(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-21
(45)【発行日】2024-07-01
(54)【発明の名称】複数輪型車椅子
(51)【国際特許分類】
A61G 5/04 20130101AFI20240624BHJP
【FI】
A61G5/04 701
(21)【出願番号】P 2024525743
(86)(22)【出願日】2023-12-27
(86)【国際出願番号】 JP2023047109
【審査請求日】2024-04-30
(31)【優先権主張番号】P 2023007205
(32)【優先日】2023-01-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】599121746
【氏名又は名称】株式会社 富士ワールド
(74)【代理人】
【識別番号】100103207
【氏名又は名称】尾崎 隆弘
(72)【発明者】
【氏名】安藤 友一
(72)【発明者】
【氏名】河田 哲明
【審査官】齊藤 公志郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-94998(JP,A)
【文献】特開2014-168971(JP,A)
【文献】特開2020-151160(JP,A)
【文献】国際公開第2021/200945(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61G 5/00-14
B62K 5/007
B62D 57/032
B62D 61/06-10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体フレームと、前記車体フレームの左右両側となる位置に設けられた前輪、中輪、および後輪と、を備える複数輪型車椅子であって、
前記前輪の車軸を軸支する第1の一端部と、前記車体フレームに対して揺動可能に接続する第1の揺動部と、前記第1の揺動部を挟んで前記第1の一端部に対向する第1
の他端部と、を有する第1のロッカーリンクと、
前記後輪の車軸を軸支する第2の一端部と、前記車体フレームに対して揺動可能に接続する第2の揺動部と、前記第2の揺動部を挟んで前記第2の一端部に対向する第2の他端部と、を有する第2のロッカーリンクと、
前記中輪を軸支する中輪軸支部を有するリンク連結部と、を備え、
前記リンク連結部は、前記第1の他端部または前記第2の他端部のいずれか一方に接続するローラピンである支持部と、前記第1の他端部または前記第2の他端部のいずれか他方に接続する支持受部とを有し、
前記支持受部は、一対の受面部を有し、
前記リンク連結部が前記第1
のロッカーリンクおよび前記第2
のロッカーリンクの揺動に連動して変位するとき、前記支
持部は前記受面部に沿って移動する複数輪型車椅子。
【請求項2】
前記支持受部は、その両端部が前記受面部の両端部に接続する変位抑制面部を有し、
前記支持部は、前記変位抑制面部に接触することで前記第1のロッカーリンク及び前記第2のロッカーリンクの変位を抑制する請求項1に記載の複数輪型車椅子。
【請求項3】
前記受面部と前記変位抑制面部は、協働して貫通孔を画定する請求項2に記載の複数輪型車椅子。
【請求項4】
前記中輪を駆動する駆動部を備える請求項1に記載の複数輪型車椅子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の車輪を備えた複数輪型車椅子に関し、特に、走行方向に対して上凸状傾斜切り替わり路や下凹状傾斜切り替わり路を有する走行路面に対応できるように改良した複数輪型車椅子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年では、介護者に依存することなく移動できる手段として4輪式や6輪式の電動式車椅子が各地で市販されている。電動式車椅子には前輪をバーハンドルで操作することにより方向転換するハンドル型と言われるものと、電動モータを左右に配しそれぞれの回転数差で方向転換するジョイスティック型と言われるものがある。ジョイスティック型の特徴は、左右の駆動モータを逆回転させる超信地旋回による高い小回り性にある。そのため、病院や家庭内において高い利便性を持つジョイスティック型の出荷台数が堅調に伸び(経済産業省、2008)ている。現在市販されているジョイスティック型電動車いすには、駆動輪を前輪または後輪に持つ4輪方式と駆動輪を中央輪に持つ6輪方式の2つがある。詳しくは後述するが、6輪方式は4輪方式に比べ超信地旋回時の専有面積が小さく有利である一方、これについても詳しくは後述するが、6輪車は走行路において路面傾斜の切り替わりがある場合、駆動輪である中央輪の接地荷重を失い、制動および駆動が掛からなくなるといった課題や、前輪の浮きによるピッチング挙動という課題が存在する。そのためハンドル型およびジョイスティック型の4輪方式は屋外向きであり、ジョイスティック型6輪方式は屋内向きであると言われている。しかし、一人の利用者が目的に応じて複数台の電動車いすを所有することは現実的とは言えない。このため、6輪式の電動車椅子が本来有する高い小回り性と、4輪式の電動車椅子が有する接地性の良さとを併せ持つ電動車椅子が望まれていた。
【0003】
非特許文献1、2には、火星探査車に使用されるロッカーボギーリンク機構を有する車輪式移動機構が開示されている。片側3輪をロッカーリンクおよびボギーリンクにより関連付けし,かつ左右の車輪列をつなぐ左右連結棒を差動ギヤにより連結し、これにより左右の6輪すべてを関連付けている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】黒田洋司,“不整地移動メカニズム”,日本ロボット学会誌,2003年,第21巻,第5号,p.477-479
【文献】礒田颯,他4名,“ロッカーボギー機構を用いた無人探査ロボット”,日本惑星科学会誌,2012年,第21巻,第2号,p.148-154
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1、2が採用するロッカーボギーリンク機構の特性は6輪電動車椅子にとっても好ましいものであり、6輪電動車椅子の接地性を向上させることができるが、構成部品の強度、剛性の確保および差動ギヤの存在などからコスト及び質量の増加が懸念される。パッシブリンク機構の先達であるロッカーボギーリンクは、地球とは重力の異なる惑星における不整地路走行を目的として開発されたものであるため、こうした構造そのものを市販電動車椅子に用いるのは費用対効果の面で困難さがある。
【0006】
本発明は上記課題に鑑みてなされたもので、その目的は、6輪式の電動式車椅子の有する、省スペースで小回り性が高いという長所を維持しながら、接地性に関する短所を解消することにより、屋内用、屋外用の両方に一台で適用可能で、かつ、軽量、低コストで、実用性の高い複数輪型車椅子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための発明は、車体フレームと、車体フレームの左右両側となる位置に設けられた前輪、中輪、および後輪と、を備える複数輪型車椅子であって、前輪の車軸を軸支する第1の一端部と、車体フレームに対して揺動可能に接続する第1の揺動部と、第1の揺動部を挟んで第1の一端部に対向する第1他端部と、を有する第1のロッカーリンクと、後輪の車軸を軸支する第2の一端部と、車体フレームに対して揺動可能に接続する第2の揺動部と、第2の揺動部を挟んで第2の一端部に対向する第2の他端部と、を有する第2のロッカーリンクと、第1の他端部と第2の他端部に接続するリンク連結部と、を備え、リンク連結部は、中輪の車軸を軸支する中輪軸支部を有し、第1のロッカーリンクおよび第2のロッカーリンクの揺動に連動して変位する。
【0008】
この構成によれば、最小回転半径が小さくて小回り性が高く、かつ省スペース性を有する、前転転覆および後転転覆に対するリスクの偏りがないといった6輪電動車椅子が本来有する優れた効果を奏するのはもとより、下凹状傾斜切り替わり路及び上凸状傾斜切り替わり路でも、前輪、中輪及び後輪をそれぞれ接地状態に維持して走行可能とすることができる。このため、下凹状傾斜切り替わり路でも制動力や駆動力を失うことがなく、上凸状傾斜切り替わり路でもピッチング挙動を防止でき、JIS規格を越える13度以上の傾斜切り替わり路においても安全に登降坂を可能にすることができる。また、軽量で低コストに製造することができる。これにより、屋内、屋外両用の実用性の高い複数輪型車椅子を提供することができる。
【0009】
好ましくは、リンク連結部は、支持部と、支持部と接続する支持受部と、を有する複数輪型車椅子である。
【0010】
この構成によれば、リンク連結部を簡素な構成の組み合わせで実現することができるのでコスト的に有利で量産にも適する。
【0011】
好ましくは、支持受部は、一対の受面部を有し、支持部は、第1のロッカーリンク及び第2のロッカーリンクの揺動に連動して、受面部に沿って移動する複数輪型車椅子である。
【0012】
この構成によれば、支持受部は、受面部を有し、支持部は、第1ロッカーリンク及び第2ロッカーリンクの揺動に連動して、受面部に沿って移動するので、支持部が受面部に沿って移動することで、前輪、中輪、後輪は走行路の凹凸に円滑に追従することができる。受面部は直線状に延びる形状であることが好ましい。
【0013】
好ましくは、支持受部は、その両端部が受面部の両端部に接続する変位抑制面部を有し、支持部は、変位抑制面部に接触することで第1のロッカーリンク及び第2のロッカーリンクの変位を抑制する複数輪型車椅子である。
【0014】
この構成によれば、支持部が、変位抑制面部に接触することで第1ロッカーリンク及び第2ロッカーリンクの変位は抑制されるので、走行路の凹凸が予想を超えて大きくなる場合でも、走行姿勢の安定性を確保できる。
【0015】
好ましくは、受面部と変位抑制面部は、協働して貫通孔を画定する複数輪型車椅子である。
【0016】
この構成によれば、受面部と変位抑制面部は、協働して貫通孔を画定するので、支持受部を簡素な構造とすることができる。貫通孔の形状としては長孔形状等が例示される。
【0017】
好ましくは、中輪を駆動する駆動部を備えることを特徴とする複数輪型車椅子である。
【0018】
この構成によれば、輪荷重を最も大きく設定できる中輪に駆動部を設けるので、走行の安定性を確保できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】(a)は4輪電動車椅子の側面を概略的に示す模式図であり、(b)は6輪電動車椅子の側面を概略的に示す模式図である(比較例)。
【
図2】(a)、(b)は、互いに同一寸法のホイールベース長さとトレッド幅とした4輪電動車椅子及び6輪電動車椅子を示す模式図である(比較例)。
【
図3】(a)、(b)は、互いに同一寸法のホイールベース長さと重心(車椅子と乗員を合わせた全体の重心)の高さを有する4輪電動車椅子(後輪駆動)及び6輪電動車椅子について、降坂路での安定性を比較する模式図である(比較例)。
【
図4】(a)、(b)は、互いに同一寸法のホイールベース長さと重心の高さを有する4輪電動車椅子(後輪駆動)及び6輪電動車椅子について、登坂路での安定性を比較する模式図である(比較例)。
【
図5】(a)~(d)は、互いに同一寸法のホイールベース長さと重心の高さを有する4輪電動車椅子(後輪駆動)及び6輪電動車椅子について、下凹形状に切り替わる走行路面傾斜に対する車輪の接地態様を示す模式図である(比較例)。
【
図6】(a)~(f)は、互いに同一寸法のホイールベース長さと重心の高さを有する4輪電動車椅子(後輪駆動)及び6輪電動車椅子について、上凸形状に切り替わる走行路面傾斜に対する車輪の接地態様を示す模式図である(比較例)。
【
図7】本発明の実施形態の複数輪型車椅子を6輪電動車椅子として示す概略的な模式図である。
【
図8】本発明の実施形態の複数輪型車椅子が下凹状傾斜切り替わり路を走行時の状態を示す概略的な模式図である。
【
図9】本発明の実施形態の複数輪型車椅子が上凸状傾斜切り替わり路を走行時の状態を示す概略的な模式図である。
【
図10】本発明の実施形態のダブルロッカーリンク機構に係る概略的な部分模式図であり、(a)は第1のロッカーリンクおよびリンク連結部を示し、(b)は第2のロッカーリンクを示し、(c)は第1のロッカーリンク機構と第2のロッカーリンク機構とをリンク連結部で接続した状態を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
ここで、本発明の複数輪型車椅子について説明する前に、本発明の動機となった背景事情について以下に詳述する。近年では、介護者に依存することなく移動できる手段として4輪式や6輪式の電動式車椅子が市場に流通している。いずれの車椅子も、駆動モータを備えた車輪を左右に配置しており、駆動モータにより直進と左折・右折、回転走行のそれぞれを行うようになっている。この場合、左右の駆動モータを互いに反対となる方向に回転、すなわち逆転させることにより超信地旋回を可能とすることが、狭い走行環境においては重要な事項となっている。4輪式や6輪式の電動式車椅子では、それぞれ走行環境によって一方が他方よりも有利な特徴を備えており、各特徴に応じて適用する好適度が異なるという事情がある。
【0021】
図1(a)に、後輪駆動の4輪車椅子の側面の概略を模式的に示す。4輪車椅子では前輪Feの2輪に駆動モータを配したものもあるが図示の4輪車椅子は、後輪Reの2輪に駆動モータを配したものである。4輪車椅子の従動輪Dvはキャスターホイール又は全位方向(無方向)に転がる構造のホイールが使用されている。前方Fsを進行方向とする前輪駆動や後輪駆動のいずれであっても、車両と乗員を合わせた重心Gを駆動輪Dfの近傍に設定することで、走行路に対する車輪の制動力及び駆動力の伝達性(トラクション)を確保している。なお、記号Whはホイールベース長さを示す。
【0022】
図1(b)に、6輪車椅子の側面の概略を模式的に示す。6輪車椅子では、車両側面から見て、前輪Fe、中輪Me及び後輪Reが、図示の通り、前後に並ぶように配置されている。中輪Meには駆動モータが設けられており、駆動輪の役目を成している。前輪Fe及び後輪Reは従動輪となっており、キャスターホイール又は全位方向(無方向)に転がる構造のホイールが使用されている。駆動輪としての中輪Meに車両と乗員を合わせた重心Gを設定することで走行路に対する車輪の制動力及び駆動力の伝達性(トラクション)を確保している。
【0023】
図2(a)、(b)は、互いに同一寸法のホイールベース長さWhとトレッド幅Twとした4輪電動車椅子及び6輪電動車椅子において、車椅子の前後長さFu及び超信地旋回による最小回転半径Mdをそれぞれ示している。6輪電動車椅子の最小回転半径Mdは4輪電動車椅子に比べて小さい。4輪電動車椅子は、6輪電動車椅子と比べて、前輪Feの前端から後輪Reの後端までの前後寸法(全長Fu)が長くなっている。このため、6輪電動車椅子は、4輪電動車椅子に比べて一般家庭などの狭い環境に適しており、主に屋内で使用される要因となっている。なお、記号Djは4輪電動車椅子と6輪電動車椅子との全長差、記号Cfは駆動輪の中点、Gfは車両と乗員を合わせた全体の重心点をそれぞれ示す。
【0024】
図3(a)、(b)は、互いに同一寸法のホイールベース長さWhと車椅子と乗員を合わせた全体の重心Gの高さHkを有する4輪電動車椅子(後輪駆動)及び6輪電動車椅子について、各車椅子が走行する降坂路(降坂角Ae)での安定性を比較している。乗員Uと車椅子全体との重心Gからの鉛直線Lgと走行路Sとの交点Jkがホイールベース長さWh区間から外れると、車椅子は前転転覆となる。
【0025】
4輪電動車椅子では、平地走行時の重心位置が後方にあるため、4輪電動車椅子の降坂路における前転転覆限界は高い(
図3(a)参照)。これに対して、6輪電動車椅子の場合、上述と同一の降坂路における前転転覆限界が4輪電動車椅子に比べて不利になる(
図3(b)参照)。なお、記号Hfは、走行路Sに対する前輪Feの接地点Jxと交点Jkとの間の区間距離を非突出長として示す。
【0026】
図4(a)、(b)は、同一の傾斜角度を有する登坂路(登坂角Ak)での4輪電動車椅子及び6輪電動車椅子について、ホイールベース長さWhに対する車椅子の重心位置移動の態様を示す。両車椅子の交点Jkの位置から見て、6輪電動車椅子は、4輪電動車椅子に比べて後転転覆限界に余裕があることが分かる。このため、4輪電動車椅子の前転・後転転覆限界を6輪電動車椅子と同一にするには、4輪電動車椅子のホイールベース長さWhの寸法を6輪電動車椅子よりも長尺にする必要がある。これにより、4輪電動車椅子はその前後長さが大きくなり、広い走行範囲の環境に好適となり、4輪電動車椅子が屋外向きである要因の一つとなっている。なお、記号Hsは、走行路Sに対する前輪Feの接地点Jxと交点Jkとの間の区間距離を非突出長として示す。
【0027】
図5(a)~(d)は、互いに同一寸法のホイールベース長さWhと重心Gの高さHkを有する4輪電動車椅子(後輪駆動)及び6輪電動車椅子について、下凹形状に切り替わる走行路面傾斜に対する車輪の接地態様を示す。4輪電動車椅子では、
図5(a)、(c)に示すように全輪が走行路Sと接地状態で走行できるのに対して、6輪電動車椅子では、
図5(b)、(d)に示すように中輪Meが走行路Sに対する接地を失う。
【0028】
中輪Meが接地を失う後者の場合には、走行路Sに対して制動力や駆動力が効かないことになり、これが屋外の歩道や段差位置などで生じる可能性があり、屋外での走行には4輪電動車椅子が適する要因の一つとなっている。
【0029】
図6(a)~(f)は、互いに同一寸法のホイールベース長さWhと車椅子の重心Gの高さHkを有する4輪電動車椅子(後輪駆動)及び6輪電動車椅子について、上凸形状に切り替わる走行路面傾斜に対する車輪の接地態様を示す。4輪電動車椅子では、
図6(a)、(c)に示すように全輪が走行路Sと接地状態で走行できるのに対して、6輪電動車椅子では、
図6(b)、(d)に示すように、前輪Feが走行路Sに対する接地を失う。
【0030】
接地を失い宙に浮いた前輪Feは、
図6(e)、(f)に示すように、前方Fsに進行した中輪Meが傾斜路面を乗り越える過程で走行路Sに対して急激なピッチング挙動(縦揺れ)を示す。このピッチング挙動は走行性能には影響しないが、着座する乗員Uに不安感を与える虞がある。走行路において、上凸形状に切り替わる路面傾斜は、屋外に多く存在することから、4輪電動車椅子が屋外での走行に適する要因となっている。
【0031】
前述の4輪電動車椅子(後輪駆動)及び6輪電動車椅子の各得失をまとめると下記の通りである。すなわち、互いに同一寸法のホイールベース長さWhとなる6輪電動車椅子と4輪電動車椅子であれば、6輪電動車椅子は、4輪電動車椅子に比べて狭い場所での最小回転半径Mdの確保や車椅子の前端から後端までの長さ寸法(全長寸法)において有利である。
【0032】
また、降坂・登坂の走行路に対しては、6輪電動車椅子は、前転転覆限界と後転転覆限界に偏りがないため、6輪電動車椅子と4輪電動車椅子とが、互いに同一寸法のホイールベース長さWhであれば、6輪電動車椅子は、4輪電動車椅子に対して前転転覆限界及び後転転覆限界が高くなる。一方で、6輪電動車椅子では、下凹形状に切り替わる走行路面傾斜で中輪Meの接地性が失われ、制動力や駆動力が効かなくなる欠点がある。
【0033】
また、6輪電動車椅子では、走行性能には影響しないものの、上凸形状に切り替わる路面傾斜で前輪Feまたは後輪Reが接地を失い、車椅子が前後方向に急激な揺れを起こすピッチング挙動を示す問題もある。このため、これらの問題や欠点を解消しつつ、6輪電動車椅子が本来的に有する、最小回転半径Mdが小さくて小回り性が高く、かつ省スペース性を有するといった特徴を備えた6輪電動車椅子の登場が望まれていた。
【0034】
そのような6輪電動車椅子として、従来型のパッシブリンク機構であるロッカーボギーリンク機構を採用したものも考えられている。片側の中輪と後輪をボギーリンクにより連結したうえでボギーリンクと前輪をロッカーリンクで連結し、かつ左右の車輪列をつなぐ左右連結棒を差動ギヤにより連結した6輪駆動6輪操舵方式のものである。このようなロッカーボギーリンク機構の特性は6輪電動車椅子にとっても好ましいものではあるが、構成部品の強度、剛性の確保および差動ギヤの存在などから、市販の車椅子に採用するには、コストや質量の増加が懸念される。
【0035】
本発明の動機となった背景事情を詳述したところで、以下、本発明について説明する。本発明の複数輪型車椅子は、新規なパッシブリンク機構であるダブルロッカーリンク機構を提案し採用している。ダブルロッカーリンク機構は、前輪と中輪、中輪と後輪を、いずれもロッカーリンクで連結し、2つのロッカーリンクを、中輪位置で、上下方向の変位のみを伝達できるように連結するものである。ロッカーボギーリンク機構では、車体フレームに取り付けられたロッカーリンクに取り付けられた一端を、ボギーリンクの中央部に接続している。すなわちロッカーリンクとボギーリンクを直列化することで片側3輪の関連付けがなされている。一方、本発明の複数輪型車椅子のダブルロッカーリンク機構は、それぞれが車体フレームに取り付けられた二つのロッカーリンクを、リンク連結部を介して繋げることで片側3輪の関連付けがなされている。
【0036】
本発明の実施形態の複数輪型車椅子10について、以下に説明する。
【0037】
本発明の実施形態について、
図7~
図10を参照して以下に説明する。
図7に示すように、本発明の実施形態の複数輪型車椅子10は、車体フレーム11に座席シート12が取り付けられている。座席シート12の前方、すなわち、複数輪型車椅子10の前方である進行方向Tに対して車体フレーム11の左右両側となる位置には、前輪13、後輪14ならびに前輪13と後輪14との間に配置された中輪15を備えている。これにより、複数輪型車椅子10は、6輪電動車椅子を構成する。なお、以下の図示においては、前輪13、後輪14及び中輪15は便宜上、左右両側でなく一方側だけを概略的な模式図として示す。
【0038】
中輪15は、前輪13及び後輪14の双方よりも大径に設定されており、中輪15を駆動輪として走行路Stに沿って回転駆動することにより、前輪13および後輪14を従動輪として走行路Stに沿って従動させている。
【0039】
以下の説明では、前輪13と後輪14とは等径として述べるが、これらは等径に限らず異径であってもよい。また、駆動輪である中輪15は、前輪13、後輪14よりも大径であることが好ましいが、大径であることは必須ではない。図示はしないが、操縦桿として設けられたジョイスティックの操作により電動モータ40を起動させるようになっている。電動モータ40の起動で中輪15を駆動輪として駆動することにより複数輪型車椅子10の進行、停止、左折・右折並びに左右旋回等の操縦を可能にしている。電動モータ40は、左右の中輪15のそれぞれに取り付けられている。左右の中輪15のそれぞれに取り付けられる電動モータ40の駆動力、すなわち左右の中輪15の回動速度を調整することで、複数輪型車椅子10は、左右方向に旋回でき、さらに超信地旋回が可能となる。
【0040】
複数輪型車椅子10は、前輪13を連結する第1のロッカーリンクである第1リンク16、および後輪14を連結する第2のロッカーリンクである第2リンク17を、左右に一対ずつ備えている。第1リンク16、第2リンク17、及び後述するリンク連結部18によって、ダブルロッカーリンク機構21が構成される。
【0041】
第1リンク16は、第1の一端部16b、第1の他端部16c、及び第1の揺動部16aを備えている。また、第1の揺動部16aによって、車体フレーム11に、揺動可能に取り付けられている。第1の一端部16bは、前輪13の車軸に向かう方向に延出して前輪13の車軸と連結されている。第1の他端部16cは、第1の一端部16bと一定の角度を成して、後輪14の車軸に向かう方向に延出してリンク連結部18と連結されている。
【0042】
第2リンク17は、第2の一端部17b、第2の他端部17c、及び第2の揺動部17aを備えている。また、第2の揺動部17aによって、車体フレーム11に、揺動可能に取り付けられている。第2の一端部17bは、後輪14の車軸に向かう方向に延出して後輪14の車軸と連結されている。第2の他端部17cは、第2の一端部17bと一定の角度を成して、前輪13の車軸に向かう方向に延出してリンク連結部18と連結されている。
【0043】
第1の他端部16cと第2の他端部17cとの間は、互いの揺動変位を特定の揺動角度範囲内で関連づけるリンク連結部18を介して連結されている。リンク連結部18は、中輪15の車軸を軸支する中輪軸支部18aを有しており、中輪15の車軸は、リンク連結部18に回動可能に連結されている。これにより、前輪13、後輪14、及び中輪15は連動して変位し、走行路Stの凹凸に追従した状態で揺動できる。
【0044】
リンク連結部18は、第2の他端部17cに接続するローラピン19(支持部)と、第1の他端部17bに接続する支持受部20で構成されている。
【0045】
図10に示す通り、支持受部20は、一対の受面部20a、20a、及び一対の受面部20a、20aの端部に接続する変位抑制面部20bを有している。受面部20a、変位抑制面部20bは、協働して長孔形状の貫通孔30を画定する。受面部20aは、複数輪型車椅子10の進行方向Tに直線状に延びる面を画定している。
【0046】
前輪13、後輪14、及び中輪15の全てが、走行路Stに接している状態においては、ローラピン19は、一対の受面部20a、20aのいずれかに接するとともに、他の受面部20aに対して僅少な隙間を余して配置されている。前輪13、後輪14、及び中輪15のいずれかが、走行路Stの凹凸を通過するときは、第1リンク16、及び第2リンク17はそれぞれが独立して揺動しようとするが、ローラピン19が、受面部20aを転動あるいは摺動することで、第1リンク16、及び第2リンク17の揺動は相互に関連付けられる。すなわち、ローラピン19は、支持受部20の受面部20aに転動可能しながら移動するため、第1リンク16および第2リンク17の各揺動変位に伴い、双方の変位は互いに伝達できるようになっている。(
図8、
図9参照。)
【0047】
例えば、
図7の走行状態と
図8、
図9の走行状態を比較すると、前輪13、後輪14、及び中輪15の縦荷重Wの負担割合は、それぞれの状態で同じとなる。すなわち、中輪15は走行路Stの凹凸に影響を受けることなくほぼ一定の駆動力を発揮できる。
【0048】
トラクションに必要な中輪15の接地荷重は、走行条件を勘案して適宜定めればよい。例えば、車椅子と乗員Uを合わせた全体の重量をWとすると、a:b:c:d=1:1:1:1のとき(
図7参照)、第1揺動部16a及び第2揺動部17aでの縦荷重は1/2Wとなり、前輪13、後輪14への縦荷重はそれぞれ1/4Wとなる。中輪15への縦荷重は、第1リンク16からの縦荷重1/4Wと、第2リンク17からの縦荷重1/4Wとの和である1/2Wとなり、トラクションに必要な中輪15の接地荷重を得ることができる。
【0049】
走行路Stが所定の凹凸を超える状況下において、ローラピン19は、変位抑制面部20bに接触する。これにより、第1リンク16、第2リンク17の揺動変異は抑制される。この状況下でさらに進行あるいは後退を継続すると、中輪15は走行路Stから離れて駆動力を失う。すなわち、変位抑制面部20bは過酷な状況下での走行を回避する役割を担っている。
【0050】
走行路Stに連続する凹凸がある場合、第1リンク16、第2リンク17は異なる方向への揺動を繰り返すことになる。これにより、ローラピン19は一対の受面部20a、20aのいずれかに接触する状態で受面部20aが延びる方向に変位しようとする。これにより、第1リンク16、第2リンク17の挙動は安定化する。
【0051】
本実施形態では回転可能に連結しているローラピン19を例示しているが、支持受部20に対して摺動するピン構造としてもよい。ただし、この場合は、摺動抵抗を十分小さくする必要がある。
【0052】
[実施形態の作用効果]
第1のロッカーリンクである第1リンク16と第2のロッカーリンクである第2リンク17をリンク連結部18で連結することによってダブルロッカーリンク機構21が構成され、前輪13の上下動がダブルロッカーリンク機構21を介して後輪14の上下動に連動する。
【0053】
前輪13や後輪14の上下動等における上下の定義については、
図7のように複数輪型車椅子10が水平面に置かれたときの水平方向Fと垂直となる方向を複数輪型車椅子10に固定された複数輪型車椅子10の仮想垂直方向Eとして定義し、仮想垂直方向Eを基準として、車体フレーム11に対して相対的に上方向に動く場合を上方への移動、同じく車体フレーム11に対して相対的に下方向に動く場合を下方への移動として定義している。例えば、登坂の傾斜面から水平面に切り替わるような場合も、この定義に従えば、斜面の切り替わり箇所で、前輪13の下方への移動と、後輪14の下方への移動が連動していることになる。
【0054】
このため、
図8に示す下凹状傾斜切り替わり路S3では、その傾斜角度ω1、ω2に応じて前輪13及び後輪14が上方に回転変位するため、下凹状傾斜切り替わり路S3においても駆動輪である中輪15が接地状態となり、傾斜路に対する制動力や駆動力を有利に効かせることができる。なお、
図8に示す下凹状傾斜切り替わり路S3上では、
図7のような水平配置から中輪15の接地荷重は多少変化すると考えられるが、その設置荷重変化は極めて小さく、制動や駆動のために十分な接地荷重とすることができる。
【0055】
また、
図9に示す上凸状傾斜切り替わり路S4では、その傾斜角度ω3、ω4に応じて前輪13及び後輪14が下方に回転変位するため、中輪15をはじめ、前輪13及び後輪14も接地状態となり、傾斜路に対する制動力や駆動力を効かせることができるとともに、複数輪型車椅子10が進行方向Tに走行する時、上凸形状に切り替わる路面傾斜でも前輪13が接地を失ってピッチング(縦揺れ)挙動を起こすことを防ぐことができる。また、
図9に示す上凸状傾斜切り替わり路S4上では、
図7のような水平配置から中輪15の接地荷重は多少変化すると考えられるが、その設置荷重変化は極めて小さく、制動や駆動のために十分な接地荷重とすることができる。
【0056】
このように、本発明の実施形態に係る複数輪型車椅子10では、最小回転半径Mdが小さくて小回り性が高く、かつ省スペース性を有するといった、6輪電動車椅子が本来的に有する優れた効果を奏するのはもとより、下凹状傾斜切り替わり路S3及び上凸状傾斜切り替わり路S4でも、前輪13、中輪15及び後輪14をそれぞれ接地状態に維持して走行可能とすることができる。
【0057】
これにより、6輪式の電動式車椅子の有する長所を維持しながら短所を解消し、6輪式の電動式車椅子を屋内向きに限らず、屋外向きにも適用可能とすることができる。
【0058】
本実施形態においては、回動可能なローラピン19と、貫通孔30が画定される支持受部20でリンク連結部18を構成しているが、これに限定されるわけではない。同じ機能が得られれば、他の構成を採用することもできる。例えば、
図11に示す通り、コ字型の支持受部220と、コ字型の支持受部を転動あるいは摺動するローラピン219と、でリンク連結部218を構成してもよい。この場合において、中輪15の車軸をローラピン219で軸支してもよい。
【0059】
本実施形態の複数輪型車椅子10は、6輪電動車椅子であるが、電動式に限らず、手動式であってもよい。また、乗員Uとしては要介護者に加えて、健常者としても効果的に使用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明に係る複数輪型車椅子では、6輪式の電動式車椅子の有する長所を維持しながら短所を解消し、6輪式の電動式車椅子を屋内向きに限らず、屋外向きにも適用可能としているため、安全で実用性の高い車椅子を安価で提供でき、産業上の利用可能性が大きい。また、6輪電動車椅子の便宜性や有用性に注目した関係方面からの需要を喚起して市場での流通の活性化を通して製造関連産業の振興に貢献するものである。
【符号の説明】
【0061】
10・・・複数輪型車椅子
11・・・車体フレーム
13・・・前輪
14・・・後輪
15・・・中輪
16・・・第1リンク(第1ロッカーリンク)
17・・・第2リンク(第2ロッカーリンク)
16a・・・第1揺動部
17a・・・第2揺動部
16b・・・第1の一端部
16c・・・第1の他端部
17b・・・第2の一端部
17c・・・第2の他端部
18・・・リンク連結部
19・・・ローラピン
20・・・支持受部
20a・・・受面部
20b・・・変位抑制面部
30・・・貫通孔
【要約】
屋内用、屋外用の両方に一台で適用可能で、かつ、軽量、低コストで、実用性の高い複数輪型車椅子を提供する。本発明は、車体フレームと、前記車体フレームの左右両側となる位置に設けられた前輪、中輪、および後輪と、を備える複数輪型車椅子であって、前輪13を軸支する第1の一端部16bと、車体フレーム11に揺動可能に接続する第1の揺動部16aと、第1の他端部16cと、を有する第1のロッカーリンクと、後輪14を軸支する第2の一端部17bと、車体フレーム11に揺動可能に接続する第2の揺動部17aと、第2の他端部17cと、を有する第2のロッカーリンクと、第1の他端部16cと第2の他端部17cに接続するリンク連結部18と、を備え、リンク連結部18は、中輪15を軸支する中輪軸支部を有し、第1のロッカーリンクおよび第2のロッカーリンクの揺動に連動して変位する。