(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-20
(45)【発行日】2024-06-28
(54)【発明の名称】生産効率を向上させる線毛無し大腸菌の構築及び使用
(51)【国際特許分類】
C12P 1/04 20060101AFI20240621BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20240621BHJP
C12P 7/62 20220101ALI20240621BHJP
C12P 13/08 20060101ALI20240621BHJP
C12N 1/20 20060101ALN20240621BHJP
【FI】
C12P1/04 Z
C12N1/21
C12P7/62
C12P13/08 C
C12N1/20 A
(21)【出願番号】P 2022575251
(86)(22)【出願日】2021-07-27
(86)【国際出願番号】 CN2021108590
(87)【国際公開番号】W WO2022151700
(87)【国際公開日】2022-07-21
【審査請求日】2023-02-02
(31)【優先権主張番号】202110053059.7
(32)【優先日】2021-01-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】514262886
【氏名又は名称】江南大学
【氏名又は名称原語表記】JIANGNAN UNIVERSITY
【住所又は居所原語表記】No. 1800 Lihu Avenue, Bin Hu District, Wuxi, Jiangsu, China
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】王小元
(72)【発明者】
【氏名】喬君
(72)【発明者】
【氏名】檀▲しん▼
(72)【発明者】
【氏名】任鴻宇
(72)【発明者】
【氏名】呉錚
(72)【発明者】
【氏名】胡暁清
(72)【発明者】
【氏名】李▲いぇ▼
【審査官】上條 のぶよ
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第110669709(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第109576198(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第110055205(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第109852572(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第101392231(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第102212501(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104862329(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/04
C12N 1/21
C12P 7/62
C12P 13/08
C12N 1/20
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
大腸菌ゲノムにおける線毛遺伝子群をノックアウトすることを含む、大腸菌の増殖を促進し且つその発酵生成物の収量を増加する方法であって、前記線毛遺伝子群は、
yagV-Z、gltF-yhcF、fimA-H、sfmA-F、ycbQ-F、ydeQ-T、yraH-K、yadC-N、yehA-D、ybgO-D、yfcO-V及
びygiL-I
であるか、又は
yagV-Z、gltF-yhcF、sfmA-F、ycbQ-F、ydeQ-T、yraH-K、yadC-N、yehA-D、ybgO-D、yfcO-V若しくはygiL-Iのいずれか1組の線毛遺伝子群であり、
前記線毛遺伝子群をノックアウトされていない大腸菌と比べ、前記線毛遺伝子群をノックアウトされた大腸菌は、アミノ酸欠乏の環境下での増殖が促進され、発酵生成物の収量が増加する、ことを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記線毛遺伝子群は、64個の遺伝子を含み、前記64個の遺伝子は、順に、yagV、yagW、yagX、yagY、yagZ、gltF、yhcA、yhcD、yhcE、yhcF、fimA、fimI、fimC、fimD、fimF、fimG、fimH、sfmA、sfmC、sfmD、sfmH、sfmF、ycbQ、ycbR、ycbS、ycbT、ycbU、ycbV、ycbF、ydeQ、ydeR、ydeS、ydeT、yraH、yraI、yraJ、yraK、yadC、yadK、yadL、yadM、htrE、yadV、yadN、yehA、yehB、yehC、yehD、ybgO、ybgP、ybgQ、ybgD、yfcO、yfcP、yfcQ、yfcR、yfcS、yfcT、yfcU、yfcV、ygiL、yqiG、yqiH、yqiIであり、それらの配列に対するNCBIアクセッション番号は、順に946631、947349、947606、948806、948759、947746、947741、947738、4056032、947735、948838、948841、948843、948844、948845、948846、948847、945522、945367、945160、945407、944977、948306、946773、946934、947185、945561、945562、945559、946050、946049、946047、946042、947658、947657、947656、947654、944837、944835、944829、944828、944819、944859、944841、946642、946617、946621、946619、947550、945110、946537、945325、946620、946788、946779、946818、946418、1450268、1450268、949109、947522、947529、947531、947535であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記大腸菌は、大腸菌MG1655であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載の方法により構築される、組み換え大腸菌。
【請求項5】
プラスミドpBHR68又はプラスミドpFW01-thrA*BC-rhtCをさらに含むことを特徴とする、請求項4に記載の組み換え大腸菌。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の組み換え大腸菌の、アミノ酸欠乏の環境下での代謝物合成における使用。
【請求項7】
請求項5に記載の組み換え大腸菌を用いてアミノ酸欠乏の環境下で発酵させることを特徴とする、PHBの発酵生産方法。
【請求項8】
前記アミノ酸欠乏の環境は、菌株によりPHBを生産するための発酵培地であり、前記発酵培地の組成は、グルコース 15~20g/L、Na
2HPO
4・12H
2O 15-20g/L、KH
2PO
4 1-8g/L、NH
4Cl 1-8g/L、NaCl 0.2-0.8g/L、MgSO
4 0.1-0.5g/L及びCaCl
2 0.01-0.05g/Lを含むことを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
請求項5に記載の組み換え大腸菌を用いてアミノ酸欠乏の環境下で発酵させることを特徴とする、L-トレオニンを発酵生産する方法。
【請求項10】
請求項1から3のいずれか一項に記載の方法又は請求項4若しくは5に記載の組み換え大腸菌の、発
酵における使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生産効率を向上させる線毛無し大腸菌の構築及び使用に関し、遺伝子工学及び発酵工学の分野に属する。
【背景技術】
【0002】
細菌の線毛は、細胞上に現れる大きくて長く、薄い超分子タンパク質の付属物であり、バイオフィルムの形成、走化性、接着、膜を介したDNA移動を担っている。また、線毛も、細菌バイオフィルムの重要な構成要素であり、産業活動に対するさまざまな悪影響がある。例えば、製品の腐敗や汚染のリスクを増加させること、酷い感染を引き起こすこと、休眠細胞を形成して抗生物質の薬剤耐性を増加させること、細菌のエネルギーや基質を消費させること、栄養物質の拡散を阻害すること、バイオファウリングの形成、熱伝達の低減、腐食の増加、発酵装置の使用寿命の短縮などが挙げられる。
【0003】
ポリヒドロキシアルカノエート(PHAs)は、様々なヒドロキシアシル補酵素aを基質として合成され、不溶性の球状封入体又はPHA粒子として細胞内に保持される。一般的に、PHAsは、炭素当量を減らして余分な炭素を蓄える上で重要な役割を担っており、それにより、飢餓時のストレスに対する細胞の抵抗力を向上させることができると考えらえる。PHAsは、生分解性、生体適合性、ガスバリア性、圧電性、非線形光学活性など、官能基に起因する特殊な特性を有しており、このPHAsの特性により、生分解性プラスチック、組織工学用足場、及びその他多くの潜在的な用途に使用される。ポリ-3-ヒドロキシブチレート(PHB)は、PHAの一種であり、大腸菌はPHBの工業生産によく用いられる。L-スレオニンは、人体に必須な栄養アミノ酸で、タンパク質合成の重要な構成要素である。人間の食品、化粧品、医薬品、動物飼料及び健康食品に広く用いられている。
【0004】
大腸菌によるPHB及びL-スレオニンの合成においては、生成物と細胞の増殖とのバランスを取ることがポイントになる。詳しくは、細胞を良好に増殖させると同時に、その合成経路の代謝の流れを強化し、さらに生成物の合成経路の発現量を制御して収量を上げる。既存の報告では、主に、発酵条件の最適化、代謝経路の最適化、細胞内の補酵素濃度の増加、及び発現プラスミドの最適化などによりPHB合成を向上させており、L-スレオニンの効率的合成は、脂肪酸遮断、リン酸転移酵素系、基質再分配などの代謝経路の修飾に焦点を当てている。PHB及びL-スレオニンの合成基質であるアセチルコエンザイムA及びオキサロ酢酸は、それぞれ解糖系及びクエン酸回路から得られるため、PHB及びL-スレオニンを大量に生産すると、大量の炭素源を消費して菌の増殖に重大な影響を与える。このため、PHBの生収量の増加は、工業上の生産需要を満足することができず、L-スレオニンの発酵成長が遅くなる。したがって、菌株の増殖を促進させ、PHB及びL-スレオニンの合成を向上させる新たな方法を提供することは、PHB及びL-スレオニンの合成をさらに向上させるために非常に重要である。
【発明の概要】
【0005】
本発明は、上記の技術的課題を解決するために、大腸菌から大腸菌ゲノムにおける線毛遺伝子群の64個の遺伝子をノックアウトして突然変異菌WQM026を得ることを提供する。WQM026菌株は、栄養不足(M9)培地での増殖が速くなり、菌体の総量が増加した。続いて、PHB及びL-スレオニンの合成に関連する遺伝子をそれぞれコンパクト化した後の菌株WQM026に形質転換して得られた組み換え菌WQM026/pBHR68及びWQM026/pFW01-thrA*BC-rhtCは、PHB及びスレオニンを効率的に合成できる。
【0006】
本発明の第1の目的は、大腸菌の増殖を促進し且つその発酵生成物の収量を増加する方法を提供することであって、当該方法は、大腸菌ゲノムにおける線毛遺伝子群をノックアウトすることを含み、前記線毛遺伝子群は、yagV-Z、gltF-yhcF、fimA-H、sfmA-F、ycbQ-F、ydeQ-T、yraH-K、yadC-N、yehA-D、ybgO-D、yfcO-V及び/又はygiL-Iであることを特徴とする。
【0007】
本発明の一実施形態において、前記線毛遺伝子群は、64個の遺伝子を含み、前記64個の遺伝子は、順に、yagV、yagW、yagX、yagY、yagZ、gltF、yhcA、yhcD、yhcE、yhcF、fimA、fimI、fimC、fimD、fimF、fimG、fimH、sfmA、sfmC、sfmD、sfmH、sfmF、ycbQ、ycbR、ycbS、ycbT、ycbU、ycbV、ycbF、ydeQ、ydeR、ydeS、ydeT、yraH、yraI、yraJ、yraK、yadC、yadK、yadL、yadM、htrE、yadV、yadN、yehA、yehB、yehC、yehD、ybgO、ybgP、ybgQ、ybgD、yfcO、yfcP、yfcQ、yfcR、yfcS、yfcT、yfcU、yfcV、ygiL、yqiG、yqiH、yqiIであり、それらの配列のNCBIアクセッション番号は、順に946631、947349、947606、948806、948759、947746、947741、947738、4056032、947735、948838、948841、948843、948844、948845、948846、948847、945522、945367、945160、945407、944977、948306、946773、946934、947185、945561、945562、945559、946050、946049、946047、946042、947658、947657、947656、947654、944837、944835、944829、944828、944819、944859、944841、946642、946617、946621、946619、947550、945110、946537、945325、946620、946788、946779、946818、946418、1450268、1450268、949109、947522、947529、947531、947535である。
【0008】
本発明の一実施形態において、前記大腸菌は、大腸菌MG1655である。
【0009】
本発明の第2の目的は、前記のいずれか一つの方法により構築して得られる組み換え大腸菌を提供することである。
【0010】
本発明の一実施形態において、前記組み換え大腸菌は、プラスミドpBHR68又はプラスミドpFW01-thrA*BC-rhtCをさらに含む。
【0011】
本発明の第3の目的は、前記組み換え大腸菌の、不利な環境における使用を提供することである。
【0012】
本発明の一実施形態において、前記不利な環境は、アミノ酸欠乏のM9培地であり、前記培地の組成は、グルコース 4g/L、Na2HPO4・12H2O 17.1g/L、KH2PO4 4g/L、NH4Cl 3g/L、NaCl 0.5g/L、MgSO4 0.24g/L及びCaCl2 0.011g/Lを含む。
【0013】
本発明の第4の目的は、前記組み換え大腸菌の、アミノ酸欠乏の環境下での代謝物合成における使用を提供することである。
【0014】
本発明の一実施形態において、前記のプラスミドpBHR68を含む組み換え大腸菌は、アミノ酸欠乏の環境下でPHBを生産する。
【0015】
本発明の一実施形態において、前記組み換え大腸菌がPHBを生産する方法は以下の通りである。詳しくは、菌株をLBプレート上で10-15時間活性化培養し、培地に接種して、35-38℃、150-250rpmという条件で置いて5-10時間培養し、種菌液を得、発酵培地に5%(v/v)との接種量で接種して、35-38℃、150-250rpmという条件で置いて40-50時間培養した。
【0016】
本発明の一実施形態において、前記のPHBを生産する発酵培地の組成は、グルコース 15~20g/L、Na2HPO4・12H2O 15-20g/L、KH2PO4 1-8g/L、NH4Cl 1-8g/L、NaCl 0.2-0.8g/L、MgSO4 0.1-0.5g/L及びCaCl2 0.01-0.05g/Lを含む。
【0017】
本発明の一実施形態において、前記のプラスミドpFW01-thrA*BC-rhtCを含む組み換え大腸菌は、アミノ酸欠乏の環境下でL-スレオニンを生産する。
【0018】
本発明の一実施形態において、前記組み換え大腸菌がL-スレオニンを生産する方法は、以下の通りである。詳しくは、菌株をLBプレート上で10-15時間活性化培養し、培地に接種し、35-38℃、150-250rpmという条件に置いて5-10時間培養し、種菌液を得、発酵培地に10%(v/v)との接種量で接種し、35-38℃、150-250rpmという条件で置いて30-40時間培養した。
【0019】
本発明の一実施形態において、前記のL-スレオニンを生産する発酵培地の組成は、酵母粉末末 1-5g/L、クエン酸 1-5g/L、(NH4)2SO4 20-30g/L、KH2PO4 5-10g/L、グルコース 25-35g/L、MgSO4・7H2O 1-5g/L、FeSO4・7H2O 2-8mg/L、MnSO4・4H2O 2-8mg/L及びCaCO3 15-25g/Lを含む。
【0020】
本発明はさらに、前記大腸菌の増殖を促進し且つその発酵生成物の収量を有効的に増加する方法、又は、前記組み換え大腸菌の発酵、薬剤調製、材料若しくは環境保護の分野における使用を提供する。
【0021】
[有利な効果]
本発明は、大腸菌から大腸菌ゲノムにおける線毛遺伝子群の64個の遺伝子をノックアウトして突然変異菌WQM026を得る。WQM026菌株は、栄養不足(M9)培地での増殖が速くなり、菌体の総量が増加した。続いて、PHB及びL-スレオニンの合成に関連する遺伝子をそれぞれコンパクト化菌株WQM026に形質転換し、得られた組み換え菌WQM026/pBHR68及びWQM026/pFW01-thrA*BC-rhtCは、それぞれ、PHB及びスレオニンを効率的に合成できる。合成されたPHBは、細胞の乾燥重量の87.87%を占め、野生型の対照菌MG1655/pBHR68の3.44倍である。L-スレオニンの収量は、2.49g/Lであり、MG1655/pFW01-thrA*BC-rhtCの3.66倍である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】細菌線毛の合成及び組み立てに関わる遺伝子群である。
【
図2】各細菌線毛の遺伝子群をノックアウトしてLB及びM9培地での増殖を促進する増殖曲線である。
【
図3】線毛の遺伝子群を単独でノックアウトしたPHB合成菌株がM9G培地中でPHBを合成する様子の顕微鏡検査である。
【
図4】線毛の遺伝子群を単独でノックアウトしたPHB合成菌株がLBG培地中でPHBを合成する様子の顕微鏡検査である。
【
図5】線毛欠失の大腸菌の突然変異株WQM026に対する特性分析である。
【
図6】WQM026の、PHB及びL-スレオニンの生産における使用である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
(1)遺伝子のノックアウト方法
CRISPR/Cas9ノックアウトシステムを用いて大腸菌の遺伝子を跡形もなくノックアウトする。まず、大腸菌(Escherichia coli str. K-12 substr. MG1655)においてpCasを電気的に形質転換し、L-アラビノースで誘導して組換え酵素Gam、Bet、Exoを発現させた。その後、ホモロジーアームフラグメント、及び、特定のN20配列含有pTargetFプラスミドをMG1655/Cas9コンピテント細胞において同時に電気的に形質転換した。カナマイシン及びスペクチノマイシンに対する二重耐性のプレートに塗布し、30℃で18時間培養した後、コロニーPCRにより突然変異した菌株をスクリーニングした。
【0024】
突然変異した菌株が得られた後、培地において、イソプロピル-β-D-チオガラクトシド(IPTG)を添加してpCasの転写を誘導してsgRNA-pMB1を形成し、Cas9と組み合わせてpTargetFのpMB1レプリコンを切断して破壊し、pTargetFを除去した。pCasを含む菌株は、そのまま次のノックダウンに用いられ、pCasを含む菌株を42℃で一晩インキュベートし、温度感受性プラスミドpCasを除去した。
【0025】
(2)PHB収量の測定方法
発酵液を4℃、4000rpm/minで20分間遠心分離し、上清を捨てた後、菌体を凍結し、凍結乾燥させた。凍結乾燥させた菌体を一定量で秤量し、従来から報告された通常のメチルエステル化方法でメチルエステル化を行い、最終的に、通常のガスクロマトグラフィーによる定量を行った。
【0026】
(3)細胞の顕微鏡観察
細胞の形態を観察するために、大腸菌の細胞を固形のLBプレート上で12時間成長させ、透過型電子顕微鏡(TEM)で画像化した。細胞内のPHA粒子を観察するために、PHAを24時間発酵生産した後に、1%クリスタルバイオレットで菌体懸濁液を調製し、油浸レンズ(倍率=100×)を用いて明視野顕微鏡で観察した。同時に、大腸菌の細胞を4000rpm/minで5分間遠心分離し、リン酸塩緩衝液(PBSバッファ)で2回洗浄した後、2.5%グルタルアルデヒド溶液で少なくとも72時間固定した。G2 spirit透過電子顕微鏡により、電圧100kVでGatan US4000 4kx4k CCDを用いて画像を取得した。
【0027】
(4)PHAの抽出、定性及び定量分析
pBHR68を持っている大腸菌細胞を5mL遠心分離して集め、PBS緩衝液(pH7.4)で2回洗浄した。遠心分離して集めた後に、あらかじめ正確に秤量した遠心チューブに細胞を移し、水分を蒸発させるとともに菌体を噴出させないように、この遠心チューブをクリングフィルムで包み、クリングフィルムに複数の小さな穴を開けた。完全に乾燥するまで真空凍結乾燥機で48時間、凍結乾燥させた。チューブの底を触って常温であれば、完全乾燥したことが示され、又は、チューブの底を指でそっと弾いた際に菌体が分離し且つチューブの壁から容易に脱離できれば、完全乾燥と判断した。重量を測定し、乾燥重量を計算する。
【0028】
秤量した試料の重量を正確に計算するために、完全に乾燥させたドライ菌体1~10mgと、PHB標準試料約10mgとを秤取し、それらをあらかじめ正確に秤量したエステル化チューブに転移する。その後、メタノール(硫酸を3%含有)2mL及びクロロホルム2mLを加え、エステル化チューブをキャップで密栓し、その間に超音波で試料を分散させてエステル化をより完全にし、沸騰水浴中で6時間以上エステル化を行う。約0.5時間後、一般的に粉末状であるPHB試料が速く溶解することが観察される。0.5時間経過しても標準品の形態変化や溶解が見られない場合は、全部の試薬を交換すべきである。メタノール及びクロロホルムが劣化すると、エステル化がうまく進まないことがある一方、開封したばかりの試薬に交換することで、一般的に上記問題を解決できる。6時間の沸騰水浴後、ヒュームフード内で十分に冷却させた後、エステル化チューブを注意深く開け、脱イオン水1mLを加え、この時、キャップを別々に密栓し、系が完全に混合されるまで激しく振盪し、この時、エステル化チューブをヒュームフード内放置して3時間以上静置して相を分離させた。その後、上層を水相、下層を有機相とした。適量の有機相を気相試料瓶に加え、密栓して-80℃で密封保存した。
【0029】
ガスクロマトグラフィーは、PHB含有量を正確かつ高感度に定量する手段である。DB-5MS 溶融石英キャピラリーカラム(30mx0.25mmx0.25μm)を備えたScion-SQ-456-GCモジュールを用いて抽出物を分析することで、そのPHAの組成及び正確な含有量を測定した。ガスクロマトグラフィーとしては、イオン化エネルギー70evで陽電子イオン化(EI)が得られ、スキャン間隔が0.5秒間であるm/z50からm/z650までのイオンにより、マススペクトルがプログラムされた。PHA生成量(wt%)は、幹細胞の重量パーセント(DCW)で表された。気相定量は、島津製作所GC2010ガスクロマトグラフィーを用いた。Agilent DB WAX 30m-0.32mm GCカラム及び炎イオン化検出器を用い、試料の注入温度は250℃である。各標準試料について、市販のPHBを標準試料として異なる量を用いて標準曲線をプロットした。
【0030】
(5)ATP及びアセチルコエンザイムAの抽出及び測定
大腸菌細胞を、M9培地の中で、対数関数的成長の早期又は対数関数的成長の中期(OD600=0.8-1.0)まで培養し、ATP及びアセチルコエンザイムAのアッセイキットを用いて細胞内のATP及びアセチルコエンザイムAの量を収集した。ATPアッセイキットの説明書に従って、細胞内のATPを抽出・定量し、Agilent 1260シリーズHPLCシステムで、ATP分析を行い、分析カラムは、250mmx4.0mm ODS-2HYPERSIL C18カラムである。
【0031】
(6)MG1655及びWQM026のトランスクリプトーム解析
大腸菌MG1655及びWQM026をM9培地の中で指数関数的成長の中期まで培養し、12000rpmで3分間採取し、PBSバッファで2回洗浄した後、液体窒素で急速冷凍させた。RNAライブラリの抽出、構築及び配列決定は、GENEWIZ Biotechnology社により行った。MG1655ゲノムを参照配列として、配列の読み取り、比較及び解析を行った。遺伝子発現の差異は、FIESTA Viewer v.1.0 ソフトウェアにより、それらの発現量及びP値≦0.05に基づいて算出した。
【0032】
(7)L-スレオニンの濃度解析
Thermo 250mm×4.0mm ODS-2HYPERSIL C18 カラムを備えたAgilent 1200シリーズ又は1260シリーズ HPLC システムを用いて、L-スレオニンの濃度を測定した。L-スレオニンの濃度は、o-フタルアルデヒドによるプレカラム誘導体化法(Koros、 A.、 Varga、 Z.、 Molnar-Perl、 I. 2008. Simultaneous analysis of amino acids and amines as their o-phthalaldehyde-ethanethiol-9-fluorenylmethyl chloroformate derivatives in cheese by high-performance liquid chromatography. J Chromatogr A、 1203(2)、 146-52.)で測定された。
【0033】
(8)培地
LB培地(g/L):酵母粉末 5、ペプトン 10及びNaCl 10。
M9培地(g/L):グルコース 4、Na2HPO4・12H2O 17.1、KH2PO4 4、NH4Cl 3、NaCl 0.5、MgSO4 0.24及びCaCl2 0.011。
LBG培地(g/L):グルコース 20 、酵母粉末5、ペプトン 10及びNaCl 10。
M9G培地(g/L):グルコース 20、Na2HPO4・12H2O 17.1、KH2PO4 4、NH4Cl 3、NaCl 0.5、MgSO4 0.24及びCaCl2 0.011。
PHB発酵培地(g/L):グルコース 20、Na2HPO4・12H2O 17.1、KH2PO4 4、NH4Cl 3、NaCl 0.5、MgSO4 0.24及びCaCl2 0.011。
L-スレオニン発酵培地(g/L):酵母粉末 2、クエン酸 2、(NH4)2SO4 25、KH2PO4 7.46、グルコース 30、MgSO4・7H2O 2、FeSO4・7H2O 0.005、MnSO4・4H2O 0.005及びCaCO3 20。
【0034】
実施例1 線毛欠乏エンジニアリング菌の構築
線毛欠乏エンジニアリング菌の具体的な構築過程は、以下の通りである。
(1)MG1655/pCas コンピテント細胞の細胞調製
Red組換えヘルパープラスミドpCas9(Jiang、 Y.、 Chen、 B.、 Duan、 C.、 Sun、 B.、 Yang、 J.、 Yang、 S. 2015. Multigene editing in the Escherichia coli genome via the CRISPR-Cas9 system. Appl Environ Microbiol、 81(7)、 2506-14.)を持っている大腸菌MG1655を接種し、100μg/mLカナマイシンを含むLB液体培地の中で、30℃、200rpmで一晩培養した。この培養液を2%接種量でLB液体培地100mLに接種し、30℃、200rpmでOD600=0.2まで培養した時に、L-アラビノース(最終濃度30mmol/L)を加えてリコンビナーゼの発現を誘導した。続いて、D600=0.5まで培養し、培養液を氷浴で30分間放置下後、予め冷やしておいた50mL遠心管に入れ、4℃、8000rpmで10分間遠心分離し、菌体を収集した。沈殿を予め冷やしておいた10%グリセロールで3回洗浄し、最後に10%グリセロール1mLに懸濁させた。各チューブ80μLを予め冷やしておいた無菌EPチューブに分注し、保存しておく。
【0035】
(2)pTargetFプラスミドの構築
pTargetFシリーズのプラスミドの構築用プライマーを表2に示す。プラスミドpTargetF01は、pTargetFをテンプレートとし、プライマーF-sgRNA-yagV-ZとR-sgRNAを用い、シーケンシングプライマーT-yagV-Z-FとT-sgRNA-Rを用いてプラスミドの正しさを確認した。他のプラスミドpTargetF02、pTargetF03、pTargetF04、pTargetF05、pTargetF06、pTargetF07、pTargetF08、pTargetF09、pTargetF10、pTargetF11、pTargetF12、pTargetF27、pTargetF28、pTargetF29及びpTargetF30は、同じ方法(Jiang、 Y.、 Chen、 B.、 Duan、 C.、 Sun、 B.、 Yang、 J.、 Yang、 S. 2015. Multigene editing in the Escherichia coli genome via the CRISPR-Cas9 system. Appl Environ Microbiol、 81(7)、 2506-14.)で構築され、対応するプライマーを使用した。
【0036】
(3)CRISPR-Cas9構築突然変異株
大腸菌MG1655ゲノムには、ともに12個の線毛合成・組立遺伝子群yagVWXYZ、gltFyhcADEF、fimAICDFGH、sfmACDHF、ycbQRSTUVF、ydeQRST、yraHIJK、yadCKLMhtrEecpDyadN、yehABCD、ybgOPQD及びyfcOPQRSTUVが存在している。この12個の線毛合成・組立遺伝子群は、64個の遺伝子に細分化され、それぞれ、yagV、yagW、yagX、yagY、yagZ、gltF、yhcA、yhcD、yhcE、yhcF、fimA、fimI、fimC、fimD、fimF、fimG、fimH、sfmA、sfmC、sfmD、sfmH、sfmF、ycbQ、ycbR、ycbS、ycbT、ycbU、ycbV、ycbF、ydeQ、ydeR、ydeS、ydeT、yraH、yraI、yraJ、yraK、yadC、yadK、yadL、yadM、htrE、yadV、yadN、yehA、yehB、yehC、yehD、ybgO、ybgP、ybgQ、ybgD、yfcO、yfcP、yfcQ、yfcR、yfcS、yfcT、yfcU、yfcV、ygiL、yqiG、yqiH、yqiIであり、それらの配列のNCBIアクセッション番号は、順に946631、947349、947606、948806、948759、947746、947741、947738、4056032、947735、948838、948841、948843、948844、948845、948846、948847、945522、945367、945160、945407、944977、948306、946773、946934、947185、945561、945562、945559、946050、946049、946047、946042、947658、947657、947656、947654、944837、944835、944829、944828、944819、944859、944841、946642、946617、946621、946619、947550、945110、946537、945325、946620、946788、946779、946818、946418、1450268、1450268、949109、947522、947529、947531、947535である。
【0037】
CRISPR-Cas9方法で、大腸菌MG1655ゲノムから、12個の線毛合成・組立遺伝子群yagVWXYZ、gltFyhcADEF、fimAICDFGH、sfmACDHF、ycbQRSTUVF、ydeQRST、yraHIJK、yadCKLMhtrEecpDyadN、yehABCD、ybgOPQD及びyfcOPQRSTUVをそれぞれノックアウトし、対応する突然変異株WQM001、WQM002、WQM003、WQM004、WQM005、WQM006、WQM007、WQM008、WQM009、WQM010、WQM011及びWQM012を構築した。例えば、WQM001は、ゲノムからyagVWXYZ遺伝子群をノックアウトした。上流ホモロジーアーム用プライマーと下流ホモロジーアーム用プライマーによりF1-yagV-Z/R1-yagV-Z及びF2-yagV-Z/R2-yagV-Zを増幅して得られた2つのPCR産物を、ゲル回収キットで回収し、F1-yagV-Z/R2-yagV-Zに対して、プライマーによりオーバーラップPCRを行い、オーバーラップホモロジーアームを得た。精製した後のオーバーラップホモロジーアーム(400ng)及びpTargetF01(100ng)を混合した後、80μLのMG1655/pCasコンピテント細胞において電気的に形質転換させた。電気的に形質転換させた後、細胞を30℃で45分間蘇生させた後、続いて、スペクチノマイシン及びカナマイシンを50μg/mL含む二重耐性のプレートに塗布した。30℃で36時間培養した後、プライマーF1-yagV-Z /R2-yagV-Zにより、コロニーPCRを行い、目的の菌株を選別した。その後、突然変異株を、IPTG(最終濃度0.5mmol/L)を含むLB培地に接種して一晩インキュベートし、pTargetF01プラスミドを除去した。pCasプラスミドは、温度感受性レプリコンを含んでおり、42℃で24時間インキュベートしてpCasプラスミドを除去した。pTargetF01プラスミド及びpCasプラスミドを含んでない菌株は、後続の研究に用いられる。他の11個の突然変異株WQM002、WQM003、WQM004、WQM005、WQM006、WQM007、WQM008、WQM009、WQM010、WQM011、WQM012は、同じ方法により構築された。WQM026は、この方法を用いて12個の線毛オペロンを1つずつすべてノックアウトして構築された。本部分に係る菌株、プラスミド及びプライマーを表1及び表2に示す。
【0038】
【0039】
【0040】
実施例2 1組の線毛遺伝子群をノックアウトすることにより増殖及びPHB合成を促進すること
大腸菌には、線毛を合成し、組み立てるための12個の遺伝子群を含む(
図1)。線毛は、細菌の病原性を高めるだけでなく、その合成や組み立ての際に大量のエネルギーと炭素源を消費する。したがって、理論的には、これらの線毛を除去することで、大腸菌のバイオセーフティと生産性を向上させることができると考えられる。
【0041】
大腸菌MG1655の染色体から、12個の線毛合成・組立遺伝子群をそれぞれ除去したことにより、菌株WQM001、WQM002、WQM003、WQM004、WQM005、WQM006、WQM007、WQM008、WQM009、WQM010、WQM011及びWQM012が得られた。これらの菌株は、それぞれ、LB培地及びM9培地の中で培養された。
図2に示すように、2時間ごとに菌液のOD値を測定し、菌株の増殖曲線をプロットした。LB培地の中で、すべての12株の突然変異株の増殖曲線は、対照株MG1655とほぼ同じであるため、大腸菌における12個の線毛合成・組立遺伝子群の中でのいずれか一つを除去しても、細胞増殖に影響を与えないか、または細胞増殖をわずかに向上させることが示された。M9培地の中で、12種の変異株の増殖状況はすべて対照株MG1655より良好であった。線毛の生合成及び組み立てには、大量のアミノ酸消費が必要となるが、M9培地にはいかなるアミノ酸も含まれていないので、M9培地の中で培養されて増殖した大腸菌は、タンパク質を合成するために、20種類のアミノ酸をすべて自分で合成する必要があった。このため、線毛の合成・組立を減少させることで、突然変異体において保存されているアミノ酸を、細胞の増殖を促進するために利用できるようになった。このことから、大腸菌の線毛を特に栄養不足の場合には除去することは、細胞増殖に有利であることが判明した。
【0042】
線毛の突然変異体の生産性を検査するため、空ベクターpBSK、及びPHAの合成遺伝子を含むベクターpBHR68をMG1655及び12個の突然変異株において電気的に形質転換し、MG1655/pBSK、WQM001/pBSK、WQM002/pBSK、WQM003/pBSK、WQM004/pBSK、WQM005/pBSK、WQM006/pBSK、WQM007/pBSK、WQM008/pBSK、WQM009/pBSK、WQM010/pBSK、WQM011/pBSK、WQM010/pBSK、WQM011/pBSK及びWQM012/pBSK;MG1655/pBHR68、WQM001/pBHR68、WQM002/pBHR68、WQM003/pBHR68、WQM004/pBHR68、WQM005/pBHR68、WQM006/pBHR68、WQM007/pBHR68、WQM008/pBHR68、WQM009/pBHR68、WQM010/pBHR68、WQM011/pBHR68、WQM010/pBHR68、WQM011/pBHR68及びWQM012/pBHR68が得られた。これらの組換え菌株をM9G及びLBG培地で増殖し、細胞及びそのベクター対照を顕微鏡で観察した(
図3、4)。
【0043】
M9G培地の中で増殖した場合(
図3)、13個の空ベクターである菌株は、すべて類似した大きさを示し、PHAを生産しなかった。このうち、MG1655/pBHR68は、細胞体積がわずかに大きくなり、少数の細胞だけがPHAを生産した。しかしながら、PHA合成遺伝子を含むpBHR68の12個の突然変異株は、それらの細胞サイズが著しく大きくなり、ほぼすべての細胞がPHA(細胞内の白い顆粒)を産生した。
【0044】
LBG培地の中で増殖した場合(
図4)、13個の空ベクターである菌株は、すべて類似した大きさであり、いずれもPHAを生産しなかった。MG1655/pBHR68のサイズは、その対照と類似し、PHAを産生しなかった。pBHR68を含む12個の突然変異体細胞は、そのサイズが大きくなり、PHAを生産する程度は、M9G培地の中での相応的な菌株より小さくなった。このことから、線毛の除去は、大腸菌がPHAを生産するために有利であることが示唆された。
【0045】
実施例3 WQM026の形態及び代謝物分析
実施例2の結果から、1組の線毛合成・組立遺伝子群の除去によって、いずれも大腸菌の細胞の増殖及びPHAの生合成が促進されたので、大腸菌のMG1655染色体における12個の線毛合成・組立遺伝子群をすべて除去して、線毛欠失菌株WQM026を構築した(構築方法については実施例1を参照)。菌液OD値を2時間ごとに測定し、
図5Aに示すように、菌株の増殖曲線をプロットした。WQM026は、LB培地の中での増殖がMG1655よりわずかに良くなり、M9の培地の中での増殖がMG1655よりはるかによくなり、18時間まで培養すると、WQM026のOD値が約MG1655の3倍であった。このことから、大腸菌における12個の線毛遺伝子群のすべてを除去することは、特に栄養の乏しい環境下で、細胞増殖に有利であることが判明した。MG1655細胞とWQM026細胞を電子顕微鏡で観察したところ、MG1655の細胞表面において線毛が大量で覆われていたが(
図5B)、WQM026の表面は滑らかであり、線毛の痕跡が見られなかった(
図5C)。
【0046】
線毛の欠失により、大腸菌がより多くのPHAを生産する理由を調べるために、WQM026における酢酸及びアセチルコエンザイムAの濃度を測定した。アセチルコエンザイムAは、PHA合成の直接前駆体であり、酢酸は、アセチルコエンザイムAから生成される。WQM026における酢酸及びアセチルコエンザイムAの量は、MG1655よりも著しく高く、それぞれ23.57%増及び79.18%増であった(
図5D)。線毛の欠失により、大腸菌WQM026の体内での酢酸及びアセチルコエンザイムAのレベルが上昇し、大腸菌がPHAを生産するために有利となる。また、WQM026におけるクエン酸塩の濃度は、MG1655よりも28.78%減であった(
図5D)。クエン酸塩は、TCAサイクルの重要な代謝物であり、WQM026の中ではその濃度が低いことから、節約した炭素がTCAサイクルに流れていないことが示されており、さらに、線毛の欠失によりエネルギー消費量の減少が示された。様々な線毛の生合成及び組み立てにはエネルギーが必要であるため、MG1655を含むWQM026の細胞の中でのATP濃度も測定した(
図5D)。WQM026及びMG1655の中でのATP濃度は、それぞれ0.741及び0.402μmol/gであり、WQM026のATP濃度は、MG1655の中でのATP濃度よりも1.8倍増加した。このことから、線毛の除去によりエネルギーを節約できることが示された。
【0047】
実施例4 WQM026のPHB合成における使用
WQM026は、対照MG1655と比べて、増殖が良く、ATP及びアセチルコエンザイムAの蓄積量が高いという利点がある。したがって、発酵産業への使用は、検討する価値がある。
【0048】
PHA合成経路を含むプラスミドpBHR68をWQM026において電気的に形質転換し、WQM026/pBHR68を得た。超薄切片の電子顕微鏡分析により、WQM026/pBHR68細胞には巨大なPHA粒子が充填されていたこと(
図6B)が示されたが、MG1655/pBHR68細胞には、ごく微量のPHAが観察された(
図6A)。このことから、WQM026はPHAを効率的に合成できることが示唆された。
【0049】
PHAは、様々な基質から合成され、細胞内に不溶性の球状封入体又はPHA粒子を形成することができる。PHAモノマーは90種類以上存在している。大腸菌にpBHR68を導入すると、通常はポリ-3-ヒドロキシブチレート(PHB)が生産されるが、pBHR68を導入すると、他の種類のPHAも生産される。そこで、GC/MS法によりPHAの種類及び収量を測定した。
【0050】
菌株をLBプレート上で12時間活性化培養した後、菌が苔状に大きなリングになった部分を1つ選んで摘み取り、50mLのLBを含む250mLコニカルフラスコに接種し、37℃、200rpmとの条件で6時間培養して種菌液を得た。5%(v/v)の接種量で50mLの発酵培地に接種し、37℃、200rpmの条件で48時間培養した。
【0051】
上記菌株WQM026/pBHR68の発酵液に対して、PHA抽出、メチルエステル化、及びGC/MS分析を行ったところ、GCスペクトルには、保持時間が5.508分間であり、標準PHBの保持時間と完全に同じである一つのピークのみが観察された(
図6C)。WQM026/pBHR68により生産されたPHAのマススペクトルには、標準PHBと同じパターン(
図6D)を示した。このことから、WQM026/pBHR68により産生されたPHAはPHBであることが証明された。
図6Eに示すように、WQM026/pBHR68のPHB及び幹細胞の重量パーセント(DCW)による収量は、対照MG1655/pBHR026に比べて、いずれも著しく増加し、それぞれ3.31g/L及び87.87%に達しており、対照MG1655/pBHR026よりそれぞれ2倍及び3.44倍に向上した。
【0052】
実施例5 WQM026のL-スレオニン合成における使用
大腸菌はL-スレオニン生産のために開発されたものであるため、WQM026でL-スレオニンを効率的に生産する可能性がさらに検討された。L-スレオニン生合成及び輸送に関するキー遺伝子を含むプラスミドpFW01-thrA*BC-rhtCをそれぞれMG1655及びWQM026において形質転換し、MG1655/pFW01 thrA*BC-rhtC及びWQM026/pFW01 thrA*BC-rhtCを得た。
【0053】
菌株をLBプレート上で12時間活性化培養した後、菌が苔状に大きなリングになった部分を1つ選んで摘み取り、50mLのLBを含む250mLコニカルフラスコに接種し、37℃、200rpmとの条件で4時間培養して種菌液を得た。10%(v/v)の接種量で80mLの発酵培地に接種し、37℃、200rpmとの条件で36時間培養した。発酵液の中でのL-トレオニン含有量を測定したところ、対照菌株MG1655/pFW01 thrA*BC rhtCと比べて、WQM026/pFW01 thrA*BC rhtCによるL-スレオニンの合成収量は2.49g/Lに達しており、対照菌株MG1655/pFW01 thrA*BC rhtCと比べて、266.18%(3.66倍)に向上した(
図6F)。
【0054】
本発明は、好ましい実施形態によって上記のように開示されているが、本発明を限定するためのものではない。当業者であれば、本発明の思想及び範囲から逸脱することなく、いかなる変更及び修正を行うことができる。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲により限定される範囲を基準とする。