(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-19
(45)【発行日】2024-06-27
(54)【発明の名称】活物質、それを用いた正極合剤及び固体電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/525 20100101AFI20240620BHJP
H01M 4/13 20100101ALI20240620BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20240620BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20240620BHJP
H01M 10/052 20100101ALI20240620BHJP
H01M 10/0562 20100101ALI20240620BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/13
H01M4/36 C
H01M4/505
H01M10/052
H01M10/0562
(21)【出願番号】P 2019024024
(22)【出願日】2019-02-13
【審査請求日】2021-11-09
【審判番号】
【審判請求日】2023-06-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000006183
【氏名又は名称】三井金属鉱業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鷲田 大輔
(72)【発明者】
【氏名】井手 仁彦
(72)【発明者】
【氏名】光本 徹也
(72)【発明者】
【氏名】大村 淳
(72)【発明者】
【氏名】薦田 康夫
(72)【発明者】
【氏名】柴田 泰宏
(72)【発明者】
【氏名】田平 泰規
(72)【発明者】
【氏名】前田 知志
【合議体】
【審判長】岩間 直純
【審判官】須原 宏光
【審判官】山本 章裕
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-185929(JP,A)
【文献】国際公開第2018/012015(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00-4/62
H01M 10/05-10/0587
H01M 10/36-10/39
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体電池に用いられる活物質であって、
前記活物質は、X線吸収微細構造の測定によって得られる動径分布関数において、0.115nm以上0.144nm以下の範囲にピークが少なくとも1つ観察されるとともに、0.310nm超0.340nm以下の範囲にピークが少なくとも1つ観察されるものであり、
前記活物質は、芯材粒子と、該芯材粒子の表面に配置された被覆層とを有し、該芯材粒子の表面又はその近傍にハロゲン元素が存在して
おり、
前記被覆層が、リチウム(Li)元素、A元素(AはTi、Zr、Ta、Nb、Zn、W及びAlからなる群から選ばれた1種又は2種以上の元素)及び酸素(O)元素を含む化合物を含有し、
前記化合物は、A元素として少なくともNb元素を含有し、
前記活物質は、BET比表面積A(m
2
/g)に対するカールフィッシャー法によって測定された110℃までの水分率B(質量ppm)の比であるB/Aの値が200以上1000未満である、活物質。
【請求項2】
固体電池に用いられる活物質であって、
前記活物質は、X線吸収微細構造の測定によって得られる動径分布関数において、0.115nm以上0.144nm以下の範囲にピークが少なくとも1つ観察されるとともに、0.310nm超0.340nm以下の範囲にピークが少なくとも1つ観察されるものであり、
前記活物質は、芯材粒子と、該芯材粒子の表面に配置された被覆層とを有し、
X線光電子分光分析(XPS)により測定されるLi1sの結合エネルギーが54.0eV以上55.4eV以下にピーク頂点が観察され
、
前記被覆層が、リチウム(Li)元素、A元素(AはTi、Zr、Ta、Nb、Zn、W及びAlからなる群から選ばれた1種又は2種以上の元素)及び酸素(O)元素を含む化合物を含有し、
前記化合物は、A元素として少なくともNb元素を含有し、
前記活物質は、BET比表面積A(m
2
/g)に対するカールフィッシャー法によって測定された110℃までの水分率B(質量ppm)の比であるB/Aの値が200以上1000未満である、活物質。
【請求項3】
前記活物質を全溶解して誘導結合プラズマ発光分光分析により測定されるA元素量(質量%)に対する、該活物質を加熱分解した後イオンクロマトグラフィーにより測定されるハロゲン(X)元素量(ppm)の質量比率(X/A)が0.5×10
-4以上である請求項
1又は2に記載の活物質。
【請求項4】
X線光電子分光分析によって測定される、前記芯材粒子の表面に存在するA元素量に対するハロゲン(X)元素量のmol比率(X/A)が0.011以上である請求項
1ないし3のいずれか一項に記載の活物質。
【請求項5】
X線光電子分光分析によって測定される、前記芯材粒子の表面に存在するA元素量に対する、リチウム(Li)元素量のmol比率(Li/A)が1.0以上33.3以下である請求項
1ないし
4のいずれか一項に記載の活物質。
【請求項6】
前記被覆層の厚みが0.5nm以上200nm以下である請求項
1ないし
5のいずれか一項に記載の活物質。
【請求項7】
ハロゲン(X)元素がフッ素(F)元素である請求項
1及び3ないし6のいずれか一項に記載の活物質。
【請求項8】
前記芯材粒子が、一般式LiMO
2(Mは金属元素)で示される層状岩塩構造のリチウム金属複合酸化物又はLiM
2O
4(Mは金属元素)で示されるスピネル構造のリチウム金属複合酸化物からなる請求項1ないし
7のいずれか一項に記載の活物質。
【請求項9】
請求項1ないし
8のいずれか一項に記載の活物質と、固体電解質とを含む正極合剤。
【請求項10】
前記固体電解質が、リチウム(Li)元素、リン(P)元素及び硫黄(S)元素を含み、且つリチウムイオン伝導性を有する請求項
9に記載の正極合剤。
【請求項11】
前記固体電解質が、アルジロダイト型構造の結晶相を有する請求項
10に記載の正極合剤。
【請求項12】
正極層、負極層、及び固体電解質層を備えた固体電池において、
前記正極層が、請求項1ないし
8のいずれか一項に記載の活物質を含む固体電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電池に用いられる活物質に関する。
【背景技術】
【0002】
固体電池に用いる固体電解質には、できるだけイオン導電率が高く、且つ化学的・電気化学的に安定であることが求められている。例えばハロゲン化リチウム、窒化リチウム、リチウム酸塩又はこれらの誘導体などが固体電解質の材料候補として知られている。
【0003】
固体電池に用いる固体電解質の1つとして、硫化物固体電解質が検討されている。しかし硫化物固体電解質を含む固体電池は、これに対して充放電を行うと、電極活物質と硫化物固体電解質との界面抵抗が高くなり、リチウムイオンの移動が制限されるという問題がある。この理由は、電極活物質と硫化物固体電解質とが反応することによって、両者の界面に抵抗層が形成されるからであると考えられている。この問題に対して、例えば特許文献1においては、正極活物質の表面を特定の化合物で被覆することによって、界面抵抗の上昇を抑制することが試みられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、充電後の電池を放電していくと、電池の電圧が徐々に低下する。特に、放電初期での電圧の低下は電池の性能に影響を及ぼす。放電初期の電圧降下は、電池の充電時に上述した界面抵抗を上昇させる物質の生成が一因であると考えられているところ、特許文献1に記載の技術では界面抵抗の上昇を充分に抑制することができない。
【0006】
前記の課題に鑑み、本発明は、固体電解質との界面抵抗を低減し、放電初期の電圧降下を抑制し、放電初期の作動電圧を高く維持することが可能な活物質を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、固体電池に用いられる活物質であって、
前記活物質は、X線吸収微細構造の測定によって得られる動径分布関数において、0.115nm以上0.144nm以下の範囲にピークが少なくとも1つ観察されるとともに、0.310nm超0.340nm以下の範囲にピークが少なくとも1つ観察されるものであり、
前記活物質は、芯材粒子と、該芯材粒子の表面に配置された被覆層とを有し、該芯材粒子の表面又はその近傍にハロゲン元素が存在している、活物質を提供することによって前記の課題を解決したものである。
【0008】
また本発明は、固体電池に用いられる活物質であって、
前記活物質は、X線吸収微細構造の測定によって得られる動径分布関数において、0.115nm以上0.144nm以下の範囲にピークが少なくとも1つ観察されるとともに、0.310nm超0.340nm以下の範囲にピークが少なくとも1つ観察されるものであり、
前記活物質は、芯材粒子と、該芯材粒子の表面に配置された被覆層とを有し、
X線光電子分光分析(XPS)により測定されるLi1sの結合エネルギーが54.0eV以上55.4eV以下にピーク頂点が観察される活物質を提供することによって前記の課題を解決したものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、放電初期の作動電圧が高い活物質が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、リチウム及びニオブを含む酸化物を対象として測定されたX線吸収微細構造の測定によって得られる動径分布関数である。
【
図2】
図2は、実施例1で得られた正極活物質を対象として測定されたX線吸収微細構造の測定によって得られる動径分布関数にピークが存在するか否かを判定する方法を示すグラフである。
【
図3】
図3は、Li
3NbO
4を対象として測定されたX線吸収微細構造の測定によって得られる動径分布関数である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明は、固体電池に用いられる活物質に関するものである。
【0012】
A.活物質
1.ハロゲン
本発明の活物質は、好適には、芯材粒子と、該芯材粒子の表面に配置された被覆層とを有する。芯材粒子の表面又はその近傍にはハロゲン元素が存在することが好ましい。芯材粒子の表面にハロゲン元素が存在することによって、後述するX線吸収微細構造の測定によって得られる動径分布関数のピーク位置が特定の範囲に観察されることと相まって、界面抵抗を上昇させ得る物質が充電時に生成することが抑制され、それによって放電初期における電池の電圧降下が抑制される。また、電池の充電時に生ずるおそれのある、芯材粒子に含まれる酸素と硫化物固体電解質に含まれる硫黄との反応を抑制することができ、それによっても放電初期における電池の電圧降下が抑制される。「芯材粒子の表面又はその近傍」とは、芯材粒子の表面そのもの又は表面から厚み方向に沿った200nm以内、中でも100nm以内、特に50nm以内の領域のことである。芯材粒子の表面から厚み方向に沿った所定の範囲内にハロゲン元素が存在するとは、例えば、被覆層中にハロゲン元素が存在する場合や、被覆層の最表面にハロゲン元素が存在する場合等が想定される。また「放電初期」とは、例えば放電を開始してから0.5mAh/g放電するまでの状態のことである。
【0013】
また、本発明の活物質は芯材粒子と、該芯材粒子の表面に配置された被覆層とを有し、X線光電子分光分析(XPS)により測定されるLi1sの結合エネルギーが54.0eV以上55.4eV以下にピーク頂点が観察されることによって、後述するX線吸収微細構造の測定によって得られる動径分布関数のピーク位置が特定の範囲に観察されることと相まって、充電時における活物質からのリチウムイオンの移動性(脱離性)が向上する。また、電池の充電時に生ずるおそれのある、芯材粒子に含まれる酸素と硫化物固体電解質に含まれる硫黄との反応を抑制することができ、それによってもリチウムイオンの移動(脱離)が優先的に生じるようになる。
【0014】
ハロゲン元素とは、フッ素(F)元素、塩素(Cl)元素、臭素(Br)元素及びヨウ素(I)元素のうちの少なくとも1種の元素の意味である。芯材粒子の表面に存在するハロゲン元素は1種でもよいし、2種以上の組み合わせでもよい。界面抵抗の一因となるハロゲン化リチウムの生成を抑える観点からは、ハロゲン元素は、塩素(Cl)元素、臭素(Br)元素が好ましく、リチウムイオンの移動性(脱離性)を一層高める観点からは、フッ素(F)元素が好ましい。
【0015】
芯材粒子の表面に存在するハロゲン元素は、後述するLiAO化合物に固溶されていてもよく、あるいはLiAO化合物とは別にハロゲン化合物の状態で存在していてもよい。
【0016】
芯材粒子の表面に存在するハロゲンの濃度は、飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)によって測定されるハロゲンの濃度で表して0.00075以上であることが好ましい。ハロゲン濃度が0.00075以上であれば、後述するLiAO化合物やコア粒子の酸素と、硫化物固体電解質の硫黄との反応を抑制できるから好ましい。他方、濃度の値に特に上限はないが経験的には、例えば0.155以下であれば、芯材粒子の表面がリチウムイオンの伝導性を損なわないから好ましい。この観点から、飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)によって測定されるハロゲンの濃度、すなわちTOF-SIMSを使用し、二次イオン極性を負の条件によって測定される、芯材粒子の表面より集めた二次イオンのすべてのカウント数の合計(total)に対する、ハロゲンイオンに関する二次イオン種のカウント数(X-)の比率(X-/total)は0.00075以上であることが好ましく、中でも0.0015以上、その中でも0.0075以上、更にその中でも0.010以上、更にその中でも0.015以上、更にその中でも0.020以上、更にその中でも0.025以上であることが好ましい。TOF-SIMSによる表面分析は、例えば以下の方法で行う。
【0017】
<TOF-SIMSによる表面分析>
アルバック・ファイ社製の飛行時間型二次イオン質量分析(TOF-SIMS)装置である、TRIFT IVを用いて、正極活物質の粒子表面の分析を行い、その表面に存在するハロゲンの濃度を測定する。具体的には、二次イオン極性を負の条件によって測定される、正極活物質の表面より集めた二次イオンのすべてのカウント数の合計(total)に対する、フッ素イオンのカウント数(F-)の比率(F-/total)を測定する。
【0018】
測定に使用する条件等は以下のとおりである。
一次イオン:Au+
加速電圧:30kV
測定エリア面積:10000μm2 (100μm×100μm)
測定時間の単位:10分
測定イオン種:Positive/Negative
電子中和:有
【0019】
本発明の活物質はX線光電子分光分析(XPS)によって測定されるLi1sの結合エネルギーが、54.0eV以上55.4eV以下にピーク頂点が観察されることが好ましい。更に好ましくは54.0eV以上55.3eV以下、更に54.0eV以上55.2eV以下、更に54.0eV以上55.1eV以下、更に54.0eV以上55.0eV以下にピーク頂点が観察されることが好ましい。Li1sのXPSの結合エネルギーが前記範囲にあることは、後述するLiAO化合物のOの一部をFで置換していると推測することもできる。LiAO化合物のOの一部がFで置換されていることで、LiAO化合物や芯材粒子に含まれる酸素と、硫化物固体電解質に含まれる硫黄との反応を抑制できるので好ましい。芯材粒子の表面に存在するハロゲンは、後述するLiAO化合物に固溶されていてもよく、あるいはLiAO化合物とは別にハロゲン化合物の状態で存在していてもよい。
【0020】
2.LiAO化合物
本発明の活物質における被覆層は、Li、A(AはTi、Zr、Ta、Nb、Zn、W及びAlからなる群から選ばれた1種又は2種以上の元素)及びOを含む化合物(「LiAO化合物」とも称する。)を含有することが好ましい。芯材粒子の表面がLiAO化合物で被覆されていることにより、リチウムイオン伝導性が向上し、正極活物質と固体電解質との間のリチウムイオンの移動性を改善することができ、充電特性を高めることができる。また、正極活物質と固体電解質との間の界面抵抗を低減させることができる。なおA元素はバルブメタルと呼ばれる、同様の性質を有する一群の金属元素である。
【0021】
「芯材粒子の表面がLiAO化合物で被覆されている」状態とは、LiAO化合物が、芯材粒子の表面において、粒子として存在している態様、粒子が凝集してなる凝集粒子として存在している態様、及び層を形成して存在している態様を包含する。「層を形成して存在する」とは、LiAO化合物が厚みをもって存在している状態を意味する。
【0022】
LiAO化合物が層を形成する場合、その厚みは0.5nm~200nmであることが好ましく、中でも0.7nm以上あるいは100nm以下、その中でも1nm以上あるいは50nm以下であることが好ましく、更にその中でも25nm以下であることが好ましい。このような範囲にすることで、リチウムイオンの移動性を改善でき、界面抵抗の低減を図ることができる。よって、良好なリチウムイオン伝導層として機能させることができる。層の厚みは、例えば、走査型透過電子顕微鏡(STEM)により測定することができる。また、必要に応じてエネルギー分散型X線分析(EDS)を組み合わせて観察し、測定することもできる。
【0023】
芯材粒子の表面の一部又は部分的にLiAO化合物が存在しない箇所があってもよい。中でも、LiAO化合物が芯材粒子の表面全体の面積の30%以上を被覆していることが好ましく、中でも40%以上、その中でも50%以上が好ましい。芯材粒子の表面をLiAO化合物が被覆していることは、例えば、前記と同様に、走査型透過電子顕微鏡(STEM)と、必要に応じてエネルギー分散型X線分析(EDS)を組み合わせて芯材粒子の表面を観察することや、オージェ電子分光分析法により確認することができる。また、芯材粒子の表面を被覆するLiAO化合物の厚みは均一でなくても構わない。
【0024】
3.XAFS
本発明の活物質は、X線吸収微細構造(以下「XAFS」ともいう。)の測定によって得られる動径分布関数において、0.115nm以上0.144nm以下の範囲にピークが少なくとも1つ観察されるとともに、0.310nm超0.340nm以下の範囲にピークが少なくとも1つ観察される。
【0025】
詳細には、
図1に示すとおり、本発明の活物質は、XAFSの測定によって得られる動径分布関数において、0.115nm以上0.144nm以下の範囲にピークが少なくとも1つ観察される。ピーク位置は、ピーク頂点の位置により特定される。ピークの定義については後述する。本発明において観察されるピーク位置は、例えば、0.120nm以上であってもよく、0.125nm以上であってもよく、0.130nm以上であってもよい。前記範囲に観察されるピークは、少なくとも1つであればよく、例えば1つのみであってもよく、2つ以上であってもよい。これとともに本発明の活物質は、0.310nm超0.340nm以下の範囲にピークが少なくとも1つ観察される。本発明において観察されるピーク位置は、例えば、0.315nm以上であってもよい。一方、前記ピーク位置は、例えば、0.335nm以下であってもよく、0.330nm以下であってもよい。
【0026】
上述したLiAO化合物に関し、これまで当該技術分野において種々のものが知られているところ、本発明においては、特定の化学構造を有する化合物を用いることが好ましい。本発明で用いられるLiAO化合物は、XAFSの測定によって得られる動径分布関数において、特定の原子間距離にピークが観察されることによって特徴付けられる。例えばLiAO化合物がLi、Nb及びOを含む化合物(以下、この化合物のことを「LiNbO化合物」ともいう。)である場合、LiNbO化合物の動径分布関数の一例は、上述した
図1に示すとおりとなる。
図1に示す動径分布関数の横軸は、ニオブ原子の位置を基準とした原子間距離を示している。縦軸は、ニオブ原子の周囲に位置する原子の存在確率を示している。0.115nm以上0.144nm以下の範囲に観察されるピークは、ニオブ原子と酸素原子との距離に相当するものであり、0.310nm超0.340nm以下の範囲に観察されるピークはニオブ原子どうしの距離に相当するものである。XAFSから得られる動径分布関数において、上述した所定の範囲にピークが観察されるLiNbO化合物を被覆層に含有させることで、本発明の活物質は、リチウムイオンの移動性が改善し、結果として放電初期の電圧降下を抑制し、放電初期の作動電圧を高く維持することが可能である。また、活物質と固体電解質との間の界面抵抗を低減させることができる。
【0027】
動径分布関数にピークが観察されるとは、動径分布関数が上に凸のような部分やショルダー部分を含んでいてもよいことを意味する。動径分布関数の横軸をx、縦軸をyとする関数y=f(x)を2回微分することにより得られたに二次導関数が極小値を持つ場合のことを、ピークを有すると定義する。本発明においてはOrigin9.1(Light Stone社製)を用いて動径分布関数を2回微分することによりピークの有無の判定を行った。なお、例えば、後述する実施例1においては、
図2に示すように、0.115nm以上0.144nm以下の範囲及び0.310nm超0.340nm以下の範囲に観察されるピークについて動径分布関数を2回微分することにより極小値を持つ。このことから、実施例1は、0.115nm以上0.144nm以下の範囲及び0.310nm超0.340nm以下の範囲にピークが観察されると言える。
【0028】
上述のとおり、本発明で好適に用いられるLiAO化合物は、XAFSから得られる動径分布関数における特定の原子間距離の所定の位置にピークを有するものである。このこととは対照的に、これまで知られているLi-A-O系の化合物は、XAFSから得られる動径分布関数において、本発明で規定する所定の位置にピークを有するものではない。例えば
図3に示すとおり、従来知られているLi-A-O系の化合物の1種であるLi
3NbO
4は、0.115nm以上0.144nm以下の範囲にピークが観察されるものの、0.310nm超0.340nm以下の範囲にはピークは観察されない。
【0029】
XAFSは、物質にX線を照射することで得られる吸収スペクトルを解析する手法である。物質にX線を照射することで得られる吸収スペクトルには、物質中に含まれる元素特有の急峻な立ち上がり、すなわち吸収端が観察される。この吸収端近傍±50eV程度に現れる微細構造はXANES(X-ray Absorption Near Edge Structure)と呼ばれる。また、吸収端から高エネルギー側1000eV程度に現れる振動構造はEXAFS(Extended X-ray Absorption Fine Structure)と呼ばれる。XANESとEXAFSを合わせた領域がXAFSと呼ばれる。XAFSによれば、試料中の着目元素周囲の局所構造(原子間距離、配位数)や、化学状態(価数、配位構造)の評価が可能である。またXAFSは非破壊測定法であり、且つ物質の最表面の情報が得られる測定方法であることから、本発明の活物質そのものを測定対象として用いることができ、且つ活物質における被覆層の情報を得ることができる。
【0030】
本発明において、活物質のXAFSを測定するには、以下に述べる手順で操作を行う。
試料調製
試料をメノウ乳鉢で粉砕した後、窒化ホウ素粉末と混合し、直径10mm、厚さ約1mmの錠剤にする。測定する試料に含まれるA元素の濃度や、LiAO化合物及び芯材粒子を構成する化合物の吸収係数に応じて、試料と窒化ホウ素の分量を適宜最適にする。
【0031】
Nb-K端のXAFSを測定するときの条件は以下のとおりである。
・実験施設:SPring-8
・実験ステーション:BL14b2
・分光器 :モノクロメータSi(311)
・高次光除去:Rhコートミラー2.4mrad×2枚
・入射X線サイズ:縦1mm×横5mm(試料前スリットサイズ)
・測定法:透過法
・検出器:イオンチャンバー
・測定吸収端 :Nb-K吸収端(18986eV)
各入射X線エネルギー(E、x軸)において、I0、Itを測定し、次式により、X線吸光度(y軸)を求め、x軸-y軸でプロットすることにより、XAFSスペクトルを得た。
X線吸光度μt=-ln(It/I0)
【0032】
以上のようにして得られたデータに基づき動径分布関数を取得して原子間距離を決定するには、以下に述べる手順で操作を行う。
EXAFSスペクトルをフーリエ変換して得られる動径分布関数について説明する。
解析ソフトウェアとして「Athena」(Demeter Ver.0.9.25)を用いる。
初めに、同ソフトウェアにてXAFSスペクトルを読み込んだ後に、バックグラウンド吸収であるPre-edge領域(吸収端から-150~-45eV程度の領域)と、Post-edge領域(吸収端から150~1300eV程度の領域)とをフィッティングして、XAFSスペクトルを規格化する。次にEXAFSスペクトル(χ(k))を抽出するために、スプライン曲線でフィッティングを行う。同ソフトウェアでの解析においてスプライン曲線のフィッティングに用いたパラメータは以下の値である。
・Rbkg=1
・Spline range in k:1~15
・Spline clamps low:None、high:None
・k-weight=3
・Plotting k-weights : 3
最後にEXAFSスペクトル(χ(k))をフーリエ変換して、動径分布関数を示すスペクトルを得る。同ソフトウェアでのフーリエ変換のパラメータは、以下の値を用いた。
・k-range:3.5~11.5
・dk:1
・window:Hanning
・arbitrary k-weight:1
・phase correction:未使用
【0033】
LiAO化合物における各元素の組成は、A元素がTa及びNbのうち、少なくとも1種の元素である場合、例えばLixAOyで示すことができる。式中のx、yは元素の価数に即した範囲内で任意の値を取り得る。中でも、A元素1モルに対して、LiがA元素と等モル又はそれ以上に含まれている組成(x≧1)であることが特に好ましい。そうすることで、AとOとの化合物が生成することを抑制し、リチウムイオンの移動性を改善できる。また、活物質と固体電解質との間の界面抵抗を低減させることができる。
【0034】
LiAO化合物がLixAOyで表される場合において、x≧1を満足させる方法としては、A元素原料に対するリチウム原料の配合量を、生成が想定される組成、例えばLiAO3の化学量論組成比よりも過剰にする方法を挙げることができる。この際、単にLiを過剰に添加しただけでは、本正極活物質の表面に、過剰分のLiに起因して炭酸リチウムが生成し、これが抵抗となって、かえって放電時の作動電圧を低下させる場合がある。そのため、望ましくない化合物である炭酸リチウムが生成することを考慮して、LixAOyが所定の組成になるように、A元素原料配合量及びリチウム原料配合量を調整することが好ましい。
【0035】
かかる観点から、X線光電子分光分析(XPS)によって得られる、芯材粒子の表面に存在する前記A元素量に対するLi量のmol比率(Li/A)は1.0以上33.3以下であることが好ましい。その中でも1.0より大きく33.3以下であることが好ましい。中でも1.1以上33.3以下、更に1.1以上15.0以下、更に1.1以上10.0以下、更に1.2以上10.0以下、更に1.2以上6.0以下、更に1.3以上6.0以下、更に1.3より大きいあるいは6.0以下であることが更に好ましい。前記mol比率(Li/A)におけるLiは、炭酸リチウム(存在する場合)に起因するものと、芯材粒子自体に起因するものも含めた値である。
【0036】
芯材粒子の表面に存在するLiとA元素との比率を前記範囲に制御するためには、芯材粒子の表面に生成する炭酸リチウムに起因するLi分を考慮した上で、前記mol比率(Li/A)を前記範囲になるように、A元素原料配合量及びリチウム原料配合量を調整することが好ましい。このようにすることで、放電初期の電圧降下を抑制でき、放電初期の作動電圧を高く維持することができる。ただし、この方法に限定するものではない。
【0037】
本発明においては、活物質を全溶解して、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析により測定される前記A元素量(質量%)に対する、活物質を加熱分解した後イオンクロマトグラフィーにより測定されるハロゲン(X)量(ppm)の質量比率(X/A)が0.5×10-4以上であることが好ましい。A元素量に対するハロゲン量の質量比率(X/A)が0.5×10-4以上であれば、LiAO化合物や芯材粒子に含まれる酸素と硫化物固体電解質に含まれる硫黄との反応を一層抑制できる点から好ましい。前記質量比率に特に上限はないが、経験的には、例えば3000×10-4以下、更に2000×10-4以下、更に1000×10-4以下、更に500×10-4以下であれば、芯材粒子の表面がリチウムイオンの伝導性を損なわないことから好ましい。かかる観点から、A元素量に対するハロゲン量の上記質量比率(X/A)は0.5×10-4以上であることが好ましく、中でも1.5×10-4以上、その中でも1.54×10-4以上、更に3.3×10-4以上、更に5.0×10-4以上、更にその中でも25×10-4以上、更に50×10-4以上、更に70.0×10-4以上、更に100×10-4以上、更にまたその中でも、150.0×10-4以上であることが好ましい。
【0038】
本発明においては、X線光電子分光分析(XPS)によって得られる、活物質(粒子)の表面に存在する前記A元素量に対するハロゲン(X)量のmol比率(X/A)が0.011以上であることが好ましい。活物質(粒子)の表面に存在するA元素量に対するハロゲン量のmol比率(X/A)×が0.011以上であれば、LiAO化合物や芯材粒子に含まれる酸素と硫化物固体電解質に含まれる硫黄との反応を一層抑制できる点から好ましい。X/Aの値に特に上限はないが、経験的には例えば当該mol比率(X/A)が1.95以下であれば、芯材粒子の表面がリチウムイオンの伝導性を損なわないから好ましい。かかる観点から、X線光電子分光分析(XPS)によって得られる、活物質(粒子)の表面に存在するA元素量に対するハロゲン量のmol比率(X/A)は、0.011以上1.95以下、更に0.011以上1.50以下、更に0.011以上1.00以下、更に0.011以上0.50以下、更に0.015以上0.50以下、更に0.020以上0.500以下、更に0.025以上0.500以下、更に0.030以上0.500以下であることが好ましい。中でも(X/A)の下限値は、0.033以上、その中でも0.055以上、更にその中でも0.11以上であることが好ましい。
【0039】
活物質と硫化物固体電解質との界面抵抗を小さくする観点から、本発明の活物質はその水分率が一定の範囲に調整されていることが有利である。
【0040】
活物質における芯材粒子が層状化合物を含む場合、該活物質は、カールフィッシャー法によって測定された110℃までの水分率B(質量ppm)が、例えば、50ppm以上であってもよく、140ppm以上であってもよく、200ppm以上であってもよい。一方、前記水分率Bは、例えば、8000ppm以下であってもよく、7000ppm以下であってもよく、3500ppm以下であってもよく、3000ppm以下であってもよい。
【0041】
活物質における芯材粒子がスピネル型化合物を含む場合、該活物質は、カールフィッシャー法によって測定された110℃までの水分率B(質量ppm)が、例えば、1ppm以上であってもよく、50ppm以上であってもよく、100ppm以上であってもよく、200ppm以上であってもよい。一方、前記水分率Bは、例えば、8000ppm以下であってもよく、5000ppm以下であってもよく、3500ppm以下であってもよく、2000ppm以下であってもよく、1000ppm以下であってもよい。
【0042】
本発明の活物質は、そのBET比表面積A(m2/g)が、0.2m2/g以上であってもよく、0.3m2/g以上であってもよく、0.4m2/g以上であってもよく、0.5m2/g以上であってもよい。5.0m2/g以下であってもよく、3.0m2/g以下であってもよく、2.5m2/g以下であってもよく、2.0m2/g以下であってもよい。
【0043】
更に、本発明の活物質は、BET比表面積A(m2/g)に対するカールフィッシャー法によって測定された110℃までの水分率B(質量ppm)の比であるB/Aの値が、例えば1以上であってもよく、20以上であってもよく、40以上であってもよく、50以上であってもよく、100以上であってもよく、200以上であってもよい。一方、前記B/Aの値は、例えば8000以下であってもよく、5000以下であってもよく、3500以下であってもよく、2000以下であってもよく、1500ppm以下であってもよく、1000以下であってもよく、1000未満であってもよい。B/Aの値は、活物質を構成する物質の種類に応じて、適切な範囲を選定することが、活物質と硫化物固体電解質との反応を一層抑制させ、界面抵抗を低減させるといった観点から有利である。
【0044】
詳細には、芯材粒子が、コバルト酸リチウム(LiCoO2)やニッケルコバルトマンガン酸リチウム(Li(Ni,Co,Mn)O2)などの層状化合物から構成されている場合には、B/Aの値は、例えば、50以上であってもよく、100以上であってもよく、200以上であってもよい。一方、前記B/Aの値は、例えば、8000以下であってもよく、5000以下であってもよく、2000以下であってもよい。
また、芯材粒子が、ニッケルマンガン酸リチウム(LiNi0.5Mn1.5O4)などのスピネル型化合物から構成される場合には、B/Aの値は、例えば、5以上であってもよく、20以上であってもよく、50以上であってもよく、100以上であってもよく、150以上であってもよく、200以上であってもよい。一方、前記B/Aの値は、8000以下であってもよく、5000以下であってもよく、2000以下であってもよく、1500以下でもよい。
【0045】
なお、当該技術分野においてこれまでは、一般に、活物質の水分率は低ければ低いほど好ましいと考えられてきた。この理由は、硫化物固体電解質が水と反応して劣化すると考えられていたからである。しかし本発明者の詳細な検討の結果、活物質の水分率が過度に低い場合にも、活物質と硫化物固体電解質との間の界面抵抗が上昇する傾向にあることが判明した。この理由は、活物質に若干量の水分が存在することで、活物質と硫化物固体電解質との密着性が高まり、良好な界面が形成され、そのことに起因して界面抵抗が低下するためであると本発明者は考えている。なお、活物質の水分率の測定の対象となる水は、活物質に含まれる付着水及び結晶水の双方を包含する。
【0046】
活物質の水分率に関し、カールフィッシャー法によって測定された水分率Bを、BET比表面積Aで除す理由は、活物質の水分率を規格化するためである。カールフィッシャー法によって水分率を測定する手順は、以下のとおりである。すなわち、カールフィッシャー水分計を用いて、110℃又は250℃に測定サンプルを加熱し、放出された水分量(ppm)を測定する。測定はアルゴン雰囲気中で行い、例えば測定装置として899 Coulometer(Metrohm社製)と860 KF Thermoprep(Metrohm社製)を用いる。
【0047】
一方、BET比表面積は、例えば、測定装置として全自動比表面積測定装置Macsorb(株式会社マウンテック製)を用い、BET1点法によって求める。具体的には、サンプルをガラスセル(標準セル)に秤量し、窒素ガスでガラスセル内を置換した後、前記窒素ガス雰囲気中で250℃15分間、熱処理する。その後、窒素・ヘリウム混合ガスを流しながら、4分間冷却を行う。冷却後、サンプル(粉体)をBET1点法にて測定する。なお、冷却時及び測定時の吸着ガスは、窒素30vol%:ヘリウム70vol%の混合ガスを用いる。
【0048】
活物質のB/Aの値は、例えば、後述する方法によって活物質を製造した後に、該活物質を熱処理したり、あるいは真空加熱乾燥したりすることで調整できる。
【0049】
活物質に含まれるLiAO化合物の割合を、便宜上、活物質の質量に対するA元素の質量の割合として表すると、例えば、0.01質量%以上であってもよく、0.1質量%以上であってもよく、0.5質量%以上であってもよく、1質量%以上であってもよい。一方、前記割合は、例えば、10質量%以下であってもよく、5質量%以下であってもよく、3質量%以下であってもよい。当該割合は、活物質を溶解した溶液を対象としたICP発光分光分析法によって求めることができる。また、当該割合は、後述する活物質の製造方法において、使用するA元素源化合物の量を調整することでコントロールできる。
【0050】
活物質の表面に炭酸イオンが存在する場合、炭酸イオンの量は所定の範囲内であることが好ましい。これにより、活物質と硫化物固体電解質との反応を効果的に抑制することができるからである。活物質の表面に存在する炭酸イオンの量は、活物質に対して2.0質量%未満であることが好ましく、中でも1.5質量%未満、その中でも1.0質量%未満、更にその中でも0.5質量%未満、更にその中でも0.35質量%未満、更にその中でも0.30質量%未満、更にその中でも0.20質量%未満であることが好ましい。活物質の表面に存在する炭酸イオンの量を低下させる方法としては、例えば、窒素雰囲気下や酸素雰囲気下などの二酸化炭素を含まない雰囲気で焼成する方法が挙げられる。
【0051】
芯材粒子が層状化合物を含む場合、活物質の表面に存在する炭酸イオンの量は、活物質に対して0.35質量%未満であることが好ましく、中でも0.30質量%未満、その中でも0.20質量%未満であることが更に好ましい。
一方、芯材粒子がスピネル型化合物を含む場合、活物質の表面に存在する炭酸イオンの量は、活物質に対して2.0質量%未満であることが好ましく、中でも1.5質量%未満、その中でも1.0質量%未満、更にその中でも0.5質量%未満、更にその中でも0.3質量%未満、更にその中でも0.2質量%未満であることが好ましい。
【0052】
炭酸イオンの量の測定方法としては、例えば以下のような方法が挙げられる。すなわち、0.48gの活物質を、純水48mlに入れて5分攪拌した後、ろ過を行う。このようにして炭酸イオンを抽出した液を対象としてイオンクロマトグラフィー測定を行い、CO3
2-を定量することで、炭酸イオンの量を求めることができる。測定装置には、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製 DIONEX ICS-2000を用い、カラムにDIONEX IonPac AS17-C、キャリア液(溶離液)に水酸化カリウム水溶液を用い、35℃の条件下で測定を行うことができる。
【0053】
活物質は、レーザー回折散乱式粒度分布測定法による累積体積50容量%における体積累積粒径D50が、例えば20μm以下、中でも15μm未満、その中でも1μm超10μm未満、その中でも更に2μm超8μm以下であることがより一層好ましい。D50が20μm以下であることにより、例えば活物質を正極合剤に用いた場合に、当該正極合剤中の硫化物固体電解質と良好な接触を確保でき、活物質中のリチウムイオン利用率を高めることができる。またD50が1μmより大きいことにより、粒子が凝集してスラリー粘度が上昇するのを防ぐことができる。活物質のD50を前記範囲に調整するには、スプレードライ造粒法や転動流動層造粒法の運転条件の調整、あるいは解砕条件の調整等を行えばよいが、これらの調整方法に限定されるものではない。
【0054】
4.芯材粒子
芯材粒子は、活物質として機能するものであればよく、特に限定されない。芯材粒子は、例えば、リチウム金属複合酸化物を含んでいてもよい。リチウム金属複合酸化物としては、公知のリチウム金属複合酸化物を用いることができる。例えば一般式LiMO2(Mは金属元素)で示される層状岩塩構造のリチウム含有複合酸化物、一般式LiM2O4で示されるスピネル構造のリチウム含有複合酸化物、一般式LiMPO4(Mは金属元素)又はLiMSiO4(Mは金属元素)で示されるオリビン構造のリチウム含有複合酸化物のうちのいずれか1種あるいは二種類以上の組み合わせであってもよい。ただし、これらに限定するものではない。
【0055】
リチウム金属複合酸化物における金属元素Mとしては、例えば遷移元素及び典型元素の双方を用いることができ、好ましくは遷移元素が用いられる。リチウム金属複合酸化物としては、例えば、コバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、ニッケルコバルトマンガン酸リチウム(Li(Ni,Co,Mn)O2)、マンガン酸リチウム(LiMn2O4)、及びニッケルマンガン酸リチウム(LiNi0.5Mn1.5O4)などのリチウム遷移金属酸化物が挙げられる。これらの酸化物の構造は、特に制限されるものではなく、例えば層状岩塩型化合物であってもよく、あるいはスピネル型化合物であってもよい。
【0056】
スピネル型化合物の芯材粒子は、Li、Mn及びOとこれら以外の1種類以上の元素を含む粒子であることが好ましい。また、添加元素として、Na、Mg、Al、P、K、Ca、Ti、V、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、Ga、Y、Zr、Nb、Mo、In、Ta、W、Re及びCeからなる群から選択される1種以上の元素の組み合わせで添加することが可能である。この中でもNa、Mg、Al、P、K、Ca、Ti、Fe、Co、Ni、Zr、Nb、Mo及びWからなる群から選択されることが好ましい。
【0057】
更に、下記のとおり、添加元素種・添加元素量を選定することで、主に金属Li基準電位で、4.5V以上の作動電圧を発現することができる。スピネル型化合物の芯材粒子を、Li、Mn及びOとこれら以外の1種類以上の元素を含む粒子とし、前記の「これら以外の1種類以上の元素」のうち、少なくとも1元素がNi、Co、Feからなる群から選択される元素M1とすることで、主に金属Li基準電位で、4.5V以上の作動電位を発現することができる。芯材粒子に含まれるM1元素の量は、芯材粒子中の全元素に対して、例えば7質量%以上であることが好ましく、中でも9質量%以上であることが好ましく、その中でも11質量%以上であることが好ましい。一方、芯材粒子に含まれるM1元素の量は、芯材粒子中の全元素に対して、例えば35質量%以下が好ましく、30質量%以下が好ましく、25質量%が好ましい。これらの元素が含まれると、主に金属Li基準電位で、4.5V以上の作動電圧を発現する。M1元素以外にもM2元素を含んでいてもよく、M2元素としては、Na、Mg、Al、P、K、Ca、Ti、V、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、Ga、Y、Zr、Nb、Mo、In、Ta、W、Re及びCeからなる群から選択される1種以上の元素の組み合わせからであればよい。前記のM2元素の中でもNa、Mg、Al、P、K、Ca、Ti、Fe、Co、Ni、Zr、Nb、Mo及びWからなる群から選択されることが好ましい。
【0058】
芯材粒子がリチウム金属複合酸化物を含む場合、芯材粒子におけるリチウム金属複合酸化物の含有量は、例えば80質量%以上であってもよく、90質量%以上であってもよく、95質量%以上であってもよい。また、芯材粒子は、リチウム金属複合酸化物のみからなるものであってもよい。リチウム金属複合酸化物は、1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0059】
5.活物質の製造方法
次に、本発明の活物質の好適な製造方法について説明する。本発明の活物質は例えば、ハロゲンを含有する水溶性A元素塩及び水酸化リチウムを水に溶解して表面処理液を調製し、この表面処理液中に芯材粒子を投入し、混練してスラリー状とし、これを乾燥することによって好適に製造できる。ただし、活物質の製造方法をこのような方法に限定するものではない。例えば、転動流動コーティング法(ゾルゲル法)、メカノフュージョン法、CVD法及びPVD法等でも、条件を調整することにより製造することは可能である。
【0060】
水溶性A元素塩の例としては、塩化A元素、フッ化A元素酸カリウム、シュウ酸A元素アンモニウム、ペルオキソA元素酸アンモニウムなどを挙げることができる。中でも、炭素系不純物残留を抑制する観点から、ペルオキソA元素酸アンモニウムが好ましい。
【0061】
前記の製法において、表面処理液中に芯材粒子を投入してスラリーとし、該スラリーを90℃以上で加熱することによりLiAO化合物が生成する。これとともに、ハロゲン及びLiAO化合物を芯材粒子の表面に固着させることができる。LiAO化合物は芯材粒子の表面に吸着しやすい性質を持つため、該スラリーを乾燥させることにより、芯材粒子の表面にLiAO化合物及びハロゲンを含んで構成された被覆層を形成することができる。この方法に代えて、90℃以上に加熱した表面処理液を用いて、それを芯材粒子に噴霧してもよい。その後、必要に応じて解砕及び熱処理を行う。
【0062】
前記のスラリーを乾燥することにより特定の構造を有するLiAO化合物及びハロゲンを含む被覆層を得ることができる。スラリーを乾燥させるには、例えばスプレードライ造粒法や、転動流動層造粒法を用いることができる。その後必要に応じて熱処理を行えばよい。具体的には、炭酸ガスを極力含まない、酸素や窒素、アルゴン雰囲気下で熱処理することが好ましい。乾燥及び熱処理温度は、好ましくは105℃以上600℃以下、更に好ましくは200℃以上600℃以下、一層好ましくは200℃以上500℃以下、より一層好ましくは300℃以上500℃以下、特により一層好ましくは350℃以上500℃以下とすることができる。熱処理時間は、好ましくは1時間以上20時間以下、更に好ましくは1時間以上15時間以下、一層好ましくは1時間以上10時間以下とする。これによって、XAFSから得られる動径分布関数における特定の原子間距離の位置にピークを有するLiAO化合物を首尾よく生成させることができる。過度に高温で熱処理を行うと、例えばA元素がニオブ(Nb)元素である場合、Li3NbO4(この化合物は、XAFSから得られる動径分布関数における特定の原子間距離の位置にピークを有さない。)が生成することを本発明者は確認している。
【0063】
本発明で用いる芯材粒子は、例えばリチウム塩化合物、マンガン塩化合物、ニッケル塩化合物及びコバルト塩化合物などの原料を秤量して混合し、湿式粉砕機等で粉砕した後、造粒し、焼成し、必要に応じて熱処理し、好ましい条件で解砕し、更に必要に応じて分級して得ることができる。この方法に代えて、マンガン塩化合物、ニッケル塩化合物及びコバルト塩化合物を含む水溶液に水酸化ナトリウムなどの塩基性物質を添加して金属複合水酸化物を沈殿させ、次いで該金属複合水酸化物とリチウム塩化合物とを混合して焼成することでも、芯材粒子を得ることができる。
【0064】
原料であるリチウム塩化合物としては、例えば、水酸化リチウム(LiOH)、炭酸リチウム(Li2CO3)、硝酸リチウム(LiNO3)、LiOH・H2O、酸化リチウム(Li2O)、脂肪酸リチウム及びリチウムハロゲン化物等が挙げられる。中でもリチウムの水酸化物、炭酸塩、硝酸塩が好ましい。
【0065】
マンガン塩化合物としては、例えば、炭酸マンガン、硝酸マンガン、塩化マンガン及び二酸化マンガン等が挙げられる。中でも炭酸マンガン及び二酸化マンガンが好ましく、電解法によって得られる電解二酸化マンガンが特に好ましい。
ニッケル塩化合物としては、例えば、炭酸ニッケル、硝酸ニッケル、塩化ニッケル、オキシ水酸化ニッケル、水酸化ニッケル及び酸化ニッケル等が挙げられ、中でも炭酸ニッケル、水酸化ニッケル及び酸化ニッケルが好ましい。
コバルト塩化合物としては、例えば、塩基性炭酸コバルト、硝酸コバルト、塩化コバルト、オキシ水酸化コバルト、水酸化コバルト及び酸化コバルト等が挙げられ、中でも塩基性炭酸コバルト、水酸化コバルト、酸化コバルト及びオキシ水酸化コバルトが好ましい。
【0066】
上述した原料の混合は、水や分散剤などの液媒体を加えて湿式混合してスラリー化させることが好ましい。そして、後述するスプレードライ法を採用する場合には、得られたスラリーを湿式粉砕機で粉砕することが好ましいが、乾式粉砕しても構わない。
【0067】
上述した造粒の方法は、前工程で粉砕された各種原料が分離せずに造粒粒子内で分散していれば湿式でも乾式でもよい。例えば、押し出し造粒法、転動造粒法、流動造粒法、混合造粒法、噴霧乾燥造粒法、加圧成型造粒法及びロール等を用いたフレーク造粒法等が挙げられる。
【0068】
湿式造粒した場合には、焼成前に充分に乾燥させることが必要である。乾燥方法としては、噴霧熱乾燥法、熱風乾燥法、真空乾燥法、フリーズドライ法などの公知の乾燥方法によって乾燥させればよく、中でも噴霧熱乾燥法が好ましい。噴霧熱乾燥法は、熱噴霧乾燥機(スプレードライヤー)を用いて行うことが好ましい。
【0069】
焼成は、焼成炉にて、大気雰囲気下、酸素ガス雰囲気下、酸素分圧を調整した雰囲気下、二酸化炭素ガス雰囲気下又はその他の雰囲気下において、例えば700℃より高く、1000℃以下の温度、好ましくは750℃以上1000℃未満、より好ましくは800℃以上950℃以下の温度にて0.5時間以上30時間以下で保持することが好ましい。この際、遷移金属が原子レベルで固溶し単一相となる焼成条件を選択することが好ましい。焼成炉の種類は特に限定されず、例えばロータリーキルン、静置炉及びその他の焼成炉を用いて焼成することができる。
【0070】
焼成後の熱処理は、結晶構造の調整が必要な場合に行うことが好ましく、例えば大気雰囲気下、酸素ガス雰囲気下又は酸素分圧を調整した雰囲気下などの酸化雰囲気の条件で熱処理を行う。
【0071】
このようにして得られた活物質は、水分率を一層低くするために、例えば再度熱処理を実施したり、活物質を真空加熱乾燥に付したりしてもよい。
【0072】
6.活物質の用途
本発明の活物質は、通常、正極活物質として用いることができる。また、本発明の活物質は、固体電池に用いられるものである。特に本発明の活物質は、固体電解質として硫化物固体電解質を含む固体電池に用いられることが有利である。固体電池において、本発明の活物質と、硫化物固体電解質との接触部分が存在することにより、本発明の効果を享受することができる。ここで「活物質と、硫化物固体電解質との接触部分が存在する」とは、(ア)正極合剤中に硫化物固体電解質を含有させること(この場合、固体電解質層は非硫化物でも可。)、(イ)正極合剤中に硫化物固体電解質を含有させず、固体電解質層に硫化物固体電解質を含有させること、及び(ウ)正極合剤中に硫化物固体電解質を含有させ、且つ固体電解質層に硫化物固体電解質を含有させることのいずれかを意味する。
【0073】
B.正極合剤
本発明の正極合剤は、活物質と、固体電解質とを含む。なお、正極合剤に含まれる活物質については、前記「A.活物質」の項に記載した内容と同様とすることができるため、ここでの記載は省略する。
【0074】
本発明で用いる固体電解質は、一般的な固体電池に用いられる固体電解質と同様とすることができる。例えば、硫化物固体電解質、酸化物固体電解質、窒化物固体電解質、ハロゲン化物固体電解質等が挙げられるが、中でも硫黄(S)元素を含有する硫化物固体電解質であることが好ましい。本発明における硫化物固体電解質は、例えば、Li及びSを含みリチウムイオン伝導性を有するものであってもよい。硫化物固体電解質は、結晶性材料、ガラスセラミックス、ガラスのいずれであってもよい。硫化物固体電解質は、アルジロダイト型構造の結晶相を有していてもよい。このような硫化物固体電解質としては、例えば、Li2S-P2S5、Li2S-P2S5-LiX(「X」は1種以上のハロゲン元素を示す。)、Li2S-P2S5-P2O5、Li2S-Li3PO4-P2S5、Li3PS4、Li4P2S6、Li10GeP2S12、Li3.25Ge0.25P0.75S4、Li7P3S11、Li3.25P0.95S4、Li7-xPS6-xXx(Argyrodite型固体電解質、「X」は1種以上のハロゲン元素を示し、0.2<x<2.0又は0.2<x<1.8である。)などが挙げられる。
【0075】
本発明の正極合剤に含まれる活物質は、本発明の活物質のみであってもよく、その他の活物質と組み合わせて使用することもできる。その他の活物質としては、前記の公知のリチウム遷移金属複合酸化物からなる粒子が挙げられ、当該粒子は被覆層を有していてもよく、あるいは有していなくてもよい。組み合わせて使用する場合は、活物質全体に対して本発明の活物質を50モル%以上、更に好ましくは70%以上含有していることが好ましい。
【0076】
本発明の正極合剤における硫化物固体電解質の割合は、典型的には5質量%以上50質量%以下である。また、正極合剤は、必要に応じて導電助剤やバインダー等の他の材料を含んでもよい。また、前記正極合剤と溶剤とを混合してペーストを作製し、アルミニウム箔等の集電体上に塗布、乾燥させることによって正極層を作製できる。
【0077】
C.固体電池
本発明の固体電池は、正極層、負極層、及び固体電解質層を備え、前記正極層が、上述した正極合剤を含む。
【0078】
本発明の固体電池は、例えば、前記のようにして作製した正極層、固体電解質層、及び負極層を3層重ねて加圧成型することによって作製できる。「固体電池」とは、液状物質又はゲル状物質を電解質として一切含まない固体電池の他、例えば50質量%以下、30質量%以下、10質量%以下の液状物質又はゲル状物質を電解質として含む態様も包含する。
【0079】
前記負極層に用いる負極活物質は、一般的な固体電池に用いられる負極活物質と同様とすることができる。具体的な負極活物質としては、リチウムイオンを吸蔵放出する材料、例えば炭素材料、シリコン及びSi-Oなどの酸化ケイ素系化合物、スズ系化合物、チタン酸リチウム等の公知の材料を用いることができる。前記炭素材料としては、例えばポリアクリロニトリル、フェノール樹脂、フェノールノボラック樹脂、セルロースなどの有機高分子化合物を焼結したもの、人造黒鉛や天然黒鉛を挙げることができる。前記負極層は、このような負極活物質を用いる以外は正極層の作製と同様にして作製できる。
【0080】
[その他の語句の説明]
本明細書において「X~Y」(X,Yは任意の数字)と表現する場合、特に断らない限り「X以上Y以下」の意とともに、「好ましくはXより大きい」あるいは「好ましくはYより小さい」の意も包含する。また、「X以上」(Xは任意の数字)あるいは「Y以下」(Yは任意の数字)と表現した場合、「Xより大きいことが好ましい」あるいは「Y未満であることが好ましい」旨の意図も包含する。
【実施例】
【0081】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0082】
〔実施例1〕
(1)芯材粒子の製造
硫酸ニッケルと硫酸コバルトと硫酸マンガンとを溶解した水溶液に、水酸化ナトリウムを供給し、共沈法によって金属複合水酸化物を作製した。この金属複合水酸化物におけるニッケル、コバルト及びマンガンのモル比は、Ni:Co:Mn=0.33:0.33:0.33であった。この金属複合水酸化物を炭酸リチウムと混合し、静置式電気炉を用いて大気下で720℃、5時間仮焼成した後、大気下で905℃、22時間本焼成してリチウム金属複合酸化物を得た。このリチウム金属複合酸化物を乳鉢で解砕し、次いで目開き53μmの篩で分級し、篩下のリチウム金属複合酸化物粉体からなる芯材粒子を回収した。芯材粒子は層状岩塩型化合物であり、ニッケル、コバルト及びマンガンのモル比は、前記金属複合水酸化物と同様に、Ni:Co:Mn=0.33:0.33:0.33であった。
【0083】
(2)正極活物質の製造
前記A元素としてNbを用いた。Nb量に対するLi量のmol比率(Li/Nb)が1.0となるように、リチウムエトキシド及びペンタエトキシニオブの量を調整し、これらをエタノールに加えて溶解させて被覆用ゾルゲル溶液(リチウム量3mmol、ニオブ量3mmol)を調製した。この被覆用ゾルゲル溶液に前記リチウム金属複合酸化物粉体5gを投入した。更に、フッ素入りの水を滴下した後、ロータリーエバポレーターを用いて、60℃×30分間加熱して超音波を照射しながら加水分解させた。その後、60℃を維持しながら30分かけて減圧して溶媒を除去した後、そのまま常温で24時間放置して乾燥させた。次に、日陶科学社製の卓上小型電気炉であるNHK-170を用いて大気雰囲気で350℃を5時間維持するように焼成し、表面にフッ素を含む正極活物質を得た。得られた正極活物質のD
50は以下の表1に示すとおりであった。このサンプルはXAFSの測定によって得られる動径分布関数において
図1に示すとおり0.115nm以上0.144nm以下の範囲に1本ピークを有し、0.310nm超0.340nm以下の範囲にも1本ピークを有した。
【0084】
〔比較例1〕
実施例1において(2)を行わなかった。これら以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0085】
〔評価〕
実施例及び比較例で得られた正極活物質について、上述の方法で、BET比表面積A(m2/g)に対するカールフィッシャー法によって測定された110℃までの水分率B(質量ppm)の比であるB/Aの値、粒径D50、BET比表面積及び水分率(110℃及び250℃)、並びに残留炭酸イオンの濃度を測定した。また、実施例及び比較例で得られた正極活物質の各種物性値を次のように測定した。それらの結果を以下の表1に示す。
【0086】
<化学分析>
誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析によって、正極活物質に含まれる各元素の含有量を測定した。
【0087】
<フッ素量の分析>
正極活物質を酸素及び水蒸気気流で加熱分解し、正極活物質中のフッ素を過酸化水素溶液に捕集して試料溶液を調製した。次いで、試料溶液のイオンクロマトグラフィー測定を行い、フッ化物イオンを定量することでフッ素量を測定した。測定装置には、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製ICS-2100を用い、カラムに Ion Pac AS19、キャリア液(溶離液)に水酸化カリウム水溶液を用い、35℃で測定を行った。このようにして正極活物質に対するフッ素量の質量の割合(ppm)を求め、ICPより求めたニオブ(Nb)元素の含有量(質量%)に対する、イオンクロマトグラフィーにより求めたフッ素量(ppm)の質量比率として「F/Nb」を計算した。なお、前記の測定条件はフッ素以外のハロゲンにも適応することができる。
【0088】
<XPSによる表面分析>
アルバック・ファイ社製のXPS装置である、QUANTUM2000を用いて、正極活物質の粒子表面の分析を行った。測定に使用した条件等は以下のとおりである。
励起X線:モノマーAl-Kα線(1486.6eV)
出力:100W
加速電圧:20kV
X線照射径:100μmφ
測定面積:100μm×1mm
Take of Angle:45°
パスエネルギー:23.5eV
エネルギーステップ:0.1eV
【0089】
データ解析ソフトウェア(アルバック・ファイ社製「マルチパックVer9.0」)を用いてXPSデータの解析を行った。バックグラウンドモードはIterated Shirleyを使用した。NiのLMMピーク、MnのLMMピークの干渉を考慮し、次に示すとおり元素ごとに計算に用いる軌道を決定した。
Li:1s
Ni:2p1
Nb:3d
Mn:2p1
Ti:2p3
C:1s
O:1s
F:1s
N:1s
【0090】
より具体的には、正極活物質についてXPSを用いて、前記条件で正極活物質の表面を分析し、得られたX線光電子分光スペクトルからピーク面積を求め、上掲した元素すべてについて原子組成百分率を計算した。以降、この計算より得た値を定量とする。Nbの定量に対するFの定量の比率(F/Nb)、及び、Nbの定量に対するLiの定量の比率(Li/Nb)を求めた。
【0091】
<固体リチウム二次電池の作製と評価>
正極活物質(サンプル)と固体電解質を用いて、固体リチウム二次電池を作製し、電池特性評価(充電特性)を行った。
【0092】
(材料)
実施例及び比較例で作製した正極活物質を用い、負極活物質としてグラファイト(Gr)粉末を用い、固体電解質粉末として組成式:Li5.8PS4.8Cl1.2で示される粉末を用いた。正極合剤粉末は、正極活物質、固体電解質粉末及び導電材であるアセチレンブラック粉末を60:37:3の質量割合で乳鉢混合することで調製した。
【0093】
(固体リチウム二次電池の作製)
正極合剤粉末14.5mgを密閉型セルの絶縁筒内(φ9mm)に充填して、500MPaで一軸成型することで正極合剤粉末ペレットを作製した。得られた正極ペレットを密閉型セルの絶縁筒内(φ10.5mm)に移し、正極ペレット上に固体電解質粉末100mgを充填した。次に、正極合剤ペレットとともに184MPaで一軸成型した後、固体電解質の上に18mgのグラファイト(Gr)粉末を充填し、551MPaで一軸成型した。更に、加圧ネジで締め込み、固体リチウム二次電池を作製した。
【0094】
(電池特性評価)
実施例及び比較例の固体リチウム二次電池について、1サイクルに充電終止電圧4.5Vまで0.3Cで定電流充電を行った。その後、4.5Vで電流値が0.01Cになるまで定電圧充電を行った。放電時は2.5Vまで0.3Cで定電流放電を行った。放電開始から0.5mAh/g放電時の作動電圧を放電初期電圧とし、4.5Vから放電初期電圧を引いたものを降下電圧とした。比較例1の降下電圧を実施例1の降下電圧から引いた値を、比較例1の降下電圧で除した値に100を乗じ、得られた値を放電初期電圧降下改善率とし、表に記載した。
【0095】
【0096】
表1に示す結果から明らかなとおり、実施例1で得られた正極活物質を用いた固体電池は、比較例よりも放電初期における電圧降下が少なく、放電初期の作動電圧を高い状態を維持できていることが判る。