(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-18
(45)【発行日】2024-06-26
(54)【発明の名称】量子化学計算プログラム、量子化学計算方法、および量子化学計算装置
(51)【国際特許分類】
G16C 10/00 20190101AFI20240619BHJP
【FI】
G16C10/00
(21)【出願番号】P 2022560621
(86)(22)【出願日】2020-11-09
(86)【国際出願番号】 JP2020041725
(87)【国際公開番号】W WO2022097298
(87)【国際公開日】2022-05-12
【審査請求日】2023-01-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000005223
【氏名又は名称】富士通株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002918
【氏名又は名称】弁理士法人扶桑国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高橋 憲彦
【審査官】松野 広一
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-242563(JP,A)
【文献】特開2005-202855(JP,A)
【文献】特開2006-092421(JP,A)
【文献】特開2008-009706(JP,A)
【文献】特開平10-083389(JP,A)
【文献】柳井 毅 外6名,分子システムの計算科学-電子と原子の織り成す多体系のシミュレーション,第1版,日本,共立出版株式会社 南條 光章,2010年11月30日,pp.78-80,ISBN: 978-4-320-12271-0
【文献】Christopher J. Stein et al.,Automated Selection of Active Orbital Spaces,[online],2016年02月12日,pp.1-29,[令和6年1月12日検索],インターネット<URL:https://arxiv.org/abs/1602.03835>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16C 10/00-99/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータに、
量子化学計算の対象となる分子における複数の分子軌道に基づいて、2つの分子軌道の複数通りの組み合わせを示す複数の分子軌道対を生成し、
前記複数の分子軌道対それぞれについて、含まれる分子軌道間の重なり積分値を計算し、
前記複数の分子軌道対それぞれの前記重なり積分値に基づいて、
他の分子軌道との前記重なり積分値が大きい分子軌道から順に所定数の分子軌道を、前記量子化学計算における活性空間軌道群に含める第1分子軌道
に決定する、
処理を実行させる量子化学計算プログラム。
【請求項2】
前記複数の分子軌道対の生成では、前記複数の分子軌道から、エネルギー準位が第1閾値以上であり、かつ前記第1閾値よりも大きい第2閾値以下の第2分子軌道を組み合わせて前記複数の分子軌道対を生成する、
請求項
1記載の量子化学計算プログラム。
【請求項3】
前記コンピュータに、さらに、
前記活性空間軌道群に含まれる前記第1分子軌道への電子配置に基づいて前記分子のエネルギーを計算する、
処理を実行させる請求項1
または2記載の量子化学計算プログラム。
【請求項4】
コンピュータが、
量子化学計算の対象となる分子における複数の分子軌道に基づいて、2つの分子軌道の複数通りの組み合わせを示す複数の分子軌道対を生成し、
前記複数の分子軌道対それぞれについて、含まれる分子軌道間の重なり積分値を計算し、
前記複数の分子軌道対それぞれの前記重なり積分値に基づいて、
他の分子軌道との前記重なり積分値が大きい分子軌道から順に所定数の分子軌道を、前記量子化学計算における活性空間軌道群に含める第1分子軌道
に決定する、
量子化学計算方法。
【請求項5】
量子化学計算の対象となる分子における複数の分子軌道に基づいて、2つの分子軌道の複数通りの組み合わせを示す複数の分子軌道対を生成し、前記複数の分子軌道対それぞれについて、含まれる分子軌道間の重なり積分値を計算し、前記複数の分子軌道対それぞれの前記重なり積分値に基づいて、
他の分子軌道との前記重なり積分値が大きい分子軌道から順に所定数の分子軌道を、前記量子化学計算における活性空間軌道群に含める第1分子軌道
に決定する処理部、
を有する量子化学計算装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子化学計算プログラム、量子化学計算方法、および量子化学計算装置に関する。
【背景技術】
【0002】
古典コンピュータまたは量子コンピュータを用いた量子化学計算を行うことができる。量子化学計算は、原子核や電子を取り扱うシュレディンガー方程式を精密に解くものである。
【0003】
量子化学計算では、電子相関の効果を取り入れて精度の高い計算を行うために、例えば複数の電子配置を考慮に入れて波動関数を解く配置間相互作用法(CI:Configuration Interaction法)が用いられる。CI法では、例えば、Hartree-Fock法により得られる分子軌道を用いて作られる複数の電子配置を考慮に入れた計算が行われる。
【0004】
量子化学計算に関連する技術としては、例えば分子軌道分布を定量的に分析するための定量分析システムが提案されている。また、全電子波動関数を計算する際に計算量を抑制する計算装置も提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】米国特許出願公開第2016/0371467号明細書
【文献】特開2018-152018号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
系の規模が小さく基底関数の数が少ない場合は、Hartree-Fock法により得られる分子軌道の数(基底関数の数)も少ない。そのため、すべてのとり得る電子配置を考慮に入れた計算(Full-CI計算)を行うことも可能である。他方、系の規模が大きくなり基底関数の数も大きくなると、Hartree-Fock法により得られる分子軌道の数も多くなり、Full-CI計算が困難になる。
【0007】
Full-CI計算が困難な場合、電子相関の効果に対する寄与のなるべく大きな電子配置を選んで、選んだ電子配置を考慮に入れて計算を行うことが有効である。このとき考慮に入れる電子配置において電子が配置される1以上の分子軌道の集合(分子軌道群)は、活性空間(Active space)軌道群と呼ばれる。計算負荷を抑制しつつ、電子相関の効果をより多く取り入れた精度の良い計算を行うためには、適切な活性空間軌道群を選択することが重要となる。
【0008】
しかし、従来は電子相関の効果をより多く取り入れた精度の良い計算を行うための適切な分子軌道の選択基準がなく、電子の配置先を活性空間軌道群に限定することによる計算精度の低下を抑止できていない。そのため量子化学計算を高い精度で実施しようとした場合にはFull-CI計算をせざるを得ず、計算量の削減が困難となっている。
【0009】
1つの側面では、本発明は、量子化学計算の計算量を削減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
1つの案では、以下の処理をコンピュータに実行させる量子化学計算プログラムが提供される。
コンピュータは、量子化学計算の対象となる分子における複数の分子軌道に基づいて、2つの分子軌道の複数通りの組み合わせを示す複数の分子軌道対を生成する。次にコンピュータは、複数の分子軌道対それぞれについて、含まれる分子軌道間の重なり積分値を計算する。そしてコンピュータは、複数の分子軌道対それぞれの重なり積分値に基づいて、量子化学計算における活性空間軌道群に含める第1分子軌道を決定する。
【発明の効果】
【0011】
1態様によれば、量子化学計算の計算量を削減することができる。
本発明の上記および他の目的、特徴および利点は本発明の例として好ましい実施の形態を表す添付の図面と関連した以下の説明により明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】第1の実施の形態に係る量子化学計算方法の一例を示す図である。
【
図2】量子化学計算に用いるコンピュータのハードウェアの一例を示す図である。
【
図3】分子の状態に応じたエネルギーの計算例を示す図である。
【
図4】活性空間軌道群に含まれる分子軌道間の重なり積分値と全エネルギー値との関係の第1の例を示す図である。
【
図5】活性空間軌道群に含まれる分子軌道間の重なり積分値と全エネルギー値との関係の第2の例を示す図である。
【
図6】コンピュータによる量子化学計算のための機能の一例を示すブロック図である。
【
図8】量子化学計算の手順の一例を示すフローチャートである。
【
図9】活性空間軌道群生成処理の手順の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本実施の形態について図面を参照して説明する。なお各実施の形態は、矛盾のない範囲で複数の実施の形態を組み合わせて実施することができる。
〔第1の実施の形態〕
まず第1の実施の形態として、量子化学計算の計算量を削減可能な量子化学計算方法について説明する。
【0014】
図1は、第1の実施の形態に係る量子化学計算方法の一例を示す図である。
図1には、量子化学計算装置10を用いて計算量を削減可能な量子化学計算方法を実施した場合の例を示している。量子化学計算装置10は、例えば量子化学計算プログラムを実行することにより、量子化学計算方法を実施することができる。
【0015】
量子化学計算装置10は、記憶部11と処理部12とを有する。記憶部11は、例えば量子化学計算装置10が有するメモリまたはストレージ装置である。処理部12は、例えば量子化学計算装置10が有するプロセッサまたは演算回路である。
【0016】
記憶部11は、例えば量子化学計算の対象となる分子の分子構造情報11aを記憶する。分子構造情報11aには、該当分子に含まれる原子、原子間の結合距離および結合確度などの情報が含まれる。
【0017】
処理部12は、分子構造情報11aに基づいて量子化学計算を行う。例えば処理部12は、分子構造情報11aに基づいて量子化学計算の対象となる分子における複数の分子軌道1a~1dを算出する。
【0018】
なお分子の複数の分子軌道1a~1dが既知の場合、複数の分子軌道1a~1dを示す情報を予め記憶部11に格納しておくこともできる。その場合、処理部12は、記憶部11から複数の分子軌道1a~1dを示す情報を取得する。
【0019】
次に処理部12は、複数の分子軌道1a~1dに基づいて、2つの分子軌道の複数通りの組み合わせを示す複数の分子軌道対2a~2fを生成する。
図1の例では、4個の分子軌道1a~1dに基づいて、6個の分子軌道対2a~2fが生成されている。
【0020】
処理部12は、複数の分子軌道対2a~2fそれぞれについて、含まれる分子軌道間の重なり積分(overlap integral)の値(重なり積分値)を計算する。複数の分子軌道対2a~2fそれぞれの重なり積分値をS1~S6とする。このとき重なり積分値S1~S6の大小関係は、S1>S5>S4>S2>S3>S6であるものとする。
【0021】
処理部12は、複数の分子軌道対2a~2fそれぞれの重なり積分値S1~S6に基づいて、量子化学計算における活性空間軌道群3に含める第1分子軌道を決定する。例えば処理部12は、他の分子軌道との重なり積分値S1~S6が大きい分子軌道から順に所定数の分子軌道を第1分子軌道に決定する。活性空間軌道群3に含める分子軌道数は、複数の分子軌道1a~1dの総数よりも少ない値である。
【0022】
活性空間軌道群3に含める分子軌道の数を「3」とした場合、処理部12は、まず重なり積分値が最も大きい分子軌道対2aに含まれる分子軌道1a,1bを、活性空間軌道群3に含める。次に処理部12は、2番目に重なり積分値が大きい分子軌道対2eに含まれる分子軌道1b,1dのうちまだ活性空間軌道群3に含まれていない分子軌道1dを活性空間軌道群3に含める。これで活性空間軌道群3の分子軌道数が「3」に達するため、活性空間軌道群3の生成が終了する。
【0023】
処理部12は、活性空間軌道群3に含まれる第1分子軌道への電子配置に基づいて分子のエネルギーを計算する。例えば処理部12は、活性空間軌道群3への電子の複数の配置パターンを示す複数の電子配置それぞれの状態を統合した全エネルギーを計算する。処理部12は、算出したエネルギー値を量子化学計算の結果として出力する。
【0024】
このような量子化学計算装置10によれば、他の分子軌道との重なり積分値が大きい分子軌道を活性空間軌道群3に含めることができる。重なり積分値が大きい分子軌道対は、分子軌道同士の相互作用も大きい。分子軌道同士の相互作用が大きい分子軌道が活性空間軌道群3に含まれることで、全エネルギーを下げるような電子状態を作り出せる可能性が大きくなり、高精度な計算が可能となる。換言すると、計算精度を高精度に維持しながらもFull-CI計算をせずに済んでおり、計算量の低減が図られている。
【0025】
また処理部12は、複数の分子軌道1a~1dから、エネルギー準位が第1閾値以上であり、かつ第1閾値よりも大きい第2閾値以下の第2分子軌道を組み合わせて複数の分子軌道対を生成してもよい。エネルギー準位が第1閾値より低い分子軌道は、例えばエネルギー計算において、電子が常に配置されるものとして扱われる。またエネルギー準位が第2閾値より高い分子軌道は、例えばエネルギー計算において、電子は常に配置されないものとして扱われる。このように分子軌道対を生成する段階で、分子軌道対に含める電子軌道を限定することで、重なり積分値の計算回数を削減することができる。その結果、処理の効率化を図ることができる。
【0026】
〔第2の実施の形態〕
次に第2の実施の形態について説明する。第2の実施の形態では、コンピュータに量子化学計算を実行させるものである。
【0027】
図2は、量子化学計算に用いるコンピュータのハードウェアの一例を示す図である。コンピュータ100は、プロセッサ101によって装置全体が制御されている。プロセッサ101には、バス109を介してメモリ102と複数の周辺機器が接続されている。プロセッサ101は、マルチプロセッサであってもよい。プロセッサ101は、例えばCPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processing Unit)、またはDSP(Digital Signal Processor)である。プロセッサ101がプログラムを実行することで実現する機能の少なくとも一部を、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、PLD(Programmable Logic Device)などの電子回路で実現してもよい。
【0028】
メモリ102は、コンピュータ100の主記憶装置として使用される。メモリ102には、プロセッサ101に実行させるOS(Operating System)のプログラムやアプリケーションプログラムの少なくとも一部が一時的に格納される。また、メモリ102には、プロセッサ101による処理に利用する各種データが格納される。メモリ102としては、例えばRAM(Random Access Memory)などの揮発性の半導体記憶装置が使用される。
【0029】
バス109に接続されている周辺機器としては、ストレージ装置103、グラフィック処理装置104、入力インタフェース105、光学ドライブ装置106、機器接続インタフェース107およびネットワークインタフェース108がある。
【0030】
ストレージ装置103は、内蔵した記録媒体に対して、電気的または磁気的にデータの書き込みおよび読み出しを行う。ストレージ装置103は、コンピュータの補助記憶装置として使用される。ストレージ装置103には、OSのプログラム、アプリケーションプログラム、および各種データが格納される。なお、ストレージ装置103としては、例えばHDD(Hard Disk Drive)やSSD(Solid State Drive)を使用することができる。
【0031】
グラフィック処理装置104には、モニタ21が接続されている。グラフィック処理装置104は、プロセッサ101からの命令に従って、画像をモニタ21の画面に表示させる。モニタ21としては、有機EL(Electro Luminescence)を用いた表示装置や液晶表示装置などがある。
【0032】
入力インタフェース105には、キーボード22とマウス23とが接続されている。入力インタフェース105は、キーボード22やマウス23から送られてくる信号をプロセッサ101に送信する。なお、マウス23は、ポインティングデバイスの一例であり、他のポインティングデバイスを使用することもできる。他のポインティングデバイスとしては、タッチパネル、タブレット、タッチパッド、トラックボールなどがある。
【0033】
光学ドライブ装置106は、レーザ光などを利用して、光ディスク24に記録されたデータの読み取り、または光ディスク24へのデータの書き込みを行う。光ディスク24は、光の反射によって読み取り可能なようにデータが記録された可搬型の記録媒体である。光ディスク24には、DVD(Digital Versatile Disc)、DVD-RAM、CD-ROM(Compact Disc Read Only Memory)、CD-R(Recordable)/RW(ReWritable)などがある。
【0034】
機器接続インタフェース107は、コンピュータ100に周辺機器を接続するための通信インタフェースである。例えば機器接続インタフェース107には、メモリ装置25やメモリリーダライタ26を接続することができる。メモリ装置25は、機器接続インタフェース107との通信機能を搭載した記録媒体である。メモリリーダライタ26は、メモリカード27へのデータの書き込み、またはメモリカード27からのデータの読み出しを行う装置である。メモリカード27は、カード型の記録媒体である。
【0035】
ネットワークインタフェース108は、ネットワーク20に接続されている。ネットワークインタフェース108は、ネットワーク20を介して、他のコンピュータまたは通信機器との間でデータの送受信を行う。ネットワークインタフェース108は、例えばスイッチやルータなどの有線通信装置にケーブルで接続される有線通信インタフェースである。またネットワークインタフェース108は、基地局やアクセスポイントなどの無線通信装置に電波によって通信接続される無線通信インタフェースであってもよい。
【0036】
コンピュータ100は、以上のようなハードウェアによって、第2の実施の形態の処理機能を実現することができる。なお、第1の実施の形態に示した量子化学計算装置10も、
図2に示したコンピュータ100と同様のハードウェアにより実現することができる。
【0037】
コンピュータ100は、例えばコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録されたプログラムを実行することにより、第2の実施の形態の処理機能を実現する。コンピュータ100に実行させる処理内容を記述したプログラムは、様々な記録媒体に記録しておくことができる。例えば、コンピュータ100に実行させるプログラムをストレージ装置103に格納しておくことができる。プロセッサ101は、ストレージ装置103内のプログラムの少なくとも一部をメモリ102にロードし、プログラムを実行する。またコンピュータ100に実行させるプログラムを、光ディスク24、メモリ装置25、メモリカード27などの可搬型記録媒体に記録しておくこともできる。可搬型記録媒体に格納されたプログラムは、例えばプロセッサ101からの制御により、ストレージ装置103にインストールされた後、実行可能となる。またプロセッサ101が、可搬型記録媒体から直接プログラムを読み出して実行することもできる。
【0038】
コンピュータ100は、Hartree-Fock計算または電子相関を取り入れた計算によって、所定の分子のシュレディンガー方程式を解く。解析対象の分子が安定した状態にある場合、コンピュータ100は、電子をエネルギー準位の低い分子軌道から順に配置していくことで、エネルギーが最小となる基底状態を得られる場合が多い。しかし、分子が変形した状態でエネルギーが最小となる電子配置を求める際には、電子相関を取り入れた計算を行わないと計算の精度が劣化してしまう。
【0039】
図3は、分子の状態に応じたエネルギーの計算例を示す図である。
図3にはLiH分子についての原子間の距離Rに応じたエネルギーの値の計算例がグラフ30で示されている。グラフ30は横軸が原子間の距離R(Å)であり、縦軸がエネルギー(hartree)である。グラフ30の破線はHartree-Fock計算によって求めたエネルギー値を示しており、実線は電子相関を取り入れた計算によって求めたエネルギー値を示している。
【0040】
原子間の距離Rが短いうちは、Hartree-Fock計算と電子相関を取り入れた計算との間にエネルギー値の差はほとんどない。距離Rが長くなるにつれて、Hartree-Fock計算と電子相関を取り入れた計算との間のエネルギー値の差が大きくなる。なお電子相関を取り入れた計算の方が高精度の計算であることが分かっている。そのため距離Rがある程度より短いうちは、計算精度が許容できるのであればHartree-Fock計算でもよい。しかし距離Rがある程度以上に長くなりHartree-Fock計算では計算精度が許容できないほど悪化する場合、電子相関を取り入れた計算(CI計算)を行うことが適切となる。
【0041】
例えば
図3に示したLiH分子の場合は、電子相関の効果が大きくなるR=1.2~1.4Å以上の距離Rの領域では電子相関を取り入れた計算が適切となる。ここでLiH分子のように系の規模が小さく基底関数の数が少ない場合は、分子軌道の数(基底関数の数)も少ないため、すべてのとり得る電子配置を考慮に入れたFull-CI計算を行うことも可能である。しかし系の規模が大きくなり、分子軌道の数も多くなると、Full-CI計算が困難になる。
【0042】
そこでコンピュータ100は、すべての分子軌道のうちの一部の分子軌道を活性空間軌道群に含めて、取り得る電子配置を活性空間軌道群に限定したCI計算を行うこととなる。このとき、計算負荷を抑制しつつ、電子相関の効果をより多く取り入れた精度の良い計算を行うためには、活性空間軌道群に含める分子軌道を適切に選択することが重要となる。
【0043】
なお量子化学計算は、量子コンピュータを利用して行うこともできる。量子コンピュータを用いて量子化学計算を行う場合、電子の配置先となる分子軌道の数が多いほど計算に使用する量子ビットの数も多くなる。使用できる量子ビット数に物理的な制限がある量子コンピュータ(特にNISQ:Noisy Intermediate-Scale Quantum computer)において、量子化学計算を効率良く行うには、電子を配置可能な分子軌道の数を限定せざるを得ない。そのため量子コンピュータを用いた量子化学計算でも、活性空間軌道群に含める分子軌道を適切に選択することは非常に重要である。
【0044】
従来であれば活性空間軌道群は、Hartree-Fock法により得られる分子軌道のうち最高被占軌道(HOMO:Highest Occupied Molecular Orbital)、および最低空軌道(LUMO:Lowest Unoccupied Molecular Orbital)付近の複数の分子軌道から選択される。そして選択された分子軌道を含む活性空間軌道群から形成される電子配置を考慮に入れて量子化学計算が行われる。
【0045】
ただしHOMOおよびLUMO付近の分子軌道から選択したとしても、最適な活性空間軌道群が得られるとは限らない。そのため、活性空間軌道群の選択においては経験と勘が要求されることが多い。最適な活性空間軌道群を決定するためには複数の活性空間軌道群に対して量子化学計算を行い、どの活性空間軌道群を用いた場合にエネルギーがより低くなるのかを確認することとなる。このように複数の活性空間軌道群に対して量子化学計算を行うのでは、多くの計算コストがかかってしまう。
【0046】
ここで、活性空間軌道群に含める分子軌道を適切に選択するための選択基準として、分子軌道同士の相互作用の大きさに着目する。分子軌道同士の相互作用の大きさは、分子軌道同士の重なり積分の大きさと関係がある。重なり積分がより大きい分子軌道を活性空間軌道群に含めることで、相互作用が大きい分子軌道同士が活性空間軌道群に含められ、相互作用の影響でエネルギーがより低くできる可能性がある。
【0047】
以下に、重なり積分が大きい分子軌道を活性空間軌道群に含めることが適切である理由を定性的に説明する。
ある一つの電子配置(例えばHartree-Fock電子配置)のみでは表すことができない複雑な電子状態(電子相関を取り入れた状態)を記述するためにCI法が用いられる。CI法で電子相関を取り入れる場合、複数の電子配置が混合することによってより多様な電子状態が表現される。電子相関をより多く取り入れるためには、考慮に入れる電子配置に含まれる分子軌道同士の相互作用がより大きい(つまり、軌道間の電子のやりとりがより大きい)方が有利となる。分子軌道同士の相互作用の大きさはその軌道同士の重なり積分の大きさと密接に関わっており、重なり積分が大きいことで軌道同士の相互作用が大きくなる。そのため他の分子軌道との重なり積分が大きい分子軌道を活性空間軌道群に含め、その分子軌道への電子の配置を可能とすることで、全エネルギーを下げるような電子状態を作り出せる可能性が大きくなる。
【0048】
図4は、活性空間軌道群に含まれる分子軌道間の重なり積分値と全エネルギー値との関係の第1の例を示す図である。
図4の例では、LiH分子を示す分子構造情報31に基づいて量子化学計算を行う場合が想定されている。LiH分子の分子軌道をHartree-Fock法により求めることで5つの分子軌道が得られる。
図4において、各分子軌道は横線で表されている。各分子軌道には、エネルギー準位が低い方からの順番を示す(1)~(5)の番号が付与されている。活性空間軌道群に含める分子軌道の選択パターンの例としては、分子軌道(1)と分子軌道(5)を選択する第1の選択パターン32と、分子軌道(1)と分子軌道(2)を選択する第2の選択パターン33とが示されている。
【0049】
第1の選択パターン32では、分子軌道(1)に2つの電子を配置する電子配置と、分子軌道(5)に2つの電子を配置する電子配置とが考えられる。また第1の選択パターン32において選択されている分子軌道(1)と分子軌道(5)との重なり積分値は「0.071981」である。そして第1の選択パターン32の活性空間軌道群により得られる全エネルギー値は「-7.87714(hartree)」である。
【0050】
量子化学計算対象の分子の波動関数は、各電子配置を表す配置状態関数(CSF:Configuration State Function)の線形結合によって表される。その波動関数についてのシュレディンガー方程式を解くことで全エネルギー値が得られる。
【0051】
第2の選択パターン33では、分子軌道(1)に2つの電子を配置する電子配置と、分子軌道(2)に2つの電子を配置する電子配置とが考えられる。また第2の選択パターン33において選択されている分子軌道(1)と分子軌道(2)との重なり積分値は「0.034635」である。そして第2の選択パターン33の活性空間軌道群により得られる全エネルギー値は「-7.863267(hartree)」である。
【0052】
図4に示した例では、重なり積分値は、分子軌道(1)と分子軌道(5)を活性空間軌道群とする第1の選択パターン32の方が、分子軌道(1)と分子軌道(2)を活性空間軌道群とする第2の選択パターン33よりも大きい。そして、重なり積分値が大きい第1の選択パターン32の方が、重なり積分値が小さい第2の選択パターン33よりも全エネルギー値が低い。
【0053】
図5は、活性空間軌道群に含まれる分子軌道間の重なり積分値と全エネルギー値との関係の第2の例を示す図である。
図5の例では、H
2O分子を示す分子構造情報34に基づいて量子化学計算を行う場合が想定されている。H
2O分子の分子軌道をHartree-Fock法により求めることで多数の分子軌道が得られる。
図5ではエネルギー準位が低い方から4番目から6番目の各分子軌道が横線で示されている。各分子軌道には、エネルギー準位が低い方からの順番を示す(4)~(6)の番号が付与されている。活性空間軌道群に含める分子軌道の選択パターンの例としては、分子軌道(4)と分子軌道(6)を選択する第1の選択パターン35と、分子軌道(5)と分子軌道(6)を選択する第2の選択パターン36とが示されている。
【0054】
第1の選択パターン35では、分子軌道(4)に2つの電子を配置する電子配置と、分子軌道(6)に2つの電子を配置する電子配置とが考えられる。また第1の選択パターン35において選択されている分子軌道(4)と分子軌道(6)との重なり積分値は「0.295985」である。そして第1の選択パターン35の活性空間軌道群により得られる全エネルギー値は「-74.96970(hartree)」である。
【0055】
第2の選択パターン36では、分子軌道(5)に2つの電子を配置する電子配置と、分子軌道(6)に2つの電子を配置する電子配置とが考えられる。また第2の選択パターン36において選択されている分子軌道(5)と分子軌道(6)との重なり積分値は「0.235437」である。そして第2の選択パターン36の活性空間軌道群により得られる全エネルギー値は「-74.966436(hartree)」である。
【0056】
図5に示した例では、重なり積分値は、分子軌道(4)と分子軌道(6)を活性空間軌道群とする第1の選択パターン35の方が、分子軌道(5)と分子軌道(6)を活性空間軌道群とする第2の選択パターン36よりも大きい。そして、重なり積分値が大きい第1の選択パターン35の方が、重なり積分値が小さい第2の選択パターン36よりも全エネルギー値が低い。
【0057】
図4、
図5に示したように、他の分子軌道との重なり積分値が大きい分子軌道を活性空間軌道群に含めた方が、より低い全エネルギー値が得られる。そこでコンピュータ100は、量子化学計算において活性空間軌道群を選択する際に、他の分子軌道との重なり積分値がより大きい分子軌道を優先的に活性空間軌道群に含めることとする。
【0058】
図6は、コンピュータによる量子化学計算のための機能の一例を示すブロック図である。コンピュータ100は、記憶部110、分子軌道算出部120、重なり積分部130、活性空間軌道群生成部140、およびエネルギー算出部150を有する。
【0059】
記憶部110は、量子化学計算の対象となる分子の構造を示す分子構造情報と、その分子の量子化学計算の条件とを含む計算条件データ111を記憶する。例えばメモリ102またはストレージ装置103の記憶領域の一部が記憶部110として使用される。
【0060】
分子軌道算出部120は、計算条件データ111に基づいて、量子化学計算の対象となる分子の分子軌道を算出する。例えば分子軌道算出部120は、Hartree-Fock法により分子軌道を算出する。
【0061】
重なり積分部130は、分子軌道間の重なり積分値を算出する。例えば重なり積分部130は、複数の分子軌道それぞれのエネルギー準位を計算する。重なり積分部130は、エネルギー準位が所定の下限値以上であり、かつ所定の上限値以下の分子軌道を選択候補とする。重なり積分部130は、選択候補のうちの2つの分子軌道間の組み合わせを生成し、組み合わせごとに重なり積分値を計算する。
【0062】
活性空間軌道群生成部140は、他の分子軌道との重なり積分値が大きい分子軌道から順に選択し、活性空間軌道群に含める。活性空間軌道群生成部140は、活性空間軌道群に含まれる分子軌道の数が所定数に達したら、活性空間軌道群に含める分子軌道の選択を終了する。
【0063】
エネルギー算出部150は、生成された活性空間軌道群に基づいて、量子化学計算対象の分子の全エネルギー値を算出する。エネルギー算出部150は、算出した全エネルギー値を量子化学計算の結果として出力する。例えばエネルギー算出部150は、算出した全エネルギー値をメモリ102またはストレージ装置103に格納する。またエネルギー算出部150は、算出した全エネルギー値をモニタ21に表示させてもよい。
【0064】
なお、
図6に示した各要素の機能は、例えば、その要素に対応するプログラムモジュールをコンピュータに実行させることで実現することができる。また量子化学計算を行うための計算条件データ111は、ユーザにより予めコンピュータ100に入力され、記憶部110に格納される。
【0065】
図7は、計算条件データの一例を示す図である。
図7には、LiH分子の構造を示す計算条件データ111が示されている。計算条件データ111には、STO-3G基底関数が使用されている。STO-3G基底関数は、単一のスレーター型軌道(STO:Slater-Type Orbital)に対して3個の原始ガウス型軌道をフィッティングする最小基底関数系である。また計算条件データ111には、Li-H原子間の距離R=1.4Åの場合の値が設定されている。
【0066】
計算条件データ111内の各項目の意味は次の通りである。「method」は量子化学計算に用いる計算方法を示している。
図7の例では、計算方法としてHartree-Fock法が指定されている。「basis」は、適用する基底関数系を示している。「charge」は、分子全体の電荷を示している。「spin multiplicity」は、スピン多重度を示している。「geometry」は、分子を構成する各原子の座標を示している。構成する各原子の座標によって、原子間の距離(結合距離)、結合角などの分子構造に関する情報が特定される。「energy level minimum」は、重なり積分計算において考慮に入れるエネルギー準位の最小値(E
min)を示している。「energy level maximum」は、重なり積分計算において考慮に入れるエネルギー準位の最大値(E
max)を示している。
【0067】
次に、量子化学計算の手順について説明する。
図8は、量子化学計算の手順の一例を示すフローチャートである。以下、
図8に示す処理をステップ番号に沿って説明する。
【0068】
[ステップS101]分子軌道算出部120は、計算条件データ111を取得する。例えば分子軌道算出部120は、ユーザから量子化学計算の対象となる分子の計算条件データ111を指定する入力を受け付け、指定された計算条件データ111を記憶部110から読み出す。
【0069】
[ステップS102]分子軌道算出部120は、Hartree-Fock法により分子軌道を求める。分子軌道算出部120は、求め出した1以上の分子軌道に対して、1から昇順の分子軌道番号を付与する。分子軌道算出部120は、分子軌道を示す情報を重なり積分部130に送信する。
【0070】
[ステップS103]重なり積分部130は、エネルギー準位のチェック対象とする分子軌道番号を示す変数iに初期値「0」を設定する(i=0)。
[ステップS104]重なり積分部130は、変数iに1を加算する(i=i+1)。
【0071】
[ステップS105]重なり積分部130は、i番目の分子軌道のエネルギー準位が、エネルギー準位の最小値(Emin)とエネルギー準位の最大値(Emax)との範囲内か否かを判断する。例えば重なり積分部130は、該当分子軌道のエネルギー準位がEmin以上かつEmax以下であれば、処理をステップS106に進める。また重なり積分部130は、当分子軌道のエネルギー準位がEmin未満、またはEmaxより大きい場合、処理をステップS107に進める。
【0072】
[ステップS106]重なり積分部130は、i番目の分子軌道を重なり積分計算用軌道リストに入れる。
[ステップS107]重なり積分部130は、すべての分子軌道のエネルギー準位のチェックが終了したか否かを判断する。重なり積分部130は、すべての分子軌道のチェックが終了していれば、処理をステップS108に進める。また重なり積分部130は、未チェックの分子軌道があれば処理をステップS104に進める。
【0073】
[ステップS108]重なり積分部130は、重なり積分計算用軌道リスト内の分子軌道同士の重なり積分値を求める。例えば重なり積分部130は、重なり積分計算用軌道リストから2つの分子軌道を選択することで生成可能なすべての組み合わせの分子軌道対を生成する。重なり積分部130は、生成したすべての分子軌道対それぞれについて、重なり積分値を計算する。i番目の分子軌道とj番目の分子軌道との重なり積分値Sijは以下の式で算出することができる。
【0074】
【0075】
式(1)においてΨi
*(r)はi番目の分子軌道の原子軌道関数の複素共役である。Ψj(r)はj番目の分子軌道の原子軌道関数である。式(1)は、2つの分子軌道の重なりが大きい程大きな値となる。2つの分子軌道の重なりがない場合、重なり積分値は「0」となり、2つの分子軌道が完全に重なる場合、重なり積分値は「1」となる。
【0076】
[ステップS109]活性空間軌道群生成部140は、分子軌道対ごとの重なり積分値に基づいて活性空間軌道群を生成する。この処理の詳細は後述する(
図9参照)。
[ステップS110]エネルギー算出部150は、活性空間軌道群への電子配置に基づいて、電子相関を考慮してシュレディンガー方程式を解く。これにより分子の全エネルギー値が得られる。
【0077】
[ステップS111]エネルギー算出部150は、量子化学計算の結果として分子の全エネルギー値を出力する。
図9は、活性空間軌道群生成処理の手順の一例を示すフローチャートである。以下、
図9に示す処理をステップ番号に沿って説明する。
【0078】
[ステップS121]活性空間軌道群生成部140は、重なり積分値が大きい順に分子軌道対を選択する。
[ステップS122]活性空間軌道群生成部140は、選択した分子軌道対に含まれる分子軌道のうち活性空間軌道群に含まれていない分子軌道を、活性空間軌道群に追加する。
【0079】
[ステップS123]活性空間軌道群生成部140は、活性空間軌道群内の分子軌道数が所定数に達したか否かを判断する。活性空間軌道群生成部140は、分子軌道数が所定数に達した場合、活性空間軌道群生成処理を終了する。また活性空間軌道群生成部140は、分子軌道数が所定数に満たなければ、処理をステップS121に進める。
【0080】
このようにして、他の分子軌道との重なり積分値が大きい分子軌道から順に活性空間軌道群に追加される。
図10は、活性空間軌道群の生成例を示す図である。生成された分子軌道をエネルギー準位で並べたとき、エネルギー準位が最小値(E
min)より低い分子軌道は常に電子が配置される軌道である。またエネルギー準位が最大値(E
max)より高い分子軌道は電子が配置されない軌道である。そしてエネルギー準位が最小値(E
min)と最大値(E
max)との間の分子軌道は、電子が配置される可能性のある軌道である。
【0081】
図10の例では、4番目から6番目の分子軌道のエネルギー準位が最小値(E
min)と最大値(E
max)との間にある。この場合、4番目から6番目の分子軌道を含む重なり積分計算用軌道リスト40が生成される。そして、重なり積分計算用軌道リスト40に含まれる分子軌道により、3つの分子軌道対41~43が生成される。
【0082】
分子軌道対41~43それぞれについて重なり積分値が計算される。
図10の例では、分子軌道対41の重なり積分値がS1、分子軌道対42の重なり積分値がS2、分子軌道対43の重なり積分値がS3である。ここで重なり積分値の大小関係が「S2>S1>S3」であるものとする。この場合、まず分子軌道対42に含まれる4番目の分子軌道と6番目の分子軌道とが活性空間軌道群50に含められる。
【0083】
活性空間軌道群50に含める分子軌道数が「2」であれば、2つの分子軌道を含む活性空間軌道群50に基づいて複数の電子配置が決定される。例えばエネルギー準位が最小値(Emin)より低い分子軌道には常に電子が配置されるものとし、それらの分子軌道に配置できない電子が活性空間軌道群内のいずれかの分子軌道に配置される。そして複数の電子配置それぞれの配置状態関数の線形結合によって表される波動関数についてのシュレディンガー方程式を解くことで全エネルギー値が得られる。
【0084】
このように他の分子軌道との間の重なり積分値が大きい分子軌道を活性空間軌道群50に含めることで、電子相関の効果を多く取り入れた高精度の計算をより効率的に行うことが可能となる。
【0085】
すなわち、配置間相互作用の方法などの電子相関を取り入れた計算は、通常Hartree-Fock計算の結果を出発点として行われる。重なり積分値の計算はHartree-Fock計算を行う際に一度だけ行えばよく、その計算時間は電子相関を取り入れた計算を行うために要する計算時間と比較してほぼ無視できる程度である。第2の実施の形態では、あらかじめ重なり積分の大きな分子軌道を含む活性空間軌道群を1つ選択して計算すればよい。この場合の計算時間は、重なり積分値に関する情報がない状態で例えばM通り(Mは2以上の整数)の活性空間軌道群(例えば
図4、
図5の各選択パターン)に対して計算した場合と比較して、約1/Mに短縮される。
【0086】
また予めエネルギー準位が最小値(Emin)より低いか最大値(Emax)より高い分子軌道については重なり積分計算用軌道リスト40から除外されている。これにより、重なり積分値の計算対象となる分子軌道対の数が少なくて済み、計算量が削減される。
【0087】
〔その他の実施の形態〕
第2の実施の形態では古典的なコンピュータ100を用いて量子化学計算全体を行う例を示しているが、量子コンピュータを利用して量子化学計算を行うこともできる。例えばシュレディンガー方程式を解く処理について、量子コンピュータを用いて実施することができる。量子コンピュータを用いる場合、活性空間軌道群50に含める分子軌道数が少なくて済むことで、計算に使用する量子ビット数も少なくなる。第2の実施の形態に示す様に、活性空間軌道群50に含む分子軌道数を適切に絞り込むことは、使用できる量子ビット数に物理的な制限がある量子コンピュータ(特にNISQ)にとって非常に有用な技術である。
【0088】
上記については単に本発明の原理を示すものである。さらに、多数の変形、変更が当業者にとって可能であり、本発明は上記に示し、説明した正確な構成および応用例に限定されるものではなく、対応するすべての変形例および均等物は、添付の請求項およびその均等物による本発明の範囲とみなされる。
【符号の説明】
【0089】
1a,1b,1c,1d 分子軌道
2a,2b,2c,2d,2e,2f 分子軌道対
3 活性空間軌道群
10 量子化学計算装置
11 記憶部
11a 分子構造情報
12 処理部