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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-20
(45)【発行日】2024-06-28
(54)【発明の名称】エナメル質再生シート
(51)【国際特許分類】
   A61K 6/74 20200101AFI20240621BHJP
   A61K 6/15 20200101ALI20240621BHJP
   A61L 27/22 20060101ALI20240621BHJP
   A61L 27/12 20060101ALI20240621BHJP
   A61L 27/46 20060101ALI20240621BHJP
【FI】
A61K6/74
A61K6/15
A61L27/22
A61L27/12
A61L27/46
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020009881
(22)【出願日】2020-01-24
(65)【公開番号】P2021116247
(43)【公開日】2021-08-10
【審査請求日】2022-09-21
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118924
【弁理士】
【氏名又は名称】廣幸 正樹
(72)【発明者】
【氏名】楠 正暢
(72)【発明者】
【氏名】渡部 由香
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 匠海
【審査官】石井 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-505192(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 6/00- 6/90
A61L 15/00-33/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
常温で90°以上折り曲げても切れや割れのない可撓性を有し、40℃以上60℃以下の温度で溶解するゼラチンの基材と、
前記基材上に配置した生体親和性セラミックスを有し、
前記生体親和性セラミックスはリン酸カルシウムであり、ケイ素を含まないことを特徴とするエナメル質再生用シート。
【請求項2】
前記生体親和性セラミックスは、微小片状態に分割されていることを特徴とする請求項1に記載されたエナメル質再生用シート。
【請求項3】
前記微小片同士の間には隙間があることを特徴とする請求項1または2の何れかに記載されたエナメル質再生用シート。
【請求項4】
前記基材の表面は平面でないことを特徴とする請求項1乃至の何れか一の請求項に記載されたエナメル質再生用シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯牙のエナメル質を再生するシート材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
う蝕(所謂「虫歯」)は、酸形成菌が、口腔内の食物残渣を使って産出する酸によって、歯牙表面のエナメル質が脱灰し、欠損することで生じる。この欠損は、唾液中のカルシウムやリンによって再石灰化されることで修復される。しかし、間食などによって食事間隔が短くなる若しくは、食後に歯磨きができないといった事情によって、脱灰化は進行する。
【0003】
再石灰化を助長する方法としては、再石灰化作用を有する物質を歯牙に供給することが提案されている。
【0004】
特許文献1は、支持物質中に活性化化合物(石灰化作用を有する物質)を組み込んだ歯科用接着フィルムが提案されている。一方、特許文献2および特許文献3には、基材上に生体親和性セラミックス膜を形成し、その後基材を除去することで、生体親和性セラミックス膜だけを得る方法が開示されている。
【0005】
この生体親和性セラミックス膜は、歯牙表面に接触させるとほぼ不可避的に接着することより、再石灰化に有用な物質と考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2004-536032号公報
【文献】国際公開第2012/014887号
【文献】国際公開第2006/025358号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の歯科用接着フィルムは、活性化化合物を長時間に渡って、放出することで、再石灰化を促そうという思想である。形態はガムのようなものが想定されているので、放出された活性化化合物が歯牙の表面に付着するだけでなく、そのまま飲み込まれてしまう割合も多い。
【0008】
特許文献2および3の生体親和性セラミックス膜は、直接歯牙表面に貼り付けられるため、再石灰化を促進させるには好適と考えられる。
【0009】
しかし、生体親和性セラミックスは、可撓性や柔軟性を有しているとはいえ、薄すぎると破壊されやすく、ピンセット等で保持するのが困難であった。また、薄い膜は自立的に形状を保持できず、湾曲して目的の場所に適切に貼り付けることすら困難となった。
【0010】
一方、厚みを厚くすると取り扱いは容易になるが、歯牙表面の湾曲に沿った形状になじみにくく、自身の弾力で歯牙の表面から離れてしまった。
【0011】
また、生体親和性セラミックス膜を歯牙表面に接着させるためには、歯牙表面に貼り付けてから数時間から数十時間程度保持する必要がある。しかし、口腔内の事なので、舌や顎の動きによって摩擦が生じるため、生体親和性セラミックス膜が歯牙表面に接着するまで保持しておくことが容易でないという課題があった。
【0012】
一方、可撓性のある基材上に生体親和性セラミックスを形成し、歯牙表面への貼り付けや、ピンセット等での取り扱いを容易にするということも考えられる。しかし、基材自体を分厚くすると、歯牙の細部の形状に沿わせるのが困難となる。したがって、基材自体も薄くする必要があるが、基材を薄くすると、基材を剥がしにくくなるという課題が生じた。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は上記の課題に鑑みて想到されたものであり、歯牙の再石灰化を促進する生体親和性セラミックスを歯牙表面に貼り付け固定する際に必要となる、取り扱いの確実性、容易性を確保し、接着までの保持も確実にでき、さらに生体親和性セラミックスをエナメル質に接着させた後の除去も容易にできるエナメル質再生シートを提供するものである。
【0014】
より具体的に、本発明に係るエナメル質再生用シートは、
常温で90°以上折り曲げても切れや割れのない可撓性を有し、40℃以上60℃以下の温度で溶解するゼラチンの基材と、
前記基材上に配置した生体親和性セラミックスを有し、
前記生体親和性セラミックスはリン酸カルシウムであり、ケイ素を含まないことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、可撓性を有し所定温度で溶解する基材上に生体親和性セラミックスを配置したエナメル質再生シートなので、ピンセット等でつまんでも、割れるおそれがなく、取り扱いが容易になる。また、基材自体が可撓性を有しているので、歯牙表面の局面や複雑な形状に沿って変形し、歯牙表面に生体親和性セラミックスを貼り付けることができる。
【0016】
また、この基材は所定温度で溶解する。溶解温度を体温以上の温度に設定することで、貼り付けを行った後、所定時間経過したら、所定温度の液体を口腔内に含むことで、容易に基材だけを溶解させることができる。基材を毒性のないものとしておけば、そのまま飲み込んでしまってもよい。
【0017】
また、生体親和性セラミックスは基材上に配置されているので、生体親和性セラミックス膜の耐可撓性以上の曲げ操作によって割れてしまっても、基材に張り付いているので、飛散することがない。
【0018】
このような基材と生体親和性セラミックスの構成は後述するように、基材上に配置した生体親和性セラミックスを微小片に割っておくという形態にもつながる。このように、予め基材上で生体親和性セラミックスを微小片に割っておくと、生体親和性セラミックス膜自体の応力がなくなるので、より歯牙表面に沿わせて貼り付けやすいという効果を奏する。
【0019】
さらに、予め基材上に互いに隙間のある微小片を形成しておくと、微小片間に隙間を通じて基材が歯牙表面に接着するので、シートを接着して保持する間の接着性を高くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明に係るエナメル質再生シートの構成(一枚膜)を示す図である。
図2】本発明に係るエナメル質再生シートの他の構成(微小片)を示す図である。
図3】本発明に係るエナメル質再生シートの他の構成(タイル状)を示す図である。
図4図3のエナメル質再生シートがエナメル質と接着する際の状態を示す図である。
図5図3のエナメル質再生シートをエナメル質に接着する際に気泡を噛みこんだ状態を示す図である。
図6】本発明に係るエナメル質再生シートの他の構成(大きさ違いの微小片)を示す図である。
図7】本発明に係るエナメル質再生シートの実施例を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に本発明に係るエナメル質再生シートについて図面および実施例を示し説明を行う。なお、以下の説明は、本発明の一実施形態および一実施例を例示するものであり、本発明が以下の説明に限定されるものではない。以下の説明は本発明の趣旨を逸脱しない範囲で改変することができる。
【0022】
図1に本発明に係るエナメル質再生シート1aの構成を示す。なお、以下に構成が区別できるエナメル質再生シートを示すが、全て本発明に係るエナメル質再生シートである。これらをまとめて呼ぶ場合は、単に「エナメル質再生シート1」と示す。図1(a)は、平面図であり、図1(b)は側面図である。本発明に係るエナメル質再生シート1aは、基材10と生体親和性セラミックス12で構成される。
【0023】
基材10は、可撓性を有し、所定温度で溶解する材料がよい。さらに摂取しても毒性のないものであることが必要である。口腔内に所定時間保持されるものであり、さらに除去の際には、お湯などで溶解し、そのまま飲み込んでしまう可能性があるからである。
【0024】
また、ここで可撓性とは、90°以上折り曲げても、切れたり割れたりしない程度の可撓性であるのが好ましい。歯牙に巻き付けたり、表から裏側にエナメル質再生シート1を折り曲げて接着させる場合等が生じるからである。
【0025】
さらに、生体親和性セラミックス12との接着性が高い必要がある。生体親和性セラミックス12は、取り扱いの際若しくは歯牙表面に貼り付けた際に、割れる場合が多い。その際に、基材10とよく接着していると、生体親和性セラミックス12が飛散することなく歯牙表面に接着させることができる。
【0026】
基材10としては、例えば、ゼラチン、寒天、海苔等が使用することができる。特にゼラチンは好適に利用することができる。ゼラチンはヒトの体温(36℃前後)では溶解することはない。一方、およそ60℃のお湯で溶解する。また、無毒である。したがって、エナメル質再生シート1を歯牙の所定箇所に貼り付けて一定時間経過後に、60℃以上のお茶やコーヒー若しくは白湯を口に含むことで、基材10を除去することができる。
【0027】
基材10の厚みは10μmから100μmが好適である。基材10は薄すぎると強度が不足する。また厚すぎると、歯牙の細かい形状に合わせて変形させにくくなる。
【0028】
生体親和性セラミックス12は、アパタイトおよびその原材料及びそれを含む混合物のことである。ここで、アパタイトとはM10(ZOの組成を持った鉱物群であり、式中のMは例えばCa、Na、Mg、Ba、K、Zn、Alであり、ZOは例えばPO、SO、COであり、Xは例えばOH、F、O、COである。ハイドロキシアパタイトや炭酸アパタイトが一般的ではあるが、とくに生体親和性の高さからハイドロキシアパタイト(Ca10(PO4 6 (OH)2 、以下「HAp」と略す。)が好ましい。また、アパタイトの原材料としてはリン酸カルシウム(カルシウムイオンとリン酸イオンからなる塩の総称)を例示することができ、アパタイトを含む混合物としては牛等の骨から採取した生体アパタイトなどが好適に利用できる。
【0029】
生体親和性セラミックス12の厚みは1μmから100μm程度が好適である。薄すぎるとエナメル質再生の効果が低下し、厚すぎると重ね貼りする際に不都合を生じるからである。
【0030】
なお、エナメル質再生シート1aは、基材10の方が生体親和性セラミックス12よりも広く、基材10の縁には、生体親和性セラミックス12がない基材縁部11が形成される。ただし、基材縁部11は、使用の都合によって、なくてもよく、また所定の箇所だけ部分的に無くてもよい。
【0031】
また、生体親和性セラミックス12の形状は特に限定されない。使用しやすい形状で形成することができる。図1では、長方形の基材10上に四隅が丸型に面取りされた生体親和性セラミックス12を示したが、この形状に限定されない。また、図1では基材10の生体親和性セラミックス12が形成されている面はフラットとして表したが、この面も特にフラットに限定されない。したがって、利用者の歯型の形状に合わせた凹凸面を有する基材10であってもよい。例えば、前歯の形状だけでなく、臼歯の咬合面に合わせた形状であってもよい。
【0032】
図2にエナメル質再生シート1bを示す。エナメル質再生シート1bは、生体親和性セラミックス12が予め微小片14に割れているものである。すでに説明したように、生体親和性セラミックス12は、取り扱い若しくは歯牙表面に貼り付ける際に割れる場合が多い。エナメル質再生シート1としては、基材10に生体親和性セラミックス12が接着された状態にあるので、生体親和性セラミックス12が割れても、飛散することはない。
【0033】
しかし、予め生体親和性セラミックス12が微小片14に割れていることで、膜としての応力がなくなり、エナメル質再生シート1bとしての可撓性はさらに高くなり、歯牙表面に貼り付けやすくなる。また、歯牙表面に貼り付ける際に割れ、微小片14が基材10から剥離するという恐れも回避することができる。また、生体親和性セラミックス12の膜としての応力がなくなると、生体親和性セラミックス12よりも基材10が薄くても容易に取り扱える。
【0034】
微小片14の大きさは特に限定されない。つまり、一定の大きさでなくてよい。例えば、図2(a)は、微小片14をランダムに形成した場合である。膜状の生体親和性セラミックス12を微小片14に割る方法は特に限定されないが、例えば、基材10に生体親和性セラミックス12を成膜した後に、ローラー等で不均一な圧力をかけることで、微小片14に割ることができる。
【0035】
図3は、微小片14をタイル状に整然と形成した場合のエナメル質再生シート1cである。この場合は、微小片14同士の間に隙間15を形成することが容易にできる。生体親和性セラミックス12がタイル状に整然と形成されていると、生体親和性セラミックス12が1枚の膜になっている場合より膜としての応力がなくなる点は、図2の場合と同じである。
【0036】
図4を参照する。微小片14同士の間に隙間15があると、エナメル質60に貼り付ける際に、微小片14間の隙間15から基材10が盛り出し(符号10p)、エナメル質60表面と基材10が接着する。結果、エナメル質再生シート1cのエナメル質60に対する接着性は高くなる。
【0037】
次に図5を参照する。エナメル質再生シート1cをエナメル質60に貼り付ける際に人工唾液、人工体液等を用いるが、接着に関与せず余った液が残り、液胞18として噛む場合がある。しかし、生体親和性セラミックス12の微小片14間に隙間15があると、この隙間15から液胞18は基材10中に取り込まれる。結果、エナメル質再生シート1cをエナメル質60に貼り付ける際に液胞18なく密着させることができる。また、気泡が噛んだ場合にも、基材10の効果で気泡をシート外に押し出しやすくなる。
【0038】
図6(a)は、中央部に対して、周辺が細かく割れている状態のエナメル質再生シート1dである。前歯のように大きな面積を有する歯に対しては、歯牙の前面および裏面に当たる部分は微小片14の大きさを比較的大きくし(14a)、周囲とエナメル質再生シート1dが折れ曲がる部分は、細かく割れている(14b)と、歯牙に対して貼り付けやすくなる。
【0039】
図6では、歯牙の前側と後ろ側に生体親和性セラミックス12を当てるために大きな微小片14aは2つ形成され、その周囲を細かく割った微小片14bが取り囲む構成になっている。ここで、大きく割れた微小片14a同士の間の細かい微小片14b部分を符号14bcで表す。
【0040】
図6(b)は前歯にエナメル質再生シート1dを貼り付けた場合の断面図である。細かい微小片14bの中央部14bcを歯の頂点部分にあて、歯牙の表側と裏側に当て込んだ様子を示している。
【0041】
このようなエナメル質再生シート1dは、膜状の生体親和性セラミックス12を基材10上に形成しておき、歯の形をした枠状体を押し付ける。枠に接した部分は細かく割れ、枠の内部はほとんど割れない。結果図6(a)のようなエナメル質再生シート1dを得ることができる。なお、大きな微小片14aと小さな微小片14bをそれぞれタイル状で形成してもよい。
【実施例
【0042】
<基材の作製>
粉状ゼラチンを重量比1.6%、60℃の水でゾル化した溶液を直径90mmのプラスティックシャーレに入れ、自然乾燥で水分を蒸発した。その後、さらに真空乾燥により脱水した。厚さ約5μmの基材を得た。
【0043】
<エナメル質再生シートの作製>
0.5mm四方(隙間15は0.2mm)のシャドーマスクを基材の上に載せ、イオンビームスパッタリングで厚さ1μm~3μmの微小片14が基材上に配置されたエナメル質再生シート1を得た。
【0044】
<歯のモデル>
歯のモデル62(図7参照)には、10mm×10mmのアパタイト焼結体(PENTAX製 CELLYARD、気孔率0%の緻密体)を研磨フィルム(#10000)で研磨して使用した。
【0045】
<実験>
唾液の代用としたpH3のリン酸水素ナトリウム液で歯のモデル62表面を湿らせた後、上記のエナメル質再生シート1を貼り付けた。定着時間として3時間そのまま放置した。その後、65℃のお湯に歯のモデル62を浸漬させ、基材10を溶解させた。
【0046】
その結果、0.5mm四方で厚さ1μmから3μm(1つのサンプルでは厚みは同じ)の生体親和性セラミックス12の微小片14がアパタイト焼結体(歯のモデル62)上に固定されたものを得ることができた(図7に写真を示す。)。微小片14はアパタイト焼結体(歯のモデル62)上に強固に張り付いており、研磨フィルムなどで削らないと剥離できなかった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明に係るエナメル質再生シートは、歯のエナメル質の再生や、ホワイトニングに好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0048】
1 エナメル質再生シート
10 基材
12 生体親和性セラミックス
14 微小片
15 隙間
18 液胞
60 エナメル質
62 歯のモデル
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7