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特許7506364慢性肺疾患/急性呼吸窮迫症候群の治療薬
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-18
(45)【発行日】2024-06-26
(54)【発明の名称】慢性肺疾患/急性呼吸窮迫症候群の治療薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/36 20060101AFI20240619BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20240619BHJP
   A61P 9/12 20060101ALI20240619BHJP
   C07K 14/745 20060101ALN20240619BHJP
【FI】
A61K38/36
A61P11/00
A61P9/12
C07K14/745 ZNA
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019193381
(22)【出願日】2019-10-24
(65)【公開番号】P2021066691
(43)【公開日】2021-04-30
【審査請求日】2022-10-04
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(73)【特許権者】
【識別番号】519381229
【氏名又は名称】エムツェーハーエー トレーディング ハンデルズ-ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 義朗
(72)【発明者】
【氏名】清水 忍
(72)【発明者】
【氏名】呉 尚治
(72)【発明者】
【氏名】三浦 良介
(72)【発明者】
【氏名】早川 昌弘
(72)【発明者】
【氏名】沼口 敦
(72)【発明者】
【氏名】ステイナー トーマス
(72)【発明者】
【氏名】ヴーエルフロッツ ペトラ
(72)【発明者】
【氏名】石▲崎▼ 克朗
【審査官】伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-520696(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィブリン由来ペプチドBβ15-42を有効成分として含有する、慢性肺疾患の治療薬。
【請求項2】
慢性肺疾患が、気管支肺異形成症(BPD)、ウィルソン・ミキティ症候群(WMS)、新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)及び新生児高血圧症からなる群より選択される疾患である、請求項1に記載の治療薬。
【請求項3】
フィブリン由来ペプチドBβ15-42が配列番号1に示すアミノ酸配列からなる、請求項1又は2に記載の治療薬。
【請求項4】
慢性肺疾患の治療薬を製造するための、フィブリン由来ペプチドBβ15-42の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はペプチド製剤に関する。詳細にはフィブリン由来のペプチドを有効成分とした治療薬及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
慢性肺疾患(chronic lung disease: CLD)、特に新生児の慢性肺疾患は、新生児医療の重大かつ頻度の高い合併症であり、呼吸窮迫症候群などの呼吸障害のために人工換気療法を受けた早産児の一群に認められる、慢性的な肺の病変である(例えば非特許文献1を参照)。CLDの病態の形成には、血管透過性の亢進及び様々な炎症性物質の浸潤が関与する。今般、新生児医療の進歩に伴い、この20年間で先進諸国における出生体重1,500g未満の児の生存率は、70%未満から80%以上へ上昇しているが、CLDの罹患率は在胎28週未満の児で53.2%、出生体重1,000g未満の児で40%と依然として高率である。
【0003】
新生児慢性肺疾患に関して、2001年に国際的に提唱された定義では、「在胎32週未満の早産児では、修正36週または退院前までに21%を越える酸素療法を28日以上必要とした児」とあり、その酸素依存度により重症度分類がされている。慢性肺疾患は退院後も在宅酸素療法を必要とする場合もあり、さらに、幼児期における呼吸器感染症の入院など、医療経済を考慮する上で重要な疾患である。また、慢性肺疾患は、新生児及び幼児のみならず、青年期にまで及ぶ呼吸機能の低下も大きな問題となっている。
【0004】
これまで、新生児慢性肺疾患は、肺未熟性やサーファクタント欠乏状態に、感染、動脈管開存症、酸素毒性、人工換気などの損傷が加わり、肺組織の異形成に起因して、気腫化、線維化に至ると考えられていたが、近年、新生児慢性肺疾患は単なる肺の傷害だけではなく、発達途上の未熟肺が胎外に出て成長していく過程で様々な損傷が加わり、肺胞や血管系の発達が停止した状態と考えられている。
【0005】
この疾患の治療法は、対症療法として投与する酸素濃度の制限、水分の制限、利尿薬による肺循環への水分負荷軽減、気管支拡張剤や呼吸刺激剤の投与、抗炎症作用や抗浮腫作用を期待してのステロイド投与などが行なわれている。例えば、特許文献1では、呼吸窮迫症候群患者が新生児慢性肺疾患に陥るリスクを低減させるために、ステロイド剤及び肺サーファクタントを組み合わせた、気管内投与に適用される医薬組成物が提案されている。しかしながら、ステロイドについては、成長期の中枢神経系への副作用が危惧されているため、重症例に対してのみレスキュー的に短期少量投与を行っているのが現状である。このように慢性肺疾患に対しては、対症療法的に治療が行われ、該疾患の根治を目指す治療薬及び治療法について報告されていない。尚、本発明者らの研究グループは、多能性幹細胞の一種であるMuse細胞を利用した、慢性肺疾患に対する新たな治療戦略を提案した(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2007-262064号公報
【文献】国際公開第2018/025973号パンフレット
【文献】特許第4181874号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Jobe, A. H. & Bancalari, E. Am J Respir Crit Care Med 163, 1723-29.
【文献】Wolf, T. et al., Lancet. 2015 Apr 11;385(9976):1428-35.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
慢性肺疾患(CLD)、特に新生児の慢性肺疾患(BPD)に対する、新たな治療法確立のニーズは高い。そこで本発明は、CLDの治療に有効な新たな治療戦略を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題の下で研究を進める中で本発明者らは、フィブリン由来ペプチドBβ15-42(治療成分記号:FX06)に着眼した。FX06は血管内皮細胞の細胞間結合部位に存在するVEカドヘリンと結合することで、白血球浸潤及び水分の血管外への漏出を抑制する、フィブリンE1フラグメント由来の合成ペプチドである(例えば特許文献3を参照)。FX06は様々な疾患に対し研究されており、臨床応用が進んでいる。エボラ出血熱患者にFX06を投与したところ、血管透過性が改善したという報告があり(例えば非特許文献2を参照)、肺においても血管外への水分漏出を抑制することが期待できる。そこで、CLDに対するFX06の効果を、モデル動物を用いて詳細に検討した。その結果、FX06の投与によって炎症の低減、呼吸機能の改善、肺胞発達の停止抑制、及び肺高血圧の改善等の治療効果が認められた。即ち、FX06がCLDの治療に極めて有効であることが判明した。実験に使用したモデル動物は高酸素負荷によってCLDの病態を再現したものであるが、呼吸数増加や酸素化能低下等の表現型を示し、急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome: ARDS)の薬剤評価にも有用と考えられる。また、CLDとARDSの関連性(特に、血管透過性が亢進すること、炎症細胞の浸潤による肺胞レベルでの酸素ガス交換能力の低下による肺機能障害が生じること等の共通性)も考慮すると、FX06には、CLDに加えARDSへの適用も大いに期待できる。
以上の成果及び考察に基づき、以下の発明が提供される。
[1]フィブリン由来ペプチドBβ15-42を有効成分として含有する、慢性肺疾患又は急性呼吸窮迫症候群の治療薬。
[2]慢性肺疾患が、気管支肺異形成症(BPD)、ウィルソン・ミキティ症候群(WMS)、新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)及び新生児高血圧症からなる群より選択される疾患である、[1]に記載の治療薬。
[3]フィブリン由来ペプチドBβ15-42が配列番号1に示すアミノ酸配列からなる、[1]又は[2]に記載の治療薬。
[4]慢性肺疾患又は急性呼吸窮迫症候群の治療薬を製造するための、フィブリン由来ペプチドBβ15-42の使用。
[5]慢性肺疾患又は急性呼吸窮迫症候群を罹患した患者に対して、治療上有効量のフィブリン由来ペプチドBβ15-42を投与するステップを含む、慢性肺疾患又は急性呼吸窮迫症候群の治療法。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実験プロトコール。新生児ラットを高酸素負荷の条件で飼育し、慢性肺疾患モデルを作製した。FX06を腹腔内投与し、その効果を調べた。
図2】FX06投与群(FX06)、生理食塩水のみ投与した群(vehicle)、及び室内気で飼育した群(sham)の慢性肺疾患モデルラットの肺組織における肺胞壁の割合を評価した結果を示す。肺胞壁の割合が高いほど、肺胞壁が密に形成され肺組織が発達していることを示す。
図3】FX06投与群(FX06)、生理食塩水のみ投与した群(vehicle)、及び室内気で飼育した群(sham)の慢性肺疾患モデルラットの気管支肺胞洗浄液中の白血球数を評価した結果を示す。白血球数が高いほど肺胞への炎症の浸潤が強いことを示す。
図4】FX06投与群(FX06)、生理食塩水のみ投与した群(vehicle)、及び室内気で飼育した群(sham)の慢性肺疾患モデルラットの心臓評価を示す。縦軸は、右室壁の重量を左室壁と中隔の重量で除したものを示す。比が高いほど右室壁の肥厚が強い、即ち、肺高血圧が高いことを示す。
図5】FX06投与群(FX06)、生理食塩水のみ投与した群(vehicle)、及び室内気で飼育した群(sham)の慢性肺疾患モデルラットの一回換気量を評価した結果を示す。短期群は日齢15のラットを被験対象とし、長期群は日齢29のラットを被験対象とした。換気量が多い程、肺機能が良好であることを示す。
図6】FX06投与群(FX06)、生理食塩水のみ投与した群(vehicle)、及び室内気で飼育した群(sham)の慢性肺疾患モデルラットの呼吸数を評価した結果を示す。呼吸数が少ない程、肺機能が良好であることを示す。
図7】FX06投与群(FX06)、生理食塩水のみ投与した群(vehicle)、及び室内気で飼育した群(sham)の慢性肺疾患モデルラットの気道収縮抵抗を評価した結果を示す。抵抗が低い程、呼吸機能が良好であることを示す。
図8】FX06投与群(FX06)、生理食塩水のみ投与した群(vehicle)、及び室内気で飼育した群(sham)の慢性肺疾患モデルラットの肺のコンプライアンス、エラスタンス、気道抵抗を評価した結果を示す。コンプライアンスが高いほど、エラスタンス、気道抵抗が低い程、肺機能が良好であることを示す。
図9】FX06投与群(FX06)、生理食塩水のみ投与した群(vehicle)、及び室内気で飼育した群(sham)の慢性肺疾患モデルラットに対してFITC蛍光レクチンを投与し電子顕微鏡で評価した結果を示す。肺胞内にFITC蛍光レクチン(原図では緑色)が浸潤する程、血管透過性の亢進が強いことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は慢性肺疾患(CLD)又は急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に対する医薬、即ち慢性肺疾患又は急性呼吸窮迫症候群の治療薬(以下、「本発明の治療薬」ともいう)に関する。本発明の治療薬は慢性肺疾患又は急性呼吸窮迫症候群の治療又は予防に適用可能である。「治療薬」とは、標的の疾病ないし病態に対する治療的又は予防的効果を示す医薬のことをいう。治療的効果には、標的疾患/病態に特徴的な症状又は随伴症状を緩和すること(軽症化)、症状の悪化を阻止ないし遅延すること等が含まれる。後者については、重症化を予防するという点において予防的効果の一つと捉えることができる。このように、治療的効果と予防的効果は一部において重複する概念であり、明確に区別して捉えることは困難であり、またそうすることの実益は少ない。予防的効果の典型的なものは、標的疾患/病態に特徴的な症状の再発を阻止ないし遅延することである。尚、標的疾患/病態に対して何らかの治療的効果又は予防的効果、或いはこの両者を示す限り、標的疾患/病態に対する治療薬に該当する。
【0012】
本発明の治療薬はフィブリン由来Bβペプチド15-42(FX06)を有効成分とする。FX06はヒトフィブリノゲンのBβポリペプチド鎖の15番~42番アミノ酸からなり、以下のアミノ酸配列を有する。
NH2-GHRPLDKKREEAPSLRPAPPPISGGGYR-COOH(配列番号1)
【0013】
FX06は公知のペプチド合成法(例えば固相合成法、液相合成法)や遺伝子工学的手法によって調製することができる。尚、自動ペプチド合成機を利用すれば容易かつ迅速に目的のペプチドを合成することができる。
【0014】
理論に拘泥する訳ではないが、後述の実施例の欄に示した実験結果及びFX06に関するこれまでの報告等に鑑みれば、本発明の治療薬による効果の少なくとも一部は、血管内皮のVE-カドヘリンに作用してその接着性を高め、血管透過性の亢進を抑制するという作用と抗炎症作用によってもたらされると考えられる。当該作用機序が故に、本発明の治療薬には、慢性肺疾患及び急性呼吸窮迫症候群に対する高い治療効果を期待できる。
【0015】
本発明の治療薬に必要な活性を維持する限り、上記のペプチドに何らかの修飾が施されていても良い。即ち、本発明の一態様では、上記ペプチドの修飾体(以下、「修飾ペプチド」という)を有効成分として用いる。本発明における「修飾ペプチド」とは、基本構造としての特定のペプチドの一部(複数箇所であってもよい)を他の原子団等で置換すること、或いは他の分子を付加すること等の修飾を施すことによって、少なくとも一部において当該ペプチドと相違する構造の化合物をいう。当業者であれば、周知ないし慣用の手段を用いて上記のペプチドを基本とした置換体などの修飾体を設計することができる。また、かかる設計に基づき、周知ないし慣用の手段を用いて目的の修飾体を調製することができる。
【0016】
修飾ペプチドの代表例としては、ペプチドを構成するアミノ酸残基において側鎖の一部(原子又は原子団)が他の原子又は原子団で置換されたペプチド誘導体を挙げることができる。このようなペプチド誘導体は、最終生成物として当該ペプチド誘導体が得られるように設計された任意の製造工程によって調製することができる。したがって、目的のペプチド誘導体が、あるペプチドにおいて一部(例えば側鎖の一部である原子団)が特定の原子団によって見かけ上置換されたものである場合には、当該目的のペプチド誘導体はこの見かけ上基本となるペプチドを出発材料として当該特定の原子団を用いた置換反応によって製造されたものであっても、或いは例えば他の構造のペプチドを出発材料として適当な置換反応等(場合によって複数工程であってもよい)によって製造されたものであってもよい。ここでの他の原子又は原子団としては、ヒドロキシル基、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等)、アルキル基(メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基等)、ヒドロキシアルキル基(ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基等)、アルコキシ基(メトキシ基、エトキシ基等)、アシル基(ホルミル基、アセチル基、マロニル基、ベンゾイル基等)等を例示することができる。
【0017】
尚、修飾ペプチドには、構成アミノ酸残基内の官能基が適当な保護基によって保護されているものも含まれる。このような目的に使用される保護基としては、アシル基、アルキル基、単糖、オリゴ糖、多糖等を用いることができる。このような保護基は、保護基を結合させるペプチド部位や使用する保護基の種類などに応じて、アミド結合、エステル結合、ウレタン結合、尿素結合等によって連結される。
【0018】
修飾ペプチドの他の例としては、糖鎖の付加による修飾が施されているものを挙げることができる。また、N末端又はC末端が他の原子等で置換されることによってアルキルアミン、アルキルアミド、スルフィニル、スルフォニルアミド、ハライド、アミド、アミノアルコール、エステル、アミノアルデヒド等に分類される各種ペプチド誘導体も修飾ペプチドの一つである。
【0019】
本発明の治療薬は慢性肺疾患又は急性呼吸窮迫症候群の治療に適用される。わが国では1996年に厚生労働省研究班により、新生児の「慢性肺障害」を「先天奇形を除く肺の異常により、酸素投与を必要とするような呼吸窮迫症状が新生児期に始まり、日齢28を越えて続くもの」と定義し、さらに、肺障害のうち大部分を占める低出生体重児の慢性肺障害を疾患として特徴付けるために、「慢性肺疾患」を「胸部X線写真でびまん性不透亮像、泡沫状陰影など明らかな異常所見を伴う慢性肺障害のある場合」と定め、背景因子及び胸部X線所見から以下に示すようにI~VIの病型に分類される。
【0020】
I.新生児の呼吸窮迫症候群(RDS)が先行する新生児慢性肺障害で、生後28日を超えて胸部X線上びまん牲の泡沫状陰影もしくは不規則索状気腫状陰影を呈するもの
II.RDSが先行する新生児慢性肺障害で、生後28日を超えて胸部X線上びまん性の不透亮像を呈するも、泡沫状陰影もしくは不規則索状気腫状陰影には至らないもの
III.RDSが先行しない新生児慢性肺障害で、臍帯血のIgM高値、絨毛膜羊膜炎、臍帯炎などの出生前感染の疑いが濃厚であり、かつ、生後28日を超えて胸部X線上びまん性の泡沫状陰影もしくは不規則索状気腫状陰影を呈するもの
IV.RDSが先行しない新生児慢性肺障害で、出生前感染に関しては不明であるが、生後28日を超えて胸部X線上びまん性の泡沫状陰影もしくは不規則索状気腫状陰影を呈するもの
III’.RDSが先行しない新生児慢性肺障害で、臍帯血のIgM高値、絨毛膜羊膜炎、臍帯炎など出生前感染の疑いが濃厚であり、かつ、生後28日を超えて胸部X線上びまん性の不透亮像を呈するも、泡沫状陰影もしくは不規則索状気腫状陰影には至らないもの
V.RDSが先行しない新生児慢性肺障害で、生後28日を超えて胸部X線上びまん性の不透亮像を呈するも、泡沫状陰影もしくは不規則索状気腫状陰影には至らないもの
VI.上記I~Vのいずれにも分類されないもの
【0021】
慢性肺疾患の診断は、上記基準に記載されるように、呼吸窮迫症候群における多呼吸を主とした症状と胸部X線により診断されるが、他の呼吸器疾患の可能性を否定した後の除外診断が基本となる。
【0022】
一般的に、新生児慢性肺疾患は、肺の未熟性、酸素毒性、人工換気、炎症、感染、動脈管開存症などが危険因子として知られ、肺胞や血管系の発達が抑制された状態に起因した疾患であると捉えることができるが、本発明の適用疾患としての慢性肺疾患には、限定されないが、気管支肺異形成症(BPD)、ウィルソン・ミキティ症候群(WMS)、新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)、新生児高血圧症なども含めることができる。なお、気管支肺異形成症(BPD)は、1967年にNorthwayらが初めて報告したものであり、一般に欧米では慢性肺疾患の別名となっている。
【0023】
新生児慢性肺疾患は、早産児に多い疾患であり、日齢28日又は修正36週を超えても酸素を必要とする呼吸障害が持続する疾患である。慢性肺疾患の病因としては、上記に記載の通りであるが、特に、高酸素療法(長期の高濃度吸収酸素、高圧の人工呼吸器管理など)や炎症を起因とするところが大きい。炎症(感染)との関連では、絨毛羊膜炎、臍帯炎などの出生前感染により慢性肺障害の病因となり、これらもまた本発明の適用対象となり得る。絨毛羊膜炎は、胎児を包む羊膜に炎症が波及し、胎盤炎症が起きた感染症の1つである。絨毛羊膜炎が起こると、胎内で炎症性物質が高値になり、そのため、気管支や肺胞上皮の剥離、肺胞構造の発達や再生に必要な物質の低下を来たし、慢性肺障害を発症すると考えられている。
【0024】
以上では、特に新生児慢性肺疾患に注目して説明したが、本発明の治療薬は新生児に限らず、新生児以外の小児(乳児、幼児、学童、青年)又は成人も治療対象とし得るものであり、例えば、急性細気管支炎、急性肺炎、急性気管支肺炎、気管支喘息等の治療への適用が期待される。また、本発明の治療薬は急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の治療にも適用可能である。ARDSは呼吸不全の一種であり(比較的軽症の場合は急性肺損傷(ALI)と呼ばれる)、敗血症、大量の輸血、重症肺炎、胸部外傷、肺塞栓、膵炎、人工呼吸、有毒ガスの吸入、薬物の過剰摂取等が原因で発症する。ARDSは緊急の治療を要する疾患であり、迅速な治療介入が望まれる。通常、原因の事象から24~48時間以内に発症するが、発症までに数日(4~5日程度)かかる場合もある。このような事情も考慮し、予防的に本発明の治療薬を用いることにしてもよい。慢性肺疾患の場合と同様、治療対象は特に限定されず、即ち、小児(新生児、乳児、幼児、学童、青年)又は成人が治療対象になり得る。
【0025】
本発明の治療薬の製剤化は常法に従って行うことができる。製剤化する場合には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水等)を含有させることができる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。無痛化剤としてはベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトール等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
【0026】
製剤化する場合の剤形も特に限定されない。剤形の例は、注射剤、点滴剤、吸入液剤、吸入エアゾール剤、吸入粉末剤、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤及びシロップ剤である。本発明の治療薬はその剤形に応じて、注射(静脈内、動脈内、皮下、皮内、筋肉内、腹腔内等)、点滴、経肺、経鼻又は経口(内服)によって対象に投与される。好ましくは、非経口、即ち、注射、点滴、経肺、経鼻等による投与が行われる。投与経路は互いに排他的なものではなく、任意に選択される二つ以上を併用することもできる。本発明の治療薬には、期待される治療効果を得るために必要な量(即ち治療上有効量)の有効成分が含有される。本発明の治療薬中の有効成分量は一般に剤形によって異なるが、所望の投与量を達成できるように有効成分量を例えば約0.001重量%~約99重量%の範囲内で設定する。
【0027】
本発明の治療薬の投与量は、期待される治療効果が得られるように設定される。治療上有効な投与量の設定においては一般に症状、患者の年齢、性別、及び体重などが考慮される。当業者であればこれらの事項を考慮して適当な投与量を設定することが可能である。例えば、新生児を対象として1日当たりの有効成分量が例えば0.1mg/kg~200mg/kg、好ましくは2mg/kg~100mg/kgとなるよう投与量を設定することができる。成人(体重約60kg)を対象とした場合の投与量の例は、1日当たりの有効成分量として1mg~5g、好ましくは50mg~1.35gである。投与スケジュールとしては例えば1日1回~数回(例えば2回、3回、4回)、2日に1回、或いは3日に1回などを採用できる。投与スケジュールの作成においては、患者の病状や有効成分の効果持続時間などを考慮することができる。
【0028】
本発明の治療薬による治療に並行して他の医薬(例えば既存の治療薬)による治療を行ったり、既存の治療手技(例えば外科的切除)に対して本発明の治療薬による治療を組み合わせたりしてもよい。
【0029】
以上の記述から明らかな通り、本願は、慢性肺疾患又は急性呼吸窮迫症候群の患者に対して、治療上有効量のフィブリン由来ペプチドBβ15-42(FX06)を投与することを特徴とする治療法も提供する。
【実施例
【0030】
慢性肺疾患に対するFX06の効果を、モデル動物を用いて検討した。
【0031】
1.慢性肺疾患モデルラットの作製とFX06の投与(図1
本研究に使用された実験動物に関するプロトコールは、名古屋大学医学部動物実験委員会によって承認されたものである。妊娠SDラットを日本エスエルシー株式会社(日本、静岡県)より入手した。出生後すぐ(24時間以内)より、母ラットと仔ラットは、実験期間中、食餌と水を自由に摂取できるようにされ、高酸素負荷がかけられるチャンバー(酸素コントローラーとセンサーアダプターを備えたアニマルチャンバー)内で、12時間の明暗サイクル下で飼育された。動物室とケージ内を常に23℃に維持した。母ラットもまた高酸素化で受傷するため、代理母ラットを2日毎に交替させた。
【0032】
日齢5の段階で上記モデルラットの処置群に対しては、FX06を1日1回、4.8mg/kgの投与量で14日間腹腔内投与した。対照群(vehicle)では、FX06に代えて、同体積の生理食塩水のみが投与された。FX06及び生理食塩水のいずれも投与されず、且つ高酸素負荷がされないラットを非処置群(sham)とした。以下の実験では、日齢15と日齢29のラットをそれぞれ短期群及び長期群として、各種評価に用いた。なお、短期評価を行う日齢15までラットは高酸素濃度(80%)に曝露され、その後、長期評価を行う日齢29まで、通常の酸素濃度(21%)に曝露された。
【0033】
2.肺組織評価
慢性肺疾患モデルラットの肺組織の評価を以下のように行った。上記の短期群と長期群のモデルラットを安楽死させ、右心室から生理食塩水を注入し肺血管を灌流した後、気管カテーテルを介して4%パラフォルムアルデヒド水溶液で肺を膨張させた(20cmH2O、20分間)。肺を摘出し、4%パラフォルムアルデヒド溶液中で18~24時間(4℃)固定した後、各肺葉に切り分けた。切り分けた肺葉をエタノール水溶液、キシレンで脱水し、パラフィン包埋後、肺葉を厚さ5μmの切片とし、ヘマトキシリン-エオジン染色(HE染色)して標本を作製した。倒立顕微鏡(オリンパス社製、型番IX83)を使用し、顕微鏡ソフトウェア(Stereo Investigator)上で100のグリッド(×10カ所×10切片)を置き、それぞれのグリッド下が空間又は肺組織のいずれかであるかを確認した。100のグリッドのうち何%が肺組織であるかを評価した。通常、正常な肺組織では40%程度を占め、肺組織の損傷に伴って肺胞腔が大きくなる。図2に示されるように、短期群(日齢15)のラットにおいて、FX06処置群(FX06)は対照群(vehicle)と比較して、有意な治療効果(肺組織の有意な発達)を示した。
【0034】
3.肺胞洗浄液中の炎症性細胞数の測定
慢性肺疾患においては、炎症性細胞数の増加が観察されるが、FX06の投与により、これらの細胞数が減少するか否かを検討した。短期群のラットを安楽死させた後、肺動脈より血管を生理食塩水で灌流し、挿管されている気管カニューレから生理食塩水0.4mL(0.2mL×2回)を注入して、肺胞洗浄(BAL)を行い、BAL液(BALF)を回収した。BALF中の白血球の数を以下の手法により計測した。具体的には、気管支肺胞洗浄液10μLにTurk溶液20μLを加えて染色し、Burker-Turk血球計算盤を用いて総細胞数を測定した。次いで、チュルク液と気管支肺胞洗浄液を混合させ電子顕微鏡で白血球の数を測定した。
結果を図3に示す。FX06処置群(FX06)の白血球数は対照群(vehicle)よりも有意に低く、肺胞への炎症の浸潤が抑制されていることがわかる。
【0035】
4.心臓評価(肺高血圧評価)
FX06による慢性肺疾患の治療効果をラットの心臓を用いて評価した。長期群のモデルラットから心臓を取り出し、右室壁(RV)と中隔+左室壁(IVS+LV)の2つに分離後、充分(60℃、48時間)に乾燥機にて乾燥させ、それぞれの重量を測定した。持続的な肺高血圧があると右室壁が肥厚(=重くなる)する。シャム群は正常値であるが、慢性肺疾患(vehicle群)の値は有意に上昇し、右室の肥厚が認められる(図4)。FX06投与群の値はSham群の値に近く、右室壁の肥厚が抑制(即ち、肺高血圧の軽減)されたことがわかる(図4)。
【0036】
5.呼吸機能の評価(Whole Body Plethysmography)
FX06による慢性肺疾患の治療効果を呼吸数や換気量を測定するチャンバーにラットを入れることにより、間接的に肺機能の評価を行った。一回換気量は、短期群ではSham群は正常値であるが、慢性肺疾患(vehicle群)の値は有意に低下している。FX06投与群の値はSham群の値に近く、肺機能は良好であることがわかる(図5)。呼吸数は慢性肺疾患(vehicle群)では上昇がみられ肺機能の悪化を示しているが、FX06投与群では呼吸数の上昇がみられなかった(図6)。気道抵抗を間接的に評価した気道収縮指標では、Sham群は正常の値を示し、慢性肺疾患(vehicle群)では気道抵抗の上昇があり、FX06投与群では上昇はみられず、肺機能の改善がわかる(図7)。
【0037】
6.肺機能の評価(flexiVent)
FX06による慢性肺疾患の治療効果を気管にカニューレを挿入し、flexiventに接続することで直接的に肺機能を測定し評価した。コンプライアンスはSham群では正常値を示し、慢性肺疾患(vehicle群)では有意な低下がみられ、FX06投与群では低下がみられなかった(図8)。エラスタンスは、Sham群は正常値を示し、慢性肺疾患(vehicle群)は上昇傾向がみられ、FX06投与群では上昇はなかった。気道抵抗はSham群では正常値を示し、慢性肺疾患(vehicle群)では上昇傾向がみられ、FX06投与群では上昇がみられなかった。これらの結果は、FX06投与群では肺機能の改善効果が得られていることを示す。
【0038】
7.血管透過性の評価
ラットの静脈ににFITCレクチンを注入し、電子顕微鏡で肺胞への漏出の程度を調べることで血管透過性の評価を行った。Sham群及びFX06投与群では肺胞を含む血管外へのレクチンの漏出はみられず、慢性肺疾患(vehicle群)では肺胞及び血管外へのレクチンの漏出がみられた(図9)。即ち、FX06投与群では血管透過性の亢進を抑制されたことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の治療薬は慢性肺疾患(CLD)又は急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の治療に利用される。特に、新生児の慢性肺疾患、即ち気管支肺異形成症(BPD)の治療に適し、BPDに対する新たな治療戦略を提供する。
【0040】
CLDの病態は、上述したように、様々な因子により惹起される炎症及び血管透過性の亢進による肺傷害である。FX06を有効成分とした本発明の治療薬によれば、これまでの治療戦略になかった「血管透過性の亢進抑制」を狙った治療が可能となる。しかも、FX06はその血管透過性抑制作用に加えて、抗炎症作用も併せ持つため、CLDの主たる病態を両面から抑え込むことができることになり、効果の高い治療法を提供し得る。
【0041】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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