(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-19
(45)【発行日】2024-06-27
(54)【発明の名称】車両の変速制御方法及び車両の変速制御装置
(51)【国際特許分類】
B60L 15/20 20060101AFI20240620BHJP
F16H 63/50 20060101ALI20240620BHJP
F16H 61/02 20060101ALI20240620BHJP
B60L 50/60 20190101ALI20240620BHJP
B60L 9/18 20060101ALN20240620BHJP
【FI】
B60L15/20 K
F16H63/50
F16H61/02
B60L15/20 S
B60L50/60
B60L9/18 P
(21)【出願番号】P 2021032053
(22)【出願日】2021-03-01
【審査請求日】2023-11-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】507308902
【氏名又は名称】ルノー エス.ア.エス.
【氏名又は名称原語表記】RENAULT S.A.S.
【住所又は居所原語表記】122-122 bis, avenue du General Leclerc, 92100 Boulogne-Billancourt, France
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】弁理士法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 潤
(72)【発明者】
【氏名】荻野 崇
(72)【発明者】
【氏名】森田 晴輝
(72)【発明者】
【氏名】松下 雄紀
(72)【発明者】
【氏名】友田 幸輝
【審査官】加藤 昌人
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-078103(JP,A)
【文献】特開2013-056618(JP,A)
【文献】特開2011-010391(JP,A)
【文献】特開2021-027648(JP,A)
【文献】特開2006-027383(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0050536(US,A1)
【文献】特開2001-004016(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 15/20
B60L 50/60
B60L 9/18
B60L 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バッテリからの電力供給により駆動する、駆動源としての第1モータ及び第2モータと、
少なくとも前記第1モータと駆動輪との間の動力伝達経路に介装され、噛合い式クラッチを用いてギヤ段を切り替える第1変速機と、
を備える車両の変速制御方法において、
コントローラが、
前記第1変速機の変速時に、前記第1モータのトルクを低下させてから前記噛合い式クラッチをニュートラル状態にすること、前記ニュートラル状態で前記第1モータの回転速度を変速先のギヤと同期させること、同期したら前記噛合い式クラッチを前記変速先のギヤと噛合わせること、噛合ったら前記第1モータのトルクを復帰させること、を含む変速動作を行い、
前記第1モータのトルク低下開始からトルク復帰終了までの変速期間中は、低下したトルクを前記第2モータに発生させるトルク補填制御を行い、
さらに、前記変速動作の開始前に前記第2モータのトルクを低下させ、かつ低下させた分のトルクを前記第1モータに発生させる反転トルク補填制御を行うことにより、前記第2モータのトルクを前記第1モータのトルクより小さい状態にして前記変速動作を開始することを特徴とする車両の変速制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の変速制御方法において、
前記反転トルク補填制御の開始前は、前記コントローラは電費性能または走行性能を優先して前記第1モータと前記第2モータとの駆動力配分を制御する、車両の変速制御方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の車両の変速制御方法において、
前記コントローラが、前記変速動作の終了後にも前記反転トルク補填制御を行う、車両の変速制御方法。
【請求項4】
請求項3に記載の車両の変速制御方法において、
前記第2モータと駆動輪との間の動力伝達経路に第2変速機が介装されており、前記第1変速機と前記第2変速機が連続して前記変速動作を行う場合には、
前記コントローラは、
先に変速する変速機の前記変速動作が終了した後の前記反転トルク補填制御に合わせて後に変速する変速機の前記変速動作を行い、後に変速する変速機の前記変速動作が終了したら前記反転トルク補填制御を行う、車両の変速制御方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の車両の変速制御方法において、
前記トルク補填制御を行っても前記車両に要求される加速度である要求加速度を満足できない場合には、
前記コントローラは、前記反転トルク補填制御の実行中に、加速度を前記トルク補填制御で実現可能な加速度まで漸次低下させる、車両の変速制御方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項に記載の車両の変速制御方法において、
前記コントローラは、
前記トルク補填制御及び前記反転トルク補填制御の実行中を除く期間は、前記第1モータ及び前記第2モータを、定格時間が相対的に長いときの定格トルクである第1定格トルクに基づいて制御し、
前記トルク補填制御及び前記反転トルク補填制御の実行中は、前記第1モータ及び前記第2モータのうちトルク低下を補填するためのトルクを発生させる方を、定格時間が相対的に短いときの定格トルクであって前記第1定格トルクより小さい第2定格トルクに基づいて制御する、車両の変速制御方法。
【請求項7】
請求項6に記載の車両の変速制御方法において、
前記第2定格トルクの定格時間は、前記変速期間の長さと同じである、車両の変速制御方法。
【請求項8】
バッテリからの電力供給により駆動する、駆動源としての第1モータ及び第2モータと、
少なくとも前記第1モータと駆動輪との間の動力伝達経路に介装され、噛合い式クラッチを用いてギヤ段を切り替える第1変速機と、
を備える車両の変速制御装置において、
コントローラが、前記第1変速機の変速時に、前記第1モータのトルクを低下させてから前記噛合い式クラッチをニュートラル状態にすること、前記ニュートラル状態で前記第1モータの回転速度を変速先のギヤと同期させること、同期したら前記噛合い式クラッチを前記変速先のギヤと噛合わせること、噛合ったら前記第1モータのトルクを復帰させること、を含む変速動作を行い、
前記第1モータのトルク低下開始からトルク復帰終了までの変速期間中は、低下したトルクを前記第2モータに発生させるトルク補填制御を行い、
さらに、前記変速動作の開始前に、前記第2モータのトルクを低下させ、かつ低下させた分のトルクを前記第1モータに発生させる反転トルク補填制御を行うことにより、前記第2モータのトルクを前記第1モータのトルクより小さい状態にして前記変速動作を開始することを特徴とする車両の変速制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両の変速制御に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、エンジン及びモータジェネレータの2つの駆動源と、前輪用及び後輪用の2つの変速機を有する四輪駆動ハイブリッド車両が開示されている。この車両においては、一方の変速機が変速する際に、変速のためにエンジントルクを低下させることによる一方の駆動輪の駆動力低下を、モータジェネレータのトルクを増大させることにより他方の駆動輪の駆動力を増大させることで補填している。これにより、変速中も車両全体としての駆動力が維持されるので、乗員に違和感を与えるおそれのある、変速動作の開始に伴う加速度の変化が抑制される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、モータジェネレータを制御するインバータに用いられるIGBTは、モータジェネレータが発生するトルクに応じて温度上昇する。そして、一般には、IGBTの温度には機能確保のために上限が設けられ、この上限温度に達するとモータジェネレータのトルクが制限される。このため、上記文献の車両では、トルクの増大を開始する時点におけるIGBTの温度が高いほど補填できるトルクは小さくなり、場合によっては十分な補填が行えず、乗員に違和感を与えるおそれがある。
【0005】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたもので、変速期間中に一方の駆動源のトルクを低下させ、このトルク低下を補填するために他方の駆動源のトルクを増大させる車両において、他方の駆動源がIGBTの温度上昇に起因するトルク制限を受けることによる不都合を改善することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のある態様によれば、バッテリからの電力供給により駆動する、駆動源としての第1モータ及び第2モータと、少なくとも第1モータと駆動輪との間の動力伝達経路に介装され、噛合い式クラッチを用いてギヤ段を切り替える第1変速機と、を備える車両の制御方法が提供される。この制御方法では、コントローラが、第1変速機の変速時に第1モータのトルクを低下させてから噛合い式クラッチをニュートラル状態にすること、ニュートラル状態で第1モータの回転速度を変速先のギヤと同期させること、同期したら噛合い式クラッチを変速先のギヤと噛合わせること、噛合ったら第1モータのトルクを復帰させること、を含む変速動作を行い、第1モータのトルク低下開始からトルク復帰終了までの変速期間中は、低下したトルクを第2モータに発生させるトルク補填制御を行う。さらにコントローラは、変速動作の開始前に第2モータのトルクを低下させ、かつ低下させた分のトルクを第1モータに発生させる反転トルク補填制御を行うことにより、第2モータのトルクを第1モータのトルクより小さい状態にして変速動作を開始する。
【0007】
本発明の別の態様によれば、上記車両の変速制御方法に対応する車両の変速制御装置が提供される。
【発明の効果】
【0008】
これらの態様によれば、トルク補填制御中に第2モータがIGBTの温度上昇に起因するトルク制限を受けることによる不都合を改善できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は第1実施形態の制御を適用する車両の概略構成図である。
【
図2】
図2は車両の制御構成の要部を示す図である。
【
図3】
図3は第1実施形態で使用する変速線図である。
【
図4】
図4は第1実施形態にかかる制御ルーチンを示すフローチャートである。
【
図5】
図5は
図4の制御ルーチンを実行した場合のタイミングチャートの一例である。
【
図6】
図6は第1実施形態の追加処理を行った場合の加速度及び車速のタイミングチャートである。
【
図7】
図7は第2実施形態の制御を適用する車両の概略構成図である。
【
図8】
図8は第2実施形態で使用する変速線図である。
【
図9】
図9は第2実施形態にかかる制御ルーチンを示すフローチャートの一部である。
【
図12】
図12は減速時におけるダウンシフト用の変速線図である。
【
図13】
図13は第1実施形態を適用し得る車両構成の他の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0011】
[第1実施形態]
図1は第1実施形態を適用する車両100の概略構成図である。車両100は、車両100において相対的に前方の位置(以下、「前輪側」と称する)に配置される前輪駆動システムfds、及び相対的に後方の位置(以下、「後輪側」と称する)に配置される後輪駆動システムrdsを備える。本実施形態では前輪駆動システムfdsは、後述する変速機16を備えない点を除き、後輪駆動システムrdsに対し各構成の配置が車両前後方向に反転配置とされた上で、後輪駆動システムrdsと同様に構成される。このため以下では、主に後輪駆動システムrdsを例にして前輪駆動システムfds及び後輪駆動システムrdsについて説明する。前輪駆動システムfdsの構成要素については、リヤであることを示す「r」の代わりにフロントであることを示す「f」の識別文字を符号に用いることにより、後輪駆動システムrdsの構成要素と区別する。前輪駆動システムfdsの構成要素の名称についても「リヤ」の代わりに「フロント」の語を用いて区別することができる。なお、フロントモータ10f及びリヤモータ10rには同一のモータが用いられる。
【0012】
後輪駆動システムrdsは、リヤモータ10rとリヤ駆動輪11rとリヤインバータ14rとリヤ変速機16rとを備える。リヤモータ10rは駆動モータであり、リヤ駆動輪11r(左リヤ駆動輪11rL及び右リヤ駆動輪11rR)を駆動する。同様に、駆動モータであるフロントモータ10fはフロント駆動輪11f(左フロント駆動輪11fL及び左フロント駆動輪11fR)を駆動する。従って、車両100は四輪駆動車両として構成される。
【0013】
リヤモータ10rは三相交流モータとして構成され、電源としてのバッテリ15からの電力の供給を受けてリヤ駆動力DFrを発生させる。リヤモータ10rが発生させるリヤ駆動力DFrはリヤ変速機16r及びリヤドライブシャフト21rを介してリヤ駆動輪11rに伝達される。リヤモータ10rはさらに、車両100の走行時にリヤ駆動輪11rに連れ回されて回転する際に負のリヤ駆動力DFrつまり回生駆動力を発生させ、発生させた回生駆動力を交流電力に変換する。
【0014】
リヤインバータ14rは、バッテリ15からの電力を三相交流に変換するためのスイッチングを行うスイッチング回路を備える。また、リヤインバータ14rはリヤモータ10rの回生駆動力に基づいて得られた交流電力をスイッチングによって直流電力に変換してバッテリ15に供給する。
【0015】
リヤ変速機16rは、リヤモータ10rとリヤ駆動輪11rとを結ぶ動力伝達経路に設けられ、リヤモータ10r及びリヤ駆動輪11r間での動力伝達を行う。リヤ変速機16rは相対的にギヤ比が低いハイ(H)及び相対的にギヤ比が高いロー(L)の2つのリヤ変速段Shrを有する。リヤ変速機16rはローギヤ列22r、ハイギヤ列24r及びリヤドグクラッチ26rのほか、出力軸32rの動力を左リヤ駆動輪11rL及び右リヤ駆動輪11rRに分配するファイナルギヤ30rを備える。
【0016】
ローギヤ列22rは、互いに噛み合うドライブギヤ40r及びドリブンギヤ41rを備える。ドライブギヤ40rはリヤモータ10rの入力軸20r上に固定されずに回転可能に設けられる。ドリブンギヤ41rはリヤモータ10rの出力軸32rに固定される。ローギヤ列22rではドライブギヤ40rの歯数に対してドリブンギヤ41rの歯数が大きく構成される。従って、リヤ変速機16rの変速比は、入力軸20rからローギヤ列22rを介して出力軸32rにリヤ駆動力DFrが伝達される場合に1より大きくなり、このときリヤ変速段Shrがローになる。
【0017】
ハイギヤ列24rは、互いに噛み合うドライブギヤ42r及びドリブンギヤ43rを備える。ドライブギヤ42rは入力軸20r上に固定されず回転可能に設けられる。ドリブンギヤ43rは出力軸32rに固定される。ハイギヤ列24rではドライブギヤ42rの歯数とドリブンギヤ43rの歯数が略等しく構成される。従って、リヤ変速機16rの変速比は、入力軸20rからハイギヤ列24rを介して出力軸32rにリヤ駆動力DFrが伝達される場合に略1となり、このときリヤ変速段Shrがハイになる。
【0018】
リヤドグクラッチ26rは変速クラッチであり、スリーブ44rと第1ドグ歯401rと第2ドグ歯421rとを備える噛み合いクラッチにより構成される。スリーブ44rは入力軸20rに固定されたハブ47rに軸方向に摺動可能に設けられ、軸方向にドライブギヤ40r及びドライブギヤ42rと隣り合う。スリーブ44rは外周溝441rを有し、外周溝441rには図示しないシフトフォークが係合する。
【0019】
第1ドグ歯401rはローギヤ列22rのドライブギヤ40rに設けられ、第2ドグ歯421rはハイギヤ列24rのドライブギヤ42rに設けられる。スリーブ44rは内歯からなるドグ歯442rを有し、軸方向に移動することで外歯からなる第1ドグ歯401r及び第2ドグ歯421rと選択的に噛み合う。
【0020】
スリーブ44rが第1ドグ歯401rとの締結位置であるロー位置に移動すると、ハブ47rとドライブギヤ40rとがスリーブ44rによって連結される。結果、リヤドグクラッチ26rがローギヤ列22rを介して入力軸20r及び出力軸32r間での動力伝達を行う状態になり、リヤ変速段Shrがローになる。
【0021】
スリーブ44rが第2ドグ歯421rとの締結位置であるハイ位置に移動すると、ハブ47rとドライブギヤ42rとがスリーブ44rによって連結される。結果、リヤドグクラッチ26rがハイギヤ列24rを介して入力軸20r及び出力軸32r間での動力伝達を行う状態になり、リヤ変速段Shrがハイになる。
【0022】
スリーブ44rが第1ドグ歯401r及び第2ドグ歯421rの双方と噛み合わない中立位置であるニュートラル位置(N)に移動すると、リヤドグクラッチ26rは入力軸20r及び出力軸32r間での動力伝達を遮断する状態、つまりニュートラル状態になる。従って、ニュートラル位置ではリヤモータ10r及びリヤ駆動輪11r間での動力伝達が遮断される。なお、リヤドグクラッチ26rはドライブギヤ40r、42rとスリーブ44rとの回転速度を同期させるための、いわゆるシンクロ機構を備えてもよい。
【0023】
次に、前輪駆動システムfds及び後輪駆動システムrdsについてさらに説明する。以下では、前輪駆動システムfds及び後輪駆動システムrdsに共通する事項に関しては、適宜「f」、「r」の識別文字等を省いて包括的に説明する。
【0024】
図2は車両100の制御構成の要部を示す図である。車両100はコントローラ1をさらに備える。コントローラ1は車両100の変速制御装置であり、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)を有して構成される。コントローラ1にはセンサ・スイッチ類2から各種信号が入力される。センサ・スイッチ類2は例えば、アクセルペダルの踏込み量を表すアクセル開度APOを検出するためのアクセル開度センサや、車速Vを検出するための車速センサや、ACTR51の作動位置を検出するための位置センサや、スリーブ44の作動位置を検出するための位置センサや、モータ10の回転速度Nmを検出するための回転速度センサ等を含む。なお、ACTR51とは、スリーブ44を移動させるアクチュエータ(例えば電動モータ)である。
【0025】
コントローラ1は、入力された信号等に基づき車両100の制御パラメータを演算して、インバータ14やACTR51を制御するようにプログラムされる。例えば、アクセル開度APOを用いて、制御パラメータとして車両100に対する乗員の要求駆動力を演算する。また、モータ10を回生制御する際の回生電力を取得し、または演算により求めることができる。また、バッテリ15の入出力電流を取得し、これに基づいてバッテリ15の充電率(SOC:State Of Charge)を演算する。
【0026】
コントローラ1はインバータ14を制御することにより、モータ10を制御する。
【0027】
次に、コントローラ1が実行する駆動力配分制御及び変速制御について説明する。
【0028】
図3は、車両100の変速線図である。
図3においては、車速Vに対して、フロントモータ10fが単独で車両100(前輪11f)に発生させ得る最大の駆動力[N]と、の関係を実線71で示す。二点一短鎖線72は、フロントモータ10fと、ローギヤ列22rに接続されたリヤモータ10rと、によって車両100に発生させ得る最大の駆動力を表す。一点一短鎖線73は、フロントモータ10fと、ハイギヤ列24rに接続されたリヤモータ10rと、によって車両100に発生させる最大の駆動力を表す。細実曲線R/Lは、車速Vに対して路面負荷と釣り合う駆動力を表す。また、破線曲線は、車速Vに対して等加速度を維持するための駆動力を表す等加速度線である。
【0029】
前後輪の駆動力配分、つまりフロントモータ10fにより発生させる駆動力とリヤモータ10rにより発生させる駆動力の割合は、電費性能または走行性能を優先して任意に設定し得るものである。ここでは、その一例として、フロントモータ10fが単独で要求駆動力を賄うことが可能な場合にはフロントモータ10fのみを駆動する。これは無駄な電力消費を抑制することで電費性能の向上を図るためである。また、高速走行時等のようにフロントモータ10fのみでは要求駆動力を賄うことができない場合や、雪路等のように滑りやすい路面状況においては、リヤモータ10rも駆動することとする。これは加速性能や車体安定性といった走行性能の向上を図るためである。そして、加速時においてリヤモータ10rも駆動する場合には、フロントモータ10fの駆動力とリヤモータ10rの駆動力とを1:1にすることとする。
【0030】
また、コントローラ1は、車速Vと駆動力とから定まる運転点を監視し、運転点が所定のアップシフト線Rrupを超えるか否かによってリヤ変速機16rのアップシフトの必要性を判定する。そして、運転点がアップシフト線Rrupを超えるときに、コントローラ1は、リヤドグクラッチ26rをロー位置(L)からハイ位置(H)に切り替えるアップシフトを実行する。アップシフト線Rrupは、例えば、二点一短鎖線72と一点一短鎖線73が重複する範囲内において予め定められる。
【0031】
また、アップシフトは、トルク補填制御により、細実曲線R/Lまたは破線曲線で示す等加速度線に沿って行われる。ここでいうトルク補償制御とは、アップシフトのための制御(以下、アップシフト制御ともいう)が開始される前と比較してフロントモータ10fが出力するトルクを増大させることにより、リヤモータ10rが出力すべきトルクを補償して、車両全体として要求駆動力を満足させる制御である。これは、アップシフトによる加速度の変化を抑制し、アップシフトによる振動を防止または低減するためである。
【0032】
電動モータには、一般的に出力の上限として定格トルクが定められている。このため、変速のためにトルク補填をするときには、以下のように、フロントモータ10fの定格トルクが考慮される。
【0033】
図3の駆動力範囲B1は、車速V1において、車両100の駆動力(要求駆動力)が、フロントモータ10fが単独で出力し得る駆動力A1以下である範囲を表す。アップシフトするときに、車両100の駆動力がこの駆動力範囲B1内であれば、フロントモータ10fは、定格トルクの範囲内で、リヤモータ10rが出力すべきトルクを全て補填することができる。
【0034】
一方、
図3の駆動力範囲B2は、車速V1において、車両100の駆動力が、フロントモータ10fが単独で出力し得る駆動力A1より大きく、フロントモータ10fとリヤモータ10rとが協働して出力し得る駆動力の上限A2以下である範囲を表す。アップシフトするときに、車両100の駆動力がこの駆動力範囲B2の範囲内にあるときは、車両100の駆動力は、フロントモータ10fが定格トルクの範囲内で出力し得るトルクによって発生する駆動力を超える。このため、駆動力範囲B2においてアップシフトするときには、フロントモータ10fは、通常の定格トルクの範囲内ではリヤモータ10rが出力すべきトルクを補填することができない。このため、駆動力範囲B2においてアップシフトすると、リヤドグクラッチ26rがニュートラル状態となる間に、「トルク抜け」または「駆動力抜け」と呼ばれる状態が発生する。「トルク抜け」または「駆動力抜け」とは、車両100の駆動力(トルク)が要求駆動力(要求トルク)に対して不足する状態である。
【0035】
そこで、本実施形態においては、フロントモータ10fの定格トルクとして、第1定格トルク及び第2定格トルクの2種類の定格トルクを定める。第1定格トルクは、フロントモータ10fを相対的に長時間安定して駆動するときの通常の定格トルクである。駆動力範囲B1におけるアップシフトは、この第1定格トルクの範囲内で行われる。第2定格トルクは、フロントモータ10fを相対的に短時間駆動するときの定格トルクである。すなわち、第1定格トルクは通常の長時間運転に対する出力トルクの定格値であるのに対して、第2定格トルクは短時間の駆動に限って許容し得る出力トルクの定格値である。なお、ここでいう短時間とは、例えば変速期間に相当する時間である。
【0036】
そして、駆動力範囲B2においてアップシフトするときには、コントローラ1は、第1定格トルクを超えて、第2定格トルクの範囲内でフロントモータ10fを駆動する。これにより、駆動力範囲B2においてアップシフトするときにも、リヤモータ10rが出力すべきトルクは、フロントモータ10fによって補填される。以下、リヤモータ10rが出力すべきトルクを、第2定格トルクの範囲内でフロントモータ10fを駆動することによって補填することを、特に「トルクブースト」という。
【0037】
ところで、インバータ14に用いられるIGBTは、モータ10が発生するトルクに応じて温度上昇する。そして、一般には、IGBTの温度には機能確保のために上限が設けられ、この上限温度に達するとモータ10のトルクが制限される。
【0038】
したがって、トルク補填制御を開始する時点におけるIGBTの温度が高いほど補填できるトルクは小さくなり、場合によっては十分な補填が行えず、トルク抜けが生じるおそれがある。
【0039】
そこで本実施形態では、コントローラ1が以下に説明するアップシフト制御を実行することにより、IGBTの温度上昇によるトルク抜けを抑制する。
【0040】
図4は、コントローラ1が実行するアップシフト制御の制御ルーチンを示すフローチャートである。本制御ルーチンは車両100の走行中に繰返し実行される。
【0041】
本制御ルーチンでは、フロントモータ10fによるトルクブーストが必要なアップシフトを行う場合には、トルクブーストを開始する前に、フロントモータ10fのトルクを低下させ、かつ低下させたトルクをリヤモータ10rのトルクを増大させることで補填する反転トルク補填制御を行う。以下、反転トルク補填制御のうち、第2定格トルクの範囲内でリヤモータ10rを駆動することによって補填することを、特に「反転トルクブースト」という。
【0042】
反転トルクブーストを行うのは、トルクブースト開始時におけるフロントインバータ14fのIGBTの温度を低下させるためである。そして、リヤ変速機16rが変速している間はフロントモータ10fによるトルクブーストを行う。変速が終了したら再び反転トルクブーストを行う。変速終了後にも反転トルクブーストを行うのは、トルクブーストによって上昇したフロントインバータ14fのIGBTの温度を速やかに低下させるためである。なお、アップシフトの開始前と終了後に行う反転トルクブーストを区別するため、開始前に行う方を第1反転トルクブースト、終了後に行う方を第2反転トルクブーストと称する。以下、この制御の詳細について
図4のステップに沿って説明する。
【0043】
ステップS101で、コントローラ1は現在の駆動力及び車速Vから定まる運転点が第1トルクブースト領域(
図3の領域C1)であるか否かを判定し、第1トルクブースト領域内であればステップS102の処理を実行し、そうでない場合は今回のルーチンを終了する。なお、領域C1は任意に設定しうるものである。
【0044】
ステップS102で、コントローラ1はアクセル開度APO及び車速Vから定まる要求駆動力と、要求駆動力を満足するために必要なトルクから定まるブースト率とを演算する。ブースト率とは、トルクブーストを行う際にフロントモータ10fが出力するトルクの、第1定格トルクに対する割合である。
【0045】
ステップS103で、コントローラ1は第1反転トルクブーストを開始する。つまり、フロントモータ10fのトルクを低下させ、低下させた分をリヤモータ10rのトルクで補填する。ここでは、リヤモータ10rのブースト率がステップS102で算出したブースト率となるようフロントモータ10f及びリヤモータ10rを制御する。
【0046】
ステップS104で、コントローラ1はアップシフトするか否か、つまり運転点がアップシフト線Rrupを超えて
図3の領域C2に入ったか否かを判定し、アップシフトする場合はステップS105の処理を実行し、しない場合は今回のルーチンを終了する。
【0047】
ステップS105で、コントローラ1は、第1反転トルクブーストの状態から、フロントモータ10fのトルクを増大させ、かつリヤモータ10rのトルクを低下させて、フロントモータ10fによるトルクブーストを開始する。このようにフロントモータ10f及びリヤモータ10rの、一方のトルクを増大させつつ他方のトルクを低下させることを、トルク掛け替えと称する。
【0048】
フロントモータ10fによるトルクブーストが開始されたら、コントローラ1はステップS106でリヤドグクラッチ26rをニュートラル状態にして、回転同期制御を実行する。回転同期制御とは、ハイギヤ列24rとリヤドグクラッチ26r(つまりリヤモータ10r)の回転速度を同期させる制御である。なお、回転速度が同期するまでの時間が短いほどアップシフトに要する時間は短くなり、トルクブーストの実行時間も短くできる。そこで、回転同期制御として、リヤモータ10rを回生制御することにより、リヤモータ10rの回転速度の低下を早めてもよい。
【0049】
回転同期が終了したら、コントローラ1はステップS107でリヤドグクラッチ26rを締結し、ステップS108でトルク掛け替えを行う。そして、ステップS109で変速が終了したと判断したら、トルクブーストを終了して、ステップS110で第2反転トルクブーストを開始する。なお、ステップS109では、フロントモータ10fのトルクとリヤモータ10rのトルクが同一になったら変速が終了したと判断する。
【0050】
コントローラ1は、ステップS111で第2反転トルクブーストが終了したと判断したら本ルーチンを終了する。第2反転トルクブーストの終了タイミングは任意に設定し得る。例えば、フロントインバータ14fのIGBTの温度が所定温度まで低下したタイミングでもよいし、第1反転トルクブーストの実行時間と同じ時間が経過したタイミングでもよい。
【0051】
なお、
図3においては、トルクブーストを行う領域C2と第2反転トルクブーストを行う領域C3を示しているが、これらは上述したアップシフト制御を行った場合に、結果的にトルクブーストを行うことになる領域及び第2反転トルクブーストを行うことになる領域の一例を示したものである。
【0052】
図5は、上記のアップシフト制御を実行した場合のタイミングチャートの一例である。駆動力のチャートにおいて、実線は前輪の駆動力(フロント駆動力ともいう)、破線は後輪の駆動力(リヤ駆動力ともいう)、一点一短鎖線はフロント駆動力とリヤ駆動力の合計、二点一短鎖線は比較例としての、反転トルクブーストを実行しない場合のフロント駆動力を示している。IGBT温度のチャートにおいて、実線はフロントインバータ14fのIGBT(FrIGBT)の温度、破線はリヤインバータ14rのIGBT(RrIGBT)の温度、一点一短鎖線はIGBTの上限温度、二点一短鎖線は比較例としての、反転トルクブーストを行わない場合のFrIGBTの温度を示している。また、図中のTBはトルクブースト、RTBは反転トルクブーストを意味し、#1RTBは第1反転トルクブースト、#2RTBは第2反転トルクブーストを意味する。
【0053】
タイミングT1においてアクセルペダルが踏み込まれて加速が開始される。このとき、フロントモータ10fとリヤモータ10rとが同じトルクを発生し、これに伴いFrIGBTとRrIGBTの温度が上昇する。
【0054】
タイミングT2において運転点が第1反転トルクブースト領域C1に入ると、第1反転トルクブーストが開始される。つまり、フロントモータ10fのトルクが低下し、これを補填するためにリヤモータ10rのトルクが増大する。これに伴い、FrIGBTの温度は低下し、RrIGBTの温度は上昇する。
【0055】
そして、タイミングT4においてアップシフト線Rrupを超えると、トルクブーストを行うためにトルク掛け替えが始まり、タイミングT5でトルク掛け替えが終了してトルクブーストが始まる。この間、RrIGBTの温度はトルクの低下に伴い低下し、FrIGBTの温度はトルクの増大に伴い上昇する。第1反転トルクブーストを行わない場合には、比較例として二点鎖線で示したように、FrIGBTの温度がトルクブーストの最中に上限温度を超えてしまうおそれがある。この場合にはフロントモータ10fのトルクが制限されてしまうため、車両全体としてのトルクを一定に維持できず、トルク抜けが生じる。これに対し本実施形態では、第1反転トルクブーストによりトルク掛け替えの開始時点におけるFrIGBTの温度を低下させるので、そこからトルク掛け替え及びトルクブーストを行っても、上限温度以上にならない。よって、フロントモータ10fのトルクが制限されることがなく、トルク抜けを防止できる。
【0056】
タイミングT6以降は、トルク掛け替えを行い、第2反転トルクブーストを行ってから、通常制御に復帰する。第2反転トルクブーストを行うことにより、トルクブーストによって上昇したFrIGBTの温度を低下させることができる。これにより、加速終了に要求駆動力が低下してフロントモータ10fのみで走行することとなった場合の、FrIGBTの過熱を抑制できる。
【0057】
なお、第1反転トルクブーストを行ったとしても、トルクブースト中にFrIGBTの温度が上限温度に達してしまう可能性もある。例えば、高外気温下での走行によりIGBT温度が高まった状態で加速する場合である。このような場合に、上限温度に到達してからトルク制限を行うと、急激に加速度が変化することで乗員に違和感を与えてしまう。そこで、このような違和感を抑制するために、
図3で説明した制御ルーチンに、次のような処理を加えてもよい。
【0058】
まず、ステップS102において要求駆動力及びブースト率を算出した後、当該ブースト率が実行可能か否かをIGBT温度及び要求駆動力に基づいて判断する。実現できる場合には上述した制御を実行すればよい。一方、実現できないと判断した場合には、実現可能なブースト率を演算する。そして、第1反転トルクブーストの開始とともに、加速度が、実現可能なブースト率で得られる加速度まで漸次低下するように、フロントモータ10f及びリヤモータ10rのトルクを制御する。
【0059】
図6は、上記の追加処理を行った場合の加速度及び車速のタイミングチャートである。図中の実線はS102で算出されたブースト率を実現できずに追加処理を行った場合を示し、破線はS102で算出されたブースト率を実現できる場合を示している。
【0060】
追加処理を行うことにより、第1反転トルクブースト期間からトルクブースト期間にかけての加速度及び車速は、S102で算出されたブースト率を実現できる場合に比べれば低下する。しかし、第1反転トルクブースト期間中またはトルクブースト期間中の加速度及び車速の変化は滑らかになるので、加速度の変化に起因して乗員に与える違和感を抑制することができる。
【0061】
以上の通り本実施形態では、バッテリ15からの電力供給により駆動する、駆動源としてのフロントモータ10f(第1モータまたは第2モータ)及びリヤモータ10r(第2モータまたは第1モータ)と、少なくともリヤモータ10rと駆動輪との間の動力伝達経路に介装され、噛合い式クラッチを用いてギヤ段を切り替えるリヤ変速機16r(第1変速機)と、を備える車両の制御方法が提供される。この制御方法では、コントローラ1が、リヤ変速機16rの変速時に、リヤモータ10rのトルクを低下させてからリヤドグクラッチ26rをニュートラル状態にすること、ニュートラル状態でリヤモータ10rの回転速度を変速先のギヤと同期させること、同期したらリヤドグクラッチ26rを変速先のギヤと噛合わせること、噛合わったらリヤモータ10rのトルクを復帰させること、を含む変速動作を行う。また、コントローラ1はリヤモータ10rのトルク低下開始からトルク復帰終了までの変速期間中は、低下したトルクをフロントモータ10fに発生させるトルクブースト(トルク補填制御)を行う。さらに、コントローラ1は、変速動作の開始前にフロントモータ10fのトルクを低下させ、かつ低下させた分のトルクをリヤモータ10rに発生させる反転トルクブースト(反転トルク補填制御)を行うことにより、フロントモータ10fのトルクをリヤモータ10rのトルクより小さい状態にして変速動作を開始する。このようにトルクブーストを行う前に反転トルクブーストを行うことにより、トルクブースト開始時におけるフロントインバータ14fのIGBTの温度を低下させることで、トルクブースト中にフロントモータ10fがフロントインバータ14fのIGBTの温度上昇に起因するトルク制限を受けることを回避できる。その結果、変速に伴うトルク抜けを抑制できる。
【0062】
本実施形態では、反転トルクブーストの開始前は、コントローラ1は電費性能または走行性能を優先してフロントモータ10fとリヤモータ10rとの駆動力配分を制御する。これにより、トルクブーストまたは反転トルクブーストを行わない走行(通常走行ともいう)時には、電費性能または走行性能の向上を図ることができる。
【0063】
本実施形態では、コントローラ1が、変速動作の終了後にも反転トルクブーストを行う。これにより、トルクブーストを行うことで上昇したフロントインバータ14fのIGBTの温度を低下させることができる。
【0064】
本実施形態では、トルクブーストを行っても要求加速度を満足できない場合には、コントローラ1は、反転トルクブーストの実行中に、トルクブーストで実現可能な加速度まで加速度を漸次低下させる。これにより、加速中における加速度の急激な低下が抑制されるので、乗員に対して加速度の低下による違和感をあたえることなく変速を行うことができる。
【0065】
本実施形態では、コントローラ1は、トルクブースト及び反転トルクブーストの実行中を除く期間は、フロントモータ10f及びリヤモータ10rを、定格時間が相対的に長いときの定格トルクである第1定格トルクに基づいて制御し、トルクブースト及び反転トルクブーストの実行中は、フロントモータ10f及びリヤモータ10rのうちトルク低下を補填するためのトルクを発生させる方を、定格時間が相対的に短いときの定格トルクであって第1定格トルクより小さい第2定格トルクに基づいて制御する。これにより、トルクブースト及び反転トルクブーストの実行中に発生可能なトルクがより大きくなるので、より大きな要求駆動力まで対応可能になる。
【0066】
本実施形態では、第2定格トルクの定格時間は、変速期間の長さと同じである。これにより、変速期間中のトルク抜けを抑制できる。
【0067】
[第2実施形態]
図7は第2実施形態を適用する車両100の概略構成図である。
図1の車両100との相違点は、前輪駆動システムfdsがフロント変速機16fを備える点である。
【0068】
フロント変速機16fはリヤ変速機16rと同様の構造を有する。つまり、フロント変速機16fは相対的にギヤ比が低いローギヤ列22fからなるハイ(H)及び相対的にギヤ比が高いハイギヤ列24fからなるロー(L)の2つのフロント変速段Shfを有し、フロントドグクラッチ26fの位置を制御することにより変速段を切り替え可能である。
【0069】
図8は、本実施形態を適用する車両100の変速線図である。実線71、二点一短鎖線72及び一点一短鎖線73は
図3と同様である。図中の二点二短鎖線74はローギヤ列22fに接続されたフロントモータ10fと、ローギヤ列22rに接続されたリヤモータ10rと、によって車両100に発生させ得る最大の駆動力を表す。また、Frupはフロント変速機16fのアップシフト線、Rrupはリヤ変速機16rのアップシフト線である。なお、各変速機のダウンシフト線はそれぞれフロントアップシフト線Frup、リヤアップシフト線Rrupと同一でもよいし、これらアップシフト線に対してヒステリシスを設けてもよい。
【0070】
フロントアップシフト線Frupは、リヤアップシフト線Rrupよりも低車速側に設定する。つまり、本実施形態では、加速時にまずはフロント変速機16fがアップシフトし、さらに加速が続くとリヤ変速機16rがアップシフトする。なお、変速の順序は入れ替えても構わない。
【0071】
ところで、本実施形態の車両100では、次の3つのアップシフトの状況が考えられる。第1の状況は、フロント変速機16f及びリヤ変速機16rがいずれもロー位置の状態から加速を開始してフロント変速機16fがアップシフトして加速が終わる状況である。第2の状況は、フロント変速機16fがハイ位置かつリヤ変速機16rがロー位置の状態から加速を開始してリヤ変速機16rがアップシフトする状況である。第3の状況は、フロント変速機16f及びリヤ変速機16rがいずれもロー位置の状態から加速を開始して、フロント変速機16fとリヤ変速機16rが連続的にアップシフトする状況である。
【0072】
第1、第2の状況では、第1実施形態と同様の制御を行う。つまり、アップシフト開始前に第1反転トルクブーストを行い、アップシフト制御中はトルクブーストを行い、アップシフト終了後に第2反転トルクブーストを行う。
【0073】
一方、第3の状況では、第1実施形態の制御を単に繰り返し行うだけでは、リヤアップシフト線Rrupを超えてからリヤ変速機16rのアップシフトが行われるまでに遅れが生じる場合もある。そこで、本実施形態では以下に説明する制御により、第1から第3のいずれの状況でも適切なアップシフトが行われるようにする。
【0074】
図9、
図10は、コントローラ1が実行するアップシフト制御の制御ルーチンを示すフローチャートである。本制御ルーチンは車両100の走行中に繰返し実行される。ここでは、フロント変速機16fを第1変速機、リヤ変速機16rを第2変速機として説明する。なお、
図8のフロントアップシフト線Frupとリヤアップシフト線Rrupの位置を入れ替えた場合には、リヤ変速機16rが第1変速機、フロント変速機16fが第2変速機となる。
【0075】
図9のステップS101からS111は
図4と同様なので説明を省略する。ただし、ステップS101におけるフロント変速機16fの第1反転トルクブースト領域は
図8の領域D1である。そして、ステップS101においてフロント変速機16fの第1反転トルクブースト領域でない場合には、コントローラ1はステップS201の処理を実行する。
【0076】
ステップS201で、コントローラ1は運転点がリヤ変速機16rの第1反転トルクブースト領域であるか否かを判定する。ここでのリヤ変速機16rの第1反転トルクブースト領域は
図8の領域D2である。コントローラ1は、ステップS201において第1反転トルクブースト領域D2であると判定したら、後述する
図10のステップS205の処理を実行し、第1反転トルクブースト領域D2でないと判定したら本ルーチンを終了する。
【0077】
また、コントローラ1は、ステップS109でフロント変速機16fの変速(アップシフト)が終了したと判定した場合には、ステップS202としてステップS201と同様に運転点がリヤ変速機16rの第1反転トルクブースト領域D2であるか否かを判定する。コントローラ1は、ステップS202で第1反転トルクブースト領域D2であると判定したら、後述する
図10のステップS205の処理を実行し、第1反転トルクブースト領域D2でないと判定したらステップS110の処理を実行する。
【0078】
また、ステップS110の処理が終了したら、コントローラ1はステップS203としてステップS201と同様に運転点がリヤ変速機16rの第1反転トルクブースト領域D2であるか否かを判定する。コントローラ1は、ステップS203で第1反転トルクブースト領域D2であると判定したら、後述する
図10のステップS205の処理を実行し、第1反転トルクブースト領域D2でないと判定したらステップS111の処理を実行する。
【0079】
また、ステップS111の処理が終了したら、コントローラ1はステップS204としてステップS201と同様に運転点がリヤ変速機16rの第1反転トルクブースト領域D2であるか否かを判定する。コントローラ1は、ステップS204で第1反転トルクブースト領域D2であると判定したら、後述する
図10のステップS205の処理を実行し、第1反転トルクブースト領域D2でないと判定したら本ルーチンを終了する。
【0080】
ステップS205からステップS214は、
図4のステップS102からステップS111と同様である。つまり、第2変速機としてのリヤ変速機16rについて第1実施形態と同様の制御を行う。
【0081】
第1の状況では、ステップS101からステップS109の処理の後、ステップS202、ステップS110、ステップS203、ステップS111、ステップS204と処理が進み、ステップS204において否定的な判定がなされて制御が終了する。
【0082】
第2の状況では、ステップS101の処理の後にステップS201の処理が行われ、そこで肯定的な判定がなされてステップS205からステップS214の処理が行われる。
【0083】
第3の状況では、ステップS101からステップS109の処理の後、ステップS202、ステップS203、またはステップS204のいずれかで肯定的な判定がなされて、ステップS205からステップS214の処理が行われる。つまり、フロント変速機16fのアップシフトが終了した時点で運転点がリヤ変速機16rの第1反転トルクブースト領域D2に入っていたら、ステップS202からステップS205へと進む。フロント変速機16fの第2反転トルクブーストを開始した後に運転点がリヤ変速機16rの第1反転トルクブースト領域D2に入った場合には、ステップS203からステップS205へと進む。フロント変速機16fの第2反転トルクブーストが終了した後に運転点がリヤ変速機16rの第1反転トルクブースト領域D2に入った場合には、ステップS204からステップS205へと進む。
【0084】
図11は、第3の状況でフロント変速機16fのアップシフトが終了した時点で運転点が第2変速機の第1反転トルクブースト領域D2に入っている場合、換言するとフロント変速機16fとリヤ変速機16rとが連続的に変速する場合、のタイミングチャートである。タイミングゼロからタイミングT8まで、つまりフロント変速機16fのアップシフトが終了するまでは、第1実施形態で説明したリヤ変速機16rのアップシフトの場合と同様である。
【0085】
タイミングT8以降は制御ルーチンがステップS205以降のリヤ変速機16rの制御に進む。この場合、ステップS206における第1反転トルクブースト開始の処理はスキップする。これは、フロント変速機16fのアップシフトのためのトルクブースト中のフロントモータ10fとリヤモータ10rのトルクの状態が、見方を変えればリヤ変速機16rのアップシフト前に行う第1反転トルクブースト中の当該状態と同じだからである。つまり、フロント変速機16fのアップシフトのためのトルクブーストが、リヤ変速機16rのアップシフトのための第1反転トルクブーストを兼ねているからである。
【0086】
また、ステップS208のトルク掛け替えもスキップする。これは、フロント変速機16fのアップシフトが終了した時点、つまりステップS109で肯定的判定となった時点で、トルクの掛け替えは終了しているからである。
【0087】
そして、ステップS209からステップS214の処理を実行することで、タイミングT8からタイミングT12に示すように、リヤ変速機16rのアップシフトのためのトルクブースト及び第2反転トルクブーストが行われる。
【0088】
ところで、リヤ変速機16rのアップシフトのためのトルクブースト中のフロントモータ10fとリヤモータ10rのトルクの状態は、フロント変速機16fのアップシフト後に行う第2反転トルクブースト中の当該状態と同じである。つまり、タイミングT8以降にリヤ変速機16rのアップシフトのための処理に移行しても、フロント変速機16fについての第2反転トルクブーストは行われる。
【0089】
上記の通り、フロント変速機16fとリヤ変速機16rが連続的にアップシフトする場合には、フロント変速機16fのアップシフトのためのトルクブーストがリヤ変速機16rのアップシフトのための第1反転トルクブーストを兼ねる。同様に、リヤ変速機16rのアップシフトのためのトルクブーストがフロント変速機16fのアップシフトのための第2反転トルクブーストを兼ねる。その結果、フロント変速機16fのアップシフトのための第1反転トルクブーストの開始から、リヤ変速機16rのアップシフトのための第2反転トルクブーストの終了までの時間を短縮できる。
【0090】
以上の通り本実施形態では、第1実施形態と同様の効果に加え、さらに、次の効果が得られる。本実施形態では、リヤ変速機16rの他に、フロントモータ10fとフロント駆動輪11fとの間の動力伝達経路にフロント変速機16fが介装されている。そして、フロント変速機16fとリヤ変速機16rが連続して変速動作を行う場合には、コントローラ1は、先に変速するフロント変速機16fの変速動作が終了した後の第2反転トルクブーストに合わせて、後に変速するリヤ変速機16rの変速動作を行い、後に変速するリヤ変速機16rの変速動作が終了したら第2反転トルクブーストを行う。これにより、より短い時間で2つの変速機16f、16rの変速動作を終了することができる。
【0091】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【0092】
上述した実施形態では、加速に伴いアップシフトする場合について説明したが、減速に伴いダウンシフトする場合にも適用可能である。
図12は
図1に示す車両100のダウンシフトに用いる変速線図である。この変速線図は、
図3のアップシフト用の変速線図と横軸を対象軸として線対称の関係にあり、かつアップシフト線Rrupに代えてダウンシフト線Rrdownが設けられている。縦軸の駆動力は負の値、つまり制動力を意味する。車両100では減速時にフロントモータ10f及びリヤモータ10rによる回生を行うので、ここでいう制動力は回生による制動力を意味する。また、車速Vに対して、フロントモータ10fが単独で車両100(前輪11f)に発生させ得る最大の制動力[N]と、の関係を実線71-2で示す。二点一短鎖線72-2は、フロントモータ10fと、ローギヤ列22rに接続されたリヤモータ10rと、によって車両100に発生させ得る最大の制動力を表す。一点一短鎖線73-2は、フロントモータ10fと、ハイギヤ列24rに接続されたリヤモータ10rと、によって車両100に発生させる最大の制動力を表す。
【0093】
回生による制動力は、フロントモータ10f、リヤモータ10rがそれぞれフロント駆動輪11f、リヤ駆動輪11rに連れまわされることによって発生する。ただし、リヤ変速機16rがダウンシフトする際にはリヤドグクラッチ26rがニュートラル位置になる期間が生じ、この間はリヤモータ10rでの回生ができなくなるので、「制動力抜け」と呼ばれる状態が生じる。そこで、制動力抜けを防止するために、リヤ変速機16rがダウンシフトする際には、フロントモータ10fの制動力(つまり負の駆動力)を増大させるトルクブーストを行う。そして、トルクブーストによるIGBTの温度上昇を抑制するために、トルクブーストを行う前後に、第1反転トルクブースト、第2反転トルクブーストを行う。
【0094】
上記の通り、減速に伴いダウンシフトする場合も、フロントモータ10f及びリヤモータ10rによるトルクブースト及び反転トルクブーストで発生させる駆動力の正負が逆転を除けば第1実施形態と同様の制御で対応可能である。なお、フロント変速機16fを備える場合も同様に第2実施形態と同様の制御で対応可能である。
【0095】
また、上述した実施形態では、フロントモータ10fがフロント駆動輪11fに、リヤモータ10rがリヤ駆動輪11rにそれぞれ接続されている車両100について説明したが、これに限られるわけではない。例えば、
図13に示すように、変速機16-2とファイナルギヤ30とを介して第1モータ10Aが駆動輪11と接続され、ギヤ列24Bとファイナルギヤ30とを介して第2モータ10Bが駆動輪11と接続される構成であってもよい。この場合、駆動輪11はフロント、リヤの何れであっても構わない。また、変速機16-2は第1モータ10Aと駆動輪11との間ではなく第2モータ10Bと駆動輪11との間に介装されてもよいし、第1モータ10Aと駆動輪11との間及び第2モータ10Bと駆動輪11との間の両方に介装されてもよい。変速機16-2は上述したフロント変速機16f及びリヤ変速機16rと同様に、ローギヤ列22Aとハイギヤ列24Aといずれかのギヤ列と噛合うドグクラッチ26とを備える。なお、第2モータ10Bからファイナルギヤ30までの動力伝達経路には、第2モータ10Bから駆動輪11へのトルク伝達を断接する断接クラッチ50が介装されている。断接クラッチ50は、要求駆動力を第1モータ10Aのみで賄うことができる場合に、第2モータ10Bと駆動輪11との間の動力伝達を切断するためのものである。これにより、トルクを発生していない第2モータ10Bが駆動輪11の回転に連れ回されて走行抵抗になることを防止できる。
【符号の説明】
【0096】
1 コントローラ
10f フロントモータ(第1又は第2モータ)
10r リヤモータ(第2又は第1モータ)
11f フロント駆動輪(第1又は第2駆動輪)
11r リヤ駆動輪(第2又は第1駆動輪)
16f フロント変速機(第1又は第2変速機)
16r リヤ変速機(第2又は第1変速機)
26f ドグクラッチ(第1又は第2噛み合いクラッチ)
26r リヤドグクラッチ(第2又は第1噛み合いクラッチ)
100 車両