(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-17
(45)【発行日】2024-06-25
(54)【発明の名称】鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒
(51)【国際特許分類】
B23K 35/365 20060101AFI20240618BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20240618BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20240618BHJP
C22C 38/16 20060101ALN20240618BHJP
【FI】
B23K35/365 P
B23K35/365 E
B23K35/30 330A
C22C38/00 301A
C22C38/16
(21)【出願番号】P 2021061672
(22)【出願日】2021-03-31
【審査請求日】2023-06-05
(73)【特許権者】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三浦 瑠太
(72)【発明者】
【氏名】高橋 将
(72)【発明者】
【氏名】渡部 雅大
(72)【発明者】
【氏名】小松 実紗子
【審査官】山本 佳
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-064740(JP,A)
【文献】特開2014-151338(JP,A)
【文献】特開2010-227968(JP,A)
【文献】特開2015-196183(JP,A)
【文献】特開2017-001053(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第111347190(CN,A)
【文献】米国特許第05171968(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/365
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼心線と、前記鋼心線を被覆する被覆剤とを含み、
溶接棒全質量に対する前記被覆剤の質量割合が25%以上40%以下であり、
前記被覆剤が、被覆剤全質量に対する質量%で、
金属又は合金としてのMn:2.0~5.0%、
金属又は合金としてのNi:1.0~2.0%、
金属又は合金としてのMo:0.3~1.5%、
金属又は合金としてのSi:1.5~3.5%
Si酸化物のSiO
2換算値:4.0~8.0%
金属炭酸塩の合計:25~45%、
金属弗化物の合計:5~15%、
Ti酸化物のTiO
2換算値の合計:2.0~7.0%、
Al酸化物のAl
2O
3換算値の合計:0.5~2.5%、
Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.1~1.0%、
Ca酸化物のCaO換算値の合計:0.30%以下、
Zr酸化物のZrO
2換算値の合計:0.5~1.5%、
Na換算値とK換算値の合計:0.5~3.0%、
鉄粉及び鉄合金粉のFe:20~35%、並びに
残部:前記Mnから前記Feまでの成分を除く塗装剤の残部及び1.00%以下の不純物、
を含む鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項2】
前記被覆剤が、前記被覆剤を構成する成分の一部に替えて、前記被覆剤全質量に対する質量%で、
金属又は合金としてのTi:3.50%以下、並びに
金属B、B合金、及びB酸化物の各B
2O
3換算値の合計:0.60%以下、
を含む請求項1に記載の鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項3】
前記被覆剤が、前記被覆剤を構成する成分の一部に替えて、前記被覆剤全質量に対する質量%で、
金属又は合金としてのMg:3.0%以下、及び
金属又は合金としてのAl:3.5%以下、
の一方又は両方を含む請求項1又は請求項2に記載の鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項4】
前記被覆剤が、前記被覆剤を構成する成分の一部に替えて、前記金属炭酸塩及び前記金属弗化物を除く成分として、前記被覆剤全質量に対する質量%で、下記(1)~(5)からなる群より選ばれる一種又は二種以上を含む請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒。
(1)Li:0.5%以下
(2)V、Nb、及びTa:一種又は二種以上の合計で0.5%以下
(3)Co:0.5%以下
(4)Cu及びBi:一種又は二種の合計で0.5%以下
(5)Cr:0.5%以下
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒に関する。
【背景技術】
【0002】
低水素系被覆アーク溶接棒は、アーク安定性が良好で、耐割れ性や溶接金属の低温靱性が優れていることから、拘束が強い箇所や高張力鋼の溶接に広く使用されている。
一方、最近の溶接構造物の大型化にともない、使用鋼材の高強度化が要望されている。 また、天然資源の開発を目的とした大型海洋構造物や球形タンク等では、安全性の確保のため、溶接金属の低温での靱性の更なる向上や、溶接後熱処理(溶接熱影響部の軟化、溶接部の靱性改善及び溶接残留応力の除去を目的に行われる熱処理:以下、PWHTという。)後の機械的性能確保が重要となる。しかし、一般に溶接金属の強度増加と低温靱性確保は相反する傾向を示すため、高強度化とともに低温靱性を向上させるためには新たな手法が必要となる。
【0003】
また、低水素系被覆アーク溶接棒は、一般的に交流電源を用いて溶接するように設計されるが、球形タンクや海洋構造物の現場溶接では直流電源を使用することが多い。低水素系被覆アーク溶接棒を、直流電源を用いて溶接すると、磁気吹きや被覆剤の片溶けが生じてアークが不安定となり、健全なビードが得られないという課題がある。このため、直流電源を使用した場合においても、アークの安定性に優れ、溶接金属の機械性能が良好な鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒の開発要望が高い。
【0004】
このような状況に対し、溶接金属の機械的性能の向上手段として、種々提案がされている。例えば、特許文献1には、Ni含有量が1質量%以下でも低温靱性が優れた溶接金属を得ることを目的とした被覆アーク溶接棒が開示されている。
また、特許文献2には、直流電源を用いた溶接でアーク安定性が良好で低温靱性が優れた溶接金属を得る被覆アーク溶接棒の技術が開示されている。
また、特許文献3には、直流電源を用いた溶接でCTOD値(き裂先端開口変位)が優れた溶接金属を得る被覆アーク溶接棒の技術が開示されている。
さらに、特許文献4には、直流電源を用いた溶接でアーク安定性が良好で、AW(溶接のまま)とPWHT後において低温靭性が優れた溶接金属が得られる低水素系被覆アーク溶接棒が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-151338号公報
【文献】特開2015-196183号公報
【文献】特開2010-227968号公報
【文献】特開2017-064740号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載された被覆アーク溶接棒は、直流電源を用いて溶接を行った場合、磁気吹きや被覆の片溶けが発生しやすいなど十分な溶接作業性が得られない。
特許文献2に記載された被覆アーク溶接棒は、溶接のまま(AW)では溶接金属の低温靭性の向上は得られるものの、PWHT後の溶接金属では十分な低温靭性が得られない。
特許文献3に記載の技術もAWでの溶接金属の機械性能は得られるが、PWHT後では溶接金属の十分な強度及び低温靭性は得られない。
特許文献4に記載された被覆アーク溶接棒は、Ni含有量が4~8%と非常に多く、高温割れが発生しやすい。
【0007】
本開示は、アーク安定性等の溶接作業性が良好であり、特にPWHT後の溶接金属において適正な強度及び低温での優れた靱性が得られる鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するための本開示の要旨は、以下の通りである。
<1> 鋼心線と、前記鋼心線を被覆する被覆剤とを含み、
溶接棒全質量に対する前記被覆剤の質量割合が25%以上40%以下であり、
前記被覆剤が、被覆剤全質量に対する質量%で、
金属又は合金としてのMn:2.0~5.0%、
金属又は合金としてのNi:1.0~2.0%、
金属又は合金としてのMo:0.3~1.5%、
金属又は合金としてのSi:1.5~3.5%
Si酸化物のSiO2換算値:4.0~8.0%
金属炭酸塩の合計:25~45%、
金属弗化物の合計:5~15%、
Ti酸化物のTiO2換算値の合計:2.0~7.0%、
Al酸化物のAl2O3換算値の合計:0.5~2.5%、
Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.1~1.0%、
Ca酸化物のCaO換算値の合計:0.30%以下、
Zr酸化物のZrO2換算値の合計:0.5~1.5%、
Na換算値とK換算値の合計:0.5~3.0%、
鉄粉及び鉄合金粉のFe:20~35%、並びに
残部:前記Mnから前記Feまでの成分を除く塗装剤の残部及び1.00%以下の不純物、
を含む鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒。
<2> 前記被覆剤が、前記被覆剤を構成する成分の一部に替えて、前記被覆剤全質量に対する質量%で、
金属又は合金としてのTi:3.50%以下、並びに
金属B、B合金、及びB酸化物の各B2O3換算値の合計:0.60%以下、
を含む<1>に記載の鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒。
<3> 前記被覆剤が、前記被覆剤を構成する成分の一部に替えて、前記被覆剤全質量に対する質量%で、
金属又は合金としてのMg:3.0%以下、及び
金属又は合金としてのAl:3.5%以下、
の一方又は両方を含む<1>又は<2>に記載の鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒。
<4> 前記被覆剤が、前記被覆剤を構成する成分の一部に替えて、前記金属炭酸塩及び前記金属弗化物を除く成分として、前記被覆剤全質量に対する質量%で、下記(1)~(5)からなる群より選ばれる一種又は二種以上を含む<1>~<3>のいずれか1つに記載の鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒。
(1)Li:0.5%以下
(2)V、Nb、及びTa:一種又は二種以上の合計で0.5%以下
(3)Co:0.5%以下
(4)Cu及びBi:一種又は二種の合計で0.5%以下
(5)Cr:0.5%以下
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、アーク安定性等の溶接作業性が良好であり、特にPWHT後の溶接金属において適正な強度及び低温での優れた靱性が得られる鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示の一例である実施形態について説明する。
なお、本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値に「超」又は「未満」が付されていない場合は、これらの数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。また、「~」の前後に記載される数値に「超」又は「未満」が付されている場合の数値範囲は、これらの数値を下限値又は上限値として含まない範囲を意味する。
本明細書中に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階的な数値範囲の上限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値に置き換えてもよく、実施例に示されている値に置き換えてもよい。また、ある段階的な数値範囲の下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の下限値に置き換えてもよく、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
含有量について、「%」は特に断りのない限り「質量%」を意味する。
また、含有量(%)について下限値を限定せずに「~%以下」として上限値のみを限定している場合は、0%超~上限値の範囲内で含み得ることを意味する。
【0011】
本発明者らは、鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒の溶着金属のPWHT後の強度及び低温靱性の改善について鋭意研究した結果、被覆剤におけるMn、Ni及びMoの含有量を適正とすることによってPWHT後の溶接金属の強度を改善できることを見出し、さらに、金属炭酸塩、Si含有量を適正にし、鋼心線への被覆率を適正にすることで、PWHT後の溶接金属の低温靭性を改善できることを見出し、さらに検討を重ねて本発明を完成した。具体的には、鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒の被覆剤の被覆率及び被覆剤の成分と効果に関して以下のような知見を得た。
【0012】
溶接作業性に関しては、アークの安定化及びスパッタ発生量の低減には、被覆率、Si、金属炭酸塩、金属弗化物、Ti酸化物のTiO2換算値の合計、Al酸化物のAl2O3換算値の合計、Ca酸化物のCaO換算値の合計、Na換算値とK換算値の合計、鉄及び鉄合金粉のFeを適正にすることで良好になることを見出した。
また、ビード形状及びビード外観は、Si酸化物のSiO2換算値、金属炭酸塩、金属弗化物、Ti酸化物のTiO2換算値の合計、Al酸化物のAl2O3換算値の合計、Mg酸化物のMgO換算値の合計、Zr酸化物のZrO2換算値の合計を適正にすることで良好になることを突き止めた。
【0013】
さらに、スラグ剥離性は、Si酸化物のSiO2換算値、金属炭酸塩、Al酸化物のAl2O3換算値の合計を適正にすることで良好になることを見出した。
また、溶接棒自体が赤熱する棒焼けを防止するには、鉄及び鉄合金粉のFeを適正にすることで、溶接棒の保護筒の片溶けを防止するには金属弗化物、Mg酸化物のMgO換算値の合計、Zr酸化物のZrO2換算値の合計、鉄及び鉄合金粉のFeを適正にすることで、被覆剤の塗装性等の溶接棒の生産性はNa換算値とK換算値の合計を適正にすることで良好になることを見出した。
【0014】
さらに、Tiと金属B及びB合金並びにB酸化物の合計、Mg及びAlの一種或いは両方の適量により低温での溶接金属の靭性がさらに向上することを見出した。
また、Li、V、Cr、Co、Cu、Nb、Ta、Biを適量含有することで様々な効果が得られることを見出した。
【0015】
<鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒>
本開示に係る鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒(本開示において「被覆アーク溶接棒」又は単に「溶接棒」などと称する場合がある。)は、鋼心線と、鋼心線を被覆する被覆剤とを含んで構成されている。
【0016】
(鋼心線)
鋼心線は、公知の低水素系被覆アーク溶接棒に使用される鋼心線を用いることができる。例えば、JIS G 3523:1980に規定されるSWY11の線材から製造した心線を用いることが好ましい。
【0017】
(被覆剤)
鋼心線の外周面には、被覆剤全質量に対する質量%で、
金属又は合金としてのMn:2.0~5.0%、
金属又は合金としてのNi:1.0~2.0%、
金属又は合金としてのMo:0.3~1.5%、
金属又は合金としてのSi:1.5~3.5%
Si酸化物のSiO2換算値:4.0~8.0%、
金属炭酸塩の合計:25~45%、
金属弗化物の合計:5~15%、
Ti酸化物のTiO2換算値の合計:2.0~7.0%、
Al酸化物のAl2O3換算値の合計:0.5~2.5%、
Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.1~1.0%、
Ca酸化物のCaO換算値の合計:0.30%以下
Zr酸化物のZrO2換算値の合計:0.5~1.5%、
Na換算値とK換算値の合計:0.5~3.0%、並びに
鉄粉及び鉄合金粉のFe:20~35%、
を含有し、さらに前記Mnから前記Feまでの成分を除く塗装剤の残部と1.00%以下の不純物を含む被覆剤が塗装されている。
【0018】
以下、本開示に係る鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒の被覆剤の成分組成及び成分組成の限定理由について詳細に説明する。なお、各成分の含有量は、被覆剤全質量に対する質量%で表すこととし、その質量%を表すときには単に%と記載することとする。また、本開示に係る溶接棒の被覆剤を構成する成分に関し、例えば、「金属炭酸塩の合計」とは、金属炭酸塩を一種のみ含んでもよいし、二種以上含んでもよく、二種以上含む場合はそれらの合計含有量を意味する。「金属弗化物の合計」についても同様である。
また、酸化物に関し、例えば「Ti酸化物のTiO2換算値」とは、TiO2以外のTi酸化物も含め、Ti酸化物として含まれるTiが全てTiO2として含まれているとみなして換算した値を意味する。
【0019】
また、後述する「金属B、B合金、及びB酸化物の各B2O3換算値の合計」とは、金属B、B合金、及びB酸化物のいずれか一種又は二種以上を含んでもよく、また、例えばB合金を含む場合は一種又は二種以上のB合金を含んでもよいが、B酸化物だけでなく、金属B及びB合金も「B2O3」に換算した含有量とし、「各B2O3換算値の合計:0.60%以下」とは、いずれの場合においてもB2O3換算値の合計が0.60%以下であることを意味する。
【0020】
[被覆率:溶接棒全質量に対する被覆剤の質量%で25~40%]
被覆剤の鋼心線の外周への被覆率は、溶接時の耐シールド性に大きく影響する。被覆率が鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒全質量に対する被覆剤の質量%(以下、単に%という。)で25%未満では、被覆剤自体が少なくなってシールド不足となり、溶接金属中のN含有量が増加してPWHT後の溶接金属の靱性が低下する。一方、被覆剤の被覆率が40%を超えると、スラグ量が過多となってアークが不安定になる。従って、被覆率は25~40%とする。
なお、溶接棒全質量に対する被覆剤の質量割合(被覆率:%)は、以下の式によって算出される値である。
被覆率%=被覆剤質量/溶接棒全質量×100
【0021】
[金属又は合金としてのMn:2.0~5.0%]
Mnは、金属又は合金、例えば金属Mn、Fe-Mn、Fe-Si-Mn等として含有され、Siと同様に脱酸剤として重要であり、溶接金属組織を微細化して溶接金属の低温靱性及び強度を高める効果がある。また、焼入れ性が強いことから、PWHT後の溶接金属の強度確保にも有効である。Mnが2.0%未満では、PWHT後の溶接金属の強度及び低温靭性が低下する。また、脱酸不足となって溶接金属中にブローホールが発生しやすくなる。一方、Mnが5.0%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなり、靭性が低下する。また、焼入れ性が強く作用し、PWHT後の溶接金属の強度が高くなって靱性が低下する。従って、Mnは2.0~5.0%とする。
【0022】
[金属又は合金としてのNi:1.0~2.0%]
Niは、金属又は合金、例えば金属NiやNi合金粉等として含有され、PWHT後の溶接金属の強度及び低温靭性を向上させる効果がある。Niが1.0%未満では、PWHT後の溶接金属の強度及び低温靭性が低下する。一方、Niが2.0%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなる。従って、Niは1.0~2.0%とする。
【0023】
[金属又は合金としてのMo:0.3~1.5%]
Moは、金属又は合金、例えば金属Mo、Fe-Mo等として含有され、溶接金属の強度をより向上させる効果がある。また、焼入れ性が強いことから、PWHT後の強度確保にも有効である。Moが0.3%未満では、PWHT後の溶接金属の強度が低下する。一方、Moが1.5%を超えると、PWHT後の溶接金属の強度が過剰に高くなり、靭性が低下する。従って、Moは0.3~1.5%とする。
【0024】
[金属又は合金としてのSi:1.5~3.5%]
Siは、金属又は合金、例えば金属Si、Fe-Si、Fe-Si-Mn等として含有され、溶接金属の脱酸を目的として使用される。Siが1.5%未満では、脱酸不足となって溶接金属中にブローホールが発生しやすくなり、アークも不安定となる。一方、Siが3.5%を超えると、溶接金属の粒界に低融点酸化物を析出させ、溶接金属の低温靱性が低下する。従って、Siは1.5~3.5%とする。
【0025】
[Si酸化物のSiO2換算値:4.0~8.0%]
Si酸化物のSiO2換算値は、珪砂、ジルコンサンド、カリ長石、珪酸ナトリウムや珪酸カリウム等の水ガラスの固質分、珪灰石等として含有され、溶融スラグの粘性を高め、適切な粘性のスラグを確保してビード形状を良好にする効果がある。Si酸化物のSiO2換算値が4.0%未満では、溶融スラグの粘性が低くなり、ビード形状が不良となる。一方、Si酸化物のSiO2換算値が8.0%を超えると、スラグがガラス状になり、スラグ剥離性が不良になる。従って、Si酸化物のSiO2換算値は4.0~8.0%とする。
【0026】
[金属炭酸塩の合計:25~45%]
金属炭酸塩は、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸バリウム等として含有され、アークの熱で分解してCO2ガスを発生し、溶接金属を大気から保護する効果がある。金属炭酸塩の一種又は二種以上の合計が25%未満では、シールド効果が不足し、ブローホールが発生しやすくなる。また、溶接金属中に大気中の窒素が混入し、PWHT後の低温靱性が低下する。一方、金属炭酸塩の一種又は二種以上の合計が45%を超えると、アークが不安定となってビード形状が凸状になり、スラグ剥離性も悪くなる。従って、金属炭酸塩の合計は25~45%とする。
【0027】
[金属弗化物の合計:5~15%]
金属弗化物は、蛍石、弗化マグネシウム、弗化アルミニウム、弗化リチウム、弗化ナトリウム、珪弗化カリウム等として含有され、溶融スラグの流動性を調整してビード外観を良好にする効果がある。金属弗化物の一種又は二種以上の合計が5%未満では、溶融スラグの流動性が悪くなりスラグ被包性が悪くなってビード外観が不良になる。一方、金属弗化物の一種又は二種以上の合計が15%を超えると、被覆筒の形状が不完全となって片溶け状態となり、アークが不安定となる。従って、金属弗化物の合計は5~15%とする。
【0028】
[Ti酸化物のTiO2換算値の合計:2.0~7.0%]
Ti酸化物は、ルチール、酸化チタン、チタンスラグ、チタン酸カルシウム等として含有され、アークを安定にし、溶融スラグの粘性を調整してビード形状を良好にする効果がある。Ti酸化物のTiO2換算値の合計が2.0%未満であると、アークが不安定となり、ビード形状が不良になる。一方、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が7.0%を超えると、溶融スラグの粘性が高くなってスラグの流動性が悪くなるので、ビード形状が凸状となる。従って、Ti酸化物のTiO2換算値の合計は2.0~7.0%とする。
【0029】
[Al酸化物のAl2O3換算値の合計:0.5~2.5%]
Al酸化物は、アルミナ、カリ長石等として含有され、アークを安定させるとともにビード形状を良好にする効果がある。Al酸化物のAl2O3の合計が0.5%未満であると、アークが不安定となりビード形状が不良となる。一方、Al酸化物のAl2O3の合計が2.5%を超えると、スラグがガラス状となってスラグ剥離性が不良になる。従って、Al酸化物のAl2O3の合計は0.5~2.5%とする。
【0030】
[Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.1~1.0%]
Mg酸化物は、酸化マグネシウム、マグネシアクリンカー等として含有され、耐熱性に優れており、被覆剤の片溶けを抑制する効果がある。Mg酸化物のMgO換算値の合計が0.1%未満では、被覆剤の片溶けが発生しやすくなる。一方、Mg酸化物のMgO換算値の合計が1.0%を超えると、溶融スラグの粘性が高くなるので、ビード形状が凸状となる。従って、Mg酸化物のMgO換算値の合計は0.1~1.0%とする。
【0031】
[Ca酸化物のCaO換算値の合計:0.30%以下]
Ca酸化物は、チタン酸カルシウム、珪灰石等として含有され、アークを安定化させてスパッタ発生の低減に効果がある。Ca酸化物のCaO換算値の合計が0.30%を超えると、アークが弱くなって不安定になり、融合不良等の溶接欠陥が発生しやすくなる。従って、Ca酸化物のCaO換算値の合計は0.30%以下とする。
【0032】
[Zr酸化物のZrO2換算値の合計:0.5~1.5%]
Zr酸化物は、ジルコンサンド、ジルコニア等として含有され、融点が2700℃と高く、被覆剤及び鋼心線が過熱した際も安定した耐火性を有し、被覆剤の片溶けを抑制する上で有効である。Zr酸化物のZrO2換算値の合計が0.5%未満では、被覆剤の片溶けが発生しやすくなる。一方、Zr酸化物のZrO2換算値の合計が1.5%を超えると、溶融スラグの粘性が高くなってスラグの流動性が悪くなり、ビード形状が凸状となる。従って、Zr酸化物のZrO2換算値の合計は0.5~1.5%とする。
【0033】
[Na換算値とK換算値の合計:0.5~3.0%]
Naは、珪酸ナトリウム等の水ガラスの固質分や弗化ナトリウム等として含有され、また、Kは、珪酸カリウム等の水ガラスの固質分、珪弗化カリウム及びカリ長石等として含有され、溶接棒製造時の塗装性及び溶接時のアークの安定性を向上する効果がある。Na換算値とK換算値の合計が0.5%未満では、アークが不安定になる。また、生産時の塗装性が悪くなるとともに、溶接棒製造時に被覆剤表面に割れが生じやすくなるなど被覆アーク溶接棒の生産性が低下する。一方、Na換算値とK換算値の合計が3.0%を超えると、アークの吹き付けが強くなり、スパッタ発生量が多くなる。従って、Na換算値とK換算値の合計は0.5~3.0%とする。なお、NaとKの含有形態は限定されず、金属、合金、他の化合物として含まれていてもよい。また、NaとKを両方含んでもよいし、NaとKの一方は含まない、すなわち0%であってもよい。
【0034】
[鉄粉及び鉄合金粉のFe:20~35%]
鉄粉及び鉄合金粉のFe(鉄粉及び鉄合金粉として含まれるFe)は、アークの電位傾度を低下させてアーク長を短くして被覆剤の片溶けを防止させる効果があり、特に直流電源を用いた溶接において最も重要な原材料である。鉄粉及び鉄合金粉のFeが20%未満では、アーク長が長くなって被覆剤の片溶けが発生しやすくなる。一方、鉄粉及び鉄合金粉のFeが35%を超えると、被覆アーク溶接棒による溶接では溶接後半になると被覆アーク溶接棒自体が赤熱(以下、棒焼けという。)してしまい、溶接が困難となる。従って、鉄粉及び鉄合金粉のFeは20~35%とする。
【0035】
本開示に係る被覆アーク溶接棒の被覆剤は、上記各成分の一部に替えて、以下の成分を含んでもよい。
【0036】
[金属又は合金としてのTi:3.5%以下]
Tiは、金属又は合金、例えば金属Ti、Fe-Ti等として含有され、脱酸剤として有効であると同時に、アークの電位傾度を低下させてアークを安定化させる効果がある。Tiが3.5%を超えると、溶接金属中のTi酸化物の析出が増加し、溶接金属の低温靱性が低下する。従って、Tiは3.5%以下とする。
【0037】
[金属B、B合金、及びB酸化物の各B2O3換算値の合計:0.6%以下]
金属B、B合金、及びB酸化物はFe-B、Fe-Mn-B、三酸化硼素、硼酸ナトリウム等として含有され、微量で焼入れ性を向上させて粒界フェライトの生成抑制に有効な元素で、溶接金属の低温靭性の向上に効果がある。金属B、B合金、及びB酸化物の一種又は二種以上のB2O3換算値の合計が0.6%を超えると、溶接金属が粗大なラス状組織になり、溶接金属の低温靭性が低下する。従って、金属B、B合金及びB酸化物の各B2O3換算値の合計は0.6%以下とする。
【0038】
[金属又は合金としてのMg:3.0%以下]
Mgは、金属又は合金、例えば金属Mg、Al-Mg等として含有され、脱酸剤として有効であり、溶接金属の低温靭性を向上させる。また、アークの電位傾度を低下させてアークを安定化させる効果がある。Mgが3.0%を超えると、溶接金属中のSiやMn等、その他脱酸剤が溶接金属中に残存し、溶接金属のミクロ組織が得られないため、溶接金属の低温靭性を劣化させる。従って、Mgは3.0%以下とする。
【0039】
[金属又は合金としてのAl:3.5%以下]
Alは、金属又は合金、例えば金属Al、Fe-Al等として含有され、脱酸剤として有効であり、溶接金属の低温靭性を向上させる。Alが3.5%を超えると、溶接金属中のSiやMn等、その他脱酸剤が溶接金属中に残存し、溶接金属のミクロ組織が得られないため、溶接金属の低温靭性を劣化させる。従って、Alは3.5%以下とする。
【0040】
[Li、V、Cr、Co、Cu、Nb、Ta、Bi]
Li、V、Cr、Co、Cu、Nb、Ta、Bi(本開示において「微量元素」と記す場合がある。)は、溶接金属に微量含有することで、様々な効果を得られる。
Li:アークを安定にする効果が得られるが、0.5%を超えるとアークが強くなり、スパッタが多くなる。
V、Nb、Ta:アークの吹き付け強さを強くするが、一種又は二種以上の合計で0.5%を超えると溶接金属の強度が高くなる。
Co:アークの集中性が良くなるが、0.5%を超えると強度が高くなる
Cu、Bi:スラグ剥離性が良くなるが、一種又は二種の合計で0.5%を超えると高温割れが生じやすくなる。
Cr:溶接ビードの防錆効果があるが、0.5%を超えると溶接金属の強度が高くなる。
以上から、被覆剤は、下記(1)~(5)からなる群より選ばれる一種又は二種以上を含んでもよい。
(1)Li:0.5%以下
(2)V、Nb、及びTa:一種又は二種以上の合計で0.5%以下
(3)Co:0.5%以下
(4)Cu及びBi:一種又は二種の合計で0.5%以下
(5)Cr:0.5%以下
なお、これらの微量元素は、(1)~(5)の群のうち2つ以上の群を含んでもよい。例えば、(1)0.5%以下のLiと(5)0.5%以下のCrを含んでもよい。
また、被覆剤がこれらの微量元素を含む場合、各微量元素は前述の金属炭酸塩及び金属弗化物を除く成分として含まれる。すなわち、これらの微量元素は、金属又は合金として含まれていてもよいし、合金、金属炭酸塩、及び金属弗化物以外の化合物として含まれていてもよい。例えば、被覆剤が、前述した金属弗化物として弗化リチウムを含む場合、弗化リチウム以外に0.5%以下のLiを含んでもよい。
【0041】
[その他]
本開示に係る溶接棒の被覆剤は、上記の成分以外の残部として、上記成分を除く塗装剤の残部及び不純物を含む。
塗装剤は生産性の観点から含有されており、例えばアルギン酸ソーダ、ヘクトライトなどが挙げられる。被覆剤における塗装剤の含有量は、例えば5.0%以下である。なお、塗装剤の残部とは、塗装剤のうち前述した成分以外の成分であり、例えば有機物が挙げられる。
不純物は、原材料に含まれる成分や、製造の過程で混入される成分であって、被覆剤に意図的に含有させた成分ではない成分である。被覆剤に含まれる不純物としては、有機物、合金粉に含まれるPやSなどが挙げられる。不純物の総量は望ましくは1.00%以下である。
【0042】
なお、本開示における被覆剤の組成成分はJIS K1106:2014に記載のICP発光分光分析方法を用いて調査した。試料は試作溶接棒の被覆剤を剥がして回収し、粉砕した粉末試料とした。粉末試料の分解には、酸分解法又はアルカリ融解法を用いた。溶液の一部を噴霧してICP発光分光分析装置のアルゴンプラズマ中に導入し、定量成分の分析線の発光強度又は定量成分の分析線の発光強度の内標準元素の発光強度に対する比を測定した。得られた発光強度から検量線法を用いて試料溶液中の測定対象元素の濃度を求めた。
また、SiとSiO2など、金属系と酸化物系の定量分析にはX線回折分析法を用いた。例えば被覆剤中のSi量を、ICP発光分光分析方法を用いて特定し、同じ被覆剤を用いてX線回折分析法で金属系Siと酸化物系Siを測定し、それぞれの定量分析値を求めた。なお、分析精度を高めるために、被覆剤はメノウ乳鉢などで10μm以下の細粒に粉砕することが望ましい。試料充填の手順は、10cm角、厚さ5mm程度の厚みのある平らなガラス板の上にガラス試料板を置き、深さ0.5mm程度の溝にガラス板で抑え、試料板の表面と試料面が同一面になるように仕上げてX線回折分析装置で分析を行った。
【0043】
また、使用する鋼心線は、JIS G3523:1980 SWY11を用いることが好ましいが、Cは0.08%以下が良く、溶接金属の強度を調整するために被覆剤からもCを適正に調整できる。鋼心線のPは溶接金属の靭性を低下させるので0.010%以下、Sは溶接時のスラグの流動性を悪くするので0.010%以下であることが好ましい。
【0044】
[溶着金属]
本開示に係る溶接棒を用いて形成される溶着金属は、溶接後熱処理(溶接熱影響部の軟化、溶接部の靱性改善及び溶接残留応力の除去を目的に行われる熱処理:以下、PWHTという。)後の引張強さが590~720MPaであり、かつAWS A5.5:2014に規定されるシャルピー衝撃試験の-50℃でのシャルピー吸収エネルギーが40J以上であることが好ましい。
【0045】
(引張強さ)
本開示に係る溶接棒を用いて作製した溶着金属試験体に対するPWHTは、温度620℃、保持時間1.0hrの条件で行った。本開示に係る溶接棒を用いれば、溶着金属のPWHT後の引張強さを590~720MPaの範囲とすることができる。
溶着金属の引張強さが590MPa以上であることで、高い継手強度を確保することができる。一方、溶着金属の引張強さが720MPa以下であることで溶着金属の割れ発生を抑制できる。溶着金属の引張強さはAWS A5.5:2014に準拠し、引張試験片(AWS B4.0:2007)を用いた引張試験により測定される。試料片の採取位置など、具体的な測定方法については実施例において説明する。
【0046】
(低温靭性)
本開示に係る溶接棒を用いて作製した溶着金属試験体は、溶着金属の-50℃でのシャルピー吸収エネルギーの平均値が40J以上であることが好ましい。より好ましくは60J以上、さらに好ましくは80J以上である。シャルピー衝撃試験はAWS A5.5:2014に準拠し、試験温度-50℃で5回繰り返し、最高値及び最低値を除いた3つの吸収エネルギーの平均値(算術平均)である。試料片の採取位置など、具体的な測定方法については実施例において説明する。
【0047】
(溶接欠陥)
本開示に係る溶接棒を用いて作製した溶着金属試験体は、ブローホールなどの溶接欠陥が抑制されていることが好ましい。具体的には、AWS A5.5に準じてX線透過試験を行い、きずが無いことが好ましい。
【0048】
(スパッタ発生量)
本開示に係る溶接棒は、スパッタ発生量が少ないことが好ましい。
【0049】
(アーク安定性)
本開示に係る溶接棒は、アークが安定してアーク切れが発生しないことが好ましい。
【0050】
(ビード形状・ビード外観)
本開示に係る溶接棒を用いて作製した溶着金属試験体は、溶着金属のビード波形が、均一で乱れが無く、手直しが必要なアンダーカットおよびオーバーラップが発生しないことが好ましい。
【0051】
(スラグ剥離性)
本開示に係る溶接棒は、溶接後、溶接ビード表面上の凝固スラグを簡単に除去できることが好ましい。
【0052】
(被覆剤の片溶け)
本開示に係る溶接棒は、溶接中に被覆剤の一部が欠けることなくアークが溶接棒と水平に発生し、アーク拡がりが均一で安定していることが好ましい。
【0053】
(棒焼け)
本開示に係る溶接棒は、溶接時に赤熱して溶接中に被覆剤が脱落することが無いことが好ましい。
【実施例】
【0054】
以下、本開示の効果を実施例により更に詳細に説明するが、本開示は以下の実施例に限定されるものではない。
【0055】
<被覆アーク溶接棒の製造>
直径4.0mm、長さ400mmのJIS G 3523:2006に規定されるSWY11の鋼心線(鋼心線全質量に対し、C:0.06質量%、Si:0.01質量%、Mn:0.48質量%、P:0.009質量%、S:0.005質量%)に、表1及び表2に示す組成成分の被覆剤を溶接棒全質量に対して被覆率25~40質量%で塗布した後に400℃で焼成した溶接棒を各種試作した。なお、表1及び表2の被覆剤成分について「-」との表記はその成分を意図的に含有させていないことを意味する。残部は、塗装剤の残部、合金粉から不純物で、1.00%以下に調整した。下線は、本開示の範囲外であることを示す。
【0056】
【0057】
【0058】
製造した溶接棒の生産性、溶接作業性、溶接欠陥及び機械的性質について調査した。
【0059】
[生産性]
溶接棒製造時に溶接棒を乾燥した後に、被覆剤表面に亀裂が生じる乾燥割れが発生する場合がある。乾燥割れは溶接時に保護筒が均一に形成されなくなり、アークが偏向するなど、溶接作業性に悪影響を及ぼす。生産性は、溶接棒製造時に乾燥後の被覆割れの有無を調べた。個々の乾燥割れの大きさが1mmより小さい場合を合格(良好)、個々の乾燥割れの大きさが1mm以上を不合格(不良)とした。
【0060】
<溶着金属試験体の製造>
溶着金属試験体は、上記製造した溶接棒を用い、開先部は、表3に示す成分を有するJIS G 3106:2017 SM490Aの板厚20mmの鋼板を開先角度:20°、ギャップ16mmの裏当金付開先とし、直流電源を用いて溶接電流170A、溶接入熱17kJ/cm、予熱・パス間温度95~110℃の条件で溶着金属試験体を作製した。PWHTは、温度620℃、保持時間1.0hrの条件で行った。
【0061】
【0062】
[溶接作業性]
(アーク安定性)
溶接時にアークが安定しており、アークが消失しなかった場合を良好、一度でもアークが消失した場合を不良とした。
【0063】
(スパッタ発生量)
溶接時のスパッタ発生量が少ないことが好ましい。具体的には、銅製の捕集箱を用いて、1分間溶接した際に発生するスパッタの重量を測定することにより、単時間当たりの値(g/min)を求めた。なお、スパッタの測定は、表4に示す溶接条件で5回測定した平均値とし、2.0g/min以下を良好とした。
【0064】
【0065】
(ビード形状・ビード外観)
溶着金属のビード波形が均一で乱れが無く、手直しが必要なアンダーカット及びオーバーラップが発生しないことが好ましい。溶着金属の余盛高さ及びビード幅の均一性に優れたビード形状を有することが好ましい。具体的には、溶着金属のビード表面において、ビード波形に乱れがある場合、並びに、手直しが必要なアンダーカット及び/又はオーバーラップが発生した場合のいずれか一方でも該当する場合を不良とした。
【0066】
(スラグ剥離性)
溶接後、溶接ビード表面上の凝固スラグを簡単に除去できることが好ましい。溶接後、溶接ビード表面上の凝固スラグをチッピングハンマー(全長300mm、重さ350g)を用いて、持ち手を中心に円弧に軽い力で振り下ろして叩いた時に、スラグに亀裂が入りその後簡単に除去できる場合を良好、スラグに亀裂が入らない場合を不良とした。
【0067】
(被覆剤の片溶け)
溶接中に被覆剤の一部が欠けることなくアークが溶接棒と水平に発生し、アーク拡がりが均一で安定していることが好ましい。溶接中に被覆剤の一部が欠け、アークが溶接棒と水平以外の方向に偏向し、アーク拡がりが不均一になる場合を不良とした。
【0068】
(棒焼け)
溶接時に赤熱して溶接中に被覆剤が脱落することが無いことが好ましい。溶接時に溶接棒の色が変わらず同じ場合を良好、溶接時に赤熱して溶接棒の色が赤色に変色した場合を不良とした。
【0069】
[溶接欠陥]
具体的には、AWS A5.5に準じてX線透過試験を行い、溶接金属におけるきずを判定した。きずが無い場合を良好(欠陥無し)、きずが一つでもある場合を不良とした。
【0070】
[機械的性質]
機械的性質の評価は、JIS G 3106:2017 SM490Aの板厚20mmの鋼板を用い、AWS A5.5に準じてDC(直流電源)で溶着金属試験体を作製し、引張試験(AWS B4.0:2007)とシャルピー衝撃試験(AWS B4.0:2007)の各試験片を採取して機械的性能を調査した。
引張試験は引張強さが590~720MPaを良好とし、シャルピー衝撃試験は試験温度-50℃で各々繰り返し5回のうち、最低値と最高値を除いた3回の平均値が40J以上を良好とした。
【0071】
試験結果を表5に示す。
【0072】
【0073】
表1、表2及び表5中の溶接棒No.1~No.14が本発明例、溶接棒No.15~No.28は比較例である。
本発明例であるNo.1~No.14は、被覆剤のMn、Ni、Mo、SiとSi酸化物のSi換算値との合計、金属炭酸塩、金属弗化物、Ti酸化物のTiO2換算値の合計、Al酸化物のAl2O3換算値の合計、Mg酸化物のMgO換算値の合計、Ca酸化物のCaO換算値の合計、Zr酸化物のZrO2換算値の合計、Na換算値とK換算値の合計、鉄粉及び鉄合金粉のFe、被覆率がいずれも適量であるので、アーク状態が良好でスパッタ発生量が少なく、保護筒の状態も良好で、棒焼けも発生せず、ビード外観、ビード形状、スラグ剥離性及びスラグ被包性が良好であるなど溶接作業性が良好である。また、生産性も良好であり、溶接欠陥も無く、PWHT後の溶着金属の引張強さ及び吸収エネルギーが良好であり、極めて満足な結果であった。
【0074】
さらに、No.2、No.10、No.11はTi、金属B、B合金、及びB酸化物のB2O3換算値の合計が適量であり、No.4、No.12、No.13はMg、Alが適量であるので、その他の発明例よりも低温靭性が優れていた。
また、No.6はNbが適量であるので、その他の発明例よりもアークの吹き付け強さが強かった。No.8はBiが適量であるので、その他の発明例よりもスラグ剥離性が良好であった。No.14はCrが適量であるので、その他の発明例よりも溶接ビードの防錆効果があった。
【0075】
比較例中、溶接棒No.15は、被覆率が低く、Siが少なく、Al酸化物のAl2O3換算値の合計が多く、Mg酸化物のMgO換算値の合計が少なく、Zr酸化物のZrO2換算値の合計が多いので、スラグ剥離性が不良で、ビード形状が凸状となり、アークが不安定で、ブローホールが発生し、片溶けが発生し、PWHT後の溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
溶接棒No.16は、被覆率が高く、Mnが多く、Si酸化物が多く、Zr酸化物のZrO2換算値の合計が少ないので、スラグ剥離性が不良で、アークが不安定で、片溶けが発生し、PWHT後の溶着金属の引張強さが高く、PWHT後の溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
溶接棒No.17は、Mnが少なく、金属炭酸塩の合計が多いので、スラグ剥離性が不良で、ビード形状が凸状となり、アークが不安定で、ブローホールが発生し、PWHT後の溶着金属の引張強さが低く、PWHT後の溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
溶接棒No.18は、Niが多く、Si酸化物が少なく、Ca酸化物のCaO換算値の合計が多いので、ビード形状が不良で、アークが不安定で、融合不良が発生し、PWHT後の溶着金属の引張強さが高かった。
溶接棒No.19は、Niが低く、金属弗化物が多く、Mg酸化物のMgO換算値の合計が多いので、ビード形状が凸状で、アークが不安定で、片溶けが発生し、PWHT後の溶着金属の引張強さが低く、PWHT後の溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
【0076】
溶接棒No.20は、Moが多く、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が多いので、ビード形状が凸状で、PWHT後の溶着金属の引張強さが高く、PWHT後の溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
溶接棒No.21は、Moが少なく、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が少ないので、ビード形状が不良で、アークが不安定で、PWHT後の溶着金属の引張強さが低かった。
溶接棒No.22は、Siが多く、Al酸化物のAl2O3換算値の合計が少ないので、ビード形状が不良で、アークが不安定で、PWHT後の溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
溶接棒No.23は、金属炭酸塩が少なく、Na換算値とK換算値の合計が多いので、アークが強く、スパッタが多く、PWHT後の溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
溶接棒No.24は、Na換算値とK換算値の合計が少なく、鉄粉及び鉄合金粉のFeが多いので、アークが不安定で、棒焼けが発生し、生産性が不良で、PWHT後の溶着金属の吸収エネルギーが低かった。さらに、Tiを含有したが、Tiが多いので、PWHT後の溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
溶接棒No.25は、鉄粉及び鉄合金粉のFeが少ないので、片溶けが発生した。さらに、金属B、B合金、及びB酸化物を一種或いは二種以上添加したが、B2O3換算値の合計が多いので、PWHT後の溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
溶接棒No.26は、金属弗化物が少ないので、スラグの被包性が不良で、ビード外観が不良であった。さらに、Mgを添加したが、Mgが多いので、PWHT後の溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
溶接棒No.27は、Alを添加したが、Alが多いので、PWHT後の溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
溶接棒No.28は、微量元素としてCuを添加したが、Cuが多いので、高温割れが発生した。