(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-20
(45)【発行日】2024-06-28
(54)【発明の名称】植物成長促進剤及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A01N 63/30 20200101AFI20240621BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20240621BHJP
A01G 22/22 20180101ALI20240621BHJP
【FI】
A01N63/30
A01P21/00
A01G22/22 Z
(21)【出願番号】P 2020029179
(22)【出願日】2020-02-25
【審査請求日】2023-02-20
(31)【優先権主張番号】P 2019037875
(32)【優先日】2019-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】594158150
【氏名又は名称】学校法人君が淵学園
(73)【特許権者】
【識別番号】592008767
【氏名又は名称】株式会社松本微生物研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮坂 均
(72)【発明者】
【氏名】林 修平
(72)【発明者】
【氏名】牧 孝昭
(72)【発明者】
【氏名】山田 直樹
【審査官】前田 憲彦
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-009323(JP,A)
【文献】特開2003-245066(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2003/0074688(US,A1)
【文献】World Journal of Microbiology & Biotechnology,1999年,15,P.393-395
【文献】Curr Microbiol,2011年,62,P.391-395
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 63/
A01P 21/
A01G 22/
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)である光合成細菌の
菌体の、該光合成細菌の培養液に対する不溶性画分を有効成分とする植物成長促進剤。
【請求項2】
ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)である光合成細菌の
菌体の、該光合成細菌の培養液に対する不溶性画分と可溶性画分を含み、前記可溶性画分が前記不溶性画分よりも高濃度であることを特徴とする植物成長促進剤。
【請求項3】
a)
ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)である光合成細菌の菌体を
、該光合成細菌の培養液とともに破砕することによって菌体破砕物を生成する工程と、
b)遠心分離によって前記菌体破砕物から
前記培養液に対する不溶性画分を取り出す工程と、
c)前記不溶性画分を所定の剤形に調製する工程と、
を有することを特徴とする植物成長促進剤の製造方法。
【請求項4】
a)
ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)である光合成細菌の菌体を
、該光合成細菌の培養液とともに破砕することによって菌体破砕物を生成する工程と、
b)遠心分離によって前記菌体破砕物を
前記培養液に対する不溶性画分と可溶性画分に分離する工程と、
c)前記不溶性画分と前記可溶性画分とを、前記可溶性画分の方が高濃度となるように混合する工程と、
を有することを特徴とする植物成長促進剤の製造方法。
【請求項5】
請求項1
又は2に記載の植物成長促進剤を含む液体にイネの種籾を浸漬することを特徴とするイネの根部の成長促進方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物成長促進剤及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光合成細菌を植物に投与することによって該植物の成長を促進する効果が得られることは従来から知られている(例えば、非特許文献1~3を参照)。光合成細菌は、病原性がなく、培養も容易であることから、光合成細菌の菌体を主成分とする植物成長促進剤が、農業、園芸、造園などの分野で広く利用されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Effects of Rhodobacter capsulatus inoculation in combination with graded levels of nitrogen fertilizer on growth and yield of rice in pots and lysimeter experiments, World Journal of Microbiology & Biotechnology 15: pp.393-395 (1999)
【文献】Field Evidence for the Potential of Rhodobacter capsulatus as Biofertilizer for Flooded Rice, Curr Microbiol. 62:pp.391-395 (2011)
【文献】Promoting Effects of a Single Rhodopseudomonas palustris Inoculant on Plant Growth by Brassica rapa chinensis under Low Fertilizer Input, Microbes Environ. 29: pp.303-313 (2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来の植物成長促進剤は、一般的に光合成細菌を生菌(生きた菌)の状態で含んでいるため、保管時や運搬時の管理が難しいという問題があった。また、従来の植物成長促進剤によって十分な植物成長促進効果を得るためには、菌体を比較的高濃度(1×106 ~1×107 cfu /mL程度)で投与する必要があるため、多くのコストが掛かるという問題があった。
【0005】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものでありその目的とするところは、管理が容易且つ低コストな植物成長促進剤、及び該植物成長促進剤の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために成された本発明に係る植物成長促進剤は、光合成細菌の不溶性画分を有効成分とするものである。
【0007】
本発明に係る植物成長促進剤は、光合成細菌の不溶性画分と可溶性画分を含み、前記可溶性画分が不溶性画分よりも高濃度であるものとしてもよい。
【0008】
また、本発明に係る植物成長促進剤は、リポポリサッカライドを有効成分とするものであってもよい。
【0009】
本発明に係る植物成長促進剤の製造方法は、
a)光合成細菌の菌体を破砕することによって菌体破砕物を生成する工程と、
b)遠心分離によって前記菌体破砕物から不溶性画分を取り出す工程と、
を有している。
【0010】
本発明に係る植物成長促進剤の製造方法は、
a)光合成細菌の菌体を破砕することによって菌体破砕物を生成する工程と、
b)遠心分離によって前記菌体破砕物を不溶性画分と可溶性画分に分離する工程と、
c)前記不溶性画分と前記可溶性画分とを、可溶性画分の方が高濃度となるように混合する工程と、
を有するものであってもよい。
【0011】
また、本発明に係る植物成長促進剤の製造方法は、
a)光合成細菌の菌体を破砕することによって菌体破砕物を生成する工程と、
b)遠心分離によって前記菌体破砕物から不溶性画分を取り出す工程と、
c)前記不溶性画分からリポポリサッカライドを抽出する工程と、
を有するものであってもよい。
【0012】
なお、本発明に係る植物成長促進剤、及び植物成長促進剤の製造方法において、前記光合成細菌は紅色非硫黄細菌であることが望ましく、その中でも、特にロドバクター属の光合成細菌であることが望ましい。また、前記ロドバクター属の光合成細菌は、ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)であることが望ましい。
【発明の効果】
【0013】
上記本発明によれば、管理が容易且つ低コストな植物成長促進剤、及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例1における上清液及びペレット液の調製方法の概略を示す模式図。
【
図2】光合成細菌の菌体破砕物から得られたペレット又は上清を種々の濃度で投与して土壌栽培したコマツナの地上部の湿重量を示すグラフ。
【
図3】光合成細菌の菌体破砕物から得られたペレットを所定の濃度で投与して土壌栽培したコマツナと、該ペレットの投与を行わずに栽培したコマツナの生育結果を示す写真。
【
図4】前記ペレットから抽出したLPS(リポポリサッカライド)を種々の濃度で投与して培養したシロイヌナズナにおけるLPSの投与濃度との植物体の湿重量の関係を示すグラフ。
【
図5】LPSの市販標準品を種々の濃度で投与して培養したシロイヌナズナにおける、LPSの投与濃度と植物体の根の長さを示すグラフ。
【
図6】前記ペレット、前記上清、又は前記ペレットと前記上清の混合物を投与して土壌栽培したコマツナの地上部の乾重量を示すグラフ。
【
図7】光合成細菌の菌体破砕物を遠心分離して得られたペレット又は上清を投与して水耕栽培したコマツナの地上部の湿重量を示すグラフ。
【
図8】光合成細菌の菌体破砕物を遠心分離して得られた上清を種々の濃度で投与して水耕栽培したコマツナの地上部の湿重量を示すグラフ。
【
図9】LPSの市販標準品を種々の濃度で投与して土壌栽培したコマツナの地上部の湿重量を示すグラフ。
【
図10】LPSの市販標準品を種々の濃度で投与して水耕栽培したコマツナの地上部の湿重量を示すグラフ。
【
図11】水で処理したイネの種籾における側根の伸長状態を示す写真。
【
図12】LPSで処理したイネの種籾における側根の伸長状態を示す写真。
【
図13】水処理又はLPS処理を施したイネの種籾における主根1cm当たりの側根分岐数を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、光合成細菌は生菌の状態で投与するよりも死菌(死んだ菌)の状態で投与した方が、高い植物成長促進効果が得られること、及び光合成細菌の破砕物を遠心分離して得られた上清(可溶性画分)とペレット(不溶性画分)の両方に植物成長促進効果があり、前記可溶性画分よりも前記不溶性画分の方が低濃度で植物の成長を促進できることを見出した。更に、本発明者は、前記不溶性画分に含まれるリポポリサッカライドが植物成長促進因子として機能していること、及び前記可溶性画分と前記不溶性画分がそれぞれ適切な濃度となるように混合して植物に投与することで、前記可溶性画分のみ又は前記不溶性画分のみを投与した場合よりも高い植物成長促進効果が得られることを見出した。本発明に係る植物成長促進剤及びその製造方法は、上記知見に基づいて想到されたものである。
【0016】
すなわち、本発明に係る植物成長促進剤の第1の態様のものは、光合成細菌の不溶性画分を有効成分としている。
【0017】
ここで、前記不溶性画分は、光合成細菌の菌体を、例えば、超音波破砕機、ホモジナイザー、又は酵素等を用いて破砕し、得られた粉砕物を遠心分離することによって取得することができる。
【0018】
すなわち、本発明に係る植物成長促進剤の製造方法の第1の態様のものは、光合成細菌の菌体を破砕することによって菌体破砕物を生成する工程と、遠心分離によって前記菌体破砕物から不溶性画分を取り出す工程とを含んでいる。
【0019】
また、本発明に係る植物成長促進剤の第2の態様のものは、光合成細菌の不溶性画分と可溶性画分を含み、前記可溶性画分を前記不溶性画分よりも高濃度で含有している。
【0020】
ここで、可溶性画分の方が不溶性画分よりも「高濃度」であるとは、前記植物成長促進剤の単位体積当たりに含まれる可溶性画分と不溶性画分について、それぞれの元になった細胞の数(すなわち破砕前の菌体数(cfu: colony forming unit))を比較した場合に、前者の方が後者よりも多いことを意味している。
【0021】
なお、前記第2の態様においても、前記不溶性画分及び前記可溶性画分は、光合成細菌の菌体を、例えば、超音波破砕機、ホモジナイザー(フレンチプレス)、ビーズ式細胞破砕装置、又は酵素等を用いて破砕し、得られた破砕物を遠心分離することによって取得することができる。
【0022】
すなわち、本発明に係る植物成長促進剤の製造方法の第2の態様のものは、光合成細菌の菌体を破砕することによって菌体破砕物を生成する工程と、遠心分離によって前記菌体破砕物を不溶性画分と可溶性画分に分離する工程と、前記不溶性画分と前記可溶性画分とを、可溶性画分の方が高濃度となるように混合する工程とを含んでいる。
【0023】
また、本発明に係る植物成長促進剤の第3の態様のものは、リポポリサッカライドを有効成分としている。
【0024】
前記リポポリサッカライドとしては、いかなるものを用いてもよいが、光合成細菌の不溶性画分から抽出したものを用いることが望ましい。
【0025】
すなわち、本発明に係る植物成長促進剤の製造方法の第3の態様は、光合成細菌の菌体を破砕することによって菌体破砕物を生成する工程と、遠心分離によって前記菌体破砕物から不溶性画分を取り出す工程と、前記不溶性画分からリポポリサッカライドを抽出する工程とを含んでいる。
【0026】
なお、前記各態様に係る植物成長促進剤又は植物成長促進剤の製造方法において、前記光合成細菌の種類は特に限定されるものではないが、いずれも紅色非硫黄細菌であることが望ましく、その中でも、特にロドバクター属の光合成細菌とすることが望ましい。前記ロドバクター属の光合成細菌としては、例えば、ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)を好適に用いることができる。また、ロドバクター・スフェロイデスとしては、「PSB凍結菌体」、「オーレスPSB」、「光オーレス」、「NEWパナオーレス」、又は「オーレスみどり」の名称で市販されている菌体(販売元:株式会社松本微生物研究所)を好適に用いることができる。
【0027】
前記各態様に係る植物成長促進剤は、液剤、粉末剤、顆粒剤、又は錠剤等いかなる剤形のものとしてもよいが、植物への投与の容易性に鑑みて液剤とすることが望ましい。本発明に係る植物成長促進剤を液剤とする場合、該液剤は、前記光合成細菌の不溶性画分、可溶性画分、若しくは不溶性画分と可溶性画分の混合物、又はリポポリサッカライドを、水、又は水系の分散媒若しくは溶媒(以下、水等と称する)に懸濁、溶解、又は分散させることによって所定の濃度に調整することで製造することができる。また、本発明に係る植物成長促進剤を粉末剤とする場合、該粉末剤は、前記光合成細菌の不溶性画分、可溶性画分、若しくは不溶性画分と可溶性画分の混合物、又はリポポリサッカライドを乾燥させることによって製造される。また、本発明に係る植物成長促進剤を顆粒剤又は錠剤とする場合、該顆粒剤又は錠剤は、乾燥状態の前記不溶性画分、可溶性画分、若しくは不溶性画分と可溶性画分の混合物、又はリポポリサッカライドに所定の賦形剤、結合剤、崩壊剤などの添加剤を加えて成形することによって製造される。
【0028】
前記粉末剤、顆粒剤、又は錠剤は、使用時にユーザ(植物への投与を行う作業者)が水等に溶解して適切な濃度とした上で、植物に投与することが望ましい。また、前記液剤は、使用時にユーザが水等で適切な濃度に希釈した上で植物に投与するものとしてもよく、予め適切な濃度となるように製造され、希釈せずに(原液のままで)植物に投与されるものとしてもよい。
【0029】
前記第1の態様に係る植物成長促進剤は、不溶性画分の濃度を2×10-1~2×104 cfu /mL程度とした状態で植物に投与することが望ましい。また、前記第2の態様に係る植物成長促進剤は、不溶性画分の濃度を2×10-1~2×104 cfu /mL程度、可溶性画分の濃度を2×106~4×107 cfu/mL程度とした状態で植物に投与することが望ましい。また、前記第3の態様に係る植物成長促進剤は、リポポリサッカライドの濃度を100pg/mL~10ng/mL程度、又は2×10-1 ~2×103 cfu /mL程度)とした状態で植物に投与することが望ましい。
【0030】
前記各態様に係る植物成長促進剤は、アブラナ科の植物を始めとする双子葉類の他、単子葉類、又は裸子植物など種々の植物の成長促進に用いることができる。なお、本発明において「植物の成長促進」とは、当該植物の地上部の成長促進に限らず、地下部(根)の成長促進であってもよい。
【0031】
例えば、前記各態様に係る植物成長促進剤は、イネの根部の成長促進に用いることもできる。この場合、例えば、イネの種籾(たねもみ)を、前記いずれかの態様に係る植物成長促進剤を含む液体(例えば、液剤状の植物成長促進剤、又は粉末剤、顆粒剤、若しくは錠剤状の植物成長促進剤を水に溶解したもの)に所定時間に亘って浸漬する。その後は、種籾を取り出して、通常通りに播種及び栽培する。
【実施例1】
【0032】
光合成細菌(Rhodobacter sphaeroides)の菌体破砕物から得られたペレット(不溶性画分)と上清(可溶性画分)とをそれぞれ含有するペレット液及び上清液を土壌栽培のコマツナに投与し、コマツナの成長に対する影響を調べた。
【0033】
前記ペレット液及び上清液の調製方法の概略を
図1に示す。まず、光合成細菌(Rhodobacter sphaeroides、販売元:松本微生物株式会社、販売名:PSB凍結菌体)の培養液(濁度OD660 = 20、約60 mg fresh weight / mL)を超音波破砕機で、出力:60 W、30秒間ON/OFFを4回繰り返して破砕し、得られた破砕液を遠心分離(15560×g、10 min、25℃)することによってペレットと上清に分離した。得られたペレット及び上清を、それぞれ以下の濃度(元の菌液のcfuから計算)となるように1リットルの水道水に添加することによりペレット液又は上清液を調製した。
ペレット:2×10
3、2×10
4、2×10
5、2×10
6、4×10
6、2×10
7(いずれもcfu/mL相当)
上清:2×10
6、5×10
6、1×10
7、2×10
7、4×10
7(いずれもcfu/mL相当)
【0034】
上記各濃度のペレット液又は上清液を、それぞれプランターに植え付けられた4株のコマツナに対して、3日に一度、1リットル葉面散布し、それ以外の日は水道水を1リットル散布して、約1ヶ月間栽培した。なお、対照区には毎日水道水を1リットル散布した。
【0035】
上記試験の結果を
図2及び
図3に示す。
図2は投与開始から1ヶ月後の各コマツナの地上部(可食部)の湿重量を計測した結果を示すグラフであり、
図3はペレット液を最も成長促進効果が高かった濃度(2×10
3(cfu/mL相当))で投与したコマツナと対照区のコマツナの栽培開始1ヶ月後の生育状況を示す写真である。
図2から明らかなように、ペレットと上清では植物の成長促進効果を示す濃度が異なっており(ペレットは低濃度、上清は高濃度)、更に、ペレットを高濃度で投与すると植物の成長が阻害されることが分かった。
【0036】
また、ペレットについては、2×103(cfu/mL相当)で優れた成長促進効果が得られており、これは上述した従来の植物成長促進剤における光合成細菌の濃度(1×106 cfu /mL~1×107 cfu /mL程度)の5000分の1~500分の1程度であった。
【実施例2】
【0037】
実施例1に示したとおり、光合成細菌の不溶性画分(菌体破砕物の遠心分離ペレット)は、高濃度の投与で植物の成長を顕著に抑制した。このことから、不溶性画分に含まれる何らかの成分が植物にストレスを与えていることが予想された。前記不溶性画分に含まれる成分のうち、グラム陰性菌の細胞膜成分であるリポポリサッカライド(Lipopolysaccharide: LPS)は、植物において活性酸素種の生成を促進することが知られている。更に、活性酸素種は高濃度では植物にとって毒となるが低濃度では逆に植物の成長を促進することが知られている。また、実施例1において、光合成細菌の不溶性画分は、高濃度では植物の成長を阻害し、低濃度では成長を促進した。これらのことから、本発明者は、前記不溶性画分に含まれる成長促進物質(且つストレス物質)をLPSと予測し、光合成細菌から抽出したLPSを種々の濃度でシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)に投与してその成長への影響を調べた。
【0038】
LPSは、iNtRON Biotechnology社のLPS (lipopolysaccharide) Extraction Kitを使用して、実施例1と同様の光合成細菌の菌体(乾燥重量約60mg)から抽出した。抽出方法は、同社のプロトコールに従った。抽出したLPSを、様々な濃度でMurashige & Scoog (MS)培地に添加し、オートクレーブ滅菌することによって種々の濃度のLPSを含むMS培地を調製した。前記MS培地中におけるLPSの濃度は、具体的には、2×10-1、2×100、2×101、2×102、2×103、2×104、2×105、2×106、2×107 cfu/mL(元の菌液のcfuから計算)とした。
【0039】
上記LPSを含むMS培地の各々に、0.5%蔗糖及び0.2~0.4%ゲランガムを添加し、それを培養プレートに注入して固化させた。これらの培養プレートに、シロイヌナズナCol-0系統の滅菌種子を、爪楊枝を用いて播種した。種子の滅菌は、70%エタノールで1分、0.6%次亜塩素酸ナトリウム水溶液で3分の条件で行った。上記培養プレートを、アルミホイルで包んで冷蔵庫に3日間保存後、25℃、16時間明、8時間暗の条件で無菌培養した。また、対照としてLPSを添加しないMS培地(0.5%蔗糖及び0.2~0.4%ゲランガムを添加)を用いて同様にシロイヌナズナの無菌培養を行った。
【0040】
各培養プレートで培養したシロイヌナズナの植物体の湿重量を計測した結果を
図4に示す。同図から明らかなように、光合成細菌から抽出したLPSは、高濃度ではシロイヌナズナの成長を抑制し、低濃度では促進しており、これは上述の予測と一致していた。
【実施例3】
【0041】
続いて、市販標準品のLPS(Rhodobacter sphaeroides由来のもの、InvivoGen社製)を使用し、該LPSを種々の濃度でシロイヌナズナに投与してその成長への影響を調べた。MS培地へのLPSの添加と、該培地を用いたシロイヌナズナの無菌培養は実施例2と同様にして行った。但し、前記無菌培養の際には、培養プレートを垂直に立てることによって、シロイヌナズナの根を培養プレートの表面に沿って伸長させ、その根の長さを指標として植物体の成長を評価した。その結果、
図5に示すように、市販標準品のLPSでは100pg/mLの濃度で成長促進効果が見られ、それよりも高濃度では成長が抑制された。
【実施例4】
【0042】
続いて、実施例1と同様の光合成細菌の破砕物のペレット又は上清を、それぞれ実施例1、2において優れた成長促進効果が得られた濃度で土壌栽培のコマツナに投与し、その生育への影響を調べた。また、ペレット及び上清をそれぞれ前記濃度で混合した混合物をコマツナに投与し、その生育への影響を調べた。
【0043】
まず、実施例1と同様に、光合成細菌培養液を破砕し、得られた破砕液を遠心分離することによってペレットと上清に分離した。前記ペレットを2.0 cfu/mL(元の菌液のcfuから計算。以下同様。)となるように1リットルの水道水に添加することによりペレット液を調製した。また、前記上清を2.0×106 cfu/mLとなるように1リットルの水道水に添加することにより上清液を調製した。更に、前記上清が2.0 cfu/mL、前記ペレットが2.0×106 cfu/mLとなるように上清及びペレットを1リットルの水道水に添加することによりペレット・上清混合液を調製した。
【0044】
以上により調製されたペレット液、上清液、又はペレット・上清混合液を、それぞれプランターに植え付けられた4株のコマツナに対して、3日に一度、1リットル葉面散布し、それ以外の日は水道水を1リットル散布して、約1ヶ月間栽培した。なお、対照区には毎日水道水を1リットル散布した。
【0045】
以上のようにして栽培されたコマツナの地上部の乾重量を計測した結果を
図6に示す。同図から明らかなようにペレットと上清の両方を添加することよって、ペレット又は上清を単独で投与したときよりも優れた成長促進効果が得られることが分かった。
【実施例5】
【0046】
実施例1と同様にして調製した光合成細菌(Rhodobacter sphaeroides、販売元:松本微生物株式会社、販売名:PSB凍結菌体)の上清又はペレットを、コマツナ(水耕栽培のもの)に投与して、その成長への影響を調べた。
【0047】
(コマツナの栽培方法)
コマツナの水耕栽培には、水耕栽培器(UH-A01E1:株式会社ユーイング)に、栽培スポンジ(なんでもマット:株式会社マルカン)及び水耕液を収容したものを使用した。なお、前記水耕液としては、水と液体肥料(大塚ハウス1号、大塚ハウス2号:大塚化学株式会社)とを混合したものを使用した。前記栽培スポンジ上の8箇所にコマツナの種を蒔いて発芽させ、明条件12時間/暗条件12時間の明暗サイクル下において、温度:25 ℃、照度:142 μmol/m2sで、21日間栽培した。
【0048】
(上清液又はペレット液の添加)
上記コマツナの栽培期間の当初から、前記水耕液に上述の上清又はペレットを添加した。なお、水耕液中における上清又はペレットの濃度(終濃度)は、1 cfu/mL又は1×106 cfu/mLとした。また、対照試験として、上清もペレットも添加しない水耕液でのコマツナの栽培を行った。なお、各区の植物体数は8とした。
【0049】
(結果)
播種後21日目にコマツナを収穫して地上部の新鮮重量(湿重量)を測定した。その結果、
図7に示すように、上清は低濃度(1 cfu/mL)で高い成長促進効果を示し、ペレットは低濃度(1 cfu/mL)よりも高濃度(1×10
6 cfu/mL)で高い成長促進効果を示した。
【0050】
このように、水耕栽培では、土壌栽培(実施例1)で見られた傾向(すなわち、上清は高濃度で成長を促進し、ペレットは低濃度で成長を促進し且つ高濃度で成長を阻害するという傾向)とは異なる傾向が見られた。土壌栽培と水耕栽培でこのように異なる傾向が見られた理由としては、上清及びペレットの投与方法の違いが考えられる。すなわち、土壌栽培では、上清又はペレットをコマツナに葉面散布したために、上清又はペレット中の有効成分が、地上部には直接作用する一方で地下部(根)には土壌を介して間接的に作用したのに対し、水耕栽培では、上清又はペレットを水耕液中に添加したために、上清又はペレット中の有効成分がコマツナの根に直接作用したためと考えられる。
【実施例6】
【0051】
上清の濃度による成長促進効果の違いを検討するため、実施例5と同様の上清を、種々の濃度でコマツナ(水耕栽培のもの)に投与して、その成長への影響を調べた。
【0052】
コマツナの栽培及び上清の投与は実施例5と同様に行った。但し、水耕液中における上清の濃度(終濃度)は、1×10-3、1×10-2、1×10-1、1×100、1×102、又は1×106(いずれもcfu/mL相当)とした。また、対照試験として、上清を添加しない水耕液でのコマツナの栽培を行った。なお、各区の植物体数は8とした。
【0053】
播種後21日目にコマツナを収穫して地上部の湿重量を測定した。その結果、
図8に示すように、1 cfu/mL~100 cfu/mL(すなわち1×10
0 cfu/mL~1×10
2 cfu/mL) の濃度範囲において高い成長促進効果が得られた。
【実施例7】
【0054】
市販標準品のLPSを使用し、該LPSを種々の濃度でコマツナ(土壌栽培のもの)に投与してその成長への影響を調べた。
【0055】
(コマツナの栽培方法)
コマツナの栽培は、蛍光灯を使用して室内で行った。栽培条件は、明暗サイクル:明条件12時間/ 暗条件12時間、温度:25℃前後、湿度:50%前後、照度:207μmol/m2sとした。まず、栽培ポット1つあたりにコマツナの種を2粒蒔き、上記条件下で1週間栽培した。その後、間引きして1株にした上で、更に上記条件下で2週間栽培した。
【0056】
(LPSの添加)
市販標準品のLPS(Rhodobacter sphaeroides由来のもの、InvivoGen社製)を水道水に溶解することによって、10 pg/mL、100 pg/mL、及び1 ng/mLのLPS水溶液をそれぞれ調製した。これらのLPS水溶液を上記コマツナの栽培期間において3日に一度、1ポットあたり200 mL散布した。また、対照試験として、LPS水溶液に代えて、水道水を3日に一度、1ポットあたり200 mL散布してコマツナの栽培を行った。なお、各区の植物体数は10とした。
【0057】
(結果)
播種後21日目にコマツナを収穫し、地上部の湿重量を測定した。その結果、
図9に示すように、10 pg/mLのLPS水溶液を投与した区と100 pg/mLのLPS水溶液を投与した区において湿重量の増加が認められ、特に、100 pg/mLのLPS水溶液を投与した区で統計的な有意差が認められた(P < 0.05)。このことから実験モデル植物のシロイヌナズナだけでなく、作物モデルのコマツナにおいても、LPS投与による成長促進効果を得られることが確認できた。
【実施例8】
【0058】
LPS投与による成長促進効果を、水耕栽培のコマツナでも検討した。
【0059】
(実験方法)
市販標準品のLPS(Rhodobacter sphaeroides由来のもの、InvivoGen社製)を水耕栽培に用いる水耕液(実施例5を参照)に添加することによって、LPSの濃度(終濃度)が、1 fg/mL、10 fg/mL、100 fg/mL、1 pg/mL、10 pg/mL、100 pg/mL、1 ng/mL、又は10 ng/mL(すなわち、0.001 pg/mL、0.01 pg/mL、0.1 pg/mL、1 pg/mL、10 pg/mL、100 pg/mL、1000 pg/mL、又は10000 pg/mL)である水耕液をそれぞれ調製した。また、対照としてLPSを添加しない水耕液を調製した。これらの水耕液を使用して、実施例5と同様の栽培条件でコマツナの水耕栽培を行った。なお、各区の植物体数は10とした。
【0060】
(結果)
播種後2週間でコマツナを収穫し、地上部の湿重量を測定した。その結果、
図10に示すように、LPSを1 pg/mL~1 ng/mL(すなわち、1pg/mL~1000 pg/mL)で含む水耕液を使用した区でコマツナの成長促進効果が見られ、特に、LPSを10 pg/mLの条件で含む区で有意差が認められた(P < 0.05)。このことから、土壌栽培だけでなく水耕栽培においても、LPSによる成長促進が得られることが示された。
【実施例9】
【0061】
市販標準品のLPSを使用し、該LPSを種々の濃度でイネの種籾に投与してその成長(具体的には側根の発達)への影響を調べた。
【0062】
(実験方法)
市販標準品のLPS(Rhodobacter sphaeroides由来のもの、InvivoGen社製)を水に溶解することによって10 ng/mLのLPS水溶液を調製し、乾燥状態のイネ(品種「くまさんの力」)の種籾を、前記LPS水溶液に24時間浸漬した。また、対照試験として、LPSを含まない水に前記種籾を24時間浸漬した。浸漬後、種籾を水洗いして、栄養塩を含まない(すなわち寒天のみの)0.8%寒天培地(角形プレート144 mm×104 mm×16 mm)に種籾を播種した。その後、重力方向に根が伸びるように寒天培地を垂直に立てた状態で、暗所にて25℃で培養した。
【0063】
(結果)
培養開始から2週間後に実体顕微鏡で根を観察し、写真(
図11及び
図12)を撮影した上で、主根1 cm当たりに生じている側根の数を計数した(
図13)。なお、計数に用いる種籾の数は各区とも3とした。その結果、イネの種籾を低濃度(10 ng/mL)の LPSに浸漬処理したものにおいて、明瞭な側根分岐の促進効果が認められた。栄養及び水分の吸収は主に側根が担うことから、生育初期において多くの側根を発達させることは健全なイネを育てるために重要である。したがって、前記LPSによる種籾の処理は、そのための有効な技術であるといえる。