(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-20
(45)【発行日】2024-06-28
(54)【発明の名称】耐食性カーボンコーティング
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20240621BHJP
C23C 16/27 20060101ALI20240621BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20240621BHJP
【FI】
C23C14/06 N
C23C16/27
C23C14/06 F
C23C28/00 B
(21)【出願番号】P 2021535714
(86)(22)【出願日】2019-12-17
(86)【国際出願番号】 EP2019085617
(87)【国際公開番号】W WO2020127240
(87)【国際公開日】2020-06-25
【審査請求日】2022-07-19
(32)【優先日】2018-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】510302157
【氏名又は名称】ナノフィルム テクノロジーズ インターナショナル リミテッド
【氏名又は名称原語表記】Nanofilm Technologies International Limited
【住所又は居所原語表記】28 Ayer Rajah Crescent,#02-02/03,139959 Singapore SINGAPORE
(74)【代理人】
【識別番号】100182084
【氏名又は名称】中道 佳博
(72)【発明者】
【氏名】シ,シュ
(72)【発明者】
【氏名】タン,ジー
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2007/0181843(US,A1)
【文献】国際公開第2017/148582(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第106011855(CN,A)
【文献】特開2014-174459(JP,A)
【文献】特開2010-126419(JP,A)
【文献】特表2009-504919(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
C23C 16/27
C23C 28/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多層コーティングを有する金属製基材であって、順に:
i)金属製基材;
ii)シード層;
iii)CVD法を介して析出されたDLCを含むバリア層;および
iv)PVD法を介して析出されたta-Cを含む機能層
を含み、
該コーティングの全体の厚さが5μmまたはそれ以下であり、該基材が複数の交互のバリア層および機能層を含
み、そして
該バリア層のそれぞれが0.5μmまたはそれ以下の厚さを有する、基材。
【請求項2】
最大10個のバリア層および最大10個の機能層の交互の層を含む、請求項1に記載のコーティングされた基材。
【請求項3】
前記シード層ii)と前記バリア層iii)との間に中間層をさらに含む、請求項1または2に記載のコーティングされた基材。
【請求項4】
前記中間層がta-Cを含む、請求項3に記載のコーティングされた基材。
【請求項5】
前記基材内の全てのバリア層の総厚さが最大1.0μmである、請求項1から4のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項6】
前記機能層の厚さが0.1μmから3μmである、請求項1から
5のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項7】
前記シード層の厚さが0.05μmから2μmである、請求項1から
6のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項8】
前記機能層がFCVAによって析出される、請求項1から
7のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項9】
前記シード層が、Cr、W、Ti、NiCr、Siまたはそれらの混合物から形成される、請求項1から
8のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項10】
前記基材が鋼基材である、請求項1から
9のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項11】
前記基材が、ステンレス鋼、HSS、工具鋼または合金鋼を含む、請求項
10に記載のコーティングされた基材。
【請求項12】
前記基材が、Ti、Tiの合金、Al、またはAlの合金を含む、請求項1から
9のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項13】
少なくとも2つのバリア層および少なくとも2つの機能層を含む、請求項1から
12のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項14】
少なくとも3つのバリア層および少なくとも2つの機能層を含む、請求項1から
13のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項15】
順に:
i)鋼基材;
ii)0.05μmから2μmの厚さを有するシード層;
iii)CVD法により析出されたバリア層であって、DLCを含みかつ
0.5μmまたはそれ以下の厚さを有する、バリア層;および
iv)CVAによって析出されかつ0.1μmから3μmの厚さを有する、ta-Cを含む機能層;
を含み、
複数の交互のバリア層iii)および機能層iv)が存在する、請求項1に記載の基材。
【請求項16】
順に:
i)鋼基材;
ii)0.05μmから2μmの厚さを有するシード層;
iii)0.1μmから1.0μmの厚さを有する、ta-Cを含む中間層;
iv)CVD法により析出されたバリア層であって、DLCを含みかつ
0.5μmまたはそれ以下の厚さを有する、バリア層;および
v)CVAによって析出されかつ0.1μmから3μmの厚さを有する、ta-Cを含む機能層;
を含み、
複数の交互のバリア層iv)および機能層v)が存在する、請求項1に記載の基材。
【請求項17】
基材をコーティングする方法であって、
i)金属製基材を提供する工程;
ii)該基材上にシード層を析出させる工程;
iii)CVD法を介して
0.5μmまたはそれ以下の厚さを有するDLCの層を該基材上に析出させる工程;
iv)PVD法を介して該基材上にta-Cの層を析出させる工程;ならびに
v)工程iii)およびiv)を繰り返す工程;
を含む、方法。
【請求項18】
請求項1から
16のいずれかに記載のコーティングされた基材を作製するための、請求項
17に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改良された耐食性カーボンコーティングおよびそのようなコーティングを製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多種多様な析出技術が基材をコーティングするために使用される。代表的に、蒸着技術が、マイクロエレクトロニクスアプリケーションおよびヘビーデューティアプリケーションを含むさまざまなタイプのアプリケーションで薄膜析出層を形成するために使用される。このような析出技術は、2つの主要なカテゴリに分類できる。このような析出技術の最初のカテゴリは化学蒸着(CVD)として知られている。CVDは一般に、化学反応によって生じる析出プロセスを指す。CVDプロセスの一般的な例には、半導体Si層析出、エピタキシー、および熱酸化がある。
【0003】
析出の2番目のカテゴリは、一般に物理蒸着(PVD)として知られている。PVDは一般に、物理的プロセスの結果として生じる固形物質の析出を指す。PVDプロセスの根底にある主な概念は、析出された材料が直接物質移動を介して基材表面に物理的に移動することである。代表的には、化学反応はプロセス中に発生せず、析出層の厚さは、CVDプロセスとは対照的に化学反応速度に依存しない。
【0004】
スパッタリングは、基材上に化合物を析出させるための既知の物理蒸着技術であり、原子、イオン、または分子は、粒子衝撃によってターゲット材料(スパッタターゲットとも呼ばれる)から放出され、放出された原子または分子は、薄膜として基材表面に蓄積する。
【0005】
別の既知の物理蒸着技術は、陰極アーク蒸着(CVA)法である。この方法では、電気アークを使用して、カソードターゲットから材料を蒸発させる。その結果、得られる気化した材料が基材上で凝縮し、コーティングの薄膜を形成する。
【0006】
アモルファスカーボンは、結晶形を有さない遊離の反応性形態の炭素である。様々な形態のアモルファスカーボンが存在し、これらは、通常、当該膜の水素含有量および当該膜内の炭素原子のsp2:sp3比によって分類される。
【0007】
この分野における文献の例では、アモルファスカーボン膜は7つのカテゴリに分類される(Fraunhofer Institut Schich- und Oberflachentechnikの「Name Index of Carbon Coatings」から抜粋した以下の表を参照)。
【0008】
【0009】
四面体水素非含有アモルファスカーボン(ta-C)は、水素をほとんどまたはまったく含まず(5%モル未満、代表的には2%モル未満)、高含量のsp3混成炭素原子を含む(代表的には、炭素原子の80%より多くがsp3状態にある)という特徴がある。
【0010】
「ダイヤモンドライクカーボン」(DLC)という用語は、すべての形態のアモルファスカーボン材料を指すために使用されることがあるが、本明細書で使用される用語は、ta-C以外のアモルファスカーボン材料を指す。DLC製造の一般的な方法では、炭化水素(アセチレンなど)を使用するため、膜に水素を導入する(その原料が代表的には水素非含有高純度グラファイトである、ta-C膜とは対照的である)。
【0011】
言い換えれば、DLCは、代表的には、50%より多くのsp2炭素含有量および/または20%モルおよびそれを上回る水素含有量を有する。DLCは、ドープされていないか、あるいは金属または非金属でドープされたものであり得る(上記の表を参照)。
【0012】
四面体アモルファスカーボンコーティングは、高度の硬さおよび低摩擦係数を有し、かつ優れた耐摩耗性コーティングである。同時に、ta-Cは、過酷な環境(酸性またはアルカリ性条件など)で長期間安定性を維持できるため、防食アプリケーションの開発に幅広い展望を有する。しかし、PVDプロセスの小さな欠陥のため、基材の完全なカバーは達成されず、ta-C膜の小さな「ピンホール」により、下にある基材が腐食し易くなる。これは、例えば、非常に薄いコーティングに大きな(相対的に言えば)ダスト粒子が存在するために起こる。ピンホールはクリーンルームで減らすことができるが、完全に回避することができない。
【0013】
多くのアプリケーションでは、部品は、摩擦と摩耗の特性を維持しながら、鋼の強度と過酷な環境(酸、アルカリ、海水など)での長期使用との両方を備える必要がある。スマートフォンの製造業者は、スイミングプールの水に最大1週間浸してデバイスを試験することが知られている。これは厳しい試験であり、既知のコーティングはこの試験に非常に高い割合で失敗する。これとは別に、電極のコーティングには、腐食のない操作のためにピンホールが実質的にないことが必要であるが、この基準を満たすコーティングはほとんどない。
【0014】
現在、特定の種類のステンレス鋼(316Lなど)は優れた耐食性を備えているが、この材料の硬さは低く、そのため、高強度の構造部品には使用することができない。一方、高強度構造用鋼(40Crなど)は一般に錆びやすい。
【0015】
従来の表面処理プロセス(窒化、浸炭など)は、鋼に限られた耐食性を与える。また、プロセスの温度などの問題により、そのようなプロセスは精密部品の分野では使用することができない(脆性破壊などの問題が発生するためである)。さらに、特定のコーティングでは、電気化学反応(「小さなバッテリー効果」と呼ばれる)がコーティングと基材との間で発生し、コーティングおよび/または基材の腐食を引き起こす。最後に、一部のPVD析出コーティングは、耐食性があまり高くない。
【0016】
WO2009/151404は、CVA法を用いたコーティングとそれに続く厚いCVD層の適用を開示している。コーティングの耐食性については触れられていない。
【0017】
WO2009/151404は、CVA層の厚さがPVD(非CVA)層の厚さよりも厚い場合に、CVAおよびPVD(CVAではない)を使用してコーティングを適用することを開示している。この場合も、コーティングの耐食性については触れられていない。
【0018】
US2007/0181843は、基材の耐摩耗性を改善するために提供される材料の第1の層およびアモルファスダイヤモンド材料の第2の層でコーティングされた蛇口用の弁構成要素を記載している。EP1505322は、カーボンコーティングでコーティングされたスライド部材を記載している。カーボンコーティングは、その残りの部分よりも水素含有量が低い最も外側の表面部分を有する。これらの文書は両方とも、耐食性コーティングではなく耐摩耗性を低減するコーティングの提供に関する。
【0019】
したがって、薄くて耐食性のあるカーボンコーティングの必要性がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明の目的は、当該技術分野で特定された1つまたはそれ以上の問題に対処して、代替となり、好ましくは耐食性に関して改善を提供するコーティングを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本願の発明者は、CVDによって析出された第1の材料(例えば、DLC)およびFCVAによって析出された第2の材料(例えば、ta-C)の1つまたはそれ以上の層を有するカーボンコーティングが、良好な硬さおよび耐摩耗性を有し、かつCVA析出のみで形成された膜と比較して耐食性がより高いことを発見した。より一般的には、PVD析出層を含むコーティングの成分としてCVDを介して析出された層が、耐食性を備えるコーティングを提供することが見出されている。
【0022】
したがって、本発明は、多層コーティングを有する基材を提供し、これは、順に:
i)基材;
ii)シード層;
iii)CVD法を介して析出されたバリア層;および
iv)PVD法を介して析出された機能層;
を含む。
【0023】
適切に、そして実施例に示されるように、本発明は、多層コーティングを有する基材を提供し、これは、順に:
i)基材;
ii)シード層;
iii)CVD法を介して析出されたDLCを含むバリア層;および
iv)ta-Cを含む機能層;
を含む。
【0024】
同様に提供されるのは、基材用のコーティングであり、これは、順に:
i)シード層;
ii)CVD法を介して析出されたバリア層;および
iii)PVD法を介して析出された機能層;
を含む。
【0025】
適切には、コーティングは、
i)シード層;
ii)CVD法を介して析出されたDLCを含むバリア層;および
iii)ta-Cを含む機能層;
を含み得る。
【0026】
あるいは、コーティングは、
i)シード層;
ii)ta-Cを含む中間層;
iii)CVD法を介して析出されたDLCを含むバリア層;および
iv)ta-Cを含む機能層;
を含み得る。
【0027】
基材をコーティングする方法も提供され、これは、
i)基材を提供する工程;
ii)基材上にシード層を析出させる工程;
iii)CVD法を介して基材上に層を析出させる工程;および
iv)PVD法を介して層の基材上に析出させる工程;
を含む。
【0028】
本発明のコーティングは、CVD析出層およびPVD析出層の複数の交互の層(すなわち、交互のバリア層および機能層)を含み得る。CVD析出層は、下にある基材を腐食から保護するバリア層として作用する。
【0029】
したがって、本発明は、以下により詳細に記載される本発明の実施形態の試験によって示されるように、良好な硬さおよび耐摩耗性ならびに良好な耐食性を示すコーティングで基材をコーティングすることを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】
図1Aは、実施例2に記載された腐食試験後の非コーティング鋼基材(比較例)を示す。
図1Bは、実施例2に記載された腐食試験後のta-Cコーティング鋼基材(比較例)を示す。
図1Cは、実施例2に記載された腐食試験後の本発明のコーティングでコーティングされた鋼基材を示す。
図1Dは、実施例2に記載された腐食試験後のDLCコーティング鋼基材(比較例)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0031】
上記のように、本明細書で使用される「四面体アモルファスカーボン」(ta-C)という用語は、低水素含有量および低sp2炭素含有量を有するアモルファスカーボンを指す。
【0032】
ta-Cは、不規則なダイヤモンドに存在するものと同様に、強い結合によって連結された不規則sp3から構成されていると記載されている高密度アモルファス材料である(Neuville S,「New application perspective for tetrahedral amorphous carbon coatings」,QScience Connect 2014:8,http://dx.doi.org/10.5339/connect.2014.8を参照)。ta-Cは、ダイヤモンドと構造的に類似しているため、硬さの値が30GPaよりも大きいことが多い非常に硬い材料である。
【0033】
例えば、ta-Cは、10%未満、代表的には5%またはそれ以下、好ましくは2%またはそれ以下(例えば、1%またはそれ以下)の水素含有量を有し得る。ここで提供される水素のパーセンテージ含有量は、(質量による水素のパーセンテージではなく)モルパーセントを指す。ta-Cは、30%未満、代表的には20%またはそれ以下、好ましくは15%またはそれ以下のsp2炭素含有量を有し得る。好ましくは、ta-Cは、2%またはそれ以下の水素含有量および15%またはそれ以下のsp2炭素含有量を有し得る。ta-Cは、他の材料(金属または非金属のいずれも)でドープされていないことが好ましい。
【0034】
対照的に、本明細書で使用される「ダイヤモンドライクカーボン」(DLC)という用語は、ta-C以外のアモルファスカーボンを指す。したがって、DLCは、ta-Cよりも、より大きな水素含有量およびより大きなsp2炭素含有量を有する。例えば、DLCは、20%またはそれ以上、代表的には25%またはそれ以上、例えば30%またはそれ以上の水素含有量を有し得る。ここで提供される水素のパーセンテージ含有量は、(質量による水素のパーセンテージではなく)モルパーセントを指す。DLCは、50%またはそれ以上、代表的には60%またはそれ以上のsp2炭素含有量を有し得る。代表的には、DLCは、20%より大きい水素含有量および50%より大きいsp2炭素含有量を有し得る。DLCは、ドープされていないか、または金属および/または非金属でドープされていてもよい。
【0035】
本発明は、硬くかつ高い耐摩耗性を有し、そして1つまたはそれ以上の中間のCVD析出層の結果として良好な耐食性を有する、PVD法を介して析出されたコーティング、例えば、FCVAを介して析出されたta-Cコーティングを有利に提供する。
【0036】
したがって、本発明は、多層コーティングを有する基材を提供し、これは、順に:
i)基材;
ii)シード層;
iii)CVD法を介して析出されたバリア層;および
iv)PVD法を介して析出された機能層;
を含む。
【0037】
基材材料の選択肢は幅広く、幅広い材料で作られた多くの基材をコーティングすることができる。基材は通常金属製であり、一般に金属または合金であるか、またはそれらを含む。鋼は、適切な基材(例えば、鋼、ステンレス鋼、HSS、工具鋼および合金鋼)である。Tiまたはその合金、Alまたはその合金、Al2O3、ZrO2、Si3N4、SiCなどのセラミック、およびPEEK、POM、LCP、ABS、PCなどのプラスチックもまた適切な基材である。物品は一般に基材で作製されており、次に本発明のコーティングが付与/析出されている。
【0038】
機能層(PVD法を介して析出される)は、好ましくは、ta-Cを含むか、またはta-Cからなる。代表的には、コーティングの最上層(すなわち、基材から最も離れた層)は、最終的なコーティングにta-Cの性能を与えるために、ta-Cを含む層である。好ましくは、ta-Cを含む機能層は、ta-Cからなる。
【0039】
各機能層の厚さは、通常、0.1μmから3μm、例えば、0.2μmから2μm、好ましくは0.5μmから1μmである。機能層(例えば、ta-Cを含むもの)は、好ましくは、FCVAを介して析出される。
【0040】
バリア層は、通常、DLCを含むか、またはDLCからなり、シード層と1つまたは複数のPVD析出(例:ta-C含有)層との間、および必要に応じて隣接するPVD析出(例:ta-C含有)層の間にも配置される。バリア層は、好ましくはDLCからなる。バリア層は、化学蒸着技術を介して析出される。このような技術の例には、プラズマ強化CVDおよびホットフィラメントCVDが含まれる。このような技術は当業者によく知られている。
【0041】
CVDによる析出は、生成されたコーティングのギャップをより少なくし、この層は、基材の上で成長し、ピンホールを回避することがわかっている。CVDは、コーティングされる材料を良好にカバーし、よって、腐食の原因となる物質(例えば、酸)に対するバリアとして作用する。PVD析出層のピンホールは、CVD析出層で塞がれ得る。
【0042】
バリア層がDLCを含むか、またはDLCからなる場合、DLCは代表的には、ドープされない限り導電性ではない。したがって、オプションは、コーティングの導電率を高めるために、DLCを金属ドープすることである。これは、コーティングの最終用途に依存する。
【0043】
コーティングされた基材は、複数の交互のバリア層および機能層を含み得る。これらは一般に、バリア/機能/バリア/機能などとして順番に析出され、最上層は硬い機能層である。それぞれが少なくとも2つ、または少なくとも3つ、または少なくとも5つ存在し得る。複数のさらなる層の追加は、常に耐食性を大幅に増大させるとは限らず、適切には、コーティングされた基材は、最大10個のバリア層と最大10個の機能層の交互の層を含む。
【0044】
コーティングが単一のバリア層を含む場合、バリア層の厚さは、最大5μm、好ましくは最大2μm、そして一般に1μmまたはそれ以下、あるいは0.05μmから0.5μm、例えば0.07μmから0.4μm、あるいは0.1μmから0.3μmまでであり得る。
【0045】
あるいは、コーティングが複数のバリア層を含む場合、各バリア層の厚さは、上記と比較して減じられてもよく、適切には1μmまたはそれ以下、好ましくは0.5μmまたはそれ以下、例えば100nmまたはそれ以下、20nmまたはそれ以下、10nmまたはそれ以下、5nmまたはそれ以下、あるいは3nmまたはそれ以下である。
【0046】
したがって、コーティング内のすべてのバリア層の総厚さは、最大5μm、好ましくは最大2μm、一般に1μmまたはそれ以下、あるいは0.05μmから0.5μm、例えば0.07μmから0.4μm、または0.1μmから0.3μmであり得る。
【0047】
この厚さのバリア層は、層状コーティングに十分な耐食性を与えるのに十分な厚さであるが、コーティングの全体的な硬さおよび/または耐摩耗性および/または導電性(これらの特性は他のもの(例えば、機能層)によってコーティングに与えられる)に大きな影響を与えない。したがって、比較的厚い機能性PVD析出層のピンホールは、機能層の特性に悪影響を与えることなく、比較的薄いCVD析出層で塞がれ得る。
【0048】
下にある基材へのバリア層の接着を促進するために、1つまたはそれ以上のシード層が含まれる。したがって、シード層の性質は、基材の性質に依存する。基材が金属製である場合、シード層は、好ましくは、Cr、W、Ti、NiCr、Si、またはそれらの混合物、あるいはこれらの金属と炭素または窒素との組み合わせを含む。基材が鋼基材の場合、シード層に好ましい材料の例は、NiCrおよび/またはTiである。シード層の総厚さは、代表的には0.05μmより大きいかまたは0.3μmより大きく、多くの場合、2μm未満または1.5μm未満である。したがって、1つまたは複数のシード層に適した厚さの範囲は、0.05μmから2μm、例えば、0.1μmから1μm、好ましくは0.2μmから0.5μmを含む。
【0049】
コーティングはまた、シード層とバリア層との間に中間層を含み得る。中間層の目的は、シード層とバリア層の間の接着を改善することである。中間層は、ta-Cを含むか、またはta-Cからなり得、そして0.1μmまたはそれ以上、あるいは0.2μmまたはそれ以上の厚さを有し得る。厚さは一般に最大1.5μm、例えば最大1.0μmまたは最大0.5μmである。中間層がta-Cを含むかまたはta-Cからなる場合、中間層は、陰極真空アーク析出プロセス(例えば、FCVAプロセス)などのPVDプロセスを介して析出され得る。
【0050】
コーティングの全体的な厚さ(例えば、存在するシード層およびすべてのバリア層およびta-C含有層を含む)は、代表的には10μmまたはそれ以下、好ましくは5μmまたはそれ以下、例えば3μmまたはそれ以下または2μmまたはそれ以下である。
【0051】
本発明の目的は、多くのアプリケーションのために硬質コーティングを提供することである。本発明のコーティングされた基材は、好ましくは、少なくとも1000HV、より好ましくは1500HVまたはそれ以上、または2000HVまたはそれ以上の硬さを有するコーティングを有する。硬さが約2300HVのコーティングを含め、これらの範囲内の広範な硬さ測定値を有するコーティングが作製された(以下の実施例を参照)。さまざまな最終末端アプリケーションでは、時にユーザーの選択に応じて、さまざまな硬さが適切であり得る。
【0052】
従来のCVDおよびPVD法、特にCVAおよびFCVAプロセスは公知であり、広範囲の基材に使用されており、本発明の方法は、同様に広範囲の基材のコーティングに適している。導電性および非導電性の両方の固体が一般的に適切であり、そしてコーティングの接着性および強度を改善し、かつ表面をコーティングしやすくするためにシード層および接着層を使用することができる。金属、合金、セラミック、およびそれらの混合物で作製された基材がコーティングされ得る。代表的には、基材は、鋼などの腐食しやすい基材である。
【0053】
本発明のコーティングは多層化することができ、それぞれの層は、CVD、PVD、マグネトロンスパッタリングおよびマルチアークイオンプレーティングを含む一連の公知および従来の析出技術を使用して独立して析出され得る。スパッタリングは、特にシード層にとって適した方法の1つである。PVDは、ta-C含有層に適切に使用される(例えば、CVA)。CVAプロセスは、代表的には、フィルタード陰極真空アーク(FCVA)プロセスであり、例えば、以下に説明する通りである。FCVAコーティングのための装置および方法は公知であり、本発明の方法の一部として使用することができる。FCVAコーティング装置は、代表的には、真空チャンバー、アノード、ターゲットからプラズマを発生させるためのカソードアセンブリ、および基材を所与の電圧にバイアスするための電源を備える。FCVAの性質は従来のものであり、本発明の一部ではない。
【0054】
CVDプロセスは、析出される材料にイオン源(エンドホールイオン源、カウフマンイオン源、アノード層源、ホットフィラメントイオン源、およびホローカソードイオン源を含む)を利用し得る。あるいは、コーティング材料は、次いで電源(例えば、DC電源、パルスDC電源、またはRF電源)を使用して充電/イオン化されるガスとして提供され得る。
【0055】
多層コーティングを有する鋼基材の例は、順に:
i)鋼基材;
ii)0.05μmから2μmの厚さを有するシード層;
iii)CVD法により析出されたバリア層であって、DLCを含みかつ10nmまたはそれ以下の厚さを有する、バリア層;および
iv)CVAによって析出され、0.1μmから3μmの厚さを有する、ta-Cを含む層;
を含む。
【0056】
多層コーティングを有する鋼基材のさらなる例は、順に:
i)鋼基材;
ii)0.05μmから2μmの厚さを有するシード層;
iii)CVD法により析出されたバリア層であって、DLCを含みかつ2μmまたはそれ以下の厚さを有する、バリア層;および
iv)CVAによって析出されかつ0.1μmから3μmの厚さを有する、ta-Cを含む層;
を含む。
【0057】
多層コーティングを有する鋼基材のさらに別の例は、順に:
i)鋼基材;
ii)0.05μmから2μmの厚さを有するシード層;
iii)0.1μmから1.0μmの厚さを有する、ta-Cを含む中間層;
iv)CVD法により析出されたバリア層であって、DLCを含みかつ2μmまたはそれ以下の厚さを有する、バリア層;および
v)CVAによって析出されかつ0.1μmから3μmの厚さを有する、ta-Cを含む層;
を含む。
【0058】
硬さは、ビッカース硬さ試験(1921年にビッカース社のRobert L. SmithおよびGeorge E. Sandlandによって開発された;標準試験についてはASTM E384-17も参照)を使用して適切に測定される。これは、すべての金属に使用でき、硬さ試験の中で最も広いスケールの1つを有する。試験により得られる硬さの単位はビッカースピラミッド数(HV)として知られており、パスカルの単位(GPa)に変換され得る。硬さの数値は、特定荷重によって試験される押し込みの表面積によって決定される。例として、マルテンサイト(硬い形の鋼)は約1000のHVを有し、ダイヤモンドは約10,000HV(約98GPa)のHVを有し得る。ダイヤモンドの硬さは、正確な結晶構造および配向にしたがって異なり得るが、約90から100GPaを超える硬さが一般的である。
【0059】
本発明は、有利には、高度の硬さおよび耐摩耗性のta-Cベースのコーティングを提供する。公知のta-Cコーティングと比較して、本発明のコーティングは、1つまたは複数のDLCバリア層の存在により、耐食性が改善されている。
【実施例】
【0060】
(実施例1)
本発明による耐食性フィルムを作製するためのプロトコルを以下に提供する:
a.高速度鋼(HSS)基材を、洗剤を使用した超音波洗浄によるコーティングのため、まず調製する。次に、この基材を、(真空業界で使用される標準的な洗浄プロセスに従って)脱イオン水ですすぎ、次いで乾燥させる。
b.洗浄されたHSS基材を、スパッタリング、CVD、およびFCVAターゲット/ソースを有する真空チャンバー内に配置する。
c.チャンバーをポンプダウンして圧力を1×10-5Torr(0.00133Pa)未満に下げ、そして150℃と200℃との間に加熱する。
d.基材の表面を活性化して接着を促進するために、チャンバー内でイオン洗浄を行う。
e.シード層の析出:スパッタリング、100℃~150℃、NiCrターゲット、層厚さ=1.0μm。
f.バリア層の析出:プラズマ支援CVD、C2H2(流速=100sccm)およびAr(流速=200sccm)、バイアス電圧=600V、バイアス電流=8A、バイアスデューティサイクル=50%;層の厚さ=0.2μm。
g.機能層析出:FCVA、<100℃、固体グラファイトターゲット、コーティング厚=1.3μm。
【0061】
スパッタリング、CVDおよびFCVAのターゲットおよびソースはよく知られており、市販されている。
【0062】
(実施例2-耐食性試験)
塩水噴霧試験を使用して、コーティングなしの基材およびDLCでコーティングされた基材と比較した本発明のコーティング(実施例1で製造されたもの)の耐食性を測定した。
【0063】
試験材料:
a.コーティングなしの高速度鋼W6Mo5Cr4V2基材(表面処理なし)。硬さ=746.9HV
b.ta-Cコーティング高速度鋼W6Mo5Cr4V2。コーティングの厚さ=2.3μm。硬さ=2212HV。コーティングは、バリア層析出ステップ(f)を省略して、実施例1の方法に従って調製した。
c.本発明のta-Cコーティングでコーティングされた高速度鋼W6Mo5Cr4V2(実施例1を参照)。コーティングの厚さ=2.5μm。硬さ=2317HV
d.DLCのみでコーティングされた高速度鋼W6Mo5Cr4V2基材。コーティングの厚さ=2.5μm。硬さ=1540HV。
【0064】
塩水噴霧条件:
・塩溶液濃度:(5±1)%NaCl
・pH=6.5~7.2
・塩水噴霧の沈降速度:(1~2mL)/80cm2;
・塩水噴霧ボックス内の温度:35±2℃;
・10分ごとに1分間噴霧する。
【0065】
結果:
a)コーティングなし-10分後、表面に明らかな錆あり(
図1Aを参照)
b)ta-Cコーティング-18時間後に目に見える、消去可能な錆あり(
図1Bを参照)。スクラッチ試験に供したとき、このコーティングは38.66Nの臨界荷重を示した。
c)本発明-100時間後、明らかな錆なし(
図1Cを参照)。スクラッチ試験に供したとき、このコーティングは30.60Nの臨界荷重を示した。
d)DLCコーティング-100時間後、明らかな錆なし(
図1Dを参照)。スクラッチ試験に供したとき、このコーティングは20.22Nの臨界荷重を示した。
【0066】
コーティングの耐摩耗性の指標として、以下の条件で、試験材料b)、c)およびd)に対してテーバー摩耗試験を実施した:
・機器:テーバーリニアアブレイザーTLA 5700
・アブラダント:CS-17Wearaser(登録商標)
・テスト荷重:1kg重
・サイクル速度:60サイクル/分
・ストローク長:15mm
【0067】
b)およびc)の試験材料では、テーバー試験を30,000サイクル行った後、いずれにも目に見える引っかき傷は見られなかった。しかしながら、試験材料d)では、テーバー試験のわずか5000サイクル後に、目に見える引っかき傷が見られた。
【0068】
したがって、本発明のコーティングは、コーティングなしの基材およびDLCのみでコーティングされた基材と比較して、改善された耐食性を示す。本発明のコーティングはまた、ta-Cのみでコーティングされた基材と同等の硬さおよび耐摩耗性を有し、DLCのみでコーティングされた基材と比較して優れた硬さおよび耐摩耗性を有する。
【0069】
(実施例3-さらなるプロトコル)
高速度鋼基材を本発明のコーティングでコーティングするためのプロトコルを以下に説明する。
【0070】
ステップ1:まず、工業用洗浄剤および超音波洗浄を使用して基材を洗浄し、純水ですすぎ、次いで乾燥させる。このような洗浄プロセスは、真空コーティング業界で一般的に使用されており、そしてコーティング前に基材表面の油汚れおよび塵を除去するために実施される。
【0071】
ステップ2:基材をコーティングチャンバーに載置して固定し、チャンバーを130℃の温度に加熱し、1.0×10-3Paから4.0×10-3Paの圧力に減圧する。
【0072】
ステップ3:コーティングのために基材表面を活性化するためにプラズマ洗浄を行う(例えば、イオン洗浄を使用、例えば、中国特許出願第201621474910.4号に記載されているような線形イオン源装置を用いる)。
【0073】
ステップ4:シード層を、マグネトロンスパッタリングプロセスを介して活性化された基材上にコーティングする。負のバイアスパルス(150V~600V)を基材に印加し、そして150sccmから300sccmのアルゴンの作業圧力を使用する。シード層は、NiCr、Ti、Si、Cr、W、またはこれらの金属と炭素または窒素の組み合わせから形成され得る。シード層の厚さは0.3μmから1.5μmまでであり得る。
【0074】
ステップ5:必要に応じて、ta-C中間層をシード層の上に析出させる。ta-Cを、グラファイトターゲットを使用し、そして基材に500Vから2000Vの負のパルスバイアスを印加することにより、FCVAプロセス(例えば、中国特許出願第201621474910.4号に記載されている)を使用して析出させる。このta-C層の厚さは、代表的には0.2μmから1.5μmである。
【0075】
ステップ6:DLC層をシード層上(ステップ5でta-C中間層を析出しない場合)またはta-C層の上に(ステップ5でta-C中間層を析出させる場合)付与する。DLCを、アルゴンおよび炭素源ガス(メタン、アセチレン、エタン、または他の炭化水素ガスなど)を使用するプラズマ支援化学蒸着プロセスによって析出させる。析出は、300Vから800Vのパルス負の基材バイアスで0.4Paから2Paのチャンバー圧力で行う。この層の厚さは代表的には0.5μmより大きい。
【0076】
ステップ7:最後に、ta-C層を析出させる。ta-Cを、グラファイトターゲットを使用し、そして基材に500Vから2000Vの負のパルスバイアスを印加することにより、FCVAプロセス(例えば、中国特許出願第201621474910.4号に記載されている)を使用して析出させる。このta-C層の厚さは、代表的には0.4μmから1.0μmである。
【0077】
(実施例4-さらなるコーティング)
本発明のさらなるコーティングされた基材を、実施例3に記載されたプロトコルを使用して、以下の構造で調製した。
【0078】
コーティング4A:
・高速度鋼基材
・NiCr(1.0μm)
・Ti(0.2μm)
・ta-C(1.0μm)
・DLC(1.0μm)
・ta-C(0.5μm)
【0079】
全体のコーティング厚さは3.7μmである。
【0080】
コーティング4B:
・高速度鋼基材
・NiCr(1.0μm)
・Ti(0.2μm)
・ta-C(0.4μm)
・DLC(1.0μm)
・ta-C(1.0μm)
【0081】
全体のコーティング厚さは3.6μmである。
【0082】
コーティング4C:
・高速度鋼基材
・NiCr(1.0μm)
・Ti(0.2μm)
・ta-C(0.5μm)
・DLC(0.2μm)
・ta-C(0.5μm)
・DLC(0.2μm)
・ta-C(0.5μm)
【0083】
全体のコーティング厚さは3.1μmである。