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特許7506479オーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに電子機器部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-18
(45)【発行日】2024-06-26
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに電子機器部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240619BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240619BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240619BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D9/46 Q
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020009488
(22)【出願日】2020-01-23
(65)【公開番号】P2021116445
(43)【公開日】2021-08-10
【審査請求日】2022-09-28
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】汐月 勝幸
(72)【発明者】
【氏名】松林 弘泰
(72)【発明者】
【氏名】溝口 太一朗
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-145487(JP,A)
【文献】特開2012-172211(JP,A)
【文献】特開2005-298932(JP,A)
【文献】国際公開第2019/240127(WO,A1)
【文献】特開2014-189833(JP,A)
【文献】特開2010-138419(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102337481(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46- 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.095質量%超過0.160質量%以下、Si:0.20~1.20質量%、Mn:2.00~6.00質量%、Ni:2.50~6.00質量%、Cr:14.00~19.50質量%、N:0.090~0.210質量%、Cu:0.50~3.60質量%、Mo:0.10~1.50質量%、Ca:0.0010~0.0150質量%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、C及びNの合計含有量が0.25質量%以上、下記式(1)で表されるMD値が-70以下、及び下記式(2)で表されるδcal値が-11~3.20であるオーステナイト系ステンレス鋼材。
MD=551-462(C+N)-9.2Si-19.1Mn-29(Ni+Cu)-13.7Cr-18.5Mo (1)
δcal=-15-44.91C-0.88Mn-2.31Ni+2.2Cr-1.08Cu-28.8N (2)
式(1)及び(2)中、各元素記号は各元素の含有量(質量%)である。
【請求項2】
V:0.35質量%以下、Nb:0.35質量%以下及びTi:0.35質量%以下から選択される少なくとも1種を更に含む、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項3】
前記オーステナイト系ステンレス鋼材が冷延鋼板である、請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項4】
C:0.095質量%超過0.160質量%以下、Si:0.20~1.20質量%、Mn:2.00~6.00質量%、Ni:2.50~6.00質量%、Cr:14.00~19.50質量%、N:0.090~0.210質量%、Cu:0.50~3.60質量%、Mo:0.10~1.50質量%、Ca:0.0010~0.0150質量%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、C及びNの合計含有量が0.25質量%以上、下記式(1)で表されるMD値が-70以下、及び下記式(2)で表されるδcal値が-11~3.20であるスラブを1180℃以上に加熱して1ヒート圧延する熱間圧延を行うオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
MD=551-462(C+N)-9.2Si-19.1Mn-29(Ni+Cu)-13.7Cr-18.5Mo (1)
δcal=-15-44.91C-0.88Mn-2.31Ni+2.2Cr-1.08Cu-28.8N (2)
式(1)及び(2)中、各元素記号は各元素の含有量(質量%)である。
【請求項5】
前記スラブは、V:0.35質量%以下、Nb:0.35質量%以下及びTi:0.35質量%以下から選択される少なくとも1種を更に含む、請求項4に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項6】
前記熱間圧延後に冷間圧延及び焼鈍を行い、次いで20~50%の圧延率で調質圧延を行う、請求項又はに記載のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項7】
請求項1~3のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材から形成される電子機器部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに電子機器部材に関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器部材(例えば、筐体、部品など)に使用されるステンレス鋼材には、磁化され難い性質が要求されることが多い。また、近年では、電子機器部材の小型化及び軽量化に伴い、電子機器部材に使用されるステンレス鋼材にも薄肉化の要求が高まっている。これらの要求に対応するためには、磁化され難い性質に加え、強度、延性及びばね性に優れることがステンレス鋼材に望まれている。
【0003】
磁化され難い性質に関する要求レベルとしては、用途に応じて非磁性(μ≦1.01)と低磁性(1.01<μ≦1.10)とに大別される。
非磁性の用途には、Ni含有量を高めて加工誘起マルテンサイト相が生成しないように成分設計されたオーステナイト系ステンレス鋼材(SUS305系など)が一般に使用されている。なお、非磁性の用途に使用可能なオーステナイト系ステンレス鋼材は、磁気特性のみに着目すれば、低磁性の用途にも使用可能である。しかしながら、一般に非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼材は原料コストが高く、ばね性も十分でない。
【0004】
一方、低磁性の用途には、N含有量を高めたりCuを添加したりする手法によって加工誘起マルテンサイト相の生成量を抑制したオーステナイト系ステンレス鋼材(SUS304系など)や、多量のMnを添加したオーステナイト系ステンレス鋼材などが知られている。しかしながら、既存の低磁性のオーステナイト系ステンレス鋼材では、強度、延性及びばね性を同時に満足することは困難である。
【0005】
非磁性又は低磁性の用途に使用可能なオーステナイト系ステンレス鋼材の強度やばね性などの各種特性を改善するために、特許文献1~4には、様々な組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼材が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2007-197806号公報
【文献】特開2007-197807号公報
【文献】特開2008-038191号公報
【文献】特開2012-132045号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の特許文献に開示のオーステナイト系ステンレス鋼材は、非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼材と同程度のレベルのばね性しか有しておらず、薄肉化の要求に対応するばね性を満足できないことがある。
また、上記の特許文献に開示のオーステナイト系ステンレス鋼材は、所定の組成を有するスラブを熱間圧延した後、冷間圧延することによって製造されているものの、熱間加工性が低いため、熱間圧延時に表面にヘゲ疵や板幅方向端部に耳割れなどの欠陥が生じ易い。このような欠陥は、歩留りの低下、後工程の負荷及び製造コストの増大をもたらすだけでなく、製品特性を低下させる要因となる。そのため、これらの欠陥の発生を抑制するために、2ヒート圧延(約850℃の低温で分塊圧延を行った後に仕上圧延を行う圧延)によって熱間圧延を行う必要があり、生産性が低い。
【0008】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、低磁性又は非磁性であるとともに、強度、延性及びばね性に優れ、しかも生産性が高いオーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、小型化及び軽量化が可能な電子機器部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記のような問題を解決すべく鋭意研究を行った結果、オーステナイト系ステンレス鋼材の組成、MD値及びδcal値を制御することにより、低磁性又は非磁性としつつ、強度、延性及びばね性を高めることができ、しかも熱間加工性の向上によって1ヒート圧延による熱間圧延が可能になることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、C:0.095質量%超過0.160質量%以下、Si:0.20~1.20質量%、Mn:2.00~6.00質量%、Ni:2.50~6.00質量%、Cr:14.00~19.50質量%、N:0.090~0.210質量%、Cu:0.50~3.60質量%、Mo:0.10~1.50質量%、Ca:0.0010~0.0150質量%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、C及びNの合計含有量が0.25質量%以上、下記式(1)で表されるMD値が-70以下、及び下記式(2)で表されるδcal値が-11~3.20であるオーステナイト系ステンレス鋼材である。
MD=551-462(C+N)-9.2Si-19.1Mn-29(Ni+Cu)-13.7Cr-18.5Mo (1)
δcal=-15-44.91C-0.88Mn-2.31Ni+2.2Cr-1.08Cu-28.8N (2)
式(1)及び(2)中、各元素記号は各元素の含有量(質量%)である。
【0011】
また、本発明は、C:0.095質量%超過0.160質量%以下、Si:0.20~1.20質量%、Mn:2.00~6.00質量%、Ni:2.50~6.00質量%、Cr:14.00~19.50質量%、N:0.090~0.210質量%、Cu:0.50~3.60質量%、Mo:0.10~1.50質量%、Ca:0.0010~0.0150質量%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、C及びNの合計含有量が0.25質量%以上、下記式(1)で表されるMD値が-70以下、及び下記式(2)で表されるδcal値が-11~3.20であるスラブを1180℃以上に加熱して1ヒート圧延する熱間圧延を行うオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法である。
MD=551-462(C+N)-9.2Si-19.1Mn-29(Ni+Cu)-13.7Cr-18.5Mo (1)
δcal=-15-44.91C-0.88Mn-2.31Ni+2.2Cr-1.08Cu-28.8N (2)
式(1)及び(2)中、各元素記号は各元素の含有量(質量%)である。
【0012】
また、本発明は、前記オーステナイト系ステンレス鋼材から形成される電子機器部材である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、低磁性又は非磁性であるとともに、強度、延性及びばね性に優れ、しかも生産性が高いオーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法を提供することができる。
また、本発明によれば、小型化及び軽量化が可能な電子機器部材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
【0015】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、C:0.095質量%超過0.160質量%以下、Si:0.20~1.20質量%、Mn:2.00~6.00質量%、Ni:2.50~6.00質量%、Cr:14.00~19.50質量%、N:0.090~0.210質量%、Cu:0.50~3.60質量%、Mo:0.10~1.50質量%、Ca:0.0005~0.0150質量%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
また、本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、必要に応じて、V:0.35質量%以下、Nb:0.35質量%以下及びTi:0.35質量%以下から選択される少なくとも1種を更に含んでもよい。
ここで、本明細書において「不可避的不純物」とは、O、P、S、Al、希土類(REM)、Bなどの、スクラップ原料や電気炉、取鍋などから混入して除去することが難しい成分のことを意味する。不可避的不純物は、原料を溶製する段階で不可避的に混入する。通常、Pは0.060質量%以下、Sは0.010質量%以下である。
【0016】
Cは、オーステナイト系ステンレス鋼材の磁性、強度、延性及びばね性に影響を与える極めて重要な元素である。オーステナイト系ステンレス鋼材を低磁性又は非磁性とし、且つ強度、延性及びばね性を向上させるためには、C含有量を0.095質量%超過、好ましくは0.100質量%以上とする。また、オーステナイト系ステンレス鋼材を冷延鋼板とする場合、最終的な冷間圧延(以下、「調質圧延」という)において良好な延性向上作用を安定して実現するためには、C含有量を0.095質量%超過とすることが非常に有効である。一方、C含有量が多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材が過度に硬化し、加工性を害するようになる。そのため、C含有量を0.160質量%以下、好ましくは0.155質量%以下とする。
【0017】
Siは、オーステナイト系ステンレス鋼材を高強度化するのに有効な元素である。また、Siは、脱酸剤として使用される元素でもある。これらの作用を得るために、Si含有量を0.20質量%以上、好ましくは0.30質量%以上、より好ましくは0.40質量%以上とする。一方、オーステナイト系ステンレス鋼材を低磁性又は非磁性とするために、Si含有量を1.20質量%以下、好ましくは1.10質量%以下とする。
【0018】
Mnは、オーステナイト相の安定化元素である。オーステナイト系ステンレス鋼材を低磁性又は非磁性とするためには、Mn含有量を2.00質量%以上、好ましくは3.00質量%以上とする。一方、Mn含有量が多すぎると、熱間加工性や低温靭性が低下する。そのため、Mn含有量を6.00質量%以下、好ましくは5.55質量%以下とする。
【0019】
Niは、オーステナイト系ステンレス鋼材の基本成分である。オーステナイト系ステンレス鋼材を低磁性又は非磁性とするためには、Ni含有量を2.50質量%以上、好ましくは3.00質量%以上とする。一方、Ni含有量が多すぎると、強度の上昇作用が小さくなる。そのため、Ni含有量を6.00質量%以下、好ましくは5.90質量%以下とする。
【0020】
Crは、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性を担う基本成分である。オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性を十分に確保するためには、Cr含有量を14.00質量%以上、好ましくは15.00質量%以上とする。一方、Cr含有量が多すぎると、δフェライト相が生成し易くなり、低磁性又は非磁性とすることができなくなる。そのため、Cr含有量を19.50質量%以下、好ましくは19.00質量%以下とする。
【0021】
Nは、オーステナイト相の安定化元素である。また、Nは、オーステナイト系ステンレス鋼材を低磁性又は非磁性としつつ高強度化を図る上で重要な元素である。これらの作用を十分に発揮させるためには、N含有量を0.090質量%以上、好ましくは0.095質量%以上、より好ましくは0.100質量%以上とする。一方、N含有量が多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の延性が低下する要因となる。そのため、N含有量を0.210質量%以下、好ましくは0.200質量%以下とする。
【0022】
Cuは、オーステナイト相の安定化元素である。オーステナイト系ステンレス鋼材を低磁性又は非磁性とするためには、Cu含有量を0.50質量%以上、好ましくは0.60質量%以上とする。一方、Cu含有量が多すぎると、熱間加工性が低下する要因となる。そのため、Cu含有量を3.60質量%以下、好ましくは3.50質量%以下とする。
【0023】
Moは、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性及び加工硬化性の向上に有効な元素である。これらの作用を十分に得るために、Mo含有量を0.10質量%以上、好ましくは0.15質量%以上とする。一方、Mo含有量が多すぎると、δフェライト相が生成し易くなり、低磁性又は非磁性とすることができなくなる。そのため、Mo含有量を1.50質量%以下、好ましくは1.45質量%以下とする。
【0024】
Caは、不可避的不純物として含まれ得るSを硫化物として固定し、熱間加工性を向上させる元素である。この作用を十分に得るためには、Ca含有量を0.0005質量%以上、好ましくは0.0010質量%以上とする。一方、Ca含有量が多すぎると、靭性、延性及び清浄性が低下する。そのため、Ca含有量は、0.0150質量%以下、好ましくは0.0100質量%以下とする。
【0025】
V、Nb及びTiは、加工硬化能を高める作用を有する元素である。ただし、これらの元素の含有量が多すぎると、δフェライト相が生成し易くなり、低磁性又は非磁性とすることができなくなる。そのため、V、Nb及びTiの含有量は、それぞれ0.35質量%以下とすることが好ましい。一方、V、Nb及びTiの含有量の下限は、特に限定されないが、上記の作用を安定して得る観点から、それぞれ0.10質量%以上とすることが好ましい。
【0026】
C及びNの合計含有量は、オーステナイト系ステンレス鋼材のばね性と関係する。ばね性(弾性限界応力)の評価指標である「0.01%耐力」を向上させるためには、C及びNの合計含有量を十分に確保する必要がある。そのため、良好なばね性、特に0.01%耐力を500N/mm2以上を得るためには、C及びNの合計含有量を0.25質量%以上とする。一方、C及びNの合計量の上限は、特に限定されないが、好ましくは0.340質量%以下、より好ましくは0.330質量%以下である。
【0027】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、下記式(1)で表されるMD値が-70以下、好ましくは-71以下に制御される。
MD=551-462(C+N)-9.2Si-19.1Mn-29(Ni+Cu)-13.7Cr-18.5Mo (1)
式(1)中、各元素記号は各元素の含有量(質量%)である。
ここで、式(1)で定義されるMD値は、加工誘起マルテンサイト相の生成し易さを表す指標である。MD値が低いほど、加工誘起マルテンサイト相が生成し難く、調質圧延などの加工後に安定して低磁性又は非磁性を実現する上で有利となる。
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、MD値を-70以下に制御することにより、加工誘起マルテンサイト相の量(以下、「加工誘起マルテンサイト量」という)を少なくし(特に、6.0体積%以下に調整し)、低磁性又は非磁性を実現することができる。なお、MD値の下限は、特に限定されないが、好ましくは-220以上、より好ましくは-200以上、さらに好ましくは-150以上である。
【0028】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、下記式(2)で表されるδcal値が3.20以下、好ましくは3.00以下、より好ましくは2.00以下である。
δcal=-15-44.91C-0.88Mn-2.31Ni+2.2Cr-1.08Cu-28.8N (2)
式(2)中、各元素記号は各元素の含有量(質量%)である。
ここで、式(2)で定義されるδcal値は、連続鋳造で製造したスラブ(鋳片)を1230℃で2時間加熱した後の、スラブの厚さ中央部におけるδフェライト相の量(以下、「δフェライト量」という)を表す指標である。スラブに存在するδフェライト量が多すぎると、その後の工程(圧延工程など)で完全に消失させることが困難となる場合があり、低磁性又は非磁性の実現に支障となる。また、スラブにおけるδフェライト量は、熱間加工性にも大きく影響する。例えば、Mn及びCuの含有量が多い組成系では、スラブの加熱時にCu-Mn相が析出し易くなる。このCu-Mn相は融点が低く、熱間圧延温度域で脆弱であるため、熱間圧延時に「二枚割れ」が発生する要因となる。このCu-Mn相の析出量はδフェライト量と相関があり、δフェライト量が多くなるにつれてCu-Mn相の析出量が増大する。また、δフェライト量が少なすぎると、熱間圧延時に表面にヘゲ疵や板幅方向端部に耳割れも発生し易くなる。
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、δcal値を3.20以下に制御することにより、スラブに存在するδフェライト量を適切な範囲に調整し、低磁性又は非磁性を実現するとともに、熱間加工性を向上させ、二枚割れ、ヘゲ疵、耳割れなどの欠陥を生じ難くすることができる。なお、δcal値の下限は、特に限定されないが、好ましくは-11以上、より好ましくは-10以上、さらに好ましくは-9以上である。
【0029】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材の形態は、鋼板、鋳造品などの様々な形態とすることができるが、好ましくは鋼板、より好ましくは冷延鋼板である。
オーステナイト系ステンレス鋼材の厚さは、用途に応じて適宜調整すればよいが、好ましくは0.02~1.5mmである。
【0030】
上記のような特徴を有する本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、低磁性又は非磁性であるとともに、強度、延性及びばね性に優れている。そのため、特に薄肉化が要求されている電子機器部材(例えば、筐体、部品など)の材料として好適に用いることができ、電子機器部材の小型化及び軽量化を達成することができる。
【0031】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、一般的なステンレス鋼板の大量生産設備などを用い、当該技術分野において公知の方法に準じて製造することができる。例えば、本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材が冷延鋼板である場合、連続鋳造で得られたスラブを熱間圧延した後、冷間圧延することによって製造することができる。熱間圧延及び冷間圧延は、当該技術分野において公知の方法に準じて行うことができる。また、熱間圧延後及び冷間圧延後には、焼鈍及び酸洗などの公知の工程を実施してもよい。
【0032】
また、本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、組成を制御することによって熱間加工性を向上させているため、熱間圧延において1ヒート圧延を行うことができる。すなわち、本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、C:0.095質量%超過0.160質量%以下、Si:0.20~1.20質量%、Mn:2.00~6.00質量%、Ni:2.50~6.00質量%、Cr:14.00~19.50質量%、N:0.090~0.210質量%、Cu:0.50~3.60質量%、Mo:0.10~1.50質量%、Ca:0.0005~0.0150質量%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、C及びNの合計含有量が0.25質量%以上、下記式(1)で表されるMD値が-70以下、及び下記式(2)で表されるδcal値が3.20以下であるスラブを1180℃以上に加熱して1ヒート圧延する熱間圧延を行うことによって製造することができる。
MD=551-462(C+N)-9.2Si-19.1Mn-29(Ni+Cu)-13.7Cr-18.5Mo (1)
δcal=-15-44.91C-0.88Mn-2.31Ni+2.2Cr-1.08Cu-28.8N (2)
式(1)及び(2)中、各元素記号は各元素の含有量(質量%)である。
したがって、この製造方法は、2ヒート圧延(約850℃の低温で分塊圧延を行った後に仕上圧延を行う圧延)に比べて生産性を高めることができ、しかも二枚割れ、ヘゲ疵、耳割れなどの欠陥も生じ難い。
【0033】
熱間圧延後には、冷間圧延及び焼鈍を行い、次いで20~50%の圧延率で調質圧延を行うことが好ましい。このような圧延率で調質圧延を行うことにより、最終厚さが0.02mm~1.5mmの冷延鋼板を得ることができる。
【0034】
上記のような本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法は、1ヒート圧延する熱間圧延を行うことができるため、生産性が高く、二枚割れ、ヘゲ疵、耳割れなどの欠陥も生じ難い。そのため、この製造方法は、歩留りの向上、後工程の負荷及び製造コストの低減に寄与するだけでなく、製品特性を安定化させることが可能となる。
【0035】
本発明の実施形態に係る電子機器部材は、上記のオーステナイト系ステンレス鋼材から形成されている。上記のオーステナイト系ステンレス鋼材は、低磁性又は非磁性であるとともに強度、延性及びばね性に優れており、薄肉化することができるため、電子機器部材を小型化及び軽量化することができる。
電子機器部材としては、特に限定されないが、磁化され難い性質が要求される部材であることが好ましい。電子機器部材の例としては、電子機器を構成する筐体、部品などが挙げられる。
【実施例
【0036】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0037】
表1に示す組成のインゴットを溶製し、熱間圧延、焼鈍、酸洗、冷間圧延、焼鈍、酸洗及び調質圧延を順次行い、オーステナイト系ステンレス冷延鋼板(全てのサンプルにおいて板厚0.2mmとした)を得た。全てのサンプルにおいて、熱間圧延は、スラブを1230℃に加熱した後、1ヒート圧延することによって行った。1ヒート圧延は、パス数を10回とし、圧延率を95%とした。発明鋼の調質圧延は、表2に示す圧延率で実施した。なお、圧延率は下記式(3)で表すことができる。
圧延率(%)=(h0-h1)h0×100 (3)
式中、h0は圧延前の板厚(mm)、h1は圧延後の板厚(mm)である。
また、比較鋼については、3/4H仕上げ相当に調質した。
【0038】
【表1】
【0039】
上記で得られたオーステナイト系ステンレス冷延鋼板及びその製造工程中に得られた中間材について以下の評価を行った。
【0040】
(1)硬さ
オーステナイト系ステンレス冷延鋼板の圧延面を#600の研磨材で研磨した表面についてJIS Z2244:2009に従って、ビッカース硬さの測定(HV20)を行った。測定は、任意の5箇所で行い、その平均値を評価結果とした。
なお、ビッカース硬さが320HV以上、好ましくは345以上である場合に、強度が良好であると判断することができる。
【0041】
(2)引張試験
オーステナイト系ステンレス冷延鋼板から圧延方向が引張方向となるようにJIS 13B号試験片を採取した後、JIS Z2241:2011による引張試験を行い、0.2%耐力、引張強さ及び破断伸びを求めた。0.2%耐力、引張強さ及び破断伸びは、3つの試験片で測定し、その平均値を測定結果とした。
また、上記と同じようにして作製したJIS 13B号試験片を用い、引張速度5mm/分にて引張試験を行って得られた公称応力-ひずみ曲線から、オフセット法にて0.01%耐力を求めた。
なお、0.2%耐力が800N/mm2以上、好ましくは900N/mm2以上、引張強さが900N/mm2以上、好ましくは1000N/mm2以上、破断伸びが10%以上、好ましくは11%以上である場合に、延性が良好であると判断することができる。また、0.01%耐力が500N/mm2以上、好ましくは550N/mm2以上である場合に、ばね性が良好であると判断することができる。
【0042】
(3)加工誘起マルテンサイト量
オーステナイト系ステンレス冷延鋼板から25mm×25mmの試験片を5枚採取し、それら5枚の試験片を積層した状態で、フェライトスコープ(フィッシャー社製)を用いて磁性相であるマルテンサイト相の量を測定することによって、加工誘起マルテンサイト量を定めた。
【0043】
(4)磁性
オーステナイト系ステンレス冷延鋼板から直径5mm、板厚0.2mmの試験片を5枚採取し、それら5枚の試験片を積層した状態で、試料振動型磁力計(理研電子株式会社製、BHV525)を用いて掃引速度1kOe(79.58kA/m)/分で1kOe(79.58kA/m)の磁場を加えて磁化させ、そこで得られた磁場-磁化曲線の傾きより透磁率を求め、真空の透磁率4π×10-7H/mで除して比透磁率とした。透磁率の測定は5つの試験片で行い、各試験片で算出された比透磁率の平均値を測定結果とした。
なお、比透磁率は、1.10以下であれば非磁性(μ≦1.01)又は低磁性(1.01<μ≦1.10)であると判断することができる。
【0044】
(5)耳割れ及びヘゲ疵
熱間圧延後の中間材(熱延材)において、熱延材の表面におけるヘゲ疵の有無、熱延材の板幅方向端部における耳割れの有無を目視にて評価した。この評価において、ヘゲ疵又は耳割れが無かったものを〇、ヘゲ疵又は耳割れがあったものを×と表す。
【0045】
(6)熱間加工性
熱間圧延後の中間材(熱延材)から外径10mm、長さ120mmの試験片を採取し、グリーブル試験を行った。グリーブル試験は、次のようにして行った。まず、試験片を1180℃まで50℃/sで昇温して5分間保持した。次に、試験片を試験温度まで50℃/sで冷却して5分間保持した後、ひずみ速度10/sで引張試験を行った。ここで、試験温度は900~1150℃の範囲で50℃間隔の6条件にて行い、それぞれの絞り値を求めた。評価には1000℃における絞り値を採用した。
なお、1000℃は、鋼材に不可避的不純物として含まれるSが結晶粒界に偏析することで結晶粒界を低下させ、粒界割れが生じ易くなる温度である。したがって、1000℃の絞り値が60以上である場合に、熱間加工性が良好であると判断することができる。
上記の評価結果を表2に示す。
【0046】
【表2】
【0047】
表2に示されるように、発明鋼A1~A17は、全ての評価結果が良好であり、低磁性又は非磁性であるとともに、強度、延性及びばね性に優れ、且つ熱間加工性が良好で耳割れやヘゲ疵の発生を抑制し得ることが確認された。
これに対して比較鋼B1~B7は、組成、MD値及びδcal値の1つ以上が所定の範囲外であったため、いくつかの評価結果が良好でなかった。
【0048】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、低磁性又は非磁性であるとともに、強度、延性及びばね性に優れ、しかも生産性が高いオーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法を提供することができる。また、本発明によれば、小型化及び軽量化が可能な電子機器部材を提供することができる。