(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-19
(45)【発行日】2024-06-27
(54)【発明の名称】イオン化方法及び質量分析方法
(51)【国際特許分類】
H01J 49/16 20060101AFI20240620BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240620BHJP
G01N 1/04 20060101ALI20240620BHJP
H01J 49/04 20060101ALI20240620BHJP
H01J 49/40 20060101ALI20240620BHJP
【FI】
H01J49/16 400
G01N27/62 V
G01N27/62 G
G01N1/04 H
H01J49/04 180
H01J49/40
(21)【出願番号】P 2021085961
(22)【出願日】2021-05-21
【審査請求日】2023-11-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000145862
【氏名又は名称】株式会社コーセー
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100183081
【氏名又は名称】岡▲崎▼ 大志
(72)【発明者】
【氏名】小谷 政弘
(72)【発明者】
【氏名】大村 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】菅 駿一
(72)【発明者】
【氏名】畑 毅
(72)【発明者】
【氏名】安田 純子
【審査官】小林 幹
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-020588(JP,A)
【文献】国際公開第2019/106961(WO,A1)
【文献】特表2004-535859(JP,A)
【文献】特開2019-117115(JP,A)
【文献】英国特許出願公開第02576374(GB,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 40/00-49/48
G01N 27/62
G01N 1/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1表面及び前記第1表面とは反対側の第2表面を有すると共に、前記第1表面から前記第2表面にかけて貫通する複数の貫通孔が設けられた測定領域を有する基板と、前記基板の少なくとも前記測定領域の前記第1表面上において前記貫通孔を塞がないように設けられた導電層と、を有する試料支持体を用意する工程と、
前記基板の前記第1表面又は前記第2表面を人の皮膚上に塗布された試料に対向させた状態で、前記試料支持体を前記皮膚に押し当てることにより、前記測定領域に前記試料を付着させる工程と、
前記測定領域に前記試料を付着させた後に、前記試料支持体を前記皮膚から引き離す工程と、
前記試料支持体を前記皮膚から引き離した後に、前記測定領域に付着した前記試料の成分をイオン化する工程と、を含む、イオン化方法。
【請求項2】
前記イオン化する工程において、前記測定領域の前記第1表面に対してエネルギー線を照射することにより、前記試料支持体に付着した前記試料の成分をイオン化する、
請求項1に記載のイオン化方法。
【請求項3】
前記試料を付着させる工程において、前記試料の流動性に関する特性に基づいて、前記第1表面及び前記第2表面のいずれを前記試料に対向させるかを決定する、
請求項2に記載のイオン化方法。
【請求項4】
前記試料を付着させる工程において、前記試料の乾燥減量が5%以上である場合に、前記第2表面を前記試料に対向させる面として決定する、
請求項3に記載のイオン化方法。
【請求項5】
前記試料を付着させる工程において、前記試料の乾燥減量が5%未満である場合に、前記第1表面を前記試料に対向させる面として決定する、
請求項3又は4に記載のイオン化方法。
【請求項6】
前記試料を付着させる工程において、前記試料の乾燥減量が5%未満であり、且つ、前記試料が人肌温度での流動性を有さない場合に、前記第1表面を前記試料に対向させる面として決定する、請求項3又は4に記載のイオン化方法。
【請求項7】
前記試料を付着させる工程において前記第1表面が前記試料に対向させる面として用いられる場合には、前記試料支持体を用意する工程において、前記基板の少なくとも前記測定領域の前記第2表面の全体を覆うように前記基板に対して固定される補強基板が更に設けられた前記試料支持体を用意する、
請求項1~6のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項8】
前記試料を付着させる工程において前記第2表面が前記試料に対向させる面として用いられる場合には、前記試料支持体を用意する工程において、前記基板の少なくとも前記測定領域の前記第1表面が外部に露出する状態とされた前記試料支持体を用意する、
請求項1~7のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項9】
第1表面及び前記第1表面とは反対側の第2表面を有すると共に、前記第1表面から前記第2表面にかけて貫通する複数の貫通孔が設けられた測定領域を有する導電性の基板を有する試料支持体を用意する工程と、
前記基板の前記第1表面又は前記第2表面を人の皮膚上に塗布された試料に対向させた状態で、前記試料支持体を前記皮膚に押し当てることにより、前記測定領域に前記試料を付着させる工程と、
前記測定領域に前記試料を付着させた後に、前記試料支持体を前記皮膚から引き離す工程と、
前記試料支持体を前記皮膚から引き離した後に、前記測定領域に付着した前記試料の成分をイオン化する工程と、を含む、イオン化方法。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載のイオン化方法が含む各工程と、
イオン化された前記成分を検出する工程と、
を含む、質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、イオン化方法及び質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人の皮膚上に塗布された試料(例えば、薬剤、化粧品等)の成分を分析する手法として、テープストリッピング(例えば、特許文献1参照)が知られている。特許文献1には、試料が塗布された皮膚にテープ(粘着シート)を貼り付け、その後当該テープを皮膚から剥がすことにより、試料の成分を含んだ角質層を採取する手法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示されているテープストリッピングは、試料の成分を吸収した後の角質層の状態を分析するのには適している。しかし、皮膚上に塗布された試料の成分のみを分析したい場合には、テープに含まれる粘着成分、及びテープにより採取された角質層自体の成分が、試料の成分分析時におけるバックグランドノイズとして作用する。このため、皮膚上に塗布された試料の成分のみを分析したい場合には、上記テープストリッピングは適していない。
【0005】
そこで、本開示は、皮膚上に塗布された試料の成分のみを好適に分析することができるイオン化方法及び質量分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一側面に係るイオン化方法は、第1表面及び第1表面とは反対側の第2表面を有すると共に、第1表面から第2表面にかけて貫通する複数の貫通孔が設けられた測定領域を有する基板と、基板の少なくとも測定領域の第1表面上において貫通孔を塞がないように設けられた導電層と、を有する試料支持体を用意する工程と、基板の第1表面又は第2表面を人の皮膚上に塗布された試料に対向させた状態で、試料支持体を皮膚に押し当てることにより、測定領域に試料を付着させる工程と、測定領域に試料を付着させた後に、試料支持体を皮膚から引き離す工程と、試料支持体を皮膚から引き離した後に、測定領域に付着した試料の成分をイオン化する工程と、を含む。
【0007】
本開示の一側面に係るイオン化方法によれば、試料を付着させる工程において、試料のみを試料支持体に付着させることができる。このため、例えば粘着成分を含むテープを皮膚に貼り付けることで皮膚上の試料と共に角質層を採取する従来の手法(テープストリッピング)と比較して、試料の成分分析時におけるバックグラウンドノイズを低減できる。より具体的には、従来のテープストリッピングにおけるテープの粘着成分及び角質層のノイズ成分を除去できる。従って、上記イオン化方法によれば、皮膚上に塗布された試料の成分のみを好適に分析することが可能となる。
【0008】
イオン化する工程において、測定領域の第1表面に対してエネルギー線を照射することにより、試料支持体に付着した試料の成分をイオン化してもよい。これにより、試料の成分の位置情報を維持しつつ、試料の成分を高効率でイオン化することができる。
【0009】
試料を付着させる工程において、試料の流動性に関する特性に基づいて、第1表面及び第2表面のいずれを試料に対向させるかを決定してもよい。試料の流動性に関する特性に応じて、基板の適切な面に試料を付着させるようにすることで、試料の成分を好適に採取すると共に、試料の成分を高効率でイオン化することが可能となる。
【0010】
試料を付着させる工程において、試料の乾燥減量が5%以上である場合に、第2表面を試料に対向させる面として決定してもよい。試料の乾燥減量が5%以上である場合(すなわち、試料が一定以上の液体成分を含み、一定の流動性を有するといえる場合)には、第2表面に試料を付着させることにより、毛細管現象によって試料の成分を第2表面側から第1表面側へと貫通孔を介して移動させることができる。その結果、第1表面を試料の成分のイオン化に適した状態にすることができる。より具体的には、第1表面上に直接試料を付着させる場合と比較して、第1表面のナノ構造(微小凹凸構造)が維持され、凹凸効果による高いイオン化効率が維持される。
【0011】
試料を付着させる工程において、試料の乾燥減量が5%未満である場合に、第1表面を試料に対向させる面として決定してもよい。試料の乾燥減量が5%以上である場合(すなわち、試料に含まれる液体成分量が少なく、上述した毛細管現象による第2表面側から第1表面側への試料の成分の移動があまり期待できない場合)には、試料を第1表面上に直接転写することにより、第1表面上に十分な量の試料を付着させることができる。その結果、第1表面に対するエネルギー線の照射によって試料の成分を適切にイオン化することが可能となる。
【0012】
試料を付着させる工程において、試料の乾燥減量が5%未満であり、且つ、試料が人肌温度での流動性を有さない場合に、第1表面を試料に対向させる面として決定してもよい。試料の乾燥減量が5%未満であっても、人肌温度における流動性を有する試料については、第2表面に試料を付着させ、毛細管現象によって試料の成分を第2表面側から第1表面側に移動させるのが好ましい場合がある。上記のように、乾燥減量が5%未満であるという条件に加えて、試料が人肌温度における流動性を有さないという条件を加味することにより、試料を付着させる面をより適切に決定することが可能となる。
【0013】
試料を付着させる工程において第1表面が試料に対向させる面として用いられる場合には、試料支持体を用意する工程において、基板の少なくとも測定領域の第2表面の全体を覆うように基板に対して固定される補強基板が更に設けられた試料支持体を用意してもよい。上記構成によれば、補強基板によって基板の測定領域を含む部分の強度を高められるため、試料を付着させる工程、及びその後に試料支持体を皮膚から引き離す工程において、試料支持体(基板)の破損を好適に抑制できる。
【0014】
試料を付着させる工程において第2表面が試料に対向させる面として用いられる場合には、試料支持体を用意する工程において、基板の少なくとも測定領域の第1表面が外部に露出する状態とされた試料支持体を用意してもよい。仮に第1表面上を覆う部材が基板に対して固定される場合、第2表面に付着した試料の成分が第1表面側に吸い上げられた際に、第1表面上を覆う部材の表面を伝って測定領域全体に広がってしまうおそれがある。その結果、表面凹凸構造によるイオン化促進効果が失われると共に、試料の位置情報が失われるおそれがある。これに対して、上記のように第1表面が外部に露出する状態とされた試料支持体を用いることにより、このような問題の発生を回避することができる。
【0015】
本開示の他の側面に係るイオン化方法は、第1表面及び第1表面とは反対側の第2表面を有すると共に、第1表面から第2表面にかけて貫通する複数の貫通孔が設けられた測定領域を有する導電性の基板を有する試料支持体を用意する工程と、基板の第1表面又は第2表面を人の皮膚上に塗布された試料に対向させた状態で、試料支持体を皮膚に押し当てることにより、測定領域に試料を付着させる工程と、測定領域に試料を付着させた後に、試料支持体を皮膚から引き離す工程と、試料支持体を皮膚から引き離した後に、測定領域に付着した試料の成分をイオン化する工程と、を含む。
【0016】
本開示の他の側面に係るイオン化方法によれば、導電層が省略された試料支持体を用いて、上述したように導電層を備える試料支持体を用いる場合と同様の効果を得ることができる。
【0017】
本開示の更に他の側面に係る質量分析方法は、上述したイオン化方法が含む各工程と、イオン化された成分を検出する工程と、を含む。
【0018】
本開示の更に他の側面に係る質量分析方法によれば、上述したように、皮膚上に塗布された試料の成分のみを好適に分析することができる。
【発明の効果】
【0019】
本開示によれば、皮膚上に塗布された試料の成分のみを好適に分析することができるイオン化方法及び質量分析方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、一実施形態の試料支持体の平面図である。
【
図2】
図2は、
図1のII-II線に沿った試料支持体の概略断面図である。
【
図3】
図3は、
図1のIII-III線に沿った試料支持体の概略断面図である。
【
図4】
図4は、
図1の試料支持体の基板の拡大像を示す図である。
【
図5】
図5は、試料のタイプ毎の流動性に関する特性及び試料の付着方法を示す表である。
【
図6】
図6は、
図1の試料支持体を用いた吸い上げ方式による質量分析方法の工程の一部を示す図である。
【
図7】
図7は、
図1の試料支持体を用いた転写方式による質量分析方法の工程の一部を示す図である。
【
図8】
図8は、
図1の試料支持体を用いた質量分析方法の工程の一部を示す図である。
【
図9】
図9は、実施形態に係る質量分析方法及び従来手法の各々のバックグランドノイズの比較結果を示す図である。
【
図12】
図12は、
図10の試料支持体を用いた転写方式による質量分析方法の工程の一部を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本開示の実施形態について図面を参照しながら説明する。各図において同一又は相当の部分には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。なお、図面においては、一部、実施形態に係る特徴部分を分かり易く説明するために誇張している部分があり、実際の寸法とは異なっている場合がある。
【0022】
[試料支持体の構成]
図1~
図4を参照して、質量分析方法(イオン化方法を含む)に用いられる試料支持体の一例(試料支持体1)について説明する。試料支持体1は、試料をイオン化するために用いられるイオン化支援基板である。本実施形態では、試料支持体1は、人の皮膚上(皮膚表面)に塗布される試料のイオン化に用いられる。より具体的には、人の皮膚上に塗布された試料に対して試料支持体1を押し当てることにより、試料支持体1に試料を付着させる。その後、試料が付着された試料支持体1にレーザ光等のエネルギー線を照射することにより、当該試料をイオン化する。試料の例としては、薬剤、化粧品等が挙げられる。
【0023】
図1~
図3に示されるように、試料支持体1は、基板2と、フレーム3と、導電性テープ4と、導電層5と、を備えている。
図1に示されるように、試料支持体1は、平面視において略矩形状を有している。本実施形態では、試料支持体1の長辺に沿った方向をX軸方向と表し、試料支持体1の短辺に沿った方向をY軸方向と表し、X軸方向及びY軸方向に直交する方向(すなわち、試料支持体1の厚さ方向)をZ軸方向と表す。一例として、試料支持体1のX軸方向の長さは3cm程度であり、Y軸方向の長さは2cm程度である。
【0024】
基板2は、第1表面2aと、第1表面2aとは反対側の第2表面2bと、を有している。
図3に示されるように、基板2には、複数の貫通孔2cが一様に(均一な分布で)形成されている。各貫通孔2cは、基板2の厚さ方向D(第1表面2a及び第2表面2bが互いに対向する方向であり、Z軸方向と一致する方向)に沿って延在しており、第1表面2a及び第2表面2bに開口している。なお、
図2においては、貫通孔2cの図示が省略されている。第1表面2aは、試料支持体1に付着させた試料の成分をイオン化させる工程において、レーザ光等のエネルギー線が照射される面である。
【0025】
基板2は、絶縁性材料によって矩形板状に形成されている。厚さ方向Dから見た場合における基板2の一辺の長さは、例えば数cm程度である。基板2の厚さは、例えば1μm~50μm程度である。一例として、基板2の厚さは、5μm~15μmである。厚さ方向Dから見た場合における貫通孔2cの形状は、例えば略円形である。貫通孔2cの幅は、例えば1nm~700nm程度である。
【0026】
貫通孔2cの幅は、以下のようにして取得される値である。まず、基板2の第1表面2a及び第2表面2bのそれぞれの画像を取得する。
図4は、基板2の第1表面2aの一部のSEM画像の一例を示している。当該SEM画像において、黒色の部分は貫通孔2cであり、白色の部分は貫通孔2c間の隔壁部である。続いて、取得した第1表面2aの画像に対して例えば二値化処理を施すことで、測定領域R1内の複数の第1開口(貫通孔2cの第1表面2a側の開口)に対応する複数の画素群を抽出し、1画素当たりの大きさに基づいて、第1開口の平均面積を有する円の直径を取得する。同様に、取得した第2表面2bの画像に対して例えば二値化処理を施すことで、測定領域R1内の複数の第2開口(貫通孔2cの第2表面2b側の開口)に対応する複数の画素群を抽出し、1画素当たりの大きさに基づいて、第2開口の平均面積を有する円の直径を取得する。そして、第1表面2aについて取得した円の直径と第2表面2bについて取得した円の直径との平均値を貫通孔2cの幅として取得する。
【0027】
図4に示されるように、基板2には、略一定の幅を有する複数の貫通孔2cが一様に形成されている。
図4に示される基板2は、Al(アルミニウム)を陽極酸化することにより形成されたアルミナポーラス皮膜である。例えば、Al基板に対して陽極酸化処理が施されることにより、Al基板の表面部分が酸化されると共に、Al基板の表面部分に複数の細孔(貫通孔2cになる予定の部分)が形成される。続いて、酸化された表面部分(陽極酸化皮膜)がAl基板から剥離され、剥離された陽極酸化皮膜に対して上記細孔を拡幅するポアワイドニング処理が施されることにより、上述した基板2が得られる。なお、基板2は、Ta(タンタル)、Nb(ニオブ)、Ti(チタン)、Hf(ハフニウム)、Zr(ジルコニウム)、Zn(亜鉛)、W(タングステン)、Bi(ビスマス)、Sb(アンチモン)等のAl以外のバルブ金属を陽極酸化することにより形成されてもよいし、Si(シリコン)を陽極酸化することにより形成されてもよい。
【0028】
フレーム3は、基板2の第1表面2aに設けられており、第1表面2a側において基板2を支持している。フレーム3は、基板2の第1表面2aに対向する第1面3hと、第1面3hとは反対側の第2面3gとを有している。本実施形態では、厚さ方向Dから見た場合に、フレーム3は、基板2よりも大きい矩形板状に形成されている。
【0029】
フレーム3の略中央部には、フレーム3の厚さ方向(すなわち、厚さ方向D)に貫通する開口部3aが形成されている。フレーム3の一の隅部と開口部3aとの間には、フレーム3の厚さ方向に貫通する開口部3bが形成されている。フレーム3のX軸方向における縁部3c(すなわち、Y軸方向に沿った縁部)の中央部には、X軸方向の内側に向かって窪んだ凹部3dが設けられている。
【0030】
開口部3aは、略円形状に形成されている。本実施形態では、開口部3aは、円の一部(一方向において互いに対向する部分)を弓型に切り欠いた形状を有している。具体的には、開口部3aは、Y軸方向における両側の縁部がX軸方向に平行となるように円の一部を弓型に切り欠いた形状を有している。一例として、開口部3aのY軸方向の幅は、1.5cm程度である。基板2のうち開口部3aに対応する部分(すなわち、厚さ方向Dから見た場合に開口部3aと重なる部分)は、試料の測定(イオン化)を行うための測定領域R1として機能する。すなわち、フレーム3に設けられた開口部3aによって、測定領域R1が規定されている。言い換えれば、開口部3aは、測定領域R1に対応するように第1面3h及び第2面3gに開口している。つまり、フレーム3は、厚さ方向Dから見た場合に基板2の測定領域R1を包囲するように形成されている。
【0031】
開口部3bは、開口部3aよりも小さい円形状に形成されている。一例として、開口部3bの直径は、1mm程度である。基板2のうち開口部3bに対応する部分(すなわち、厚さ方向Dから見た場合に開口部3bと重なる部分)は、キャリブレーション用のキャリブレーション領域R2として機能する。キャリブレーション領域R2は、質量校正(マスキャリブレーション)のための領域として用いられ得る。例えば、試料の測定(後述する質量分析方法)を開始する前に、キャリブレーション領域R2に質量校正用の試料(例えばペプチド等)を配置して測定を実施することにより、マススペクトルの補正を行うことが可能となる。このようなマススペクトルの補正を測定対象試料の測定前に行うことにより、当該測定対象試料を測定した際に当該測定対象試料の正確なマススペクトルを得ることが可能となる。
【0032】
上述したように、基板2には複数の貫通孔2cが一様に形成されているため、測定領域R1及びキャリブレーション領域R2のいずれも、複数の貫通孔2cを含む領域である。測定領域R1における貫通孔2cの開口率(厚さ方向Dから見た場合に測定領域R1に対して貫通孔2cが占める割合)は、実用上は10~80%であり、特に60~80%であることが好ましい。複数の貫通孔2cの大きさは互いに不揃いであってもよいし、部分的に複数の貫通孔2c同士が互いに連結していてもよい。キャリブレーション領域R2についても測定領域R1と同様である。
【0033】
フレーム3は、例えば、金属又はセラミックス等である。本実施形態では、フレーム3は、非磁性であり且つ耐酸性を有する材料によって形成されている。このような材料としては、例えば、チタン、ステンレス鋼(SUS)等が挙げられる。本実施形態では、フレーム3は、SUSによって形成されている。試料支持体1の外形は、主にフレーム3によって規定されている。フレーム3のX軸方向の長さは3cm程度であり、フレーム3のY軸方向の長さは2cm程度である。フレーム3の厚さは、例えば3mm以下である。一例として、フレーム3の厚さは0.2mmである。
【0034】
本実施形態では、
図1に示されるように、厚さ方向Dから見た場合に、基板2は、フレーム3のX軸方向に沿った一対の縁部3eの間に収まると共に、フレーム3の一対の凹部3dの各々の底部3fの間に収まっている。すなわち、厚さ方向Dから見た場合に、基板2のうち測定領域R1及びキャリブレーション領域R2のみが外部に露出している。つまり、基板2のうち測定領域R1及びキャリブレーション領域R2以外の部分は、接着層6によってフレーム3に接合されている。このように基板2がフレーム3に接合されて支持されることにより、試料支持体1のハンドリングが容易になると共に、温度変化等に起因する基板2の変形が抑制される。
【0035】
図3に示されるように、フレーム3は、接着層6によって基板2の第1表面2aに接合されている。接着層6は、基板2の第1表面2aとフレーム3の第1面3hとの間に形成されており、基板2とフレーム3とを接着している。なお、
図2においては、接着層6の図示が省略されている。接着層6は、例えば、放出ガスの少ない接着剤(例えば、低融点ガラス、真空用接着剤等)によって形成され得る。接着層6は、導電性接着剤によって形成されてもよいし、金属ペーストを塗布することによって形成されてもよい。また、接着層6は、UV硬化性接着剤(光硬化性接着剤)又は無機バインダー等によって形成されてもよい。UV硬化性接着剤の例として、アクリル系接着剤、エポキシ系接着剤等が挙げられる。また、無機バインダーの例として、オーデック社製のセラマボンド(登録商標)、東亞合成社製のアロンセラミック(登録商標)等が挙げられる。本実施形態では一例として、接着層6は、UV硬化性接着剤によって形成されている。
【0036】
導電性テープ4は、試料支持体1を用いた測定を行う際に、試料支持体1を固定するための部材である。本実施形態では、導電性テープ4は、試料支持体1をスライドグラス8の載置面8a(
図6の(C)参照)に固定するために用いられる。ただし、試料支持体1が固定される部材はスライドグラス8に限られない。導電性テープ4は、導電性材料によって形成されている。導電性テープ4は、例えば、アルミテープ、カーボンテープ等である。導電性テープ4の厚さは、例えば100μmである。
【0037】
導電性テープ4は、フレーム3の第2面3g上に貼り付けられている。本実施形態では、導電性テープ4は、フレーム3のX軸方向における両側に設けられている。具体的には、導電性テープ4は、フレーム3のX軸方向における一方側(
図1の図示左側)に設けられた導電性テープ41と、フレーム3のX軸方向における他方側(
図1の図示右側)に設けられた導電性テープ42と、を有している。
【0038】
導電性テープ41は、フレーム3のX軸方向における中央部よりも一方側(
図1の図示左側)において、測定領域R1及びキャリブレーション領域R2を覆わないように設けられている。導電性テープ41には、キャリブレーション領域R2を露出させるための円形状の開口部4aが設けられている。
図1に示されるように、本実施形態では、導電性テープ41の縁部は、フレーム3の縁部3c,3e、フレーム3の開口部3aの縁部、及びフレーム3の開口部3bの縁部から若干離間している。一方、導電性テープ41は、厚さ方向Dから見た場合に、フレーム3の凹部3dによって形成された空間と重なる位置にも設けられている。すなわち、導電性テープ41は、厚さ方向Dから見てフレーム3と重ならない部分4b(すなわち、凹部3dによって形成された空間と重なる部分)を有する。
【0039】
導電性テープ42は、フレーム3のX軸方向における中央部よりも他方側(
図1の図示右側)において、測定領域R1を覆わないように設けられている。
図1に示されるように、本実施形態では、導電性テープ42の縁部は、フレーム3の縁部3c,3e、及びフレーム3の開口部3aの縁部から若干離間している。一方、導電性テープ42は、厚さ方向Dから見た場合に、フレーム3の凹部3dと重なる位置にも設けられている。すなわち、導電性テープ42は、厚さ方向Dから見てフレーム3と重ならない部分4b(すなわち、凹部3dによって形成された空間と重なる部分)を有する。
【0040】
導電性テープ41,42それぞれの部分4bがスライドグラス8の載置面8aに貼り付けられることにより、試料支持体1がスライドグラス8に固定される(
図6の(C)参照)。
【0041】
導電層5は、基板2の第1表面2aに設けられている。
図3に示されるように、導電層5は、基板2の第1表面2aのうちフレーム3の開口部3aに対応する領域(すなわち、測定領域R1)、開口部3aの内面、及び開口部3aの周縁部のフレーム3の第2面3gに一続きに(一体的に)形成されている。導電層5は、測定領域R1において、基板2の第1表面2aのうち貫通孔2cが形成されていない部分を覆っている。つまり、導電層5は、各貫通孔2cを塞がないように設けられている。従って、測定領域R1においては、各貫通孔2cが開口部3aに露出している。また、導電層5は、基板2の第1表面2aのうちフレーム3の開口部3bに対応する領域(すなわち、キャリブレーション領域R2)、開口部3bの内面、及び開口部3bの周縁部のフレーム3の第2面3gにも一続きに(一体的に)形成されている。導電層5は、キャリブレーション領域R2において、基板2の第1表面2aのうち貫通孔2cが形成されていない部分を覆っている。つまり、導電層5は、各貫通孔2cを塞がないように設けられている。従って、キャリブレーション領域R2においても、測定領域R1と同様に、各貫通孔2cが開口部3bに露出している。
【0042】
導電層5は、導電性材料によって形成されている。導電層5は、例えば、Pt(白金)又はAu(金)によって形成されている。導電層5の材料としては、以下に述べる理由により、試料との親和性(反応性)が低く且つ導電性が高い金属が用いられることが好ましい。
【0043】
例えば、タンパク質等の試料と親和性が高いCu(銅)等の金属によって導電層5が形成されていると、後述する試料のイオン化の過程において、試料分子にCu原子が付着した状態で試料がイオン化され、Cu原子が付着した分だけ、後述する質量分析法において検出結果がずれるおそれがある。したがって、導電層5の材料としては、試料との親和性が低い金属が用いられることが好ましい。
【0044】
一方、導電性の高い金属ほど一定の電圧を容易に且つ安定して印加し易くなる。そのため、導電性が高い金属によって導電層5が形成されていると、測定領域R1において基板2の第1表面2aに均一に電圧を印加することが可能となる。また、導電性の高い金属ほど熱伝導性も高い傾向にある。そのため、導電性が高い金属によって導電層5が形成されていると、基板2に照射されたレーザ光(エネルギー線)のエネルギーを、導電層5を介して試料に効率的に伝えることが可能となる。したがって、導電層5の材料としては、導電性の高い金属が用いられることが好ましい。
【0045】
以上の観点から、導電層5の材料としては、例えば、Pt、Au等が用いられることが好ましい。導電層5は、例えば、蒸着又はスパッタリング等によって、厚さ1nm~350nm程度に形成される。なお、導電層5の材料としては、例えば、Cr(クロム)、Ni(ニッケル)、Ti(チタン)等が用いられてもよい。
【0046】
図5は、測定対象の試料のタイプ(分類)とタイプ毎の流動性に関する特性及び試料の付着方法を示す表である。この表に示されるように、人の皮膚上に塗布される試料であって、且つ、試料支持体1を用いてイオン化及び質量分析を行う対象となり得る試料は、粉末、塗膜形成(膜形成前)、塗膜形成(膜形成後)、水剤等の各タイプに分類され得る。「塗膜形成」は、人の皮膚上に塗布されてしばらく放置された後に皮膚上に膜を形成するタイプを表す。「塗膜形成(膜形成前)」は、「塗膜形成」のタイプの試料が皮膚上に塗布された後であって乾燥前(膜が形成される前)の状態のものを表し、「塗膜形成(膜形成後)」は、「塗膜形成」のタイプの試料が皮膚上に塗布された後であって乾燥後(膜が形成された後)の状態のものを表す。なお、「塗膜形成(膜形成後)」の乾燥減量は、スライドガラス上に試料を塗布してから1時間放置し、スライドガラス上に膜が形成されたことが確認された後に測定することにより得られた測定値である。
【0047】
粉末タイプの試料の例として、おしろい、フェイスパウダー等が挙げられる。塗膜形成タイプの試料の例として、リキッドファンデーション(リキッドFD)、日焼止め等が挙げられる。水剤型の例として、ジェル、クリーム、化粧水等が挙げられる。また、上述したタイプ以外の試料(「その他」の試料)の例として、固形状のリップ(口紅)等が挙げられる。なお、リップの乾燥減量は、練り、伸び広げ等を行うことなく、スティック状のまま秤量を行うことによって測定された値である。
【0048】
試料の流動性に関する特性の例としては、人肌温度での流動性及び乾燥減量が挙げられる。人肌温度は、例えば、人の通常時の体温に対応する温度であり、例えば36℃付近(例えば35℃~37℃等)である。人肌温度での流動性の有無は、例えば、肌上又はガラス板上に試料(例えば化粧料)を塗布した後に、指又は化粧用塗布体を用いて塗擦した際に、指又は塗布体が試料を伴いながらスムーズに移動できるか否かに基づいて判断されてもよい。一例として、人肌温度での流動性の有無は、肌上又はガラス板に試料を2mg/cm2となるように塗布し、指で塗擦した際に試料の固まりが残らないように試料を一定の塗膜厚さで塗り広げることができるか否かに基づいて判断されてもよい。乾燥減量は、一般試験法として定められている乾燥減量試験法によって測定され得る。例えば、乾燥減量は、以下の1~5に示される手順によって得られる。
1.はかり瓶を約30分間乾燥し、その質量を精密に量る。
2.はかり瓶に所定量(例えば、1g)のサンプル(試料)を入れ、厚さ5mm以下の層になるように広げた後、はかり瓶(サンプルを含む)の質量を精密に量る。
3.はかり瓶(サンプルを含む)を乾燥器に入れ、所定の温度条件(例えば、105℃)で乾燥させる。
4.乾燥後、はかり瓶(サンプルを含む)を乾燥器から取り出し、当該はかり瓶の質量を精密に量る。
5.乾燥後におけるサンプルの減少量(乾燥前のサンプルの質量に対する減少割合)を乾燥減量(%)とする。
【0049】
人の皮膚上に塗布された試料を試料支持体1に付着させる方法としては、吸い上げ方式及び転写方式の2通りの手法を用いることができる。
図5の表中の「付着方法」は、吸い上げ方式及び転写方式のいずれが適しているかを示す項目である。
【0050】
吸い上げ方式は、試料支持体1の測定領域R1の第2表面2bを試料に対向させて、試料支持体1を人の皮膚上の試料に押し当てることにより、測定領域R1の第2表面2b上に試料を付着させる手法である。吸い上げ方式では、毛細管現象を利用することにより、測定領域R1の第2表面2b上に付着した試料の成分を、複数の貫通孔2cを介して、第2表面2b側から第1表面2a側へと移動させる。すなわち、吸い上げ方式は、試料の成分を、イオン化のためのエネルギー線が照射されない裏面である第2表面2b側から、エネルギー線が照射される表面である第1表面2a側へと吸い上げる手法である。
【0051】
転写方式は、試料支持体1の測定領域R1の第1表面2aを試料に対向させて、試料支持体1を人の皮膚上の試料に押し当てることにより、測定領域R1の第1表面2a上(本実施形態では、第1表面2a上に形成された導電層5上)に試料を付着(転写)させる手法である。すなわち、転写方式は、イオン化のためのエネルギー線が照射される表面である第1表面2aに対して、直接試料を付着させる手法である。
【0052】
本発明者らの鋭意研究によって、試料支持体1に試料を付着させる方法について以下の知見が得られた。すなわち、測定対象の試料(人の皮膚上に塗布された試料)が比較的高い流動性を有する試料(以下「湿潤試料」という。)である場合には、転写方式よりも吸い上げ方式が適しており、測定対象の試料が比較的低い流動性を有する試料(以下「乾燥試料」という。)である場合には、吸い上げ方式よりも転写方式が適しているとの知見が得られた。以下、上記知見について詳細に説明する。
【0053】
まず、測定対象の試料が湿潤試料である場合について考える。湿潤試料の例としては、油分、グリセリン等を多く含む試料(例えば、ワックス類、高粘度油等)が挙げられる。また、
図5の例では、塗膜形成タイプであって膜形成前の状態の試料、水剤タイプの試料等が、湿潤試料に該当する。仮にこのような湿潤試料に対して転写方式を採用した場合、第1表面2a上に転写した試料が第1表面2a上をべっとりと覆ってしまい、複数の貫通孔2cによって形成された第1表面2a側の凹凸構造が損なわれるおそれがある。このため、第1表面2aに対してエネルギー線を照射するイオン化工程において、表面凹凸構造によるイオン化促進効果が発揮されなくなるおそれがある。また、上記のように、第1表面2a上に転写した試料が第1表面2aを覆うように広がる(移動する)ため、試料の位置情報(2次元位置情報)が失われるおそれがある。このため、試料の位置毎のマススペクトルを解析するイメージング質量分析には適さない。一方で、測定対象の試料が湿潤試料である場合には、測定領域R1の第2表面2bに試料を付着させることで、毛細管現象を利用して、試料の成分を第2表面2b側から第1表面2a側へと複数の貫通孔2cを介して好適に移動させることができる。また、試料を第1表面2a側に直接付着させる場合と比較して、適量の試料の成分を第1表面2a側へと導くことが可能となる。これにより、試料によって第1表面2aが覆われる度合いを低減することができる。その結果、第1表面2a側の表面凹凸構造によるイオン化促進効果を適切に維持することができる。以上により、測定対象の試料が湿潤試料である場合には、転写方式よりも吸い上げ方式の方が適しているといえる。
【0054】
一方、測定対象の試料が乾燥試料である場合について考える。
図5の例では、粉末タイプの試料、塗膜形成タイプであって膜形成後の状態の試料(すなわち、人の皮膚上で乾燥した膜状の試料)等が挙げられる。仮にこのような乾燥試料に対して吸い上げ方式を採用した場合、試料の流動性が十分でないことから、第2表面2bに付着した試料の成分を、毛細管現象によって第1表面2a側へと十分に移動させることができないおそれがある。その結果、イオン化された試料の成分を検出する際において、十分な大きさの信号強度が得られないおそれがある。一方で、測定対象の試料が乾燥試料である場合には、転写方式を採用することにより、第1表面2a上に十分な量の試料を転写することが容易となる。また、湿潤試料の場合のように試料が第1表面2aをべっとりと覆うように広がることもない。以上により、測定対象の試料が乾燥試料である場合には、吸い上げ方式よりも転写方式の方が適しているといえる。
【0055】
本実施形態では、以上の知見に基づいて、吸い上げ方式及び転写方式のいずれを採用するかが決定される。すなわち、試料を試料支持体1に付着させる工程において、測定対象の試料の流動性に関する特性に基づいて、第1表面2a及び第2表面2bのいずれを試料に対向させるかを決定する。
【0056】
一例として、試料の乾燥減量が5%以上である場合には、第2表面2bが、試料に対向させる面として決定されてもよい。すなわち、試料が一定以上の液体成分を含んでおり、一定以上の流動性を有する湿潤試料に該当する場合には、吸い上げ方式が採用されてもよい。
図5の例では、塗膜形成(膜形成前)タイプのリキッドFD及び日焼止め、並びに、水剤タイプのジェル、クリーム、及び化粧水が、乾燥減量が5%以上の試料に該当する。このため、これらの試料については、吸い上げ方式が適切な付着方法として設定されている。
【0057】
一方、試料の乾燥減量が5%未満である場合には、第1表面2aが、試料に対向させる面として決定されてもよい。すなわち、試料が一定以上の液体成分を含んでおらず、一定以上の流動性を有さない乾燥試料に該当する場合には、転写方式が採用されてもよい。
図5の例では、粉末タイプのおしろい及びフェイスパウダー、並びに、塗膜形成(膜形成後)タイプのリキッドFD及び日焼止めが、乾燥減量が5%未満の試料に該当する。このため、これらの試料については、転写方式が適切な付着方法として設定されている。
【0058】
なお、試料の乾燥減量が5%未満であっても人肌温度での流動性を有する試料については、例外的に、乾燥減量が5%以上の試料と同様に、吸い上げ方式が採用されてもよい。すなわち、試料の乾燥減量が5%未満であり、且つ、試料が人肌温度での流動性を有さない場合に転写方式が採用され、上記以外の場合には吸い上げ方式が採用されてもよい。
図5の例では、乾燥減量が1%であるが人肌温度での流動性を有するリップについては、吸い上げ方式が採用されてもよい。
【0059】
[試料支持体1を用いた質量分析方法(イオン化方法)]
次に、
図6~
図8を参照して、試料支持体1を用いた質量分析方法(イオン化方法を含む)の一例について説明する。なお、
図6~
図8においては、貫通孔2c、導電層5、及び接着層6の図示が省略されている。
【0060】
まず、
図6を参照して、吸い上げ方式が採用される場合の質量分析方法の一部(試料Sが付着した試料支持体1をスライドグラス8に固定するまでの工程)について説明する。まず、上述した試料支持体1を予め用意する。続いて、
図6の(A)に示されるように、人の皮膚50上(皮膚50の表面)に、試料Sを塗布する。皮膚50は、人体の任意の部位の皮膚である。皮膚50は、試料Sの種類、用法等に応じて決定され得る。例えば、試料Sが顔に塗布される薬剤等である場合には、皮膚50は額の皮膚であってもよい。また、試料Sが日焼止めクリーム等の場合には、皮膚50は腕の皮膚であってもよい。また、試料Sの塗布前に、皮膚50の表面をアルコール等で消毒してもよい。或いは、試料Sが化粧品等であり、通常使用時における試料Sの状態(すなわち、皮脂と試料Sとが混合した状態)を分析したい場合等には、試料Sの塗布前に皮膚50の消毒をあえて行わないようにしてもよい。
【0061】
ここで、試料Sは、「乾燥減量が5%以上」又は「人肌温度での流動性を有する」の少なくとも一方の条件に当てはまる湿潤試料である。上述したように、この場合には、基板2の第2表面2bが、試料Sに対向させる面として決定される。このため、
図6の(B)に示されるように、基板2の第2表面2bを人の皮膚50上に塗布された試料Sに対向させた状態で、試料支持体1を皮膚50に押し当てることにより、測定領域R1に試料Sを付着させる。
【0062】
続いて、試料支持体1の測定領域R1(ここでは、基板2の第2表面2b)に試料Sを付着させた後に、試料支持体1を皮膚50から引き離す。試料支持体1が試料Sを介して皮膚50に張り付いている場合には、試料支持体1を皮膚50から剥離する。
【0063】
続いて、
図6の(C)に示されるように、試料支持体1をスライドグラス8に固定する。より具体的には、試料支持体1の第2表面2bがスライドグラス8の載置面8aに対向するように、試料支持体1をスライドグラス8の載置面8a上に載置する。試料支持体1の導電性テープ4の部分4bが載置面8aに貼り付けられることにより、試料支持体1がスライドグラス8に固定される。これにより、試料Sが付着した試料支持体1とスライドグラス8とが一体化された測定プレートMPが得られる。スライドグラス8は、ITO(Indium Tin Oxide)膜等の透明導電膜が形成されたガラス基板であり、透明導電膜の表面が載置面8aとなっている。
【0064】
図6の(C)に示されるように、試料支持体1に試料Sを付着させる工程(
図6の(B)参照)において測定領域R1の第2表面2bに付着した試料Sの成分S1は、毛細管現象によって、基板2の第2表面2b側から複数の貫通孔2c(
図3参照)を介して基板2の第1表面2a側に向けて移動する。基板2の第1表面2a側に移動した成分S1は、表面張力によって第1表面2a側に留まる。
【0065】
なお、
図6の(B)では、試料支持体1の導電性テープ4の部分4bが皮膚50に当接しているが、試料支持体1を皮膚50に押し当てる際に、導電性テープ4の粘着面を皮膚50に貼付してしまうと、試料支持体1を皮膚50から引き離す際に、導電性テープ4の粘着面の粘着力が失われるおそれがある。その結果、試料支持体1をスライドグラス8に適切に固定できなくなるおそれがある。従って、試料支持体1を皮膚50に押し当てる際には、導電性テープ4の粘着面を覆うカバー部材(例えば、保護フィルム)が設けられていてもよい。この場合、試料支持体1をスライドグラス8上に固定する際に、導電性テープ4の粘着面からカバー部材を取り外せばよい。
【0066】
転写方式が採用される場合には、上述した試料支持体1に試料Sを付着させる工程(
図6の(B)参照)の代わりに、以下の工程が実施される。すなわち、試料Sが、「乾燥減量が5%未満」且つ「人肌温度での流動性を有さない」の両方の条件に当てはまる乾燥試料である場合、基板2の第1表面2aが、試料Sに対向させる面として決定される。この場合、
図7に示されるように、基板2の第1表面2aを人の皮膚50上に塗布された試料Sに対向させた状態で、試料支持体1を皮膚50に押し当てることにより、測定領域R1に試料Sを付着させる。
【0067】
次に、
図8を参照して、測定プレートMP(
図6の(C)参照)が得られた後の工程について説明する。
図8に示されるように、測定プレートMPは、質量分析装置10の支持部12上に載置される。
【0068】
質量分析装置10は、支持部12と、試料ステージ18と、カメラ16と、照射部13と、電圧印加部14と、イオン検出部15と、制御部17と、を備えている。測定プレートMPは、支持部12上に載置される。支持部12は、試料ステージ18上に載置される。照射部13は、試料支持体1の第1表面2aに対してレーザ光L等のエネルギー線を照射する。電圧印加部14は、試料支持体1の第1表面2aに対して電圧を印加する。イオン検出部15は、イオン化された試料Sの成分(試料イオンS2)を検出する。カメラ16は、照射部13によるレーザ光Lの照射位置を含むカメラ画像を取得する装置である。カメラ16は、例えば、照射部13に付随する小型のCCDカメラである。
【0069】
制御部17は、試料ステージ18、カメラ16、照射部13、電圧印加部14、イオン検出部15の動作を制御する。制御部17は、例えば、プロセッサ(例えば、CPU等)、及びメモリ(例えば、ROM、RAM等)等を備えるコンピュータ装置である。
【0070】
図8に示されるように、電圧印加部14によって、スライドグラス8の載置面8a及び導電性テープ4を介して試料支持体1の導電層5(
図2参照)に電圧が印加される。続いて、制御部17が、カメラ16により取得された画像に基づいて、照射部13を動作させる。具体的には、制御部17は、レーザ照射範囲(例えば、測定領域R1のうち、カメラ16により取得された画像に基づいて特定された試料Sが存在する領域)内の第1表面2aに対してレーザ光Lが照射されるように照射部13を動作させる。
【0071】
一例として、制御部17は、試料ステージ18を移動させると共に、照射部13によるレーザ光Lの照射動作(照射タイミング等)を制御する。すなわち、制御部17は、試料ステージ18が所定間隔移動したことを確認した後に、照射部13にレーザ光Lの照射を実行させる。例えば、制御部17は、レーザ照射範囲内をラスタスキャンするように試料ステージ18の移動(走査)と照射部13によるレーザ光Lの照射とを繰り返す。なお、第1表面2aに対する照射位置の変更は、試料ステージ18ではなく照射部13を移動させることによって行われてもよいし、試料ステージ18及び照射部13の両方を移動させることによって行われてもよい。
【0072】
このように、導電層5に電圧が印加されつつレーザ照射範囲内の第1表面2aに対してレーザ光Lが照射されることにより、第1表面2a側に移動した成分S1がイオン化され、試料イオンS2(イオン化された成分S1)が放出される。具体的には、レーザ光Lのエネルギーを吸収した導電層5から、基板2の第1表面2a側に移動した成分S1にエネルギーが伝達され、エネルギーを獲得した成分S1が気化すると共に電荷を獲得して、試料イオンS2となる。以上の各工程が、試料支持体1を用いた試料Sのイオン化方法(ここでは一例として、質量分析方法の一部としてのレーザ脱離イオン化法)に相当する。
【0073】
放出された試料イオンS2は、試料支持体1とイオン検出部15との間に設けられたグランド電極(図示省略)に向かって加速しながら移動する。つまり、試料イオンS2は、電圧が印加された導電層5とグランド電極との間に生じた電位差によって、グランド電極に向かって加速しながら移動する。そして、イオン検出部15によって試料イオンS2が検出される。
【0074】
イオン検出部15による試料イオンS2の検出結果は、レーザ光Lの照射位置に関連付けられる。具体的には、イオン検出部15は、レーザ照射範囲内の各位置について個別に試料イオンS2を検出する。これにより、試料Sの質量分布を示す分布画像(MSマッピングデータ)が取得される。さらに、試料Sを構成する分子の二次元分布を画像化することができる。すなわち、イメージング質量分析を行うことができる。なお、ここでの質量分析装置10は、飛行時間型質量分析法(TOF-MS:Time-of-Flight Mass Spectrometry)を利用する質量分析装置である。
【0075】
[試料支持体1を用いた質量分析方法(イオン化方法を含む)の作用効果]
以上説明した試料支持体1を用いたイオン化方法及び質量分析方法によれば、試料Sを付着させる工程(
図6の(B)又は
図7参照)において、試料Sのみを試料支持体1に付着させることができる。このため、例えば粘着成分を含むテープを皮膚に貼り付けることで皮膚上の試料と共に角質層を採取する従来の手法(テープストリッピング)と比較して、試料Sの成分分析時におけるバックグラウンドノイズを低減できる。より具体的には、従来のテープストリッピングにおけるテープの粘着成分及び角質層のノイズ成分を除去できる。従って、上記イオン化方法によれば、皮膚50上に塗布された試料Sの成分S1のみを好適に分析することが可能となる。
【0076】
図9を参照して、上記効果について補足する。
図9の(A)~(C)の各グラフにおいて、横軸は質量電荷比(m/z)を示し、縦軸は信号強度(a.u.)を示している。
【0077】
図9の(A)は、比較例1のマススペクトルを示す。比較例1では、従来公知のテープストリッピングにおいて利用されるテープに対して以下の処理を実行することにより、マススペクトルを得た。すなわち、テープストリッピングを行う前の状態のテープ(すなわち、未使用状態のテープ)に対して、「50/50 MeOH/H
20」を2mL加えて約15分間の超音波処理を用いて抽出したものをサンプルとし、エレクトロスプレーイオン化法(ESI:Electrospray Ionization)を用いた質量分析を行うことにより、
図9の(A)に示されるマススペクトルを得た。分析対象とされたテープは、D-Squame(登録商標)である。
【0078】
図9の(B)は、比較例2のマススペクトルを示す。比較例2では、テープストリッピングを行った後の上記テープに対して、
図9の(A)について説明した上記処理を実行することによりマススペクトルを得た。なお、上記のテープストリッピングは、試料が塗布されていない状態の人の皮膚にテープの粘着面を30秒間押し当て、その後テープを皮膚から剥がす操作である。
【0079】
図9の(C)は、実施例のマススペクトルを示す。実施例では、試料支持体1に対して以下の処理を実行することによりマススペクトルを得た。すなわち、基板2の第1表面2aを試料が塗布されていない状態の人の皮膚に30秒間押し当てた。その後、試料支持体1から基板2の測定領域R1の部分のみを採取した。続いて、採取された基板2に「50/50 MeOH/H
20」を2mL加えて約15分間の超音波処理を用いて抽出したものをサンプルとし、エレクトロスプレーイオン化法(ESI:Electrospray Ionization)を用いた質量分析を行うことにより、
図9の(C)に示されるマススペクトルを得た。
【0080】
比較例1、比較例2、及び実施例のいずれにおいても、測定対象の試料Sが含まれていない。すなわち、比較例1、比較例2、及び実施例の各グラフの各ピーク値は、実際に試料Sの質量分析を行う際にバックグラウンドノイズとして作用する成分を示している。
図9の(A)及び(B)に示されるように、比較例1においては、最大で3500程度の比較的大きい信号強度のノイズ成分が検出された。これは、テープストリッピングに用いられるテープの粘着成分に起因するノイズと考えられる。また、比較例2においては、最大で18000程度の非常に大きい信号強度のノイズ成分が検出された。これは、テープの粘着成分に加えてテープストリッピングにより採取された角質層に起因するノイズと考えられる。一方、
図9の(C)に示されるように、実施例においては、せいぜい数百程度のノイズ成分しか検出されていない。この結果から、試料支持体1を用いて人の皮膚上の試料を採取することによって、従来のテープストリッピングにより試料を採取する場合よりも、バックグラウンドノイズを格段に低減できることが確認された。
【0081】
また、試料支持体1を用いたイオン化方法(質量分析方法)によれば、従来のテープストリッピングと比較して、以下のような効果も奏される。テープストリッピングでは湿潤試料を適切に採取することが困難であるのに対して、試料支持体1を用いることにより湿潤試料を適切に採取することができる。上述した通り、湿潤試料の採取には、上述した吸い上げ方式(
図6の(B)参照)が適している。また、試料支持体1には、第1表面2a上に予め導電層5が形成されている。このため、試料支持体1に試料Sを付着させた後(エネルギー線の照射によるイオン化を行う前)に試料支持体1に導電性を付与するための処理を別途行う必要がない。また、試料支持体1の基板2は非常に薄く、複数の貫通孔2cが設けられているため、測定領域R1に試料Sを付着させる際に、基板2を挟んで試料Sが配置される側とは反対側から、試料Sの位置を容易に確認することができる。例えば、測定領域R1の第2表面2bに試料Sを付着させる場合、測定領域R1の第1表面2a側から、測定領域R1を介して試料Sを透かし見ることができる。
【0082】
試料Sをイオン化する工程において、測定領域R1の第1表面2aに対してレーザ光L(エネルギー線)を照射することにより、試料支持体1に付着した試料Sの成分S1がイオン化されてもよい。これにより、試料Sの成分S1の位置情報を維持しつつ、試料Sの成分S1を高効率でイオン化することができる。
【0083】
試料支持体1に試料Sを付着させる工程において、試料Sの流動性に関する特性に基づいて、第1表面2a及び第2表面2bのいずれを試料Sに対向させるかが決定されてもよい。すなわち、試料Sの流動性に関する特性に基づいて、吸い上げ方式及び転写方式のいずれを用いるかが決定されてもよい。上記構成によれば、試料Sの流動性に関する特性に応じて、基板2の適切な面に試料Sを付着させるようにすることで、試料Sの成分S1を好適に採取すると共に、試料Sの成分S1を高効率でイオン化することが可能となる。
【0084】
試料支持体1に試料Sを付着させる工程において、試料Sの乾燥減量が5%以上である場合に、第2表面2bが試料Sに対向させる面として決定されてもよい。すなわち、吸い上げ方式が採用されてもよい。このように、試料Sの乾燥減量が5%以上である場合(すなわち、試料Sが一定以上の液体成分を含み、一定の流動性を有するといえる場合)には、第2表面2bに試料Sを付着させることにより、毛細管現象によって試料Sの成分S1を第2表面2b側から第1表面2a側へと貫通孔2cを介して移動させることができる。その結果、第1表面2aを試料Sの成分S1のイオン化に適した状態にすることができる。より具体的には、第1表面2a上に直接試料Sを付着させる場合(すなわち、転写方式)と比較して、第1表面2aのナノ構造(微小凹凸構造)が維持され、凹凸効果による高いイオン化効率が維持される。
【0085】
試料支持体1に試料Sを付着させる工程において、試料Sの乾燥減量が5%未満である場合に、第1表面2aが試料Sに対向させる面として決定されてもよい。すなわち、転写方式が採用されてもよい。このように、試料Sの乾燥減量が5%以上である場合(すなわち、試料Sに含まれる液体成分量が少なく、上述した毛細管現象による第2表面2b側から第1表面2a側への試料Sの成分S1の移動があまり期待できない場合)には、試料Sを第1表面2a上に直接転写することにより、第1表面2a上に十分な量の試料Sを付着させることができる。その結果、第1表面2aに対するエネルギー線の照射によって試料Sの成分S1を適切にイオン化することが可能となる。
【0086】
試料支持体1に試料Sを付着させる工程において、試料Sの乾燥減量が5%未満であり、且つ、試料Sが人肌温度での流動性を有さない場合に、第1表面2aが試料Sに対向させる面として決定されてもよい。すなわち、転写方式が採用されてもよい。試料Sの乾燥減量が5%未満であっても、人肌温度における流動性を有する試料Sについては、第2表面2bに試料Sを付着させ、毛細管現象によって試料Sの成分S1を第2表面2b側から第1表面2a側に移動させるのが好ましい場合がある。従って、上記のように、乾燥減量が5%未満であるという条件に加えて、試料Sが人肌温度における流動性を有さないという条件を加味することにより、試料Sを付着させる面をより適切に決定することが可能となる。
【0087】
[変形例]
以上、本開示の一実施形態について説明したが、本開示は、上記実施形態に限られない。各構成の材料及び形状には、上述した材料及び形状に限らず、様々な材料及び形状を採用することができる。
【0088】
例えば、転写方式により人の皮膚上の乾燥試料を試料支持体に付着させる場合、試料支持体の測定領域R1に十分な量の試料を転写するために、比較的大きい力で試料支持体を乾燥試料に対して押し当てる必要が生じる場合がある。一方、試料支持体の基板2は非常に薄い。このため、試料支持体を皮膚上の乾燥試料に対して押し当てる力が強すぎた場合、基板2(測定領域R1部分)が破損するおそれがある。そこで、転写方式により試料支持体に試料を付着させる場合には、
図10及び
図11に示される変形例に係る試料支持体1Aが用いられてもよい。
【0089】
図10及び
図11に示されるように、試料支持体1Aは、試料支持体1を予めスライドグラス8(補強基板)と一体化させた構造を有している。例えば、試料支持体1とスライドグラス8とは、両面テープを介して互いに接合されることで一体化されてもよい。本実施形態では一例として、試料支持体1Aは、上述した測定プレートMPと同様の構造を有している。試料支持体1Aにおいて、スライドグラス8は、基板2の少なくとも測定領域R1の第2表面2bの全体を覆うように、基板2に対して固定されている。一例として、スライドグラス8は、厚さ方向D(Z軸方向)から見て、フレーム3の外形よりも大きい矩形状を有している。すなわち、厚さ方向Dから見て、上述した試料支持体1を構成する全ての要素(基板2、フレーム3、及び導電性テープ4等)が、スライドグラス8内に収まっている。すなわち、スライドグラス8は、測定領域R1だけでなく、基板2の全体を覆っている。試料支持体1Aでは、このようなスライドグラス8があてがわれることにより、基板2が補強されている。なお、試料支持体1Aの補強基板としては、スライドグラス8以外の基板が用いられてもよい。
【0090】
図12は、転写方式により試料支持体1Aに試料Sを付着させる工程を示す図である。
図12に示されるように、予め補強基板としてのスライドグラス8が設けられた試料支持体1Aを用いることにより、試料支持体1Aに試料Sを付着させる工程における試料支持体1A(特に基板2)の破損を効果的に抑制することができる。より具体的には、補強基板としてのスライドグラス8によって基板2の測定領域R1を含む部分の強度を高められるため、転写方式により試料Sを付着させる工程、及びその後に試料支持体1Aを皮膚50から引き離す工程において、試料支持体(基板)の破損を好適に抑制できる。
【0091】
一方、
図6の(B)に示されるように、試料Sを付着させる工程において第2表面2bが試料Sに対向させる面として用いられる場合(すなわち、吸い上げ方式が採用される場合)には、基板2の少なくとも測定領域R1の第1表面2aが外部に露出する状態とされた試料支持体1を用いるのが好ましい。試料支持体1では、基板2の第1表面2a側のフレーム3に厚さ方向Dから見て測定領域R1を包囲するような開口部3aが設けられることにより、上記の露出構造が実現されている。ここで、吸い上げ方式によって基板2の第2表面2bを試料Sに押し当てる際に、仮に、測定領域R1を補強するために測定領域R1の第1表面2a側に補強用の基板を設ける場合について考える。この場合、第2表面2bに付着した試料Sの成分S1が毛細管現象によって貫通孔2cを介して第1表面2a側に吸い上げられた際に、第1表面2a上を覆う補強用の基板の表面を伝って測定領域R1の全体に広がってしまうおそれがある。その結果、表面凹凸構造によるイオン化促進効果が失われると共に、試料Sの位置情報が失われるおそれがある。また、吸い上げ方式の対象となる試料Sは一定以上の流動性を有するため、本来、第2表面2bに試料Sを付着させるために試料支持体1を皮膚50上の試料Sに対してそれほど強く押し当てる必要はない。しかし、補強用の基板があることによって、作業者が試料支持体1を皮膚50上の試料Sに対して必要以上に強く押し当てる可能性が高くなる。その結果、必要量以上の試料Sが第2表面2bに付着して毛細管現象によって第1表面2a側に移動することにより、上述した問題が顕著になるおそれがある。また、イオン化工程において、第1表面2aに対してエネルギー線を照射する必要があるため、試料Sを付着させる工程において基板2の第1表面2a側に取り付けていた補強用の基板を、イオン化工程の前に取り外す手間が生じる。一方、測定領域R1の第1表面2aが外部に露出する状態とされた試料支持体1を用いて吸い上げ方式による試料Sの付着処理を行うことにより、上述したような問題の発生を回避することができる。
【0092】
上記実施形態では、フレーム3に設けられた1つの開口部3aによって1つの測定領域R1が規定されていたが、試料支持体には複数の測定領域R1が設けられてもよい。
【0093】
基板2に設けられる導電層5は、少なくとも第1表面2aに設けられていればよい。従って、導電層5は、第1表面2aに加えて、例えば、第2表面2bにも設けられてもよいし、各貫通孔2cの内面の全体又は一部にも設けられてもよい。
【0094】
基板2は、導電性を有していてもよい。例えば、基板2は、半導体等の導電性材料によって形成されていてもよい。この場合、基板2の第1表面2a側に電圧を印加するための導電層5は省略されてもよい。ただし、基板2が導電性を有する場合であっても、基板2の第1表面2a側に好適に電圧を印加するために、導電層5が設けられてもよい。
【0095】
試料支持体を用いた質量分析方法において、電圧印加部14によって電圧が印加される対象は、載置面8aに限られない。例えば、電圧は、フレーム3又は導電層5に直接印加されてもよい。
【0096】
試料支持体を用いた質量分析方法において、質量分析装置10は、走査型の質量分析装置であってもよいし、投影型の質量分析装置であってもよい。走査型の場合、照射部13による1回のレーザ光Lの照射毎に、レーザ光Lのスポット径に対応する大きさの1画素の信号が取得される。つまり、1画素毎にレーザ光Lの走査(照射位置の変更)及び照射が行われる。一方、投影型の場合、照射部13による1回のレーザ光Lの照射毎に、レーザ光Lのスポット径に対応する画像(複数の画素)の信号が取得される。投影型の場合においてレーザ光Lのスポット径に測定領域R1の全体が含まれる場合には、1回のレーザ光Lの照射によってイメージング質量分析を行うことができる。なお、投影型の場合においてレーザ光Lのスポット径に測定領域R1の全体が含まれない場合には、走査型と同様にレーザ光Lの走査及び照射を行うことにより、測定領域R1全体の信号を取得することができる。また、上述したイオン化方法は、イオンモビリティ測定等の他の測定・実験にも利用することができる。
【0097】
試料支持体の用途は、レーザ光Lの照射による試料のイオン化に限定されない。試料支持体は、レーザ光、イオンビーム、電子線等のエネルギー線の照射による試料のイオン化に用いることができる。上述したイオン化方法及び質量分析方法では、このようなエネルギー線の照射によって試料をイオン化することができる。
【符号の説明】
【0098】
1,1A…試料支持体、2…基板、2a…第1表面、2b…第2表面、2c…貫通孔、3…フレーム、4…導電性テープ、5…導電層、8…スライドグラス(補強基板)、R1…測定領域、S…試料。