(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-19
(45)【発行日】2024-06-27
(54)【発明の名称】添加剤
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240620BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20240620BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N1/00 G
(21)【出願番号】P 2020028151
(22)【出願日】2020-02-21
【審査請求日】2023-01-12
(31)【優先権主張番号】P 2019031635
(32)【優先日】2019-02-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】513066111
【氏名又は名称】株式会社細胞応用技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100116850
【氏名又は名称】廣瀬 隆行
(74)【代理人】
【識別番号】100165847
【氏名又は名称】関 大祐
(72)【発明者】
【氏名】井上 肇
(72)【発明者】
【氏名】藤田 千春
【審査官】松村 真里
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-534815(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107267447(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104906634(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第108543064(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第1865436(CN,A)
【文献】Journal of Dermatological Science,2018年,Vol.89, No.3,p.272-281
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
CD29陽性又はCD49f陽性であり,
CD34,CD90,CD200,CD271,LGR-5,K14及びK15のすべてについて陰性である細胞表面を有する
表皮幹細胞。
【請求項2】
請求項1に記載の
表皮幹細胞であって,
色素細胞を含む
表皮幹細胞。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の
表皮幹細胞を培養するための培地に添加される添加剤であって,
ヒト組換えアルブミン(rHSA),ヒト組換え上皮成長因子(EGF),副腎皮質糖質コルチコイド,エイコサノイド,及びインシュリンを含む,添加剤。
【請求項4】
請求項3に記載の添加剤であって,前記副腎皮質糖質コルチコイドが,ヒドロコルチゾンである添加剤。
【請求項5】
請求項3に記載の添加剤であって,前記エイコサノイドがプロスタグランジンE1である添加剤。
【請求項6】
請求項3に記載の添加剤であって,さらにプロスタグランジンF2a,塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF),及びコレラトキシンのいずれか1種又は2種以上を含む,添加剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,動物由来の成分を含まない細胞培養用の添加剤,その添加剤を用いた培地,その培地を用いて皮膚組織由来の細胞を製造する方法,その方法により調製され,既存の培地で培養されたものとは異なる特性を有する皮膚組織由来の細胞,及びその細胞に由来する培養上清,その皮膚組織由来の細胞又は培養上清を含む剤などに関する。
【背景技術】
【0002】
特許5253749号公報には,表皮シートの作製方法が記載されている。この方法は,多血小板血漿を添加した無血清培地中で表皮幹細胞を初代培養した後,多血小板血漿を添加しない無血清培地に培地交換して継代培養し,コンフルエントになったら多血小板血漿を添加した無血清培地に再び培地交換して表皮幹細胞を分化誘導することを特徴とする。この方法は,優れた方法であるものの,初代培養の際に,患者由来の多血小板血漿が必要であり,アニマルフリー技術は確立されていない。
【0003】
特許第4385076号公報には,動物細胞を無血清培養するための培地用添加剤が開示されている。この剤は,増殖因子として,FGF(線維芽細胞増殖因子),PDGF(血小板由来増殖因子),EGF(上皮成長因子),インシュリン,TGF(トランスフォーミング増殖因子)-β及びHGF(肝細胞増殖因子)と,リン脂質を含む。活性を有する組換えTGF-βを発現させるために,HEK293細胞(ヒト株化細胞)又はCHO細胞(ハムスター株化細胞)を使用する必要がある。このため,TGF-βを含む培地は,必然的に動物由来の成分を含むこととなる。組換えHGFも,例えば昆虫細胞であるSf9で発現されるものである。このため,HGFを含む培地は,必然的に動物由来の成分を含むこととなる。つまり特許第4385076号公報に開示された培地は,無血清培養するためのものとされているものの,必然的に動物細胞由来の組織を含むこととなる。
【0004】
再生医療等で使用される細胞は,生物学的な安全性が確保された製剤であることが望ましい。細胞の調製に使用される培地にヒト又は動物由来成分が含まれると,ウイルス等の病原体が混入する潜在的な危険性がある。再生医療は,安全な医療技術であることが極めて重要である。中でも皮膚組織由来の細胞は,再生医療を牽引するシーズであるものの,病原体混入リスクを回避して,皮膚組織由来の細胞を培養するための技術が達成されていない。
【0005】
培地が動物由来の成分を含む場合,ウイルスによる汚染といった様々な問題をひき起こす危険性を内包する。このため,動物由来成分を含まず,培養効率の高い皮膚組織由来の細胞培養用の培地,その培地を用いた安全性の高い皮膚組織由来の細胞及びその培養方法,及び様々な効果を有する培養上清が望まれる。さらに,そのような皮膚組織由来の細胞又は培養上清を有効成分として含む各種疾患の予防剤又は治療剤が望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許5253749号公報
【文献】特許第4385076号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
皮膚組織由来の細胞を,動物由来の成分を用いずに培養(特に初代培養)できるようにするための添加剤や,その添加剤を含む培地(特に初代培養用の培地)を提供することが望まれる。さらには,そのような添加剤や培地を用いた,皮膚組織由来の細胞の培養方法も望まれる。また,さらに,組織再生に関与する増殖因子などの分泌物を多く含む細胞の培養方法が望まれた。皮膚組織由来の細胞を培養して得られる細胞が,より元の細胞色に近い細胞となるような培養方法が望まれた。本発明は,上記の課題のうち少なくとも一つを解決しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この明細書のある態様は,上記の課題は,例えば,アルブミン,上皮成長因子(EGF),副腎皮質糖質コルチコイド,エイコサノイド,及びインシュリンの組み合わせを用いることで,解決できるという知見に基づく。
【0009】
この明細書に記載される態様の例のひとつは,皮膚組織由来の細胞を培養する際の培地に添加される添加剤に関する。この添加剤は,アルブミン,上皮成長因子(EGF),副腎皮質糖質コルチコイド,エイコサノイド,及びインシュリンを含む。副腎皮質糖質コルチコイドの例は,ヒドロコルチゾンである。エイコサノイドの例は,プロスタグランジンE1である。この添加剤は,例えば,皮膚組織由来の細胞を培養するとともに,皮膚組織に存在する色素細胞を活性化するために用いられる。
【0010】
上記の添加剤の好ましい例は,さらにプロスタグランジンF2a,塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF),及びコレラトキシンのいずれか1種又は2種以上を含むものである。
【0011】
この明細書に記載される態様の例のひとつは,皮膚組織を培養するための培地に関する。この培地は,上記した添加剤を含む。この培地は,特に初代培養に好ましく用いられる。
【0012】
この明細書に記載される態様の例のひとつは,皮膚組織由来の細胞の培養方法に関する。この方法は,初代培養に用いられる培地に,上記した添加剤を添加する方法であることが好ましい。
【0013】
この明細書に記載される態様の例のひとつは,皮膚組織由来の幹細胞の培養上清の製造方法に関する。この方法は,初代培養に用いられる培地に,上記した添加剤を添加する方法であることが好ましい。
【0014】
この明細書に記載される態様の例のひとつは,培養皮膚シートの製造方法に関する。この方法は,皮膚組織由来の細胞培養に用いられる培地に,アルブミン,上皮成長因子(EGF),副腎皮質糖質コルチコイド,エイコサノイド,及びインシュリンを含む,添加剤を添加する工程を含む。そして,培養皮膚シートの例は,皮膚再生用シート又は薬効試験用皮膚シートである。
【0015】
この明細書に記載される態様の例のひとつは,皮膚組織由来の培養細胞に関する。この皮膚組織由来の培養細胞は,CD29陽性又はCD49f陽性であり,CD34,CD90,CD200,CD271,LGR-5,K14及びK15のいずれか1つ以上について陰性である細胞表面を有する。
【発明の効果】
【0016】
この明細書に記載されたいずれかの発明(本発明)によれば,皮膚組織由来の細胞を,動物由来の成分を用いずに培養(特に初代培養)できるようにするための添加剤や,その添加剤を含む培地(特に初代培養用の培地)を提供できる。また,本発明によれば,そのような添加剤や培地を用いた,皮膚組織由来の細胞の培養方法を提供できる。また,本発明は,組織再生に関与する増殖因子などの分泌物を多く含む細胞の培養方法を提供できる。本発明は,皮膚組織由来の細胞を培養して得られる細胞が,より元の細胞色に近い細胞となるような培養方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は,表皮幹細胞の集団倍加レベル(PDL)の計測結果を示す図面に代わるグラフである。
【
図2-1】
図2-1は,細胞表面マーカーの解析結果を示す図面に代わるグラフである。
【
図3】
図3は,色素細胞の黒色部分の面積の割合を示す図面に代わるグラフである。
【
図4】
図4は,色素細胞の黒色部分の面積の割合を示す図面に代わるグラフである。
【
図5】
図5は,実施例6における細胞の顕微鏡画像を示す図面に代わる写真である。
図5(a)及び
図5(b)は,それぞれ実施例6において得られた細胞の顕微鏡画像(40倍)及び顕微鏡画像(100倍)であり,
図5(c)及び
図5(d)は,それぞれ比較例である従来法に基づいて得られた細胞の顕微鏡画像(40倍)及び顕微鏡画像(100倍)である。
【
図6】
図6は,実施例6における実施例と比較例について,色素細胞の黒色部分の面積の割合を測定した結果を示す図面に代わるグラフである。
【
図7】
図7は,実施例6における実施例と比較例について,色素細胞の数を比較した結果を示す図面に代わるグラフである。
【
図8】
図8は,表皮シートの顕微鏡画像(40倍、200倍)を示す図面に代わる写真である。
図8(a)及び
図8(b)は,それぞれ得られた表皮シートの顕微鏡画像(40倍)及び顕微鏡画像(200倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下,本発明を実施するための形態について説明する。本発明は,以下に説明する形態に限定されるものではなく,以下の形態から当業者が自明な範囲で適宜修正したものも含む。
【0019】
添加剤
この明細書に記載される態様の例のひとつは,皮膚組織由来の細胞を培養する際の培地に添加される添加剤に関する。この添加剤は,アルブミン,上皮成長因子(EGF),副腎皮質糖質コルチコイド,エイコサノイド,及びインシュリンを含む。副腎皮質糖質コルチコイドの例は,ヒドロコルチゾンである。エイコサノイドの例は,プロスタグランジンE1である。この添加剤は,例えば,皮膚組織由来の細胞を培養するとともに,皮膚組織に存在する色素細胞を活性化するために用いられる。
【0020】
皮膚組織由来の細胞の例は,表皮細胞,角化細胞,表皮幹細胞,色素細胞及び色素幹細胞である。
【0021】
この添加剤は,組換えタンパク質を含んでいる。組換えタンパク質は,ヒト又は動物細胞で発現された組換えタンパク質も考えられるものの,植物,酵母,又は大腸菌などで発現したものが好ましい。アルブミン等の高分子量の組換えタンパク質は,具体的な宿主の例として,イネ,タバコ,又は出芽酵母が適しており,さらに好適には出芽酵母やメタノール資化性酵母が好ましい。また本発明は,適宜市販のアニマルフリー組換えタンパク質を購入して用いることができる。その際,購入した組換えタンパク質製品に,ヒト及び動物由来の成分や,ヒト及び動物由来の成分を用いなければ製造できない成分が含まれていないこと確認した後に,組換えタンパク質を用いることが好ましい。具体的な確認の方法としては,組換えタンパク質の製造者への実地監査または書面での確認,及び,使用原材料に関しての証明書の取得などが方法として取り得る。つまり,アニマルフリー組換えタンパク質として販売され,実際にヒト及び動物由来成分が検出限界以下であっても,培養培地の成分にヒト及び動物由来の成分を用いて培養したものが含まれていることがある。そのような場合,培養物に,ヒト又は動物由来の成分に起因したウイルス等の感染性因子が入り込むリスクを持ち込むこととなる。このため,一次原料のみならず二次原料まで含めて,ヒト及び動物由来の成分が含まれないことを確認することが望ましい。
【0022】
アルブミン
この添加剤は,血清アルブミン又は組換え血清アルブミンを含む。組換え血清アルブミンとして好ましいものは,ヒト組換え血清アルブミン(rHSA)である。公知の方法を用いて本明細書における組換えタンパク質(遺伝子組換えタンパク質)を製造することができる。ヒト及び動物細胞に依存しない組換え体ヒト血清アルブミン(rHSA)は,例えば,イネ(Oryza sativa)の胚乳中に産生したrHSAがIBUKI(登録商標)として販売されている。また,酵母発現rHSAもノボザイム社から発売されているとおり,公知である。本発明では,公知の組換え血清アルブミンを適宜用いることができる。また,公知の遺伝子組み換え技術を用いて組換え血清アルブミンを得てもよい。このような組換え血清アルブミンの例は,植物または酵母で発現・精製された組換え血清アルブミンである。植物の例は,イネ又はタバコであり,酵母の例は出芽酵母などである。本発明の培地は,組換え血清アルブミンを,1μg/mL以上1mg/mL以下含むことが望ましく,10μg/mL以上100μg/mL以下でもよく,20μg/mL以上50μg/mL以下でもよい。
【0023】
上皮成長因子(EGF)
添加剤は,各種組換えタンパク質である成長因子を含んでもよい。好適な成長因子の例は,上皮成長因子(EGF)である。EGFとして好ましいものは,ヒト組換えEGFである。例えばペテロテック社は,アニマルフリーの組換え体ヒトEGFを販売している。またミルテニーバイオテクも,本発明の実施例で用いたとおり,アニマルフリーの組換え体ヒトEGFを販売している。このため本発明では,市販されているアニマルフリーのヒト組換えEGFを適宜用いることができる。本発明の培地は,EGFを,10pg/mL以上1μg/mL以下含むことが望ましく,100pg/mL以上100ng/mL以下でもよく,100pg/mL以上10ng/mL以下でもよいし,500pg/mL以上5ng/mL以下でもよい。
【0024】
この添加剤は,副腎皮質糖質コルチコイドを含む。副腎皮質糖質コルチコイドは,副腎皮質から分泌される糖質コルチコイド,又は鉱質コルチコイドであってもよい。具体的な副腎皮質糖質コルチコイドは,ヒドロコルチゾン,デキサメタゾン,ベタメタゾン及びプレドニゾロンである。本発明の培地は,副腎皮質糖質コルチコイドを,10pg/mL以上1mg/mL以下含むことが望ましく,100pg/mL以上100μg/mL以下でもよく,1ng/mL以上500μg/mL以下でもよい。本発明の培地が2種以上の副腎皮質糖質コルチコイドを含む場合,含まれる副腎皮質糖質コルチコイドの特性に応じて適宜配合量を調整すればよい。ヒドロコルチゾンを用いる場合の濃度の例は,0.01μMから0.50μMである。
【0025】
本発明の添加剤は,エイコサノイドを含む。エイコサノイドの例は,プロスタサイクリンおよびプロスタグランジンであり,具体的なエイコサノイドは,プロスタグランジンE1,プロスタグランジンE2,プロスタグランジンF2a及びプロスタグランジンI2である。これらの中では,プロスタグランジンE1,及びプロスタグランジンI2が好ましい。皮膚組織に存在する色素細胞を活性化する場合は,プロスタグランジンF2aをさらに添加することが望ましい。本発明の培地は,エイコサノイドを10pg/mL以上1mg/mL以下含むことが望ましく,100pg/mL以上100μg/mL以下でもよく,1ng/mL以上500μg/mL以下でもよい。
【0026】
本発明の添加剤は,塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF),及びコレラトキシンのいずれか1種又は2種以上含んでもよい。特に,色素細胞を多く含有する培養皮膚シートを製造する場合,または色素細胞を活性化する場合は,塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF),及びコレラトキシンのいずれか1種又は2種以上含むことが好ましい。これらは,培地に10pg/mL以上1mg/mL以下含まれることが望ましく,100pg/mL以上100μg/mL以下でもよく,1ng/mL以上500μg/mL以下でもよい。
【0027】
この添加剤は,インシュリンを含む。インシュリンとして好ましいものは,ヒト組換えインシュリンである。例えば,和光純薬社は,出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)を用いて産生したアニマルフリーの組換え体ヒトインシュリンを販売している。またギブコ社は,アニマルフリーの組換え体ヒトインシュリンを販売している。このため本発明では,市販されているアニマルフリーのヒト組換えインシュリンを適宜用いることができる。本発明の培地は,ヒト組換えインシュリンを,0.1μg/mL以上1mg/mL以下含むことが望ましく,1μg/mL以上100μg/mL以下でもよく,5μg/mL以上50μg/mL以下でもよい。
【0028】
添加剤は,CD29陽性又はCD49f陽性であり,CD34,CD90,CD200,CD271,LGR-5,K14及びK15のいずれか1つ以上について陰性である細胞表面を有する細胞を培養するための添加剤であることが好ましい。この細胞は,皮膚組織由来の培養細胞であることが好ましく,培養により得られた細胞(生体から採取された状態の細胞ではない)は,CD29及びCD49f陽性であってもよい。また,この細胞は,CD34,CD90,CD200,CD271,LGR-5,K14及びK15のすべてが陽性であってもよい。また,この細胞は,幹細胞であってもよい。
【0029】
添加剤は,液状であってもよいし,その他の性状であってもよい。液状の場合,溶媒として,純水,又は生理食塩水を含んでもよい。さらに,この添加剤は,培地に添加され得る各種の成分を適宜含んでもよい。
【0030】
この添加剤は,皮膚組織由来の細胞をアニマルフリーに培養するために好ましく用いることができる。また,この添加剤は,例えば,皮膚組織由来の細胞を培養するとともに,皮膚組織に存在する色素細胞を活性化するために用いられる。すると,例えば皮膚細胞が,通常の培養と異なり,患者の皮膚と同様の色味を有するように培養でき,さらに患者の皮膚より若く見える細胞となるように培養することもできる。
【0031】
培地
この明細書に記載される態様の例のひとつは,皮膚組織を培養するための培地に関する。この培地は,上記した添加剤を含む。この培地は,特に初代培養に好ましく用いられる。
この培地は,無血清培地であることが好ましい。さらにこの培地は,ヒト又は動物由来の成分を含まない培地であることが好ましい。
【0032】
先に説明したとおり,本発明の培地は,公知の培地における成分を適宜含んでもよい。また,例えば,特許第4385076号公報には動物細胞を無血清培養するための培地が開示されている。このように公知の文献に記載される要素を適宜本発明の培地に添加してもよい。
【0033】
本発明の培地は,基本培地として公知のものを適宜用いてもよい。そのような基本培地の例は,MEM培地,ダルベッコMEM(登録商標)培地,ハムF12(登録商標)培地,マッコイ5A(登録商標)培地,199培地ア―ル液(登録商標),RPMI1640(登録商標)培地,F―10ハム培地,MEM-α培地,DMEM/F12培地,MCDB131,MCDB201,及びEpiLife培地である。これらの中では,EpiLife培地が最も好ましい。
【0034】
培地のpHは,5%濃度CO2環境で平衡化された際にpH6.8-7.8の範囲で調整され,pH7.2(±0.1)であることがより好ましい。緩衝材(例えば,重炭酸ナトリウム)や塩酸及び水酸化ナトリウムといったpH調整剤を用いて,基本培地の酸性度を適宜調整してもよい。
【0035】
本発明の培地は,様々な低分子化合物を適宜含んでもよい。たとえば,本発明の培地は,抗酸化剤を含むことが好ましい。抗酸化剤の例は,メラトニン(Melatonin),n-アセチル-L-システイン,還元型グルタチオン及びアスコルビン酸からなる群から選択される1または2以上の成分である。本発明の培地は,リン脂質(例えば,フォスファチジルセリン,フォスファチジルエタノールアミン,及びフォスファチジルコリンなど)や脂肪酸(例えば,リノール酸,オレイン酸,リノレイン酸,アラキドン酸,ミリスチン酸,パルミトイル酸,パルミチン酸,及びステアリン酸)を適宜含んでもよい。本発明の培地に添加してもよい。他の成分の例は,トランスフェリン,セレン酸塩,グルコース,D-ビオチン,D-パントテン酸カルシウム,塩化コリン,葉酸,ミオイノシトール,ニコチンアミド,p-アミノ安息香酸,ピリドキサール塩酸,塩酸ピリドキシ,リボフラビン,塩酸チアミン,ビタミンB12,ピルビン酸ナトリウム,チミジン,ヒポキサンチン,亜セレン酸ナトリウム,硫酸ストレプトマイシン,ペニシリンGカリウム塩,及びフェノールレッドである。
【0036】
皮膚組織由来の細胞の培養方法
この明細書に記載される態様の例のひとつは,皮膚組織由来の細胞の培養方法に関する。この方法は,初代培養に用いられる培地に,上記した添加剤を添加する方法であることが好ましい。細胞の培養方法は,公知であるから,公知の方法に従って細胞を培養すればよい。培養に際しては,後述する例えば,上記した本発明の培地を用いて,フラスコまたはシャーレといった容器を用いて,接着培養を行う。例えば,90~95%コンフルエントになった時点で継代を繰り返し,必要に応じて継代の途中でも後述する陰性マーカーや,陽性マーカーの発現を,フローサイトメーターや細胞免疫染色法で確認する。初代培養開始から例えば3週間以内に,1x108個オーダー以上の細胞を含む細胞集団を得ることができる。その後,適宜,細胞製剤のエンドトキシン濃度,無菌性試験,特定ウイルス感染否定試験,マイコプラズマ否定試験,生存率などの必要な品質管理基準項目について試験を行ってもよい。
【0037】
例えば,この細胞が幹細胞である場合は,幹細胞は様々な増殖因子などを分泌するので,各種疾患の治療剤の製造方法として利用され得る。また,そのような幹細胞や,幹細胞の培養上清を含む剤は,各種疾患の治療剤として利用され得る。
【0038】
皮膚組織由来の幹細胞
この明細書は,皮膚組織由来の幹細胞を提供する。この皮膚組織由来の幹細胞は後述する実施例において見出された各種マーカーによって特定される特徴を有するものであることが好ましいこの側面の好ましい利用態様は,皮膚組織由来の幹細胞を有効成分として有効量含む組織修復剤,免疫調節剤,アポトーシス抑制剤,血管新生剤,又は抗炎症剤である。この幹細胞を含む医薬又は医薬組成物を本発明の剤ともよぶ。
【0039】
本発明の剤
本発明の剤は,当業者に公知の方法で製造すればよい。本発明の剤は,経口用製剤および非経口用製剤として製造することができるが,好ましくは非経口用製剤である。このような非経口用製剤は,液剤(水性液剤,非水性液剤,懸濁性液剤,乳濁性液剤など)としてもよいし,固形剤(粉末充填製剤,凍結乾燥製剤など)としてもよい。また,本発明の剤は,徐放製剤としてもよい。生きた細胞を剤とする場合の剤形としては液剤が好ましく,細胞の部分成分もしくは死細胞全体を剤とする場合の剤形としては,液剤も固形剤も選択できる。
【0040】
液剤を製造する方法は,公知の方法を採用することができる。例えば,皮膚組織由来の幹細胞を薬学的に許容された溶媒に混合し,滅菌された液剤用の容器に充填することで製造することができる。薬学的に許容された溶媒の例は,注射用水,蒸留水,生理食塩水,電解質溶液剤,若しくは培養液に準ずる組成の液剤であり,滅菌された溶媒を用いることが好ましい。生きた細胞を剤とする場合は,適切に浸透圧が細胞と等張になるように調整された溶媒であることが望ましい。滅菌された液剤用の容器の例は,アンプル,バイアル,シリンジ,及びバッグである。これら容器は,ガラス製やプラスチック製など公知の容器を用いることができる。具体的には,プラスチック製容器の例は,ポリ塩化ビニル,ポリエチレン,ポリプロピレン,エチレン・酢酸ビニル・コポリマーなどの材質を用いたものである。これら容器や溶剤の滅菌法の例は,加熱法(火炎法,乾燥法,高温蒸気法,流通蒸気法,煮沸法など),濾過法,照射法(放射線法,紫外線法,高周波法など),ガス法,及び薬液法である。このような滅菌法は,容器の材質,溶剤の性質に応じて,当業者であれば適宜選択して用いることができる。
【0041】
本発明の皮膚組織由来の幹細胞を液剤として治療に用いる場合,移植法として静脈内注射が最も多用され得る。例として,静脈内注射の場合においては,1×105細胞/mL以上5×107細胞/mL以下で液剤として調整することが好ましく,1×106細胞/mL以上1×107細胞/mLがさらに好適である。また,ヒトにおいて静脈内注射1投与単位として調整される皮膚組織由来の幹細胞剤としては,1×105細胞以上1×109細胞が好ましく,2×107細胞以上2×108細胞がさらに好適である。その他の投与ルートについては,組織へ移植可能な液量と,その液量に懸濁可能な最大の細胞数以下の範囲において,用いることができる。
【0042】
本発明の皮膚組織由来の幹細胞,培養細胞,及び培養上清を用いて,医療用シートを作成できる。医療用シートは,通常,対象者に貼り付けることで,有効成分である幹細胞,培養細胞,及び培養上清(又はその分泌物)が,対象者に投与されることとなる。このような医療用のシートは例えば特許第6130588号公報に皮膚再生または傷治療用シートとして記載されているように公知である。そのため,本発明の医療用シートも,これらと同様にして製造し,使用することができる。
【0043】
固形剤を製造する方法として,例えば,凍結乾燥法,スプレードライ(噴霧乾燥)法,及び無菌再結晶法を用いることができる。
【0044】
また,本発明は,本発明の皮膚組織由来の幹細胞を含む剤と医療用具を組み合わせたキット製品として提供することも可能である。例えば,本発明の皮膚組織由来の幹細胞を含む剤を注射筒等の医療用具にあらかじめ充填したもの,1つのソフトバックに離壁を介して一方に固形剤を,他方に溶剤を充填し,使用時に離壁を開通して混合できるようにしたものなどがあげられる。このようにすることで,使用時に医療従事者が調製する負担を軽減できるだけでなく,細菌汚染や異物混入などを防止することができ,好適に使用することができる。このような注射筒やソフトバックは公知であるので,医療従事者であれば適宜使用することができる。
【0045】
本発明の皮膚組織由来の幹細胞を含む剤は,静脈内投与,動脈内投与,筋肉内投与,皮下投与,腹腔内投与,鼻腔内投与,脊髄管腔内移植,関節内移植,歯肉内注射などの公知の投与方法を用いて投与することができる。投与形態の好ましい例は,注射による投与であり,静脈内投与の場合は,点滴によって本発明の剤を注入することもよい。また,本発明の剤は,患部や対象部位に直接注射してもよく,また外科手術により患部を開口し本発明の剤を投与することも可能である。
【0046】
本発明の剤は,有効成分としての皮膚組織由来の幹細胞が,薬学的に許容される担体又は媒体とともに調整されてもよい。薬学的に許容される担体又は媒体は,例えば,賦形剤,安定化剤,溶解補助剤,乳化剤,懸濁化剤,緩衝剤,等張化剤,抗酸化剤,又は保存剤など薬学的に許容される物質があげられる。また,ポリエチレングリコール(PEG)などの高分子材料やシクロデキストリン等の抱合化合物を使用することもできる。賦形剤の例は,デンプンや乳糖などそれ自体が薬理作用を有さないものである。安定化剤の例は,アルブミン,ゼラチン,ソルビトール,マンニトール,乳糖,ショ糖,トレハロース,マルトース,及びグルコースである。これらのうちでは,ショ糖又はトレハロースが好ましい。溶解補助剤の例は,エタノール,グリセリン,プロピレングリコール,及びポリエチレングリコールである。乳化剤の例は,レシチン,ステアリン酸アルミニウム,またはセスキオレイン酸ソルビタンである。懸濁化剤の例は,マクロゴール,ポリビニルピロリドン(PVP),またはカルメロース(CMC)である。等張化剤の例は,塩化ナトリウム,及びグルコースである。緩衝剤の例は,クエン酸塩,酢酸塩,ホウ酸,及びリン酸塩である。抗酸化剤の例は,アスコルビン酸,亜硫酸水素ナトリウム,及びピロ亜硫酸ナトリウムである。保存剤の例は,フェノール,チメロサール,及び塩化ベンザルコニウムである。
【0047】
本発明の剤の主成分である皮膚組織由来の幹細胞は,本発明の剤に有効量含まれていればよい。1回当たりの投与量と投与回数,投与の頻度は,投与する対象,年齢,症状などによって変化する。一般的には,1日の皮膚組織由来の幹細胞剤投与量の例は,静脈内注射1投与単位として,1×105細胞以上1×109細胞であり,好ましくは1×106細胞以上5×108細胞であり,より好ましくは1×107細胞以上2×108細胞である。または,体重1kg当たりの皮膚組織由来の幹細胞の1日の投与量の例は,1×104細胞以上1×108細胞であり,好ましくは1×105細胞以上5×107細胞であり,より好ましくは1×106細胞以上2×107細胞である。本発明の剤は,3日に1回の投与で合計8回投与しても良いし,連日投与を一週間継続しても良い。また,様々な頻度の投与期間に組合せにおいての使用もできる。1回で症状の改善が認められた著効例においては,初回のみの投与で終了しても良い。このように,本発明の剤は,疾患や症状の背景によって,多種多様な使用が可能であり,さらには,それぞれの投与における移植細胞数は、上述の範囲において,任意に設定が可能である。また,本発明の剤を徐放製剤として,皮下や関節腔内の移植部位に,長時間留置させることも可能である。このような徐放製剤とするには,公知の方法を利用すればよい。徐放製剤としたりすることで,生体内の薬剤濃度を一定に保ちやすくなるので,持続した薬効が得やすくなり,症状改善を認めるに至るまでの移植回数を減らす事により,患者への負担を減らすことができる。
【0048】
本発明は,各種疾患の予防剤又は治療剤を製造するための上記した本発明の皮膚組織由来の幹細胞の使用をも提供する。すなわち,先に説明したように,少なくとも一次原料及び二次原料においてヒト及び動物由来成分を使用せず製造された培養系により皮膚組織由来の幹細胞を得て,得られた皮膚組織由来の幹細胞を用いて,上記した各種疾患の予防剤又は治療剤を製造することができる。
【0049】
本発明は各種疾患の治療方法及び予防方法をも提供する。各種疾患の治療方法は,各種疾患に罹患した患者に上記のように製造された本発明の皮膚組織由来の幹細胞を有効成分として含む剤を,有効量投与する工程を含む。各種疾患の予防方法は,各種疾患に罹患するおそれのある患者に,上記のように製造された本発明の皮膚組織由来の幹細胞を有効成分として含む剤を,有効量投与する工程を含む。
【0050】
培養上清
この明細書は,皮膚組織由来の幹細胞を培養する際に得られる上清である皮膚組織由来の幹細胞由来培養上清をも提供する。この上清は,上記した皮膚組織由来の幹細胞を製造する方法において,細胞培養で使用した培地を遠心分離した際に得られる上澄みであってもよい。また,その上澄みを適宜精製したものであってもよい。また,上記した皮膚組織由来の幹細胞を製造する方法を用いた後,一般的な基本培地や,市販品培地,もしくは,独自組成の培養液や緩衝液で置換した後,皮膚組織由来の幹細胞から分泌された成分を含有する,上澄みであってもよい。さらには,上記した皮膚組織由来の幹細胞と組み合わせたものであってもよい。
【0051】
この側面の皮膚組織由来の幹細胞由来培養上清は,皮膚組織由来の幹細胞が含まれていてもよい。培養上清が皮膚組織由来の幹細胞を含む場合,その含有量は,先に説明した皮膚組織由来の幹細胞を含む治療剤の1/100以上1/1以下であってもよい(容量換算)。培養上清の例は,遠心分離により培養上清を固液分離して得られる上澄み成分である培養上清を,凍結乾燥により水分を除去して得られる処理物,エバポレーター等を用いて培養上清を減圧濃縮して得られる処理物,限外ろ過膜等を用いて培養上清を濃縮して得られる処理物,又はフィルターを用いて培養上澄みを固液分離して得られる処理物,もしくは,上述のような処理をする前の培養上清の原液である。また,例えば,本発明の皮膚組織由来の幹細胞を培養した上澄みを,遠心分離(例えば,1×1,000×g,10分)した後,硫安(例えば,65%飽和硫安)で分画し,沈殿物を適切な緩衝液で懸濁した後に透析処理を行い,シリンジフィルター(例えば,0.2μm)で濾過し,無菌的な培養上清を得てもよい。採取した培養上清を,そのまま用いても,また凍結保存しておき使用時に解凍して用いることもできる。また薬剤学的に許容される担体を加えて,取り扱いやすい液量,例えば0.2ml又は0.5ml等となるように滅菌容器に分注してもよい。さらに,感染性病原体リスクの対策として,培養上清をウイルスクリアランスフィルターやγ線照射により処理してもよい。
【0052】
この側面の好ましい利用態様は,培養上清を有効成分として有効量含む組織修復剤,免疫調節剤,アポトーシス抑制剤,血管新生促進剤,又は抗炎症剤である。
【0053】
培養上清を有効成分として含む剤は,例えば,特開2013-18756号公報,特許第5139294号公報,及び特許第5526320号公報に開示されるとおり公知である。したがって,本発明の培養上清を含む剤を,公知の方法を用いて製造することができる。
【0054】
本発明による培養上清の剤型としては,液剤と固形剤の両方を選択できる。タンパク質を主剤とするバイオ医薬品においては,安定性の問題から,保存性に優れる粉体化がしばしば選択される。本発明の培養上清もまた,安定性と保存期間の向上のために,固形剤として製造されることが望ましい。
【0055】
本発明の培養上清を含む剤は,静脈内投与,動脈内投与,筋肉内投与,皮下投与,腹腔内投与,鼻腔内投与,脊髄管腔内移植,関節内移植,歯肉内注射,塗布などの公知の投与方法を用いて投与することができる。本発明の剤は,患部や対象部位に直接注射してもよく,また外科手術により患部を開口し本発明の剤を投与することも可能である。対象となる疾患によって最適なあらゆる投与方法が可能である。移植法として静脈内注射を選択する場合においては,培養上清を1投与単位として1mL以上1,000mL以下であることが好ましく,さらに好ましくは,30mL以上300mL以下で投与される。
【0056】
本発明は,各種疾患の予防剤又は治療剤を製造するための上記した本発明の培養上清の使用をも提供する。すなわち,先に説明したように,少なくとも一次原料及び二次原料において,ヒト及び動物由来成分を用いないアニマルフリーな培養系により皮膚組織由来の幹細胞培養上清を得て,得られた皮膚組織由来の幹細胞培養上清を用いて,上記した各種疾患に対する安全な予防剤又は治療剤を製造することができる。
【0057】
本発明は各種疾患の治療方法及び予防方法をも提供する。各種疾患の治療方法は,各種疾患に罹患した患者に上記のように製造された本発明の培養上清を有効成分として含む剤を,有効量投与する工程を含む。各種疾患の予防方法は,各種疾患に罹患するおそれのある患者に,上記のように製造された本発明の培養上清を有効成分として含む剤を,有効量投与する工程を含む。予防剤においては,とりわけ副作用がないこと,及び病原体感染性リスクの懸念がないことが重要となる。本発明の培養上清による治療剤,予防剤は,その観点において,このような臨床利用の障壁を回避できる特徴を有する。
【0058】
この明細書は,培養皮膚シートの製造方法をも提供する。この方法は,皮膚組織由来の細胞培養に用いられる培地に,アルブミン,上皮成長因子(EGF),副腎皮質糖質コルチコイド,エイコサノイド,及びインシュリンを含む,添加剤を添加する工程を含む。この方法は,上記したいずれかの方法を適宜採用して修正等してもよい。また,この方法は,コンフルエントになるまで対象となる細胞を継続培養すればよい。また,継代培養後,表皮幹細胞の分化誘導を施し,さらに培養を継続した後に,分化した表皮シートを剥離することで培養皮膚シートを得ることができる。培養皮膚シートの例は,皮膚再生用シート又は薬効試験用皮膚シートである。皮膚再生用シートは,対象者の皮膚を再生するために用いられるシートである。皮膚再生用シートは,この明細書において表皮シートともよばれるほか,細胞シート(特許第6583830号公報),皮膚治療用移植材料(特許第6583830号公報),及びシート状細胞培養物(特許第6599095号公報)とも呼ばれる。薬効試験用皮膚シートは,ある医薬や化粧料が,対象者や一般人に有効であるか(アレルギー反応を起こすか否か,美白効果があるか否か,副作用があるかないか,染み抜き効果があるかないかなど)を試験するために用いられる代用皮膚シートである。例えば,特許5970184号公報には,培養角層シートを用いた化粧料の評価方法が記載されている。薬効試験用皮膚シートは,例えば,この公報に用いられた化粧料の評価方法にも用いることができる。
【0059】
この明細書は,培養細胞をも提供する。培養細胞は,CD34,CD90,CD200,CD271,LGR-5,K14及びK15のいずれか1つ以上について陰性である細胞表面を有する細胞である。この細胞は,皮膚組織由来の培養細胞であることが好ましく,培養により得られた細胞(生体から採取された状態の細胞ではない)は,CD29及びCD49f陽性であってもよい。また,この細胞は,CD34,CD90,CD200,CD271,LGR-5,K14及びK15のすべてが陽性であってもよい。また,この細胞は,幹細胞であってもよい。この細胞は,上記したいずれかの方法を用いて培養(製造)されたものであることが好ましい。
【0060】
この明細書は,上記した培養細胞,幹細胞,培養上清,又はこれらの分泌物を対象に投与する工程を含む,各種疾患の治療方法や,美容方法をも提供する。
【実施例1】
【0061】
〔初代表皮幹細胞培養工程〕
皮膚組織50cm2を2ミリメートルX50ミリメートルに細切した。
細切した組織を10%ポピヨード液(ヤクハン製薬株式会社)に2分間浸したのち,
組織を十分な量の等張性リン酸緩衝液(PBS)で2回洗浄した。
組織を30ml程度の1000U/ml DISPASEII(合同酒精:383-02281)含有ダルベッコ改変イーグル培地(DME培地)に浸し,4℃にて16時間静置した。
攝子を用い,組織から表皮を剥離し,それを0.02%EDTA/PBSで5倍希釈したTrypLE Select Enzyme(10X)(Gibco:A1217701)に浸し37℃の温浴で15分間処理した。
Cell strainer(100μm,BD ファルコン社製)で酵素処理後の表皮残渣を除去し,細胞懸濁液を得るとともに,EpiLife培地(Gibco:MEPI500CA)を2倍量添加し,酵素反応を停止させた。
1200回転,5分間,4℃で遠心分離し,上清を除去して表皮幹細胞の沈査を得た。
更にEpiLife培地を添加し,沈査を懸濁後,1200回転,5分間,4℃で遠心分離し,上清を除去した。
【0062】
サプリメント(30μg/ml組換えHSA,1ng/mlヒト組換えEGF,14.8ng/mlHydrocortisone(商品名:ソル・コーテフ,Pfizer),20ng/mlプロスタグランジンE1(商品名:プロスタンジン,丸石製薬株式会社),20μg/mlインシュリン(商品名:ヒューマリン,日本イーライリリー株式会社))含有EpiLife培地で沈査を懸濁し,25cm2フラスコに播種した。
【0063】
72時間後にサプリメント含有EpiLife培地に交換した。
以降,80%コンフルエントになるまで2,3日置きにサプリメント含有EpiLife培地を交換した。
【0064】
〔表皮幹細胞の継代培養〕
80%コンフルエントになった細胞の表面を,0.02%EDTA/PBSで洗浄し,0.02%EDTA/PBSにて10倍希釈したTrypLE Select Enzyme(10X)を用い細胞を剥離し,継代操作を行った。
【0065】
〔表皮幹細胞の集団倍加レベル(PDL)の計測〕
異なるドナー(No.1,No.2,No.3)それぞれについて初代培養及び5継代(P5)まで継代操作を行い,集団倍加レベル(PDL)を計測した。その結果を
図1に示す。
【0066】
結果
表皮幹細胞の初代培養において,完全アニマルフリー化を図ることに成功し,従来法に比べより安全性の高い培養法で,安定した表皮幹細胞を得ることができた。
【0067】
(実施例1-2)
初代表皮幹細胞培養工程における培地を第2のサプリメント(30μg/ml組換えHSA,1ng/mlヒト組換えFGFbasic,14.8ng/mlHydrocortisone(商品名:ソル・コーテフ,Pfizer),20ng/mlプロスタグランジンE1(商品名:プロスタンジン,丸石製薬株式会社),20μg/mlインシュリン(商品名:ヒューマリン,日本イーライリリー株式会社))含有EpiLife培地とした以外は,実施例1と同様に培養を行った。その結果,安定した表皮幹細胞を得ることができた。
【0068】
(実施例1-3)
初代表皮幹細胞培養工程における培地を第3のサプリメント(30μg/ml組換えHSA,1ng/mlヒト組換えEGF,14.8ng/mlHydrocortisone(商品名:ソル・コーテフ,Pfizer),18ng/mlプロスタグランジンE2,10ng/mlヒト組換えIGF-I含有EpiLife培地とした以外は,実施例1と同様に培養を行った。その結果,安定した安定した表皮幹細胞を得ることができた。
【0069】
(実施例1-4)
初代表皮幹細胞培養工程における培地を第4のサプリメント(30μg/ml組換えHSA,1ng/mlヒト組換えEGF,14.8ng/mlHydrocortisone(商品名:ソル・コーテフ,Pfizer),20ng/mlプロスタグランジンE1(商品名:プロスタンジン,丸石製薬株式会社),20μg/mlインシュリン(商品名:ヒューマリン,日本イーライリリー株式会社)),1.8mM塩化カルシウム含有EpiLife培地とした以外は,実施例1と同様に培養を行った。その結果,安定した安定した表皮幹細胞を得ることができた。
【0070】
(実施例1-5)
初代表皮幹細胞培養工程における培地を第5のサプリメント(30μg/ml組換えHSA,1ng/mlヒト組換えEGF,14.8ng/mlHydrocortisone(商品名:ソル・コーテフ,Pfizer),20ng/mlプロスタグランジンE1(商品名:プロスタンジン,丸石製薬株式会社),20μg/mlインシュリン(商品名:ヒューマリン,日本イーライリリー株式会社)),0.3mM塩化マグネシウム含有EpiLife培地とした以外は,実施例1と同様に培養を行った。その結果,安定した安定した表皮幹細胞を得ることができた。
【0071】
(実施例1-6)
初代表皮幹細胞培養工程における培地を第6のサプリメント(30μg/ml組換えHSA,1ng/mlヒト組換えEGF,14.8ng/mlHydrocortisone(商品名:ソル・コーテフ,Pfizer),15ng/mlプロスタグランジンE1(商品名:プロスタンジン,丸石製薬株式会社),10ngプロスタグランジンF2a(商品名:ジノプロスト注射液,富士製薬工業株式会社),20μg/mlインシュリン(商品名:ヒューマリン,日本イーライリリー株式会社)),0.3mM塩化マグネシウム含有EpiLife培地とした以外は,実施例1と同様に培養を行った。その結果,安定した安定した表皮幹細胞を得ることができた。また,この際,表皮組織に存在する色素細胞が活性化された。このため,この培養方法は,良好な色味を有する皮膚再生用シートや,皮膚再生のための治療剤を製造するために有益であるといえる。
【実施例2】
【0072】
細胞表面マーカーの解析
上記実施例1の方法で培養し,4継代目の細胞を継代操作同様の方法で回収し,常法により各種マーカーと反応させ,フローサイトメトリーにて,細胞表面マーカーの発現を解析した。その結果を
図2(
図2-1及び
図2-2)に示す。
【0073】
使用した細胞表面マーカーは以下の通りであった。
CD29:CD29(Integrin beta1)Monoclonal Antibody(TS2/16), FITC eBioscience:11-0299-41
CD34:CD34 Monoclonal Antibody(4H11),FITC eBioscience:11-0349-41
CD90:CD90(Thy-1)Monoclonal Antibody(eBio(5E10)),FITC eBioscience:11-0909-42CD49f:CD49(Integrin alpha6)Monoclonal Antibody(eBioGoH3(GoH3), FITC eBioscience:11-0495-82
CD200:CD200 Monoclonal Antibody(OX104),FITC eBioscience:11-9200-41
CD271: AntiCD271(LNGFR)Antibody,FITC Miltenyi Biotec.:130-098-103
LGR-5: Anti-LGR-5-FITC,human Miltenyi Biotec.:130-112-508
K14:Anti-Cytokeratin14 antibody (LL002),FITC abcam:ab77684
K15:Pan Cytokeratin Monoclonal Antibody(AE1/AE3),Alexa Flour488 eBioscience:53-9003-80
【0074】
結果
上記実施例の方法で培養した細胞は,CD29,CD49f陽性,CD34,CD90,CD200,CD271,LGR-5,K14,K15陰性という特徴を細胞表面に有する細胞であった。CD200は,表皮幹細胞で陽性,CD271は真皮幹細胞で陽性、LGR-5は毛包幹細胞で陽性,K14,K15は皮膚組織で陽性とされているマーカーである。
【実施例3】
【0075】
細胞培養,培養上清回収
前記の方法で抽出した表皮幹細胞を,コンフルエントになるまで培養した。コンフルエントになったことを確認後,培地を除去し,細胞表面をPBS(DSファーマバイオメディカル社製ダルベッコリン酸緩衝液)で洗浄し,HBSS-HEPESpH7.4溶液に置換した。その後12ウェルを3ウェルずつ4つの群に分け,置換した直後(0時間),3時間後,6時間後,24時間後に各ウェル内の培養上清を回収した。
【0076】
遺伝子発現量の測定方法
上記に示したように培養上清を回収後,そのウェルにそれぞれ400マイクロリットルのRNA抽出液ISOGEN(ニッポン・ジン#319-90211)を添加し,常法に従い細胞から全RNAを抽出,エタチンメイト(ニッポン・ジン#312-01791)を用いて得られた全RNAの沈殿物をnuclease-free水に溶解させた。このうちの1.5マイクロリットルを用いてナノドロップ(サーモサイエンテフィック社)により全RNA の濃度を測定した。得られた全RNA 100ナノグラムからiScript cDNA Synthesis Kit(BIO RAD#1708891)を用いて相補的DNAを合成し,リアルタイムPCR(QIAGEN社製ローター・ジンQ)による各遺伝子発現量の定量に用いた。
【0077】
リアルタイムPCR法による遺伝子発現の定量化
合成したDNA定量化する遺伝子に特異的なプライマー(QuantiTact Primer Assay,QIAGEN),リアルタイムPCR試薬(Rotor-Gene SYBR Green,QIAGEN)を混合し,Rotor-GeneQシステム(QIAGEN社)にて,リアルタイムPCRを行い,検出・定量化する遺伝子の断片を増幅した。この際,ハウスキーピング遺伝子であるβ―Actin特異的なプライマーを同様に増幅し,その増幅曲線を指標として検出・定量化したい遺伝子の定量値を相対的に算出した。
【0078】
各遺伝子に特異的なプライマーとしてQIAGEN社の以下のプライマー混合液を用いた。
ヒトβ―Actin
Hs_ACTB_1_SG カタログ番号QT00095431
ヒトEGF
Hs_EGF_1_SG カタログ番号QT00051646
ヒトVEGFA
Hs_VEGFA_1_SG カタログ番号QT01010184
ヒトFGF2
Hs_FGF2_1_SG カタログ番号QT00047579
【0079】
培養上清に含まれるタンパク質の定量化方法
細胞培養,培養上清回収で示したように回収した培養上清を0.22マイクロメートル径のフィルターに通し,タンパク質定量用のサンプルとした。
サンプルのタンパク質定量にはR&D SYSTEMSR社のQUANTIKINE ELISA (Human VEGF)キットを用い,そのプロトコールに従って,各タンパク質の定量値を得た。その結果を表1に示す。
【0080】
結果
前記培養方法で培養した表皮幹細胞は,組織再生に関わる増殖因子を大量に分泌することが明らかとなった。
【0081】
【実施例4】
【0082】
表皮幹細胞と色素細胞の共培養
実施例1で培養した表皮幹細胞には色素細胞も含まれていた。このことを示すため初代培養細胞又は継代操作を複数回行った細胞に関して,組織固定を施し,常法に従いL-DOPA(L-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン)染色を行った。比較例として示した従来法は,初代培養開始後48時間ウシ胎児血清含有培地で培養し,その後OriginalSupplement含有EpiLife培地に置換し培養した。色素細胞の黒色部分の面積の割合を,画像処理ソフトウェアImageJを用いて測定した結果を
図3に示す。
【0083】
結果
上記実施例1に従い培養した表皮幹細胞には色素細胞が含まれていることから,従来法よりもより生体に近い皮膚組織の培養が可能であるといえる。更に,初代培養工程で,当初48時間血清含有培地で培養するという常法として知られている従来の培養法よりも色素細胞の含有率が高いことも明らかとなった。
【実施例5】
【0084】
添加剤による色素細胞の色調調整
正常ヒト表皮メラニン細胞(NHEM(AD),KM-4109,倉敷紡績株式会社)を常法に従い培養し,第4継代目から培地にプロスタグランジンF2α(商品名:ジノプロスト,富士薬品工業株式会社)を25μg/mLとなるように添加し,培養を継続させ,細胞の色調の変化をプロスタグランジンF2α無添加培養細胞と比較した。色素細胞の黒色部分の面積の割合を画像処理ソフトウェアImageJを用いて測定した結果を
図4に示す。
【0085】
結果
色素細胞の培養中培地に添加剤を含めることで色素細胞の色調調整が可能であることが示唆された。
【実施例6】
【0086】
初代表皮幹細胞培養工程における培地を第7のサプリメント(30μg/ml組換えHSA,1ng/mlヒト組換えEGF,14.8ng/mlHydrocortisone(商品名:ソル・コーテフ,Pfizer),20ng/mlプロスタグランジンE1(商品名:プロスタンジン,丸石製薬株式会社),20μg/mlインシュリン(商品名:ヒューマリン,日本イーライリリー株式会社),20ng/mlヒト組換えトラフェルミン製剤(商品名:フィブラスト,科研製薬株式会社),10ng/mlコレラトキシン)とした以外は,実施例1と同様に培養を行った。その結果,安定した表皮幹細胞が得られ、さらには表皮組織に存在する色素細胞の増殖、活性化が見られた。このことを示すため初代培養細胞又は継代操作を複数回行った細胞に関して,組織固定を施し,常法に従いL―DOPA(L―3,4―ジヒドロキシフェニルアラニン)染色を行い、顕微鏡画像(40倍、100倍)を撮影した(
図5)。
図5(a)及び
図5(b)は,それぞれ実施例6において得られた細胞の顕微鏡画像(40倍)及び顕微鏡画像(100倍)であり,
図5(c)及び
図5(d)は,それぞれ比較例である従来法に基づいて得られた細胞の顕微鏡画像(40倍)及び顕微鏡画像(100倍)である。比較例として示した従来法は,3T3―J2細胞をフィーダー細胞として表皮細胞を培養したGreen型自家培養表皮である。さらに両者の色素細胞の黒色部分の面積の割合を,画像処理ソフトウェアImageJを用いて測定した結果を
図6に、色素細胞の数の比較を
図7に示す。Green型自家培養表皮における色素細胞の存在分布は一様であったが、第7のサプリメントで培養することにより色素細胞がコロニーを形成し、増殖している様子を確認することができた。また、L―DOPA染色による色素細胞の黒色の度合いが一様ではなかったことより、色素細胞から表皮細胞への色素転移が行われていたことも示唆された。以上のことから、この培養方法は,良好な色味を有する皮膚再生用シートや,皮膚再生のための治療剤を製造するために有益であるといえる。
【実施例7】
【0087】
実施例6と同様に培養した表皮幹細胞を適宜継代し、コンフルエントになるまで継続培養を行った。以後、実施例6で示した第7のサプリメント含有ダルベッコ改変イーグル培地(DME培地)に置換することで表皮幹細胞の分化誘導を施し、さらに培養を継続した。分化した表皮シートを600unit/mL DISPASEIIを用い常法に従い剥離した。剥離した表皮シートを常法に従いHE染色を行なった後の顕微鏡画像(40倍、200倍)を
図8に示す。
図8(a)及び
図8(b)は,それぞれ得られた表皮シートの顕微鏡画像(40倍)及び顕微鏡画像(200倍)である。これにより、十分な強度を保持する表皮シートを作製することが可能であると言える。
【産業上の利用可能性】
【0088】
この発明は,例えば,皮膚再生用材料や,皮膚色素改善材料,皮膚潰瘍の治療剤,神経系疾患の治療剤を提供できるので,医薬産業及び医療機器産業において利用され得る。