(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-18
(45)【発行日】2024-06-26
(54)【発明の名称】白色リグニン、白色リグニン-多糖複合体、及びそれらを製造する方法
(51)【国際特許分類】
C08H 7/00 20110101AFI20240619BHJP
C07G 1/00 20110101ALI20240619BHJP
【FI】
C08H7/00
C07G1/00
(21)【出願番号】P 2023556695
(86)(22)【出願日】2022-10-28
(86)【国際出願番号】 JP2022040569
(87)【国際公開番号】W WO2023074885
(87)【国際公開日】2023-05-04
【審査請求日】2023-11-30
(31)【優先権主張番号】P 2021178335
(32)【優先日】2021-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西村 裕志
(72)【発明者】
【氏名】佐野 芽生
(72)【発明者】
【氏名】水越 克彰
【審査官】横山 法緒
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-006998(JP,A)
【文献】特開2014-108803(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0135845(US,A1)
【文献】特開2021-017582(JP,A)
【文献】特開2022-103080(JP,A)
【文献】国際公開第2022/118583(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08H 7/00
C07G 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)植物バイオマスとアルカリ溶液とを接触させてアルカリ処理物を得る工程、
(b)前記アルカリ処理物を液体で洗浄して洗浄物を得る工程、及び
(c)有機酸を含む溶液と前記洗浄物とを接触させる工程
を含む、白色リグニン又は白色リグニン-多糖複合体を製造する方法。
【請求項2】
前記有機酸溶液が過酸を含有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記アルカリ溶液が70℃以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(a)において超音波又はマイクロ波を前記植物バイオマスに照射することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記液体が水を含有する、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記有機酸溶液が60℃以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(c)において超音波又はマイクロ波を前記洗浄物に照射することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
(d)前記工程(c)後、第1の溶媒を添加して白色リグニン又は白色リグニン-多糖複合体含有溶液を得る工程
を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
(e)前記白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体含有溶液の濃縮物に第2の溶媒を添加して白色リグニンを抽出する工程
を含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体のハンター白色度(W)が60以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
有機酸溶液が100℃以下であり、且つ白色リグニン含有溶液を得る工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
有機酸溶液が100℃超であり、且つ白色リグニン-多糖複合体含有溶液を得る工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
ハンター白色度(W)が60以上であり、且つβ-O-4型エーテル型構造の含有率が50%以上である、白色リグニン。
【請求項14】
ハンター白色度(W)が60以上であり、且つ酸化型リグニン構造の比が0.3以下である、白色リグニン。
【請求項15】
ハンター白色度(W)が60以上であり、且つリグニンと多糖間のαエーテル結合、リグニンと多糖間のαエステル結合、及びリグニンと多糖間のγエステル結合からなる群より選択される少なくとも1種の結合を有する、白色リグニン-多糖複合体。
【請求項16】
赤外吸収スペクトルの一次微分スペクトルにおいて、広葉樹においては1007-1017 cm
-1
、1072-1082 cm
-1、1108-1118 cm
-1、1148-1154 cm
-1、1179-1183 cm
-1、1204-1210 cm
-1、1257-1265 cm
-1、1317-1321 cm
-1、
及び2893-2921 cm
-1
の正のピーク(上に凸)、
並びに1035-1041 cm
-1、1130-1134 cm
-1、1160-1167 cm
-1、
及び1331-1337 cm
-1
の負のピーク(下に凸)
からなる13個のピーク群より選択される少なくとも6個以
上を有する
、白色リグニン。
【請求項17】
赤外吸収スペクトルの一次微分スペクトルにおいて、針葉樹においては1010-1035 cm
-1、1070-1088 cm
-1、1112-1126 cm
-1、1198-1212 cm
-1、1250-1261 cm
-1、
及び1360-1365 cm
-1
の正のピーク(上に凸)、
並びに1033-1047 cm
-1、1144-1148 cm
-1、1161-1171 cm
-1、1226-1244 cm
-1、
及び1270-1290 cm
-1
の負のピーク(下に凸)
からなる11個のピーク群より選択される少なくとも4個以
上を有する
、白色リグニン。
【請求項18】
赤外吸収スペクトルの一次微分スペクトルにおいて、草本においては1005-1011 cm
-1、1055-1072 cm
-1、1072-1082 cm
-1、
及び1109-1126 cm
-1
の正のピーク(上に凸)、
並びに1030-1041 cm
-1、
及び1128-1136 cm
-1
の負のピーク(下に凸)
からなる6個のピーク群より選択される少なくとも3個以
上を有する
、白色リグニン。
【請求項19】
NMR-DMSO基準溶解度指数が 50以
上である重酢酸に溶解する白色リグニン又は白色リグニン多糖複合体、或いは
NMR-DMSO基準溶解度指数が 30以
上である重エタノールに溶解する白色リグニン又は白色リグニン多糖複合体。
【請求項20】
請求項13、
14及び
16~
19のいずれかに記載の白色リグニン、及び/又は請求項
15又は19に記載の白色リグニン-多糖複合体の、自己組織化体。
【請求項21】
中空球状粒子である、請求項
20に記載の自己組織化体。
【請求項22】
平均粒子径 30 nmから5000 nm の微粒
子である、請求項
20に記載の自己組織化体。
【請求項23】
アンチストークス蛍光を有する、請求項
20に記載の自己組織化体。
【請求項24】
請求項
20に記載の自己組織化体であって、水中で分散可能である
20 mV以上の絶対値
のゼータ電
位を有する微粒子。
【請求項25】
請求項13、14及び16~19のいずれかに記載の白色リグニン、請求項15又は19に記載の白色リグニン-多糖複合体、並びに前記白色リグニン及び/又は前記白色リグニン-多糖複合体の自己組織化体からなる群より選択される少なくとも1種を含有する、紫外線の 反射、吸収、
又は散乱
剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白色リグニン、白色リグニン-多糖複合体、及びそれらを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リグニンは、多糖類(セルロース及びヘミセルロース)と共に、植物の植物体細胞壁を構成する主要成分である。リグニンは、天然に豊富に存在する芳香族ポリマーとして注目されているが、現在は、紙パルプ製造プロセスやバイオエタノール製造プロセスの副生成物として得られているものが主である。これらの単離リグニンは変性しているため高機能化が困難とされる。そのため、なるべく変性を避けつつリグニンを単離する方法が種々提案されている(特許文献1)。
【0003】
リグニンは、一般的には、茶色ないし黒色に着色している。このため、着色、或いは茶色や黒色の混入が忌避される分野においては、リグニンを使用することができない。このような問題を解決するために、特許文献2では、リグニンを精製した後に脱色する技術が開示されている。しかしながら、この技術は、工程が煩雑であり、またリグニンの化学構造の変換を起こすものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2013-241391号公報
【文献】特開2021-017582号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、白色リグニン、白色リグニン-多糖複合体、及びそれらの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題に鑑みて鋭意研究を進めた結果、新たなリグニン単離方法として、木質生合成の逆順でリグニンを抽出することを着想し、これにより天然リグニンに近い状態のリグニンが得られることを見出した。本発明者は、この知見に基づいてさらに研究を進めた結果、(a)植物バイオマスとアルカリ溶液とを接触させてアルカリ処理物を得る工程、(b)前記アルカリ処理物を液体で洗浄して洗浄物を得る工程、及び(c)有機酸を含む溶液と前記洗浄物とを接触させる工程を含む方法により、白色リグニン又は白色リグニン-多糖複合体が得られることを見出した。白色リグニン 又は 白色リグニン-多糖複合体 は、従来、知られていなかった特定部の高純度濃縮物であって、極めて特徴的な分子構造、高次構造、光散乱特性、光透過特性、自己組織化能を有することを見出した。本発明者は上記知見に基づいて研究を進め、本発明を完成させた。即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
【0007】
項1. (a)植物バイオマスとアルカリ溶液とを接触させてアルカリ処理物を得る工程、
(b)前記アルカリ処理物を液体で洗浄して洗浄物を得る工程、及び
(c)有機酸を含む溶液と前記洗浄物とを接触させる工程
を含む、白色リグニン又は白色リグニン-多糖複合体を製造する方法。
項2. 前記有機酸溶液が過酸を含有する、項1に記載の方法。
項3. 前記アルカリ溶液が70℃以下である、項1又は2に記載の方法。
項4. 前記工程(a)において超音波又はマイクロ波を前記植物バイオマスに照射することを含む、項1~3のいずれかに記載の方法。
項5. 前記液体が水を含有する、項1~4のいずれかに記載の方法。
項6. 前記有機酸溶液が60℃以下である、項1~4のいずれかに記載の方法。
項7. 前記工程(c)において超音波又はマイクロ波を前記洗浄物に照射することを含む、項1~6のいずれかに記載の方法。
項8. (d)前記工程(c)後、第1の溶媒を添加して白色リグニン又は白色リグニン-多糖複合体含有溶液を得る工程
を含む、項1~7のいずれかに記載の方法。
項9. (e)前記白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体含有溶液の濃縮物に第2の溶媒を添加して白色リグニンを抽出する工程
を含む、項8に記載の方法。
項10. 前記白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体のハンター白色度(W)が60以上である、項1~9のいずれかに記載の方法。
項11. 有機酸溶液が100℃以下であり、且つ白色リグニン含有溶液を得る工程を含む、項1~10のいずれかに記載の方法。
項12. 有機酸溶液が100℃超であり、且つ白色リグニン-多糖複合体含有溶液を得る工程を含む、項1~10のいずれかに記載の方法。
項13. ハンター白色度(W)が60以上であり、且つβ-O-4型エーテル型構造の含有率が50%以上である、白色リグニン。
項14. 項11に記載の方法で得られ得る、白色リグニン。
項15. ハンター白色度(W)が60以上であり、且つ酸化型リグニン構造の比が0.3以下である、白色リグニン。
項16. ハンター白色度(W)が60以上であり、且つリグニンと多糖間のαエーテル結合、リグニンと多糖間のαエステル結合、及びリグニンと多糖間のγエステル結合からなる群より選択される少なくとも1種の結合を有する、白色リグニン-多糖複合体。
項17. 赤外吸収スペクトルの一次微分スペクトルにおいて、広葉樹においては1007-1017 cm-、1072-1082 cm-1、1108-1118 cm-1、1148-1154 cm-1、1179-1183 cm-1、1204-1210 cm-1、1257-1265 cm-1、1317-1321 cm-1、2893-2921 cm-1に正のピーク(上に凸)、1035-1041 cm-1、1130-1134 cm-1、1160-1167 cm-1、1331-1337 cm-1に負のピーク(下に凸)を有することを特徴として、上記ピークのうち、合計6個以上、望ましくは8個以上、さらに望ましくは10個以上、とりわけ望ましくは12個以上を有する白色リグニン。
項18. 赤外吸収スペクトルの一次微分スペクトルにおいて、針葉樹においては1010-1035 cm-1、1070-1088 cm-1、1112-1126 cm-1、1198-1212 cm-1、1250-1261 cm-1、1360-1365 cm-1に正のピーク(上に凸)、1033-1047 cm-1、1144-1148 cm-1、1161-1171 cm-1、1226-1244 cm-1、1270-1290 cm-1に負のピーク(下に凸)を有することを特徴として、上記ピークのうち、合計4個以上、望ましくは6個以上、さらに望ましくは8個以上、とりわけ望ましくは10個以上有する白色リグニン。
項19. 赤外吸収スペクトルの一次微分スペクトルにおいて、草本においては1005-1011 cm-1、1055-1072 cm-1、1072-1082 cm-1、1109-1126 cm-1に正のピーク(上に凸)、1030-1041 cm-1、1128-1136 cm-1に負のピーク(下に凸)を有することを特徴として、上記ピークのうち、合計3個以上、望ましくは4個以上、さらに望ましくは5個以上を有する白色リグニン。
項20. NMR-DMSO基準溶解度指数が 50以上、好ましくは60以上、より好ましくは80以上、更に望ましくは100以上、である重酢酸に溶解する白色リグニン又は白色リグニン多糖複合体、或いは
NMR-DMSO基準溶解度指数が 30以上、好ましくは40以上、より好ましくは50以上、更に望ましくは60以上、である重エタノールに溶解する白色リグニン又は白色リグニン多糖複合体。
項21. 項12に記載の方法で得られ得る、白色リグニン-多糖複合体。
項22. 項13~15及び17~20のいずれかに記載の白色リグニン、及び/又は項17及び20~21のいずれかに記載の白色リグニン-多糖複合体の、自己組織化体。
項23. 中空球状粒子である、項22に記載の自己組織化体。
項24. 平均粒子径 30 nmから5000 nm の微粒子、特に平均粒子径 40 nmから500 nmのナノ粒子である、項22に記載の自己組織化体。
項25. アンチストークス蛍光を有する、項22に記載の自己組織化体。
項26. 項24. 項22に記載の自己組織化体であって、水中で分散可能である絶対値が大きいゼータ電位(-20mV以上、特に-60mV~-100mV )を有する微粒子。
項27. 紫外線の 反射、吸収、散乱剤等としての利用に資する白色リグニン、白色リグニン-多糖複合体、自己組織化体。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、白色リグニン、白色リグニン-多糖複合体、及びそれらの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1-1】M-APA法のフローチャートを示す図面である。
【
図1-2】A-APA法のフローチャートを示す図面である。
【
図2】リグノセルロース成分分離に関わるマイクロ波照射条件と出力、温度、圧力プロファイル、仕様装置は Biotage社製Initiator+ 60マイクロウェーブ合成装置、撹拌速度:600rp、Cooling:On、Absorption:High 条件を示す図面である。
【
図3】低変性、高純度、エーテル型高含有リグニンの2次元NMRスペクトルである。ユーカリを出発材料として用いたM-APA法(マイクロ波50℃,10分処理、酢酸過酢酸1%条件)によって単離されたリグニンの分析結果である。
【
図4】リグニンユニット間結合およびリグニン-ヘミセルロース間共有結合の部分化学構造を示す図面である。
【
図5】リグニン-ヘミセルロース共重合体の2次元NMRスペクトルa-d および単位間結合および糖領域の拡大
図a’-d’を示す。広葉樹(a, b), 針葉樹 (c, d) からM-APA法によって取得したリグニン-ヘミセルロース共重合体を分析した。図中の丸はLC結合(エーテル型およびエステル型)を示す。
【
図7】Diethyl sebacate /水 溶液(4:3)中のEucalyptus由来 リグニン微粒子のqNANOによる粒子径分布[A]と3D蛍光スペクトル[B]。qNANOによる測定で 平均粒子系 436 nm ±16 nm、モード粒子径 304 nm[A]、動的光散乱(DLS 堀場製作所製)による測定で平均粒子系 462 nm ±27 nm、モード粒子径 459 nm ±23 nmであった。自己組織化により、明瞭な長波長蛍光(Ex 380 nm, Em 440 nm付近)が生じた[B]。毒性の低い化粧品基材として一般的なDiethyl sebacate を用いて水中でよく分散するリグニン微粒子が得られた。ピッカリングエマルションも見られた。
【
図8】白色リグニン ナノ粒子の3D蛍光スペクトル A-D。長波長蛍光(400 nm - 550 nm)および 特徴的なアンチストークス蛍光 (Ex 394 nm, Em 352 nm)、(Ex 630 nm, Em 578 nm)がある。原料はそれぞれ、A 針葉樹 スギ由来白色リグニン、B 針葉樹 ヒノキ 由来白色リグニン、C 広葉樹 ブナ 由来白色リグニン、D 広葉樹 ユーカリ由来白色リグニン、E 草本 稲わら由来白色リグニン、F 草本 サトウキビ バガス 由来白色リグニン である。
【
図9】拡散反射法による反射率スペクトル。1)白色リグニン(広葉樹ユーカリ由来)、2)市販の二酸化チタン粉末(日本アエロジル、P25)、3)市販のリグニン試薬(ナカライテクス、アルカリリグニン)、4)オキシベンゾン-3(東京化成、2-ヒドロキシ-4-メトキシベンゾフェノン)
【
図10】試験例1-6で得られた微分スペクトルを示す。各スペクトルの右上に原料を示す。
【
図11】試験例1-6で得られた微分スペクトルを示す。各スペクトルの右上に原料を示す。
【
図12】試験例1-6で得られた微分スペクトルを示す。各スペクトルの右上に原料を示す。
【
図13】試験例1-6で得られた微分スペクトルを示す。各スペクトルの右上に原料を示す。
【
図14】試験例1-6で得られた微分スペクトルを示す。各スペクトルの右上に原料を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0011】
1.白色リグニン又は白色リグニン-多糖複合体の製造方法
本発明は、その一態様において、(a)植物バイオマスとアルカリ溶液とを接触させてアルカリ処理物を得る工程、(b)前記アルカリ処理物を液体で洗浄して洗浄物を得る工程、及び(c)有機酸を含む溶液と前記洗浄物とを接触させる工程を含む、白色リグニン又は白色リグニン-多糖複合体を製造する方法(本明細書において、「本発明の製造方法」と示すこともある。)、に関する。以下に、これについて説明する。
【0012】
植物バイオマスとしては、リグニン及び/又はリグニン-多糖複合体を含有する限り特に限定されず、例えば植物体そのもの、植物体の機械的加工品等が挙げられる。植物バイオマスは、通常、リグニン及び/又はリグニン-多糖複合体に加えて、ヘミセルロース、及びセルロースからなる群より選択される少なくとも1種を含有し、好ましくはリグニン、ヘミセルロース、リグニン-多糖複合体、セルロース-ヘミセルロース複合体及びセルロースを含有する。
【0013】
植物体としては、例えば、針葉樹材、広葉樹材、非樹木系材料が例示され、具体的には、例えばスギ、マツ、エゾマツ、カラマツ、クロマツ、トドマツ、ヒメコマツ、イチイ、ネズコ、ハリモミ、イラモミ、イヌマキ、モミ、サワラ、トガサワラ、アスナロ、ヒバ、ツガ、コメツガ、ヒノキ、イチイ、イヌガヤ、トウヒ、イエローシーダー(ベイヒバ)、ロウソンヒノキ(ベイヒ)、ダグラスファー(ベイマツ)、シトカスプルース(ベイトウヒ)、ラジアータマツ、イースタンスプルース、イースタンホワイトパイン、ウェスタンラーチ、ウェスタンファー、ウェスタンヘムロック、タマラック等の針葉樹材;アスベン、アメリカンブラックチェリー、イエローポプラ、ウォールナット、カバザクラ、ケヤキ、シカモア、シルバーチェリー、タモ、チーク、チャイニーズエルム、チャイニーズメープル、ナラ、ブナ、ハードメイプル、ヒッコリー、ピーカン、ホワイトアッシュ、ホワイトオーク、ホワイトバーチ、レッドオーク、アカシア、ユーカリ等の広葉樹材;イネ、サトウキビ、ムギ、トウモロコシ、パイナップル、オイルパーム、ケナフ、綿、アルファルファ、チモシー、タケ、ササ、タケ、テンサイ等の非樹木系材料が挙げられる。
【0014】
植物体の機械的加工品としては、例えば丸太、角材、板材、無垢材、木質材料、集成材、単板積層材、合板、木質ボード、パーティクルボード、ファイバーボード、木片、粒子状木材(チップ、パーティクル、木粉等)、繊維状木材、圧搾物、破砕物等が挙げられる。
【0015】
本発明の一態様において、植物バイオマスは、木粉であることができる。木粉の体積平均粒子径は、例えば500μm以下、200μm以下、100μm以下である。当該平均粒子径の下限は、特に制限されず、例えば1μm、2μm、又は5μmであることができる。木粉は、植物バイオマスを粉砕することにより得ることができる。粉砕は、公知の方法に従って又は準じて行うことができ、例えば各種ミル(例えばボールミル、ミキサーミル等)を用いて行うことができる。
【0016】
植物バイオマスは1種単独であることができるし、2種以上の組合せであることもできる。
【0017】
工程(a)では、植物バイオマスとアルカリ溶液とを接触させてアルカリ処理物を得る。工程(a)により、植物細胞壁構造の緩み(分子間の相互作用の低下、及び水素結合の切断)を生じさせ、また分子内のエステル結合を切断することにより、収率を向上させることができる。また、工程(a)と後述の工程(b)との組合せにより、リグニンの着色成分を効率的に除去することができる。
【0018】
アルカリ溶液は、上記目的を達成できる程度のアルカリ溶液である限り、特に制限されない。例えば、アルカリ溶液はpH12~15の溶液であることができる。当該溶液のpHは、好ましくは13~14である。また、アルカリ溶液は、例えば、アルカリ金属水酸化物(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等)、を0.2~2質量%(好ましくは0.7~1.5質量%)含む溶液であることができる。また、アルカリ金属水酸化物の濃度は、0.1~0.3Mであることが好ましい。
【0019】
アルカリ溶液の使用量は、上記目的を達成できる程度のアルカリ溶液である限り、特に制限されない。アルカリ溶液は、植物バイオマス1gに対して、例えば3~20mL、好ましくは5~12mLであることができる。
【0020】
植物バイオマスとアルカリ溶液との接触態様は、特に制限されないが、処理効率等の観点から、植物バイオマスをアルカリ溶液に浸漬することが好ましい。
【0021】
アルカリ溶液の温度は、上記目的を達成できる程度の温度である限り、特に制限されない。アルカリ溶液の温度は、比較的低温であることが好ましく、例えば70℃以下、好ましくは60℃以下、より好ましくは50℃以下、さらに好ましくは10~50℃、よりさらに好ましくは20~50℃、特に好ましくは30~50℃である。
【0022】
得られるリグニン及び/又はリグニン-多糖複合体の白色度をより高めることができるという観点から、工程(a)において超音波又はマイクロ波を前記植物バイオマスに照射することが好ましい。マイクロ波処理の条件は適宜設定できるが、例えば、市販のマイクロ波合成装置を用い、溶液を攪拌しながら行うことができる。また、超音波処理の条件は適宜設定できるが、例えば、市販の超音波照射装置を用いて行うことができる。マイクロ波及び超音波の出力条件は、アルカリ溶液の温度が上記した温度を保つことができるような条件に設定することができる。
【0023】
工程(a)の処理時間は、上記目的を達成できる程度の時間である限り、特に制限されない。当該処理時間は、例えば5~100分間、好ましくは15~70分間、より好ましくは20~40分間である。
【0024】
アルカリ液の植物細胞構造内部への浸透、抽出成分の分散、移動を効果的に進めるため超音波照射、圧力変化(加圧、減圧およびその繰り返し)、マイクロ波照射、ナノバブルを生じさせることによって、効率的に短時間でのアルカリ膨潤(植物細胞壁内の高分子鎖同士のパッキングを緩める、水素結合の一部切断、エステル結合の一部切断による細胞壁の膨潤効果)および着色成分の抽出効果が得られる。
【0025】
アルカリ液の固液界面張力の低下、ぬれ性の向上も効果がある。親水性有機溶媒(例えばエタノールなど)、界面活性剤の添加によって達成できる。
【0026】
植物バイオマスとアルカリ溶液との接触処理後は、必要に応じて固液分離処理(遠心分離、ろ過、静置等)を行い、不溶部(アルカリ処理物)を得る。アルカリ処理物は工程(b)に供される。
【0027】
工程(b)では、アルカリ処理物を液体で洗浄して洗浄物を得る。上述の工程(a)と工程(b)との、組合せにより、リグニンの着色成分を効率的に除去することができる。
【0028】
洗浄に使用する液体は、リグニンの着色成分を除去可能な溶媒を含む限り、特に制限されない。着色成分の除去効率の観点から、液体は水を含有することが好ましい。液体中の水の含有率は、好ましくは20質量%以上、より好ましくは40質量%以上、さらに好ましくは60質量%以上、よりさらに好ましくは80質量%以上、とりわけ好ましくは90質量%以上であり、液体は特に好ましくは水である。
【0029】
液体で洗浄する方法は、特に制限されない。例えば、アルカリ処理物を液体と混合した後、固液分離し、不溶部を回収することにより、洗浄することができる。洗浄操作は複数回繰り返すことが好ましい。得られるリグニン及び/又はリグニン-多糖複合体の白色度をより高める観点から、洗浄廃液が中性域(例えばpH6.5~8.0、好ましくはpH6.5~7.5)になるまで洗浄することが好ましい。
【0030】
洗浄操作完了後に得られた不溶部(洗浄物)は、工程(c)に供される。
【0031】
工程(c)では、有機酸を含む溶液と前記洗浄物とを接触させる。
【0032】
有機酸溶液は、有機酸を含み、リグニン及び/又はリグニン-多糖複合体を抽出、可溶化することができる溶液であり、この限りにおいて特に制限されない。
【0033】
有機酸としては、特に制限されず、例えば酢酸、蟻酸、グリオキシル酸、マレイン酸、プロピオン酸、葉酸、イソ酪酸、吉草酸、イソ吉草酸、ピルビン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、ケトグルタル酸、アジピン酸、乳酸、酒石酸、フマル酸、オキサロ酢酸、リンゴ酸、イソクエン酸、クエン酸、安息香酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、ヘミメリト酸、トリメリト酸、トリメシン酸、メロファン酸、プレーニト酸、ピロメリト酸、メリト酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、カンファースルホン酸、p-トルエンスルフィン酸、ベンゼンスルフィン酸等が挙げられる。これらの中でも、好ましくは酢酸、蟻酸、グリオキシル酸、3-オキソプロパン酸、2-メチル-3-オキソプロパン酸等が挙げられ、より好ましくは酢酸、蟻酸、グリオキシル酸等が挙げられ、特に好ましくは酢酸が挙げられる。
【0034】
有機酸は1種単独であることができるし、2種以上の組合せであることもできる。
【0035】
白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体の収率の観点から、有機酸溶液は過酸を含有することが好ましい。
【0036】
過酸としては、ヒドロペルオキシド基(-O-OH)を有する酸である限り特に制限されず、例えば過カルボン酸等の有機ペルオキソ酸、過硫酸、過炭酸、過リン酸、次過ハロゲン酸を例示できる。過カルボン酸としては、過酢酸、過ギ酸、過安息香酸、メタクロロ過安息香酸等を例示でき、また、次過ハロゲン酸としては、次過塩素酸、次過臭素酸、次過ヨウ素酸を例示できる。また、上記以外にも、過酸としては、過酸化水素、過酸化リチウム、過酸化ナトリウム、過酸化カリウム、過炭酸ナトリウム、過酸化尿素、過ホウ酸ナトリウム、tert-ブチルヒドロペルオキシド、クメンヒドロペルオキシド、ジ-tert-ブチルペルオキシド、ジメチルジオキシラン、過酸化アセトン、メチルエチルケトンペルオキシド、ヘキサメチレントリペルオキシドジアミン等を例示できできる。これらの中でも、好ましくは有機ペルオキソ酸、過酸化水素、過炭酸ナトリウム、過酸化尿素、過ホウ酸ナトリウム等が挙げられ、より好ましくは過カルボン酸(特に、過酢酸)、過酸化水素等が挙げられ、特に好ましくは過酸化水素酸が挙げられる。
【0037】
過酸は1種単独であることができるし、2種以上の組合せであることもできる。
【0038】
有機酸溶液中の有機酸の含有量は、例えば5~30mol/L、好ましくは8~25mol/L、より好ましくは10~20mol/Lである。有機酸溶液中の有機酸の含有量は、有機酸溶液と接触させる洗浄物1gに対して、好ましくは3~10g、より好ましくは4~8g、さらに好ましくは5~7gである。有機酸溶液中の有機酸の含有量は、好ましくは50~100質量%である。
【0039】
有機酸溶液が過酸を含有する場合、有機酸溶液中の過酸の含有量は、例えば0.05~3mol/L、好ましくは0.08~2.5mol/L、より好ましくは0.1~2mol/Lである。有機酸溶液中の過酸の含有量は、有機酸溶液と接触させる洗浄物1gに対して、好ましくは0.03~0.10g、より好ましくは0.04~0.08g、さらに好ましくは0.05~0.07gである。有機酸溶液が過酸を含有する場合、有機酸溶液中の過酸の含有量は、好ましくは0.1~10%、より好ましくは0.3~5%、さらに好ましくは0.6~2%である。
【0040】
洗浄物と有機酸溶液との接触態様は、特に制限されないが、処理効率等の観点から、洗浄物を有機酸溶液に浸漬することが好ましい。得られるリグニン及び/又はリグニン-多糖複合体の白色度の観点からは、工程(c)は不活性ガス或いは酸素以外のガス雰囲気下で行う(すなわち、有機酸溶液に接する気体が不活性ガス或いは酸素以外のガスである)ことが好ましい。このようなガスとしては、例えば窒素、希ガス、水素等が挙げられる。
【0041】
有機酸溶液の温度は、100℃以下とすることによって、モノリグノール間の全結合様式のうち、β-O-4型エーテル型構造の含有率が高い、高品質(低縮合)なリグニンを得ることができる。この場合、有機酸溶液の温度は、好ましくは90℃以下、より好ましくは70℃以下、さらに好ましくは60℃以下である。当該温度の下限は、例えば15℃、好ましくは30℃、より好ましくは40℃である。
【0042】
有機酸溶液の温度は、100℃超とすることによって、高品質のリグニン-多糖複合体を得ることができる。この場合、有機酸溶液の温度は、好ましくは160℃以下、より好ましくは150℃以下である。当該温度の下限は、例えば105℃、好ましくは110℃、より好ましくは115℃である。
【0043】
本発明の一態様において、100℃以下の有機酸溶液で工程(c)を行って、得られた可溶部から白色リグニンを得て、一方、得られた不溶部について100℃超の有機酸溶液で工程(c)を行って、得られた可溶部から白色リグニン-多糖複合体を得ることができる。
【0044】
工程(c)の処理時間は、上記目的を達成できる程度の時間である限り、特に制限されない。当該処理時間は、例えば1~60分間、好ましくは1~30分間、より好ましくは5~20分間である。また、リグニン-多糖複合体を得る場合においては、当該処理時間を、比較的短く、例えば15分間以下、好ましくは10分間以下、より好ましくは5分間以下とすることによって、目的物の白色度をより高めることができる。
【0045】
工程(c)においては、バイオマスを上記溶液中に浸漬した状態でマイクロ波処理を行うことが好ましい。これにより、リグニン及び/又はリグニン-多糖複合体の収率が向上する。マイクロ波処理の条件は適宜設定できるが、例えば、市販のマイクロ波合成装置を用い、溶液を攪拌しながら行うことができる。マイクロ波処理時間は例えば1~30分等とすることができ、好ましくは10分程度である。本発明の単離方法はマイクロ波処理を行う場合、比較的短時間の照射で済むため、バッチ式の他、連続式のシステムとして構築することも容易である。
【0046】
工程(c)においては、植物細胞壁の細胞壁内部内孔への溶液の浸透を促進でき、収率向上を図ることができるという観点から、マイクロ波又は超音波を植物バイオマスに照射することが好ましい。照射条件については、上記と同様である。
【0047】
有機酸溶液の植物細胞構造内部への浸透、抽出成分の分散、移動を効果的に進めるため超音波照射、圧力変化(加圧、減圧およびその繰り返し)、マイクロ波照射、ナノバブルを生じさせること、キャビテーションを生じさせることによって、効率的に短時間での着色成分の抽出効果が得られる。
【0048】
有機酸溶液の固液界面張力の低下、ぬれ性の向上も効果がある。親水性有機溶媒(例えばエタノールなど)、界面活性剤の添加によって達成できる。
【0049】
工程(c)後は、必要に応じて分離溶媒を添加した後、可溶部と不溶部を分離する。可溶部と不溶部との分離の方法としては特に制限されず、例えばデカンテーション、スピンダウン、濾別等の方法を採用することができる。分離溶媒を添加しない場合及び分離溶媒として水の含有割合が比較的少ない又は水を含まない溶媒(水含有割合が、例えば0~50質量%、好ましくは0~30質量%、より好ましくは0~20質量%、さらに好ましくは0~10質量%、特に好ましくは0~5質量%の溶媒)を添加した場合には、可溶部が、白色リグニン又は白色リグニン-多糖複合体を含有する。一方、分離溶媒として水の含有割合が比較的多い溶媒(水含有割合が、例えば50超100質量%以下、好ましくは70~100質量%、より好ましくは80~100質量%、さらに好ましくは90~100質量%、特に好ましくは95~100質量%の溶媒)を添加した場合には、不溶部が、白色リグニン又は白色リグニン-多糖複合体を含有する。
【0050】
分離溶媒としては、ジオキサン、エタノール、アセトン、アセトニトリル、DMSO、DMF、NMI、酢酸エチル、メタノール、ブタノールなど各種アルコール、酢酸、水、およびこれらの混合溶媒によってリグニン、リグニン-ヘミセルロース共重合体として単離される。抽出効率、選択性、環境負荷の観点から、エタノール、ジオキサン、アセトン、アセトニトリル等に代表される有機溶媒と水との混合溶媒が好ましい。
【0051】
本発明の製造方法は、その一態様において、
(d)前記工程(c)後、第1の溶媒を添加して白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体含有溶液を得る工程
を含むことが好ましい。
【0052】
第1の溶媒としては、特に制限されず、例えば上記分離溶媒を挙げることができる。中でも、第1の溶媒としては、エタノール、メタノール、アセトン、アセトニトリル、プロパノール、水からなる群より選択される少なくとも1種の溶媒(特に好ましくはエタノール)および混合溶媒が好ましい。
【0053】
第1の溶媒を添加して、必要に応じて混合した後、可溶部と不溶部を分離する。可溶部と不溶部との分離の方法としては特に制限されず、例えばデカンテーション、スピンダウン、濾別等の方法を採用することができ、白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体含有溶液が取得される。
【0054】
本発明の製造方法が工程(d)を含む場合、得られるリグニン及び/又はリグニン-多糖複合体の白色度をより高める観点から、
(e)前記白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体含有溶液の濃縮物に第2の溶媒を添加して白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体を抽出する工程
を含むことが好ましい。
【0055】
白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体含有溶液の濃縮物は、白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体含有溶液の溶媒の一部又は全部が留去されたものである限り特に制限されない。当該濃縮物は好ましくは乾燥物である。
【0056】
第2の溶媒としては、特に制限されず、例えば上記分離溶媒を挙げることができる。中でも、第2の溶媒としては、ジオキサン、アセトン、アセトニトリル、アリルアルコール、プロパノール、1-ブタノール、2-メチル-1-プロパノール、2-ブタノール、酢酸エチル、ピリジンからなる群より選択される少なくとも1種の有機溶媒(特に好ましくはジオキサン)と水との混合溶媒が好ましい。当該混合溶媒中の有機溶媒の含有率は、例えば60~95質量%、好ましくは70~90質量%、より好ましくは75~85質量%である。
【0057】
第2の溶媒を添加して、必要に応じて混合することにより、白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体が抽出される。その後、得られる抽出液(可溶部)と不溶部を分離する。可溶部と不溶部との分離の方法としては特に制限されず、例えばデカンテーション、スピンダウン、濾別等の方法を採用することができる。
【0058】
工程(c)後は、上記のようにして得られる可溶部を濃縮・乾燥することにより、固体状の白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体を得ることができる。
【0059】
本発明の製造方法は、抽出・分離の過程で発色の原因となる反応(リグニンの酸化反応、過分解、縮合、メイラード反応、着色反応)を抑制しつつ、リグニンの分解・低分子化を抑制して、白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体を得ることができる。
【0060】
2.白色リグニン
本発明の製造方法によれば、一態様において、ハンター白色度(W)が60以上であり、且つβ-O-4型エーテル型構造の含有率が50%以上である、という特徴を少なくとも備える白色リグニンを、得ることが可能である。
【0061】
本発明の製造方法によれば、一態様において、ハンター白色度(W)が60以上であり、且つ酸化型リグニン構造の比が0.3以下である、という特徴を少なくとも備える白色リグニンを、得ることが可能である。
【0062】
本発明の白色リグニンは、ハンター白色度(W)が60以上である。ハンター白色度は、後述の試験例1-3に記載の方法に従って測定及び算出される。本発明の白色リグニンのハンター白色度(W)は、好ましくは70以上、より好ましくは75以上、さらに好ましくは80以上、よりさらに好ましくは85以上である。ハンター白色度(W)の上限は特に制限されず、例えば98、95、又は92である。また、本発明の白色とは光の全反射に由来しているため、溶液溶解状態は透明である。また透明樹脂、塗料との混合物も透明化可能という特徴を有する。
【0063】
本発明の白色リグニンは、バイオマス(天然リグニン含む)から単離された状態のリグニンである。天然リグニンの結合様式は多種多様である。天然リグニンの代表的な結合様式としては、以下のものが挙げられる。
【0064】
【0065】
上記はβ-O-4結合と呼ばれる。
【0066】
【0067】
上記はresinol (β-β)結合と呼ばれる。
【0068】
【0069】
上記はphenylcoumaran (β-5)結合と呼ばれる。
【0070】
【0071】
上記は5-5結合と呼ばれる。
【0072】
【0073】
上記はDibenzodioxin(DBDO 5-5/4-O-β)結合と呼ばれる。
【0074】
【0075】
上記は4-O-5結合と呼ばれる。
【0076】
【0077】
上記はβ-1結合と呼ばれる。
【0078】
【0079】
上記はspirodienone結合と呼ばれる。
【0080】
天然リグニンにおいては、植物種によっても異なるものの、モノリグノール間の全結合様式のうち、β-O-4型エーテル型構造の含有率が最も高い。例えば、針葉樹においては同含有率が40~60%であるとされる。また、広葉樹のうち、例えばユーカリにおいては同含有率が45%程度であるとされる。
【0081】
本発明の白色リグニンは、モノリグノール間の全結合様式のうち、β-O-4型エーテル型構造の含有率が50%以上であり、好ましくは60%以上であり、より好ましくは65~85%であり、さらに好ましくは70~80%である。
【0082】
本発明の白色リグニンは、モノリグノール間の全結合様式のうち、β-O-4型エーテル型構造の含有率(%)が、原料となるバイオマス中に含まれるリグニンにおける同含有率をx%とするとき、好ましくは1.2x%以上であり、より好ましくは1.4x%以上であり、さらに好ましくは1.6x%以上である。左記において、上限は好ましくは2x%である。
【0083】
リグニン中における、モノリグノール間の全結合様式のうち、β-O-4型エーテル型構造の含有率は、具体的には以下のようにして測定する。試料を1-10wt%となるように重水素化ジメチルスルホキシド(DMSO-d6)に溶解し、低温プローブを備えたBruker Avance III 600 MHz NMR装置機器を用いて、NMRスペクトルを取得する。HSQC(Heteronuclear single-quantum correlation spectroscopy、異種核一量子相関分光法)スペクトル上のシグナル体積からβ-O-4型エーテル型構造の含有率を見積もることができる。含有率の計算はリグニン芳香環100個あたりに換算する。芳香核はシリンギル核2,6位 S2,6(+S’2,6)/2とグアイアシル核2位G2(+G’2)のシグナル積分値の和(草本はH核も和する)から、エーテル型構造はα位(ベンジル位)およびβ位のC-Hスピン結合シグナルから算出できる。2次元NMR法における定量値は文献(Okamura, H. Nishimura, T. Nagata, T. Kigawa, T. Watanabe and M. Katahira, Accurate and molecular-size-tolerant NMR quantitation of diverse components in solution, Scientific Reports, 6, 21742. 2016)に従って補正することで正確な含有率を算出する。
【0084】
本発明の白色リグニンは、酢酸およびエタノールへの高い溶解性を示し、本明細書(以下に記載)で定義するところのNMR-DMSO基準溶解度指数において、酢酸への溶解度が50以上、好ましくは70以上、より好ましくは100以上という特徴を有し、エタノールへの溶解度が30以上、好ましくは50以上、より好ましくは60以上という特徴を有する。
【0085】
NMR-DMSO基準溶解度指数の算出方法は以下のとおりである。試料であるリグニン粉末を10 mg ずつ秤量し、各種NMR用重溶媒 0.5 mL にそれぞれ溶解し, 定量1H-NMR測定を行う。重溶媒として、DMSO-d6, 重酢酸-d4, 重水、重エタノールd-6 などを用いる。得られたスペクトルの芳香族領域の積分値(6-8 ppm)を取得し、DMSO-d6 溶解リグニンの1H NMRスペクトルから得られた積分値を100と規定し、対する各種溶媒に溶解させたリグニンの積分値の比率を算出した。これによって各種溶媒への溶解性を客観的かつ定量的に算出でき、DMSO基準溶解度指数と定義する。定量に際してスペクトル内部基準として、DSS(1 mM, 化学シフト 0 ppm)を用いることができる。また 1-3%の重DMSO(化学シフト 39.6 ppm)を各溶媒に添加して基準として参照することができる。
【0086】
本発明の白色リグニンは、好ましくは、25℃の60~80%エタノールに対する溶解度が2w/v%以上である、という特徴を有する。このため、本発明の白色リグニンを用いることにより、後述の自己組織化体を容易に得ることができ、また安定性の高い自己組織化体を得ることができる。当該溶解度は、好ましくは4w/v%以上、より好ましくは5w/v%以上、さらに好ましくは6w/v%以上、よりさらに好ましくは7w/v%以上である。
【0087】
当該溶解度の測定方法は次のとおりである。サンプルを25℃エタノール中で攪拌して溶解させた後、固液分離することにより、エタノール可溶部とエタノール不溶部に分ける。エタノール不溶部に、25℃エタノール水溶液(1/1=エタノール/水)を添加し、攪拌して溶解し、エタノール水溶液可溶部を得る。エタノール水溶液可溶部をエタノール可溶部と混合して、サンプル溶液を得る。なお、エタノール水溶液の添加量は、サンプル溶液のエタノール濃度が60~80%の範囲になるように調整する。可溶部を得る工程においては、必要に応じて超音波洗浄機 3 min 28kHz により分散、可溶化させる。サンプル溶液が目視で透明となる最大サンプル濃度を、「25℃の60~80%エタノールに対する溶解度」とする。
【0088】
本発明の白色リグニンは、好ましくは、縮合型構造であるビフェニル型リグニンの構成比が5%以下である。
【0089】
本発明の白色リグニンは、数平均分子量(Mn)が、好ましくは、0.7~9kDaであり、より好ましくは1~5kDaであり、さらに好ましくは1.5~4kDaである。
【0090】
本発明の白色リグニンは、重量平均分子量(Mw)が、好ましくは、1~10kDaであり、より好ましくは1.5~8kDaであり、さらに好ましくは2~6kDaである。
【0091】
本発明において、リグニンの数平均分子量(Mn)及び重量平均分子量(Mw)は、具体的には次のようにして測定する。リグニンの分子量は、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC:Size Exclusion Chromatography) いわゆるGPC(ゲル浸透クロマトグラフィー:Gel Permeation Chromatography) によって決定できる。試料は無水酢酸と塩基(ピリジンなど)溶液に溶解し、3-6時間反応させ、アセチル化体とする。これをテトラヒドロフラン(THF)に2.0 mg / mLの濃度に溶解し、高速液体クロマトグラフィーによって分離する。カラムはHZ-Mカラム(東ソー 150 mm×4.6 mm id、4μm、3本を直列に接続したもの)を用いる。分析は10μL試料を注入し、カラム温度 40℃で、テトラヒドロフラン(THF)を移動相として、0.35 mL / minの流速で実施する。標準ポリスチレン、Tosoh PStQuickC(2,110,000、427,000、37,900、および5970の分子量(MW))、ピノレジノール(MW 352)、およびバニリン(MW 152)を使用して、質量較正曲線(検量線)を作成し、試料の Mw, Mn を求める。
【0092】
本発明の白色リグニンは、多分散度(Mw/Mn)が好ましくは2.5以下であり、より好ましくは2以下である。
【0093】
本発明の白色リグニンは、リグニン酸化体の比が好ましくは0.5以下であり、より好ましくは0.3以下であり、さらに好ましくは0.1以下である。
【0094】
リグニン酸化体は、リグニンの基本構成構造ユニットであるシリンギル核(S核)、グアイアシル核(G核)、p-ヒドロキシフェニル核(H核)におけるベンジル位の水酸基が酸化によってケトン構造(αカルボニル構造)を形成したものとする。ベンジル位の酸化は芳香環の共役系がα位まで拡張されるため、着色の一因となる。従来、リグニンの取得に伴う人為的な操作によって、リグニンの酸化は避けられなかった。リグニンは、微粉砕、高温高圧条件、強酸条件によって酸化を受けると着色する。リグニン酸化体の比は白色リグニンの指標になることを見出した。
【0095】
リグニン酸化体の比は以下によって算出できる。
【0096】
<リグニン酸化体比の算出法>
試料を1-10wt%となるように重水素化ジメチルスルホキシド(DMSO-d6)に溶解し、低温プローブを備えたBruker Avance III 600 MHz NMR装置機器を用いて、NMRスペクトルを取得する。HSQC(Heteronuclear single-quantum correlation spectroscopy、異種核一量子相関分光法)スペクトル上のシグナル体積からリグニン酸化体の構成比を算出する。シグナル積分値はBruker社Topspin3.6ソフトウェアを用いる。積分する領域は、試料および測定環境によって若干のシフトがあるため、解析時に適宜シグナル積分領域の調整を行う(この点は、本明細書に記載される他の測定方法においても適用される)。
シリンギル核 2,6位(S, δH/δC= 6.7±0.2 ppm / 103.6±1.5 ppmの領域)グアイアシル核 2位(G, δH/δC= 6.96±0.2 ppm / 111.1±1.5 ppmの領域)シリンギル核酸化体 2,6位(S', δH/δC=7.21 ±0.2 ppm / 106.1 ±1.2 ppmの領域)
グアイアシル核酸化体 2位(G', δH/δC=7.45±0.2 ppm / 111.5±1.2 ppmの領域)リグニン酸化体比(S)=[S'の領域のシグナル積分値]/[Sの領域のシグナル積分値]リグニン酸化体比(G)=[G'の領域のシグナル積分値]/[Gの領域のシグナル積分値]。
【0097】
【0098】
本発明の白色リグニンは、ヘルスケア、化粧品、染料、樹脂、複合材料などにおいて利用することができる。また、本発明の白色リグニンは、各種バイオマス変換研究、反応設計のスタートマテリアルとして好適である。また、本発明の白色リグニンは、各種色(特に、リグニン本来の色(茶色、黒色)が混ざると表すことができない色)に着色することも可能である。
【0099】
3.白色リグニン-多糖複合体
本発明の製造方法によれば、一態様において、ハンター白色度(W)が60以上であり、且つリグニンと多糖間のαエーテル結合、リグニンと多糖間のαエステル結合、及びリグニンと多糖間のγエステル結合からなる群より選択される少なくとも1種の結合を有する、白色リグニン-多糖複合体、を得ることが可能である。
【0100】
本発明の白色リグニン-多糖複合体は、ハンター白色度(W)が60以上である。ハンター白色度は、後述の試験例1-3に記載の方法に従って測定及び算出される。本発明の白色リグニン-多糖複合体のハンター白色度(W)は、好ましくは70以上、より好ましくは75以上、さらに好ましくは80以上、よりさらに好ましくは85以上である。ハンター白色度(W)の上限は特に制限されず、例えば98、95、又は92である。
【0101】
多糖としては、例えば、キシラン、マンナンに代表され、グルコマンナン、ガラクトグルコマンナン、グルクロノキシラン、アラビノグルクロノキシラン等が挙げられる。なお、ヘミセルロースは針葉樹にあってはグルコマンナン、広葉樹にあってグルクロノキシラン、草本系にあってはアラビノキシランを主成分とする。上記においてモノマーとしてキシロース、アラビノース、グルコース、マンノース、ガラクトース、ウロン酸を含む。また、側鎖にアセチル基、メトキシ基を含む。ヘミセルロースは草本系にあってはフェルラ酸、ジフェルラ酸がアラビノキシランのアラビノース側鎖に結合したものを含む。
【0102】
本発明の白色リグニン-多糖複合体は、分離溶媒に均一分散可能なリグニン多糖複合体であって、リグニンと多糖が共有結合によって共重合した高分子構造を特徴とする。本発明の白色リグニン-多糖複合体は、植物細胞壁におけるリグニン多糖複合構造のうち、ヘミセルロース主鎖の結合を、ごく一部(結合の1割以下)を加水分解反応によって切断することによって単離される。加水分解反応を温和な条件で実施することによって、過分解、副反応、及び低分子化を抑制することができる。
【0103】
本発明の白色リグニン-多糖複合体は、リグニンと多糖間のαエーテル結合(LCαエーテル結合)、リグニンと多糖間のαエステル結合(LCαエステル結合)、及びリグニンと多糖間のγエステル結合(LCγエステル結合)からなる群より選択される少なくとも1種の結合を有することを特徴とする。
【0104】
本発明の白色リグニン-多糖複合体は、共重合点である、リグニンと多糖間のαエーテル結合(LCαエーテル)が、原料バイオマスのオリジナル結合ユニット構成比に比して1.2倍以上に濃縮されていることが好ましい。
【0105】
バイオマス内において、非共有結合によってもリグニンと多糖は結合している。非共有結合は疎水性相互作用、水素結合、静電的相互作用、及び高分子鎖の絡まりに起因する。このため、リグニン多糖複合体において、リグニンと多糖という性質の異なる高分子が共有結合によって共重合体を形成している明確な証拠は先行研究においては示されていない。また、従来法のリグニン多糖複合体の調製は多段階で収率が低い(5%未満)か純度が低い(芳香環100あたりのLCαエーテル結合のα位のシグナル相対積分値各々1.5以下)。
【0106】
リグニン-ヘミセルロース共重合体における共重合点(共有結合)の明確な証拠は2次元NMRであるHSQC法によるシグナルの帰属によって確認できる(
図3、4)。さらに明確な証拠はHMBC、TOCSY-HSQC法の連続相関解析によって確認できる。より詳細については文献(Nishimura et al., Direct evidence for α ether linkage between lignin and carbohydrates in wood cell walls, Sci Rep 2018)を参照できる。
【0107】
LCαエーテル
ヘキソース6位またはペントースの水酸基とリグニンのα位(ベンジル位)間のエーテル結合に由来する、リグニンのα位のC-H相関シグナル(LC ether, δH/δC=4.50 ±0.15 ppm / 80.1 ±1 ppmの領域)および(LC ether, δH/δC=4.95 ±0.2 ppm / 81.5 ±1.5 ppmの領域)。
【0108】
LCαエステル
グルクロン酸(ウロン酸)の6位のカルボキシ基とリグニンのα位(ベンジル位)間のエステル結合に由来する、リグニンのα位のC-H相関シグナル(LC α ester, δH/δC=5.88 ±0.15 ppm / 74.0 ±1.5 ppmの領域)。
【0109】
LCγエステル
グルクロン酸(ウロン酸)の6位のカルボキシ基とリグニンのγ位間のエステル結合に由来する、リグニンのγ位のC-H相関シグナル(LC γester, δH/δC=4.0 ±0.15 ppm, 4.4 ±0.15 ppm, / 64.8 ±1.5 ppmの領域)。
【0110】
本発明の白色リグニン-多糖複合体は、好ましくは、25℃の60~80%エタノールに対する溶解度が2w/v%以上である、という特徴を有する。このため、本発明の白色リグニン-多糖複合体を用いることにより、後述の自己組織化体を容易に得ることができ、また安定性の高い自己組織化体を得ることができる。当該溶解度は、好ましくは4w/v%以上、より好ましくは5w/v%以上、さらに好ましくは6w/v%以上、よりさらに好ましくは7w/v%以上である。
【0111】
本発明の白色リグニン-多糖複合体は、酢酸およびエタノールへの高い溶解性を示し、本明細書(以下に記載)で定義するところのNMR-DMSO基準溶解度指数において、酢酸への溶解度が50以上、好ましくは70以上、より好ましくは100以上という特徴を有し、エタノールへの溶解度が30以上、好ましくは50以上、より好ましくは60以上という特徴を有する。
【0112】
本発明の白色リグニン-多糖複合体は、特に共重合点であるLCαエーテルとLCαエステルの結合ユニット構成比がリグニン芳香環比で好ましくは2%以上、より好ましくは5%以上である。
【0113】
本発明の白色リグニン-多糖複合体は、リグニンに対する多糖の構成比が0.1~2であることが好ましく、0.3~1であることがより好ましい。
【0114】
本発明の白色リグニン-多糖複合体は、分子量(Mw)が1~15 kDaであることが好ましく、2-7 kDaであることがより好ましい。本発明のリグニン-多糖複合体は、多分散度(Mw/Mn)が好ましくは3.5以下であり、より好ましくは2.5以下である。
【0115】
上述の各パラメーターの測定方法については、本発明の白色リグニンについての測定方法、後述の実施例の測定方法、又は公知の方法に準じる。
【0116】
4.自己組織化体
本発明の自己組織化体は、本発明の白色リグニン、及び/又は本発明の白色リグニン-多糖複合体の自己組織化体であって、特に制限されない。自己組織化体の形態としては、ナノ粒子、マイクロ粒子を含む微粒子、カプセルとしての中空球状微粒子、複合構造型微粒子を含む。また、芳香環がスタッキングした自己組織化体、薄膜状体、マルチコア凝集物を含む。自己組織化は容易に生じ、自己組織化を生じさせる条件は適宜設定できる。例えば、本発明の白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体を分散させた水溶液中において自己組織化し、ナノ粒子、中空球状粒子を形成することができる。
【0117】
上記において、具体的には、水混和性有機溶媒(アルコール、DMSOなど)系に溶解した試料に徐々に水を加えることにより自己集合を生じさせ、ナノ粒子、中空球状粒子を形成することもできる。最終で水の割合95%程度だが、一度カプセルを形成した後は水中で安定となる。また、別の方法として、アルコール含有水などに試料を溶解させ、自然蒸発させることによりカプセルを形成することもできる。これにより、サブミクロンオーダーの均一性の高いカプセルが形成される。
また、C4以上の高級アルコール、天然油、セバシン酸ジエチルなど水と分液する溶媒を用いた場合、リグニン微粒子はピッカリング型、O/W型のエマルションを形成し、分散剤、乳化剤として有効である。
【0118】
従来のリグニン(市販工業クラフトリグニン)は親水性溶媒であるエタノールや水混合溶媒に対する分散性、溶解性を示さない。本発明のリグニン-多糖複合体は親水性溶媒および水混合溶媒に対する分散性、溶解性を示す。このため、本発明の白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体を使用することにより、生体に対する安全性がより高い中空球状粒子を得ることができる。
【0119】
本発明の白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体の自己組織化体は、長波長領域で蛍光を示す。具体的には、350 nm~600 nmの波長領域において蛍光を示す。また、本発明の白色リグニン及び/又は白色リグニン-多糖複合体の自己組織化体においては、とりわけ励起波長に比べて大幅に短波長シフトした蛍光、いわゆるアンチストークス蛍光、が観察される。励起光源としてキセノンランプなど、従来より弱い光源であってもアンチストークス蛍光を示す。このため、本発明の自己組織化体は、アンチストークス蛍光剤として使用できる。この場合、例えば、本発明の自己組織化体を、アンチストークス蛍光性の塗料、インク、及び識別剤、アップコンバージョン・波長変換分子素材、光応答性素材として使用できる。
【0120】
本発明の自己組織化体は、水溶液中において安定的に分散し、さらに乾燥後の固体においても上記の蛍光を維持できる。
【0121】
本発明の自己組織化体の一形態である微粒子は、数平均粒子径が、例えば100μm以下である。本発明の好ましい一態様において、本発明の微粒子はナノ粒子、マイクロ粒子の粒子径であって中空球状あるいは多孔状、スポンジ状、中実状、複合型を形成する。数平均粒子径は、例えば10 nm以上である。当該数平均粒子径は、好ましくは30 nm~30μm、より好ましくは40 nm~10μmであり、さらに好ましくは50 nm~800 nm、よりさらに好ましくは70 nm~500 nmである。
【0122】
本発明の中空球状粒子は、高い内腔率を有することができる。本発明の中空球状粒子の内腔率は、例えば60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは75%以上、さらに好ましくは80%以上である。内腔率は、以下の方法に従って測定する。
【0123】
粒子径及び膜厚を測定し、中空球状粒子内腔の占める体積(内腔率)を算出する。具体的には、キーエンス オールインワン蛍光顕微鏡 BZ-X810 を用いて、100倍対物レンズによる蛍光観察をセクショニングモードで撮影し、得られた画像データから、キーエンス社解析ソフトウェアを用いて粒子径および膜厚を計測する。内腔率(単位:%)は、式:内腔率=(中空球状粒子の内腔部分(膜部分を除く部分)の体積/中空球状粒子全体の体積)×100 により算出する。
【0124】
本発明の中空球状粒子およびナノ粒子は、内部、中空部分およびシェル構造部(殻部分)に有効成分を含有させて、例えば物質の運搬キャリア等として使用することができる。また、これにより、有効成分に対して耐溶解性、相溶性、耐光性等を付与することもできる。有効成分としては幅広く選択でき、例えば農薬、肥料、医薬、化粧品成分、香料、蛍光剤、塗料(例えば、バニリン、リモネン、メントール等)、タンパク質、抗体、核酸(例えばDNA, RNAなどのオリゴヌクレオチド)、ワクチン、ペプチド、脂質、ホルモン、糖、配糖体、界面活性剤、紫外線吸収剤、光散乱剤、接着剤、ビタミン、補酵素、ミネラル、細胞、細胞小器官、低分子化合物(例えば、フェロモン等の情報伝達物質; アルカロイド、モノテルペン、セスキテルペン等の含窒素化合物、テルペノイド等のイソプレノイド; フェニルプロパノイド等)、高分子化合物、金属錯体、リポソーム、ハイドロゲル等が挙げられる。
【0125】
具体的には、本発明の中空球状粒子およびナノ粒子は、薬剤キャリア(DDS用途)として用いることができる。より具体的には、薬剤キャリアとしての有機カプセル、ナノキャリアとして用いることができる。天然物であり、生体適合性が期待されるため、薬剤キャリアとして有用である。さらに、平均粒子径200 nm以下、好ましくは100nm以下の中空球状粒子にあっては、正常組織へは漏れ出さず、腫瘍組織に到達、集積させるEPR効果(Enhanced Permeation and Retention Effect)が期待できる。
【0126】
本発明の中空球状粒子およびナノ粒子は、紫外線吸収カプセルとして、内包化合物を紫外線から守る耐光性付与の目的で使用することもできる。吸収域がUV-AおよびUV-Bの波長領域を含むので、日焼け止め等のスキンケア製品に利用される紫外線吸収素材としても有用である。かかる紫外線吸収効果は、芳香族リグニンのπ-πスタッキングなどの分子間相互作用によると推察される。また、紫外線散乱剤、光反射材としても使用することができる。紫外線(UV-A,UV-B領域)を散乱し可視光を透過すること、無機系散乱剤に比べてゆるやかな反射、吸収スペクトルを有し、透明化可能であることから、酸化チタン等にみられる白浮きが回避できる。
【0127】
本発明の中空球状粒子およびナノ粒子は、表面電化として負電荷および正電荷を帯びることができる。アニオン性ナノ粒子として、水中および弱塩基性条件下で大きい絶対値の負電荷を有し、分散性が良好である。本発明の中空球状粒子およびナノ粒子は、負電荷、例えば-5~-150mV、好ましくは-20~-120mV、より好ましくは-40~-100mV、さらに好ましくは-50~-90mVのゼータ電位を有することができる。
【0128】
本発明の中空球状粒子およびナノ粒子は中性~塩基性pHで負電荷を帯び、外部環境pHを酸性にすることで、負電荷から正電荷へのスイッチングを粒子径をほとんど変化させずに達成できる、pH応答性ナノキャリアとしての機能を有する。
【0129】
本発明の中空球状粒子およびナノ粒子は、長波長蛍光性を示す。リグニンの自己組織化による共役系の分子間、及び高分子内における会合、いわゆるJ会合体の形成、に起因するもので、エキシプレックス形成による長波長蛍光、好ましくは400 nm以上の蛍光、より好ましくは450nm以上の蛍光を示す。長波長領域の蛍光は識別に有用であり、共存成分と重複なく選択的に光学的に検出する用途、生体内で薬剤動態を追跡、イメージングする用途に適する。
【0130】
本発明の中空球状粒子およびナノ粒子は、経時的にも安定で会合・凝集などが抑えられており、その粒子径をより安定に維持することができる。
【0131】
また、構造安定性は走査型電子顕微鏡観察によっても評価できる。すなわち、乾燥カプセル、真空中においても中空球状構造、微粒子構造が維持される。薬剤内包後も同様に構造安定である。かかる形状安定性能は、薬剤キャリアの効率的な製剤化、集積、輸送、保管用途に適する。
【0132】
本発明の中空球状粒子およびナノ粒子の粒子径、表面電荷、分散性および上述の有効成分の内包能は、原料バイオマスの植物種および部位によって広く対応可能である。
【0133】
この相違は構成するリグニン-多糖複合体における、リグニンの構造ユニット比(フェニルプロパン単位を基本骨格とする芳香核構造、グアイアシルリグニン、シリンギルリグニン、p-ヒドロキシフェニルリグニン、およびフラボノイドリグニンの構成比)および構成多糖の種類に由来する。
【0134】
また、本発明の中空球状粒子およびナノ粒子の粒子径、表面電荷、分散性および上述の有効成分の内包能は、構成するリグニン-多糖複合体における、リグニン-多糖の構成比(多糖のモノマーユニット数をリグニンのモノマーユニット数で除した比)、および多糖の種類を分離することによって広く対応可能である。
【0135】
リグニン-多糖の構成比の異なるリグニン-多糖複合体は、アルコール/水あるいはジオキサン/水などへの溶解性の相違によって簡易に分離できる。また、疎水性相互作用クロマトグラフィー(文献(Nishimura et al., Direct evidence for α ether linkage between lignin and carbohydrates in wood cell walls, Sci Rep 2018)に記載方法、トヨパールHW50カラム)によって、分離できる。
【0136】
リグニン-多糖複合体における多糖成分はヘミセルロースである。広葉樹原料であればウロン酸を含む酸性多糖(グルクロノキシラン)が多く含まれ、針葉樹由来であれば中性多糖(グルコマンナン)が多く含まれる。リグニン-多糖複合体の多糖成分に着目した分離は文献(Nishimura et al., Direct evidence for α ether linkage between lignin and carbohydrates in wood cell walls, Sci Rep 2018)に記載のイオン交換クロマトグラフィー法によって、分離できる。
【0137】
本発明の中空球状粒子およびナノ粒子は、生体触媒である酵素を作用させることによって、徐放性を制御できる。多糖分解酵素を作用させることで、薬剤をキャリアした中空球状微粒子の形状を変化あるいは崩壊させることによって、薬剤を放出できる。酵素は、基質特異性、pH, 温度の条件選択的な活性を有しており、目的に応じた酵素(加水分解酵素、酸化酵素)を用いることで、徐放条件(pH, 温度、放出速度)の制御が達成できる。
【実施例】
【0138】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0139】
参考試験例1.リグニン、リグニン-多糖複合体、ヘミセルロース、セルロース-ヘミセルロース複合体及びセルロースの単離
バイオマスから、M-APA法、A-APA法、又はそれらの条件検討法で、リグニン、リグニン-多糖複合体、ヘミセルロース、セルロース-ヘミセルロース複合体及びセルロースを単離し、収率測定、単離物の物性測定等を行った。本発明の単離方法は、バイオマス中の天然高分子から、可溶性リグニン、リグニン-多糖複合体、ヘミセルロース、セルロース-ヘミセルロース複合体及びセルロースを高効率に単離することが可能な製法であり、有機酸及び過酸を含む溶液と植物バイオマスとを接触させる工程(A)を含む。具体的には以下のようにして行った。
【0140】
<参考試験例1-1.微粉砕処理木粉の調製>
広葉樹(ユーカリ、又はブナ)、針葉樹(アカマツ、スギ、又はヒノキ)、又は草本(バガス(さとうきび)、又は竹)の木粉から、ボールミルまたはビーズミル法によって体積平均粒子径10μm(1-100μm)の微粉末(微粉砕処理木粉)を調製した。タケは孟宗竹粉末(九州 福岡県産、3年生)を使用した。
【0141】
ボールミルを使用した場合の調製法の例を示す。遊星型ボールミル(P-6、フリッチュ社)を用いた。メノウ製容器80ccに木粉2gとφ3mmのジルコニアビーズ100gを入れ、2連のオーバーポットに封入した。20分間オーバーポットの真空引きを行った後、不活性ガスである窒素ガスを注入した。millingを1 分、pauseを1 分20秒で1サイクルとし、550 rpmで180 サイクル(合計3時間)処理を行った。以上の条件により粉砕時における酸化、加熱による変性を抑制しつつ微粉末木粉が取得できる。
【0142】
<参考試験例1-2.木粉の調製>
ミキサーミル(MM301, Retsch社製)の左右2つのポットに、広葉樹(ユーカリ、又はブナ)、針葉樹(アカマツ、スギ、又はヒノキ)、又は草本(バガス(さとうきび)、又は竹)の木粉または木片(10mmx10mmx1mm)各々1 gをセットし、粉砕時間:5分、Frequency:1/15sec の条件で粉砕処理を行い、体積平均粒子径 0.1mm の粉末(木粉)を得た。
【0143】
<参考試験例1-3.M-APA法(Milling-Acid-PerAcid法)> 出発材料として、参考試験例1-1で得られた微粉砕処理木粉(平均粒子径10μm)を用いた。微粉砕処理木粉2g 、酢酸-過酢酸含有溶液(組成:酢酸99% 17.4M 、過酢酸1%弱 0.14M、過酸化水素0.01M、水 微量)10 mLを Initiator用バイアルに入れ、Biotage社製Initiator+ 60 マイクロウェーブ合成装置を用いて 50℃、Initial Power 400W、撹拌速度 600rpmの条件で10 minのマイクロ波照射を行った。可溶部はマイクロ波処理後、分離溶媒(アセトン)10mL を添加し、スピンダウン(RCF 8000 xg, 5 min)によって分離した。不溶部について分離溶媒(アセトン)10mL で抽出、洗浄を3回行い可溶部に合わせた。この可溶性リグニンを酸過酸リグニン(APAリグニン)とする。
【0144】
不溶部に対して、2段階目として、同様の抽出操作をマイクロ波加熱条件を140℃に変更して実施した。可溶部をリグニン-ヘミセルロース共重合体とする。セルロースを主成分とする不溶部を得た。
【0145】
<参考試験例1-4.A-APA法(Alkali-Acid-PerAcid法)> 出発材料として、参考試験例1-2で得られた木粉(平均粒子径0.1mm)を用いた。0.25M水酸化ナトリウム溶液を調製(1N を4倍希釈)した。木粉0.3g に対し 0.25M水酸化ナトリウム溶液 2.4 mL を添加し、マイクロ波抽出処理(100℃, 30 min) を行った。アルカリ必要量は木粉 1g あたり NaOH 1 mmol が目安である。
【0146】
マイクロ波処理後、可溶部と不溶部はデカンテーションまたはスピンダウン、濾別によって容易に分離できる。追加でアセトン(分離溶媒)抽出を3回行い可溶部に合わせた。不溶部について、参考試験例1-3のM-APA法と同様の抽出方法によって可溶性リグニンとして酸過酸リグニン(APAリグニン)、リグニン-ヘミセルロース共重合体を取得した。セルロースを主成分とする不溶部を得た。
【0147】
<参考試験例1-5.条件検討>
酢酸に代えて、他の有機酸(ギ酸、グリオキシル酸)を用いて検討を実施した。また、過酢酸に代えて、他の過酸(過酸化水素)を用いて検討を実施した。他の過酸(過酸化水素)を用いる場合の組成は、酢酸:12M、過酸化水素濃度:以下の表に記載の濃度 とした。
【0148】
植物バイオマス又は不溶部と有機酸+過酸との接触温度を室温~180℃に変更して検討を実施した。また、その際の加熱方法として、マイクロ波加熱による内部加熱法に代えて、油浴による外部加熱法を採用して検討を実施した。
【0149】
<参考試験例1-6.分析・測定方法>
以下の方法によって、リグニン、リグニン-多糖複合体、及びセルロースについて分析・測定を行った。
【0150】
<参考試験例1-6-1.分子量(Mn, Mw および多分散度)測定法>
分子量は、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC:Size Exclusion Chromatography) いわゆるGPC(ゲル浸透クロマトグラフィー:Gel Permeation Chromatography) によって決定した。試料は無水酢酸と塩基(ピリジンなど)溶液に溶解し、3-6時間反応させ、アセチル化体とした。これをテトラヒドロフラン(THF)に2.0 mg / mLの濃度に溶解し、高速液体クロマトグラフィー(島津製作所製、高圧グラジエントSEC分析システム)によって分離した。カラムはHZ-Mカラム(東ソー 150 mm×4.6 mm id、4μm、3本を直列に接続したもの)を用いた。分析は10μL試料を注入し、カラム温度 40℃で、テトラヒドロフラン(THF)を移動相として、0.35 mL / minの流速で実施した。標準ポリスチレン、Tosoh PStQuickC(2,110,000、427,000、37,900、および5970の分子量(MW))、ピノレジノール(MW 352)、およびバニリン(MW 152)を使用して、質量較正曲線(検量線)を作成し、試料の 重量平均分子量Mw, 数平均分子量Mn を求めた。多分散度は Mw/Mn として求めた。
【0151】
<参考試験例1-6-2.分子の結合ユニットの構成比の算出法>
試料を1-10wt%となるように重水素化ジメチルスルホキシド(DMSO-d6)に溶解し、低温プローブを備えたBruker Avance III 600 MHz NMR装置機器を用いて、NMRスペクトルを取得した。HSQC(Heteronuclear single-quantum correlation spectroscopy、異種核一量子相関分光法)スペクトル上のシグナル体積からリグニンの単位間結合ユニットの構成比を算出した。構成比はリグニン芳香環100個あたりの比率として算出した。エーテル型結合ユニットの含有率は、β位におけるC-H相関シグナル(δH/δC=4.0 ±0.2 ppm / 85.6 ±1.2 ppmの領域、δH/δC=4.3 ±0.2 ppm / 83.0 ±0.7 ppmの領域)の積分値の和から見積もった。2次元NMR法における定量は文献(Okamura, H. Nishimura, T. Nagata, T. Kigawa, T. Watanabe and M. Katahira, Accurate and molecular-size-tolerant NMR quantitation of diverse components in solution, Scientific Reports, 6, 21742. 2016)に記載されるTAF法によって補正することで正確な含有率を算出した。
【0152】
<参考試験例1-6-3.リグニンと多糖の構成比の算出法>
多糖のアノマー位(1位)のC-H相関シグナルの積分値の総和を前項のNMR法によって算出し、TAF法によって補正後、リグニン芳香環100個あたりの比率として算出した。
【0153】
<参考試験例1-6-4.リグニン-多糖共重合点の構成比の算出法>
前述同様、LCαエーテルとLCαエステルの結合ユニットに由来するC-H相関シグナル(LC ether, δH/δC=4.50 ±0.15 ppm / 80.1 ±1 ppmの領域), (LC ester, δH/δC=5.88 ±0.15 ppm / 74.0 ±1.5 ppmの領域)の積分値の和を2次元 HSQC NMR法によって算出し、TAF法によって補正後、リグニン芳香環100個あたりの比率として算出した。なお、A-APA法の場合アルカリ処理によってエステル結合の一部が加水分解を受けるが、LCαエステル型リグニン-ヘミセルロース共重合体の取得も可能である。
【0154】
<参考試験例1-6-5.原料バイオマスからの収率の算出法>
取得された各成分は、pHメーターまたはpH試験紙、過酸試験紙(ヨウ化カリウムでんぷん紙)による確認後、必要に応じて中和、過酸クエンチを行う。中和は1N HCl または 1N NaOHを少量ずつ加えて行った。過酸クエンチは、1M 亜硫酸ナトリウム水溶液を滴下することによって行った。エバポレーターを用いて有機溶媒を留去した。次いで凍結乾燥によって乾燥粉末を得た。中和によって塩が生じる場合は、有機溶媒留去後の濃縮液に対して、分離溶媒(アセトン)で再抽出を行い脱塩した。その後、再度エバポレーターによって溶媒留去後、凍結乾燥によって乾燥粉末を得た。得られた各成分を秤量し、原料バイオマスあたりの収率を算出した。
【0155】
<結果>
取得高分子の分子構造、分子量、収率が望ましいのは以下の条件である。結果を表1~7に示す。
【0156】
表1に、M-APA法 2段階マイクロ波抽出反応における過酸条件及び高分子リグノセルロース各成分の収率(重量%、原料バイオマス比、原料はユーカリ)を示す。
【0157】
【0158】
表2に、A-APA法 2段階マイクロ波抽出反応における各種バイオマスの高分子リグノセルロース各成分の収率(重量%、原料バイオマス比)を示す。
【0159】
【0160】
表3に、M-APA法 2段階マイクロ波抽出反応における過酸条件および高分子リグノセルロース各成分の分子量 (アセチル体GPC分析値)を示す。
【0161】
【0162】
表4に、M-APA法 2段階マイクロ波抽出反応における各種バイオマスの高分子リグノセルロース各成分の収率(重量%、原料バイオマス比)を示す。
【0163】
【0164】
溶媒:酢酸(過酢酸1% 0.14 mol/L含有)
マイクロ波抽出条件:50℃、10 min(1段階目)によりAPAリグニン可溶部を取得、140℃、10 min(2段階目)によりリグニンヘミセルロール共重合体を取得
表5に、A-APA法 1段階マイクロ波抽出反応における各種バイオマスの高分子リグノセルロース各成分の収率(重量%、原料バイオマス比)を示す。
【0165】
【0166】
表6に、各種バイオマスのA-APA法 によって取得される高分子リグノセルロース各成分の分子量 (アセチル体GPC分析値)を示す。
【0167】
【0168】
条件検討の結果、出発材料が木質系バイオマスである場合、可溶性リグニンの取得には有機酸+過酸との接触温度が40~90℃であることが適しており、リグニン‐ヘミセルロース共重合体の取得には有機酸+過酸との接触温度が100~160℃であることが適していることが分かった。また、条件検討の結果、出発材料が草本系バイオマスである場合、可溶性リグニンの取得には有機酸+過酸との接触温度が室温~60℃であることが適しており、リグニン‐ヘミセルロース共重合体の取得には有機酸+過酸との接触温度が70~150℃であることが適していることが分かった。
【0169】
条件検討の結果、マイクロ波照射による加熱時間は 5-30 min, 望ましくは10minが良いことが分かった。正味の照射時間は短く、マイクロ波プロファイルおよび温度、圧力データについては
図2を参照。
【0170】
条件検討の結果、マイクロ波加熱は外部加熱法と比較して、低温、短時間、低エネルギーインプット条件で収率および選択性が高いことが分かった。すなわちマイクロ波効果である局所加熱、内部加熱、電子移動、薬剤浸透促進効果が認められた。
【0171】
条件検討の結果、有機酸として、酢酸、ギ酸、及びグリオキシル酸のいずれもリグニンを単離できたが、収率、純度、産業利用上の観点から酢酸が最適であった。
【0172】
参考試験例1-6-2及び参考試験例1-6-3のNMRの結果を
図3に示す。
図3は、ユーカリを出発材料として用いたM-APA法(マイクロ波50℃,10分処理、酢酸過酢酸1%条件)によって単離されたリグニンの分析結果である。リグノセルロース単位間結合の割合を、TAF-NMR法によって定量した結果、リグニンに由来するシグナルが99%、多糖(ヘミセルロース)に由来するシグナルが1%であった。リグニン単位間結合の内訳は、エーテル型β-O-4が81%、β-5が5%、β-βが11%、ジベンゾジオキソシンが1%、その他1%であった。リグニンユニット間結合およびリグニン-ヘミセルロース間共有結合の部分化学構造については
図4を参照。
【0173】
参考試験例1-6-4のNMRの結果を
図5に示す。
図5は、各植物を出発材料として用いたM-APA法(マイクロ波50℃,10分処理、酢酸過酢酸1%条件)によって単離されたリグニン-ヘミセルロース共重合体の分析結果である。図中丸で示すLC結合(エーテル型およびエステル型)がリグニンの主要単位間結合であるβ-5、β-β結合の存在比と同等以上に存在する主要分岐構造である。単離されたリグニン-ヘミセルロース共重合体は、特にLCα-ester 型結合を有することを特徴とする。
【0174】
参考試験例2.溶解度測定
参考試験例1の方法又はそれに準じた方法で得られたリグニン及びリグニン-ヘミセルロース共重合体について、25℃の60~80%エタノールに対する溶解度を測定した。測定サンプルの詳細を表7に示す。表7の略号の説明は以下のとおりである。
PA:PerAcetic acid 過酢酸
HP:Hydrogen Peroxide 過酸化水素
50:MW50 ACTN、マイクロ波50℃処理 高品質高分子リグニン
140:MW50-Mw140 ACTN、マイクロ波50℃処理後の残渣を140℃処理2段階目、 リグニンヘミセルロース共重合体
A50:酢酸過酢酸系、HP PA1%AA Mw50 ACN マイクロ波50℃処理 高品質高分子リグニンH50:酢酸過酸化水素系、HP 1M過酸化水素 Mw50 ACN マイクロ波50℃処理 高品質高分子リグニン。
【0175】
【0176】
溶解度の測定方法は次のとおりである。サンプルを25℃エタノール中で攪拌して溶解させた後、固液分離することにより、エタノール可溶部とエタノール不溶部に分けた。エタノール不溶部に、25℃エタノール水溶液(1/1=エタノール/水)を添加し、攪拌して溶解し、エタノール水溶液可溶部を得た。エタノール水溶液可溶部をエタノール可溶部と混合して、サンプル溶液を得た。なお、エタノール水溶液の添加量は、サンプル溶液のエタノール濃度が60~80%の範囲になるように調整した。可溶部を得る工程においては、必要に応じて超音波洗浄機 3 min 28kHz により分散、可溶化させた。サンプル溶液が目視で透明となる最大サンプル濃度を、「25℃の60~80%エタノールに対する溶解度」とした。
【0177】
結果を表8に示す。本発明の方法で得られたリグニン及びリグニン-ヘミセルロース共重合体は、良好なエタノール溶解性を示すことが分かった。
【0178】
【0179】
試験例1.白色リグニンの製造1
バイオマスをアルカリ処理し、得られたアルカリ処理物を液体で洗浄し、洗浄物をAPA法で処理することにより、白色リグニンを製造した。具体的には以下のようにして行った。
【0180】
測定には以下を用いた。解析は各装置付属の解析ソフトウェアを用いた。
【0181】
紫外可視吸収スペクトル:UV-2700(島津製作所製)
分光測定用ブラック石英セル(光路長:10 mm)またはHigh Precision Cell, Art. No Light Path 10×10 mm を用いた。リグニン微粒子サンプルは 30v/v%EtOHaqで希釈してリグニンの最終濃度0.005 w/v% とした。波長スキャン(200-900nm、250-600 nm)を行った。
【0182】
蛍光スペクトル:分光蛍光光度計 RF-6000(島津製作所製)
蛍光測定:全面透明合成石英セル(光路長:10 mm)およびスタルナ3角石英セルSF3 を用いた。リグニン微粒子サンプルは 30v/v%EtOHaqで希釈してリグニンの最終濃度0.005 w/v% とした。
【0183】
3D 蛍光スペクトルは
励起波長240-650nm データ間隔 2 nm、蛍光波長240-650nm データ間隔 2 nm、
スキャン速度 6000 nm/min、散乱光、多次光の影響を低減するため励起側に紫外カットフィルターU310 を装着した条件で測定した。バンド幅は励起側 10 nm, 蛍光側 20 nm、感度設定はLowとした。
【0184】
蛍光顕微鏡測定:オールインワン蛍光顕微鏡 BZ-X810 (キーエンス製)を用いた。
【0185】
_DLS動的光散乱 ナノ粒子測定装置SZ-100 (堀場製作所)により、粒子径分布(DLS)およびゼータ電位測定を行った。 粒子径測定用セル、ゼータ電位測定用セル(堀場製作所)にサンプルを入れ、測定した。測定は3-5回繰り返し行い、平均値を算出した。
【0186】
qNano Gold TRPS Measurement System(メイワフォーシス Izon Science製)を用いてqNANOによる粒子径分布測定を行った。測定はナノポアNP200 または NP400を装着し試料35μLを添加して測定した。測定は30秒以上, 500-1000 Particle Countsまで測定した。 ポアのストレッチは37.00 mmに設定し、 電圧は2.0 V定電圧で測定した。
【0187】
<試験例1-1.木粉 の調製>
ミキサーミル(MM301, Retsch社製)の左右2つのポットに、広葉樹(ユーカリ)、針葉樹(アカマツ、スギ、又はヒノキ)、又は草本(バガス(さとうきび)、又は竹)の木粉または木片(10mmx10mmx2mm)各々1 gをセットし、粉砕時間:5分、Frequency:1/15sec の条件で粉砕処理を行い、体積平均粒子径0.1mmの粉末(木粉)を得た。
【0188】
<試験例1-2.アルカリ処理、洗浄、APA法処理 >
(実施例1)
容器中で、試験例1-1で得られたユーカリ木粉1.8gに対して0.25M水酸化ナトリウム水溶液14.4mLを添加した。容器を60℃の湯浴に浸し、1時間処理した。湯浴処理後、スピンダウンして可溶部と不溶部を分離し、不溶部を水で洗浄した。水の洗浄は、洗浄廃液が中性になるまで行った。得られた洗浄物(水 6.5 mLを含む)と、酢酸-過酸化水素含有溶液(酢酸99%(17.1 M)を14.1 mL、30%v/v過酸化水素水を0.294 mL)をInitiator用バイアルに入れ、Biotage社製Initiator+ 60マイクロウェーブ合成装置を用いて50℃、Initial Power 400W、撹拌速度600rpmの条件で10分間のマイクロ波照射を行った。照射後、分離溶媒1(70%エタノール水溶液)14.4 mLを添加し、混合した後、スピンダウン(RCF 10,000 ×g, 5 min)して、可溶部(上清)を回収した。当該可溶部の溶媒を留去し、得られた乾燥物に、分離溶媒2(80%ジオキサン水溶液)を6 mLを添加し、混合した後、スピンダウン(RCF 10000 ×g, 5 min)して、可溶部(上清)を回収した。この可溶部を乾燥させて白色リグニン粉末58 mgを得た。
【0189】
(実施例2)
アルカリ処理において湯浴処理に代えて超音波処理を行う以外は、実施例1と同様にして行い、白色リグニン粉末113mgを得た。超音波処理では、試験例1-1で得られたユーカリ木粉1.8gに対して0.25M水酸化ナトリウム溶液14.4mLを容器に入れ、超音波照射装置(AS ONE社製、製品名:ULTRASONIC CLEANER MODEL VS-100III)を用いて、28kHzの超音波を30分間断続的に照射した。この間、液温は30~50℃であった。
【0190】
(実施例3)
アルカリ処理において0.25M水酸化ナトリウム水溶液に代えて0.1M水酸化ナトリウム水溶液を用い、アルカリ処理において湯浴処理に代えてマイクロ波処理を行う以外は、実施例1と同様にして行い、白色リグニン粉末47mgを得た。マイクロ波処理では、試験例1-1で得られたユーカリ木粉1.8gに対して0.25M水酸化ナトリウム溶液14.4mLをInitiator用バイアルに入れ、Biotage社製Initiator+ 60マイクロウェーブ合成装置を用いて40℃、Initial Power 400W、撹拌速度600rpmの条件で30分間のマイクロ波照射を行った。
【0191】
(実施例4)
ユーカリ木粉に代えてヒノキ木粉(試験例1-1)を使用する以外は実施例2と同様にして行い、白色リグニン粉末29mgを得た。
【0192】
(実施例5)
アルカリ処理において0.25 M水酸化ナトリウム水溶液に代えて0.1 M水酸化ナトリウム水溶液を用い、アルカリ処理において60℃、1時間の湯浴処理に代えて、30℃、30分の湯浴処理する以外は、実施例1と同様にして行い、白色リグニン粉末56mgを得た。
【0193】
(実施例6)
アルカリ処理において60℃、1時間の湯浴処理に代えて、30℃、30分の湯浴処理する以外は、実施例1と同様にして行い、白色リグニン粉末63mgを得た。
【0194】
(実施例7)
アルカリ処理において0.25 M水酸化ナトリウム水溶液に代えて0.1 M水酸化ナトリウム水溶液を用いる以外は、実施例2と同様にして行い、白色リグニン粉末47mgを得た。
【0195】
(実施例8)
アルカリ処理において0.1 M水酸化ナトリウム水溶液に代えて0.25 M水酸化ナトリウム水溶液を用いる以外は、実施例3と同様にして行い、白色リグニン粉末80mgを得た。
【0196】
(実施例9)
APA法処理において酢酸-過酸化水素含有溶液に代えて酢酸原液(17.5 M)を使用する以外は、実施例2と同様にして行い、白色リグニン粉末46mgを得た。
【0197】
(実施例10)
APA法処理においてアルカリ処理後に得られた洗浄物(水 6.5 mLを含む)と、酢酸-過酸化水素含有溶液(酢酸99%(17.1 M)を14.1 mL、30%v/v過酸化水素水を0.029 mL)を使用する以外は、実施例2と同様にして行い、白色リグニン粉末53mgを得た。(最終濃度 酢酸/ 過酸化水素/ 水 = 68%/ 0.048%/ 31.6%)
(実施例11)
アルカリ処理において60℃、1時間の湯浴処理に代えて、30℃、10分の湯浴処理する以外は、実施例1と同様にして行い、白色リグニン粉末37mgを得た。
【0198】
(実施例12)
アルカリ処理およびAPA処理において可溶部と不溶部の分離を行う際、スピンダウンに代えて吸引濾過を使用した。アルカリ処理後に得られた洗浄物(水 1.9 mLを含む)と、酢酸-過酸化水素含有溶液(酢酸99%(17.1 M)を14.1 mL、30%v/v過酸化水素水を0.29 mL)する以外は、実施例2と同様にして行い、白色リグニン粉末24mgを得た。(最終濃度としては、酢酸/ 過酸化水素/ 水=86.5%/ 0.613%/ 12.8%)
アルカリ処理において超音波処理では、超音波照射装置をAS ONE社製、ULTRASONIC CLEANER MODEL VS-100IIIに代えて、AS ONE社製、超音波洗浄器 MCD-10Pを用いて、28kHzの超音波を30分間断続的に照射した。この間、液温は30~50℃であった。
【0199】
(実施例13)
アルカリ処理およびAPA処理において分離溶媒1を70%エタノール水溶液に代えてアセトンを使用する以外は、実施例12と同様にして行い、白色リグニン粉末51mgを得た。
【0200】
(実施例14)
試験例1-1で得られたユーカリ木粉に代えて、ウィレーミル状(おがくず状)のユーカリ木粉を1.8 gのスケールで調製する以外は、実施例12と同様にして行い、白色リグニン粉末52mgを得た。
【0201】
(実施例15)
試験例1-1で得られたユーカリ木粉に代えて、ウィレーミル状(おがくず状)のスギ木粉2.0 gを使用する以外は、実施例14と同様にして行い、白色リグニン粉末76mgを得た。
【0202】
(実施例16)
APA処理においてマイクロ波照射後、酢酸-過酸化水素含有溶液のみ回収し、透析法によって中和、脱塩後に凍結乾燥する以外は、実施例12と同様にして行い、白色リグニン粉末22mgを得た。
【0203】
(実施例17)
APA処理において、抽出容器を窒素置換して行う以外は、実施例12と同様にして行い、白色リグニン粉末51mgを得た。実施例12と比較して、同一条件、同一サンプルにおいて白色度(77.6から81.9に向上)、収率が向上した。
【0204】
(実施例18)
試験例1-1で得られたユーカリ木粉に代えて、ウィレーミル状(おがくず状)のブナ木粉を2.0 gのスケールで調製する以外は、実施例12と同様にして行い、白色リグニン粉末65.5mgを得た。
【0205】
(実施例19)
試験例1-1で得られたユーカリ木粉に代えて、ウィレーミル状(おがくず状)のヒノキ木粉を2.0 gのスケールで調製する以外は、実施例12と同様にして行い、白色リグニン粉末87.7mgを得た。
【0206】
(実施例20)
試験例1-1で得られたユーカリ木粉に代えて、ウィレーミル状(おがくず状)のアカマツ木粉を2.0 gのスケールで調製する以外は、実施例12と同様にして行い、白色リグニン粉末56.3mgを得た。
【0207】
(実施例21)
試験例1-1で得られたユーカリ木粉に代えて、孟宗竹粉末(九州 福岡県産、3年生)を2.0 gのスケールで調製する以外は、実施例12と同様にして行い、白色リグニン粉末67.9mgを得た。
【0208】
(実施例22)
試験例1-1で得られたユーカリ木粉に代えて、ウィレーミル状(おがくず状)のイナワラ粉を2.0 gのスケールで調製する以外は、実施例12と同様にして行い、白色リグニン粉末51.4mgを得た。
【0209】
(実施例23)
試験例1-1で得られたユーカリ木粉に代えて、ウィレーミル状(おがくず状)のバガス粉を2.0 gのスケールで調製する以外は、実施例12と同様にして行い、白色リグニン粉末45.8mgを得た。
【0210】
(実施例24)
APA法処理においてマイクロ波処理に代えて湯浴処理を用い、10分間の加熱処理に代えて、15分間加熱処理する以外は、実施例20と同様にして行い、白色リグニン粉末51.1mgを得た。
【0211】
(実施例25)
ウィレーミル状(おがくず状)のアカマツ木粉に代えて、ウィレーミル状のユーカリ木粉を使用する以外は、実施例24と同様にして行い、白色リグニン粉末64.9mgを得た。
【0212】
(実施例26)
試験例1-1で得られたユーカリ木粉を1.8gのスケールで調製し、APA法処理においてInitiator用バイアルに試料を封入後、シリンジでバイアル上部のセプタムより空気を導入し,封入後の容器内の圧力を2.25 barにする以外は、実施例25と同様にして行い、白色リグニン粉末42.18mgを得た。
加えて、APA処理後の木粉を実施例1にて示した酢酸-過酸化水素含有溶液と共にInitiator用バイアルに入れ、140℃に予熱しておいたヒートブロックを設置したホットスターラーで10分間加熱した。抽出操作は実施例1と同様に行い、これにより白色LCC粉末220.7mgを得た。
【0213】
(実施例27)
アルカリ処理において30から50℃、30分の超音波処理に代えて、23.3から26.3℃、10分の湯浴処理を行い、ウィレーミル状(おがくず状)のアカマツ木粉に代えて、ウィレーミル状(のヒノキ木粉を50 gのスケールでガラス容器に調製し、アルカリ処理において0.25 M水酸化ナトリウム水溶液に代えて0.01 M水酸化ナトリウム水溶液を使用、APA法処理において酢酸-過酸化水素含有溶液に代えて酢酸原液(17.5 M)を使用する以外は、実施例24と同様にして行い、白色リグニン粉末1224.9mgを得た。
【0214】
(実施例28)
試験例1-1で得られたユーカリ木粉に代えて、ウィレーミル状(おがくず状)の脱脂及び脱ペクチンによる原料の抽出成分除去済みのブナ木粉を2.0 gのスケールで調製する以外は、実施例12と同様にして行い、白色リグニン粉末72.5mgを得た。
【0215】
(実施例29)
ウィレーミル状(おがくず状)のアカマツ木粉に代えて、ウィレーミル状のユーカリ木粉を100gのスケールでガラス容器に調製し、APA法処理においてマイクロ波処理に代えて湯浴処理を用い、15分の湯浴処理に代えて、60分の湯浴処理し、木粉からの処理溶液の分離に圧搾を使用する以外は、実施例24と同様にして行い、白色リグニン粉末2183.3mgを得た。
【0216】
(実施例30)
ウィレーミル状(おがくず状)のアカマツ木粉に代えて、孟宗竹粉末(九州 福岡県産、3年生)を100 gのスケールでガラス容器に調製し、木粉からの処理溶液の分離にスピンダウンを使用する以外は、実施例27と同様にして行い、白色リグニン粉末2092.6mgを得た。
<試験例1-3.白色度の測定>
実施例1~17で得られた白色リグニン粉末について、分光測色計(コニカミノルタ社製、CM-R5)を用いて、L*、a*、及びb*を測定した。また、実施例6~17で得られた白色リグニン粉末について、分光測色計(Variabl社製、SPECTRO 1)を用いて、L*、a*、及びb*を測定した。測定値に基づいて、次式:W=100-sqr〔(100-L*)^2+((a*)^2+(b*)^2)〕 によりハンター白色度(W)を算出した。結果を表9に示す。
【0217】
【0218】
また、各実施例で得られた白色リグニンは、上記参考試験例1及び2を応用した方法で取得されたものであるので、色以外は、上記参考試験例1及び2で得られたリグニンと、溶解度において多少の違いはあるものの同様の物性を有する。
【0219】
<試験例1-4.リグニン酸化型比及びβ-O-4型エーテル型構造の含有率の測定>
実施例の白色リグニン粉末について、参考試験例に記載の方法に従ってβ-O-4型エーテル型構造の含有率を測定した。また、「2.白色リグニン」の項の<リグニン酸化体比の算出法>に記載の方法に従って、リグニン酸化型比(酸化型リグニン構造の比)を測定した。白色度Wの測定結果(試験例1-3)と合わせて、結果を表10に示す。
【0220】
【0221】
※参考例(M-APAリグニン):ユーカリ木粉をボールミル微粉砕を行い、過酢酸3%含有酢酸溶液にてマイクロ波100℃、10分間処理を行い、抽出されたリグニン。リグニンは褐色(白色度は色比較により60程度)である。
【0222】
白色リグニンの酸化型の比率およびエーテル型結合含有率(リグニン芳香環100あたりに換算、2D HSQC NMRスペクトルにおける同一スペクトルの当該部分の比率から算出した。)。
【0223】
<試験例1-5.反射率の測定>
実施例29の白色リグニン粉末の反射率を分光光度計(島津製作所製、UV-2700)および積分球ユニット(島津製作所、ISR-2600)を用いて拡散反射法で測定した。粉末状の試料を専用のホルダーに充填して測定した。硫酸バリウム(ナカライテクス)でベースラインを取得し、スキャン速度は中速とした。得られた反射スペクトルを
図9に示す。
日焼け止め剤に使用される2)(白色)や4)(淡黄色)は、明瞭な吸収端を持ち、2)は約410 nm、4)は約470 nmより短波長の光を吸収する(反射しない)。それに対し、1)は可視線領域(約600 nm)から緩やかに紫外線領域までの光を吸収する。4)は全波長域の光を吸収し、暗褐色である。白色リグニン粉末が有する 可視~UV-A領域における穏やかな光吸収特性は、酸化チタンなどの無機系光散乱剤で課題となる白浮きなどの不自然さをユーザーに認識させない点においても化粧品素材として有用性がある。
【0224】
<試験例1-6.赤外吸収スペクトルの測定>
実施例の白色リグニン粉末のFT-IR測定には、パーキンエルマー製FT-IR装置Spectrum TwoダイヤモンドATRを用いた。測定範囲は400 ― 4000cm
-1、スキャン回数は10回とした。1800 cm
-1の吸光度を0とし、619 cm
-1の吸光度を 1として規格化し、さらに微分を行った。得られた微分スペクトルを
図10~14に示す。
【0225】
試験例2.白色リグニン及び白色リグニン-多糖複合体の製造
バイオマスをアルカリ処理し、得られたアルカリ処理物を液体で洗浄し、洗浄物をAPA法で処理することにより、白色リグニン及び白色リグニン-多糖複合体を製造した。具体的には以下のようにして行った。
<試験例2-1.微粉砕処理木粉の調製>
広葉樹(ユーカリ)、針葉樹(ヒノキ)は木片をウィレーミル(吉田製作所、1029-D型)で粉末化した。ユーカリはウィレーミル粉をさらにミキサーミルで微粉化した。タケは孟宗竹粉末(九州 福岡県産、3年生)を使用した。
【0226】
<試験例2-2.木粉の調製>
ミキサーミル(MM301, Retsch社製)の左右2つのポットに、広葉樹(ユーカリ)の木粉各々1 gをセットし、粉砕時間:5分、Frequency:1/15秒の条件で粉砕処理を行い、体積平均粒子径0.1mm の粉末(木粉)を得た。
【0227】
<試験例2-3.白色リグニンの抽出>
出発材料として、試験例2-1または2-2で得られた木粉を用いた。0.25 M水酸化ナトリウム溶液を調製(1 M を4倍希釈)した。木粉1.8 g に対し0.25 M水酸化ナトリウム溶液14.4 mL を添加し、超音波洗浄機(アズワン製 MCD-10P)を用いて超音波照射を行った。周波数は28 kHz、照射時間は30分とした。照射中、水温の上昇を抑制するために投げ込み式チラー(東京理化製 ECS-0)で洗浄槽の水を冷却した。
【0228】
超音波処理後、溶液と木粉を濾別し、木粉は純水で洗浄した。水洗した木粉および酢酸(富士フィルム和光純薬製、特級)または酢酸-過酸化水素水混合溶液(三徳化学工業製31 % 過酸化水素水(比重1.11) 0.294 mL =0.612 %= 0.2M、酢酸 14.106 mL)14.4 mLを、Initiator用バイアルに入れ、Biotage社製Initiator EXP マイクロウェーブ合成装置を用いて50℃、Initial Power 400 W、撹拌速度600-900 rpmの条件で10 分のマイクロ波照射を行った。マイクロ波処理後、木粉と溶液を濾別し、木粉は70 %(v/v)エタノール水溶液 14.4 mLで3度洗浄した。濾別した溶液と洗液を合わせて、ロータリーエバポレーターで溶媒を除去した。得られた乾固物が酢酸臭を発するときは、70 %(v/v)エタノール水溶液を添加し、洗浄、さらにエバポレーターで溶媒を蒸発、乾固させた。こうして得られた乾固物を「白色リグニン」とする。必要に応じて、乾固物を80 %(v/v)ジオキサン水溶液(ジオキサン:富士フィルム和光純薬製)で溶解させ、液体窒素で凍結後、凍結乾燥を行った。
【0229】
本試験例において、雰囲気は特記なき場合は常圧で、加圧と記載のある場合は、Initiator用バイアルに試料を封入後、シリンジでバイアル上部のセプタムより空気を導入した。封入後の容器内の圧力は2.25 barであった。
【0230】
上記に記載したマイクロ波処理の代わりに、加熱攪拌する場合では、ホットスターラーで加熱を行った。試料を含むInitiator用バイアルをヒートブロックに配置し、ヒートブロックをホットスターラーで加熱することで必要な抽出温度を得た。
【0231】
<試験例2-4.白色リグニンー多糖複合体(LCC)の抽出>
試験例2-3の酢酸溶液処理後の木粉を回収し、酢酸(富士フィルム和光純薬製、特級)または酢酸-過酸化水素水混合溶液(三徳化学工業製31 % 過酸化水素水 0.1294 mL、酢酸 14.106 mL)14.4 mLを、Initiator用バイアルに入れ、Biotage社製Initiator EXP マイクロウェーブ合成装置を用いて120-140℃、Initial Power 400 W、撹拌速度600-900 rpmの条件で1または10 分のマイクロ波照射を行った。可溶部はマイクロ波処理後、木粉と溶液を濾別し、木粉は70 %(v/v)エタノール水溶液 14.4 mLで3度洗浄する。濾別した溶液と洗液を合わせて、ロータリーエバポレーターで溶媒を除去した。得られた乾固物が酢酸臭を発するときは、70 %(v/v)エタノール水溶液を添加し、洗浄、さらにエバポレーターで溶媒を蒸発乾固させた。こうして得られた乾固物を「白色LCC」とする。必要に応じて、乾固物を80 %(v/v)ジオキサン水溶液で溶解させ、液体窒素で凍結後、凍結乾燥を行った。
【0232】
本試験例において、雰囲気は特記なき場合は大気中で、アルゴン雰囲気と記載のある場合は、マイクロ波処理の前に試料を含むInitiator用バイアル内をアルゴンガスでパージしてから封入した。
【0233】
上記に記載したマイクロ波処理の代わりに、加熱攪拌する場合では、ホットスターラーで加熱を行った。試料を含むInitiator用バイアルをヒートブロックに配置し、ヒートブロックをホットスターラーで加熱することで必要な抽出温度を得た。
【0234】
白色リグニン(試験例2-3)の白色度、及び白色リグニン-多糖複合体(白色LCC:試験例2-4)の白色度を表9に示す。測定方法は試験例1の通りである。
白色リグニンの酸化型の比率およびエーテル型結合含有率(リグニン芳香環100あたりに換算、2D HSQC NMRスペクトルにおける同一スペクトルの当該部分の比率から算出した。)
【0235】
(実施例31)
木粉からの処理溶液の分離に瀘別を使用する以外は、実施例9と同様にして行い、白色リグニン粉末39.3mgを得た。
加えて、AAPA処理後の木粉に140℃での処理を酢酸-過酸化水素含有溶液に代えて酢酸原液(17.5 M)を使用する以外は、実施例26と同様に行い、これにより白色LCC粉末279.2mgを得た。
【0236】
(実施例32)
APA処理において、酢酸原液(17.5 M)に代えて酢酸-過酸化水素含有溶液を使用し、マイクロ波140℃、10分間処理に代えて、マイクロ波140℃、1分間処理する以外は実施例31と同様に行い、これにより白色リグニン粉末51.3mgと白色LCC粉末259.79mgを得た。
【0237】
(実施例33)
ウィレーミル状(おがくず状)のユーカリ木粉に代えて、孟宗竹粉末(九州 福岡県産、3年生)を使用し、APA処理において、アルゴンガスによる雰囲気の置換処理し、マイクロ波140℃、10分間処理に代えて、マイクロ波120℃、1分間処理する以外は実施例31と同様に行い、これにより白色リグニン粉末59.1mgと白色LCC粉末49.9mgを得た。
【0238】
(実施例34)
ウィレーミル状(おがくず状)のユーカリ木粉に代えて、ヒノキ木粉を使用し、APA処理において、アルゴンガスによる雰囲気の置換処理し、マイクロ波140℃、10分間処理に代えて、マイクロ波130℃、1分間処理する以外は実施例31と同様に行い、これにより白色リグニン粉末67.7mgと白色LCC粉末29.6mgを得た。
【0239】
試験例3.自己組織体(中空球状粒子)の製造
白色リグニンサンプルをDMSOに溶解させ、10 w/v % DMSO溶液とし、貧溶媒である水を徐々に加え微粒子を作製した。溶解に際し、超音波照射による分散処理を行った。NMR測定サンプルは、DMSO-d
6:Ethanol-d
6:D
2O は、1:1:8 の溶媒とした。薬剤、色素等の内包実験においては DMSOまたはエタノールに被内包化合物を予め溶解させておき、これと白色リグニンまたは白色LCCを混合し、上述と同様の方法によって微粒子を作製した。粒径等の測定結果を表11に示す。
【表11】
【0240】
試験例4.溶解度の測定
NMR-DMSO基準溶解度指数の算出を行った。DMSO-d6にリグニン試料を2w/v%の濃度溶解させ、定量1H NMR測定を行い、NMRスペクトル芳香族領域の積分値(6-8 ppm)を100として規格化する。同条件で溶解、測定した。重酢酸および重エタノールへの溶解試料のスペクトルの積分値を重DMSO条件を基準として規格化し指数を算出した。なお測定温度は重DMSO溶媒は313K, その他は298Kで実施した。
白色リグニン(タケ由来)は重酢酸において指数 115、重エタノールにおいて指数 68
であった。
白色リグニン(ユーカリ由来)は重酢酸において指数 104、重エタノールにおいて指数 60以上であった。
一方で、ユーカリMWL(磨砕リグニン)は重酢酸において指数 27、重エタノールにおいて指数 20以下であった。
スギMWL(磨砕リグニン)は重酢酸において指数 41、重エタノールにおいて指数 25以下であった。