象ガスが収容されるセルと、試料を装着する試料搭載部と、試料搭載部に設けられたセルの開口窓と、を有し、セルには観測対象ガスの吸蔵材料が収容され、開口窓を塞いで試料を試料搭載部に装着することで、試料の裏面に観測対象ガスを接触させた状態でセルが密封され、さらに試料ホルダは、開口窓とは異なる位置にセル内の排気及び観測対象ガスの導入を行うためのポート延長管と、該ポート延長管を開閉する開閉弁と、を備えており、ポート延長管は、試料ホルダに対して着脱可能であってセルに観測対象ガスを導入した後で当該セルから取り外すように構成されている。
【発明の効果】
【0015】
本発明の観測対象ガスの観測装置及び観測対象イオンの観測方法によれば、セル内に観測対象ガスを収容して、試料を試料搭載部に装着した状態でセル全体が密封される。そのため予め観測対象ガスを収容してセルを密封しておけば、観測対象ガス起因の観測対象イオンを検出する際に、セル内に収容された観測対象ガスを試料の裏面に接触させることができ、分析室の外部からセルに観測対象ガスを供給する必要がない。よって、観測のオペレーション中に、分析室内への観測対象ガスの導入ラインを無くすことができる。
【0016】
本発明によれば、分析室内の試料及び試料ホルダ周囲の極めて高度な観察雰囲気を確実に維持できるとともに、観測対象ガスの導入ラインにより分析室内の試料ホルダのオペレーションが阻害されない。本発明によれば、試料を一体的に装着した試料ホルダを分析室内で独立して動かすことができ、例えば試料を回転させて観測することもできる。よって、顕微構造解析等で複数の計測手段と組み合わせることも容易になり、試料内の観測対象ガスの拡散係数を求めることを始めとして、各種の観測対象ガスの挙動を探究するためのパフォーマンスが向上する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施形態における観測対象ガスの透過拡散経路観測装置の一類型であり、この装置の構成を模式的に示す図である。
【
図2】本実施形態の試料ホルダを模式的に示す断面図である。
【
図3】本実施形態における制御部の構成を示すブロック図である。
【
図4】電子励起脱離全体制御部の構成を示すブロック図である。
【
図5】電子源の走査とESD像の二次元計測との関係を示す模式図である。
【
図6】電子線走査による二次元のESD像を計測するフロー図である。
【
図7】本実施形態の試料ホルダに試料を固定する工程を説明するフロー図である。
【
図8】本実施形態の試料ホルダに観測対象ガスを導入する工程を説明するフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
以下の説明では観測対象ガスとして水素の場合を例示するが、本発明は水素ガスに限定されず、観測対象ガスとして重水素、ヘリウム、酸素、窒素、水、若しくは試料作製時又は試料使用目的に係わるガスの何れかに由来する分子またはイオン、つまり観測対象ガス起因の観測対象イオンか、その中の複数のガスに由来する分子またはイオンであってもよい。本実施形態ではバックグラウンドとして残留する水素ガスとの区別が容易にできるように、以下の説明では重水素を用いるとして説明する。観察対象の試料17はとくに制限されるものではないが、本実施形態では各種の金属等からなる板状の試料を例示する。
【0019】
本実施形態では、観測対象ガス透過拡散経路観測装置の一類型である水素透過拡散経路観測装置について説明する。
図1は実施形態に係る水素透過拡散経路観測装置10の構成を模式的に示す。
【0020】
水素透過拡散経路観測装置10は、走査型電子顕微鏡15を備えている。この走査型電子顕微鏡15には、試料17を収容してこの試料17に電子線を照射する電子源16を収容する分析室11と、分析室11に配設され試料17に照射された電子線により生じる二次電子を検出する二次電子検出器18とが配備されている。
水素透過拡散経路観測装置10は、水素ガスが収容されて試料17を装着する試料ホルダ12と、試料ホルダ12を装着するための試料ステージ31と、試料17の裏面に水素ガスを接触させた状態で試料17の表面に電子線を照射する電子源16と、電子源16から照射された電子線により生じる水素ガス起因の水素イオンを検出する水素イオン検出部20と、試料17の温度を測定する試料温度測定部33と、試料17の位置を調整する図示しない試料位置調整部と、真空排気部37と、制御部50と、を具備している。
【0021】
試料ステージ31は、試料ホルダ12を着脱可能な構造を有している。試料ステージ31は分析室11の内部に固定して設置されていてもよいが、本実施形態では分析室11に出し入れ可能に設けられている。
【0022】
試料ステージ31は、試料17の温度を室温よりも高い温度として水素の拡散を促進するように試料17を加熱可能に構成され、例えば試料17及び試料ホルダ12を加熱可能なハロゲンランプなどを有している。加熱される試料17の温度は
図1に示した試料温度測定部33により測定される。試料ステージ31は、試料ホルダ12を支持し、電子源16又は水素イオン検出部20に対して試料ホルダ12の精密動作が可能に構成されている。本実施形態の試料ステージ31はx、y、z方向への移動及び角度などの回転機構、温度コントロール、イオン
収集機構を兼ね備えている。
【0023】
真空排気部37は、図示しないターボ分子ポンプ等の真空ポンプと、ゲートバルブや真空計等を備え、分析室11内を観測雰囲気として超高度な真空状態にする。真空排気部37は、分析室11をSEM像が得られる真空度、例えば1.0×10-7Pa以下に排気する。
【0024】
分析室11には、分析室11内の残留元素を分析する質量分析器35が配備されてもよい。質量分析器35は、例えば四重極質量分析装置である。分析室11には、さらにオージェ電子分光器36が備えられてもよい。オージェ電子分光分析器36は、試料17の表面に存在する炭素等の量を測定する。試料17の表面に存在する水素や炭素等のバックグラウンドを、後述するESD像の取得前に、分析室11内に設けたスパッタ源又は電子線照射により除去できるようにしてもよい。
【0025】
図2は本実施形態の試料ホルダ12を模式的に示す断面図である。試料ホルダ12は、分析室11より小さく形成されて試料ホルダ12の全体が分析室11内に収容可能なホルダ本体12aと、ホルダ本体12a内に設けられて水素ガスを収容する水素セル12cと、試料17を装着する試料搭載部12bと、試料搭載部12bに設けられた水素セル12cの開口窓Wと、試料搭載部12bに装着される試料17の裏面に密着して開口窓Wをシールするシール部40と、水素セル12c内の排気と観測対象ガスとしての水素ガスの導入とを行うための水素ガス導入部45と、を備える。
【0026】
ホルダ本体12aは、水素ガスのガス放出が少ないことが要求されるため、ステンレス鋼、銅、ガラス、テフロン(登録商標)など超高真空用材料で構成され、加熱される場合には例えば120℃程度でベーキング可能な材質から構成される。試料搭載部12bは熱伝導を良くするために銅により構成することができる。ホルダ本体12aは全体が分析室11内に収容可能な大きさに形成される。ホルダ本体12aは一体の塊状に形成されてもよいが、内部に設けられた水素セル12cを開閉するための開閉部を有してもよい。ホルダ本体12aの外部には試料ステージ31に装着可能な取付構造が設けられてもよい。
【0027】
水素セル12cは、ホルダ本体12aの内部に高度な気密性を確保して水素ガスを密封する小室であり、形状等は特に限定されない。上部には開口窓Wが開設される。本実施形態では、水素セル12c内に吸蔵材料としての水素吸蔵合金12dのパウダー微粒子が収容されている。
【0028】
試料搭載部12bは、ホルダ本体12aの上部に形成された試料17の装着部位であり、水素セル12cの開口窓Wを有する。この開口窓Wは試料17を装着したときその裏面により完全に塞がれる。試料搭載部12bには、開口窓Wの周囲を囲んで試料17が当接する窓枠領域が設けられ、窓枠領域にシール部40が設けられている。試料搭載部12bには開口窓Wを塞いだ状態で試料17が装着される。
【0029】
シール部40は、開口窓W周囲の窓枠領域に対して試料17の外周囲が当接することで周囲をシールするもので、真空シール可能な各種の真空シール方法が採用され、金属O-
リング、金属細線シール、エラストマO-リングなどが適用され得る。例えば、エラスト
マシールを利用する場合は、超高真空環境に適応できるよう次のようにシールする。本実施形態のシール部40は、開口窓Wを環状に連続して囲むシールとしてのエラストマシール(内側)41aと、エラストマシール41aを環状に連続して囲むシールとしてのエラストマシール(外側)41bと、エラストマシール41aとエラストマシール41bとの間の空間を排気するための排気部42と、を有する。
【0030】
内側及び外側のエラストマシール41a、41bは、各エラストマシール41aと41bとの間の空間の排気が可能な弾性乃至柔軟性を有するものが好適である。
【0031】
排気部42は、エラストマシール41aとエラストマシール41bとの間の空間に直結するように開口した差動排気口42aと、差動排気口42aを開閉する開閉弁としてのステムチップ42bと、ステムチップ42bを差動排気口42aに押し付けるための押付用ネジ42cと、差動排気口42aに連通してその下方に形成されステムチップ42bを収容して押付用ネジ42cを螺合した収容孔42dと、収容孔42dと連通して差動排気口42aを延長するようにホルダ本体12aから横方向に着脱可能に突出した差動排気口排気ポート延長管42eと、を備えている。この差動排気口排気ポート延長管42eは、図示しない排気ポンプ等に気密に接続される。排気部42は、エラストマシール41aとエラストマシール41bとの間の空間から差動排気口排気ポート延長管42eを通って気体が排気された後で、差動排気口42aをステムチップ42bにより気体の出入りがないように真空シールする。
【0032】
試料搭載部12bには、試料17の外周囲を上部側から固定する試料固定板13が設けられる。試料固定板13は、試料ホルダ12の開口窓W及び試料17の観測位置に対応した貫通開口を有する板部材である。外形が試料17より大きく形成され、試料17より外側位置で試料ホルダ12に取付ネジ等により固定される。試料搭載部12bに開口窓Wを塞いで試料17が装着され、試料17が試料固定板13により密閉される。このようにして試料17は、分析室11と水素セル12cとの間を仕切る隔膜として配設される。
【0033】
試料17の外形寸法は、開口窓Wの窓領域を試料17で塞ぐ形状であればよく、例えば、直径8mmφ、厚さ1mmとしてもよい。隔膜として配設される試料17の計測部位の厚さは、試料の結晶粒の大きさと同程度としてもよく、例えば100~300μm程度としてもよい。試料17の計測部位の外周部分には、開口窓Wの窓枠領域に当接する部分として、500~2000μmの厚肉部分を設けてもよい。
【0034】
上述の説明では、試料17を試料固定板13により試料搭載部12bに対して着脱式に搭載する例を示しているが、試料17を、試料搭載部12bの開口窓Wを塞ぐ態様で溶接により試料搭載部12bに固着してもよい。溶接される試料17は、例えば鉄鋼やステンレスからなる薄板であってもよい。試料搭載部12bに搭載する試料17は、単一の試料17だけではなく、複数の試料17であってもよい。
【0035】
試料ホルダ12において、ホルダ本体12aの上部に開口した開口窓Wとは異なる位置、本実施形態では水素吸蔵合金12dを収容した水素セル12cの下部には、水素セル12c内の排気と観測対象ガスとしての水素ガスの導入とを行うための水素ガス導入部45が設けられている。水素ガス導入部45は、水素セル12cに開口して水素セル12c内の空間に直結して設けられた水素セル排気及び水素導入口45aと、水素セル排気及び水素導入口45aを開閉する開閉弁としてのステムチップ45bと、を備えている。水素セル排気及び水素導入口45aは排気口と導入口とを別々に設けてもよいが、本実施形態では一体に形成されている。
【0036】
水素ガス導入部45は、ステムチップ45bを水素セル排気及び水素導入口45aに押し付けるための押付用ネジ45cと、水素セル排気及び水素導入口45aに連通してステムチップ45bを収容して押付用ネジ45cを螺合した収容孔45dとが備えられている。ホルダ本体12aの下端部には、収容孔45dと連通して水素セル排気及び水素導入口45aを延長するように、このホルダ本体12aに水素セル真空排気及び水素導入ポート延長管45eが着脱可能に挿入されて配設されている。この水素セル真空排気及び水素導入ポート延長管45eは、図示しない排気ポンプ及び水素供給手段に適宜切替可能に気密に接続されている。観測対象ガスが水素以外である場合には、水素セル真空排気及び水素導入ポート延長管45eは、観測対象ガスセル内の排気及び観測対象ガスの導入を行うための排気口及び導入路となる。
【0037】
水素セル12cに連通する水素セル排気及び水素導入口45aは、試料搭載部12bに試料17を装着して水素セル12cの排気と水素ガスの供給とを行った状態でステムチップ45bにより気体の出入りがないように真空シールされる。
【0038】
分析室11に備えられた水素イオン検出部20は、試料17の表面から生じる水素イオンを集束する収集機構21と、水素イオン以外を除去するイオンエネルギー分解部22と、イオンエネルギー分解部22を通過した水素イオンを検出するイオン検出器23とからなる。
【0039】
この水素イオン検出部20は、ESD法により試料17の表面で発生する水素イオンを検出する。電子線16aの走査により検出した水素イオンによる二次元の像を、ESD像又はESDマップと呼ぶ。
【0040】
水素セル12c内に密封された水素は試料17の下側から裏面に接触していてこの裏面側から試料17内部に導入され、試料17の内部を拡散して試料17の表側の表面に到達して放出される。水素や重水素は試料17の裏面側から表面に透過し、この試料17の表面に到達した水素に対して電子線16aが照射されることで、水素イオンが発生する。この発生した水素イオンは、電子励起脱離(ESD)により試料17から脱離して収集機構21で集束される。このようにして水素イオン検出部20で水素イオンが検出される。
【0041】
前記収集機構21は離脱イオンを効率よく収集し、試料17の表面側近傍に配設される。図示の収集機構21は、例えば金属線のメッシュからなり、グリッド構造のレンズである。収集機構21で集束した観測対象ガスのイオン、例えば水素イオンは、水素イオン検出部20に入射する。イオンエネルギー分解部22は、水素イオンを選別してイオン検出器23に入射させる。
【0042】
イオンエネルギー分解部22は、イオン検出器23が試料17に直接対向しないように蓋形状の金属電極からなる。イオンエネルギー分解部22は、円筒形や円錐を含む形状の電極を用いることができる。イオンエネルギー分解部22は、円筒形の電極に適当な正電圧を印加し、電場により観測対象ガスのイオン、例えば水素イオンだけをイオン検出器23に導き、試料17に電子線16aを照射して発生する光と電子を除去する。イオン検出器23は、例えばセラトロンや二次電子増倍管を用いることができる。
【0043】
図3は制御部50のブロック図であり、
図4は電子励起脱離全体制御部52の構成を示すブロック図である。
図3に示すように、制御部50は、走査型電子顕微鏡15を制御する電子顕微鏡全体制御部51と、ESD像の取得を制御する電子励起脱離全体制御部52とを含んで構成されている。
【0044】
制御部50は、電子顕微鏡全体制御部51の他に、試料17の走査型電子顕微鏡像(SEM像)を取得するために、二次電子検出部53と、電子光学系制御部54と、SEM用の画像演算部55と、高電圧安定化電源56と、入力装置57と、ディスプレイ58と、記憶装置59等を備え、電子顕微鏡全体制御部51は、二次電子検出部53と、電子光学系制御部54と、SEM用の画像演算部55と、高電圧安定化電源56と、記憶装置59との各部を制御する。分析室11内に配設される二次電子検出器18の出力は、二次電子検出部53に入力される。
【0045】
電子励起脱離全体制御部52は、
図4に示すように、二次元のマルチチャンネルスケーラー60と、パルス計数部61と、同期制御部62と、測定信号の二次元平面への並べ替え部63と、マイクロプロッセッサ72等から構成される。
【0046】
分析室11内に配設される水素イオン検出部20の出力は、電子励起脱離イオン検出部67を介してパルス計数部61に入力される。電子励起脱離全体制御部52には電子光学系制御部54から走査信号が入力され、SEM像と同期して制御される。さらに電子励起脱離全体制御部52には、ディスプレイ65と記憶装置66が接続されている。
【0047】
マイクロプロッセッサ72は、マイクロコントローラ等のマイコン、パーソナルコンピュータ、現場でプログラム可能なゲートアレイであるFPGA(Field-Programmable Gate Array)でもよい。
【0048】
この電子励起脱離全体制御部52において、電子光学系制御部54から同期制御部62に入力された走査信号は、同期制御部62を介して垂直走査信号62aとして、電子源16の第1の偏向コイル16bに出力される。
【0049】
同期制御部62からの水平走査信号62bは、電子源16の第2の偏向コイル16cに出力される。同期制御部62から走査位置に関する情報62cが、マイクロプロッセッサ72に出力される。
【0050】
パルス計数部61から出力される水素イオンのカウント数信号61aは、各走査位置の水素イオンのカウント数信号としてマイクロプロッセッサ72に出力される。パルス計数部61で計数した試料位置毎の水素イオンのカウント数を、所定の撮影時間でESD像を取得して複数積算することで、試料17を透過した水素イオン分布を得てもよい。
【0051】
マイクロプロッセッサ72で生成されたESD像は、入出力インターフェース(I/O)72aを介してディスプレイ65に出力され、かつ、入出力インターフェース(I/O)72bを介して記憶装置66に出力される。
【0052】
電子励起脱離全体制御部52の動作について説明する。
図5は電子源16の走査とESD像の二次元計測との関係を示す。電子源16から発生した電子線16aは、第1の偏向コイル16bと第2の偏向コイル16cを通過することにより、垂直方向と水平方向に走査されて試料17に二次元に照射される。
【0053】
同期制御部62において発生する垂直走査信号62aのクロック信号は、デジタルアナログ変換器(DAC)62dにより鋸波に変換されて、電子源16の第1の偏向コイル16bに印加される。同様に水平走査信号62bのクロック信号は、デジタルアナログ変換器(DAC)62eにより鋸波に変換されて、電子源16の第2の偏向コイル16cに印加される。
【0054】
1パルスの撮影タイミング信号(Shoot Timing、ST信号と呼ぶ)によって、垂直走査信号62a(Vertical clock)が合計2048パルス発生するように制御が開始する。
【0055】
1パルスの垂直走査信号62aのパルス幅の期間に、水平方向の画素信号(Horizontal clock)が合計2048パルス出力する。これにより、2048行×2048列(=4194304)の約419万画素の二次元走査を生成する。つまり、パルス計数部61でカウントされる信号は、ST信号、垂直走査用のクロック信号、水平走査用のクロック信号からなる複数のカウンターを同期させることで、各走査位置におけるイオン検出器23からの水素イオンのカウント数として取得することができる。
【0056】
図6は走査による二次元のESD像を計測するフロー図である。この図に示すように、二次元のESD像の取得は、以下のステップで行うことができる。
ステップ1:試料17の表面から脱離したイオンをイオン検出器23で検出する。
ステップ2:パルス計数部61はイオン検出器23で検出したイオンの定量計測を行う。
ステップ3:
図5に示した垂直走査用のクロック信号及び水平走査用のクロック信号を生成する同期制御部62により、試料17の二次元の各測定点のイオンをカウントする。
【0057】
ステップ4:ステップ3で測定した試料17の二次元の各測定点のイオンのカウント数を記憶装置66のメモリーに保存する。
ステップ5:垂直走査用のクロック信号及び水平走査用のクロック信号を元に記憶装置66のメモリーに保存されたイオン信号を二次元画像として並べ替える。
ステップ6:ステップ5で取得したESD像をディスプレイ65に表示し、画像及び数値データとして、記憶装置66に保存する。
これにより、SEM像と同じ領域のESD像が取得される。
【0058】
上記ステップ1からステップ6により取得するESD像は、計測機器制御に特化したプログラム製作環境で作製したソフトウェアで実行することができる。このようなソフトウェアとしては、National Instruments社製のLabVIEW(登録商標)(http://www.ni.com/labview/ja/)を用いることができる。上記ESD像は、マイクロプロッセッサ72において、LabVIEWで作製したプログラムで実行される二次元のマルチチャンネルスケーラー60により取得することができる。
【0059】
以上のような試料ホルダ12を有する水素透過拡散経路観測装置10を用いて、試料17を透過する水素ガス起因の水素イオンを計測するには、装置外部で試料17を作製して試料ホルダ12の試料搭載部12bに固定する工程と、試料ホルダ12の水素セル12cに水素を収容する工程と、試料ホルダ12を試料ステージ31に装着して
図1に示すように走査型電子顕微鏡15の分析室11に収容する工程と、SEM像及びESD像を取得する画像取得工程と、を実行する。
【0060】
試料17を試料ホルダ12に固定する工程では、
図7に示すように、まずステップ11において、観測対象の試料17を薄板化し鏡面研磨して作製する。ステップ12において作製した試料17を、
図2に示すように試料ホルダ12の試料搭載部12bに開口窓Wを閉塞するように当接させる。試料搭載部12bの窓枠領域にはエラストマシール41a,41bからなる二重のO-ringが装着されており、試料17の裏面をエラストマシール41a及びエラストマシール41bに当接させる。そして試料固定板13を装着し、試料17を上部側(表面側)から押圧固定して真空シールする。
【0061】
この状態で、ステップ13において、ホルダ本体12aから突出するように差動排気口排気ポート延長管42eを排気部42に接続する。続いて、ステップ14において、差動排気口排気ポート延長管42eに真空排気手段を接続し、押付用ネジ42cを緩めた状態で排気する。エラストマシール41aとエラストマシール41bとの間を高真空に排気することで、試料17を試料搭載部12bに密着させる。その後、ステップ15において、押付用ネジ42cによりステムチップ42bを差動排気口42aの弁座に押し付けて閉塞することで真空シールを行う。ステップ16において、差動排気口排気ポート延長管42eを取り外すことで、試料17の固定が完了する。
【0062】
試料ホルダ12の水素セル12cに水素を収容する工程では、
図8に示すように、予めステップ21において、試料17を試料ホルダ12に固定する工程で試料17により開口窓Wを閉塞する前に水素セル12c内に水素吸蔵合金のパウダー微粒子を収容する。これはステップ12より前に実施してもよい。ステップ22において、試料17の固定が完了した状態の試料ホルダ12に水素セル真空排気及び水素導入ポート延長管45eを接続する。そして、ステップ23において、水素セル真空排気及び水素導入ポート延長管45eに真空排気手段を接続し、押付用ネジ45cを緩めた状態で水素セル真空排気及び水素導入ポート延長管45eから真空排気することで、水素セル12c内を所定の真空度に真空排気する。
【0063】
この状態で、好ましくは試料ホルダ12全体を加熱し、ステップ24において、水素セル真空排気及び水素導入ポート延長管45eに水素供給手段が接続されるように切り替えて水素を供給する。水素供給手段は例えば水素ガスのボンベ、圧力調整器、ストップバルブ、圧力計等により構成されていてもよい。水素ガスを供給した後、ステップ25において、押付用ネジ45cを締めてステムチップ45bを弁座に押し付けて、水素セル排気及び水素導入口45aを真空シールする。これにより水素セル12c全体が高度に閉塞され、水素が水素セル12c内及び水素セル12c内の水素吸蔵合金に維持される。
【0064】
その後、好ましくは試料ホルダ12を室温まで戻した後、ステップ26において水素セル真空排気及び水素導入ポート延長管45eを取り外すことで、水素セル12c内への水素の導入及び収容が完了する。
【0065】
このようにして水素が収容されて全体が密封された状態の試料ホルダ12を用いて、試料の画像取得工程を行う。試料ホルダ12を試料ステージ31に支持して装着し、
図1のように走査型電子顕微鏡15の分析室11に配設する。分析室11内部を高度に真空状態にして、各画像を取得する。画像取得工程では、制御部50により電子源16から照射する電子線16aの走査により試料から発生する二次電子による走査電子顕微鏡像(SEM像と呼ぶ)を取得する。
【0066】
試料ホルダ12の水素セル12cには水素が収容され、この水素が試料搭載部12bの開口窓Wにおいて試料17の裏面側に接触している。これにより、試料17の裏面から該試料内を拡散して表面に湧出する原子、例えば水素原子を、電子線16aの電子励起脱離(ESD)により水素イオンとし、水素イオンのESD像を電子線16aの走査に同期して取得することができる。この画像取得工程では、ESD像の位置分解能を50nm以下としてSEM像と比較することが好ましい。
【0067】
ESD像を取得する際の水素セル12c内における内圧コントロールは、水素セル12cに水素を封入する時の温度と、測定時の試料温度、水素吸蔵合金の水素平衡圧力から算出できる。水素セル12cの体積にも依存するため、事前に封入圧力と封入時温度、そして測定時の試料温度の校正曲線を準備しておくなどにより簡略化を行ったうえで実施するのがよい。
【0068】
この画像取得工程では、必要に応じて試料ステージ31により試料ホルダ12を精密に変位させて水素イオンの検出を行うことができる。SEM像の取得前に試料17の表面をエッチングし、その後にSEM像を観察するのがよい。SEM像から結晶粒界を特定し、特定した結晶粒界をSEM像及びESD像に重ねて表示するのがよく、結晶粒とESD像で得られる水素イオン分布との対応を調べて結晶粒における水素イオンの放出位置の構造情報を得ることができる。
【0069】
本実施形態の水素透過拡散経路観測装置10及び水素イオンの観測方法によれば、水素セル12cに水素吸蔵合金12dを配置して水素ガスを収容し、試料17を試料搭載部12bに装着した状態で、水素セル12c全体を密封可能である。そのため、予め水素ガスを収容して水素セル12cを密封しておけば、水素イオンを検出する際に、水素セル12c内に収容された水素ガスを試料17の裏面に接触させることができ、分析室11の外部から水素セル12cに水素ガスを供給する必要がない。これにより、観測のオペレーション中に水素ガスを供給するための水素ガスの導入ラインを無くすことができる。
【0070】
分析室11内の試料17及び試料ホルダ12周囲の極めて高度な観察雰囲気が確実に維持されるので、水素ガスの導入ラインにより分析室11内における試料ホルダ12のオペレーションが阻害されない。また、試料17を装着した試料ホルダ12を分析室11内で独立して回転・搬送することも支障なくでき、例えば試料17を回転させて観測するようなことも可能となる。
本発明によれば、例えば試料と検出装置の位置関係が、オペランド水素顕微鏡と異なる顕微構造解析法である後方散乱電子回折法、反射高速電子回折法、あるいは、複数の検出器を空間内に配置することが難しい複数の計測手段と組み合わせることもでき、試料17内の水素ガスの拡散係数を求めることを始めとして、各種の水素ガスの挙動を研究するためのパフォーマンスが向上する。
【0071】
本実施形態では、分析室11内に試料ホルダ12を着脱可能に支持して精密に動作させる試料ステージ31が具備されているので、分析室11の外で予め水素ガスを収容して試料17を試料搭載部12bに装着した状態にしてから、試料ホルダ12を試料ステージ31に支持させて、試料17を精密に動作させて観測することができ、水素ガスの挙動をより観測しやすい。
【0072】
本実施形態では、水素セル12cに観測対象ガスの水素吸蔵合金12dが収容されているので、水素セル12c内に水素ガスがより多く安定かつ安全に収容される。
【0073】
本実施形態では、試料搭載部12bに、開口窓W周囲に試料17が気密に当接可能な窓枠領域が設けられ、窓枠領域には開口窓Wを囲むエラストマシール41aと、エラストマシール41aを囲むエラストマシール41bと、エラストマシール41aとエラストマシール41bとの間の空間を排気するための差動排気口42aと、差動排気口42aを開閉するステムチップ42bとを備えている。そのため試料搭載部12bに試料17を当接させてエラストマシール41aとエラストマシール41bとに密着させて、エラストマシール41aとエラストマシール41bとの間の空間を差動排気口42aから十分に排気した状態でステムチップ42bを閉じれば、水素ガスを試料17の裏面側に直接接触させていても確実に水素セル12cが閉塞される。分析室11と水素セル12c内との間の差圧が大きくても、分析室11の極めて高度な観察雰囲気が確実に維持される。
【0074】
本実施形態では、水素セル12c内の排気及び水素ガスの導入を行うための水素セル排気及び水素導入口45aと、水素セル排気及び水素導入口45aを開閉するステムチップ45bと、を備えているので、開口窓Wを閉塞した状態で試料17を試料搭載部12bに装着した後で、観測を実施するために十分な質及び量の水素ガスを水素セル12c内に容易に充填し得る。
【0075】
本実施形態の排気部42において、差動排気口排気ポート延長管42eが試料ホルダ12に着脱可能に突出して設けられるので、差動排気口排気ポート延長管42eに外部の排気手段などを接続しやすく、また試料ホルダ12を分析室11に収容して観測する際に差動排気口排気ポート延長管42eを外すことで、観測のオペレーションの邪魔にならず、使い勝手がよい。水素セル真空排気及び水素導入ポート延長管45eも試料ホルダ12に着脱可能に突出して設けられるので、同様に使い勝手がよい。
【0076】
上記した実施形態は本発明の範囲内において適宜変更可能である。
上記実施形態では水素透過拡散経路観測装置10の例について説明したが、その用途に限られることなく、例えば試料17の点欠陥の位置を検出するために用いることもでき、同一の試料17を繰り返し観測することで観測対象ガスの拡散や透過の挙動の変化を計測するために用いてもよい。
上記実施形態では観測対象ガスとして水素の場合を示したが、観測対象ガスは水素に限定されるものではなく、他のガスを対象としてもよい。その場合、上記と同様の試料ホルダ12を用い、セル12c内に対象ガスを収容して観測してもよく、セル12c内に吸蔵材料を配置して対象ガスを収容してもよい。例えば観測対象ガスが水分子の場合には、吸蔵材料として吸水性高分子材料を用いることなどでもよい。
【符号の説明】
【0077】
10:水素透過拡散経路観測装置、 11:分析室、 12:試料ホルダ、 12a:ホルダ本体、 12b:試料搭載部、 12c:水素セル、 12d:水素吸蔵合金、
13:試料固定板、 15:走査型電子顕微鏡、 16:電子源、 16a:電子線、 16b:第1の偏向コイル、 16c:第2の偏向コイル、 17:試料、 18:二次電子検出器、 20:水素イオン検出部(観測対象イオン供給部)、
21:収集機構、 22:イオンエネルギー分解部、 23:イオン検出器、 31:試料ステージ、 33:試料温度測定部、 35:質量分析器、 36:オージェ電子分光分析器、 37:真空排気部、 40:シール部、 41a:内側のエラストマシール、
41b:外側のエラストマシール、 42:排気部、 42a:差動排気口、
42b,45b:ステムチップ(開閉弁)、 42c,45c:押付用ネジ、
42d,45d:収容孔、 42e:差動排気口排気ポート延長管、 45:水素ガス導入部、 45a:水素セル排気及び水素導入口、 45e:水素セル真空排気及び水素導入ポート延長管、 50:制御部、 51:電子顕微鏡全体制御部、 52:電子励起脱離全体制御部、 53:二次電子検出部、 54:電子光学系制御部、 55:SEM用の画像演算部、 56:高電圧安定化電源、 57:入力装置、 58,65:ディスプレイ、 59,66:記憶装置、 60:二次元のマルチチャンネルスケーラー、
61:パルス計数部、 61a:水素イオンのカウント数信号、 62:同期制御部、
62a:垂直走査信号、 62b:水平走査信号、 62c:走査位置に関する情報、
62d,62e:デジタルアナログ変換器、 63:測定信号の二次元平面への並べ替え部、 67:電子励起脱離イオン検出部、 72:マイクロプロッセッサ、 72a,72b:入出力インターフェース、 W:開口窓