(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-20
(45)【発行日】2024-06-28
(54)【発明の名称】工作機械のびびり振動を予測するための方法
(51)【国際特許分類】
B23Q 15/12 20060101AFI20240621BHJP
G06N 3/126 20230101ALI20240621BHJP
G06N 3/02 20060101ALI20240621BHJP
B23Q 17/09 20060101ALI20240621BHJP
G05B 19/4155 20060101ALI20240621BHJP
G05B 19/18 20060101ALI20240621BHJP
【FI】
B23Q15/12 A
G06N3/126
G06N3/02
B23Q17/09 A
G05B19/4155 V
G05B19/18 W
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2020087748
(22)【出願日】2020-05-19
【審査請求日】2023-02-09
(32)【優先日】2019-05-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】519198557
【氏名又は名称】ジー・エフ マシーニング ソリューションズ アー・ゲー
【氏名又は名称原語表記】GF Machining Solutions AG
【住所又は居所原語表記】Roger-Federer-Allee 7,2504 Biel,Switzerland
(73)【特許権者】
【識別番号】519198579
【氏名又は名称】インスパイア アー・ゲー フュア メヒャトロニッシェ プロドゥクツィオーンスズュステーメ ウント フェアティグングステヒニク
【氏名又は名称原語表記】inspire AG fuer mechatronische Produktionssysteme und Fertigungstechnik
【住所又は居所原語表記】Technoparkstrasse 1, 8005 Zuerich, Switzerland
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100098501
【氏名又は名称】森田 拓
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100135633
【氏名又は名称】二宮 浩康
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】マーティン ポステル
(72)【発明者】
【氏名】ネルザト ビルジャン ブーダイジュ
(72)【発明者】
【氏名】ジェレミー モナン
(72)【発明者】
【氏名】ジャン-フィリップ ブスシェ
【審査官】亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-137102(JP,A)
【文献】特開平11-129145(JP,A)
【文献】特開2015-168057(JP,A)
【文献】特開2018-119924(JP,A)
【文献】特開平07-056880(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 19/18 - 19/46
B23Q 15/00 - 15/28
B23Q 17/12
G01M 99/00
G06N 3/02
G06N 3/126
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工作機械のびびり振動を予測するための方法であって、
複数の重みを有する人工ニューラルネットワークに
、工作機械でワークピースを加工するために適用される、オペレータが設定した機械加工パラメータまたは測定された機械加工パラメータである、第1の既知の機械加工パラメータを含む第1の入力データを供給することと、
第1の出力データに影響を及ぼす既知のパラメータである前記第1の入力データおよび前記複数の重みに基づいて、人工ニューラルネットワークの出力における
、安定性モデルの入力データとして要求される不確実なパラメータである前記第1の出力データを求めることと、
前記第1の出力データ
、および
、前記安定性モデルの入力データとして要求される第2の既知の機械加工パラメータである第2の入力データを
、工具とワークピースとの間の振動周波数を定義する、びびり振動の発生および対応するびびり振動周波数を予測するための前記安定性モデルに提供して
、前記びびり振動の発生および前記対応するびびり振動周波数を含む予測データを生成することと、
前記予測データと実験データとを
、比較モジュールで比較して、前記人工ニューラルネットワークの前記複数の重みを調整することと、
を含む、方法。
【請求項2】
前記
人工ニューラルネットワークが、進化的アルゴリズ
ムによってトレーニングされる、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記人工ニューラルネットワークが、遺伝的アルゴリズムによってトレーニングされる、請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記方法はさらに、前記工作機械がワークピースを機械加工するとき、少なくとも1つの工作機械から収集されたデータを取得することを含み、特に、前記収集されたデータは、実験データ、オペレータが設定した機械加工パラメータ、および機械加工中に測定された機械加工パラメータを含む、請求項1
から3までのいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
前記第1の入力データおよび/または前記第2の入力データの一部が、前記収集されたデータから導出される、請求項
4記載の方法。
【請求項6】
前記収集されたデータが、トレーニングセットと検証セットとに分割され、前記進化的アルゴリズムが、前記トレーニングセットを用いて前記
人工ニューラルネットワークをトレーニングし、前記検証セットを用いて前記トレーニングされた
人工ニューラルネットワークの精度を検証する、
請求項2を引用する請求項
4または
5記載の方法。
【請求項7】
少なくとも1つの第2の人工ニューラルネットワークが適用され、前記第2の
人工ニューラルネットワークの前記出力データが、前記安定性モデルに供給される、請求項1から
6までのいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
請求項1から
7までのいずれか1項記載の方法を実行するように構成されたびびり振動予測ユニットであって、ニューラルネットワークモジュール、安定性モデルモジュールおよび比較モジュールを含む、びびり振動予測ユニット。
【請求項9】
前記びびり振動予測ユニットが、安定性マップを確立するようにさらに構成されている、請求項
8記載のびびり振動予測ユニット。
【請求項10】
a.前記実験データを取得するように構成されたセンシングユニットと、
b.請求項
8記載の前記びびり振動予測ユニットに接続された中央データベースに、前記実験データを含
む収集されたデータを送信するように構成された通信ユニットと、
c.
前記びびり振動予測ユニットによって生成され
た安定性マップを使用して
、ワークピースを機械加工するため
の機械加工パラメータを求めることと、
を含む、工作機械。
【請求項11】
複数の請求項
10記載
の工作機械と、請求項
8記載
のびびり振動予測ユニットと
、を含むシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械のびびり振動を予測するための方法に関する。さらに、本発明は、この方法を実行するびびり振動予測ユニットを対象とする。
【背景技術】
【0002】
びびり振動は、自励振動の一種であり、機械加工されたワークピースの品質に重大な影響を与えるものである。ミリング加工中にびびり振動が発生すると、ワークピースの品質が大幅に低下することがあり、例えばワークピースの表面品質が劣悪となりうる。この欠点のほかに、切削工具および/または機械部品、例えばスピンドルの寿命がびびり振動によって短くなることがある。びびり振動は、機械の運動状態と機械加工パラメータとの間の組み合わせが最適でないために生じることが多い。したがって、種々の機械加工パラメータ、工具およびワークピースに対してびびり振動を正確に予測することができれば、予め最適な機械加工パラメータを選択してびびり振動のリスクを低減し、これにより、機械加工されたワークピースの品質を改善し、切削工具を含む機械の完全性を保証することができる。
【0003】
びびり振動の発生を予測する方法は、十分に確立されている。しかし、公知の方法では、予測の精度は幾つかのパラメータに依存しており、特に、所定のパラメータは、正確に測定または計算することができない。なぜなら、この所定のパラメータは、異なる機械加工条件のもとで変化するためである。さらに、所定のパラメータは、現実の生産環境とは異なる実験環境でしか取得できない。そこで、現実の生産環境における測定データを取得して予測の精度を向上させるためのシステムおよび方法を提案する。
【0004】
欧州特許出願公開第2916187号明細書には、複数の工作機械から機械加工条件およびびびり振動条件に対応するデータが取得され、特に、工作機械がワークピースを機械加工している間にデータを取得することができる、びびり振動データベースシステムが開示されている。データを使用して、機械加工パラメータに関連するびびり振動の発生を示す、実験ベースの安定性マップを生成することができる。このシステムでは、現実の生産環境にある工作機械から大量のデータを収集することができる。しかし、システムには、安定性マップの生成に必要な全てのデータがこの方法で取得できるわけではなく、例えば工具中心点の運動状態が得られないという欠点がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、広範囲の機械加工パラメータに対してびびり振動予測の精度を向上させる方法およびシステムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によれば、上記の目的は、各独立請求項の特徴によって達成される。加えて、さらなる有利な実施形態は、各従属請求項および明細書から明らかとなる。
【0007】
本発明において、工作機械のびびり振動を予測するための方法は、複数の重みを有する人工ニューラルネットワークに第1の入力データを供給するステップと、第1の入力データおよび複数の重みに基づいて、人工ニューラルネットワークの出力における第1の出力データを求めるステップと、第1の出力データおよび第2の入力データを安定性モデルに提供して予測データを生成するステップと、予測データと測定された安定性データとを比較して、人工ニューラルネットワークの複数の重みを調整するステップと、を含む。安定性モデルの入力は、第2の入力データと、人工ニューラルネットワークの出力からの第1の出力データとを含む。
【0008】
安定性条件を予測するために、種々のモデルを利用することができる。例として、分析的ゼロ次解、または時間領域ベースの半離散化法および完全離散化法がある。種々のモデルおよびびびり振動に関連する参考文献には、
・Budak E, Altintas Y (1998) Analytical Prediction of Chatter Stability in Milling-Part I: General Formulation. Journal of Dynamic Systems, Measurement, and Control, 120(1): p.22-30,
・Insperger T, Stepan G (2002) Semi-discretization method for delayed systems. International Journal for Numerical Methods in Engineering, 55(5): p.503-518,
・Ye Ding, LiMin Zhu, XiaoJian Zhang, Han Ding, A full-discretization method for prediction of milling stability, International Journal of Machine Tools and Manufacture, Volume 50, Issue 5, 2010, Pages 502-509,
・J. Munoa, X. Beudaert, Z. Dombovari, et al., Chatter suppression techniques in metal cuttung, CIRP Ann. Manuf. Technol. 65(2)(2016) 785-808
がある。
【0009】
安定性限界を計算するには、計算上の理由から、安定性モデルとしてゼロ次解モデルを使用することが有利である。しかし、本発明の方法は、この安定性モデルに限定されず、任意の安定性モデルを使用することができる。
【0010】
安定性ローブ線図は、ミリング加工作業において安定な機械加工パラメータと不安定な機械加工パラメータとを区別するための、公知の視覚的説明図である。安定性ローブ線図では、安定性限界は、例えばスピンドル速度の関数における臨界切削深さの観点において示されている。
【0011】
安定性ローブ線図を作成する1つの方法は、安定性モデルを確立し、このモデルを使用して安定性ローブ線図を取得することである。モデルベースのアプローチには、構造パラメータに関する情報、例えば工具とワークピースとの接触領域での相対運動状態、ならびに加工パラメータに関する情報、例えばチップの厚さと結果として生じる力とを関連づける切削力係数が要求される。工作機械の運動状態および切削力係数を求めるには、広範囲にわたる測定が必須である。こうした測定は、付加的なコストを生じさせる。さらに、生産中に測定を行うことができないため、測定条件が現実の機械加工条件と一致しない。現実の機械加工条件のもとでは、機械の運動状態が大幅に変化しうるため、測定の精度は満足できるものとならない。その結果、安定性ローブ線図は、不正確なデータに基づいて確立され、特に高精度ミリング工作機械の用途では、十分な精度を提供しない。本発明の方法によれば、安定性ローブ線図に要求されるデータをより高い精度で導出することができる。
【0012】
幾つかの所与の機械加工条件では、安定性モデルを適用して、びびり振動の発生および対応するびびり振動周波数を予測することができ、これにより、工具とワークピースとの間の振動周波数が定義される。これは、
図3に示す予測データを表している。安定性モデルでは、びびり振動を予測するために幾つかの入力パラメータが要求される。その幾つかは確実に既知であるが、不確実なものもある。以下では、不確実なパラメータを第1の出力データと称し、既知のパラメータを第2の入力データと称する。最初に、どのパラメータが不確実であるか、さらにパラメータが他の既知のパラメータに依存しているかどうかを定義する必要がある。これにより、いわゆる第1の入力データを定義できる。第1の入力データおよび第2の入力データは共に既知のパラメータであるが、異なる種類のパラメータを表す。第1の出力データは、第1の入力データに基づいて推定されるパラメータを記述する。
【0013】
第1の入力データは、安定性モデルの不確実な入力パラメータ、すなわち第1の出力データに影響を及ぼしやすい既知のパラメータを表す。第1の入力データは、工作機械のオペレータが設定した機械加工パラメータ、例えばスピンドル速度、送り速度、切削深さ、潤滑条件、ワークピース材料、または機械加工中に測定される機械加工パラメータ、例えばスピンドル軸受温度、軸荷重のいずれかであってよい。
【0014】
第2の入力データは、工具の溝の数またはカッタ係合度、例えば入口角度および出口角度のような、十分に高い精度で既知のパラメータである。確実に既知であれば、機械の運動状態または切削力の相互作用に関連するパラメータ、例えば工具中心点のモードパラメータまたは切削力係数を、第2の入力データとして直接に指定することもできる。
【0015】
安定性モデルの入力として要求されるパラメータは、使用する安定性モデルの種類によって定義されている。パラメータが正確に既知であれば、これは、安定性モデルに直接に供給される第2の入力データである。パラメータが未知であるか、または他の既知のパラメータへの依存度が不確実である場合、パラメータはニューラルネットワークから導出される。例えば、入口角度および出口角度または溝の数は、典型的には第2の入力データである。ただし、機械の運動状態または切削力係数を定義するモードパラメータは、これらの値がどの程度正確にかつどの程度の信頼性で既知であるかによって、第2の入力データともなりうるし、第1の出力データともなりうる。
【0016】
第1の入力データと第1の出力データとの間の機能的関係を求めるために、安定性モデルの上流に人工ニューラルネットワークが実装されている。人工ニューラルネットワークは、安定性モデルによって生成された予測データと、対応する機械加工条件での現実の切削加工から得られた実験データとを比較することによってトレーニングされる。切削加工の効果的な安定性は、びびり振動検出システムを使用して監視され、びびり振動検出システムは、機械加工中にびびり振動現象が発生したかどうかを識別し、びびり振動が検出された場合にびびり振動周波数を出力する。ここで収集された情報は実験データを構成し、対応する機械加工条件に必ず関連づけられる。したがって、人工ニューラルネットワークの学習プロセスは、明示的には専用のテストを必要とせず、生産条件において行うことができる。また、パラメータ間の任意の相互作用、例えばスピンドル速度および負荷条件に依存するモードパラメータを同定することもできる。
【0017】
人工ニューラルネットワークは、通常、I個の入力を有する1個の入力層と、N個のノードを有する1個の隠れ層と、O個の出力を有する1個の出力層とを含む。入力層および隠れ層は、重みwhj,kで接続されており、それぞれの入力ij(j=1...I)を乗じてノードnk(k=1...N)に渡す。各ノードでは、それぞれの重みが乗じられた全ての入力の和が、活性化関数akで変換される。結果には重みwok,lが乗じられ、合計されて所望の出力ol(l=1...O)が得られる。隠れ層および出力層はまた、それぞれの層に加えられる定数であるバイアス項bhkおよびbolを有する。一定のパラメータが想定されている最も単純なケースでは、ネットワークは、出力バイアス値bolまで減少する。
【0018】
本発明では、出力層の第1の出力データolが安定性モデルの入力となる。1つの課題は、特定のアプリケーションに適したノードの数を選択することである。したがって、一変形形態では、ノードの数は、トレーニング中に反復されるハイパーパラメータであるように選択される。
【0019】
所与の第1の出力データに対して、安定性モデルは、安定性限界appredおよび関連するびびり振動周波数fcpredを含む予測データを生成する。次に、予測データが実験データと比較され、ニューラルネットワークの重みが調整される。目標は、ネットワーク入力の任意の組み合わせから、予測される加工安定性およびびびり振動周波数と実験データとが一致する安定性モデルの入力が生成されるように、人工ニューラルネットワークの重みを調整することである。
【0020】
アプリケーションに応じて、適切なトレーニングアルゴリズムを選択しなければならない。単純なフィードフォワードニューラルネットワークの最も一般的な学習アルゴリズムは、誤差逆伝播法である。誤差逆伝播法とは、出力値と目標値との間の誤差が計算され、ネットワークを介して逆伝播されて、ネットワークの重みが調整される手法を表す。ただし、この手法では、ネットワーク構造における全ての演算が区別可能であることが要求される。この作業では、ゼロ次解(ZOS)が安定性モデルとして使用される。ZOSは微分不可能な演算を含み、誤差項は安定性モデルの下流でのみ計算されるため、誤差の逆伝播は不可能である。したがって、別のトレーニングアルゴリズムを適用する必要がある。本発明では、ニューラルネットワークは、進化的アルゴリズムによってトレーニングされる。これは、ニューラルネットワークの重みとバイアス項とが進化的アルゴリズムを使用して調整されることを意味する。好ましい実施形態では、ニューラルネットワークは、遺伝的アルゴリズムによってトレーニングされる。このアルゴリズムは、個体の母集団の作成によって初期化される。各個体は、問題の変数を表す幾つかの遺伝子で構成されている。したがって、全ての遺伝子が合わさって、検討中の問題に対する1つの可能な解決策を構成する。各個体の適応度は、定義された目的関数によって評価される。次に、交叉および突然変異の遺伝的操作を実行するために、高い適応度値を有する個体が選択される。
【0021】
一実施形態では、母集団内の各個体は、ネットワークの重みおよびバイアスに対する1つの可能な解決策を表す。各測定サンプルにつき、第1の入力データがネットワークに供給され、それぞれの個体にエンコードされている重みを使用して第1の出力データが計算される。ネットワーク出力は、第2の入力データと共に安定性モデルに供給され、安定性限界およびびびり振動周波数を含む予測データが各サンプルについて計算される。予測データと測定された安定性データとの比較、すなわち予測データと実験データとの比較の後、予測データおよび測定された安定性データの偏差が定義された値を下回るまで、ニューラルネットワークの重みおよびバイアスを調整することができる。
【0022】
幾つかの実施形態では、第1の入力データと第1の出力データとの間の導出された関係を、安定性モデル以外の他のモデルにも使用することができる。例えば、スピンドル速度と機械の運動状態を定義するモードパラメータとの間の同定された関係は、スピンドル速度に依存する工具変位予測モデルへの入力として有用でありうる。モードパラメータは、例えば固有振動数および減衰比を含む。
【0023】
上で概説したように、予測の精度を保証するには、現実の生産環境で取得したデータを使用することが不可欠である。したがって、第1の入力データおよび/または第2の入力データおよび/または実験データは、工作機械がワークピースを機械加工するときに取得可能な収集されたデータの少なくとも一部である。機械加工中に測定された実験データを使用すると、予測の精度が向上する。収集されたデータは、実験データだけでなく、オペレータが設定した機械加工パラメータ、例えば軸位置、軸送り方向、切削深さ、スピンドル速度、およびワークピースパラメータ、または測定された機械加工パラメータ、例えばスピンドル温度および軸荷重も含む。
【0024】
人工ニューラルネットワークのトレーニングプロセスでは、提示されたデータセットへの過剰適合が問題になることがある。過剰適合とは、ネットワークがトレーニングに使用されたデータに対しては非常に良好に機能するが、前例のないデータに対しては十分に機能しない状態を表す。言い換えると、結果として生じるモデルが、人工ニューラルネットワークの重要な概念の1つである新しいデータに十分に一般化されない。本方法では、過剰適合のリスクを低減するため、収集されたデータをトレーニングセットと検証セットとに分割してトレーニングされたデータを検証することにより、さらに最適化することができる。一変形形態では、収集されたデータが、例えばそれぞれ総データの約70%を含むトレーニングデータセットと約30%を含む検証データセットとに分割される。ここでの着想は、トレーニング誤差が減少し続けている間、検証誤差が増加し始めるまで、重み調整を実行することである。こうした挙動は、過剰適合が発生していることを示唆しうる。
【0025】
好ましい変形形態では、少なくとも第2の人工ニューラルネットワークが安定性モデルに接続され、第2のニューラルネットワークの出力データが安定性モデルに供給される。特に、必要に応じて、さらなるニューラルネットワークを安定性モデルに接続することができる。適用されるニューラルネットワークの数は、アプリケーションによって異なるが、2個に限定されない。安定性モデルに接続された2個の独立したニューラルネットワークは、それぞれ独自の構造を有しており、特定の数のノードならびにネットワークの入力層および出力層を有している。全ての入力パラメータおよび出力パラメータを1個のニューラルネットワークに結合することに代え、複数のニューラルネットワークを作成することは、入力パラメータ間に相互作用が予測されない場合に有利でありうる。これにより、同定速度が増大し、物理的に無意味な解が含まれなくなる。例えば、送り量に依存する切削力係数を同定するための1個のネットワークと、ワークスペース内のスピンドル速度および位置の関数としてTCPダイナミクスを同定するための別のネットワークとを設けることができる。
【0026】
本発明では、処理ユニットは、本発明の方法を実行するように構成されており、ニューラルネットワークモジュール、安定性モデルモジュールおよび比較モジュールを含む。
【0027】
好ましくは、びびり振動予測ユニットはさらに、安定性マップを確立するように構成される。びびり振動予測ユニットが種々の工作機械からアクセス可能な中央システム内に配置される場合、生成される安定性マップを一元化することができ、工作機械から容易にアクセス可能となる。収集されたデータは、有利にはワークピースの機械加工中に取得される。本目的のために、工作機械は、実験データを取得するためのセンサユニットを含む。さらに、工作機械は、実験データおよびオペレータが設定した機械加工パラメータをびびり振動予測ユニットに送信し、びびり振動予測ユニットによって生成された安定性マップを使用してワークピースの機械加工のための機械加工パラメータを選択するように構成された、通信ユニットを含む。
【0028】
本発明において、システムは、複数の工作機械およびびびり振動予測ユニットを含む。
【0029】
本開示の利点および特徴を得ることができる方法を説明するために、以下では、添付の図面に示されるその特定の実施形態を参照することによって、上で簡単に説明した基本方式についてのより具体的な説明を行う。各図面は、本開示の例示的な実施形態を示すに過ぎず、したがって、本開示の範囲を限定するものと見なされるべきではない。本開示の基本方式は、添付の図面を使用することにより、さらなる特異性および詳細と共に記述および説明される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図5】第2の実施形態のシミュレーション結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明は、びびり振動予測のための方法を提示する。特に、本方法は、ミリング操作で安定性境界を計算するために必要な未知の安定性モデルの入力パラメータを同定することを目的としている。本方法の主なステップを
図1に示す。ステップ1では、ワークピースの機械加工中に、現行の機械加工パラメータを含む収集されたデータと、それぞれの機械加工の実験データとが連続して記録される。収集されたデータは、
図8に示すびびり振動予測ユニット1の中央データベースに格納することができる。ステップ2およびステップ3では、収集されたデータの一部が人工ニューラルネットワークに供給され、安定性モデルを使用して、安定性マップを生成するために必要な未知のパラメータが同定される。未知のパラメータを同定するための1つの条件は、モデルの安定性予測と測定結果との間で可能な限り最良の一致が得られることである。これを達成するために、予測データと実験データとを比較する比較モジュールが設けられる。データの偏差は、偏差が定義された閾値に最適化されるよう、ニューラルネットワークをトレーニングするために使用される。ステップ4では、未知のパラメータが同定された後、同定されたパラメータを使用して安定性マップを生成することができる。さらに、同定されたパラメータおよび関係を使用して、新しいパラメータの組み合わせに対する安定性予測が可能となる。
【0032】
図2には、I個の入力を有する1個の入力層、N個のノードを有する1個の隠れ層、およびO個の出力を有する1個の出力層を有するニューラルネットワークの基本構造が示されている。入力層および隠れ層は、重みw
hj,kで接続されており、それぞれの入力i
j(j=1...I)を乗じてノードn
k(k=1...N)に渡す。各ノードでは、それぞれの重みが乗じられた全ての入力の和が、活性化関数a
kで変換される。結果には重みw
ok,lが乗じられ、合計されて所望の出力o
l(l=1...O)が得られる。隠れ層および出力層はまた、それぞれの層に加えられる定数であるバイアス項b
hkおよびb
olを有する。
【0033】
図3には、本発明の第1の実施形態が示されている。第1の入力データは、ニューラルネットワークに供給される。第1の出力データは、ニューラルネットワークの重みおよびバイアス項に基づいて計算可能である。次に、計算された第1の出力データが安定性モデルに供給され、予測データが取得される。比較モジュールが設けられており、これは、同じ切削スピンドル速度および同じ切削深さに対する予測データと実験データとを比較するように構成されている。比較モジュールの出力はニューラルネットワークにフィードバックされ、ニューラルネットワークをトレーニングする。トレーニングとは、ニューラルネットワークの重みおよびバイアス項を調整して、予測データと実験データとの間の偏差を最小にすることである。この実施形態では、第1の出力データセットに加えて、第2の入力データが安定性モデルに供給される。安定性は、ゼロ次解に基づいて計算される。安定性モデルは、安定性限界および関連するびびり振動周波数を含む予測データを生成する。第1の入力データは、機械加工パラメータ、例えばスピンドル速度、スピンドル軸受温度を含む。第2の入力データは、高い精度で既知であって、安定性モデルに直接に供給可能なパラメータ、例えば入口角度および出口角度を含む。この場合、予測データは、実験での実際の安定状態、すなわち実験データと比較される。
【0034】
図4には、本発明の第2の実施形態が示されている。この実施形態では、2個のニューラルネットワークが適用され、第1の入力データが2個のグループに分割されて、それぞれ2個のニューラルネットワークに供給される。第1のニューラルネットワークは、送り量に依存する切削力係数を同定するために適用され、第2のニューラルネットワークは、TCPダイナミクス、すなわちモードパラメータを同定することを目的としている。したがって、第1のニューラルネットワークの入力は、送り速度およびワークピース材料である。2個の出力ノードを有するニューラルネットワークが、切削力係数を定義するために選択される。第2のニューラルネットワークの入力は、スピンドル速度および機械加工温度である。第2のニューラルネットワークはまた、固有振動数および減衰量であるモードパラメータを定義する2個の出力ノードを有する。この実施形態では、第1の出力データは、第1のニューラルネットワークおよび第2のニューラルネットワークの出力を包含する。
【0035】
図5には、4個のパラメータが別の4個のパラメータの影響を受ける、
図4の実施形態のシミュレーション結果が示されている。安定性モデルの入力の挙動についての事前知識がなくても、50回のシミュレーション切削の結果から、基礎となる関係が同定される。所与の機械とスピンドルと工具との組み合わせの運動状態は、スピンドル速度およびスピンドル軸受温度への強い依存性を示すと想定されている。3個の溝を有するカッタは、2種の異なるワークピース材料(ワークピース1およびワークピース2)の切削に使用される。切削は、工作機械のX方向およびY方向の双方において、種々の送り速度、スピンドル速度および切削深さで実行される。未知のパラメータについての次の仮定、すなわち
(1)固有振動数f
nおよび減衰比ξ
nは、スピンドル速度nおよびスピンドル軸受温度Tに依存する;
(2)TCPダイナミクスは、X方向およびY方向において等しい;
(3)切削力係数K
tcおよびK
rcは、公称送り速度f
tおよびワークピース材料WPに依存する、
が行われる。
【0036】
数学的には、これらの仮定は次のように表すことができる。
fnx=fny=fn=f(n,T),ξnx=ξny=ξn=f(n,T)
Ktc=f(ft,WP),Krc=f(ft,WP)
式中、Ktc1,Ktc2はそれぞれワークピース1およびワークピース2の接線方向の切削力係数、Krc1,Krc2はそれぞれワークピース1およびワークピース2の半径方向の切削力係数であり、fnは固有振動数、ξnは減衰比である。50回の異なる切削の安定性がシミュレーションで評価される。シミュレーションごとに、スピンドル速度、軸受温度、入口角度および出口角度、刃当たりの送り量、ならびに切削の方向およびワークピース種類が、定義された範囲内でランダムにサンプリングされる。各シミュレーションサンプルの切削深さは、理論的な安定性限界を基準として、asim=(1+x)・atheoreticalによって選択され、式中、xは、-0.3~0.3の範囲から一様に抽出された乱数である。このアプローチは、切削が理論上の境界を上方超過および下方超過して実行されるのと同じ確率で、理論上の安定性限界から最大30%の偏差まで実行されるという着想に相当する。安定性限界から外れる切削が逆同定に含まれうることは、本発明の重要な利点である。
【0037】
ニューラルネットワークの第1の出力データを同定するために、第1の入力データは、それぞれ70%のデータを含むトレーニングデータセットと30%のデータを含む検証データセットとに分割される。最適化は最大250世代にわたって実行され、それぞれの世代の母集団サイズ、すなわち個体数は250である。ノードの数Nと重みとバイアス限界|wmax|とがハイパーパラメータとして選択される。ノードの数はN=2~N=8の範囲で反復され、一方、最大の重みは|wmax|=0.1~|wmax|=10の間で、対数間隔の25ステップで評価される。
【0038】
ここでの目標は、ニューラルネットワークを使用して、入力nおよびTと出力f
nおよびξ
nとの間の関係、ならびに入力f
tおよびワークピース材料WPと出力K
tcおよびK
rcとの間の関係を同定することである。ネットワーク出力は、速度に依存する安定性マップの計算に使用される。予測された安定性限界が
図5の理論上の安定性限界に対してプロットされている。ケース1およびケース2の場合、予測された安定性チャートと実際の安定性チャートとのきわめて良好な一致が見て取れる。ケース3では、あまり良い予測ができていない。後者のケースでは、温度はT=50℃であり、これはまさにランダムサンプルが抽出された分布の上限である。
【0039】
図6には、2個のニューラルネットワークが適用される第3の実施形態が示されている。ただし、第1の入力データは一方のニューラルネットワークにのみ供給されている。第1のニューラルネットワークは、TCPダイナミクスを推定するために適用され、一方、第2のネットワークは、送り速度およびスピンドル速度に応じて切削力係数を同定するために使用される。第1の出力データは、第1のニューラルネットワークおよび第2のニューラルネットワークの出力を含む。第1のニューラルネットワークには入力データが存在しないため、ニューラルネットワークは、バイアス項および出力、例えば固有振動数、減衰比のみで定義される。
【0040】
この実施形態では、現実の切削データでアプローチを検証するために実験的研究が行われる。直径12mmの2個の溝を有するエンドミルを64mmの突き出し長さのシュリンクフィットホルダに装着する。ホルダをMikron社の高性能5軸ミリング盤にクランプし、アルミニウム7075で0.03mm/tooth、0.05mm/tooth、0.12mm/toothの送り速度でスロッティング実験を行う。
【0041】
測定データは、7000rpm~13000rpmの任意のスピンドル回転数および切削深さ1.3mm~2.5mmで40回(安定21回、不安定19回)の切削を実行して取得されたものである。支配的なモードはツールホルダの組み合わせのモードであると予測され、かつシュリンクフィットホルダを使用しているため、運動状態がスピンドル速度に依存するとは想定されない。動的パラメータを同定する上でのこのアプローチの利便性に加えて、本方法は、薄い工具を考慮した場合、通常の衝撃試験と比較してより正確な結果が得られることも示されている。一方、機械論的な較正から取得される切削力係数が、異なる公称送り速度およびスピンドル速度では有意に異なりうることは良く知られている。したがって、KtcおよびKrcは、スピンドル速度および送り速度の関数として設定される。
【0042】
2個の別個のネットワークが作成される。一方はモードパラメータを同定するためのものであり、他方は送り速度およびスピンドル速度の関数としての切削力係数を同定するためのものである。第1のネットワークには入力パラメータがないため、バイアス項bol
(1),l=1...4まで減少する。第2のネットワークでは、2個のノードを有する1個の隠れ層を使用して、スピンドル速度および送り速度と切削力係数との間の関係が概算される。データセットは、それぞれ28個のサンプルを含むトレーニングセットと12個のサンプルを含む検証セットとにランダムに分割される。個体数100の母集団が使用され、最適化は150世代後に停止される。0.3~1.1の範囲の|wmax|の種々の値に対して最適化プロセスが実行される。最小の検証誤差は|wmax|=0.7で取得される。
【0043】
次のステップでは、速度および送り量に依存する安定性ローブが、同定されたネットワークパラメータを使用して構築される。結果が
図7に示されている。全体として、対象となる3個の送り速度について良好な予測が得られる。送り速度の増加に伴う安定性限界の増加の傾向が十分に予測できており、ポケットの場所は十分に一致している。ただし、最大送り速度の場合、無条件の限界切削深さは約15%過大評価されている。
【0044】
図8には、びびり振動予測ユニット20、中央データベース21および3つの工作機械10、11および12を含むシステム1が示されている。工作機械の数は、複数の工作機械を含むことの例示に過ぎず、したがって3個に限定されない。実験データは、工作機械によって取得され、中央データベースに送信されて保存される。びびり振動予測ユニットは、必要な収集されたデータを中央データベースに照会して、安定性マップを確立する。確立された安定性マップは中央データベースに保存され、工作機械からアクセス可能となる。
【符号の説明】
【0045】
1 システム
10 工作機械
11 工作機械
12 工作機械
20 びびり振動予測ユニット
21 中央データベース