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特許7508153精神障害に対する治療薬及びスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-21
(45)【発行日】2024-07-01
(54)【発明の名称】精神障害に対する治療薬及びスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/40 20060101AFI20240624BHJP
   A61P 25/32 20060101ALI20240624BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20240624BHJP
   C12Q 1/00 20060101ALI20240624BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20240624BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20240624BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20240624BHJP
   C12N 5/071 20100101ALN20240624BHJP
【FI】
A61K31/40
A61P25/32
A61P25/28
C12Q1/00
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
G01N33/68
C12N5/071
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2023555803
(86)(22)【出願日】2022-11-30
(86)【国際出願番号】 JP2022044170
(87)【国際公開番号】W WO2023153055
(87)【国際公開日】2023-08-17
【審査請求日】2023-09-12
(31)【優先権主張番号】P 2022020298
(32)【優先日】2022-02-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000125381
【氏名又は名称】学校法人藤田学園
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(74)【代理人】
【識別番号】100183656
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100224786
【弁理士】
【氏名又は名称】大島 卓之
(74)【代理人】
【識別番号】100225015
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 彩夏
(74)【代理人】
【識別番号】100231647
【弁理士】
【氏名又は名称】千種 美也子
(72)【発明者】
【氏名】國澤 和生
(72)【発明者】
【氏名】毛利 彰宏
(72)【発明者】
【氏名】鍋島 俊隆
【審査官】池田 百合香
(56)【参考文献】
【文献】LI, Zhifang et al.,Clemastine rescues behavioral changes and enhances remyelination in the cuprizone mouse model of demyelination,Neuroscience Bulletin,2015年10月01日,Vol.31, No.5,p.617-625
【文献】SHIMIZU, Takeshi et al.,Social Defeat Stress in Adolescent Mice Induces Depressive-like Behaviors with Reduced Oligodendrogenesis,Neuroscience,2020年09月01日,Vol.443,p.218-232
【文献】RICE, James, GU, Chen,Function and Mechanism of Myelin Regulation in Alcohol Abuse and Alcoholism,BioEssays,2019年05月16日,Vol.41, No.7,1800255(p.1-9)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00 ~ 33/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クレマスチン又はその薬理上許容される塩を有効成分とする、アルコール使用障害に対する治療薬。
【請求項2】
前記アルコール使用障害がアルコール性脳機能障害であることを特徴とする、請求項1に記載の治療薬。
【請求項3】
前記アルコール使用障害が髄鞘異常であることを特徴とする、請求項1に記載の治療薬。
【請求項4】
オリゴデンドロサイトに候補物質を添加して培養し、候補物質を添加したオリゴデンドロサイトと候補物質を添加していないオリゴデンドロサイトについて成熟オリゴデンドロサイトマーカー、オリゴデンドロサイト前駆細胞マーカー及び/又は髄鞘マーカーの発現量を測定し、当該発現量を指標としてオリゴデンドロサイト分化促進物質を選別することを特徴とする、アルコール使用障害に対する治療薬のスクリーニング方法。
【請求項5】
成熟オリゴデンドロサイトマーカー、オリゴデンドロサイト前駆細胞マーカー又は髄鞘マーカーが、MAG、CNPase、CC1、Olig2、MBP、PDGFRα及びNG2から選択される1種又は複数種である、請求項4に記載のアルコール使用障害に対する治療薬のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記アルコール使用障害がアルコール性脳機能障害であることを特徴とする、請求項4又は5に記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記アルコール使用障害が髄鞘異常であることを特徴とする、請求項4又は5に記載のスクリーング方法。
【請求項8】
候補物質を投与したヒトを除く対象から被検試料を採取し、前記被検試料中のオリゴデンドロサイトの細胞数が候補物質を投与していない対象より高い値を示す候補物質をオリゴデンドロサイト分化促進物質として選別することを特徴とする、アルコール使用障害に対する治療薬のスクリーニング方法。
【請求項9】
少なくとも以下の1)~3)の工程を含み、オリゴデンドロサイト分化促進物質を選別することを特徴とする、アルコール使用障害に対する治療薬のスクリーニング方法
1)候補物質を投与したヒトを除く対象から被検試料を採取する工程
2)被検試料中においてMAG、CNPase、CC1、Olig2、MBP、PDGFRα及びNG2から選択される1種又は複数種の成熟オリゴデンドロサイトマーカー、オリゴデンドロサイト前駆細胞マーカー及び/又は髄鞘マーカーの発現量を測定する工程
3)候補物質を投与していない対象と比較して、前記成熟オリゴデンドロサイトマーカー、オリゴデンドロサイト前駆細胞マーカー及び/又は髄鞘マーカーの発現量が促進する候補物質をオリゴデンドロサイト分化促進物質として選別する工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精神障害に対する治療薬及びスクリーニング方法に関するものである。
【0002】
本出願は、参照によりここに援用されるところの日本出願特願2022-020298号優先権を請求する。
【背景技術】
【0003】
クレマスチンは、第1世代の抗ヒスタミン薬として知られている一方で、オリゴデンドロサイトの分化促進作用を有する薬剤としても報告がある(非特許文献1)。また代表的な慢性脱髄疾患である多発性硬化症(MS)患者を対象に、クレマスチンを投与した結果、安全性と有効性が認められ、クレマスチンがオリゴデンドロサイト前駆細胞から成熟オリゴデンドロサイトへの分化を刺激する可能性がin vitro、動物モデル、ヒト細胞の試験で示唆されている(非特許文献1及び2)。さらに特許文献1及び2には、クレマスチン等によるオリゴデンドロサイトの分化方法が開示されている。しかしながら、精神障害とオリゴデンドロサイトの関係性については十分に知られていない。
【0004】
オリゴデンドロサイトは中枢神経系のグリア細胞の1つであり、髄鞘形成を担っている。オリゴデンドロサイトは、髄鞘形成により跳躍伝導を誘導し活動電位の伝導速度を高めることが主な機能であり、オリゴデンドロサイトに障害が起こると神経伝導が低下し脳機能に異常をきたす。
【0005】
精神障害の1つであるアルコール使用障害は、治療が必要な推定患者数が約100万人と非常に多い。アルコール慢性摂取によるアルコール使用障害の問題点としては、不可逆的な脳機能異常(認知・記憶障害、不安障害)が挙げられる。しかしながら、有用な治療法が確立されておらず、嫌酒薬やカウンセリング等の対症療法に留まっている。また、精神障害の1つである統合失調症の治療には抗統合失調症薬が使用されているが、現在の薬物療法は症状の緩和を主な目的としている。このため、精神障害に対する副作用が少ない新規な治療薬の開発が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開WO2012/112933号
【文献】国際公開WO2019/195742号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Mei F et al., Nat Med., Aug, 2014 20(8):954-960
【文献】Green AJ et al., Lancet, December 2, 2017;390:2481-2489
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、精神障害に対する新規治療薬及び精神障害に対する治療薬のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために、鋭意研究を重ねたところクレマスチン又はその薬理上許容される塩を有効成分とする、精神障害に対する治療薬によれば、上記課題を解決することを見出した。さらにアルコール使用障害におけるオリゴデンドロサイトの分化異常及び髄鞘異常を初めて発見し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち本発明は、以下よりなる。
1.クレマスチン又はその薬理上許容される塩を有効成分とする、精神障害に対する治療薬。
2.前記精神障害がアルコール使用障害及び/又は統合失調症である、前項1に記載の治療薬。
3.前記アルコール使用障害がアルコール性脳機能障害及び/又は髄鞘異常であることを特徴とする、前項2に記載の治療薬。
4.オリゴデンドロサイト分化促進物質を選別することを特徴とする、精神障害に対する治療薬のスクリーニング方法。
5.オリゴデンドロサイトマーカーの発現量を測定する工程を含む、前項4に記載の精神障害に対する治療薬のスクリーニング方法。
6.前記精神障害が、アルコール使用障害及び/又は統合失調症である、前項4又は5に記載のスクリーニング方法。
7.前記アルコール使用障害がアルコール性脳機能障害及び/又は髄鞘異常であることを特徴とする、前項6に記載のスクリーニング方法。
8.前記スクリーニング方法が、さらに候補物質を投与した対象から被検試料を採取する工程又はオリゴデンドロサイトに候補物質を添加して培養する工程を含む、前項4又は5に記載のスクリーニング方法。
9.少なくとも以下の1)~3)の工程を含む、前項4又は5に記載のスクリーニング方法、
1)候補物質を投与した対象から被検試料を採取する工程、
2)被検試料中においてMAG、CNPase、CC1、Olig2、MBP、PDGFRα及びNG2から選択される1種又は複数種のオリゴデンドロサイトマーカーの発現量を測定する工程、
3)候補物質を投与していない対象と比較して、前記オリゴデンドロサイトマーカーの発現量が促進する場合に、オリゴデンドロサイト分化促進物質を選別する工程。
10.被検者から採取した被検試料中のオリゴデンドロサイトマーカー、オリゴデンドロサイト分化調節因子、オリゴデンドロサイト分化制御因子及びオリゴデンドロサイト由来産物から選択される1種又は複数種を測定することを特徴とする、精神障害の予後を検査する方法。
【0011】
A.クレマスチン又はその薬理上許容される塩の有効量を投与することを含む、精神障害を治療する方法。
B.前記精神障害がアルコール使用障害及び/又は統合失調症である、前項Aに記載の治療する方法。
C.前記アルコール使用障害がアルコール性脳機能障害及び/又は髄鞘異常であることを特徴とする、前項Bに記載の治療する方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明のクレマスチン又はその薬理上許容される塩を有効成分とする、精神障害に対する治療薬によれば、精神障害による髄鞘異常及び/又は脳機能障害を改善しうる。さらに本発明のスクリーニング方法を用いることで、精神障害に対する治療薬をスクリーニングすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1(a)はマウスに対するアルコール間欠摂取の投与スケジュール及びアルコール摂取直後の行動評価スケジュールを示す図である。図1(b)はアルコール摂取直後のマウスの行動評価を示す図である。(実施例1)
図2図2(a)はマウスに対するアルコール間欠摂取の投与スケジュール及びアルコール摂取し断酒した後の行動評価スケジュールを示す図である。図2(b)はアルコール摂取し断酒した後のマウスの行動評価を示す図である。(実施例2)
図3】アルコール摂取直後及びアルコール摂取し断酒した後のマウスの髄鞘異常を示す図である。(実施例3)
図4a】アルコール摂取直後のマウスのオリゴデンドロサイト前駆細胞及び成熟オリゴデンドロサイトの細胞数を示す図である。(実施例4)
図4b】アルコール摂取し断酒した後のマウスのオリゴデンドロサイト前駆細胞及び成熟オリゴデンドロサイトの細胞数を示す図である。(実施例4)
図5】アルコール摂取し断酒した後のマウスに対するクレマスチンの効果を示す図である。(実施例5)
図6図6(a)はマウスに対するアルコール間欠摂取の投与スケジュールを示す図である。図6(b)はアルコール摂取し断酒した後のマウスのオリゴデンドロサイトの分化増殖異常を示す図である。図6(c)はオリゴデンドロサイトマーカー(Olig2)と分化増殖マーカー (BrdU)の共陽性オリゴデンドロサイトの細胞数を示す図である。(実施例6)
図7図7(a)はNG2-CreERT;Myrf-Floxマウスに対するアルコール間欠摂取の投与スケジュール及びアルコール摂取し断酒した後の行動評価スケジュールを示す図である。図7(b)はアルコール摂取し断酒した後のNG2-CreERT;Myrf-Floxマウスの行動評価を示す図である。(実施例7)
図8図8(a)はマウスに対するアルコール間欠摂取した後のクレマスチンの投与スケジュール及びアルコール摂取し断酒した後のマウスの髄鞘異常の緩解を示す図である。図8(b)及び(c)はアルコール摂取し断酒した後の髄鞘異常に対するクレマスチンの効果を示す図である。(実施例8)
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明はクレマスチン又はその薬理上許容される塩を有効成分とする、精神障害に対する治療薬に関する。
【0015】
本発明の治療薬は、抗ヒスタミン薬として知られているクレマスチン又はその薬理上許容される塩を有効成分とする。本明細書において「その薬理上許容される塩」とは、例えば無機酸との塩、有機酸との塩、塩基性又は酸性アミノ酸との塩等が挙げられる。無機酸との塩としては、塩酸、臭化水素酸、硝酸、硫酸、リン酸等との塩が挙げられる。有機酸との塩としては、フマル酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、シュウ酸、酒石酸、マレイン酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、メタンスルホン酸、安息香酸、トルエンスルホン酸塩等との塩が挙げられ、特にフマル酸が好ましい。
【0016】
本明細書において「精神障害」とは、精神や行動における特定の症状を呈することによって、機能的な障害を伴っている状態であり、精神障害の診断と統計マニュアル第5版(Diagnostic and Statistical Manual-5, DSM-5)に挙げられているものをいう。係る状態には、アルコール使用障害等の薬物依存症といった物質関連障害、統合失調症、うつ病、双極性障害、パニック障害といった不安障害、又は性機能障害等の様々な症状を呈する状態がある。従って「精神障害」は、アルコール使用障害、統合失調症、うつ病、躁うつ病、双極性障害、不安障害、衝動性障害、過食症、パニック障害、社会不安障害、不眠症、注意欠陥多動性障害(ADHD)、認知症、人格障害、解離性障害、睡眠時無呼吸症候群、又は線維筋痛症等が挙げられ、特にアルコール使用障害及び/又は統合失調症が好ましい。
【0017】
本明細書において「アルコール使用障害」とは、アルコール摂取に伴い何らかの精神的又は身体的等の障害が生じている状態をいい、特にアルコール性脳機能障害及び/又は髄鞘異常が生じていることが好ましい。本明細書において「アルコール使用障害」は例えば、アルコール依存症、アルコール依存症までには至らないがアルコール摂取により何らかの精神的又は身体的障害が生じている状態(アルコールの有害な使用)、アルコール摂取のため社会的又は家族的問題が生じている状態(アルコール乱用)、及び離脱症状も連続的なアルコール摂取も経験したことがないが何らかのアルコール関連問題が生じている状態(プレアルコホリズム)等が含まれる。アルコール摂取により何らかの精神的又は身体的等の障害が生じている状態は、アルコール摂取中であっても断酒中であってもよい。本明細書において「断酒」とはアルコール摂取後にアルコール摂取を断つ状態をいう。本明細書において、「アルコール」とは所謂「酒」等のアルコール飲料の主成分であり、炭化水素の水素原子をOH基で置き換えた物質の総称であり、具体的にはエタノール(EtOH)を意味する。本明細書において「精神的障害」は脳機能障害、髄鞘異常、幻聴又は睡眠障害等が挙げられ、「身体的障害」は高血圧、不整脈又はアルコール性肝疾患等が挙げられる。
【0018】
アルコール使用障害を診断する1つの方法として例えばDSM-5がある。DSM-5では以下の2つ以上が12か月以内に起きた場合、アルコール使用障害として判断される。
・意図したより大量、または長期間に使用
・使用を減らしたり制限しようとするが成功しない
・アルコールを得るため、使用するため、そこから回復するために多くの時間を費やす
・渇望
・反復的な使用により、職場・学校・家庭で責任を果たせない
・社会的、対人的な問題が起き、悪化しているにもかかわらず使用を続ける
・私用のために社会的、職業的、娯楽的活動を放棄したり縮小している
・身体的に危険な状況でも使用を反復
・身体的、精神的問題が悪化していると感じていても使用を続ける
・耐性
・離脱症状
・物質使用の渇望
【0019】
本明細書において「アルコール依存症」とは、多量にアルコールを摂取した結果、アルコールに対し精神的又は身体的依存となり、生体の精神的又は身体的障害が生じている状態をいう。アルコール依存症を診断する1つの方法として、例えば国際疾病分類第10版(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems-10, ICD-10)がある。ICD-10では過去1年間に以下の6項目のうち3項目以上を同時に1か月以上経験するか、繰り返し経験した場合アルコール依存症と診断される。
・激しい飲酒渇望
・飲酒コントールの喪失
・離脱症状
・耐性の証拠
・飲酒中心の生活
飲酒行動に時間がかかる
・問題があるにもかかわらず飲酒
【0020】
本明細書において「精神的依存」とは、飲酒したいという強烈な欲求が起こる、飲酒のコントロールがきかず減酒できない、飲酒やそれからの回復に1日の大部分の時間を消費し飲酒以外の娯楽を無視する、精神的身体的問題が悪化しているにもかかわらず断酒しない等が挙げられ、「身体的依存」としては、アルコールが体から切れてくると手指のふるえ、発汗等の離脱症状が出現する、以前と比べて酔うために必要な酒量が増える等が挙げられる。
【0021】
これまでアルコール使用障害に対する治療の研究は、慢性的なアルコール摂取に対する障害について盛んに行われており、アルコール使用障害の治療は継続した断酒が最も安定かつ完全な目標といわれている。しかしながら、慢性的にアルコールを摂取し断酒した後であっても、慢性的なアルコール摂取後と同様に脳機能障害が生じオリゴデンドロサイトマーカーの発現量が減少する、すなわち髄鞘異常、オリゴデンドロサイトの分化異常が生じることを初めて発見し本発明を完成した。本明細書において「慢性的なアルコール摂取」の慢性的とは長期間であれば特に限定されず、例えば数か月~数年等である。
【0022】
オリゴデンドロサイトは、軸索を覆う髄鞘を形成する細胞であり、跳躍伝導により軸索の伝導速度を促進する。このため、オリゴデンドロサイトによる髄鞘形成は、社会性や情動行動などの脳高次機能に関与する。また、オリゴデンドロサイト前駆細胞から成熟オリゴデンドロサイトへ分化ができないと、髄鞘が形成できず脳機能障害が生じる。本発明の治療薬によれば、オリゴデンドロサイト前駆細胞から成熟オリゴデンドロサイトへの分化を促すことで、髄鞘異常による脳機能障害及び精神障害を改善しうる。本明細書において、オリゴデンドロサイトはオリゴデンドロサイト前駆細胞及び成熟オリゴデンドロサイトが含まれる。
【0023】
本明細書において、「アルコール性脳機能障害及び/又は髄鞘異常」とは、アルコールにより脳機能障害及び/又は髄鞘異常が生じていることをいう。ここで「脳機能障害」とは、脳が損傷を受けることによって、認知・記憶障害、不安障害等の症状が現れることをいう。「髄鞘異常」とは、髄鞘の成熟もしくは形成又は髄鞘が損傷を受けた後の再形成等に異常が現れる、あるいは髄鞘が損傷や破壊等により、適切に情報を伝えることができなくなる症状等をいい、例えばオリゴデンドロサイト前駆細胞が成熟オリゴデンドロサイトに分化できない、オリゴデンドロサイト前駆細胞及び/又は成熟オリゴデンドロサイトの細胞数の減少により髄鞘が形成されないこと等が挙げられる。
【0024】
本発明の治療薬は、例えばシアナミド、ジスルフィラム等の嫌酒薬、アカンプロサート等の断酒補助薬、ナルメフェン等の飲酒低減薬、抗統合失調症薬、抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬、睡眠薬、又は抗認知症薬等と併用してもよい。本発明を服用するタイミングは、特に限定されないが精神障害による脳機能障害及び/又は髄鞘異常が生じた際に服用することが好ましい。患者がアルコール使用障害患者の場合、本発明を服用するタイミングは、アルコール摂取中又は断酒後であっても特に限定されないが、アルコール摂取中又は断酒後においてアルコール性脳機能障害及び/又は髄鞘異常が生じた際に服用することが好ましい。アルコール性脳機能障害及び/又は髄鞘異常が生じているかどうかは、例えばアルコール摂取中又は断酒後の患者の脳をCT又はMRI等で検査することで判別することができる。
【0025】
本明細書において「統合失調症」は思考や行動、感情を1つの目的に沿ってまとめていく能力、すなわち統合する能力が長期間にわたって低下し、その経過中にある種の幻覚、妄想等が見られる病態である。統合失調症を診断する方法としてDSM-5又はICD-10等が挙げられる。
【0026】
本発明の治療薬の投与量は、投与対象の年齢、性別、体重、症状、投与回数、投与頻度、投与時期等に応じて適宜設定することができるが、例えば成人に経口投与する場合には、一日の投与量として0.001~0.5mg/kg、好ましくは0.01~0.1mg/kgである。本発明の治療薬の投与経路は特に限定されず、経口投与又は非経口投与で行うことができるが、経口投与が好ましい。経口投与に適する製剤の例としては、例えば錠剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、シロップ剤、溶液剤、カプセル剤又は懸濁剤等が挙げられる。経口投与用の液体製剤の製造には、例えば、水、ショ糖、ソルビット、果糖等の糖類;ポリエチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール類;ゴマ油、オリーブ油、大豆油等の油類;p-ヒドロキシ安息香酸エステル類等の防腐剤等の製剤用添加物を用いることができる。また、カプセル剤、錠剤、散剤、又は顆粒剤等の固形製剤の製造には、例えば、乳糖、ブドウ糖、ショ糖、マンニット等の賦形剤;澱粉、アルギン酸ソーダ等の崩壊剤;ステアリン酸マグネシウム、タルク等の滑沢剤;メチルセルロース、ポリビニールアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ゼラチン等の結合剤;脂肪酸エステル等の界面活性剤;グリセリン等の可塑剤を用いることができる。
【0027】
また、必要に応じ本発明の治療薬をマイクロカプセル(ヒドロキシメチルセルロース、ゼラチン、ポリ[メチルメタクリル酸]等のマイクロカプセル)に封入したり、コロイドドラッグデリバリーシステム(リポソーム、アルブミンミクロスフェア、マイクロエマルジョン、ナノ粒子及びナノカプセル等)とすることもできる("Remington's Pharmaceutical Science 16th edition", OsloEd. (1980)等参照)。さらに、薬剤を徐放性の薬剤とする方法も公知であり、本発明の治療薬に適用することができる。
【0028】
本発明はオリゴデンドロサイト分化促進物質を選別することを特徴とする、精神障害に対する治療薬のスクリーニング方法にも及ぶ。本明細書において、「オリゴデンドロサイト分化促進物質」とは、神経幹細胞からオリゴデンドロサイト前駆細胞への分化を促進する物質、又は神経幹細胞もしくはオリゴデンドロサイト前駆細胞から成熟オリゴデンドロサイトへの分化を促進する物質をいう。
【0029】
本発明のスクリーニング方法は、さらにオリゴデンドロサイトマーカーの発現量を測定する工程を含むことが好ましい。本明細書において、「オリゴデンドロサイトマーカー」とは、神経幹細胞からオリゴデンドロサイト前駆細胞へ分化を示すオリゴデンドロサイト前駆細胞マーカーであってもよいし、神経幹細胞又はオリゴデンドロサイト前駆細胞から成熟オリゴデンドロサイトへ分化を示す成熟オリゴデンドロサイトマーカー又は髄鞘マーカーであってもよい。例えばMAG(Myelin-associated glycoprotein)、CNPase(2',3'-Cyclic Nucleotide 3'-Phosphodiesterase)、MBP(Myelin basic protein)等の髄鞘マーカー、CC1(APC; Adenomatous polyposis coli)、Olig2(Oligodendrocyte transcription factor 2)等の成熟オリゴデンドロサイトマーカー、PDGFRα(Platelet-derived growth factor receptorα)、NG2(Neuron-glial Antigen 2)、Olig2等のオリゴデンドロサイト前駆細胞マーカー等が挙げられ、特にMAG、CNPase、CC1、Olig2又はPDGFRαが好ましい。Olig2はオリゴデンドロサイト前駆細胞と成熟オリドデンドロサイトの共通マーカーである。本発明のスクリーニング方法に用いるオリゴデンドロサイトマーカーの発現量を指標として、オリゴデンドロサイトの細胞数を計測することもできる。本発明のスクリーニング方法において、オリゴデンドロサイトマーカーの発現量又はオリゴデンドロサイトの細胞数を測定する工程は、例えば抗体を用いたウェスタンブロッティング、免疫組織化学染色、ELISA、フローサイトメトリー等の免疫学的手法、質量分析、アミノ酸シークエンスの解析等により測定することができる。
【0030】
本発明のスクリーニング方法は、さらに候補物質を投与した対象から被検試料を採取する工程又はオリゴデンドロサイトに候補物質を添加して培養する工程を含むことが好ましい。本明細書において「対象」とは、例えばマウス、ウサギ、ネコ、イヌ、ウマ、ウシ、サル等の類人猿等が挙げられる。本明細書において「被検試料」は、対象又は被検者から採取した検体そのものであってもよく、検体から調製されたものであってもよく、例えば前頭皮質、海馬等の脳組織や切片、尿、糞便、膿等の滲出物、喀痰、リンパ節、扁桃、皮膚、リンパ液、血液、粘膜等が挙げられる。本発明のスクリーニング方法において、対象はスクリーニングされる治療薬によって適宜変更することができ、例えばアルコール使用障害に対する治療薬をスクリーニングする場合は、EtOHを摂取した対象を用いることができる。本明細書において「オリゴデンドロサイトに候補物質を添加して培養する」とは、培養液にEtOH処理してオリゴデンドロサイトを培養することが好ましい。
【0031】
本発明のスクリーニング方法は、具体的には以下の工程を含む方法が好ましい。
1)候補物質を投与した対象から被検試料を採取する工程、
2)被検試料中においてMAG、CNPase、CC1、Olig2、MBP、PDGFRα及びNG2から選択される1種又は複数種のオリゴデンドロサイトマーカーの発現量を測定する工程
3)候補物質を投与していない対象と比較して、前記オリゴデンドロサイトマーカーの発現量が促進する場合に、オリゴデンドロサイト分化促進物質を選別する工程。
【0032】
上記3)の工程について、具体的には候補物質を投与した対象と、候補物質を投与していない対象の各々のオリゴデンドロサイトマーカーの発現量を比較し、候補物質を投与した対象のオリゴデンドロサイトマーカーの発現量が、候補物質を投与していない対象のオリゴデンドロサイトマーカーの発現量より促進する場合に、オリゴデンドロサイト分化促進物質を選別することである。候補物質を投与していない対象のオリゴデンドロサイトマーカーの発現量は、上記1)及び2)の工程より測定することができる。
【0033】
上記1)~3)の工程により、オリゴデンドロサイト分化促進物質を選別することができ、本発明の精神障害に対する治療薬をスクリーニングすることができる。本発明のスクリーニング方法において、「候補物質」とは精神障害に対して有効と推定される物質であれば特に限定されないが、例えばタンパク質、ペプチド、非ペプチド化合物、合成低分子化合物、天然化合物細胞抽出物、細胞培養上清、微生物発酵産物、海洋生物由来の抽出物、植物抽出物等が挙げられる。
【0034】
本発明は被検者から採取した被検試料中のオリゴデンドロサイトマーカー、オリゴデンドロサイト分化調節因子、オリゴデンドロサイト分化制御因子及びオリゴデンドロサイト由来産物から選択される1種又は複数種を測定することを特徴とする、精神障害の予後を検査する方法にも及ぶ。本発明の検査方法によれば、精神障害の予後を予測することが可能になり、適切な治療方法を選択することができる。例えば、被検者のオリゴデンドロサイトマーカー、オリゴデンドロサイト分化調節因子、オリゴデンドロサイト分化制御因子及びオリゴデンドロサイト由来産物から選択される1種又は複数種の値が、予め設定したオリゴデンドロサイトマーカー、オリゴデンドロサイト分化調節因子、オリゴデンドロサイト分化制御因子及びオリゴデンドロサイト由来産物から選択される1種又は複数種の基準値以下の場合には、精神障害が回復していないことを予測できる。これにより、被検者である精神障害患者が精神障害に対する治療をしている場合には継続して精神障害の治療の実施を行うことができ、精神障害に対する治療をしていない場合には、精神障害の治療を始めることを勧めることができる。また例えば、該基準値以上の場合には、精神障害に対する治療によって回復したことを予測できる。本明細書において「回復」とは脳機能が正常であることをいう。
【0035】
本明細書において「オリゴデンドロサイト分化調節因子」とは、神経幹細胞からオリゴデンドロサイト前駆細胞へ、又は神経幹細胞もしくはオリゴデントロサイト前駆細胞から成熟オリゴデンドロサイトへ分化する過程に関与するものをいう。例えばT3(Triiodothyronine)、T4(Thyroxine)、PDGF(Platelet-derived growth factor)、bFGF(Basic fibroblast growth factor)、NT3(Neurotrophin-3)、IGF(Insulin-like growth factors)、SHH(Sonic hedgehog)、LIF(leukemia inhibitory factor)、MYRF(Myelin Regulatory Factor)等が挙げられ、特にT3、T4が好ましい。本明細書において「オリゴデンドロサイト分化制御因子」は、神経幹細胞からオリゴデンドロサイト前駆細胞へ、又は神経幹細胞もしくはオリゴデントロサイト前駆細胞から成熟オリゴデンドロサイトへの分化を制御するマイクロRNA(miRNA)である。近年、バイオマーカーとしてのmiRNAの利用が盛んになっている。オリゴデンドロサイトの分化に関しても、分化を制御する因子として特定のmiRNAが関与することが明らかになっている(Dylan A et al., Front Cell Dev Biol., 2016 Jun 17;4:59, John-Mark K et al., The International Journal of Biochemistry & Cell Biology, 2015 65;134:138等参照)。本明細書において「オリゴデンドロサイトの分化を制御するmiRNA」は、例えばオリゴデンドロサイトの分化過程において発現が増加するmiRNA等が挙げられ、具体的にはmiR-219、miR-388、miR-138、miR-9等が挙げられる。本明細書において「オリゴデンドロサイト由来産物」は髄鞘を構成する脂質であれば特に限定されないが、例えばセレブロシド、スルファチド等が挙げられる。
【0036】
本発明の検査方法において、オリゴデンドロサイトマーカー、オリゴデンドロサイト分化調節因子、オリゴデンドロサイト分化制御因子及びオリゴデンドロサイト由来産物から選択される1種又は複数種を測定する方法は、被検試料中のオリゴデンドロサイトマーカー、オリゴデンドロサイト分化調節因子、オリゴデンドロサイト分化制御因子及びオリゴデンドロサイト由来産物から選択される1種又は複数種を確認可能な方法であれば特に限定されない。オリゴデンドロサイトマーカー又はオリゴデンドロサイト分化調節因子の測定は、タンパク質レベルで測定してもよく、またRNAレベルで測定してもよい。タンパク質レベルでの検出又は定量は、免疫学的手法等により行うことができる。また、RNAレベルでの検出又は定量は、例えばRT-PCR、ノーザン・ブロッティング法、in situハイブリダイゼーション等により行うことができる。またオリゴデンドロサイト分化制御因子を測定する場合は、例えば被検者から採取した被検試料中のエクソソームに含まれるmiRNAを抽出することで測定することができる。エクソソームは自体公知の方法により被検試料から得ることができる。例えば遠心法、密度勾配遠心法、超遠心法、ポリマー沈殿法、サイズ排除クロマトグラフィーを用いた分離法及びアフィニティーを利用した分離法等が挙げられる。またエクソソームからmiRNAを抽出する方法は自体公知の方法により行われ、例えばRNA抽出薬等を使用しRNAを抽出した後に、miRNA抽出用キット等でmiRNAを抽出することができる。オリゴデンドロサイト由来産物を測定する場合は、例えばガスクロマトグラフィー(GC/MS)又は液体クロマトグラフィー(LC/MS)等により行うことができる。本発明の検査方法において「被検試料」は被検者から採取した前頭皮質、海馬等の脳組織や切片、血液、尿、リンパ液、唾液等の体液等が挙げられる。
【実施例
【0037】
本発明の理解を助けるために、以下に実施例を示して具体的に本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものでないことはいうまでもない。実施例において図中の「アルコール摂取直後」とは最後のアルコール摂取4日後を意味し、「アルコール摂取し断酒した後」とはアルコール摂取直後から更に3週間後を意味する。また実施例おいて、アルコール摂取したマウスは、慢性的にアルコール摂取した状態を模倣している。
【0038】
(実施例1)アルコール摂取直後のマウスに対する行動実験
本実施例では、アルコール摂取直後のマウスの行動を評価した。
【0039】
4週齢(P28)の雄性C57BL/6Jマウスを使用した。マウスはプラスチックケージに収容し、12時間の明暗サイクル(8:00A.M.に点灯)で維持し、餌と水は自由に与えた。
【0040】
マウス16匹にEtOH(3.0g/kg;滅菌水で25%に希釈)を図1(a)のスケジュールの通りP28-45間の合計10日間(1日1回)、間欠経口投与した。対照マウス16匹には、EtOHを投与したマウスと同量の滅菌水を経口投与した。
【0041】
行動実験はすべて午前10時~午後6時の間に行い、社会性の指標として社会性試験、不安行動の指標としてガラス玉覆い隠し試験及び新規環境下抑制摂食試験、認知機能の指標として新奇物体認知試験を実施した。前実験の影響を減らすために、社会性試験、ガラス玉覆い隠し試験、新規環境下抑制摂食試験、新奇物体認知試験の順で実施した。行動実験の実施前に、被験マウスを実験室に2時間以上馴化した。
【0042】
(社会性試験(SIT))
社会性試験は、既報(Mouri A et al., J Neurosci. 2012 Mar 28;32(13):4562-80)に準じた方法で行った。社会性試験は、灰色の無反射アクリルで作られた上部のない正方形のオープンボックス(30×30×35cm)で50luxの照明下で行った。被験マウスは、社会性試験前の2日間10分間ずつボックス内に単独で入れて馴化した。試験当日、被験マウスと異なるホームケージにいる同齢同性のC57BL/6Jマウスを新規パートナーとして無作為に割り当て、ボックスに10分間入れた。社会的相互作用(匂いを嗅ぐ、毛づくろいをする、追いかけてくる、マウンティングする、這うなど)の時間を記録した。受動的な接触(座ったり横になったりして体を接触させること)は、社会的相互作用の時間には含めなかった。
【0043】
(ガラス玉覆い隠し試験(MB))
ガラス玉覆い隠し試験は、既報(Alkam T et al., Behav Brain Res. 2013 Feb 15;239:80-9)に準じた方法で行った。ガラス玉覆い隠し試験は、床材(深さ3cmのおがくず)を敷いたプラスチックケージ(26×21×15cm)内で、40luxの照明下で行なった。ケージ内のおがくず上に12個のガラス玉を等間隔で置いた。被験マウスをガラス玉の入ったケージの隅に入れ、15分間ケージ内を自由に探索させた。ガラス玉表面積の3分の2がおがくずで覆われていれば、ガラス玉が埋まったものとしてカウントした。
【0044】
(新規環境下抑制摂食試験(NSF))
新規環境下抑制摂食試験は、既報(Lu Q et al., Behav Brain Res. 2019 Oct 17;372:112053) に準じた方法で行った。被験マウスは試験36時間前から絶食させ、水は自由飲水とした。新規環境下抑制摂食試験は、床材(深さ2cmのおがくず)を敷いたプラスチックケージ(26×21×15cm)内で、300luxの照明下で行なった。ケージ中央に円形の白色ろ紙(直径:10cm)が置かれた10cmシャーレを付置し、そこにマウス飼料を1粒載せた。被験マウスをケージの隅に置き、5分間ケージ内を自由に探索させ、餌を食べるまでの時間を記録した。
【0045】
(新奇物体認知試験(NORT))
新奇物体認知試験は、既報(Mouri A et al., J Neurosci. 2012 Mar 28;32(13):4562-80)に準じた方法で行った。試験手順は、馴化、訓練、保持の3つのセッションで構成されている。被験マウスは、正方形のオープンボックス(30×30×35cm)内に10分間ずつ3日間曝露し、馴化した(馴化)。トレーニングセッションでは、箱に2つの物体(ゴルフボール、木製の円柱、四角いピラミッドで形や色は異なるが大きさは似ているもの)を置き、被験マウスをボックスの中間地点に置き、2つの物体を探索している時間を10分間記録した。マウスの頭が物体に向いていたり、物体に触れたり、匂いを嗅いだりしている時間を物体探索とみなし計測した(訓練;Training)。テストセッション(Test)では、被験マウスを訓練セッションの24時間後に同じボックスに戻し、訓練時に使用した物体のうち、1つを新奇物体に置き換えた。その後、被験マウスを10分間自由に探索させ、それぞれの物体を探索した時間を計測した。認知機能の指標として、2つの物体を探索した合計時間に対する2つの物体のいずれか一方又は新奇物体を探索した時間の割合を用いた。
【0046】
上記の結果を図1(b)に示す。社会性試験において、アルコール摂取群(EtOH)ではパートナーマウスに対する接触時間の有意な減少が認められた。また、ガラス玉覆い隠し試験並びに新規環境下抑制摂食試験では、アルコール摂取により隠したガラス玉数の増加や餌を食べるまでの時間の増加が認められた。さらに、新奇物体認知試験では新奇物体へのアプローチ時間の有意な低下が認められた。以上の結果より、アルコール摂取直後では社会性の低下、不安様行動、認知機能障害が惹起されることが明らかになった。
【0047】
(実施例2)アルコール摂取し断酒した後のマウスに対する行動実験
本実施例ではアルコール摂取し断酒した後のマウスの行動を評価した。
【0048】
実施例1と同手法により作製したEtOHを摂取させたマウス16匹を3週間断酒させた後、マウスの行動を評価した(図2(a))。対照マウス16匹には、EtOHを投与したマウスと同量の滅菌水を経口投与した。行動実験は実施例1の手法により行った。
【0049】
上記の結果を図2(b)に示す。社会性試験において、アルコール摂取群(EtOH)ではパートナーマウスに対する接触時間の有意な減少が認められた。また、ガラス玉覆い隠し試験並びに新規環境下抑制摂食試験では、アルコール摂取により隠したガラス玉数の増加や餌を食べるまでの時間の増加が認められた。さらに、新奇物体認知試験では新奇物体へのアプローチ時間の有意な低下が認められた。以上の結果より、アルコール摂取し断酒した後であっても社会性の低下、不安様行動、認知機能障害等の行動障害が長期に遷延化することが明らかになった。
【0050】
(実施例3)アルコール摂取直後及びアルコール摂取し断酒した後のマウスにおける髄鞘異常の確認
本実施例では、アルコール摂取直後及びアルコール摂取し断酒した後のマウスの髄鞘異常を髄鞘マーカー(MAG、CNPpase)により確認し比較した。髄鞘量はウェスタンブロッティングにより解析した。
【0051】
実施例1及び実施例2と同手法によりマウス(各8匹)にEtOHを摂取させた。対照マウス(各8匹)には、EtOHを投与したマウスと同量の滅菌水を経口投与した。ウェスタンブロッティングは、既報(Kunisawa K et al., Eur J Pharmacol. 2017 Feb 5;796:122-130)に準じた方法で行った。各々のマウスから前頭前皮質及び海馬を採取し-80℃で凍結させ、ウェスタンブロッティングに用いた。凍結した前頭前皮質及び海馬を氷冷したホモジナイズバッファー内で超音波処理によりホモジナイズした。4℃で13,000rpmの遠心分離を15分行った後、Quick StartTM Bradford 1x dye reagent(Cat# 5000205, Bio-Rad, Berkeley, CA, USA)を用いて上清中のタンパク質濃度を測定し、2.0 μg/μLに規格化した。各タンパク質サンプルを10%(w/v)SDS-PAGEで電気泳動し、続いて0.22mmのPVDF膜(Cat# GVWP04700, Millipore, Billerica, MA, USA)に転写した。膜はTBST中の5%スキムミルクで室温で60分間ブロッキングし、一次抗体で4℃で一晩反応させた。次にPVDF膜をTBSTで洗浄し(3回,10分間)、適切なHRP標識二次抗体で室温で2時間反応させた。その後、PVDF膜をTBSTで再度洗浄し(3回,10分間)、Immobilon Forte Western HRP substrate(Cat# WBLUF0100,Millipore)で反応させた。免疫反応したバンドは、ATTO LuminoGraphI(Cat# WSE-6100, ATTO, Tokyo, Japan)を用いて可視化した。なお、使用した一次抗体は、rabbit anti-MAG(1:1000、Cat# 9043、Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA)、rabbit anti-CNPase(1:1000、Cat# 5664、Cell Signaling Technology)、mouse anti-β-actin(1:1000、Cat# A5441、Sigma-Aldrich)を使用した。
【0052】
上記の結果を図3に示す。アルコール摂取直後のマウス前頭前皮質及び海馬では髄鞘量に差は認められなかった(図3(a))。しかし、アルコール摂取し断酒した後の前頭前皮質及び海馬では髄鞘量の有意な低下が認められた(図3(b))。以上の結果より、アルコール摂取し断酒した後で認められる行動異常に髄鞘異常が関与する可能性が示された。
【0053】
(実施例4)アルコール摂取直後及びアルコール摂取し断酒した後のマウスにおけるオリゴデンドロサイトの細胞数の確認
本実施例ではアルコール摂取直後及びアルコール摂取し断酒した後のマウス前頭前皮質及び海馬のオリゴデンドロサイト前駆細胞及び成熟オリゴデンドロサイトの細胞数を、オリゴデンドロサイト前駆細胞マーカー(PDGFRα)及び成熟オリゴデンドロサイトマーカー(CC1)により確認し比較した。オリゴデンドロサイトの細胞数は免疫組織化学染色法により解析した。
【0054】
実施例1及び実施例2と同手法によりマウス(各4匹)にEtOHを摂取させた。対照マウス(各4匹)には、EtOHを投与したマウスと同量の滅菌水を経口投与した。免疫蛍光染色は、既報(Kunisawa K et al., J Neurochem. 2018 Nov;147(3):395-408)に準じた方法で行った。作製したマウスの前頭前皮質及び海馬の凍結切片を10mMクエン酸緩衝液(pH6.0)中、電子レンジで5分間加熱した。PBSで洗浄後、切片はPBST中の5% normal horse serum(Cat# S-2000、Vector Laboratories, Inc.、Burlingame, CA, USA)で1時間ブロックした後、一次抗体と4℃で一晩反応させた。PBSTで洗浄後、切片を二次抗体(1:2000)と室温で3時間反応させた。なお、使用した一次抗体は、mouse anti-CC1抗体(1:500;Cat# MABF850,Millipore),goat anti-PDGFRα抗体(1:200;Cat# AF1062,R&D Systems Inc.)を使用した。
【0055】
上記の結果を図4に示す。アルコール摂取直後のマウス前頭前皮質及び海馬ではオリゴデンドロサイトの細胞数に差は認められなかった(図4(a))。しかし、アルコール摂取し断酒した後の前頭前皮質及び海馬では髄鞘異常と同様、オリゴデンドロサイト前駆細胞及び成熟オリゴデンドロサイトの有意な減少が認められた(図4(b))。以上の結果より、アルコール摂取し断酒した後で認められる髄鞘異常はオリゴデンドロサイトの細胞数の減少に起因する可能性が示された。
【0056】
(実施例5)アルコール摂取し断酒した後のマウスに対するクレマスチンの効果1
本実施例ではアルコール摂取し断酒した後のマウスにクレマスチンを投与し、マウスの行動を評価した。
【0057】
実施例2と同手法によりマウスにEtOHを摂取させた(図5(a))。対照マウスには、EtOHを投与したマウスと同量の滅菌水を経口投与した。クレマスチン(Cat# 14976-53-7, R&D Systems Inc., Minneapolis, MN, USA)を滅菌水に懸濁し、EtOH投与終了後から行動試験の最終日まで、クレマスチン(10 mg/kg)としてマウスに毎日経口投与した(図5(a))。その後コントロール群(n=18)、コントロール+クレマスチン群(n=15)、EtOH群(n=17)、EtOH+クレマスチン群(n=18)の行動評価を実施例1と同手法により行った。
【0058】
上記の結果を図5(b)に示す。社会性試験、ガラス玉覆い隠し試験、新規環境下抑制摂食試験、新奇物体認知試験において、アルコール摂取し断酒した後で認められる社会性の低下、不安様行動、認知機能障害はクレマスチンの投与により有意に緩解した。以上の結果より、髄鞘形成促進作用を有するクレマスチンがアルコール使用障害に対する新規治療薬となり得る可能性が示唆された。
【0059】
(実施例6)アルコール摂取し断酒した後のマウスにおけるオリゴデンドロサイトの分化増殖異常の確認
本実施例では、アルコール摂取し断酒した後のマウス海馬のオリゴデンドロサイトでの分化増殖率を測定した。
【0060】
実施例4と同手法によりマウス(4匹)にEtOHを摂取させ(図6(a))、断酒した後のマウス海馬の免疫組織化学染色法を行った。なお、対称マウス(4匹)はEtOHを投与したマウスと同量の滅菌水を経口投与した。オリゴデンドロサイトの分化増殖は、分化増殖細胞マーカーの指標となるブロモデオキシウリジン (Brdu)を用いた。EtOH摂取終了後よりBrdU(100mg/kg)を1日1回5日間腹腔内投与し(図6(a))、断酒約3週間後にオリゴデンドロサイトの分化増殖率が低下しているかを検討するため、オリゴデンドロサイトマーカー(Olig2)と分化増殖マーカー(BrdU)の共陽性オリゴデンドロサイトの細胞数を免疫組織化学染色法により確認し比較した。一次抗体は、mouse anti-Olig2抗体(Cat# MABN50,Merck)、rat anti-BrdU抗体(Cat# ab6326,abcam)を使用した。
【0061】
上記の結果を図6(b)及び(c)に示す。図6(b)は海馬の免疫組織化学染色法の結果を示し、図6(b)中の△はオリゴデンドロサイトマーカー(Olig2)と分化増殖マーカー(BrdU)の共陽性オリゴデンドロサイトの細胞数を示す。図6(c)はOlig2とBrdUの共陽性オリゴデンドロサイトの細胞数を示す。アルコール摂取し断酒した後の海馬歯状回(Dentate Gyrus:DG)において、オリゴデンドロサイトの分化増殖が有意に減少した。以上の結果より、アルコール摂取し断酒した後で認められるオリゴデンドロサイトの細胞数の減少は分化増殖異常に起因する可能性が示された。
【0062】
(実施例7)アルコール摂取し断酒した後の髄鞘形成を抑制した遺伝子改変動物におけるアルコール脆弱性の検討
本実施例ではアルコール摂取し断酒した後の髄鞘形成を抑制した遺伝子改変動物のアルコール脆弱性を検討した。
【0063】
(髄鞘形成を抑制した遺伝子改変動物の作製)
オリゴデンドロサイト前駆細胞において髄鞘形成制御因子(Myelin regulatory factor:myrf)を欠損させたマウス(以下、NG2-CreERT;Myrf-Floxマウス)を作製した。オリゴデンドロサイト前駆細胞マーカーであるNG2遺伝子プロモーター上にLoxP配列を認識し組換えを起こすタモキシフェン誘導型Creリコンビナーゼを組込んだNG2-CreERT遺伝子改変マウスと、髄鞘形成制御因子として知られるMyelin Regulatory Factor(Myrf)遺伝子のエクソン領域をLoxPで挟み込んだMyrf-Flox遺伝子改変マウスを交配し、NG2-CreERT;Myrf-Floxマウスを作製した。当該マウスにタモキシフェンを投与することで、時期特異的にオリゴデンドロサイト特異的に髄鞘形成抑制が可能となる。
【0064】
実施例2と同手法によりNG2-CreERT;Myrf-Floxマウス又は遺伝子改変していないマウス(WT)(各12匹)にEtOHを摂取させ、断酒約3週間後にマウスの行動を評価した(図7(a))。具体的には、通常マウスでは脳機能障害を生じさせない少用量(1g/kg)のEtOHをNG2-CreERT;Myrf-Floxマウス又は遺伝子改変していないマウス(WT)(各12匹)に摂取終了後、タモキシフェン(100mg/kg)を1日1回5日間腹腔内投与した。断酒約3週間後に各種行動試験(ガラス玉覆い隠し試験、新規環境下抑制摂食試験、社会性試験)を実施した。なお、図7中のHomoはNG2-CreERT;Myrf-Floxマウスを示す。
【0065】
上記の結果を図7(b)に示す。ガラス玉多い隠し試験(MB)、新規環境下抑制摂食試験(NSF)、社会性試験(SIT)において、オリゴデンドロサイトの分化、髄鞘形成を阻害することでアルコールに対する脆弱性が認められ、オリゴデンドロサイトの分化抑制は、アルコールによる脳機能障害を悪化させたことが示された。以上の結果より、アルコールの暴飲による行動異常にオリゴデンドロサイトの分化異常が関与することが示唆された。
【0066】
(実施例8)アルコール摂取し断酒した後のマウスに対するクレマスチンの効果2
本実施例ではアルコール摂取し断酒した後のマウスにクレマスチンを投与し、前頭前皮質での髄鞘形成促進効果を検討した。
【0067】
実施例6と同手法によりマウスにEtOHを摂取させた(図8(a))。対照マウスには、EtOHを投与したマウスと同量の滅菌水を経口投与した。クレマスチン(Cat# 14976-53-7, R&DSystems Inc., Minneapolis, MN, USA)を滅菌水に懸濁し、EtOH投与終了後から行動試験の最終日まで、クレマスチン(10 mg/kg)としてマウスに毎日経口投与し、コントロール群(5匹)、コントロール+クレマスチン群(4匹)、EtOH群(4匹)、EtOH+クレマスチン群(5匹)の髄鞘形成促進効果を髄鞘マーカー(MAG)を用いて免疫組織化学染色法により解析した。一次抗体は,rabbit anti-MAG抗体(Cat#9043,CST)を使用した。
【0068】
上記の結果を図8(b)に示す。図8(b)は前頭前皮質の免疫化学組織染色法の結果を示す。図8(c)はImageJで測定されたMAGのシグナル強度を示す。アルコール摂取し断酒した後で認められる前頭前皮質での髄鞘異常はクレマスチンの投与により有意に緩解した。
【産業上の利用可能性】
【0069】
以上詳述したように、精神障害、特にアルコール使用障害においてオリゴデンドロサイトの細胞数の減少、髄鞘異常が惹き起こされることが確認された。この結果、本発明のクレマスチン又はその薬理上許容される塩を有効成分とする治療薬は、精神障害に対する治療薬として有用である。またクレマスチンは抗ヒスタミン薬としてすでに販売されていることから、ヒトにおいて安全性が十分に明らかになっており有用である。さらに本発明のスクリーニング方法によれば、新規の精神障害に対する治療薬をスクリーニングすることができる。
図1
図2
図3
図4a
図4b
図5
図6
図7
図8